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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01B
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01B
管理番号 1360511
異議申立番号 異議2019-700958  
総通号数 244 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-04-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-11-28 
確定日 2020-03-06 
異議申立件数
事件の表示 特許第6519242号発明「レーザー加工用導電性ペースト、およびその利用」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6519242号の請求項1ないし10に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6519242号(設定登録時の請求項の数は10。以下「本件特許」という。)は、平成27年3月13日の特許出願に係るものであって、令和1年5月10日に、その特許権が設定登録された。
そして、本件特許に係る特許掲載公報は、令和1年5月29日に発行されたところ、特許異議申立人 山口愛美(以下、単に「異議申立人」という。)は、同年11月28日に請求項1?10に係る特許に対して特許異議の申立てを行った。

第2 本件発明
本件特許の請求項1?10に係る発明は、それぞれ、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1?10に記載された事項により特定される次のとおりのものである(以下、請求項の番号に応じて各発明を「本件発明1」などという。)。

「【請求項1】
バインダ樹脂、導電性粒子、有機溶剤、および前記有機溶剤に溶解し得る、有機溶剤可溶性レーザー光吸収剤を含み、前記有機溶剤可溶性レーザー光吸収剤がニグロシンである、レーザー加工用導電性ペースト。
【請求項2】
有機溶剤可溶性レーザー光吸収剤を、バインダ樹脂、導電性粒子および有機溶剤可溶性レーザー光吸収剤の合計100質量%のうちに0.1?20質量%含む、請求項1記載のレーザー加工用導電性ペースト。
【請求項3】
有機溶剤可溶性レーザー光吸収剤が、波長700?2000nmの範囲内に吸収ピークを有するレーザー光吸収剤である、請求項1または2記載のレーザー加工用導電性ペースト。
【請求項4】
導電性粒子が銀粒子を含む、請求項1?3いずれか1項に記載のレーザー加工用導電性ペースト。
【請求項5】
バインダ樹脂が、数平均分子量10,000?50,000、かつガラス転移温度5?100℃である、請求項1?4いずれか1項に記載のレーザー加工用導電性ペースト。
【請求項6】
バインダ樹脂が、ポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリウレタンウレア樹脂、およびエポキシ樹脂からなる群より選ばれる少なくとも一種である請求項1?5いずれか1項に記載のレーザー加工用導電性ペースト。
【請求項7】
シート状基材と、請求項1?6いずれか1項に記載のレーザー加工用導電性ペーストから形成してなる導電性被膜とを備えた導電性シート。
【請求項8】
前記導電性被膜の表面粗さRaが0.1?0.3μmであることを特徴とする請求項7記載の導電性シート。
【請求項9】
シート状基材上に、請求項1?6いずれか1項に記載のレーザー加工用導電性ペーストを印刷して導電性被膜を形成し、次いで、前記導電性被膜にレーザーを照射して、前記導電性被膜の一部を除去することで配線回路を形成する、回路パターンの製造方法。
【請求項10】
請求項1?6いずれか1項に記載のレーザー加工用導電性ペーストから形成してなる回路パターンを備えた電子機器。」


第3 特許異議申立書に記載した申立て理由の概要
異議申立人の申立ての理由は、概略、次のとおりである。
1 申立理由1
本件発明1?10は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない発明である。すなわち、本件発明1?10は、後記する甲1に記載された発明を主たる引用発明としたとき、この主たる引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである(以下「申立理由1」という。)。
したがって、本件発明1?10についての特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

2 申立理由2
本件発明9についての特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである(以下「申立理由2」という。)。
したがって、本件発明9についての特許は、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

3 また、証拠方法として、以下の刊行物等(甲1?9)を提出する。
・甲1:特開2015-26618号公報
・甲2:特開2011-46766号公報
・甲3:特開2007-148386号公報
・甲4:特開2006-202793号公報
・甲5:特開2015-32071号公報
・甲6:国際公開第2009/125740号
・甲7:化学大辞典編集委員会編、「化学大辞典 9」、共立出版株式会
社、昭和55年9月15日縮刷版第24刷、第385頁
・甲8:化学大辞典編集委員会編、「化学大辞典 6」、共立出版株式会
社、昭和55年9月15日縮刷版第24刷、第685頁
・甲9:小西謙三、黒木宜彦、「合成染料の化学」、槇書店、昭和33年
6月20日、第216,217,312?314頁


