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審決分類 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 取り消して特許、登録 B41M
審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 B41M
審判 査定不服 発明同一 取り消して特許、登録 B41M
管理番号 1362081
審判番号 不服2019-8260  
総通号数 246 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-06-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-06-20 
確定日 2020-05-19 
事件の表示 特願2018-542520「熱転写シート」拒絶査定不服審判事件〔平成30年 4月 5日国際公開、WO2018/062039、請求項の数(3)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2017年(平成29年)9月22日(優先権主張 2016年(平成28年)9月30日)を国際出願日とする出願であって、その後の手続の経緯は、以下のとおりである。

平成30年11月28日:手続補正書の提出
平成30年12月14日付け:拒絶理由通知書
平成31年2月25日:意見書、手続補正書の提出
平成31年3月13日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。)
令和元年6月20日:審判請求書、手続補正書の提出

第2 原査定の概要
原査定の概要は、[A]この出願の請求項1及び2に係る発明は、先の出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない、[B]この出願の請求項1及び2に係る発明は、先の出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、[C]この出願の請求項1及び2に係る発明は、先の出願前の特許出願であって、その出願後に出願公開がされた下記の特許出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、この出願の発明者がその出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、またこの出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができない、というものである。

1.特開2000-108524号公報
2.特開2001-39038号公報
3.特願2015-197082号(特開2017-65234号)
4.特願2015-241999号(特開2017-105107号)

第3 本願発明
本願発明は、令和元年6月20日に提出された手続補正書で補正された、特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定されるとおりの、以下のものである。

「 【請求項1】
基材と、前記基材の一方の面上に設けられた転写層とを備える熱転写シートであって、
前記転写層は、剥離層のみからなる単層構成、又は前記基材から最も近くに位置する剥離層を含む積層構成を呈しており、
前記剥離層は、重量平均分子量(Mw)が70000以上92000以下で、且つガラス転移温度(Tg)が70℃以上100℃以下のアクリル系樹脂を含有しており、
前記剥離層の厚みが0.2μm以上0.6μm以下であり、
被転写体上に前記転写層を転写し、前記被転写体上に転写後の前記転写層の表面を、JIS-R-3255(1997)に準拠したマイクロスクラッチ法で測定したときの臨界せん断応力が0.9×10^(8)N/m^(2)以上であり、且つ、
前記転写層の剥離力が7.5×10^(-2)N/cm以下であり、
前記転写層の剥離力が、熱転写シート供給手段、加熱手段、熱転写シート巻取り手段、前記加熱手段と前記熱転写シート巻取り手段との間に位置し搬送経路に沿って搬送される熱転写シートの引張強度を測定する測定手段、前記加熱手段と前記測定手段との間に位置する剥離手段を有するプリンタを用い、印加エネルギー0.127mJ/dot、熱転写シートの搬送速度84.6mm/sec.の条件にて、被転写体上に前記転写層を転写しながら、前記被転写体上に転写された前記転写層を、50°の剥離角度で前記熱転写シートから剥離するタイミングにおいて、前記測定手段により測定される熱転写シートの引張強度であることを特徴とする熱転写シート。
【請求項2】
前記臨界せん断応力が0.9×10^(8)N/m^(2)以上2×10^(8)N/m^(2)以下の範囲内であることを特徴とする請求項1に記載の熱転写シート。
【請求項3】
前記転写層の剥離力が0.8×10^(-2)N/cm以上7.5×10^(-2)N/cm以下であることを特徴とする請求項1に記載の熱転写シート。」

第4 引用文献の記載及び引用発明
1 引用文献1の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用され、先の出願前の2000年(平成12年)4月18日に頒布された刊行物である特開2000-108524号公報(以下、「引用文献1」という。)には、以下の記載事項がある。なお、下線は合議体が付与したものであり、引用発明の認定や判断等に用いた箇所を示す。

(1)「【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は高感度の熱転写シートであって、耐久性及び耐薬品性に優れる熱転写シートに関する。
【0002】
【従来の技術】現在の鉄道定期券は、被転写材としての樹脂カードに樹脂リボンと呼ばれる熱転写シートを接触させて、該熱転写シートの背面からサーマルヘッドを用いて画像形成されたものが最も一般的に使用されている上記熱転写シートとしては、基材フィルムの一方の面にワックスに顔料を混合したインキを塗工装置で塗布して、熱溶融性の熱転写インキ層を設けた熱溶融型熱転写シートが用いられている。
・・・(省略)・・・
【0003】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、このような熱転写により鉄道定期券に印字された画像の多くは、自動改札機によるこすれ、定期入れ等に使用される塩化ビニル樹脂に含有される可塑剤、更にはエタノール等の薬品との接触等により、鉄道定期券の有効期限が過ぎる前に、印字したインキがはがれ、汚れることが多いという問題を有していた。
・・・(省略)・・・
【0005】上記の従来技術の欠点を解消するため、本発明者等は鋭意研究した結果、本発明に到達した。即ち、本発明は、熱感度に優れた熱転写シートであって、高品質で美麗、且つ、接着性、耐擦過性、耐薬品性に優れている画像を鉄道定期券等に形成することができる熱転写シートを提供することを目的とする。
【0006】
【発明を解決するための手段】本発明の熱転写シートは、基材フィルムの表面に熱転写インキ層を有する熱転写シートであって、上記熱転写インキ層のバインダーが分子量25,000?100,000の熱可塑性アクリル樹脂と塩化ビニル-酢酸ビニル共重合体の混合物からなることを特徴とする。」

