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審決分類 |
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09D 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09D |
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管理番号 | 1360300 |
審判番号 | 不服2018-13238 |
総通号数 | 244 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2020-04-24 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2018-10-03 |
確定日 | 2020-03-05 |
事件の表示 | 特願2014-139483「活性エネルギー線硬化型インク、インク入りインクカートリッジ、画像乃至硬化物の形成方法、及び画像乃至硬化物の形成装置」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 4月30日出願公開、特開2015- 83656〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、平成26年7月7日の出願であって、平成29年12月27日付けで拒絶理由が通知され、平成30年3月12日に意見書及び手続補正書が提出され、同年6月25日付けで拒絶査定がされ、これに対し、同年10月3日に拒絶査定不服審判の請求がされると同時に手続補正書が提出され、令和元年7月18日付けで、当審により拒絶理由(以下、「当審拒絶理由」という。)が通知され、同年9月24日に意見書及び手続補正書が提出されたものである。 第2 本願発明 本願の特許請求の範囲の請求項1?15に係る発明は、令和元年9月24日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?15に記載された事項により特定されるところ、その請求項1には、次のように記載されている(以下、請求項1に係る発明を、「本願発明」という。)。 「重合性化合物を含有する活性エネルギー線硬化型インクジェット用インクであって、 前記重合性化合物が、単独重合体のガラス転移温度が90℃以上の単官能重合性モノマーを含み、 前記単官能重合性モノマーとして、 単官能重合性モノマーの単独重合体のガラス転移温度が90℃以上でありかつポリカーボネート基材を溶解可能な第3のモノマーを含み、 さらに、単独重合体のガラス転移温度が90℃以上でありかつポリカーボネート基材を溶解しない第1のモノマー、及びポリカーボネート基材を溶解可能でありかつ前記第3のモノマーとは異なる第2のモノマーの少なくともいずれかを含み、 前記単官能重合性モノマーが前記第2のモノマーを含む場合の前記第2のモノマーの含有量が、前記重合性化合物全量に対して、30質量%以上であり、 前記第3のモノマーの含有量が、前記重合性化合物全量に対して、40質量%以上であり、 前記活性エネルギー線硬化型インクによりポリカーボネート基材上に平均厚み10μmの塗膜を形成し、15秒間後に、該塗膜に光量1,500mJ/cm^(2)の活性エネルギー線照射を行い硬化させた硬化物が、下記1)の条件を満たすことを特徴とする活性エネルギー線硬化型インクジェット用インク。 1)引張り試験機を用いて、引張り速度20mm/min、温度180℃で延伸した場合の前記硬化物の延伸性=(引張試験後の長さ)/(引張試験前の長さ)が2以上である。」 第3 当審拒絶理由 当審拒絶理由の要旨は、次のとおりのものである。 「理由1(サポート要件)この出願は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。 理由2(明確性要件)この出願は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。 理由3(実施可能要件)この出願は、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。」 