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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
異議2021700519 審決 特許
不服201913877 審決 特許
異議2017700219 審決 特許
異議2019700446 審決 特許
異議2019700917 審決 特許

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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
管理番号 1360140
審判番号 不服2018-9244  
総通号数 244 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-04-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-07-04 
確定日 2020-02-26 
事件の表示 特願2016- 59620「細胞の再プログラミングのための方法とその用途」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 8月18日出願公開、特開2016-146841〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成22年11月1日(パリ条約による優先権主張 2009年10月31日 米国)を国際出願日とする特願2012-535565号の一部を新たな特許出願として平成28年3月24日に出願されたものであって、平成30年2月6日付けで拒絶査定がなされ、これに対して、平成30年7月4日に拒絶査定不服審判請求がなされた。その後の当審における手続の経緯は以下のとおりである。
平成30年 7月31日 手続補正書(対象は、審判請求書)の提出
平成30年10月10日付け 拒絶理由通知書
平成31年 4月16日 意見書、手続補正書の提出

第2 本願発明
本願の請求項1に係る発明は、平成31年4月16日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】 繊維芽細胞、角化細胞、血液細胞、および骨髄細胞から選択される第1の型の細胞を、多能性または単分化能性である神経系細胞へと再プログラミングする方法であって、
(1)前記第1の型の細胞のクロマチン及び/又はDNAを再構築するために、前記細胞にヒストンアセチル化剤、ヒストン脱アセチル化の阻害剤、DNA脱メチル化剤、及び/又は、DNAメチル化の化学的阻害剤を導入し、
(2)前記第1の型の細胞に対して、少なくとも1種の再プログラミング剤を一過的に適用し、ここで前記再プログラミング剤が、少なくとも1種の遺伝子調節因子の内因性発現を直接又は間接的に増加させる物質であり、ここで前記少なくとも1種の遺伝子調節因子の内因性発現は前記多能性または単分化能性である神経系細胞の存在に必要であり、ここで前記再プログラミング剤は、CALB1、DLL1、DLX1イソ型1、DLX1イソ型2、DLX2、FOXD3、GJD2、HES1、HES3、HES5、HOXB1、MNX1イソ型1、MNX1イソ型2、MSI1、NEUROD1、NEUROG1、NEUROG2(NGN2)、NKX6.1、SFRP2、SIX3、及びSOX1からなる群より選択されるポリペプチド、又は、当該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドであり、
(3)前記細胞を、神経系多能性又は単分化能性細胞への転換を支持する培養条件下に、再プログラミング剤の不在下で転換遺伝子調節因子の安定な発現を生じさせるのに十分な期間に亘って保持し、
(4)前記細胞を、神経系多能性又は単分化能性細胞への転換を支持する培養条件下に、1種又は2種以上の第2の遺伝子を安定して発現させるのに十分な期間に亘って維持し、ここで前記1種又は2種以上の第2の遺伝子は、ネスチン、Sox2、GFAP、Msi1、Soc1、及びCD133から選択され、ここで前記1種又は2種以上の第2の遺伝子の安定な発現は前記遺伝子調節因子が安定に発現した結果であり、ここで
(i)前記1種又は2種以上の第2の遺伝子の安定な発現は、前記多能性または単分化能性である神経系細胞の表現型的及び/又は機能的特性の特徴であり、かつ
(ii)前記1種又は2種以上の第2の遺伝子のうちの少なくとも1種の安定な発現は、胚幹細胞の表現型的及び機能的特性の特徴ではないことを含み、
ここで、前記期間の終了時に、前記第1の型の細胞は、神経系多能性又は単分化能性細胞に転換され、
ここで、前記少なくとも1種の遺伝子調節因子がそれぞれ、Musashi1(Msi1)、Neurogenin2(Ngn2)、DLL1、FOXD3、HES5、NEUROD1、SFRP2、及びSOX1から選択される、方法。」(以下、「本願発明」という。)

