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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B21B
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B21B
管理番号 1359573
異議申立番号 異議2018-700750  
総通号数 243 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-03-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-09-14 
確定日 2020-01-10 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6292362号発明「熱間圧延用ロール外層材および熱間圧延用複合ロール」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6292362号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-2〕について訂正することを認める。 特許第6292362号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
特許第6292362号の請求項1及び2に係る特許についての出願は、平成29年6月28日(優先権主張 平成28年9月7日)に出願され、平成30年2月23日にその特許権の設定登録がされ、同年3月14日に特許掲載公報が発行された。そして、本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
平成30年 9月14日 :特許異議申立人内山信一(以下「特許異議申立人」という)による請求項1及び2に係る特許に対する特許異議の申立て
同 年11月13日付け:取消理由通知書
平成31年 1月15日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
同 年 2月25日 :特許異議申立人による意見書の提出
同 年 3月27日付け:訂正拒絶理由通知書
同 年 4月19日 :特許権者による意見書の提出
令和 1年 6月24日付け:取消理由通知書(決定の予告)
同 年 7月29日 :特許権者との面接
同 年 8月26日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
同 年10月17日 :特許異議申立人による意見書の提出
なお、平成31年1月15日にされた訂正の請求は、特許法第120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなす。

2.訂正の適否
(1)訂正の内容
令和1年8月26日の訂正請求(以下「本件訂正請求」という)による訂正事項は、以下のとおりである(下線部は訂正箇所を示す)。
ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「測定面上で、長径が5μm以上の焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径は0.5?3.0μmである」とあるのを、「測定面上で、長径が5μm以上の焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径は平均値で0.5?3.0μmである」と訂正する。
特許請求の範囲に係る訂正事項1は、一群の請求項〔1-2〕に対して請求されたものである。
イ 訂正事項2
明細書の段落【0013】に「隣接する測定点との方位差が15°以上の箇所に境界線を引き、図2に示すように、境界線で囲まれた領域を一つの結晶として、測定面上で、長径が5μm以上の20個の結晶の短径を測定し、その平均値を算出した。」とあるのを、「隣接する測定点との方位差が15°以上の箇所に境界線を引き、図2に示すように、境界線で囲まれた領域を一つの結晶として、測定面上で、長径が5μm以上の20個の結晶の短径を測定し、その平均値を算出した。以下、この短径の平均値を「μm」で表記する。」と訂正する。
明細書に係る訂正事項2は、一群の請求項〔1-2〕について請求されたものである。

(2)訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
ア 訂正事項1
上記訂正事項1は、請求項1における測定面上での焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径について、特定がなかったものを具体的に特定するものであるため、「明瞭でない記載の釈明」及び「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
また、訂正後の「測定面上で、長径が5μm以上の焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径は平均値で0.5?3.0μmである」という事項は、本件出願の国際出願当初の明細書の段落【0013】に、「また、焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径(短軸長さ)を測定するため、得られたリング状ロール材の外表面から10mm内部の任意の位置において、測定試験片(5mm×10mm×5mm)を採取して、5mm×10mmの面を鏡面研磨し、EBSD測定を実施した。加速電圧15kV、ステップサイズ0.1μmで、10000μm^(2)以上の領域の電子線後方散乱回折法(EBSD)により、測定を行った。隣接する測定点との方位差が15°以上の箇所に境界線を引き、図2に示すように、境界線で囲まれた領域を一つの結晶として、測定面上で、長径が5μm以上の20個の結晶の短径を測定し、その平均値を算出した。」と記載されていることからみて、新規事項の追加に該当しない(下線部は当審で付したもの)。
さらに、訂正を行ったことにより、焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径が「平均値」のものに限定されたため、特許請求の範囲を拡張又は変更するものにも該当しない。
イ 訂正事項2
上記訂正事項2は、訂正前の段落【0013】に「隣接する測定点との方位差が15°以上の箇所に境界線を引き、図2に示すように、境界線で囲まれた領域を一つの結晶として、測定面上で、長径が5μm以上の20個の結晶の短径を測定し、その平均値を算出した。」と記載されているところ、当該段落【0013】以降の段落に出てくる「焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径」について、平均値で算出して「μm」単位で表記し、請求項1の記載と整合させたことを明確にしたものであるから、「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものであり、新規事項の追加や特許請求の範囲を拡張又は変更するものには該当しない。

(3)小括
以上のとおり、上記訂正事項1及び2に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1及び3号に規定する特許請求の範囲の減縮及び明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当し、また、同法同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合している。
したがって、明細書、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-2〕について訂正することを認める。

3.取消理由の概要
本件特許について、当審が特許権者に通知した令和1年6月24日付け取消理由の要旨は、次のとおりである。
理由1(実施可能要件) 本件特許は、明細書の記載に不備があるため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
理由2(サポート要件) 本件特許は、特許請求の範囲の記載に不備があるため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
理由3(明確性) 本件特許は、特許請求の範囲の記載に不備があるため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

4.当審の判断
(1)請求項1及び2に係る発明
本件請求項1及び2に係る発明は、本件訂正請求により訂正された特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
質量%で、C:2.0?3.0%、
Si:0.2?1.0%、
Mn:0.2?1.0%、
Cr:4.0?7.0%、
Mo:3.0?6.5%、
V:5.0?7.5%、
Nb:0.5?3.0%、
Ni:0.05?3.0%、
Co:0.2?5.0%、
W:0.5?5.0%
を含有し、かつC、Cr、Mo、V、Nb、Ni、Wの含有量が下記(1)式を満足し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、基地組織の85%以上が焼戻しマルテンサイトおよび/またはベイナイト組織であり、測定面上で、長径が5μm以上の焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径は平均値で0.5?3.0μmであることを特徴とする熱間圧延用ロール外層材。
0.05≦(%C-%V×0.177-%Nb×0.129-%Cr×0.099-%Mo×0.063-%W×0.033)+(%Ni)≦4.0 (1)
ここで、%C、%V、%Nb、%Cr、%Mo、%W、%Niは、各元素の含有量(質量%)である。
【請求項2】
外層と内層が溶着一体化してなる熱間圧延用複合ロールであって、前記外層が請求項1に記載の熱間圧延用ロール外層材からなることを特徴とする熱間圧延用複合ロール。」(以下「本件発明1」及び「本件発明2」という)

