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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08G
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08G
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08G
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08G
管理番号 1357637
異議申立番号 異議2018-700706  
総通号数 241 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-01-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-08-31 
確定日 2019-10-24 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6288227号発明「フレキシブルデバイス基板形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物及びそれを用いたフレキシブルデバイスの製造方法,フレキシブルデバイス」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6288227号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1?6〕について訂正することを認める。 特許第6288227号の請求項1?6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6288227号(請求項の数6。以下,「本件特許」という。)は,平成21年3月2日を出願日とする特許出願(特願2009-47876号)の一部を,平成27年5月26日に新たな出願とした特許出願(特願2015-106345号)の一部を,さらに平成28年12月5日に新たな出願とした特許出願(特願2016-236034号)に係るものであって,平成30年2月16日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は,平成30年3月7日である。)。
その後,平成30年8月31日に,本件特許の請求項1?6に係る特許に対して,特許異議申立人である特許業務法人朝日奈特許事務所(以下,「申立人A」という。)により,特許異議の申立て(以下,「申立てA」という。)がされた。
また,平成30年9月7日に,本件特許の請求項1?6に係る特許に対して,特許異議申立人である高橋美穂(以下,「申立人B」という。)及び野田澄子(以下,「申立人C」という。)により,それぞれ,特許異議の申立て(以下,それぞれ,「申立てB」,「申立てC」という。)がされた。
本件特許異議の申立てにおける手続の経緯は,以下のとおりである。

平成30年 8月31日 特許異議申立書(申立てA)
9月 7日 特許異議申立書(申立てB)
特許異議申立書(申立てC)
11月26日付け 取消理由通知書
平成31年 1月28日 意見書,訂正請求書
1月30日付け 通知書(申立人Aに対し)
通知書(申立人Bに対し)
通知書(申立人Cに対し)
3月 1日 意見書(申立人B)
3月 4日 意見書(申立人C)
令和 1年 5月14日付け 取消理由通知書(決定の予告)
7月12日 意見書,訂正請求書
8月 9日付け 通知書(申立人Aに対し)
通知書(申立人Bに対し)
通知書(申立人Cに対し)
9月10日 意見書(申立人A)
9月11日 意見書(申立人C)
9月13日 意見書(申立人B)

第2 訂正の請求について
1 訂正の内容
令和1年7月12日付けの訂正請求書による訂正(以下,「本件訂正」という。)の請求は,本件特許の特許請求の範囲を上記訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1?6について訂正することを求めるものであり,その内容は,以下のとおりである。下線は,訂正箇所を示す。
なお,平成31年1月28日付けの訂正請求書による訂正の請求は,本件訂正の請求がされたことに伴い,特許法120条の5第7項の規定により,取り下げられたものとみなす。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に,「液状の樹脂組成物を硬質キャリア基板上に塗布成膜して」とあるのを,「液状の樹脂組成物を硬質キャリア基板上に塗布成膜し,200?500℃の加熱時間で15分?6時間加熱して,」と訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に,「厚さが1?20μm」とあるのを,「厚さが2?10μm」と訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項1に「R_(2)は
【化3】

から選択される四価の有機基であり,nは繰り返し数を表す正の整数である。但し,R_(1)がp-フェニレンジアミンに基づく構造残基であるとき,R_(2)はピロメリット酸無水物に基づく構造残基ではない。)」とあるのを,「R_(2)は
【化3】

で表され,s-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基である四価の有機基であり,nは繰り返し数を表す正の整数である。)」と訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項1に「構造単位を有する」とあるのを,「構造単位を全構造単位中60%以上有する」と訂正する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項1に「重量平均分子量が15,000?200,000である」とあるのを,「重量平均分子量が15,000?80,000である」と訂正する。

(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項1に「1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とを有するポリイミド前駆体」とあるのを,「1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体」と訂正する。

(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項1における「有機溶媒」を,「N-メチル-2-ピロリドン,N,N-ジメチルホルムアミド,N,N-ジメチルアセトアミド,γ-ブチロラクトン,ε-カプロラクトン,γ-カプロラクトン,γ-バレロラクトン,ジメチルスルホキシド,1,4-ジオキサン,及びシクロヘキサノンからなる群より選ばれる少なくとも1種の有機溶媒」と訂正する。

(8)訂正事項8
特許請求の範囲の請求項2に「フレキシブルデバイス基板が,液晶ディスプレイ用基板,有機ELディスプレイ用基板又は電子ペーパー用基板である,請求項1に記載のフレキシブルデバイス基板形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物。」とあるのを,「フレキシブルデバイス基板が,液晶ディスプレイ用基板,有機ELディスプレイ用基板又は電子ペーパー用基板であり,前記ポリイミド前駆体樹脂組成物が,前記ポリイミド前駆体に対して0.1質量%以上3質量%以下のシランカップリング剤を更に含有する,請求項1に記載のフレキシブルデバイス基板形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物。」と訂正する。

(9)訂正事項9
特許請求の範囲の請求項3に,「請求項1又は2に記載のフレキシブルデバイス基板形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物を硬質キャリア基板上に塗布成膜して」とあるのを,「請求項1又は2に記載のフレキシブルデバイス基板形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物を硬質キャリア基板上に塗布成膜し,200?500℃の加熱時間で15分?6時間加熱して,」と訂正する。

(10)訂正事項10
特許請求の範囲の請求項3に,「厚さが1?20μm」とあるのを,「厚さが2?10μm」と訂正する。

(11)一群の請求項について
訂正前の請求項1?6について,請求項2?6は,請求項1を直接又は間接的に引用するものであり,上記の訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。したがって,訂正前の請求項1?6に対応する訂正後の請求項1?6は,一群の請求項である。そして,本件訂正は,その一群の請求項ごとに請求がされたものである。

2 訂正の適否についての当審の判断
(1)訂正事項1及び9について
訂正事項1及び9に係る訂正は,訂正前の請求項1及び3に対して,「200?500℃の加熱時間で15分?6時間加熱して」との記載を追加するものである。
これらの訂正は,訂正前の請求項1及び3における「ポリイミド樹脂膜を形成する」ための条件について,「200?500℃の加熱時間で15分?6時間加熱」するものに限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして,本件特許の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(以下,「本件明細書等」という。)には,「塗布した本発明のポリイミド前駆体樹脂組成物は,一般に,加熱乾燥した後,脱水閉環してポリイミド樹脂膜を形成する。その加熱温度としては通常100?500℃,好ましくは150?450℃,さらに好ましくは200?400℃の範囲を任意に選択することができる。また加熱時間は,通常1分?6時間,好ましくは3分?4時間,さらに好ましくは15分?2時間とされる。」(【0021】)との記載があるから,これらの訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(2)訂正事項2及び10について
訂正事項2及び10に係る訂正は,訂正前の請求項1及び3における「ポリイミド樹脂膜」の「厚さ」について,「1?20μm」を「2?10μm」とするものである。
これらの訂正は,上記「厚さ」について,「1?20μm」を「2?10μm」に限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして,本件明細書等には,「本発明における液状ポリイミド前駆体樹脂組成物を塗布,乾燥,イミド閉環して得られるポリイミド樹脂膜の厚さは,1?20μmであることが望ましい。これは,厚さが1μmに満たない場合にポリイミドフィルムが十分な耐性を保持できず,フレキシブルデバイスとして使用したとき応力に耐え切れず破壊されるためである。また,20μmを超えて厚くなると,フレキシブルデバイスの薄型化が困難となってしまう。したがって,フレキシブルデバイスとして十分な耐性を保持しながらより薄膜化するには,2?10μmの厚みであることが最も望ましい。」(【0020】)との記載があるから,これらの訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(3)訂正事項3について
訂正事項3に係る訂正は,訂正前の請求項1における一般式(1)における「R_(2)」について,「【化3】

から選択される四価の有機基」を,「【化3】

で表され,s-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基である四価の有機基」とし,「但し,R_(1)がp-フェニレンジアミンに基づく構造残基であるとき,R_(2)はピロメリット酸無水物に基づく構造残基ではない。」との記載を削除するものである。
この訂正は,上記「R_(2)」について,4つの選択肢のうち,3つの選択肢を削除して,「s-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基である四価の有機基」に限定するとともに,当該限定に伴い,「R_(2)」が「ピロメリット酸無水物に基づく構造残基」となることがなくなったため,「但し,R_(1)がp-フェニレンジアミンに基づく構造残基であるとき,R_(2)はピロメリット酸無水物に基づく構造残基ではない。」との記載を削除するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして,本件明細書等には,実施例1(【0023】)において,「s-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物」を用いて,液状ポリイミド前駆体樹脂組成物を得たことが記載されているから,この訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(4)訂正事項4について
訂正事項4に係る訂正は,訂正前の請求項1に対して,「全構造単位中60%以上」との記載を追加するものである。
この訂正は,訂正前の請求項1における「一般式(1)・・・で表される構造単位」について,その割合を「全構造単位中60%以上」に限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして,本件明細書等には,「ポリイミド前駆体は,一般に1つのテトラカルボン酸残基と1つのジアミン残基から形成される構造単位(括弧でくくられた構造単位)が繰り返し単位となって形成されるが,本発明においては一般式(1)で示される括弧でくくられた構造単位が,全構造単位中40%以上であることが好ましく,60%以上であることがより好ましく,80?100%であることが特に好ましい。」(【0014】)との記載があるから,この訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(5)訂正事項5について
訂正事項5に係る訂正は,訂正前の請求項1における「重量平均分子量」について,「15,000?200,000」を「15,000?80,000」とするものである。
この訂正は,上記「重量平均分子量」について,「15,000?200,000」を「15,000?80,000」に限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして,本件明細書等には,実施例2(【0025】)において,p-フェニレンジアミンとs-ビフェニルテトラカルボン酸無水物を用いて得られた液状ポリイミド前駆体樹脂組成物の重量平均分子量が「80000」であることが記載されているから,この訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(6)訂正事項6について
訂正事項6に係る訂正は,訂正前の請求項1における「ポリイミド前駆体」について,「1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基」と「s-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基」の2つの構造残基「を有する」としていたものを,これら2つの構造残基「のみからなる」とするものである。
この訂正は,上記「ポリイミド前駆体」について,上記2つの構造残基「を有する」もの(すなわち,他の構造残基を有し得るもの)を,上記2つの構造残基「のみからなる」ものに限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして,本件明細書等には,実施例4(【0027】)において,「1,4-ジアミノシクロヘキサン」と「s-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物」のみを用いて,液状ポリイミド前駆体樹脂組成物を得たことが記載されているから,この訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(7)訂正事項7について
訂正事項7に係る訂正は,訂正前の請求項1に対して,「N-メチル-2-ピロリドン,N,N-ジメチルホルムアミド,N,N-ジメチルアセトアミド,γ-ブチロラクトン,ε-カプロラクトン,γ-カプロラクトン,γ-バレロラクトン,ジメチルスルホキシド,1,4-ジオキサン,及びシクロヘキサノンからなる群より選ばれる少なくとも1種の」との記載を追加するものである。
この訂正は,訂正前の請求項1における「有機溶媒」について,その種類を「N-メチル-2-ピロリドン,N,N-ジメチルホルムアミド,N,N-ジメチルアセトアミド,γ-ブチロラクトン,ε-カプロラクトン,γ-カプロラクトン,γ-バレロラクトン,ジメチルスルホキシド,1,4-ジオキサン,及びシクロヘキサノンからなる群より選ばれる少なくとも1種の」有機溶媒に限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして,本件明細書等には,「ポリイミド前駆体は,一般にテトラカルボン酸二無水物とジアミンとを重合することにより得られる。この重合は両者を有機溶媒中で混合することにより行うことができる。」(【0014】),「重合に使用する有機溶媒は,例えば,N-メチル-2-ピロリドン,N,N-ジメチルホルムアミド,N,N-ジメチルアセトアミド,γ-ブチロラクトン,ε-カプロラクトン,γ-カプロラクトン,γ-バレロラクトン,ジメチルスルホキシド,1,4-ジオキサン,シクロヘキサノンなどが挙げられ,また,これらは2種以上を併用してもよい。」(【0017】)との記載があるから,この訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(8)訂正事項8について
訂正事項8に係る訂正は,訂正前の請求項2に対して,「前記ポリイミド前駆体樹脂組成物が,前記ポリイミド前駆体に対して0.1質量%以上3質量%以下のシランカップリング剤を更に含有する」との記載を追加するものである。
この訂正は,訂正前の請求項2における「ポリイミド前駆体樹脂組成物」について,「ポリイミド前駆体に対して0.1質量%以上3質量%以下のシランカップリング剤を更に含有する」ものに限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして,本件明細書等には,「さらに,本発明のフレキシブルデバイス基板用ポリイミド前駆体樹脂組成物には,被塗布体との接着性向上のため,シランカップリング剤,チタンカップリング剤等のカップリング剤を添加することができる。」(【0019】),「このときの使用量は,ポリイミド前駆体(樹脂分)に対して,0.1質量%以上,3質量%以下が好ましい。」(【0019】)との記載があるから,この訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