第3 当審で通知した拒絶の理由
平成30年10月10日付けで当審が通知した拒絶理由は、次の理由を含むものである。

理由2(サポート要件)、理由3(実施可能要件)
請求項1-10 (1)エ
本願発明における「再プログラミング剤」について、明細書【0071】、【0075】の記載によれば、表Aに記載されたポリヌクレオチド又はポリペプチドが含まれ得るが、本願明細書において実際に再プログラミング剤として機能したことが確認されたのはMsi1又はNgn2をコードする核酸ベクターのみであるところ、上記表Aに記載されたものを使用する再プログラミング方法については明細書に裏付けられていないし、当業者にとり実施可能であるともいえないから、本願は特許法第36条第6項第1号及び同条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

第4 当審の判断
1 本願の発明の詳細な説明及び図面の記載事項
本願の発明の詳細な説明及び図面には、次のとおりの事項が記載されている。なお、下線は当審で付した。
(1)技術分野
「【0002】
技術分野
本発明は、真核細胞再プログラミングの分野に関し、特に細胞退行分化に関する。本発明はまた、ヒト体細胞(及び他の細胞)からの安定な神経幹様細胞(NSLCs)を発生させる方法と、そのように発生された細胞のヒトの治療における用途に関する。」

(2)背景技術
「【0011】
神経幹細胞は、神経変性疾患の細胞交換治療のための有望な治療的可能性を提供する(Mimeaultら,2007年)。現時点まで、ドナ-物質源としてヒト胎児組織の種々の型を開発するために、多数の治療的移植が実行されてきた。しかしながら、倫理上及び実用上の考慮並びに入手不能性が、移植治療のための細胞源としての利用可能性を制限している(Ninomiy Mら,2006年)。
【0012】
患者に特異的な細胞の誘導への障壁及び制限を克服するために、皮膚細胞を用いて、神経幹細胞及び/又はニュ-ロンへの分化形質転換を誘導する1つのアプロ-チがあった(Levesqueら,2000年)。・・・他には、細胞骨格、アセチル化及びメチル化阻害物質の存在下での体細胞の培養によって、体細胞を神経細胞へと分化形質転換させたPageら著(米国特許第2003/0059939号)などがあるが、プライミング剤の取り出し後、ニュ-ロン形態及び確立されたシナプスが、インヴィトロにおいて数週間までも続かず、神経プロジェニタ-又は神経幹細胞の完全に機能的型及び安定型への完全な変換は、全く示されていない。分化形質転換に続く安定な表現型の獲得は、技術分野が直面している主な課題の1つである。」
「【0014】
米国特許第6,087,168号(Levesqueら著)は、皮膚基底細胞を生存可能なニュ-ロンへと変換または分化形質転換するための方法を記載している。・・・この技法は、26%のニュ-ロン細胞を産出するが、これらの細胞の機能性及び安定性のいずれも確立されなかった。更に、この方法によると、神経幹細胞又は神経プロジェニタ-細胞も産生されない。
【0015】
後のプロセス(Levesqueら著,2005年,米国特許第6949380号)では、皮膚基底細胞を骨形成タンパク質(BMP)の拮抗物質に曝すことによって、更にMSX 1遺伝子及び/又はHES1遺伝子のセグメントを含む少なくとも1つのアンチセンスオリゴヌクレオチド存在下で細胞を増殖させることによって、皮膚基底細胞の神経プロジェニタ-細胞、ニュ-ロン細胞、又はグリア細胞への変換を記載している。しかし、本方法で、神経プロジェニタ-細胞又はグリア細胞のいずれかが生産された証拠又は例はない。更には、生産され得た、又は生産され得ない細胞に関する機能性、安定性、増殖及び収率の情報がないために、これら細胞が実際にニュ-ロン細胞へと分化された皮膚由来の前駆体細胞(Fernadesら,2004年)であることは可能である。
【0016】
上記記載を鑑みて、安定で、効果的で、並びに好ましくは自家性である神経幹細胞、神経プロジェニタ-細胞、ニュ-ロン及びグリア細胞、並びに他の細胞型、幹細胞及びプロジェニタ-細胞への要望がある。真の細胞退行分化及び細胞再プログラミングをもたらし得る方法への要望も更にある。」