(2)理由1(実施可能要件)について
ア 本件特許明細書の発明の詳細な説明における段落【0008】の「基地組織サイズを制御することにより、より熱間圧延時の耐疲労性が著しく向上する」との記載から、本件特許は、基地組織サイズが重要な因子であることは明らかである。そして、請求項1には、「測定面上で、長径が5μm以上の焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径は平均値で0.5?3.0μmである」と規定されている。
一方、焼戻しマルテンサイト又はベイナイトの短径を、請求項1で規定する数値範囲内に調整する方法として、本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0035】には、「この短径を得るためには、基地の変態温度が200?400℃の範囲となるように、成分および冷却速度を制御すればよい。」と記載されており、段落【0009】及び【0042】には、熱間圧延用複合ロールの外層材の具体的製造方法が、以下のように示されている。
○高周波誘導炉で溶解した溶湯から、遠心鋳造法によりリング状ロール材(外径:250mmφ、幅:65mm、肉厚:55mm)を、鋳込み温度:1450℃?1530℃、遠心力:リング状ロール材の外周部が重力倍数で180Gの条件で鋳造する。
○当該鋳造後、加熱温度:1070℃に加熱し、空冷する焼入れ処理、及び、温度:530?570℃、残留オーステナイト量が体積%で10%未満になるように成分によって2または3回実施する焼戻処理を施し、硬さをHS78?86とする。
また、特許権者が令和1年8月26日に提出した意見書によれば、上記の焼入れ及び焼戻処理時の冷却は通常の「空冷」により極端な冷却とならないように制御すればよく、本件特許明細書の段落【0035】に記載された「基地の変態温度が200?400℃の範囲」にするためには、請求項1に記載されたように成分(C、Cr、Mo、V、Nb、Ni、Wの含有量)を制御することが重要になり、冷却速度が大きく問題となるものではない。
そうすると、本件特許明細書を見た当業者であれば、請求項1に記載された各元素の含有量を(1)式を満足するように調整し、段落【0009】又は【0042】に記載されたような焼入れ処理及び焼戻処理を適宜行うことで、本件発明1及び2の熱間圧延用ロール外層材を製造することは、格別困難性を伴うものではない。
したがって、本件特許明細書に冷却速度の具体的な数値が記載されていないとしても、本件発明1及び2の熱間圧延用ロール外層材を得るための方法は明確であり、本件特許明細書は、本件発明1及び2について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものである。

イ なお、特許異議申立人は、令和1年10月17日に提出した意見書において、本件発明1で焼入れ処理及び焼戻処理の冷却速度が大きな問題とならないのであれば、本件発明1は各成分の量を規定しただけの発明であるとして、当該意見書に添付した特開平6-179947号公報に記載された発明と同一又は容易に想到可能であると主張する。
そこで、特許異議申立人が、本件発明1及び2の構成要件がすべて記載されているとする、上記公報の表4のNo.G材について成分を検討すると、該G材にはCuが0.4%含有されており、上記公報の段落【0022】の記載からみて、該G材には、基地組織を強化し、高温硬さを向上するためにCuが添加されていると認められる。そうすると、当該G材におけるCuは不可避不純物とはいえず、本件発明1とは成分構成が異なるものである。また、当該G材において、その成分からCuを除くことは、基地組織の強化や高温硬さの向上を阻害することになるから、当業者にとって容易であるともいえない。
よって、本件発明1及び2は、上記公報に記載された発明と同一ではなく、上記公報に記載された発明から容易に想到できるものでもないから、上記特許異議申立人の主張を採用することはできない。

ウ 次に、請求項1で規定する「短径」の測定方法について検討する。
本件特許明細書において、測定面上での焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの長径又は短径の測定方法について明確に記載した箇所はない。また、鉄鋼材料の結晶サイズの測定について規定する規格が存在することも認めることができない。しかし、鉄鋼材料の結晶サイズに類似した「ファインセラミックスのグレインサイズ」の測定方法を規定する規格が、以下に示すように存在するから、金属の結晶についても当該規格に基づく測定方法が技術常識であると認められる。そして、ファインセラミックスのグレインサイズの測定方法としては、特許権者が提出した乙第1号証である日本工業規格(JIS R 1670:2006)に、以下のとおり規定されている。

「3.定義 この規格で用いる主な用語の定義は, JISR 1600 によるほか,次による。
a)セラミックグレイン 多結晶セラミックス微構造の個々の結晶。
b)グレインサイズ 顕微鏡又は走査電子顕微鏡(以下,SEMという。)によって観察切断面に現出したグレインの大きさ。
・・・
d)長径 現出したグレインの最も長い方向における長さ(図1参照)。
e)短径 上記d)の長径に垂直方向で最も長い部分の長さ(図1参照)。

・・・
6.試験方法
6.1 顕微鏡断面写真又はSEM断面写真の撮影 試験試料の焼結体断面部分を,光学顕微鏡又はSEMを用いて撮影する。
6.2 円相当径及び長径・短径・アスペクト比の測定 撮影した顕微鏡断面写真又はSEM断面写真を用いて,以下のa)及びb)の手順によりグレインサイズを測定する。
なお,断面写真からはみ出した部分のあるグレインは測定対象外とし,測定個数は100個以上とする。
a) 円相当径 現出したグレイン断面と等しい面積をもつ円の直径を測定する。
b) 長径・短径・アスペクト比 現出したグレインの長径及び短径の長さを定規で測定する。これらの値からアスペクト比を求める。いずれの場合も写真のスケール長さを測定し,換算してグレインサイズを求める。

7.試験の結果
7.1 平均円相当径,平均長径及び平均短径 円相当径,長径及び短径の試験で得られた値を平均し,JIS Z 8401によって有効数字2けたに丸める。」
(特許権者が提出した乙第1号証1ページ下から9行?3ページ3行)

