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審決分類 |
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載 B23K 審判 一部申し立て 2項進歩性 B23K 審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 B23K |
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管理番号 | 1356864 |
異議申立番号 | 異議2019-700632 |
総通号数 | 240 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2019-12-27 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2019-08-08 |
確定日 | 2019-11-21 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6467484号発明「鉛フリーはんだ合金、電子回路基板および電子制御装置」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6467484号の請求項1?3,6,7に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6467484号(以下,「本件」という。)についての出願は,平成28年 3月22日に出願した特願2016-57712号の一部を平成28年 9月20日に新たな出願(特願2016-182809号)として,更にその一部を平成29年10月13日に新たな出願(特願2017-199949号)としたものであって,平成31年 1月18日に本件の特許権の設定登録がなされ,平成31年 2月13日に特許掲載公報が発行され,その後,本件の請求項1?3,6,7に係る特許に対し,令和 1年 8月 8日に特許異議申立人 大池聞平(以下,「申立人」という。)より,特許異議の申立てがされたものである。 第2 本件発明 本件の請求項1?7に係る発明は,特許請求の範囲の請求項1?7に記載された事項により特定される,次のとおりのものである。 「【請求項1】 Agを2重量%超3.1重量%以下と、Cuを1重量%以下と、Sbを3重量%以上5重量%以下と、Biを3.5重量%以上4.5重量%以下と、Niを0.01重量%以上0.25重量%以下と、Coを0.001重量%以上0.008重量%(ただし、0.008重量%を除く)以下含み、残部がSnからなることを特徴とする鉛フリーはんだ合金。 【請求項2】 Agを2重量%超3.1重量%以下と、Cuを1重量%以下と、Sbを3重量%以上5重量%以下と、Biを3.5重量%以上4.5重量%以下と、Niを0.01重量%以上0.03重量%以下と、Coを0.001重量%以上0.008重量%以下(ただし、0.008重量%を除く)含み残部がSnからなり、AgとCuとSbとBiとNiとCoのそれぞれの含有量(重量%)が下記式(A)から(D)の全てを満たすことを特徴とする請求項1に記載の鉛フリーはんだ合金。 1.6≦Ag含有量+(Cu含有量/0.5)≦5.9 … A 0.85≦(Ag含有量/3)+(Bi含有量/4.5)≦ 2.10 … B 3.6 ≦ Ag含有量+Sb含有量≦ 8.9 … C 0<(Ni含有量/0.25)+(Co含有量/0.25)≦1.19 …D 【請求項3】 Niの含有量が0.01重量%以上0.03重量%以下であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の鉛フリーはんだ合金。 【請求項4】 更にP、Ga、およびGeの少なくとも1種を合計で0.001重量%以上0.05重量%以下含むことを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の鉛フリーはんだ合金。 【請求項5】 更にFe、Mn、Cr、およびMoの少なくとも1種を合計で0.001重量%以上0.05重量%以下含むことを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の鉛フリーはんだ合金。 【請求項6】 請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の鉛フリーはんだ合金を用いて形成されるはんだ接合部を有することを特徴とする電子回路基板。 【請求項7】 請求項6に記載の電子回路基板を有することを特徴とする電子制御装置。」 第3 申立理由の概要 申立人が主張する特許異議申立の理由の概要は,次のとおりである。 1 理由1(明確性) 本件の特許請求の範囲の記載は以下の点で,特許を受けようとする発明が明確でないから,請求項1?3,6,7についての特許は,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対して特許されたものである。 (1)請求項1の「Coを0.001重量%以上0.008重量%(ただし、0.008重量%を除く)以下含み」との記載は,表現が不自然であり,また,請求項1を引用する請求項2の「Coを0.001重量%以上0.008重量%以下(ただし、0.008重量%を除く)含み」との記載と表現が異なっており,いずれも,上限である「0.008重量%」を含むのか否かが明確でない。 (2)請求項2の不等式A?Dの技術的意義が明確でない。 (3)請求項2の「Niを0.01重量%以上0.03重量%以下」と,請求項2を引用する請求項3の「Niを0.01重量%以上0.03重量%以下」とは,両特定事項により特定される範囲が同一であるのか異なるのかが不明であり,発明の外延が不明確である。 2 理由2(サポート要件) 本件の特許請求の範囲は以下の点で,発明の詳細な説明に記載されたものでないから,請求項1?3,6,7についての特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対して特許されたものである。 すなわち,発明の詳細な説明には,請求項1?3の組成を満たす鉛フリーはんだ合金の具体例として実施例18が示されているのみであり,合金を構成する各金属元素について,発明の詳細な説明の記載及び当業者の技術常識を参酌しても,請求項1?3で特定される数値範囲の上限及び下限にまで拡張ないし一般化できるとは認められない。 3 理由3(新規性) 本件の請求項1?3,6,7に係る発明は,甲第1号証に記載された発明であって特許法第29条第1項第3号に該当するから,請求項1?3,6,7についての特許は,特許法第29条第1項の規定に違反して特許されたものである。 4 理由4(進歩性) 本件の請求項1?3,6,7に係る発明は,甲第1号証に記載された発明に基いて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから,請求項1?3,6,7についての特許は,特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。 5 理由5(新規性) 本件の請求項1?3,6,7に係る発明は,甲第3号証に記載された発明であって特許法第29条第1項第3号に該当するから,請求項1?3,6,7についての特許は,特許法第29条第1項の規定に違反して特許されたものである。 6 理由6(進歩性) 本件の請求項1?3,6,7に係る発明は,甲第3号証に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから,請求項1?3,6,7についての特許は,特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。 (証拠) 甲第1号証:国際公開第2014/163167号 (以下「甲1」という。) 甲第2号証:特許第5811304号公報 (以下「甲2」という。甲1の特許公報である。) 甲第3号証:特開2014-37005号公報 (以下「甲3」という。) 甲第4号証:知的財産高等裁判所 平成30年 2月14日 判決 (以下「甲4」という。平成29年(行ケ)第10121号審決取消請求事件の判決である。) 第4 引用文献の記載 1 甲1について (1)甲1には,鉛フリーはんだ合金と車載電子回路(発明の名称)に関して,次の記載がある。なお,下線は当審が付した。 「請求の範囲 [請求項1]Ag:1?4質量%、Cu:0.6?0.8質量%、Sb:1?5質量%、Ni:0.01?0.2質量%、残部Snからなることを特徴とする鉛フリーはんだ合金。 [請求項2]さらに、Bi:1.5?5.5質量%を含有することを特徴とする請求項1に記載の鉛フリーはんだ合金。 [請求項3]さらに、CoおよびFeから選択された元素を少なくとも1種を合計で0.001?0.1質量%含有することを特徴とする請求項1または2に記載の鉛フリーはんだ合金。 [請求項4]請求項1?3に記載の鉛フリーはんだ合金であって、温度サイクル試験の3000サイクル後の初期値に対するシェア強度残存率が30%以上であることを特徴とする鉛フリーはんだ合金。 [請求項5]請求項1?4に記載の鉛フリーはんだ合金であって、Cu-OSP処理を施した基板と接合されることを特徴とする鉛フリーはんだ合金。 [請求項6]請求項1?5のいずれかに記載の鉛フリーはんだ合金からなるはんだ接合部を有する車載電子回路。 [請求項7]請求項1?5のいずれかに記載の鉛フリーはんだ合金からなるはんだ接合部を有するECU電子回路。 [請求項8]請求項6記載の電子回路を備えた車載電子回路装置。 [請求項9]請求項7記載のECU電子回路を備えたECU電子回路装置。」 「技術分野 [0001]本発明は、温度サイクル特性に優れ、衝突などの衝撃に強い鉛フリーはんだ合金と、車載電子回路装置とに関する。」 「背景技術 [0002]自動車には、プリント回路基板(以降プリント基板という)に半導体やチップ抵抗部品などの電子部品をはんだ付けした電子回路(以下、車載電子回路という)が搭載されている。車載電子回路は、エンジン、パワーステアリング、ブレーキ等を電気的に制御する装置に使用されており、そのような装置は自動車の走行にとって非常に重要な保安部品となっている。特に、燃費向上のためにコンピューターで自動車の走行、特にエンジンの作動を制御する電子回路を備えた、ECU(Engine Control Unit)と呼ばれる車載電子回路装置は、長期間に渡って故障がなく安定した状態で稼働できるものでなければならない。このECUは、一般的にエンジン近傍に設置されているものが多く、使用環境としては、かなり厳しい。本明細書では、この車載電子回路装置を単に「ECU」ともいい、「ECU電子回路装置」ともいう。」 「発明が解決しようとする課題 [0008]?「0010](略) [0011]本発明が解決しようとする課題は、低温が-40℃、高温が125℃というような厳しい温度サイクル特性に長期間耐えられるだけでなく、縁石への乗り上げや前の車との衝突などで発生する外部からの力に対しても長期間に耐える事が可能なはんだ合金およびそのはんだ合金を使用した車載電子回路装置を開発することである。」 「課題を解決するための手段 [0012]?[0013](略) [0014]ここに、本発明にかかる合金の冶金学的組織上の特徴は、はんだ合金がSnマトリックス中にSbが固溶している組織からなり、該組織は、例えば125℃の高温ではSbが安定して固溶した状態を呈するが、温度低下に伴って、Snマトリックスに対してSbが、徐々に、過飽和状態で固溶するようになり、そして、例えば-40℃という低温では、SnSb金属間化合物としてSbが析出する組織である。」 「発明の効果 [0021]本発明にかかるはんだ合金は、-40℃から+125℃の温度サイクル試験を3000サイクル近く繰り返しても、微量なはんだ量のはんだ接合部にもクラックが発生せず、また、クラックが発生した場合においても、クラックがはんだ中を伝播することを抑制した、優れた温度サイクル特性を発揮できる。 本発明にかかるはんだ合金を、微少なはんだ量で、はんだフィレットがほとんどなく薄いはんだ接合部を有する車載電子回路のはんだ付けに用いることで、-40から+125℃の温度サイクルに曝される使用環境下で使用しても、はんだ接合部にクラックが発生せず、例えクラックが発生したとしても、はんだ中を伝播することが抑制されるため、信頼性の高い車載電子回路および車載電子回路装置を得ることができる。 また、本発明のはんだ合金は、接合界面で発生するクラックも抑制されており、特にECU装置のはんだ付けに適した特性を有している。」 「発明を実施するための最良の形態 [0022]本発明のはんだ合金に添加されるSbが1質量%未満では、Sb量が少なすぎてSnマトリックス中にSbが分散する形態が現れず、さらに固溶強化の効果も現れない。さらに、はんだ接合部のシェア強度も低くなる。また、Sbが5質量%を超えるようなSbの添加では、液相線温度が上昇するので、炎天下のエンジン稼働時等に現れる125℃を超す高温時にSbが再溶融しないので、SnSb金属間化合物の粗大化が進み、はんだ中にクラックが伝播することを抑制することができない。さらに、液相線温度が上がると実装時の温度ピークが上がるので、プリント基板の表面に配線されているCuがはんだ中に溶融して、Cu_(6)Sn_(5)等のSnCuの金属間化合物層がプリント基板とのはんだ付け部に厚く形成され易くなり、プリント基板とはんだ接合部が破壊され易くなる。 したがって、本発明のSbの量は1?5質量%であり、好ましくは3?5質量%である。後述するBiが配合される場合には、Sbの量は3超?5%が好ましい。 [0023]本発明のはんだ合金では、はんだ中におけるクラックの発生と伝播を抑制すると共に、セラミック部品とはんだ接合部のはんだ接合界面でのクラックの発生も抑制している。例えば、Cuランドにはんだ付けするとCu_(6)Sn_(5)の金属間化合物がCuランドとの接合界面に発生するが、本発明のはんだ合金はNiを0.01?0.2質量%含有しており、この含有しているNiは、はんだ付け時にはんだ付け界面部分に移動して、Cu_(6)Sn_(5)ではなく(CuNi)_(6)Sn_(5)が発生して、界面の(CuNi)_(6)Sn_(5)の金属間化合物層のNi濃度が高くなる。これにより、はんだ付け界面にCu_(6)Sn_(5)よりも微細で、粒径が揃った(CuNi)_(6)Sn_(5)の金属間化合物層が形成される。微細な(CuNi)_(6)Sn_(5)の金属間化合物層は、界面から伝播するクラックを抑制する効果を有する。これは、Cu_(6)Sn_(5)のような大きな粒径がある金属間化合物層では、発生したクラックが大きな粒径に沿って伝播するので、クラックの進展が早い。ところが粒径が微細なときは、発生したクラックの応力が多くの粒径方向に分散するので、クラックの進展を遅くすることができる。 [0024]このように、本発明のはんだ合金では、Niを添加することで、はんだ付け界面付近に発生する金属間化合物層の金属間化合物を微細化して、クラックの発生を抑制するとともに、一旦発生したクラックの伝播を抑制する働きをしている。そのため、本発明のはんだ合金は接合界面からのクラックの発生や伝播の抑制も可能である。 Niの量が0.01質量%未満では、はんだ付け界面のNiの量が少ないため、はんだ接合部界面の改質効果が不十分であるためクラック抑止効果がなく、Niの量が0.2質量%を超えてしまうと、液相線温度が上昇するため、本発明に添加したSbの再溶融が発生せず、微細なSnSb金属間化合物の粒径維持の効果を阻害してしまう。 したがって、本発明のNiの量は、0.01?0.2質量%が好ましく、より好ましくは0.02?0.1質量%である。さらに好ましくは、0.02?0.08%である。 [0025]本発明に添加されているAgは、はんだのぬれ性向上効果とはんだマトリックス中にAg_(3)Snの金属間化合物のネットワーク状の化合物を析出させて、析出分散強化型の合金を作り、温度サイクル特性の向上を図る効果が発揮される。 本発明のはんだ合金で、Agの含有量が1質量%未満では、はんだのぬれ性の向上効果が発揮されず、Ag_(3)Snの析出量が少なくなり、金属間化合物のネットワークが強固とはならない。また、Agの量が4質量%より多くなると、はんだの液相線温度が上昇して、本発明にしたがって添加したSbの再溶融が起らず、SnSb金属間化合物の微細化の効果を阻害してしまう。 したがって、本発明に添加するAgの量は、1?4質量%が好ましい。より好ましくは、Agの量が3.2?3.8質量%である。 [0026](略) [0027]本発明のはんだ合金では、Biを添加することで、さらに温度サイクル特性を向上させることができる。本発明で添加したSbは、SnSb金属間化合物を析出して析出分散強化型の合金を作るだけでなく、原子配列の格子に入り込み、Snと置換することで原子配列の格子を歪ませてSnマトリックスを強化することで、温度サイクル特性を向上させる効果も有している。このときに、はんだ中にBiが入っていると、BiがSbと置き換わるので、さらに温度サイクル特性を向上させることができる。BiはSbより原子量が大きく、原子配列の格子を歪ませる効果が大きいからである。また、Biは、微細なSnSb金属間化合物の形成を妨げることがなく、析出分散強化型のはんだ合金が維持される。 本発明のはんだ合金に添加するBiの量が、1.5質量%未満ではSbとの置換が起き難く、微細なSnSb金属間化合物の量が少なくなるため、温度サイクル向上効果が現れない、また、Biの量が5.5質量%を超えて添加するとはんだ合金自体の延性が低くなって堅く硬く、もろくなるので、振動等でのクラックの成長が早くなってしまう。 本発明のはんだ合金に添加するBiの量は、1.5?5.5質量%が好ましく、より好ましいのは、3?5質量%のときである。さらに好ましくは、3.2?5.0質量%である。 [0028]さらに、本発明のはんだ合金では、CoまたはFe、またはその両方を添加することで、本発明のNiの効果を高めることができる。特に、Coは優れた効果を現す。 本発明のはんだ合金に添加するCoとFeの量は、合計量で、0.001質量%未満では接合界面に析出して界面クラックの成長を防止する効果が現れず、0.1質量%を超えて添加されると界面に析出する金属間化合物層が厚くなり、振動等でのクラックの成長が早くなってしまう。 