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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 G21F
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 G21F
管理番号 1360328
審判番号 不服2019-5345  
総通号数 244 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-04-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-04-04 
確定日 2020-03-02 
事件の表示 特願2017-198030号「放射性物質汚染地域中和方法」拒絶査定不服審判事件〔平成31年4月18日出願公開、特開2019-60832号〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成29年9月23日の出願であって、その手続の経緯は以下のとおりである。
平成30年 5月31日付け:拒絶理由通知書
平成30年 7月26日 :意見書、手続補正書の提出
平成30年 9月25日付け:拒絶理由通知書(原査定の拒絶理由)
平成30年11月28日 :意見書の提出
平成31年 1月 4日付け:拒絶査定
平成31年 4月 4日 :審判請求書、手続補正書の提出
令和 元年 9月12日 :上申書の提出
令和 元年 9月30日 :上申書の提出
令和 元年12月12日 :上申書の提出

2.本願発明
(1)平成31年4月4日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1及び2は、以下のとおりである
「【請求項1】
接地抵抗値を10Ω以下へ限りなく低減させる所定量の炭素体からなる集電体を放射性物質埋設地域に一定間隔に配置して該集電体の放射性物質中和範囲周囲を近接又は重ね合わせて配置すると共に、地表面の間で発生する静電誘導により地中に潜った電子を集電体で確保することにより、放射性物質の不安定原子核が該集電体の電子を捕獲するものであって、前記集電体の体積が2?3m^(3)であり前記放射性物質汚染地域に10?30m間隔に配置して該集電体の放射性物質中和範囲周囲を近接又は重ね合わせて配置すると共に、放射性物質汚染地域の面積1000m^(2)に対して集電子装置の体積が合計で5m^(3)以上である放射性物質汚染地域中和方法。
【請求項2】
前記炭素体に集められた電子をより広範囲に放射させて放射性物質からのガスを中和還元させる金属柵を放射性物質埋設地域に囲繞し、集電体設置点の接地抵抗値が10Ω以下になるまで該金属柵内へ人の立ち入りを禁止するようにした請求項1記載の放射性物質汚染地域中和方法。」(以下、それぞれを「本願請求項1に係る発明」ないし「本願請求項2に係る発明」という。)

(2)本願請求項1に係る発明を分説して記載すると下記のとおりである(なお、AないしFは当審が付した。)。
「A 接地抵抗値を10Ω以下へ限りなく低減させる所定量の炭素体からなる集電体を放射性物質埋設地域に一定間隔に配置して該集電体の放射性物質中和範囲周囲を近接又は重ね合わせて配置すると共に、
B 地表面の間で発生する静電誘導により地中に潜った電子を集電体で確保することにより、
C 放射性物質の不安定原子核が該集電体の電子を捕獲するものであって、
D 前記集電体の体積が2?3m^(3)であり前記放射性物質汚染地域に10?30m間隔に配置して該集電体の放射性物質中和範囲周囲を近接又は重ね合わせて配置すると共に、
E 放射性物質汚染地域の面積1000m^(2)に対して集電子装置の体積が合計で5m^(3)以上である
F 放射性物質汚染地域中和方法。」