3 まとめ
上記2のとおり,各訂正事項に係る訂正は,特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる事項を目的とするものに該当し,同条9項において準用する同法126条5項及び6項に適合するものであるから,結論のとおり,本件訂正を認める。

第3 本件発明
前記第2で述べたとおり,本件訂正は認められるので,本件特許の請求項1?6に係る発明は,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下,それぞれ「本件発明1」等という。また,本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。

【請求項1】
液状の樹脂組成物を硬質キャリア基板上に塗布成膜し,200?500℃の加熱時間で15分?6時間加熱して,厚さが2?10μmのポリイミド樹脂膜を形成する工程と,前記樹脂膜上に回路を形成する工程と,前記回路が表面に形成された樹脂膜を前記キャリア基板から剥離する工程と,を含む,表示デバイスとしてのフレキシブルデバイス基板の製造法に用いられ,フレキシブルデバイス基板となる前記液状の樹脂組成物であって,一般式(1)
【化1】

(一般式(1)中,Rは各々独立に水素原子又は一価の有機基を示し,R_(1)は
【化2】

から選択される2価の有機基であり(但しR’は各々独立にアルキル基であり,アルキル基の水素原子はハロゲン原子で置換されても良い),R_(2)は
【化3】

で表され,s-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基である四価の有機基であり,nは繰り返し数を表す正の整数である。)で表される構造単位を全構造単位中60%以上有する重量平均分子量が15,000?80,000であるポリイミド前駆体,又は,1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体と,N-メチル-2-ピロリドン,N,N-ジメチルホルムアミド,N,N-ジメチルアセトアミド,γ-ブチロラクトン,ε-カプロラクトン,γ-カプロラクトン,γ-バレロラクトン,ジメチルスルホキシド,1,4-ジオキサン,及びシクロヘキサノンからなる群より選ばれる少なくとも1種の有機溶媒とを含有してなるフレキシブルデバイス基板形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物。
【請求項2】
フレキシブルデバイス基板が,液晶ディスプレイ用基板,有機ELディスプレイ用基板又は電子ペーパー用基板であり,
前記ポリイミド前駆体樹脂組成物が,前記ポリイミド前駆体に対して0.1質量%以上3質量%以下のシランカップリング剤を更に含有する,請求項1に記載のフレキシブルデバイス基板形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のフレキシブルデバイス基板形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物を硬質キャリア基板上に塗布成膜し,200?500℃の加熱時間で15分?6時間加熱して,厚さが2?10μmのポリイミド樹脂膜を形成する工程,前記樹脂膜上に回路を形成する工程,前記回路が表面に形成された樹脂膜を前記キャリア基板から剥離する工程の各工程を含む,表示デバイスであるフレキシブルデバイスの製造方法。
【請求項4】
ポリイミド樹脂膜のガラス転移温度が,300℃以上である請求項3に記載のフレキシブルデバイスの製造方法。
【請求項5】
ポリイミド樹脂膜の100℃?200℃の範囲における熱膨張係数が,20ppm/K以下である請求項3又は4に記載のフレキシブルデバイスの製造方法。
【請求項6】
請求項3?5のいずれかに記載されたフレキシブルデバイスの製造方法により製造された表示デバイスであるフレキシブルデバイス。

第4 特許異議の申立ての理由及び取消理由の概要
1 特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由
(1)申立てAについて
本件特許の請求項1?6に係る特許は,下記ア?ウのとおり,特許法113条2号に該当する。証拠方法として,下記エの甲第1号証?甲第8号証(以下,申立ての記号を付して「甲第1号証」等を「甲1A」等という。)を提出する。
ア 申立理由1A(進歩性)
本件訂正前の請求項1?6に係る発明は,甲1Aに記載された発明に基いて,又は,甲1Aに記載された発明及び甲4A?8Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?6に係る特許は,同法113条2号に該当する。
イ 申立理由2A(進歩性)
本件訂正前の請求項1?6に係る発明は,甲2Aに記載された発明に基いて,又は,甲2Aに記載された発明及び甲4A?8Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?6に係る特許は,同法113条2号に該当する。
ウ 申立理由3A(進歩性)
本件訂正前の請求項1?6に係る発明は,甲3Aに記載された発明に基いて,又は,甲3Aに記載された発明及び甲4A?8Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?6に係る特許は,同法113条2号に該当する。
エ 証拠方法
・甲1A 国際公開第2008/050300号
・甲2A 特開2008-34790号公報
・甲3A 特開2007-231224号公報
・甲4A "PI-2611", Material Safety Data Sheet, HD MicroSystems, 2006年6月14日, p.1-8
・甲5A "Low Temperature Curing of Polyimide Precursors by Variable Frequency Microwave", Journal of Photopolymer Science and Technology, 2005, Vol.18, No.2, p.327-332
・甲6A "ADVANCES in POLYIMIDE SCIENCE and TECHNOLOGY", Technomic Publishing Company, Inc., 1993, p.15-32
・甲7A 特開平11-1614号公報
・甲8A "Synthesis and Properties of Fluorinated Polyimides from Novel 2,2'-Bis(fluoroalkoxy) benzidines", Macromolecules, 1993, Vol.26, No.11, p.2779-2784
オ 意見書とともに提出した証拠方法
・甲9A "Analysis of Dimensionally Stable Copolyimide with a Low-Level Residual Stress", Journal of Polymer Science: Part B: Polymer Physics, 2001, Vol.39, p.796-810

(2)申立てBについて
本件特許の請求項1?6に係る特許は,下記ア?カのとおり,特許法113条2号及び4号に該当する。証拠方法として,下記キの甲第1号証?甲第7号証(以下,申立ての記号を付して「甲第1号証」等を「甲1B」等という。)を提出する。
ア 申立理由1B(新規性)
本件訂正前の請求項1?6に係る発明は,甲1Bに記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?6に係る特許は,同法113条2号に該当する。
イ 申立理由2B(進歩性)
本件訂正前の請求項1?6に係る発明は,甲1Bに記載された発明に基いて,又は,甲1Bに記載された発明及び甲3B?5Bに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?6に係る特許は,同法113条2号に該当する。
ウ 申立理由3B(新規性)
本件訂正前の請求項1及び2に係る発明は,甲6Bに記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1及び2に係る特許は,同法113条2号に該当する。
エ 申立理由4B(新規性)
本件訂正前の請求項1及び2に係る発明は,甲4Bに記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1及び2に係る特許は,同法113条2号に該当する。
オ 申立理由5B(実施可能要件)
本件訂正前の請求項1?6に係る発明については,発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?6に係る特許は,同法113条4号に該当する。
カ 申立理由6B(サポート要件)
本件訂正前の請求項1?6に係る発明については,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?6に係る特許は,同法113条4号に該当する。
キ 証拠方法
・甲1B 国際公開第2008/050300号
・甲2B 特表2010-507829号公報
・甲3B 特開2002-363283号公報
・甲4B 特開2007-231224号公報
・甲5B 「ポリイミドの構造と物性」,エレクトロニクス実装学会誌,2001,Vol.4,No.7,p.640-646
・甲6B 特開平11-277699号公報
・甲7B 特開平2-138340号公報