(3)発明の概要
「【0019】
本発明は、幹様細胞及びプロジェニタ-様細胞、並びにこれら幹様細胞及びプロジェニタ-様細胞から誘導又は分化された細胞に関する。本発明は、細胞退行分化及び細胞再プログラミングのための方法に更に関する。本発明は、再プログラミングのために有用な組成物及び方法、並びに関連する治療用組成物及び方法を更に特徴とする。
【0020】
1つの特別な態様は、体細胞又は非ニュ-ロン細胞を、ニュ-ロン系統及びグリア系統に沿った分化を実行する能力を有する神経幹細胞の1つまたはそれ以上の形態学的、生理学的、免疫学的特徴を有する細胞へと再プログラムするための技術の開発に関する。いくつかの実施形態によると、本発明は、特に、ヒト体細胞、ヒトプロジェニタ-細胞及び/又はヒト幹細胞、並びにこのような方法を用いることから得られた細胞、細胞系及び組織からの安定な神経幹様細胞(NSLCs)の発生の方法に関する。」

(4)発明を実施するための形態
「【0071】
本明細書で使用するとき、「再プログラミング剤」は、異なる型の所望の細胞の形態的及び/又は機能的特性の発現を直接的又は間接的に誘導が可能である化合物を指す。好適な化合物は、第1の型の細胞の異なる型の所望の細胞への直接的又は間接的な形質転換を操作可能であるような化合物である。好適な実施形態では、再プログラミング剤は、本明細書に記載されたように、少なくとも1つの遺伝子調節因子の内因性発現を直接的又は間接的に誘導するために選択される。本発明による再プログラミングで有益であり得る多くの化合物があり、これら化合物は、単独又は組み合わされて使用され得る。種々の実施形態では、再プログラミング剤は、表Aに従って選択されたポリヌクレオチド又はポリペプチドである。


(5)実施例
実施例I ヒト繊維芽細胞の調製
「【0164】
ヒト包皮繊維芽細胞(HFF)を、American Type Culture Collection(ATCC、Manassas、Va)から購入し、10%熱不活性化ウシ胎児血清(FCS、Hyclone Laboratories)、0.1mMの非必須アミノ酸、及び1.0mMのピルビン酸ナトリウム(Invitrogen)を補充されたDulbeccoの変法Eagle培地(DMEM、Invitrogen)を加えた細胞培養フラスコ中、37℃、5%CO_(2)で増殖された。・・・」
「構築されたベクタ-を使用するリポフェクタミンによるHFFの一過性トランスフェクション
【0167】
培養2日後、製造業者のプロトコルに従って、リポフェクタミン試薬(Invitrogen)を用いて、pCMV6-XL5-MBD2(2μg)(DNA脱メチル化剤)で、細胞がトランスフェクトされた。DNA-脂質複合体が細胞に添加され、37℃、5%CO_(2)で24時間インキュベ-トされた。DNA脱メチル化剤を使用してのトランスフェクションから24時間後に、培地が交換され、細胞が、pCMV6-XL5-Musashi1(2μg、Origene)又はpCMV6-XL4-Ngn2(2μg、Origene)で24時間トランスフェクトされた。・・・」
「【0173】
星状細胞、ニュ-ロン、及び希突起膠細胞の遺伝子発現の定量的比較は、再プログラムされた細胞中で示差的に発現される大多数の遺伝子の同定を可能にする。トランスフェクトされていない細胞に比べて再プログラムされた細胞中で富化されることが再現的に見出された遺伝子を同定するための有意性解析アルゴリズムを用いて、表1のデ-タが解析された。MBD2の存在中でのMsi1又はNgn2でのトランスフェクション後、NKx2.2、olig2、及びMAG並びに星状細胞のための2つのマ-カ-(GFAPとAQP4)のような希突起膠細胞プロジェニタ-は、非常に増加した。更に、初期ニュ-ロン細胞の数種のマ-カ-もまた、HFFのトランスフェクション後に増強された。」
「【0177】
本研究は、DNA脱メチル化剤の存在を伴う神経原性転写因子を使用してのニュ-ロン遺伝子並びに神経幹細胞及びニュ-ロン細胞に特異的な蛋白質を発現する細胞に向かうHFFを再プログラムする可能性を示した。これらの再プログラムされた細胞は、少なくとも2週間、培養中で安定であった。」