本発明に添加するCoまたはFe、その両方を添加する量は、0.001?0.1質量%が好ましい。 [0029]本発明にかかるはんだ合金は、これまでの説明からも明らかなように、ヒートサイクル性に優れており、はんだ中のクラックの発生や伝播が抑制されるから、絶えず振動を受けている状態で使用される自動車用、つまり車載用として使用されても、クラックの成長や進展が促進されることはない。したがって、そのような特に顕著な特性を備えていることから、本発明にかかるはんだ合金は、自動車に搭載する電子回路のはんだ付けに特に適していることがわかる。 [0030]ここに、本明細書でいう「ヒートサイクル性にすぐれている」とは、後述する実施例でも示すように-40℃以下+125℃以上というヒートサイクル試験を行っても、3000サイクル後のクラック発生率が90%以下であり、同じく、3000サイクル後のシェア強度残存率が、30%以上を言う。 [0031]このような特性は、上記ヒートサイクル試験のような非常に過酷な条件で使用されても、車載電子回路が破断しない、つまり使用不能あるいは誤動作をもたらさないことを意味しており、特にECU用のはんだ付けに用いられるはんだ合金としては信頼性の高いはんだ合金である。さらに、本発明のはんだ合金は、温度サイクル経過後のシェア強度残存率に優れている。つまり、長期間使用しても衝突や振動等の外部から加わる外力に対してシェア強度等の外力に対する耐性が低下しない。 このように、本発明にかかるはんだ合金は、より特定的には、車載電子回路のはんだ付けに用いられ、あるいは、ECU電子回路のはんだ付けに用いられて優れたヒートサイクル性を発揮するはんだ合金である。 [0032]「電子回路」とは、それぞれが機能を持っている複数の電子部品の電子工学的な組み合わせによって、全体として目的とする機能を発揮させる系(システム)である。 ここにそのような電子回路を構成する電子部品としては、チップ抵抗部品、多連抵抗部品、QFP、QFN、パワートランジスタ、ダイオード、コンデンサなどが例示される。これらの電子部品を組み込んだ電子回路は基板上に設けられ、電子回路装置を構成するのである。」 「実施例 1 [0035]表1では、表1の各はんだ合金について、液相線温度、温度サイクル試験の初期値と1500サイクル後のSnSb粒径、クラック率を測定を以下の方法で測定した。 [0036](はんだの溶融試験) 表1の各はんだ合金を作製して、はんだの溶融温度を測定した。測定方法は、固相線温度はJIS Z3198-1に準じて行った。液相線温度は、JIS Z3198-1を採用せずに、JIS Z3198-1の固相線温度の測定方法と同様のDSCによる方法で実施した。 結果を表1の液相線温度に示す。 [0037](温度サイクル試験) 表1のはんだ合金をアトマイズしてはんだ粉末とした。松脂、溶剤、活性剤、チキソ剤、有機酸等からなるはんだ付けフラックスと混和して、各はんだ合金のソルダペーストを作製した。ソルダペーストは、6層のプリント基板(材質:FR-4)に150μmのメタルマスクで印刷した後、3216のチップ抵抗器をマウンターで実装して、最高温度235℃、保持時間40秒の条件でリフローはんだ付けをし、試験基板を作製した。 各はんだ合金ではんだ付けした試験基板を低温-40℃、高温+125℃、保持時間30分の条件に設定した温度サイクル試験装置に入れ、初期値、1500サイクル後に各条件で温度サイクル試験装置から取り出し、3500倍の電子顕微鏡で観察して、はんだ合金のSnマトリックス中のSnSb金属間化合物の粒子の平均粒径を測定した。 結果を表1のクラック率とSnSb粒径に示す。 ここで、表1中の※1はSnSb金属間化合物が見えず測定ができなかったことを示し、※2ははんだの液相線温度が高く、リフロー条件の235℃でははんだ付けできなかったことを示す。 [0038](クラック率) クラック発生率は、クラックが想定クラック長さに対して、クラックが生じた領域がどの程度かの指標となる。SnSbの粒径測定後に、150倍の電子顕微鏡を用いて、クラックの状態を観察して、クラックの全長を想定し、クラック率を測定した。 クラック率(%)= クラック長さの総和 ×100 想定線クラック全長 ここに、「想定線クラック全長」とは、完全破断のクラック長さをいう。 クラック率は、図5に示した複数のクラック7の長さの合計を、クラック予想進展経路8の長さで割った率である。 結果は、表1に記載する。 [0039] ![]() [0040]表1からは、温度サイクル試験の1500サイクル後も、SnSbの結晶粒が粗大化せずに、初期値と変わらないままの状態で維持されていることがわかる。」 「実施例 2 [0043]次に、表2では、表2の各はんだ合金について、温度サイクル試験での3000サイクル後のクラック発生率とシェア強度残存率を測定した。クラック発生率の測定方法は、表1と同じだが、サイクル数は3000サイクルとした。シェア強度残存率の測定方法は以下の通りである。 [0044](シェア強度残存率) シェア強度残存率は、初期状態のはんだ付け部のシェア強度に対して温度サイクル試験にどの程度の強度が維持されているかの指標となる。 シェア強度試験は、継手強度試験機STR‐1000を用いて、室温下で、試験速度6mm/min、試験高さは50μmの条件で行った。 結果はまとめて表2に示す。 [0045] [表2] ![]() [0046]?[0048](略) [0049]結論として、本願発明のはんだ合金は、-40?+125℃の自動車のECU基板に必要な過酷な温度条件でも、SnSbの結晶粒が粗大化せずに、初期値と変わらないままの状態で維持されており、その結果としてはんだ中から発生するクラックの発生も、他のはんだ合金に比較して少なくすることができる。」 (2)甲1に記載された発明 ア 上記(1)の摘示のうち,請求項1?3の記載よりみて,甲1には,次の発明が記載されているといえる(以下「甲1請求項発明」という。)。 「Ag:1?4質量%、Cu:0.6?0.8質量%、Sb:1?5質量%、Ni:0.01?0.2質量%、Bi:1.5?5.5質量%、CoおよびFeから選択された元素を少なくとも1種を合計で0.001?0.1質量%含有し、残部Snからなる、鉛フリーはんだ合金。」 イ また,上記(1)の摘示のうち,本件の請求項1に係る発明の合金組成に最も近い組成である実施例45をみると,その組成(質量%)は次のとおりである(表2)。 Sn Ag Cu Ni Sb Bi Co 残部 3.4 0.7 0.04 3.0 3.2 0.01 よって,甲1には,次の発明も記載されているといえる(以下「甲1実施例発明」という。)。 「Ag:3.4質量%、Cu:0.7質量%、Ni:0.04質量%、Sb:3.0質量%、Bi:3.2質量%、Co:0.01質量%、Sn:残部からなる、鉛フリーはんだ合金。」 2 甲3について (1)甲3には,はんだ合金,ソルダペーストおよび電子回路基板(発明の名称)に関して,次の記載がある。なお,下線は当審が付した。 「【特許請求の範囲】 【請求項1】 スズ-銀-銅系のはんだ合金であって、 スズ、銀、銅、ビスマス、ニッケルおよびコバルトを含有し、 前記はんだ合金の総量に対して、 前記銀の含有割合が、2質量%以上4質量%以下であり、 前記ニッケルの含有割合が、0.01質量%以上0.15質量%以下であり、 前記コバルトの含有割合が、0.001質量%以上0.008質量%以下である ことを特徴とする、はんだ合金。 【請求項2】 前記コバルトの含有量に対する、前記ニッケルの含有量の質量比(Ni/Co)が、8以上12以下である、請求項1に記載のはんだ合金。 【請求項3】 前記はんだ合金の総量に対して、 前記ビスマスの含有割合が、1.8質量%以上4.2質量%以下である、請求項1または2に記載のはんだ合金。 【請求項4】 さらにアンチモンを含有し、 前記はんだ合金の総量に対して、 前記アンチモンの含有割合が、0.4質量%以上4.0質量%以下であり、 前記ビスマスの含有割合が、0.8質量%以上3.0質量%以下である、請求項1または2に記載のはんだ合金。 【請求項5】 さらにインジウムを含有し、 前記はんだ合金の総量に対して、 前記インジウムの含有割合が、2.8質量%以上5.7質量%以下である、請求項1?4のいずれか一項に記載のはんだ合金。 【請求項6】 前記ビスマスの含有量に対する、前記インジウムの含有量の質量比(In/Bi)が、1.3以上1.8以下である、請求項5に記載のはんだ合金。 【請求項7】 前記はんだ合金の総量に対して、 前記銅の含有割合が、0.3質量%以上0.7質量%以下である、請求項1?6のいずれか一項に記載のはんだ合金。 【請求項8】 請求項1?7のいずれか一項に記載のはんだ合金からなるはんだ粉末と、 フラックスと を含有することを特徴とする、ソルダペースト。 【請求項9】 請求項8に記載のソルダペーストによるはんだ付部を備えることを特徴とする、電子回路基板。」 「【技術分野】 【0001】 本発明は、はんだ合金、ソルダペーストおよび電子回路基板に関し、詳しくは、スズ-銀-銅系のはんだ合金、そのはんだ合金を含有するソルダペースト、および、そのソルダペーストを用いて得られる電子回路基板に関する。」 「【発明が解決しようとする課題】 【0008】 一方、このようなはんだ合金としては、耐久性(耐疲労性、とりわけ、耐冷熱疲労性)の向上が要求されている。 