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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C23F
審判 全部申し立て 2項進歩性  C23F
管理番号 1357686
異議申立番号 異議2019-700682  
総通号数 241 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-01-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-08-28 
確定日 2019-12-06 
異議申立件数
事件の表示 特許第6482969号発明「コンクリート構造物の断面修復工法」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6482969号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6482969号(以下,「本件」という。)についての出願は,平成27年 6月30日に出願され,平成31年 2月22日にその特許権の設定登録がなされ,同年 3月13日に特許掲載公報が発行され,その後,本件の請求項1?8に係る特許に対し,令和 1年 8月28日に特許異議申立人 落合憲一郎(以下,「申立人」という。)より,特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
本件の請求項1?8に係る発明は,特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定される,次のとおりのものである。

「【請求項1】
亜鉛又は亜鉛合金の陽極材3と、陽極材3の周りに陽極の不動態の生成を避けるのに充分なpHを持った電解質溶液を含有するバックフィル材とで構成された犠牲陽極材4を、コンクリート硬化体2の表面に設置し、コンクリート硬化体2の内部の鉄筋1と犠牲陽極材4を電気的に接続する鉄筋コンクリート構造物の断面修復工法であって、犠牲陽極材4内部の陽極材3の打継界面側端部5の位置が、断面修復材6とコンクリート硬化体2との打継界面7上、もしくは、打継界面7から30cm以内のコンクリート硬化体2の表面となるように、犠牲陽極材4を設置することを特徴とする鉄筋コンクリート構造物の断面修復工法。
【請求項2】
犠牲陽極材4の内部の陽極材3の打継界面側端部5の位置が、打継界面7上、もしくは、打継界面7から30cm以内のコンクリート硬化体2の表面となるように犠牲陽極材4を設置し、さらに、コンクリート硬化体2の表面の任意の位置に犠牲陽極材4を設置することを特徴とする請求項1に記載の断面修復工法。
【請求項3】
犠牲陽極材4が、犠牲陽極材被覆材8で包み込んでなることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の断面修復工法。
【請求項4】
犠牲陽極材被覆材8の比抵抗が、1?300kΩ・cmであることを特徴とする請求項3記載の断面修復工法。
【請求項5】
犠牲陽極材被覆材8の表面に有機-無機複合型エマルジョンを、1m^(2)あたり50?500g塗布することを特徴とする請求項3又は請求項4に記載の断面修復工法。
【請求項6】
犠牲陽極材被覆材8の表面に永久型枠を設置することを特徴とする請求項3?請求項5のうちのいずれか1項に記載の断面修復工法。
【請求項7】
鉄筋1と犠牲陽極材4とを電気的に接続する導線が、取替え可能であることを特徴とする請求項1?請求項6のうちのいずれか1項に記載の断面修復工法。
【請求項8】
犠牲陽極材被覆材8が、CaO/Al_(2)O_(3)モル比が0.15?0.7で、ブレーン比表面積値が2,000?7,000cm^(2)/gのカルシウムアルミネート化合物を含有することを特徴とする請求項3?請求項7のうちのいずれか1項に記載の断面修復工法。」

第3 申立理由の概要
申立人が主張する特許異議申立の理由の概要は,次のとおりである。

1 理由1(進歩性)
本件の請求項1?8に係る発明はいずれも,以下のとおり,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから,本件の請求項1?8に係る特許は,特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。

(1)本件の請求項1?3に係る発明は,甲第1号証に記載された発明に基いて,又は,甲第2号証に記載された発明及び甲第1号証に記載された事項に基いて,その技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものである。

(2)本件の請求項4,5に係る発明は,甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された事項に基いて,又は,甲第2号証に記載された発明及び甲第1,4号証に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)本件の請求項6に係る発明は,甲第1号証に記載された発明及び甲第5号証に記載された事項に基いて,又は,甲第2号証に記載された発明及び甲第1,5号証に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)本件の請求項7に係る発明は,甲第1号証に記載された発明及び甲第6号証に記載された事項に基いて,又は,甲第2号証に記載された発明及び甲第1,6号証に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

(5)本件の請求項8に係る発明は,甲第1号証に記載された発明及び甲第7号証に記載された事項に基いて,又は,甲第2号証に記載された発明及び甲第1,7号証に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

