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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C12N
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C12N
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C12N
管理番号 1358604
異議申立番号 異議2018-700678  
総通号数 242 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-02-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-08-14 
確定日 2019-11-21 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6280869号発明「工業的な医薬用途に適合する拡張可能なレンチウイルスベクター製造システム」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6280869号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-18〕、〔19-20〕について訂正することを認める。 特許第6280869号の請求項1-20に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6280869号の請求項1?20に係る特許についての出願は、平成24年11月26日(パリ条約による優先権主張 2011年11月24日 欧州特許庁(EP)、2011年11月24日 アメリカ合衆国(US))に出願され、平成30年1月26日にその特許権の設定登録がされ、平成30年2月14日に特許掲載公報が発行された。
本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
平成30年 8月14日 : 特許異議申立人 櫻井 洋 による
請求項1?20に係る特許に対する
特許異議の申立て
平成30年 8月14日 : 特許異議申立人 オックスフォード バイオ
メディカ(ユーケー)リミテッドによる
請求項1?20に係る特許に対する
特許異議の申立て
平成30年11月 2日付け: 取消理由通知書
平成31年 3月 7日 : 特許権者による意見書
平成31年 4月19日 : 取消理由通知書(決定の予告)
令和 1年 7月23日 : 特許権者による訂正請求書及び意見書
令和 1年 8月19日付け : 訂正請求があった旨の通知書
(特許法120条の5第5項)
令和 1年 9月24日 : 特許異議申立人 櫻井 洋 による意見書
令和 1年10月10日 : 特許異議申立人 オックスフォード バイオ
メディカ(ユーケー)リミテッドによる意見書


第2 訂正の適否
1.訂正の内容
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1において「-無血清培地で浮遊状態で、レンチウイルスベクターの製造に適合した少なくとも1つのプラスミドでトランスフェクトされた、HEK293T細胞である哺乳類細胞を培養することであって、培養は少なくとも50Lの容量で実施される;」とあるのを、「-少なくとも1つのプラスミドで無血清培地でトランスフェクトされた、HEK293T細胞である哺乳類細胞を培養すること、ここでプラスミドはレンチウイルスベクターの製造に適合したものであり、培養は無血清培地で浮遊状態で、少なくとも50Lの容量で実施される;」に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1において「実施される;」と「-製造された」の間に「-培地を変えずに、培地に酪酸ナトリウムを添加すること;」を追加する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項1の末尾の「製造方法」を、「製造方法であって、濃縮がない状態で、少なくとも10^(7)の感染ゲノム/mLが製造される、ものである、製造方法」に訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項16の「少なくとも10^(7)の感染性ゲノム/mLが製造される、」を、「PP/IP比が100?250である、」に訂正する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項18において「少なくとも1つのプラスミドでトランスフェクトされた」を、「少なくとも1つのプラスミドで無血清培地でトランスフェクトされた」に訂正する。

(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項18において「細胞培養装置」を、「請求項1?17のいずれか1項に記載の方法に用いられる細胞培養装置」に訂正する。

(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項19において「製造に必要なプラスミドでトランスフェクトされた」を、「製造に必要なプラスミドで無血清培地でトランスフェクトされた」に訂正する。

(8)訂正事項8
特許請求の範囲の請求項19の末尾の「方法。」を、「方法であって、濃縮がない状態で、少なくとも10^(7)の感染ゲノム/mLが製造される、ものである、方法。」に訂正する。

2.訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1
訂正事項1は「無血清培地で浮遊状態で」の記載が「培養」にかかり、そのうち「無血清培地で」の記載は「トランスフェクト」にもかかり、「レンチウイルスベクターの製造に適合した」の記載が「プラスミド」にかかることことを明らかにしようとするものであるから、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。
また、上記「無血清培地で」の記載が「トランスフェクト」にかかることを明らかにする訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものにも該当する。
そして、願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の段落【0037】には細胞培養に用いられる培地とトランスフェクトに用いられる培地が同じであることが記載されており、実施例にはHEK293T細胞を無血清培地でトランスフェクトしたこと(段落【0071】?【0073】)が記載されているから、訂正事項1は、願書に添付した明細書に記載した範囲内の訂正であると認められ、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもないから、同法120条の5第9項で準用する同法126条第5項及び第6項に適合するものである。

(2)訂正事項2
訂正事項2は、訂正前の請求項1に係る発明に、「培地を変えずに、培地に酪酸ナトリウムを添加する」工程を追加するものであり、訂正事項2は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の段落【0011】には「培地を変えずに、培地に酪酸ナトリウムを添加する」ことについて記載されており、訂正事項2は願書に添付した明細書に記載した範囲内の訂正であると認められ、また、訂正事項2は、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもない。
したがって、訂正事項2は、同法120条の5第9項で準用する同法126条第5項及び第6項に適合するものである。

(3)訂正事項3
訂正事項3は、訂正前の請求項1に係る発明に、訂正前の請求項16の要件を組み込むとともに、その測定条件を「濃縮がない状態」とすることで、請求項1に係る発明を減縮しようとするものであるから、訂正事項3は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、願書に添付した明細書の発明の詳細な説明にはレンチウイルスベクター回収時の濃縮について何ら記載されていないから、「少なくとも10^(7)の感染性ゲノム/mL」は濃縮を行っていない状態での力価を規定していることは明らかであり、訂正事項3は願書に添付した明細書に記載した範囲内の訂正であると認められ、また、訂正事項3は、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもない。
したがって、訂正事項3は、同法120条の5第9項で準用する同法126条第5項及び第6項に適合するものである。

(4)訂正事項4
訂正事項4は、訂正前の請求項16に係る発明に特定されていた「少なくとも10^(7)の感染性ゲノム/mL」が訂正後の請求項1に特定されたことからこの特定を削除し、代わりに「PP/IP比が100?250である」ことを規定することで、請求項16に係る発明を限定するものであるから、訂正事項4は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするもの、及び、同法同条同項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
そして、願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の段落【0079】には「PP/IP比が100?250である」ことについて記載されているから、訂正事項4は願書に添付した明細書に記載した範囲内の訂正であると認められ、また、訂正事項4は、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもない。
したがって、訂正事項4は、同法120条の5第9項で準用する同法126条第5項及び第6項に適合するものである。

