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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08J
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08J
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08J
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08J
管理番号 1361456
異議申立番号 異議2018-700917  
総通号数 245 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-05-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-11-15 
確定日 2020-02-28 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6323504号発明「電子機器筐体及び電子機器筐体成形用樹脂組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6323504号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1?5]、[6?9]について訂正することを認める。 特許第6323504号の請求項1、3ないし5に係る特許を維持する。 特許第6323504号の請求項2及び6ないし9に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。  
理由 第1 主な手続の経緯等

特許第6323504号(設定登録時の請求項の数は9。以下、「本件特許」という。)は、平成28年6月30日を出願日とする特願2016-130733号に係るものであって、平成30年4月20日に設定登録され、同年5月16日に特許掲載公報が発行された。
特許異議申立人 東レ株式会社(以下、単に「異議申立人」という。)は、平成30年11月15日に本件特許の請求項1ないし9に係る発明についての特許に対して特許異議の申立てをした。
当審において、平成31年1月16日付けで取消理由が通知され、同年3月19日に特許権者 DIC株式会社(以下、「特許権者」という。)から意見書が提出されると共に訂正請求書が提出され、同年同月27日付けで訂正拒絶理由を通知したところ、特許権者から、令和1年5月6日に訂正請求書の手続補正書及び意見書が提出され、同年同月23日付けで訂正請求があった旨の通知(特許法第120条の5第5項)がされ、同年6月26日に異議申立人から意見書が提出された。
当審において、令和1年8月1日付けで取消理由<決定の予告>が通知され、同年11月5日に特許権者から意見書が提出されると共に訂正請求書(以下、当該訂正請求書による訂正請求を「本件訂正請求」という。)が提出されたので、同年11月15日付けで異議申立人に対して特許法第120条の5第5項に基づく通知をしたところ、異議申立人からの応答はなかったものである。
なお、平成31年3月19日提出の訂正請求書は取り下げられたものとみなされる。(特許法第120条の5第7項)

第2 訂正の適否についての判断

1 訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は以下の訂正事項1ないし4である。ここで、訂正事項1ないし3は、訂正前の請求項1?5の一群の請求項に係る訂正であり、訂正事項4は、訂正前の請求項6ないし9の一群の請求項に係る訂正である。なお、下線は、訂正箇所に合議体が付したものである。

訂正事項1
訂正前の特許請求の範囲の請求項1に
「ポリチオエーテルと、断面長円形状を有するガラス繊維とを含む樹脂組成物」
と記載されているのを、
「ポリチオエーテルと、断面長円形状を有するガラス繊維と、シランカップリング剤とを含む樹脂組成物」に訂正し、
「樹脂組成物の成形物である電子機器筐体」
と記載されているのを、
「樹脂組成物の射出成形物である電子機器筐体」に訂正し、
且つ、
「TD/MDは0.45以上であってh/tは5?30である」
と記載されているのを、
「TD/MDは0.47以上であってh/tは5?30である」に訂正する。
請求項1を直接引用する請求項3ないし5も同様に訂正する。

訂正事項2
訂正前の特許請求の範囲の請求項5において、
「リサイクル品である請求項1に記載の電子機器筐体。」
と記載されているのを、
「リサイクル品であって、前記TD/MDが0.50以上である請求項1に記載の電子機器筐体。」に訂正する。

訂正事項3
訂正前の特許請求の範囲の請求項2を削除する。

訂正事項4
訂正前の特許請求の範囲の請求項6?9を削除する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否

(1) 訂正事項1に係る請求項1についての訂正について
ア 訂正事項1に係る請求項1についての訂正は、訂正前の特許請求の範囲の請求項1において、「ポリチオエーテルと、断面長円形状を有するガラス繊維とを含む樹脂組成物」と記載されているのを、「ポリチオエーテルと、断面長円形状を有するガラス繊維と、シランカップリング剤とを含む樹脂組成物」に訂正するとともに、訂正前の特許請求の範囲の請求項1において、「樹脂組成物の成形物である電子機器筐体」と記載されているのを、「樹脂組成物の射出成形物である電子機器筐体」に訂正し、さらに、訂正前の特許請求の範囲の請求項1において、「TD/MDは0.45以上であってh/tは5?30である」と記載されているのを、「TD/MDは0.47以上であってh/tは5?30である」に訂正するものである。
そうすると、訂正事項1に係る請求項1についての訂正は、訂正前の請求項1に係る発明における樹脂組成物に含有される物質をより具体的に特定するとともに、成形物を具体的に特定し、さらに、「TD/MD」の範囲をより狭めるものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

イ 訂正事項1に係る請求項1についての訂正は、本件特許明細書の段落【0016】、【0035】、【0036】及び実施例4、5(特に図5)の記載からみて、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。さらに、訂正事項1に係る請求項1についての訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

ウ 訂正事項1の請求項1の訂正に伴って訂正される請求項3ないし5についての訂正も同様である。

(2) 訂正事項2に係る請求項3についての訂正について
訂正事項2に係る請求項3についての訂正は、訂正後の請求項3に係る発明の「TD/MD」の範囲をより狭めるものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
また、訂正事項2に係る請求項3についての訂正は、本件特許明細書の実施例4、5(特に図5)の記載からみて、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。
さらに、訂正事項2に係る請求項3についての訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(3) 訂正事項3及び4に係る請求項2及び6ないし9についての訂正について
訂正事項3及び4に係る請求項2及び6ないし9についての訂正は、訂正前の特許請求の範囲の請求項2及び6ないし9を削除するというものであるから、特許請求の範囲を減縮を目的とするものに該当する。そして、当該訂正事項3及び4に係る請求項2及び6ないし9についての訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

3 むすび
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項及び同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、結論のとおり、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1?5]、[6?9]について訂正することを認める。

第3 本件発明

1 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正請求による訂正は認められるので、本件特許の請求項1ないし9に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明9」という。)は、令和1年11月5日に提出した訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし9に記載された事項により特定される以下に記載のとおりのものである。

「【請求項1】
ポリチオエーテルと、断面長円形状を有するガラス繊維と、シランカップリング剤とを含む樹脂組成物の射出成形物である電子機器筐体であって、
板形状を有する本体部と、
前記本体部の縁に設けられ、前記本体部から突出する壁部と、
を備え、
前記壁部の突出方向における前記壁部の曲げ強さをMDとし、前記突出方向に直交する幅方向における前記壁部の曲げ強さをTDとし、前記壁部の厚さをtとし、前記壁部の高さをhとした場合、TD/MDは0.47以上であってh/tは5?30である、
電子機器筐体(ただし、前記樹脂組成物は、(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部に対し、(B)ポリエーテルイミド樹脂1?35重量部、(C)エポキシ樹脂0.5?20重量部、(D)α-オレフィンとα,β-不飽和酸のグリシジルエステルを共重合成分とするグリシジル基含有共重合体1?20重量部、(E)ガラス繊維50?200重量部、および(F)アルコキシシラン化合物0.1?5重量部を配合してなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を除く)。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
前記壁部の前記厚さは、0.1?1.0mmである、請求項1に記載の電子機器筐体。
【請求項4】
前記壁部の先端部には爪部が設けられている、請求項1に記載の電子機器筐体。
【請求項5】
リサイクル品であって、前記TD/MDが0.50以上である請求項1に記載の電子機器筐体。
【請求項6】
(削除)
【請求項7】
(削除)
【請求項8】
(削除)
【請求項9】
(削除)」

