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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C09K
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C09K
管理番号 1359995
審判番号 不服2018-15241  
総通号数 244 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-04-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-11-16 
確定日 2020-02-12 
事件の表示 特願2016-180009「液晶媒体」拒絶査定不服審判事件〔平成28年12月22日出願公開、特開2016-216747〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、平成24年3月8日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 平成23年3月29日、独国)を国際出願日とする特願2014-501467号の一部を、平成28年9月14日に新たな特許出願としたものであって、以降の手続の経緯は、概略以下のとおりのものである。

平成28年10月13日 :手続補正書
平成29年10月12日付け:拒絶理由通知書
平成30年 4月16日 :手続補正書・意見書
同年 7月10日付け:拒絶査定
同年11月16日 :審判請求書・手続補正書
同年12月 5日付け:前置報告


第2 平成30年11月16日付け手続補正についての補正の却下の決定

1 補正の却下の決定の結論
平成30年11月16日付け手続補正(以下「本件補正」という)を却下する。

2 理由
(1) 補正の内容
ア 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載
本件補正は、特許請求の範囲の全文を補正するものであり、そのうち、特許請求の範囲の請求項1は、次のとおりとなった(下線部は、補正箇所である)。
「【請求項1】
式I-1、I-13、I-73およびI-85からなる群より選ばれる1種以上の化合物、および
以下の化合物から選ばれる1種以上の安定剤
を含むことを特徴とする極性化合物の混合物を基礎とする液晶媒体。
【化1】

(式中、alkylおよびalkyl^(*)は、それぞれ互いに独立に、1?6個のC原子を有する直鎖状のアルキル基を表し、
alkoxyは、1?6個のC原子を有する直鎖状のアルコキシ基を表す。)
【化2】

(式中、nは、1、2、3、4、5、6または7である。)」

イ 本件補正前の特許請求の範囲の請求項1の記載
本件補正前の、平成30年4月16日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである。
「【請求項1】
式I-1、I-13、I-73およびI-85からなる群より選ばれる1種以上の化合物、および
下記表Cから選ばれる1種以上の安定剤
を含むことを特徴とする極性化合物の混合物を基礎とする液晶媒体。
【化1】

(式中、alkylおよびalkyl^(*)は、それぞれ互いに独立に、1?6個のC原子を有する直鎖状のアルキル基を表し、
alkoxyは、1?6個のC原子を有する直鎖状のアルコキシ基を表す。)
表C
【表1】

【表2】

【表3】

【表4】

【表5】



(2) 補正の適否
本件補正は、本件補正前の請求項1に係る発明の液晶媒体における安定剤の候補の一部を削除するものであって、補正前の請求項1に係る発明と、補正後の請求項1に係る発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、特許法17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

そこで、本件補正後の請求項1に記載された発明(以下、「本件補正発明」という。)が、特許出願の際に独立して特許を受けることができるものであるか否か、すなわち、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか否か、について検討する。

ア 本件補正発明
本件補正発明は、上記「第2 2(1)ア」に示した請求項1により特定されるとおりのものである。

イ 引用刊行物
1.国際公開第2011/024664号(拒絶査定における引用文献3)
2.特表2008-545804号公報(拒絶査定における引用文献8;周知技術を示す文献)
3.国際公開第2010/072370号(周知技術を示す文献)
(以下、本願優先日前に頒布された当該刊行物1?3を、それぞれ「引用例1」?「引用例3」という)

ウ 引用例の記載
引用例1?3には、それぞれ、次の記載がある。なお、引用例3についてはパテントファミリーである特表2012-513483号公報(以下、「公表公報」という)の該当箇所の翻訳文をもって示し、国際公開及び公表公報双方における記載箇所を明示した。

(ア)引用例1
摘記1a:請求項1、3、17、18
「[請求項1]
第一成分として式(1)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物、第二成分として式(2)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物、および第三成分として式(3)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物を含有し、そして負の誘電率異方性を有する液晶組成物。

