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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C09D
管理番号 1358677
異議申立番号 異議2019-700871  
総通号数 242 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-02-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-11-07 
確定日 2020-01-23 
異議申立件数
事件の表示 特許第6509129号発明「車両シート用難燃性コーティング剤および難燃性車両シート材料の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6509129号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6509129号(以下、「本件特許」という。)は、2014年(平成26年)12月19日を国際出願日(優先権主張 2013年12月20日 JP(日本国))とするものであって、平成31年4月12日にその特許権の設定登録がされ、令和元年5月8日にその特許掲載公報が発行されたものであり、その後、その特許に対し、特許異議申立人山本美智子により、令和元年11月7日に特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件特許発明

特許第6509129号の請求項1?7に係る発明(以下、「本件特許発明1」、「本件特許発明2」などともいい、まとめて、「本件特許発明」ともいう。)は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1?7に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
(A)窒素含有化合物と、(B)リン系化合物と、(C)水性熱可塑性樹脂とを含む、車両シート用難燃性コーティング剤であって、窒素含有化合物(A)がメラミンシアヌレートであり、リン系化合物(B)が、一般式(2)
【化1】


(上式中、R^(3)はベンジル基、メチルベンジル基、フェネチル基、ナフチルメチル基又は下記式(6)
【化2】


(上式中、R^(4)は炭素数1?10のアルキル基、フェニル基又はベンジル基を表す。)
で表される基を表す。)
で表される化合物および一般式(3)
【化3】


(上式中、R^(5)?R^(8)はそれぞれ独立に、炭素数1?4のアルキル基を有していてもよいフェニル基を表し、R^(9)は置換基を有していてもよいアリーレン基を表し、cは1?5の整数を表す。)
で表される化合物からなる群から選択される少なくとも1種であり、水性熱可塑性樹脂(C)がポリカーボネート系ポリウレタン樹脂または水性アクリル樹脂である、車両シート用難燃性コーティング剤。
【請求項2】
水性熱可塑性樹脂(C)がアニオン性基を有するポリカーボネート系ポリウレタン樹脂である、請求項1に記載の車両シート用難燃性コーティング剤。
【請求項3】
さらに(D)金属水酸化物を含む請求項1または2に記載の車両シート用難燃性コーティング剤。
【請求項4】
窒素含有化合物(A)とリン系化合物(B)との配合比(A):(B)が、質量比で、1:0.1?10であり、窒素含有化合物(A)とリン系化合物(B)との合計と、水性熱可塑性樹脂(C)との配合比{(A)+(B)}:(C)が、質量比で、3:7?9:1である、請求項1または2に記載の車両シート用難燃性コーティング剤。
【請求項5】
窒素含有化合物(A)と、リン系化合物(B)と金属水酸化物(D)との合計の配合比(A):{(B)+(D)}が、質量比で、1:0.1?15であり、窒素含有化合物(A)とリン系化合物(B)と金属水酸化物(D)との合計と、水性熱可塑性樹脂(C)との配合比{(A)+(B)+(D)}:(C)が、質量比で、1:9?9.5:0.5である、請求項3に記載の車両シート用難燃性コーティング剤。
【請求項6】
請求項1、2および4のいずれか1項に記載の車両シート用難燃性コーティング剤を、車両シート材料の一方の面に処理した後に乾燥して、車両シート材料の処理面および/又は車両シート材料中に、窒素含有化合物(A)とリン系化合物(B)と水性熱可塑性樹脂(C)とを含む難燃性被膜を形成させることにより、難燃性車両シート材料を得ることを特徴とする難燃性車両シート材料の製造方法。
【請求項7】
請求項3または5に記載の車両シート用難燃性コーティング剤を、車両シート材料の一方の面に処理した後に乾燥して、車両シート材料の処理面および/又は車両シート材料中に、窒素含有化合物(A)とリン系化合物(B)と水性熱可塑性樹脂(C)と金属水酸化物(D)とを含む難燃性被膜を形成させることにより、難燃性車両シート材料を得ることを特徴とする難燃性車両シート材料の製造方法。」

第3 申立理由の概要

特許異議申立人山本美智子 (以下、「申立人」という。)は、全請求項に係る特許を取り消すべきものである旨主張し、その理由として、以下の理由1を主張し、証拠方法として甲第1?4号証を提出している。

<理由>
理由1
本件特許の特許請求の範囲の請求項1?7に係る発明は、甲第1?4号証(主たる証拠は、甲第1号証)に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

<証拠方法>
甲第1号証:特開2013-227685号公報
甲第2号証:特開2002-121378公報
甲第3号証:特開2013-87122号公報
甲第4号証:特開2002-146179号公報