3.原査定の拒絶の理由
拒絶査定の理由である、平成30年9月25日付け拒絶理由通知の理由は、概略、次のとおりのものである(なお、原査定の拒絶理由通知中における下線は省略した。)。
(1)理由1
請求項1には「・・・集電体を放射性物質埋設地域に・・・配置すると共に、地表面の間で発生する静電誘導により地中に潜った電子を集電体で確保することにより、放射性物質に存在する不安定原子核に対し電子を供与して還元中和する」という記載がある。
出願人は、平成30年7月27日付け意見書において、請求項1の上記記載は、放射性同位体元素の原子核が電子捕獲により「還元中和」されることを意味する、と主張している。したがって、以下においては、請求項1の上記記載が、「放射性物質の原子核に電子を供与して、電子捕獲により陽子を中性子に変化させる」ことを意味すると認定した上で、審査を行った。
さて、「電子捕獲」とは、本願明細書の段落0023に記載されているとおり、原子核が軌道電子を捕獲することで、原子核内の陽子が中性子となり、同時に電子ニュートリノが生成される現象である。この現象は、いわゆる「弱い相互作用」によるものであるが、「弱い相互作用」を積極的に活用して元素変換を行う装置ないし方法は、本願の出願時点では、当業者にとって自明なものではないと認められる。してみると、本願の発明の詳細な説明には、「電子捕獲により」(すなわち「弱い相互作用」を利用して)放射性物質の原子核の陽子を中性子に変化させることが可能であることを当業者が理解できる程度に、実施例及び実験結果を明確かつ十分に記載しなければならない。
しかしながら、本願の発明の詳細な説明には、請求項1に係る発明の放射性物質汚染地域中和方法の基本原理及び当該方法において使用される装置の構成については具体的に記載されているものの、当該装置を利用して、「電子捕獲」による放射性物質の元素変換に成功したことを立証する具体的な実験結果(例えば、自然に発生する電子捕獲の確率をはるかに超えて電子捕獲が発生していることを示す、電子ニュートリノの発生量の有意な増加を示す検出結果等)は、一切記載されていない。
そして、「弱い相互作用」を積極的に活用して元素変換を行う装置ないし方法が、本願出願の出願時点において自明なものでないという、当業者にとっての技術常識を踏まえると、上記のような実験結果が一切記載されていない発明の詳細な説明の記載に基づいて、「地表面の間で発生する静電誘導により地中に潜った電子を集電体で確保することにより」(すなわち、当該「集電体」の作用によって)、「放射性物質に存在する不安定原子核に対し電子を供与して還元中和する」、請求項1に係る発明を実現することは、当業者にとって不可能であるか、少なくとも、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤、複雑高度な実験等をする必要があると認められる。
また、請求項1の従属項である請求項2に係る発明についても、上記と同様である。
よって、本願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1-2に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでないから、この出願は、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

(2)理由2
本願の発明の詳細な説明には、請求項1-2に係る発明における、「・・・集電体を放射性物質埋設地域に・・・配置すると共に、地表面の間で発生する静電誘導により地中に潜った電子を集電体で確保することにより、放射性物質に存在する不安定原子核に対し電子を供与して還元中和する」工程の実現可能性を立証する具体的な実験結果が記載も示唆もされておらず、当該工程は当業者にとって自明な事項であるとも認められないので、請求項1-2に係る発明は、少なくとも上記工程に関して、発明の詳細な説明による裏付けを欠くものである。
よって、請求項1-2に係る発明は、いずれも発明の詳細な説明に記載したものでない。から、この出願は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

4.発明の詳細な説明の記載内容
発明の詳細な説明には、次の内容が記載されている(下線は当審が付した。以下同じ。)。
(1)「【背景技術】
【0002】
静電気について;自然界にある全ての物質は、原子の集合体であるので、その中に電子があり、電気を持っている。陽子(+)と電子(-)が同数のときは電気的に中性であるが、ふたつのモノをこすり合わせる、つまり摩擦することによって、陽子(+)と電子(-)のつり合いがとれなくなり、電子がモノから飛び出してしまう。この電子が飛び出てしまう現象が、静電気である。飛び出た電子は、別のモノに移動する。つまり、電子が飛び出ていってしまったモノは、マイナスの電気(つまり電子)が減ってしまったことになりプラス(酸化)となる。反対に電子が移動してきたモノは、マイナスの電気が増えたことになるので、マイナス(還元)になる。以上の様子を図6に示す。ここで、原子に電子が付加された粒子のことをマイナスイオンといい、原子から電子が離脱した粒子をプラスイオンという。また、家庭のコンセントから流れてくる電気は、動電気であるが、『静』電気に対して『動』電気は、静電気が動いて流れている電気のことである。さて、静電気活用技術として静電誘導を取り上げる。」

(2)「【0005】
産業廃棄物,畜産基地,汚染海域,放射性物質等の中和;
(・・・途中省略・・・)
【0007】
放射性物質は不安定な原子核が崩壊する際に放射能を放出すると言われている。従って、電子は原子核の変化には関係がないと思われている。しかし、β崩壊においては、中性子が電子と反電子ニュートリノを放出して陽子になるか、又は陽子が陽電子と電子ニュートリノを放出して中性子に変化すると言われている。また、原子核は軌道電子を捕獲して、陽子が電子と反応し、中性子と電子ニュートリノを作ることもある。これを電子捕獲という。つまり、原子核の変化に電子が関与していると考えられるのである。また、放射性物質の除染作業は表土を剥ぎ取り袋詰めで移設しているのが現状である。放射性物質を中和する技術を人類は持っておらず長い年月地下埋設するしかない。しかし、集電子装置技術は上記に述べたように放射性物質を中和する可能性があると考えられるのである。膨大な除染費用と保存されている袋も腐敗し、まったく出口が見えない状態にある。放射性物質汚染地域に集電子装置を一定間隔に設置し、汚染状態の経年変化を観測する必要があると考察する。」