【0009】 また、このようなはんだ合金としては、さらに、融点を低く抑えるとともに、耐クラック性、耐侵食性を向上させることや、ボイド(空隙)を抑制することが要求されている。 【0010】 本発明の目的は、低融点であり、耐久性、耐クラック性、耐侵食性などの機械特性に優れ、さらに、ボイド(空隙)の発生を抑制することができるはんだ合金、そのはんだ合金を含有するソルダペースト、および、そのソルダペーストを用いて得られる電子回路基板を提供することにある。」 「【発明の効果】 【0020】 本発明の一観点に係るはんだ合金は、スズ-銀-銅系のはんだ合金において、スズ、銀、銅、ビスマス、ニッケルおよびコバルトを含有し、はんだ合金の総量に対して、銀の含有割合が、2質量%以上4質量%以下であり、ニッケルの含有割合が、0.01質量%以上0.15質量%以下であり、コバルトの含有割合が、0.001質量%以上0.008質量%以下であるため、融点を低く抑えるとともに、優れた耐久性、耐クラック性、耐侵食性などの機械特性を備えることができ、さらに、ボイド(空隙)の発生を抑制することができる。」 「【発明を実施するための形態】 【0024】 本発明の一観点に係るはんだ合金は、スズ-銀-銅系のはんだ合金であって、必須成分として、スズ、銀、銅、ビスマス、ニッケルおよびコバルトを含有している。 【0025】 このようなはんだ合金において、スズの含有割合は、後述する各成分の残余の割合であって、各成分の配合量に応じて、適宜設定される。 【0026】 銀の含有割合は、はんだ合金の総量に対して、2質量%以上、好ましくは、2質量%を超過、より好ましくは、2.5質量%以上であり、4質量%以下、好ましくは、4質量%未満、より好ましくは、3.8質量%以下である。 【0027】 上記はんだ合金は、銀の含有割合を上記範囲に設定しているので、優れた強度、耐久性および耐クラック性を備えることができる。 【0028】 一方、銀の含有割合が上記下限未満である場合には、強度に劣ったり、後述する銅による効果(耐侵食性)の発現を阻害する。また、銀の含有割合が上記上限を超過する場合には、融点が高くなり、また、伸びや耐クラック性などの機械特性が低下する。さらに、過剰の銀が、後述するコバルトやゲルマニウムの効果(耐久性)の発現を阻害する。 【0029】 銅の含有割合は、はんだ合金の総量に対して、例えば、0.1質量%以上、好ましくは、0.3質量%以上、より好ましくは、0.4質量%以上であり、例えば、1質量%以下、好ましくは、0.7質量%以下、より好ましくは、0.6質量%以下である。 【0030】 銅の含有割合が上記範囲であれば、優れた耐侵食性および強度を確保することができる。 【0031】 一方、銅の含有割合が上記下限未満である場合には、耐侵食性に劣り、銅喰われなどを生じる場合がある。すなわち、銅の含有割合が上記下限未満である場合には、そのはんだ合金を用いてはんだ付するときに、電子回路基板の銅パターンやスルーホールが、はんだ合金により溶解される場合(銅喰われ)がある。また、銅の含有割合が上記上限を超過する場合には、耐久性(とりわけ、耐冷熱疲労性)に劣る場合や、強度に劣る場合がある。 【0032】 ビスマスの含有割合は、はんだ合金の総量に対して、例えば、0.5質量%以上、好ましくは、0.8質量%以上、より好ましくは、1.2質量%以上、さらに好ましくは、1.8質量%以上、とりわけ好ましくは、2.2質量%以上であり、例えば、4.8質量%以下、好ましくは、4.2質量%以下、より好ましくは、3.5質量%以下、さらに好ましくは、3.0質量%以下である。 【0033】 ビスマスの含有割合が上記範囲であれば、融点を低く抑えるとともに、優れた強度および耐久性を確保することができる。 【0034】 一方、ビスマスの含有割合が上記下限未満である場合には、耐クラック性および強度に劣る場合があり、さらに、耐久性にも劣る場合がある。また、ビスマスの含有割合が上記上限を超過する場合にも、耐クラック性および強度に劣る場合があり、さらに、耐久性にも劣る場合がある。 【0035】 ニッケルの含有割合は、はんだ合金の総量に対して、0.01質量%以上、好ましくは、0.03質量%以上、より好ましくは、0.04質量%以上であり、0.15質量%以下、好ましくは、0.1質量%以下、より好ましくは、0.06質量%以下である。 【0036】 ニッケルの含有割合が上記範囲であれば、はんだの組織を微細化させることができ、耐クラック性、強度および耐久性の向上を図ることができる。」 「【0045】 また、上記はんだ合金は、任意成分として、さらに、アンチモン、インジウム、ゲルマニウムなどを含有することができる。 【0046】 アンチモンの含有割合は、はんだ合金の総量に対して、0.1質量%以上、好ましくは、0.2質量%以上、より好ましくは、0.4質量%以上であり、例えば、5.0質量%以下、好ましくは、4.5質量%以下、より好ましくは、4.0質量%以下である。 【0047】 アンチモンの含有割合が上記範囲であれば、強度の向上を図ることができ、また、スズ中に固溶することにより、耐熱性および耐久性の向上を図ることができる。 【0048】 一方、アンチモンの含有割合が上記下限未満である場合には、強度および耐久性に劣る場合がある。また、アンチモンの含有割合が上記上限を超過する場合にも、強度および耐久性に劣る場合がある。 【0049】 また、アンチモンの含有割合が上記範囲である場合、ビスマスの含有割合として、好ましくは、例えば、0.5質量%以上、好ましくは、0.8質量%以上、より好ましくは、1.2質量%以上であり、例えば、4.2質量%以下、好ましくは、3.5質量%以下、より好ましくは、3.0質量%以下である。 【0050】 アンチモンの含有割合およびビスマスの含有割合が上記範囲であれば、強度、耐熱性および耐久性の向上を図ることができる。」 「【0069】 そして、上記はんだ合金は、スズ-銀-銅系のはんだ合金において、スズ、銀、銅、ビスマス、ニッケルおよびコバルトを含有し、はんだ合金の総量に対して、銀の含有割合が、2質量%以上4質量%以下であり、ニッケルの含有割合が、0.01質量%以上0.15質量%以下であり、コバルトの含有割合が、0.001質量%以上0.008質量%以下であるため、融点を低く抑えるとともに、優れた耐久性、耐クラック性、耐侵食性などの機械特性を備えることができ、さらに、ボイド(空隙)の発生を抑制することができる。 【0070】 そのため、このようなはんだ合金は、好ましくは、ソルダペースト(ソルダペースト接合材)に含有される。」 「【0080】 また、本発明は、上記のソルダペーストによるはんだ付部を備える電子回路基板を含んでいる。 【0081】 すなわち、上記のソルダペーストは、例えば、電気・電子機器などの電子回路基板の電極と、電子部品とのはんだ付(金属接合)において、好適に用いられる。 【0082】 電子部品としては、特に制限されず、例えば、抵抗器、ダイオード、コンデンサ、トランジスタなどの公知の電子部品が挙げられる。 【0083】 そして、このような電子回路基板は、はんだ付において、上記のソルダペーストが用いられるので、そのはんだ付部において、優れた耐久性、耐クラック性、耐侵食性などの機械特性を備えることができ、さらに、ボイド(空隙)の発生を抑制することができる。」 「【実施例】 【0086】 次に、本発明を、実施例および比較例に基づいて説明するが、本発明は、下記の実施例によって限定されるものではない。 【0087】 実施例1?54および比較例1?20 ・はんだ合金の調製 表1?2に記載の各金属の粉末を、表1?3に記載の配合割合でそれぞれ混合し、得られた金属混合物を溶解炉にて溶解および均一化させて、はんだ合金を調製した。各実施例および各比較例の配合処方におけるスズ(Sn)の配合割合は、表1?3に記載の各金属(銀(Ag)、銅(Cu)、インジウム(In)、ビスマス(Bi)、アンチモン(Sb)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co))の配合割合(質量%)を差し引いた残部である。」 「【0100】 ![]() 【0101】 ![]() 【0102】 ![]() 」 (2)甲3に記載された発明 ア 上記(1)の摘示のうち,請求項1,4,7,段落【0025】,【0045】?【0049】の記載よりみて,甲3には,次の発明が記載されているといえる(以下「甲3請求項発明」という。)。 「スズ-銀-銅系のはんだ合金であって、 スズ、銀、銅、ビスマス、ニッケルおよびコバルトを含有し、さらにアンチモンを含有し、 前記はんだ合金の総量に対して、 前記銀の含有割合が、2質量%以上4質量%以下であり、 前記銅の含有割合が、0.3質量%以上0.7質量%以下であり、 前記ビスマスの含有割合が、1.8質量%以上4.2質量%以下であり、 前記アンチモンの含有割合が、0.1質量%以上5.0質量%以下であり、 前記ニッケルの含有割合が、0.01質量%以上0.15質量%以下であり、 前記コバルトの含有割合が、0.001質量%以上0.008質量%以下であり、 残部スズからなる、はんだ合金。」 イ また,上記(1)の摘示のうち,本件の請求項1に係る発明の合金組成に最も近い組成である,実施例46,52,54をみると,Sn(残部)以外の組成(質量%)は次のとおりである(表2)。 