第4 主な刊行物等の記載事項及び刊行物等に記載された発明
1 甲1に記載された事項
甲1には、「レーザーエッチング加工用導電性ペースト、電気回路およびタッチパネル」に関し、以下の事項が記載されている。なお、下線は当合議体で付したものである。他の刊行物等についても同様。

・「【請求項1】
熱可塑性樹脂からなるバインダ樹脂(A)、金属粉(B)および有機溶剤(C)を含有し、レーザーエッチング加工によりL/Sが50/50μm以下の回路配線を形成するために用いられるレーザーエッチング加工用導電性ペースト。
・・・(略)・・・
【請求項5】
更にレーザー光吸収剤(D)を含有することを特徴とする請求項1?4のいずれかに記載の導電性レーザーエッチング加工用導電性ペースト。
【請求項6】
請求項1?5のいずれかに記載のレーザーエッチング加工用導電性ペーストから形成された導電性薄膜の一部に、炭酸ガスレーザー、YAGレーザー、ファイバーレーザーおよび半導体レーザーから選ばれるレーザー光を照射して、前記導電性薄膜の一部を除去することによって形成されたL/Sが50/50μm以下の回路配線を有する電気回路。」

・「【0032】
<レーザー光吸収剤(D)>
本発明の導電ペーストには、レーザー光吸収剤(D)を配合しても良い。ここでレーザー光吸収剤(D)とは、レーザー光の波長に強い吸収を有する添加剤のことであり、レーザー光吸収剤(D)自身は導電性であっても非導電性であってもよい。例えば、基本波の波長が1064nmであるYAGレーザーを光源として用いる場合には、波長1064nmに強い吸収を有する染料および/又は顔料を、レーザー光吸収剤(D)として用いることができる。レーザー光吸収剤(D)を配合するとにより、本発明の導電性薄膜はレーザー光を高効率に吸収し、発熱によるバインダ樹脂(A)の揮散や熱分解が促進され、その結果レーザーエッチング加工適性が向上する。
・・・(略)・・・
【0034】
本発明に用いることのできるレーザー光吸収剤(D)のうち、非導電性のものの例としては、従来公知の染料、顔料および赤外線吸収剤を挙げることができる。より具体的には、アゾ染料、金属錯塩アゾ染料、ピラゾロンアゾ染料、ナフトキノン染料、アントラキノン染料、フタロシアニン染料、カルボニウム染料、キノンイミン染料、メチン染料、シアニン染料、スクワリリウム色素、ピリリウム塩、金属チオレート錯体等の染料、顔料としては、黒色顔料、黄色顔料、オレンジ色顔料、褐色顔料、赤色顔料、紫色顔料、青色顔料、緑色顔料、蛍光顔料、金属粉顔料、その他、ポリマー結合色素が挙げられる。具体的には、不溶性アゾ顔料、アゾレーキ顔料、縮合アゾ顔料、キレートアゾ顔料、フタロシアニン系顔料、アントラキノン系顔料、ペリレンおよびペリノン系顔料、チオインジゴ系顔料、キナクリドン系顔料、ジオキサジン系顔料、イソインドリノン系顔料、キノフタロン系顔料、染付けレーキ顔料、アジン顔料、ニトロソ顔料、ニトロ顔料、天然顔料、蛍光顔料、無機顔料、が使用できる。赤外線吸収剤の例としてはジイモニウム塩タイプの赤外線吸収剤であるNIR-IM1、アミニウム塩タイプのNIR-AM1(ともにナガセケムテックス社製)を挙げることができる。これらの非導電性のレーザー光吸収剤(D)は0.01?5重量部、好ましくは0.1?2重量部含むことが好ましい。非導電性のレーザー光吸収剤(D)の配合比率が低すぎる場合は、レーザー光照射に対する感度を上げる効果が小さい。非導電性のレーザー光吸収剤(D)の配合比率が高すぎる場合は、導電性薄膜の導電性が低下するおそれがあり、またレーザー光吸収剤の色目が顕著となり、用途によっては好ましくない場合がある。」

