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審決分類 |
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09K 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09K 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09K |
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管理番号 | 1361007 |
審判番号 | 不服2018-8940 |
総通号数 | 245 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2020-05-29 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2018-06-28 |
確定日 | 2020-03-18 |
事件の表示 | 特願2016-111575「2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを含む組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成28年12月 1日出願公開、特開2016-199756〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、2011年6月7日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理 2010年7月15日(US)アメリカ合衆国、2010年6月30日(FR)フランス国)を国際出願日とする特願2013-517436号の一部を、平成28年6月3日に新たな特許出願としたものであって、平成30年2月19日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、同年6月28日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出され、その後、当審において、平成31年4月11日付けで拒絶の理由が通知されたのに対し、同年(令和元年)7月16日付けで意見書及び手続補正書が提出されたものである。 第2 本願発明 本願の請求項1?8に係る発明(以下、それぞれ、「本願発明1」、「本願発明2」などといい、まとめて、「本願発明」ともいう。)は、令和元年7月16日付けで手続補正された特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定される以下のとおりのものと認める。 「【請求項1】 1?1000センチストーク(cSt)の粘度を有するネオペンチル骨格鎖を有するポリオールと2?15個の炭素原子を有する直鎖または分岐鎖のカルボン酸とから得られたポリオールエステル(POE)をベースとする少なくとも一種の潤滑剤と、少なくとも99.8重量%の2,3,3,3-テトラフルオロプロペンと、0.5?500ppmの1,1,1,2,3-ペンタフルオロプロペン(HFO-1225ye)と、0.5?500ppmの3,3,3-トリフルオロプロピンと、1?1500ppmの2個または3個の炭素原子を含む化合物(ただし、HFO-1225yeおよび3,3,3-トリフルオロプロピンを除く)とから成る冷媒Fとから成る組成物。 【請求項2】 上記の2個または3個の炭素原子を含む化合物がオレフィン結合を含む請求項1に記載の組成物。 【請求項3】 冷媒Fが、少なくとも99.9重量%の2,3,3,3-テトラフルオロプロペンと、0.5?250ppmの1,1,1,2,3-ペンタフルオロプロペンと、0.5?250ppmの3,3,3-トリフルオロプロピンと、1?500ppmの2個または3個の炭素原子を含む化合物(HFO-1225yeおよび3,3,3-トリフルオロプロピンを除く)とから成る請求項1または2に記載の組成物。 【請求項4】 冷媒Fが、少なくとも99.95重量%の2,3,3,3-テトラフルオロプロペンと、0.5?250ppmの1,1,1,2,3-ペンタフルオロプロペンと、0.5?100ppmの3,3,3-トリフルオロプロピンと、1?150ppmの2個または3個の炭素原子を含む化合物(HFO-1225yeおよび3,3,3-トリフルオロプロピンを除く)とから成る請求項1?3のいずれか一項に記載の組成物。 