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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C07C
管理番号 1358540
審判番号 不服2018-14572  
総通号数 242 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-02-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-11-02 
確定日 2020-01-06 
事件の表示 特願2016-575836「メチルメルカプタンを製造する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 1月 7日国際公開、WO2016/001553、平成29年 7月20日国内公表、特表2017-519791〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2015年6月29日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2014年7月4日 (FR)フランス)を国際出願日とする出願であって、平成29年12月4日付けで拒絶理由が通知され、平成30年6月8日に意見書および手続補正書が提出され、同年6月26日付けで拒絶査定され、同年11月2日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1に記載された発明は、平成30年6月8日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載されたとおりの、

「【請求項1】
バッチ式または連続式で、メチルメルカプタンを製造する方法であって、少なくとも下記の工程:
a)少なくとも1種の炭化水素供給材料を、硫化水素(H_(2)S)の存在下および場合により硫黄(S)の存在下で反応させ、二硫化炭素(CS_(2))および水素(H_(2))を生成する工程、
b)工程a)で得られた二硫化炭素(CS_(2))を、工程a)で得られた水素(H_(2))の存在下で水素化反応させ、メチルメルカプタン(CH_(3)SH)、硫化水素(H_(2)S)および場合により水素(H_(2))を生成する工程、
c)場合により、工程b)で生成された前記硫化水素(H_(2)S)を工程a)へ再循環させる工程、ならびに
d)メチルメルカプタンを回収する工程
を含む、方法。」というものである(以下「本願発明」という。)。

第3 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、以下のとおりのものと認める。

この出願の請求項1に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された下記の文献1?3に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

1 米国特許第3880933号明細書
2 国際公開第2010/102653号
3 特表2012-506309号公報

なお、引用文献2?3は、本願優先日時点の技術常識を示すものである。

第4 当審の判断
当審は、本願発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物1に記載された発明及び刊行物2?6に記載された技術常識に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、と判断する。
理由は以下のとおりである。

刊行物1:米国特許第3880933号明細書
刊行物2:国際公開第2010/102653号
刊行物3:特表2012-506309号公報
刊行物4:米国特許第2788262号明細書
刊行物5:特表2012-533594号公報
刊行物6:特表2010-528081号公報

なお、刊行物2?6は、本願優先日時点の技術常識を示すものである。

1 引用刊行物の記載
(1)刊行物1:米国特許第3880933号明細書
原査定で引用された本願優先日前に頒布された刊行物である上記刊行物1には、次の記載がある。
訳文にて示す。
(1a)「この発明は、二硫化炭素の水素によるメチルメルカプタンあるいはメチルチオールへの同時転化に関する。一観点として水素化は硫化水素化触媒の存在下で影響される。別の観点として、この発明は硫化水素の用途をつくるものである。」(1欄5?10行)

(1b)「空間速度-この発明のプロセスはそのプロセスにおいて、CS_(2),H_(2)S,及びH_(2)が硫化水素化触媒の存在下、上述の条件下、空間速度が気体体積/触媒体積/時間で表現された空間速度の条件下行われた。広く、採用された空間速度は、直前に記述された単位において100-5000,好ましくは500-2200である。
反応ゾーンから流出物は、分留のような慣用の分離プロセスにさらされ、必要なメチルメルカプタン,CH_(3)SHを、反応しなかったCS_(2),H_(2),及びH_(2)Sや副生成物の(CH_(3))_(2)Sから取り出している。上記化合物はすべて反応ゾーンにリサイクルすることができる。しかしながら、必要なならば、(CH_(3))_(2)SやH_(2)S(反応ゾーンで必要とするものを超えたもの)は、それらは、他の化学的応用に良く知られた有用性があるため、価値のある分離副生成物流として取り戻すことができる。
メチルメルカプタンは、殺虫剤、除草剤、及び家禽や家畜の供給サプリメントとして用いられるメチオニンやアミノ酸の調製に大量に使用されている価値のある化学製品である。
この発明の方法における反応剤としてCS_(2)はいかなるソースからのものでも使用することができるが、多くの例の中で、メタン(CH_(4))と硫黄又は硫黄とH_(2)Sの混合物との反応がCS_(2)製造に特に有用なものとして使用されている。
そのような事例では、CS_(2)と共にH_(2)Sが純粋に生産されており、その両者は、この事例の発明の工程で必要とされている。
このように、その事例の発明は、CH_(4)から出発してCH_(3)SHを製造するうまく統合された時機を提供する。」(3欄61行?4欄26行)