ここで、R^(1)およびR^(2)は独立して、炭素数1から12のアルキル、炭素数1から12のアルコキシ、炭素数2から12のアルケニル、または任意の水素がフッ素で置き換えられた炭素数2から12のアルケニルであり;R^(3)およびR^(4)は独立して、炭素数1から12のアルキル、炭素数2から12のアルケニル、または任意の水素がフッ素で置き換えられた炭素数2から12のアルケニルであり;mは1または2である。
・・・(中略)・・・
[請求項3]
液晶組成物の全重量に基づいて、第一成分の割合が5重量%から40重量%の範囲であり、第二成分の割合が5重量%から30重量%の範囲であり、そして第三成分の割合が10重量%から60重量%の範囲である請求項1または2に記載の液晶組成物。
・・・(中略)・・・
[請求項17]
請求項1から16のいずれか1項に記載の液晶組成物を含有する液晶表示素子。
[請求項18]
液晶表示素子の動作モードが、VAモード、IPSモード、またはPSAモードであり、液晶表示素子の駆動方式がアクティブマトリックス方式である請求項17に記載の液晶表示素子。」

摘記1b:段落0011
「[0011]
本発明の長所は、ネマチック相の高い上限温度、ネマチック相の低い下限温度、小さな粘度、適切な光学異方性、負に大きな誘電率異方性、大きな比抵抗、紫外線に対する高い安定性、熱に対する高い安定性などの特性において、少なくとも1つの特性を充足する液晶組成物である。本発明の1つの側面は、少なくとも2つの特性に関して適切なバランスを有する液晶組成物である。別の側面は、このような組成物を含有する液晶表示素子である。他の側面は、適切な光学異方性、負に大きな誘電率異方性、紫外線に対する高い安定性などを有する組成物であり、そして短い応答時間、大きな電圧保持率、大きなコントラスト比、長い寿命などを有するAM素子である。」

摘記1c:段落0055?0057
「[0055]
第五に、成分化合物の具体的な例を示す。下記の好ましい化合物において、R^(7)は、炭素数1から12を有する直鎖のアルキルまたは炭素数1から12を有する直鎖のアルコキシである。R^(8)およびR^(9)は独立して、炭素数1から12を有する直鎖のアルキルまたは炭素数2から12を有する直鎖のアルケニルである。R^(10)は、炭素数2から12を有する直鎖のアルケニルである。
[0056]
好ましい化合物(1)は、化合物(1-1)および化合物(1-2)である。さらに好ましい化合物(1)は化合物(1-2)である。
・・・(中略)・・・
[0057]



摘記1d:段落0063、0067
「[0063]
第六に、組成物に混合してもよい添加物を説明する。このような添加物は、光学活性な化合物、酸化防止剤、紫外線吸収剤、色素、消泡剤、重合可能な化合物、重合開始剤などである。
・・・(中略)・・・
[0067]
紫外線吸収剤の好ましい例は、ベンゾフェノン誘導体、ベンゾエート誘導体、トリアゾール誘導体などである。立体障害のあるアミンのような光安定剤もまた好ましい。これらの吸収剤や安定剤における好ましい割合は、その効果を得るために約50ppm以上であり、上限温度を下げないように、または下限温度を上げないように約10000ppm以下である。さらに好ましい割合は約100ppmから約10000ppmの範囲である。」

摘記1e:段落0092?0093、0100
「[0092]
実施例により本発明を詳細に説明する。本発明は下記の実施例によって限定されない。比較例および実施例における化合物は、下記の表3の定義に基づいて記号により表した。
表3において、1,4-シクロヘキシレンに関する立体配置はトランスである。実施例において記号の後にあるかっこ内の番号は化合物の番号に対応する。(-)の記号はその他の液晶性化合物を意味する。液晶性化合物の割合(百分率)は、液晶組成物の全重量に基づいた重量百分率(重量%)であり、液晶組成物には不純物が含まれている。最後に、組成物の特性値をまとめた。
[0093]