(3)「【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、接地抵抗値を10Ω以下へ限りなく低減させる所定量の炭素体からなる集電子装置を放射性物質汚染地域に一定間隔に配置して放射性物質中和範囲を近接又は重ね合わせて配置すると共に、地表面の間で発生する静電誘導により地中に潜った電子を該集電子装置で確保して、放射性物質に存在する不安定原子核に対し電子を確保し中和することを課題とする。」

(4)「【課題を解決する手段】
【0012】
請求項1の発明は、接地抵抗値を10Ω以下へ限りなく低減させる所定量の炭素体からなる集電体を放射性物質汚染地域に一定間隔に配置して該集電体の放射性物質中和範囲周囲を近接又は重ね合わせて配置すると共に、地表面の間で発生する静電誘導により地中に潜った電子を集電体で確保することにより、放射性物質に存在する不安定原子核に対し電子を確保して中和するようにした放射性物質汚染地域中和方法を提供するものである。
【0013】
本発明においては、地表面の間で発生する静電誘導により地中に潜った電子を該集電子装置で確保して、放射能汚染物質に存在する不安定原子核に対し電子を確保し中和することができる。したがって、個別の除染をせずに全体的な除染(面整備)が可能となる。電子の抜けた正孔(ホール)は電子を付加し中和することで安定させることができる。
【0014】
請求項2の発明は、前記集電体の体積が2?3m^(3)であり前記放射性物質汚染地域に10?30m間隔に配置して該集電体の放射性物質中和範囲周囲を近接又は重ね合わせて配置するようにし、放射性物質汚染地域の面積1000m^(2)に対して集電体の体積が合計で5m^(3)以上である請求項1記載の放射性物質汚染地域中和方法を提供するものである。
【0015】
本発明においては、炭素体の体積が2?3m^(3)である集電子装置を前記汚染地域に10?20m間隔で互いに近接若しくは放射性物質中和範囲周囲を重ね合わせて配置することにより接地抵抗値が相乗的に下がりやすくなり、さらにこの範囲に施すことで地表面の間で発生する静電誘導により地中に潜った電子を該集電子装置で充分確保でき、放射性物質に存在する不安定原子核に対し電子を確保し早期に中和し易くすることができる。
【0016】
請求項3の発明は、集電体設置点の接地抵抗値が10Ω以下になるまで人の立ち入りを禁止する金属柵を設けると共に、該金属枠により炭素に集められた電子をより広範囲に放射させて金属柵の範囲内の放射性物質からのガスを中和還元させるようにした請求項1又は2いずれかに記載の放射性物質汚染地域中和方法を提供するものである。
【0017】
本発明においては、集電子装置を設置すると装置付近の酸化物を中和する際に酸化ガスが発生する。酸化ガスの発生が低下する時期までは人体に影響を与えるから近づかない方が良いからである。酸化物が中和されると結果的に電気が通り安くなる環境となる。その指標として接地抵抗値を用いて判断する。また、炭素に集められた電子をより広範囲に放射させて金属柵の範囲内の放射性物質からのガスを中和還元させることが出来る。」