・「【0043】
<<本発明の導電性薄膜、導電性積層体およびこれらの製造方法>>
本発明の導電性ペーストを基材上に塗布または印刷して塗膜を形成し、次いで塗膜に含まれる有機溶剤(C)を揮散させ塗膜を乾燥させることにより、本発明の導電性薄膜を形成することができる。導電性ペーストを基材上に塗布または印刷する方法はとくに限定されないが、スクリーン印刷法により印刷することが工程の簡便さおよび導電性ペーストを用いて電気回路を形成する業界で普及している技術である点から好ましい。また、導電性ペーストは、最終的に電気回路として必要とされる導電性薄膜部位よりも幾分広い部位に塗布または印刷することが、レーザーエッチング工程の負荷を下げ効率よく本発明の電気回路を形成するとの観点から、好ましい。
【0044】
本発明の導電性ペーストを塗布する基材としては、寸法安定性に優れた材料が好ましく用いられる。例えばポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンテレフタレート或いはポリカーボネート等の可撓性に優れる材料からなるフィルムを挙げることができる。また、ガラス等の無機材料も基材として使用することができる。基材の厚みはとくに限定されないが、50?350μmであることが好ましくは、100?250μmがパターン形成材料の機械的特性、形状安定性あるいは取り扱い性等から更に好ましい。」

2 甲1発明
甲1には、特に、【請求項1】を引用する【請求項5】の記載から、次のとおりの発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認める。

「熱可塑性樹脂からなるバインダ樹脂(A)、金属粉(B)および有機溶剤(C)を含有し、レーザーエッチング加工によりL/Sが50/50μm以下の回路配線を形成するために用いられるレーザーエッチング加工用導電性ペーストであって、
更にレーザー光吸収剤(D)を含有する導電性レーザーエッチング加工用導電性ペースト。」

3 甲1方法発明
甲1には、特に、【請求項1】を引用する【請求項5】及び【請求項6】の記載並びに段落【0043】の記載から、次のとおりの発明(以下「甲1方法発明」という。)が記載されていると認める。

「熱可塑性樹脂からなるバインダ樹脂(A)、金属粉(B)および有機溶剤(C)を含有し、レーザーエッチング加工によりL/Sが50/50μm以下の回路配線を形成するために用いられるレーザーエッチング加工用導電性ペーストであって、更にレーザー光吸収剤(D)を含有する導電性レーザーエッチング加工用導電性ペーストを、基材上に塗布または印刷して塗膜を形成し、次いで塗膜に含まれる有機溶剤(C)を揮散させ塗膜を乾燥させることにより、導電性薄膜を形成し、該導電性薄膜の一部に、炭酸ガスレーザー、YAGレーザー、ファイバーレーザーおよび半導体レーザーから選ばれるレーザー光を照射して、前記導電性薄膜の一部を除去することによってL/Sが50/50μm以下の回路配線を形成する電気回路の製造方法。」

4 甲2に記載された事項
甲2には、「レーザーアブレーション用組成物」に関し、以下の事項が記載されている。

・「【請求項1】
アルカリ可溶性基がアルキルビニルエーテルを用いてブロックされているモノマー単位を有するビニル系重合体(A)、及び、ニグロシン(B)を含有することを特徴とするレーザーアブレーション用組成物。」

・「【0056】
例えば、金属薄膜等の基板上に本発明の組成物からなる被膜を形成し、レーザー光線を所望のパターン状に照射して被膜のアブレーションを行えば、レジストパターンを形成できる。そして例えば、本発明の組成物からなる被膜(レジスト膜)で保護されていない部分の基板をエッチングし、その後被膜を基板から除去することにより、金属薄膜等(基板)の所望パターンを形成できる。・・・(略)・・・
【0058】
本発明のレーザーアブレーション用組成物は、回路パターンを形成するためのサブトラクト法、セミアディティブ法、アディティブ法、リフトオフ法等の微細加工技術に使用するレーザーアブレーション用組成物として極めて有用である。」

5 甲3に記載された事項
甲3には、「配線パターン印刷用水なし平版印刷版原版およびそれを用いた配線パターン」に関し、以下の事項が記載されている。

・「【請求項1】
基板上に、少なくとも感熱層あるいは感光層と、シリコーンゴム層とを有する配線パターン印刷用水なし平版印刷版原版であって、該シリコーンゴム層の初期弾性率が0.2MPa以上0.8MPa以下であることを特徴とする配線パターン印刷用水なし平版印刷版原版。」