(3)申立てCについて
本件特許の請求項1?6に係る特許は,下記ア?エのとおり,特許法113条2号及び4号に該当する。証拠方法として,下記オの甲第1号証?甲第10号証(以下,申立ての記号を付して「甲第1号証」等を「甲1C」等という。)を提出する。
ア 申立理由1C(新規性)
本件訂正前の請求項1?6に係る発明は,甲1Cに記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?6に係る特許は,同法113条2号に該当する。
イ 申立理由2C(進歩性)
本件訂正前の請求項1?6に係る発明は,甲1Cに記載された発明及び甲2C?8Cに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?6に係る特許は,同法113条2号に該当する。
ウ 申立理由3C(進歩性)
本件訂正前の請求項1?6に係る発明は,甲4Cに記載された発明及び甲2C,甲3C及び甲6C?8Cに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?6に係る特許は,同法113条2号に該当する。
エ 申立理由4C(サポート要件)
本件訂正前の請求項1?6に係る発明については,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?6に係る特許は,同法113条4号に該当する。
オ 証拠方法
・甲1C 特開2008-34790号公報
・甲2C "PI-2611", Material Safety Data Sheet, HD MicroSystems, 2006年6月14日, p.1-8
・甲3C "ADVANCES in POLYIMIDE SCIENCE and TECHNOLOGY", Technomic Publishing Company, Inc., 1993, p.15-32
・甲4C 国際公開第2008/050300号
・甲5C 特表2010-507829号公報
・甲6C "Thickness dependence of the anisotropy in thermal expansion of PMDA-ODA and BPDA-PDA thin films", Thin Solid Films, 1999, 339, p.68-73
・甲7C "Low Temperature Curing of Polyimide Precursors by Variable Frequency Microwave", Journal of Photopolymer Science and Technology, 2005, Vol.18, No.2, p.327-332
・甲8C 特開2006-259700号公報
・甲9C 特開2001-331120号公報
・甲10C 特開平5-17672号公報
カ 意見書とともに提出した証拠方法
・甲11C 特開平6-204221号公報
・甲12C "Variable Frequency Microwave Curing of 3,3',4,4' - Biphenyltetracarboxylic Acid Dianhydride / P-Phenylenediamine (BPDA/PPD)", The International Journal of Microcircuits and Electronic Packaging, 2000, Vol.23, No.2, Second Quarter, p.162-171
・甲13C 「ポリイミドフィルム『ユーピレックス』」,繊維と工業,1994,Vol.50,No.3,p.96-101
・甲14C 特開平4-224824号公報
・甲15C "Polyimides Containing Trans-1,4-cyclohexane Unit(II).Low-K and Low-CTE Semi- and Wholly Cycloaliphatic Polyimides", High Performance Polymers OnlineFirst, 2007年2月12日, p.1-19

2 取消理由通知書に記載した取消理由
(1)平成30年11月26日付けの取消理由通知書
ア 取消理由1(新規性)
上記1(2)の申立理由1B(新規性)と同旨。
イ 取消理由2(進歩性)
本件訂正前の請求項1?6に係る発明は,甲1Bに記載された発明並びに甲3B,甲4B及び甲6Aに記載された事項又は甲3B,甲4B及び甲4A?6Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?6に係る特許は,同法113条2号に該当する。
ウ 取消理由3(サポート要件)
上記1(3)の申立理由4C(サポート要件)と同旨。

(2)令和1年5月14日付けの取消理由通知書(決定の予告)
ア 取消理由1’(新規性)
上記1(2)の申立理由1B(新規性)(ただし,平成31年1月28日付けの訂正請求書による訂正後の請求項1?6に係る発明に対するもの。)と同旨。
イ 取消理由2’(進歩性)
平成31年1月28日付けの訂正請求書による訂正後の請求項1?6に係る発明は,甲1Bに記載された発明並びに甲3B?7B,甲13C及び甲6Aに記載された事項又は甲3B?7B,甲13C及び甲4A?6Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?6に係る特許は,同法113条2号に該当する。
ウ 取消理由3’(サポート要件)
上記1(3)の申立理由4C(サポート要件)(ただし,平成31年1月28日付けの訂正請求書による訂正後の請求項1?6に係る発明に対するもの。)と同旨。

第5 当審の判断
以下に述べるように,取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。

1 取消理由通知書に記載した取消理由
(1)取消理由1(新規性),取消理由1’(新規性),取消理由2(進歩性),取消理由2’(進歩性)
ア 甲1Bに記載された発明
甲1Bの訳文として,甲2Bを用いる。甲2Bは,甲1Bに係る外国語でなされた国際特許出願について提出された日本語による翻訳文に記載した事項を掲載した公表公報である。以下,記載箇所の特定は,甲2Bに基づいて行う。
甲1Bの記載(請求項1,7,8)によれば,甲1Bには,以下の発明が記載されていると認められる。

「湿式成形処理を用いて,剛性担持基板に,プラスチックコーティングを設置するステップであって,前記プラスチックコーティングは,プラスチック基板を形成し,基板面に対して垂直な第1の方向では,前記基板面に平行な第2の方向に比べて,少なくとも3倍大きな熱膨張係数を有する透明プラスチック材料を有するステップと,
前記プラスチック基板上に,薄膜電子素子を形成するステップと,
加熱処理により,前記プラスチック基板は,前記基板面に対して垂直な方向に優先的に延び,これにより,前記プラスチック基板から,前記剛性担持基板を取り外すステップと,
を有する,薄膜電子装置を製造する方法
に用いられ,薄膜電子装置のプラスチック基板を形成するプラスチックコーティングであって,
ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)を有する透明プラスチック材料を有する,薄膜電子装置のプラスチック基板を形成するプラスチックコーティング。」(以下,「甲1B発明」という。)

イ 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と甲1B発明とを対比する。
甲1B発明における「プラスチックコーティング」は,「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)を有する透明プラスチック材料を有する」ものであるから,本件発明1における「ポリイミド樹脂膜」に相当する。
本件発明1における「フレキシブルデバイス基板となる前記液状の樹脂組成物」である,「フレキシブルデバイス基板形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物」と,甲1B発明における「薄膜電子装置のプラスチック基板を形成するプラスチックコーティング」とは,いずれも,フレキシブルデバイス基板を形成するための「原材料」である限りで共通する。
そうすると,本件発明1と甲1B発明とは,
「硬質キャリア基板上にポリイミド樹脂膜を形成する工程と,前記樹脂膜上に回路を形成する工程と,前記回路が表面に形成された樹脂膜を前記キャリア基板から剥離する工程と,を含む,フレキシブルデバイス基板の製造法に用いられ,フレキシブルデバイス基板となる原材料である,フレキシブルデバイス基板形成用原材料。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点1
本件発明1では,フレキシブルデバイス基板を形成するための原材料が,「一般式(1)」(注:式は省略。以下同様。)「で表される構造単位を全構造単位中60%以上有する重量平均分子量が15,000?80,000であるポリイミド前駆体,又は,1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体と,N-メチル-2-ピロリドン,N,N-ジメチルホルムアミド,N,N-ジメチルアセトアミド,γ-ブチロラクトン,ε-カプロラクトン,γ-カプロラクトン,γ-バレロラクトン,ジメチルスルホキシド,1,4-ジオキサン,及びシクロヘキサノンからなる群より選ばれる少なくとも1種の有機溶媒とを含有してなる」,「液状の樹脂組成物」である「ポリイミド前駆体樹脂組成物」であり,その「液状の樹脂組成物を」硬質キャリア基板上に「塗布成膜し,200?500℃の加熱時間で15分?6時間加熱して,」ポリイミド樹脂膜を形成するのに対して,甲1B発明では,フレキシブルデバイス基板を形成するための原材料が,「プラスチックコーティング」であって,「基板面に対して垂直な第1の方向では,前記基板面に平行な第2の方向に比べて,少なくとも3倍大きな熱膨張係数を有する」,「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)を有する透明プラスチック材料を有する」ものであり,「湿式成形処理を用いて」,剛性担持基板に,そのプラスチックコーティングを設置する点。
・相違点2
本件発明1では,ポリイミド樹脂膜の「厚さが2?10μm」であるのに対して,甲1B発明では,プラスチックコーティングの厚さが不明である点。
・相違点3
本件発明1では,フレキシブルデバイスが「表示デバイス」であるのに対して,甲1B発明では,「薄膜電子装置」である点。

(イ)相違点1の検討
a まず,相違点1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
(a)甲1B発明におけるプラスチックコーティングは,所定の熱膨張係数を有する,ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)を有する透明プラスチック材料を有するものであり,湿式成形処理を用いて剛性担持基板に設置されるものである。
ところで,上記のようなポリイミド樹脂は,一般に,有機溶媒への溶解性が悪いので,ポリイミド樹脂フィルムを得るには,その前駆体のポリアミド酸をN-メチル-2-ピロリドン等の極性有機溶媒に溶解し,この溶液を基材上にキャストした後,200?500℃の高温に数時間以内加熱してポリアミド酸を閉環,イミド化させて,ポリイミド樹脂フィルムとすることは,技術常識である(甲3Bの【0004】,【0077】,【0082】,甲4Bの請求項4,5,【0015】,【0016】,【0022】,【0025】,甲5Bの表1,甲6Bの【0016】?【0019】,甲7Bの1頁右下欄10行?2頁左上欄1行,3頁左下欄13?19行,甲13Cの「3.製造法」,「4.特性」の表2及び「4)化学的性質」)。
そうすると,甲1B発明におけるプラスチックコーティングは,湿式成形処理を用いて剛性担持基板に設置されるものであるから,上記の技術常識に照らして,ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸をN-メチル-2-ピロリドン等の極性有機溶媒に溶解し,その溶液を各種の湿式成形処理(【0018】,【0020】,【0080】)により剛性担持基板に設置した後,200?500℃の高温に数時間以内加熱してポリアミド酸を閉環,イミド化させて,所定の熱膨張係数を有する,ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)を有する透明プラスチック材料を有するプラスチックコーティングとしているものと解される。
(b)一方,本件発明1は,所定のポリイミド前駆体と所定の有機溶媒とを含有してなる,液状の樹脂組成物であるポリイミド前駆体樹脂組成物に関するものであり,上記液状の樹脂組成物を,硬質キャリア基板上に塗布成膜し,所定の条件で加熱して,ポリイミド樹脂膜を形成することを含む,フレキシブルデバイス基板の製造法に用いられるものである。
この点について,本件明細書には,以下の記載がある。
「本発明の液状のフレキシブルデバイス基板用ポリイミド前駆体樹脂組成物は,キャリア基板上に塗布,乾燥,成膜し,次いで,好ましくは加熱等の手段により,脱水閉環させて,固体状のポリイミド樹脂膜を形成する工程,その上に回路を形成する工程,前記回路が表面に形成された固体状の樹脂膜を前記キャリア基板から剥離する工程,の各工程を含む,フレキシブルデバイスの製造方法に用いられるものである。」(【0011】)
以上の記載によれば,本件発明1におけるポリイミド樹脂膜は,実質的に,所定のポリイミド前駆体と所定の有機溶媒とを含有してなる,液状の樹脂組成物であるポリイミド前駆体樹脂組成物を,硬質キャリア基板上に塗布,乾燥,成膜し,次いで,所定の条件で加熱して脱水閉環させて,固体状のポリイミド樹脂膜を形成するものと解される(このような理解は,上記(a)で指摘した技術常識とも符号するものである。)。
(c)以上によれば,上記(a)の技術常識に照らして,甲1B発明におけるプラスチックコーティングを得るために用いられると解される,「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」と「N-メチル-2-ピロリドン等の極性有機溶媒」とを含有する「溶液」は,本件発明1における,所定の「ポリイミド前駆体」と所定の「有機溶媒」とを含有してなる,「液状の樹脂組成物」である「ポリイミド前駆体樹脂組成物」に対応するものといえる。
そして,甲1B発明における,「湿式成形処理を用いて」,剛性担持基板に,プラスチックコーティングを設置することは,上記(a)の技術常識に照らして,本件発明1における,「液状の樹脂組成物を」硬質キャリア基板上に「塗布成膜し」,所定の条件で加熱して,ポリイミド樹脂膜を形成することに相当するということができる。
(d)甲1B発明におけるプラスチックコーティングを得るために用いられると解される,「溶液」に含まれる「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」は,本件発明1における「ポリイミド前駆体」のうち,一般式(1)(R_(1)が