(2)「【0007】
【発明の実施の形態】以下、図面に基づき本発明の熱転写シートを詳しく説明する。図1は本発明の熱転写シートの基本的構成を示す縦断面図である。図1において1は基材フィルム、2は熱転写インキ層である。
【0008】上記基材フィルム1の材質としては、・・・(省略)・・・プラスチッツクフィルム、・・・(省略)・・・等を用いることができ、又、これらを複合した基材フィルムであってもよい。
・・・(省略)・・・
【0009】上記熱転写インキ層2は、着色剤とバインダーからなり、該着色剤の含有率は20?70重量%である。
・・・(省略)・・・
【0011】熱転写インキ層2のバインダーは熱可塑性アクリル樹脂と塩化ビニル-酢酸ビニル共重合体の混合物から構成される。バインダーを構成する熱可塑性アクリル樹脂の分子量は25,000?100,000であることが好ましい。25,000未満では耐擦過性が向上せず、100,000を越えると、熱感度が悪くなり、良好な印字適性が得られなくなる。
・・・(省略)・・・
【0015】図2は本発明の具体的構成例を示す縦断面図である。図2は、基材フィルム1と熱転写インキ層2との間に剥離層3、保護層4を順次設け、且つ、転写インキ層上に接着層5を設けると共に、基材フィルム1の背面上に耐熱滑性層6を設けたものである。
【0016】上記剥離層3の材質としては、・・・(省略)・・・例えば、剥離性に優れたアクリル樹脂、・・・(省略)・・・を使用することもできる。
・・・(省略)・・・
【0017】上記剥離層3の上に形成する保護層4は、熱転写時に熱転写インキ層2と共に転写され、転写画像の表面を被覆するものであって、この保護層4自体が基材フィルム1と剥離性が良好である場合には、該保護層4は上記剥離層3を兼ねてもよい。」

(3)「【0024】
【実施例】次に、具体的な実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。
実施例1
厚さ4.5μmのポリエチレンテレフタレートのフィルムを基材とし、その一方の面にカルナバワックス40部に対しイソプロピルアルコール水溶液(水とイソプロピルアルコールの混合重量比は1:3)を60部加えた混合溶剤をカルナバワックスが乾燥時0.7g/m^(2) になる様にワイヤーバーにて塗工した後、70℃において乾燥させ剥離層を形成した。
【0025】次に、上記剥離層の上面に下記の組成の混合物を固形分が乾燥時0.7g/m^(2) になる様にワイヤーバーを用いて塗工した後、70℃において乾燥させ熱転写インキ層を形成し、熱転写シートを得た。
【0026】
熱転写インキ層の組成
アクリル樹脂(三菱レーヨン株式会社製BR87、分子量25,000)
9重量部
塩化ビニル-酢酸ビニル共重合体(重合度420) 9重量部
カーボンブラック 9重量部
メチルエチルケトン/トルエン(混合重量比1/1) 73重量部
【0027】実施例2
熱転写インキ層の組成を下記の通りとした他は実施例1と同様に熱転写シートを作成した。
【0028】
熱転写インキ層の組成
アクリル樹脂(三菱レーヨン株式会社製BR80、分子量95,000)
14.4重量部
塩化ビニル-酢酸ビニル共重合体(重合度420) 3.6重量部
カーボンブラック 9重量部
メチルエチルケトン/トルエン(混合重量比1/1) 73重量部
・・・(省略)・・・
【0041】上記実施例1?4、比較例1?4によって得られた熱転写シートについて、熱感度、耐可塑剤性、耐エタノール性、耐ガソリン性、耐擦過性、接着性の試験を行なった。試験方法は次の通りである。
【0042】熱感度の試験は、部分グレース薄膜ヘッドタイプのサーマルヘッドを用いて印加エネルギー0.7mJ/dot、印字速度40msec/lineの条件下、白色のポリエチレンテレフタレート受像紙に印字した後、外観を観察することにより行った。評価基準は、次の通りである。
◎ : ボイド、カスレ、カラミが無く画像のエッジがシャープである。
○ : ボイド、カスレ、カラミが殆ど無い。
△ : ボイド、カスレ、カラミがある。
× : 全く転写しない。
【0043】耐可塑剤性は、消しゴム(トンボモノ)を印字物上に48時間置き、消しゴムを除去してから爪によるスクラッチを行なった後、印字面の外観を観察することにより評価した。評価基準は、次の通りである。
◎ : 画像が全く破壊されない。
○ : 画像が殆ど破壊されない。
△ : 画像がやや破壊される。
× : 画像が完全に破壊される。
【0044】耐エタノール性は、綿棒をエタノールに含浸せしめた後、その綿棒にて印字面を擦過した後の外観を観察することによって評価した。評価基準は、次の通りである。
◎ : 画像が全く破壊されない。
○ : 画像が殆ど破壊されない。
△ : 画像がやや破壊される。
× : 画像が完全に破壊される。
【0045】耐ガソリン性は、綿棒をガソリンに含浸せしめた後、その綿棒にて印字面を擦過した後の外観を観察することによって評価した。評価基準は、次の通りである。
◎ : 画像が全く破壊されない。
○ : 画像が殆ど破壊されない。
△ : 画像がやや破壊される。
× : 画像が完全に破壊される。
【0046】耐擦過性は、ゲート試験機によるゲートパス3000回試験を行なった後の外観を観察することによって評価した。評価基準は、次の通りである。
◎ : 画像が全く破壊されない。
○ : 画像が殆ど破壊されない。
△ : 画像がやや破壊される。
× : 画像が完全に破壊される。
【0047】接着性の試験は、画像が形成された面にセロテープを貼り、次に該セロテープを剥がした後の外観することによって評価した。評価基準は、次の通りである。
◎ : 画像が全く剥離しない。
○ : 画像が殆ど剥離しない。
△ : 画像がやや剥離する。
× : 画像が完全に剥離する。
【0048】上記各試験を行なった結果を表1に示す。
【0049】
【表1】