・・・(中略)・・・
[0100]
[実施例1]
3-H1OB(2F,3F)-O2 (1-1) 6%
5-H1OB(2F,3F)-O2 (1-1) 6%
3-H2B(2F,3F)-O2 (2-1) 6%
V-HH-3 (3-1) 32%
V2-BB-1 (4-2-1) 4%
3-HBB-2 (4-4-1) 5%
3-HHEBH-5 (4-5-1) 3%
V-HB(2F,3F)-O2 (5-1-1-1) 6%
3-HHB(2F,3F)-O2 (5-1-2-1) 7%
4-HHB(2F,3F)-O2 (5-1-2-1) 6%
5-HHB(2F,3F)-O2 (5-1-2-1) 7%
3-H2Cro(7F,8F)-3 (5-2-1-1) 3%
3-H2Cro(7F,8F)-5 (5-2-1-1) 3%
2O-Cro(7F,8F)HH-5 (5-2-4-1) 3%
3-Cro(7F,8F)2HH-5 (5-2-4-2) 3%
NI=72.8℃;Tc≦-20℃;Δn=0.080;η=12.3mPa・s;Δε=-2.6;τ=8.7ms;VHR-1=99.1%;VHR-2=98.0%;VHR-3=98.1%」

(イ)引用例2
摘記2a:請求項1
「【請求項1】
化合物の混合物に基づく正の誘電異方性を有する液晶媒体であって、式Iの化合物を1種類以上含むことを特徴とする液晶媒体。
【化1】

(式中、
R^(1)は、ハロゲン化されているか無置換で1?15個の炭素原子を有しているアルキルまたはアルコキシ基を表し、ただし加えて、これらの基の1個以上のCH_(2)基は、それぞれ互いに独立に、酸素原子が互いに直接結合しないようにして、-C≡C-、-CH=CH-、-O-、-CO-O-または-O-CO-で置き換えられていてもよく、
環Aは、以下の式:
【化2】

の左または右を向いている環構造を表し、
Z^(1)、Z^(2)は、単結合、-C≡C-、-CF=CF-、-CH=CH-、-CF_(2)O-または-CH_(2)CH_(2)-を表し、ただし、Z^(1)およびZ^(2)からの少なくとも一方の基は、基-CF=CF-を表し、
Xは、F、Cl、CN、SF_(5)またはハロゲン化されているか無置換で1?15個の炭素原子を有しているアルキルまたはアルコキシ基を表し、ただし加えて、これらの基の1個以上のCH_(2)基は、それぞれ互いに独立に、酸素原子が互いに直接結合しないように、-C≡C-、-CH=CH-、-O-、-CO-O-または-O-CO-で置き換えられていてもよく、
L^(1)、L^(2)、L^(3)、L^(4)、L^(5)およびL^(6)は、それぞれ互いに独立に、HまたはFを表し、および
mは、0または1を表す。)」

摘記2b:段落0173、0178
「【0173】
・・・(中略)・・・
例えば本発明の混合物に添加することができる安定剤を下に示す。
・・・(中略)・・・
【0178】
【表5.5】



(ウ)引用例3
摘記3a:請求項1;公表公報の請求項1
「【請求項1】
極性化合物の混合物を基礎とし負の誘電異方性を有する液晶媒体であって、式Iの少なくとも1種類の化合物を含むことを特徴とする液晶媒体。
【化1】

(式中、
R^(1)およびR^(1*)は、それぞれ互いに独立に、1?6個のC原子を有するアルキル基を表し、および
aは、0または1を表す。)」

摘記3b:第68頁14?19行、第72頁;公表公報の段落0182、0187
「【0182】
例えば、混合物の総量を基礎として10重量%まで、好ましくは0.01?6重量%、特に0.1?3重量%の量で、本発明による混合物に添加できる安定剤を下で表Cに示す。好ましい安定剤は、特に、BHT誘導体、例えば、2,6-ジ-tert-ブチル-4-アルキルフェノール類およびTinuvin770である。
・・・(中略)・・・
【0187】
【表22】