(5)「【発明を実施するための形態】
【0018】
(・・・途中省略・・・)
【0023】
放射性物質は時間とともに崩壊し、最終的には放射能を持たない安定な同位体となる。その期間を示す指標として半減期という値を用いる。福島原発事故で知られる放射性物質セシウム137はセシウムの放射性同位体であり、質量数が137のものを指す。ウラン235などの核分裂によって生成する。セシウム137は30.1年の半減期を持ち、β崩壊によりバリウム137の準安定同位体、すなわちバリウム137mになる。放射性物質は不安定な原子核が崩壊する際に放射能を放出する。β崩壊においては、中性子が電子と反電子ニュートリノを放出して陽子になるか、又は陽子が陽電子と電子ニュートリノを放出して中性子に変化する。また、原子核は軌道電子を捕獲して、陽子が電子と反応し、中性子と電子ニュートリノを作ることもある。これを電子捕獲という。つまり、電子の関与によって原子核が変化するのである。電子捕獲は陽子数が過剰で不安定な原子核で起こりやすく、β+崩壊(陽電子崩壊)と競合する場合も多いが、親核と娘核のエネルギー差が1.022MeVに満たない場合は電子捕獲のみが起こる。軌道に生じた孔には、その外側の電子軌道から電子が遷移して、軌道のエネルギーの差に相当する波長のX線(特性X線)が放出される。β+崩壊は、親核と娘核のエネルギー差が電子と陽電子の静止エネルギー以上でなければ起こりえない。しかし過去には、この関係を満たさない崩壊の例が多くあった。1935年に湯川秀樹は、原子核が軌道電子を捕獲するという別の過程を提案し、1937年にルイ・アルヴァレによってK軌道電子の捕獲が実験的に証明された。セシウム137はバリウム137mへとβ崩壊するため、ガンマ線の強い発生源である。セシウム137はストロンチウム90と同様に主要な中寿命核分裂生成物となる。これらは使用済み核燃料の放射能の原因となり、使用後、数年から最高で数百年間の冷却を必要とする。例えば、セシウム137とストロンチウム90は現在、チェルノブイリ原子力発電所事故の周囲の地域で発生している放射能の発生源の大部分を占めている。一般的にセシウム137は中性子の捕獲率が低いため、中性子捕獲によるセシウム137の処理ができず、自然に崩壊するのを待たねばならない。しかしながら、天候悪化時の雲下部と地表面の間で発生する静電誘導により地中に潜った電子を集電子装置で確保すれば、被爆地域に存在する不安定原子核つまり正孔(ホール)は電子を確保し中和を図るものと考えられる。従って、電子捕獲により中性子の捕獲率を上げることもあり得るのである。」

(6)「【発明の効果】
【0027】
本発明においては、地表面の間で発生する静電誘導により地中に潜った電子を該集電体で確保して、放射性物質に存在する不安定原子核に対し電子を確保し中和することができる。したがって、個別の除染をせずに全体的な除染(面整備)が可能となる。電子の抜けた正孔(ホール)は電子を付加し中和することで安定させることができる。」

5.当審の判断
(1)理由1(特許法第36条第4項第1号違反)について
ア 本願請求項1に係る発明について
上記「2.」「(2)」を踏まえると、本願請求項1に係る発明は、「接地抵抗値を10Ω以下へ限りなく低減させる所定量の炭素体からなる集電体を放射性物質埋設地域に一定間隔に配置して該集電体の放射性物質中和範囲周囲を近接又は重ね合わせて配置する」(構成A)ものであって、「前記集電体の体積が2?3m^(3)であり前記放射性物質汚染地域に10?30m間隔に配置して該集電体の放射性物質中和範囲周囲を近接又は重ね合わせて配置すると共に、放射性物質汚染地域の面積1000m^(2)に対して集電子装置の体積が合計で5m^(3)以上である」(構成D、E)「集電体」を用いて、「地表面の間で発生する静電誘導により地中に潜った電子を集電体で確保する」(構成C)ことにより、「放射性物質の不安定原子核が該集電体の電子を捕獲する」(構成D)工程をなすことを特定する発明であると解される。

イ 「放射性物質の不安定原子核が・・・電子を捕獲する」(構成D)工程、いわゆる「放射性物質の不安定原子核の電子捕獲」について
(ア)「放射性物質の不安定原子核の電子捕獲」に関して、発明の詳細な説明には、下記の記載がある。
a 「原子核は軌道電子を捕獲して、陽子が電子と反応し、中性子と電子ニュートリノを作ることもある。これを電子捕獲という。」(上記「4.」「(2)」)
b 「原子核は軌道電子を捕獲して、陽子が電子と反応し、中性子と電子ニュートリノを作ることもある。これを電子捕獲という。・・・電子捕獲は陽子数が過剰で不安定な原子核で起こりやすく、β+崩壊(陽電子崩壊)と競合する場合も多いが、親核と娘核のエネルギー差が1.022MeVに満たない場合は電子捕獲のみが起こる。・・・1935年に湯川秀樹は、原子核が軌道電子を捕獲するという別の過程を提案し、1937年にルイ・アルヴァレによってK軌道電子の捕獲が実験的に証明された。・・・天候悪化時の雲下部と地表面の間で発生する静電誘導により地中に潜った電子を集電子装置で確保すれば、被爆地域に存在する不安定原子核つまり正孔(ホール)は電子を確保し中和を図るものと考えられる。従って、電子捕獲により中性子の捕獲率を上げることもあり得るのである。」(上記「4.」「(5)」)