エ「【図1】


【図2】



2 引用発明1
前記1の記載事項(3)に基づけば、引用文献1には、「熱転写シート」の実施例2として、以下の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていたと認められる。

「 ポリエチレンテレフタレートのフィルムを基材とし、その一方の面にカルナバワックス40部に対しイソプロピルアルコール水溶液(水とイソプロピルアルコールの混合重量比は1:3)を60部加えた混合溶剤を塗工した後、乾燥させ剥離層を形成し、
上記剥離層の上面に下記の組成の混合物を塗工した後、乾燥させ熱転写インキ層を形成して得られる、
熱転写シート。
<熱転写インキ層の組成>
アクリル樹脂(三菱レーヨン株式会社製BR80、分子量95,000)
14.4重量部
塩化ビニル-酢酸ビニル共重合体(重合度420) 3.6重量部
カーボンブラック 9重量部
メチルエチルケトン/トルエン(混合重量比1/1) 73重量部」

3 先願明細書3の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用され、先の出願前の特許出願であって、その出願後に出願公開がされた特願2015-197082号の願書に最初に添付された明細書(以下、「先願明細書3」という。)には、以下の記載事項がある。

(1)「【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はガラス等の透明な受像体に熱転写した側の反対面から見て着色された金属光沢を有する熱転写記録物を得る熱転写加飾方式に用いる熱転写記録媒体に関する。
・・・(省略)・・・
【0006】
しかしながら、前記の第1の熱転写記録媒体として、基材の一方の面に耐熱滑性層、他方の面に着色層としての色材含有接着層を設けてなる従来公知の熱転写記録媒体を用いた場合、着色層としての色材含有接着層を転写した画像の上から第2の熱転写記録媒体で重ね転写を行う際や、さらにその上から第3の熱転写記録媒体で重ね転写した際に、着色層としての色材含有接着層表面が重ね転写を行う際の熱によりダメージを受けて細かな凹凸状態になり、金属光沢がくすんだように見える問題が生じた。
・・・(省略)・・・
【0009】
そこで本発明者は、鋭意研究を行った結果、前記の第1の熱転写記録媒体として、基材の一方の面に耐熱滑性層、他方の面に少なくとも耐熱性剥離層および色材含有接着層をこの順に設けてなる熱転写記録媒体を用いることで、本発明の熱転写加飾方式においても、金属光沢がくすむ現象をなくすことができる事を見出し、本発明を完成した。
・・・(省略)・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ガラス等の透明な受像体に、基材の一方の面に耐熱滑性層、他方の面に少なくとも着色層としての色材含有接着層を設けた第1の熱転写記録媒体を用いて熱転写にて画像を形成した後、その上に基材の一方の面に耐熱滑性層、他方の面に少なくとも離型層、金属蒸着層、接着層をこの順に設けてなる第2の熱転写記録媒体を用いて熱転写にて画像を形成し、さらに、その上に、基材の一方の面に耐熱滑性層、他方の面に少なくとも黒色隠蔽層を設けた第3の熱転写記録媒体を用いて熱転写にて重ねて画像を形成し、前記の透明な受像体を、転写を行った面の反対側の面から見たときに着色された金属光沢画像を得る熱転写加飾方式において、第2の熱転写記録媒体や、第3の熱転写記録媒体にて画像を重ね転写した場合でも金属光沢が熱によるダメージでくすまない、第1の熱転写記録媒体を提供する。」

(2)「【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の加飾方式に用いられる、前記第1の熱転写記録媒体は、基材の一方の面に耐熱滑性層、他方の面に少なくとも耐熱性剥離層および色材含有接着層をこの順に設けてなる熱転写記録媒体であり、前記第2の熱転写記録媒体は、基材の一方の面に耐熱滑性層、他方の面に少なくとも離型層、金属蒸着層、接着層をこの順に設けてなる熱転写記録媒体であり、前記第3の熱転写記録媒体は、基材の一方の面に耐熱滑性層、他方の面に少なくとも黒色隠蔽層を設けた熱転写記録媒体である。」