(5)訂正事項5
訂正事項5は、訂正前の請求項18に係る発明において、HEK293T細胞のトランスフェクトが無血清培地で行われることを限定するものであり、訂正事項5は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、上記(1)で述べたとおり、願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の段落【0037】、【0071】?【0073】にはトランスフェクトが無血清培地で行われることについて記載されており、訂正事項5は願書に添付した明細書に記載した範囲内の訂正であると認められ、また、訂正事項5は、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもない。
したがって、訂正事項5は、同法120条の5第9項で準用する同法126条第5項及び第6項に適合するものである。

(6)訂正事項6
訂正事項6は、訂正前の請求項18に係る発明において、培養装置を「請求項1?17のいずれか1項に記載の方法」に用いられるものに限定するものであり、訂正事項6は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項6は、願書に添付した明細書に記載した範囲内の訂正であると認められ、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもないから、同法120条の5第9項で準用する同法126条第5項及び第6項に適合するものである。

(7)訂正事項7
訂正事項7は、訂正前の請求項19に係る発明において、トランスフェクトが無血清培地で行われることを限定するものであり、訂正事項7は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、上記(1)で述べたとおり、願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の段落【0037】、【0071】?【0073】にはトランスフェクトが無血清培地で行われることについて記載されており、訂正事項7は願書に添付した明細書に記載した範囲内の訂正であると認められ、また、訂正事項7は、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもない。
したがって、訂正事項7は、同法120条の5第9項で準用する同法126条第5項及び第6項に適合するものである。

(8)訂正事項8
訂正事項8は、訂正前の請求項19に係る発明に、訂正前の請求項16の要件を組み込むとともに、その測定条件を「濃縮がない状態」とすることで、請求項19に係る発明を減縮しようとするものであるから、訂正事項8は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、願書に添付した明細書の発明の詳細な説明にはレンチウイルスベクター回収時の濃縮について何ら記載されていないから、「少なくとも10^(7)の感染性ゲノム/mL」は濃縮を行っていない状態での力価を規定していることは明らかであり、訂正事項8は願書に添付した明細書に記載した範囲内の訂正であると認められ、また、訂正事項8は、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもない。
したがって、訂正事項8は、同法120条の5第9項で準用する同法126条第5項及び第6項に適合するものである。

3.小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-18〕、〔19-20〕について訂正することを認める。


第3 訂正後の本件発明
本件訂正請求により訂正された請求項1?20に係る発明(以下「本件発明1」などという。また、本件発明1?20をまとめて「本件発明」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1?20に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
【請求項1】
-少なくとも1つのプラスミドで無血清培地でトランスフェクトされた、HEK293T細胞である哺乳類細胞を培養すること、ここでプラスミドはレンチウイルスベクターの製造に適合したものであり、培養は無血清培地で浮遊状態で、少なくとも50Lの容量で実施される;
-培地を変えずに、培地に酪酸ナトリウムを添加すること;
-製造された組換えレンチウイルスベクターを培地から回収すること、
を含む、組換えレンチウイルスベクターの製造方法であって、
濃縮がない状態で、少なくとも10^(7)の感染ゲノム/mLが製造される、ものである、
製造方法。
【請求項2】
回収段階が、1回のレンチウイルス回収からなる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
トランスフェクションが一過的なトランスフェクションであり、1回の回収段階がトランスフェクション後48から72時間の間で実行される、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
細胞がポリエチレンイミン(PEI)およびプラスミドでトランスフェクトされる、トランスフェクション段階を含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
PEIが、20?25kDの直鎖PEIである、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
トランスフェクションが、少なくとも1.5μg/10^(6)細胞の総DNA量で実施される、請求項4または5に記載の方法。
【請求項7】
10未満のN/P比に従って、PEIおよびプラスミドがトランスフェクションの前に混合される請求項4?6のいずれか1項に記載の方法であって、N/Pがプラスミド中のリン酸基の数あたりのPEIの窒素原子の数を示す、方法。
【請求項8】
N/P比が6である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
細胞培養への添加の前のPEIおよびプラスミドの間の接触時間が、5?30分間の間である、請求項4?8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
細胞培養への添加の前のPEIおよびプラスミドの間の接触時間が10分である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
培地を変えずに、トランスフェクション後24時間で培地に酪酸ナトリウムを添加する、請求項1?10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
酪酸ナトリウムが2mMから12mMの間の最終濃度で培地に添加される、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
酪酸ナトリウムが2mMから10mMの間の最終濃度で培地に添加される、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
酪酸ナトリウムが最終濃度5mMで培地に添加される、請求項12または13に記載の方法。
【請求項15】
エンベロープタンパク質をコードするプラスミド(Envプラスミド)、レンチウイルスGagおよびPolタンパク質をコードするプラスミド(Gag-Polプラスミド)、レンチウイルスRevタンパク質をコードするプラスミド(Revプラスミド)およびレンチウイルス3’-LTRおよびレンチウイルス5’-LTRの間の対象の導入遺伝子(TOI)発現カセットを含むプラスミド、を含む4つのプラスミドで細胞がトランスフェクトされる、請求項1?14のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
PP/IP比が100?250である、請求項1?15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
-細胞が293T細胞であり;
-細胞のトランスフェクションがポリエチレンイミン(PEI)およびDNAの混合物で実施され;
-酪酸ナトリウムが、トランスフェクション後24時間で、培地を変えずに添加され;および
-生産されたレンチウイルスベクターの1回の回収が行われる、
請求項1?16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
レンチウイルスベクターの製造に適応された少なくとも1つのプラスミドで無血清培地でトランスフェクトされたHEK293T細胞を含む、少なくとも50L容量の無血清培地を含む、請求項1?17のいずれか1項に記載の方法に用いられる細胞培養装置であって、該細胞は該培養装置で浮遊状態で増殖する、細胞培養装置。
【請求項19】
培養の培地を変えずに、トランスフェクション後24時間で培地に酪酸ナトリウムを添加することを含む、製造に必要なプラスミドで無血清培地でトランスフェクトされた、無血清培地で浮遊状態で増殖するHEK293T細胞によるレンチウイルスベクター製造の最適化のための方法であって、
濃縮がない状態で、少なくとも10^(7)の感染ゲノム/mLが製造される、ものである、
方法。
【請求項20】
酪酸ナトリウムが最終濃度5mMで添加される、請求項19に記載の方法。


