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審決分類 |
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 H01M 審判 全部申し立て 2項進歩性 H01M 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 H01M 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 H01M |
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管理番号 | 1360483 |
異議申立番号 | 異議2019-700431 |
総通号数 | 244 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2020-04-24 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2019-05-28 |
確定日 | 2020-02-07 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第6431249号発明「電極用バインダー、電極用組成物及び電極」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6431249号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-4〕について訂正することを認める。 特許第6431249号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6431249号(以下「本件特許」という。)についての出願(特願2018-535435)は,2018年(平成30年) 4月18日(優先権主張 平成29年 4月19日)を国際出願日とする出願であって,平成30年11月 9日にその特許権の設定登録がされ,同年11月28日に特許掲載公報が発行された。その後,令和 1年 5月28日に,本件特許について,特許異議申立人 久門 享(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ,同年 7月31日付けで取消理由通知がされ,同年10月 3日に特許権者より意見書及び訂正請求書(同年10月21日付け手続補正書(方式)により,訂正の請求に係る請求項の数,及び,請求の趣旨における訂正後の請求項の特定の記載が補正されている。)が提出され,同年12月18日に申立人より意見書が提出されたものである。 第2 訂正の適否についての判断 1 訂正の内容 上記訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)の内容は,次のとおり,本件訂正前の請求項1における 「膨潤度が1.3?10である、電極用バインダー」 を, 「膨潤度が1.3?10であり、前記共重合体ラテックスの前記ガラス転移温度が-4℃、かつ、前記共重合体ラテックスの動的光散乱法による最頻粒径が120nm、かつ、前記共重合体ラテックスの前記電解液膨潤度が4.2である場合と、前記共重合体ラテックスの前記ガラス転移温度が-27℃、かつ、前記共重合体ラテックスの前記動的光散乱法による最頻粒径が120nm、かつ、前記共重合体ラテックスの前記電解液膨潤度が4.5である場合とを除く、電極用バインダー」 に訂正する,というものである。 2 訂正の目的の適否,新規事項の有無,及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否 本件訂正は,訂正前の請求項1において,「前記共重合体ラテックスの前記ガラス転移温度が-4℃、かつ、前記共重合体ラテックスの動的光散乱法による最頻粒径が120nm、かつ、前記共重合体ラテックスの前記電解液膨潤度が4.2である場合」,及び,「前記共重合体ラテックスの前記ガラス転移温度が-27℃、かつ、前記共重合体ラテックスの前記動的光散乱法による最頻粒径が120nm、かつ、前記共重合体ラテックスの前記電解液膨潤度が4.5である場合」を除くものである。 よって,本件訂正は,特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり,また,新規事項の追加に該当せず,かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもないから,同条第9項で準用する第126条第5項,第6項の規定に適合するものである。 3 一群の請求項について 本件訂正前の請求項2?4はいずれも,請求項1を直接又は間接的に引用するものであって,請求項1の訂正に連動して訂正されるものであるから,本件訂正前の請求項1?4は,一群の請求項であるところ,本件訂正は,上記一群の請求項に対してされたものであるから,特許法第120条の5第4項の規定に適合する。 4 独立特許要件について 本件においては,訂正前の全ての請求項について特許異議の申立てがされているので,特許法第120条の9第9項で読み替えて準用する第126条第7項は適用されない。 5 訂正の適否についてのまとめ 以上のとおり,本件訂正は,特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり,同条第4項の規定に適合し,かつ,同条第9項において準用する第126条第5項,第6項の規定に適合する。 よって,訂正後の請求項〔1?4〕について訂正することを認める。 第3 本件発明 上記第2で検討したとおり,令和 1年10月 3日提出の訂正請求書による本件訂正は適法なものである。そして,本件訂正後の請求項1?4に係る発明(以下,それぞれ「本件発明1」?「本件発明4」という。)は,訂正特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定される,次のとおりのものである。なお,下線は訂正箇所を示す。 「【請求項1】 共重合体ラテックスを含む電極用バインダーであって、 前記共重合体ラテックスがエチレン性不飽和カルボン酸単量体に由来する構造単位を2?25質量%、及び前記エチレン性不飽和カルボン酸単量体と共重合可能な単量体に由来する構造単位を75?98質量%含有し、 前記共重合体ラテックスのガラス転移温度が25℃以下であり、 前記共重合体ラテックスの光子相関法による平均粒子径が140nm以下であり、 前記共重合体ラテックスのpHが7?10であり、 前記共重合体ラテックスの電解液(エチレンカーボネート/ジエチルカーボネート=1/2(体積比))膨潤度が1.3?10であり、 前記共重合体ラテックスの前記ガラス転移温度が-4℃、かつ、前記共重合体ラテックスの動的光散乱法による最頻粒径が120nm、かつ、前記共重合体ラテックスの前記電解液膨潤度が4.2である場合と、前記共重合体ラテックスの前記ガラス転移温度が-27℃、かつ、前記共重合体ラテックスの前記動的光散乱法による最頻粒径が120nm、かつ、前記共重合体ラテックスの前記電解液膨潤度が4.5である場合とを除く、電極用バインダー。 