(1c)「実施例1
・・・
生成物に対して示した数値は、ガス-液体 クロマトグラフィー分析で得られたモルパーセントを生成物混合物に存在するH_(2)Sを除外して標準化されたものである。」(4欄35行?5欄5行)

(1d)「水素と硫化水素化触媒、および、硫化水素の存在下で、二硫化炭素の水素添加を行い、避けることのできない硫化ジメチルを生じ、メチルメルカプタンを得る方法で、に関する。
この発明の方法は、空間速度を大幅に増加させることに伴ない、広い範囲にわたって実質的に許容する二硫化炭素を添加し、反応時に副生する、ジメチルサルフアイドを消費させることにより、二硫化炭素の、メチルメルカプタンへの転換増加をさせ、反応条件としては、H_(2)S/CS_(2)のモル比は、約0.5/1?約20/1、水素/CS_(2)のモル比は、約0.1/1?約10/1、圧力は、大気圧から、約1000psig、反応温度は、約300゜F?650゜F、空塔速度は、触媒の体積に対する気体の体積で表わして、1時間につき、約100?5000である、方法。」(claim1)

(2)刊行物2:国際公開第2010/102653号
原査定で引用された本願優先日前に頒布された刊行物である上記刊行物2には、次の記載がある。
訳文にて示す。
(2a)「水素がH_(2)Sから得られることを可能にする方法は、反応によるメタン改質である。
2H_(2)S+CH_(4)=CS_(2)+4H_(2) (1)
この反応は高温(例えば900℃より高い)でのみ高い転化率で実施することが可能であり、非常に吸熱性である・・・」(2頁7?12行)

(3)刊行物3:特表2012-506309号公報
原査定で引用された本願優先日前に頒布された刊行物である上記刊行物3には、次の記載がある。

(3a)「【背景技術】
【0002】
CS_(2)を水素化してメチルメルカプタンにする反応は、以下のように図式的に表すことができる:
CS_(2)+3H_(2)→CH_(3)SH+H_(2)S
この反応の副生成物は、CH_(3)SHの水素化分解によるメタン、およびCH_(3)SH2分子の縮合による硫化ジメチルである。
【0003】
この水素化反応は、何十年も前から公知であるものの、現在見ることができる特許広報数件から判断する限りでは、徹底した研究対象とはなってこなかったようである。」

(4)刊行物4:米国特許第2788262号明細書
本願優先日前に頒布された刊行物である上記刊行物4には、次の記載がある。
訳文にて示す。

(4a)「本発明は、二硫化炭素の新規な調製方法に関する。より詳細には、硫化水素と炭化水素、特に低分子量の炭化水素から温度と反応剤の比において新規な条件下で、二硫化炭素製造する方法に関する。」(1欄15?20行)

(4b)「約1850°Fの温度状態では、二硫化炭素の最大転化を得るためには、炭化水素に対する硫化水素の比が約8:1であり、約2750°Fの温度では要求される比は2:1である。しかしながら、一般的に、温度としては約2350°F?2450°F、硫化水素-炭化水素比は約4:1付近で実施することが選択される。
本発明で行われる方法では、例えばメタンの場合の重要な反応は次の式で表現できると考えられる。
2H_(2)S+CH_(4)→CS_(2)+4H_(2) 」(2欄5?10行)