エ 引用例1に記載された発明
引用例1の請求項1を引用する請求項3(摘記1a)には、「第一成分として式(1)(具体的な式は摘記1a参照。以下同様)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物、第二成分として式(2)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物、および第三成分として式(3)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物を含有し、液晶組成物の全重量に基づいて、第一成分の割合が5重量%から40重量%の範囲であり、第二成分の割合が5重量%から30重量%の範囲であり、そして第三成分の割合が10重量%から60重量%の範囲であり、そして負の誘電率異方性を有する液晶組成物。」の発明(以下、「引用例1発明」という)が記載されているものと認められる。

オ 対比・判断
本件補正発明と引用例1発明とを対比する。
引用例1発明の「第一成分として式(1)で表される化合物」は、その定義からみて、本件補正発明における「式I-1の化合物」、「式I-13の化合物」、「式I-73の化合物」、「式I-85の化合物」を包含している。
引用例1発明の「第一成分として式(1)で表される化合物」、「第二成分として式(2)で表される化合物」はいずれも、置換基としてフッ素を有するから、「極性化合物」に相当し、それら化合物の混合物を有意の量含む引用例1発明の液晶組成物は、「極性化合物の混合物を基礎とする」ものと認められる。また、引用例1発明の「液晶組成物」は、本件補正発明の「液晶媒体」に相当する。
してみると、本件補正発明と引用例1発明とは、
「極性化合物の混合物を基礎とする液晶媒体。」
である点において一致し、以下の点において相違が認められる。

(相違点1)
本件補正発明は「式I-1、I-13、I-73およびI-85からなる群より選ばれる1種以上の化合物」を含むのに対し、引用例1発明は「第一成分として式(1)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」を含む点
(相違点2)
本件補正発明は「以下の化合物から選ばれる1種以上の安定剤を含」むのに対し、引用例1発明は当該安定剤を含むことについて記載がない点

そこで、まず、それら相違点について検討する。
相違点1について、引用例1発明における式(1)で表される化合物において、R^(1)として炭素数1?6の直鎖状のアルキル基、R^(2)として炭素数1?6の直鎖状のアルキル基またはアルコキシ基を選択したものが、本件補正発明の式I-1、I-13、I-73またはI-85の化合物であるところ、引用例1の段落0055?0057(摘記1c)には、式(1)で表される化合物として式(1-1)、(1-2)の化合物が好ましいことが記載されている。そして、実施例において「3-H1OB(2F,3F)-O2 (1-1)」、および「5-H1OB(2F,3F)-O2 (1-1)」(本件補正発明の式I-1の化合物であって、それぞれ、alkylがプロピル基、alkoxyがエトキシ基であるもの、およびalkylがペンチル基、alkoxyがエトキシ基であるもの)が用いられている(段落0100、摘記1e)。よって、引用例1発明において、式(1)で表される化合物として本件補正発明1の式I-1の化合物を用いることは記載されており、この点において実質的な差異はない。また、それ以外の化合物についても、引用例1発明の式(1)で表される化合物として使用することは、当業者ならば容易になし得る。
相違点2について、引用例1の段落0063(摘記1d)には、液晶組成物に紫外線吸収剤を添加物として混合してもよいことが記載され、段落0067(摘記1d)には、立体障害のあるアミンのような光安定剤が、紫外線吸収剤と同様に好ましい添加物であることが記載されている。そして、液晶組成物に添加する、安定剤である立体障害のあるアミンとして