【請求項2】 前記共重合体ラテックスは、前記エチレン性不飽和カルボン酸単量体と共重合可能な単量体に由来する構造単位であり、かつ、単独重合体のガラス転移温度が80℃以上の単量体に由来する構造単位を、25質量%以上含有する、請求項1に記載の電極用バインダー。 【請求項3】 請求項1または2に記載の電極用バインダーと、活物質と、を含有する、電極用組成物。 【請求項4】 集電体と、 前記集電体上に設けられ、請求項3に記載の電極用組成物から形成される電極合剤層と、 を備える、電極。」 第4 特許異議申立ての理由及び取消理由の概要 申立人は,次の1?4の理由により,本件特許は取り消されるべきである旨を申立て,当審は,このうち,新規性に係る申立理由を採用し,取消理由として通知した。 また,申立人が提出した証拠方法は次の5のとおりであり,いずれも,本件特許に係る出願の優先日前に頒布又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものである。なお,甲第5?7号証は,令和 1年12月18日付けの意見書とともに提出されたものである。 1 申立理由1(新規性) 本件訂正前の請求項1?4に係る発明は,甲第1号証に記載された発明であって,特許法第29条第1項第3号に該当するから,本件特許は,特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。 2 申立理由2(進歩性) 本件訂正前の請求項1?4に係る発明は,甲第1号証に記載された発明及び甲第2,3号証に記載された技術的事項に基いて,本件特許に係る出願の優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。 3 申立理由3(サポート要件) 本件訂正前の請求項1?4に係る発明は,発明の詳細な説明に記載されたものでないから,本件特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 4 申立理由4(実施可能要件) 本件特許の発明の詳細な説明は,本件訂正前の請求項1?4に係る発明を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでないから,本件特許は,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 5 証拠方法 甲第1号証:特開2016-106354号公報(以下「甲1」という。) 甲第2号証:特開2015-42723号公報(以下「甲2」という。) 甲第3号証:特開2014-116265号公報(以下「甲3」という。) 甲第4号証:J. BRANDRUP et al., "POLYMER HANDBOOK", 1989, 第VI/218?VI/219頁(以下「甲4」という。) 甲第5号証:国際公開第2015/98008号(以下「甲5」という。) 甲第6号証:国際公開第2012/90669号(以下「甲6」という。) 甲第7号証:J. BRANDRUP et al., "POLYMER HANDBOOK", 1989, 第VI/221?VI/222頁(以下「甲7」という。) 第5 甲号証の記載 1 甲第1号証の記載 (1)甲1には,次の記載がある。なお,下線は当審にて付与した(以下同様。)。 「【技術分野】 【0001】 本発明は、蓄電デバイス用バインダー組成物に関する。」 「【発明が解決しようとする課題】 【0005】 本発明は、上記のような現状を打開しようとしてなされたものである。 従って本発明の目的は、酸化還元耐性に優れるとともに、耐久性と充放電特性(特に高速放電特性)とが両立された蓄電デバイスを与えるバインダー材料を提供することである。 【課題を解決するための手段】 【0006】 本発明の上記目的および利点は、 全繰り返し単位を100質量%とした場合に、少なくとも 脂環式炭化水素基を有する不飽和カルボン酸エステルに由来する第一の繰り返し単位3?40質量%と α,β-不飽和ニトリル化合物に由来する第二の繰り返し単位1?40質量%と を有する重合体を含有することを特徴とする、蓄電デバイス用バインダー組成物によって達成される。 上記蓄電デバイス用バインダー組成物は、 電極活物質を配合することによって蓄電デバイスの電極用スラリーとして; フィラーを配合することによって蓄電デバイスの保護膜用スラリーとして、 それぞれ好適に使用することができる。」 「【0011】 1.1 重合体 本発明の蓄電デバイス用バインダー組成物に含有される重合体は、少なくとも脂環式炭化水素基を有する不飽和カルボン酸エステル(以下、「化合物(a1)」という。)に由来する第一の繰り返し単位と α,β-不飽和ニトリル化合物(以下、「化合物(a2)」という。)に由来する第二の繰り返し単位と を有する重合体を含有する。 活物質層または保護膜におけるバインダー成分が電解液により膨潤すると、リチウムイオンの拡散性が向上すると考えられ、その結果、蓄電デバイスの内部抵抗が低下することが期待される。しかしながら、バインダー成分が過度に膨潤すると、その結着能力が低下するため、充放電に伴って活物質またはフィラーが剥落するなどして、充放電特性がかえって低下することとなる。このように、従来の技術では電解液に対する膨潤性と密着性とのバランスをとることは困難であり、両者はトレードオフの特性であると考えられてきた。しかしながら、本発明においては、化合物(a1)に由来する第一の構成単位および化合物(a2)に由来する第二の構成単位のそれぞれの含有割合を上記の範囲内に調整することにより、電解液膨潤性と密着性とのバランスをとることに成功し、良好な充放電特性(特に高速放電特性)と耐久性とを両立することに成功したものである。 上記重合体は、上記以外に、 不飽和カルボン酸(以下、「化合物(a3)」という。)に由来する繰り返し単位、 フッ素原子を有する単量体(以下、「化合物(a4)」という。)に由来する繰り返し単位、 不飽和カルボン酸エステル(ただし、上記化合物(a1)および(a4)に該当するものを除く。以下同じ。以下、「化合物(a5)」という。)に由来する繰り返し単位、 共役ジエン化合物および芳香族ビニル化合物よりなる群から選択される少なくとも一種(以下、「化合物(a6)」という。)に由来する繰り返し単位、 架橋性単量体(以下、「化合物(a7)」という。)に由来する繰り返し単位、ならびに α-オレフィン(以下、「化合物(a8)」という。)に由来する繰り返し単位 よりなる群から選択される一種以上の繰り返し単位を有していてもよい。 本発明の蓄電デバイス用バインダー組成物に含有される重合体は、化合物(a1)?(a8)以外の単量体に由来する繰り返し単位を有さないことが好ましい。」 「【0014】 1.1.1.3 化合物(a3)に由来する繰り返し単位 化合物(a3)は不飽和カルボン酸である。