実施例II 3つの異なる神経原性遺伝子の再プログラミング効率の比較
「【0178】
HFF細胞を、実施例Iのように培養し、CDM I培地にプレ-トした。細胞を、AMAXA Nucleofector(登録商標)装置(Lonza)を使用してトランスフェクトした。・・・」
「【0181】
Average of 3 Housekeeping geneの代わりにAverage of 2 Housekeeping gene(GAPDH&PPIA)が標準化のために使用されたことを除外すれば、実施例Iに記載されたように相対的発現値が計算された。Msi1、Ngn2、及びPax6を含有する3つの異なるベクタ-によるトランスフェクションに続いて、ニュ-ロン系統遺伝子の同定が検討された。
【0182】
表2に示したように、トランスフェクションに続いて14日後に、ニュ-ロン系統のmRNAの相対的発現が、トランスフェクトされていない細胞(HFF)で検出不能であったが、一方MBD2の存在下、Msi1とNgn2でトランスフェクトされた細胞は、神経幹細胞マ-カ-(ネスチン及びSox2)を発現し、しかしながら、Sox2の発現はNgn2又はMsi1によるトランスフェクト後のネスチンの発現よりも非常に高度に発現された。ニュ-ロン細胞及び星状細胞に特異的な遺伝子(βIII-チュ-ブリン、MAP2b、GFAP、及びACHE)も同様に増加された。三分化能関連遺伝子βIII-チュ-ブリン、MAP2b、アセチルコリン、及びGFAPのmRNAsレベルは、Pax6でトランスフェクトされた細胞中では検出不能であり、このことは、Pax6単独では、ニュ-ロン系統へと向かう再プログラミング過程で関与することがないことを示唆している。」

実施例III ベクタ-の種々の組み合わせによるHFFのトランスフェクション及び細胞骨格の崩壊
「【0184】
後成的改変のための神経原性調節因子とサイトカインの種々の組み合わせが、それらの再プログラミング効率へ及ぼす影響を確認するために試験された。・・・ヌクレオフェクチンによる1つの神経原性転写因子を含有する1つ又は2つのベクタ-で、実施例IIに記載されたように、細胞が一過性トランスフェクトされた。2つのDNA脱メチル化剤、MBD2又はGAdd45Bのいずれかでコトランスフェクトされた(例えば、2×10^(6)個の細胞が、pCMV6-XL5MSI1(2μg)とpCMV6-XL5-MBD2(2μg)でトランスフェクトされた)。・・・」
「遺伝子発現解析
【0185】
幹細胞に特異的なマ-カ-(Sox2、ネスチン、GFAP)及び繊維芽細胞に特異的なマ-カ-(Col5A2)に関する遺伝子発現解析が、先に実施例Iで記載されたように、RT-PCRによって実施された。RT-PCR解析は、Sox2、ネスチン及びGFAPの相対的発現が、神経原性転写因子によって細胞をトランスフェクトした後に増加されたことを示した。表3に示したように、Gadd45bの存在中で、1つの転写因子Msi1によって細胞をトランスフェクトすることは、Sox2(22.3±5.26)とGFAP(10.14±0.15)の相対的発現のアップレギュレ-ションと関連性があって、Ngn2によって細胞がトランスフェクトされた場合、それぞれ20倍まで及び10倍まで、これら遺伝子の発現は非常に増強された。2つの神経原性因子(Msi1とNgn2)をGadd45bと組み合わせることは、Sox2とGFAPの発現を更に増強させた。・・・」