なお、以下、甲第1?4号証を、その番号に対応してそれぞれ、「甲1」?「甲4」、ともいう。

第4 判断

1 証拠の記載事項
(1) 甲1に記載されている事項

甲1には、以下の事項が記載されている。なお、下線は、当審で付した。
「【請求項1】
難水溶化処理が施されたポリリン酸アンモニウムと、水溶解度が3.0g/L以下のトリアジン系難燃剤と、バインダー樹脂とを含むことを特徴とする、人工皮革用難燃加工剤。
(中略)
【請求項4】
上記のトリアジン系難燃剤がメラミンシアヌレートである、請求項1から3のいずれかに記載の人工皮革用難燃加工剤。」
「【技術分野】
【0001】
本発明は、難燃性人工皮革とその製造方法、および人工皮革用難燃加工剤に関し、更に詳しくは、熱可塑性合成繊維からなる織物、編物または不織布をベースとしてポリウレタン樹脂等の高分子弾性体が含浸されてなる人工皮革に対し、耐際付き性、耐熱性に優れるうえ、本来の柔軟な風合いを損ねることなく優れた難燃性能を付与することができる難燃加工剤および、難燃性人工皮革とその製造方法に関するものである。
【0002】
ここで上記の「際付き」とは、難燃加工剤を付与された人工皮革の表面へ、難燃加工剤に含まれる成分が雨などの水分により溶出し、その水分が乾燥した後に人工皮革の表面に白い斑点やシミを生じる現象をいう。
【背景技術】
【0003】
従来から、極細熱可塑性合成繊維からなる不織布、織物あるいは編物にポリウレタン等の高分子弾性体が含浸されてなる人工皮革、なかでもその表面をバフィングして熱可塑性合成繊維の起毛や立毛を表面に形成させた、いわゆるスエード調人工皮革は、衣料用素材としてのみならず、車両用内装材、家具インテリア用素材、建築材料など様々な分野で使用されている。
【0004】
上述した分野において、上記の人工皮革は、しばしば高度な難燃性能を有することが要求される。しかしながらこれらの人工皮革は、これを構成するポリウレタン等の高分子弾性体と、不織布、織物、あるいは編物を構成する極細熱可塑性合成繊維とで、難燃化機構が互いに異なることから、難燃化が非常に困難であることが知られている。
【0005】
上記の難燃化には、従来は臭素系難燃剤が多用されてきたが、燃焼時に有害なハロゲン化ガスが発生し、これが環境に有害な影響を及ぼす等の問題があるため、近年においては臭素系難燃剤を用いることが規制されるに至っている。
【0006】
そこで、上記の人工皮革に難燃性を付与するための方法として、アクリル酸エステル樹脂を主成分とし、芳香族リン酸エステルおよび金属系酸化物を含む樹脂組成物を、スエード調人工皮革の裏面に付与して難燃化を図る方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
しかしながら、この方法により安定な難燃性を得るには、難燃樹脂組成物を多量に付与する必要があり、手触りなどの風合いが必ずしも良好とは言えない。また、リン酸エステルを難燃剤として用いることから、摩擦堅牢度が経日的に低下するおそれもある。
【0007】
また、難燃性が優れるとともに、摩耗耐久性や耐光性にも優れた難燃性立毛人工皮革を得る方法として、リン酸グアニジン、ポリリン酸アンモニウム、ポリリン酸メラミンおよびリン酸アミドから選ばれる少なくとも1種のリン酸化合物と、ペンタエリスリトール、ジペンタエリスリトール、メラミン、ジシアンジアミド、デンプン類およびソルビトールから選ばれる少なくとも1種の化合物と、バインダー樹脂とを含む難燃組成物を立毛人工皮革の片面に付与する方法が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
しかしながら、この方法では十分な難燃性を得られるものの、水への溶解度が高い難燃成分を含有することから、耐際付き性の点では不十分となりやすい問題があった。
【0008】
上記の耐際付き性を改善する方法として、水に対する溶解度が1%以下のリン酸化合物と、燃焼時に炭化骨格を形成するビニル基含有樹脂と、水不溶性増粘剤とからなる難燃加工剤をスエード調人工皮革の片面に付与することで、難燃性スエード調人工皮革を得る方法が提案されている(例えば、特許文献3参照)。
しかしながら、この方法ではビニル基含有樹脂を含有することから、難燃性人工皮革が高温に曝された場合に、人工皮革に付与されている難燃樹脂組成物が変色して外観や品位の面で問題を生じるおそれがあった。」
「【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記背景技術に鑑みてなされたものであり、その課題は、耐際付き性、耐熱性に優れるうえ、人工皮革本来の柔軟な風合いを損ねることなく、優れた難燃性能を付与することができる難燃加工剤および、そのような難燃加工剤を付与することによって得られる、人工皮革とその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、従来の人工皮革の難燃加工における上述した問題を解決するため鋭意研究した結果、リン成分として表面が難水溶化されたポリリン酸アンモニウムと、窒素成分として水溶解度が3.0g/L以下のトリアジン系難燃剤と、バインダー樹脂とを含む難燃加工剤を人工皮革に付与することによって、人工皮革本来の柔軟な風合いを損ねることなく優れた難燃性を備え、しかも上述したような高温に曝された場合の樹脂組成物の変色や、際付きの発生を抑えた難燃性人工皮革が得られることを見出して本発明に至ったものである。」
「【0025】
上記のポリリン酸アンモニウムとトリアジン系難燃剤とバインダー樹脂は、通常、水に分散させてある。この分散には、必要であれば例えばアニオン性界面活性剤やノニオン性界面活性剤などの公知の界面活性剤を用いて、プロペラ撹拌機やホモジナイザーなどで撹拌するなどの一般的な方法を用いることができる。」
「【0037】
上記の人工皮革用難燃加工剤には、上述した成分の他に、更に難燃助剤として水酸化アルミニウムや、水酸化マグネシウム、金属酸化物などを含有させることもできる。
更に、上記の難燃加工剤には、経日安定性や生産作業性向上のための増粘剤や、流動パラフィン、ポリエチレングリコール等の柔軟剤が添加されていても良い。」
「【0050】
(実施例1)
〈人工皮革の製造〉
(中略)
【0052】
〈難燃加工剤の調製〉
表1にように、純水64部にノニオン性界面活性剤としてポリオキシエチレンソルビタンモノステアレート0.2部と、酸化ケイ素系樹脂処理ポリリン酸アンモニウムとしてExflam APP204(Wellchem社製、リン含有量28%、窒素含有量14%、以下、APP204と記載することがある)20部と、メラミンシアヌレート(窒素含有量49.4%、以下、MCと記載することがある)4部とを混合し均一に分散させたのち、バインダー樹脂として不揮発分50%のアクリル酸メチル樹脂11部を混合し、増粘剤として、ヒドロキシエチルセルロースを用いて増粘を行い、加工剤の粘度を3000mPa・sに調整して難燃加工剤Aを得た。この難燃加工剤Aのリン:窒素の質量比は、1:0.9であった。
【0053】
この難燃加工剤Aを上記のスエード調人工皮革の裏面(立毛面の裏面)へ、人工皮革に対するリン付着量が2質量%となるように、スクリーンコーターにて塗布するコーティング加工を行い、その後、100℃で7分間、乾燥処理を行った。人工皮革に対する難燃加工剤Aの乾燥付着量は10.7質量%であった。
【0054】
(実施例2、3、4)
APP204とMCの混合比率を表1記載のように変更した以外は、実施例1と同様に難燃加工剤を調製し、これを同様に処理して上記のスエード調人工皮革の裏面に付着させた。」
「【0059】
【表1】