第4 取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由について
1.取消理由の概要
訂正前の請求項1?20に係る特許に対して、当審が平成31年4月19日に特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
請求項1?20に係る発明は、下記引用例5に記載された公然知られた発明、及び、下記引用例1?4、6、7に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって、請求項1?20に係る発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(引用例)
引用例1:Gene Therapy, 2011 January, Vol.18, p.531-538(特許異議申立人 櫻井洋(以下「申立人A」という。)の甲第2号証)
引用例2:Current Gene Therapy, 2010, vol.10, p.474-486(申立人Aの甲第1号証)
引用例3:Biotechnology and Bioengineering, 2007, vol.98, p.789-799(申立人Aの甲第4号証、特許異議申立人オックスフォード バイオメディカ(ユーケー) リミテッド(以下「申立人B」という。)の甲第3号証)
引用例4:Journal of Gene Medicine, 2009, vol.11, p.868-876(申立人Aの甲第6号証、申立人Bの甲第7号証)
引用例5:Charlotte Parker et al, Development of a HEK293T Clonal Suspension Cell Line for the Production of High Titre EIAV Lentiviral Vector, P219, 29 October 2011, European Society of Gene and Cell Therapy British Society for Gene Therapy Collaborative Congress 2011, The Brighton Centre, Brighton (申立人Bの甲第1号証)
引用例6:国際公開第2011/097447号(申立人Bの甲第2号証)
引用例7:Journal of Pharmaceutical Sciences, 2003, vol.92, p.1710-1722 (申立人Bの甲第8号証)

なお、引用例5が公知であることについては争いがあるが、本決定の結論には影響しないから、本決定において引用例5は、本件特許出願の優先日前である2011年10月29日に英国Brightonで開催された「European Society of Gene and Cell Therapy British Society for Gene Therapy Collaborative Congress 2011」において発表された内容が記載されたものであり、その記載事項は2011年10月29日に不特定の者の間で公知になった事項であるものとして取り扱うこととし、引用例5に記載された発明は、本件特許出願の優先日前に外国において公然知られた発明であるとする。

2.引用例の記載
(1)引用例1
取消理由通知において引用した引用例1には以下の事項が記載されている。なお、英文であるから翻訳文を記載する。また、下線は当審が付したものである。

(1-1)「材料および方法
細胞培養
293T(HEK)細胞(ATCC:CRL-11268)をLV産生に使用した。 HeLa細胞(ATCC:CCL-2)またはHEK293細胞(ATCC:CRL-1573)をLV力価測定に使用した。懸濁細胞用の細胞培養培地には、EX-CELL 293(SAFC Biosciences Inc.)、PFHM-II無タンパク質ハイブリドーマ培地(1X)、液体(GIBCO;Invitrogen Corporation、米国ニューヨーク州グランドアイランド)、Opti-MEM(GIBCO)、Iscoveの改変ダルベッコ培地(Sigma-Aldrich)、RPMI 1640(Cambrex Bio Science)、HyClone Classic Media(Thermo Scientific、米国ユタ州ローガン)およびFreestyle 293発現培地(GIBCO)が含まれる。 接着細胞用の細胞培養培地は、ダルベッコ改変イーグル培地(GIBCO)およびイスコブ改変ダルベッコ培地であり、両方とも10%ウシ胎児血清を含有していた。 6ウェルプレートを懸濁細胞用に設計した(Greiner bio-one、CELLSTAR、モンロー、ノースカロライナ州、米国)。ローラーボトル(850および490 cm^(2))はCorning(Corning Incorporated Life Sciences、マサチューセッツ州アクトン、米国)から入手した。

バキュロウイルス
BVは以前に記載^(21)されたように作製した; BACトランスファー(導入遺伝子としてGFPを発現)、BAC-gag-pol(GagおよびPol遺伝子を発現)、BAC-Rev(Revを発現)およびBAC-VSV-G(偽VSV-Gを発現)。記載^(46)されているようにウイルスを製造し、特性決定しそして滴定した。

6ウェルプレートにおけるBV媒介LV産生の最適化
293T細胞をEX-CELL 293培地を用いて培養した。細胞を数種類の形質導入培地(1?10×10^(6)細胞/ml)に播種し、4時間後に4種類のハイブリッドBV(MOI 2.5-750、同じまたは異なる比率)で形質導入した。形質導入は37℃で行った。さらに、形質導入もまた26、30および34℃の温度で3時間行い、その後細胞を37℃に戻した。形質導入の16時間後に遠心分離(800回転、5分間)により細胞を除去し、そして新鮮なEX-CELL 293を添加した。上澄み液を含むLVを48-144時間に収集した。ベクター産生中の酪酸ナトリウム濃度は0-10mMであった。