2 理由2(明確性)
本件の特許請求の範囲の記載は以下の点で,特許を受けようとする発明が明確でないから,本件の請求項1?8に係る特許は,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
すなわち,請求項1では,所定の効果を得るために,「犠牲陽極材4内部の陽極材3の打継界面側端部5の位置」を「打継界面7上もしくは打継界面7から30cm以内」と規定しているが,発明の詳細な説明の記載,あるいは,本件出願時の技術常識によれば,犠牲陽極材4における打継界面側端部5以外の部位が「打継界面7上もしくは打継界面7から30cm以内」に位置していれば所定の効果を得ることができるのであり,「打継界面側端部5の位置」だけで所定の効果を奏する発明を特定することはできない。したがって,本件の特許請求の範囲には,請求項1?8に係る発明が明確に記載されているものとは認められない。

(証拠方法)
甲第1号証:吉田隆浩 外3名,コンクリート工学年次論文集,公益社団法人日本コンクリート協会,2014年6月15日,第36巻,1144?1149頁(以下「甲1」という。)
甲第2号証:松久保博敬 外4名,コンクリートの補修,補強,アップグレード論文報告集,公益社団法人日本材料学会,2013年11月8日,第13巻,547?552頁(以下「甲2」という。)
甲第3号証:特表2002-536544号公報(以下「甲3」という。)
甲第4号証:特開2011-184744号公報(以下「甲4」という。)
甲第5号証:特許第5576549号公報(以下「甲5」という。)
甲第6号証:特開2003-129671号公報(以下「甲6」という。)
甲第7号証:特開2011-127157号公報(以下「甲7」という。)

第4 引用文献の記載
1 甲1について
(1)甲1は,「中性化と内的塩害により複合劣化したRC部材への流電陽極方式電気防食の適用性に関する検討」と題する論文であって,次の記載がある。下線は当審が付し,「…」は記載の省略を表す(以下同じ。)。

「要旨:内陸構造物の代表的な劣化機構の一つである中性化と内的塩害の複合劣化を考慮した供試体に流電陽極方式で用いられる犠牲陽極材を断面修復部とコンクリート部の境界部に設置し,コンクリート中の鉄筋に与える防食効果を評価した。その結果,…断面修復部とコンクリート部の境界部に犠牲陽極材を設置することで断面修復部周囲のマクロセル腐食は抑制されることを確認した。」(1144頁4?9行)

「2.実験概要
2.1 供試体の概要
供試体の概略図を図-1に示す。供試体は,100×100×800mmの角柱供試体で,部分断面修復を模擬した供試体である。供試体内部の鉄筋は分割鉄筋とし,かぶり25mmの位置に直径28mmのみがき丸鋼を配置している。隣接する分割鉄筋間は鉄筋に取り付けたリード線を介して電気的に接続されている。ここでは,概略図左から分割鉄筋に番号を(1)?(5)まで付している。陽極材にはアルミニウムを使用し,幅100mm,長さ350mm,厚さ2mmで,断面修復部とコンクリート部の境界部のみに設置している。…,陽極材とコンクリート間には厚さ10mmのバックフィル材(以下,BF材)が充填されている。BF材は,高い保水性を有し,長期間低い抵抗率を維持することが可能な材料である。断面修復材には電気防食用に開発された電気抵抗率の低い材料ではなく,市販のポリマーセメントモルタル(以下,PCM)を使用した。」(1144頁右欄7行?1145頁左欄13行)



」(1144頁右欄)

(2)上記(1)の摘示よりみて,甲1には,次の発明が記載されているといえる(以下「甲1発明」という。)。

「中性化と内的塩害により複合劣化したRC部材への流電陽極方式電気防食の適用方法であって,
100×100×800mmの角柱供試体の内部の鉄筋は分割鉄筋とし,かぶり25mmの位置に直径28mmのみがき丸鋼を配置し,隣接する分割鉄筋間は鉄筋に取り付けたリード線を介して電気的に接続されており,陽極材にはアルミニウムを使用し,幅100mm,長さ350mm,厚さ2mmで,断面修復部とコンクリート部の境界部のみに設置し,陽極材の表面には厚さ10mmのバックフィル材(BF材)が充填されており,BF材は,高い保水性を有し,長期間低い抵抗率を維持することが可能な材料であり,断面修復材には市販のポリマーセメントモルタル(PCM)を使用することにより,断面修復部周囲のマクロセル腐食を抑制する,上記方法。」