【0060】
上記の表1から明らかなように、トリアジン系難燃剤を省略した比較例1は易燃性であって、FMVSSNo.302の規格に不合格であり、例えば自動車用内装材として必要な難燃性能を得ることができなかった。またポリリン酸アンモニウムが難水溶化されていない比較例2では、耐際付き性が劣る問題点があった。これに対し本願発明の実施例1?5では、いずれも自消性という優れた難燃性能を備えるうえ、耐際付き性と耐熱性に優れ
た難燃性人工皮革が得られた。
(中略)
【0061】
(実施例6)
難燃加工剤をコーティングする前の上記のスエード調人工皮革を、ホスホン酸系キレート剤である、ニトリロトリス(メチレンホスホン酸)のグアニジン塩(以下、「NTMP-Gu」と記載することがある)の濃度2.0g/Lの水溶液に浸漬し、30分放置して酸性化処理を施した。その後、絞り率が人工皮革の生地質量に対して50%になるように公知のDip-Nip法で処理し、100℃で7分間の乾燥処理を実施した。この酸性化されたスエード調人工皮革は、生地抽出液のpHが6.0であった。この酸性化されたスエード調人工皮革の裏面に、上記の難燃加工剤Aを、人工皮革に対するリン付着量が1.6質量%となるように塗工量を調整する以外は、実施例1と同様に処理して付着させた。この人工皮革に対する難燃加工剤Aの乾燥付着量は8.6質量%であった。」
「【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の人工皮革用難燃加工剤を用いて製造した難燃性人工皮革は、耐際付き性、耐熱性に優れるうえ、本来の柔軟な風合いを損ねることなく優れた難燃性能を備えるので、衣料用素材としてのみならず、車両用内装材、家具インテリア用素材、建築材料など様々な分野で使用されるスエード調人工皮革に特に好適であるが、スエード調以外の人工皮革にも好適である。」

(2) 甲2に記載されている事項

甲2には、以下の事項が記載されている。
「【請求項1】ポリカーボネートポリオールが90重量%以上であるポリオール成分、有機ポリイソシアネート化合物及び鎮伸長剤から得られるポリカーボネート系ポリウレタン樹脂100重量部に対して、アルキル置換芳香族縮合リン酸エステル5?50重量部を配合してなることを特徴とする難燃性ポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物。
【請求項2】ポリカーボネートポリオールが、一般式[1]で表される化合物である請求項1記載の難燃性ポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物。
【化1】


(ただし、式中、nは、5?50であり、Rは、(CH_(2))_(m)又は一般式[2]で表される2価の基であり、mは、4?8である。)
【化2】


(ただし、式中、p及びqは、それぞれ1?3である。)
【請求項3】アルキル置換芳香族縮合リン酸エステルが、一般式[3]で表される化合物である請求項1又は請求項2記載の難燃性ポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物。
【化3】


(ただし、式中、R^(1)は、式[4]、[5]、[6]、[7]、[8]、[9]、[10]又は[11]で表される2価の芳香族基であり、R^(2)は、炭素数1?3のアルキル基であり、複数個のR^(2)は、同一であっても、異なっていてもよく、R^(3)は、水素又は炭素数1?3のアルキル基であり、複数個のR^(3)は、同一であっても、異なっていてもよい。)
【化4】