ローラーボトルを用いた浮遊細胞におけるBV媒介LV生産
293T懸濁細胞をEX-CELL 293培地を用いて培養した。形質導入日に、細胞をフリースタイル293発現培地(1%ウシ胎児血清)に播種し、4時間後に4つのBVで形質導入した(異なるMOIを試験した)。形質導入時には、490cm^(2)のローラーボトルの容量は30mlであり、850cm^(2)のローラーボトルの容量は60mlであった。培地を16時間後に遠心分離(800r.p.m.、5分)によって除去して、新鮮なEX-CELL 293培地を細胞に加えた(ローラーボトルの大きさに応じて60または120ml)。ベクター製造中の酪酸ナトリウム濃度は0または5mMであった。回転速度は2rpmであった。製造中は温度を37℃に保った。上澄み液を含むLVを48時間の時点で集めた^(47)。Kaikkonen et.al.^(47)に記載されているように、最初の実験は490 cm^(2)のローラーボトルを使用して行い、後に850cm^(2)を超遠心分離により1000倍に濃縮した。

プラスミドトランスフェクションによる接着細胞および懸濁細胞におけるLV産生
GFP発現LVを、以前に記載されているように接着性293T細胞のリン酸カルシウムトランスフェクションによって三重フラスコ(Nunc.Roskilde、デンマーク)において調製した。
懸濁細胞を前の段落に記載の条件で培養した。トランスフェクションの日に、細胞をFreestyle 293 発現培地(5mM酪酸ナトリウム、1%ウシ胎児血清)に播種し(密度1.6?2×10^(6)細胞/ml)、接着細胞中に使用したのと同じ4つのプラスミドで2時間後にトランスフェクションした。直鎖状25kDa PEI(Polysciences Inc.、米国ペンシルバニア州ウォリントン)をトランスフェクション試薬として使用した。 PEIを滅菌水に希釈し、HClで中和し、pHをNaOHで7に調整した。調製物中のPEI濃度は1μgμl^(-1)であった。 DNA対PEIの質量比は1:4であった。1:1:1:2のプラスミド比が、トランスファー構築物がより大量に使用されたものである場合に使用された。トランスフェクションは前述のようにして行った^(14)。トランスフェクションの16時間後に培地を新鮮な培地に交換し、ウイルスを70時間で集めた。 Kaikkonen et.al.^(47)に記載されているように、ウイルスを超遠心分離により1000倍に濃縮した。」(536頁右欄1行?537頁左欄2行)

(1-2)「この研究では、浮遊細胞でのLV生産の拡張にBVを使用できることを初めて示した。これは、現在重要な問題となっている臨床試験用の大規模なLV生産に向けた一歩である。PEIベースのプラスミドトランスフェクション法のみが、LV生産の拡大可能性においていくつかの有望性を証明した。」(536頁左欄第1段落2?7行)

(1-3)「この研究における最終的な目標は、ローラーボトルと比較して、より撹拌されるウエーブバイオリアクターにスケールアップすることである。」(536頁左欄第2段落18?21行)

(1-4)「LV力価は、製造条件が6-ウェルプレートでの実験に基づく場合の前濃度平均が5.0×10^(5)TU/ml、及び濃縮後平均が2.0×10^(8)TU/mlであった。興味深いことに、6-ウェルプレートで観察されたことに反して、5mMの酪酸ナトリウムを添加するとローラーボトル中でのLV産生が増加し、それぞれ2.6×10^(5)TU/ml及び5.1×10^(8)TU/mlの力価が得られた(図4)。」(532頁右欄第5段落6行?533頁左欄第1段落3行)

(2)引用例2
取消理由通知において引用した引用例2には以下の事項が記載されている。なお、英文であるから翻訳文を記載する。
「100L規模の大規模トランスフェクションが行われているが、PEIはリン酸カルシウム法の使用に関連する欠点を克服できるため、好ましい。それは、細胞の付着培養培地及び懸濁培養にも容易に使用でき、無血清培地にも適合し、かつ費用対効果が高い。」(第477頁右欄第1段落4?9行)

(3)引用例3
取消理由通知において引用した引用例3には以下の事項が記載されている。なお、英文であるから翻訳文を記載する。

(3-1)「このアプローチは、組換えタンパク質産生のために、本発明者らの実験室では、60Lスケールで日常的に行われている。」(第798頁左欄6?8行)

(3-2)「トランスフェクション複合体(DNA-PEI)は、培養培地(トランスフェクションされる培養物の総体積の10%)で希釈したプラスミドDNAにPEIを添加することによって調製した。この混合物をボルテックスし、細胞培養物に添加する前に室温(RT)で15分間インキュベートした。」(第791頁右欄6?11行)

(4)引用例4
取消理由通知において引用した引用例4には以下の事項が記載されている。なお、英文であるから翻訳文を記載する。

(4-1)「実験は、総DNA量1μg/10^(6)細胞のPEI-DNA複合体(ポリプレックス)を用いて、常法に従って行われた」(第870頁左欄第4段落12?14行)

(4-2)「酪酸ナトリウムの添加は、LVの生産動力学の変化によりおよそ15倍の生産量の改善を示した。」(第874頁右欄最下行?第875頁左欄第2行)

(5)引用例5
取消理由通知において引用した引用例5には以下の事項が記載されている。なお、英文であるから翻訳文を記載する。

(5-1)「高力価EIAVレンチウイルスベクターの産生におけるHEK293Tクローン懸濁細胞株」(タイトル)

(5-2)「概要
馬伝染性貧血ウイルス(EIAV)由来の多数の遺伝子治療用レンチウイルスベクター(LV)がOxford BioMedicaによって開発されている。現在、EIAV LV組成物は、LV産生のために必要な成分をコードする3つのプラスミドの、接着性ヒト胎児腎臓細胞(HEK293T)細胞への一過的な共トランスフェクションによって製造される。しかしながら、この方法は煩雑であり、接着性成長モードによって制限されるので容易にスケールを大きくできるものではない。解決策の一つとして、ベクター産生のために必要な成分をコードする3つのプラスミドで一過的にトランスフェクトされ得るHEK293T細胞株懸濁液を開発することを挙げることができる。
この方法によると、EIAV LV産生が大規模(バイオリアクター)及び無血清(SF)環境で実施され得るため、現在の接着工程よりも有利となるであろう。形質転換された細胞型のすべてに見られるように、HEK293T細胞は、核型が顕著に変化する。現在のHEK293T細胞バンクからクローンを単離することにより、EIAV LV産生にとって有利である核型クローンの同定を導く可能性がある。
ここでは、高力価のEIAV LVを産生することができる90個のHEK293Tクローンの単離、及び、最善のクローンをSF懸濁培養に適用することについて記載する。次いで、懸濁クローンは、EIAV LVを産生する能力についてスクリーニングされ、従来の接着性HEK293Tの一過的共トランスフェクション工程を用いて産生されたEIAV LVとの比較がされた。」(左上欄)