実施例IV 接着及び浮遊条件中のNSLCへのHFFの再プログラミングにおけるNucleofector II DeviceとNucleofector 96-well Shuttle Deviceの比較
「【0196】
HFF細胞を、実施例Iに記載されたように培養し、実施例IIに記載されたようなNucleofector II Device(Lonza)を用いて、或いはNucleofector 96-well Shuttle Device(Lonza)を用いてトランスフェクトされた。・・・Nucleofector II Deviceに関しては、細胞懸濁液の各100μlを、プラスミドDNAの2つの異なる混合物と混合された(サンプル1は、pCMV6-XL5-Msi1の2μgとpCMV6-XL5-MBD2の2μgとに混合され、並びにサンプル2は、Msi1/Ngn2の2μgとpCMV6-XL5-MBD2の2μgと混合された)。・・・Nucleofector 96-well Shuttleに関しては、以下の例外項目以外は工程が上記と同様であり、細胞懸濁液が同一の2つのDNA混合物のそれぞれのDNAの0.6μgと混合され、細胞懸濁液が96ウェルのNucleoplate(登録商標)(Lonza)のウェルに移されて、プログラムFF-130(登録商標)でトランスフェクトされた。・・・」
「【0198】
表1は、Nucleofector II DeviceとNucleofector 96-well Shuttle Deviceの双方を使用した、典型的な真剣肝細胞の形態を備えたSox陽性細胞のパ-センテ-ジを示している。後者は、より少量の出発物質(より少量の細胞及びより少量のDNA)でよいという利点を有し、更により多数のSox2陽性細胞を生じる。更には、DNA脱メチル化剤MBD2の存在中でのただ1つの神経原性転写因子(Msi)によるトランスフェクションの際でも、Sox2陽性細胞の非常に小さい群がShuttle Deviceによって観測される。」

実施例V 神経形成アッセイ及び細胞分化アッセイ
「0199】
より大きく比例する再プログラミングが、2つの神経原性遺伝子をトランスフェクトすることによって達成されることを示す先の研究に基づいて、2つの神経原性転写因子(Msi1及びNgn2)を含有するベクタ-Msi1/Ngn2を用いての再プログラミング細胞の数、並びに再プログラミング過程におけるDNA脱メチル化剤又はDNAメチル化阻害剤(5-アザシチジン)及びヒストン脱アセチル化素材外の役割を評価するために、本研究がデザインされた。」
「【0200】
実施例IIIに記載されたように、HFFsが培養され、サイトカラシンBで処理され、同時にVPA(1mM)と5-アザシチジン(0.5μM)で処理された。処理の2日後に、構築されたベクタ-Msdi1/Ngn2を使用して、実施例IIに記載されたようにNeucleofectionによって、細胞がトランスフェクトされた。・・・」

実施例VI HFFsの再プログラミングにおけるBMP信号伝達経路の意味
「【0220】
本研究は、HFFsのNSLCsへと向かう退行分化の過程におけるノギンの役割を評価するためにデザインされた。HFFsは、実施例IIIに記載されたように、培養され、サイトカラシンBで処理された。2日後に、実施例IIに記載されたように、細胞が、構築されたベクタ-Msi1/Ngn2を使用して、Nucleofectionによってトランスフェクトされた。・・・」

実施例IX NSLCsに向かう異なる細胞型の再プログラミング
「【0227】
本研究は、角化細胞(Invitrogen)、ヒト脂肪細胞由来幹細胞(ADSCs、Invitrogen)及びヒト造血幹細胞(CD34+、Invitrogen)が神経幹様細胞へと向かう能力について検討するために実施された。」
「【0231】
トランスフェクションに先立って、細胞がトリプシンで処理されて、Shuttleを用いる実施例IV中で先に記載されたように、pCMV-Msi1-Ngn2及びpCMV6-XL5-MBD2で一過性コトランスフェクトされて、ラミニン(Sigma、10μg/ml)でコ-ティングされた培養プレ-トに播種した。・・・」
「【0232】
再プログラムされた細胞の更なる解析及び定量化は、NSLCsの群が角化細胞とCD34+細胞から引き起こされたことを示した。RT-PCR解析は、Msi1及びNgn2による角化細胞とCD34+細胞のトランスフェクション後に、Sox2、ネスチン、GFAP、及びβIII-チュ-ブリンなどのような神経幹細胞マ-カ-の相対的発現の増加を確認した。」