は周知の物質である(要すれば、引用例2の段落0178(摘記2b)、引用例3の第72頁(摘記3b、公表公報の段落0187参照))。してみれば、引用例1発明において、当該安定剤を添加物として用いることは、当業者ならば容易になし得る。
次に、本件補正発明の効果について検討するに、本願明細書には、本件補正発明の安定剤を液晶媒体に添加することによる効果について特段の記載はなく、段落0397に、「表Cに示す」化合物が「本発明による混合物に添加できる安定剤」であること、及び「好ましい安定剤」として「Tinuvin770」(当審注:本件補正発明における【化2】の左下の化合物である、セバシン酸ビス(2,2,6,6-テトラメチルー4-ピペリジル)であると認められる)が記載されているのみであるから、本願明細書から読み取れる、本件補正発明の安定剤を液晶媒体に添加することによる効果は、「液晶媒体に安定性をもたらす」程度のものである。また、「Tinuvin770」が光安定剤として周知の物質であることを考慮しても、「液晶媒体に光安定性をもたらす」程度のものである。
これに対し、引用例1には上記のように、液晶組成物に酸化防止剤や光安定剤を混合することが記載されているから、それらを添加することにより、液晶組成物に酸化防止性や光安定性がもたらされることが記載されている。すなわち、本件補正発明の安定剤を液晶媒体に添加することによる効果について、本願明細書記載の効果と同様の効果が記載されている。
また、本願明細書の段落0031には、「驚くべきことに、液晶混合物中において、特に、負の誘電異方性を有するLC混合物中において、好ましくは、VAディスプレイ用に一般式Iの極性化合物を使用すれば、回転粘度、よって、応答時間を改良することが可能である。」と記載され、段落0033には、「液晶媒体中において、式Iの化合物は、非常に低い回転粘度値と、誘電異方性の高い絶対値とを同時に有する。従って、短い応答時間と同時に、良好な相特性および良好な低温挙動を有する液晶混合物、好ましくは、VAおよびPS-VA混合物を調製することが可能である。」と記載されている。
これに対し、引用例1の段落0011(摘記1b)には、液晶組成物が「ネマチック相の高い上限温度、ネマチック相の低い下限温度、小さな粘度」、「負に大きな誘電率異方性」などの特性を充足すること、およびAM素子が「短い応答時間」などの特性を有することが記載され、実施例において、液晶組成物の粘度が小さく、誘電率異方性の絶対値が高く、ネマチック相の上限温度が高く下限温度が低いことが裏付けられている(段落0100、摘記1e)。このように、引用例1には液晶組成物の粘度、誘電率異方性の絶対値、ネマチックの上限温度および下限温度(相特性および低温挙動)、およびディスプレイの応答時間に関し、本願明細書記載の効果と同様の効果が記載されている。そして、本願明細書の実施例およびその他の記載を参酌しても、「式I-1、I-13、I-73およびI-85からなる群より選ばれる1種以上の化合物」、および「以下の化合物から選ばれる1種以上の安定剤」を含むことにより、本願補正発明が、粘度、応答時間等について、引用例1に記載された発明から予測外の格別の作用効果を奏しているものとは認められない。
さらに、本願明細書の段落0031には、「更に驚くべきことに、本発明による液晶媒体をPS-VAおよびPSAディスプレイにおいて使用することで、特に、低いプレチルト角および所望のチルト角を迅速に確立できることが見出された。これは、本発明による媒体の場合において、プレチルトを測定することで示された。特に、光開始剤を添加することなく、プレチルトを達成することが可能であった。」と記載され、本願明細書の段落0255には、「本発明による液晶混合物を、上および下で述べられる重合された化合物と組み合わせることにより、本発明によるLC媒体において、高い透明点および高いHR値を維持しながら低い閾電圧、低い回転粘度値および非常に良好な低温安定性に効果があり、PSAディスプレイにおいて、特に低いプレチルト角を迅速に確立できる。」と記載され、本願明細書の実施例の例M4?M6には、特定の液晶組成物(ただし、安定剤は添加されていない)に特定の重合性化合物を特定量添加した結果、特定のチルト角や高いVHRが得られたことが具体的に記載されている。
これに対し、引用例1の請求項18(摘記1a)には液晶組成物をPSAモードの素子に用いること、段落0063(摘記1c)には重合可能な化合物を添加してよいことが記載されているから、引用例1発明の液晶組成物は、重合可能な化合物を添加してPSAディスプレイに用い得るものである。さらに、上記本願明細書の実施例から把握できるのは、例M4?M6において特定のチルト角や高いVHRが得られたことのみであって、本件補正発明の全範囲において、引用例1に記載された発明に比して「低いプレチルト角および所望のチルト角を迅速に確立できる」や「高い透明点および高いHR値を維持しながら低い閾電圧、低い回転粘度値および非常に良好な低温安定性に効果があり、PSAディスプレイにおいて、特に低いプレチルト角を迅速に確立できる。」という効果が奏されることは確認できない。すなわち、本願明細書には本件補正発明の液晶媒体を用いることによりどのような原理によって上述の効果が発揮されるのかといった作用機序が記載されていないし、本願優先日当時における技術常識を参酌しても当該作用機序は明らかでない。また、液晶組成物の性質は含まれる液晶化合物及び添加剤の具体的な構造および量に依存すると認められるところ、「式I-1、I-13、I-73およびI-85からなる群より選ばれる1種以上の化合物」および「以下の化合物から選ばれる1種以上の安定剤」を含むことしか規定されていない本件補正発明の全範囲において、当該例M4?M6と同様の効果が奏されるとは認められない。
したがって、本件補正発明は、引用例1に記載された発明、及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

