• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C23C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C23C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C23C
管理番号 1356860
異議申立番号 異議2019-700648  
総通号数 240 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-12-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-08-19 
確定日 2019-11-18 
異議申立件数
事件の表示 特許第6472767号発明「焼鈍分離剤用酸化マグネシウム及び方向性電磁鋼板」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6472767号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6472767号(以下「本件」という。)の請求項1ないし3に係る特許についての出願(特願2016-67690号)は,平成28年3月30日の出願であって,平成31年 2月 1日にその特許権の設定登録がなされ,同年 2月20日に特許掲載公報が発行され,その後,令和1年8月19日に特許異議申立人 アクシス国際特許業務法人(以下「申立人」という。)により,本件の請求項1ないし3に係る特許に対し,特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
本件の請求項1ないし3に係る発明は,特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された事項により特定される,次のとおりのものである。

「【請求項1】
BET比表面積が12.0×10^(3)?25.0×10^(3)m^(2)・kg^(-1)、及びブレーン比表面積が2.0×10^(3)?7.0×10^(3)m^(2)・kg^(-1)であり、ホウ素を0.04?0.15質量%含有し、塩素含有量が0.05質量%以下である焼鈍分離剤用酸化マグネシウム。
【請求項2】
請求項1に記載の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを含む焼鈍分離剤。
【請求項3】
鋼板表面に二酸化ケイ素被膜を形成する工程と、
請求項2に記載の焼鈍分離剤を二酸化ケイ素被膜の表面に塗布し、焼鈍することにより、鋼板表面にフォルステライト被膜を形成する工程と
を含む、方向性電磁鋼板の製造方法。」

第3 申立理由の概要
申立人が主張する特許異議申立の理由の概要は,次のとおりである。

1 理由1(新規性)
本件の請求項1ないし3に係る発明は,甲第1号証に記載された発明であって特許法第29条第1項第3号に該当するから,請求項1ないし3に係る特許は,特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。

2 理由2(進歩性)
本件の請求項1ないし3に係る発明は,甲第1号証及び甲第6号証に記載された発明に基いて,又は,甲第1号証ないし甲第6号証に記載された周知技術及び甲第7号証ないし甲第9号証に記載された技術常識に基いて,その出願前その出願に属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,請求項1ないし3に係る特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

3 理由3(サポート要件)
本件の特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明に記載されたものでないから,請求項1ないし3に係る特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(証拠)
甲第1号証:特許第3536775号公報(以下「甲1」という。)
甲第2号証:特開2012-72004号公報(以下「甲2」という。)
甲第3号証:国際公開2013/051270号(以下「甲3」という。)
甲第4号証:特公昭57-45472号公報(以下「甲4」という。)
甲第5号証:特許第2650817号公報(以下「甲5」という。)
甲第6号証:特許第3892300号公報(以下「甲6」という。)
甲第7号証:特開2017-179461号公報(以下「甲7」という。)
甲第8号証:「ニューセラミック粉体ハンドブック」株式会社サイエンスフォーラム,昭和58年 7月25日,第374?377頁(以下「甲8」という。)
甲第9号証:荒川 正文 外1名,「材料試験」第7巻第56号,日本材料学会,昭和33年 5月,第267?271頁(以下「甲9」という。)

第4 引用文献の記載
1 甲1について
(1)甲1には,方向性電磁鋼の焼鈍分離剤用マグネシアおよびその製造方法と被膜特性に優れる方向性電磁鋼板の製造方法(発明の名称)に関して,次の記載がある。なお,下線は当審が付した。

「【特許請求の範囲】
【請求項1】 クエン酸活性度が40%CAAで30?120s、BET法による比表面積が8?50m^(2)/gおよび強熱減量による水和量が0.5?5.2 mass%で、母塩の形骸が残存する粒子を含む粉体であって、該粉体は、粒度0.2 ?0.8μmの含有率が20?90mass%および粒度2.5?5μmの含有率が7?40mass%で、かつ粒度0.2?0.8μmの含有率と粒度2.5?5μmの含有率との合計が50mass%以上であることを特徴とする方向性電磁鋼の焼鈍分離剤用マグネシア。
【請求項2】 粒度の異なる2種類以上の粉体を混合し、請求項1に記載のマグネシアを調製することを特徴とする方向性電磁鋼の焼鈍分離剤用マグネシアの製造方法。
(【請求項3】 略)」

「【0017】【発明の実施の形態】発明者らは、コイル全長にわたって均一な被膜を得るための手法について、鋭意検討を行った結果、焼鈍分離剤の主剤となるマグネシアの粒径に工夫を加えることにより、所期した被膜が得られることを新規に見出した。以下、この知見を得るに至った実験について述べる。
【0018】C:0.04?0.05mass%、Si:3.3?3.4mass%、Mn:0.06?0.075 mass%、Al:0.02?0.03mass%、Se:0.018?0.020mass%、Sb:0.04?0.05mass%およびN:0.007?0.010mass%を含み、残部は実質的にFeよりなる珪素鋼スラブを、1623Kで18000s加熱後、熱間圧延して2.2mmの板厚にしたのち、1273K、60sでの熱延板焼鈍を施してから、ゼンジミア圧延機により0.23mm厚まで473Kで温間圧延し、最終板厚に仕上げた。これを脱炭焼鈍後、表1にNo.1、3、5および7として示す、粉体特性を持つ種々のマグネシア粉体(以下、単に粉体と示す)を100重量部に対して、チタニアを5重量部添加した焼鈍分離剤を、塗布量両面で15g/m^(2)、水和温度293Kおよび水和時間24000sで水和し、塗布して乾燥させた。
【0019】その後、鋼板をコイルに巻き取ってから、最終仕上焼鈍を施し、絶縁張力コーティングを塗布した後、フラットニングを兼ねて1073K、60sの熱処理により焼き付けを行った。かくして得られたコイルの磁気特性および被膜特性について調査した結果を表2に示す。なお、表1における粒度分布は、ヘキサメタリン酸3%水溶液で300W、180sの超音波分散を行つた後、レーザー回折式粒度分布計を用いることにより測定した。
【0020】【表1】

