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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C09K
審判 全部申し立て 2項進歩性  C09K
管理番号 1360505
異議申立番号 異議2019-701030  
総通号数 244 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-04-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-12-18 
確定日 2020-03-05 
異議申立件数
事件の表示 特許第6531509号発明「窒化物蛍光体、その製造方法及び発光装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6531509号の請求項1ないし11に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6531509号の請求項1?11に係る特許(以下、「本件特許」という)についての出願は、平成27年6月16日に出願され、令和元年5月31日にその特許権の設定登録がされ、同年6月19日にその特許掲載公報が発行された。
その後、当該発行日から6月以内にあたる、令和元年12月18日に本件特許に対して特許業務法人藤央特許事務所(以下、「異議申立人」という)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件特許発明
特許第6531509号の請求項1?11に係る発明(以下、「本件特許発明1」などともいい、まとめて、「本件特許発明」ともいう)は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1?11に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
下記式(I)で示される組成を有する窒化物蛍光体の製造方法であって、M^(b)で表される元素を含む金属化合物を理論量よりも多く含む原料混合物を、温度が1000℃以上1400℃以下、圧力がゲージ圧として0.2MPa以上1.0MPa以下の窒素ガスを含む雰囲気中で処理することを含む窒化物蛍光体の製造方法。
M^(a)_(w)M^(b)_(x)Eu_(y)Al_(3)N_(z) (I)
(式中、M^(a)は、Ca、Sr、Ba及びMgからなる群から選択される少なくとも1種の元素であり、M^(b)はLi、Na及びKからなる群から選択される少なくとも1種の元素であり、w、x、y及びzはそれぞれ、0.8≦w<1.0、0.5≦x<1.0、0.001<y≦0.1、z=(2/3)w+(1/3)x+(2/3)y+3を満たす。)
【請求項2】
前記原料混合物が、前記組成を構成する金属元素を含む、水素化物、窒化物及びフッ化物からなる群から選択される少なくとも1種の金属化合物を含む請求項1に記載の窒化物蛍光体の製造方法。
【請求項3】
圧力がゲージ圧として0.8MPa以上1.0MPa以下である請求項1又は2に記載の窒化物蛍光体の製造方法。
【請求項4】
前記原料混合物が、M^(a)で表される元素の窒化物、M^(b)で表される元素を含む水素化アルミニウム化合物、窒化アルミニウム及びフッ化ユウロピウムを含む請求項1から3のいずれか1項に記載の窒化物蛍光体の製造方法。
【請求項5】
原料混合物を処理する温度が、1100℃以上1300℃以下である請求項1から4のいずれか1項に記載の窒化物蛍光体の製造方法。
【請求項6】
前記窒化物蛍光体の平均粒径が、4.0μm以上20μm以下である請求項1から5のいずれか1項に記載の窒化物蛍光体の製造方法。
【請求項7】
前記窒化物蛍光体は、400nm以上570nm以下の波長範囲の光で励起されるとき、発光ピーク波長が630nm以上670nm以下の範囲にある請求項1から6のいずれか1項に記載の窒化物蛍光体の製造方法。
【請求項8】
前記窒化物蛍光体は、650nmにおける反射率の460nmにおける反射率に対する比が2以上である請求項1から7のいずれか1項に記載の窒化物蛍光体の製造方法。
【請求項9】
前記窒化物蛍光体は、460nmにおける反射率が30%以下である請求項1から8のいずれか1項に記載の窒化物蛍光体の製造方法。
【請求項10】
前記式(I)において、M^(a)がCa及びSrの少なくとも一方を含み、M^(b)がLiを含む請求項1から9のいずれか1項に記載の窒化物蛍光体の製造方法。
【請求項11】
前記式(I)において、xが0.7以上1.0未満である請求項1から10のいずれか1項に記載の窒化物蛍光体の製造方法。」