カ 請求人の主張の検討
請求人は、平成30年11月16日に提出した審判請求書において、
「先ず本願発明で採用される式I-1、I-13、I-73およびI-85の化合物は全て、環骨格の最右環が2位および3位においてフッ素で置換されている1,4-フェニレン基であるとの共通構造を有し、この結果、当該フッ素原子の高い極性によって分子内に環骨格の横方向に直交するダイポールが誘発されます。このため当該分子全体の誘電異方性Δεは負となり、式I-1、I-13、I-73およびI-85の化合物は負の誘電異方性Δεを有する液晶媒体の基本材料として使用されます。
加えて本願発明で採用される式I-1、I-13、I-73およびI-85の化合物は全て、最右環がその左側の1,4-シクロヘキシレン環と-CH_(2)O-架橋基で連結されているとの共通構造を有し、この結果、当該部位が単結合で直接連結されている同様の構造を有する他の液晶分子と比べて分子がフレキシブルとなり、最終的に得られる液晶媒体で実現できる特性の範囲が広がるとの利点があります。
しかしながら-CH_(2)O-架橋基は単結合に比べれば化学的反応性が高いために、UV照射による重合の際などに劣化反応などを起こす可能性もあり、結果として最終的に得られる液晶媒体の安定性が不十分になることも予期し得ます。
このため本願式I-1、I-13、I-73およびI-85で表される液晶分子を採用する際には安定剤を添加する必要があることも想定され、その際、例えば環構造が単結合で連結された他の液晶分子と比べて、どのような安定剤を選択するかが、より重要となることも考えられます。
これは上述の通り本願式I-1、I-13、I-73およびI-85で表される液晶分子が、環構造が単結合で連結された他の液晶分子とは異なる独自の特性を有するため、それ相応の安定剤が必要となるからです。
そこで本願発明者らは本願式I-1、I-13、I-73およびI-85で表される液晶分子の-CH_(2)O-架橋基に着目して安定剤を鋭意検討したところ、上記[0397]に記載される通り、以下のBHT誘導体:

および
以下のTinuvin770(登録商標):

が適する安定剤であることを見出したものです。
そこで、これらの安定剤を特に選択して請求項1に記載して権利化を求めるものです。

3-3-2.本願発明の効果
本願式I-1、I-13、I-73およびI-85で表される液晶分子を採用する液晶媒体に上記の安定剤を添加することで、電圧保持率(VHR、Voltage Holding Ratio、単にHRと呼ぶこともあります。)を少ない場合でも2?4%は改良できることを本願発明者らは確認しています。
ここでVHRを2?4%改良できれば、最終的に得られる液晶ディスプレイの性能を大きく向上できることを以下に説明します。
先ずVHRの測定方法は本願[0426]に、以下の通り記載されています。