で表される2価の有機基)で表される構造単位を全構造単位中100%有するものに相当する。
甲1B発明におけるプラスチックコーティングを得るために用いられると解される,「溶液」に含まれる「N-メチル-2-ピロリドン等の極性有機溶媒」は,本件発明1における「N-メチル-2-ピロリドン,N,N-ジメチルホルムアミド,N,N-ジメチルアセトアミド,γ-ブチロラクトン,ε-カプロラクトン,γ-カプロラクトン,γ-バレロラクトン,ジメチルスルホキシド,1,4-ジオキサン,及びシクロヘキサノンからなる群より選ばれる少なくとも1種の有機溶媒」に相当する。
甲1B発明において,プラスチックコーティングを得るために行われると解される,「200?500℃の高温に数時間以内加熱」することは,本件発明1において,「200?500℃の加熱時間で15分?6時間加熱」することに相当する。
(e)上記「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」の重量平均分子量について,以下,検討する。
甲1Bには,「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」の重量平均分子量については,記載されていない。
ポリアミド酸溶液の市販品である「PI-2611」は,ポリアミド酸として,「BPDA/PPD」,すなわち,3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物とp-フェニレンジアミンとからなるポリアミド酸(上記「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」に相当する。)を含むものであるが,その重量平均分子量は,「157000」である(甲6A(甲3C)の表1の「PAA(PI-2611)」を参照。)。そうすると,上記「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」についても,市販品である「PI-2611」に含まれるポリアミド酸と同等の重量平均分子量であると解し得る余地はあるものの,それでも,本件発明1における「15,000?80,000」とは,明らかに異なる。
(f)以上によれば,相違点1は実質的な相違点である。
したがって,相違点2及び3について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1Bに記載された発明であるとはいえない。

b 次に,相違点1の容易想到性について検討する。
(a)ポリイミド前駆体(ポリアミド酸)の重量平均分子量について
上記aで述べたとおり,甲1B発明におけるプラスチックコーティングを得るためには,技術常識に照らして,「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」と「N-メチル-2-ピロリドン等の極性有機溶媒」とを含有する「溶液」が用いられると解される。
これに対して,甲3B?7B,甲13C及び甲4A?6Aには,各種のポリイミド及びその前駆体であるポリアミド酸について記載されているものの,これらのいずれの証拠にも,甲1B発明のような,「湿式成形処理を用いて,剛性担持基板に,プラスチックコーティングを設置」し,「前記プラスチックコーティングは,プラスチック基板を形成し」,「前記プラスチック基板上に,薄膜電子素子を形成」し,「前記プラスチック基板から,前記剛性担持基板を取り外す」,「薄膜電子装置を製造する方法」に用いられる,「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」について,その重量平均分子量を「15,000?80,000」とすることは記載されていない。
甲4B?7B,甲13C,甲4A及び甲5Aには,そもそも,ポリアミド酸の重量平均分子量については,記載されていない。
甲6A(甲3C)には,上記aで述べたとおり,甲1B発明の「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」に相当するポリアミド酸の重量平均分子量が「157000」であることが記載されているが,本件発明1における「15,000?80,000」とは,明らかに異なる。また,甲6A(甲3C)のポリアミド酸は,甲1B発明のような「薄膜電子装置を製造する方法」に用いられるものではない。
甲3Bには,ポリアミド酸の重量平均分子量が「20000?100000」であることが記載されているが(【0081】),上記ポリアミド酸は,一般式(I)中のYにおけるRが「フッ素原子又はメトキシ基を示す」ものであり(請求項1),この点で,甲1B発明の「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」とは,その化学構造が異なるものである。また,甲3Bのポリアミド酸は,甲1B発明のような「薄膜電子装置を製造する方法」に用いられるものではない。
以上によれば,甲3B?7B,甲13C及び甲4A?6Aの記載から,甲1B発明の「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」の重量平均分子量を,「15,000?80,000」とすることが動機付けられるとはいえない。
この点,申立人Cは,甲14Cには,甲1B発明の「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」に相当するポリアミド酸について,その重量平均分子量が「25,000?36,000」,「34,000?49,000」,「54,000?80,000」(表2)であることが記載されており,また,甲8Cにも,同じく,重量平均分子量が「34,000」(【0104】),「47,800」(【0116】)であることが記載されていると主張する(令和1年9月11日付けの意見書8?10頁)。
しかしながら,甲14C及び甲8Cのポリアミド酸は,いずれも,甲1B発明のような「薄膜電子装置を製造する方法」に用いられるものではないから,甲14C及び甲8Cの記載から,甲1B発明の「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」の重量平均分子量を,「15,000?80,000」とすることが動機付けられるとはいえない。
そして,本件明細書の記載(【0002】?【0004】,【0009】,【0011】?【0017】,【0020】?【0033】,実施例1?5,比較例1?3,表1)によれば,本件発明1は,「液状の樹脂組成物を硬質キャリア基板上に塗布成膜し,200?500℃の加熱時間で15分?6時間加熱して,厚さが2?10μmのポリイミド樹脂膜を形成する工程と,前記樹脂膜上に回路を形成する工程と,前記回路が表面に形成された樹脂膜を前記キャリア基板から剥離する工程と,を含む,表示デバイスとしてのフレキシブルデバイス基板の製造法に用いられ,フレキシブルデバイス基板となる前記液状の樹脂組成物」である「フレキシブルデバイス基板形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物」において,「一般式(1)」「で表される構造単位を全構造単位中60%以上有する重量平均分子量が15,000?80,000であるポリイミド前駆体,又は,1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体」と,「N-メチル-2-ピロリドン」等の有機溶媒とを含有させることにより,ガラス基板等のキャリア基板上に薄く塗布することで簡単にかつ所望の膜厚の薄膜として成膜でき,その上に回路やディスプレイ層等を形成できるとともに,耐熱性に優れ,熱膨張係数の低いポリイミド膜となって,回路等の形成過程でキャリア基板層からのはがれやキャリア基板層のそりを生じさせず,回路等のはがれなどの欠陥も生じない上,その後キャリア基板から剥がす際には,ポリイミド膜自体にも,その上に形成された回路等にも欠陥を生じることがなく,きれいに剥がすことができるという,当業者が予測することができない格別顕著な効果を奏するものである。
そうすると,甲1B発明におけるプラスチックコーティングを得るために用いられると解される「溶液」に含まれる「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」について,その重量平均分子量を「15,000?80,000」とすることが,当業者が容易に想到することができたということはできない。

(b)「1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体」の使用について
甲1Bには,甲1B発明における「透明プラスチック材料」として,「1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体」から得られるポリイミドを有するものを用いることについては,記載されていない。
甲1B発明において用いられる,「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)を有する透明プラスチック材料」は,「基板面に対して垂直な第1の方向では,前記基板面に平行な第2の方向に比べて,少なくとも3倍大きな熱膨張係数を有する」ものであり,このような熱膨張係数の異方性により,熱リフトオフ処理の間,垂直な方向に基板を膨張させることができるため,リフトオフ処理が助長されるとともに,プラスチック基板の上部表面に取り付けられた部材を保護できるというものであるが(甲2B【0015】),「1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体」から得られるポリイミドが,上記のような熱膨張係数の異方性を有するものであるかどうかは不明であるから,当該ポリイミドを,甲1B発明における「透明プラスチック材料」として用いることができるかどうか,明らかではない。
また,甲3B?7B,甲13C及び甲4A?6Aには,各種のポリイミド及びその前駆体であるポリアミド酸について記載されており,特に甲4Bには,「1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体」について記載されているものの(請求項1?7,【0032】,実施例1),これらのポリイミド及びその前駆体であるポリアミド酸は,甲1B発明のような,「湿式成形処理を用いて,剛性担持基板に,プラスチックコーティングを設置」し,「前記プラスチックコーティングは,プラスチック基板を形成し」,「前記プラスチック基板上に,薄膜電子素子を形成」し,「前記プラスチック基板から,前記剛性担持基板を取り外す」,「薄膜電子装置を製造する方法」に用いられるものではない。
以上によれば,甲3B?7B,甲13C及び甲4A?6Aの記載から,甲1B発明の「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」に代えて,「1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体」を用いることが動機付けられるとはいえない。
そして,本件発明1は,上記(a)で述べたとおりの,当業者が予測することができない格別顕著な効果を奏するものである。
そうすると,甲1B発明におけるプラスチックコーティングを得るために用いられると解される「溶液」に含まれる「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」に代えて,「1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体」を用いることが,当業者が容易に想到することができたということはできない。

(c)小括
したがって,相違点2及び3について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1Bに記載された発明並びに甲3B?7B,甲13C及び甲6Aに記載された事項又は甲3B?7B,甲13C及び甲4A?6Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(ウ)小括
以上のとおり,本件発明1は,甲1Bに記載された発明であるとはいえず,また,甲1Bに記載された発明並びに甲3B?7B,甲13C及び甲6Aに記載された事項又は甲3B?7B,甲13C及び甲4A?6Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 本件発明2?6について
本件発明2?6は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが,上記イで述べたとおり,本件発明1が甲1Bに記載された発明であるとはいえず,また,甲1Bに記載された発明並びに甲3B?7B,甲13C及び甲6Aに記載された事項又は甲3B?7B,甲13C及び甲4A?6Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2?6についても同様に,甲1Bに記載された発明であるとはいえず,また,甲1Bに記載された発明並びに甲3B?7B,甲13C及び甲6Aに記載された事項又は甲3B?7B,甲13C及び甲4A?6Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ まとめ
以上のとおり,本件発明1?6は,いずれも,甲1Bに記載された発明であるとはいえず,また,甲1Bに記載された発明並びに甲3B?7B,甲13C及び甲6Aに記載された事項又は甲3B?7B,甲13C及び甲4A?6Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって,取消理由1(新規性),取消理由1’(新規性),取消理由2(進歩性),取消理由2’(進歩性)によっては,本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。

