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審決分類 |
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K 審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K |
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管理番号 | 1358125 |
審判番号 | 不服2017-544 |
総通号数 | 242 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2020-02-28 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2017-01-13 |
確定日 | 2019-12-16 |
事件の表示 | 特願2015- 86980「細胞の酸化的損傷に関連した病変を治療するためのDHA、EPAまたはDHA由来のEPAの使用」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 9月 3日出願公開、特開2015-157838〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、2006年(平成18年)12月20日(パリ条約による優先権主張2005年12月21日(ES)スペイン、2006年9月25日(ES)スペイン、2006年9月25日(ES)スペイン、2006年12月20日(ES)スペイン)を国際出願日とする特願2008-546448号の一部を、2013年(平成25年)9月17日に新たな特許出願である特願2013-192263とし、さらにその一部を2015年(平成27年)4月21日に新たな特許出願としたものであって、その手続の経緯は以下のとおりである。 平成27年 5月21日 :手続補正書の提出 平成27年 7月 7日 :上申書の提出 平成28年 4月15日付け:拒絶理由通知書 平成28年 7月25日 :手続補正書、意見書の提出 平成28年 9月 7日付け:拒絶査定 平成29年 1月13日 :審判請求書、手続補正書の提出 平成29年 2月23日 :手続補正書(方式)の提出 平成29年11月 1日付け:拒絶理由通知書 平成30年 5月 7日 :手続補正書、意見書の提出 平成30年 9月 7日付け:拒絶理由(最後の拒絶理由)通知書 平成31年 3月11日 :手続補正書、意見書の提出 第2 平成31年3月11日にされた手続補正についての補正の却下の決定 [補正の却下の決定の結論] 平成31年3月11日にされた手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。 [理由] 1 本件補正について(補正の内容) (1)本件補正は、特許請求の範囲の請求項1の記載を次のとおりに補正することを含むものである。(下線部は、補正箇所である。) 「グリセリドのsn-2の位置に酵素的に組込まれたドコサヘキサエン酸(DHA)を含み、前記グリセリドのsn-2の位置に酵素的に組込まれたDHAの合計量が、総脂肪酸に対して重量%で40-100%である、DNAに対する酸化的損傷を減少するための剤。」 (2)本件補正前の、平成30年5月7日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである 「グリセリドのsn-2の位置に酵素的に組込まれたドコサヘキサエン酸(DHA)を含み、前記グリセリドのsn-2の位置に酵素的に組込まれたDHAの合計量が、総脂肪酸に対して重量%で40-100%である、運動能力の向上剤。」 2 補正の適否について (1)上記1のとおり、本件補正は、「運動能力の向上剤」を「DNAに対する酸化的損傷を減少するための剤」とする補正を含むものである。 (2)ここで、本願明細書には、「運動能力」に関し、以下の記載がある。 「本発明のもう一つの目的は、運動能力を高める組成物,並びに主として食物、乳製品または運動するときに人々によって典型的に用いられる任意の適当な投与形態の投与によって運動後の血中グルコースレベルを維持する組成物を製造するためのドコサヘキサエン酸の使用である。」 (【0033】) 「運動能力(sports performance)を評価するには、その運動能力の向上を評価することができる幾つかのパラメーターがある。 