第3 申立理由の概要

異議申立人は、全請求項に係る特許を取り消すべきものである旨主張し、その理由として、以下の理由1、2を主張し、証拠方法として甲第1?4号証を提出している。

<理由>
理由1(進歩性)
本件特許の特許請求の範囲の請求項1?11に係る発明は、甲第1?4号証(主たる証拠は、甲第1号証)に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
<証拠方法>
甲第1号証:P. PUST et al., Narrow-BandRed-Emitting Sr[LiAl_(3)N_(4)]:
Eu^(2+) as a Next-Generation LED-Phosphor Material,
Nat. Mater., 2014, pp.891-896
甲第2号証:特開2010-202738号公報
甲第3号証:国際公開第2010/018873号
甲第4号証:国際公開第2013/175336号
なお、以下、甲第1?4号証を、その番号に対応してそれぞれ、「甲1」?「甲4」ともいう。

理由2(サポート要件)
本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、本件特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

第4 当審の判断
1 理由1(進歩性)について
ア 証拠及び公知文献
上記第3の証拠(甲1?甲4)の他、以下の公知文献を引用する。
公知文献5:特開2011-37913号公報

イ 証拠及び公知文献の記載事項
(ア)甲1に記載されている事項
摘記1a:タイトル
「Narrow-band red-emitting Sr[LiAl_(3)N_(4)]:Eu^(2+)as a next-generation LED-phosphor material」
当審訳:次世代LED蛍光体材料としての狭帯赤色発光Sr[LiAl_(3)N_(4)]:Eu^(2+)

摘記1b:3.4.2
「Methods
Sr[LiAl_(3)N_(4)]:Eu^(2+)(0.4 mol% Eu nominal composition) was synthesized by heating a stoichiometricmixture of LiAlH_(4) (Sigma-Aldrich, 95%), AlN (Tokuyama, 99%), SrH_(2)(Cerac, 99.5%) and EuF_(3) (Sigma-Aldrich, 99.99%) for 2 h to 1,000 °C in a forming gas atmosphere (N_(2):H_(2) = 95:5). The starting materials were thoroughly ground in a ball mill, filled in a tungsten crucible and heated to the target temperature at a rate of 50 °C・min^(-1) in a radio-frequency furnace. After a short reaction period the product is obtained in the form of a pink coloured powder, which is stable in ambient air up to 400 °C.」
当審訳:「実験方法
Sr[LiAl_(3)N_(4)]:Eu^(2+)(0.4 mol% Eu名目組成)は以下の方法で合成した。まずLiAlH_(4)(Sigma-Aldrich, 95%)、AlN(トクヤマ, 99%)、SrH_(2)(Cerac, 99.5%)、及びEuF_(3)(Sigma-Aldrich, 99.99%)の化学量論的混合物を、窒素水素混合ガス雰囲気(N_(2):H_(2)= 95:5)中で2時間にわたり1,000℃で加熱した。出発原料をボールミルで十分に砕き、タングステン坩堝に入れて、高周波炉中で50 ℃・min^(-1)の速度で目標温度まで昇温した。短い反応時間の後、桃色粉末の形態として当該物質が得られた。当該物質は周囲大気中で400℃まで安定である。

(イ)甲2に記載されている事項
摘記2a:請求項5、6、段落0033
「【請求項5】
一般式
Li_(x)Eu_(y)Si_(12-(m+n))Al_((m+n))O_(n)N_(16-n)(式中、Euの平均価数をaとすると、x+ya=m、0.5≦x≦3.0、0.01≦y≦0.3、0.5≦m≦3.0、0.5≦n≦2.4)の所定の組成になる理論量の、非晶質窒化ケイ素粉末とAlNを含むアルミニウム源となる物質と、Liの窒化物、酸窒化物、酸化物、または熱分解により酸化物となる前駆体物質と、Euの窒化物、酸窒化物、酸化物、または熱分解により酸化物となる前駆体物質と、さらに、前記理論量に含まれない過剰の、Liの酸化物、または熱分解により酸化物となる前駆体物質とを混合し、常圧の窒素を含有する不活性ガス雰囲気中、1500?1800℃で焼成することを特徴とする請求項1又は2に記載のLi含有α-サイアロン系蛍光体粉末の製造方法。
【請求項6】
前記理論量に含まれない過剰の、Liの酸化物、または熱分解により酸化物となる前駆体物質の金属リチウムの量が、理論量の生成物のLi含有α-サイアロン系蛍光体1モルに対して、0.1?1.25モルであることを特徴とする請求項5記載のLi含有α-サイアロン系蛍光体粉末の製造方法。
・・・(中略)・・・
【0033】
本発明では過剰に添加した酸化リチウム、及び、高温で酸化リチウムを生成する原料は一種の融剤のような役割を果たすのであるが、結晶の形態をそろえる目的で添加される一般的な融剤とは大きく異なる。その理由は次の2点である。
(1)本発明で示される常圧におけるLi含有α-サイアロンの合成では、Liの蒸発が多くなる。Liを補うことなくサイアロンを作製すると、リチウムの大きく不足したLi含有α-サイアロンになる。このようなサイアロンは欠陥が多くなり、蛍光体として好ましくない。これを解決するために、酸化リチウム、または、高温で酸化リチウムを形成する原料を添加することで、不足するLiを補うことができる。」