本発明の蓄電デバイス用バインダー組成物に含有される重合体は、化合物(a3)に由来する繰り返し単位を有していてもよく、これを有することが好ましい。 本発明の蓄電デバイス用バインダー組成物に含有される重合体における化合物(a3)に由来する繰り返し単位の含有割合は、全繰り返し単位を100質量%とした場合に15質量%以下であることが好ましく、1?12質量%であることがより好ましく、3?10質量%であることがさらに好ましい。 化合物(a3)に由来する繰り返し単位を有する重合体は、活物質およびフィラーの分散性に優れる。従って、電極用スラリーを調製する際には活物質(および存在する場合には導電性付与剤)が凝集することがなく; 保護膜用スラリーを調製する際にはフィラーが凝集することがなく、 いずれの場合も均一性および安定性に優れるスラリーを調製することができ、好ましい。従って、該蓄電デバイス用スラリーを用いて製造された電極および保護膜は、結着欠陥が可及的に減少されることとなるから、密着性および均一性に優れるものとなる。 化合物(a3)としては、不飽和モノカルボン酸、不飽和ジカルボン酸などを使用することができ、その具体例としては、 不飽和モノカルボン酸として、例えば(メタ)アクリル酸、クロトン酸などを; 不飽和ジカルボン酸として、例えばマレイン酸、フマル酸、イタコン酸などを、それぞれ挙げることができる。これらの不飽和ジカルボン酸の無水物を用いてもよい。化合物(a3)としては、(メタ)アクリル酸およびイタコン酸よりなる群から選択される一種以上が特に好ましい。 本発明の蓄電デバイス用バインダー組成物に含有される重合体において、化合物(a3)に由来する構成単位は、一種単独でまたは二種以上が組み合わされて存在していてもよい。」 「【0018】 1.1.1.5 化合物(a5)に由来する繰り返し単位 化合物(a5)は不飽和カルボン酸エステルである。ただし、上記化合物(a1)および(a4)に該当するものは除かれる。本発明の蓄電デバイス用バインダー組成物に含有される重合体は、化合物(a5)に由来する繰り返し単位を有していてもよい。 本発明の蓄電デバイス用バインダー組成物に含有される重合体における化合物(a5)に由来する繰り返し単位の含有割合は、全繰り返し単位を100質量%とした場合に、95質量%以下であることが好ましく、30?90質量%であることがより好ましく、40?85質量%であることがさらに好ましい。 化合物(a5)に由来する繰り返し単位を有する重合体は、化合物(a5)の種類および割合を適宜に選択することにより、得られる重合体のガラス転移温度Tgを任意に調整することができるから、該重合体を含有する蓄電デバイス用バインダー組成物は高い密着性を示す電極および保護膜を与えることができる点で、好ましい。(以下略)」 「【0028】 1.1.4 重合体の最頻粒径 本発明の蓄電デバイス用バインダー組成物に含有される重合体は、液状媒体中に分散したラテックス状の重合体粒子であることが好ましい。この場合、重合体粒子の最頻粒径は、50?800nmの範囲にあることが好ましく、75?500nmの範囲にあることがより好ましく、特に100?250nmの範囲にあることが好ましい。重合体粒子の最頻粒径が前記範囲にあることにより、電極活物質またはフィラーの表面への重合体粒子の吸着が効果的になされるから、これらの移動に伴って重合体粒子も追随して移動することができることとなる。その結果、両者の粒子のうちのどちらかのみが単独でマイグレートすることを抑制することができるので、電気的特性の劣化を抑制することができる。 この最頻粒径は、光散乱法を測定原理とする粒度分布測定装置を用いて粒度分布を測定し、粒子を粒径の小さい順に累積したときの粒子数の累積度数が50%となる粒子径(D50)の値である。このような粒度分布測定装置としては、例えばコールターLS230、LS100、LS13 320(以上、Beckman Coulter.Inc製)、FPAR-1000(大塚電子(株)製)などを挙げることができる。これらの粒度分布測定装置は、重合体粒子の一次粒子だけを評価対象とするものではなく、一次粒子が凝集して形成された二次粒子をも評価対象とすることができる。従って、これらの粒度分布測定装置によって測定された粒度分布は、蓄電デバイス用バインダー組成物中に含有される重合体粒子の分散状態の指標とすることができる。 重合体粒子の最頻粒径は、後述の電極用スラリーまたは保護膜用スラリーを遠心分離して電極活物質を沈降させた後、その上澄み液を上記の粒度分布測定装置によって測定する方法によっても測定することができる。」 「【0030】 1.3 蓄電デバイス用バインダー組成物 上記したように、本発明の蓄電デバイス用バインダー組成物は、重合体が粒子状で液状媒体中に分散したラテックス状であることが好ましい。蓄電デバイス用バインダー組成物がラテックス状であることにより、電極活物質などを配合して調製される電極用スラリー、およびフィラーを配合して調製される保護膜用スラリーの安定性が良好となり、またこれらのスラリーの塗布性が良好となるため好ましい。 (中略) 本発明の蓄電デバイス用バインダー組成物は、その液性が中性付近であることが好ましく、pH6.0?8.5であることがより好ましく、特にpH7.0?8.0であることが好ましい。組成物の液性の調整には、公知の酸または塩基を用いることができる。酸としては、例えば塩酸、硝酸、硫酸、リン酸などを; 塩基としては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、アンモニア水などを、それぞれ挙げることができる。 従って本発明の蓄電デバイス用バインダー組成物は、上記の酸または塩基を、液性の調整に必要な範囲で含有していてもよい。 【0031】 2.電極用スラリー 上記のような本発明の蓄電デバイス用バインダー組成物を用いて、電極用スラリーを製造することができる。電極用スラリーとは、集電体の表面上に電極活物質層を形成するために用いられる分散液のことをいう。本発明における電極用スラリーは、少なくとも本発明の蓄電デバイス用バインダー組成物および電極活物質を含有する。」 「【実施例】 【0048】 以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。 以下の実施例において、重合体粒子の合成は、必要に応じて下記のスケールで繰り返し行い、以降の実験における必要量を確保した。 【0049】 <バインダー組成物の調製および評価> 実施例C1 [バインダー組成物の調製] (1)重合体(Aa)の重合(略) 【0050】 (2)バインダー組成物の調製(重合体粒子の合成、重合体(Ab)の重合)(略) 【0051】 [バインダー用組成物の評価] (1)電解液不溶分・膨潤度の測定(電解液浸漬試験) 上記で得られた蓄電デバイス用バインダー組成物10gを直径8cmのテフロン(登録商標)シャーレへ秤り取り、120℃で1時間加熱して溶媒(水)を除去し、フィルムを得た。