上記の記載からみて、結晶粒の長径は現出したグレインの最も長い方向における長さであり、結晶粒の短径は長径に垂直方向で最も長い部分の長さであることが明確に定義されているから、当業者であれば、当該定義を用いて本件発明1の焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの長径又は短径の測定を行うことに困難性はないものといえる。
そうすると、鉄鋼材料の断面部分を、光学顕微鏡又はSEMを用いて撮影し、撮影した顕微鏡断面写真又はSEM断面写真から現出した結晶粒について、その長径及び短径の長さを定規で測定し、写真のスケール長さから換算して当該結晶粒の長径及び短径のサイズを求めることは、当業者であれば困難なく実施可能な事項と認められる。
たとえば、本件図面の図2において、中央左の結晶では結晶の中央部分が長径に垂直方向で一番長い部分で、中央右の結晶では結晶の中央部分よりもかなり右側に寄った箇所が長径に垂直方向で一番長い部分であるとすれば、測定位置についても理解することができる。また、結晶の外形部分に凹凸やくびれや段差があるとしても、最大値を選択することに困難性はない。
よって、本件特許明細書には、本件発明1の「短径」の測定方法についても、結晶に関する技術常識等を考慮することで、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているものと認められる。

エ また、請求項1で規定する短径は平均値で算出するが、その平均値の求め方についても検討する。
例えば、本件特許明細書の段落【0013】には、「測定面上で、長径が5μm以上の20個の結晶の短径を測定し」と記載されている。そして、段落【0013】では、10000μm^(2)以上の領域で測定を行ったことが記載されている。本件の実施形態に係る熱間圧延用ロール外層材を示した図2は、付された縮尺から30μm×30μm=900μm^(2)の領域を示しており、測定領域の10000μm^(2)よりも小さい領域であるため、測定面上には長径5μm以上の結晶が多数存在すると推定される。
しかし、本件発明1の熱間圧延用ロール外層材は、本件特許明細書の段落【0017】にも記載されたように、「クラックの伝播速度が著しく低減した」ものであるので、基地組織サイズの均一性が高いものと認められる。そうすると、例えば、図2に示される測定面上に存在する長径5μm以上の結晶を任意に選択し、その短径を測定し、それを複数回繰り返すことで、20個の短径の平均値を算出すれば、選択の仕方により20個の平均値が大きく異なるようなことはないといえる。
よって、本件特許明細書には、本件発明1の「短径の平均値」の算出方法についても、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているものと認められる。

オ したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1及び2を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものということができる。
よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしている。

(3)理由2(サポート要件)について
ア 請求項1では、「長径が5μm以上の焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径は平均値で0.5?3.0μmである」と規定されている。そして、本件特許明細書の段落【0008】-【0041】及び図2-図4を見ると、熱間圧延用ロール外層材について、長径が5μm以上の焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトについて、その短径が平均値で0.5?3.0μmとしたものは、クラックの伝播速度が著しく低減する効果があることが示されている。
一方、本件特許明細書の段落【0042】-【0051】においては、長径が10μm以上の焼戻しマルテンサイト又はベイナイトについて、その短径が平均値で0.5?3.0μmとしたものが、【実施例】として記載されている。しかし、当該【実施例】の記載の他にも、上記段落【0009】-【0015】及び図3-図4には、「測定面上で、長径が5μm以上の焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径を測定し、その平均値を算出した」点(段落【0013】)、本件発明1で規定する式(1)を満たすことで熱延疲労状況が向上する点(段落【0015】、図3)、熱延疲労寿命を向上させる基地組織の焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの結晶サイズの範囲について(段落【0015】、図4)が記載されているから、本件発明1の長径が5μm以上の焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの結晶については、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものではない。

イ 本件訂正請求により、本件発明1の「測定面上で、長径が5μm以上の焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径」については、「平均値で0.5?3.0μmである」ことが明確になった。
そうすると、本件の実施形態に係る熱間圧延用ロール外層材を示した図2において、長径が5μm以上に該当する焼戻しマルテンサイト又はベイナイトのうち、短径が3.0μmを超える焼戻しマルテンサイト又はベイナイトがいくつか存在したとしても、特段問題になることではない。
また、本件特許明細書の段落【0035】で、「焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径が3.0μmを超えると、基地組織のクラック伝播速度が速く、耐熱間転動疲労性が低下する。」と記載されていても、この短径値は平均値であるから、短径が3.0μmを超える結晶が少し存在したとしても、そのために耐熱間転動疲労性が低下してしまい、発明の課題を解決することができなくなるわけではない。

ウ したがって、本件発明1及び本件発明1を引用する本件発明2は、発明の詳細な説明に記載されたものであって、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしている。

(4)理由3(明確性)について
本件発明1に記載された「焼戻しマルテンサイトまたはベイナイト」の「長径」及び「短径」については、上記(2)理由1で説示したとおり、定義が明確であると認められる。
また、本件訂正請求により、本件発明1において、長径が5μm以上の焼戻しマルテンサイト又はベイナイトの短径を、「平均値」で算出することが明確になった。
よって、本件発明1は明確である。
本件発明2は、本件発明1を引用するものであり、本件発明1と同様に明確である。
したがって、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしている。