【請求項5】 POEがネオペンチルグリコール、トリメチロールプロパン、ペンタエリトリトールおよびジペンタエリトリトールから得られたものである請求項1?4のいずれか一項に記載の組成物。 【請求項6】 POEが組成物の10?50重量%を占める請求項1?5のいずれか一項に記載の組成物。 【請求項7】 請求項1?6のいずれか一項に記載の組成物の、空気調和での使用。 【請求項8】 自動車用空調での請求項7に記載の使用。」 第3 判断 1 拒絶の理由の概要 当審において、平成31年4月11日付けで通知した拒絶の理由の概要は、以下のとおりである。 <拒絶理由1> この出願は、特許請求の範囲の記載が下記(1)の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。 <拒絶理由2> この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記(2)の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。 <拒絶理由3> この出願に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記(3)の刊行物(引用例1?3)に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 (1) 本願発明が解決しようとする課題は、端的にいうと、「自動車用空調等の空調で使用することができる、ポリオールエステル(以下、単に「POE」ということがある。)と冷媒Fとの組合せを提供すること」であると解されるところ、発明の詳細な説明には、具体例として、商用潤滑剤であるPOE Ze-GLES RB68と流体Fを用いた熱安定性試験の結果が記載されているが、当該熱安定性試験は、POEと冷媒Fとの組合せを自動車用空調等の空調で使用することができることを示すものではないし、他にそのことを示す記載や技術常識も見当たらない。 したがって、特許請求の範囲の記載は、発明の詳細な説明及び技術常識に基づいて、当業者において上記課題が解決できると認識できる範囲を超えるものである。 (2) 本願発明4の冷媒Fは、「少なくとも99.95重量%の2,3,3,3-テトラフルオロプロペンと、0.5?250ppmの1,1,1,2,3-ペンタフルオロプロペンと、0.5?100ppmの3,3,3-トリフルオロプロピンと、1?150ppmの2個または3個の炭素原子を含む化合物(HFO-1225yeおよび3,3,3-トリフルオロプロピンを除く)とから成る」と特定されているから、「2,3,3,3-テトラフルオロプロペン、1,1,1,2,3-ペンタフルオロプロペン、3,3,3-トリフルオロプロピン、及び、2個または3個の炭素原子を含む化合物(HFO-1225yeおよび3,3,3-トリフルオロプロピンを除く)以外の物質」(以下、「不純物」という。)を含まない組成物であると特定されているものであるが、当該冷媒Fの成分組成を完全に「不純物」を含まないものとして実現することは、発明の詳細な説明の記載及び技術常識に照らしても不可能である。 (3) 引用例1:特開2009-221375号公報 引用例2:特開2010-37343号公報 引用例3:国際公開第2009/137656号 2 理由2について (1) 実施可能要件の判断手法 特許法第36条第4項は、「発明の詳細な説明の記載は、通商産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない」と定めるところ、この規定にいう「実施」とは、物の発明においては、当該発明にかかる物の生産、使用等をいうものであるから、実施可能要件を満たすといえるためには、明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が当該発明に係る物を生産し、使用することができる程度のものでなければならない。 以下、この観点に立って検討する。 (2) 本願発明4について 本願発明4は、「組成物」という物の発明であるから、上記の判断手法に照らすと、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには、当該発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、当業者において、当該「組成物」、なかでも、その構成成分である「冷媒F」を、生産(製造)することができなければならない。 