「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、難燃性ポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物及び該組成物を用いて加工した難燃性布帛に関する。さらに詳しくは、本発明は、難燃性が要求される布帛製品、例えば、シート表皮、ドアトリム、天井、エアバッグなどの自動車内装用布帛、カーテンなどの室内インテリア用布帛、野外使用布帛などに使用される、耐熱性、耐候性、耐加水分解性、密閉性、難燃性に優れた難燃性ポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物及び該組成物を用いて加工した難燃性布帛に関する。」
「【0009】本発明の難燃性ポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物において、アルキル置換芳香族縮合リン酸エステルの配合量は、ポリカーボネート系ポリウレタン樹脂100重量部に対して、5?50重量部であり、より好ましくは10?30重量部である。アルキル置換芳香族縮合リン酸エステルの配合量がポリカーボネート系ポリウレタン樹脂100重量部に対して5重量部未満であると、難燃性が不足するおそれがある。アルキル置換芳香族縮合リン酸エステルの配合量がポリカーボネート系ポリウレタン樹脂100重量部に対して50重量部を超えると、樹脂被膜表面に難燃剤がブリードし、樹脂被膜の強度が低下するとともに、被膜の密閉性が不足するおそれがある。本発明の難燃性ポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物には、必要に応じて、アルキル置換芳香族縮合リン酸エステルに加えて、他の難燃剤を併用することができる。併用する他の難燃剤としては、例えば、水酸化アルミニウム、水酸化マグネシウムなどの金属水酸化物、メラミンシアヌレート、リン酸メラミン、硫酸メラミンなどの含窒素化合物、赤リン、ポリリン酸アンモニウム、芳香族リン酸エステルなどのリン系化合物、三酸化アンチモン、五酸化アンチモンなどのアンチモン系化合物、硼酸亜鉛、硼酸アンモニウムなどの硼酸塩類、モリブデン酸アンモニウムなどのモリブデン化合物、酸化錫、酸化ジルコニウム、酸化亜鉛などの金属酸化物、ヘキサブロモシクロドデカン、テトラブロモビスフェノールS、オクタブロモビフェニル、デカブロモビフェニルなどのハロゲン系化合物などを挙げることができる。これらの他の難燃剤は、1種を単独で用いることができ、あるいは、2種以上を組み合わせて用いることもできる。本発明の難燃性ポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物には、必要に応じて、酸化防止剤、紫外線吸収剤、可塑剤、潤滑剤、安定剤、造核剤、顔料、染料などの各種添加剤を加えることができる。」
「【0011】
【実施例】以下に、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によりなんら限定されるものではない。なお、実施例及び比較例において、評価は下記の方法により行った。
(中略)
【0012】合成例1
窒素置換した四つ口フラスコに、ポリヘキサメチレンカーボネートジオール[宇部興産(株)、UH-CARB100、数平均分子量1,009]192.7重量部、N,N-ジメチルホルムアミド120.0重量部及びエチレングリコール11.8重量部をこの順に仕込んだ。次いで、30℃以下に冷却し、4,4'-ジフェニルメタンジイソシアネート95.5重量部を加え、60?70℃で4時間反応させた。系内の粘度上昇に従って、N,N-ジメチルホルムアミド230.0重量部、メチルエチルケトン210.0重量部及びトルエン140.0重量部をこの順に添加した。反応の終了は、赤外スペクトルの2,270cm^(-1)のNCO基の吸収の消失により確認した。得られたポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物は、外観が微黄色透明粘液状であり、不揮発分が30.2重量%、粘度が25,000mPa・s(20℃)であった。このポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物を、ポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物Aとする。
(中略)
【0014】実施例1
合成例1で得られたポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物A85重量部、トルエン10重量部及び式[12]で表される構造を有するアルキル置換芳香族縮合リン酸エステル5重量部を配合して、難燃性ポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物を調製した。この難燃性ポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物から作製したフィルムの破断強度は60.8N/mm^(2)であり、破断伸度は360%であった。耐熱処理後のフィルムの破断強度は58.8N/mm^(2)、破断伸度は430%であり、強度保持率は97%であった。耐候処理後のフィルムの破断強度は59.8N/mm^(2)、破断伸度は390%であり、強度保持率は98%であった。難燃性ポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物を、目付け180g/m^(2)、経緯糸46本/inのナイロン66長繊維平織物上に、ナイフコーティングにより約66.7g/m^(2)塗工し、110℃で5分乾燥したのち、150℃で1分キュアリングし、コーティング量約20g/m^(2)の難燃性布帛を得た。この難燃性布帛は、難燃性試験の結果は自消性であり、密閉性試験において、通気速度は0.3cm^(3)/cm^(2)・s以下であった。
【化13】

実施例2
合成例1で得られたポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物Aの代わりに、合成例2で得られたポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物B85重量部を用いた以外は実施例1と同様にして、難燃性ポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物を調製し、作製したフィルム及び難燃性布帛の評価を行った。フィルムの破断強度は58.8N/mm^(2)であり、破断伸度は380%であった。耐熱処理後のフィルムの破断強度は57.8N/mm2、破断伸度は420%であり、強度保持率は98%であった。耐候処理後のフィルムの破断強度は57.8N/mm^(2)、破断伸度は410%であり、強度保持率は98%であった。難燃性布帛は、難燃性試験の結果は自消性であり、密閉性試験において、通気速度は0.3cm^(3)/cm^(2)・s以下であった。
実施例3
合成例1で得られたポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物Aの代わりに、合成例3で得られたポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物C85重量部を用いた以外は実施例1と同様にして、難燃性ポリカーボネート系ポリウレタン樹脂組成物を調製し、作製したフィルム及び難燃性布帛の評価を行った。フィルムの破断強度は53.9N/mm^(2)であり、破断伸度は510%であった。耐熱処理後のフィルムの破断強度は50.0N/mm2、破断伸度は540%であり、強度保持率は93%であった。耐候処理後のフィルムの破断強度は51.9N/mm^(2)、破断伸度は530%であり、強度保持率は96%であった。難燃性布帛は、難燃性試験の結果は自消性であり、密閉性試験において、通気速度は0.3cm^(3)/cm^(2)・s以下であった。」

