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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C21D
審判 全部申し立て 2項進歩性  C21D
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C21D
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C21D
管理番号 1360524
異議申立番号 異議2019-700366  
総通号数 244 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-04-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-05-07 
確定日 2020-03-19 
異議申立件数
事件の表示 特許第6418322号発明「方向性電磁鋼板」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6418322号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6418322号の請求項1?5に係る特許(以下,まとめて「本件特許」という。)についての出願は,2016年(平成28年)4月19日(優先権主張 平成27年 4月20日)を国際出願日とする出願であって,平成30年10月19日にその特許権の設定登録がされ,同年11月 7日に特許掲載公報が発行された。その後,本件特許について,令和 1年5月 7日に特許異議申立人 JFEスチール株式会社(以下「申立人」という。)により本件特許に対して特許異議の申立てがされ,同年 8月27日付けで取消理由が通知され,同年10月25日に意見書が提出され,同年11月 7日付けで取消理由(決定の予告)が通知され,同年12月17日に意見書が提出され,同年12月23日付けで申立人に審尋が通知され,令和 2年 1月20日に申立人から回答書が提出され,同年 2月13日に特許権者からの要請により面接審理が行われたものである。

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1?5に係る発明(以下,各々「本件発明1?5」といい,まとめて「本件発明」という。)は,次のとおりのものである。

「【請求項1】
圧延方向と交差する方向に延在しかつ溝深さ方向が板厚方向となる溝が形成された鋼板表面を有する鋼板を備える方向性電磁鋼板において、
前記溝は、前記溝の延在する方向である溝長手方向の溝端部には、前記鋼板表面から前記溝の底部に向かって傾斜する傾斜部を有し、
前記溝長手方向の中央部での前記鋼板表面の高さから前記板厚方向の前記溝の深さの平均値を単位μmで溝平均深さDとし、
前記傾斜部にて、前記鋼板表面の高さからの前記板厚方向の前記溝の深さが0.05×Dとなる第一点と、前記鋼板表面の高さからの前記板厚方向の前記溝の深さが0.50×Dとなる第二点とを結ぶ直線を溝端直線とし、
前記鋼板表面と前記溝端直線とが成す角度を単位°で第一角度θとし、
前記溝の前記中央部で前記溝長手方向に直交する溝幅方向断面で前記溝を見た場合に、前記溝幅方向断面の前記溝の輪郭にて前記鋼板表面の高さから前記板厚方向の前記溝の深さが0.05×Dとなる2つの点を結ぶ線分の長さである溝幅方向長さの平均値を単位μmで前記溝の平均溝幅Wとしたとき、
前記溝平均深さDが、10μm以上50μm以下であり、
前記溝平均深さDを前記平均溝幅Wで除したアスペクト比Aと前記第一角度θとが、下記(1)式を満足することを特徴とする方向性電磁鋼板。
θ<-21×A+77 …(1)
【請求項2】
前記アスペクト比Aと前記第一角度θとが、下記(2)式を満足することを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
θ<32×A^(2)-55×A+73 …(2)
【請求項3】
前記溝平均深さDが15μm以上30μm以下のとき、前記第一角度θと、前記溝平均深さDと、前記平均溝幅Wとが、下記(3)式を満足することを特徴とする請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板。
θ≦0.12×W-0.45×D+57.39 …(3)
【請求項4】
前記平均溝幅Wが30μm以上100μm以下のとき、前記第一角度θと、前記溝平均深さDと、前記平均溝幅Wとが、下記(4)式を満足することを特徴とする請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板。
θ≦-0.37×D+0.12×W+55.39 …(4)
【請求項5】
前記鋼板では前記溝に接する結晶粒の粒径が5μm以上であることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板。」

第3 申立理由の概要
申立人は,証拠方法として,下記甲第1号証及び甲第2号証を提出して,以下の理由により,本件特許を取り消すべきものである旨の申立てをしている。

1 申立理由1(実施可能要件)
本件特許の発明の詳細な説明の記載には不備があり,本件特許は,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものである。

2 申立理由2(サポート要件)
本件特許の特許請求の範囲の記載には不備があり,本件特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものである。

3 申立理由3(明確性)
本件特許の特許請求の範囲の記載には不備があり,本件特許は,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものである。

4 申立理由4(新規性)
本件特許の請求項1?5に係る発明は,甲第1号証に記載された発明であって特許法第29条第1項第3号に該当するから,本件特許は,同法同条同項の規定に違反してされたものである。

5 申立理由5(進歩性)
本件特許の請求項1?5に係る発明は,甲第1号証に記載された発明,又は,甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基いて,その出願前その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

(証拠方法)
甲第1号証:特表2015-510543号公報(以下「甲1」という。)
甲第2号証:再公表特許WO2012/165393号(以下「甲2」という。)

第4 当審が通知した取消理由について
1 令和 1年 8月27日付け取消理由通知
上記第3の1?3(申立理由1?3)の一部を採用したものであり,その概要は次のとおりである。

(1)サポート要件
ア 溝の形態と鉄損について
発明の詳細な説明の記載をみても,鋼板の両幅端部近傍で溝が形成されていない領域を含むものについて,鉄損や磁気特性の改善を説明した記載は見当たらない。

イ 耐錆性について
耐錆性の評価によって発明を特定していない請求項1の記載は,式(1)を満たすか否かとの関係も相俟って,溝長手方向の溝端部における耐錆性が明らかでないことにより,発明の課題を解決することができないものまで含む。

ウ 絶縁皮膜の有無について
絶縁皮膜の密着性及び耐錆性の向上を解決課題とする以上,当該課題を解決するためには,絶縁皮膜を設けることが当然の前提であるといえるから,鋼板表面に絶縁皮膜を有しない態様も包含する請求項1の記載は,発明の詳細な説明に記載された範囲を超えるものである。

(2)明確性
発明の詳細な説明における実施例の「溝平均深さD」の値と,グラス皮膜と絶縁皮膜の厚みを含まないものとして特定された請求項1の「溝平均深さD」との異同が却って不明確なものとなっている。「平均溝幅W」についても同様である。

(3)実施可能要件
「溝平均深さD」の測定には,グラス皮膜と絶縁皮膜を有する鋼板に対して,どのようにして鋼板表面からの高さを決定するのか,明らかになっていない点で,その実施に当たり,過度の試行錯誤を伴うものである。