得られたフィルム(重合体)のうちの1gを、後述の蓄電デバイスの製造において電解液として用いるエチレンカーボネートおよびジエチルカーボネートからなる混合液(EC/DEC=1/2(容量比)、以下、この混合液を「EC/DEC」という。)400mL中に浸積して、60℃において24時間振とうした。次いで、300メッシュの金網で濾過して不溶分を分離した後、溶解分のEC/DECを蒸発除去して得た残存物の重量(Y(g))を測定した値から、下記数式(1)によって電解液不溶分を求めたところ、上記重合体粒子の電解液不溶分は98質量%であった。また上記の濾過で分離した不溶分(フィルム)の表面についたEC/DECを紙に吸収させて取り除いた後、該不溶分フィルムの重量(Z(g))を測定した値から、下記数式(2)によって電解液膨潤度を測定したところ、上記重合体粒子の電解液膨潤度は300質量%であった。 電解液不溶分(質量%)=((1-Y)/1)×100 (1) 電解液膨潤度(質量%)=(Z/(1-Y))×100 (2) (2)DSC分析 さらに、得られた重合体粒子を示差走査熱量計(DSC)によって測定したところ、単一のガラス転移温度Tgが-2℃に1つだけ観測された。この重合体粒子は、二種類の重合体から構成されているにもかかわらず1つのTgしか示さないため、ポリマーアロイ粒子であると推測された。 (3)重合体粒子の最頻粒径の測定 動的光散乱法を測定原理とする粒度分布測定装置(大塚電子(株)製、形式「FPAR-1000」)を用いて、上記重合体粒子の粒度分布を測定した 。その粒度分布から求めた最頻粒径は300nmであった。 【0052】 実施例C2?11および比較例c1?c7(略) 【0053】 実施例C12 容量7リットルのセパラブルフラスコに、水150質量部およびドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム0.2質量部を仕込み、セパラブルフラスコの内部を十分に窒素置換した。 一方、別の容器に、水60質量部、乳化剤としてエーテルサルフェート型乳化剤(商品名「アデカリアソープSR1025」、(株)ADEKA製)を固形分換算で0.8質量部ならびに単量体として2,2,2-トリフルオロエチルメタクリレート(TFEMA)20質量部、メタクリル酸シクロヘキシル(CHMA)アクリロニトリル(AN)8質量部、メタクリル酸メチル(MMA)5質量部、アクリル酸2-エチルヘキシル(EHA)40質量部およびアクリル酸(AA)5質量部を加え、十分に攪拌して上記単量体の混合物を含有する単量体乳化液を調製した。 上記セパラブルフラスコ内部の昇温を開始し、内部の温度が60℃に到達した時点で、重合開始剤として過硫酸アンモニウム0.5質量部を加えた。そして、セパラブルフラスコの内部の温度が70℃に到達した時点で、上記で調製した単量体乳化液の添加を開始し、セパラブルフラスコの内部の温度を70℃に維持したまま単量体乳化液を3時間かけてゆっくりと添加した。その後、セパラブルフラスコの内部の温度を85℃に昇温し、この温度を3時間維持して重合反応を行った。3時間後、セパラブルフラスコを冷却して 反応を停止した後、アンモニウム水を加えてpHを7.6に調整することにより、重合体(B)からなる粒子を30質量%含有する水系分散体(蓄電デバイス用バインダー組成物(C12))を得た。 上記のバインダー組成物(C12)を用い、実施例C1におけるのと同様にして各種の評価を行った。評価結果は第2表に示した。 【0054】 実施例C13、C14および比較例c8?c10 上記実施例C12において、各単量体の種類および量を、それぞれ第2表に記載のとおりとしたほかは、実施例C12と同様にして固形分濃度30質量%の重合体(B)からなる粒子を含有する水系分散体(蓄電デバイス用バインダー組成物(C13)、(C14)および(rc8)?(rc10)) を調製し、実施例C1と同様にして各種の評価を行った。評価結果は第2表に示した。 【0055】 実施例C15 攪拌機を備えた温度調節可能なオートクレーブ中に、水200質量部、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム0.6質量部、過硫酸カリウム1.0質量部、重亜硫酸ナトリウム0.5質量部、α-メチルスチレンダイマー0.2質量部、ドデシルメルカプタン0.2質量部および第3表に示した一段目重合成分を一括して仕込み、70℃に昇温して2時間重合反応を行った。重合添加率が80質量%以上であることを確認した後、反応温度を70℃に維持したまま、第3表に示す二段目重合成分を6時間かけて添加した。二段目重合成分の添加開始から3時間経過した時点で、α-メチルスチレンダイマー1.0質量部およびドデシルメルカプタン0.3質量部を添加した。二段目重合成分の添加終了後、オートクレーブ内の温度を80℃に昇温し、さらに2時間反応を継続してラテックスを得た。 その後、ラテックスのpHを7.5に調節し、トリポリリン酸ナトリウム5質量部(固形分換算値、濃度10質量%の水溶液として添加)を加えた。次いで、残留単量体を水蒸気蒸留によって除去し、減圧下で濃縮することにより、重合体(B)からなる粒子を50質量%含有する水分散体(バインダー組成物(C15))を得た。 上記のバインダー組成物(C15)を用い、実施例C1におけるのと同様にして各種の評価を行った。評価結果は第3表に示した。 【0056】 実施例C16およびC17(略)」 「【0062】 」 「【0064】 」 「【0065】 第1表?第3表における単量体の略称は、それぞれ以下の意味である。単量体欄における「-」は、その単量体を使用しなかったか、あるいはその単量体の評価値が観測されなかったことを示す。 【0066】 <化合物(a1)> CHMA:メタクリル酸シクロヘキシル IMA:メタクリル酸イソボニル MAdMA:メタクリル酸2-(2-メチルアダマンチル) CMA:メタクリル酸3-コレステリル <化合物(a2)> AN:アクリロニトリル MAN:メタクリロニトリル <化合物(a3)> AA:アクリル酸 MAA:メタクリル酸 TA:イタコン酸 <化合物(a4)> VdDF:フッ化ビニリデン HFP:六フッ化プロピレン TFE:四フッ化エチレン 2VE:1,1,2,2-テトラフルオロー1,2-ビス((トリフルオロビニル)オキシ)エタン TFEMA:メタクリル酸2,2,2-トリフルオロエチル TFEA:アクリル酸2,2,2-トリフルオロエチル HFIPA:アクリル酸1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピル 【0067】 <化合物(a5)> MMA:メタクリル酸メチル EHA:アクリル酸2-エチルヘキシル BA:アクリル酸n-ブチル EA:アクリル酸エチル HEMA:メタクリル酸2-ヒドロキシエチル <化合物(a6)> BD:1,3-ブタジエン ST:スチレン <化合物(a7)> DVB:ジビニルベンゼン TMPTMA:トリメタクリル酸トリメチロールプロパン EDMA:ジメタクリル酸エチレングリコール AMA:メタクリル酸アリル 」 (2)甲1に記載された発明 上記摘示,特に段落【0011】,【0051】,【0053】?