摘記2b:段落0063、0075
「【0063】
また、加圧して作製した比較例4におけるX線のパターンを図2(b)に示した。加圧した場合、Li含有α-サイアロン相に起因するピークは非常に低く、その生成量はわずかであり、ほとんどが、サイアロン以外の結晶相である。このため、蛍光強度は非常に低くなる。加圧によって、リチウム蒸発が抑制され、添加された炭酸リチウム、または、酸化リチウムが別の結晶を生成するのに使われている。このことは、本発明のように、炭酸リチウム、酸化リチウムを過剰に添加する場合、その成分の一部が飛散していくことが、結果として、Li含有α-サイアロン相の生成量を多くしていることを示唆している。このように、酸化リチウムを生成する物質を添加する場合、常圧雰囲気で焼成するほうが、より好ましい。
・・・(中略)・・・
【0075】
(比較例4)
表1に示す組成で、実施例と同じ原料を作成し、0.8MPaの窒素ガス流通雰囲気下で焼成し、実施例と同じ方法で評価を行った。図2(b)に、X線回折パターンを示す。サイアロン相に由来するピークは非常に低く、サイアロン相はほとんどないことが分かった。このように、本発明のように、過剰添加物を加えると、加圧雰囲気では、目的のサイアロン相を得ることが困難になることが確認できた。このため、発光強度は非常に低くなった。」

(ウ)甲3に記載されている事項
摘記3a:請求項1、10、段落0047
「(請求項1)
一般式(1)
Li_(x)Eu_(y)Si_(12-(m+n))Al_((m+n))O_(n+δ)N_(16-n‐δ) (1)
(式中、Euの平均価数をaとすると、x+ya+δ=m;0.45≦x<1.2、0.001≦y≦0.2、0.9≦m≦2.5、0.5≦n≦2.4、δ>0である。)で表されることを特徴とするLi含有α-サイアロン系蛍光体。
・・・(中略)・・・
(請求項10)
窒化ケイ素粉末及び/又は含窒素シラン化合物と、AlNを含むアルミニウム源となる物質と、Liの窒化物、酸窒化物、酸化物、または熱分解により酸化物となる前駆体物質と、Euの窒化物、酸窒化物、酸化物、または熱分解により酸化物となる前駆体物質とを、前記一般式(1)で表されるLi含有α-サイアロン系蛍光体の組成よりも、リチウムが過剰な組成になるように秤量、混合し、窒素を含有する常圧の不活性ガス雰囲気中、1400?1800℃で焼成することを特徴とする請求項1記載のLi含有α-サイアロン系蛍光体の製造方法。
・・・(中略)・・・
(0047)
本発明のLi含有α-サイアロン系蛍光体は、Liの含有量に特徴がある。即ち、本発明者らは、窒素を含有する常圧の不活性ガス雰囲気中で焼成したLi含有α-サイアロン系蛍光体は仕込組成と、得られた合成物の組成ではLiの含有量に大きな差があるということを突き止めた。Liは蒸発しやすい元素であり、焼成中に、蒸発が起こり、結果として、酸洗浄後に得られたLi含有α-サイアロン系蛍光体のLiの含有量が少なくなる。Liの蒸発は常圧下または減圧下の焼成では特に顕著であり、仕込組成と、得られた合成物の組成との相関を詳細に調べることにより、前記のLi含有α-サイアロンの組成式において、δが0.05?1.2であり、前記xとmとの比x/mが、0.4?0.9の範囲である場合に、X線回折パターンで、ほぼ単一相のLi含有α-サイアロン系蛍光体と同定される蛍光体が得られることを見出した。本発明のLi含有α-サイアロン系蛍光体のLi組成領域において、優れた蛍光強度とより短い蛍光波長が両立できることを示したのは本発明が始めてである。」