(3)「【実施例】
【0052】
本発明を、以下の実施例1?8、比較例1?2を用いて、更に具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例によって制限されるものではない。
・・・(省略)・・・
【0057】
(第2の熱転写記録媒体作成)
(離型層)下記処方の材料を混練して離型層塗工液を作製し、基材として用いた4.5μmのPETフィルムの上に乾燥後の厚みが0.5μmになるよう調整して塗工、乾燥させて前記基材上に離型層を作製した。
ポリエステル樹脂(軟化点110℃) 1部
ケトン樹脂(軟化点80℃) 1部
アクリル樹脂(Tg105℃、重量平均分子量Mw25,000)
73部
溶剤(MEK) 225部
【0058】
(アンカー層作製)下記処方の材料を混練してアンカー層塗工液を作製し、乾燥後の厚みが0.5μmになるよう調整して前記離型層上に塗工、乾燥させてアンカー層を離型層上に積層して作製した。
ニトロセルロース 21.5部
イソシアネート(TDI) 16.0部
アクリル樹脂(Tg105℃、重量平均分子量Mw95,000)
5.5部
溶剤(MEK) 57.0部
【0059】
(金属蒸着層作製)
真空蒸着法にて、錫を前記アンカー層の上に蒸着厚み20nmになるよう調整して蒸着、積層して金属蒸着層を作成した
【0060】
(接着層作製)
下記処方の材料を混合して接着層塗工液を作製し、乾燥後の厚みが0.05μmになるよう調整して前記金属蒸着層上に塗工、乾燥させてアンカー層を金属蒸着層上に積層して作製した。
ポリエステル樹脂(軟化点165℃) 2.0部
溶剤(MEK) 98.0部
【0061】
(耐熱滑性層作製)
前記基材の離型層、アンカー層、金属蒸着層、接着層を積層したのと反対側の面に、前記耐熱滑性塗工液を乾燥後の厚みが0.15μmになる様に調整して塗工、乾燥させて耐熱滑性層を作製し、第2の熱転写記録媒体を作製した。」

4 引用出願3発明
前記3の記載事項(3)に基づけば、先願明細書3には、「第2の熱転写記録媒体」の実施例として、以下の発明(以下、「引用出願3発明」という。)が記載されていたと認められる。ここで、段落【0061】の記載からみて、段落【0060】の「アンカー層を金属蒸着層上に積層して作製した」は、「接着層を金属蒸着層上に積層して作製した」の誤記と認める。

「 PETフィルムの基材上に離型層を作製し、
下記処方の材料を混練してアンカー層塗工液を作製し、乾燥後の厚みが0.5μmになるよう調整して前記離型層上に塗工、乾燥させてアンカー層を離型層上に積層し、
ニトロセルロース 21.5部
イソシアネート(TDI) 16.0部
アクリル樹脂(Tg105℃、重量平均分子量Mw95,000)
5.5部
溶剤(MEK) 57.0部
前記アンカー層の上に金属蒸着層を作成し、
接着層を金属蒸着層上に積層し、
前記基材の離型層、アンカー層、金属蒸着層、接着層を積層したのと反対側の面に、耐熱滑性層を作製して得られる、
第2の熱転写記録媒体。」

5 先願明細書4の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用され、先の出願前の特許出願であって、その出願後に出願公開がされた特願2015-241999号の願書に最初に添付された明細書(以下、「先願明細書4」という。)には、以下の記載事項がある。

(1)「【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はガラス等の透明な受像体に熱転写した側の反対面から見て着色された金属光沢を有する熱転写記録物を得る熱転写加飾方式に用いる熱転写記録媒体に関する。
・・・(省略)・・・
【0006】
しかしながら、前記の第1の熱転写記録媒体として、基材の一方の面に耐熱滑性層、他方の面に着色層としての色材含有接着層を設けてなる従来公知の熱転写記録媒体を用いた場合、着色層としての色材含有接着層を転写した画像の上から第2の熱転写記録媒体で重ね転写を行う際や、さらにその上から第3の熱転写記録媒体で重ね転写した際に、着色層としての色材含有接着層表面が重ね転写を行う際の熱によりダメージを受けて細かな凹凸状態になり、金属光沢がくすんだように見える問題が生じた。
・・・(省略)・・・
【0009】
そこで本発明者は、鋭意研究を行った結果、前記の第1の熱転写記録媒体として、基材の一方の面に耐熱滑性層、他方の面に少なくとも耐熱性剥離層および色材含有接着層をこの順に設けてなる熱転写記録媒体を用いることで、本発明の熱転写加飾方式においても、金属光沢がくすむ現象をなくすことができる事を見出し、本発明を完成した。
・・・(省略)・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ガラス等の透明な受像体に、基材の一方の面に耐熱滑性層、他方の面に少なくとも耐熱性剥離層および色材含有接着層をこの順に設けてなる第1の熱転写記録媒体を用いて熱転写にて画像を形成した後、その上に基材の一方の面に耐熱滑性層、他方の面に少なくとも金属蒸着層、接着層をこの順に設けてなる第2の熱転写記録媒体を用いて熱転写にて画像を形成し、さらに、その上に、基材の一方の面に耐熱滑性層、他方の面に少なくとも黒色隠蔽層を設けた第3の熱転写記録媒体を用いて熱転写にて重ねて画像を形成し、前記の透明な受像体を、転写を行った面の反対側の面から見たときに着色された金属光沢画像を得る熱転写加飾方式において、第2の熱転写記録媒体や、第3の熱転写記録媒体にて画像を重ね転写した場合でも金属光沢が熱によるダメージでくすまない、第1の熱転写記録媒体を提供する。」