(3) 甲3に記載されている事項

甲3には、以下の事項が記載されている。
「【請求項1】
(A)ヒドロキシル基を有しており、且つ(a)ポリイソシアネートと(b)ポリカーボネートポリオール及びポリエステルポリオールからなる群から選択される少なくとも1種の化合物を含有する多官能性化合物含有組成物とを原料として得られたものである水性ポリウレタン樹脂、(B)水性ポリイソシアネート、(C)リン系難燃剤及び(D)ポリオキシエチレン鎖を含有しない多価アルコールポリグリシジルエーテルを含有することを特徴とする繊維積層体用水性接着剤。」
「【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維積層体用水性接着剤に関する。」
「【0058】
<(C)リン系難燃剤>
本発明に係る(C)リン系難燃剤としては、難燃成分としてリン化合物を含有していればよく、難燃剤として公知のものを適宜用いることができるが、繊維積層体の難燃性及び耐熱性がより維持される傾向にあるという観点から、リン酸塩系難燃剤、リン酸エステル系難燃剤、ホスフィン酸エステル系難燃剤からなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【0059】
前記リン酸塩系難燃剤としては、下記一般式(1):
【0060】
【化1】


【0061】
[式(1)中、Xは同一でも異なっていてもよく、それぞれアンモニウム及びアルカリ金属からなる群から選択される1種を示し、nは整数を示す。]
で表されるポリリン酸及び/又はその塩を含有する難燃剤が挙げられる。
【0062】
前記式(1)中、前記アルカリ金属としては、ナトリウム及びカリウム等が挙げられる。前記Xとしては、難燃効果が高い傾向にあるという観点から、アンモニウムであることが好ましい。また、前記nは重合度であって、耐熱性がより高い傾向にあるという観点から、20?2500であることが好ましく、20?2000であることがより好ましい。さらに、このようなポリリン酸及び/又はその塩としては、例えば、特開2001-262466号公報、特開2000-63842号公報等に記載されているように、その粒子表面がメラミン樹脂、シリコーン樹脂、シランカップリング剤により被覆されたものであってもよい。
【0063】
前記リン酸エステル系難燃剤としては、下記一般式(2):
【0064】
【化2】


【0065】
[式(2)中、R^(1)、R^(2)及びR^(3)は同一でも異なっていてもよく、それぞれ炭素数1?24のアルキル基、炭素数2?22のアルケニル基、炭素数5?6の脂環アルキル基及び置換基を有していてもよいアリール基からなる群から選択される1種を示し、R^(2)とR^(3)とが互いに結合して、リン原子及びそれに結合している酸素原子とともに環を形成していてもよい。]
で表わされるリン酸エステルを含有する難燃剤が挙げられる。
(中略)
【0070】
前記ホスフィン酸エステル系難燃剤としては、下記一般式(3):
【0071】
【化3】


【0072】
[式(3)中、R^(4)は、炭素数1?24のアルキル基、炭素数2?22のアルケニル基、炭素数1?10のヒドロキシアルキル基、置換基を有していてもよいアラルキル基、ヒドロキシル基、炭素数1?10のアルコキシ基及び置換基を有していてもよいアラルキルオキシ基からなる群から選択される1種を示す。]
で表わされるホスフィン酸エステルを含有する難燃剤が挙げられる。
(中略)
【0078】
本発明において、これらのリン系難燃剤としては1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、前記リン酸塩系難燃剤、前記リン酸エステル系難燃剤、前記ホスフィン酸エステル系難燃剤としては、前記ポリリン酸及び/又はその塩、前記リン酸エステル、前記ホスフィン酸エステル等のリン化合物を、アニオン界面活性剤や非イオン界面活性剤を用いて予め水に分散させたものであってもよい。」
「【0090】
(i)水性ポリウレタン樹脂の合成
(合成例1)
先ず、攪拌機、還流冷却管、温度計及び窒素吹き込み管を備えた四つ口フラスコに、ポリヘキサメチレンカーボネートジオール(重量平均分子量2,000)300g、2,2-ジメチロールプロピオン酸3.8g、1,8-ジアザビシクロ(5,4,0)-ウンデセン0.02g及びメチルエチルケトン120gを入れ、これらを均一に混合した。次いで、ヘキサメチレンジイソシアネート12.0g及びイソホロンジイソシアネート37.0gをさらに加えて80℃において5時間撹拌して、イソシアネート基末端プレポリマー全量(不揮発分)に対する遊離イソシアネート基の含有量が1.0質量%であるイソシアネート基末端プレポリマーのメチルエチルケトン溶液を得た。この溶液を30℃まで冷却し、トリエチルアミン2.8gで中和した後に水600gを徐々に加えながら、アンカー羽根を用いてイソシアネート基末端プレポリマーの乳化分散液を得た。この乳化分散液にエチレンジアミン2.0gとジエタノールアミン5.0gを添加して乳化分散せしめ、40℃において90分間反応させてポリウレタン樹脂を合成した。次いで、これを減圧下で2時間かけて50℃まで昇温することによりメチルエチルケトンを除去して、ヒドロキシル基を有する水性ポリウレタン樹脂の水分散液(水性ポリウレタン樹脂含有量:40質量%)を得た。得られた水性ポリウレタン樹脂において、2,2-ジメチロールプロピオン酸由来のカルボキシル基含有量は0.4質量%であり、ヒドロキシル基の含有量は0.5質量%であった。」
「【0102】
【化5】