(【0021】?【0022】 略)
【0023】このような結果が得られた原因については必ずしも明らかではないが、発明者らは、以下のように考えている。一般に、粉体の粒子径は細かい方が表面比率が高くなったり粉体同士の接触面積が増加したりして、反応性は高くなるとされているが、細かすぎると、二次凝集が起こって鋼板と粉体との接触面積が減少して、却って被膜反応性は低くなる。さらに、このような凝集が進むと、コイル板面内で凝集している部分と凝集していない部分とで粒子間の隙間が不均一な分布を持ち、これが被膜の模様になると考えられる。
【0024】一方、上記の実験のように、粗大な粒子を混合すると、微細な粒子の二次凝集の結合が切れるため、鋼板との接触面積が増加して、上述のような板面内の鋼板と粉体との接触むらがなくなり、かつ微細な粒子が存在するために、反応性は強くなる。この結果、粗大粒と微細粒とを混合した粉体No. 7では、高い反応性が確保されているものと考えられる。
【0025】これに対して、微細な粒子のみの粉体No.1は、マグネシア粒子同士が二次凝集してしまうため、鋼板と接触する面積が減少して反応性が低くなり、粗大な粒子のみの粉体No.5は、鋼板とマグネシアとの接触面積が減少し、さらに粒径も大きすぎるために、反応性が低くなる。また、粉体No.3は粉体No.7と同程度の平均粒径をもつが、接触面積が低く、反応性は低い。これは、平均粒径を小さくしていくと、鋼板との接触面積は増大するが、マグネシアの二次凝集が起こるため、鋼板と接触する面積が低くなり、反応しにくくなるためと考えられる。
【0026】ところで、特開平10-88244号公報や特許第2665451号公報には、化学的反応の時間から判断される活性度の異なるマグネシアを混合することが記載されている。ここで、クエン酸活性度のような化学的活性度測定は、マグネシア表面の反応のしやすさを測定しているものである。例えば、多数の結晶子が結合した一次粒子が存在する場合、その一次粒子中の各々の結晶子が隙間を持っており、測定における反応液が一次粒子内部に入り込むため、実質には各結晶子の表面積に相当する表面積について反応のしやすさを評価していることになる。よって、化学的活性度が同程度の粉体であっても、その粒度分布は様々である。
【0027】これに対して、この発明では、化学的活性度に加えて、上記のような一次粒子を含めた粉体の粒度分布を適正化したものである。この一次粒子としては、個々の結晶子が集合した母塩の形骸を有する、粉体の単一もしくは複数が結合したものが挙げられる。
【0028】従って、従来知られている、化学的活性度の異なる粉体を混合する方法と、この発明の一次粒子径が適正となるように粒度分布の異なる粉体を混合する方法とは、全く異なるものであり、化学的活性度が一定で粒径の異なる複数の粉体を混合することにより被膜が改善されることについては、今まで明らかにされていなかった。この発明は、40%CAAで表される活性度を殊更に変更する必要はなく、粉体粒子間、そして粉体と鋼板との間の接触面積を制御するために、粒度分布を制御するという新しい発想に基づくものである。
(【0029】?【0031】 略)
【0032】また、これらの条件の他に、マグネシアの不純物として、以下の成分を所定の範囲内で含有することが可能である。
CaO 含有量:0.1?0.8mass%
CaO 含有量が0.1mass%未満では、被膜の凹凸がなくなって剥離しやすくなり、一方0.8mass%をこえると被膜形成量が不足する、おそれがある。
【0033】SO_(3) 含有量:0.03?0.5mass%
B含有量:0.02?0.2mass%
Cl含有量:0.002?0.1mass%
F含有量:0.002?0.1 mass%
いずれの成分も適度に存在することにより、マグネシアの反応性を調節する働きがあり、いずれも下限未満では反応性が低くなり、上限をこえると点状の欠陥が発生することがある。
【0034】次に、粒度0.2?0.8μmの含有率が20?90mass%および粒度2.5?5μmの含有率が7?40mass%で、かつ粒度0.2?0.8μmの含有率と粒度2.5?5μmの含有率との合計が50mass%以上であることが、肝要である。なお、この粒度は、ヘキサメクリン酸ナトリウム3%水溶液で300W、3分間の超音波分散を行った後、レーザー回折式粒度分布計を用いることによって測定できる。
(【0035】 略)
【0036】さて、粒度0.2?0.8μmの含有率が20mass%未満であったり、2.5?5μmの含有率が40mass%をこえると、鋼板とマグネシアとの接触面積が少なくなりすぎ、一方0.2?0.8μmの含有率が90mass%をこえたり、2.5?5μmの含有率が7mass%未満になると、二次凝集が起こり、やはり鋼板とマグネシアとの接触面積が低下して、被膜の密着不良となる。さらに、0.2?0.8μmの含有率と2.5?5μmの合計の含有率とが50mass%未満であると、超粗大粒の過多による反応性の低下、超微細粒の過多による鋼板へのマグネシアの焼付きまたは、中間の粒径の粉体のみにより構成されることによる、鋼板とマグネシアとの接触面積の低下により不良となる。」

(2)上記摘示のうち,請求項1,段落【0032】,【0033】の記載よりみて,甲1には次の「甲1発明」が記載されているといえる。

「クエン酸活性度が40%CAAで30?120s、B含有量が0.02?0.2mass%、Cl含有量が0.002?0.1mass%、BET法による比表面積が8?50m^(2)/gおよび強熱減量による水和量が0.5?5.2 mass%で、母塩の形骸が残存する粒子を含む粉体であって、該粉体は、粒度0.2?0.8μmの含有率が20?90mass%および粒度2.5?5μmの含有率が7?40mass%で、かつ粒度0.2?0.8μmの含有率と粒度2.5?5μmの含有率との合計が50mass%以上である、方向性電磁鋼の焼鈍分離剤用マグネシア。」