(5-3)「懸濁液に抵抗したHEK293TクローンのLV産生
懸濁液モードにおいて増殖した細胞は、無血清培地中に大規模バイオリアクター内でEIAV LV産生を行うことが可能となる。
・・・・
適応が十分なされた時点で、懸濁液クローンと接着性の親HEK293T細胞とにおける、ProSavin(登録商標)LV産生についての比較がなされた。
LV力価は、FACSを用いて測定され、TU/細胞を算出した。
・・・・
懸濁液クローンのTU/細胞値は、接着性の親HEK293T細胞の二分の一であった。
しかしながら、10cmのペトリ皿(6ml)と比較して、振とうフラスコ(25ml)では、いずれも4倍以上のLVが産生された。
懸濁液トランスフェクション工程の最適化はLV収率を改善するであろう。」(右中欄)

(5-4)「結論
限界希釈によるクローニングは、より高い収量のLVを産生するために使用され得る代表的なHEK293T細胞株を作出した。さらに、これらの細胞系は、無血清懸濁液増殖においてLVの産生ができるように適応しているといえ、大規模製造にとって非常に望ましい特徴である。」(右下欄)

(6)引用例6
取消理由通知において引用した引用例6には以下の事項が記載されている。なお、英文であるから翻訳文を記載する。

「懸濁培養は、培地体積を増加させ、ウイルス産生の容易性をもたらし、ウイルス力価の実質的な増加をもたらすことがさらに実証されている。懸濁培養は、標準的な培養皿、ボトル、フラスコ、スピナーフラスコ、ウエーブバッグまたは当業者に公知の懸濁培養液中で維持することができる。いくつかの非限定的な例は、プレート、皿、ウエーブバッグ培養物、スピナーフラスコまたは懸濁培養を可能にする他の容器であり得る。いくつかの実施形態は、500mLを超える容量を有する懸濁培養を含む。
本発明の一態様は、ウイルスの大規模生産に関する。大規模生産はまた、標準的なプロトコルと比較して大量の所望の生成物の生成を可能にする培養物を指すことができる。大規模な細胞培養物は、約500mL?約20,000Lの範囲であり得る。」(第5頁第12行?第22行)

(7)引用例7
取消理由通知において引用した引用例7には以下の事項が記載されている。なお、英文であるから翻訳文を記載する。

「要約:本研究の主たる目的は、ポリエチレンイミン(PEI)分子量及び構造(750kDa、25kDa、2kDa 分岐、及び25kDa直鎖PEI)および窒素/リン酸(N/P)モル比の、PEI/DNA複合体の物理的及びトランスフェクション効率に対する影響を判定することである。・・・・25kDa分岐及び直鎖PEI複合体は、COS-7及びCHO-K1細胞それぞれでN/P比6:1で最も高いトランスフェクション効率を示した。」(要約1?12行)

2.引用発明
(引用例1に記載された発明)
上記(1)(1-1)の記載によれば、引用例1には以下の発明が記載されていると認められる。
「ローラーボトルを用いた浮遊細胞におけるBV媒介LV生産方法であって、
293T懸濁細胞をEX-CELL 293培地を用いて培養し、
形質導入日に、細胞をフリースタイル293発現培地(1%ウシ胎児血清)に播種し、
BACトランスファー、BAC-gag-pol、BAC-RevおよびBAC-VSV-Gを用いて製造された4つのBV(バキュロウイルス)で形質転換し、
ローラーボトル中で、酪酸ナトリウムを0または5mMの濃度で含む、懸濁細胞用細胞培養培地であるEX-CELL 293培地で培養し、ウイルスを超遠心分離により1000倍に濃縮する、LV(レンチウイルス)を製造する方法。」

(引用例5に記載された公知発明)
上記(5)の記載によれば、引用例5には以下の公知発明が記載されていると認められる。
「HEK293T細胞株に、必要な成分をコードする3つのプラスミドを一過的にトランスフェクトし、無血清培地で懸濁培養を行う、レンチウイルスベクターの産生方法。」

3.本件発明1と引用例1に記載された発明との対比
本件発明1と引用例1に記載された発明を対比する。
引用例1に記載された発明の「EX-CELL 293培地」は本件発明1の「無血清培地」に相当し、引用例1に記載された発明の「ウイルスを超遠心分離により1000倍に濃縮する」は、本件特許発明1の「組換えレンチウイルスベクターを培地から回収すること」に相当すると認められる。
また、引用例1に記載された発明の「4つのBV(バキュロウイルス)」は、本件特許発明1の「少なくとも1つのプラスミド」と「少なくとも1つのベクター」である点で共通すると認められる。
そして、引用例1に記載された発明の「4つのBV(バキュロウイルス)」はレンチウイルスベクターの製造に適合していると認められ、また、引用例1に記載された発明において形質転換された「239T懸濁細胞」は浮遊状態で培養されていると認められる。

したがって、両者は、
「-少なくとも1つのベクターでトランスフェクトされた、HEK293T細胞である哺乳類細胞を培養すること、ここでベクターはレンチウイルスベクターの製造に適合したものであり、培養は無血清培地で浮遊状態で実施されること;
-製造された組換えレンチウイルスベクターを培地から回収すること、
を含む、組換えレンチウイルスベクターの製造方法。」である点で一致し、以下の点で相違すると認められる。