(イ)「放射性物質の不安定原子核の電子捕獲」についての一般的な定義
a 一般には、「原子核近傍の原子の軌道にいる電子捕獲」とされている(後記b参考文献1参照)。
b 参考文献1
「物理学大事典」鈴木増雄他、株式会社朝倉書店、2006年2月10日 初版第2刷、p.393
「9.5.2 β崩壊
フェルミのβ崩壊の理論は,ディラック方程式に従う電子とニュートリノを導入し,中性子の陽子への崩壊を
n →p+e^(-)+ν_(e)(上に-) (9・50)
と考える.ここで,ν_(e)(上に-)は(電子)ニュートリノの反粒子(反ニュートリノ)である.この逆の過程で,陽電子の放出を伴う
p→n+e^(+)+ν_(e) (9・51)
は真空中では吸熱過程なので起こらないが,陽子過剰核では可能である.また,この場合原子核近傍の原子のK軌道にいる電子捕獲による
p+e^(-)→n+ν_(e) (9・52)
も競争過程として起こる.」(393頁右欄15?28行)

(ウ)「放射性物質の不安定原子核の電子捕獲」についての他の参考文献
a 請求人が、審判請求書において提示した、「審判文献資料1」(2003年1月 ミニ授業書案 <原子と放射能>・<カリウム-40の自然放射能>)、「審判文献資料2」(特開2013-190407公報)及び「審判文献資料3」(原子核物理の基礎(2)原子核の壊変(03-06-03-02)<更新年月>2006年02月 )、2 放射性壊変)(後記b参照)においても、後記bのとおり、「放射性物質の不安定原子核の電子捕獲」とは、「放射性物質の不安定原子核が」「軌道電子」または「原子核のすぐ外側を回っている電子」を「捕獲する」ことであるとしている。
b 請求人が、審判請求書において提示した「審判文献資料1」ないし「審判文献資料3」には下記事項が記載されているとみとめられる。
(a)審判文献資料1(2003年1月 ミニ授業書案 <原子と放射能>・<カリウム-40の自然放射能>
(URL http://www.ne.jp/asahi/iwamizawa/baraken/Radioactivity/radio-6.htm)
「β崩壊と電子捕獲→ カリウム-40は、放射線を出して他の原子に変わりますが、その変わり方には2種類あります。1つはβ崩壊でカルシウム-40に変わります。もう1つは、『電子捕獲』といって陽子が原子核のすぐ外側を回っている電子をとらえて結合して、中性子になる変化です。この『電子捕獲』が起きると、陽子が1個減り中性子が1個増えます。陽子が1個少ない原子に変わるわけです。陽子が19個のカリウム-40が『電子捕獲』をすると、陽子が18個のアルゴンという原子に変わります。カリウム-40の89%は、β崩壊をしてカルシウム原子になりますが、残りの11%は『電子捕獲』でアルゴン原子になります。」
(b)審判文献資料2(特開2013-190407公報)
段落【0041】「高温溶融体内で解離、または電離状態を長く保つことによって、その熱エネルギーによりイオン内部の束縛電子も大きくゆらぎ、電子密度や電子分布に複雑な変化が生じる。このようなイオン内部の変化は、軌道電子捕獲や陰電子(β-)崩壊の促進を促すと推察され、またそれにより放射性核種の半減期を短縮することが可能になると推測される。ここで、軌道電子捕獲は、軌道電子が原子核に取り込まれ、陽子と反応し中性子となり、同時に電子ニュトリノを放出して原子番号が一つ低い安定核種に変換する放射性核種の崩壊過程である。」
(c)審判文献資料3(原子核物理の基礎(2)原子核の壊変(03-06-03-02)<更新年月>2006年02月)
「・・・α壊変でもβ壊変でも原子核をより安定な、よりエネルギーの低い方へと変化させる現象なので、α粒子あるいはβ粒子はそのエネルギーの変化分に相当するエネルギーを持って放出されるはずである。そのため新しくできた原子核が同じであればα粒子やβ粒子の持つエネルギーは一定のはずである。ところがα粒子の場合はエネルギーが一定(線スペクトルを示す)なのに対し、β粒子の場合は図2に示すように最大値を持つ連続スペクトルとなり、平均のエネルギーは最大値のおよそ1/3となる。この差のエネルギーをニュートリノが持って出ると考えられている。
核内の中性子数が安定な状態より少ない場合には、核内の陽子を中性子に変えて陽電子β+(電子と同じ性質を持つ粒子で正に帯電した粒子)を放出するか、あるいは軌道電子を捕獲して陽子を中性子に変える。これを電子捕獲という。」