・「【0051】
次に感熱層について説明する。本発明に用いられる感熱層とは、描き込みに使用されるレーザー光に感応する層であり、レーザー光を熱に変換(光熱変換)する機能を有する。感熱層にはアブレーション型と光熱剥離型があるが、本発明の配線パターン印刷用水なし平版印刷版原版はどちらでも用いることができる。ここで言うアブレーションとは、レーザー照射によって物理的或いは化学的変化により感熱層が完全に飛散する、一部が破壊されるあるいは飛散する現象を示す。アブレーション型の感熱層としては、公知の材料を用いることができる。・・・(略)・・・
【0054】
(A)光熱変換物質 光熱変換物質としてはレーザー光を吸収するものであれば特に限定されるものではなく、例えばカーボンブラック、アニリンブラック、シアニンブラックなどの黒色顔料、・・・(略)・・・
【0056】
これら染料としては400nm?1200nmの範囲に極大吸収波長を有する全ての染料が使用できるが、好ましい染料としては、エレクトロニクス用、記録用色素であるシアニン系、・・・(略)・・・、ニグロシン系、・・・(略)・・・、フルギド系の酸性染料、塩基性染料、色素、油溶性染料や、トリフェニルメタン系ロイコ色素、カチオン染料、アゾ系分散染料、ベンゾチオピラン系スピロピラン、3,9-ジブロモアントアントロン、インダンスロン、フェノールフタレイン、スルホフタレイン、エチルバイオレット、メチルオレンジ、フルオレセイン、メチルビオロゲン、メチレンブルー、ジムロスベタインなどが挙げられる。」

6 甲4に記載された事項
甲4には、「プリント基板製造方法」に関し、以下の事項が記載されている。

・「【請求項1】
印刷法により絶縁基板上に導電回路を形成したプリント基板を製造する方法において、エネルギー照射でインキに対する親和性が変化する性質を有する平版印刷原版を用いることを特徴とするプリント基板製造方法。
【請求項2】
プリント基板を製造する方法が、1)エネルギー照射でインキに対する親和性が変化する性質を有する平版印刷原版に回路パターンどおりにエネルギーを照射し、平版印刷版を作成する工程、続いて2)得られた平版印刷版を平版オフセット印刷機にも設置する工程、3)導電性ペーストと湿し水を印刷版上に供給し、導電性ペーストを回路パターン状に付着させる工程、4)この回路パターン状導電性パターンをブランケットを介して基板に転写する工程を有するものである請求項1記載のプリント基板製造方法。
【請求項3】
インキに対する親和性を変化させるエネルギーが光である請求項1又は2に記載のプリント基板製造方法。
【請求項4】
照射する光が赤外線レーザー光である請求項3に記載のプリント基板製造方法。
・・・(略)・・・
【請求項9】
最表面層の架橋された親水性樹脂層中に光を熱に変換する光熱変換材を含んでなる請求項6?8記載のプリント基板製造方法。」

・「【0024】
レーザー光を利用する場合には、光を熱に変換する光熱変換材が必要である。光熱変換材としては、光を吸収して熱を生じるものであれば特に制限はなく、レーザー光の照射に際しては光熱変換材が吸収する波長域の光を適宜用いればよい。光熱変換材の具体例としては、シアニン系色素、ポリメチン系色素、フタロシアニン系色素、ナフタロシアニン系色素、アントラシアニン系色素、ポルフィリン系色素、アゾ系色素、ベンゾキノン系色素、ナフトキノン系色素、ジチオール金属錯体類、ジアミンの金属錯体類、ニグロシン等の各種色素、及びカーボンブラック等が挙げられる。」


第5 当合議体の判断
当合議体は、以下述べるように、申立理由1及び2には、いずれも理由はないと判断する。

1 申立理由1について
(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「導電性レーザーエッチング加工用導電性ペースト」は、本件発明1の「レーザー加工用導電性ペースト」に相当し、
甲1発明の「金属粉(B)」は、本件発明1の「導電性粒子」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は、それぞれ次のとおりである。

(ア)一致点
バインダ樹脂、導電性粒子、有機溶剤、およびレーザー光吸収剤を含む、レーザー加工用導電性ペースト。

(イ)相違点
本件発明1における、「レーザー光吸収剤」は、「有機溶剤可溶性」であって「ニグロシンである」のに対して、甲1発明は、レーザー光吸収剤の成分及び有機溶剤可溶性について特定されない点(以下、「相違点1」という。)。

