• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B32B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B32B
管理番号 1359542
異議申立番号 異議2018-700777  
総通号数 243 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-03-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-09-27 
確定日 2019-12-09 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6302676号発明「多層粘着シート」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6302676号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-4〕について訂正することを認める。 特許第6302676号の請求項1及び4に係る特許を取り消す。 特許第6302676号の請求項2及び3に係る特許についての特許異議申立を却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6302676号の請求項1?4に係る特許についての出願は、平成26年 1月10日(優先権主張平成25年 1月29日)の出願であって、平成30年 3月 9日に特許権の設定登録がされ、平成30年 3月28日に特許掲載公報が発行された。その特許についての本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。

平成30年 9月27日:特許異議申立人杉山弘子(以下「申立人A」という。)による特許異議の申立て
平成30年 9月28日:特許異議申立人山下桂(以下「申立人B」という。)による特許異議の申立て
平成30年11月30日付け:取消理由通知書
平成31年 2月22日:特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
平成31年 4月 2日:申立人Aによる意見書の提出
平成31年 4月 2日:申立人Bによる意見書の提出
令和 元年 5月16日付け:取消理由通知書(決定の予告)
令和 元年 8月 7日:特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
令和 元年 9月20日:申立人Bによる意見書の提出
令和 元年 9月25日:申立人Aによる意見書の提出

なお、平成31年 2月22日の訂正請求書による訂正の請求は、令和 元年 8月 7日の訂正請求書が提出されたことにより、特許法120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなす。

第2 訂正の請求についての判断
1 訂正の内容
令和 元年 8月 7日の訂正請求書による訂正の請求は、「特許第6302676号の特許請求の範囲を、本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?4について訂正することを求める。」ものであり、その訂正(以下「本件訂正」という。)の内容は以下のとおりである。

(訂正事項1)
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に「表面保護層と基材層と粘着剤層とを有する多層粘着シートであって、」とあるのを、「厚み2?50μmの表面保護層と厚み50?600μmの基材層と厚み20?100μmの粘着剤層とを有する多層粘着シートであって、」に訂正し、「前記表面保護層の静摩擦係数が0.05以上、1.50以下であり、」とあるのを「JISK7215に準拠し、滑り片における粘着シート表面との接触面にスキージークロスを貼り付けて測定される前記表面保護層の静摩擦係数が0.05以上、1.50以下であり、」に訂正し、「前記基材層がウレタン系ポリマーを含有し、該ウレタン系ポリマーがアジペート・エステル系熱可塑性ポリウレタン、ポリエーテル系熱可塑性ポリウレタン、ポリカーボネート系熱可塑性ポリウレタン、およびポリカプロラクトン系熱可塑性ポリウレタンからなる群から選ばれる少なくとも1種類であり、」とあるのを「前記基材層がポリウレタンのみからなる重合体を含有し、該重合体のポリウレタンがアジペート・エステル系熱可塑性ポリウレタン、ポリエーテル系熱可塑性ポリウレタン、ポリカーボネート系熱可塑性ポリウレタン、およびポリカプロラクトン系熱可塑性ポリウレタンからなる群から選ばれる少なくとも1種類であり、」に訂正し、「前記表面保護層がウレタン系ポリマーを主成分とし、」とあるのを「前記表面保護層がエステル系のウレタンポリマー、エーテル系のウレタンポリマー、およびエステル/アクリル系のウレタンポリマーからなる群から選ばれる少なくとも1種類のウレタン系ポリマーを主成分とし、」に訂正する。(請求項1を引用する請求項2?4についても同様に訂正する。)
(訂正事項2)
特許請求の範囲の請求項2を削除する。
(訂正事項3)
特許請求の範囲の請求項3を削除する。
(訂正事項4)
特許請求の範囲の請求項4に「請求項1から3のいずれか1項」とあるのを、「請求項1」に訂正する。

ここで、訂正前の請求項1?4は、請求項2?4が、訂正の請求の対象である請求項1の記載を引用する関係にあるから、本件訂正は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項1?4について請求されている。