ここで、本願発明4の冷媒Fは、「少なくとも99.95重量%の2,3,3,3-テトラフルオロプロペンと、0.5?250ppmの1,1,1,2,3-ペンタフルオロプロペンと、0.5?100ppmの3,3,3-トリフルオロプロピンと、1?150ppmの2個または3個の炭素原子を含む化合物(HFO-1225yeおよび3,3,3-トリフルオロプロピンを除く)とから成る」と特定されるものであるから、少なくとも99.95重量%という高純度の2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(以下、「HFO-1234yf」ともいう。)を含むものであり、かつ、それ以外の成分は、「0.5?250ppmの1,1,1,2,3-ペンタフルオロプロペン」と、「0.5?100ppmの3,3,3-トリフルオロプロピン」と、「1?150ppmの2個または3個の炭素原子を含む化合物(HFO-1225yeおよび3,3,3-トリフルオロプロピンを除く)」に限られることが分かる。 そこで、当該冷媒Fを生産(製造)することができるか否かについてみてみると、発明の詳細な説明には、【0020】、【0021】及び【0029】にそれぞれ、「本発明の組成物は、ポリオールエステル(POE)をベースとする少なくとも一種の潤滑剤と、少なくとも99.9重量%の2,3,3,3-テトラフルオロプロペンと、0.5?250ppmの1,1,1,2,3-ペンタフルオロプロペンと、0.5?250ppmの3,3,3-トリフルオロプロピンと、1?500ppmの2個または3個の炭素原子を含み、場合によってはさらにオレフィン結合を含む化合物(HFO-1225yeおよび3,3,3-トリフルオロプロピンを除く)とから成る冷媒Fとを含むのが好ましい。」、「特に好ましい組成物は、ポリオールエステル(POE)をベースとする少なくとも一種の潤滑剤と、少なくとも99.95重量%の2,3,3,3-テトラフルオロプロペンと、0.5?250ppmの1,1,1,2,3-ペンタフルオロプロペンと、0.5?100ppmの3,3,3-トリフルオロプロピンと、1?150ppmの2個または3個の炭素原子を含み、場合によってはさらにオレフィン結合を含む化合物(HFO-1225yeおよび3,3,3-トリフルオロプロピンを除く)とから成る冷媒Fとを含む。」及び「これらの試験で用いた流体Fは99.85重量%のHFO-1234yfと、213ppmの3,3,3-トリフルオロプロピンと、30ppmのHFO-1225yeと、1257ppmの2個または3個の炭素原子を含み、場合によってはさらにオレフィン結合を含む化合物とを含む。」と記載されるのみであって、本願発明4の該冷媒Fの具体的な製造方法や入手方法に関する記載は見当たらない。 特に、上記【0029】に記載された実施例に係る冷媒は、HFO-1234yfが99.85重量%であり、本願発明4の冷媒Fが規定する「少なくとも99.95重量%」には及ばない上、「1257ppmの2個または3個の炭素原子を含み、場合によってはさらにオレフィン結合を含む化合物」が具体的にどのような化合物を指すのか、さらには、その他の成分の有無も不明である。 さらに、本願発明4の冷媒Fの生産(製造)に関する技術常識が存在することを認めるに足りる証拠はない。 この点につき、審判請求人は、令和元年7月16日付け意見書において、本願発明4の冷媒Fは、構成成分を混合する方法で工業的に製造することは困難であるが、合成方法を利用する方法を使えば容易に実施できる旨主張し、その証拠として、引用例2(特開2010-037343号公報)を挙げている。 そこで、当該引用例2をみると、その【0032】には、「実施例4:1234yfの精製」と題して、「1234yf粗生成物約45.36kg(100.0lbs)を、37.85リットル(10ガロン)のリボイラー、内径5.08cm(2インチ)×3.048m(10フィート)のプロパック塔、およびシェル・アンド・チューブ式(多管式)凝縮器からなる蒸留釜中に投入する。該塔は、理論段約30段を有する。蒸留釜は、温度、圧力、および差圧トランスミッターを備えている。蒸留は、約85psigの圧力で実施する。留出物を、規則的な間隔で、GCによってサンプリングし分析する。1234yfを、その1234yf純度が≧99.9%である期間の間に収集する。結局、精製生成物34.25kg(75.5lbs)を得る。最終生成物のGC分析は、それが1225ye100ppmおよびトリフルオロプロピン10ppmを含有することを示す。」と記載されている。