2 甲2について
甲2には,水酸化マグネシウム微粒子及び酸化マグネシウム微粒子,並びにそれらの製造方法(発明の名称)に関して,次の記載がある。なお,下線は当審が付した。

「【特許請求の範囲】
(【請求項1】?【請求項5】 略)
【請求項6】
BET比表面積が5m^(2)/g以上、レーザ回折散乱式粒度分布測定による体積基準の累積50%粒子径(D_(50))が0.1?0.5μm、レーザ回折散乱式粒度分布測定による体積基準の累積10%粒子径(D_(10))と体積基準の累積90%粒子径(D_(90))との比D_(90)/D_(10)が10以下である、純度99.5質量%以上の酸化マグネシウム微粒子。
【請求項7】
純度が、99.9質量%以上である、請求項6記載の酸化マグネシウム微粒子。
【請求項8】
Fe、Ti、Ni、Cr、Mo及びMnの合計含有量が500質量ppm以下である、請求項6又は7記載の酸化マグネシウム微粒子。
【請求項9】
塩素含有量が、500質量ppm以下である、請求項6?8のいずれか1項記載の酸化マグネシウム微粒子。
【請求項10】
クエン酸活性度(40%)が、20?2000秒である、請求項6?9のいずれか1項記載の酸化マグネシウム微粒子。
【請求項11】
体積平均粒子径(Dv)と数平均粒子径(Dn)との比Dv/Dnが1?10である、請求項6?10のいずれか1項記載の酸化マグネシウム微粒子。
(【請求項12】?【請求項15】 略)」

「【0018】
本発明の酸化マグネシウム微粒子は、BET比表面積が5m^(2)/g以上であり、レーザ回折散乱式粒度分布測定による体積基準の累積50%粒子径(D_(50))が0.1?0.5μmであり、レーザ回折散乱式粒度分布測定による体積基準の累積10%粒子径(D_(10))と体積基準の累積90%粒子径(D_(90))との比D_(90)/D_(10)が10以下である。このような酸化マグネシウム微粒子は、粒子形状が小さく、反応性に優れるため、耐火物、添加剤、樹脂フィラー、電磁鋼材料、及び触媒等に適し、また、粒子形状が小さく、粒度にバラツキが少なく、分散性に優れるため、高機能性材料等へも好適に使用できる。
本発明の酸化マグネシウム微粒子のBET比表面積は好ましくは20m^(2)/g以上、より好ましくは40m^(2)/g以上であり、D_(50)は好ましくは0.2?0.4μmであり、D_(90)/D_(10)は好ましくは5以下である。」

「【0050】
得られた水酸化マグネシウム微粒子及び酸化マグネシウム微粒子の粒子径、比表面積、純度及び活性度は、以下の方法によって測定した。
【0051】(1)レーザ回折散乱式粒度分布測定
レーザ回折散乱式粒度分布測定装置(商品名:MT3300、日機装社製)を使用して、体積基準の累積10%粒子径(D_(10))、体積基準の累積50%粒子径(D_(50))及び体積基準の累積90%粒子径(D_(90))を測定した。体積平均粒子径(Dv)及び数平均粒子径(Dn)も同様に上記装置で測定した。
【0052】(2)BET比表面積測定法
比表面積測定装置(商品名:Macsorb1210、マウンテック社製)を使用して、ガス吸着法のBET法により比表面積を測定した。」

3 甲3について
甲3には,方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤(発明の名称)に関して,次の記載がある。なお,下線は当審が付した。
「請求の範囲
[請求項1] Cl:0.01?0.05mass%、B:0.05?0.15mass%、CaO:0.1?2mass%およびP_(2)O_(3):0.03?1.0mass%を含み、クエン酸活性度が40%CAAで30?120秒、BET法による比表面積が8?50m^(2)/g、強熱減量による水和量が0.5?5.2mass%および、粒径45μm以上の粒子の含有量が0.1mass%以下である、マグネシアを主体とし、さらに、粒径45μm以上150μm以下の非水溶性化合物を0.05mass%以上20mass%以下にて含有することを特徴とする方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤。
([請求項2] 略)」