(5)刊行物5:特表2012-533594号公報
本願優先日前に頒布された刊行物である上記刊行物5には、次の記載がある。

(5a)「【0032】
上記のとおり、炭化水素と硫黄との反応および二硫化炭素と水素との反応の際に解決すべき問題は、結合生成物であるH_(2)Sの不可避的な発生である。本発明による方法では、酸素を含有する化合物、有利にはアルコール、エーテル、またはアルデヒド、特にメタノール、ジメチルエーテルまたはホルムアルデヒド、硫化カルボニルまたは酸化炭素(CO、CO_(2)、CO+CO_(2))を供給することによって、このH_(2)Sがメチルメルカプタンの形成下に物質として利用されるため、使用される炭素に対するメチルメルカプタンの全収率が向上される。この方法は、これにより特に経済的に運転される。というのも、硫化水素のコストのかかる後処理と、その後の元素の硫黄への反応(たとえばクラウス反応装置中での)が省略されるからである。さらに、これによって装置中でのH_(2)Sのホールドアップを著しく低減することができ、これは明らかに安全上の利点である。
【0033】
硫化水素の反応に引き続き、メチルメルカプタンの分離後に、未反応の原料または中間生成物、たとえば二硫化炭素をプロセスに返送する。
【0034】
メチルメルカプタンの形成に関する全選択率は、炭素、水素、および硫黄を含有する化合物をプロセスに返送することによって高まる。
【0035】
発明の特別な利点は、(多)硫化物が、1%未満の選択率で生じ、かつプロセスへの返送によって、たとえばそれ自体が毒性を有する二硫化炭素を、高いコストで分離する必要がないことである。」(下線は当審にて追加。以下同様。)

(6)刊行物6:特表2010-528081号公報
本願優先日前に頒布された刊行物である上記刊行物6には、次の記載がある。

(6a)「【0018】
方法工程3において、前記ガス混合物を少なくとも5barの反応圧力及び少なくとも200℃の温度で触媒を介して、主生成物としてメチルメルカプタンを含有する反応混合物に変換される。
【0019】
引き続き、前記メチルメルカプタンの分離を、方法工程4において公知の方法で行う。
【0020】
方法工程5において、前記ガス状の副生成物の分離後に、未反応の使用物質を、水との場合による反応の後で前記プロセスに返送する。
【0021】
メチルメルカプタンについての全体の選択率は、炭素含有、水素含有及び硫黄含有の化合物の第1の、第2の又は第3の方法工程への循環により高めることができる。有利に、酸化炭素、水素、硫化カルボニル及び硫化水素を第2の方法工程又は第3の方法工程にリサイクルし、副生成物、例えば水、炭化水素及び他の硫黄含有化合物、例えば(ポリ)スルフィド及び二硫化炭素は、第1の方法工程に返送される。本発明の特別な利点は、(ポリ)スルフィド及び毒性の二硫化炭素が、1%より低い選択率で生じるだけで、前記方法へのリサイクルによって、これらを技術的に手間及びコストをかけて分離し、かつ廃棄する必要がないことである。」

2 刊行物1に記載された発明について
刊行物1は、少なくとも二硫化炭素の水素によるメチルメルカプタンへの転化に関するもので(摘記(1a)参照)、摘記(1b)によれば、刊行物1には、CS_(2),H_(2)S,及びH_(2)が硫化水素化触媒の存在下、各種条件下で反応させること、反応ゾーンから流出物は、分留のような慣用の分離プロセスによって、生成物であるメチルメルカプタン(CH_(3)SH)を、反応しなかったCS_(2),H_(2),及びH_(2)Sや副生成物の(CH_(3))_(2)Sから取り出し、該化合物をすべて反応ゾーンにリサイクルすることができることが記載されている。
また、摘記(1b)によれば、この方法における反応剤としてCS_(2)はメタン(CH_(4))と硫黄とH_(2)Sの混合物との反応が、CS_(2)製造に特に有用なものとして使用されていること、これにより、CH_(4)から出発してCH_(3)SHを製造するうまく統合されたものを提供することも記載されている。

そうすると、刊行物1には、
「二硫化炭素の水素によるメチルメルカプタンへの転化方法として、メタン(CH_(4))と、硫黄とH_(2)Sの混合物とを反応させCS_(2)を製造し、該CS_(2),H_(2)S,及びH_(2)を硫化水素化触媒の存在下、反応させ、慣用の分離プロセスによって、生成物であるメチルメルカプタン(CH_(3)SH)を、反応しなかったCS_(2),H_(2),及びH_(2)Sや副生成物の(CH_(3))_(2)Sから取り出し、該化合物をすべて反応ゾーンにリサイクルする方法」(以下「刊行物1発明」という。)が記載されているといえる。