しかしながら、当該実施例4のHFO-1234yfは、「純度が≧99.9%」ではあるものの、本願発明4の冷媒Fが規定する「少なくとも99.95重量%」という高純度にまで達しているとただちに認めることはできないし、「1225ye100ppm」、「トリフルオロプロピン10ppm」のほかにどのような化合物がどの程度存在するのかも不明である。 したがって、審判請求人の主張を採用して、本願発明4の冷媒Fが生産(製造)できるとすることもできない。 (3) 小括 以上のとおり、発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明4の組成物(冷媒F)を生産することができる程度に明確かつ十分に記載されたものとは認められないから、実施可能要件に適合しない。 3 拒絶理由1について (1) サポート要件の判断手法 特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件(いわゆるサポート要件)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。 以下、この観点に立って検討をする。 (2) 特許請求の範囲の記載 特許請求の範囲の記載は、上記第2のとおりである。 (3) 発明の詳細な説明の記載 本願明細書の発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている。 「【技術分野】 【0001】 本発明は、空調で使用可能な2,3,3,3-テトラフルオロプロペンと潤滑剤とを含む組成物に関するものである。」 「【背景技術】 【0002】 大気オゾン層を破壊する物質によって生じる問題に関してはモントリオールで話し合われ、クロロフルオロカーボン(CFC)の製造とその使用を削減するという議定書が批准された。この議定書は修正され、その修正案ではCFCの放棄が課され、ヒドロクロロフルオロカーボン(HCFC)を含む他の化合物にも規制が広げられた。 【0003】 冷凍産業および空調産業はこれらの冷媒の代替物に多くの投資を行ってきており、ヒドロフルオロカーボン(HFC)が市場に出された。 【0004】 自動車産業では、多くの国で販売されている車両の空調装置でクロロフルオロカーボン(CFC-12)冷媒からオゾン層への影響が少ないヒドロフルオロカーボン(1,1,1,2-テトラフルオロエタン:HFC-134a)冷媒へ切り替えられた。しかし、京都議定書で設定された目的を考慮するとHFC-134a(GWP=1430)は温暖化する能力が高いとみなされている。 温室効果に対する流体の寄与は規格GWP(地球温暖化係数)によって定量化される。このGWPは二酸化炭素の基準値を1にして温暖化能力を要約して示したものである。 【0005】 ヒドロフルオロオレフィン(HFO)は温暖化能力が低く、従って、京都プロトコルの目的セットを満たす。特許文献1(日本特許第JP 4-110388号公報)には冷蔵、空調およびヒートポンプでの熱伝導剤として2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)が開示されている。 【0006】 産業界で最も広く使われている冷凍機は液体の冷媒を蒸発させて冷却するもので、蒸発後、冷媒は圧縮、次いで冷却されて液体状態へ戻り、再循環される。 【0007】 経済的理由から、冷凍圧縮機は潤滑シリンダを備えた往復動式圧縮機であることが多い。一般に、運動要素の消耗および加熱を減らし、密封を完全にし、腐食から保護するためにコンプレッサ内部を潤滑する必要がある。 【0008】 冷凍圧縮機を潤滑するための油に要求される主要特性は、冷媒との相溶性、可溶性および熱的および化学的安定性である。 【0009】 従来の自動車用空調ではポリアルキレングリコール(PAG)がHFC-134aの潤滑剤として使用されていた。 【0010】 特許文献2(米国特許第7 534 366号明細書)では、粘度が37℃で10?200センチストークで、2つ以上のオキシプロピレン基を有するホモポリマーまたはコポリマーの形でPAGを空調でHFO-1234yfと組み合わせて用いることが勧められている。 【先行技術文献】 【特許文献】 【0011】 【特許文献1】日本特許第JP 4-110388号公報 【特許文献2】米国特許第7 534 366号明細書」 「【発明が解決しようとする課題】 【0012】 本発明者は、空調で使用可能な冷媒と潤滑剤との組合せを開発した。」 