実施例X 3D細胞外マトリックス(CDM)の組立て
「【0238】
・・・この完全に化学的に限定された培地中で繊維芽細胞を超集密的密度にて培養することによって、増殖速度が低減された高合成期へとそれら細胞が移行することを引き起こし繊維芽細胞それ自体によって完全に合成される新生3D細胞外マトリックス(CDM)内の繊維芽細胞の多重層からなる生きた組織等価物(LTE)の生産へと誘導する。」
「【0242】
次いで、上記のように、VPA(4mM)、5-Aza(5μM)及びサイトカラシンB(10μg/ml)で、CDMが処理された。化学的処理から2日後に、CDM内の繊維芽細胞が、リポフェクタミン剤(Invitrogen)を用いて、製造業者の取扱説明書に従って、DNAでトランスフェクトされた。細胞をトランスフェクトするために、真核細胞DNA発現ベクタ-pCMV6-XL5-Pax6、pCMV6-XL5-Msi1及びpCMV6-XL4-Ngn2(Origene)が使用された。・・・実施例IIで記載された方法に従って、種々の時点にて、免疫組織化学解析及びRT-PCRが実施された。先の研究と一致して、トランスフェクトされていない細胞及びPax6でトランスフェクトされた細胞は、ニュ-ロン系統に特異的な遺伝子を発現しなかった(表25)。これに反して、Msi1によるトランスフェクション後には、ネスチン及びACHEのレベルは、それぞれ4倍及び8倍まで増加され、並びにこの発現は12日間を超えて維持された。更にGFAP mRNAのレベルも、約14倍まで時間依存的に増強された。同様に、Ngn2でトランスフェクトされた細胞においても、同じパタ-ンが観察された。」

実施例XI CDM内の再プログラムされた細胞遺伝子発現解析
「【0246】
本研究は、再プログラミング過程で、MBD2の存在中で、Msi1及びNgn2によって細胞をトランスフェクトすることの効果を試験するようにデザインされた。実施例Xに記載されたように、サイトカラシンBによる前処理の2日後に、リポフェクタミン剤を用いて、細胞がDNA発現ベクタ-によってトランスフェクトされた。真核細胞DNA発現ベクタ-pCMV6-XL5-Musashi1又はpCMV6-XL4-Ngn2、及びpCMV6-XL5-MBD2(Origene)が、細胞をコトランスフェクトするために用いられた。・・・」

実施例XII リポフェクタミン及びヌクレオフェクチンによるCDM内の細胞の再プログラミング
「【0249】
本研究は、リポフェクタミンとヌクレオフェクチンを組み合わせることによる、並びに2つのベクタ-pCMV6-XL5-Msi1とpCMV6-XL4-Ngn2を個別に又は組み合わせて使用するCDMのトランスフェクションを改善するためにデザインされた。サイトカラシンBでの前処理後2日後又は前処理されず、4日目のCDM内の細胞を、MSi1/MBD2、Ngn2/MBD2又はMsi/Ngn2/MBD2によって、6時間、脂質トランスフェクトした。・・・」

実施例XVI 一過性トランスフェクションからのNSLCs中におけるプラスミドDNAの非ゲノム組込み
「【0258】
MBD2(サンプル1に関して)又は5-Aza及びVPA(サンプル2に関して)を伴うNSLCsの発生のための一過性トランスフェクションで、DNAプラスミドMsi1/Ngn2(社内でデザインされ構築された)が使用された。」