2 令和 1年11月5日付け取消理由通知(決定の予告)
上記1(1)ウを採用したものである。

3 検討
事案に鑑み,まず,サポート要件について検討し,次いで,明確性,実施可能要件について検討する。

(1)サポート要件について
ア 本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は,次のとおりである。なお,下線は当審が付した(以下同じ。)。

「【背景技術】
(【0002】?【0005】 略)
【0006】
一方、破壊的磁区制御法によって溝が付与された方向性電磁鋼板を用いて巻コアを製造する場合、歪み取り焼鈍処理の実施によって溝が消失しないので、磁区細分化効果を維持することができる。従って、巻きコアに対しては、異常渦電流損を低減するための方法として破壊的磁区制御法が一般的に採用されている。
【0007】
例えば、特許文献1に開示されるように、レーザ照射により鋼板に歪みを与える方法が実用されている。一方、方向性電磁鋼板の圧延方向に略垂直、且つ圧延方向に一定周期で10?30μm程度の深さの溝を形成すると、鉄損が低減される。これは、溝の空隙での透磁率の変化により溝周辺に磁極が発生し、この磁極を源に180°磁壁の間隔が狭くなり、鉄損が改善されるためである。
【0008】
電磁鋼板に溝を形成する方法には、例えば、電解エッチングによって方向性電磁鋼板の鋼板表面に溝を形成する電解エッチング法(下記特許文献2参照)、機械的に歯車を方向性電磁鋼板の鋼板表面にプレスすることにより、鋼板表面に溝を形成する歯車プレス法(下記特許文献3参照)、レーザ照射により鋼板(レーザ照射部)を溶融及び蒸発させるレーザ照射法(下記特許文献4参照)が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】日本国特公昭58-26406号公報
【特許文献2】日本国特公昭62-54873号公報
【特許文献3】日本国特公昭62-53579号公報
【特許文献4】日本国特開2003-129135号公報」

「【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記従来の方法を用いて、圧延方向に略垂直な深さ10?30μm程度の溝を形成する場合、電磁鋼板の表面(溝が形成される面)における溝の端部(溝端)の形状を均一に保つことが難しく、溝の端部の形状の変化が大きくなる傾向がある。その結果、溝形成後に、鋼板表面に電気絶縁性を与えるためのコーティングを行う際、溝の端部の隅々までコート剤を塗布し難い。また、溝の端部の形状が変化に富むために溝の端部におけるコート剤の密着性も十分でない箇所が生じる。その結果、溝の端部が十分にコーティングされず、溝が外部に露出し、錆が発生する原因となっていた。さらに、レーザ法を用いて溝加工を行う場合は、形成された溝端部に表面突起が発生しやすいという問題がある。例えば、錆が発生するとその周辺の皮膜が剥離し、層間電流が著しく流れた場合には鉄損が増大する可能性がある。さらに万が一、錆びによって鋼板が浸食した場合は非磁性部が広がり、最適な磁区細分化条件が保たれないこともあり得る。
【0011】
本発明は、上記課題に鑑みてなされ、鉄損を大きく改善させるための溝を有しながら、溝端部における絶縁皮膜等の密着性及び耐錆性の向上を具備する方向性電磁鋼板を提供することを目的とする。」

「【発明の効果】
【0018】
本発明の上記態様によれば、磁区細分化のために鋼板の表面に溝が形成された方向性電磁鋼板の耐錆性を向上させることが可能である。」

「【0030】
溝3は、図1及び図2に示すように、圧延方向Xと交差する方向Lに延在し、かつ、深さ方向が板厚方向Zとなるように形成されている。図2に示すように、溝3は、方向Lにおける両端部において、深さが鋼板表面2aから溝3の底部4に向かって深くなるように傾斜する傾斜部5が形成されている。溝3の詳細な形状については後述する。」

「【図2】



「【0041】
本発明者らは、鋭意実験を重ね、磁気特性改善と耐錆性とを両立する溝形状を探索した。その結果、本実施形態に係る方向性電磁鋼板1に備える溝3は、図2に示すように、溝3の溝長手方向Lにおける溝端31a、31bにおいて、溝端直線3Eと鋼板表面2aとがなす角度(第一角度θ)と、溝平均深さDを平均溝幅Wで除したアスペクト比Aとの関係が以下の式(1)を満たすように、溝3の端部が傾斜していればよいことが判った。
【0042】
θ<-21×A+77 ・・・(1)
【0043】
傾斜部5の傾斜角度を示す第一角度θは、溝平均深さDを平均溝幅Wで除して得られるアスペクト比A=D/Wに基づき規定される。一般に、溝平均深さDが大きいほど、溝深さに影響を受ける鉄損が改善し、平均溝幅Wが小さいほど、鋼部除去によって劣化する磁束密度の劣化量を小さく抑え、かつ鉄損を改善させることができる。すなわち、アスペクト比Aが大きいほど、磁気特性を好ましく制御できる。一方、アスペクト比Aが大きいほど、コーティング液が溝内部に浸入しにくくなるため、耐錆性が悪化する。特に、溝3の溝端部にて、耐錆性が悪化する。従って、磁気特性と耐錆性とを両立するためには、アスペクト比Aと第一角度θとを合わせて制御する必要がある。具体的には、溝3の第一角度θが上記式(1)の範囲を外れると、アスペクト比に対する溝3の溝端部の傾斜角度が大きいため、溝3の溝端部にてグラス皮膜または絶縁皮膜が溝3を被覆し難くなる。その結果、溝3の溝端部で錆が発生しやすくなる。
【0044】
すなわち、錆の発生を抑えるために、溝平均深さDが深い程、溝端部における傾斜角度(第一角度θ)を小さくする必要がある。また、錆の発生を抑えるために、平均溝幅Wが狭いほど、溝端部における傾斜角度(第一角度θ)を小さくする必要がある。そして、溝平均深さDと平均溝幅Wと第一角度θとの関係が式(1)を満足するとき、溝3において磁気特性改善と耐錆性とが両立する効果を奏する。」