摘記3b:段落0048
「(0048)
本発明では、0.08?0.9MPaの圧力の不活性ガス雰囲気中1400?2000℃で焼成した後、酸洗浄することでLi含有α-サイアロン系蛍光体を合成する。焼成雰囲気としては、窒素雰囲気下、常圧で行うことが好ましい。特に、窒素を含有する常圧の不活性ガス雰囲気中における合成を行うことで、Li含有α-サイアロン系蛍光体の生産コストを低減させることができる。本発明者らは、常圧の窒素雰囲気において様々な組成のLi含有α-サイアロン系蛍光体を合成し、酸洗浄後に得られたLi含有α-サイアロン系蛍光体の蛍光特性に対する組成的な特徴を見出した。その結果、常圧の窒素雰囲気中での焼成で、優れた蛍光強度とより短い蛍光波長が両立できるLi含有α-サイアロン系蛍光体の合成が、初めて可能になった。」

(エ)甲4に記載されている事項
甲4についてはパテントファミリーである特表2015-526532公報(以下、「公表公報」という)の該当箇所の翻訳文をもって示し、国際公開及び公表公報双方における記載箇所を明示した。
摘記4a:第5頁第10?29行、公表公報段落0017?0018
「【0017】
上記「セラミック」という用語は、少なくとも0.5MPa、特に、少なくとも1MPa、例えば1ないし約500MPa、少なくとも5MPa又は少なくとも10MPaのような高圧下、とりわけ、一軸又は静水圧加圧下、特に静水圧加圧下で、例えば、少なくとも500℃、特に、少なくとも1000℃のような少なくとも800℃で(多結晶)パウダーを加熱することにより得られる無機材料に特に関連している。セラミックを得る特定の方法は、例えば、上記のような温度及び圧力の条件の下での熱間静水圧加圧法(HIP)である。そのような方法により得られるセラミックは、それ自体用いられるか、又は更に処理(例えば、研磨又は更に再度粒子に加工)される。セラミックは、特に、理論的密度(すなわち、単結晶の密度)の少なくとも95%のような少なくとも90%である、例えば、97ないし100%の範囲内である密度を有している。セラミックは、依然として多結晶であるが、結晶粒(加圧粒子又は加圧凝集粒子)間の体積が減少しているか、又は、結晶粒の体積を大きく減少させる。
【0018】
しかしながら、一般的には、一軸圧力又は静水圧が、蛍光体を得るために印加され得る。従って、一形態では、本発明は、少なくとも所望の蛍光体をもたらす比率で、少なくとも所望の蛍光体を生成するための出発物質を選択し、圧力下、特に、一軸圧力又は静水圧下、更に特には、一軸圧力下で加熱することにより本明細書において説明される蛍光体を生成する方法も提供する。特に少なくとも800℃、約1500℃までの温度及び大気圧から上記圧力までの又は更にそれ以上までの圧力が印加される。」