[0426]
VHR値は、以下の通り測定する:0.3%の重合性モノマー化合物をLCホスト混合物に添加し、結果として生じる混合物をVA-VHR試験用セル(90°においてラビングなし、VA-ポリイミド配向層、層厚dは約6μm)に導入する。1V、60Hz、64μ秒パルスでのUV曝露の前後において、100℃で5分後にHR値を決定する(測定装置:Autronic-Melchers VHRM-105)。

より具体的にはVHRとは液晶ディスプレイが印加された電圧を保持できる割合をいい、例えば「UV曝露2分後のVHRが96%であった」とは、「安定剤を含有する液晶媒体を用いて組み立てた液晶ディスプレイに2分間UVを照射して重合した重合後液晶ディスプレイに電圧を印加し、これを100℃で5分間放置後に液晶ディスプレイが保持している電圧の割合が96%であった」ことを意味します。
この場合、5分後に96%の電圧を保持しているわけですから10分後は96%×96%の電圧しか保持しておらず、その後も等比級数的に保持されている電圧が減少するため、たとえVHRが96%であったとしても急速に電圧が失われることになります。
よって逆に言えばVHRが僅か2%のみ改良されて98%となっただけでも、長期的に保持される電圧は大きく改良されることとなります。
ここでVHRの改良については、本願の当初明細書に以下の通り詳細に記載されています。

[0024]
しかしながら、先行技術から既知のLC混合物は、VAおよびPSAディスプレイにおいて使用する際に、幾つかの不都合を依然として有することが見出されてきた。よって、これまでの全ての望ましい可溶性RMがPSAディスプレイにおける使用に適しているわけではなく、プレチルトを測定する直接PSA実験よりも更に適切な選択要件を見出すことは、しばしば困難である。光開始剤を添加することなくUV光を用いて重合することが望ましい場合、特定の用途に好都合のことがあるが、選択の余地は更に狭くなる。加えて、液晶混合物、または、液晶混合物(また、下では「LCホスト混合物」とも言う)+選択される重合性成分「材料系」は、可能な限り低い回転粘度および可能な限り良好な電気特性(本明細書においては、所謂「電圧保持率」(VHRまたはHR:voltage holding ratio)が強調される。)を有していなければならない。PSAディスプレイについては、UV照射がPSAディスプレイの製造プロセスの不可欠な部分であり、しかしながら、また、製造後のディスプレイにおいて「通常」の曝露としてもUV照射が起こるため、UV光照射後の高いHRが特に中心的に重要である。

[0025]
加えて、例えば、チルトが生じないか、不適切なチルトが生じるため、または、例えば、TFTディスプレイ用途にはVHRが不適切であるため、これまでのLC混合物+重合性成分の全ての組み合わせがPSAディスプレイに適しているわけではないという問題が生じる。

[0027]
よって、非常に高い比抵抗を有すると同時に、広い動作温度範囲、短い応答時間および低い閾電圧を有しており、これらのおかげで各種の中間調(灰色遮光)を生成することができるMLCディスプレイが引き続き強く要求されている。更に、VA、IPSおよびFFS、PALCと、また、PS-VA、PSA、PS-IPS、PS-FFSとの両者のディスプレイにおいて、液晶混合物を用いることが可能でなければならず、液晶媒体は上記の不具合を示してはならないか、僅かな程度にのみ示し、同時に、改良された特性を有していなければならない。PS-VAおよびPSAディスプレイにおいては、重合性成分を含む液晶媒体はMLCディスプレイ中に適切なプレチルトを確立できなければならず、比較的高い電圧保持率(voltage holding ratio:VHRまたはHR)を有していなければならない。

[0255]
本発明による液晶混合物を、上および下で述べられる重合された化合物と組み合わせることにより、本発明によるLC媒体において、高い透明点および高いHR値を維持しながら低い閾電圧、低い回転粘度値および非常に良好な低温安定性に効果があり、PSAディスプレイにおいて、特に低いプレチルト角を迅速に確立できる。特に、先行技術からの媒体と比較し、PSAディスプレイにおいて、LC媒体は、著しく短縮された応答時間、また、特に、短縮された中間調(灰色遮光)応答時間を示す。