有酸素運動を行う運動選手では、VO2_(max)は競技シーズン中十分にトレーニングを積んだ運動選手ではほとんど増加しないので、UV2(無酸素性閾値)における最大酸素消費率%VO_(2max)が増加するときには、能力の増加が考えられる。閾値におけるVO_(2max)の比率がほとんど変化しないことは、性能増加のデータと直接関係している。 本発明者らは、基礎三角活動試験(basal triangular effort trials)をDHAを4ヶ月間投与した後に行ったものと比較したとき、換気閾値2における酸素消費量(VO_(2))は絶対値(p<0.019)および相対値(p<0.036)のいずれでも統計学的に有意に増加することを示した。このパラメーターの増加は、自転車競技選手(p<0.047)および非自転車競技選手の両方について示されているが、後者の差は統計学的に有意ではない(図24)。 心拍数が嫌気性閾値で増加する場合には、運動選手は有酸素代謝を更に高い強度に保持する能力を若干増加させることができると考えられるので、運動能力の増加に関するもう一つのパラメーターは、活動試験(effort trial)のUV2が設定されている心拍数の増加である。本発明者らは、基礎試験で得られた上記パラメーターをDHAを4ヶ月間消費した後の三角試験で得られたものと比較するときのp=0.082についてのUV2における心拍数の増加を観察した。これらのデータは、特に高レベルの自転車競技選手のサブグループでの(p<0.017)を示している(図25)。 これに関して、統計学的に有意なUV2に達するのに要する時間は増加する(図26)。 最後に、運動選手が有酸素トレーニングを行っているときには、同一活動レベルに対する心拍数は低くなる。本発明者らは、運動選手が2000ml O_(2)/分を消費した時点での両試験についてのこれらのデータを比較すると、DHAを投与されている自転車選手では、心拍数が統計学的に有意に減少することを見出した(p<0.043)(図27)。 これらの研究から、DHAを4ヶ月間摂取した運動選手では、UV2における酸素の絶対および相対消費量の増加(それぞれ、p<0.008およびp<0.015)、UV2に対応する供給量の増加(p<0.063)および運動選手が2000ml/分の酸素消費量を示すときの心拍数の減少(p<0.062)が観察されたと結論することができる。これら総ては、2.1g DHA/24時間(70重量%の500mgカプセル6個)を1日3回4ヶ月間接種した後の運動能力の増加を示すパラメーターである。上記量は、本発明の非制限的な例として表している。」 (【0076】-【0082】) 「2) DHAを4ヶ月間連続摂取した後、運動能力は高くなる(供給量および心拍数並びにUV2におけるVO_(2max)の比率の増加)ことが明らかにされた。・・・」 (【0093】) (3)上記(2)によれば、本件補正前の「運動能力の向上剤」とは、「供給量および心拍数並びにUV2におけるVO_(2max)の比率の増加」という指標で測定される、運動能力を向上させる剤である。 (4)一方、「DNAに対する酸化的損傷を減少」に関し、本願明細書には以下の記載がある。 「更に、フリーラジカルと老化との関係は、有気呼吸によって生成するフリーラジカルが蓄積してホメオスタシス機構を徐々に喪失させ、遺伝子発現パターンに干渉し、細胞の機能的能力を喪失させ、老化と死へと至らしめる酸化的損傷を引き起こす徴候に基づいて完全に十分に認められている。・・・皮膚組織のUV線へのイン・ビトロおよびイン・ビボでの露出によりフリーラジカルおよび他の反応性酸素種が生成し、老化に有意に寄与すると報告されている細胞の酸化的ストレスを生じる。皮膚を紫外線に過度に露出すると、急性または慢性損傷を生じる可能性がある。急性条件下では、紅斑や火傷を生じる可能性があり、慢性的過剰露出では、皮膚癌や老化の危険性が増加する。更に、皮膚細胞は、細胞の完全性および酸化的損傷に対する耐性の保持に関与する酵素などの様々なタンパク質の発現を増加させることによって急性または慢性の酸化的ストレスに応答することができることが知られている。」 (【0009】) 「本発明の更にもう一つの目的は、DNAレベルでの細胞の酸化的損傷の治療を目的とする組成物を製造するためのドコサヘキサエン酸(DHA)の使用である。詳細には、ドコサヘキサエン酸の使用は、テロメア短縮の自然過程における保護剤および細胞の酸化的損傷の治療における早期老化の抑制剤としての実用性を有する。」 (【0030】) 「意外なことには、本発明の発明者らは、DHAが過酸化物またはスーパーオキシドの従属的誘導に関する反応性酸素種(ROS)の生成を抑制することができることを見出した。更に具体的には、DHAは、スーパーオキシドアニオンの生成を減少させると共に、例えば脂質過酸化の極めて有意な減少のような酸化的カスケードで生成する総ての誘導種の生成を減少させる。更に、酸化防止剤酵素活性の増加が認められ、これは酸化防止剤、基本的には酵素の発現を誘発し、A_(2)ホスホリパーゼのような酸化促進剤(pro-oxidant agents)の発現を抑制することによる細胞の適応を示唆している。」 (【0035】) (5)上記(4)によれば、本件補正後の「DNAに対する酸化的損傷を減少するための剤」とは、有気呼吸や皮膚組織のUV線への露出等により生成されたフリーラジカル等の反応性酸素種により生じるDNAに対する酸化的損傷を減少するための剤であり、早期老化の抑制剤としての実用性を有するものである。 (6)そうすると、本件補正前の「運動能力の向上剤」と本件補正後の「DNAに対する酸化的損傷を減少するための剤」とは、全く別個の剤であるといえるので、「運動能力の向上剤」を「DNAに対する酸化的損傷を減少するための剤」とする補正は、本件補正前の発明特定事項を限定するものとはいえない。 (7)したがって、本件補正は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものではない。また、本件補正は、特許法第17条の2第5項第1号、第3号、第4号に掲げる事項を目的とするものでもない。 3 請求人の主張について 請求人は本件補正と同日付けの意見書において、「今般の補正により、本件発明の「運動能力の向上剤」に関し、「運動能力」を「DNAに対する酸化的損傷を減少する」ことに限定いたしました。本補正は、本件出願当初の請求項41の「前記向上剤がDNAに対する酸化的損傷を減少させる」なる記載に基づくものです。」なる旨主張する。 しかしながら、上記2(6)のとおり、「運動能力の向上剤」を「DNAに対する酸化的損傷を減少するための剤」とする補正は、本件補正前の発明特定事項を限定するものとはいえない。 また、本願出願時の請求項41の記載は、「前記向上剤」、すなわち本願出願時の請求項34に記載される「運動能力の向上剤」が「DNAに対する酸化的損傷を減少させる」ことを特定するものである一方、本件補正後の「DNAに対する酸化的損傷を減少するための剤」はもはや「運動能力の向上剤」ではないので、「運動能力の向上剤」を「DNAに対する酸化的損傷を減少するための剤」とする補正は、本願出願時の請求項41の記載に基づくものではない。 したがって、上記請求人の主張は採用できない。 4 小括 よって、本件補正は、特許法第17条の2第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。 第3 本願発明について 上記のとおり、本件補正は却下されたので、本願の請求項1?12に係る発明は、平成30年5月7日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?12に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、前記第2[理由]1(2)に記載のとおりのものである。 第4 拒絶の理由 平成30年9月7日付けで当審が通知した拒絶理由のうちの理由1は、概略以下のとおりである。 理由1 本願発明における「グリセリドのsn-2の位置に酵素的に組込まれたドコサヘキサエン酸(DHA)」であって、「前記グリセリドのsn-2の位置に酵素的に組込まれたDHAの合計量が、総脂肪酸に対して重量%で40-100%である」ものを製造するためには、過度の試行錯誤を要するといえるから、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明に係る物を生産できる程度に記載されているといえず、発明の詳細な説明の記載は当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないので、本願は、発明の詳細な説明が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。 