イ 相違点1についての検討
(ア)甲1に記載された技術的事項の検討
甲1の段落【0032】?【0034】には、レーザー吸収剤(D)として、「波長1064nmに強い吸収を有する染料」を用いることができることや、従来公知の染料として、各種染料が列記されている。
しかしながら、ニグロシン染料及びニグロシン染料に化合物の構造上類似するものは記載されていない。また、ニグロシン染料を採用することに関する示唆もなされておらず、レーザー加工用導電性ペーストのレーザー吸収剤としてニグロシン染料を用いることが、当業者において通常行われていることともいえない。

(イ)甲各号証に記載された技術的事項の検討
甲2には、ニグロシンを含有するレーザーアブレーション用組成物に関し、「金属薄膜等の基板上に本発明の組成物からなる被膜を形成し、レーザー光線を所望のパターン状に照射して被膜のアブレーションを行えば、レジストパターンを形成できる」(段落【0056】)ことが記載され、該組成物は、「回路パターンを形成するためのサブトラクト法、セミアディティブ法、アディティブ法、リフトオフ法等の微細加工技術に使用するレーザーアブレーション用組成物として極めて有用である」ことが記載されている。
また、甲3には、基板上に、感熱層を有する配線パターン印刷用水なし平版印刷版原版であって、感熱層に用いる光熱変換物質としてニグロシン系染料を好ましく用いることが記載されている(段落【0051】?【0056】)。
さらにまた、甲4には、プリント基板製造方法において、光熱変換材を有する平版印刷原版に、赤外線レーザー照射を行い、インキに対する親和性を変化させて導電性ペーストを回路パターン状に付着させる技術的事項(【請求項1】?【請求項4】)及び該光熱変換材としてニグロシンが記載されている(【0024】)。
しかしながら、甲2?4記載の技術的事項は、いずれも、大きくは回路パターン形成に係るものではあるが、レーザー加工の対象として、レジストパターン形成に係る技術や印刷版の製造に係る技術であり、直接、導電性ペーストへの加工を行うものではない。
そして、甲5?9には、ニグロシンをレーザー吸収剤として使用することについて、記載も示唆もなされていない。
そうすると、甲2?9に記載の技術的事項は、その加工対象と目的が甲1発明と相違し、それらの適用に関し、当業者といえども動機付けに足るものではない。

(ウ)そして、本件発明1は、ニグロシン染料を、レーザー加工用導電性ペーストに採用することで、「レーザー加工感度が高く、線とびせず良好なレーザー加工性」が得られる(段落【0101】)という顕著な効果を得るものである。
また、この効果は、具体的に、本件特許明細書の【表1】及び【表2】における、加工感度、線とび、スペース幅の平均値、スペース幅評価及びスペース直線性評価の記載及び同記載におけるレーザー吸収剤にかかる比較対照実験結果からも理解することができる。

ウ 異議申立人の主張について
異議申立人は、上記相違点1に関し、甲1発明と、甲2に記載された技術的事項は、「短時間で多くの加工を行うことによって導電性膜L/Sパターン形成の低コスト化を図る」点で解決課題が一致し、「ニグロシンを含有するレーザーアブレーション用組成物によれば良好な導電性膜のL/Sパターンが得られるほどレーザー加工性に優れること」が甲2によれば明らかであるから、甲1発明のレーザー吸収剤としてニグロシンの適用は当業者にとって容易想到である旨を主張する(特許異議申立書第18?19ページの段落(ウ-1c)、以下「主張1」とする。)。
また、甲3及び甲4は、甲1発明と、導電性回路パターンの製造という点で技術分野及び低コスト化の実現という課題が共通するから、甲1にレーザー光吸収剤として列記される「アゾ染料やアントラキノン染料」に代えて、甲3及び甲4に記載された、工業的に重要でかつ安価なニグロシンを採用することは、本件特許発明が属する技術分野において共通する課題を解決するために、当業者が適宜行う最適材料の選択に過ぎないと主張する(特許異議申立書第19?20ページ(ウ-1d)、以下「主張2」とする。)。
上記主張1及び2において異議申立人が述べる、加工時間短縮や低コスト化は、導電性回路パターン製造を問わず、製造技術分野における一般的な課題であって、確かに、本件発明1においても求められるものである。
しかしながら、本件発明1の課題は、導電性ペーストをレーザー加工することを前提にして、本件特許明細書の段落【0007】に記載されるように、「レーザー加工性に優れたレーザー照射条件の影響を受け線とびしにくいレーザー加工用導電性ペーストを提供すること」にあると認められ、本件発明1は、この課題に対して、上記イ(ウ)で述べたように、ニグロシンを採用することで格別顕著な効果を有するものといえる。
そして、上記の課題及び効果は、異議申立人の提示する証拠及び当業者の技術常識から予想できないものといえるから、異議申立人の上記主張は採用できない。