第4 当審の判断 1 理由1について (1)特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するかどうか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明、すなわち本願発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、上記の観点に立って、本件について検討することとする。 (2)本願発明について 本願発明は、上記第2に記載したとおりのものである。 (3)本願明細書の発明の詳細な説明の記載について 本願明細書には次の事項が記載されている(下線は当審が付与した。)。 ア 「【発明の詳細な説明】 【技術分野】 【0001】 本発明は、活性エネルギー線硬化型インク、インク入りインクカートリッジ、画像乃至硬化物の形成方法、及び画像乃至硬化物の形成装置に関する。」 イ 「【背景技術】 【0002】 従来より、活性エネルギー線硬化型インクは、オフセット、シルクスクリーン、トップコート剤などに供給、使用されてきたが、乾燥工程の簡略化によるコストダウンや、環境対応として溶剤の揮発量低減などのメリットから近年使用量が増加している。 最近では、産業用途として、加工を施す基材に対しても、活性エネルギー線硬化型インクを用いて印刷を施す用途が増加している。そのため、基材に対する画像(硬化物)の密着性はもちろん、活性エネルギー線硬化型インクによって得られる画像(硬化物)に対しても、硬度、加工性(延伸性、打ち抜き加工性など)、耐擦過性も求められている。 【0003】 しかし、従来の活性エネルギー線硬化型インクによる硬化膜は、固いがもろい特性を示す場合が多く、例えば、硬化性に優れ、得られる画像の耐ブロッキング性及び伸長性に優れるインク組成物が提案されている(特許文献1参照)。 また、希釈溶剤を用いなくても低粘度であり、非吸収性の記録媒体に対しても良好な印刷品質が得られ、特に記録媒体への密着性に優れるエネルギー線硬化型インク組成物が提案されている(特許文献2参照)。」 ウ 「【発明が解決しようとする課題】 【0006】 しかしながら、加工性を要求される用途に関して、基材への密着性、硬度、及び延伸性を兼ね備えた硬化物を得ることができる活性エネルギー線硬化型インクは提供されておらず、その速やかな提供が望まれている。 【0007】 本発明は、従来における前記諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、基材への密着性、硬度、及び延伸性を兼ね備えた硬化物を得ることができる活性エネルギー線硬化型インクを提供することを目的とする。」 エ 「【発明を実施するための形態】 【0011】 (活性エネルギー線硬化型インク) 本発明の活性エネルギー線硬化型インクは、後述する特定の重合性化合物を組み合わせて用いることで、これまで困難であった、基材への密着性、硬度、及び延伸性の全てに優れ、更には打ち抜き加工性にも優れる硬化物を提供することが可能なものであり、また、低粘度が要求されるインクジェット用インクとしても用いることができる。 【0012】 本発明の活性エネルギー線硬化型インクは、当該インクによりポリカーボネート基材上に平均厚み10μmの塗膜を形成し、該塗膜に光量1,500mJ/cm^(2)の活性エネルギー線照射を行い硬化させた硬化物を、引張り試験機を用いて、引張り速度20mm/min、温度180℃で延伸した場合の硬化物の延伸性=(引張試験後の長さ)/(引張試験前の長さ)が2以上であり、3以上が好ましい。 また、本発明の活性エネルギー線硬化型インクは、ポリカーボネート基材を溶解可能である。前記インクが、前記ポリカーボネート基材を溶解可能であることは、以下に示すポッティング試験により確認することができる。即ち、前記ポリカーボネート基材の表面にスポイトを用いて、活性エネルギー線硬化型インクを1滴垂らして15秒間後に繊維くずの出にくいワイパー(旭化成繊維株式会社製、ベンコットM-3II)を用いて、前記活性エネルギー線硬化型インクを拭き取り、25倍のルーペ(東海産業株式会社製、Peakポケットマイクロスコープ25倍)を用いて目視と指触とで、前記ポリカーボネート基材がインクに溶解したか否かで判定することができる。 【0013】 前記ポリカーボネート基材に対する活性エネルギー線硬化型インクの硬化物の密着性は、活性エネルギー線硬化型インクの基材溶解性と相関があり、ポリカーボネート基材を溶解する能力が高い活性エネルギー線硬化型インクの硬化物は、ポリカーボネート基材に対しての密着性が高い。この場合、インクのポリカーボネート基材を溶解する能力は、重合性モノマーの種類、含有量、及びインクと基材とが接している時間も影響する。