第4 特許異議申立書に記載した申立理由の概要

平成30年11月15日に異議申立人が提出した特許異議申立書(以下、「特許異議申立書」という。)に記載した理由の概要は次のとおりである。

1 申立理由1(特許法第29条第1項第3号:新規性)
本件発明1ないし9は、下記の本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第1号証に記載された発明であるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

2 申立理由2(特許法第29条第2項:進歩性)
本件発明1ないし9は、下記の本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第1ないし3号証に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

3 申立理由3(特許法第36条第4項第1号:実施可能要件)
本件特許明細書の発明の詳細な説明は、下記の点で当業者が本件発明1ないし9の実施をすることができる程度に明確且つ十分に記載されていないので、本件特許の請求項1ないし9に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(1) 請求項1及び7の「曲げ強さTD」を測定する試験片形状が不明であり、試験条件が定まらず曲げ強さを測定することができない。
(2) 請求項2及び8の「スパイラルフロー長は、750mm以上である」との特定について、スパイラルフロー金型の形状が特定できないから、本件発明2及び8を実施することができない。
(3) 請求項6の「ガラス繊維の平均長さは、280μm?500μm」と特定は、各実施例においてガラス繊維の平均長さが記載されておらず、当該実施例が本件発明6のガラス繊維の平均長さに関する要件を満たしているのか否か、及び本件明細書に記載の効果を示すものであるか否か不明であるから、本件発明6についての実施可能要件を満たさない。

4 証拠方法
甲第1号証:国際公開第2008/038512号
甲第2号証:特開2014-192340号公報
甲第3号証:特開2008-168570号公報
甲第4号証:2018年11月1日 東レ株式会社 樹脂技術部 樹脂開発室 主任部員 大久保和哉作成の実験証明書
甲第5号証:廣恵章利、本吉正信、「成形加工技術者のためのプラスチック物性入門」、第2版、日刊工業新聞社、昭和62年9月10日、p.238-241
甲第6号証:村田泰彦、「プラスチック成形品特性の向上を目指した加熱・冷却成形金型の開発」online、2015年12月1日、プラスチックス・ジャパン・ドットコム、平成30年11月2日検索、インターネット、URL:http://plastics-japan.com/archives/379
なお、甲第4号証は、請求項6に係る申立理由1及び2に関わる証拠であり、甲第5号証及び甲第6号証は、申立理由3を裏付ける証拠として提示されたものである。

以下、甲第1号証から甲第6号証については、それぞれ「甲1」から「甲6」という。

第5 取消理由<決定の予告>の概要

令和1年8月1日付けで通知した取消理由<決定の予告>において、本件特許の本件訂正請求前の請求項1ないし5に係る特許に対する取消理由<決定の予告>の概要は、以下のとおりである。

「1(明確性1) 本件特許の請求項2についての特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
3(実施可能要件1) 本件特許の請求項2についての特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
5(サポート要件1) 本件特許の請求項1ないし5についての特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
8(進歩性) 本件特許の請求項1ないし5に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであって、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
・・・
●(理由5)サポート要件1について
・・・
ア事項及びイ事項については、周知の技術事項(ア事項については、甲1、イ事項については、甲2を参照)であること、及び、エ事項は除く部分であることから、当該エ事項には技術的特徴がないことを前提として、以下検討する。
発明の詳細な説明において、本件発明1の課題を解決する手段として上記摘示事項(1)の記載があり、作用機序にかかわることとして、「この樹脂組成物が上記ガラス繊維を含むことにより、成形された電子機器筐体の曲げ強さが向上される。加えて、本体部の縁に設けられ、本体部から突出する壁部内のガラス繊維は、当該壁部の突出方向に配向する傾向にある。これにより、上記突出方向における壁部の靱性が向上し、当該壁部における割れ等の発生が抑制される。」(段落【0007】)と記載されているが、壁部内のガラス繊維が壁部の突出方向に配向する傾向にあることで、どうして、壁部の靱性が向上するのか、また、壁部における割れ等の発生が抑制されることになるかについての説明はなく、当該記載のみから、ア事項及びイ事項によって本件発明1の課題が解決できるとは認識できない。
また、ウ事項で特定する「TD/MDは、0.45以上」であることと、ガラス繊維の配向の程度との関係や、壁部の靱性がどうして向上するのか、また、どうして壁部の割れ等の発生が抑制されることになるかについての説明は一切ない。
そして、発明の詳細な説明における具体的な実施例としての記載である上記摘示事項(4)には、特定の樹脂組成物で成形されたダンベル形状の成形品の流動方向(射出方向)の曲げ強度であるMDと流動方向(射出方向)と直行する方向の曲げ強度TD及び当該数値を用いたTD/MDが測定されているが、本件発明1における「MD」は、製造方法が特定されていない電子機器筐体の壁部の突出方向における壁部の曲げ強さであり、「TD」は、前記突出方向に直交する幅方向における壁部の曲げ強さであるから、本件発明1における「TD」及び「MD」は樹脂の流動方向とは関係ないものであって、実施例に記載の「TD/MD」と本件発明1の「TD/MD」は無関係なものである。そして、当該具体的な実施例は、電子機器筐体の壁部の曲げ強さ(MD及びTD)を測定したものではないし、本件発明1の課題に関わる耐衝撃性について測定ないし検討もなされていない。
また、本件出願時の当業者の技術常識からみて、本件出願時に、アないしエ事項を有する電子機器筐体が、「耐衝撃性及び軽量化の両立が可能」となるものであるとの、技術常識が存在したものとも認められない。
したがって、本件発明1のアないしエ事項を満たす電子機器筐体が、発明の詳細な説明の記載に基づき、当業者が本件出願時の技術常識に照らし本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。
・・・
●(理由8)進歩性について
・・・
(7) まとめ
本件発明1ないし5は、甲1発明及び甲2、3に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」

なお、取消理由<決定の予告>における取消理由3(実施可能要件)及び取消理由8(進歩性)は、上記第4に記載の申立理由3(2)及び申立理由2と同旨である。

第6 取消理由<決定の予告>についての当審の判断

当合議体は、以下述べるように、上記取消理由の理由5(サポート要件)、理由8(進歩性)には、理由がないと判断する。
なお、取消理由<決定の予告>における取消理由1及び3については、対象となる請求項2が本件訂正請求により削除されたことで解消している。

1 理由5(サポート要件)について
(1) サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、サポート要件の存在は、特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である。