(2)「【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の加飾方式に用いられる、前記第1の熱転写記録媒体は、基材の一方の面に耐熱滑性層、他方の面に少なくとも耐熱性剥離層および色材含有接着層をこの順に設けてなる熱転写記録媒体であり、前記第2の熱転写記録媒体は、基材の一方の面に耐熱滑性層、他方の面に少なくとも金属蒸着層、接着層をこの順に設けてなる熱転写記録媒体であり、前記第3の熱転写記録媒体は、基材の一方の面に耐熱滑性層、他方の面に少なくとも黒色隠蔽層を設けた熱転写記録媒体である。」

(3)「【実施例】
【0055】
以下本発明を実施例を用いて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって制限されるものではない。
・・・(省略)・・・
【0059】
(第2の熱転写記録媒体の作製)前記耐熱滑性層付きの4.5μmのPETフィルム基材の他方の面に、下記処方の材料を混練して離型層塗工液を作製し、乾燥後の厚みが0.5μmになるよう調整して塗工、乾燥させて前記基材上に離型層を作製した。
離型層塗工液;
ポリエステル樹脂(軟化点110℃) 1部
ケトン樹脂(軟化点80℃) 1部
アクリル樹脂(Tg105℃、重量平均分子量Mw25,000)
73部
溶剤(MEK) 225部
【0060】
つぎに、下記処方の材料を混練してアンカー層塗工液を作製し、乾燥後の厚みが0.5μmになるよう調整して前記離型層上に塗工、乾燥させてアンカー層を離型層上に積層して作製した。
アンカー層塗工液;
ニトロセルロース 21.5部
イソシアネート(HDI) 16.0部
アクリル樹脂(Tg105℃、重量平均分子量Mw95,000)
5.5部
溶剤(MEK) 57.0部
【0061】
つぎに、真空蒸着法にて、アルミニウムを前記アンカー層の上に蒸着厚み20nmになるよう調整して蒸着、積層して金属蒸着層を作成した。
【0062】
つぎに、下記処方の材料を混合して接着層塗工液を作製し、乾燥後の厚みが0.1μmになるよう調整して前記金属蒸着層上に塗工、乾燥させて接着層を金属蒸着層上に積層して、第2の熱転写記録媒体を作製した。
接着層塗工液;
ポリエステル樹脂(軟化点165℃) 2.0部
溶剤(MEK) 98.0部」

6 引用出願4発明
前記5の記載事項(3)に基づけば、先願明細書4には、「第2の熱転写記録媒体」の実施例として、以下の発明(以下、「引用出願4発明」という。)が記載されていたと認められる。

「 PETフィルム基材上に離型層を作製し、
下記処方の材料を混練してアンカー層塗工液を作製し、乾燥後の厚みが0.5μmになるよう調整して前記離型層上に塗工、乾燥させてアンカー層を離型層上に積層して作製し、
アンカー層塗工液;
ニトロセルロース 21.5部
イソシアネート(HDI) 16.0部
アクリル樹脂(Tg105℃、重量平均分子量Mw95,000)
5.5部
溶剤(MEK) 57.0部
前記アンカー層の上に金属蒸着層を作成し、
接着層を金属蒸着層上に積層して、作製される、
第2の熱転写記録媒体。」

7 引用文献Aの記載事項
先の出願前の平成9年2月10日に頒布された刊行物である特開平9-39399号公報(以下、「引用文献A」という。)には、以下の記載事項がある。

「【0017】次に、本発明の熱転写記録方法で使用し得る、金属光沢熱転写記録材の一例を説明する。図1の金属光沢熱転写記録材1は金属光沢層に金属膜層を用いたもので、基材2の背面側に背面層7が形成され、基材2のおもて面側に順に剥離層3、アンカー層8、金属光沢層5、接着層6が順次形成された構成である。背面層7、アンカー層8及び剥離層3は省略したものでも良い。
・・・(省略)・・・
【0022】アンカー層8は、金属光沢層を金属蒸着層から形成する場合に金属蒸着の下地を提供し且つ蒸着時の熱から基材を保護し、金属光沢を実現するための蒸着アンカー層として作用する。また、転写後は金属蒸着層と共に被転写体に転写移行し、金属蒸着層の上層に位置して金属蒸着層に密着して転写部の一構成要素となるのものであり、金属蒸着層を擦り傷や腐食等の機械的及び化学的強度を向上させる保護層としても機能し、また金属蒸着層の金属光沢を透視可能な程度に透明性を有する材料が使用される。」