摘記4b:請求項10、第16頁第26?30行、第30頁第2?10行、公表公報請求項10、段落0068、0128
「【請求項10】
化学式M_(1-x-y-z)Z_(z)A_(a)B_(b)C_(c)D_(d)E_(e)N_(4-n)O_(n):ES_(x),RE_(y)
(I)
を有し、
Mは、Ca、Sr及びBaから成る群より選択され、
Zは、一価のNa、K及びRbから成る群より選択され、
Aは、二価のMg、Mn、Zn及びCdから成る群より選択され、
Bは、三価のB、Al及びGaから成る群より選択され、
Cは、四価のSi、Ge、Ti及びHfから成る群より選択され、
Dは、一価のLi及びCuから成る群より選択され、
Eは、P、V、Nb及びTaから成る群より選択され、
ESは、二価のEu、Sm及びYbから成る群より選択され、
REは、三価のCe、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er及びTmから成る群より選択され、
0≦x≦0.2;0≦y≦0.2;0<x+y≦0.4;
0≦z<1;
0≦n≦0.5;
0≦a≦4;0≦b≦4;0≦c≦4;0≦d≦4;0≦e≦4;
a+b+c+d+e=4及び
2a+3b+4c+d+5e=10-y-n+zである、蛍光体。
・・・(中略)・・・
【0068】
量子効率及び加水分解安定性の点で特に優れた系は、z+d>0の系、すなわち、Na、K、Rb、Li及びCu(I)の1つ以上が利用可能であり、特に、例えば(Sr,Ca)LiAl_(3)N_(4):Eu及びa、b、dは上記の定義の通りである(Sr,Ca)Li_(d)Mg_(a)Al_(b)N_(4):Euのように少なくともLiが利用可能な系である。他の特定の実施形態では、上記蛍光体は、CaLiAl_(3)N_(4):Eu、SrLiAl_(3)N_(4):Eu、CaLi_(0.5)MgAl_(2.5)N_(4):Eu及びSrLi_(0.5)MgAl_(2.5)N_(4):Euから成る群より選択される。
・・・(中略)・・・
【0128】
SrLiAl_(3)N_(4):Eu(1%)
窒素雰囲気下において通常の固体反応を用いて蛍光体が合成された。出発化合物SrH_(2)、Li_(3)N、Al及びEuF_(3)の混合物が、1250℃で少なくとも5時間焼成された。計算されたユーロピウムのドーピングレベルは、1モル%であった。図4aに示されているように、444nmで励起した蛍光体のフォトルミネセンススペクトルは、約656nmにおけるピーク発光及び約49nmのFWHMを示した。低温発光測定値(図4b)は、ゼロフォノン線が633nm(15798cm^(-1))に位置し、観察されたストークスシフトは1014cm^(-1)であることを示している。図4bは、450nmの励起波長においてSrLiAl_(3)N_(4):Eu(1%)の低いT発光スペクトルを示している。」

(オ)公知文献5に記載されている事項
摘記5a:請求項1、段落0069
「【請求項1】
一般式(A_(1-x)R_(x)M_(2)X)_(m)(M_(2)X_(4))_(n)で示される組成であることを特徴とする蛍光体(但し、A元素はLi、Na,Be,Mg,Ca,Sr,Ba,Sc,Y,La,Gd,Luから選ばれる1種以上の元素であり、R元素はMn,Ce,Pr,Nd,Sm,Eu,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Ybから選ばれる1種以上の賦活剤であり、M元素はSi,Ge,Sn,Ti,Hf,Zr,Be,B,Al,Ga,In,Tl,Znから選ばれる1種以上の元素であり、X元素は酸素と窒素から選ばれる1種以上の元素である)。
・・・(中略)・・・
【0069】
<焼成工程>
焼成は、原料混合物を焼成用容器に入れて、0.1MPa以上100MPa以下の圧力の窒素雰囲気中において行う。
窒素雰囲気圧力が0.1MPaより小さいと、原料混合物の揮散が顕著となり、組成のずれを生じ、発光強度が低下する。一方、窒素雰囲気圧力が100MPaより大きくても、原料混合物の揮散を抑制する効果は変わらないため、不経済であり、何れも好ましくない。」

ウ 甲1に記載された発明
甲1には、窒化物蛍光体(摘記1a参照)について、「Methods(実験方法)」の欄(摘記1b参照)に、Sr[LiAl_(3)N_(4)]:Eu^(2+)(0.4 mol% Eu名目組成)を、LiAlH_(4)、AlN、SrH_(2)、及びEuF_(3)の化学量論的混合物を、1,000℃で、N_(2):H_(2) = 95:5ガス雰囲気中で2時間にわたり加熱することで合成したことが記載されている。
そうすると、甲1には、「窒化物蛍光体の合成方法であって、Sr[LiAl_(3)N_(4)]:Eu^(2+)(0.4 mol% Eu名目組成)となる量のLiAlH_(4)、AlN、SrH_(2)、及びEuF_(3)の混合物を、1,000℃で、N_(2):H_(2) = 95:5ガス雰囲気中で2時間にわたり加熱する方法」の発明(以下、「甲1発明」という)が記載されている。