(2) 特許請求の範囲の記載
本件発明1、3ないし5に関する特許請求の範囲の記載は、上記第3のとおりである。

(3) 本件特許明細書の発明の詳細な説明(以下、単に「発明の詳細な説明」という。)の記載
発明の詳細な説明には、下記の記載がある。
ア 「【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したような樹脂組成物を成形してなる筐体として、例えば携帯可能な電子機器用の筐体がある。このような筐体に対しては、落下等に対する耐衝撃性を維持しつつ、さらなる軽量化が求められている。特に、落下等の際に生じる衝撃を受けやすい部分(例えば、筐体の縁に設けられる壁部等)の耐衝撃性を維持しつつ、軽量化を実現することが求められている。
【0005】
本発明は、耐衝撃性及び軽量化の両立が可能な電子機器筐体を提供することを目的とする。・・・
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様に係る電子機器筐体は、ポリチオエーテルと、断面長円形状を有するガラス繊維とを含む樹脂組成物の成形物である電子機器筐体であって、板形状を有する本体部と、本体部の縁に設けられ、本体部から突出する壁部と、を備える。
【0007】
この電子機器筐体は、ポリチオエーテルと、断面長円形状を有するガラス繊維とを含む樹脂組成物の成形物である。この樹脂組成物が上記ガラス繊維を含むことにより、成形された電子機器筐体の曲げ強さが向上される。加えて、本体部の縁に設けられ、本体部から突出する壁部内のガラス繊維は、当該壁部の突出方向に配向する傾向にある。これにより、上記突出方向における壁部の靱性が向上し、当該壁部における割れ等の発生が抑制される。したがって、例えば電子機器筐体の全体を薄肉化して軽量化を実現した場合であっても、壁部の耐衝撃性を維持できる。すなわち、耐衝撃性及び軽量化の両立が可能な電子機器筐体を提供できる。
【0008】
壁部の突出方向における壁部の曲げ強さをMDとし、突出方向に直交する幅方向における壁部の曲げ強さをTDとした場合、TD/MDは、0.45以上であってもよい。この場合、壁部は、突出方向だけでなく幅方向においても良好な耐衝撃性を有する。
・・・
【0011】
壁部の厚さをtとし、壁部の高さをhとした場合、h/tは、5?30であってもよい。
・・・
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、実施形態に係る電子機器筐体を示す概略平面図である。
【図2】図2は、図1の一部を拡大した図である。
【図3】図3は、図2のIII-III線に沿った断面図である。
【図4】図4は、図2のIV-IV線に沿った断面図である。
【図5】図5は、実施例1?5及び比較例1?3のそれぞれの樹脂組成物およびその測定結果が記載された表を示す図である。」

イ 「【0036】
次に、上記樹脂組成物の成形物である電子機器筐体について図1?図4を用いながら詳細に説明する。以下にて説明する本実施形態に係る電子機器筐体は、上記樹脂組成物を金型を用いて射出成形してなる携帯電子機器(より具体的には、ラップトップPC)用の筐体である。
【0037】
図1は、実施形態に係る電子機器筐体を示す平面図である。図2は、図1に記載される破線で囲われた部分の拡大図である。図1及び図2に示されるように、電子機器筐体1における本体部2は、ハードディスク又はバッテリー等の部材が載置される部材であり、板形状を有する弾性部材である。本体部2は、板形状を有する主部3と、主部3の各縁から延在し、板形状を有する縁部4?7とを有している。
【0038】
主部3の主面3aは、略長方形状を有している。このため、主部3の縁は、主面3aの各辺3b?3eに相当する。縁部4?7は、主面3aの対応する辺3b?3eからそれぞれ延在している。各縁部4?7は、主部3に対して折れ曲がるように成形されている。換言すると、主部3と縁部4?7とは、互いに平行にならないように設けられている。なお、縁部4の一部には、電子機器の別部材が嵌合される切欠部4a,4bが設けられている。
【0039】
本体部2の厚さ(すなわち、主部3及び縁部4?7の厚さ)は、例えば0.1mm?10mmである。特に、本体部2の最も薄い部分(以下、最も薄い部分を「薄肉部」と定義する)の厚さは、例えば0.1mm?1.0mmである。本体部2における薄肉部の厚さが0.1mm以上であることにより、本体部2の耐衝撃性を確保できる。また、本体部2における薄肉部の厚さが1mm以下であることにより、本体部2の重量を抑制できる。
【0040】
電子機器筐体1の本体部2には、複数の開口部が設けられている。具体的には、本体部2の主部3において、辺3c,3dの交点付近には、後述する円筒形状を有する突出部21aに囲まれる開口部11aが設けられている。同様に、辺3cの中心付近と、辺3d,3eの交点付近と、辺3eの中心付近とには、それぞれ後述する円筒形状を有する突出部21b?21dに囲まれる開口部11b?11dが設けられている。また、縁部4には、後述する円筒形状を有する突出部24a?24dにそれぞれ囲まれる開口部12a?12dと、平面視にて矩形状を有する複数の開口部13とが設けられている。開口部11a?11d,12a?12dのそれぞれには、電子機器の別部材に設けられた突起又はねじ等が挿入される。複数の開口部13は、例えば、排熱用の空気穴として機能するように密集して設けられている。これらの開口部11a?11d,12a?12d,13は、本体部2の成形と同時に形成される。
【0041】
本体部2には、本体部2と一体成形されており、且つ、本体部2から突出する複数の突出部が設けられている。主部3には、開口部11a?11dをそれぞれ囲むと共に円筒形状を有する突出部21a?21dと、円筒形状を有する突出部22a?22cと、多角柱形状を有する突出部23a?23cとが設けられている。突出部22a?22c,23a?23cは、主部3の主面3a上における所望の位置に設けられる。突出部22a?22cの内側には、電子機器の別部材に設けられた突起等が挿入されうる。突出部23a?23cは、本体部2上に載置される部材の位置を示すマーク、及び当該部材の移動を妨げる壁として設けられる。突出部23aは、平面視にて略T字形状を有しており、突出部23bは、平面視にて略十字形状を有しており、突出部23cは、平面視にて略L字形状を有している。突出部21a?21d,22b,22cの外周面には、耐衝撃性を向上するための補強部が設けられている。なお、突出部21a?21d,22a?22c,23a?23cのそれぞれの厚さは、例えば0.1mm?1.0mmである。
【0042】
また、縁部4には、開口部11a?11dをそれぞれ囲むと共に円筒形状を有する突出部24a?24dが設けられている。突出部24b,24cの外周面には、耐衝撃性を向上するための補強部が設けられている。なお、突出部24a?24dのそれぞれの厚さは、他の突出部と同様に、例えば0.1mm?1.0mmである。
【0043】
本体部2の縁(すなわち、縁部4等における主部3と反対側の縁)には、本体部2と一体成形されており、且つ、本体部2から突出する複数の壁部が設けられている。複数の壁部の突出方向は、突出部21a?21d等の突出方向と略同一である。縁部4における辺3bの反対側に位置する縁には、壁部31a?31cが設けられている。また、縁部5における辺3cの反対側に位置する縁には、壁部32a?32hが点在して設けられている。加えて、縁部7における辺3eの反対側に位置する縁には、壁部33a?33eが点在して設けられている。なお、壁部31a?31c,32a?32h,33a?33eのいずれにおいても、互いに離間して設けられている。
【0044】
ここで、図2?4を用いながら本体部2に設けられる壁部32a,32bについて詳細に説明する。図3は、図2のIII-III線に沿った断面図である。図4は、図2のIV-IV線に沿った断面図である。まず、壁部32aについて説明する。図2及び図3に示されるように、壁部32aは、板形状を有しており、縁部5に対して折れ曲がるように成形されている。壁部32aの主面は略長方形状であり、先端側の角部は丸められてもよい。
【0045】
壁部32aの高さは、上記突出方向に沿った長さに相当する。壁部32aの幅は、主面3aの辺3cの延在方向に沿った長さに相当する。壁部32aの厚さは、上記突出方向及び上記延在方向に直交する方向に沿った長さに相当する。この場合、壁部32aの高さhは、例えば0.1mm?1.0mmであり、壁部32aの厚さtは、例えば0.1mm?1.0mmである。壁部32aにおいて、厚さtに対する高さhの割合(h/t)は、5?30に設定されることが好ましい。
【0046】
壁部32aの幅に沿った方向(以下、単に「幅方向」とする)における両端には、壁部32aを支持する支持部41,42がそれぞれ設けられている。支持部41,42のそれぞれは、略L字板形状を有しており、壁部32a及び縁部5の両方と一体化している。支持部41,42は、本体部2及び壁部32aと一体成形されている。
【0047】
図3に示されるように、壁部32aを構成する樹脂組成物内のガラス繊維51は、壁部32aの突出方向に配向している。ガラス繊維51が上記突出方向に配向するとは、ガラス繊維51の長さ方向と、上記突出方向にほぼ揃っていることを意味する。壁部32a内のガラス繊維51の配向性は、例えば射出成形にて、後に主部3となる空間の複数箇所から、金型内の空間に樹脂組成物を供給することによって実現できる。本実施形態では、壁部32a内におけるガラス繊維51の半分以上(1/3以上、もしくは1/4以上でもよい)が上記突出方向に配向している場合、ガラス繊維51が壁部32aの突出方向に配向しているとみなすことができる。
【0048】
壁部32a内のガラス繊維51が、上記突出方向に配向している場合、壁部32aの靱性が向上する。加えて、上記突出方向における壁部32aの曲げ強さをMDとし、上記突出方向に直交する幅方向における壁部32aの曲げ強さをTDとした場合、TD/MDは、0.45以上になる。・・・」