エ 本件発明1についての小括
そうすると、本件発明1は、甲1発明、すなわち甲1に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件発明2?6について
本件発明2?6は、本件発明1の発明特定事項をすべて含むレーザー加工用導電性ペーストに係る発明であるから、本件発明2?6も、甲1に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明7、8及び10について
本件発明7、8及び10は、本件発明1の「レーザー加工用導電性ペースト」から形成された「導電性被膜を備えた導電性シート」又は本件発明1の「レーザー加工用導電性ペースト」から形成された「回路パターンを備えた電子機器」である。
そうすると、本件発明1の「レーザー加工用導電性ペースト」と利用関係にある本件発明7、8及び10も、甲1に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)本件発明9について
ア 対比
本件発明9と、甲1方法発明を対比する。
甲1方法発明における「基材」は、甲1の段落【0044】に「例えばポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンテレフタレート或いはポリカーボネート等の可撓性に優れる材料からなるフィルム」と例示されるように、「シート状基材」を意図していると理解できる。 そうすると、本件発明9と甲1方法発明との一致点及び相違点は、それぞれ次のとおりである。

(ア)一致点
シート状基材上に、バインダ樹脂、導電性粒子、有機溶剤、およびレーザー光吸収剤を含むレーザー加工用導電性ペーストを印刷して導電性被膜を形成し、次いで、前記導電性被膜にレーザーを照射して、前記導電性被膜の一部を除去することで配線回路を形成する、回路パターンの製造方法。

(イ)相違点
本件発明9における、「レーザー光吸収剤」は、「有機溶剤可溶性」であって「ニグロシンである」のに対して、甲1方法発明は、レーザー光吸収剤の成分及び有機溶剤可溶性について特定されない点(以下、「相違点2」という。)。

イ 相違点2についての検討
相違点2は、上記相違点1と同一であり、相違点1での検討同様、甲1方法発明において、甲2?9に記載された技術的事項を適用し、レーザー加工用導電性ペーストのレーザー吸収剤としてニグロシン染料を採用することは、当業者であっても容易になし得ることではない。

ウ 本件発明9についての小括
そうすると、本件発明9は、甲1方法発明、すなわち甲1に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)まとめ
以上のとおり、本件発明1?10は、本件特許の出願前に日本国内において、頒布された甲1に記載された発明及び甲2?9に記載された技術的事項に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
よって、申立理由1には、理由がない。

2 申立理由2について
(1)本願特許明細書の記載
本願特許明細書には、以下の記載がある。

・「【0007】
従来の導電性ペーストは、導電性被膜のレーザー加工性が劣ると共に、レーザー照射条件の影響を受けやすく導電性回路パターンが寸断され(以下、線とびともいう)、微細な配線回路の安定形成が難しいという問題があった。 本発明は、各種印刷方式に対応し、レーザー加工工程により微細な電気回路形成に使用されるレーザー加工用導電性ペーストであって、レーザー加工性に優れたレーザー照射条件の影響を受け線とびしにくいレーザー加工用導電性ペーストを提供することを目的とする。」