【0103】
で表わされるホスフィン酸エステル40質量部、トリスチレン化フェノールのエチレンオキサイド15モル付加物の硫酸エステルアンモニウム塩10質量部、及び水50質量部を混合し、難燃剤水分散物2(難燃成分(ホスフィン酸エステル)含有量:40質量%)を調製した。」
「【0109】
(実施例1)
先ず、合成例1で得られた水性ポリウレタン樹脂の水分散液100質量部(水性ポリウレタン樹脂含有量:40質量%)、水性ポリイソシアネート(「アクアネート120」日本ポリウレタン工業(株)製、不揮発分100質量%)10質量部、調製例1で得られた難燃剤水分散物1 10質量部(難燃成分(ポリリン酸アンモニウム塩)含有量:36.2質量%)、ソルビトールポリグリシジルエーテル(「デナコールEX-614B」ナガセケムテックス(株)製、不揮発分100質量%)0.6質量部、及び増粘剤(「ネオステッカーS」日華化学(株)製)0.6質量部を混合し、水性接着剤を得た。
【0110】
次いで、この水性接着剤を前記表皮層の離型紙とは反対の面上に乾燥前の厚さが200μmとなるように塗布し、温風乾燥機を用いて120℃で2分間乾燥させ、乾燥直後に接着剤塗布表面に繊維基材(ポリエステル100質量%ジャージ)を積層した。その後、120℃のカレンダーに通すことにより前記表皮層と前記繊維基材とを貼り合せた。次いで、これを50℃で2日間熟成させた後に離型紙を剥離し、表皮層と繊維基材とが積層された繊維積層体を得た。
【0111】
(実施例2?8、比較例1?9)
表2?3に記載した成分及び比率で、実施例1と同様にしてそれぞれ水性接着剤を得た。また、この水性接着剤を用いたこと以外は実施例1と同様にして、それぞれ繊維積層体を得た。なお、表2?3に記載の多価アルコールポリグリシジルエーテルとして用いた化合物は、それぞれ、グリセロールポリグリシジルエーテル(「デナコールEX-313」ナガセケムテックス(株)製、不揮発分100質量%)、エチレングリコールジグリシジルエーテル(「デナコールEX-810」ナガセケムテックス(株)製、不揮発分100質量%)、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル(「デナコールEX-841」ナガセケムテックス(株)製、不揮発分100質量%、ポリオキシエチレン鎖の平均繰り返し単位数:13)である。」
「【0117】
【表2】


「【産業上の利用可能性】【0120】 以上説明したように、本発明によれば、水性且つハロゲンフリーであって、優れた難燃性及び耐熱性を有する繊維積層体を得ることができる繊維積層体用水性接着剤を提供することが可能となる。従って、本発明は、難燃性及び耐熱性が必要とされる繊維積層体、特に車輌用シート等の内装材に使用される繊維積層体の製造に適した水性接着剤として非常に有用である。」

(4) 甲4に記載されている事項

甲4には、以下の事項が記載されている。
「【請求項1】 熱可塑性ポリウレタン樹脂と難燃剤とを含有する難燃性樹脂組成物であって、
前記難燃剤が、下記一般式(1)で表される非ハロゲン系の芳香族系縮合型リン酸エステルであること、を特徴とする前記難燃性樹脂組成物。
【化1】


(式中、R^(1)は次式で表される基であり、
【化2】


R^(2)、R^(3)、R^(4)、R^(5)はそれぞれ、互いに同一であっても異なっていてもよい、フェニル基又はアルキル置換フェニル基である。)」
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、熱可塑性ポリウレタン樹脂(以下、TPUという。)に非ハロゲン系難燃剤を配合した難燃性樹脂組成物に関し、更に詳しくは、射出成形、押出成形、カレンダー成形等によって成形され、特に難燃性が要求される製品、例えば、家屋の内装材、通信ケーブル、鉱業用ケーブル、自動車、各種車両内装材など、火災によるハロゲンガスの発生を嫌う用途に好ましく用いられる非ハロゲン系の難燃性樹脂組成物に関する。」
「【0010】すなわち本発明は、TPUと難燃剤とを含有する難燃性樹脂組成物であって、前記難燃剤が、下記一般式(1)で表される非ハロゲン系の芳香族系縮合型リン酸エステルであること、を特徴とする前記難燃性樹脂組成物である。
【化5】