(エ)上記(ア)ないし(ウ)によれば、発明の詳細な説明及び一般的な技術常識では、「放射性物質の不安定原子核の電子捕獲」とは、「放射性物質の不安定原子核が」「軌道電子」つまり「原子核のすぐ外側を回っている電子」を「捕獲する」ことであると認められる。

ウ 「放射性物質の不安定原子核」が「電子」を「捕獲」するに際して作用を及ぼす力について
(ア)「放射性物質の不安定原子核が該集電体の電子を捕獲する」(構成D)作用を及ぼす力に関して、自然界には、重力、電磁力、弱い力及び強い力の4つの力があるとされる。(後記(イ)参考文献2参照)。
(イ)参考文献2
「エネルギーと環境の化学」山崎耕造、共立出版株式会社、2011年10月15日 初版1刷発行、p.3?4
a 「1.2 宇宙の4つの力
1.2.1 重力
(・・・省略・・・)
1.2.2 電磁力
(・・・省略・・・)
1.2.3 弱い力
フェルミにより発見されたベータ崩壊で代表されるような弱い力は,重力と異なり,素粒子レベルの非常に近距離(10^(-18)m)にしか及ばない力である.他の3つに比べて,文字通り力は弱い.放射性壊変を引き起こす力である.
1.2.4 強い力
湯川秀樹博士による中間子の交換による核力の理論があるが,その力は電磁力の100倍近く大きい.ただし,その作用する距離は原子核の大きさ10^(-15)m程度である.」(3頁4行?4頁8行)
b 4頁の「コラム2」に記載された「表」(以下「表1」という。)は次のとおりである。
表1



エ 上記イ及びウを踏まえた当審の判断
(ア)上記「イ」「(ア)」によれば、発明の詳細な説明で定義される、原子核による「電子捕獲」とは、当該原子の「軌道電子」を捕獲することであると認められる。
そして、そのことは、上記「イ」「(イ)」のとおり、「放射性物質の不安定原子核の電子捕獲」についての一般的な定義、及び、上記「イ」「(ウ)」のとおり、請求人が、審判請求書において提示した、「放射性物質の不安定原子核の電子捕獲」についての他の参考文献に記載された事項にも整合しているから、技術常識でもあると認められる。
しかし、本願請求項1に係る発明に、「接地抵抗値を10Ω以下へ限りなく低減させる所定量の炭素体からなる集電体を放射性物質埋設地域に一定間隔に配置して該集電体の放射性物質中和範囲周囲を近接又は重ね合わせて配置する」(構成A)ものであって、「前記集電体の体積が2?3m^(3)であり前記放射性物質汚染地域に10?30m間隔に配置して該集電体の放射性物質中和範囲周囲を近接又は重ね合わせて配置すると共に、放射性物質汚染地域の面積1000m^(2)に対して集電子装置の体積が合計で5m^(3)以上である」(構成D、E)「集電体」と特定するとおり、当該「集電体」が確保した「電子」は、「放射性物質の不安定原子核」の「軌道電子」は別異の「電子」である。
したがって、本願請求項1に係る発明における、「放射性物質の不安定原子核が該集電体の電子を捕獲する」(構成D)こと(電子捕獲)は、発明の詳細な説明で定義される、「放射性物質の不安定原子核」が当該原子の「軌道電子」を捕獲することは別異の事項であるから、本願請求項1に係る発明における、「放射性物質の不安定原子核が該集電体の電子を捕獲する」(構成D)ことは、発明の詳細な説明に記載された「電子捕獲」(これは上記技術常識と一致する。)とは異なる物理的原理によるものと解される。

(イ)このように、本願請求項1に係る発明における、「放射性物質の不安定原子核が該集電体の電子を捕獲する」(構成D)ことは、発明の詳細な説明に記載された「電子捕獲」ではないところ、このような「放射性物質の不安定原子核が該集電体の電子を捕獲する」(構成D)ことに関与し得る自然法則としては、上記ウのとおり、自然界に存在する、重力、電磁力、弱い力及び強い力の4つの力が考えられる。
しかし、弱い力は、作用する距離が素粒子レベルの非常に近距離(10^(-18)m)にしか及ばず、また、強い力は、作用する距離が原子核の大きさ(10^(-15)m)程度であるとされる。
また、重力が、「放射性物質の不安定原子核が集電体の電子を捕獲する」ことに関与するものではないことは本願出願当時の技術常識に照らして明らかである。
さらに、電磁力については、(マイナスの電荷を有する)電子を、(マイナスの電荷を有する)多数の電子で覆われている原子核に近づけるためには、当該電子同士の反発力を上回る運動エネルギーを与えるべく加速器などを用いて加速しなければならないことは技術常識である。