2 甲2について
(1)甲2は,「取替えを考慮した犠牲陽極材料の設置方法の検討」と題する論文であって,次の記載がある。

「要旨:….そこでマクロセル腐食や漏水による防食対策として有効な犠牲陽極材について,将来の消耗による犠牲陽極材の性能低下を考慮して取替え可能な設置方法を検討した.その結果取替え容易な躯体表面や外付けの配置でも十分な腐食抑制効果を発揮することを確認した.」(547頁8?11行)

「2.実験概要
2.1 供試体
コンクリート配合と供試体形状を表-1,図-1に示す.供試体はNaClを15kg/m^(3)予め練り込んだコンクリートを打設し,材齢28日後に部分断面修復を模擬した補修材を打設した.供試体寸法は100×100×600mmとし,補修部と母材部にはそれぞれ磨き棒鋼φ16をかぶり50mmの位置に配置,上面以外は全てエポキシ樹脂で塗装した.」(547頁右欄10行?548頁左欄1行)



」(548頁右欄)

「2.2 犠牲陽極材
犠牲陽極材は従来の亜鉛+バックフィル材と亜鉛単体およびアルミニウム合金単体の3種類とした.犠牲陽極材の配置は,断面修復材の表面に埋込んだ供試体A(以下,「表面埋め込み」と称す),断面修復後の表面に配置した供試体B(以下,「外付け」と称す)および従来どおりの断面修復内部に配置した供試体C(以下,「内部埋め込み」と称す)の3種類とした.…供試体Bの「外付け」は,補修材硬化後にBOX状に加工した透明性塩ビパネル内(以下,「プラBOX」と称す)に犠牲陽極材とアルカリ水溶液を吸水させた高吸水ポリマーを充填し,補修材表面に固定した.
…バックフィル材は高アルカリと高い吸水性能を保持した材料で構成されており,犠牲陽極材の陽極性能が低下しないように考慮された材料である.」(548頁左欄2?26行)



」(548頁右欄)

(2)上記(1)の摘示よりみて,甲2には,次の発明が記載されているといえる(以下「甲2発明」という。)。

「マクロセル腐食や漏水による防食対策として有効な犠牲陽極材について,将来の消耗による犠牲陽極材の性能低下を考慮して取替え可能な設置方法であって,
供試体はNaClを15kg/m^(3)予め練り込んだコンクリートを打設し,材齢28日後に部分断面修復を模擬した補修材を打設し,供試体寸法は100×100×600mmとし,補修部と母材部にはそれぞれ磨き棒鋼φ16をかぶり50mmの位置に配置,上面以外は全てエポキシ樹脂で塗装し,犠牲陽極材は亜鉛+バックフィル材とし,犠牲陽極材の配置は,断面修復後の表面に配置した供試体B(外付け)とし,供試体Bの「外付け」は,補修材硬化後に,BOX状に加工した透明性塩ビパネル内(プラBOX)に犠牲陽極材とアルカリ水溶液を吸水させた高吸水ポリマーを充填し,補修材表面に固定し,バックフィル材は高アルカリと高い吸水性能を保持した材料で構成されており,犠牲陽極材の陽極性能が低下しないように考慮された材料とすることにより,取替え容易な躯体表面や外付けの配置でも十分な腐食抑制効果を発揮する,上記方法。」

3 甲3について
甲3には,「陰極防食」(発明の名称)に関して,次の記載がある。

「【0026】ある代替例では、陽極本体自体が、陽極本体に組み込まれた潮解性物質を保持する。組込みは、溶解された形態で成形された、亜鉛または他の犠牲物質との混合物として実行されることが可能である。この他、本潮解性物質の組込みは、陽極の材料および潮解性物質または他の補強材を細かく分割し、分割された物質を焼結法または加圧法もしくは他の適正な方法で統合された固体にする等の技術によって行うことができる。さらにまた、補強材は、陽極材料の薄膜に折り畳まれる、もしくは巻き込まれることによって陽極材料と共に封入されることが可能である。混合は、上述の状態が陽極本体の仕上がり表面に適合するように実行される。
【0027】他の代替例では、陽極本体は、犠牲物質の中心体と、中心体の少なくとも1つの外面に永久的に付着され、被覆材に埋め込まれるための被覆材から分離された陽極部材を限定している層とを備え、当該層は、陽極部材の中心体と鋼部材との間の被覆材を介するイオンの送達を可能にするように配置され、潮解性物質は層内に層との混合物として結合されている。好適には、層は、犠牲陽極本体の外側に成形されたセメント状用材のような固体である。
【0028】好適には、陽極本体は、被覆材の中に完全に埋蔵されるように被覆材に埋め込まれる。」