(式中、R^(1)は次式で表される基であり、
【化6】


R^(2)、R^(3)、R^(4)、R^(5)はそれぞれ、互いに同一であっても異なっていてもよい、フェニル基又はアルキル置換フェニル基である。)」
「【0050】
【発明の効果】以上説明した通り、本発明の難燃性樹脂組成物は、TPUの難燃剤として特定の非ハロゲン系の芳香族系縮合型リン酸エステル、又は、この特定の芳香族系縮合型リン酸エステルと非ハロゲン系の窒素原子含有有機化合物の混合物を使用しているため、UL-94 V-0基準(垂直燃焼試験で綿着火の発生なし)を満足する優れた難燃性を有し、引張強度、加工性、耐熱性、ブリード、ガス発生などの点でも優れている。そのため、本発明の難燃性樹脂組成物は、家屋の内装材、通信ケーブル、鉱業用ケーブル、自動車、各種車両内装材など、火災によるハロゲンガスの発生を嫌う幅広い分野に使用できる。」

2 当審の判断
(1) 刊行物に記載されている発明

甲1には、【請求項1】、【請求項4】の記載に基づき、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

<甲1発明>
「難水溶化処理が施されたポリリン酸アンモニウムと、水溶解度が3.0g/L以下のトリアジン系難燃剤と、バインダー樹脂とを含む人工皮革用難燃加工剤であって、
上記のトリアジン系難燃剤がメラミンシアヌレートである、
人工皮革用難燃加工剤。」

(2) 本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と甲1発明の対比

甲1発明の「水溶解度が3.0g/L以下のトリアジン系難燃剤」及び「上記のトリアジン系難燃剤がメラミンシアヌレートである」は、本件特許発明1の「(A)窒素含有化合物」及び「窒素含有化合物(A)がメラミンシアヌレートであり」に相当する。
本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、本件特許発明1の「(C)水性熱可塑性樹脂」の定義について、「熱可塑性樹脂の水中濃度が40質量%である水乳化分散液の200mLを、200mLのガラス容器(蓋つき)に入れ蓋を閉め、通常の実験台上で20℃で12時間静置しても、分離や沈降が観察されない熱可塑性樹脂を指す」(【0097】)と記載されている。また、甲1発明の「バインダー樹脂」について、甲1(【0025】)には、「バインダー樹脂は、通常、水に分散させてある。」と記載されている。
したがって、甲1発明の「バインダー樹脂」は、本件特許発明1の「(C)水性熱可塑性樹脂」に相当する。
甲1発明の「人工皮革用難燃加工剤」について、甲1には、「人工皮革に対し、耐際付き性、耐熱性に優れるうえ、本来の柔軟な風合いを損ねることなく優れた難燃性能を付与することができる難燃加工剤および、難燃性人工皮革とその製造方法に関するものである。」(【0001】)と記載されているとともに、その具体的な態様として、実施例1、6で、難燃加工材Aを製造するとともに、スエード調人工皮革に、スクリーンコーターにて塗布するコーティング加工を行ったこと(【0050】?【0053】、【0061】)が記載されているから、甲1発明の「難燃加工剤」は、本件特許発明1の「難燃性コーティング剤」に相当する。

そうすると、本件特許発明1と甲1発明の一致点、相違点は、以下のとおりである。

<一致点>
「(A)窒素含有化合物と、(C)水性熱可塑性樹脂とを含む、難燃性コーティング剤であって、窒素含有化合物(A)がメラミンシアヌレートである、難燃性コーティング剤。」

<相違点1>
「難燃性コーティング剤」に含まれている成分について、本件特許発明1は、「(B)リン系化合物であって、リン系化合物(B)が、一般式(2)(化学構造式とその説明の記載を省略)で表される化合物および一般式(3)(化学構造式とその説明の記載を省略)で表される化合物からなる群から選択される少なくとも1種を含み」と特定されているのに対し、甲1発明の「難燃加工剤」は、そのような特定を有さず、「難水溶化処理が施されたポリリン酸アンモニウムを含む」と特定されている点。
<相違点2>
「難燃性コーティング剤」の用途について、本件特許発明1は、「車両シート用」と特定されているのに対し、甲1発明の「難燃加工剤」は、「人工皮革用」と特定されている点。
<相違点3>
「(C)水性熱可塑性樹脂」について、本件特許発明1は、「ポリカーボネート系ポリウレタン樹脂または水性アクリル樹脂である」と特定されているのに対し、甲1発明の「バインダー樹脂」は、そのような特定を有していない点。