第5 当審の判断 1 発明の詳細な説明の記載内容 本願明細書の発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている。 (1)「これらの作用が専らDHA自体によって伝達されるかまたは任意の代謝誘導体によって伝達されるかは今日まで不明である。DHAのある種の誘導体は、網膜で同定されている。上記誘導体の合成に関与する酵素は正確には同定されていないが、幾つかの最近の研究成果は、A_(2)ホスホリパーゼ(PLA_(2))に続いてリポキシゲナーゼ(LOX)の関与を示唆している。PLA_(2)は膜リン脂質からDHAを放出し、LOXはこれをその代謝活性誘導体に変換する。」 (【0006】) (2)「本発明のもう一つの目的は、運動能力を高める組成物・・・を製造するためのドコサヘキサエン酸の使用である。」 (【0033】) (3)「本発明において、「グリセリドに組込まれたドコサヘキサエン酸」とは、3個の位置の少なくとも1個がドコサヘキサエン酸でエステル化されかつ、必要に応じて残りの位置の少なくとも1個が短鎖、中鎖または長鎖脂肪酸およびリン酸から選択される1個の酸で更にエステル化されているモノグリセリド、ジグリセリド、トリグリセリド、リン脂質を意味するものと考えられる。好ましくは、上記グリセロールはトリグリセリドである。」 (【0037】) (4)「本発明の好ましい態様では、上記ドコサヘキサエン酸は総脂肪酸に対して20-100重量%で、好ましくは総脂肪酸に対して40-100重量%で見出され、更に好ましくは上記ドコサヘキサエン酸は総脂肪酸に対して66-100重量%である。」 (【0039】) (5)「エステル結合を介してグリセロール主鎖の特定位置に組込まれたドコサヘキサエン酸を用いることによって、バイオアクティビティーが増加し、含まれる脂肪酸の総量に関して同一モル割合での酸化防止保護が増加し、グリセリドにおけるドコサヘキサエン酸の酸化防止剤作用に関して投薬量への依存が減少する。 ・・・ 従って、更に一層好ましくは、本発明は、位置sn-1およびsn-3の一つが遊離であるかまたは中鎖脂肪酸(C9-C14)または短鎖脂肪酸(C1-C8)またはリン酸によって占められておりsn-2位が機能的DHAによって占められているグリセロールに組込まれたドコサヘキサエン酸の使用に関する。従って、DHAは更に効率的に腸細胞から吸収されるので、DHAは更に高く増加する。」 (【0045】-【0049】) (6)「一方、ω-3脂肪酸強化油の生成に酵素を使用することには、化学合成に基づく他の方法およびその後の精製過程(クロマトグラフィー分離、分子蒸留など)に関して幾つかの利点がある。後者では、極端なpH条件および高温が必要であり、これによりω-3PUFAの総てシスの総ての二重結合が酸化、シス-トランス異性化または二重結合の移動によって部分的に破壊される可能性がある。酵素合成で用いられる穏やかな条件(50℃を下回る温度、pH6-8および化学試薬は少ない)では、ω-3PUFAの元の構造が保存され、アシルグリセリドにおける構造的選択性が高まる代替合成法が提供され、栄養の観点から最も好ましい化学構造と考えられる。」 (【0068】) (7)「トリグリセリドに組込まれたDHAの酸化防止活性における合成法の影響 このイン・ビトロ分析では、ARPE-19細胞(網膜色素上皮細胞,ATCC CRL-2302)および包皮細胞(未分化表皮繊維芽細胞,ATCC CRL-2076)を細胞モデルとして用い、様々な酸化剤インデューサーに対するイン・ビトロ応答が良好であることにより適当な細胞系である。化学的方法(CHEM)または酵素法(ENZ)によって得たマグロ油トリグリセリド(DHA 20%-TG,20%モル/DHA)またはDHAを50または70モル%強化した油誘導体(DHA50%-TGおよびDHA70%-TG)を、活性成分として用いた。 結果 ARPE-19細胞において40mM AAPHによる中程度の酸化的ストレスを誘導し、DHR123またはH2DCFDAをROS細胞内検出器として用いると、天然DHA(DHA20%-TG)および化学的に得られたトリグリセリドに組込まれたもの(DHA50%-TG-CHEMおよびDHA70%-TG-CHEM)は、0.5μMおよび5μMのいずれの濃度でも反応性酸素種の生成に抑制作用を示すが50μMでは作用は低くなる(図13A)。この作用はDHAの含量によって変化し、DHA70%-TG-CHEM>DHA50%-TG-CHEM>DHA20%-TGである。