「【0048】陽極本体の周りには、モルタル材21の層が供給されている。実際には、モルタル材は、パックの全外周および上面、下面におけるモルタル材の厚さが約1cmになるようにパックの周囲に成形される。線19および20は陽極材に電気接続され、モルタルを突き抜けている。」

4 甲4について
甲4には,「鉄筋コンクリート構造物内部における鉄筋の防食工法」(発明の名称)に関して,次の記載がある。

「【請求項4】前記犠牲陽極材の金属が、亜鉛、アルミニウム、及びマグネシウムからなる群より選ばれた一種又は二種以上を含む金属又は合金であることを特徴とする請求項1?3のうちのいずれか1項に記載の鉄筋コンクリート内部の鉄筋の防食工法。
【請求項5】前記断面修復材を被覆した鉄筋コンクリートの表面に、有機-無機複合型塗膜養生剤を塗布してなることを特徴とする請求項1?4のうちのいずれか1項に記載の鉄筋コンクリート内部の鉄筋の防食工法。」

「【請求項8】有機-無機複合型塗膜剤の使用量が、100?500g/m^(2)であることを特徴とする請求項5?7のうちのいずれか1項に記載の鉄筋コンクリート内部の鉄筋の防食工法。」

「【0032】コンクリート構造物のコンクリートの電気抵抗率は、コンクリートの配合や環境等によって異なるが、通常、100Ω・m程度である。
本発明における断面修復材の電気抵抗率は、コンクリート構造物の電気抵抗率の0.1?10倍が好ましく、0.5?5倍がより好ましい。電気抵抗率が0.1倍未満では復極量が小さくなり、コンクリート構造物内部の鉄筋が腐食しやすくなる場合がある。電気抵抗率が小さいと防食電流が流れやすくなるが、同時に腐食電流も流れやすくなる。鉄筋の腐食の有無はこれらのバランスによって決まり、腐食電流の影響が大きいため、腐食が進行しやすくなると考えられる。電気抵抗率が10倍を超えると、電気抵抗が高いために防食電流が流れにくくなり、防食範囲が狭まり、犠牲陽極材の防食効果が小さくなる場合がある。
断面修復材の電気抵抗率は、水結合材比の調整や、各種混和材や炭素繊維の混和、ポリマー混和量を変えたポリマーセメントモルタルの使用等により調整できる。」

「【0035】本発明では、本発明の断面修復材を使用して硬化した硬化体(以下、本硬化体という)の表面に、有機-無機複合型塗膜養生剤を塗布することは、収縮量をさらに低減し、ひび割れを抑制できるばかりでなく、長期的に本硬化体の電気抵抗を一定に保つことができることから好ましい。」

「【0045】有機-無機複合型塗膜養生剤の使用量は特に限定されるものではないが、鉄筋コンクリート1m^(2)当たり、100?500gが好ましく、150?300gがより好ましい。100g未満では、長期的に電気抵抗を小さく保つ効果が充分でなくなるおそれがあり、500gを超えて塗布してもその効果が頭打ちになる。」

「【0048】犠牲陽極材の不動態化を避けるため、犠牲陽極材の周りに多孔性材料を付設し、犠牲陽極材の金属の周囲を、所定のpHに保持する必要がある。例えば、亜鉛-アルミニウム合金の場合には、pH値は13.3以上が必要であり、使用する金属によって不動態化を抑えるためのpH値は異なる。
【0049】犠牲陽極材の周りに付設する多孔性材料としては、保水機能を有する無機材料であることが好ましく、コンクリートと同じセメント系のモルタル材料がより好ましい。多孔性材料が保水機能を有することによって、犠牲陽極材の金属が多孔性材料内の液中に溶出することにより犠牲陽極材の機能を果たす。
多孔性材料を得るには、モルタルに、混和材料として軽量細骨材、気泡剤、及び膨張材等を使用したり、モルタル中の空気量を適正に調整して、未だ固まらないモルタルを製造し、これを犠牲陽極材の金属に被覆し、硬化した状態で細孔が分散した多孔質の被覆となるようにする。モルタルの練混ぜのさいに、アルカリ金属化合物を添加して、アルカリ度をさらに高くしたモルタルを得ることも可能である。」