「発明を実施するための形態
[0018] 次に、本発明について具体的に説明する。
本発明で所期する効果を得るためには、まず、マグネシアの添加成分含有量並びに粉体特性を以下のように満足させる必要がある。これらの範囲を満足するマグネシアを用いることによって、本発明の効果を得ることができる。すなわち、適切な活性度を持つマグネシアを用いることと、仕上げ焼鈍におけるガス流通性を確保することが、本発明の効果を得るために必要不可欠である。
[0019] まず、マグネシアに添加成分として含有される各成分の含有率から順に説明する。
Cl:0.01?0.05mass%
Clは、被膜形成を促進する元素である。すなわち、0.01mass%未満では十分な被膜が形成されず、一方0.05mass%より多いと過剰に厚い被膜が形成されて点状欠陥の原因となり、いずれも良好な被膜特性が得られない。したがって、0.01?0.05mass%、より好ましくは0.015?0.4mass%の範囲とする。
[0020] B:0.05?0.15mass%
Bは、被膜形成を促進する元素である。すなわち、0.05mass%未満では十分な被膜が形成されず、一方0.15mass%より多いと過剰に厚い被膜が形成されて点状欠陥の原因となり、いずれも良好な被膜特性が得られない。したがって、0.05?0.15mass%、より好ましくは0.07?0.13mass%の範囲とする。
[0021] CaO:0.1?2mass%
CaOは、被膜形成を抑制し、被膜の形態に影響を与える元素である。すなわち、0.1mass%未満では地鉄と被膜の界面の凹凸がなくなって被膜が剥離しやすくなり、一方2mass%より多いと十分な被膜が形成されず、いずれも良好な被膜特性が得られない。従って、0.1?2mass%、より好ましくは0.2?1.0mass%の範囲とする。
[0022] P_(2)O_(3):0.03?1.0mass%
P_(2)O_(3)は、被膜形成を促進する元素である。すなわち、0.03mass%未満では十分な被膜が形成されず、一方1.0mass%より多いと過剰に厚い被膜が形成されて点状欠陥の原因となり、いずれも良好な被膜特性が得られない。従って、0.03?1.0mass%、より好ましくは0.15?0.7mass%の範囲とする。
[0023] 以上の成分を含み、残部は不可避不純物とMgOである。不可避不純物としては、S、Si、Fe、Al等である。なお、焼鈍分離剤の反応性を微調整するために、公知の添加成分を不純物レベルにて微量添加してもよい。
[0024]また、マグネシアは、以下の特性を有することが重要である。
クエン酸活性度(40%CAA ):30?120 s
上述したクエン酸活性度が30s未満では水和量が大きくなりすぎ、一方120 sをこえると反応性が低すぎて、いずれの場合も良好な被膜特性が得られない。より好ましい範囲は50?100 sである。
[0025] BET 法による比表面積:8?50m^(2) /g
上述したBET 法による比表面積が50m^(2) /gをこえると、マグネシアの水和量が大きくなりすぎ、一方8m^(2) /g未満では反応性が低すぎて、いずれの場合も良好な被膜特性が得られない。より好ましい範囲は15?35m^(2)/gである。
[0026] 強熱減量による水和量:0.5 ?5.2 mass%
上述した強熱減量による水和量が0.5 mass%未満では反応性が低くなりすぎ、一方5.2 mass%をこえると仕上焼鈍中にマグネシア中の水和水が鋼板を酸化するため、いずれも良好な被膜特性が得られない。より好ましい範囲は0.8?2.0mass%である。
[0027] 粒径が45μm以上のマグネシア含有量:0.1mass%以下
粒径が45μm以上のマグネシア含有量が0.1mass%を超える場合、フォルステライト被膜にザラツキが発生しやすくなる。より好ましい範囲は、0.06mass%以下である。この範囲内にマグネシア含有量を制御する方法としては、篩を用いてマグネシア粗大粒を取り除くのが最も容易である。また、マグネシアを製造する際、ローターリーキルンを用いると、容易に粒径を制御することができる。なお、粒径が45μm以上のマグネシア含有量は0mass%まで低減してもよい。」

4 甲4について
甲4には,方向性珪素鋼板のフオルステライト絶縁被膜形成方法(発明の名称)に関して,次の記載がある。なお,下線は当審が付した。
「特許請求の範囲
1 方向性珪素鋼板の表面に主としてマグネシアからなる焼鈍分離剤を塗布してコイル状に巻取つたのち高温焼鈍を施して該方向性珪素鋼板の表面にフオルステライト絶縁被膜を形成させるに当り、上記マグネシアとして、
不可避に混入する夾雑物をCaO:0.50%未満、Cl:0.04%以下、SiO_(2):0.15%未満、SO_(3):0.20%未満、R_(2)O_(3):0.20%未満およびB:0.15%未満許容し、
比表面積13?26m^(2)/g、一次粒子径0.07?0.15μmで、かつ
該マグネシアのクエン酸との最終反応率が20%?70%Qにおいては、各最終反応率でのクエン酸活性度が添付第1図に示した点A,B,C,D,E,F,GおよびHで囲まれる範囲をいずれも満足する
低活性で活性度分布の狭いマグネシアを使用することを特徴とする方向性珪素鋼板のフオルステライト縁絶(当審注:「絶縁」の誤記と認める。)被膜形成方法。」

5 甲5について
甲5には,被膜特性及び磁気特性に優れた一方向けい素鋼板の製造方法(発明の名称)に関して,次の記載がある。なお,下線は当審が付した。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】 Si:2.5?4.0 wt%、酸可溶性Al:0.01?0.05wt%及びSb:0.01?0.20wt%を含有するけい素鋼スラブを熱間圧延し、次いで熱延板焼鈍及び1回又は中間焼鈍を挟む2回の冷間圧延を施して最終板厚とした後、脱炭・1次再結晶焼鈍を施し、次いでMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布した後、仕上焼鈍を施す一連の製造工程からなる一方向性けい素鋼板の製造方法において、
焼鈍分離剤成分のMgOは、くえん酸活性度が、最終反応率40%の条件で100?400秒、最終反応率80%の条件で1000?4000秒であり、しかも水和水分量が、20℃,60分間の条件で2.5%以下であり、さらに平均粒子径が2.5μm以下でかつ325メッシュの不通過分が5%以下であることを特徴とする被膜特性及び磁気特性に優れた一方向性けい素鋼板の製造方法。」

「【0021】 さらに均一な被膜を得るために、MgO粒は、平均粒子径が2.5μm以下であることを必要とする。フォルステライト被膜形成反応は、鋼板表面の酸化物(SiO_(2)、Fe_(2)SiO_(4) )とMgOとの固相反応であるため、MgOの粒子径の影響を強く受ける。平均粒子径が2.5μmを超えると、この固相反応が不均一となって良好な被膜が得られない。また同様な理由から、MgOの粒度分布に関し、325メッシュの不通過分が5%以下であることが、所期した製品品質を得るために必要であり、不通過分が5%を超えると、被膜が不均一となる。」