2 判断
発明の詳細な説明の記載によれば、本願発明が解決しようとする課題は、神経変性疾患の治療等のための、安定で、効果的で、自家性である神経幹細胞(請求項1の「多能性または単分化能性である神経系細胞」に相当すると認められる。発明の詳細な説明においては、「神経幹細胞」、「神経幹様細胞」、「神経プロジェニター」、「神経プロジェニター細胞」、「NSLC」が請求項1の「多能性または単分化能性である神経系細胞」と同義で使用されていると認められる。)を提供することにあると認められ(段落【0002】、【0016】)、請求項1には、「繊維芽細胞、角化細胞、血液細胞、および骨髄細胞から選択される第1の型の細胞」に対して(1)、(2)、(3)及び(4)のステップを施すことにより、「多能性または単分化能性である神経系細胞へと再プログラミングする方法」が記載されている。このうち、ステップ(2)は、「前記第1の細胞」すなわち、ステップ(1)で「ヒストンアセチル化剤、ヒストン脱アセチル化の阻害剤、DNA脱メチル化剤、及び/又は、DNAメチル化の化学的阻害剤」を導入して「クロマチン及び/又はDNAを再構築」した第1の細胞に対して、「少なくとも1種の再プログラミング剤を一過的に適用」するステップであって、「再プログラミング剤は、CALB1、DLL1、DLX1イソ型1、DLX1イソ型2、DLX2、FOXD3、GJD2、HES1、HES3、HES5、HOXB1、MNX1イソ型1、MNX1イソ型2、MSI1、NEUROD1、NEUROG1、NEUROG2(NGN2)、NKX6.1、SFRP2、SIX3、及びSOX1からなる群より選択されるポリペプチド、又は、当該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドであり」と記載されている。したがって、本願がサポート要件を満たすには、発明の詳細な説明において、請求項1に列挙された上記21種類の再プログラミング剤のいずれを用いた場合にも上記課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されている必要がある。
この点について検討するに、発明の詳細な説明には、再プログラミング剤について、異なる型の所望の細胞の形態的及び/又は機能的特性の発現を直接的又は間接的に誘導が可能である化合物である旨記載され、実施形態として表Aのポリヌクレオチド又はポリペプチドが挙げられている(段落【0071】)。表Aには、所望の第2の細胞型が神経幹様細胞(請求項1の「多能性または単分化能性である神経系細胞」に相当すると認められる。)である場合の再プログラミング剤として、請求項1に記載された21種類に、NANOG、PAX6イソ型a*、PAX6イソ型a、PAX6イソ型b及びSOX2の5種類を加えた合計26種類が記載されているが、発明の詳細な説明にはそれらを神経幹様細胞用の再プログラミング剤として使用できることの根拠(作用機序等)についての記載はない。
一方、実施例において、第1の型の細胞を「多能性又は単分化能性である神経系細胞」へと再プログラミングできたことが具体的に示されているのは、Musashi1(Msi1)及びNeurogenin2(Ngn2)(表Aでは「NEUROG2」と記載されている。)のみである。すなわち、再プログラミング剤を用いた請求項1のステップ(2)を含む実施例は、上記1(5)に摘記した11個であるところ、実施例Iには、Musashi1(Msi1)及びNeurogenin2(Ngn2)をそれぞれ単独で用いた場合にヒト包皮線維芽細胞を神経幹細胞に再プログラミングできたことが、実施例IIには、Musashi1(Msi1)、Neurogenin2(Ngn2)及びPAX6の3種類の再プログラミング効率を比較したところ、Musashi1(Msi1)及びNeurogenin2(Ngn2)では神経幹細胞への再プログラミングが認められたのに対して、PAX6ではニューロン系統すなわち神経系統への再プログラミングが認められなかったことが記載されている。そして、それ以降は、一貫してMusashi1(Msi1)及び/又はNeurogenin2(Ngn2)を用いて、サイトカインとの組み合わせの検討(実施例III)、トランスフェクトに用いるデバイスの比較(実施例IV)、ステップ(1)で用いる剤の検討(実施例V)、ノギンの役割の検討(実施例VI)、線維芽細胞以外の種類の細胞型の再プログラミング(実施例IX)、3D細胞外マトリックスを用いた再プログラミング(実施例X)、3D細胞外マトリックスを用いた場合の遺伝子発現(実施例XI)、トランスフェクションに用いる試薬の検討(実施例XII)、及びベクターの検討(実施例XVI)に関する実験結果が示されている。
発明の詳細な説明の背景技術の項にも記載されているとおり、本願出願日当時、自家性の神経幹細胞(多能性または単分化能性である神経系細胞)を提供するために皮膚細胞等の体細胞を分化形質転換する試みがなされていたものの、成功例は未だ報告されていないという技術水準にあったこと(段落【0011】?【0016】)、表Aに再プログラミング剤の実施形態として挙げられた26種類について再プログラミング剤として使用できることの根拠(作用機序等)について何ら説明がないこと、及びPAX6は表Aに再プログラミング剤として表Aに記載されているにもかかわらず実施例IIIにおいて神経幹細胞への再プログラミング作用が認められなかったことに鑑みると、請求項1に(表Aにも)記載された21種類のうちMusashi1(Msi1)及びNeurogenin2(Ngn2)以外のものについては、Musashi1(Msi1)及びNeurogenin2(Ngn2)と同様に再プログラミング作用を有するのか、それともPAX6のように再プログラミング作用を発揮できないのかは、実験的に確認をしてみなくてはわからないというべきである。すなわち、発明の詳細な説明において、実験的な確認がなされていないものについては、当業者がMusashi1(Msi1)やNeurogenin2(Ngn2)と同様の再プログラミング作用を有すると認識することはできないというべきである。
したがって、発明の詳細な説明には、請求項1に列挙された上記21種類の再プログラミング剤のいずれを用いた場合にも上記課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているとは認めることができないから、本願は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
また、発明の詳細な説明に、請求項1に列挙された上記21種類の再プログラミング剤のうちMusashi1(Msi1)及びNeurogenin2(Ngn2)以外のものを用いる場合について本願発明に係る方法を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものとは認められないから、本願は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