2 訂正の適否
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的
上記訂正事項1は、請求項1の表面保護層、基材層及び粘着剤層の厚みを、それぞれ「2?50μm」、「50?600μm」及び「20?100μm」であるものに限定し、表面保護槽の静摩擦係数の測定方法が不明瞭であったものを、「JISK7215に準拠し、滑り編における粘着シート表面との積極面にスキージークロスを貼り付けて測定される」ものであることを釈明し、基材層について、「ウレタン系ポリマーを含有」するものから「ポリウレタンのみからなる重合体を含有」するものに限定し、さらに表面保護槽の主成分であるウレタン系ポリマーについて、「エステル系のウレタンポリマー、エーテル系のウレタンポリマー、およびエステル/アクリル系のウレタンポリマーからなる群から選ばれる少なくとも1種類」のものに限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に規定する特許請求の範囲の減縮及び明瞭でない記載の釈明に該当するものである。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないこと
上記訂正事項1は、上記アのとおりであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第6項に適合するものである。
ウ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
上記訂正事項1は、本件特許明細書の【0078】の「本発明の多層粘着シートを構成する表面保護層の厚みは、2?50μmであることが好ましく」の記載、【0079】の「基材層の厚みは、例えば、自動車のボディーを保護するために用いられるチッピング用途の場合には、50?800μm程度であることが好ましく、更に好ましくは100?600μm程度であることが好ましい。・・・また、自動二輪用途の場合には、好ましくは50?800μm程度、更に好ましくは100?600μm程度である。」(「・・・」は省略を意味する。以下同じ。)の記載、【0089】の「粘着剤層の厚みについては、・・・通常は20μm以上であることが好ましく、・・・。但し、上限値は通常100μm程度であることが好ましい。」の記載、【0099】の「多層粘着シートを、幅80mm×長さ100mmのサイズに切断し、この多層粘着シートを標準試験板(JISG3141:日本テストパネル株式会社製)の上に貼着し、この粘着シートの上に滑り片を載せ、JISK7125に準じて最表面層(ex.表面保護層)の静摩擦係数を測定した。なお、滑り片の接触面積は63mm×63mm、滑り片の全質量を200g(1.96N)とし、滑り片の粘着シート表面との接触面にはスキージークロスを貼り付け、滑り速度100mm/minの条件で滑り片を引っ張って測定を行った。静摩擦係数は、JISK7125に準ずる下記算出式を用いて求めた。」の記載、【0022】の「基材層としては、・・・、例えば、少なくともウレタン系ポリマーを含むことが好ましく、ウレタン系ポリマーからなるフィルムまたは・・・であることが好ましい。」の記載、【0025】の「本発明に好ましく用いられるウレタン系ポリマーとしては、例えばアジペート・エステル系熱可塑性ポリウレタン、ポリエーテル系熱可塑性ポリウレタン、ポリカーボネート系熱可塑性ポリウレタン、ポリカプロラクトン系熱可塑性ポリウレタン等が挙げられる。例えば、アジペート・エステル系熱可塑性ポリウレタンとして、日本マタイ株式会社製の製品を商業的に入手することができる。」の記載、【0107】の実施例1において、「基材層として、厚み140μmのアジペート・エステル系熱可塑性ポリウレタンフィルム(日本マタイ株式会社製、硬度86A)を使用した。」との記載、【0017】の「この表面保護層は、ウレタン系ポリマーを主成分とすることが好ましい。また、このウレタン系ポリマーは、水系ウレタンポリマーまたは溶剤系ウレタンポリマーであることが好ましい。」の記載、【0018】の「本発明に好ましく用いられる水系ウレタンポリマーとしては、例えば、カーボネート系のポリマー、ポリカーボネート系のポリマー、エステル系のポリマー、エーテル系のポリマー、エステル/アクリル系のポリマー等が挙げられる。」の記載、【0019】の「例えば、カーボネート系の水系ウレタンポリマーとしては、第一工業製薬株式会社製の商品名「F-8082D」(100%モジュラス 24N/mm^(2))、商品名「スーパーフレックス420」(100モジュラス 17N/mm^(2))、・・・などが商業的に入手可能なものとして挙げられ、エステル/アクリル系の水系ウレタンポリマーとしては、株式会社ADEKA製の商品名「HUX 401」(100%モジュラス 19N/mm^(2))などが商業的に入手可能なものとして挙げられる。本発明においては、これらの市販品の中から、表面保護層の静摩擦係数が本発明の範囲内のものを適宜選択して使用することができる。」の記載に基づくものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第5項に適合するものである。