6 甲6について
甲6には,酸化マグネシウム粒子集合体(発明の名称)に関して,次の記載がある。なお,下線は当審が付した。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
粒子の累積細孔容積曲線において、第一変曲点径が0.30×10^(-6)m以下、粒子間空隙量が1.40×10^(-3)?2.20×10^(-3)m^(3)/kg、粒子内空隙量が0.55×10^(-3)?0.80×10^(-3)m^(3)/kgにあることを特徴とする粒子凝集構造を制御した酸化マグネシウム粒子集合体。
【請求項2】
請求の範囲第1項記載の酸化マグネシウム粒子集合体を用いる、方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤。
【請求項3】
請求の範囲第2項記載の方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤を用いて処理して得ることができる方向性電磁鋼板。」

「さらに、CAAは、酸化マグネシウムとクエン酸との固相-液相反応により、実際の電磁鋼板の表面で起こるSiO_(2)と酸化マグネシウムとの固相-固相反応の反応性を、経験的にシミュレートしているにすぎない。固相-固相反応であるフォルステライト生成反応では、固相-液相反応と異なり、たとえばSiO_(2)皮膜と酸化マグネシウム粒子との接点の数に代表されるような、酸化マグネシウム粒子の凝集構造が大きく影響することが考えられる。すなわち、酸化マグネシウム粒子が活性な表面を持っていても、粒子凝集構造に影響される接点の数が少なければ反応が不充分になる。一方、不活性な表面を持つ酸化マグネシウム粒子であっても、接点の数を多くすれば十分な反応を行う事が出来る。
以上述べたように、これまで電磁鋼板用焼鈍分離剤の特性を表わす指標として用いられてきたCAAは、ある一定の条件下でのみ酸化マグネシウムの反応性を評価することができる指標であり、実際に電磁鋼板の表面上で起こる固相-固相反応を必ずしも評価しているとはいえないと考えられる。したがって、粉体粒子の凝集構造を考慮した固相-固相反応の制御方法を用いれば、これまでCAAを用いた指標では活性度が好ましくないとされてきた酸化マグネシウムにおいても、焼鈍分離剤に好適な粒子凝集構造を有する酸化マグネシウムが見出される可能性がある。
そこで本発明は、粒子凝集構造を制御することにより、酸化マグネシウムと表面のSiO_(2)皮膜との固相-固相反応を適切に制御し得る、酸化マグネシウム粒子集合体を提供することを目的とする。また本発明は、本発明の酸化マグネシウム粒子集合体を用いる方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤を提供すること、さらに本発明の方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤を用いて処理して得ることができる方向性電磁鋼板を提供することを目的とする。」(第2頁45行?第3頁14行)

「粉体は、一般に、単一と考えられる最小単位粒子(一次粒子)が複数個集合して凝集粒子を構成する。粉体の凝集構造は、一次粒子が単に凝集しただけの単純な粒子構造の場合や、一次粒子が凝集した二次凝集体がさらに凝集して、より大きな三次凝集構造を呈する複雑な粒子構造の場合もある。凝集する原因は多様であり、液中に分散した場合の表面電荷による凝集、溶解した成分の乾燥過程での再析出に伴う凝集、乾燥状態での静電気による凝集、粉砕過程での物理的応力による凝集、焼成時の粒界成長に伴う凝集などがある。このように、粉体は製造される工程の種類や条件、原料の品質により、特徴的な規則的粒子構造を持つことが多い。
このような粒子構造を考えた場合、第一変曲点径は、これら規則的凝集構造の内で、最も大きな規則的凝集構造の大きさを示すものである。粒子内空隙は、凝集粒子よりも小さな細孔の容積であり、凝集粒子の粗密さを表す指標である。粒子間空隙は、凝集粒子同士が接触した状態で、凝集粒子同士が作り出す空隙の量である。凝集粒子同士が接触して作り出す空隙の量は、凝集粒子表面の凹凸が大きいほど大きくなり、粒子間空隙は凝集粒子の形状を間接的に表す材料特性値ともいえる。このように、凝集粒子構造の大きさを表す第一変曲点径、凝集粒子内部の粗密さを表す粒子内空隙、凝集粒子の形状を間接的に表す粒子間空隙は、多様な凝集粒子構造を表すのに好適な材料値である。このため、粉体の組成物質が一定、たとえば酸化マグネシウムの場合、粉体の製造方法を制御することにより、粒子凝集構造を所定値に制御することが可能となる。」(第4頁26?43行)

7 甲7について
甲7は,本件特許についての出願と同日付の出願に係る「焼鈍分離剤用酸かマグネシウム及び方向性電磁鋼板」(発明の名称)の公開特許公報であって,次の記載がある。なお,下線は当審が付与した。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫黄含有量が0.1?0.5質量%、及びブレーン比表面積から算出される粒子径R_(Blaine)のBET比表面積から算出される粒子径R_(BET)に対する比である凝集度R_(Blaine)/R_(BET)が3.0?5.5である焼鈍分離剤用酸化マグネシウム。
【請求項2】
ホウ素を0.04?0.15質量%含有し、塩素含有量が0.05質量%以下である請求項1に記載の焼鈍分離剤用酸化マグネシウム。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを含む焼鈍分離剤。
【請求項4】
鋼板表面に二酸化ケイ素被膜を形成する工程と、
請求項3に記載の焼鈍分離剤を二酸化ケイ素被膜の表面に塗布し、焼鈍することにより、鋼板表面にフォルステライト被膜を形成する工程と
を含む、方向性電磁鋼板の製造方法。」