5.むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1及び2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (54)【発明の名称】
熱間圧延用ロール外層材および熱間圧延用複合ロール
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱間圧延用複合ロールに係り、とくに、鋼板の熱間圧延仕上げミル用として好適な熱間圧延用ロール外層材および熱間圧延用複合ロールに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、鋼板の熱間圧延技術の進歩につれてロールの使用環境は苛酷化しており、また、高強度鋼板や薄肉品など圧延負荷の大きな鋼板の生産量も増加している。このため、圧延用ワークロールには圧延面の疲労に起因した肌荒れや欠落ち疵が発生することが多くなり、これまで以上に耐肌荒れ性と耐欠落ち性への要求が強くなっている。現在、熱間圧延では数%量のVを添加することにより硬質炭化物を多量に形成させて、耐摩耗性を向上させたハイス系ロールが多用されている。
【0003】
このようなハイス系ロールの外層材として、例えば、特許文献1には、C:1.5?3.5%、Ni:5.5%以下、Cr:5.5?12.0%、Mo:2.0?8.0%、V:3.0?10.0%、Nb:0.5?7.0%を含み、かつ、NbおよびVを、Nb、VおよびCの含有量が特定の関係を満足し、さらにNbとVの比が特定の範囲内となるように含有する圧延用ロール外層材が提案されている。これにより、遠心鋳造法を適用しても外層材における硬質炭化物の偏析が抑制され、耐摩耗性と耐クラック性に優れた圧延用ロール外層材となるとしている。また、特許文献2には、C:1.5?3.5%、Cr:5.5?12.0%、Mo:2.0?8.0%、V:3.0?10.0%、Nb:0.5?7.0%を含み、かつ、NbおよびVを、Nb、VおよびCの含有量が特定の関係を満足し、さらにNbとVの比が特定の範囲内となるように含有する圧延用ロール外層材が提案されている。これにより、遠心鋳造法を適用しても外層材における硬質炭化物の偏析が抑制され、耐摩耗性と耐クラック性が向上し、熱間圧延の生産性向上に大きく貢献するとしている。
【0004】
一方で、熱間圧延製品の品質向上と生産性向上の観点から、熱間圧延用ロールの使用環境は苛酷化しており、鋼板の連続圧延量が増加している。さらに、熱間圧延製品の表面品質への要求も厳しくなっている。そのため、摩耗よりも肌荒れといったロール表面の疲労損傷を抑制することが大きな課題となってきた。このような課題に対して、特許文献3には、C:2.2?2.6%、Cr:5.0?8.0%、Mo:4.4?6.0%、V:5.3?7.0%、Nb:0.6?1.3%を、Mo+V、C-0.24V-0.13Nbが特定範囲内となるようにC、Mo、V、Nb含有量を調整して、熱間圧延環境下でのロール表層の耐疲労性に優れるとした遠心鋳造製複合ロールが提案されている。また、特許文献4には、C:1.3?2.2%、Si:0.3?1.2%、Mn:0.1?1.5%、Cr:2.0?9.0%、Mo:9.0%以下、V:4.0?15.0%、およびW:20.0%以下、Ni:5.0%以下、Co:10.0%以下のうちいずれか1種または2種以上を含有し残部実質的にFeおよび不可避的不純物からなり、その組織中に分散する炭化物のサイズが特定の範囲内となる圧延用ロール外層材が提案されている。特許文献4では、粗大な炭化物として形成しやすい共晶炭化物量を低減することで、ピット状の疵を軽減することが可能としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平04-365836号公報
【特許文献2】特開平05-1350号公報
【特許文献3】特開2009-221573号公報
【特許文献4】特許第3962838号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、近年の圧延技術は圧延鋼板の高品質化と高級化に向けて目覚しいスピードで進歩を遂げている。同時に、圧延に対し低コスト化も厳しく追及されることから、ロールの使用環境はますます厳しい。このため、従来までの炭化物のみに着目したロール材質の設計では、ピット状の疵の発生を軽減できない場合が出てきた。
【0007】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、耐摩耗性を確保するとともに、ロール表面のピット状の疵を軽減させ、耐肌荒れ性に優れた熱間圧延用ロール外層材および熱間圧延用複合ロールを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、熱間圧延用ロール表面に形成されたピット状の疵の発生箇所を詳細に調査した。その結果、ピット状の疵は、共晶炭化物(主としてM_(2)C系、M_(6)C系、M_(7)C_(3)系およびM_(23)C_(6)系炭化物)から発生したクラックが基地組織を伝播することでピット状に欠け落ちることを明らかにした。そこで、ピット状の疵を軽減するためには、従来までの炭化物種類、サイズに着目することに加えて、基地組織を伝播するクラックの伝播速度を低減させることが有効であると考え、本発明を完成させた。すなわち、ロール外層材の耐熱間転動疲労性と基地組織サイズに影響する各種要因について研究した結果、各元素の成分範囲の調整、および、各元素が特定の関係を満足するように各元素の含有量を調整することにより、熱間圧延時の耐疲労性が著しく向上するという、従来にない知見を得た。さらに、基地組織サイズを制御することにより、より熱間圧延時の耐疲労性が著しく向上するという知見も得た。
【0009】
まず、本研究の基礎となった実験結果について説明する。質量%で、Si:0.1?1.5%、Mn:0.1?1.5%とし、C:1.6?3.5%、Cr:3.5?9.0%、Mo:2.1?7.0%、V:4.1?8.5%、Nb:0.3?4.6%、Ni:0.02?3.6%、Co:0.3?8.0%、W:0.2?8.0%の範囲で変化させ、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成の溶湯を、高周波誘導炉で溶解し、ロール外層材に相当するリング状ロール材(外径:250mmφ、幅:65mm、肉厚:55mm)を遠心鋳造法により鋳造した。なお、鋳込み温度は1450℃?1530℃とし、遠心力はリング状ロール材の外周部が重力倍数で180Gとなるようにした。鋳造後、焼入れ処理、焼戻処理を施し、硬さをHS 78?86とした。なお、焼入れ処理は、加熱温度:1070℃に加熱し、空冷する処理とした。また、焼戻処理は、温度:530?570℃で、残留オーステナイト量が体積%で10%未満になるように、成分によって2または3回実施した。
【0010】
得られたリング状ロール材から熱延疲労試験片(外径60mmφ、肉厚10mm)を採取して、特開2010-101752にて実機における熱間圧延用作業ロールの耐疲労性を再現よく評価できることを示した熱延疲労試験を実施した。なお、疲労試験片には、図1に示すようなノッチ(深さt:1.2mm、周方向長さL:0.8mm)を外周面の2箇所に、0.2mmφのワイヤを用いた放電加工(ワイヤカット)法で導入した。また、疲労試験片の転動面の端部には1.2Cの面取りを施した。
【0011】
熱延疲労試験は、図1に示すように、ノッチを有する試験片(熱延疲労試験片)と加熱された相手材との2円盤の転がりすべり転動方式で行った。すなわち、図1に示すように試験片(熱延疲労試験片)1を冷却水2で水冷しながら700rpmで回転させ、回転する該試験片1に、高周波誘導加熱コイル3により800℃に加熱した相手片(材質:S45C、外径:190mmφ、幅:15mm)4を荷重980Nで押し当てながら、すべり率:9%で転動させた。熱延疲労試験片1に導入した2つのノッチ5が折損するまで転動させ、各ノッチが折損するまでの転動回転数をそれぞれ求め、その平均値を熱延疲労寿命とした。そして、熱延疲労寿命が350千回を超える場合を熱延疲労寿命が著しく優れると評価した。
【0012】
また、得られたリング状ロール材について、組織観察を行った。組織観察は、リング状ロール材の外表面から10mm内部の任意の位置において、10×10×5mm(5mmはリングの肉厚方向)の組織観察試験片を採取し、10×10mmの面を鏡面研磨して、ナイタール(5体積%硝酸+エタノール)で10秒程度腐食し、光学顕微鏡を用いて行った。
【0013】
また、焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径(短軸長さ)を測定するため、得られたリング状ロール材の外表面から10mm内部の任意の位置において、測定試験片(5mm×10mm×5mm)を採取して、5mm×10mmの面を鏡面研磨し、EBSD測定を実施した。加速電圧15kV、ステップサイズ0.1μmで、10000μm^(2)以上の領域の電子線後方散乱回折法(EBSD)により、測定を行った。隣接する測定点との方位差が15°以上の箇所に境界線を引き、図2に示すように、境界線で囲まれた領域を一つの結晶として、測定面上で、長径が5μm以上の20個の結晶の短径を測定し、その平均値を算出した。以下、この短径の平均値を「μm」で表記する。
【0014】