即ち、インクがポリカーボネート基材に接触してから硬化するまでの時間が比較的長い場合には、重合性モノマーの種類、及び含有量の影響は少ないが、作像速度が速い、即ち、インクがポリカーボネート基材に接触してから硬化するまでの時間が短いほど、重合性モノマーの種類、及び含有量の影響が大きくなる傾向にある。 したがって、本発明の活性エネルギー線硬化型インクを、ポリカーボネート基材上に平均厚み10μmの塗膜を形成し、15秒間後に、該塗膜に光量1,500mJ/cm2の活性エネルギー線照射を行い硬化させた硬化物を、JIS K5400の碁盤目試験に準じて測定した、ポリカーボネート基材と硬化物の密着性は、70以上であり、80以上が好ましく、95以上がより好ましい。また、前記塗膜形成後から活性エネルギー線照射までの時間を5秒間にした場合においても、前記密着性の基準を満たすことが生産効率の観点から好ましい。 【0014】 <重合性化合物> 前記重合性化合物は、活性エネルギー線(紫外線、電子線等)により重合反応を生起し、硬化する化合物であり、本発明においては、単独重合体のガラス転移温度が90℃以上の単官能重合性モノマーを含み、好ましくは、前記単官能重合性モノマーとして、単独重合体のガラス転移温度が90℃以上である第1のモノマーと、ポリカーボネート基材を溶解可能な第2のモノマーとを共に含むか、又は、単官能重合性モノマーの単独重合体のガラス転移温度が90℃以上でありかつポリカーボネート基材を溶解可能な第3のモノマーを含む。 前記単官能重合性モノマーを組み合わせることにより、高延伸性、及び高密着性を持ち、かつ高硬度な硬化物を得ることが可能となる。 【0015】 <第1のモノマー> 前記第1のモノマーとしては、前記モノマーの単独重合体のガラス転移温度(Tg)が90℃以上であれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ヒドロキシエチル(メタ)アクリルアミド、イソボルニル(メタ)アクリレート、アダマンチル(メタ)アクリレート、2-メチル-2-アダマンチル(メタ)アクリレート、(メタ)アクリロイルモルホリン、ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、ジシクロペンテニル(メタ)アクリレート、ジシクロペンタニル(メタ)アクリレート、ジシクロペンテニルオキシエチル(メタ)アクリレート、などが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、環状構造を有するモノマーが好ましい。 前記環状構造を有するモノマーとしては、例えば、イソボルニル環を有するイソボルニル(メタ)アクリレート、アダマンチル環を有するアダマンチル(メタ)アクリレートが特に好ましい。前記環状構造を有するモノマーをインク成分中に配合すると、硬化させた硬化物の強度や剛性を持たせることができる。そのため、鉛筆硬度が向上する。また原理は定かではないが、密着性が向上する。環構造部分が面で基材と密着し、VanDerWaars力の上昇により、密着性が向上すると考えられる。 【0016】 前記第1のモノマーの単独重合体のガラス転移温度(Tg)は、第1のモノマーのホモポリマーの硬化物のガラス転移温度を意味する。前記ガラス転移温度(Tg)は、モノマーのメーカーのカタログ値が存在する場合にはその値を採用し、存在しない場合には示差走査熱量測定(DSC)法によって測定した値である。 【0017】 前記第1のモノマーの含有量は、重合性化合物全量に対して、50質量%以上が好ましく、50質量%以上70質量%以下がより好ましく、50質量%以上60質量%以下が更に好ましい。前記含有量を、50質量%以上とすることで、硬化させた硬化物の強度や剛性を持たせることができ、鉛筆硬度が向上するという利点が得られ易くなる。 【0018】 <第2のモノマー> 前記第2のモノマーは、基材、特にポリカーボネート基材を溶解可能なモノマーであり、前記基材との密着性を良好にすることができる。 前記第2のモノマーとしては、前記基材を溶解可能であれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、テトラヒドロフルフリル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、(メタ)アクリロイルモルホリン、ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド、(シクロヘキサンスピロ-2-(1,3-ジオキソラン-4-イル))メチルアクリレート(CHDOL-10(大阪有機化学工業株式会社製))、(2-メチル-2-エチル-1,3-ジオキソラン-4-イル)メチルアクリレート(MEDOL-10(大阪有機化学工業株式会社製))、4-アクリロイルオキシメチル-2-シクロヘキシル-1,3-ジオキソランなどが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。 