【0055】,【0062】第2表の実施例C14,【0064】第3表の実施例C15,【0066】及び【0067】の各記載,並びに,【0062】第2表に「平均粒子径(nm)」とあるのは,【0054】に「実施例C1と同様にして各種の評価を行った。」と記載されていることよりみて「最頻粒径」であると解されることから,甲1には,次のア,イの各発明が記載されていると認められる。 ア 実施例C14に基づく発明(以下「引用C14発明」という。) 「脂環式炭化水素基を有する不飽和カルボン酸エステル(化合物(a1))に由来する第一の繰り返し単位と、 α,β-不飽和ニトリル化合物(化合物(a2))に由来する第二の繰り返し単位と、 不飽和カルボン酸(化合物(a3))に由来する繰り返し単位と、 フッ素原子を有する単量体(化合物(a4))に由来する繰り返し単位と、 不飽和カルボン酸エステル(ただし、上記化合物(a1)及び(a4)に該当するものを除く。化合物(a5))に由来する繰り返し単位と、 架橋性単量体(化合物(a7)という。)に由来する繰り返し単位、とを有する重合体からなる粒子を含有し、 化合物(a1)としてCHMA:メタクリル酸シクロヘキシル16質量部、 化合物(a2)としてAN:アクリロニトリル8質量部、 化合物(a3)としてAA:アクリル酸4質量部、TA:イタコン酸1質量部、 化合物(a4)としてHFIPA:アクリル酸1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピル5質量部、 化合物(a5)としてMMA:メタクリル酸メチル10質量部、BA:アクリル酸n-ブチル55質量部、 化合物(a7)としてAMA:メタクリル酸アリル1質量部 を用いて重合反応を行い、反応停止後、pHを7.6に調整することにより、得られた固形分濃度30質量%の前記粒子を含有する水系分散体からなる蓄電デバイス用バインダー組成物(C14)であって、 動的光散乱法を測定原理とする粒度分布測定装置(大塚電子(株)製、形式「FPAR-1000」)を用いて測定した粒度分布から求めた前記粒子の最頻粒径が120nmであり、 前記水系分散体10gを直径8cmのシャーレへ秤り取り、溶媒(水)を除去して得られたフィルム(重合体)のうちの1gを、蓄電デバイスの製造において電解液として用いるエチレンカーボネートおよびジエチルカーボネートからなる混合液(EC/DEC=1/2(容量比))400mL中に浸積して、60℃において24時間振とうし、300メッシュの金網で濾過して不溶分を分離した後、溶解分のEC/DECを蒸発除去して得た残存物の重量(Y(g))を測定し、濾過で分離した不溶分(フィルム)の表面についたEC/DECを紙に吸収させて取り除いた後、該不溶分フィルムの重量(Z(g))を測定した値から、数式:「電解液膨潤度(質量%)=(Z/(1-Y))×100」によって測定した電解液膨潤度が420wt%であり、 前記粒子を示査操作熱量計(DSC)によって測定したガラス転移温度Tgが-4℃である蓄電デバイス用バインダー組成物。」 イ 実施例C15に基づく発明(以下「引用C15発明」という。) 「脂環式炭化水素基を有する不飽和カルボン酸エステル(化合物(a1))に由来する第一の繰り返し単位と、 α,β-不飽和ニトリル化合物(化合物(a2))に由来する第二の繰り返し単位と、 不飽和カルボン酸(「化合物(a3)」)に由来する繰り返し単位と、 不飽和カルボン酸エステル(ただし、上記化合物(a1)に該当するものを除く。化合物(a5))に由来する繰り返し単位と、 共役ジエン化合物および芳香族ビニル化合物よりなる群から選択される少なくとも一種(化合物(a6))に由来する繰り返し単位、とを有する重合体からなる粒子を含有し、 化合物(a1)としてCHMA:メタクリル酸シクロヘキシル5.0質量部、 化合物(a2)としてAN:アクリロニトリル12.0質量部、 化合物(a3)としてAA:アクリル酸2.0質量部、TA:イタコン酸1.0質量部、 化合物(a5)としてMMA:メタクリル酸メチル4.0質量部、HEMA:メタクリル酸2-ヒドロキシエチル1.0質量部、 化合物(a6)としてBD:1,3-ブタジエン45.0質量部、ST:スチレン30.0質量部、 を用いて反応を継続してラテックスを得、その後、ラテックスのpHを7.5に調節して得られた、前記粒子を50質量%含有する水系分散体からなるバインダー組成物(C15)であって、 動的光散乱法を測定原理とする粒度分布測定装置(大塚電子(株)製、形式「FPAR-1000」)を用いて測定した粒度分布から求めた前記粒子の最頻粒径が120nmであり、 前記水系分散体10gを直径8cmのシャーレへ秤り取り、溶媒(水)を除去して得られたフィルム(重合体)のうちの1gを、蓄電デバイスの製造において電解液として用いるエチレンカーボネートおよびジエチルカーボネートからなる混合液(EC/DEC=1/2(容量比))400mL中に浸積して、60℃において24時間振とうし、300メッシュの金網で濾過して不溶分を分離した後、溶解分のEC/DECを蒸発除去して得た残存物の重量(Y(g))を測定し、濾過で分離した不溶分(フィルム)の表面についたEC/DECを紙に吸収させて取り除いた後、該不溶分フィルムの重量(Z(g))を測定した値から、数式:「電解液膨潤度(質量%)=(Z/(1-Y))×100」によって測定した電解液膨潤度が450wt%であり、 前記粒子を示査操作熱量計(DSC)によって測定したガラス転移温度Tgが-27℃であるバインダー組成物。」 2 甲第2号証の記載 「【0002】 従来より、塗工紙及び電池用電極の材料などの様々な用途に共重合体ラテックスが利用されている。共重合体ラテックスは、各用途における操業性に優れて使いやすく、最終製品に高度な物性バランスを与えるよう改良が重ねられているものの、更に高度な物性バランスを与えることができる共重合体ラテックスが切望されている。」 「【0008】 また、共重合体ラテックスは、電池用電極の材料としても利用されており、電極作成時に電極活物質への被覆性に優れることが望まれている。」 3 甲第3号証の記載 「【0003】 二次電池の高性能化のために、電極、電解液およびその他の電池部材の改良が検討されている。このうち、電極は、通常、溶媒にバインダーとなる重合体を分散または溶解させた液状の組成物に電極活物質を混合してスラリー組成物を得て、このスラリー組成物を集電体に塗布し、乾燥して製造される。このような方法で製造される電極において、バインダーを工夫することにより二次電池の高性能化を実現することが、従来から試みられてきた(特許文献1)。」 「【0006】 しかしながら、リチウムイオン二次電池の性能に対する要求は、最近では益々高度になっており、中でもサイクル特性及び放電レート特性の改善が特に求められている。 