同一濃度では(0.5、5および50μM)、酵素的に得られた油は、総てのDHA含量で高活性を示す(DHA70%-TG-ENZおよびDHA50%-TG-ENZ)(図13B)。包皮細胞を用いる同様の研究では、結果は一層意外なものであった。高用量のDHA70%-TG-CHEMおよびDHA50%-TG-CHEMで示される酸化促進活性(図13C)は、酵素起源の油では総ての濃度で酸化防止性となる(DHA70%-TG-ENZおよびDHA50%-TG-ENZ)(図13D)。化学的に得た油の固有のポリマーをクロマトグラフィー法によって除去すると(DHA70%-Tg-BPM)、ARPE-19細胞における酸化防止活性が大幅に減少し、高濃度(5および50μM)では酸化促進性となる(図14)。酵素合成によって得られたトリグリセリドに組込まれたDHAの酸化防止活性も、エチルエステル、遊離脂肪酸または血清アルブミンに結合した脂肪酸のような他の化学構造に組込まれたDHAによって示される活性より(少なくとも2倍)高い(図15)。」 (【0128】【0129】) (8)「網膜細胞モデルの構造トリグリセリドに組込まれたDHAの酸化防止活性の評価 このイン・ビトロアッセイでは、ARPE-19細胞(網膜色素上皮細胞,ATCC CRL-2302)を細胞モデルとして用い、様々な酸化剤インデューサーに対してイン・ビトロ応答が良好であるため適当な種類の細胞であり、同時に正常な栄養要件と培養条件を有する一次培養物である。更に、これは網膜色素上皮細胞の生物学的および機能的特性を保持しているので、良好な眼のモデルである。活性成分として、マグロ油(DHA20%-TG,20モル%/DHA)または70% DHA強化油(DHA70%-TG,70モル%/DHA)由来の構造トリグリセリドであって、酵素法によってsn-1およびsn-3位の脂肪酸がオクタン酸で置換されているものが用いられてきた。これらの新規化合物では、DHAのモル含量はDHA20%-TGでは7%であり、DHA70%-TGでは22%である。 結果(図22参照) 40mM AAPHにより中程度の酸化的ストレスを誘導し、DHR123をROS検出器として用いると、通常のトリグリセリドに組込まれたDHA(DHA20%-TGおよびDHA70%-TG)は、0.5μMおよび5μMのいずれの濃度でも反応性酸素種の生成に抑制作用を示すが、50μMでは作用は低くなる(図22)。この作用はDHAの含量によって変化し、DHA70%-TG>DHA20%である。同一濃度では、真のDHA濃度が2-3分の1である構造油は、DHA20%-TGの場合に同じか(0.5μM濃度)または一層高い活性(5μMおよび50μM濃度)を示す。DHA70%-TGの場合には、構造トリグリセリドの効率は最適濃度より若干低いが(0.5μMおよび5μM)、高濃度での作用は逆転し(50μM)、総体的に一層安定でかつ余り用量に依存しない作用を示す。」 (【0132】【0133】) 2 理由1について (1)特許法第36条第4項第1号の規定によれば、発明の詳細な説明の記載は、経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること、との要件、いわゆる実施可能要件に適合するものでなければならない。そして、該実施可能要件における「実施」には、物の発明の場合、特許法第2条第3項第1号に規定する「その物の生産、使用をする行為」が含まれる。 そうすると、発明の詳細な説明の記載が、物の発明について、実施可能要件を満たすためには、当業者がその物を生産し、使用することができる程度のものである必要がある。 (2)本願発明は、「グリセリドのsn-2の位置に酵素的に組込まれたドコサヘキサエン酸(DHA)」であって、「前記グリセリドのsn-2の位置に酵素的に組込まれたDHAの合計量が、総脂肪酸に対して重量%で40-100%である」もの(以下、「本願有効成分」という。)を含む、運動能力の向上剤であるから、以下、本願出願日当時の技術常識に照らし、本願明細書の発明の詳細な説明の記載に基いて、当業者が本願有効成分を製造することができるか否かについて検討する。 (3)本願有効成分の構造は、グリセリドのsn-2の位置のDHAが、他の位置(sn-1及びsn-3)の脂肪酸と合わせた総脂肪酸に対して40-100重量%であるところ、他の位置には(DHAを含む)任意の脂肪酸があまり組込まれておらず、一方でsn-2の位置にはDHAが非常に多く組込まれたグリセリドであり、例えば100重量%の場合とは、グリセリドに組込まれた脂肪酸がsn-2のDHAのみである構造を有するものである。 