5 甲5について
甲5には,「電気防食用バックフィル及びコンクリート構造物の電気防食構造」(発明の名称)に関して,次の記載がある。

「【0016】本実施形態における電気防食構造10Aは、図1に示すように、電気防食用電極11を複数(2本)備えており、各電極11に1対1で対するように、バックフィル12,13及び収容体14を備えている。各電極11は電流分配部材17により電気的に接続されており、電流分配部材17及びコンクリート構造物20中の鋼材21にはそれぞれリード線18が接続されており、直流電源装置19からリード線18を通じて防食電流が供給可能になされている。」

「【0018】収容体14の材質としては、この種のバックフィルにおいて収容体として使用可能なものを特に制限なく用いることができ、例えば、塩化ビニル、ポリエステル、エポキシ、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、アクリル、PTFE(四フッ化エチレン樹脂)、PVDF(フッ化ビニリデン樹脂)、PEEK(ポリエーテル・エーテル・ケトン樹脂)、等の樹脂、FRP(ガラス繊維強化プラスチック)、ガラス、セラミック等が挙げられる。」

6 甲6について
甲6には,「コンクリート修復時の鉄筋防食法」(発明の名称)に関して,次の記載がある。

「【特許請求の範囲】
【請求項1】既設コンクリートの欠陥部のコンクリートを取り除いて形成された鉄筋露出凹部に修復材料を装填するさいに,その修復材料装填部の表面部に,犠牲陽極を備えた防食用具の設置空間を形成するコンクリートの修復工法であって,該凹部に露出する鉄筋に導電線の一端を接続し,この導電線の他端が該防食用具設置空間に引き出されるように該凹部に修復材料を装填し,該防食用具設置空間内に防食用具を取替え可能に据え付けることを特徴とするコンクリート修復時の鉄筋防食法。
【請求項2】既設コンクリートの欠陥部のコンクリートを取り除いて形成された鉄筋露出凹部に修復材料を装填するさいに,その修復材料装填部の表面部に,犠牲陽極を備えた防食用具を設置するコンクリートの修復工法であって,該凹部に露出する鉄筋に導電線の一端を接続し,この導電線の他端が該修復材料の表面より外部に引き出されるように該凹部に修復材料を装填し,この導電線の他端に該防食用具を取替え可能に設置することを特徴とするコンクリート修復時の鉄筋防食法。」

「【請求項4】防食用具は,多孔質のセメント系モルタルで被覆された亜鉛または亜鉛合金からなり,該亜鉛または亜鉛合金に接続された1本または複数本の導電線を有するものである請求項1または2に記載の鉄筋防食法。」

「【請求項11】導電線は,断続自在のコネクターを備えている請求項1ないし10のいずれかに記載の鉄筋防食法。」

7 甲7について
甲7には,「鉄筋コンクリート内部の鉄筋の防食工法」(発明の名称)に関して,次の記載がある。

「【特許請求の範囲】
【請求項1】CaO/Al_(2)O_(3)モル比が0.15?0.7で、ブレーン比表面積値が2000?7000cm^(2)/gのカルシウムアルミネート化合物と、セメント、及び水を練混ぜて硬化させたコンクリートの内部に犠牲陽極材を設置し、犠牲陽極材の周りに陽極の不導態の生成を避けるのに充分なpHを持った電解質溶液を含有する多孔性材料を付設し、犠牲陽極材とコンクリート内部の鉄筋を電気的に接続してなる鉄筋コンクリート内部の鉄筋の防食工法。」

「【請求項4】犠牲陽極材の金属が、亜鉛、アルミニウム、及びマグネシウムからなる群より選ばれた一種又は二種以上を含む金属または合金であることを特徴とする請求項1?3のいずれか1項に記載の鉄筋コンクリート内部の鉄筋の防食工法。」