3 対比・判断
(1)本願発明と刊行物1発明との対比
刊行物1発明の「二硫化炭素の水素によるメチルメルカプタンへの転化方法」とは、転化によってメチルメルカプタンを製造しているのであるから、本願発明の「メチルメルカプタンを製造する方法」に該当し、刊行物1発明の「メタン(CH_(4))と、硫黄とH_(2)Sの混合物とを反応させCS_(2)を製造し」ていることは、本願発明の「a)少なくとも1種の炭化水素供給材料を、硫化水素(H_(2)S)の存在下および場合により硫黄(S)の存在下で反応させ、二硫化炭素(CS_(2))および水素(H_(2))を生成する工程」と、「少なくとも1種の炭化水素供給材料を、硫化水素(H_(2)S)の存在下および場合により硫黄(S)の存在下で反応させ、二硫化炭素(CS_(2))」「を生成する工程」である限りにおいて一致している。
また、刊行物1発明の「該CS_(2),H_(2)S,及びH_(2)を硫化水素化触媒の存在下、反応させ、」「生成物であるメチルメルカプタン(CH_(3)SH)を」得ていることは、本願発明の「b)工程a)で得られた二硫化炭素(CS_(2))を、工程a)で得られた水素(H_(2))の存在下で水素化反応させ、メチルメルカプタン(CH_(3)SH)、硫化水素(H_(2)S)および場合により水素(H_(2))を生成する工程」と、「工程a)で得られた二硫化炭素(CS_(2))を、水素(H_(2))の存在下で水素化反応させ、メチルメルカプタン(CH_(3)SH)を生成する工程」である限りにおいて一致している。
さらに、工程c)は任意工程であり、刊行物1発明の「生成物であるメチルメルカプタン(CH_(3)SH)を、反応しなかったCS_(2),H_(2),及びH_(2)Sや副生成物の(CH_(3))_(2)Sから取り出」すことは、本願発明の「d)メチルメルカプタンを回収する工程」に該当する。

そうすると、本願発明と刊行物1発明とは、

「メチルメルカプタンを製造する方法であって、少なくとも下記の工程:
a)少なくとも1種の炭化水素供給材料を、硫化水素(H_(2)S)の存在下および場合により硫黄(S)の存在下で反応させ、二硫化炭素(CS_(2))を生成する工程、
b)工程a)で得られた二硫化炭素(CS_(2))を、水素(H_(2))の存在下で水素化反応させ、メチルメルカプタン(CH_(3)SH)を生成する工程、
c)場合により、工程b)で生成された前記硫化水素(H_(2)S)を工程a)へ再循環させる工程、ならびに
d)メチルメルカプタンを回収する工程
を含む、方法」である点で一致し、以下の点で相違している。

相違点1:メチルメルカプタンを製造する方法を、本願発明では、「バッチ式または連続式で」と特定しているのに対して、刊行物1発明においてはそのような特定のない点
相違点2:工程a)の少なくとも1種の炭化水素供給材料を、硫化水素(H_(2)S)の存在下および場合により硫黄(S)の存在下で反応させ、二硫化炭素(CS_(2))を生成する工程に関して、本願発明においては、水素を生成することが特定されているのに対して、刊行物1発明においては、二硫化炭素(CS_(2))を生成する工程において水素を共に生成していることが明らかでない点
相違点3:工程a)で得られた二硫化炭素(CS_(2))を、水素(H_(2))の存在下で水素化反応させ、メチルメルカプタン(CH_(3)SH)を生成する工程に関して、本願発明においては、「工程a)で得られた水素(H_(2))の存在下で水素化反応させ、メチルメルカプタン(CH_(3)SH)、硫化水素(H_(2)S)および場合により水素(H_(2))を生成する」と特定されているのに対して、刊行物1発明においては、工程a)で得られた水素(H_(2))の存在下で行うこと、硫化水素(H_(2)S)を生成していることが明らかでない点