【0019】 前記第2のモノマーが、基材を溶解可能であることは、以下に示すポッティング試験により確認することができる。即ち、ポリカーボネート基材又は用いる基材の表面にスポイトを用いて、前記第2のモノマーを1滴垂らして所定時間経過後に繊維くずの出にくいワイパー(旭化成繊維株式会社製、ベンコットM-3II)を用いて、前記第2のモノマーを拭き取り、目視と指触とでポリカーボネート基材又は用いる基材が溶解したか否かを判定することができる。なお、前記所定時間は、所望の生産性や密着性、用いるモノマーや基材に応じて適宜設定することができ、当該時間が短いほど、基材に対する密着性の高い画像乃至硬化物を効率的に得られることになる。 前記第2のモノマーの含有量は、前記重合性化合物の全量に対して、30質量%以上が好ましく、30質量%以上50質量%以下がより好ましく、40質量%以上50質量%以下が更に好ましい。前記含有量を、30質量%以上とすることで、充分に基材を溶解することができ、基材に対する硬化物の密着性を確保することができるという利点が得られ易くなる。 【0020】 <第3のモノマー> 前記第3のモノマーは、前記モノマーの単独重合体のガラス転移温度(Tg)が90℃以上であり、かつ基材、特にポリカーボネート基材を溶解可能なモノマーである。 前記第3のモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリロイルモルホリン、ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミドなどが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、環状構造を有するモノマーが好ましい。 前記環状構造を有するモノマーとしては、(メタ)アクリロイルモルホリンがある。前記環状構造を有するモノマーをインク成分中に配合すると、硬化させた硬化物の強度や剛性を持たせることができる。そのため、鉛筆硬度が向上する。また原理は定かではないが、密着性が向上する。環構造部分が面で基材と密着し、VanDerWaars力の上昇により、密着性が向上すると考えられる。 前記第3のモノマーの単独重合体のガラス転移温度(Tg)は、前記第1のモノマーと同様にして、示差走査熱量測定(DSC)法で測定することができる。 前記第3のモノマーが、基材を溶解可能であることは、前記第2のモノマーと同様にして判定することができる。 【0021】 前記第3のモノマーの含有量は、前記重合性化合物の全量に対して、30質量%以上が好ましく、50質量%以上がより好ましい。なお、前記第3のモノマーは、前記第1のモノマーとしても前記第2のモノマーとして機能しうるモノマーであるため、前記第1のモノマーや前記第2モノマーと併用する場合には、ガラス転移温度(Tg)が90℃以上である単官能モノマーの含有量が50質量%以上であり、かつポリカーボネート基材を溶解可能な単官能性モノマーの含有量が30質量%以上となるように、これら第1?第3モノマーを含有することが好ましい。」 「【0053】 <<基材>> 本発明の画像乃至硬化物の形成方法において用いることができる前記基材としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、紙、プラスチック、金属、セラミック、ガラス、又はこれらの複合材料などが挙げられる。 これらの中でも、本発明の活性エネルギー線硬化型インクは光照射により直ちに硬化する点から、非浸透性の基材が好ましく、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、ABS樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、その他のポリエステル、ポリアミド、ビニル系材料、アクリル樹脂、又はこれらを複合した材料からなるプラスチックフィルムやプラスチック成型物がより好ましい。 