第5 引用発明1との対比・判断
1 請求項1
(1) 対比
引用発明1の「熱転写シート」は、「ポリエチレンテレフタレートのフィルム」からなる「基材」の上に、「カルナバワックス」を含有する「剥離層」及び「アクリル樹脂(三菱レーヨン株式会社製BR80、分子量95,000)」を含む「熱転写インキ層」を順次積層したものである。
引用発明1の「熱転写シート」、「基材」及び「剥離層」は、それぞれ、本願請求項1に係る発明の「熱転写シート」、「基材」及び「剥離層」に相当する。また、出願人が令和元年12月27日に提出した上申書の「上記検証実験の結果から、引用文献1に記載の発明における「剥離層」は、「熱転写インキ層」ととともに、基材側から剥離される層であり、引用文献1に記載の発明においては、カルナバワックスを含有する「剥離層」が、転写後の最表面に位置する層であることが確認できた。」という記載からみて、引用発明1の「剥離層」及び「熱転写インキ層」は、本願請求項1に係る発明の「前記転写層は」、「前記基材から最も近くに位置する剥離層を含む積層構成を呈しており」という要件を満たす。
したがって、引用発明1の「熱転写シート」は、本願請求項1に係る発明の「前記転写層は、剥離層のみからなる単層構成、又は前記基材から最も近くに位置する剥離層を含む積層構成を呈」する点で共通する。

(2) 一致点
以上より、本願請求項1に係る発明と引用発明1は、以下の点で一致する。

「 基材と、前記基材の一方の面上に設けられた転写層とを備える熱転写シートであって、
前記転写層は、剥離層のみからなる単層構成、又は前記基材から最も近くに位置する剥離層を含む積層構成を呈する、
熱転写シート。」

(3) 相違点
本願請求項1に係る発明と引用発明1を対比すると、両者は以下の点で相違する。

(相違点1)
剥離層が、本願請求項1に係る発明は、「重量平均分子量(Mw)が70000以上92000以下で、且つガラス転移温度(Tg)が70℃以上100℃以下のアクリル系樹脂を含有しており」、「厚みが0.2μm以上0.6μm以下」であるのに対し、引用発明1は、そのように特定されていない点。

(相違点2)
被転写体上に前記転写層を転写し、前記被転写体上に転写後の前記転写層の表面を、JIS-R-3255(1997)に準拠したマイクロスクラッチ法で測定したときの臨界せん断応力(以下、「臨界せん断応力」という。)が、本願請求項1に係る発明は、「0.9×10^(8)N/m^(2)以上」であるのに対し、引用発明1ではそのように特定されていない点。

(相違点3)
転写層の剥離力が、本願請求項1に係る発明は、「7.5×10^(-2)N/cm以下」であり、「前記転写層の剥離力が、熱転写シート供給手段、加熱手段、熱転写シート巻取り手段、前記加熱手段と前記熱転写シート巻取り手段との間に位置し搬送経路に沿って搬送される熱転写シートの引張強度を測定する測定手段、前記加熱手段と前記測定手段との間に位置する剥離手段を有するプリンタを用い、印加エネルギー0.127mJ/dot、熱転写シートの搬送速度84.6mm/sec.の条件にて、被転写体上に前記転写層を転写しながら、前記被転写体上に転写された前記転写層を、50°の剥離角度で前記熱転写シートから剥離するタイミングにおいて、前記測定手段により測定される熱転写シートの引張強度である」のに対し、引用発明1ではそのように特定されていない点。

(4) 判断
相違点1について検討する。
ア 引用発明1の「剥離層」は、「カルナバワックス」を有するものであって、「重量平均分子量(Mw)が70000以上92000以下で、且つガラス転移温度(Tg)が70℃以上100℃以下のアクリル系樹脂」を含有するものではない。

イ また、引用文献1には、「剥離層」に「アクリル樹脂」を含有させること(段落【0016】を参照。)が記載されている。しかしながら、引用文献1には、「アクリル樹脂」の「重量平均分子量(Mw)」を「70000以上92000以下」とすることや、「ガラス転移温度(Tg)」を「70℃以上100℃以下」とすることについて、記載も示唆もされていない。
加えて、他の引用文献を参照しても、「剥離層」に、「アクリル樹脂」を含有させる際に、その「重量平均分子量(Mw)」を「70000以上92000以下」とすることや、「ガラス転移温度(Tg)」を「70℃以上100℃以下」とすることが周知の技術であったとはいえない。
そうしてみると、引用発明1の「剥離層」に、「重量平均分子量(Mw)が70000以上92000以下で、且つガラス転移温度(Tg)が70℃以上100℃以下のアクリル系樹脂」を含有させる動機づけがあるとはいえないし、各引用文献の記載を考慮しても、引用発明1から、本願請求項1に係る発明に、当業者が容易に想到するとはいえない。

次に、(相違点2)について検討する。
ウ 引用発明1の「熱転写シート」は、「カルナバワックス」からなる「剥離層」が転写後の最表面に位置する層となる(第5の1(1)アを参照。)。
一方、本願明細書の段落【0040】の「重量平均分子量(Mw)が70000以上、且つガラス転移温度(Tg)が70℃以上100℃以下のアクリル系樹脂を含有し、且つその厚みが0.2μm以上0.6μm以下の範囲の剥離層2とした場合には、上記(条件1)、(条件2)を満たす」と記載されている。
そうしてみると、引用発明1の「熱転写シート」における「剥離層」の材料組成は、本願明細書に記載の上記材料組成と異なるから、「臨界せん断応力」が「0.9×10^(8)N/m^(2)以上」となる蓋然性が高いという合理的な根拠はない。