(2) 相違点の検討
上記相違点について検討する。
ア 相違点1について
まず相違点1について検討する。
刊行物1には、メチルメルカプタンを製造する方法が「バッチ式または連続式で」行われることは明記されていないものの、「反応しなかったCS_(2),H_(2),及びH_(2)Sや副生成物の(CH_(3))_(2)Sから取り出し、該化合物をすべて反応ゾーンにリサイクルする」ことや、摘記(1d)のとおり空間速度を反応条件の一つとしているのであるから、一定時間連続的に反応剤を供給しながら行っていることは明らかであり、化合物の製造方法は技術常識からバッチ式または連続式で行われていること自体は自明のことであるといえることから、相違点1は実質的な相違点とはいえない。
仮に実質的な相違点であるとしても、上述のとおり技術常識からみて、刊行物1発明において、「バッチ式または連続式で」と特定することは当業者が容易になし得る技術的事項である。

イ 相違点2について
次に相違点2について検討する。
刊行物1発明においては、二硫化炭素(CS_(2))を生成する工程において水素を共に生成していることが明らかでないが、刊行物2摘記(2a)や刊行物4摘記(4b)に記載されるとおり、「2H_(2)S+CH_(4)→CS_(2)+4H_(2)」に示す反応自体周知の化学的事実であり、硫化水素とメタンから二硫化炭素(CS_(2))を高温で生成する工程において、水素が共に生成することは、周知の技術的事項である。
したがって、刊行物1発明において、硫化水素とメタンから二硫化炭素(CS_(2))とともに生成している水素を特定することは当業者が容易になし得た技術的事項である。

ウ 相違点3について
さらに相違点3について検討する。
(ア)刊行物1発明においては、工程a)で得られた二硫化炭素(CS_(2))を、水素(H_(2))の存在下で水素化反応させ、メチルメルカプタン(CH_(3)SH)を生成する工程に関して、工程a)で得られた水素を利用すること、及び、メチルメルカプタン(CH_(3)SH)を生成するのと共に硫化水素(H_(2)S)を生成していることが明らかではない。

(イ)しかしながら、工程a)に相当する二硫化炭素(CS_(2))の製造工程である前工程で得られた二硫化炭素(CS_(2))とともに水素が発生していることは、相違点2で述べたとおり反応自体周知の化学的事実であるのだから、二硫化炭素(CS_(2))とともに生成している水素を敢えて分離することなくそのまま利用して水素化反応を行い、メチルメルカプタン(CH_(3)SH)を生成することは当業者が容易になし得る技術的事項である。

(ウ)また、二硫化炭素(CS_(2))と水素(H_(2))の反応によって、メチルメルカプタン(CH_(3)SH)と硫化水素を生じることは、刊行物3の摘記(3a)に「CS_(2)+3H_(2)→CH_(3)SH+H_(2)S この反応の副生成物は、CH_(3)SHの水素化分解によるメタン、およびCH_(3)SH2分子の縮合による硫化ジメチルである。・・・この水素化反応は、何十年も前から公知である」と記載されるように周知の化学的事実である。
したがって、刊行物1発明において、二硫化炭素(CS_(2))と水素(H_(2))の反応工程における水素として、前工程で生成している水素を用いることを特定することや、二硫化炭素(CS_(2))と水素(H_(2))の反応によって、メチルメルカプタン(CH_(3)SH)を生成する工程において、硫化水素が生成していることを特定することは当業者であれば容易になし得た技術的事項であるといえる。

ウ 本願発明の効果について
本願発明の効果について検討する。
本願明細書【0018】や【0019】の記載から本願発明の効果は、反応中に生成された硫化水素を消費し、過度な除去や追加を回避でき、生体毒性が低く安価で、メチルメルカプタンの高い収率や選択性が得られることにあるといえる。
刊行物1摘記(1b)には、「CS_(2)と共にH_(2)Sが純粋に生産されており、その両者は、この事例の発明の工程で必要とされている。このように、その事例の発明は、CH_(4)から出発してCH_(3)SHを製造するうまく統合された時機を提供している。」との記載や刊行物1摘記(1b)において、H_(2)SとCS_(2)との比等の条件を変化させることで、メチルメルカプタン(CH_(3)SH)/(CH_(3))_(2)SやCS_(2)の転化率が高まる条件の検討がなされていることの記載、目的生成物を分離した後の反応成分のリサイクルを刊行物1発明においても行っていることから当然収率が向上していることは技術常識であることからみて、反応中に生成された硫化水素を消費し、過度な除去や追加を回避できることやメチルメルカプタンの高い収率や選択性が得られることは、刊行物1発明の効果及び技術常識からみて、当業者の予測を超える格別顕著な効果と認めることはできない。
また、生体毒性が低く安価である点は本願明細書の【0012】の背景技術の記載からみて、CS_(2)を分離せずに使用している点にあるといえるが、刊行物5摘記(5a)や刊行物6摘記(6a)に記載されるように、主生成物として変換されたメチルメルカプタンを含有する反応混合物に存在する毒性を有する二硫化炭素を、高いコストで分離せずにリサイクルすることは、周知の技術的事項にすぎない。