ここで、申立人Bは、令和 元年 9月20日の意見書において、「ポリウレタンのみからなる重合体」は、本件特許明細書に記載がなく、自明な事項でもないから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものでない旨主張する。
しかし、本件訂正前の請求項1には、「前記基材層がウレタン系ポリマーを含有し」と記載されており、ポリウレタンのみからなる重合体を含むことは明らかであり、【0107】の実施例1には、基材層としてポリウレタンのみからなる重合体である「アジペート・エステル系熱可塑性ポリウレタンフィルム」を用いることが記載されているから、「ポリウレタンのみからなる重合体」は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内である。
また、申立人Bは、令和 元年 9月20日の意見書及び平成31年 4月 2日の意見書において、多層粘着シートの各層の厚みを限定する訂正は、課題解決手段を追加するものであり、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第6項の要件を満たさない旨主張する。
しかし、訂正前の特許請求の範囲の請求項1には、多層粘着シートが各層、すなわち、表面保護層と基材層と粘着剤層を有することは特定されており、各層が特定の厚さを有することは技術常識であるから、訂正事項1中の各層の厚さに関する訂正は、単に厚さの範囲を特定の範囲に限定するものであるから、実質上特許請求の範囲を変更するものとはいえない。
さらに、申立人Bは、平成31年 4月 2日の意見書において、本件特許明細書の【0017】、【0018】には、水系ウレタンポリマーとして、エステル系のポリマー、エーテル系のポリマー、およびエステル/アクリル系のポリマーが記載されているが、溶剤系のエステル系のポリマー、エーテル系のポリマー、およびエステル/アクリル系のポリマーのものまでは、記載されていない旨主張する。
しかし、【0017】には、水系ウレタンポリマーまたは溶剤系ウレタンポリマーであることが好ましいことが記載されており、【0019】には、市販品が多々例示されるとともに、「本発明においては、これらの市販品の中から、表面保護層の静摩擦係数が本発明の範囲内のものを適宜選択して使用することができる。」と記載されているから、当業者であれば、表面保護層のウレタン系ポリマーは、水系ウレタンポリマーまたは溶剤系ウレタンポリマーとして、周知のものの中から、所定の静摩擦係数のものを選択できると理解する。そして、溶剤系においても、エステル系のポリマー、エーテル系のポリマー、およびエステル/アクリル系のポリマーは周知であるから、【0017】?【0019】の記載を総合すると、溶剤系のエステル系のポリマー、エーテル系のポリマー、およびエステル/アクリル系のポリマーを用いることは、実質的に記載されているに等しいといえる。
したがって、上記主張は採用できない。

(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的
上記訂正事項2は、請求項2を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないこと
上記訂正事項2は、上記アのとおりであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第6項に適合するものである。
ウ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
上記訂正事項2は、上記アのとおりであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第5項に適合するものである。

(3)訂正事項3について
ア 訂正の目的
上記訂正事項3は、請求項3を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないこと
上記訂正事項3は、上記アのとおりであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第6項に適合するものである。
ウ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
上記訂正事項3は、上記アのとおりであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第5項に適合するものである。

(4)訂正事項4について
ア 訂正の目的
上記訂正事項4は、訂正事項2及び3により、請求項2及び3が削除されたことに伴い、請求項4において、引用する請求項を「請求項1から3のいずれか1項」から「請求項1」のみに減らすものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないこと
上記訂正事項4は、上記アのとおりであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第6項に適合するものである。
ウ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
上記訂正事項4は、上記アのとおりであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第5項に適合するものである。