Ag Cu Bi Sb Ni Co 実施例46 3.0 0.5 2.7 3.0 0.05 0.005 実施例52 3.0 0.5 3.5 1.5 0.05 0.005 実施例54 3.0 0.5 2.7 4.5 0.05 0.005 よって,甲3には,次の発明も記載されているといえる(以下「甲3実施例発明」という。)。 「スズ-銀-銅系のはんだ合金であって、 スズ、銀、銅、ビスマス、ニッケルおよびコバルトを含有し、さらにアンチモンを含有し、 前記はんだ合金の総量に対して、 前記銀の含有割合が、3.0質量%であり、 前記銅の含有割合が、0.5質量%であり、 前記ビスマスの含有割合が、2.7又は3.5質量%であり、 前記アンチモンの含有割合が、1.5,3.0又は4.5質量%であり、 前記ニッケルの含有割合が、0.05質量%であり、 前記コバルトの含有割合が、0.005質量%であり、 残部スズからなる、はんだ合金。」 第5 当審の判断 当審は,申立人が提示した特許異議申立ての理由及び証拠によって,本件の請求項1?3,6,7に係る特許を取り消すことはできないと判断する。その理由は次のとおりである。 1 理由1(明確性)について (1)本件の請求項1における「Coを0.001重量%以上0.008重量%(ただし、0.008重量%を除く)以下」との記載は,「0.008重量%」を,当該値を含まない上限値として表現しているものであるから,「Coを0.001重量%以上0.008重量%未満」という意味であることが明確であるといえる。 また,本件の請求項2における「Coを0.001重量%以上0.008重量%以下(ただし、0.008重量%を除く)」との記載は,「0.001重量%以上0.008重量%以下」の範囲における上限値を,当該値を含まない上限値として表現しているものであるから,請求項1の上記記載と同様に,「Coを0.001重量%以上0.008重量%未満」という意味であることが明確であるといえる。 そして,Co含有量の上限値について,請求項1と請求項1を引用する請求項2とが重複しても,このことにより相互の発明特定事項に矛盾を生じているものではなく,特許を受けようとする発明は明確である。 (2)本件の請求項2における不等式A?Dは,その範囲内とすることで,はんだ接合部の延伸性阻害および脆性増大の抑制,はんだ接合部の強度および熱疲労特性の向上,フィレット中に発生するボイドの抑制,寒暖の差が激しい過酷な環境下におけるはんだ接合部の亀裂進展抑制,Ni/Pd/AuめっきやNi/Auめっきがなされていない電子部品のはんだ接合時における前記界面付近の亀裂進展抑制効果のいずれもバランスよく発揮させることができ,はんだ接合部の信頼性を一層向上させることができる,という技術的意義を有するものである(段落【0035】)。 そして,当該式を構成する各金属元素の含有量との間で矛盾を生じているものではなく,特許を受けようとする発明は明確である。 (3)本件の請求項2及び請求項3における「Niを0.01重量%以上0.03重量%以下」との記載は,いずれも,Ni含有量が「0.01重量%以上0.03重量%以下」の範囲にあることが明確である。 そして,当該範囲は,請求項2と請求項2を引用する請求項3との間で重複しているものの,このことにより相互の発明特定事項に矛盾を生じているものではなく,特許を受けようとする発明は明確である。 2 理由2(サポート要件)について (1)本件における発明の詳細な説明の記載は,次のとおりである。 ア 発明が解決しようとする課題は,「寒暖の差が激しく、振動が負荷されるような過酷な環境下においてもはんだ接合部の亀裂進展を抑制でき、且つNi/Pd/AuめっきやNi/Auめっきがなされていない電子部品を用いてはんだ接合をした場合においても前記界面付近における亀裂進展を抑制することのできる鉛フリーはんだ合金、並びに当該鉛フリーはんだ合金を用いて形成されるはんだ接合部を有する電子回路基板および電子制御装置を提供すること」(段落【0010】)である。 イ 上記課題を解決するための,鉛フリーはんだ合金の組成に関する記載は,次のとおりである。 (ア)Agを添加することにより,合金のSn粒界中にAg_(3)Sn化合物を析出させ,機械的強度を付与することができる。1重量%未満の場合,Ag_(3)Sn化合物の析出が少なく,合金の機械的強度および耐熱衝撃性が低下するので好ましくない。3.1重量%を超えて添加しても引っ張り強度は大幅には向上せず,飛躍的な耐熱疲労特性の向上には結びつかず,経済的に好ましくない。2重量%以上3.1重量%以下とすると,合金の強度と延伸性のバランスをより良好にできる(段落【0021】)。 (イ)1重量%以下のCuを含有させることで,電子回路のCuランドに対するCu食われ防止効果を発揮すると共に,Sn粒界中にCu_(6)Sn_(5)化合物を析出させることにより合金の耐熱衝撃性を向上させることができる。(段落【0022】)。 (ウ)1重量%以上5重量%以下のSbを含有させることで,合金の延伸性を阻害することなくはんだ接合部の亀裂進展抑制効果を向上させることができる。Sn結晶格子の一部のSb置換により前記結晶中の転移に必要なエネルギーが増大してその金属組織が強化され,更には,Sn粒界に微細なSnSb,ε-Ag_(3)(Sn,Sb)化合物が析出することにより,Sn粒界のすべり変形を防止することではんだ接合部に発生する亀裂の進展を抑制し得る。また,高温ではSnマトリックス中へのSbの固溶強化が,低温ではSnSb,ε-Ag_(3)(Sn,Sb)化合物の析出強化が起こるため,優れた耐冷熱衝撃性を確保し得る。さらに,はんだ合金の延伸性に影響を及ぼすBiを含有させてもそれ自体の延伸性が阻害され難く,過酷な環境下に長時間曝された場合であっても電子部品の電極剥離現象をも抑制することができる(段落【0023】?【0027】)。 (エ)0.5重量%以上4.5重量%以下のBiを含有させることで,合金の延伸性に影響を及ぼすことなく,その強度を向上させると共に,Sbと同様にSnマトリックス中へ固溶するため,鉛フリーはんだ合金を更に強化することができる。4.5重量%を超えると合金の延伸性を低下させて脆性が強まるため,寒暖の差が激しい過酷な環境下に長時間曝された際,はんだ接合部には深部亀裂が生じ易くなるため好ましくない。Niおよび/またはCoと併用する場合,Biの好ましい含有量は3.1重量%以上4.5重量%以下である(段落【0028】)。 (オ)0.01重量%以上0.25重量%以下のNiを含有させることにより,合金中に微細な(Cu,Ni)_(6)Sn_(5)が形成されて母材中に分散するため,はんだ接合部における亀裂の進展を抑制し,更にその耐熱疲労特性を向上させることができる。また,Ni/Pd/AuめっきやNi/Auめっきがなされていない電子部品をはんだ接合する場合であっても,はんだ接合時にNiが前記界面付近に移動して微細な(Cu,Ni)_(6)Sn_(5)を形成するため,その界面付近におけるCu_(3)Sn層の成長を抑制することができ,前記界面付近の亀裂進展抑制効果を向上させることができる。0.01重量%未満であると,前記金属間化合物の改質効果が不十分となる。0.25重量%を超えると,過冷却が発生し難くなり,形成されるはんだ接合部のフィレットでは,はんだ合金の溶融中に外に抜け出ようとしたガスがその中に残ったまま凝固してしまい,フィレット中にガスによる穴(ボイド)が発生してしまい,特に-40℃から140℃,-40℃?150℃といった寒暖差の激しい環境下においてはんだ接合部の耐熱疲労特性を低下させてしまう(段落【0029】?【0031】)。 (カ)Niに加え0.001重量%以上0.25重量%以下のCoを含有させることにより,Ni添加による上記効果を高めると共に溶融した鉛フリーはんだ合金中に微細な(Cu,Co)_(6)Sn_(5)が形成されて母材中に分散するため,はんだ接合部のクリープ変形の抑制および亀裂の進展を抑制しつつ,特に寒暖差の激しい環境下においてもはんだ接合部の耐熱疲労特性を向上させることができる。また,Ni/Pd/AuめっきやNi/Auめっきがなされていない電子部品をはんだ接合する場合であっても,Ni添加による上記効果を高めると共に,Coがはんだ接合時に前記界面付近に移動して微細な(Cu,Co)_(6)Sn_(5)を形成するため,その界面付近におけるCu_(3)Sn層の成長を抑制することができ,前記界面付近の亀裂進展抑制効果を向上させることができる。0.001重量%未満であると,前記金属間化合物の改質効果が不十分となる。0.25重量%を超えると,過冷却が発生し難くなり,形成されるはんだ接合部のフィレットでは,はんだ合金の溶融中に外に抜け出ようとしたガスがその中に残ったまま凝固してしまい,フィレット中にガスによるボイドが発生し,特に寒暖差の激しい環境下においてはんだ接合部の耐熱疲労特性を低下させる(段落【0032】?【0034】)。 ウ そして,実施例には,本件の請求項1に記載される合金組成の範囲内である実施例18が,(1)はんだ亀裂試験(-40℃から125℃)においてチップA,チップBとも評価「◎」,(2)SnめっきSONによるはんだ亀裂試験において母材の評価「◎」,界面の評価「○」,(3)はんだ亀裂試験(-40℃から150℃)においてチップAの評価「△」,チップBの評価「○」,(4)ボイド試験において電極下,フィレット下とも評価「○」であったことが記載されている(表3)。 (2)上記(1)によれば,当業者は,本件の請求項1?3,6,7に記載される合金組成について,発明の詳細な説明の記載及び当業者の技術常識を参酌して,本件の請求項1?3,6,7で特定される数値範囲の上限及び下限にまで拡張ないし一般化することができるといえる。 (3)申立人は,実施例18の合金組成から,本件の請求項1?3,6,7で特定される数値範囲の上限及び下限にまで拡張ないし一般化できない根拠として,概ね次の主張をしているが,いずれも,次のとおり採用できない。 ア 申立人は,Ni量が多い場合には,Co添加によってフィレット中のボイドによるはんだ接合部の耐熱疲労特性の低下も生じやすくなると考えられるから,請求項1の上限である0.25重量%付近のNiを含むものにCoを添加した場合,さらにボイドが発生しやすくなり,寒暖差の激しい環境下においてはんだ接合部の耐熱疲労特性が低下すると考えられ,当業者の技術常識を踏まえても,実施例18と同様に亀裂の進展の抑制とボイドの抑制とを両立させるとは認められない旨を主張している(特許異議申立書14頁10行?16頁2行)。 しかしながら,上記主張において申立人も指摘するとおり,本件におけるCo添加は,Ni添加の効果を高める作用を有するものであるところ(段落【0032】?【0034】),本件の請求項1におけるCoの含有量は,0.001?0.008重量%であり,Ni含有量の上限である0.25重量%に比べると極めて微量であるから,Ni0.25重量%の近傍においてCoを添加しても,実施例18と同様に亀裂の進展の抑制とボイドの抑制とを両立させるであろうことは,当業者が容易に理解できるものである。 イ 申立人は,Cuの含有量について下限が定められておらず,Cuを全く含まないか,ほとんど含まない合金も本件の請求項1に含まれるが,そのような合金においては,Cu_(3)Snに起因する「亀裂進展」の課題が存在せず,所定量のNiやCoを添加しても,(Cu,Ni)_(6)Sn_(5)や(Cu,Co)_(6)Sn_(5)は形成されないから,亀裂進展抑制効果を奏するとは考えられない旨も主張している(特許異議申立書16頁3行?17頁4行)。 しかしながら,本件の発明の詳細な説明に記載されるとおり,発明が解決しようとする課題は,リード部分や下面電極にNi/Pd/AuめっきやNi/AuめっきではなくSnめっきされた電子部品のはんだ付けにおける亀裂進展の抑制である。そして,当該課題を解決するため,Snめっき及びはんだ接合部に含まれるSnとリード部分や下面電極に含まれるCuとの相互拡散による界面での金属間化合物Cu_(3)Sn層の成長に注目し,所定量のNi及びCoを含有させることにより,上記Cu_(3)Sn層の成長を抑制するものである(段落【0004】,【0029】,【0032】)。 よって,Cuをほとんど含まない合金ではCu_(3)Snに起因する亀裂進展の課題が存在しないことをいう申立人の主張は,その前提において失当である。そして,上記(1)イ(イ)に摘記のとおり,1重量%以下のCuを含有させることで,その含有量に応じて,(Cu,Ni)_(6)Sn_(5)や(Cu,Ni)_(6)Sn_(5)が形成され,亀裂進展抑制効果を奏するものであるといえる。 3 理由3(新規性)及び理由4(進歩性)について (1)甲1請求項発明との対比 ア 本件の請求項1に係る発明と,甲1請求項発明とを対比する。 まず,両者はともに「鉛フリーはんだ合金」である点で一致する。 そして,後者の「質量%」と,前者の「重量%」との間に実質的な差異はなく,両者の組成は,Agが2%超?3.1%,Cuが0.6?0.8%,Sbが3?5%,Biが3.5?4.5%,Niが0.01?0.2%,及び,Coが0.001?0.008%の各範囲で一応重複している。 ただし,Agについて,後者の「1?4質量%」は,前者の「2重量%超3.1重量%以下」の範囲を超える部分を含み,また,Coについて,後者の「0.001?0.1質量%」は,前者の「0.001重量%以上0.008重量%(ただし、0.008重量%を除く)以下」の範囲を超える部分を含むものである。 したがって,本件の請求項1に係る発明と,甲1請求項発明とは,次の一致点及び相違点1を有する。 (一致点) 「Agと、Cuを0.6重量%以上0.8重量%以下と、Sbを3重量%以上5重量%以下と、Biを3.5重量%以上4.5重量%以下と、Niを0.01重量%以上0.2重量%以下と、Coを含み、残部がSnからなる、鉛フリーはんだ合金」である点。 (相違点1) 本件の請求項1に係る発明は,「Agを2重量%超3.1重量%以下」かつ「Coを0.001重量%以上0.008重量%(ただし、0.008重量%を除く)以下」含むのに対し,甲1請求項発明は,「Ag:1?4質量%」かつ「CoおよびFeから選択された元素を少なくとも1種を合計で0.001?0.1質量%」含有する点。 イ 上記相違点1について検討する。 (ア)上記2(1)アのとおり,本件における発明が解決しようとする課題は,「寒暖の差が激しく、振動が負荷されるような過酷な環境下においてもはんだ接合部の亀裂進展を抑制でき、且つNi/Pd/AuめっきやNi/Auめっきがなされていない電子部品を用いてはんだ接合をした場合においても前記界面付近における亀裂進展を抑制することのできる鉛フリーはんだ合金、並びに当該鉛フリーはんだ合金を用いて形成されるはんだ接合部を有する電子回路基板および電子制御装置を提供すること」である(段落【0010】)。 そして,本件では,上記課題のうち,過酷な環境下におけるはんだ接合部の亀裂進展の抑制に関しては,上記2(1)イ(ア)のとおり,Agを添加することにより,合金のSn粒界中にAg_(3)Sn化合物を析出させ,機械的強度を付与することができ,2重量%超3.1重量%以下で,合金の強度と延伸性のバランスをより良好にできることができる(段落【0021】)。同じく上記課題のうち,Ni/Pd/AuめっきやNi/Auめっきがなされていない電子部品のはんだ接合における界面付近の亀裂進展の抑制に関しては,上記2(1)イ(カ)のとおり,Co添加により,Ni添加による微細な(Cu,Ni)_(6)Sn_(5)の形成・分散効果を高めると共に,Coがはんだ接合時に前記界面付近に移動して微細な(Cu,Co)_(6)Sn_(5)を形成し,Cu_(3)Sn層の成長を抑制して,亀裂進展抑制効果を向上させることができる(段落【0032】?【0034】)。 (イ)これに対し,甲1におけるAgの添加は,はんだのぬれ性向上効果とはんだマトリックス中にAg_(3)Snの金属間化合物のネットワーク状の化合物を析出させて,析出分散強化型の合金を作り,温度サイクル特性の向上を図る効果を狙ったものであり,1質量%未満では,はんだのぬれ性の向上効果が発揮されず,Ag_(3)Snの析出量が少なくなり,金属間化合物のネットワークが強固とはならず,4質量%より多くなると,はんだの液相線温度が上昇して,Sbの再溶融が起こらず,SnSb金属間化合物の微細化効果を阻害してしまうものであり,より好ましくは3.2?3.8質量%である(以上,段落[0025])。そして,本件の請求項1に係る発明に対応する合金組成の実施例44?47はすべて,Ag含有量が3.4質量%で,「Agが2重量%超3.1重量%以下」に該当しない(表2)。 そうすると,甲1において,Ag_(3)Sn化合物を析出させる観点からAgを添加するとしても,その量を,甲1請求項発明より狭い範囲である「2重量%超3.1重量%以下」とすることは,何ら記載されておらず,また,それを示唆する記載も見あたらない。 (ウ)また,甲1におけるCoまたはFeまたはその両方の添加は,Niの効果(はんだ付け界面付近に発生する金属間化合物の微細化)を高めることができ,特に,Coは優れた効果を現すものであって,0.001質量%未満では界面クラックの成長を防止する効果が現れず,0.1質量%を超えると界面に析出する金属間化合物層が厚くなり,振動等でのクラックの成長が早くなる(以上,段落[0028])。そして,Coを含む実施例45?47はいずれも0.008重量%を超えるものであり,「0.001重量%以上0.008重量%(ただし、0.008重量%を除く)以下」のものは存在しない(表1,表2:なお,申立人は,甲1の特許公報(甲2)の表2の記載から,実施例44はCoが0.001重量%であると主張するが,甲1には「0」と記載されるのみであるから,「0.001重量%」が記載されているということはできない。仮に上記主張を容れたとしても,実施例44は,実施例25とCo以外の組成が同一で,かつ,3000サイクル後のクラック発生率及びシェア強度残存率も同一であるから,甲1におけるCo含有量を,0.01重量%を下回る範囲の極少量に限定する積極的な動機づけは見あたらない。)。 そうすると,甲1には,Niの効果を高める観点からCoを添加するとしても,実質的に0.01重量%以上含有させることしか示されておらず,それよりも狭い範囲である「0.001重量%以上0.008重量%(ただし、0.008重量%を除く)以下」に限定することは,何ら記載されていないし,また,それを示唆する記載も見あたらない。 (エ)のみならず,一般に,合金は,所定の含有量を有する合金元素の組み合わせが一体のものとして技術的意義を有するのであって,所与の特性が得られる組み合わせについては,実施例に示された実際に作製された具体的な合金組成を考慮してはじめて理解され,合金を構成する元素が同じであっても配合量や製造方法に差違があれば,金属組織が異なり性質が異なることになり,それらは予測が困難である,という技術常識があるといえる(甲4:48頁2?5行)。 (オ)以上の検討によれば,相違点1は,実質的な相違点であり,甲1には,甲1請求項発明よりも狭い数値範囲である「Agを2重量%超3.1重量%以下」かつ「Coを0.001重量%以上0.008重量%(ただし、0.008重量%を除く)以下」とする発明が記載されているものとはいえない。 また,甲1において,Ag_(3)Sn化合物を析出させる観点からAgを添加し,かつ,Niの効果を高める観点からCoを添加することが知られていたとしても,甲1請求項発明において,これらを同時に,かつ,より狭い数値範囲である「Agを2重量%超3.1重量%以下」かつ「Coを0.001重量%以上0.008重量%(ただし、0.008重量%を除く)以下」に限定することは,たとえ当業者であっても容易になし得たことではない。 (カ)そして,本件の請求項1に係る発明は,「Agを2重量%超3.1重量%以下」かつ「Coを0.001重量%以上0.008重量%(ただし、0.008重量%を除く)以下」含むことにより,上記2(1)ウのとおり,(1)はんだ亀裂試験(-40℃から125℃),(2)SnめっきSONによるはんだ亀裂試験,(3)はんだ亀裂試験(-40℃から150℃)及び(4)ボイド試験の各々において,亀裂の発生と進展の抑制,及び,ボイド発生の抑制を確認したものであり,これらの効果は,当業者が容易に予測できたものではない。 (キ)以上のとおりであるから,本件の請求項1に係る発明は,甲1請求項発明ではなく,また,甲1請求項発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものではない。 ウ 本件の請求項2,3,6,7に係る各発明はいずれも,請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから,甲1請求項発明と対比すると,少なくとも,上記アで指摘した相違点1を有する。 そして,上記イのとおり,本件の請求項1に係る発明は,甲1請求項発明ではなく,また,甲1請求項発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件の請求項2,3,6,7に係る各発明も同様に,甲1請求項発明ではなく,また,甲1請求項発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (2)甲1実施例発明との対比 ア 本件の請求項1に係る発明と,甲1実施例発明とを対比する。 まず,両者はともに「鉛フリーはんだ合金」である点で一致する。 そして,後者の「質量%」と,前者の「重量%」との間に実質的な差異はなく,後者の組成は,Ag,Bi及びCoを除き,前者の組成の範囲内で重複している。 したがって,本件の請求項1に係る発明と,甲1実施例発明とは,次の一致点及び相違点2を有する。 (一致点) 「Agと、Cuを0.7重量%と、Sbを3.0重量%と、Biと、Niを0.04重量%と、Coと、を含み、残部がSnからなる、鉛フリーはんだ合金」である点。 (相違点2) 本件の請求項1に係る発明は,「Agを2重量%超3.1重量%以下」,「Biを3.5重量%以上4.5重量%以下」かつ「Coを0.001重量%以上0.008重量%(ただし、0.008重量%を除く)以下」含むのに対し,甲1実施例発明は,「Ag:3.4質量%」,「Bi:3.2質量%」かつ「Co:0.01質量%」含有する点。 イ 上記相違点2について検討するに,相違点2のうち,Ag及びCoの含有量がいずれも本件の請求項1に係る発明の範囲外である点は,甲1請求項発明との対比で認定した相違点1(上記(1)ア)と,その内容が共通する。よって,上記(1)イでの検討と同様に,相違点2は,実質的な相違点であり,甲1には,「Agを2重量%超3.1重量%以下」かつ「Coを0.001重量%以上0.008重量%(ただし、0.008重量%を除く)以下」とする発明が記載されているものとはいえない。 また,甲1におけるAg及びCoの添加について,これらを同時に,かつ,甲1実施例発明とは異なる,「Agを2重量%超3.1重量%以下」かつ「Coを0.001重量%以上0.008重量%(ただし、0.008重量%を除く)以下」の範囲内に変更することは,たとえ当業者であっても容易になし得たことではない。 よって,本件の請求項1に係る発明は,甲1実施例発明ではなく,また,甲1実施例発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 ウ 本件の請求項2,3,6,7に係る各発明はいずれも,請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから,甲1実施例発明と対比すると,少なくとも,上記アで指摘した相違点2を有する。 そして,上記イのとおり,本件の請求項1に係る発明は,甲1実施例発明ではなく,また,甲1実施例発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件の請求項2,3,6,7に係る各発明も同様に,甲1実施例発明ではなく,また,甲1実施例発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (3)申立人の主張について 申立人は,甲1の実施例4,5,26,34,41,44にも引用発明が記載されている旨主張する(特許異議申立書25頁8?15行,31頁4?12行)。 そこで検討するに,上記の各実施例に係る合金組成は,すべて,Ag含有量が3.4質量%,かつ,Co含有量が0又は不明であって,本件の請求項1に係る発明とは,上記(2)アの相違点2と同様の相違点を有する。そして,上記(2)イのとおり,甲1におけるAg及びCoの添加について,これらを同時に,かつ,異なる数値範囲に限定することは,たとえ当業者であっても容易になし得たことではない。 よって,甲1の実施例4,5,26,34,41,44の記載から引用発明を認定しても,本件の請求項1?3,6,7に係る各発明における新規性・進歩性の判断に変わるところはないから,申立人の主張は採用しない。 (4)理由3(新規性)及び理由4(進歩性)についてのまとめ 以上のとおり,本件の請求項1?3,6,7に係る各発明は,甲1に記載された発明ではなく,また,甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 4 理由5(新規性)及び理由6(進歩性)について (1)甲3請求項発明との対比 ア 本件の請求項1に係る発明と,甲3請求項発明とを対比する。 後者の「スズ-銀-銅系のはんだ合金」は,合金組成が共通し,かつ,鉛を含まないから,前者の「鉛フリーはんだ合金」に相当する。 そして,後者の「質量%」と,前者の「重量%」との間に実質的な差異はないので,両者の組成は,Agが2%超?3.1%,Cuが0.3?0.7%,Sbが3?5%,Biが3.5?4.2%,Niが0.01?0.15%,及び,Coが0.001?0.008%未満の各範囲で一応重複している。 ただし,Sbについて,後者の「0.1質量%以上5.0質量%以下」は,前者の「3重量%以上5重量%以下」の範囲を超える部分を含む。同様に,Biについて,後者の「1.8質量%以上4.2質量%以下」は,前者の「3.5重量%以上4.5重量%以下」の範囲を超える部分を含む。 したがって,本件の請求項1に係る発明と,甲3請求項発明とは,次の一致点及び相違点3を有する。 (一致点) 「Agを2重量%超3.1重量%以下と、Cuを0.3重量%以上0.7重量%以下と、Sbと、Biと、Niを0.01重量%以上0.15重量%以下と、Coを0.001重量%以上0.008重量%未満含み、残部がSnからなる、鉛フリーはんだ合金」である点。 (相違点3) 本件の請求項1に係る発明は,「Sbを3重量%以上5重量%以下」かつ「Biを3.5重量%以上4.5重量以下」含むのに対し,甲3請求項発明は,「アンチモンの含有割合が、0.1質量%以上5.0質量%以下」かつ「ビスマスの含有割合が1.8質量%以上4.2質量%以下」の含有割合である点。 イ 上記相違点3について検討する。 (ア)上記2(1)アで説示のとおり,本件における発明が解決しようとする課題は,「寒暖の差が激しく、振動が負荷されるような過酷な環境下においてもはんだ接合部の亀裂進展を抑制でき、且つNi/Pd/AuめっきやNi/Auめっきがなされていない電子部品を用いてはんだ接合をした場合においても前記界面付近における亀裂進展を抑制することのできる鉛フリーはんだ合金、並びに当該鉛フリーはんだ合金を用いて形成されるはんだ接合部を有する電子回路基板および電子制御装置を提供すること」である(段落【0010】)。 そして,本件では,Sbを添加することにより,Snの結晶格子の一部がSbに置換され,金属組織が強化されると共に,Sn粒界に微細なSnSb,ε-Ag_(3)(Sn,Sb)化合物が析出することにより,はんだ接合に発生する亀裂の進展を抑制する(段落【0024】)。