ここで以上のVHRの改良について本願出願人は、以下の実験結果を提示して更に意見主張します。なお上記の通り本願の当初明細書にVHRの改良について詳細に記載されている以上、以下の実験結果は、あくまでも補強証拠であり、以下の主張は本願当初明細書に記載される実施例に基づきされるもので、これは参酌されるべきであると思料します。」と主張し、実験結果を示した上で、
「3-3-3.引用発明との対比
一方審査官殿が御指摘の引用文献1?10のいずれにも、本願新請求項1に係る発明で採用される具体的かつ特定の式I-1、I-13、I-73およびI-85の化合物に対し、同請求項で規定される具体的かつ特定の安定剤を採用することで格段の効果を奏し得ることは記載も示唆もされておらず、よって当業者が引用文献1?10に接したとしても本願発明を想到することは困難であると思料します。」と主張する。
しかし、上記オに記載したとおり、本願明細書から読み取れる、本件補正発明の安定剤を液晶媒体に添加することによる効果は、「液晶媒体に安定性をもたらす」、あるいは「液晶媒体に光安定性をもたらす」程度のものであって、請求人の示す段落0024、0025、0027、0255を含めた本願明細書には、「特定の式I-1、I-13、I-73およびI-85の化合物」に対し「特定の安定剤」を添加することで、高いVHR等の格別な効果が奏されることは記載も示唆もされていない。また、本願優先日当時の技術常識を参酌しても、当該格別な効果が奏されることが、当業者に明らかともいえない。よって、請求人が示す実験結果は、当業者が出願当初の本件明細書等に記載されていた事項が正しくかつ妥当なものであることを釈明または立証するために出されたものでないことは明らかであり、到底参酌し得ない。
そして、上記オに記載したように、本件補正発明が、引用例1に記載された発明から予測外の格別の作用効果を奏しているものとは認められない。
以上より、請求人の主張は採用できない。

キ まとめ
したがって、本件補正発明は、引用例1に記載された発明、及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

3 補正の却下の決定についてのむすび
以上のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第6項で準用する同法第126条第7項の規定に違反するものであり、同法第159条第1項で読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

第3 本願発明について

1 本願発明
平成30年11月16日付けでなされた本件補正は、上記「第2」のとおり却下されたので、本願の特許請求の範囲の請求項1?19に係る発明は、平成30年4月16日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?19に記載された事項により特定されるとおりのものである。そして、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という)は、上記「第2 2(1)イ」に示した本件補正前のものである。

2 原査定の拒絶理由
原査定の拒絶の理由は、「平成29年10月12日付け拒絶理由通知書に記載した理由」のうち「理由2」であって、要するに、
この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
というものである。
そして、該拒絶の理由において引用された刊行物は次のとおりである。
<引用文献等一覧>
3.国際公開第2011/024664号
8.特表2008-545804号公報(周知技術を示す文献)

3 引用例
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献3は、上記引用例1にほかならず、また、周知技術を示す文献として引用された引用文献8は、上記引用例2にほからなず、それらの記載事項は、前記「第2 2(2)ウ」に記載したとおりである。

4 対比・判断
本願発明は、前記「第2 2(2)」で検討した本件補正発明の液晶媒体において、「安定剤」の選択肢を増やしたものに相当するから、本件補正発明の液晶媒体を包含するものである。
そうすると、本願発明に包含される本件補正発明が、前記「第2 2(2)オ」に記載したとおり、引用例1に記載された発明、及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明もまた、引用例1に記載された発明、及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その余の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2019-09-13 
結審通知日 2019-09-17 
審決日 2019-10-01 
出願番号 特願2016-180009(P2016-180009)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C09K)
P 1 8・ 575- Z (C09K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 井上 恵理  
特許庁審判長 冨士 良宏
特許庁審判官 牟田 博一
蔵野 雅昭
発明の名称 液晶媒体  
代理人 伊藤 克博  

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