「【0017】本発明で使用するカルシウムアルミネート化合物(以下、CA化合物という)とは、カルシアを含む原料と、アルミナを含む原料等を混合して、キルンでの焼成や電気炉での溶融等の熱処理をして得られる、CaOとAl_(2)O_(3)を主成分とする化合物を総称するものである。本発明は、CA化合物の化学組成がCaO/Al_(2)O_(3)モル比で0.15?0.7の範囲にある。CA化合物が、例えば、SiO_(2)やR_(2)O(Rはアルカリ金属)を含有していても、本発明の目的を損なわない限り使用可能である。
本発明のCA化合物のCaO/Al_(2)O_(3)モル比は0.15?0.7であり、0.4?0.6がより好ましい。0.15未満では、塩化物イオンの遮蔽効果が充分に得られない場合があり、逆に、0.7を超えると急硬性が現れるようになり、可使時間が確保できない場合がある。
【0018】CA化合物の粉末度は、ブレーン比表面積値(以下、ブレーン値という)で2000?7000cm^(2)/gが好ましく、3000?6000cm^(2)/gがより好ましい。ブレーン値が2000cm^(2)/g未満では、充分な塩化物イオンの遮蔽効果が得られない場合があり、7000cm^(2)/gを超えると急硬性が現れるようになり、可使時間が短くなる。」

第5 当審の判断
当審は,申立人が提示した特許異議申立ての理由及び証拠によって,本件の請求項1?8に係る特許を取り消すことはできないと判断する。その理由は次のとおりである。

1 理由1(進歩性)について
(1)請求項1?3に係る発明について
ア 甲1発明との対比
(ア)本件の請求項1に係る発明と,甲1発明とを対比する。
まず,後者の「中性化と内的塩害により複合劣化したRC部材への流電陽極方式電気防食の適用方法」は,その内容よりみて,前者の「鉄筋コンクリート構造物の断面修復工法」に相当する。
また,後者の「厚さ10mmのバックフィル材(BF材)」は前者の「バックフィル材」に相当し,いずれも「陽極材」の周りに配置されるから,後者において「陽極材」の表面に「厚さ10mmのバックフィル材(BF材)が充填」されたものは,前者の「犠牲陽極材」に相当する。
さらに,後者の「100×100×800mmの角柱供試体」は前者の「コンクリート硬化体」に相当し,いずれもその内部に「鉄筋」を有する。
そして,後者の「断面修復材」が前者の「断面修復材」に相当することは明らかである。
したがって,本件の請求項1に係る発明と,甲1発明とは,次の一致点,及び,相違点1?3を有する。

(一致点)
「陽極材と、陽極材の周りに電解質溶液を含有するバックフィル材とで構成された犠牲陽極材を、表面に設置し、コンクリート硬化体の内部の鉄筋と犠牲陽極材を電気的に接続する鉄筋コンクリート構造物の断面修復工法」である点。

(相違点1)
陽極材を構成する材料が,本件の請求項1に係る発明では「亜鉛又は亜鉛合金」であるのに対し,甲1発明では「アルミニウム」である点。

(相違点2)
バックフィル材が,本件の請求項1に係る発明では「陽極材3の周りに陽極の不動態の生成を避けるのに充分なpHを持った電解質溶液を含有する」ものであるのに対し,甲1発明では「高い保水性を有し,長期間低い抵抗率を維持することが可能な材料」であるが,「陽極の不動態を避けるのに十分なpHを持った」ものかどうかは不明である点。

(相違点3)
犠牲陽極材及び陽極材の設置場所が,本件の請求項1に係る発明では「犠牲陽極材4を、コンクリート硬化体2の表面に設置」し,かつ,「犠牲陽極材4内部の陽極材3の打継界面側端部5の位置が、断面修復材6とコンクリート硬化体2との打継界面7上、もしくは、打継界面7から30cm以内のコンクリート硬化体2の表面となるように、犠牲陽極材4を設置」するのに対し,甲1発明では「陽極材」は「幅100mm,長さ350mm,厚さ2mmで,断面修復部とコンクリート部の境界部のみに設置」している点。