「【0053】
溝3には、平均厚さが0以上5μm以下のグラス皮膜と、平均厚さが1μm以上5μm以下の絶縁皮膜とが配置されていてもよい。また、鋼板表面2aには、平均厚さが0.5μm以上5μm以下のグラス皮膜と、平均厚さが1μm以上5μm以下の絶縁皮膜とが配置されていてもよい。さらに、溝3におけるグラス皮膜の平均厚さが、鋼板表面2a上のグラス皮膜の平均厚さよりも薄くてもよい。」

以上の摘示によれば,本件特許における発明が解決しようとする課題(以下,単に「課題」という。)は,「鉄損を大きく改善させるための溝を有しながら、溝端部における絶縁皮膜等の密着性及び耐錆性の向上を具備する方向性電磁鋼板を提供すること」(段落【0011】)である。
そして,上記課題を解決するため,方向性電磁鋼板に備える溝の長手方向における溝端において,溝端直線と鋼板表面とがなす角度θと,溝平均深さDを平均溝幅Wで除したアスペクト比Aとの関係が,式(1):
θ<-21×A+77 を満たすように,溝の端部が傾斜しているというものであり,上記式(1)を満足するとき,磁気特性改善と耐錆性が両立する効果を奏するというものである(段落【0041】?【0044】)。
ここで,方向性電磁鋼板の表面に磁区細分化のための溝を設けることは,本件特許に係る出願前に周知であり(段落【0006】?【0009】),本件特許における課題は,上記の周知技術を前提として,溝端部における絶縁皮膜等の密着性及び耐錆性の向上を具備する方向性電磁鋼板を提供することにあるのであって,溝を設けることで磁気特性を改善すること自体は,本件特許における課題ではなく,また,そのことが上記課題を生じさせるものでもない。
そうすると,本件特許の請求項1?5に記載される方向性電磁鋼板も,上記の周知技術を前提として,溝端部における絶縁皮膜等の密着性及び耐錆性の向上という,発明の詳細な説明に記載された上記課題を解決することができるものであるといえるから,溝の形態と鉄損についての取消理由(上記1(1)ア)は,採用できない。

イ また,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,実施例及び比較例として,次の記載がある。

「【実施例】
【0090】
以下、実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した1条件例であり、本発明は、この1条件例に限定されない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限り、種々の条件を採用し得る。
【0091】
質量分率で、Si:3.0%、酸可溶性Al:0.05%、C:0.08%、N:0.01%、Mn:0.12%、Cr:0.05%、Cu:0.04%、P:0.01%、Sn:0.02%、Sb:0.01%、Ni:0.005%、S:0.007%、Se:0.001%、を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学成分を有するスラブを準備した。このスラブに対して、熱間圧延工程S02を実施し、2.3mmの厚さを有する熱間圧延材を作製した。
【0092】
次に、熱間圧延材に対して、温度1000℃で1分間の条件で熱処理を行った(焼鈍工程S03)。熱処理後に酸洗処理を施した上で冷間圧延を実施し(冷間圧延工程S04)、0.23mmの厚さを有する冷間圧延材を作製した。
【0093】
この冷間圧延材に対して、温度800℃で2分間の条件で脱炭焼鈍を実施した(脱炭焼鈍工程S05)。
脱炭焼鈍後の冷間圧延材の両面に、マグネシアを主成分とする焼鈍分離剤を塗布した(焼鈍分離剤塗布工程S06)。焼鈍分離剤を塗布した冷間圧延材をコイル状に巻き取った状態で炉に装入し、温度1200℃で20時間最終仕上焼鈍工程S07を実施し、表面にグラス皮膜が形成された鋼板地鉄を作製した。
【0094】
次に、グラス皮膜の上に、リン酸アルミニウムを主成分とする絶縁材を塗布し、温度850℃、1分間で焼き付けを行い、絶縁皮膜を形成した(絶縁皮膜形成工程S08)。
【0095】
続いて、レーザ法を用いて、レーザ走査ピッチ(間隔PL)は3mmに設定し、ビーム径は圧延方向に0.1mm、スキャン方向に0.3mm、スキャン速度30m/sに設定し、溝平均深さD、溝長手方向Lの平均溝幅W、及び第一角度θが以下の表1に示す溝を鋼板表面2aに形成した(溝加工工程S09)。溝加工工程S09後、再度リン酸アルミニウムを主成分とする絶縁材を塗布し、温度850℃、1分間で焼き付けを行い、絶縁皮膜を形成し(再絶縁皮膜形成工程S10)、方向性電磁鋼板を得た。また、比較例として、上記実施例の方向性電磁鋼板と同様に鋼板が形成され、溝平均深さD、溝長手方向Lの平均溝幅W、及び第一角度θが以下の表1に示す溝を形成した方向性電磁鋼板を用意した。
【0096】
最終的に得られた上記方向性電磁鋼板中の鋼板(溝が形成された鋼板)は、主にSi:3.0%含有していた。
【0097】
上記輪郭の特定方法に基づき、実施例及び比較例の溝の輪郭を特定した。まず、非接触レーザ距離計(キーエンス社製 VK-9700)を用いて、各実施例及び比較例の溝に対し、溝長手方向Lの10本の直線L1?L10上の二次元高さ分布を測定した。測定結果に基づき、溝の溝長手断面の輪郭をそれぞれ10パターン得た。10パターンの溝長手断面の輪郭から、それぞれ溝平均深さDを算出し、溝平均深さDが最も深かった溝長手断面の輪郭を、代表パターンとして抽出した。代表パターンの溝平均深さDを表1の溝深さDに示す。
【0098】
溝短手方向Qの断面における輪郭は、同じ非接触レーザ距離計を用いて、溝短手方向Qの20本の直線における溝の二次元高さ分布を測定した。測定結果に基づき、溝の溝短手断面の輪郭を20パターン得た。得られた20パターンの溝短手断面の輪郭において、鋼板表面2aから溝の表面(輪郭上)までの深さを測定し、溝短手平均深さDsを算出した。溝短手断面の輪郭において、溝短手平均深さDs×0.05の地点を2点抽出し、2点管の距離を溝幅Wとして測定した。20パターンのそれぞれで得られた溝幅Wの平均値を平均溝幅として算出した。実施例及び比較例でそれぞれ得られた平均溝幅(単位μm)を表1に示す。
【0099】
【表1】