エ 本件特許発明1について
(ア)対比
甲1発明の「窒化物蛍光体の合成方法」は、本件特許発明1の「窒化物蛍光体の製造方法」に相当する。
甲1発明における目的合成物は「窒化物蛍光体…Sr[LiAl_(3)N_(4)]:Eu^(2+)(0.4 mol% Eu名目組成)」であり、合成された窒化物蛍光体の組成は当該目的合成物の組成に近いと推認されるところ、当該合成された窒化物蛍光体は、本件特許発明1の「式(I)で示される組成を有する窒化物蛍光体」と、いわゆる「SLAN蛍光体」である点で共通している。
甲1発明の「LiAlH_(4)」は本件特許発明1の「M^(b)で表される元素を含む金属化合物」に相当するから、甲1発明の「LiAlH_(4)、AlN、SrH_(2)、及びEuF_(3)の混合物」は、「M^(b)で表される元素を含む金属化合物を…含む原料混合物」に相当する。また、甲1発明の(当該混合物を)「1,000℃で、N_(2):H_(2) = 95:5ガス雰囲気中で…加熱する」ことは、本件特許発明1の(原料混合物を)「温度が1000℃以上1400℃以下、…の窒素ガスを含む雰囲気中で処理することを含む」に相当する。
してみると、本件特許発明1と甲1発明とは、
「SLAN蛍光体の製造方法であって、M^(b)で表される元素を含む金属化合物を含む原料混合物を、温度が1000℃以上1400℃以下の窒素ガスを含む雰囲気中で処理することを含む窒化物蛍光体の製造方法。」
である点において一致し、以下の点において相違が認められる。

(相違点1)
本件特許発明1においては「式(I)で示される組成を有する窒化物蛍光体」が製造されるのに対し、甲1発明において合成されたSLAN蛍光体の詳細な組成は不明である点。
(相違点2)
本件特許発明1においては、原料混合物が「M^(b)で表される元素を含む金属化合物」を「理論量よりも多く含」み、かつ、「圧力がゲージ圧として0.2MPa以上1.0MPa以下」の雰囲気で処理するのに対し、甲1発明において混合物中の「LiAlH_(4)」は「Sr[LiAl_(3)N_(4)]:Eu^(2+)(0.4 mol% Eu名目組成)となる量」、すなわち理論量であり、かつ、処理圧力は不明である点。

(イ) 判断
事案に鑑み、相違点2から検討する。
まず、仕込量についてみると、甲2の摘記2a及び甲3の摘記3aには、窒素を含有する常圧の不活性ガス雰囲気中で原料を焼成することにより、Li含有α-サイアロン系蛍光体を製造するに際し、Liは蒸発しやすい元素であり、その傾向は常圧下または減圧下の焼成では特に顕著であることから、その仕込量を理論量よりも多くしておくことが記載されている。
次に、処理圧についてみると、甲4の摘記4bには、SrLiAl_(3)N_(4):Euなどの蛍光体(摘記4a)の生成方法として、出発物質を少なくとも0.5MPaの一軸圧力下で加熱することが記載され、公知文献5の摘記5aにも、(A_(1-x)R_(x)M_(2)X)_(m)(M_(2)X_(4))_(n)で示される蛍光体の焼成工程として、原料混合物の揮散や組成ずれなどに配慮し、原料混合物を0.1MPa以上100MPa以下の圧力の窒素雰囲気中において行うことが記載されている。さらに、甲3の摘記3bには、Li含有α-サイアロン系蛍光体を、0.08?0.9MPaの圧力の不活性ガス雰囲気中で焼成することが記載されている。
そうすると、Liは蒸発しやすい元素であり、その傾向は常圧下または減圧下の焼成では特に顕著であることから、その仕込量を理論量よりも多くすること、及び、原料混合物の揮散や組成ずれなどに配慮して、加圧下で焼成を行うことは、個別にみると、公知の技術的事項であると解するのが相当である。
しかしながら、SLAN蛍光体の製造工程(処理工程、焼成工程)において、上記の過剰仕込量と加圧の両者を採用することについてまで、公知の技術的事項であるとは認められない。なお、甲3の摘記3bには、加圧下での処理について記載があるが、甲3の摘記3aの記載からみると、上記過剰仕込量は常圧下を前提とするものと解するのが合理的であるから、当該摘記3bが、両者の採用までを記載ないし示唆するものとは認められない。
むしろ、甲2の摘記2bには、加圧した場合、サイアロン以外の結晶相が生成してしまうことが記載されていることから、上記甲2の摘記2aに記載された過剰仕込量に関する技術的事項を、加圧下での処理に関する技術的事項と併用することには、阻害要因が存するものと解すべきである。
そうである以上、甲1発明において、上記甲2?4及び公知文献5に記載された、上記相違点2に関係する二つの技術的事項を併せて採用することを、容易想到の事項ということはできない。
また、本件特許発明1の効果についてみると、本件特許発明1は、本件特許明細書の段落0038、0065に記載のとおり、「Liは焼成時に飛散しやくいため、理論値よりも多めに配合」した上で、窒素ガスを含む加圧雰囲気下、所定の温度で原料混合物を熱処理することで、同段落0027に記載のとおり、「所望の組成を有し、発光効率に優れる窒化物蛍光体を効率よく製造することができる」ものであり、同段落0040に記載のとおり、「目的とする窒化物蛍光体は高温になるほど分解し易くなるが、加圧雰囲気にすることにより、分解が抑えられて、より優れた発光特性を達成することができる」ものであって、このことは、同段落0084、0085の表1、2に記載された実験結果からも見て取れる。すなわち、同段落0087において考察されたとおり、ゲージ圧0.92MPa(絶対圧力1.02MPa)で製造した実施例1?6の蛍光体は、ゲージ圧1.0kPa(絶対圧力0.10MPa)で製造した比較例1?8の蛍光体よりも相対発光強度が高くなっており、発光特性に優れていることが分かる(特に、蛍光体組成がほぼ同一である実施例3と比較例1、5との対比などから、ゲージ圧の違いによる発光特性への影響を看取できる。)。
そして、本件特許発明1の当該効果(特に発光特性に関する効果)は、上記甲2?4及び公知文献5には記載のない格別の作用効果というべきものと認められる。