ウ 「【0049】
次に、図2及び図4を用いながら壁部32bについて説明する。図2及び図4に示されるように、壁部32bは、壁部32aと同様に板形状を有しており、本体部2から突出するように縁部5に対して折れ曲がっている。また、壁部32bは、壁部32aと同様の高さ及び厚さを有している。加えて、壁部32b内のガラス繊維51は上記突出方向に配向しているので、壁部32bは、壁部32aと同様の曲げ強さ(TD/MD)を有している。加えて、壁部32bの幅方向における両端には、壁部32aと同様の支持部43,44が設けられている。
【0050】
図4に示されるように、壁部32bにおける先端部には、電子機器の別部材に係止するための爪部61が設けられている。爪部61は、壁部32bにおける主部3側の主面に設けられており、例えば上記主面から1mm程度張り出している。
【0051】
壁部31a?31c,32c?32h,33a?33eのそれぞれは、壁部32a,32bと同様に、板形状を有しており、本体部2から突出している。加えて、壁部31a?31c,32c?32h,33a?33eのそれぞれは、壁部32a,32bと同様の高さ及び厚さを有している。また、壁部31a?31c,32c?32h,33a?33eのそれぞれにおいても、壁部32a,32bと同様に、ガラス繊維は、対応する壁部の突出方向に配向している。換言すると、壁部31a?31c,32c?32h,33a?33eのそれぞれは、壁部32aと同様の曲げ強さ(TD/MD)を有している。なお、32c?32h,33a?33eのそれぞれは、壁部32a,32bと同様に支持部を有しており、壁部32e,33a,33cは、壁部32bと同様に爪部を有している。
【0052】
以上に説明した本実施形態に係る電子機器筐体1は、ポリチオエーテルと、断面長円形状を有するガラス繊維51とを主成分として含む上記樹脂組成物が成形されてなっている。このため、成形された電子機器筐体1の曲げ強さが向上される。加えて、本体部2の縁に設けられ、本体部2から突出する壁部32a内のガラス繊維51は、壁部32aの突出方向に配向している。これにより、上記突出方向における壁部32aの靱性が向上し、壁部32aにおける割れ等の発生が抑制される。したがって、例えば電子機器筐体1の全体を薄肉化して軽量化を実現した場合であっても、壁部32aの耐衝撃性を維持できる。すなわち、耐衝撃性及び軽量化の両立が可能な電子機器筐体1を提供できる。
【0053】
突出方向における壁部32aの曲げ強さをMDとし、突出方向に直交する幅方向における壁部32aの曲げ強さをTDとした場合、TD/MDは、0.45以上である。このため、壁部32aは、突出方向だけでなく幅方向においても良好な耐衝撃性を有する。」

エ 「【実施例】
【0062】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0063】
(実施例1)
図5は、実施例1?5及び比較例1?3のそれぞれの樹脂組成物が記載された表を示す図である。実施例1ではまず、図5に示される各材料を図5に示される割合で混合した。混合した各材料(以下、「混合材料」とする)を、株式会社日本製鋼所製ベント付き2軸押出機「TEX-30」に投入した。混合材料において、GF-1については、サイドフィーダから投入した。また、GF-1以外の材料については、タンブラーにて予め均一に混合した後にトップフィーダから投入した。そして、樹脂成分吐出量30kg/h、スクリュー回転数200min-1、設定温度330℃の条件下にて混合材料を溶融混練し、樹脂組成物のペレットを得た。なお、2軸押出機のスクリュー全長に対するトップフィーダからサイドフィーダまでの距離の比率が0.5になるように、サイドフィーダの位置を設定した。
【0064】
樹脂組成物のペレットを、ギヤオーブン(エスペック株式会社製、「PH(H)-102」)を用いて、140℃の条件下で2時間乾燥した。そして、乾燥したペレットを射出成形することで、試験片を作成した。
【0065】
(実施例2)
PPS-2を用い、混合材料の割合を実施例1と変化したこと以外は、実施例1と同様にして樹脂組成物の試験片を作成した。なお、実施例2の混合材料に含まれる各材料の割合は、図5に示される通りである。
【0066】
(実施例3)
PPS-2を用いると共にELAを除去し、混合材料の割合を実施例1と変化したこと以外は、実施例1と同様にして樹脂組成物の試験片を作成した。なお、実施例3の混合材料に含まれる各材料の割合は、図5に示される通りである。
【0067】
(比較例1)
GF-1の代わりにGF-2を用いて混合材料を作成したこと以外は、実施例1と同様にして樹脂組成物の試験片を作成した。
【0068】
(比較例2)
GF-1の代わりにGF-2を用いて混合材料を作成したこと以外は、実施例2と同様にして樹脂組成物の試験片を作成した。
【0069】
(比較例3)
GF-1の代わりにGF-2を用いて混合材料を作成したこと以外は、実施例3と同様にして樹脂組成物の試験片を作成した。
【0070】
(実施例4)
実施例1で得られた試験片をチップ状態に細分化してリサイクル材料とした。得られたリサイクル材料を用いたこと、及び混合材料の割合を実施例1と変化したこと以外は、実施例1と同様にして樹脂組成物の試験片を作成した。
【0071】
(実施例5)
実施例4と同様にして得られたリサイクル材料を用いたこと、及び混合材料の割合を実施例1と変化したこと以外は、実施例1と同様にして樹脂組成物の試験片を作成した。
【0072】
(曲げ強さ)
ISO 178に示される試験方法に準拠して、実施例1?5及び比較例1?3の各試験片の曲げ強さ(曲げ強度)を測定した。流動方向(射出方向)における曲げ強さの評価には、試験片の形状をISO TYPE-Aダンベルとしたものを用いた。試験片における試験部の各寸法は、長さ80mm、幅10mm、厚さ4mmである。また、各試験片の流動方向と直交する方向における曲げ強さの評価には、試験片の形状を幅25mm、厚さ2mmとしたものを用いた。流動方向における曲げ強さを「MD曲げ強さ」とし、流動方向と直交する方向における曲げ強さを「TD曲げ強さ」とする。実施例1?5及び比較例1?3のそれぞれにおけるMD曲げ強さ及びTD曲げ強さは、図5に示される通りである。
・・・
【0075】
加えて、実施例1?5のそれぞれにおいて、TD曲げ強さをMD曲げ強さで除した値(TD/MD)は、0.45以上となっていた。これに対して、比較例1?3のそれぞれにおけるTD/MDは、最大でも0.42となっていた。」