(5)小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、並びに同条第9項において準用する同法第126条第5項、第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?4〕について訂正することを認める。


第3 本件特許発明
上記のとおり本件訂正は認められるから、本件特許の請求項1?4に係る発明(以下「本件発明1?4」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。

「【請求項1】
少なくとも、厚み2?50μmの表面保護層と厚み50?600μmの基材層と厚み20?100μmの粘着剤層とを有する多層粘着シートであって、該粘着剤層は該基材層の一方の面に設けられており、該表面保護層は該基材層の他方の面に設けられており、JISK7215に準拠し、滑り片における粘着シート表面との接触面にスキージークロスを貼り付けて測定される前記表面保護層の静摩擦係数が0.05以上、1.50以下であり、かつ、前記多層粘着シートの0%を越えて10%伸張状態における最大応力値が0.5MPa以上、4.0MPa以下の範囲内であり、前記基材層がポリウレタンのみからなる重合体を含有し、該重合体のポリウレタンがアジペート・エステル系熱可塑性ポリウレタン、ポリエーテル系熱可塑性ポリウレタン、ポリカーボネート系熱可塑性ポリウレタン、およびポリカプロラクトン系熱可塑性ポリウレタンからなる群から選ばれる少なくとも1種類であり、前記表面保護層がエステル系のウレタンポリマー、エーテル系のウレタンポリマー、およびエステル/アクリル系のウレタンポリマーからなる群から選ばれる少なくとも1種類のウレタン系ポリマーを主成分とし、該表面保護層を形成するウレタン系ポリマーが水系ウレタンポリマーまたは溶剤系ウレタンポリマーであることを特徴とする多層粘着シート。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
前記多層粘着シートが、被着体の表面を保護するための保護シートとして使用されることを特徴とする請求項1に記載の多層粘着シート。」

第4 当審の判断
1 取消理由(決定の予告)の概要
本件特許に対して通知した令和 元年 5月16日付け取消理由通知(決定の予告)は、以下理由を含むものである。

(1)(実施可能要件)本件特許は、明細書の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
(2)(サポート要件)本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
(3)(進歩性)下記の請求項に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、下記の請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。


(1)実施可能要件について
本件特許の特許請求の範囲の請求項1の「表面保護層の静摩擦係数が0.05以上、1.50以下」の記載は、当業者が、その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものということはできない。

(2)サポート要件について
本件特許明細書からは、比較例を参照しても、実施例1?4で確認された数値範囲外の本件発明1?4の多層粘着シートが、曲面追従性及び表面滑り性の評価が実施例1?4と同程度であるとは理解できないから、本件特許明細書の記載からは、上記実施例で確認された当該数値範囲外の本件発明1?4の多層粘着シートが、本件発明の課題が解決できるとは理解できない。
したがって、本件発明1?4は、本件特許明細書に記載されたものでない。

(3)進歩性について
<刊行物>
甲第1号証:特開2009-299035号公報
甲第2号証:特開2005-272558号公報
甲第3号証:特許第2896145号公報
甲第4号証:特開2005-146209号公報
甲第5号証:特開平5-156206号公報
甲第6号証:特開平7-138526号公報
甲第7号証:旭化成アミダス株式会社「プラスチックス」編集部,「プラスチック・データブック」,株式会社工業調査会,1999年12月1日,p.878?881
甲第8号証:特開平5-262846号公報
甲第9号証:特開2002-322359号公報
甲第10号証:特開平9-31413号公報
甲第11号証:国際公開第2011/146188号(翻訳文として特表2013-533131号公報)
甲第12号証:PO HUNG CHEN 他6名,”Synthesis and Properties of Transparent Thermoplastic Segmented Polyurethanes”,Advances in Polymer Technology,2007年5月30日,Vol.26,No.1,p.33?40及び抄訳
甲第13号証:特開2011-116808号公報
甲第14号証:特開2011-116809号公報
甲第15号証:沖山聰明編著,「第二版 プラスチックフィルム 加工と応用」,技報堂出版株式会社,1995年4月5日、p.180?181
甲第16号証:原義則,”塗膜の物性評価(1)”,塗膜の研究,2009年11月,No.151,p.23?33
甲第17号証:田中丈之,「コーティング膜の物性と評価法」,株式会社理工出版社,昭和61年11月30日,p.122?125
甲第18号証:坪田実,”塗料基礎講座(第IX講) 塗膜の機械的性質”,色材協会誌,1989年,62巻,3号,p.164?175