前記基材としてポリカーボネート又はABS樹脂を用いる時には、テトラヒドロフルフリル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、(メタ)アクリロイルモルホリンが、前記ポリカーボネートの溶解性が高い点から好ましい。前記基材としてアクリルを用いる時には、ジメチルアミノプロピルアクリルアミドが、アクリル樹脂の溶解性が高い点から好ましい。」 (4)本願発明の課題について 上記本願明細書の記載によれば、従来の活性エネルギー線硬化型インクによる硬化膜は、固いがもろい特性を示す場合が多く(【0003】)、加工性を要求される用途に関して、基材への密着性、硬度、及び延伸性を兼ね備えた硬化物を得ることができる活性エネルギー線硬化型インクは提供されていない(【0006】)ことから、本願発明は、加工性を要求される用途に用いられるような、基材への密着性、硬度、及び延伸性を兼ね備えた硬化物を得ることができる活性エネルギー線硬化型インクを提供すること(【0007】)を発明が解決しようとする課題に有しているものと認められる。 (2)そこで、以下、本願発明(活性エネルギー線硬化型インク)に関し、加工性を要求される用途に用いられるような、基材への密着性及び硬度を兼ね備えた硬化物を得ることができるか否かの観点で、本願発明が、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものか否か、また、その記載や示唆がなくても当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かについて検討する。 ア 本願発明の硬化物の基材への密着性について 本願明細書の発明の詳細な説明には、ポリカーボネート基材に対する活性エネルギー線硬化型インクの硬化物の密着性は、活性エネルギー線硬化型インクの基材溶解性と相関があり、ポリカーボネート基材を溶解する能力が高い活性エネルギー線硬化型インクの硬化物は、ポリカーボネート基材に対しての密着性が高いこと(上記(3)エ【0013】)が記載されている。 また、単官能重合性モノマーとして、単独重合体のガラス転移温度が90℃以上である第1のモノマーと、ポリカーボネート基材を溶解可能な第2のモノマーとを共に含むか、又は、単官能重合性モノマーの単独重合体のガラス転移温度が90℃以上でありかつポリカーボネート基材を溶解可能な第3のモノマーを含むことにより、高延伸性、及び高密着性を持ち、かつ高硬度な硬化物を得ることが可能となること(上記(3)エ【0014】)が記載されている。 そして、環状構造を有するモノマーをインク成分中に配合すると、硬化させた硬化物の強度や剛性を持たせることができ、そのため、鉛筆硬度が向上すること、及び、密着性が向上すること(【0015】、【0020】)が記載されている。 しかしながら、本願発明においては、「基材」の材質については特定されておらず、本願明細書の発明の詳細な説明には、「本発明の画像乃至硬化物の形成方法において用いることができる前記基材としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、紙、プラスチック、金属、セラミック、ガラス、又はこれらの複合材料などが挙げられる。」(【0053】)と記載されており、本願発明における基材は、ポリカーボネート基材に限られるものではないことが記載されている。 また、本願発明においては、環状構造を有するモノマーをインク成分中に配合することは特定されていない。 そして、技術常識によれば、活性エネルギー線硬化型インクの硬化物について、ポリカーボネート基材と、紙、金属、セラミック、ガラス等の基材とは、活性エネルギー線硬化型インクに対する溶解性や基材の表面性状が、材質によって大きく異なることから、ポリカーボネート基材に対する密着性と、紙、金属、セラミック、ガラス等の基材に対する密着性とが異なるものとなることは明らかである。 そうすると、仮に、本願明細書の発明の詳細な説明に記載の作用機序が適切なものであるとしても、基材の材質について特定されておらず、ポリカーボネート基材以外の基材を含み、また環状構造を有するモノマーを配合することが発明特定事項とされていない本願発明が、発明の詳細な説明により、加工性を要求される用途に用いられるような密着性を備えた硬化物となることを、当業者が認識することができない。 