(ウ)そうすると、本願請求項1に係る発明のように、「接地抵抗値を10Ω以下へ限りなく低減させる所定量の炭素体からなる集電体を放射性物質埋設地域に一定間隔に配置して該集電体の放射性物質中和範囲周囲を近接又は重ね合わせて配置する」(構成A)ものであって、「前記集電体の体積が2?3m^(3)であり前記放射性物質汚染地域に10?30m間隔に配置して該集電体の放射性物質中和範囲周囲を近接又は重ね合わせて配置すると共に、放射性物質汚染地域の面積1000m^(2)に対して集電子装置の体積が合計で5m^(3)以上である」(構成D、E)「集電体」を用いて、「地表面の間で発生する静電誘導により地中に潜った電子を集電体で確保」(構成C)しても、対象となる放射性物質と「集電体」との距離は、弱い力の作用する距離(素粒子レベルの非常に近距離(10^(-18)m))、あるいは、強い力の作用する距離(原子核の大きさ(10^(-15)m)程度)よりはるかに離れた距離であると解されるから、「弱い力」あるいは「強い力」により、「放射性物質の不安定原子核が該集電体の電子を捕獲する」(構成D)ことは実現できないと解される。
また、電子を加速する構成を備えない本願請求項1に係る発明が、重力や電磁力により、「放射性物質の不安定原子核が該集電体の電子を捕獲する」(構成D)ことも実現できないと解される。
そうすると、本願請求項1に係る発明が、自然界に存在する、重力、電磁力、弱い力及び強い力の4つの力に基づかない、従来の技術常識によらない、別異の現象により、「放射性物質の不安定原子核が該集電体の電子を捕獲する」(構成D)ことを実現したとするのであれば、当業者が本願請求項1に係る発明を実施できる程度に、「放射性物質の不安定原子核が該集電体の電子を捕獲する」(構成D)ことを実現できたことを示す実験結果を提示することを必要とする。

(エ)これに対して、発明の詳細な説明には、「【0006】地中に集電子装置を設置して、すべての物質に電子を供給し、酸化物質、放射性物質の中和を促す。」、「【0017】本発明においては、集電子装置を設置すると装置付近の酸化物を中和する際に酸化ガスが発生する。酸化ガスの発生が低下する時期までは人体に影響を与えるから近づかない方が良いからである。酸化物が中和されると結果的に電気が通り安くなる環境となる。その指標として接地抵抗値を用いて判断する。また、炭素に集められた電子をより広範囲に放射させて金属柵の範囲内の放射性物質からのガスを中和還元させることが出来る。」と記載されている。
上記発明の詳細な説明の記載によれば、「接地抵抗値測定値」が設置前後で下がることは、「放射性物質」とは別の物として区別して記載されている「酸化物」、あるいは、「放射性物質からのガス」を中和したことを意味するにとどまり、「放射性物質の不安定原子核が該集電体の電子を捕獲」(構成D)したことを確認したとはいえない。

(オ)以上のとおり、発明の詳細な説明には、「放射性物質の不安定原子核が該集電体の電子を捕獲する」(構成D)工程をなすことについてなんら実験結果は記載されていない。

オ 請求人の主張
上記「エ」に関して、請求人は、平成30年11月28日付け意見書の「(2)拒絶理由1(実施可能要件)について」の文末付近において「これに対し、本発明の集電子装置は福島原発のように広範囲な汚染地域を対象とするものであります。従いまして、審査官殿が実験結果を求められることに対応するためには、一個人もしくは一企業の陳情では立入禁止区域で到底実験の機会も与えられません。意見書・補正書提出期限60日以内という時間的な制約より、放射性物質汚染地域に実験の機会が全くないと同時に、福島原発の立入禁止汚染地域で実験モデル地区としての提供は不可能であります。」と釈明している。
しかしながら、上記したように当業者が本願請求項1に係る発明を実施できる程度に何らかの実験結果を提示する必要があることには変わりは無い。
さらに、同意見書の「(I)集電子装置を設置した追加の実験結果;」において下記表(以下「表2」という。)を示し、「上記の実験結果の通り、集電子装置の設置により接地抵抗値は急激に低下します。つまり電気の通りやすい環境となり、集電子装置に電子が蓄積されているものと理解されます。接地抵抗値を限りなく下げることにより、逆に接地抵抗値の低い地点が誘導雷の進入路となりますが、集電子装置に正孔(ポジティブホール)が侵入しても、蓄積されている電子で中和され、正孔は消滅していることが実証されています。このことは、放射性物質の中和も同様と考えられます。」と主張し、令和元年9月12日付けの上申書及び令和元年12月12日付けの上申書(なお、内容は、令和元年9月12日付けの上申書と同じである。)でも、追加の資料を提出している。
表2