(2)取消理由3(サポート要件),取消理由3’(サポート要件)
本件発明1は,ポリイミド前駆体と有機溶媒とを含有してなる,フレキシブルデバイス基板形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物に関するものである。
本件明細書の記載(【0002】,【0004】)によれば,本件発明1の課題は,液晶ディスプレイ,有機ELディスプレイ,電子ペーパー等の表示デバイスであるフレキシブルデバイスにおいて,ガラス基板等のキャリア基板上に塗布することで簡単にかつ所望の膜厚の薄膜を形成し,その樹脂薄膜上に回路やディスプレイ層等を形成できるとともに,耐熱性に優れ,熱膨張係数の低いポリイミド膜となって,回路等の形成過程でキャリア基板層からのはがれやキャリア基板層のそりを生じさせず,回路等のはがれなどの欠陥も生じず,そしてその後,キャリア基板から欠陥を生じずに剥離ができる,液状のフレキシブルデバイス基板形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物を提供することであると認められる。
本件明細書の記載(【0005】?【0009】,【0011】?【0017】,【0020】?【0022】)によれば,本件発明1の課題は,ポリイミド前駆体樹脂組成物において,ポリイミド前駆体を,「一般式(1)」「で表される構造単位を全構造単位中60%以上有する重量平均分子量が15,000?80,000であるポリイミド前駆体,又は,1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体」とすることによって解決できるとされている。
そして,本件明細書には,実施例及び比較例(【0023】?【0033】,実施例1?5,比較例1?3,ディスプレイデバイスの製造例,表1)が記載されているところ,実施例1?3は,「一般式(1)」「で表される構造単位を全構造単位中60%以上有する重量平均分子量が15,000?80,000であるポリイミド前駆体」に対応するものであり(実施例1及び2では,一般式(1)中,R_(1)が

で表される2価の有機基であり,実施例3では,一般式(1)中,R_(1)が

で表される2価の有機基である。),また,実施例4は,「1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体」に対応するものである。
これらの実施例及び比較例によれば,実施例1?4及びディスプレイデバイスの製造例において,ガラス基板等のキャリア基板上に塗布することで簡単にかつ所望の膜厚の薄膜を形成し,その樹脂薄膜上に回路やディスプレイ層等を形成できるとともに,耐熱性に優れ,熱膨張係数の低いポリイミド膜となって,回路等の形成過程でキャリア基板層からのはがれやキャリア基板層のそりを生じさせず,回路等のはがれなどの欠陥も生じず,そしてその後,キャリア基板から欠陥を生じずに剥離ができることが示されているといえる。
そうすると,当業者であれば,上記実施例以外の場合であっても,「一般式(1)」「で表される構造単位を全構造単位中60%以上有する重量平均分子量が15,000?80,000であるポリイミド前駆体,又は,1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体」と所定の有機溶媒とを含有してなる,本件発明1の構成を備えるフレキシブルデバイス基板形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物であれば,上記実施例と同様に,ガラス基板等のキャリア基板上に塗布することで簡単にかつ所望の膜厚の薄膜を形成し,その樹脂薄膜上に回路やディスプレイ層等を形成できるとともに,耐熱性に優れ,熱膨張係数の低いポリイミド膜となって,回路等の形成過程でキャリア基板層からのはがれやキャリア基板層のそりを生じさせず,回路等のはがれなどの欠陥も生じず,そしてその後,キャリア基板から欠陥を生じずに剥離ができることが理解できるといえる。
以上のとおり,本件明細書の記載を総合すれば,本件発明1は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。
したがって,本件発明1については,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。
また,本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2?6についても同様であり,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。
したがって,取消理由3(サポート要件),取消理由3’(サポート要件)によっては,本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。

2 取消理由通知において採用しなかった特許異議の申立ての理由
(1)申立理由1A(進歩性)
ア 甲1Aに記載された発明
甲1Aは,甲1Bと同一の文献である。甲1Aには,上記1(1)アで認定したとおりの甲1B発明が記載されていると認められる。

イ 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と甲1B発明との一致点及び相違点は,上記1(1)イ(ア)で認定したとおりである。

(イ)相違点1の検討
甲4A?8Aには,各種のポリイミド及びその前駆体であるポリアミド酸について記載されているものの,これらのいずれの証拠にも,甲1B発明のような,「湿式成形処理を用いて,剛性担持基板に,プラスチックコーティングを設置」し,「前記プラスチックコーティングは,プラスチック基板を形成し」,「前記プラスチック基板上に,薄膜電子素子を形成」し,「前記プラスチック基板から,前記剛性担持基板を取り外す」,「薄膜電子装置を製造する方法」に用いられる,「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」について,その重量平均分子量を「15,000?80,000」とすることは記載されていない。
甲4A?6Aについては,上記1(1)イ(イ)bで検討したとおりである。甲7Aには,そもそも,ポリアミド酸の重量平均分子量については,記載されていない。甲8Aには,ポリアミド酸の重量平均分子量について記載されているものの(Table I),いずれも,「80,000」を超えるものである。
以上によれば,甲4A?8Aの記載から,甲1B発明の「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」の重量平均分子量を,「15,000?80,000」とすることが動機付けられるとはいえない。
そして,本件発明1は,上記1(1)イ(イ)bで述べたとおりの,当業者が予測することができない格別顕著な効果を奏するものである。
そうすると,甲1B発明におけるプラスチックコーティングを得るために用いられると解される「溶液」に含まれる「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」について,その重量平均分子量を「15,000?80,000」とすることが,当業者が容易に想到することができたということはできない。
(なお,申立人Aは,甲1B発明において,「1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体」を用いることの容易想到性については,何ら主張していない。)

(ウ)小括
したがって,相違点2及び3について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1Aに記載された発明に基いて,又は,甲1Aに記載された発明及び甲4A?8Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 本件発明2?6について
本件発明2?6は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが,上記イで述べたとおり,本件発明1が,甲1Aに記載された発明に基いて,又は,甲1Aに記載された発明及び甲4A?8Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2?6についても同様に,甲1Aに記載された発明に基いて,又は,甲1Aに記載された発明及び甲4A?8Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ まとめ
以上のとおり,本件発明1?6は,いずれも,甲1Aに記載された発明に基いて,又は,甲1Aに記載された発明及び甲4A?8Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから,申立理由1A(進歩性)は,理由がない。
したがって,申立理由1A(進歩性)によっては,本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。

(2)申立理由3C(進歩性)
ア 甲4Cに記載された発明
甲4Cは,甲1Bと同一の文献である。甲4Cには,上記1(1)アで認定したとおりの甲1B発明が記載されていると認められる。

イ 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と甲1B発明との一致点及び相違点は,上記1(1)イ(ア)で認定したとおりである。

(イ)相違点1の検討
甲2C,甲3C及び甲6C?8Cには,各種のポリイミド及びその前駆体であるポリアミド酸について記載されているものの,これらのいずれの証拠にも,甲1B発明のような,「湿式成形処理を用いて,剛性担持基板に,プラスチックコーティングを設置」し,「前記プラスチックコーティングは,プラスチック基板を形成し」,「前記プラスチック基板上に,薄膜電子素子を形成」し,「前記プラスチック基板から,前記剛性担持基板を取り外す」,「薄膜電子装置を製造する方法」に用いられる,「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」について,その重量平均分子量を「15,000?80,000」とすることは記載されていない。
甲2C,甲3C及び甲7Cは,それぞれ,甲4A,甲6A及び甲5Aと同一の文献であるところ,これら甲4A?6Aのほか,甲8Cについては,上記1(1)イ(イ)bで検討したとおりである。甲6Cは,そもそも,ポリアミド酸の重量平均分子量については,記載されていない。
以上によれば,甲2C,甲3C及び甲6C?8Cの記載から,甲1B発明の「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」の重量平均分子量を,「15,000?80,000」とすることが動機付けられるとはいえない。
そして,本件発明1は,上記1(1)イ(イ)bで述べたとおりの,当業者が予測することができない格別顕著な効果を奏するものである。
そうすると,甲1B発明におけるプラスチックコーティングを得るために用いられると解される「溶液」に含まれる「ポリ(p-フェニレンビフェニルテトラカルボキシイミド)の前駆体であるポリアミド酸」について,その重量平均分子量を「15,000?80,000」とすることが,当業者が容易に想到することができたということはできない。
(なお,申立人Cは,甲1B発明において,「1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体」を用いることの容易想到性については,何ら主張していない。)

(ウ)小括
したがって,相違点2及び3について検討するまでもなく,本件発明1は,甲4Cに記載された発明及び甲2C,甲3C及び甲6C?8Cに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 本件発明2?6について
本件発明2?6は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが,上記イで述べたとおり,本件発明1が,甲4Cに記載された発明及び甲2C,甲3C及び甲6C?8Cに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2?6についても同様に,甲4Cに記載された発明及び甲2C,甲3C及び甲6C?8Cに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ まとめ
以上のとおり,本件発明1?6は,いずれも,甲4Cに記載された発明及び甲2C,甲3C及び甲6C?8Cに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから,申立理由3C(進歩性)は,理由がない。
したがって,申立理由3C(進歩性)によっては,本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。

(3)申立理由1C(新規性),申立理由2A(進歩性),申立理由2C(進歩性)
ア 甲2A(甲1C)に記載された発明
甲2A及び甲1Cは,同一の文献であるので,以下,甲2Aに基づいて検討する。
甲2Aの記載(請求項8,11,15,【0034】?【0041】)によれば,甲2Aには,以下の発明が記載されていると認められる。

「電子デバイスの製造方法であって,
シリコンウエハであるキャリアを提供するステップと,
前記キャリアに貼り付けられる,厚みが8μmである低誘電率(<4)のポリイミド(PI)(デュポン社製,PI-2611)からなる第1誘電体層を備えたIC整合基板を,前記キャリア上に形成するステップとを含み,
前記IC整合基板は多層配線構造を備えており,
前記IC整合基板を形成するステップは,
前記第1誘電体層を含む少なくとも一の誘電体層を形成するステップと,
少なくとも一の金属層を形成することにより,前記少なくとも一の誘電体層と少なくとも一の金属層を前記キャリア上に順に交互に積層して形成するステップとを含み,
前記キャリアと前記第1誘電体層との間の付着力により,前記IC整合基板が製造過程において前記キャリアから剥離することがない一方,カット処理の際にIC整合基板が前記キャリアから自然分離されるように,前記キャリアと前記第1誘電体層の材料が選択され,
前記IC整合基板をカットすることにより,カットされたIC整合基板を前記キャリアから自然分離させて,電子デバイスを形成するステップとを含む,電子デバイスの製造方法
に用いられ,電子デバイスを構成するIC整合基板を形成する第1誘電体層であって,
低誘電率(<4)のポリイミド(PI)(デュポン社製,PI-2611)からなる,電子デバイスを構成するIC整合基板を形成する第1誘電体層。」(以下,「甲2A発明」という。)