(相違点1)
トランスフェクトに用いるベクターが、本件発明1では「プラスミド」であるのに対して、引用例1に記載された発明においては「バキュロウイルスベクター」である点。

(相違点2)
培養について、本件発明1においては「少なくとも50Lの容量で実施される」のに対して、引用例1に記載された発明においては実施される容量について特定されていない点。

(相違点3)
「HEK293T細胞である哺乳類細胞」のトランスフェクトの条件について、本件発明1では「無血清培地でトランスフェクト」するのに対して、引用例1に記載された発明では「形質導入日に、細胞をフリースタイル293発現培地(1%ウシ胎児血清)に播種」、すなわち、血清含有培地でトランスフェクトするものであり、また、トランスフェクトされた細胞の培養条件について、本件発明1では「培地を変えずに、培地に酪酸ナトリウムを添加」すること、及び製造方法について「濃縮がない状態で、少なくとも10^(7)の感染ゲノム/mLが製造される」ことが特定されているのに対して、引用例1に記載された発明ではこれらについて特定されていない点。

4.判断
(相違点1)について
引用例1に記載された発明と同じく、HEK293Tの懸濁培養によりレンチウイルスベクターを製造することに関する引用例5には、レンチウイルスベクターを産生するために、必要な成分をコードするプラスミドを用いることが記載されているから、引用例1に記載された発明において、バキュロウイルスベクターに変えてプラスミドベクターを用いることは当業者が容易になし得ることである。

(相違点2)について
引用例1には、ポリエチレンイミンによりプラスミドを導入した細胞を浮遊培養する方法は、規模を拡大したレンチウイルスベクターの製造に用いることができることが示唆されている(1-2)。そして、浮遊細胞を用いてレンチウイルスベクターを製造する際に、その容量を100L、60L、20,000Lとすることが、引用例2、引用例3(3-1)、引用例6にそれぞれ記載されているのであるから、引用例1に記載された発明において、規模を拡大すること、すなわち、「培養は少なくとも50Lの容量で実施される」と特定することは当業者が容易になし得ることである。

(相違点3)について
引用例1に記載された発明は血清含有培地でトランスフェクトするものであり、引用例1に血清含有培地に替えて無血清培地でトランスフェクトすることが示唆されているとはいえない。また、本件発明1は「培地を変えずに」培養することが特定されているから、トランスフェクトに用いた無血清培地をそのまま用いて培養するものと認められるが、引用例1に記載された発明では血清含有培地でトランスフェクトするから、仮に、培地を変えずに培地に酪酸ナトリウムを添加した場合、トランスフェクトした細胞を血清含有培地で培養することになり、無血清培地で培養する引用例1に記載された発明とは矛盾することになる。
そして、引用例1?4、6、7の記載から「濃縮がない状態で、少なくとも10^(7)の感染ゲノム/mLが製造される」ことを予測できるともいえない。
したがって、相違点3を当業者が容易になし得るとはいえない。
よって、本件発明1は引用例1?4、6、7に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
さらに、特許異議申立人A及びBが示した他の証拠を併せて検討しても、引用例1に記載の発明に相違点3に係る事項を適用することができず、本件発明1を当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

5.本件発明2?20について
(本件発明2?18)
本件発明2?18は請求項1を引用して特定するものであるから、本件発明1と同様に、引用例1?4、6、7に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(本件発明19、20)
本件発明19には、「無血清培地でトランスフェクト」されたHEK293T細胞を、「培養の培地を変えずに、トランスフェクション後24時間で培地に酪酸ナトリウムを添加することを含む」ことが特定されており、これらの点は、上記4.の「(相違点3)について」において検討したとおり、引用例1に無血清培地でトランスフェクトし、トランスフェクションの後、無血清培地である培地を変えずに、培地に酪酸ナトリウムを添加することが容易想到であるとはいえない。
また、本件発明20に特定される「濃縮がない状態で、少なくとも10^(7)の感染ゲノム/mLが製造される」ことを引用例1?4、6、7の記載から当業者が予測できるとはいえない。
したがって、本件発明19、20は引用例1?4、6、7に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
さらに、特許異議申立人A及びBが示した他の証拠を併せて検討しても、引用例1に記載の発明において、無血清培地でトランスフェクトし、トランスフェクションの後、無血清培地である培地を変えずに、培地に酪酸ナトリウムを添加することができるとはいえないから、本件発明19、20を当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

6.本件特許発明1と引用例5に記載された公知発明との対比
本件特許発明1と引用例5に記載された公知発明を対比する。
引用例5には、産生されたレンチウイルスベクターを培地から回収することについては明記されていないが、引用例5にはLV力価を測定したことが記載されているから、引用例5に記載された公知発明は、本件発明1と同様に「製造された組換えレンチウイルスベクターを培地から回収する」工程を有していると認められる。
また、引用例5に記載された公知発明の「必要な成分をコードする3つのプラスミド」はレンチウイルスベクターの産生に使用されるものであるから、レンチウイルスベクターの製造に適合していると認められ、引用例5に記載された公知発明の「無血清培地で懸濁培養を行う」は、本件発明1の「培養は無血清培地で浮遊状態で・・・実施される」に相当すると認められる。

したがって、両者は、
「-少なくとも1つのプラスミドでトランスフェクトされた、HEK293T細胞である哺乳類細胞を培養すること、ここでプラスミドはレンチウイルスベクターの製造に適合したものであり、培養は無血清培地で浮遊状態で実施される;
-製造された組換えレンチウイルスベクターを培地から回収すること、
を含む、組換えレンチウイルスベクターの製造方法。」である点で一致し、以下の点で相違すると認められる。

(相違点4)
培養について、本件発明1においては「少なくとも50Lの容量で実施される」のに対して、引用例5に記載された公知発明においては実施される容量について特定されていない点。