(イ)事案にかんがみ,上記相違点3について検討する。
本件の請求項1に係る発明は,陽極材3とバックフィル材とで構成された「犠牲陽極材4」を,「コンクリート硬化体2の表面」に設置するものである。
これに対し,甲1発明は,「陽極材」を「断面修復部とコンクリート部の境界部のみに設置」し,陽極材の表面にはバックフィル材が充填されているところ,陽極材とバックフィル材からなる「犠牲陽極材」の設置態様は,図-1やその説明から明らかなように,「断面修復部」と「コンクリート部」に跨がって設置するものであって,「犠牲陽極材」を,「断面修復部」と跨がることなく「コンクリート部」の表面に設置することは,甲1には記載も示唆もされていない。
そして,甲2も,「犠牲陽極材の配置は,断面修復後の表面に配置」するものであり,「母材部」に配置することは,記載も示唆もされていない。
また,甲3?甲7のいずれも,上記第4の3?7に摘示した技術事項が示されるに止まり,「犠牲陽極材4を、コンクリート硬化体2の表面」に設置することは,記載も示唆もされていない。
そうすると,甲1発明において,陽極材とバックフィル材からなる「犠牲陽極材」を「コンクリート部」の表面に設置し,その上で,陽極材の側端部を,打継界面から30cm以内のコンクリート部の表面となるようにすることは,当業者といえども容易になし得たことではない。

(ウ)そして,本件の請求項1に係る発明は,「犠牲陽極材4を、コンクリート硬化体2の表面」に設置するとともに,「陽極材3の打継界面側端部5の位置」が,「打継界面7上」もしくは「打継界面7から30cm以内のコンクリート硬化体2の表面」とすることにより,断面修復材の直近以外の電極でも復極量が100mV以上であり(段落【0052】表3:実験No.2-1と2-2?2-5との対比),犠牲陽極材の防食範囲が広く及んでいることを確認したものである。
したがって,相違点1,2について検討するまでもなく,本件の請求項1に係る発明は,甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(エ)本件の請求項2,3に係る各発明はいずれも,請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであるから,甲1発明と対比すると,少なくとも,上記(ア)の相違点1?3を有する。
そして,上記(イ)及び(ウ)のとおり,本件の請求項1に係る発明は,甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件の請求項2,3に係る各発明も同様に,甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

イ 甲2発明との対比
(ア)本件の請求項1に係る発明と,甲2発明とを対比する。
まず,後者の「マクロセル腐食や漏水による防食対策として有効な犠牲陽極材について,将来の消耗による犠牲陽極材の性能低下を考慮して取替え可能な設置方法」は,その内容よりみて,前者の「鉄筋コンクリート構造物の断面修復工法」に相当する。
また,両者はともに「犠牲陽極材」を有し,その構成として,後者の「亜鉛」及び「バックフィル材」は,前者の「亜鉛又は亜鉛合金の陽極材」及び「バックフィル材」に相当する。
さらに,後者の「供試体」である「NaClを15kg/m^(3)予め練り込んだコンクリート」は,前者の「コンクリート硬化体」に相当する。
そして,後者の「部分断面修復を模擬した補修材」は,前者の「断面修復材」に相当する。
したがって,本件の請求項1に係る発明と,甲2発明とは,次の一致点,及び,相違点4を有する。

(一致点)
「亜鉛の陽極材と、陽極材の周りに陽極の不動態の生成を避けるのに充分なpHを持った電解質溶液を含有するバックフィル材とで構成された犠牲陽極材を、表面に設置し、コンクリート硬化体2の内部の鉄筋1と犠牲陽極材4を電気的に接続する鉄筋コンクリート構造物の断面修復工法」である点。

(相違点4)
犠牲陽極材及び陽極材の設置場所が,本件の請求項1に係る発明では「犠牲陽極材4を、コンクリート硬化体2の表面に設置」し,かつ,「犠牲陽極材4内部の陽極材3の打継界面側端部5の位置が、断面修復材6とコンクリート硬化体2との打継界面7上、もしくは、打継界面7から30cm以内のコンクリート硬化体2の表面となるように、犠牲陽極材4を設置」するのに対し,甲2発明では「犠牲陽極材の配置は,断面修復後の表面に配置した供試体B(外付け)とし」ている点。

(イ)上記相違点4について検討すると,これは,上記ア(ア)の相違点3と同様である。そして,上記ア(イ)と同様に,当該事項は,甲1にも,甲3?甲7のいずれにも,記載も示唆もされていない。