イ 本願発明の硬化物の硬度について 上記アで述べたように、明細書の発明の詳細な説明には、本願発明においては、単官能重合性モノマーとして、単独重合体のガラス転移温度が90℃以上である第1のモノマーと、ポリカーボネート基材を溶解可能な第2のモノマーとを共に含むか、又は、単官能重合性モノマーの単独重合体のガラス転移温度が90℃以上でありかつポリカーボネート基材を溶解可能な第3のモノマーを含むことにより、高延伸性、及び高密着性を持ち、かつ高硬度な硬化物を得ることが可能となること(【0014】)が記載され、環状構造を有するモノマーをインク成分中に配合すると、硬化させた硬化物の強度や剛性を持たせることができ、そのため、鉛筆硬度が向上すること、及び、密着性が向上すること(【0015】、【0020】)が記載されている。 そして、第1のモノマーの含有量は、50質量%以上とすることで、硬化させた硬化物の強度や剛性を持たせることができ、鉛筆硬度が向上するという利点が得られ易くなること(【0017】)が記載されている。 しかしながら、本願発明は、環状構造を有するモノマーをインク成分中に配合すること、及び、第1のモノマーの含有量を50質量%以上とすることについては特定されていない。 しかも、技術常識によれば、活性エネルギー線硬化型インクの硬化物の硬度は、インクに含まれる重合性モノマーの種類によって左右されることは明らかであり、単官能重合性モノマーのガラス転移温度、及び、ポリカーボネート基材を溶解可能かどうかによって、単官能重合性モノマーの種類は特定されるものではないから、第1ないし第3のモノマーの種類について特定されない本願発明が、発明の詳細な説明により、加工性を要求される用途に用いられるような硬度を備えた硬化物となることを、当業者が認識することができない。 ウ 実施例について 本願明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例1?18には、重合性化合物を構成する第1?第3のモノマーの組み合わせとしてごく少数の例しか示されておらず、これらの結果をもって、無数の組み合わせを有する本願発明の他の重合性化合物も同様の作用効果を奏するものとは認められない。また、実施例1?6、8?18は、基材をポリカーボネート(PC)としたものであり、実施例7は、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)としたものであり、実施例1?18について、本願発明のポリカーボネート基材に対する密着性が示されたとしても、実施例には、紙、金属、セラミック、ガラス等の基材に対する密着性は示されておらず、当該実施例1?18を参酌しても、本願発明が、発明の詳細な説明により、加工性を要求される用途に用いられるような密着性を備えた硬化物となることを、当業者が認識することができない。 エ また、本願発明が、上記課題を解決するものであると認識できるような技術常識は見当たらない。 オ 以上のとおり、本願発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえないので、請求項1の記載は、特許法第36条第6項第1号の規定を満たしていない。 2 理由2について (1)本願発明において、「第2のモノマー」は、ガラス転移温度については規定されておらず、「第3のモノマー」に含まれるモノマーを排除するものではないから、「第2のモノマー」に含まれ、「第3のモノマー」にも含まれるモノマーが存在することは明らかである。本願の明細書の発明の詳細な説明(【0018】、【0020】)にも、「第2のモノマー」(【0018】)及び「第3のモノマー」(【0020】)の両者に「(メタ)アクリロイルモルホリン」、「ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド」が例示されている。 そうすると、たとえば、「(メタ)アクリロイルモルホリン」(以下、単に、「(A)」ともいう。)が「第2のモノマー」であり、「ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド」(以下、単に、「(B)」ともいう。)が「第3のモノマー」である場合や、「(メタ)アクリロイルモルホリン」(A)が「第3のモノマー」であり、「ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド」(B)が「第2のモノマー」である場合が生じ、「第2のモノマー」及び「第3のモノマー」は明確に区別されるものではないから、本願請求項1の記載は明確ではない。 (2)また、同一の組の単官能重合性モノマーについて、「第2のモノマー」、「第3のモノマー」をどちらに定めるかによって、本願発明に含まれる場合と、含まれない場合とが存在する。