イ 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と甲2A発明とを対比する。
甲2A発明における「シリコンウエハであるキャリア」,「低誘電率(<4)のポリイミド(PI)(デュポン社製,PI-2611)からなる第1誘電体層」は,それぞれ,本件発明1における「硬質キャリア基板」,「ポリイミド樹脂膜」に相当する。
甲2A発明においては,「前記第1誘電体層を含む少なくとも一の誘電体層を形成するステップ」と,「少なくとも一の金属層を形成することにより,前記少なくとも一の誘電体層と少なくとも一の金属層を前記キャリア上に順に交互に積層して形成するステップ」とにより,「多層配線構造」を備えた「IC整合基板」を形成するが,当該「多層配線構造」は,回路といえるから,本件発明1において,「前記樹脂膜上に回路を形成する」ことに相当する。
甲2A発明において,「前記IC整合基板をカットすることにより,カットされたIC整合基板を前記キャリアから自然分離させて,電子デバイスを形成する」ことは,本件発明1において,「前記回路が表面に形成された樹脂膜を前記キャリア基板から剥離」し,「デバイス基板」を「製造」することに相当する。
本件発明1における「デバイス基板となる前記液状の樹脂組成物」である,「デバイス基板形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物」と,甲2A発明における「電子デバイスを構成するIC整合基板を形成する第1誘電体層」とは,いずれも,デバイス基板を形成するための「原材料」である限りで共通する。
そうすると,本件発明1と甲2A発明とは,
「硬質キャリア基板上に厚さが2?10μmのポリイミド樹脂膜を形成する工程と,前記樹脂膜上に回路を形成する工程と,前記回路が表面に形成された樹脂膜を前記キャリア基板から剥離する工程と,を含む,デバイス基板の製造法に用いられ,デバイス基板となる原材料である,デバイス基板形成用原材料。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点4
本件発明1では,デバイス基板を形成するための原材料が,「一般式(1)」「で表される構造単位を全構造単位中60%以上有する重量平均分子量が15,000?80,000であるポリイミド前駆体,又は,1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体と,N-メチル-2-ピロリドン,N,N-ジメチルホルムアミド,N,N-ジメチルアセトアミド,γ-ブチロラクトン,ε-カプロラクトン,γ-カプロラクトン,γ-バレロラクトン,ジメチルスルホキシド,1,4-ジオキサン,及びシクロヘキサノンからなる群より選ばれる少なくとも1種の有機溶媒とを含有してなる」,「液状の樹脂組成物」である「ポリイミド前駆体樹脂組成物」であり,その「液状の樹脂組成物を」硬質キャリア基板上に「塗布成膜し,200?500℃の加熱時間で15分?6時間加熱して,」ポリイミド樹脂膜を形成するのに対して,甲2A発明では,デバイス基板を形成するための原材料が,「低誘電率(<4)のポリイミド(PI)(デュポン社製,PI-2611)からなる第1誘電体層」であり,その第1誘電体層を備えたIC整合基板をキャリア上に形成する点。
・相違点5
本件発明1では,デバイス基板が,「表示デバイスとしての」「フレキシブル」デバイス基板であるのに対して,甲2A発明では,「電子デバイスを構成するIC整合基板」である点。

(イ)相違点4の検討
a まず,相違点4が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
上記1(1)イ(イ)aで甲1B発明について述べたのと同様の理由により,甲2A発明における第1誘電体層を得るためには,技術常識に照らして,「低誘電率(<4)のポリイミド(PI)(デュポン社製,PI-2611)の前駆体であるポリアミド酸」(「PI-2611」に含まれるポリアミド酸)と「N-メチル-2-ピロリドン等の極性有機溶媒」(「PI-2611」に含まれる有機溶媒)とを含有する「溶液」(「PI-2611」)が用いられると解される。
上記「低誘電率(<4)のポリイミド(PI)(デュポン社製,PI-2611)の前駆体であるポリアミド酸」の重量平均分子量について,以下,検討する。
甲2Aには,「低誘電率(<4)のポリイミド(PI)(デュポン社製,PI-2611)の前駆体であるポリアミド酸」の重量平均分子量については記載されていないが,上記1(1)イ(イ)aで検討したとおり,「PI-2611」に含まれるポリアミド酸の重量平均分子量は,「157000」であるから,本件発明1における「15,000?80,000」とは,明らかに異なる。
以上によれば,相違点4は実質的な相違点である。
したがって,相違点5について検討するまでもなく,本件発明1は,甲2A(甲1C)に記載された発明であるとはいえない。

b 次に,相違点4の容易想到性について検討する。
甲4A?8A及び甲2C?8Cには,各種のポリイミド及びその前駆体であるポリアミド酸について記載されているものの,これらのいずれの証拠にも,甲2A発明のような,「ポリイミド」「からなる第1誘電体層を備えたIC整合基板を,前記キャリア上に形成」し,「多層配線構造」を備えた「IC整合基板」を形成し,「前記IC整合基板をカットすることにより,カットされたIC整合基板を前記キャリアから自然分離させて,電子デバイスを形成する」,「電子デバイスの製造方法」に用いられる,「低誘電率(<4)のポリイミド(PI)(デュポン社製,PI-2611)の前駆体であるポリアミド酸」について,その重量平均分子量を「15,000?80,000」とすることは記載されていない。
甲4A?8Aについては,上記(1)イ(イ)で検討したとおりである。甲2C,甲3C及び甲6C?8Cについては,上記(2)イ(イ)で検討したとおりである。甲4C(訳文:甲5C)は,甲1B(訳文:甲2B)と同一の文献であるが,上記1(1)イ(イ)aで述べたとおり,甲1Bには,そもそも,ポリアミド酸の重量平均分子量については,記載されていない。
以上によれば,甲4A?8A及び甲2C?8Cの記載から,甲2A発明の「低誘電率(<4)のポリイミド(PI)(デュポン社製,PI-2611)の前駆体であるポリアミド酸」の重量平均分子量を,「15,000?80,000」とすることが動機付けられるとはいえない。
そして,本件発明1は,上記1(1)イ(イ)bで述べたとおりの,当業者が予測することができない格別顕著な効果を奏するものである。
そうすると,甲2A発明における第1誘電体層を得るために用いられると解される「溶液」に含まれる「低誘電率(<4)のポリイミド(PI)(デュポン社製,PI-2611)の前駆体であるポリアミド酸」について,その重量平均分子量を「15,000?80,000」とすることが,当業者が容易に想到することができたということはできない。
(なお,申立人A及びCは,甲2A発明において,「1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体」を用いることの容易想到性については,何ら主張していない。)
したがって,相違点5について検討するまでもなく,本件発明1は,甲2Aに記載された発明に基いて,又は,甲2Aに記載された発明及び甲4A?8Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
また,相違点5について検討するまでもなく,本件発明1は,甲2A(甲1C)に記載された発明及び甲2C?8Cに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(ウ)小括
以上のとおり,本件発明1は,甲1Cに記載された発明であるとはいえず,また,甲2Aに記載された発明に基いて,又は,甲2Aに記載された発明及び甲4A?8Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず,さらに,甲1Cに記載された発明及び甲2C?8Cに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 本件発明2?6について
本件発明2?6は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが,上記イで述べたとおり,本件発明1が甲1Cに記載された発明であるとはいえず,また,甲2Aに記載された発明に基いて,又は,甲2Aに記載された発明及び甲4A?8Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず,さらに,甲1Cに記載された発明及び甲2C?8Cに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2?6についても同様に,甲1Cに記載された発明であるとはいえず,また,甲2Aに記載された発明に基いて,又は,甲2Aに記載された発明及び甲4A?8Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず,さらに,甲1Cに記載された発明及び甲2C?8Cに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ まとめ
以上のとおり,本件発明1?6は,いずれも,甲1Cに記載された発明であるとはいえないから,申立理由1C(新規性)は,理由がない。
また,本件発明1?6は,いずれも,甲2Aに記載された発明に基いて,又は,甲2Aに記載された発明及び甲4A?8Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから,申立理由2A(進歩性)は,理由がない。
さらに,本件発明1?6は,いずれも,甲1Cに記載された発明及び甲2C?8Cに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから,申立理由2C(進歩性)は,理由がない。
したがって,申立理由1C(新規性),申立理由2A(進歩性),申立理由2C(進歩性)によっては,本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。

(4)申立理由4B(新規性),申立理由3A(進歩性)
ア 甲3A(甲4B)に記載された発明
甲3A及び甲4Bは,同一の文献であるので,以下,甲3Aに基づいて検討する。
甲3Aの記載(請求項1?7,【0010】?【0016】,【0019】?【0030】,【0032】,実施例1,表1)によれば,特に実施例1に着目すると,甲3Aには,以下の発明が記載されていると認められる。

「トランス1,4-ジアミノシクロヘキサン4.9g(42.9ミリモル)を,N,N-ジメチルアセトアミド99.2gに溶液温度30℃で溶解させ,得られた溶液に,3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物12.6(42.9ミリモル)を添加して,70℃に昇温し,6時間反応させ,反応終了後,反応系を室温に戻し,得られたポリアミド酸溶液をガラス基板に塗布した後,窒素雰囲気下,350℃で1時間加熱して,イミド化を行った後,ガラス板より剥離し,透明ポリイミドフィルムを得る,透明ポリイミドフィルムの製造方法
に用いられ,透明ポリイミドフィルムとなるポリアミド酸溶液であって,
トランス1,4-ジアミノシクロヘキサンと3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物とを反応させて得られたポリアミド酸と,N,N-ジメチルアセトアミドとを含有する,透明ポリイミドフィルムとなるポリアミド酸溶液。」(以下,「甲3A発明」という。)