「【課題を解決するための手段】 【0013】 本出願の対象は、ポリオールエステル(POE)をベースとする少なくとも一種の潤滑剤と、少なくとも99.8重量%の2,3,3,3-テトラフルオロプロペンと、0.5?500ppmの1,1,1,2,3-ペンタフルオロプロペンと、0.5?500ppmの3,3,3-トリフルオロプロピンと、1?1500ppmの2個または3個の炭素原子を含み、場合によってはさらにオレフィン結合を含む化合物(HFO-1225yeおよび3,3,3-トリフルオロプロピンを除く)とから成る冷媒Fとを含む組成物にある。」 「【発明を実施するための形態】 【0014】 ポリオールエステルはポリオール(少なくとも2つのヒドロキシル基-OHを有するアルコール)と、単官能性または多官能性のカルボン酸または単官能性のカルボン酸の混合物との反応で得られる。この反応で生じる水は逆反応(すなわち加水分解)を防ぐために除去される。これは、ポリオールエステルが、ある条件下で水と反応して、ポリオールを再生できることによる。 【0015】 本発明者は、この先入観にもかかわらず、湿気侵入のリスクがより高い空調、特に自動車空調で冷媒FをPOEと一緒に使用できることを見出した。一般に、自動車空調回路は水分のレベルが約1000ppmを超えないように乾燥フィルタを有する。 【0016】 本発明で好ましいポリオールはネオペンチル骨格鎖を有するもの、例えばネオペンチルグリコール、トリメチロールプロパン、ペンタエリトリトールおよびジペンタエリトリトールである。好ましいポリオールはペンタエリトリトールである。 【0017】 カルボン酸は2?15個の炭素原子を含むことができ、直鎖または分岐した炭素骨格鎖を有することができる。例としてはn-ペンタン酸、n-ヘキサン酸、n-ヘプタン酸、n-オクタン酸、2-エチルヘキサン酸、2,2-ジメチルペンタン酸、3,5,5-トリメチルヘキサン酸、アジピン酸、琥珀酸およびこれらの混合物が挙げられる。 【0018】 アルコール官能基の一部はエステル化されないが、その比率は低い。従って、POEはCH2-O-(C=O)-単位に対して0?5モル%のCH2-OH単位を含むことができる。 【0019】 好ましいPOE潤滑剤は40℃で1?1000センチストーク(cSt)の粘性、好ましくは10?200cSt、より好ましくは30?80cStの粘度を有する。 【0020】 本発明の組成物は、ポリオールエステル(POE)をベースとする少なくとも一種の潤滑剤と、少なくとも99.9重量%の2,3,3,3-テトラフルオロプロペンと、0.5?250ppmの1,1,1,2,3-ペンタフルオロプロペンと、0.5?250ppmの3,3,3-トリフルオロプロピンと、1?500ppmの2個または3個の炭素原子を含み、場合によってはさらにオレフィン結合を含む化合物(HFO-1225yeおよび3,3,3-トリフルオロプロピンを除く)とから成る冷媒Fとを含むのが好ましい。 【0021】 特に好ましい組成物は、ポリオールエステル(POE)をベースとする少なくとも一種の潤滑剤と、少なくとも99.95重量%の2,3,3,3-テトラフルオロプロペンと、0.5?250ppmの1,1,1,2,3-ペンタフルオロプロペンと、0.5?100ppmの3,3,3-トリフルオロプロピンと、1?150ppmの2個または3個の炭素原子を含み、場合によってはさらにオレフィン結合を含む化合物(HFO-1225yeおよび3,3,3-トリフルオロプロピンを除く)とから成る冷媒Fとを含む。 【0022】 本発明の好ましい一つの実施例ではPOEは組成物の10?50重量%を占める。 【0023】 本発明のさらに他の対象は上記組成物の冷蔵、空調、有利には自動車空調、好ましくは電気自動車での使用にある。この組成物は熱的および/または化学的に安定である。 【0024】 本発明の他の好ましい実施例では、POEは組成物の1?4重量%を占める。この組成 物は自動車空調回路の蒸発器および凝縮器中を循環する組成物に対応するのが好ましい。」 「【実施例】 【0025】 実験部分 熱安定性試験はASHRAE規格 97-2007:「冷媒システムで使用する材料の化学安定性をテストするための密封ガラス・チューブ法」に従って実行した。 テスト条件は以下の通り: 流体Fの重量:2.2g 潤滑剤の重量:5g 温度:200℃ 時間:14日間 【0026】 42.2mlのガラス管に一定長さの鋼と潤滑剤とを入れる。ガラス管を真空減圧してから流体Fを加える。ガラス管を溶接、密封し、200℃で14日間、乾燥器中に置く。 【0027】 テスト終了時に各種分析を行う: (1)気相を回収し、ガスクロマトグラフィで分析する:主たる不純物をGC/MSで同定した(ガスクロマトグラフィをマススペクトロメトリに連結)。流体Fから来る不純物と潤滑剤から来る不純物とを含む。 (2)鋼を秤量(腐食速度の測定)し、顕微鏡で観察する。 (3)潤滑剤は色(分光測色法(Labomat DR Lange LICO220 Model MLG131)で)、含水率(カール・フィッシャー・クーロメトリ(Mettler DL37)で)および酸価(0.01N メタノール水酸化カリウムで定量分析)を分析した。 【0028】 2つの商用潤滑剤:PAG ND8およびPOE Ze-GLES RB68をテストした。これらの潤滑剤は初期含水率がそれぞれ510および50ppmである。 【0029】 次いで、各潤滑剤の含水率が1000ppmに達するように水を添加して試験した。 これらの試験で用いた流体Fは99.85重量%のHFO-1234yfと、213ppmの3,3,3-トリフルオロプロピンと、30ppmのHFO-1225yeと、1257ppmの2個または3個の炭素原子を含み、場合によってはさらにオレフィン結合を含む化合物とを含む。 【0030】 【0031】 同じ含水率の存在下では、流体FはPOEの存在下で、より安定である点に注意されたい。」 (4)特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との対比 ア 本願発明が解決しようとする課題について 上記(1)の記載によると、本願発明は、空調で使用可能な2,3,3,3-テトラフルオロプロペンと潤滑剤とを含む組成物に関するものであること(【0001】)、冷凍産業および空調産業はCFCやHCFCの冷媒の代替物に多くの投資を行ってきており、HFCが市場に出されたこと(【0002】、【0003】)、なかでも自動車産業では、CFC-12冷媒からオゾン層への影響が少ないHFC-134a冷媒へ切り替えられたが、HFC-134a(GWP=1430)は温暖化係数が高いため、温暖化係数が低いHFOとして、特許文献1にはHFO-1234yfが開示されていること(【0004】、【0005】)、 産業界で最も広く使われている冷凍機は液体の冷媒を蒸発させて冷却するもので、蒸発後、冷媒は圧縮、次いで冷却されて液体状態へ戻り、再循環されるところ、経済的理由から、冷凍圧縮機は潤滑シリンダを備えた往復動式圧縮機であることが多く、一般に、運動要素の消耗および加熱を減らし、密封を完全にし、腐食から保護するためにコンプレッサ内部を潤滑する必要があること(【0006】、【0007】)、冷凍圧縮機を潤滑するための油に要求される主要特性は、冷媒との相溶性、可溶性および熱的および化学的安定性であるところ、従来の自動車用空調ではPAGがHFC-134aの潤滑剤として使用され、特許文献2では、特定のPAGをHFO-1234yfと組み合わせて用いることが勧められていること(【0008】?【0010】)、本願発明の発明者は、空調で使用可能な冷媒と潤滑剤との組合せを開発したこと(【0012】)、を理解することができる。 そうすると、本願発明の課題は、自動車用空調等の空調で使用可能な冷媒と潤滑剤とを含む組成物を提供することであり、ここでいう、当該冷媒は、オゾン層への影響が少なく、かつ、地球温暖化係数が低いものであり、当該潤滑剤は、冷凍圧縮機を潤滑するための油に要求される主要特性である、冷媒との相溶性、可溶性および熱的および化学的安定性を備えたものであると解するのが相当である。 イ 発明の詳細な説明の記載及び技術常識に基づいて、当業者において、上記課題が解決できると認識できる範囲について (ア)実施例(熱安定性試験)について 上記(1)のとおり、発明の詳細な説明の【実施例】には、流体F2.2gと 潤滑剤5gを、一定長さの鋼とともに、ガラス管に密封して熱安定性試験を行ったこと(【0025】、【0026】)、当該熱安定性試験で使用した流体Fは、99.85重量%のHFO-1234yfと、213ppmの3,3,3-トリフルオロプロピンと、30ppmのHFO-1225yeと、1257ppmの2個または3個の炭素原子を含み、場合によってはさらにオレフィン結合を含む化合物とを含むものであり、潤滑剤は、商用潤滑剤であるPAG ND8またはPOE Ze-GLES RB68であること(【0028】、【0029】)、及び当該熱安定性試験において、潤滑剤の含水率変化や気相副産物などが分析されたことが記載されている。 しかしながら、当該熱安定性試験は、単に冷媒及び潤滑剤をガラス管に静置し、一定の温度及び圧力の条件下で保持するものであり、圧縮機などを含む循環系で、膨張や収縮、吸熱や放熱が繰り返される自動車用空調等の空調で使用する際の使用条件とは大きく異なるものである。