得られた結果について、熱延疲労寿命と(%C-%V×0.177-%Nb×0.129-%Cr×0.099-%Mo×0.063-%W×0.033)+(%Ni)との関係を図3に示し、熱延疲労寿命と焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径との関係を図4に示す。
【0015】
図3から、(%C-%V×0.177-%Nb×0.129-%Cr×0.099-%Mo×0.063-%W×0.033)+(%Ni)が0.05以上または4.0以下になると、熱延疲労寿命が著しく向上していることが分かる。ここで、V、Cr、Mo、Nb、Wは炭化物を造りやすい元素であり、(%C-%V×0.177-%Nb×0.129-%Cr×0.099-%Mo×0.063-%W×0.033)は基地に固溶している炭素量を表す。そのため、(%C-%V×0.177-%Nb×0.129-%Cr×0.099-%Mo×0.063-%W×0.033)+(%Ni)は基地に固溶している炭素量とNi量の和であり、この値を適正な範囲に調整することで、基地中のクラックの伝播速度が遅い、熱延疲労寿命の優れるロール外層材が得られる。また、上記成分範囲を満足し、且つ基地組織の焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの結晶サイズを図4に示す範囲内に制御することにより、熱延疲労寿命を著しく向上させることが可能となる。
【0016】
本発明は上記の知見に基づき完成されたものであり、その要旨は次のとおりである。
[1]質量%で、C:2.0?3.0%、Si:0.2?1.0%、Mn:0.2?1.0%、Cr:4.0?7.0%、Mo:3.0?6.5%、V:5.0?7.5%、Nb:0.5?3.0%、Ni:0.05?3.0%、Co:0.2?5.0%、W:0.5?5.0%を含有し、かつC、Cr、Mo、V、Nb、Ni、Wの含有量が下記(1)式を満足し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、基地組織の85%以上が焼戻しマルテンサイトおよび/またはベイナイト組織であり、焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径は0.5?3.0μmであることを特徴とする熱間圧延用ロール外層材。0.05≦(%C-%V×0.177-%Nb×0.129-%Cr×0.099-%Mo×0.063-%W×0.033)+(%Ni)≦4.0 (1)
ここで、%C、%V、%Nb、%Cr、%Mo、%W、%Niは、各元素の含有量(質量%)である。
[2]外層と内層が溶着一体化してなる熱間圧延用複合ロールであって、前記外層が[1]に記載の熱間圧延用ロール外層材からなることを特徴とする熱間圧延用複合ロール。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、クラックの伝播速度が著しく低減した熱間圧延用ロール外層材および熱間圧延用複合ロールを製造することが可能となる。その結果、肌荒れや欠落ちなどの熱間圧延による表面損傷を抑制でき、連続圧延距離の延長やロール寿命の向上を達成できるという効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、熱間転動疲労試験で使用した試験機の構成、熱間転動疲労試験用試験片(疲労試験片)、および熱間転動疲労試験用試験片(疲労試験片)の外周面に導入されたノッチの形状、寸法を模式的に示す説明図である。
【図2】図2は、本発明の実施形態に係る熱間圧延用ロール外層材をEBSDで測定した結果を示す図である。
【図3】図3は、熱延疲労試験における熱延疲労寿命と(%C-%V×0.177-%Nb×0.129-%Cr×0.099-%Mo×0.063-%W×0.033)+(%Ni)との関係を示す図である。
【図4】図4は、熱延疲労試験における熱延疲労寿命と、焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の熱間圧延用ロール外層材は、公知の遠心鋳造法あるいは連続鋳掛け肉盛法等の鋳造法により製造され、そのままリングロール、スリーブロールとすることもできるが、熱間仕上げ圧延用として好適な、熱間圧延用複合ロールの外層材として適用される。また、本発明の熱間圧延用複合ロールは、外層と、該外層と溶着一体化した内層とからなる。なお、外層と内層との間に中間層を配してもよい。すなわち、外層と溶着一体化した内層に代えて、外層と溶着一体化した中間層および該中間層と溶着一体化した内層としてもよい。本発明では、内層、中間層の組成はとくに限定されないが、内層は球状黒鉛鋳鉄(ダクタイル鋳鉄)や鍛鋼、中間層は、C:1.5?3.0質量%の高炭素材とすることが好ましい。
【0020】
まず、本発明の熱間圧延用複合ロールの外層(外層材)の組成限定理由について説明する。なお、以下、質量%は、とくに断らない限り、単に%と記す。
【0021】
C:2.0?3.0%
Cは、固溶して基地硬さを増加させるとともに、炭化物形成元素と結合し硬質炭化物を形成し、ロール外層材の耐摩耗性を向上させる作用を有する。C含有量に応じて共晶炭化物量が変化する。共晶炭化物は圧延使用特性に影響する。このため、C含有量が2.0%未満では、共晶炭化物量が不足し、圧延時の摩擦力が増加し圧延が不安定となるとともに、基地組織中に固溶するC量が低いため、耐熱間転動疲労性を低下させる。一方、3.0%を超える含有は、炭化物の粗大化や共晶炭化物量を過度に増加させ、ロール外層材を硬質、脆化させて、疲労亀裂の発生・成長を促進し、耐疲労性を低下させる。このため、Cは2.0?3.0%の範囲に限定する。なお、好ましくは、2.1?2.8%である。
【0022】
Si:0.2?1.0%
Siは、脱酸剤として作用するとともに、溶湯の鋳造性を向上させる元素である。このような効果を得るためには、0.2%以上の含有を必要とする。一方、1.0%を超えて含有しても、効果が飽和し含有量に見合う効果が期待できなくなり経済的に不利となり、さらには、基地組織を脆化させる場合もある。このため、Siは0.2?1.0%に限定する。なお、好ましくは、0.3?0.7%である。
【0023】
Mn:0.2?1.0%
Mnは、SをMnSとして固定し、Sを無害化する作用を有するとともに、一部は基地組織に固溶し、焼入れ性を向上させる効果を有する元素である。このような効果を得るためには0.2%以上の含有を必要とする。一方、1.0%を超えて含有しても、効果が飽和し含有量に見合う効果が期待できなくなり、さらには材質を脆化する場合もある。このため、Mnは0.2?1.0%に限定する。なお、好ましくは、0.3?0.8%である。
【0024】
Cr:4.0?7.0%
Crは、Cと結合して主に共晶炭化物を形成し、耐摩耗性を向上させるとともに、圧延時に鋼板との摩擦力を低減し、ロールの表面損傷を軽減させ、圧延を安定化させる作用を有する元素である。このような効果を得るためには4.0%以上の含有を必要とする。一方、7.0%を超える含有は、粗大な共晶炭化物が増加するため、耐疲労性を低下させる。このため、Crは4.0?7.0%の範囲に限定する。なお、好ましくは、4.3?6.5%である。
【0025】
Mo:3.0?6.5%
Moは、Cと結合して硬質な炭化物を形成し、耐摩耗性を向上させる元素である。また、Moは、V、NbとCが結合した硬質なMC型炭化物中に固溶して、炭化物を強化するとともに、共晶炭化物中にも固溶し、それら炭化物の破壊抵抗を増加させる。このような作用を介してMoは、ロール外層材の耐摩耗性、耐疲労性を向上させる。このような効果を得るためには、3.0%以上の含有を必要とする。一方、6.5%を超える含有は、Mo主体の硬脆な炭化物が生成し、耐熱間転動疲労性を低下させ、耐疲労性を低下させる。このため、Moは3.0?6.5%の範囲に限定する。なお、好ましくは、3.5?6.0%である。
【0026】
V:5.0?7.5%
Vは、ロールとしての耐摩耗性と耐疲労性とを兼備させるために、本発明において重要な元素である。Vは、極めて硬質な炭化物(MC型炭化物)を形成し、耐摩耗性を向上させるとともに、共晶炭化物を分断、分散晶出させることに有効に作用し、耐熱間転動疲労性を向上させ、ロール外層材としての耐疲労性を顕著に向上させる元素である。このような効果は、5.0%以上の含有で顕著となる。一方、7.5%を超える含有は、MC型炭化物を粗大化させるため、圧延用ロールの諸特性を不安定にする。このため、Vは5.0?7.5%の範囲に限定する。なお、好ましくは、5.2?7.0%である。
【0027】
Nb:0.5?3.0%
Nbは、MC型炭化物に固溶してMC型炭化物を強化し、MC型炭化物の破壊抵抗を増加させる作用を介し、耐摩耗性、とくに耐疲労性を向上させる。NbとMoとがともに、炭化物中に固溶されることにより、耐摩耗性とさらには耐疲労性の向上が顕著となる。また、Nbは、共晶炭化物の分断を促進させ、共晶炭化物の破壊を抑制する作用を有し、ロール外層材の耐疲労性を向上させる元素である。また、NbはMC型炭化物の遠心鋳造時の偏析を抑制する作用を併せ有する。このような効果は、0.5%以上の含有で顕著となる。一方、含有量が3.0%を超えると、溶湯中でのMC型炭化物の成長が促進され、耐熱間転動疲労性を悪化させる。このため、Nbは0.5?3.0%の範囲に限定する。なお、好ましくは、0.8?1.5%である。
【0028】
Ni:0.05?3.0%