【0100】
実施例1、2は、上記実施形態に記載の式(1)、及び式(2)の関係のみを満足する例である。実施例8?14は、上記実施形態に記載の式(1)の関係のみを満足する例である。実施例3は、上記実施形態に記載の式(1)、式(2)及び式(4)の関係を満足する例である。実施例4、5は、上記実施形態に記載の式(1)、式(2)、式(3)及び式(4)の関係を満足する例である。実施例6は、上記実施形態に記載の式(1)、式(2)、及び式(3)の関係を満足する例である。また、比較例1?3は、上記式(1)を満足しない方向性電磁鋼板を用意した。
【0101】
耐錆性の評価は、上記実施例及び比較例の各方向性電磁鋼板から溝を一つ含む30mm角の試験片を採取し、その試験片を、温度が50℃、湿度が95%以上に維持された室内で48時間放置した後、各試験片における錆の発生状況を確認した。錆の発生の有無は、目視により確認した。この他、耐錆性については、温度50℃及び湿度91%の雰囲気中に試験片を1週間放置して、その前後における試験片の重量変化に基づいて評価した。錆が発生すると試験片の重量が増加するため、重量増加量が少ないものほど耐錆性が良いと判断した。具体的には、重量増加量が1.0mg/m^(2)以下の試験片の耐錆性を“優良”と評価し、重量増加量が5.0mg/m^(2)以下の試験片の耐錆性を“良”と評価し、重量増加量が10.0mg/m^(2)超の試験片の耐錆性を“不良”と評価した。
【0102】
表1に示すように、実施例1?14の方向性電磁鋼板の耐錆性を検証した結果、少なくとも式(1)を満足する溝を形成することにより、方向性電磁鋼板の耐錆性が向上することが確認された。比較例1?3は耐錆性の評価が不良となった。
【0103】
実施例1?14では、鋼板中の溝に接する結晶粒の粒径が5μm以上であった。」

以上の摘示によれば,発明の詳細な説明には,実施例及び比較例の各方向性電磁鋼板から溝を一つ含む試験片を採取し,目視による「錆の発生状況」,及び,試験片の重量増加による3段階評価の「耐錆性」を調べたことが記載されている(段落【0101】)。
そして,実施例4と比較例2とを対比すると,両者はともに溝平均深さDが20μm,平均溝幅Wが50μm,アスペクト比Aが0.40で共通し,第一角度θのみが異なるものであるところ,式(1)を満たす実施例4は,「錆発生」が“なし”,「耐錆性」が“優良”であるのに対し,式(1)を満たさない比較例2は,「錆発生」が“あり”,「耐錆性」が“不良”であることが分かる(段落【0099】表1)。
このような実施例4と比較例2との差異は,溝平均深さD及び平均溝幅Wが一定(すなわち,アスペクト比Aが一定)の場合に,第一角度θ(鋼板表面と溝端直線とが成す角度)が,式(1):θ<-21×A+77 を満たすことにより,鋼板の溝端部における「耐錆性」が向上することを説明するに十分であり,本件特許の請求項1?5において,耐錆性の評価(例えば,所定の雰囲気に置かれた試験片の重量増加)が特定されていないとしても,そのことにより,本件発明が発明の詳細な説明に記載された範囲を超えるものとまではいえない。よって,耐錆性についての取消理由(上記1(1)イ)も,採用できない。

ウ 更に,上記アのとおり,本件発明は「鉄損を大きく改善させるための溝を有しながら、溝端部における絶縁皮膜等の密着性及び耐錆性の向上を具備する方向性電磁鋼板を提供すること」(段落【0011】)を課題とし,当該課題を解決するため,方向性電磁鋼板に備える溝の長手方向における溝端において,溝端直線と鋼板表面が成す角度θと,溝平均深さDを平均溝幅Wで除したアスペクト比Aとの関係が,式(1)を満たすように,溝の端部が傾斜しているというものである(段落【0041】?【0044】)。ここで,溝端部における絶縁皮膜の密着性及び耐錆性は,上記のとおり,溝端部に絶縁皮膜が形成される前の鋼板における溝の形状により確保されるものであり,鋼板表面の溝端部に絶縁皮膜を生じる時点で確認すれば十分であるから,本件特許の請求項1?5において,絶縁皮膜を有することが特定されていないとしても,そのことにより,本件発明が発明の詳細に記載された範囲を超えるものとまではいえない。よって,絶縁皮膜の有無についての取消理由(上記1(1)ウ)も,採用できない。
なお,申立人は,令和2年1月20日提出の回答書において,概ね次の意見を述べているが,いずれも採用できない。

(ア) 特許権者は,「絶縁皮膜を設けることを前提とする本発明の適用の際に,本発明が着目する溝内部(特に傾斜部)には『絶縁皮膜』が存在しない以上,本発明を規定するに当たって,『絶縁皮膜』の限定は必須ではない。」と,一方では絶縁皮膜を設けることが前提であり,他方では,「絶縁皮膜」の限定は必須でないとの,矛盾した主張を展開しているとの意見について
上記のとおり,溝端部における絶縁皮膜の密着性及び耐錆性は,鋼板表面の溝端部に絶縁皮膜を生じる時点で確認すれば十分であるから,本件発明に係る方向性電磁鋼板について,絶縁皮膜を設けることが前提であることと,絶縁皮膜の限定が必須でないこととは,矛盾するものではない。

(イ) 発明の詳細な説明には,絶縁皮膜を設けた方向性電磁鋼板について,上記(1)式を満足するものが記載されているだけで,絶縁皮膜を設けない上記(1)式を満足する方向性電磁鋼板については全く記載されていないとの意見について
上記イの摘示によれば,発明の詳細な説明の実施例には,絶縁皮膜を設けた方向性電磁鋼板について,上記式(1)を満足するものが記載されているが,発明の詳細な説明には,方向性電磁鋼板から絶縁皮膜を除去することもでき,絶縁皮膜を除去した後の溝の形状や粗さは,絶縁皮膜を形成する前と同等であることが確認されている旨も記載されている(段落【0029】,【0084】)。よって,絶縁皮膜を設けていない上記式(1)を満足する方向性電磁鋼板が全く記載されていないということはない。