「【0026】
本発明において、凝集度とは、凝集粒子を構成する一次粒子の数がどの程度なのかを表す指標である。凝集度と、以下の式によって算出することができる。
凝集度=(ブレーン比表面積から算出される粒子径R_(Blaine))/(BET比表面積から算出される粒子径R_(BET)) ・・・(1)
【0027】
ブレーン比表面積から算出される粒子径R_(Blaine)及びBET比表面積から算出される粒子径R_(BET)は、下記のように算出することができる。
粒子径R=(6/ρ)/A ・・・(2)
【0028】
(2)式において、Rは粒子径R_(Blaine)又はR_(BET)(10^(-6)m)、ρは密度(10^(3)Kg・m^(-3))、Aはブレーン比表面積又はBET比表面積(10^(3)m^(2)・kg^(-1))である。例えば、酸化マグネシウムの場合はρ=3.58×10^(3)Kg・m^(-3)なので、R=1.68/Aである。
【0029】
ブレーン法では、粉体充填層内に空気を透過させることにより比表面積の測定を行うため、空気の流れによって内部の空気が置き換わらない微細な細孔部の表面積を測定することができない。このため、ブレーン法によれば、凝集粒子を構成する一次粒子の表面積を除外した凝集粒子のみの比表面積(ブレーン比表面積)を測定することができる。」

8 甲8,甲9について
(1)甲8は,セラミック粉体の評価についての解説を含むハンドブックであって,粒度の表現,比表面積,粒度測定法が記載されている(第374?377頁)。

(2)甲9は,「空気透過法による粉体の平均粒度自動測定装置」と題する論文であって,空気透過法は試料粉体の充てん層に空気を透過させて,その透過性から粉体の比表面積,したがって,平均粒子径を測定する方法であることが記載されている(第267頁左欄「1.緒言」の項)。

第5 当審の判断
当審は,申立人による申立理由によっては,本件特許を取り消すことはできないと判断する。その理由は次のとおりである。

1 理由1(新規性)について
(1)請求項1について
ア 本件の請求項1に係る発明と,甲1発明とを対比する。
BET比表面積について,「m^(2)/g」と「10^(3)m^(2)・kg^(-1)」とは同じであるから,後者の「BET法による比表面積が8?50m^(2)/g」は,前者の「BET比表面積が12.0×10^(3)?25.0×10^(3)m^(2)・kg^(-1)」を包含している。
ホウ素について,「mass%」と「質量%」とは同じであるから,後者の「B含有量が0.02?0.2mass%」は,前者の「ホウ素を0.04?0.15質量%含有」を包含している。
塩素について,「mass%」と「質量%」とは同じであるから,後者の「Cl含有量が0.002?0.1mass%」は,前者の「塩素含有量が0.05質量%以下」と一部重複している。
そして,後者の「焼鈍分離剤用マグネシア」は,前者の「焼鈍分離剤用酸化マグネシウム」に相当するから,両者は,
「BET比表面積が12.0×10^(3)?25.0×10^(3)m^(2)・kg^(-1)であり、ホウ素を0.04?0.15質量%含有し,塩素含有量が0.002?0.05質量%である焼鈍分離剤用酸化マグネシウム」である点で一致するものの,次の点で相違している。

(相違点1)
本件の請求項1に係る発明では,「ブレーン比表面積が2.0×10^(3)?7.0×10^(3)m^(2)・kg^(-1)」であるのに対して,甲1発明では,「粒度0.2?0.8μmの含有率が20?90mass%および粒度2.5?5μmの含有率が7?40mass%で、かつ粒度0.2?0.8μmの含有率と粒度2.5?5μmの含有率との合計が50mass%以上」であって,ブレーン比表面積は不明である点。

イ ここで,比表面積とは「単位量の粉体中に含まれる粒子の表面積の総和」(甲8:第376頁左欄)であるのに対し,粒度とは「粉体を構成している多数の粒子群を代表する粒子の大きさ」(甲8:374頁左欄)であって,粒度の表現には分布を考慮しなければならないものであるから,両者は同一ではない。
よって,本件の請求項1に係る発明は,甲1発明であるということはできない。

ウ 申立人は,ブレーン比表面積の値からマグネシアの粒径を推測することができ,本件の請求項1に係る発明のブレーン比表面積の範囲は,比表面積Aと粒子径Rとの関係式(R=(6/ρ)/A:甲7段落【0026】,同旨として甲8第376頁右欄式〔10〕,甲9第27頁右欄式(2))から算出される粒子径0.2?0.8μmに対応するから,甲1の段落【0021】表1における粉体No.2の平均粒径0.7μmを満足していると考えるのが合理的であり,実質的な差異がない旨主張する(特許異議申立書第23頁6?17行)。
そこで検討するに,上記関係式は,粉体が均一な粒径の球状粒子からなると仮定して成立するものである。これに対し,上記イのとおり,粒度の表現には分布を考慮しなければならないものであり,上記粉体No.2の平均粒径0.7μmというものも,あくまで平均値であり,甲1の段落【0020】表1をみると,上記粉体No.2も,0.2?0.8μmの含有率が77%という分布を有するものである。まして,甲1発明における粒度は,「粒度0.2?0.8μmの含有率が20?90mass%および粒度2.5?5μmの含有率が7?40mass%で、かつ粒度0.2?0.8μmの含有率と粒度2.5?5μmの含有率との合計が50mass%以上」という分布を有するものであるから,ブレーン比表面積から上記関係式によって算出される粒子径0.2?0.8μmの範囲に対応するものとはいえない。
しかも,甲1発明の粒度は,甲1【0019】によれば,分散剤を含む媒体中で超音波分散を行った後にレーザー回折式粒度分布計を用いることにより測定しているのに対し,ブレーン比表面積は空気透過法,すなわち「試料粉体の充てん層に空気を透過させてその透過性から粉体の比表面積(単位重量の粉体の表面積),したがって,平均粒子径を測定する方法」(甲9)により測定するものであるから,甲1発明の粒度と本件の請求項1に係る発明のブレーン比表面積とは,その測定原理が異なるものである。さらに,粒度測定時における超音波分散により,凝集粒子が破壊することは,本件の出願前に周知である(特開2014-109066号公報:段落【0013】,特開2014-136835号公報:【請求項1】)。そうすると,甲1発明に係る粒度は,そもそも,ブレーン比表面積が評価対象とする,凝集粒子の測定結果であるかどうかも不明である。
よって,申立人の主張は採用できない。