(相違点5)
「HEK293T細胞である哺乳類細胞」のトランスフェクトの条件について、本件発明1では「無血清培地でトランスフェクト」するのに対して、引用例5に記載された公知発明では特定されておらず、また、トランスフェクトされた細胞の培養条件について、本件発明1では「無血清培地で・・・実施されること」、「培地を変えずに、培地に酪酸ナトリウムを添加」すること、及び製造方法について「濃縮がない状態で、少なくとも10^(7)の感染ゲノム/mLが製造される」ことが特定されているのに対して、引用例5に記載された公知発明ではこれらについても特定されていない点。

7.判断
(相違点4)について
引用例5の概要の項には、無血清培地で懸濁培養が可能なHEK293T細胞株を用いる方法によって、EIAV LV産生が大規模で実施され得ることが記載されているから、引用例5に記載された公知発明を大規模化すること、その際に「培養は少なくとも50Lの容量で実施される」と特定することは当業者が容易になし得たことである。

(相違点5)について
本件発明1の「培地を変えずに」にいう『培地』とは、トランスフェクトに使用した『無血清培地』を指していると認められるから、本件発明1は、無血清培地でトランスフェクトし、その後トランスフェクトに用いた培地を変えずにその後の培養を行うこと(ア)、及び培地に酪酸ナトリウムを添加すること(イ)を特定していると認められる。
しかしながら、引用例5には、無血清培地でトランスフェクトし、その後トランスフェクトに用いた培地を変えずにその後の培養を行うこと(ア)、及び培地に酪酸ナトリウムを添加すること(イ)は記載も示唆もされていない。培地に酪酸ナトリウムを添加すること(イ)だけなら引用例4に記載されていると認められるが、引用例2?4、6、7の記載をみても、無血清培地でトランスフェクトし、その後トランスフェクトに用いた培地を変えずにその後の培養を行うこと(ア)、及び培地に酪酸ナトリウムを添加すること(イ)を当業者が容易に想到するといえる根拠があるとは認められない。
また、引用例2?7の記載から「濃縮がない状態で、少なくとも10^(7)の感染ゲノム/mLが製造される」ことを予測できるともいえない。
したがって、相違点5を当業者が容易になし得るとはいえない。
よって、本件発明1は引用例5に記載された公知発明及び引用例2?4、6、7に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
さらに、特許異議申立人A及びBが示した他の証拠を併せて検討しても、本件発明1を当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

8.本件発明2?20について
(本件発明2?18)
本件発明2?18は請求項1を引用して特定するものであるから、本件発明1と同様に、引用例5に記載された公知発明及び引用例2?4、6、7に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(本件発明19、20)
本件発明19には、「無血清培地でトランスフェクト」されたHEK293T細胞を、「培養の培地を変えずに、トランスフェクション後24時間で培地に酪酸ナトリウムを添加することを含む」ことが特定されており、この点は、上記7.の「(相違点5)について」において検討したとおり、無血清培地でトランスフェクトし、トランスフェクションの後、無血清培地である培地を変えずに、培地に酪酸ナトリウムを添加することが容易想到であるとはいえない。
また、本件発明20に特定される「濃縮がない状態で、少なくとも10^(7)の感染ゲノム/mLが製造される」ことを引用例2?4、6、7の記載から当業者が予測できるとはいえない。
したがって、本件発明19、20は引用例5に記載された公知発明及び引用例2?4、6、7に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

さらに、特許異議申立人A及びBが示した他の証拠を併せて検討しても、引用例5に記載された公知発明において、無血清培地でトランスフェクトし、トランスフェクションの後、無血清培地である培地を変えずに、培地に酪酸ナトリウムを添加することができるとはいえないから、本件発明19、20を当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。


第5 取消理由通知(決定の予告)に記載しなかった特許異議申立理由について
1.「培養は少なくとも50Lの容量」である点
特許異議申立人A、Bは、本件発明1に「培養は少なくとも50Lの容量で実施される」と特定されており、容量の上限が特定されていないが、本件特許明細書には50Lを超える容量での実施例は記載されていないから、実施可能要件(特許法第36条第4項第1号)及びサポート要件(同法第36条第6項第1号)に違反すると主張している。

2.「濃縮がない状態で、少なくとも10^(7)の感染ゲノム/mLが製造される」点
特許異議申立人Aは、本件発明1に「濃縮がない状態で、少なくとも10^(7)の感染ゲノム/mLが製造される」と特定されており、本件発明1の効果の上限が特定されていないから、実施可能要件(特許法第36条第4項第1号)に違反すると主張している。

3.明確性要件違反
特許異議申立人Aは、本件発明は明確性要件(特許法第36条第6項第2号)に違反する旨を主張している。

上記の主張について検討する。
1.の主張について
通常、細胞を大規模に培養しようとする場合、例えば、まずフラスコ等を用いた小さいスケールでの培養で培養条件を検討し、次いでフラスコ等よりも大きなタンク等を用いて培養で培養条件を検討し、さらにより大きな規模で商業規模での培養条件を検討・決定するというように、段階的にスケールアップする手法が採用され、それぞれの段階ではその前の段階の培養条件に基づいてさらに培養条件を検討されることが技術常識であると認められるところ、本件発明1に特定される「少なくとも50Lの容量」は、上記の例でいえば2番目の段階に該当すると認められ、そのような段階で用いられるタンク等の容量は当業者であれば明らかであるといえる。
本件発明1では容量の上限が特定されてはいないが、本件特許明細書には、トランスフェクトした細胞を50Lの容量で培養することに関して実施例及び図13に示されており、上記の2番目の段階で使用される容量、例えば50Lの数倍程度の容量のタンクを用いて培養した場合にも、50Lの場合と同様の結果が得られることは当業者が予期し得るといえ、本件発明1にいう「少なくとも50Lの容量」とはそのような容量を意味していると認められる。実際、特許権者が示した乙第7号証には、200Lで培養した場合に、50Lで培養した場合と同様の結果が得られたことが示されている。
したがって、本件特許明細書の記載が実施可能要件を満足しないとはいえず、また、本件特許発明がサポート要件を満足しないともいえない。
よって、特許異議申立人A、Bの上記主張は採用できない。