イ 相違点1の検討

甲1には、更に難燃助剤として水酸化アルミニウムや、水酸化マグネシウム、金属酸化物などを含有させることもできることや、経日安定性や生産作業性向上のための増粘剤や、流動パラフィン、ポリエチレングリコール等の柔軟剤が添加されていても良いこと(【0037】)が記載されているが、さらに添加し得る難燃剤(難燃助剤を含む)として具体的に例示されているものは、「水酸化アルミニウムや、水酸化マグネシウム、金属酸化物」に限られており、リンを含む化合物(本件特許発明1の一般式(2)あるいは一般式(3)で表される化合物を含む。)については、記載も示唆もない。
加えて、甲1には、難燃剤(難燃助剤を含む)について、難燃化には、従来は臭素系難燃剤が多用されてきたが、近年においては臭素系難燃剤を用いることが規制されていること(【0005】)、そこで、芳香族リン酸エステル等を含む樹脂組成物を、スエード調人工皮革の裏面に付与して難燃化を図る、特許文献1(特許第4065729号公報)等に係る先行技術が提案されているが、この先行技術では、難燃樹脂組成物を多量に付与する必要があり、手触りなどの風合いが必ずしも良好とは言えないことや、リン酸エステルを難燃剤として用いることから、摩擦堅牢度が経日的に低下するおそれもあること(【0006】)、ポリリン酸アンモニウム等のリン酸化合物を含む難燃組成物を立毛人工皮革の片面に付与する、特許文献2(特開2005-2512号公報)等に係る先行技術が提案されているが、この先行技術では、水への溶解度が高い難燃成分を含有することから、耐際付き性の点では不十分となりやすい問題があること(【0007】)などが説明されている。
また、発明が解決しようとする課題は、上記の問題を背景として、耐際付き性、耐熱性に優れるうえ、人工皮革本来の柔軟な風合いを損ねることなく、優れた難燃性能を付与することができる難燃加工剤および、そのような難燃加工剤を付与することによって得られる、人工皮革とその製造方法を提供することであることであり(【0010】)、リン成分として表面が難水溶化されたポリリン酸アンモニウムと、窒素成分として水溶解度が3.0g/L以下のトリアジン系難燃剤と、バインダー樹脂とを含む難燃加工剤を人工皮革に付与することによって、人工皮革本来の柔軟な風合いを損ねることなく優れた難燃性を備え、しかも上述したような高温に曝された場合の樹脂組成物の変色や、際付きの発生を抑えた難燃性人工皮革が得られることを見出したこと(【0011】)、が記載されている。
なお、甲1発明に係る先行技術である特許第4065729号公報(上記特許文献1)の【0016】には「ここで、芳香族リン酸エステル化合物とは、レゾルシンとオキシ塩化燐を反応させて脱塩酸した後、フェノール、ビスフェノール等とエステル交換し、縮合させることにより製造可能な化合物であり、具体的には、トリクレジルホスフェート、トリフェニルホスフェート、トリキシレニルホスフェート、クレジルジフェニルホスフェートなどのモノマータイプの芳香族リン酸エステル化合物、レゾシノールジホスフェートなどの芳香族縮合リン酸エステル化合物などが挙げられるがこれらに限定されものではない。」(下線は、当審による。)と記載されているから、この先行技術に係る「芳香族リン酸エステル化合物」には、明らかに、本件特許発明1の一般式(3)で表される化合物が含まれている。

以上によれば、当業者は、仮に、甲1発明の「人工皮革用難燃加工剤」において、芳香族リン酸エステルやポリリン酸アンモニウム等のリンを含む化合物を含むものとした場合には、これらのリンを含む化合物を含む先行技術の場合と同様に、摩擦堅牢度や耐際付き性などの問題が起こるから、これらのリンを含む化合物を含むものとすべきではない、と理解するものと認められる。
したがって、甲1には、芳香族リン酸エステルやポリリン酸アンモニウム等のリンを含む化合物を含むものとすることを積極的に回避すべき旨の記載があると認められるところ、本件特許発明1の一般式(2)あるいは一般式(3)で表される化合物は、いずれも、リンを含む化合物であるから、仮に、甲2?4に基づいて、本件特許発明1の一般式(2)あるいは一般式(3)で表される化合物が周知であるなどといえたとしても、当業者といえども、甲1発明の「人工皮革用難燃加工剤」において、「難水溶化処理が施されたポリリン酸アンモニウムを含む」を、本件特許発明1の「(B)リン系化合物であって、リン系化合物(B)が、一般式(2)(化学構造式とその説明の記載を省略)で表される化合物および一般式(3)(化学構造式とその説明の記載を省略)で表される化合物からなる群から選択される少なくとも1種を含」むものに変えることを容易になし得たとは認められない。

ウ 小括

以上のとおりであるから、さらに相違点2、3について検討するまでもなく、本件特許発明1は、当業者が甲1?4に記載された発明に基いて容易に発明をすることができたものであるとは認められない。
また、本件特許発明1は、本件特許発明1の「車両シート用難燃性コーティング剤を使用することによって、米国自動車安全基準で定める「FMVSS-302」法あるいは、日本工業規格で定める「JIS D1201」に適合する十分な遅燃性を有し、熱水に対するキワツキの発生が抑制されている、高品位な難燃性車両シート材料を得ることができる」(【0245】)という効果を奏するものである。

(2) 本件特許発明2?7について

本件特許発明2?5は、本件特許発明1を引用し、さらに限定した「車両シート用難燃性コーティング剤」の発明であり、本件特許発明6、7は、それぞれ、本件特許発明1?5のいずれかの「車両シート用難燃性コーティング剤」の発明を、「難燃性車両シート材料の製造方法」の発明で表現したものであると認められる。
また、上記(1)のとおり、本件特許発明1は、当業者が甲1?4に記載された発明に基いて容易に発明をすることができたものであるとは認められないものである。
そうすると、さらに検討するまでもなく、本件特許発明2?7も、本件特許発明1と同様の理由により、当業者が甲1?4に記載された発明に基いて容易に発明をすることができたものであるとは認められない。

第5 むすび
したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?7に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2020-01-14 
出願番号 特願2015-553628(P2015-553628)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C09D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 菅野 芳男  
特許庁審判長 冨士 良宏
特許庁審判官 蔵野 雅昭
牟田 博一
登録日 2019-04-12 
登録番号 特許第6509129号(P6509129)
権利者 日華化学株式会社
発明の名称 車両シート用難燃性コーティング剤および難燃性車両シート材料の製造方法  
代理人 石田 敬  
代理人 古賀 哲次  
代理人 小林 良博  
代理人 吉井 一男  
代理人 青木 篤  

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