オ 「【図1】

【図5】


(4) 判断
本件発明1は「電子機器筐体」に係るものであって、「携帯可能な電子機器用の筐体がある。このような筐体に対しては、落下等に対する耐衝撃性を維持しつつ、さらなる軽量化が求められている。特に、落下等の際に生じる衝撃を受けやすい部分(例えば、筐体の縁に設けられる壁部等)の耐衝撃性を維持しつつ、軽量化を実現することが求められている」(段落【0004】)との事項を、本件発明1の課題としていて、本件発明3ないし5も同様である。
そして、当該課題を解決するために、本件発明1の発明特定事項として以下のアないしエの事項を、その発明を特定するために必要な事項として備えるものである。
ア事項:「ポリチオエーテルと、断面長円形状を有するガラス繊維と、シランカップリング剤とを含む樹脂組成物の射出成形物である」
イ事項:「板形状を有する本体部と、前記本体部の縁に設けられ、前記本体部から突出する壁部と、
を備え」
ウ事項:「前記壁部の突出方向における前記壁部の曲げ強さをMDとし、前記突出方向に直交する幅方向における前記壁部の曲げ強さをTDとし、前記壁部の厚さをtとし、前記壁部の高さをhとした場合、TD/MDは0.47以上であってh/tは5?30である」
エ事項:「ただし、前記樹脂組成物は、(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部に対し、(B)ポリエーテルイミド樹脂1?35重量部、(C)エポキシ樹脂0.5?20重量部、(D)α-オレフィンとα,β-不飽和酸のグリシジルエステルを共重合成分とするグリシジル基含有共重合体1?20重量部、(E)ガラス繊維50?200重量部、および(F)アルコキシシラン化合物0.1?5重量部を配合してなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を除く。」

そこで、特許請求の範囲に記載された発明が、本件特許明細書の発明の詳細な説明(以下、単に「発明の詳細な説明」という。)に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が上記発明の課題を解決できると認識できる範囲のものといえるか否かについて検討する。

発明の詳細な説明において、本件発明1の課題を解決する手段として段落【0006】?【0008】の記載があり、ア事項の作用機序に関わることとして、「この樹脂組成物が上記ガラス繊維を含むことにより、成形された電子機器筐体の曲げ強さが向上される。加えて、本体部の縁に設けられ、本体部から突出する壁部内のガラス繊維は、当該壁部の突出方向に配向する傾向にある。これにより、上記突出方向における壁部の靱性が向上し、当該壁部における割れ等の発生が抑制される。」(段落【0007】)と記載され、またウ事項の作用機序に関わることとして、「壁部の突出方向における壁部の曲げ強さをMDとし、突出方向に直交する幅方向における壁部の曲げ強さをTDとした場合、TD/MDは、0.45以上であってもよい。この場合、壁部は、突出方向だけでなく幅方向においても良好な耐衝撃性を有する。」(段落【0008】)と記載されている。
そして、具体的な電子機器筐体の形状が、発明の詳細な説明の段落【0036】?【0053】(上記(3)イ)において、図1ないし4(上記(3)オ)を参照しつつ詳細に記載されている。
また、発明の詳細な説明の段落【0062】?【0075】(上記(3)エ)には、特定の樹脂組成物で成形されたダンベル形状の成形品の流動方向(射出方向)の曲げ強度であるMDと流動方向(射出方向)と直行する方向の曲げ強度TD及び当該数値を用いたTD/MDが測定されていて、実施例1ないし5においては、MD曲げ強さ、TD曲げ強さが比較例ないし3より大きいと共に、TD/MDが0.47以上との条件を満足し(比較例1ないし3は、TD/MDは0.42以下である)、流動性も比較例1ないし3より大きなものとなっているものが示されている。そうすると、ダンベル形状の成形品である実施例として示されたものは、比較例のものに比べて、MD曲げ強さだけでなくTD曲げ強さも大きく向上することによって全方向に対する曲げ強度が向上していることが理解できる。
そして、板形状を有する本体部と、前記本体部の縁に設けられ、前記本体部から突出する壁部を有する射出成形物における「壁部の突出方向」は、射出成形時の「樹脂の流動方向」となるとの当業者の技術常識を合わせて検討すれば、当業者ならば、本件発明1の「壁部」に用いた際の耐衝撃特性などの効果について理解できるものであり、そのことは、特許権者が令和1年11月5日に提出した意見書に添付した下記の実験成績証明書においても確認できる。



そうすると、発明の詳細な説明の上記実施例及び比較例の結果から、上記アないしウ事項を備えた電子機器筐体は、壁部を薄化してもMD曲げ強さだけでなくTD曲げ強さを確保できるので、電子機器筐体の耐衝撃性を維持しつつ軽量化できることが理解できる。
本件発明1は、上記アないしウ事項を備え、さらに、エ事項(特定の樹脂組成物を除くもの)を有する電子機器筐体であるから、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の詳細な説明の記載により、当業者が本件発明1の課題を解決できる範囲のものと認識できる。
また、本件発明1で特定する事項を全て含み、さらに請求項3ないし5に記載されている事項でさらに発明特定事項を特定するものである本件発明3ないし5についても、同様に、発明の課題を解決できる範囲のものと認識できる。
よって、本件発明1、3ないし5に関して、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえるので、本件特許の特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合し、取消理由<決定の予告>の理由5(サポート要件)には、理由がない。

2 理由8(進歩性)について
(1) 甲1に記載された事項
甲1には、以下の記載がある。なお、アルファベット、数字等については全て全角で表記した。
ア 「請求の範囲
[1] ポリフェニレンサルファイド100質量部に対し、扁平形状の断面を有するガラス繊維を10?200質量部を添加してなるポリフェニレンサルファイド樹脂組成物からなる成形品で、
前記成形品の薄肉部の厚みが0.3?1.4mmであるポリフェニレンサルファイド樹脂成形品。
[2] 前記ガラス繊維の扁平率が0.1?0.5である請求項1に記載のポリフェニレンサルファイド樹脂成形品。
[3] さらに、ポリフェニレンサルファイド100質量部に対し、無機充填材0?200質量部を添加してなる請求項1又は2に記載のポリフェニレンサルファイド樹脂成形品。
[4] 請求項1?3のいずれかに記載のポリフェニレンサルファイド樹脂成形品からなる光学部品。
[5] 請求項1?3のいずれかに記載のポリフェニレンサルファイド樹脂成形品からなる光ピックアップハウジング。」

イ 「[0013] 本発明のポリフェニレンサルファイド樹脂成形品は、ポリフェニレンサルファイド100質量部に対し、扁平形状の断面を有するガラス繊維を10?200質量部添加してなるポリフェニレンンサルファイド樹脂組成物からなる。
[0014] 本発明で用いられるポリフェニレンサルファイドは、繰り返し単位が下記式
-(Ph-S)-
(式中、Phはフェニレン基、Sは硫黄を示す。)
で示されるポリマーである。繰り返し単位の(Ph-S)を1モル(基本モル)と定義すると、本発明で用いられるポリフェニレンサルファイドは、この繰り返し単位を通常50モル%以上、好ましくは70モル%以上、より好ましくは90モル%以上含有するポリマーである。」

ウ 「[0020] 本発明で用いられるガラス繊維は扁平形状の断面を有し、好ましくは扁平率が0.1?0.5であり、より好ましくは0.2?0.3である。扁平率が0.2以上では曲げ強度が特に高いレベルを維持でき、0.3以下では薄肉部で曲げ弾性率が特に高いレベルを維持できる。」