イ 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と甲3A発明とを対比する。
甲3A発明における「トランス1,4-ジアミノシクロヘキサン」,「3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物」は,それぞれ,「1,4-シクロヘキサンジアミン」,「s-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物」に相当する。
甲3A発明における,「トランス1,4-ジアミノシクロヘキサン4.9g(42.9ミリモル)を,N,N-ジメチルアセトアミド99.2gに溶液温度30℃で溶解させ,得られた溶液に,3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物12.6(42.9ミリモル)を添加して,70℃に昇温し,6時間反応させ,反応終了後,反応系を室温に戻し,得られたポリアミド酸溶液」に含まれる「ポリアミド酸」は,「トランス1,4-ジアミノシクロヘキサンと3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物とを反応させて得られたポリアミド酸」であるから,本件発明1における「1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体」に相当する。
甲3A発明における上記「ポリアミド酸溶液」に含まれる「N,N-ジメチルアセトアミド」は,甲3Aの記載(請求項4?7,【0016】)によれば,有機溶媒であるから,本件発明1における「N,N-ジメチルアセトアミド」である「有機溶媒」に相当する。
甲3A発明における「ポリアミド酸溶液」は,本件発明1における「液状の樹脂組成物」である「ポリイミド前駆体樹脂組成物」に相当する。
甲3A発明において,ポリアミド酸溶液を「ガラス基板に塗布した後,窒素雰囲気下,350℃で1時間加熱して,イミド化を行」うことは,本件発明1において,液状の樹脂組成物を「硬質キャリア基板上に塗布成膜し,200?500℃の加熱時間で15分?6時間加熱して」,「ポリイミド樹脂膜を形成」することに相当する。
そして,甲3A発明において,イミド化を行った後,「ガラス板より剥離し,透明ポリイミドフィルムを得る」ことは,本件発明1において,ポリイミド樹脂膜を「前記キャリア基板から剥離する」ことに相当する。
本件発明1における「表示デバイスとしてのフレキシブルデバイス基板」と,甲3A発明における「透明ポリイミドフィルム」とは,いずれも,「フィルム」である限りで共通する。
そうすると,本件発明1と甲3A発明とは,
「液状の樹脂組成物を硬質キャリア基板上に塗布成膜し,200?500℃の加熱時間で15分?6時間加熱して,ポリイミド樹脂膜を形成する工程と,前記樹脂膜を前記キャリア基板から剥離する工程と,を含む,フィルムの製造法に用いられ,フィルムとなる前記液状の樹脂組成物であって,1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体と,N-メチル-2-ピロリドン,N,N-ジメチルホルムアミド,N,N-ジメチルアセトアミド,γ-ブチロラクトン,ε-カプロラクトン,γ-カプロラクトン,γ-バレロラクトン,ジメチルスルホキシド,1,4-ジオキサン,及びシクロヘキサノンからなる群より選ばれる少なくとも1種の有機溶媒とを含有してなるフィルム形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点6
本件発明1では,ポリイミド樹脂膜上に「回路を形成」し,「前記回路が表面に形成された」樹脂膜をキャリア基板から剥離するのに対して,甲3A発明では,イミド化を行った後,「回路を形成」せずに,ガラス板より剥離し,透明ポリイミドフィルムを得る点。
・相違点7
本件発明1では,ポリイミド樹脂膜の「厚さが2?10μm」であるのに対して,甲3A発明では,イミド化を行った後ガラス板より剥離する前の透明ポリイミドフィルムの厚さが不明である点。
・相違点8
本件発明1では,フィルムが,「表示デバイスとしてのフレキシブルデバイス基板」であるのに対して,甲3A発明では,「透明ポリイミドフィルム」である点。

(イ)相違点6の検討
a まず,相違点6が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
甲3A発明は,透明ポリイミドフィルムの製造方法に関するものであり,ポリアミド酸溶液をガラス基板に塗布した後,窒素雰囲気下,350℃で1時間加熱して,イミド化を行った後,ガラス板より剥離し,透明ポリイミドフィルムを得るというものである。
しかしながら,甲3Aには,上記のイミド化を行った後,ガラス板より剥離する前の透明ポリイミドフィルムに予め「回路を形成」しておいてから,ガラス板より剥離して,「回路が表面に形成された」透明ポリイミドフィルムを得ることについては,何ら記載されていない。
甲3Aには,加熱によるイミド化によって形成されたポリイミドフィルムは,支持体(ガラス板(【0021】))と分離して使用されること(【0022】,【0025】,【0026】),上記ポリイミドフィルムは,ディスプレー用,特に表示装置用パネルのガラス基板代替用のプラスチック基板として好適に用いられるが(【0028】),上記プラスチック基板は,上記ポリイミドフィルムをベースフィルムとして用い,必要に応じて,この上にさらに平滑層,ハードコート層,ガスバリアー層,透明導電性層等を形成させて得られること(【0029】)が記載されているにすぎず,また,実施例においても,厚さ50μ,10cmの透明フィルムを超純水層に浸漬し,超音波洗浄を行い,この透明フィルムを超純水槽から引き上げ,乾燥した後,RFスパッタ装置を用いて,酸窒化ケイ素層を成層し,次いで,この酸窒化ケイ素層を形成した透明フィルム上に,マスクスパッタリングによって,ITO層を形成することが記載されているにすぎない(【0040】)。
以上によれば,相違点6は実質的な相違点である。
したがって,相違点7及び8について検討するまでもなく,本件発明1は,甲3A(甲4B)に記載された発明であるとはいえない。

b 次に,相違点6の容易想到性について検討する。
上記aのとおり,甲3Aには,上記のイミド化を行った後,ガラス板より剥離する前の透明ポリイミドフィルムに予め「回路を形成」しておいてから,ガラス板より剥離して,「回路が表面に形成された」透明ポリイミドフィルムを得ることについては,何ら記載されていない。
また,甲4A?8Aには,甲3A発明のような「ポリアミド酸溶液」,すなわち,「トランス1,4-ジアミノシクロヘキサンと3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物とを反応させて得られたポリアミド酸」と,「N,N-ジメチルアセトアミド」等の有機溶媒とを含有する,「ポリアミド酸溶液」を用いて,本件発明1のように,ポリイミド樹脂膜を形成し,その樹脂膜上に「回路を形成」し,その「回路が表面に形成された」樹脂膜をキャリア基板から剥離して,表示デバイスとしてのフレキシブルデバイス基板を製造することについては,記載されていない。
以上によれば,甲4A?8Aの記載から,甲3A発明において,イミド化を行った後,ガラス板より剥離する前の透明ポリイミドフィルムに予め「回路を形成」しておいてから,ガラス板より剥離して,「回路が表面に形成された」透明ポリイミドフィルムを得ることが動機付けられるとはいえない。
この点,申立人Aは,甲3Aには,回路を形成する工程と剥離する工程との順序に関する記載はないとして,工程の順序自体は設計事項であるか,周知技術である(甲1A及び甲2A)と主張する(申立書49頁)。
しかしながら,上記aで指摘した甲3Aの記載によれば,甲3Aには,プラスチック基板は,支持体から分離したポリイミドフィルムをベースフィルムとして用い,このポリイミドフィルムの上にさらに透明導電性層等を形成させて得られることが記載されているといえるから,甲3Aには回路を形成する工程と剥離する工程との順序に関する記載がないことを前提とする申立人Aの主張は,その前提において失当である。また,申立人Aが示す甲1A及び甲2Aには,甲3A発明のような「ポリアミド酸溶液」を用いることは記載されていないから,甲1A及び甲2Aの記載から,甲3A発明において,イミド化を行った後,ガラス板より剥離する前の透明ポリイミドフィルムに予め「回路を形成」しておいてから,ガラス板より剥離して,「回路が表面に形成された」透明ポリイミドフィルムを得ることが動機付けられるとはいえない。
そして,本件発明1は,上記1(1)イ(イ)bで述べたとおりの,当業者が予測することができない格別顕著な効果を奏するものである。
そうすると,甲3A発明において,イミド化を行った後,ガラス板より剥離する前の透明ポリイミドフィルムに予め「回路を形成」しておいてから,ガラス板より剥離して,「回路が表面に形成された」透明ポリイミドフィルムを得ることが,当業者が容易に想到することができたということはできない。
したがって,相違点7及び8について検討するまでもなく,本件発明1は,甲3Aに記載された発明に基いて,又は,甲3Aに記載された発明及び甲4A?8Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(ウ)小括
以上のとおり,本件発明1は,甲4Bに記載された発明であるとはいえず,また,甲3Aに記載された発明に基いて,又は,甲3Aに記載された発明及び甲4A?8Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 本件発明2?6について
本件発明2?6は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが,上記イで述べたとおり,本件発明1が甲4Bに記載された発明であるとはいえず,また,甲3Aに記載された発明に基いて,又は,甲3Aに記載された発明及び甲4A?8Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2?6についても同様に,甲4Bに記載された発明であるとはいえず,また,甲3Aに記載された発明に基いて,又は,甲3Aに記載された発明及び甲4A?8Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ まとめ
以上のとおり,本件発明1及び2は,いずれも,甲4Bに記載された発明であるとはいえないから,申立理由4B(新規性)は,理由がない。
また,本件発明1?6は,いずれも,甲3Aに記載された発明に基いて,又は,甲3Aに記載された発明及び甲4A?8Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから,申立理由3A(進歩性)は,理由がない。
したがって,申立理由4B(新規性),申立理由3A(進歩性)によっては,本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。

(5)申立理由2B(進歩性)
上記1(1)で述べたとおり,本件発明1?6は,いずれも,甲1Bに記載された発明並びに甲3B?7B,甲13C及び甲6Aに記載された事項又は甲3B?7B,甲13C及び甲4A?6Aに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
そうすると,本件発明1?6は,いずれも,甲1Bに記載された発明に基いて,又は,甲1Bに記載された発明及び甲3B?5Bに記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから,申立理由2B(進歩性)は,理由がない。
したがって,申立理由2B(進歩性)によっては,本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。

(6)申立理由3B(新規性)
ア 甲6Bに記載された発明
甲6Bの記載(請求項1,【0037】)によれば,甲6Bには,以下の発明が記載されていると認められる。

「内容積100リットルの重合槽に,N,N-ジメチルアセトアミド54.6kgを加え,次いで3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物8.826kgとパラフェニレンジアミン3.243kgとを加え,30℃で10時間重合反応させて得られた,ポリマ-の対数粘度(測定温度:30℃,濃度:0.5g/100ml溶媒,溶媒:N,N-ジメチルアセトアミド)が1.60,ポリマ-濃度が18重量%である,ポリアミック酸(イミド化率:5%以下)溶液。」(以下,「甲6B発明」という。)

イ 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と甲6B発明とを対比する。
甲6B発明における「ポリアミック酸(イミド化率:5%以下)溶液」に含まれる「ポリアミック酸」は,「パラフェニレンジアミン」と「3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物」とを反応させて得られたものであるから,本件発明1における「ポリイミド前駆体」のうち,一般式(1)(R_(1)が