上記「実験結果」は、いずれも、「接地抵抗値測定値」が設置前後で下がったことを確認している。
しかしながら、上記「実験結果」は、上記「エ」「(エ)」で説示したとおり、「接地抵抗値測定値」が設置前後で下がることは、「酸化物」あるいは「放射性物質からのガス」を中和した可能性があることを意味するにとどまり、「放射性物質の不安定原子核が該集電体の電子を捕獲」(構成D)したことを確認したとはいえない。
(なお、上記表2の「設置場所」はいずれも格別「放射性物質」が存在するとはされない場所であるから、当該箇所において、「接地抵抗値測定値」が設置前後で下がるほどの有意な量の「放射性物質からのガス」が発生することはないと推測される。)
よって、請求人の主張は、上記「エ」でした認定判断を左右しない。

カ 小括
以上検討したとおり、本願の発明の詳細な説明は、本願請求項1に係る発明の、「接地抵抗値を10Ω以下へ限りなく低減させる所定量の炭素体からなる集電体を放射性物質埋設地域に一定間隔に配置して該集電体の放射性物質中和範囲周囲を近接又は重ね合わせて配置する」(構成A)ものであって、「前記集電体の体積が2?3m^(3)であり前記放射性物質汚染地域に10?30m間隔に配置して該集電体の放射性物質中和範囲周囲を近接又は重ね合わせて配置すると共に、放射性物質汚染地域の面積1000m^(2)に対して集電子装置の体積が合計で5m^(3)以上である」(構成D、E)「集電体」を用いて、「地表面の間で発生する静電誘導により地中に潜った電子を集電体で確保する」(構成C)ことにより、「放射性物質の不安定原子核が該集電体の電子を捕獲する」(構成D)工程をなすことを、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。
よって、本願請求項1に係る発明及び同項を引用する本願請求項2に係る発明は、発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない。

2 理由2(特許法第36条第6項第1号違反)について
上記理由1で検討したとおり、本願の発明の詳細な説明及び図面には、本願請求項1に係る発明における、「接地抵抗値を10Ω以下へ限りなく低減させる所定量の炭素体からなる集電体を放射性物質埋設地域に一定間隔に配置して該集電体の放射性物質中和範囲周囲を近接又は重ね合わせて配置する」(構成A)ものであって、「前記集電体の体積が2?3m^(3)であり前記放射性物質汚染地域に10?30m間隔に配置して該集電体の放射性物質中和範囲周囲を近接又は重ね合わせて配置すると共に、放射性物質汚染地域の面積1000m^(2)に対して集電子装置の体積が合計で5m^(3)以上である」(構成D、E)「集電体」を用いて、「地表面の間で発生する静電誘導により地中に潜った電子を集電体で確保する」(構成C)ことにより、「放射性物質の不安定原子核が該集電体の電子を捕獲する」(構成D)工程の実現可能性を立証する具体的な実験結果が記載も示唆もされておらず、当該工程は当業者にとって自明な事項であるとも認められないので、本願請求項1に係る発明は、少なくとも上記工程に関して、発明の詳細な説明による裏付けを欠くものである。
本願請求項1に係る発明を引用する本願請求項2に係る発明も同様である。
よって、本願請求項1、2に係る発明は、いずれも発明の詳細な説明に記載したものでないから、この出願は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

6.むすび
以上のとおり、本願は、発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に規定する要件を満たしておらず、また、特許請求の範囲の記載が同条6項1号に規定する要件を満たしていないから、拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2019-12-04 
結審通知日 2019-12-10 
審決日 2020-01-08 
出願番号 特願2017-198030(P2017-198030)
審決分類 P 1 8・ 537- Z (G21F)
P 1 8・ 536- Z (G21F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 右田 純生道祖土 新吾  
特許庁審判長 井上 博之
特許庁審判官 山村 浩
松川 直樹
発明の名称 放射性物質汚染地域中和方法  

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