エ 請求人の主張について
(ア)請求人は、平成30年6月8日付け意見書2頁において、刊行物1の第4欄24?30行の記載を指摘し、反応停止が困難であるために、メタンからメチルメルカプタンの直接の製造は行われないことを教示している旨主張している。
しかしながら、上記検討のとおり、刊行物1には、「CH_(4)から出発してCH_(3)SHを製造するうまく統合された時機を提供する」と記載されているのであり、上記指摘部分はメタンからメチルメルカプタンの一段反応の困難性を指摘したものにすぎず、本願発明も刊行物1発明も少なくとも二工程を含む方法によって、メタンからメチルメルカプタンが製造されていることが特定されているのであり、上記請求人の主張は特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり、採用することはできない。

(イ)また請求人は、平成30年11月2日付け審判請求書4?5頁において、引用文献1には、製造工程内で得られた水素をCS_(2)の水素化に使用できることを教示示唆しておらず、別の補足的補給源から常時添加する必要がある旨主張し、引用文献2,3記載の反応自体が周知であっても組み合わせる動機付けがない旨主張している。
しかしながら、上記相違点2,3において検討したとおり、引用文献2,3記載の反応自体が周知の化学的事実であり前工程で生成したCS_(2)の製造とともに水素が発生していることは当業者において自明の事項であるといえる。
そして、刊行物1発明において、前工程で生成したCS_(2)を利用するのであるから、共に発生しているCS_(2)と水素を含む反応混合物から水素をわざわざ分離することなく、本願発明のように「工程a)で得られた水素(H_(2))の存在下で」水素化することは、当業者が容易になし得る技術的事項であるといえる。

(ウ)さらに請求人は、平成30年11月2日付け審判請求書4頁において、本願発明の方法におけるCS_(2)製造工程の反応がH_(2)Sとの反応によるもので、引用文献1に記載されたSと反応させたものである旨主張している。
しかしながら、引用文献1のメタンと硫黄とH_(2)Sの混合物とを反応させCS_(2)を製造している反応は、本願発明の工程a)の「少なくとも1種の炭化水素供給材料を、硫化水素(H_(2)S)の存在下および場合により硫黄(S)の存在下で反応させ、二硫化炭素(CS_(2))および水素(H_(2))を生成する工程」と生成物中の水素の存在の明記の有無を除いて相当するものであり、上記請求人の主張は、特許請求の範囲の記載に基づかない主張である。

(エ)また、請求人は、平成30年11月2日付け審判請求書4頁において、本願発明の方法では、補足的供給源を必要としないことにより危険な水素を扱う必要がなくなり安全性が向上する旨主張しているが、特許請求の範囲には、水素の補足的供給源を必要としないかどうかは特定されているわけではなく、当然足りない場合には外部から供給することを含みうる特定となっている。さらに、安全性に関する効果は明細書に記載されていない効果でもある。

したがって、上記請求人の主張はいずれも採用できない。

第5 むすび
以上のとおり、本願発明は、刊行物1に記載された発明及び技術常識に基いて、本願優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その余の請求項について検討するまでもなく、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2019-07-23 
結審通知日 2019-07-30 
審決日 2019-08-19 
出願番号 特願2016-575836(P2016-575836)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C07C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 奥谷 暢子天野 斉  
特許庁審判長 佐々木 秀次
特許庁審判官 村上 騎見高
瀬良 聡機
発明の名称 メチルメルカプタンを製造する方法  
代理人 特許業務法人川口國際特許事務所  

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