・「【0071】
レーザー光は、基本波の波長が193?10600nmの範囲が好ましい。具体的にはエキシマレーザー(基本波の波長:193?308nm)、YVO_(4)レーザー(基本波の波長:1064nm)、YAGレーザー(基本波の波長:1064nm)、ファイバーレーザー(基本波の波長:1060nm),CO_(2)レーザー(基本波の波長:10600nm)、および半導体レーザー等が挙げられる。 本発明では、特にYAGレーザーが基材に対するダメージが少ないので好ましい。
【0072】
レーザー光を使用する際の出力、走査速度および周波数は、導電性被膜が除去できる程度の条件であれば良く、限定されないが、一般的に出力は1?50W、走査速度は1,000?4,000mm/s、および周波数は10?400kHz程度である。 また、レーザー光の走査(照射)を複数回繰り返し行うこともできる。
【0073】
上記製造方法で得た配線回路は、L/Sが30μm/30μm以下の超高精細パターンが得やすいため、視認性が重要なタッチパネルの構成部材に使用できる。また、フラットパネルディスプレイ、太陽電池の用途に使用しても良い。」

・「【0094】
次いで、得られた導電性シートの窓枠柄状の導電性被膜の角部に対して、図2の拡大図に示すように縦線(長さ70mm)、横線(長さ30mm)及びコーナー部からなる16本のL/Sが20μm/20μmの配線パターンの形成を目的としてレーザー加工を行なった。レーザー加工条件は下記の通りである。
(レーザー加工条件)
・レーザー加工機 : Suzhou Delphi Laser Co.,LTD社製 Ag Laser Etching System
・レーザー光:YAGレーザー(基本波の波長1064nm)
・最大出力:20W
・ビーム径:20μm
・周波数:300kHz
・パルス幅:25nm
・走査速度:2000mm/s
・走査回数:2回」

(2)判断
本件発明9の解決課題は、本件特許明細書の段落【0007】に記載された「レーザー加工性に優れたレーザー照射条件の影響を受け線とびしにくいレーザー加工用導電性ペーストを提供すること」にあると認められる。
本件特許明細書の段落【0071】?【0073】には、「レーザー光を使用する際の出力、走査速度および周波数」について、その条件範囲及び「導電性被膜が除去できる程度の条件であれば良く」という程度も記載されている。
レーザー加工による回路パターン製造が成熟技術であることを鑑みると、本件特許明細書における実施例で採用した具体的なレーザー照射条件が、段落【0094】に記載されていることから、本件発明9は、バインダ樹脂、導電性粒子、有機溶剤、およびニグロシンを含むレーザー加工用導電性ペーストで形成された導電性皮膜のレーザー加工に関し、その照射条件は特定されていなくても、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により、当業者が本件発明9の課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。

(3)異議申立人の主張について
異議申立人は、本件発明が解決する課題「線とび」は、レーザー照射条件(レーザーの出力、パルス幅、及び周波数)に依存することが技術常識であり、本件特許明細書には、特定のレーザー照射条件のみ開示され、他の照射条件であっても本件発明の課題を解決できることの記載もないから、ニグロシンによって吸収されるレーザー光の照射条件について特定しない本件発明9にまで拡張ないし一般化できない旨主張する(特許異議申立書第25?26ページ)。
しかしながら、公知のレーザー吸収材料であるニグロシンのレーザー吸収波長は公知であり、シート上基材上に設けられた導電性被膜のレーザー加工による配線回路形成技術は、本件特許の出願前において成熟技術であって、レーザー照射条件における調整すべき条件も限られており、被加工材料の性質や加工状況に応じてかかる条件を最適化することは、通常行うべき技術常識であるから、上記課題解決手段として、レーザー吸収材料としてのニグロシンを採用した際、線とびに着目した最適な条件設定は、技術常識の範囲において、当業者がレーザー照射条件を調整して可能なものであると当業者が認識するものである。
よって、異議申立人の上記主張は採用できない。

(4)まとめ
以上のとおり、本件特許の請求項9に係る発明の範囲まで、出願時の技術常識に照らし、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるものといえるから、本件特許の請求項9の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定される要件を充足するといえる。
よって、申立理由2には、理由がない。

第6 むすび
したがって、特許異議申立書に記載した申立ての理由及び証拠によっては、本件特許の請求項1?10に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1?10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。


 
異議決定日 2020-02-27 
出願番号 特願2015-50785(P2015-50785)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (H01B)
P 1 651・ 537- Y (H01B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 佐藤 貴浩  
特許庁審判長 加藤 友也
特許庁審判官 大畑 通隆
大島 祥吾
登録日 2019-05-10 
登録番号 特許第6519242号(P6519242)
権利者 東洋インキSCホールディングス株式会社
発明の名称 レーザー加工用導電性ペースト、およびその利用  

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