平成31年 4月 2日の申立人Bによる意見書に添付されて提出された証拠として
甲第19号証:三代澤良明監修,”水性コーティング材料の設計と応用”,株式会社 シーエムシー出版,2010年2月24日,p.47?69
甲第20号証:平河喜美男編集,”JIS K 7125 プラスチック-フィルム及びシート-摩擦係数試験方法”,財団法人 日本規格協会,平成11年10月31日,p.1?9
甲第21号証:大木道則 他3名編集,”化学大事典”,株式会社 東京化学同人,2001年6月1日,p.1380

(3-1)本件発明1?4は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2?18号証記載の事項に基いて、当業者が容易に想到し得たものである。
(3-2)本件発明1?4は、甲第2号証に記載された発明及び甲第1、3?18号証記載の事項に基いて、当業者が容易に想到し得たものである。

2 上記取消理由についての判断
(1)実施可能要件について
本件発明1には、「JISK7215に準拠し、滑り片における粘着シート表面との接触面にスキージークロスを貼り付けて測定される前記表面保護層の静摩擦係数が0.05以上、1.50以下」との記載がある。
そして、JISK7215(甲第19号証)の規格書には、「8.1 フィルム対フィルムの測定」及び「8.2 金属又は他の材料と接触させる場合のフィルムの測定」が記載されており、当該規格として、試験片であるフィルムと相手材料との間の静摩擦係数を測定する方法が規定されている。
一方、本件特許明細書の【0099】には、上記本件発明1の静摩擦係数の測定方法について、「多層粘着シートを、幅80mm×長さ100mmのサイズに切断し、この多層粘着シートを標準試験板(JISG3141:日本テストパネル株式会社製)の上に貼着し、この粘着シートの上に滑り片を載せ、JISK7125に準じて最表面層(ex.表面保護層)の静摩擦係数を測定した。なお、滑り片の接触面積は63mm×63mm、滑り片の全質量を200g(1.96N)とし、滑り片の粘着シート表面との接触面にはスキージークロスを貼り付け、滑り速度100mm/minの条件で滑り片を引っ張って測定を行った。静摩擦係数は、JISK7125に準ずる下記算出式を用いて求めた。」と記載されており、本件発明1の静摩擦係数は、滑り片に貼り付けたスキージークロスと多層粘着シートの表面保護層とを接触させ、滑り片を引っ張って測定するものと理解される。
そうすると、上記の測定方法によれば、多層粘着シートの表面保護層の相手材料であるスキージークロスの表面の粗さや硬さ等が変わると、その測定結果である静摩擦係数もそれに応じて変わることが技術常識であるところ、本件特許明細書には、本件発明1の静摩擦係数の測定について、具体的にスキージークロスがどのようなものであるのかについて記載がなく、また、スキージークロスが、特定の表面粗さや硬さ等を備えたものとして、当業者に広く知られているものとも認められない。したがって、本件発明1の「前記表面保護層の静摩擦係数が0.05以上、1.50以下」であることについて、スキージークロスがどのようなものか具体的に明らかにされていない以上、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。
また、本件発明4についても同様である。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