エ 引用文献1には、「臨界せん断応力」を「0.9×10^(8)N/m^(2)以上」とすることについて記載も示唆もない。
また、他の引用文献を参照しても、「臨界せん断応力」を「0.9×10^(8)N/m^(2)以上」とすることが周知の技術であったとはいえない。
そうしてみると、引用発明1の「熱転写シート」について、「臨界せん断応力」を「0.9×10^(8)N/m^(2)以上」とする動機づけがあるとはいえないし、各引用文献の記載を考慮しても、引用発明1から、本願請求項1に係る発明に、当業者が容易に想到するとはいえない。

オ 本願請求項1に係る発明は、「熱転写シートに印加する熱エネルギーを高くしていった場合であっても、プリンタの内部において、被転写体と熱転写シートとが熱融着してしまうことを抑制でき、且つ、プリンタの内部において意図しない転写層の脱落を抑制することができる熱転写シートを提供する」(段落【0007】)ために、「臨界せん断応力」を「0.9×10^(8)N/m^(2)以上」(段落【0008】)にするという構成を採用したものであり、これにより、「転写層の箔落ちを抑制することができる」という効果が得られるものである(段落【0034】)。そして、上記事項は、段落【0105】【表1】の記載によっても裏付けられている。
一方、引用文献1の記載事項からは、「臨界せん断応力」を「0.9×10^(8)N/m^(2)以上」にすることにより、「転写層の箔落ちを抑制することができる」ことについて、当業者であれば容易に予測し得たということはできない。
したがって、本願請求項1に係る発明の効果は、引用文献1及び周知技術を示す文献の記載事項からみて、顕著なものということができる。

さらに、(相違点3)について検討する。
カ 上記ウで述べたとおり、引用発明1の「熱転写シート」における「剥離層」の材料組成は、本願明細書に記載の材料組成と異なるから、「転写層の剥離力」が「7.5×10^(-2)N/cm以下」となる蓋然性が高いという合理的な根拠はない。

キ また、引用文献1には、「転写層の剥離力」を「7.5×10^(-2)N/cm以下」とすることについて記載も示唆もない。
加えて、他の引用文献を参照しても、「転写層の剥離力」を「7.5×10^(-2)N/cm以下」とすることが周知の技術であったとはいえない。
そうしてみると、引用発明1の「熱転写シート」について、「転写層の剥離力」を「7.5×10^(-2)N/cm以下」とする動機づけがあるとはいえないし、各引用文献の記載を考慮しても、引用発明1から、本願請求項1に係る発明に、当業者が容易に想到するとはいえない。

ク 本願請求項1に係る発明は、「熱転写シートに印加する熱エネルギーを高くしていった場合であっても、プリンタの内部において、被転写体と熱転写シートとが熱融着してしまうことを抑制でき、且つ、プリンタの内部において意図しない転写層の脱落を抑制することができる熱転写シートを提供する」(段落【0007】)ために、「転写層の剥離力」を「7.5×10^(-2)N/cm以下」(段落【0008】)にするという構成を採用したものであり、これにより、「高速印画適性に対応すべく、熱転写シートに印加する熱エネルギーを高くしていった場合であっても、被転写体と熱転写シートとの熱融着を抑制することができる」という効果が得られるものである(段落【0022】)。そして、上記事項は、段落【0105】【表1】の記載によっても裏付けられている。
一方、引用文献1の記載事項からは、「転写層の剥離力」を「7.5×10^(-2)N/cm以下」にすることにより、「高速印画適性に対応すべく、熱転写シートに印加する熱エネルギーを高くしていった場合であっても、被転写体と熱転写シートとの熱融着を抑制することができる」ことについて、当業者であれば容易に予測し得たということはできない。
したがって、本願請求項1に係る発明の効果は、引用文献1及び周知技術を示す文献の記載事項からみて、顕著なものということができる。

ケ そうしてみると、本願請求項1に係る発明は、当業者が引用発明1及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたということはできない。

2 請求項2及び3
本願請求項2及び3に係る発明は、上記(相違点1)?(相違点3)で述べたものと同一の構成を備えるものである。したがって、本願請求項2及び3に係る発明も、本願請求項1に係る発明と同じ理由により、当業者であっても、引用発明1及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたということはできない。