(ウ) 異議申立人の主張
異議申立人は特許異議申立書において、上記相違点2に係る本件特許発明1の構成について、甲2?4の記載を挙げて、「甲1発明において、蒸発しやすいLiを補うように十分に供給することを目的として、理論量よりも過剰なLiを含む原料混合物を用いることは容易である」、「甲1発明において、蒸発しやすいLiを補うように十分に供給することを目的として、ゲージ圧として0.2MPa?1.0MPaの加圧を行うことは容易である」と主張する。
しかし、上記(イ)に記載したように、LiAlH_(4)を理論量より多く含み、かつ、圧力がゲージ圧として0.2MPa以上1.0MPa以下の雰囲気で処理することは、容易想到の事項とはいえないし、本件特許発明1は上記相違点2に係る構成に起因して格別顕著な効果を有するものである。
よって、異議申立人の当該主張は採用できない。

(エ) 小括
以上のとおり、本件特許発明1の上記相違点2に係る構成を容易想到の事項ということはできず、また、本件特許発明1は上記相違点2に係る構成に起因して格別顕著な効果を有するものであるから、上記相違点1について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1?甲4、及び公知文献5に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。

オ 本件特許発明2?11
本件特許発明2?11は、本件特許発明1を引用し、さらに限定した「窒化物蛍光体の製造方法」の発明である。
また、上記エのとおり、本件特許発明1は、当業者が甲1?甲4及び公知文献5に記載された発明に基いて容易に発明をすることができたものであるとは認められない。
そうすると、本件特許発明2?11も、本件特許発明1と同様の理由により、当業者が甲1?甲4及び公知文献5に記載された発明に基いて容易に発明をすることができたものであるとは認められない。

2 理由2(サポート要件)について
ア 本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載
・「【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記の製造方法で得られるSLAN蛍光体では内部量子効率に改良の余地があり、より発光効率に優れる蛍光体が望まれている。
従って、本開示に係る一実施形態の目的は、発光効率に優れる窒化物蛍光体を提供することにある。」
・「【発明を実施するための形態】
・・・(中略)・・・
【0027】
窒素ガスを含む加圧雰囲気下、所定の温度で原料混合物を熱処理することで、所望の組成を有し、発光効率に優れる窒化物蛍光体を効率よく製造することができる。
・・・(中略)・・・
【0040】
熱処理雰囲気は、窒素ガスを含む雰囲気であればよく、窒素ガスに加えて水素、アルゴン、二酸化炭素、一酸化炭素、アンモニア等からなる群から選択される少なくとも1種を含む雰囲気とすることもできる。熱処理雰囲気における窒素ガスの比率は、70体積%以上が好ましく、80体積%以上がより好ましい。
熱処理は、0.2MPa以上200MPa以下の加圧雰囲気で行う。目的とする窒化物蛍光体は高温になるほど分解し易くなるが、加圧雰囲気にすることにより、分解が抑えられて、より優れた発光特性を達成することができる。加圧雰囲気はゲージ圧として、0.2MPa以上1.0MPa以下が好ましく、0.8MPa以上1.0MPa以下がより好ましい。」
・「【実施例】
【0064】
以下、本開示を実施例により具体的に説明するが、本開示はこれらの実施例に限定されるものではない。
・・・(中略)・・・
【0084】
【表1】