本発明は上記の課題に鑑みて創案されたもので、サイクル特性及び放電レート特性に優れるリチウムイオン二次電池が得られるリチウムイオン二次電池電極用バインダー組成物、リチウムイオン二次電池電極用スラリー組成物及びリチウムイオン二次電池用電極、並びに、サイクル特性及び放電レート特性に優れるリチウムイオン二次電池を提供することを目的とする。」 「【0111】 [2.1.4.重合体粒子(B)] 負極用のスラリー組成物は、重合体粒子(A)、電極活物質及び溶媒に加えて、更に重合体粒子(A)以外の重合体粒子を含んでいてもよい。中でも、負極用のスラリー組成物は、重合体粒子(B)を含むことが好ましい。ここで、重合体粒子(B)とは、芳香族ビニル化合物及び共役ジエン化合物を含む単量体組成物(b)を水系媒体中で重合して得られる重合体粒子である。この重合体粒子(B)を重合体粒子(A)と組み合わせることにより、負極の充放電における極板膨らみを抑制することができる。 【0112】 (芳香族ビニル化合物) 芳香族ビニル化合物は、重合体粒子(B)の単量体のうちの一つである。芳香族ビニル化合物を重合して形成される構造単位は剛性が高いので、芳香族ビニル化合物を用いることにより、重合体粒子(B)の剛性を高くすることができる。このため、重合体粒子(B)の破断強度を向上させることができる。また、重合体粒子(B)の剛性が高いことにより、負極活物質が充放電に伴い膨張及び収縮を繰り返した場合でも、重合体粒子(B)は負極活物質との接触を損なわないように負極活物質に当接しうる。したがって、重合体粒子(B)の負極活物質への結着性を高めることができる。特に、充放電を繰り返した場合に前記の結着性の向上効果が顕著である。また重合体粒子(B)の剛性が高いことにより、膨張及び収縮で生じた応力によって移動した負極活物質を強い力で元の位置に戻すことができる。したがって、負極活物質が膨張及び収縮を繰り返しても電極活物質層を膨張し難くすることができる。」 「【0119】 (任意の重合性単量体) 単量体組成物(b)は、芳香族ビニル化合物及び共役ジエン化合物に共重合可能な任意の重合性単量体を更に含みうる。任意の重合性単量体は、1種類を単独で用いてもよく、2種類以上を任意の比率で組み合わせて用いてもよい。このような任意の重合性単量体としては、例えば、多官能ビニル化合物、エチレン性不飽和カルボン酸単量体、水酸基含有単量体などが挙げられる。」 「【0135】 重合体粒子(B)のガラス転移温度は、好ましくは-30℃以上、より好ましくは-20℃以上、特に好ましくは-10℃以上であり、好ましくは60℃以下、より好ましくは40℃以下、特に好ましくは30℃以下である。重合体粒子(B)のガラス転移温度を前記範囲の下限値以上にすることにより、充電時の電極の膨らみを抑制して、サイクル特性を改善することができる。また、上限値以下にすることにより、重合体粒子(B)の結着性を向上させることができるので、これによってもサイクル特性を改善することができる。」 4 甲第4号証の記載 甲4には,重合体(Polymer)のガラス転移温度(Tg(K))に関して,「ポリ(シクロヘキシルメタクリレート)」の「アタクチック」が「356」,同「イソタクチック」が「324」であり,また,「ポリ(メチルメタクリレート)」の「アタクチック」が「378」,同「イソタクチック」が「311」,同「シンジオタクチック」が「378」,同「ヘテロタクチック」が「372」であることが記載されている。 第6 当審の判断 当審は,本件発明1?4はいずれも,上記第4の申立理由1?4に該当せず,当審が通知した取消理由は解消したものと判断する。その理由は次のとおりである。 1 申立理由1・取消理由(新規性)について (1)本件発明1は,上記第3の請求項1に摘示のとおりであり,上記第2の1のとおり,訂正前の請求項1において,「前記共重合体ラテックスの前記ガラス転移温度が-4℃、かつ、前記共重合体ラテックスの動的光散乱法による最頻粒径が120nm、かつ、前記共重合体ラテックスの前記電解液膨潤度が4.2である場合」,及び,「前記共重合体ラテックスの前記ガラス転移温度が-27℃、かつ、前記共重合体ラテックスの前記動的光散乱法による最頻粒径が120nm、かつ、前記共重合体ラテックスの前記電解液膨潤度が4.5である場合」を除いたものである。 (2)これに対し,甲1に記載された発明は,上記第5の1(2)ア(引用C14発明),同イ(引用C15発明)のとおりであり,本件発明1において,訂正前の請求項1から除かれた部分に該当する。 よって,本件発明1は,甲1に記載された発明を除いたものであるから,甲1に記載された発明ではない。 (3)申立人は,令和 1年12月18日提出の意見書(以下「申立人意見書」という。)において,甲1に記載された発明には,引用C14発明及び引用C15発明のような下位概念で表現された発明のみではなく,より上位概念の発明(甲1上位発明)が含まれるのであり,甲1に記載された発明との対比において,本件発明1は新規性を有さない旨主張するが(申立人意見書3?9頁),以下のとおり,採用できない。 ア 申立人は,甲1には,甲1上位発明を構成するものとして,請求項1,4に重合体を構成する繰り返し単位の種類と割合,段落【0030】にpH,段落【0018】にガラス転移温度,段落【0028】に最頻粒径,及び,段落【0006】に電解液膨潤度に係る各構成が少なくとも記載されているとしているが,このうち,pH,ガラス転移温度及び最頻粒径に係る上記各記載は,各構成それ自体の最適範囲を示すものに止まる。また,電解液膨潤度に係る構成は,上記段落【0006】には記載されていない。 イ また,上記の電解液膨潤度に関し,甲1における重合体においては,電解液膨潤性と密着性とのバランスをとって,良好な充放電特性と耐久性との両立を図るという技術的観点から,脂環式炭化水素基を有する不飽和カルボン酸エステル(化合物(a1))に由来する第一の繰り返し単位と,α,β-不飽和ニトリル(化合物(a2))に由来する第二の繰り返し単位との含有割合を調整することが記載されている(段落【0011】)。 他方,本件発明1における共重合体ラテックスにおいては,エチレン性不飽和カルボン酸単量体に由来する構造単位と,これと共重合可能な単量体に由来する構造単位との割合を調整することにより,電極用バインダーの活物質への被覆性の向上を図るものである(段落【0029】)。 ウ さらに,甲1の実施例の記載についてみても,訂正前の請求項1から除かれた部分に該当する実施例C14及び実施例C15以外のほとんどの実施例は,最頻粒径が140nmを超えている(甲1段落【0057】表1?【0064】表8,申立人意見書6頁表A)。ここで,甲1の「最頻粒径」と本件発明1の「平均粒子径」とは同一でないことも踏まえると,少なくとも「平均粒子径」について,甲1に「甲1上位発明」なるものが開示されているということはできない。 エ よって,甲1は,本件発明1において,訂正前の請求項1から除かれた部分に該当する引用C14発明及び引用C15発明を開示するに止まり,「甲1上位発明」なる上位概念の発明を開示するものとはいえない。また,甲2?甲7の記載を参酌しても,引用C14発明及び引用C15発明より上位概念の「甲1上位発明」が開示されているに等しいものともいえない。 (4)本件発明2は,本件発明1において共重合体ラテックスの技術的事項をさらに特定したものであるから,電極バインダーを構成する共重合体ラテックスに関して,上記(1)と同様のことがいえる。 そして,上記(2)と同様の理由により,本件発明2は,甲1に記載された発明ではない。 (5)本件発明3は,本件発明1又は2を引用した電極用組成物であり,本件発明4は,本件発明3を引用した電極であるから,電極バインダーを構成する共重合体ラテックスに関して,上記(1)と同様のことがいえる。 そして,引用C14発明及び引用C15発明に係るバインダー組成物も,電極用スラリーに用いられるものであるところ(甲1段落【0031】),上記(2)と同様の理由により,本件発明3,4はいずれも,甲1に記載された発明ではない。 2 申立理由2(進歩性)について (1)本件発明1における共重合体ラテックスは,エチレン性不飽和カルボン酸単量体に由来する構造単位を2?25質量%と,これと共重合可能な単量体に由来する構造単位を75?98質量%含有することにより,電極用バインダーの活物質への被覆性の向上を図るものである(段落【0029】)。 (2)これに対し,甲1における重合体は,脂環式炭化水素基を有する不飽和カルボン酸エステル(化合物(a1))に由来する第一の繰り返し単位と,α,β-不飽和ニトリル(化合物(a2))に由来する第二の繰り返し単位との含有割合を調整することにより,電解液膨潤性と密着性とのバランスをとって,良好な充放電特性と耐久性を両立させるというものであって(甲1段落【0011】),本件発明1とは,技術的課題及びその解決手段が相違する。 また,甲2,甲3,さらには甲4?甲7の各記載をみても,引用C14発明又は引用C15発明において,重合体を構成する繰り返し単位の種類と割合,共重合体ラテックスのガラス転移温度,pH及び電解液膨潤度を同時に調整して,本件発明1の構成に至るという動機づけは見当たらない。 そして,本件発明1は,重合体を構成する繰り返し単位の種類と割合,共重合体ラテックスのガラス転移温度,pH及び電解液膨潤度を所定の範囲に調整することにより,活物質の被覆性に優れ,電池にした際のサイクル特性が良好な電極を得ることができる(段落【0016】,表1?3)という効果を奏するものであって,当該効果は,容易に予測できたものではない。 よって,本件発明1は,甲1に記載された発明及び甲2,甲3に記載された技術的事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (3)申立人は,申立人意見書において,本件発明1は,全ての構成が重複する甲1上位発明からみて新規性を欠くことから当然に進歩性も欠くものである旨,及び,引用C14発明又は引用C15発明から,ガラス転移温度,平均粒子径又は電解液膨潤度が僅かに変更されたのみであるものも包含している本件発明1は,容易に想到できる旨主張するが(申立人意見書9?12頁),以下のとおり,採用できない。 ア まず,上記1(3)で検討のとおり,甲1に「甲1上位発明」なるものは開示されていない。 イ また,上記(1)及び(2)で検討のとおり,甲1における重合体においては,電解液膨潤性と密着性とのバランスをとって,良好な充放電特性と耐久性の両立を図ろうとするものであるのに対し,本件発明1における共重合体ラテックスにおいては,電極用バインダーの活物質への被覆性の向上を図るものであるから,両者は技術的課題が相違する。 ウ そして,本件特許に係る出願の優先日当時の周知技術を考慮しても,引用C14発明又は引用C15発明における具体的条件を変更して,本件発明1の構成に至るという動機づけは見当たらない。 (4)本件発明2は,本件発明1において共重合体ラテックスの技術的事項をさらに特定したものであるから,電極バインダーを構成する共重合体ラテックスに関して,上記(1)と同様のことがいえる。 そして,上記(2)と同様の理由により,本件発明2は,甲1に記載された発明及び甲2,甲3に記載された技術的事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (5)本件発明3は,本件発明1又は2を引用した電極用組成物であり,本件発明4は,本件発明3を引用した電極であるから,電極バインダーを構成する共重合体ラテックスに関して,上記(1)と同様のことがいえる。 そして,引用C14発明及び引用C15発明に係るバインダー組成物も,電極用スラリーに用いられるものであるところ(甲1段落【0031】),上記(2)と同様の理由により,本件発明3,4はいずれも,甲1に記載された発明及び甲2,甲3に記載された技術的事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものではない。 3 申立理由3(サポート要件)について 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(知財高裁平成17年(行ケ)第10042号,「偏光フィルムの製造法」事件)。そこで,この点について,以下検討する。 (1)特許請求の範囲の記載 本件訂正後の特許請求の範囲には,共重合体ラテックスがエチレン性不飽和カルボン酸単量体に由来する構造単位を所定量含有し,ガラス転移温度,光子相関法による平均粒子径,pH及び電解液膨潤度が特定の電極用バインダー(請求項1,2),当該バインダーと活物質とを含有する電極用組成物(請求項3),及び,当該電極用組成物から形成される電極合材層を備える電極(請求項4)が,それぞれ記載されている。 (2)発明の詳細な説明の記載 ア 発明が解決しようとする課題は,「水分散バインダーでありながら、活物質の被覆性に優れ、電池にした際のサイクル特性が良好な電極を得ることができる電極用バインダー、該バインダーを含有する電極用組成物及び電極を提供すること」(段落【0009】)である。 イ そして,電極用バインダーを構成する共重合体ラテックスとして,エチレン性不飽和カルボン酸単量体に由来する構造単位を2?25質量%と,これと共重合可能な単量体に由来する構造単位を75?98質量%含有することにより,電極用バインダーの活物質への被覆性の向上を図っている(段落【0029】)。 このうち,エチレン性不飽和カルボン酸単量体に由来する構造単位とは,エチレン性不飽和カルボン酸単量体が重合して形成される構造単位であり,アクリル酸,メタクリル酸,クロトン酸,マレイン酸,フマール酸,イタコン酸などのモノ又はジカルボン,もしくはこれらの無水物が例示されている(段落【0019】)。 また,エチレン性不飽和カルボン酸単量体と共重合可能な単量体に由来する構造単位としては,脂肪族共役ジエン単量体,不飽和カルボン酸アルキルエステル単量体,アルケニル芳香族単量体,シアン化ビニル単量体,ヒドロキシアルキル基を含有する不飽和単量体,不飽和カルボン酸アミド単量体,不飽和二重結合を2つ以上含有する多官能エチレン性不飽和単量体等が挙げられる(段落【0020】)。 