また、上記1(3)及び(5)の記載からみて、「グリセリドのsn-2の位置」に「組込まれ」るとは、グリセリンの2位の水酸基がDHAでエステル化されることを示すものであり、上記1(6)の記載からみて、「酵素的」に「組込まれ」るとは、穏やかな条件での酵素合成であって、二重結合を破壊し得るような化学合成に基づく方法やその後の精製過程を伴うものではないと解される。 そうすると、本願有効成分、特に100重量%の場合のような、グリセリドのsn-2の位置に酵素的に組込まれたDHAの合計量が総脂肪酸に対して非常に高い本願有効成分を製造するためには、上記のような「酵素的」手法により、sn-2の位置にDHAを非常に高い選択性で結合させることに加え、その「酵素的」手法の過程において、他の位置に結合する任意の脂肪酸を脱離させること、あるいは脂肪酸が結合していない他の位置に任意の脂肪酸を新たに結合させないことも必要とされるといえる。 (4)しかしながら、上記1(6)には、穏やかな条件で酵素合成を行うと記載されるにとどまり、本願有効成分を「酵素的」手法で製造し得る酵素の種類、反応条件、精製手段等、本願有効成分の具体的な製造方法については何ら記載されていない。 (5)また、「トリグリセリドに組込まれたDHAの酸化防止活性における合成法の影響」についての実施例(上記1(7))では、「DHA70%-TG-ENZ」なるトリグリセリドが用いられており、このトリグリセリドは、「酵素法(ENZ)」なる記載及び「DHAを・・・70モル%強化した油誘導体(・・・DHA70%-TG)」なる記載からみて、酵素法で得られた、DHAを総脂肪酸量に対して70モル%有するトリグリセリドであると解されるが、その具体的な製造方法については記載されておらず、DHAが各々の位置にどの程度結合しているのかも定かでない。 (6)さらに、「網膜細胞モデルの構造トリグリセリドに組込まれたDHAの酸化防止活性の評価」についての実施例(上記1(8))では、「(マグロ油の)DHA強化油(DHA70%-TG,70モル%/DHA)由来の構造トリグリセリドであって、酵素法によってsn-1およびsn-3位の脂肪酸がオクタン酸で置換されているもの」が用いられているが、「酵素法」の過程によってsn-1およびsn-3位の脂肪酸がオクタン酸によりエステル交換されたことのみは理解できるものの、具体的にどのような「酵素的」手法によって製造したものであるかは記載されておらず、オクタン酸により脂肪酸がどのような量で置換され、結果DHAが各々の位置にどの程度結合しているのかも定かでない。 加えて、「DHAのモル含量は・・・DHA70%-TGでは22%である」なる記載のとおり、オクタン酸の置換により最終的に得られたトリグリセリドのDHA含有量は22モル%であり、仮にsn-1及びsn-3位の脂肪酸が全てオクタン酸で置換されたとしても、sn-2の位置のDHAの含有量の総脂肪酸量に対する重量%は、40重量%以上とはならない。 (7)他方、既知のリパーゼ等によるエステル交換反応、すなわち「酵素的」手法を用いた、天然物由来のグリセリドにおけるDHAの濃縮自体は、本願出願日当時において一般的に行われていたといえるものの、その濃縮されたグリセリドでは、sn-2の位置のDHAどころか、DHAの総量ですら50%程度であり(例えば、平成29年11月1日付け拒絶理由通知書にて引用文献1として引用される、平成6年度宮城県工業技術センター研究報告 (1995) No26, pp101-105:緒言の最終段落参照)、「酵素的」手法によって、sn-2の位置に高い選択性をもってDHAを組込み、かつその他の位置の脂肪酸を排除して、総脂肪酸に対するsn-2の位置のDHAの重量%を40-100%にまで高める手法が、本願出願日当時において技術常識となっていたとはいえない。 (8)そうすると、本願出願日当時の技術常識に照らし、本願明細書の発明の詳細な説明の記載に基いて本願有効成分を製造するには、当業者にとって過度の試行錯誤を要するといえる。 (9)したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、本願有効成分を含む本願発明について、当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。 