エ 「[0027] 本発明のポリフェニレンサルファイド樹脂成形品の薄肉部(成形品の最も薄い部分)の厚みは0.3?1.4mmであり、好ましくは0.4?1.4mmであり、特に好ましくは0.6?1.2mmである。
薄肉部の厚みが0.3mm未満の場合、成形時の充填が不十分となるおそれがある。一方、薄肉部の厚みが1.4mmを超える場合、成形品の特性が変化せず、本発明の効果が得られない。
[0028] 本発明のポリフェニレンサルファイド樹脂成形品は、薄肉部で高い弾性率及び寸法安定性を示し、成形性に優れ、機械強度が高ぐ光軸ズレが極めて小さいため、光学部品、特に光ピックアップハウジングとして有用である。光ピックアップハウジングとは、光ディスク読取り装置の基台となる光学部品であり、精密な成形性、高度の耐熱寸法安定性が要求される。
本発明の樹脂成形品は、上記の厚さである薄肉部の割合が成形品全体の5%?50%(投影面積に占める割合)であっても、薄肉部の弾性率の低下が小さく光学部品として好適に使用できる。」

オ 「[実施例]
[0031] 実施例及び比較例で使用したポリフェニレンサルファイド樹脂は以下の方法で製造した。
製造例1
成分攪拌機を備えた重合槽に、含水硫化ナトリウム(Na_(2)S・5H_(2)O)833モル、塩化リチウム830モル、及びN-メチル-2-ピロリドン500リットルをいれ、減圧下で、145℃に保持して1時間脱水処理をした。ついで、反応系を45℃に冷却した後、ジクロルベンゼン905モルを加え、260℃において4時間重合した。そして、得られた生成物を熱水で5回、170℃のN-メチル-2-ピロリドンで1回、水で3回の順に洗浄し、185℃で乾燥することにより、ポリフェニレンサルファイド樹脂(PPS-1)を得た。この樹脂の300℃剪断速度200sec^(-1)における溶融粘度は、12Pa・sであった。
[0032] 実施例及び比較例で使用したポリフェニレンサルファイド樹脂以外の成分は以下の通りである。
[ガラス繊維]
GF-1:扁平GF CSG 3PA-830S、日東紡株式会社製、扁平率:0.25(短径7μm/長径28μm)
GF-2:チョップドGF CS 03 JAFT591、オーウェンスコーニング製(円状断面:直径10μm)
[無機充填材]
板状フィラー:黒鉛粉末 CB-150、日本黒鉛工業株式会社製
[0033] 実施例1
(1)樹脂組成物の製造
PPS-1を100質量部及びGF-1を25質量部配合し、ヘンシェルミキサーを用いて均一に混合した後、二軸押出機(TEM35、東芝機械株式会社製)を用いて、押出機のシリンダ温度を280?350℃に設定して溶融混練し、ペレットを製造した。
[0034] (2)ポリフェニレンサルファイド樹脂組成物の物性評価
上記(1)で得られたペレットを、50トン射出成形機(株式会社日本製鋼所製)を用いて、ASTM D790に準拠したテストピース(125×12.5×0.4?3.2mm)を調製し、ASTM D790に準拠した方法で、曲げ弾性率(GPa)を測定した。結果を表1に示す。
[0035] (3)光学部品の製造
上記(1)で得られたペレットを用い、成形機として、50トン射出成形機(株式会社日本製鋼所製)を用いて、樹脂温度320℃、金型温度135℃の条件下で、光ピックアップハウジングを成形した。
尚、得られた光ピックアップハウジングの寸法を以下に示す。
長さ :48.7mm
幅 :37.80mm
高さ :5.25mm
肉厚 :0.45mmの部分が投影面積(光ピックアップ装置の発光方向の投影面積)のうち、30%を占める。その他の部分の肉厚は主に1.5?2mmであり、一部(数%程度)は4mm厚である。
[0036] (4)光学部品の性能評価
(i)破壊荷重テスト
(3)で得られた光ピックアップハウジングを破壊試験機(デジタルフォースゲージ DPS-20株式会社イマダ製)に装着し、ピック中央部に荷重を加え、破壊に至った際の荷重を測定した。得られた結果を表1に示す。
[0037] (ii)初期光軸ズレ
オートコリメータを使用し、石英ガラス製の基準サンプルで、戻り光の傾きを0分に調整した後、上記(3)で得られた光ピックアップハウジングにリフレクトミラーを設置し、主軸及び副軸をシャフトにて固定した状態で、ミラーで反射した戻り光の光軸傾きを測定した。得られた結果を表1に示す。
[0038] (iii)80℃での光軸ズレ
光ピックアップハウジングの80℃での光軸ズレの評価は、上記(3)において得られた光ピックアップハウジングを、直径20cmの円柱型オーブン、オーブンの中心へ垂直にレーザー光を照射する機構及びレーザーの反射光の反射角を測定する非接触角度測定機構を備えた測定装置を用い、以下のように測定した。
上記(3)で得られた光ピックアップハウジングにハーフミラーを所定の位置にセットした。次いで、光ピックハウジングを上記オーブン中にハーフミラー面が水平になるように固定し、室温(23℃)にてレーザー光を照射して、その反射角を測定した。続いて、オーブンを80℃とし、60分間保った後、再度レーザー光を照射して、その反射角を測定した。80℃における反射角と室温(23℃)における反射角の差を光軸ズレ(角度、分)とした。尚、非接触角度測定機構の分解能は0.02分である。得られた結果を表1に示す。
[0039] 実施例2?4及び比較例1?4
表1に従って配合し、実施例1と同様にペレット及び光ピックアップハウジングを得た。また、実施例1と同様にして、各物性を評価した。結果を表1に示す。
[0040] 図2及び図3は成形品の厚み(mm)と曲げ弾性率(GPa)の関係を示すグラフである。■は実施例2の樹脂組成物から得られる成形品、◆は比較例2の樹脂組成物から得られる成形品、▲は実施例4の樹脂組成物から得られる成形品、●は比較例4から得られる樹脂組成物から得られる成形品を示す。
[0041] [表1]



(2) 甲1に記載された発明
甲1には、上記(1)アないしオの記載からみて、次のとおりの発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認める。

「ポリフェニレンサルファイド100質量部に対し、扁平形状の断面を有するガラス繊維を10?200質量部添加してなるポリフェニレンサルファイド樹脂組成物からなる成形品であって、前記ガラス繊維の扁平率が0.1?0.5であり、成形品の薄肉部の厚みが0.3?1.4mmであるポリフェニレンサルファイド樹脂成形品である光学系ハウジング。」

(3) 甲2に記載の事項等
甲2には、以下の記載がある。
ア 「【特許請求の範囲】
【請求項1】
凸部と凹部とを嵌合させる樹脂成形部材を備える電子機器であって、
前記凸部または前記凹部を備える樹脂成形部材に前記凸部または前記凹部の近傍に孔部とともに、該孔部に嵌入させた楔を備え、該楔に応じて前記凸部の突出長または前記凹部の開口幅が調整されていることを特徴とする電子機器。
【請求項2】
前記樹脂成形部材は、前記孔部内の前記楔を前記樹脂成形部材に係止する係止部を備えることを特徴とする請求項1に記載の電子機器。
【請求項3】
前記楔は、前記凸部と前記凹部との嵌合で係合する前記樹脂成形部材の間に介在する突出部を備えることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の電子機器。
【請求項4】
前記楔は、前記孔部に対する挿入方向で異なる幅を備えることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれかの請求項に記載の電子機器。」