ここで、特許権者は、令和 元年 8月 7日の意見書において、実験成績証明書(乙第1号証)を提示して、摩擦係数の数値は相手材料であるスキージークロスの種類によって大きく変動しないから、本件発明1の静摩擦係数に係る記載は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されている旨主張する。
しかし、特許権者は、「スキージークロス」がどのようなものであるのかについての十分な説明もなく、当該実験成績証明書で示されているのは、本件発明1の「スキージクロス」に対応するものとして、「スキージ専用保護パット『ピタッとくん』」3種と「スーパースキージパッド」4種(以下7種を合わせて「実験試料」という。)を使用したもののみであって、「クロス」でなく、「パット」又は「パッド」と表記されているものであることからも、これらの実験試料が本件特許明細書の「スキージークロス」に相当するとは、直ちには理解できない。
また、上述のとおり、上記測定方法によれば、摩擦係数は、相手材料の表面の粗さや硬さ等が変わると、それに応じて変わることが技術常識であるところ、当該実験試料以外の「スキージークロス」に該当するあらゆる材料を用いた場合でも当該実験試料と同等の測定結果となることについて、特許権者は証拠に基づいて説明を行っていないから、静摩擦係数の数値が、相手材料であるスキージークロスの種類によっては大きく変動しないという特許権者の主張には、首肯できない。
さらに、当該実験成績書の測定結果を見ても、静摩擦係数は0.37?0.44の範囲に分散している。特許権者は、この数値範囲は誤差の範囲である旨主張するが、当該実験成績証明書には図1の結果が示されているのみで、No 1?No7の表面粗さや硬さ等の特性値や、それぞれのサンプルについて何回測定を行い、その測定値をどのように処理して実験結果としたものか等が示されておらず、上記数値範囲の分散が誤差の範囲であるとする根拠はない。そうすると、上記数値範囲の分散は、上記技術常識に従えば、「スキージークロス」として用いた実験試料の材料が異なることによるものであると理解することも十分可能である。よって、特許権者の主張は当を得たものとはいえず、本件発明1の静摩擦係数は、本件特許明細書に当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

(2)サポート要件について
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断される。

ア 本件発明の課題について
本件特許明細書の【0005】に、本件発明の課題は、「表面滑り性および曲面追従性を有しており、貼付作業性に優れた多層粘着シートを提供すること」であると記載されている。

イ 本件発明の課題が解決できるとは
本件特許明細書の【0103】には、「貼付作業性の合計点数から、下記評価基準に基づいて貼付作業性の評価を行った。なお、ここでいう貼付作業性の合計点数とは、曲面追従性の点数+表面滑り性の点数を意味する。

評価基準:
「優」 貼付作業性の合計点数が5点以上
「良」 貼付作業性の合計点数が4.5点より大きく、5点未満
「劣」 貼付作業性の合計点数が4.5点以下」
と記載されており、「曲面追従性」と「表面滑り性」については、【0102】に「「表面滑り性」および「曲面追従性」のそれぞれについて、点数(1?4点)で評価し、両者の合計点数を求めた。但し、試験に参加した貼付作業者は3名である。また、「表面滑り性」および「曲面追従性」の点数付けの基準は、非常に良いレベルを4点、問題ないレベルを3点、少し改善が必要なレベルを2点、改善が必要なレベルを1点とし、作業者3名の平均値で示した。」と記載されている。
そして、上記記載と【0120】の【表1】及び【0122】の【表2】と併せてみると、本件発明の課題は、貼付作業性評価が「優」又は「良」であることで解決されたものと理解できる。