また、発明の詳細な説明には、熱安定性試験の条件と自動車用空調等の空調で使用する条件との関係に関する説明(熱安定性試験の結果に基づき、自動車用空調等の空調で使用する条件で使用することができるか否かを判定する具体的な手順)が記載されているわけでもない。 さらに、実際に自動車用空調等の空調で使用する装置を用いた評価結果なども記載されていない。 そうすると、当業者といえども上記熱安定性試験の結果に基づき、特定の冷媒と潤滑剤を含む組成物が自動車用空調等の空調で使用することができ、もって、本願発明の課題を解決できると認識することができるとはいえない。 (イ)実施例(熱安定性試験)以外の記載について 発明の詳細な説明の実施例以外の記載をみると、空調での使用に関し、次の記載が認められる。 ・「【0015】 本発明者は、この先入観にもかかわらず、湿気侵入のリスクがより高い空調、特に自動車空調で冷媒FをPOEと一緒に使用できることを見出した。一般に、自動車空調回路は水分のレベルが約1000ppmを超えないように乾燥フィルタを有する。」 ・「【0023】 本発明のさらに他の対象は上記組成物の冷蔵、空調、有利には自動車空調、好ましくは電気自動車での使用にある。この組成物は熱的および/または化学的に安定である。」 ・「【0024】 本発明の他の好ましい実施例では、POEは組成物の1?4重量%を占める。この組成物は自動車空調回路の蒸発器および凝縮器中を循環する組成物に対応するのが好ましい。」 しかしながら、これらの記載は、単に空調での使用の可能性について示唆するにとどまり、例えば、特定の潤滑剤が、冷凍圧縮機を潤滑するための油に要求される主要特性(冷媒との相溶性、熱的・化学的安定性)を有するものであることなど、実際に、特定の冷媒と特定の潤滑剤を含む組成物が、自動車用空調等の空調で使用可能であることを理解するに足りる記載とは到底いえない。 したがって、実施例以外の発明の詳細な説明の記載をみても、実施例に代わるほどの、当業者が首肯できる合理的な説明を見いだすことはできないから、当業者は、当該記載に基づいて、特定の冷媒と特定の潤滑剤を含む組成物が、上記課題が解決できると認識することはないというべきである。 (ウ) 発明の詳細な説明の記載及び技術常識に基づいて、当業者において、上記課題が解決できると認識できる範囲の認定 上記(ア)、(イ)のとおり、発明の詳細な説明の記載及び技術常識を参酌しても、当業者は、上記課題が解決できると認識することはできないのであるから、発明の詳細な説明の記載及び技術常識に基づいて、当業者において、上記課題が解決できると認識できる範囲(特定の冷媒と特定の潤滑剤を含む組成物)は存しないといわざるを得ない。 (エ) 特許請求の範囲に記載された発明(本願発明)と、発明の詳細な説明の記載及び技術常識に基づいて、当業者において、上記課題が解決できると認識できる範囲との関係について 上記(ウ)のとおり、発明の詳細な説明の記載及び技術常識に基づいて、当業者において、上記課題が解決できると認識できる範囲は存しないのであるから、この範囲内に、本願発明が存在しないことは明らかである。 (5)小括 上記(4)のとおりであるから、上記(1)の判断手法に照らすと、特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合しない。 第4 むすび 以上のとおりであるから、この出願は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないものであり、また、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないものであるから、その余の理由について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。 よって、結論のとおりに審決する。 |
別掲 |
|
審理終結日 | 2019-10-18 |
結審通知日 | 2019-10-23 |
審決日 | 2019-11-06 |
出願番号 | 特願2016-111575(P2016-111575) |
審決分類 |
P
1
8・
536-
WZ
(C09K)
P 1 8・ 121- WZ (C09K) P 1 8・ 537- WZ (C09K) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 井上 恵理 |
特許庁審判長 |
日比野 隆治 |
特許庁審判官 |
蔵野 雅昭 木村 敏康 |
発明の名称 | 2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを含む組成物 |
代理人 | 越場 隆 |