イ 「【技術分野】
【0001】
本開示の技術は、樹脂成形部材を有する携帯端末装置などの電子機器およびその製造方法に関する。」

ウ 「【0020】
図1は、第1の実施の形態に係る携帯端末装置のリアケースおよびリアカバーを示している。図1に示す構成は一例であり、斯かる構成に本開示の技術が限定されるものではない。
【0021】
リアケース2およびリアカバー4は本開示の電子機器の樹脂成形部材の一例である。リアケース2およびリアカバー4は熱可塑性樹脂で一体成形されている。
【0022】
リアケース2には電池パック装着部6が形成されている。この電池パック装着部6には電池パック8(図10)が装着される。リアカバー4はリアケース2の背面部を被覆し、電池パック8の交換などの際に着脱される。この実施の形態では、リアケース2の背面の全面がリアカバー4で覆われる。リアカバー4は電池パック装着部6を塞ぐバッテリカバーであるとともに、リアケース2の外面を覆う被覆部材である。
【0023】
リアケース2には複数の係止溝部10とともに係止凸部12が形成されている。係止溝部10は凹部の一例であり、係止凸部12は凸部の一例である。この実施の形態では、係止溝部10の縁部により第1の係止凸部12が形成されている。これら係止溝部10および係止凸部12はリアカバー4の係止に用いられ、係止溝部10にはリアカバー4にある第2の係止凸部14が係止される。係止凸部14は凸部の一例である。
【0024】
リアケース2の係止凸部12側には孔部16が形成されている。この孔部16には楔18が嵌入されている。この楔18の嵌入により、係止凸部12が変形してリアケース2の外縁側に突出するとともに、係止溝部10の幅が狭小化されている。」

エ 「



オ 甲2の上記アないしエの記載から、甲2には以下の技術事項が記載されているといえる。

電子機器筐体において、板形状を有する本体部と、前記本体部の縁に設けられ、前記本体部から突出する壁部と、を備えた、筐体。

(4) 甲3の記載事項等
甲3には、以下の記載がある。
ア 「【技術分野】
【0001】
本発明は、リサイクル率の決定方法に関し、より特定的には最適なリサイクル率を容易に決定するリサイクル率の決定方法に関する。」

イ 「【0052】
(実施例1)
実施例1では、実施の形態における各工程(S10?S50)について、以下のようにした。まず、準備工程(S10)では、樹脂を少なくとも含有する材料として、ガラスファイバーを40%含有するポリフェニレンサルファイド(PPS)とした。
【0053】
次に、設定工程(S20)では、性能値(D_(n))の評価を曲げ強度保持率とし、基準性能値(D_(NG))を0.85と設定した。
【0054】
次に、測定工程(S30)では、所定割合(x)を1(100%)とした。また、測定工程(S30)では、図4に示すDIC社から公表されているガラスファイバーを40%含有するPPSのデータをリサイクル回数に対する性能値(D_(n))として採用した。なお、図4は、DIC社から公表されているポリフェニレンサルファイドの曲げ強度保持率を示す図である。図4に示すように、D_(3)=0.85、D_(4)=0.83であることから、基準性能値(D_(NG))を満たさなくなるまで試作成形品を製造した所定回数(a+1回)は4回であり、基準性能値(D_(NG))を満たす限界回数(a回)は3回となった。すなわち、D_(NG)=D_(3)=0.85となった。
【0055】
次に、性能維持率決定工程(S40)では、x=1であることから、d=Da^((1/a))=0.85^(1/3)=0.947となった。
【0056】
次に、リサイクル率決定工程(S50)では、R_(opt)=(1-D_(a))/(1-dD_(a))=(1-0.85)/(1-0.947×0.85)=0.77となり、実施例1におけるリサイクル率は0.77と算出できた。
【0057】
(R_(opt)の確認試験)
R_(opt)で樹脂成形品を製造して、リサイクル回数毎の性能値(D_(n))ついて、D_(n)=(1-R_(opt))+R_(opt)dD_(n-1)の式により求めた値を図5に示す。なお、図5は、実施例1のリサイクル率を確認するための図である。
【0058】
図5に示すように、実施例1のリサイクル率R_(opt)は、リサイクル回数を増加したときの性能値(D_(n))が0.85で一定になることがわかった。また、D_(a)=D_(a-1)と近似できることを仮定して決定したR_(opt)=(1-D_(a))/(1-dD_(a))についても問題がないことがわかった。
【0059】
以上より、実施例1によれば、要求される樹脂成形品の品質を維持するとともに、原料に対する廃材の配合量を多くできるリサイクル率R_(opt)を試作成形品および時間を低減して決定することができることが確認できた。」

ウ 上記ア及びイの記載から、甲3には以下の技術事項が記載されている。

ガラスファイバー含有ポリフェニレンサルファイドをリサイクルに利用すること。

(5) 本件発明1について
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「ポリフェニレンサルファイド」は、本件発明1における「ポリチオエーテル」に相当する。
甲1発明の「扁平形状の断面を有するガラス繊維」は、その扁平率が0.1?0.5であるから、本件発明1における「断面長円形状を有するガラス繊維」に相当する。
甲1発明の「光学系ハウジング」は、通常ハウジングに設置する光学素子には電子機器も同時に備えられるものであるから、本件発明1における「電子機器筐体」ということができる。そして、通常の光学系ハウジングであれば、本件発明1と同様に「板形状を有する本体部」を有しているといえる。
また、甲1発明の「ポリフェニレンサルファイド樹脂組成物」は、「(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部に対し、(B)ポリエーテルイミド樹脂1?35重量部、(C)エポキシ樹脂0.5?20重量部、(D)α-オレフィンとα,β-不飽和酸のグリシジルエステルを共重合成分とするグリシジル基含有共重合体1?20重量部、(E)ガラス繊維50?200重量部、および(F)アルコキシシラン化合物0.1?5重量部を配合してなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物」が除かれていることは明らかである。

そうすると、本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点はそれぞれ次のとおりである。

・ 一致点

「ポリチオエーテルと、断面長円形状を有するガラス繊維とを含む樹脂組成物の成形物である電子機器筐体であって、
板形状を有する本体部と、
を備え、
電子機器筐体(ただし、前記樹脂組成物は、(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部に対し、(B)ポリエーテルイミド樹脂1?35重量部、(C)エポキシ樹脂0.5?20重量部、(D)α-オレフィンとα,β-不飽和酸のグリシジルエステルを共重合成分とするグリシジル基含有共重合体1?20重量部、(E)ガラス繊維50?200重量部、および(F)アルコキシシラン化合物0.1?5重量部を配合してなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を除く)。」である点

・ 相違点1

樹脂組成物について、本件発明1は、さらに「シランカップリング剤」を含むと特定するのに対し、甲1発明は、この点を特定しない点。

・ 相違点2

電子機器筐体に関し、本件発明1は、「本体部の縁に設けられ、前記本体部から突出する壁部と、を備え」と特定すると共に、「前記壁部の突出方向における前記壁部の曲げ強さをMDとし、前記突出方向に直交する幅方向における前記壁部の曲げ強さをTDとし、前記壁部の厚さをtとし、前記壁部の高さをhとした場合、TD/MDは0.47以上であってh/tは5?30である」と特定するのに対し、甲1発明は、これらの点を特定しない点。