Niは、基地中に固溶し、熱処理中のオーステナイトの変態温度を低下させ、基地の焼入れ性を向上させる元素である。このような効果を得るためには、0.05%以上の含有を必要とする。一方、3.0%を超えて含有すると、オーステナイトの変態温度が低くなりすぎ、且つ焼入れ性が向上するため、熱処理後にオーステナイトが残留しやすくなる。オーステナイトが残留すると、熱間圧延中にクラックが発生するなど、耐熱間転動疲労性を低下させる。そのため、Niは0.05?3.0%の範囲に限定する。なお、熱処理中の冷却速度が遅くても、基地組織の結晶サイズを微細にすることが可能となるという、操業し易さから、好ましくは0.2?3.0%である。
【0029】
Co:0.2?5.0%
Coは、基地中に固溶し、とくに高温において基地を強化して、耐疲労性を向上させる作用を有する元素である。このような効果を得るためには、0.2%以上の含有を必要とする。一方、5.0%を超えて含有しても、効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できなくなり、経済的に不利となる。このため、Coは0.2?5.0%の範囲に限定する。なお、好ましくは、0.5?3.0%である。
【0030】
W:0.5?5.0%
Wは、基地中に固溶し、とくに高温において基地を強化して、耐疲労性を向上させる作用を有する元素であり、且つM_(2)CまたはM_(6)C系の炭化物を形成し、耐摩耗性を向上させる。このような効果を得るためには、0.5%以上の含有を必要とする。一方、5.0%を超えて含有すると、効果が飽和するだけでなく、粗大なM_(2)CまたはM_(6)C系の炭化物が形成され、耐熱間転動疲労性を低下させる。このため、Wは0.5?5.0%の範囲に限定する。なお、好ましくは、1.0?3.5%である。
【0031】
本発明では、C、Cr、Mo、V、Nb、Ni、Wを、上記した範囲で含有し、さらに、下記(1)式を満足するように調整して含有する。
0.05≦(%C-%V×0.177-%Nb×0.129-%Cr×0.099-%Mo×0.063-%W×0.033)+(%Ni)≦4.0 (1)
ここで、%C、%V、%Nb、%Cr、%Mo、%W、%Niは、各元素の含有量(質量%)である。
【0032】
(%C-%V×0.177-%Nb×0.129-%Cr×0.099-%Mo×0.063-%W×0.033)+(%Ni)について、上記(1)式を満足するように調整することにより、折損転動数が顕著に増加し、耐熱間転動疲労性が顕著に向上する。(%C-%V×0.177-%Nb×0.129-%Cr×0.099-%Mo×0.063-%W×0.033)+(%Ni)は、耐熱間転動疲労性向上の駆動力となる重要なファクターであり、上記(1)式の範囲を外れると、耐熱間転動疲労性が劣化する。V、Cr、Mo、Nb、Wは炭化物を造りやすい元素であり、(%C-%V×0.177-%Nb×0.129-%Cr×0.099-%Mo×0.063-%W×0.033)は基地に固溶している炭素量を表す。そのため、(%C-%V×0.177-%Nb×0.129-%Cr×0.099-%Mo×0.063-%W×0.033)+(%Ni)は基地に固溶している炭素量とNi量の和であり、この値を適正な範囲に調整することで、基地中のクラックの伝播速度が遅い、熱延疲労寿命の優れるロール外層材が得られる。このため、本発明では(%C-%V×0.177-%Nb×0.129-%Cr×0.099-%Mo×0.063-%W×0.033)+(%Ni)について、上記(1)式を満足するように調整する。
【0033】
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。
【0034】
また、本発明では、基地組織の85%以上が焼戻しマルテンサイトおよび/またはベイナイト組織であり、焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径が0.5?3.0μmとなるようにすることが好ましい。残留オーステナイトやパーライト組織の分率が多いと、耐熱間転動疲労性が低下するため、基地組織中に焼戻しマルテンサイトおよび/またはベイナイト組織が85%以上含まれることが好ましく、耐熱間転動疲労性の観点から90%以上含まれることがより好ましい。なお、残部としては、残留オーステナイトおよび/またはパーライトが挙げられる。なお、基地組織の85%以上を焼戻しマルテンサイトおよび/またはベイナイトとするためには、500?570℃に加熱保持した後、冷却する工程の繰り返し回数により制御すればよい。
【0035】
また、焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径が0.5μmよりも小さくなるような成分系では、変態温度が低くなりすぎ、焼戻しを繰り返し行っても残留オーステナイト量を低くすることが困難になり、残留オーステナイトを起因とした熱間圧延中のクラックの発生が生じる可能性があり、耐熱間転動疲労性が低下する。また、焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径が3.0μmを超えると、基地組織のクラック伝播速度が速く、耐熱間転動疲労性が低下する。そのため、基地組織の焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径を0.5?3.0μmの範囲に限定することが好ましい。耐熱間転動疲労性の観点から好ましくは0.5?2.0μmの範囲である。また、この短径を得るためには、基地の変態温度が200?400℃の範囲となるように、成分および冷却速度を制御すればよい。
【0036】
つぎに、本発明の熱間圧延用複合ロールの好ましい製造方法について説明する。
【0037】
本発明では、ロール外層材の製造方法は、公知の遠心鋳造法あるいは連続鋳掛け肉盛法等の鋳造法により製造されることが好ましい。なお、本発明では、これらの方法に限定されないことは言うまでもない。
【0038】
遠心鋳造法でロール外層材を鋳造する場合、まず、内面にジルコン等を主材とした耐火物が1?5mm厚で被覆された、回転する鋳型に、上記したロール外層材組成の溶湯を、所定の肉厚となるように、注湯し、遠心鋳造する。ここで、鋳型の回転数は、ロールの外表面に印加される重力倍数が120?220Gの範囲とすることが好ましい。そして、中間層を形成する場合には、ロール外層材の凝固途中あるいは完全に凝固したのち、鋳型を回転させながら、中間層組成の溶湯を注湯し、遠心鋳造することが好ましい。外層あるいは中間層が完全に凝固したのち、鋳型の回転を停止し鋳型を立ててから、内層材を静置鋳造して、複合ロールとすることが好ましい。これにより、ロール外層材の内面側が再溶解され外層と内層、あるいは外層と中間層、中間層と内層とが溶着一体化した複合ロールとなる。
【0039】
なお、静置鋳造される内層は、鋳造性と機械的性質に優れた球状黒鉛鋳鉄、いも虫状黒鉛鋳鉄(CV鋳鉄)などを用いることが好ましい。遠心鋳造製ロールは、外層と内層が一体溶着されているため、外層材の成分が1?8%程度内層に混入する。外層材に含まれるCr、V等の炭化物形成元素が内層へ混入すると、内層を脆弱化する。このため、外層成分の内層への混入率は6%未満に抑えることが好ましい。
【0040】
また、中間層を形成する場合は、中間層材として、黒鉛鋼、高炭素鋼、亜共晶鋳鉄等を用いることが好ましい。中間層と外層とは同じように一体溶着されており、外層成分が中間層へ10?95%の範囲で混入する。内層への外層成分の混入量を抑える観点から、外層成分の中間層への混入量はできるだけ低減しておくことが肝要となる。
【0041】
本発明の熱間圧延用複合ロールは、鋳造後、熱処理を施されることが好ましい。熱処理は、950?1100℃に加熱し空冷あるいは衝風空冷する工程と、さらに500?570℃に加熱保持した後、冷却する工程を2回以上行うことが好ましい。この時、変態温度が200?400℃の範囲になるように、成分に応じて冷却速度を調整することによって、前述の好適な短径サイズを得ることが可能となる。また、500?570℃に加熱保持した後、冷却する工程の繰り返し回数によって、基地組織中の焼戻しマルテンサイトおよび/またはベイナイトの量が変化するため、基地組織の85%以上が焼戻しマルテンサイトおよび/またはベイナイトになるように繰り返し回数を設定すればよい
なお、本発明の熱間圧延用複合ロールの好ましい硬さは、79?88HS(ショア硬さ)、より好ましい硬さは80?86HSである。80HSよりも硬さが低いと、耐摩耗性が劣化し、逆に硬さが86HSを超えると、熱間圧延中に熱間圧延用ロール表面に形成されたクラックを研削により除去し難くなる。このような硬さを安定して確保できるように、鋳造後の熱処理温度、熱処理時間を調整することが好ましい。
【実施例】
【0042】
表1に示すロール外層材組成の溶湯を、高周波誘導炉で溶解し遠心鋳造法により、リング状試験材(リングロール;外径:250mmφ、幅:65mm、肉厚:55mm)とした。なお、鋳込み温度は1450?1530℃とし、遠心力はリング状ロール材の外周部が重力倍数で180Gとなるようにした。鋳造後、焼入れ温度:1070℃に再加熱し、空冷して、焼入れる焼入れ処理、焼戻処理は、温度:530?570℃で、残留オーステナイト量が体積%で10%未満になるように、成分によって2または3回実施し、且つ、硬さを78?86HSに調整した。得られたリング状試験材から、硬さ試験片、熱間転動疲労試験片およびEBSD測定用試験片を採取して、硬さ試験、熱間転動疲労試験および組織観察試験を実施した。
【0043】
【表1】