2.の主張について
「濃縮がない状態で、少なくとも10^(7)の感染ゲノム/mLが製造される」と、数値限定の上限値が特定されていなくても、当業者であれば「少なくとも10^(7)の感染ゲノム/mL」がどの程度であるかは理解できるといえ、本件特許明細書には10^(7)の感染ゲノム/mLの要件を満足する製造方法が具体的に記載されているから、当業者であればそのような具体的な記載事項に技術常識を加味することで、「濃縮がない状態で、少なくとも10^(7)の感染ゲノム/mLが製造される」ことが特定される本件発明1を実施できるといえるから、本件特許明細書が実施可能要件を満足しないとはいえない。
したがって、特許異議申立人Aの上記主張は採用できない。

3.の主張について
本件訂正請求による訂正により、本件発明は明確性要件を満足するものとなったと認められる。


第6 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1?20に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1?20に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
-少なくとも1つのプラスミドで無血清培地でトランスフェクトされた、HEK293T細胞である哺乳類細胞を培養すること、ここで、プラスミドはレンチウイルスベクターの製造に適合したものであり、培養は無血清培地で浮遊状態で、少なくとも50Lの容量で実施される;
-培地を変えずに、培地に酪酸ナトリウムを添加すること;
-製造された組換えレンチウイルスベクターを培地から回収すること、
を含む、組換えレンチウイルスベクターの製造方法であって、
濃縮がない状態で、少なくとも10^(7)の感染性ゲノム/mLが製造される、ものである、
製造方法。
【請求項2】
回収段階が、1回のレンチウイルス回収からなる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
トランスフェクションが一過的なトランスフェクションであり、1回の回収段階がトランスフェクション後48から72時間の間で実行される、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
細胞がポリエチレンイミン(PEI)およびプラスミドでトランスフェクトされる、トランスフェクション段階を含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
PEIが、20?25kDの直鎖PEIである、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
トランスフェクションが、少なくとも1.5μg/10^(6)細胞の総DNA量で実施される、請求項4または5に記載の方法。
【請求項7】
10未満のN/P比に従って、PEIおよびプラスミドがトランスフェクションの前に混合される請求項4?6のいずれか1項に記載の方法であって、N/Pがプラスミド中のリン酸基の数あたりのPEIの窒素原子の数を示す、方法。
【請求項8】
N/P比が6である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
細胞培養への添加の前のPEIおよびプラスミドの間の接触時間が、5?30分間の間である、請求項4?8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
細胞培養への添加の前のPEIおよびプラスミドの間の接触時間が10分である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
培地を変えずに、トランスフェクション後24時間で培地に酪酸ナトリウムを添加する、請求項1?10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
酪酸ナトリウムが2mMから12mMの間の最終濃度で培地に添加される、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
酪酸ナトリウムが2mMから10mMの間の最終濃度で培地に添加される、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
酪酸ナトリウムが最終濃度5mMで培地に添加される、請求項12または13に記載の方法。
【請求項15】
エンベロープタンパク質をコードするプラスミド(Envプラスミド)、レンチウイルスGagおよびPolタンパク質をコードするプラスミド(Gag-Polプラスミド)、レンチウイルスRevタンパク質をコードするプラスミド(Revプラスミド)およびレンチウイルス3’-LTRおよびレンチウイルス5’-LTRの間の対象の導入遺伝子(TOI)発現カセットを含むプラスミド、を含む4つのプラスミドで細胞がトランスフェクトされる、請求項1?14のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
PP/IP比が100?250である、請求項1?15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
-細胞が293T細胞であり;
-細胞のトランスフェクションがポリエチレンイミン(PEI)およびDNAの混合物で実施され;
-酪酸ナトリウムが、トランスフェクション後24時間で、培地を変えずに添加され;および
-生産されたレンチウイルスベクターの1回の回収が行われる、
請求項1?16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
レンチウイルスベクターの製造に適応された少なくとも1つのプラスミドで無血清培地でトランスフェクトされたHEK293T細胞を含む、少なくとも50L容量の無血清培地を含む、請求項1?17のいずれか1項に記載の方法に用いられる細胞培養装置であって、該細胞は該培養装置で浮遊状態で増殖する、細胞培養装置。
【請求項19】
培養の培地を変えずに、トランスフェクション後24時間で培地に酪酸ナトリウムを添加することを含む、製造に必要なプラスミドで無血清培地でトランスフェクトされた、無血清培地で浮遊状態で増殖するHEK293T細胞によるレンチウイルスベクター製造の最適化のための方法であって、
濃縮がない状態で、少なくとも10^(7)の感染性ゲノム/mLが製造される、ものである、
方法。
【請求項20】
酪酸ナトリウムが最終濃度5mMで添加される、請求項19に記載の方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-11-05 
出願番号 特願2014-542880(P2014-542880)
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (C12N)
P 1 651・ 121- YAA (C12N)
P 1 651・ 537- YAA (C12N)
最終処分 維持  
前審関与審査官 西 賢二  
特許庁審判長 田村 聖子
特許庁審判官 中島 庸子
高堀 栄二
登録日 2018-01-26 
登録番号 特許第6280869号(P6280869)
権利者 ジェネトン
発明の名称 工業的な医薬用途に適合する拡張可能なレンチウイルスベクター製造システム  
代理人 山内 正子  
代理人 稲井 史生  
代理人 松谷 道子  
代理人 廣田 雅紀  
代理人 森山 彩子  
代理人 稲井 史生  
代理人 笹倉 真奈美  
代理人 冨田 憲史  
代理人 森山 彩子  
代理人 山村 昭裕  
代理人 冨田 憲史  
代理人 松谷 道子  
代理人 特許業務法人平木国際特許事務所  
代理人 笹倉 真奈美  

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