(ウ)そして,本件の請求項1に係る発明は,上記ア(ウ)に示したとおり,犠牲陽極材の防食効果が広く及んでいることを確認したものであり,容易に予測できたものではない。
したがって,本件の請求項1に係る発明は,甲2発明及び甲1に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(エ)本件の請求項2,3に係る各発明はいずれも,請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであるから,甲2発明と対比すると,少なくとも,上記(ア)の相違点4を有する。
そして,上記(イ)及び(ウ)のとおり,本件の請求項1に係る発明は,甲2発明及び甲1に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件の請求項2,3に係る各発明も同様に,甲2発明及び甲1に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)請求項4?8に係る発明について
ア 本件の請求項4?8に係る各発明はいずれも,請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであるから,甲1発明と対比すると,少なくとも,上記(1)ア(ア)の相違点1?3を有する。
そして,上記(1)ア(イ)及び(ウ)のとおり,本件の請求項1に係る発明は,甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件の請求項4?8に係る各発明も同様に,甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

イ 同様に,本件の請求項4?8に係る各発明を甲2発明と対比すると,少なくとも,上記(1)イ(ア)の相違点4を有する。
そして,上記(1)イ(イ)及び(ウ)のとおり,本件の請求項1に係る発明は,甲2発明及び甲1に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件の請求項4?8に係る各発明も同様に,甲2発明及び甲1に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(3)理由1(進歩性)についてのまとめ
以上のとおり,本件の請求項1?8に係る各発明は,甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないし,また,甲2に記載された発明及び甲1に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

2 理由2(明確性)について
(1)本件の請求項1には,陽極材3とバックフィル材とで構成された「犠牲陽極材4を、コンクリート硬化体2の表面に設置」し,かつ,「陽極材3の打継界面側端部5の位置」が,「打継界面7上」もしくは「打継界面7から30cm以内のコンクリート硬化体2の表面」となるようにすることが記載されている。
上記記載によれば,犠牲陽極材4は,打継界面7上を超えて断面修復部6上に跨がることなくコンクリート硬化体2上に設置され,かつ,その設置態様において,陽極材3の打継界面側端部5の位置が,打継界面7上,もしくは打継界面7から30cm以内のコンクリート硬化体2上であることが明確に理解できる。

(2)申立人の主張について
ア 申立人は,請求項1の「打継界面側端部5」について,本件特許明細書には何ら説明がなく,打継界面側端部5が一義的に定まらない旨,参考図の形態A?Dを例示して主張する(特許異議申立書19?21頁)。
しかしながら,上記(1)のとおり,請求項1の記載によれば,犠牲陽極材4は,打継界面7上を超えて断面修復部6上に跨がることなくコンクリート硬化体2上に設置されるものであるから,参考図の形態A?Dに当てはめると,請求項1の記載を満たすものは形態Aのみであり,形態B?Dは請求項1の記載を満たさないことが明確に理解できる。
よって,上記主張は採用できない。

イ 申立人は,本件特許明細書の段落【0025】によれば,「打継界面7から30cm以内の範囲のコンクリート硬化体2の表面に、犠牲陽極材4の全部もしくは一部がかかっている」という要件を満たせば,所定の鉄筋のマクロセル腐食の防止効果が得られ,本件の請求項1に係る発明の効果が奏されることになる旨も主張する(特許異議申立書21頁)。
しかしながら,上記(1)のとおり,請求項1の記載によれば,犠牲陽極材4は,打継界面7上を超えて断面修復部6上に跨がることなくコンクリート硬化体2上に設置されることが明確であるところ,そのような形態(参考図の形態A)において上記所定の効果を奏することは,本件特許明細書の段落【0052】の表3における実験No.2-1(参考図の形態B?Dに相当。)の結果との対比により,明確に確認することができる。
よって,上記主張も採用できない。

第6 むすび
以上のとおり,申立人が提示した特許異議申立ての理由及び証拠によっては,本件の請求項1?8に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件の請求項1?8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-11-27 
出願番号 特願2015-131516(P2015-131516)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C23F)
P 1 651・ 537- Y (C23F)
最終処分 維持  
前審関与審査官 印出 亮太國方 康伸  
特許庁審判長 中澤 登
特許庁審判官 亀ヶ谷 明久
平塚 政宏
登録日 2019-02-22 
登録番号 特許第6482969号(P6482969)
権利者 デンカ株式会社
発明の名称 コンクリート構造物の断面修復工法  
代理人 松本 悟  

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