例えば、「第2のモノマー」及び「第3のモノマー」に含まれるモノマーとして(A)及び(B)が存在し、(A)が30質量%、(B)が40質量%だとすると、(A)を「第2のモノマー」とし、(B)を「第3のモノマー」とみなせば、本願発明に含まれることになるが、(B)を「第2のモノマー」とみなすと、(A)は「重合性化合物全量に対して、40質量%以上」という規定を満たさないから、「第3のモノマー」とみなすことができず、本願発明に含まれないことになる。 そうすると、「第2のモノマー」、「第3のモノマー」をどちらに定めるかによって、本願発明に含まれる場合と、含まれない場合とが存在することになる。そして、本願発明では、「第2のモノマー」、「第3のモノマー」をどのように定めるかについては、特段の規定がないことから、このような点からも、本願請求項1の記載は明確とはいえない。 3 理由3について 技術常識によれば、硬化物の延伸性は、それに含まれる成分にも左右されることは明らかであるから、本願請求項1において規定された 「重合性化合物を含有する活性エネルギー線硬化型インクジェット用インクであって、 前記重合性化合物が、単独重合体のガラス転移温度が90℃以上の単官能重合性モノマーを含み、 前記単官能重合性モノマーとして、単官能重合性モノマーの単独重合体のガラス転移温度が90℃以上でありかつポリカーボネート基材を溶解可能な第3のモノマーを含み、 さらに、単独重合体のガラス転移温度が90℃以上でありかつポリカーボネート基材を溶解しない第1のモノマー、及びポリカーボネート基材を溶解可能でありかつ前記第3のモノマーとは異なる第2のモノマーの少なくともいずれかを含み、 前記単官能重合性モノマーが前記第2のモノマーを含む場合の前記第2のモノマーの含有量が、前記重合性化合物全量に対して、30質量%以上であり、 前記第3のモノマーの含有量が、前記重合性化合物全量に対して、40質量%以上であ」る「活性エネルギー線硬化型インクジェット用インク」について、どのような種類の「第1のモノマー」?「第3のモノマー」を用いたとしても、「活性エネルギー線硬化型インクによりポリカーボネート基材上に平均厚み10μmの塗膜を形成し、15秒間後に、該塗膜に光量1,500mJ/cm^(2)の活性エネルギー線照射を行い硬化させた硬化物が」、「引張り試験機を用いて、引張り速度20mm/min、温度180℃で延伸した場合の前記硬化物の延伸性=(引張試験後の長さ)/(引張試験前の長さ)が2以上」のものに、必ずなるものではないことは明らかである。 一方、本願の明細書には、上記「特定のモノマーを含む活性エネルギー線硬化型インク」が、上記「延伸性=(引張試験後の長さ)/(引張試験前の長さ)が2以上」を満たさないのものとなった場合に、どのようにして上記「延伸性=(引張試験後の長さ)/(引張試験前の長さ)が2以上」を満たすようにすればいいのかについては、何ら記載されておらず、しかも、そのような手法は、当業者にとって明らかでもない。 そうすると、本願発明は、明細書に記載された発明の実施についての教示と出願時の技術常識とに基づいても、当業者がどのように実施するかが理解できないものであり、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要があるといえることから、本願は、当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されているとはいえない。 第5 むすび 以上のとおり、請求項1の記載は、特許法第36条第6項第1号及び第2号に規定される要件を満たしていない。また、発明の詳細な説明の記載は、同法第36条第4項第1号に規定される要件を満たしていない。 したがって、他の請求項について論及するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2020-01-06 |
結審通知日 | 2020-01-07 |
審決日 | 2020-01-20 |
出願番号 | 特願2014-139483(P2014-139483) |
審決分類 |
P
1
8・
536-
WZ
(C09D)
P 1 8・ 537- WZ (C09D) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 南 宏樹、上條 のぶよ |
特許庁審判長 |
冨士 良宏 |
特許庁審判官 |
川端 修 木村 敏康 |
発明の名称 | 活性エネルギー線硬化型インク、インク入りインクカートリッジ、画像乃至硬化物の形成方法、及び画像乃至硬化物の形成装置 |
代理人 | 廣田 浩一 |