3 請求人の主張について (1)請求人は平成31年3月11日付け意見書において、 「・・・「酵素法」は、グリセロールとDHA等の脂肪酸とをエステル化する方法として一般的な方法であり、当業者に公知の技術であります。 また、本件明細書の段落0068には、酵素法の具体的な条件について、「酵素合成で用いられる穏やかな条件(50℃を下回る温度、pH6-8・・・)」と記載されております。 さらに、段落0006には、「DHAのある種の誘導体は、・・・。上記誘導体の合成に関与する酵素は正確には同定されていないが、幾つかの最近の研究成果は、A_(2)ホスホリパーゼ(PLA_(2))に続いてリポキシゲナーゼ(LOX)の関与を示唆している」と記載されており、酵素法に用いられ得る具体的な酵素についても開示されております。そして、これらの酵素の中には、グリセリンと脂肪酸とのエステル化を触媒する際に、グリセリンのsn-1?sn-3のうちの特定の位置のヒドロキシル基と脂肪酸とのエステル結合を触媒するものがあり、ホスホリパーゼA_(2)はグリセリンのsn-2におけるエステル結合を特異的に触媒することが知られております。 従いまして、これらの本件明細書の記載および本件出願時の技術常識に基づけば、酵素法の条件、酵素、材料等を適宜設定し、グリセリンのsn-2の位置にDHAをエステル結合させ、sn-2の位置に酵素的に組み込まれたDHAを有するグリセリドを得ること、およびグリセリドのsn-2の位置に酵素的に組み込まれたDHAの合計量が、総脂肪酸に対して重量%で40?100%である剤を得ることは、当業者であれば十分になし得ることであります。」 なる旨主張する。 (2)しかしながら、出願人が上記主張の根拠とする「段落0006」の記載(上記1(1)参照)は、網膜で同定されたある種のDHA誘導体の合成において、PLA_(2)は膜リン脂質からのDHAの放出に関与することが示唆されていることを示すのみであり、当該記載に基いて、当業者が本願有効成分を製造できるとはいえない。 (3)また、「ホスホリパーゼA_(2)はグリセリンのsn-2におけるエステル結合を特異的に触媒することが知られております。」なる主張について、そもそも「ホスホリパーゼ」とはその名称のとおりリン脂質のエステル結合を加水分解する酵素であり、PLA_(2)はその中でもグリセロリン脂質におけるsn-2の位置のエステル結合を加水分解するものである(必要であれば、「化学大事典」(1989、株式会社東京化学同人発行)の「ホスホリパーゼ」の項参照)。 そして、加水分解が可逆反応であること(その結果sn-2の位置の脂肪酸を交換し得ること)からみて、PLA_(2)がリゾリン脂質(sn-2の位置に脂肪酸が結合していないグリセロリン脂質)の「sn-2の位置に対するエステル結合を特異的に触媒する」、すなわちsn-2の位置に選択的にDHAを組込む酵素であったと解しても、その反応を高効率で進行させ、かつ他の位置の脂肪酸を排除して、総脂肪酸量に対するsn-2の位置のDHAの重量%を40-100%にまで高めることができたとする具体的な根拠はない。 (4)以上より、上記(1)における請求人の主張は、採用し得るものではない。 第6 むすび 以上のとおり、本願は、発明の詳細な説明の記載が特許法36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
別掲 |
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審理終結日 | 2019-07-18 |
結審通知日 | 2019-07-19 |
審決日 | 2019-08-01 |
出願番号 | 特願2015-86980(P2015-86980) |
審決分類 |
P
1
8・
537-
WZ
(A61K)
P 1 8・ 572- WZ (A61K) P 1 8・ 536- WZ (A61K) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 山中 隆幸、田村 直寛、六笠 紀子 |
特許庁審判長 |
藤原 浩子 |
特許庁審判官 |
村上 騎見高 小川 知宏 |
発明の名称 | 細胞の酸化的損傷に関連した病変を治療するためのDHA、EPAまたはDHA由来のEPAの使用 |
代理人 | 朝倉 悟 |
代理人 | 浅野 真理 |
代理人 | 永井 浩之 |
代理人 | 中村 行孝 |
代理人 | 佐藤 泰和 |
代理人 | 反町 洋 |