(ウ) 発明の詳細な説明には,溝だけではなく,溝以外の鋼板表面についても,「グラス皮膜も絶縁皮膜もない,地鉄がむき出しになった」方向性電磁鋼板は,具体的に記載されていないから,このような方向性電磁鋼板を包含する本件発明1は,発明の詳細な説明に記載された範囲を超えるものであるとの意見について
発明の詳細な説明には,本件発明の実施形態として,鋼板表面に絶縁皮膜が形成される前に,鋼板表面に向けてレーザ光を照射することにより,鋼板表面に溝を形成し,その後に,絶縁皮膜を鋼板上に形成するという製造プロセスを採用してもよいことが記載されており(段落【0083】),これと上記(イ)の摘示とを勘案すると,溝及び溝以外の鋼板表面についても絶縁皮膜のない,地鉄がむき出しになった方向性電磁鋼板が記載されていないということはできないから,本件発明1は,発明の詳細な説明に記載された範囲を超えるものではない。

エ 以上のとおり,本件特許の請求項1?5の記載は,サポート要件を満たしているといえる。

(2)明確性について
本件特許の請求項1?5においては,鋼板表面に絶縁皮膜及び/又はグラス皮膜を有することが特定されていない一方,発明の詳細な説明の実施例には,表面にグラス皮膜及び絶縁皮膜が形成された鋼板を溝加工した後,再絶縁皮膜形成を経て方向性電磁鋼板を製造することが記載されている(段落【0093】?【0095】)。
ここで,上記実施例における溝の輪郭の測定(非接触レーザ距離計を用いた測定。段落【0097】)に関して,絶縁皮膜等の取扱いは明示されていないが,発明の詳細な説明には,方向性電磁鋼板のグラス皮膜及び絶縁皮膜は化学的方法で除去することができ,その場合,溝の形状や粗さは,グラス皮膜又は絶縁皮膜を形成する前と同等であることも説明されている(段落【0028】,【0084】)。そして,本件発明における溝平均深さDは,鋼板表面を基準として測定されること(段落【0032】)も踏まえると,上記実施例における溝の輪郭の測定は,絶縁皮膜等を除去処理し,その厚みを含まないものに対して行っているであろうことが理解できるから,鋼板表面における絶縁皮膜の有無に関して,本件発明が却って不明確になるということはない。
したがって,本件特許の請求項1?5の記載は,特許を受けようとする発明が明確であるといえる。

(3)実施可能要件について
本件特許の請求項1?5においては,鋼板表面に絶縁皮膜及び/又はグラス皮膜を有することが特定されていない一方,発明の詳細な説明の実施例には,表面にグラス皮膜及び絶縁皮膜が形成された鋼板を溝加工した後,再絶縁皮膜形成を経て方向性電磁鋼板を製造することが記載されている(段落【0093】?【0095】)。
ここで,上記(2)で検討したとおり,発明の詳細な説明には,上記実施例における溝の輪郭の測定は,絶縁皮膜等を除去処理し,その厚みを含まないものに対して行っているであろうことが理解できるから,その実施に当たり,過度の試行錯誤を伴うということはない。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,実施可能要件を満たしているといえる。

第5 その他の申立理由について
1 申立理由1(実施可能要件)について
(1)コーティング液と耐錆性の評価について
申立人は,コーティング液の溝内部への侵入のし易さは,濡れ性と関わっており,コーティング液の種類や鋼板あるいは鋼板表面に形成される絶縁皮膜の種類によって,変化するはずであるが,実施例においては,絶縁コーティング液の主成分が特定されているだけで,具体的にどのようなものを使用したのか明らかでなく,当業者は過度の試行錯誤を強いられることになる旨主張する(特許異議申立書第17頁)。
そこで検討するに,方向性電磁鋼板上の絶縁皮膜形成に適用する絶縁コーティング液として,コロイダルシリカ及びリン酸塩を含有するもの(段落【0065】),リン酸アルミニウムを主成分とするもの(段落【0094】,【0095】)は,本件特許の出願前に周知の材料である(甲2のほか,甲2段落【0045】で引用する特公昭53-28375号公報,特開平6-65754号公報,特開平6-65755号公報)。
よって,当業者は,当該周知の材料を選択して,溝内部への侵入のし易さを調整しながら絶縁コーティング液を適用することができるといえる。
したがって,申立人の主張は採用できない。

2 申立理由2(サポート要件)について
(1)鉄損,磁気特性について
申立人は,本件発明において溝形状を規定したことと,鉄損の改善,絶縁皮膜等の密着性の関係が不明であるから,本件発明は,「鉄損を大きく改善させるための溝を有しながら,溝端部における絶縁皮膜等の密着性及び耐錆性の向上を具備する方向性電磁鋼板」の発明ではなく,溝が形成された鋼板の耐錆性を評価した結果に基づいて得られた鋼板の発明に過ぎず,よって,本件発明は発明の詳細な説明に記載したものではない旨主張する(特許異議申立書第11?12頁)。
そこで検討するに,上記第4の3(1)アで検討したとおり,方向性電磁鋼板の表面に磁区細分化のための溝を設けることは本件特許に係る出願前に周知であり,本件特許における課題は,上記の周知技術を前提として,溝端部における絶縁皮膜等の密着性及び耐錆性の向上を具備する方向性電磁鋼板を提供することにあるのであって,溝を設けることで磁気特性を改善すること自体は,本件特許における課題ではなく,また,そのことが上記課題を生じさせるものでもない。
そして,本件特許の請求項1?5に記載される方向性電磁鋼板も,上記の周知技術を前提として,溝端部における絶縁皮膜等の密着性及び耐錆性の向上という,発明の詳細な説明に記載された上記課題を解決することができるものであるといえる。
したがって,申立人の主張は採用できない。

(2)コーティング液と耐錆性の評価について
申立人は,上記1(1)のとおり,絶縁コーティング液の種類が変われば,コーティング液の溝内部への侵入のし易さは変化するはずであるが,発明の詳細な説明には,コーティング液の種類や成分構成によらず本件発明が成立すること裏付けるものは示されておらず,本件発明は発明の詳細な説明に記載したものではない旨主張する(特許異議申立書第17頁)。
しかしながら,上記1(1)で検討したとおり,絶縁コーティング液は周知の材料であり,当業者は,当該周知の材料を選択して,溝内部への侵入のし易さを調整しながら適用することができるといえる。
したがって,申立人の主張は採用できない。