ウ 本件発明の数値範囲について
本件特許明細書には、実施例1?4が記載されており、当該実施例は本件発明の課題を解決できるものであることが記載されている。しかし、当該実施例から本件発明の課題を解決すると理解できるのは、厚み10μmの表面保護層と厚み140μmの基材層と厚み50μmの粘着剤層とを有する厚み200μmの多層粘着シートであって、表面保護層の静摩擦係数の値が0.63?1.35の範囲であり、多層粘着シートの伸長時最大応力値が1.83?3.76の範囲の多層粘着シートについてのみであり、表面滑り性は、表面保護層の静摩擦係数が大きくなると悪くなり、曲面追従性は、多層粘着シートの伸長時最大応力値が大きくなると悪くなること、及び多層粘着シートの各層の厚さが静摩擦係数及び曲面追従性に影響することが技術常識であることを踏まえると、実施例1?4で確認された数値範囲外のものを含む本件発明1及び4の範囲についてまで、本件発明の課題が解決できるとすることはできない。
特に、表面滑り性は、表面保護層の静摩擦係数が大きくなると悪くなり、曲面追従性は、多層粘着シートの伸長時最大応力値が大きくなると悪くなることが技術常識であるところ、【表1】及び【表2】には、表面保護層の静摩擦係数が1.35の場合、表面滑り性が1.8点(実施例3)の「改善が必要なレベル」であり、多層粘着シートの伸長時最大応力値が3.76MPaの場合、曲面追従性が1.6点(実施例4)の「改善が必要なレベル」であることが記載されている。そうすると、本件発明1及び4に含まれる表面保護層の静摩擦係数の値が1.50であり、多層粘着シートの伸長時最大応力値が4.0MPaである多層粘着シートは、貼付作業性の合計点数(曲面追従性の点数+表面滑り性の点数)が4.5点より大きくなるとは理解できず、貼付作業性評価が「優」又は「良」とはならないものであるから、本件発明1及び4は、当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲でないものを含んでいることは、明らかである。

したがって、本件発明1及び4は、サポート要件に適合しているとはいえず、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものでない。

エ 小括
上記のとおり、本件発明1及び4は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものでないから、その請求項の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

第5 むすび
以上のとおり、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、当業者が本件発明1及び4の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないから、その特許は、特許法第36条第4項第1号に規定に違反してされたものである。
また、本件発明1及び4は、発明の詳細な説明に記載されたものでないから、その特許は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してされたものである。
したがって、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
そして、請求項2及び3に係る特許は、上記のとおり、本件訂正により削除された。これによって、申立人A及びBによる請求項2及び3に係る特許についての特許異議の申立ては、申立ての対象が存在しないものとなり、その補正をすることができないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法135条の規定により却下すべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、厚み2?50μmの表面保護層と厚み50?600μmの基材層と厚み20?100μmの粘着剤層とを有する多層粘着シートであって、該粘着剤層は該基材層の一方の面に設けられており、該表面保護層は該基材層の他方の面に設けられており、JISK7125に準拠し、滑り片における粘着シート表面との接触面にスキージークロスを貼り付けて測定される前記表面保護層の静摩擦係数が0.05以上、1.50以下であり、かつ、前記多層粘着シートの0%を越えて10%伸張状態における最大応力値が0.5MPa以上、4.0MPa以下の範囲内であり、前記基材層がポリウレタンのみからなる重合体を含有し、該重合体のポリウレタンがアジペート・エステル系熱可塑性ポリウレタン、ポリエーテル系熱可塑性ポリウレタン、ポリカーボネート系熱可塑性ポリウレタン、およびポリカプロラクトン系熱可塑性ポリウレタンからなる群から選ばれる少なくとも1種類であり、前記表面保護層がエステル系のウレタンポリマー、エーテル系のウレタンポリマー、およびエステル/アクリル系のウレタンポリマーからなる群から選ばれる少なくとも1種類のウレタン系ポリマーを主成分とし、該表面保護層を形成するウレタン系ポリマーが水系ウレタンポリマーまたは溶剤系ウレタンポリマーであることを特徴とする多層粘着シート。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
前記多層粘着シートが、被着体の表面を保護するための保護シートとして使用されることを特徴とする請求項1に記載の多層粘着シート。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-10-29 
出願番号 特願2014-3313(P2014-3313)
審決分類 P 1 651・ 536- ZAA (B32B)
P 1 651・ 537- ZAA (B32B)
最終処分 取消  
前審関与審査官 岩田 行剛  
特許庁審判長 千壽 哲郎
特許庁審判官 佐々木 正章
渡邊 豊英
登録日 2018-03-09 
登録番号 特許第6302676号(P6302676)
権利者 日東電工株式会社
発明の名称 多層粘着シート  
代理人 杉山 一夫  
代理人 大島 由美子  
代理人 大島 由美子  
代理人 岩田 克子  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