ウ 共重合体ラテックスは,ガラス転移温度(Tg)が25℃以下,光子相関法による平均粒子径が140nm以下,pHが7?10,及び,電解液膨潤度が1.3?10であることにより,電極用バインダーの活物質への被覆性の向上を図ることができる(段落【0035】,【0037】,【0038】)。 エ 実施例として,エチレン性不飽和カルボン酸単量体としてフマル酸及びアクリル酸,これと共重合体可能な単量体として1,3-ブタジエン,アクリル酸ブチル,スチレン,アクリロニトリル及びメタクリル酸メチルを用いて重合し,得られた共重合体ラテックスの物性(pH,平均粒子径,ガラス転移温度及び電解液膨潤度)を測定するとともに,負極の電極用バインダーの活物質への被覆性を4段階評価(A?D)で評価したところ,実施例1?13は評価A又はBであったのに対して,比較例1?10は評価C又はDであったことが示されている(表1?4)。 (3)検討 ア 以上によれば,発明の詳細な説明には,本件発明1に特定される共重合体ラテックスを,代表的な単量体を用いて製造できるとともに,得られた共重合体ラテックスのガラス転移温度が25℃以下,光子相関法による平均粒子径が140nm以下,pHが7?10,及び,電解液膨潤度が1.3?10であることにより,電極用バインダーの活物質への被覆性の向上を図ることができ,課題が解決できることが記載されているといえる。 イ 申立人は,活物質の被覆性を示し,電池にした際のサイクル特性が良好な電極を得ることができる共重合体ラテックスとして具体的に示されているのは,実施例に示される特定の単量体から製造したもののみであり,そのガラス転移温度も-30℃(実施例10)以上のもののみであり,平均粒子径も70nm(実施例6)から135nm(実施例3)のもののみであり,また,発明の詳細な説明の記載及び本件特許に係る出願の優先日時点における当業者の技術常識を勘案しても,上記各条件が如何なる範囲のものであっても,本件発明1?4の課題を解決できると当業者が認識できたとはいえない旨主張する。 しかしながら,本件発明1?4が,発明の詳細な説明に記載された発明であって,かつ,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであることは,上記アのとおりである。よって,当該主張は採用できない。 4 申立理由4(実施可能要件)について 発明の詳細な説明の記載が,特許法第36条第4項第1号における実施可能要件に適合するためには,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が,明細書に記載した事項と出願時の技術常識とに基づき,その発明の実施をすることができる程度に,発明の詳細な説明を記載しなければならない。そこで,この点について,以下検討する。 (1)上記3(2)イ?エのとおり,発明の詳細な説明によれば,本件発明1に特定される共重合体ラテックスを,代表的な単量体を用いて製造できるとともに,得られた共重合体ラテックスのガラス転移温度が25℃以下,光子相関法による平均粒子径が140nm以下,pHが7?10,及び,電解液膨潤度が1.3?10であることにより,電極用バインダーの活物質への被覆性の向上を図ることを理解することができる。 (2)申立人は,ガラス転移温度,pH及び平均粒子径を本件発明1の範囲内に制御した上で電解液膨潤度をも本件発明1の規定の範囲内に制御するための具体的手段が発明の詳細な説明には記載されておらず,また,技術常識であるともいえないから,本件発明1?4に係る共重合体ラテックスを製造するため,当業者は過度の試行錯誤を要する旨主張する。 しかしながら,上記(1)のとおり,発明の詳細な説明には,本件発明1?4に係る共重合体ラテックスを製造することが実施例とともに記載されているから,当業者は,過度の試行錯誤を要することなく本件発明を実施することができるものである。よって,当該主張は採用できない。 第7 むすび 以上のとおり,取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した申立理由によっては,請求項1?4に係る特許を取り消すことはできない。 また,他に請求項1?4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって,結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 共重合体ラテックスを含む電極用バインダーであって、 前記共重合体ラテックスがエチレン性不飽和カルボン酸単量体に由来する構造単位を2?25質量%、及び前記エチレン性不飽和カルボン酸単量体と共重合可能な単量体に由来する構造単位を75?98質量%含有し、 前記共重合体ラテックスのガラス転移温度が25℃以下であり、 前記共重合体ラテックスの光子相関法による平均粒子径が140nm以下であり、 前記共重合体ラテックスのpHが7?10であり、 前記共重合体ラテックスの電解液(エチレンカーボネート/ジエチルカーボネート=1/2(体積比))膨潤度が1.3?10であり、 前記共重合体ラテックスの前記ガラス転移温度が-4℃、かつ、前記共重合体ラテックスの動的光散乱法による最頻粒径が120nm、かつ、前記共重合体ラテックスの前記電解液膨潤度が4.2である場合と、前記共重合体ラテックスの前記ガラス転移温度が-27℃、かつ、前記共重合体ラテックスの前記動的光散乱法による最頻粒径が120nm、かつ、前記共重合体ラテックスの前記電解液膨潤度が4.5である場合とを除く、電極用バインダー。 【請求項2】 前記共重合体ラテックスは、前記エチレン性不飽和カルボン酸単量体と共重合可能な単量体に由来する構造単位であり、かつ、単独重合体のガラス転移温度が80℃以上の単量体に由来する構造単位を、25質量%以上含有する、請求項1に記載の電極用バインダー。 【請求項3】 請求項1または2に記載の電極用バインダーと、活物質と、を含有する、電極用組成物。 【請求項4】 集電体と、 前記集電体上に設けられ、請求項3に記載の電極用組成物から形成される電極合剤層と、 を備える、電極。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2020-01-28 |
出願番号 | 特願2018-535435(P2018-535435) |
審決分類 |
P
1
651・
536-
YAA
(H01M)
P 1 651・ 121- YAA (H01M) P 1 651・ 113- YAA (H01M) P 1 651・ 537- YAA (H01M) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 近藤 政克 |
特許庁審判長 |
池渕 立 |
特許庁審判官 |
井上 猛 平塚 政宏 |
登録日 | 2018-11-09 |
登録番号 | 特許第6431249号(P6431249) |
権利者 | 日本エイアンドエル株式会社 |
発明の名称 | 電極用バインダー、電極用組成物及び電極 |
代理人 | 岡本 寛之 |
代理人 | 岡本 寛之 |