また,Biを添加することにより,BiもSbと同様にSnマトリックス中へ固溶するため,鉛フリーはんだ合金を更に強化することができるが,Niおよび/またはCoと併用する場合,Biの好ましい含有量は3.1重量%以上4.5重量%以下である(段落【0028】)。 (イ)これに対し,甲3におけるアンチモンは,はんだ合金の任意成分であり,0.1質量%以上5.0質量%以下の範囲で,強度の向上や,スズ中に固溶することによる耐熱性および耐久性の向上を図ることができる(段落【0045】?【0048】)。 また,甲3におけるビスマスの含有割合は1.8質量%以上4.2質量%以下であり,この範囲で,融点を低くするとともに,優れた強度および耐久性を確保できる(請求項3,段落【0032】,【0033】)。 (ウ)他方,甲3においては,アンチモンの含有割合が上記範囲である場合,ビスマスの含有割合として,より好ましくは,1.2質量%以上3.0質量%以下の範囲であれば,強度,耐熱性および耐久性の向上を図ることができるとされている(段落【0049】)。 さらに,対応する合金組成を有する実施例44?54のうち,アンチモンの含有割合が3質量%以上のものは実施例46,54のみ,ビスマスの含有割合が3.5質量%以上であるものは実施例52のみであり,両元素の含有割合を満たす実施例は存在しない(表2)。 (エ)そして,合金の分野における技術常識(上記3(1)イ(エ))も踏まえると,甲3において,強度,耐熱性及び耐久性向上の観点からSb及びBiを添加することが知られていたとしても,甲3請求項発明において,これらを同時に,かつ,より狭い数値範囲である「Sbを3重量%以上5重量%以下」かつ「Biを3.5重量%以上4.5重量以下」に限定することは,甲3には記載も示唆もされていない。 (オ)以上の検討によれば,相違点3は実質的な相違点であり,甲3には,甲3請求項発明よりも狭い数値範囲である「Sbを3重量%以上5重量%以下」かつ「Biを3.5重量%以上4.5重量以下」とする発明が記載されているものとはいえない。 また,甲3において,強度,耐熱性及び耐久性向上の観点からSb及びBiを添加することが知られていたとしても,甲3請求項発明において,これらを同時に,かつ,より狭い数値範囲である「Sbを3重量%以上5重量%以下」かつ「Biを3.5重量%以上4.5重量以下」に限定することは,たとえ当業者であっても容易になし得たことではない。 (カ)そして,本件の請求項1に係る発明は,「Sbを3重量%以上5重量%以下」かつ「Biを3.5重量%以上4.5重量%以下」含むことにより,上記2(1)ウのとおり,(1)はんだ亀裂試験(-40℃から125℃),(2)SnめっきSONによるはんだ亀裂試験,(3)はんだ亀裂試験(-40℃から150℃)及び(4)ボイド試験の各々において,亀裂の発生と進展の抑制,及び,ボイド発生の抑制を確認したものであり,これらの効果は,当業者が容易に予測できたものではない。 (キ)以上のとおりであるから,本件の請求項1に係る発明は,甲3請求項発明ではなく,また,甲3請求項発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 ウ 本件の請求項2,3,6,7に係る各発明はいずれも,請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから,甲3請求項発明と対比すると,少なくとも,上記アで指摘した相違点3を有する。 そして,上記イのとおり,本件の請求項1に係る発明は,甲3請求項発明ではなく,また,甲3請求項発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件の請求項2,3,6,7に係る各発明も同様に,甲3請求項発明ではなく,また,甲3請求項発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (2)甲3実施例発明との対比 ア 本件の請求項1に係る発明と,甲3実施例発明とを対比する。 後者の「スズ-銀-銅系のはんだ合金」は,合金組成が共通し,かつ,鉛を含まないから,前者の「鉛フリーはんだ合金」に相当する。 そして,後者の「質量%」は,前者の「重量%」と実質的な差異はなく,両者の組成も重複しているが,Sb及びBiについては,上記(1)イ(ウ)のとおり,両元素の含有割合を満たす実施例は存在しない。 したがって,本件の請求項1に係る発明と,甲3実施例発明とは,次の一致点及び相違点4を有する。 (一致点) 「Agを3.0重量%と、Cuを0.5重量%と、Sbと、Biと、Niを0.05重量%と、Coを0.005重量%と、を含み、残部がSnからなる、鉛フリーはんだ合金」である点。 (相違点4) 本件の請求項1に係る発明は,「Sbを3重量%以上5重量%以下」かつ「Biを3.5重量%以上4.5重量%以下」含むのに対し,甲3実施例発明は,「アンチモンの含有割合が、3.0又は4.5質量%」の含有割合のもの又は「ビスマスの含有割合が、3.5質量%」の含有割合のものはあるが,それらを同時に満たすものはない点。 イ 上記相違点4について検討するに,これは,甲3請求項発明との対比で認定した相違点3(上記(1)ア)とその内容が共通する。よって,上記(1)イでの検討と同様に,相違点4は実質的な相違点であり,甲3には,「Sbを3重量%以上5重量%以下」かつ「Biを3.5重量%以上4.5重量以下」とする発明が記載されているものとはいえない。 また,甲3におけるSb及びBiの同時添加について,これらを同時に,かつ,甲3実施例発明とは異なる「Sbを3重量%以上5重量%以下」かつ「Biを3.5重量%以上4.5重量以下」の範囲内に変更することは,たとえ当業者であっても容易になし得たことではない。 よって,本件の請求項1に係る発明は,甲3実施例発明ではなく,また,甲3実施例発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 ウ 本件の請求項2,3,6,7に係る各発明はいずれも,請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから,甲3実施例発明と,少なくとも,上記アで指摘した相違点4を有する。 そして,上記イのとおり,本件の請求項1に係る発明は,甲3実施例発明ではなく,また,甲3実施例発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件の請求項2,3,6,7に係る各発明も同様に,甲3実施例発明ではなく,また,甲3実施例発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (3)申立人の主張について 申立人は,甲3の実施例46,54に基づく引用発明との対比ではBi量が2.7質量%であり,また同じく実施例52に基づく引用発明との対比ではSb量が1.5質量%であっていずれも本件の請求項1に係る発明と相違するが,当該相違点に係る数値を好ましい範囲に調整することは,当業者が容易になし得たものである旨主張している(特許異議申立書39頁下から6行?41頁13行,44頁4行?45頁20行)。 しかしながら,上記(1)イで検討したとおり,甲3には,アンチモンと組み合わせるビスマスの含有割合として,より好ましくは1.2質量%以上3.0質量%以下であることが記載されている(段落【0049】)。そして,合金の分野における技術常識(上記3(1)イ(エ))も踏まえると,甲3実施例発明において,アンチモン及びビスマスを同時に,かつ,甲3実施例発明とは異なる数値範囲に変更することは,たとえ当業者であっても容易になし得たことではない。よって,上記主張は採用しない。 (4)理由5(新規性)及び理由6(進歩性)についてのまとめ 以上のとおり,本件の請求項1?3,6,7に係る各発明は,甲3に記載された発明ではなく,また,甲3に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 第6 むすび したがって,申立人が提示した特許異議申立ての理由及び証拠によって,本件の請求項1?3,6,7に係る特許を取り消すことはできない。 また,他に本件の請求項1?3,6,7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって,結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2019-11-13 |
出願番号 | 特願2017-199949(P2017-199949) |
審決分類 |
P
1
652・
113-
Y
(B23K)
P 1 652・ 537- Y (B23K) P 1 652・ 121- Y (B23K) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 川口 由紀子 |
特許庁審判長 |
中澤 登 |
特許庁審判官 |
井上 猛 平塚 政宏 |
登録日 | 2019-01-18 |
登録番号 | 特許第6467484号(P6467484) |
権利者 | 株式会社タムラ製作所 |
発明の名称 | 鉛フリーはんだ合金、電子回路基板および電子制御装置 |
代理人 | 太田 洋子 |