【0044】
得られた硬さ試験片について、JIS Z 2244の規定に準拠して、ビッカース硬さ計(試験力:50kgf(490N))でビッカース硬さHV50を測定し、JIS換算表でショア硬さHSに換算した。なお、測定点は各10点とし、最高値、最低値を削除して平均値を算出し、その試験材の硬さとした。
【0045】
熱間転動疲労試験方法は次の通りとした。得られたリング状試験材から熱間転動疲労試験片(外径60mmφ、肉厚10mm、面取り有)を採取した。熱間転動疲労試験片には、図1に示すようなノッチ(深さt:1.2mm、周方向長さL:0.8mm)を外周面の2箇所(180°離れた位置)に、0.20mmφのワイヤを用いた放電加工(ワイヤカット)法で導入した。熱間転動疲労試験は、図1に示すように、試験片と相手材との2円盤すべり転動方式で行った。試験片1を冷却水2で水冷しながら700rpmで回転させ、回転する該試験片1に、高周波誘導加熱コイル3で800℃に加熱した相手片(材質:S45C、外径:190mmφ、幅:15mm、C1面取り)4を荷重980Nで接触させながら、すべり率:9%で転動させた。そして、熱間転動疲労試験片1に導入した2つのノッチ5が折損するまで転動させ、各ノッチが折損するまでの転動回転数をそれぞれ求め、その平均値を熱延疲労寿命とした。そして、熱延疲労寿命が350千回を超える場合を熱延疲労寿命が著しく優れると評価した。
【0046】
組織観察は、リング状ロール材の外表面から10mm内部の任意の位置において、10×10×5mm(5mmはリングの肉厚方向)の組織観察試験片を採取し、10×10mmの面を鏡面研磨して、ナイタール(5体積%硝酸+エタノール)で10秒程度腐食し、光学顕微鏡を用いて行った。
【0047】
焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径(短軸長さ)は、得られたリング状ロール材の外表面から10mm内部の任意の位置からEBSD測定試験片(5mm×10mm×5mm)を採取して、5mm×10mmの面を鏡面研磨し、EBSD測定により求めた。加速電圧15kV、ステップサイズ0.1μmで、10000μm^(2)以上の領域のEBSD測定を行った。得られたデータを用いて、図2に示すように、隣接する測定点との方位差が15°以上の箇所に境界線を引き、境界線で囲まれた領域を一つの結晶として、測定面上で、長径が10μm以上の20個の結晶の短径を測定し、その平均値を算出した。
【0048】
得られた結果を表2に示す。
【0049】
【表2】