(3)溝の形成方法について
申立人は,発明の詳細な説明には,溝形成方法がレーザ法であり,かつレーザ照射にともなって形成される「溶融再凝固領域」を有しない鋼板については裏付けられているが,溝形成方法がレーザ法以外の発明については,実質的に裏付けられていない旨主張する(特許異議申立書第18?20頁)。
そこで検討するに,発明の詳細な説明には,溝形成方法としてレーザ法,プレス機械法,電解エッチング法が記載されているところ,レーザ法は,レーザ照射により鋼板のレーザ照射部を溶融及び蒸発させる方法であるから,原理上,溶融再凝固領域の発生が問題になるものである。これに対し,その他の方法は,溝形成に際して,鋼板の加工部分の溶融を必須とするものではない。
そして,溶融再凝固領域における結晶粒径は,鋼板の電磁的特性に関する望ましい条件ではあるものの,防錆性に関する必須条件ではないことも踏まえると,発明の詳細な説明には,溝形成方法として「溶融再凝固領域」の説明を必須としないレーザ法以外の発明についても,溝端部における絶縁皮膜等の密着性及び耐錆性の向上という課題を解決することが裏付けられているといえる。
したがって,申立人の主張は採用できない。

3 申立理由4(新規性),申立理由5(進歩性)について
(1)甲号証の記載
ア 甲1は「電気鋼板およびその製造方法」(発明の名称)に関するものであって,次の記載がある。

「【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板上に互いに対向する第1側面と第2側面および底面を有するように形成されたグルーブ(groove)と、
前記第1、第2側面および底面上にグルーブの形成過程で前記鋼板の溶融副産物が凝固して形成される凝固部が除去され、前記第1、第2側面および底面のうちの少なくとも一面が露出するオープニング部とを有することを特徴とする、電気鋼板。
(【請求項2】?【請求項8】 略)
【請求項9】
レーザの照射によって鋼板の表面を溶融し、第1、第2側面および底面を有するグルーブ(groove)を形成する段階と、
前記グルーブを形成する段階において、前記第1、第2側面、底面上に形成される前記鋼板の溶融副産物をエアーブローイングまたは吸引して除去することにより、前記第1、第2側面および底面のうちの少なくとも一面が露出するオープニング部を形成する段階とを含むことを特徴とする、電気鋼板の製造方法。
【請求項10】
前記鋼板の表面に照射されるレーザの形状は、球形(sphere)または楕円形(oval)であることを特徴とする、請求項9に記載の電気鋼板の製造方法。
(【請求項11】?【請求項18】 略)
【請求項19】
前記レーザの照射は、前記鋼板の幅方向に対して3つ?6つに区分されて照射されることを特徴とする、請求項9に記載の電気鋼板の製造方法。
(【請求項20】?【請求項22】 略)」

「【技術分野】
【0001】
本発明は、電気鋼板に関するものであって、より詳細には、鋼板の表面にレーザ照射によるグルーブを形成し、鋼板の磁区を微細化させた方向性電気鋼板に関するものである。」

「【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであって、方向性電気鋼板の表面に連続波レーザビームを照射することによってグルーブを形成し、グルーブの側壁(内部壁面)に溶融金属の凝固部を形成させることにより、熱処理前後の鉄損改善率を改善した方向性電気鋼板の磁区微細化方法に関するものである。」

「【発明を実施するための形態】
【0035】
本発明の利点および特徴、そしてそれらを達成する方法は、添付した図面と共に詳細に後述する実施形態を参照すれば明確になる。しかし、本発明は、以下に開示される実施形態に限定されるものではなく、互いに異なる多様な形態で実現可能であり、単に本実施形態は本発明の開示が完全になるようにし、本発明の属する技術分野における通常の知識を有する者に発明の範疇を完全に知らせるために提供されるものであり、本発明は、請求項の範疇によってのみ定義される。明細書全体にわたって同一の参照符号は同一の構成要素を表す。
【0036】
以下、本発明の好ましい実施形態にかかる磁区微細化のために鋼板の表面にグルーブ(groove)が形成された電気鋼板について説明する。
【0037】
図1は、電気鋼板10の圧延方向に垂直に一定の間隔で照射されるレーザの照射線20を示した図である。
【0038】
図3は、図1に示されたレーザの照射によって鋼板の表面に形成された様々な形状のグルーブ30の断面を示した図である。
【0039】
図3を参照すれば、本発明の好ましい実施形態にかかる電気鋼板は、鋼板上に互いに対向する第1側面と第2側面および底面を有するように形成されたグルーブ30(groove)と、前記第1、第2側面および底面上にグルーブ30の形成過程で前記鋼板の溶融副産物が凝固して形成される凝固部が除去され、前記第1、第2側面および底面のうちの少なくとも一面が露出するオープニング部とを有することを特徴とする。
(【0040】?【0051】 略)
【0052】
前記レーザの照射によって前記鋼板の表面にグルーブの形成時、圧延方向のグルーブ直径(BW)は、10μm?70μmであることを特徴とする。圧延方向のグルーブ直径は、以下に述べているように、電気鋼板の表面に照射されるレーザの圧延方向の幅が60μm以内の場合、照射部位で溶融部と隣接した熱影響部(Heat Affected Zone;HAZ)の影響を考慮して調節する。
(【0053】?【0059】 略)
【0060】
図3は、図1に示された鋼板のA-A’方向の断面を示したもので、グルーブ30の底面とグルーブ30の第1、第2側面に形成された凝固部35が示されている。
【0061】
図3の左側には、レーザの照射によって第1、第2側面および底部に凝固部が形成されたことを示した図である。
【0062】
図3の左側から2番目からは、本発明の好ましい実施形態にかかるグルーブが形成されたことを示したもので、底面に凝固部が残留せず、グルーブの第1、第2側面にのみ凝固部35が形成されたり、底面と第2側面の一面にのみ凝固部33、35が形成されたこと、グルーブの第2側面の一面にのみ凝固部35が形成されたこと、グルーブだけが形成され、凝固部は残留しないことを示している。
【0063】
前記レーザの照射によって前記鋼板の表面に形成されるグルーブにおいて、グルーブの第1、第2側面に形成される凝固部35は、それぞれ第1、第2側面距離の2%以上を占めることを特徴とする。
【0064】
図4は、図3のグルーブの第1、第2側面にのみ凝固部が形成された部分をより詳細に示した図である。
【0065】
図4に示しているように、第1、第2側面距離(C)は、鋼板の表面と前記側面との境界から前記グルーブ30の底面の中心(center)までの距離を意味する。
【0066】
前記凝固部35の占める部分が第1または第2側面距離(C)の2%未満の場合は、熱処理前の鉄損改善効果が現れず好ましくない。
【0067】
前記レーザの照射によって前記鋼板の表面にグルーブを形成時、グルーブ形状因子をグルーブの深さ(D_(G))/下部半価幅(W1)と定義する時、前記グルーブ形成因子は、0.1?9.0であることを特徴とする。
【0068】
グルーブ形成因子を構成するグルーブの深さ(D_(G))は、鋼板の表面からグルーブの底面に形成された凝固部の谷までの深さ(depth)を意味する。
(【0069】?【0074】 略)
【0075】
図5は、本発明における電気鋼板の表面にグルーブを形成するために表面に照射される連続波レーザの形状を示したもので、レーザの形状が球形(sphere)または楕円形(oval type)の場合を示した。
【0076】
連続波レーザによって形成されたレーザビームの形状は、図5に示しているように、球形または楕円形(oval shape)形態の単一モード(single mode)形状を有している。図5は、球形または楕円形のレーザの形状およびそれぞれのレーザのガウスモード(Gaussian mode)を示したもので、いずれも単一モードであることが分かる。
【0077】
図6は、鋼板の表面に照射されるレーザ照射線20が3つに区分(分割)されて照射されることを示した図で、レーザの照射は、前記鋼板の幅方向に対して3つ?6つに区分されて照射されることを特徴とする。」