3 請求人の主張に対して
平成31年4月16日付け意見書において、請求人は、次のとおりの主張をする。
「請求項1を補正し、再プログラミング剤の選択肢を、当初明細書[0071]の表Aにおいて神経幹様細胞の再プログラミング剤として挙げられているものに限定することにより対処いたしました。表Aは遺伝子調節に関する出願人の知識を具体的に反映したものであり、当業者が本願発明を実施する上で重要な情報であると言えます。斯かる当初明細書の記載に、出願当時の技術常識を考え合わせれば、当業者であれば補正後請求項1に記載の再プログラミング剤を用い、補正後請求項1に係る再プログラミング方法を実施することは十分に可能であります。」
しかしながら、表Aはポリヌクレオチド又はポリペプチドの名称とRefSeq/GenBank、UniProt及びUniGeneにおけるアクセッション番号を開示するだけであるから、遺伝子調節に関する知識を具体的に示すものとは認められないし、本願出願当時、実験的な確認なしに再プログラミング剤として作用し得ることを認めるに足りる技術常識があったとは認められないことは上述のとおりであるから、請求人の上記主張を採用することはできない。

第5 むすび
以上のとおり、本願は、特許法第36条第6項第1号及び同条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2019-09-24 
結審通知日 2019-10-01 
審決日 2019-10-15 
出願番号 特願2016-59620(P2016-59620)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (C12N)
P 1 8・ 536- WZ (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 太田 雄三  
特許庁審判長 田村 聖子
特許庁審判官 長井 啓子
小暮 道明
発明の名称 細胞の再プログラミングのための方法とその用途  
代理人 三橋 真二  
代理人 武居 良太郎  
代理人 青木 篤  
代理人 中島 勝  
代理人 渡辺 陽一  

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