(2)請求項2,3について
本件の請求項2に係る発明は,請求項1に係る焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを含む焼鈍分離剤である。また,本件の請求項3に係る発明は,請求項2の焼鈍分離剤を用いた方向性電磁鋼板の製造方法である。
そして,本件の請求項1に係る発明が甲1発明でないことは上記(1)で検討したとおりであるから,本件の請求項2及び請求項3に係る発明についても同様に,甲1発明であるということはできない。

2 理由2(進歩性)について
(1)甲1発明に基づく検討
本件の請求項1に係る発明と甲1発明との対比は,上記1(1)アのとおりであり,両者は上記相違点1を有する。
上記相違点1について検討するに,甲6には,上記第4の6に摘示のとおり,酸化マグネシウム粒子集合体において,粒子凝集構造を制御することにより,酸化マグネシウムと表面のSiO_(2)皮膜との固相-固相反応を適切に制御し得ることが示されている。
しかしながら,甲6における粒子凝集構造の制御変数は,凝集粒子構造の大きさを表す第一変曲点径,凝集粒子内部の粗密さを表す粒子内空隙,及び凝集粒子の形状を間接的に表す粒子間空隙であり,いずれも,ブレーン比表面積との関係を説明するものでない。
よって,焼鈍分離剤用酸化マグネシウムの粒子凝集構造を制御することが知られていたとしても,具体的な制御変数として,一次粒子を評価するBET比表面積と,凝集粒子を評価するブレーン比表面積との組合せに着目し,各々を所定範囲内のものとする動機づけを見出すことができない。
そして,本件の請求項1に係る発明は,BET比表面積及びブレーン比表面積が所定範囲内の酸化マグネシウムを焼鈍分離剤として用いることで,磁気特性及び絶縁特性に優れた方向性電磁鋼板を得ることができるという,本件明細書に記載のとおりの効果を奏するものである。
よって,本件の請求項1に係る発明は,甲1発明及び甲6発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

(2)周知技術に基づく検討
上記(1)で検討したとおり,甲1及び甲6には,ブレーン比表面積について記載も示唆もされていない。
また,焼鈍分離剤用酸化マグネシウムについて,甲2には,BET比表面積,体積基準の累積50%粒子径及び塩素含有量を特定することが,甲3には,塩素含有量,ホウ素含有量及びBET法による比表面積を特定することが,甲4には,塩素含有量,ホウ素含有量,BET比表面積及び一次粒子径を特定することが,甲5には,平均粒子径を特定することが,各々記載されているが,いずれも,凝集粒子を評価するブレーン比表面積については,記載も示唆もされていない。さらに,甲7ないし甲9に示されるように,ブレーン比表面積と粒径との関係式が知られていたとしても,上記1(1)ウで検討したとおり,粒度(ないし平均粒径)は分布を有するものであって,上記関係式によってブレーン比表面積と対応付けられるものではないし,しかも,測定法によっては,凝集粒子の評価であるか否かも不明である。
そして,本件の請求項1に係る発明は,BET比表面積及びブレーン比表面積が所定範囲内の酸化マグネシウムを焼鈍分離剤として用いることで,磁気特性及び絶縁特性に優れた方向性電磁鋼板を得ることができるという,本件明細書に記載のとおりの効果を奏するものである。
よって,本件の請求項1に係る発明は,甲1ないし甲6に記載された周知技術及び甲7ないし甲9に記載された技術常識に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

(3)請求項2,3に係る発明について
本件の請求項2に係る発明は,請求項1の焼鈍分離剤を含む焼鈍分離剤である。また,本件の請求項3に係る発明は,請求項2の焼鈍分離剤を用いた方向性電磁鋼板の製造方法である。
そして,本件の請求項1に係る発明が,甲1及び甲6に記載された発明,又は,甲1?甲6に記載された周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでないことは,上記(1),(2)で検討したとおりであるから,本件の請求項2及び請求項3に係る発明についても同様に,甲1及び甲6に記載された発明,又は,甲1ないし甲6に記載された周知技術及び甲7ないし甲9に記載された技術常識に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

3 理由3(サポート要件)について
(1)本件特許明細書における発明の詳細な説明には,以下の事項が記載されている。
ア これまで電磁鋼板用焼鈍分離剤の特性を表わす指標として用いられてきたCAAは,ある一定の条件下でのみ酸化マグネシウムの反応性を評価することができる指標であり,実際に電磁鋼板の表面上で起こる固相-固相反応を必ずしも評価しているとはいえないため,粉体粒子の凝集構造を考慮した固相-固相反応の制御方法を用いれば,より磁気特性及び絶縁特性に優れた方向性電磁鋼板を得ることのできる酸化マグネシウムを選択することができる可能性がある(段落【0016】)。

イ そこで,発明が解決しようとする課題は,磁気特性及び絶縁特性に優れた方向性電磁鋼板を得るための焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを提供すること,具体的には,鋼板の表面に,フォルステライト被膜生成率,被膜の外観,被膜の密着性,及び未反応酸化マグネシウムの酸除去性に優れたフォルステライト被膜を形成することができる焼鈍分離用酸化マグネシウムを提供することである(段落【0017】)。

ウ BET比表面積は,凝集粒子を構成する一次粒子の表面積を含んだ比表面積に相当し,ブレーン比表面積は,凝集粒子を構成する一次粒子の表面積を除外した凝集粒子のみの比表面積に相当するので,BET比表面積及びブレーン比表面積を所定の範囲とすることにより,一次粒子及び凝集粒子の構造を制御することができ,酸化マグネシウムと表面の二酸化ケイ素被膜との固相-固相反応を適切に制御することができる。そのため,焼鈍分離剤用酸化マグネシウムとして用いることにより,磁気特性及び絶縁特性に優れた方向性電磁鋼板を得ることができる(段落【0020】)。