で表される2価の有機基)で表される構造単位を全構造単位中100%有するものに相当する。
甲6B発明における「ポリアミック酸(イミド化率:5%以下)溶液」に含まれる「N,N-ジメチルアセトアミド」は,甲6Bの記載(【0016】)によれば,有機極性溶媒であるから,本件発明1における「N,N-ジメチルアセトアミド」である「有機溶媒」に相当する。
甲6B発明における「ポリアミック酸(イミド化率:5%以下)溶液」は,本件発明1における「液状の樹脂組成物」である「ポリイミド前駆体樹脂組成物」に相当する。
そうすると,本件発明1と甲6B発明とは,
「液状の樹脂組成物であって,一般式(1)」「で表される構造単位を全構造単位中60%以上有するポリイミド前駆体と,N-メチル-2-ピロリドン,N,N-ジメチルホルムアミド,N,N-ジメチルアセトアミド,γ-ブチロラクトン,ε-カプロラクトン,γ-カプロラクトン,γ-バレロラクトン,ジメチルスルホキシド,1,4-ジオキサン,及びシクロヘキサノンからなる群より選ばれる少なくとも1種の有機溶媒とを含有してなるポリイミド前駆体樹脂組成物。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点9
本件発明1では,ポリイミド前駆体の「重量平均分子量が15,000?80,000である」のに対して,甲6B発明では,ポリアミック酸の重量平均分子量が不明である点。
・相違点10
本件発明1では,「液状の樹脂組成物を硬質キャリア基板上に塗布成膜し,200?500℃の加熱時間で15分?6時間加熱して,厚さが2?10μmのポリイミド樹脂膜を形成する工程と,前記樹脂膜上に回路を形成する工程と,前記回路が表面に形成された樹脂膜を前記キャリア基板から剥離する工程と,を含む,表示デバイスとしてのフレキシブルデバイス基板の製造法に用いられ,フレキシブルデバイス基板となる前記液状の樹脂組成物であって」,「フレキシブルデバイス基板形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物」であるのに対して,甲6B発明では,そのようなものであるかどうか不明である点。

(イ)相違点9の検討
甲6Bには,甲6B発明における「ポリアミック酸(イミド化率:5%以下)溶液」に含まれるポリアミック酸の重量平均分子量については,記載されておらず,また,その重量平均分子量が「15,000?80,000」であることが技術常識であるともいえない。
以上によれば,相違点9は実質的な相違点である。

(ウ)小括
したがって,相違点10について検討するまでもなく,本件発明1は,甲6Bに記載された発明であるとはいえない。

ウ 本件発明2について
本件発明2は,本件発明1を引用するものであるが,上記イで述べたとおり,本件発明1が甲6Bに記載された発明であるとはいえない以上,本件発明2についても同様に,甲6Bに記載された発明であるとはいえない。

エ まとめ
以上のとおり,本件発明1及び2は,いずれも,甲6Bに記載された発明であるとはいえないから,申立理由3B(新規性)は,理由がない。
したがって,申立理由3B(新規性)によっては,本件特許の請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。

(7)申立理由6B(サポート要件)
本件発明1?6については,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものであることは,上記1(2)で述べたとおりである。
申立人Bは,請求項1に「前記回路が表面に形成された樹脂膜を前記キャリア基板から剥離する」と記載されているところ,回路が形成されたポリイミド膜をキャリア基板から剥離するには,キャリア側からのレーザーの照射や物理的手段等が知られているが,それぞれの方法においてポリイミドに求められる物性は全く異なり,ポリイミドの種類によって適用可能な剥離方法は異なるはずであるとして,本件明細書の実施例(【0033】)には,「実施例のポリイミド前駆体は・・・キャリア基板からの剥離性に優れる」と記載されているものの,当業者は,本件発明1の課題とされた「基板からの剥離性」がどのような機序で実現されたのか,理解することができず,また,本件明細書のディスプレイデバイスの製造例(【0032】)においては,ポリイミド膜をガラス基板からどのように剥離したのか,記載されていないから,請求項1におけるポリイミド前駆体が,「キャリア基板から欠陥を生じずに剥離ができる」という本件発明1の課題を解決できることを当業者は認識できないと主張する(申立書21?22頁)。
しかしながら,上記1(2)で述べたとおり,本件明細書における実施例及び比較例によれば,実施例1?4及びディスプレイデバイスの製造例において,回路が表面に形成された樹脂膜をキャリア基板から欠陥を生じずに剥離ができることが示されているといえる。そして,上記の剥離については,当業者であれば,本件明細書の【0022】に記載されるとおり,「剥離方法に特に制限はなく」,例えば,「キャリア基板側からレーザー等を照射することで剥離」することや,「単に物理的に剥離」することが可能であると理解できる。
これに対して,申立人Bは,本件発明1?6がその課題を解決できると認識できる範囲を超えるものであることの具体的な根拠を何ら示していない。
以上によれば,申立人Bが主張するように,本件明細書に,「基板からの剥離性」がどのような機序で実現されたのか記載されておらず,また,ディスプレイデバイスの製造例において,ポリイミド膜をガラス基板からどのように剥離したのか記載されていないとしても,そうであるからといって,本件発明1?6について,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しないなどということはできない。
したがって,申立理由6B(サポート要件)によっては,本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。

(8)申立理由5B(実施可能要件)
申立人Bは,請求項1に「前記回路が表面に形成された樹脂膜を前記キャリア基板から剥離する」と記載されているところ,回路が形成されたポリイミド膜をキャリア基板から剥離するには,キャリア側からのレーザーの照射や物理的手段等が知られているが,それぞれの方法においてポリイミドに求められる物性は全く異なり,ポリイミドの種類によって適用可能な剥離方法は異なるはずであるとして,「キャリア基板から欠陥を生じずに剥離ができる」という本件発明1の課題を解決するためには,ポリイミドのレーザーに対する感受性等の化学的特性を利用するのか,ポリイミドの靱性といった物理的な剥がれ易さを利用するか,不明であり,また,本件明細書の実施例においては,ポリイミド膜をガラス基板からどのように剥離したのか,方法及び条件について何ら記載されていないから,本件明細書の発明の詳細な説明には,請求項1における「前記回路が表面に形成された樹脂膜を前記キャリア基板から剥離する」という工程を実施するための具体的な方法及び条件が記載されておらず,また,出願時の技術常識に基づいても,当業者は前記工程の具体的実施態様を理解できないと主張する(申立書20?21頁)。
しかしながら,上記1(2)で述べたとおり,本件明細書における実施例及び比較例によれば,実施例1?4及びディスプレイデバイスの製造例において,回路が表面に形成された樹脂膜をキャリア基板から欠陥を生じずに剥離ができることが示されているといえる。そして,上記の剥離については,当業者であれば,本件明細書の【0022】に記載されるとおり,「剥離方法に特に制限はなく」,例えば,「キャリア基板側からレーザー等を照射することで剥離」することや,「単に物理的に剥離」することが可能であると理解でき,また,その条件についても理解できる。
これに対して,申立人Bは,本件明細書の発明の詳細な説明が,当業者が本件発明1?6を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないことの具体的な根拠を何ら示していない。
以上によれば,申立人Bが主張するように,本件明細書に,「キャリア基板から欠陥を生じずに剥離ができる」という本件発明1の課題を解決するために,ポリイミドのどのような特性を利用するのか記載されておらず,また,実施例において,ポリイミド膜をガラス基板からどのように剥離したのか,方法及び条件について記載されていないとしても,そうであるからといって, 本件発明1?6について,発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合しないなどということはできない。
したがって,申立理由5B(実施可能要件)によっては,本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。

第6 むすび
以上のとおり,取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液状の樹脂組成物を硬質キャリア基板上に塗布成膜し、200?500℃の加熱温度で15分?6時間加熱して、厚さが2?10μmのポリイミド樹脂膜を形成する工程と、前記樹脂膜上に回路を形成する工程と、前記回路が表面に形成された樹脂膜を前記キャリア基板から剥離する工程と、を含む、表示デバイスとしてのフレキシブルデバイス基板の製造法に用いられ、フレキシブルデバイス基板となる前記液状の樹脂組成物であって、一般式(1)
【化1】

(一般式(1)中、Rは各々独立に水素原子又は一価の有機基を示し、R_(1)は
【化2】

から選択される2価の有機基であり(但しR’は各々独立にアルキル基であり、アルキル基の水素原子はハロゲン原子で置換されても良い)、R_(2)は
【化3】

で表され、s-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基である四価の有機基であり、nは繰り返し数を表す正の整数である。)で表される構造単位を全構造単位中60%以上有する重量平均分子量が15,000?80,000であるポリイミド前駆体、又は、1,4-シクロヘキサンジアミンに基づく構造残基とs-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物に基づく構造残基とのみからなるポリイミド前駆体と、N-メチル-2-ピロリドン、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、γ-ブチロラクトン、ε-カプロラクトン、γ-カプロラクトン、γ-バレロラクトン、ジメチルスルホキシド、1,4-ジオキサン、及びシクロヘキサノンからなる群より選ばれる少なくとも1種の有機溶媒とを含有してなるフレキシブルデバイス基板形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物。
【請求項2】
フレキシブルデバイス基板が、液晶ディスプレイ用基板、有機ELディスプレイ用基板又は電子ペーパー用基板であり、
前記ポリイミド前駆体樹脂組成物が、前記ポリイミド前駆体に対して0.1質量%以上3質量%以下のシランカップリング剤を更に含有する、請求項1に記載のフレキシブルデバイス基板形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のフレキシブルデバイス基板形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物を硬質キャリア基板上に塗布成膜し、200?500℃の加熱温度で15分?6時間加熱して、厚さが2?10μmのポリイミド樹脂膜を形成する工程、前記樹脂膜上に回路を形成する工程、前記回路が表面に形成された樹脂膜を前記キャリア基板から剥離する工程の各工程を含む、表示デバイスであるフレキシブルデバイスの製造方法。
【請求項4】
ポリイミド樹脂膜のガラス転移温度が、300℃以上である請求項3に記載のフレキシブルデバイスの製造方法。
【請求項5】
ポリイミド樹脂膜の100℃?200℃の範囲における熱膨張係数が、20ppm/K以下である請求項3又は4に記載のフレキシブルデバイスの製造方法。
【請求項6】
請求項3?5のいずれかに記載されたフレキシブルデバイスの製造方法により製造された表示デバイスであるフレキシブルデバイス。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-10-11 
出願番号 特願2016-236034(P2016-236034)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (C08G)
P 1 651・ 121- YAA (C08G)
P 1 651・ 536- YAA (C08G)
P 1 651・ 113- YAA (C08G)
最終処分 維持  
前審関与審査官 海老原 えい子  
特許庁審判長 大熊 幸治
特許庁審判官 井上 猛
橋本 栄和
登録日 2018-02-16 
登録番号 特許第6288227号(P6288227)
権利者 日立化成デュポンマイクロシステムズ株式会社
発明の名称 フレキシブルデバイス基板形成用ポリイミド前駆体樹脂組成物及びそれを用いたフレキシブルデバイスの製造方法、フレキシブルデバイス  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 清水 義憲  
代理人 清水 義憲  
代理人 平野 裕之  
代理人 平野 裕之  
代理人 沖田 英樹  
代理人 沖田 英樹  

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