「【0095】
表1は、本発明の連続波レーザの照射によって0.27mm厚さの鋼板の表面に形成されたグルーブと、溶融副産物の凝固組織による方向性電気鋼板の鉄損改善率の変化を示している。
【0096】
【表1】


「【図1】


「【図3】


「【図4】


「【図5】


「【図6】



イ 以上の摘示より,甲1には次の発明が記載されているといえる。

「鋼板上に互いに対向する第1側面と第2側面および底面を有するように形成されたグルーブ(groove)と、
前記第1、第2側面および底面上にグルーブの形成過程で前記鋼板の溶融副産物が凝固して形成される凝固部が除去され、前記第1、第2側面および底面のうちの少なくとも一面が露出するオープニング部とを有する、電気鋼板」(以下「甲1発明」という。)

ウ 甲2は「方向性電磁鋼板及び方向性電磁鋼板の製造方法」(発明の名称)に関するものであって,次の記載がある。

「【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板の表面にグラス皮膜が形成された方向性電磁鋼板及び方向性電磁鋼板の製造方法に関するものである。」

「【発明が解決しようとする課題】
【0018】
ところで、特許文献7に開示された粒界すべり変形部を形成する方法では、鋼板の地鉄部自体に変形容易部が形成される。この変形容易部は、仕上げ焼鈍時に鋼板の地鉄部に形成される粒界を含む直線状の領域、もしくは、鋼板の地鉄部に形成される結晶粒を含むすべり帯である。この変形容易部は、仕上げ焼鈍前に鋼板表面からレーザビームを照射し、地鉄部に熱影響を与えた部分に形成される。この際、レーザビームが照射された領域の地鉄部は、レーザビームの熱により溶融した後に再凝固するため、仕上げ焼鈍時に生ずる変形容易部では、磁化容易軸の方向が鋼板の圧延方向からずれた異常結晶粒が高い割合で発生している。このため、変形容易部が形成された領域の地鉄部においては、磁気特性が劣化することになる。」

「【0089】
また、側歪み部5eの幅及び反りを十分に抑制できたため、製造された方向性電磁鋼板10が、側歪み部5eを有したままでも、顧客の要求品質を満足する場合には、側歪み部5eをトリミングしなくてもよい。この場合には、方向性電磁鋼板10の製造歩留まりをより一層向上できる。さらに、グラス皮膜12のうち線状変質部14が形成された部位の内側の鋼板10の地鉄部は、上記レーザビームの照射による熱影響をほとんど受けていないので、当該部位の地鉄部に異常結晶粒がほとんど発生しておらず、磁気特性が劣化していない。従って、側歪み部5eのトリミングを行わない場合であっても、方向性電磁鋼板10をそのまま、磁気特性に優れた製品として用いることができるので、方向性電磁鋼板10の品質及び製品歩留まりの双方を向上できる。」

(2)甲1に記載された発明と本件発明との対比
ア 本件発明1と甲1発明とを対比する。
(ア) 甲1段落【0001】によれば,「鋼板の表面にレーザ照射によるグルーブを形成し、鋼板の磁区を微細化させた方向性電気鋼板」であり,図1,図6の記載から,「グルーブ」すなわち「溝」は,鋼板の圧延方向と交差する方向に延在し,板厚方向に形成されることが見て取れるから,後者の「電気鋼板」は,前者の「圧延方向と交差する方向に延在しかつ溝深さ方向が板厚方向となる溝が形成された鋼板表面を有する鋼板を備える方向性電磁鋼板」に相当する。
また,甲1段落【0077】によれば,「レーザの照射は、前記鋼板の幅方向に対して3つ?6つに区分されて照射される」ことから,図6の記載と併せると,後者の「グルーブ」は延在方向に端部を有しており,これは,前者の「溝の延在する方向である溝長手方向の溝端部」に相当する。
更に,甲1段落【0068】によれば,「グルーブの深さ(D_(G))」が「鋼板の表面からグルーブの底面に形成された凝固部の谷までの深さ(depth)を意味する」ものであり,表1によれば,その値が「15μm」であり(当審注:表1の「区分」のうち左から3番目の「D_(S)」は「D_(G)」の誤記と認める。),これは,前者の「溝平均深さD」が「前記溝長手方向の中央部での前記鋼板表面の高さから前記板厚方向の前記溝の深さの平均値を単位μm」で表したものに相当し,かつ,その範囲である「10μm以上50μm以下」に含まれている。
そうすると,両者は,
「圧延方向と交差する方向に延在しかつ溝深さ方向が板厚方向となる溝が形成された鋼板表面を備える方向性電磁鋼板において、
前記溝は、前記溝の延在する方向である溝長手方向の溝端部を有し、
前記溝長手方向の中央部での前記鋼板表面の高さから前記板厚方向の前記溝の深さを単位μmで溝平均深さDとし、
前記溝平均深さDが、15μmである、方向性電磁鋼板」
である点において一致し,次の相違点1,2を有する。