エ BET比表面積が12.0×10^(3)m^(2)・kg^(-1)未満の場合、酸化マグネシウムの一次粒子径が粗大になり,酸化マグネシウム粒子の反応性が悪くなるため,(a)フォルステライト被膜生成率が低下し,(d)フォルステライト被膜の未反応酸化マグネシウムの酸除去性も悪い。BET比表面積が25.0×10^(3)m^(2)・kg^(-1)より大きくなると,酸化マグネシウムの一次粒子径が小さくなり,酸化マグネシウム粒子の反応性が速くなりすぎ,均一なフォルステライト被膜ができないため,方向性電磁鋼板のフォルステライト被膜の(b)被膜外観及び/又は(c)密着性が悪くなる(段落【0028】,【0029】)。

オ ブレーン比表面積が2.0×10^(3)m^(2)・kg^(-1)未満の場合,酸化マグネシウムの凝集粒子が粗大になり、酸化マグネシウム凝集体粒子と鋼板との接触率が低下するために反応性が悪くなり,(a)フォルステライト被膜生成率が低下し,(b)被膜外観及び/又は(c)密着性が悪くなる。ブレーン比表面積が7.0×10^(3)m^(2)・kg^(-1)を越えると、酸化マグネシウムの凝集粒子の粒子径が小さくなり,鋼板との接触率が増大するため,反応性が速くなりすぎ,均一なフォルステライト被膜が形成できないため,方向性電磁鋼板のフォルステライト被膜の(b)被膜外観及び/又は(c)密着性が悪くなる(段落【0031】,【0032】)。

カ ホウ素の含有量は0.04?0.15質量%であることが好ましく,塩素の含有量は,0.05質量%以下であることが好ましい(段落【0044】)。

キ 酸化マグネシウムのBET比表面積及びブレーン比表面積は,製造工程中の反応条件の制御,焼成条件の制御,粉砕条件の制御,複数の酸化マグネシウムを混合すること等により調整することができる(段落【0039】?【0042】)。

ク BET比表面積及びブレーン比表面積が所定の範囲の酸化マグネシウムを用いて形成したフォルステライト被膜は,(a)フォルステライト被膜生成率,(b)被膜の外観,(c)被膜の密着性,及び(d)未反応酸化マグネシウムの酸除去性のすべてにおいて優れ,均一で充分な厚みを有する被膜であるのに対し,BET比表面積及びブレーン比表面積が所定の範囲外の酸化マグネシウム(比較例1?5)を用いて形成したフォルステライト被膜は,(a)?(d)のうち,いずれかを満たしていないため,所望の鋼板が得られない(段落【0071】表2,【0072】,【0073】,【0087】表3,【0088】,【0089】)。

(2)上記(1)より,本件特許明細書における発明の詳細な説明には,酸化マグネシウムのBET比表面積,ブレーン比表面積,ホウ素含有量及び塩素含有量を所定範囲内とすることにより,焼鈍分離剤として良好なフォルステライト被膜を形成できることが記載されているといえる。
したがって,本件の請求項1ないし3について,発明の詳細な説明の記載は,その課題が解決することを当業者が認識できるように記載されているものといえる。

(3)申立人は,サポート要件違反である根拠として,概ね次の主張をしているが,いずれも採用できない。
ア 申立人は,焼鈍分離剤用という用途発明においては,化学的活性度の指標であるクエン酸活性度その他種々の指標を適正化しなければ,良好なフォルステライト被膜を形成することができる焼鈍分離剤用酸化マグネシウムとならないことが,本件出願時の技術常識であったといえるから,なぜ2つの比表面積と2つの微量元素含有量の適正化だけで発明の課題を解決できるのか,当業者であっても理解することはできない旨主張する(特許異議申立書第30頁最下行?第31頁8行)。
しかしながら,本件の請求項1ないし3に係る発明は,CAA(クエン酸活性度)が実際に電磁鋼板の表面上で起こる固相-固相反応を必ずしも評価しているとはいえないため,粉体粒子の凝集構造を考慮した固相-固相反応の制御方法を用いることに着目してなされたものである。そして,本件における発明の詳細な説明の記載から,2つの比表面積と2つの微量元素含有量を適正化することによりその課題を解決できることは,上記(1)に摘記したとおりである。

イ 申立人は,本件特許の発明の詳細な説明には,甲7に記載された凝集度の範囲外のものを包含しており,この範囲外の酸化マグネシウムを用いて形成されたフォルステライト被膜は,フォルステライト被膜生成率,被膜の外観,被膜の密着性,及び未反応酸化マグネシウムの酸除去性という特性のうち,いずれかを満たさないことが記載されており,課題を解決できないものを包含する旨主張する(特許異議申立書第31頁9?16行)。
しかしながら,サポート要件の判断は,本件における発明の詳細な説明の記載との関係で判断するものであり,本件とは別異の発明に係るものである甲7の記載との関係によるものではない。そして,本件における発明の詳細な説明の記載から,2つの比表面積と2つの微量元素含有量を適正化することによりその課題を解決できることは,上記(1)に摘記したとおりであり,本件の請求項1ないし3に係る発明は,本件における発明の詳細な説明に記載されたものである。

第6 むすび
以上のとおりであるから,特許異議申立書に記載した申立理由によっては,本件の請求項1ないし3に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件の請求項1ないし3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-11-05 
出願番号 特願2016-67690(P2016-67690)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C23C)
P 1 651・ 113- Y (C23C)
P 1 651・ 121- Y (C23C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 祢屋 健太郎  
特許庁審判長 中澤 登
特許庁審判官 平塚 政宏
長谷山 健
登録日 2019-02-01 
登録番号 特許第6472767号(P6472767)
権利者 タテホ化学工業株式会社
発明の名称 焼鈍分離剤用酸化マグネシウム及び方向性電磁鋼板  
代理人 特許業務法人 津国  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