【0085】
【表2】



イ サポート要件の判断
本件特許発明の課題は本件特許明細書の段落0008に記載されているとおり、「発光効率に優れる窒化物蛍光体を提供すること」と認められる。
また、段落0027には「窒素ガスを含む加圧雰囲気下、所定の温度で原料混合物を熱処理することで、所望の組成を有し、発光効率に優れる窒化物蛍光体を効率よく製造することができる」と記載され、段落0040には「目的とする窒化物蛍光体は高温になるほど分解し易くなるが、加圧雰囲気にすることにより、分解が抑えられて、より優れた発光特性を達成することができる。加圧雰囲気はゲージ圧として、0.2MPa以上1.0MPa以下が好ましく」と記載されている。さらに、実施例・比較例において、ゲージ圧0.92MPaの加圧下で製造した窒化物蛍光体が、加圧なしに製造した窒化物蛍光体に比して相対発光強度に優れることが示されている。そして、加圧雰囲気にすることにより、加圧しない場合に比して窒化物蛍光体の分解が抑制されることや、窒化物蛍光体の分解が抑制されることにより優れた発光効率が達成されることは、本件特許出願時の技術常識と齟齬するものではない。
これらを考え合わせると、「圧力がゲージ圧として0.2MPa以上1.0MPa以下の窒素ガスを含む雰囲気中で処理する」という技術的事項により、(程度の差はあるかもしれないが)加圧しない場合より分解を抑制でき、その結果、発光効率に優れる窒化物蛍光体を提供するという本件特許発明の課題が解決できることを理解することができるから、当該技術的事項を具備する本件特許発明は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件特許出願時の技術常識に基づいて、当業者において、上記課題が解決できると認識できる範囲のものということができる。
よって、本件特許の特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合するものと認められる。

ウ 異議申立人の主張について
異議申立人は特許異議申立書において、「本件明細書等に具体的に記載され効果が確認されているのはその段落0084、0089、0094に示される実施例1?12のみであるが、そのいずれにおいてもゲージ圧の値は0.92MPaのみである。したがって請求項で特定される範囲の広さに比べ、ただ一点の値のみを用いた実施例の開示は少なすぎる。
また0.92MPaというゲージ圧の値が、0.2MPa?1.0MPaという範囲を代表できる技術常識が本件出願時に知られていたわけでもない。したがって本件出願時の技術常識に照らしても、発明の詳細な説明において開示された内容が、請求項の発明の範囲まで拡張・一般化できるとは言えない。」と主張している。
しかし、確かに実施例において検討されているゲージ圧は0.92MPaのみであるが、上記イで述べたように、当業者であれば、発明の詳細な説明の記載全体及び本件特許出願時の技術常識を参酌することにより、所定範囲の加圧雰囲気にすることにより本件特許発明が上記課題を解決できることを認識できるのであるから、当該異議申立人の主張は採用できない。

第5 むすび
上記のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?11に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?11に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2020-02-26 
出願番号 特願2015-121557(P2015-121557)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C09K)
P 1 651・ 121- Y (C09K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 安孫子 由美  
特許庁審判長 日比野 隆治
特許庁審判官 門前 浩一
牟田 博一
登録日 2019-05-31 
登録番号 特許第6531509号(P6531509)
権利者 日亜化学工業株式会社
発明の名称 窒化物蛍光体、その製造方法及び発光装置  
代理人 膝舘 祥治  
代理人 言上 惠一  
代理人 柳橋 泰雄  
代理人 鮫島 睦  

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