【0050】
本発明例では熱延疲労寿命は著しく増加しており、350千回を超える優れた熱延疲労寿命を示した。また、組織観察の結果、本発明例はいずれも基地組織の85%以上が焼戻しマルテンサイトおよび/またはベイナイト組織であることを確認した。
【0051】
したがって、本発明によれば、クラックの伝播速度が著しく低減した熱間圧延用複合ロールを製造することが可能となる。その結果、肌荒れや欠落ちなどの熱間圧延による表面損傷を抑制できるため、連続圧延距離の延長やロール寿命の向上を達成できるという効果も得られる。
【符号の説明】
【0052】
1 試験片(熱延疲労試験片)
2 冷却水
3 高周波誘導加熱コイル
4 相手片
5 ノッチ
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:2.0?3.0%、
Si:0.2?1.0%、
Mn:0.2?1.0%、
Cr:4.0?7.0%、
Mo:3.0?6.5%、
V:5.0?7.5%、
Nb:0.5?3.0%、
Ni:0.05?3.0%、
Co:0.2?5.0%、
W:0.5?5.0%
を含有し、かつC、Cr、Mo、V、Nb、Ni、Wの含有量が下記(1)式を満足し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、基地組織の85%以上が焼戻しマルテンサイトおよび/またはベイナイト組織であり、測定面上で、長径が5μm以上の焼戻しマルテンサイトまたはベイナイトの短径は平均値で0.5?3.0μmであることを特徴とする熱間圧延用ロール外層材。
0.05≦(%C-%V×0.177-%Nb×0.129-%Cr×0.099-%Mo×0.063-%W×0.033)+(%Ni)≦4.0 (1)
ここで、%C、%V、%Nb、%Cr、%Mo、%W、%Niは、各元素の含有量(質量%)である。
【請求項2】
外層と内層が溶着一体化してなる熱間圧延用複合ロールであって、前記外層が請求項1に記載の熱間圧延用ロール外層材からなることを特徴とする熱間圧延用複合ロール。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-12-27 
出願番号 特願2017-552525(P2017-552525)
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (B21B)
P 1 651・ 537- YAA (B21B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 坂口 岳志國方 康伸  
特許庁審判長 刈間 宏信
特許庁審判官 栗田 雅弘
青木 良憲
登録日 2018-02-23 
登録番号 特許第6292362号(P6292362)
権利者 JFEスチール株式会社
発明の名称 熱間圧延用ロール外層材および熱間圧延用複合ロール  
代理人 奥井 正樹  
代理人 森 和弘  
代理人 松本 悟  
代理人 磯村 哲朗  
代理人 磯村 哲朗  
代理人 奥井 正樹  
代理人 森 和弘  
復代理人 栗林 美裕  
代理人 坂井 哲也  
代理人 坂井 哲也  
復代理人 栗林 美裕  
代理人 松本 悟  

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