(相違点1)
本件発明1は,溝端部に「前記鋼板表面から前記溝の底部に向かって傾斜する傾斜部」を有するのに対し,甲1発明は,溝端部に傾斜部を有するかどうか明らかでない点。

(相違点2)
本件発明1は,「前記傾斜部にて、前記鋼板表面の高さからの前記板厚方向の前記溝の深さが0.05×Dとなる第一点と、前記鋼板表面の高さからの前記板厚方向の前記溝の深さが0.50×Dとなる第二点とを結ぶ直線を溝端直線とし、前記鋼板表面と前記溝端直線とが成す角度を単位°で第一角度θとし、前記溝の前記中央部で前記溝長手方向に直交する溝幅方向断面で前記溝を見た場合に、前記溝幅方向断面の前記溝の輪郭にて前記鋼板表面の高さから前記板厚方向の前記溝の深さが0.05×Dμmとなる2つの点を結ぶ線分の長さである溝幅方向長さの平均値を単位μmで前記溝の平均溝幅Wとしたとき、前記溝平均深さDを前記平均溝幅Wで除したアスペクト比Aと前記第一角度θとが、(1)式:θ<-21×A+77 を満足する」のに対し,甲1発明は,第一角度θ,平均溝幅W及びアスペクト比Aが定義されておらず,したがって,アスペクト比と第一角度θとの関係式についても明らかでない点。

(イ) 事案に鑑み,相違点2について判断する。
本件発明1における第一角度θは,鋼板表面と溝端直線とが成す角度であるところ,溝端直線は,溝平均高さDを用いて,鋼板表面の高さから0.05×Dとなる第一点と,同じく0.5×Dとなる第二点とを結ぶ直線として定義されている。また,本件発明1における平均溝幅Wは,同じく溝平均高さDを用いて,2つの第一点を結ぶ線分の長さとして定義されている。
これに対し,甲1発明においては,溝平均高さDに対応する「グルーブの深さ(D_(G))」は定義されているが,「0.05×D」や「0.5×D」に対応する観点が存在せず,第一角度θないし平均溝幅Wに相当する物理量は開示されていない。まして,これらの物理量を用いて,アスペクト比Aと第一角度θとを,(1)式:θ<-21×A+77 を満足するように調整することの動機づけは,見いだすことができない。
また,甲2は,方向性電磁鋼板にレーザで溝を形成する際に,溶融再凝固による異常結晶粒を回避することが記載されるに止まり,第一角度θないし平均溝幅Wに相当する物理量も,アスペクト比Aとの関係も,何ら示されていない。
そして,本件特許発明1は,甲1ないし甲2に記載も示唆もない上記物理量を用いて,アスペクト比Aと第一角度θとが,(1)式:
θ<-21×A+77 を満足するように調整することにより,磁区細分化のために鋼板の表面に溝が形成された方向性電磁鋼板の耐錆性を向上させるという効果(段落【0018】)を奏するものである。すなわち,実施例4と比較例2とを対比すると,両者はともに溝平均深さDが20μm,平均溝幅Wが50μm,アスペクト比Aが0.40で共通し,第一角度θのみが異なるものであるところ,式(1)を満たす実施例4は,「錆発生」が“なし”,「耐錆性」が“優良”であるのに対し,式(1)を満たさない比較例2は,「錆発生」が“あり”,「耐錆性」が“不良”であることが分かる(段落【0099】表1)。当該効果は,当業者が予測することのできない格別なものであるといえる。
よって,相違点1について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1に記載された発明ではなく,また,甲1及び甲2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(ウ) 申立人は,圧延方向のグルーブ直径B_(W)を用いて,D_(G)/B_(w)は本件発明1のアスペクト比(溝平均深さD/平均溝幅W)に相当すること,及び,溝長手方向の溝端部の傾斜部の底辺の長さは,グルーブ直径B_(W)の40μm程度であるといえるから,その傾きは15/40であるから,45°より小さいことは明らかである旨主張する。
しかしながら,甲1には,グルーブ直径B_(W)を「0.05×D」に基づいて定めることも,第一角度θの根拠となる溝端直線を「0.05×D」及び「0.5×D」に基づいて定めることも,何ら示されていない。また,上記主張における「溝長手方向の傾斜部の底辺の長さは,グルーブ直径B_(W)の40μm程度であるといえる」こと,「その傾きは15/40である」こと,及び,「45°より小さいことは明らかである」ことのいずれも,何ら具体的根拠が示されていない。よって,上記主張は採用できない。

イ 本件発明2?5はいずれも,本件発明1を直接又は間接的に引用して特定するものであり,甲1発明との対比において,少なくとも上記ア(ア)に示した相違点1,2を有する。
そして,上記ア(イ)での検討と同様に,本件発明2?5はいずれも,甲1に記載された発明ではなく,また,甲1及び甲2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(3)申立理由4,5についてのまとめ
以上のとおり,本件発明1?5はいずれも,新規性及び進歩性を有するものであるから,この点に係る申立理由は採用できない。

第6 むすび
以上のとおり,当審が通知した取消理由,及び,特許異議申立書に記載した申立理由によっては,本件の請求項1?5に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に請求項1?5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2020-03-09 
出願番号 特願2017-514123(P2017-514123)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (C21D)
P 1 651・ 113- Y (C21D)
P 1 651・ 121- Y (C21D)
P 1 651・ 537- Y (C21D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鈴木 葉子  
特許庁審判長 亀ヶ谷 明久
特許庁審判官 井上 猛
平塚 政宏
登録日 2018-10-19 
登録番号 特許第6418322号(P6418322)
権利者 日本製鉄株式会社
発明の名称 方向性電磁鋼板  
代理人 棚井 澄雄  
代理人 山口 洋  
代理人 奥井 正樹  
代理人 寺本 光生  
代理人 松本 悟  
代理人 勝俣 智夫  

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