事案に鑑み、まず、相違点2について検討する。
甲2には、電子機器筐体において、板形状を有する本体部と、前記本体部の縁に設けられ、前記本体部から突出する壁部と、を備えた、筐体が記載されているが、その壁部における、突出方向における前記壁部の曲げ強さをMDとし、前記突出方向に直交する幅方向における前記壁部の曲げ強さをTDとし、前記壁部の厚さをtとし、前記壁部の高さをhとした場合の、TD/MD及びh/tについての記載はないし、それらの数値に着目することを示唆する記載もないから、甲2にはTD/MD及びh/tを調整するという技術思想は存在していない。また、甲2の壁部におけるTD/MDが0.47以上である蓋然性が高いとする理由もない。さらに、異議申立人の提示した他の甲号証においても、TD/MD及びh/tを調整するという技術思想は記載されていないし、示唆もされていない。
そして、本件発明1においては、「前記壁部の突出方向における前記壁部の曲げ強さをMDとし、前記突出方向に直交する幅方向における前記壁部の曲げ強さをTDとし、前記壁部の厚さをtとし、前記壁部の高さをhとした場合、TD/MDは0.47以上であってh/tは5?30」とすることにより、落下等の際に生じる衝撃を受けやすい部分(例えば、筐体の縁に設けられる壁部等)の耐衝撃性を維持しつつ、軽量化を実現することができるという格別の効果を奏するものであることが、発明の詳細な説明の記載及び特許権者が提出した実験成績証明書である乙8(第6 1(4))によっても明らかな当業者の技術常識から理解できる。
そうすると、甲1発明の光学系ハウジングの構成として、甲2に記載の本体部から突出する壁部とを、備えた構成とした上で、当該壁部における「TD/MD」を所定範囲とすると共に、「h/t」を所定範囲とすることが、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。
よって、相違点1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明並びに甲2及び3に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(6) 本件発明3ないし5について
本件発明3ないし5は請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1をさらに限定するものであるから、本件発明1と同様に、甲1発明並びに甲2及び3に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(7) まとめ
よって、取消理由<決定の予告>の理由8(進歩性)には、理由がない。

第7 申立理由のうち取消理由<決定の予告>で採用しなかった理由について
本件発明1、3ないし5に対する異議申立人の申立理由のうち、上記取消理由<決定の予告>で採用しなかった理由は、上記第4に記載の申立理由1(新規性)及び申立理由3(実施可能要件)の内の(1)及び(3)であるので、以下それぞれについて検討する。

1 申立理由1(新規性)について
(1) 甲1に記載された発明
甲1には、上記第6 2(2)に記載のとおりの甲1発明が記載されている。

(2) 本件発明1と甲1発明との対比
本件発明1と甲1発明とを対比すると、上記第6 2(5)に記載の一致点並びに相違点1及び2で相違する。そして、相違点1及び2は、実質的な相違点であるから、本件発明1は、甲1発明ではない。
よって、本件発明1は、甲1に記載された発明ということはできない。

(3) 本件発明3ないし5について
本件発明3ないし5は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1を請求項3ないし5に記載の事項でさらに限定するものであるから、本件発明1と同様に、甲1に記載された発明でない。

(4) よって、申立理由1には、理由がない。

2 申立理由3(1)及び(3)について
申立理由3(3)については、対象となる請求項が本件訂正請求により削除されているので、申立理由3(3)には理由がない。そこで、申立理由3(1)について、以下に判断を示す。
(1) 実施可能要件の判断基準
物の発明について実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産し、かつ、その物を使用できる程度の記載があることを要する。

(2) 検討
そこで、検討する。
本件特許の発明の詳細な説明(特に、【0006】?【0011】(上記第6 1(3)ア)、【0036】?【0053】(上記第6 1(3)イ及びウ)、【0062】?【0075】(上記第6 1(3)エ)、図1?5(上記第6 1(3)オ)を参照。)には、本件発明1、3ないし5の個々の発明特定事項について詳細に記載されており、その具体的な形状(図1及び図2)も記載されている。
したがって、本件発明1、3ないし5に関して、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識とに基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産し、その物を使用できる程度に記載されているといえるので、発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件に適合する。
なお、本件発明1の「TD/MD」に関する「曲げ強さTD」の測定する試験片に関し、発明の詳細な説明の段落【0072】には、試験片の曲げ強さの測定方法が記載されていて、試験片の形状は「ISO TYPE-Aダンベル」と記載されているものの、「流動方向における曲げ強さの評価には、試験片の形状を幅25mm、厚さ2mmとしたものを用いた。」とされていて、長さが不明なものとなっているが、試験片の形状自体は特定されており、当該形状のものを測定したものと理解できるし、特許権者が令和1年11月5日に提出した意見書に添付した実験成績証明書(上記第6 1(3))にもあるように、TD/MDは、測定する試験片の長さに依存しないものといえるので、本件発明1で特定する「TD/MD」が測定できないとまではいえない。

(3) よって、申立理由3(1)及び(3)には、理由がない。

第8 むすび

以上のとおりであるから、当審において通知した取消理由<決定の予告>及び特許異議申立書に記載した申立理由によっては、本件特許の請求項1、3ないし5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1、3ないし5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
本件特許の請求項2、6ないし9に係る特許は、上記第2のとおり、本件訂正請求により削除された。これにより、請求項2,6ないし9に係る特許に対する申立人による特許異議の申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。

よって、結論のとおり決定する。


 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリチオエーテルと、断面長円形状を有するガラス繊維と、シランカップリング剤とを含む樹脂組成物の射出成形物である電子機器筐体であって、
板形状を有する本体部と、
前記本体部の縁に設けられ、前記本体部から突出する壁部と、
を備え、
前記壁部の突出方向における前記壁部の曲げ強さをMDとし、前記突出方向に直交する幅方向における前記壁部の曲げ強さをTDとし、前記壁部の厚さをtとし、前記壁部の高さをhとした場合、TD/MDは0.47以上であってh/tは5?30である、
電子機器筐体(ただし、前記樹脂組成物は、(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部に対し、(B)ポリエーテルイミド樹脂1?35重量部、(C)エポキシ樹脂0.5?20重量部、(D)α-オレフィンとα,β-不飽和酸のグリシジルエステルを共重合成分とするグリシジル基含有共重合体1?20重量部、(E)ガラス繊維50?200重量部、および(F)アルコキシシラン化合物0.1?5重量部を配合してなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を除く)。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
前記壁部の前記厚さは、0.1?1.0mmである、請求項1に記載の電子機器筐体。
【請求項4】
前記壁部の先端部には爪部が設けられている、請求項1に記載の電子機器筐体。
【請求項5】
リサイクル品であって、前記TD/MDが0.50以上である請求項1に記載の電子機器筐体。
【請求項6】
(削除)
【請求項7】
(削除)
【請求項8】
(削除)
【請求項9】
(削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-02-20 
出願番号 特願2016-130733(P2016-130733)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (C08J)
P 1 651・ 537- YAA (C08J)
P 1 651・ 113- YAA (C08J)
P 1 651・ 536- YAA (C08J)
最終処分 維持  
前審関与審査官 加賀 直人  
特許庁審判長 加藤 友也
特許庁審判官 植前 充司
大島 祥吾
登録日 2018-04-20 
登録番号 特許第6323504号(P6323504)
権利者 DIC株式会社
発明の名称 電子機器筐体及び電子機器筐体成形用樹脂組成物  
代理人 上村 勇太  
代理人 清水 義憲  
代理人 上村 勇太  
代理人 清水 義憲  
代理人 中塚 岳  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 中塚 岳  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 特許業務法人酒井国際特許事務所  

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