第6 引用出願3発明との対比・判断
1 請求項1
(1) 対比
引用出願3発明の「第2の熱転写記録媒体」は、「PETフィルム」の「基材」の上に、「離型層」、「アクリル樹脂(Tg105℃、重量平均分子量Mw95,000)」を含有する「アンカー層」、「金属蒸着層」及び「接着層」を順次積層したものである。
引用出願3発明の「第2の熱転写記録媒体」、「基材」及び「アンカー層」は、技術的にみて、それぞれ、本願請求項1に係る発明の「熱転写シート」、「基材」及び「剥離層」に相当する。また、第4の7の記載からみて、引用出願3発明の「第2の熱転写記録媒体」を使用して被転写体に転写すると、「アンカー層」、「金属蒸着層」及び「接着層」が被転写体に転写され、被転写体の表面にアンカー層が位置することになるから、引用出願3発明の「第2の熱転写記録媒体」は、本願請求項1に係る発明の「前記転写層は」、「前記基材から最も近くに位置する剥離層を含む積層構成を呈しており」という要件を満たす。加えて、引用出願3発明の「アンカー層」は、「アクリル樹脂」を含有するから、「剥離層は」、「アクリル樹脂を含有しており」という要件を満たす。加えて、引用出願3発明の「アンカー層」は、「乾燥後の厚みが0.5μm」だから、本願請求項1に係る発明の「前記剥離層の厚みが0.2μm以上0.6μm以下」という要件を満たす。
したがって、引用出願3発明の「第2の熱転写記録体」は、本願請求項1に係る発明の「前記転写層は、剥離層のみからなる単層構成、又は前記基材から最も近くに位置する剥離層を含む積層構成を呈しており」、「剥離層は」「アクリル樹脂を含有」し、「剥離層の厚みが0.2μm以上0.6μm以下」である点で共通する。

(2) 一致点
以上より、本願請求項1に係る発明と引用出願3発明は、以下の点で一致する。

「 基材と、前記基材の一方の面上に設けられた転写層とを備える熱転写シートであって、
前記転写層は、剥離層のみからなる単層構成、又は前記基材から最も近くに位置する剥離層を含む積層構成を呈しており、
前記剥離層は、アクリル系樹脂を含有しており、
前記剥離層の厚みが0.2μm以上0.6μm以下である、
熱転写シート。」

(3) 相違点
本願請求項1に係る発明と引用出願3発明を対比すると、両者は以下の点で相違する。

(相違点1)
アクリル樹脂が、本願請求項1に係る発明は、「重量平均分子量(Mw)が70000以上92000以下で、且つガラス転移温度(Tg)が70℃以上100℃以下」であるのに対し、引用出願3発明は、「重量平均分子量Mw95,000」である点。

(相違点2)
臨界せん断応力が、本願請求項1に係る発明は、「0.9×10^(8)N/m^(2)以上」であるのに対し、引用出願3発明ではそのように特定されていない点。

(相違点3)
転写層の剥離力が、本願請求項1に係る発明は、「7.5×10^(-2)N/cm以下」であり、「前記転写層の剥離力が、熱転写シート供給手段、加熱手段、熱転写シート巻取り手段、前記加熱手段と前記熱転写シート巻取り手段との間に位置し搬送経路に沿って搬送される熱転写シートの引張強度を測定する測定手段、前記加熱手段と前記測定手段との間に位置する剥離手段を有するプリンタを用い、印加エネルギー0.127mJ/dot、熱転写シートの搬送速度84.6mm/sec.の条件にて、被転写体上に前記転写層を転写しながら、前記被転写体上に転写された前記転写層を、50°の剥離角度で前記熱転写シートから剥離するタイミングにおいて、前記測定手段により測定される熱転写シートの引張強度である」のに対し、引用出願3発明ではそのように特定されていない点。

(4) 判断
ア 引用出願3発明の「アンカー層」に含有させる「アクリル樹脂」は、「重量平均分子量Mw95,000」であって、「重量平均分子量(Mw)が70000以上92000以下で、且つガラス転移温度(Tg)が70℃以上100℃以下のアクリル系樹脂」を含有するものではない。

イ また、先願明細書3には、「アクリル樹脂」の「重量平均分子量(Mw)」を「70000以上92000以下」とすることや、「ガラス転移温度(Tg)」を「70℃以上100℃以下」とすることについて、記載も示唆もされていない。
加えて、他の引用文献を参照しても、「剥離層」に、「アクリル樹脂」を含有させる際に、その「重量平均分子量(Mw)」を「70000以上92000以下」とすることや、「ガラス転移温度(Tg)」を「70℃以上100℃以下」とすることが周知の技術であったとはいえない。
そうしてみると、上記相違点1が、先願明細書3に記載された「第2の熱転写記録媒体」「にて画像を重ね転写した場合でも金属光沢が熱によるダメージでくすまない、第1の熱転写記録媒体を提供する」(段落【0011】)という課題を解決するための具体化手段における微差に当たるとはいえない。

次に、(相違点2)について検討する。
ウ 先願明細書3の「第2の熱転写記録媒体」は、「アクリル樹脂(Tg105℃、重量平均分子量Mw95,000)」を含有する「アンカー層」が転写後の最表面に位置する層となる(第6の1(1)を参照。)。
一方、本願明細書の段落【0040】には、「重量平均分子量(Mw)が70000以上、且つガラス転移温度(Tg)が70℃以上100℃以下のアクリル系樹脂を含有し、且つその厚みが0.2μm以上0.6μm以下の範囲の剥離層2とした場合には、上記(条件1)、(条件2)を満たす」と記載されている。
そうしてみると、引用出願3発明の「第2の熱転写記録媒体」における「アンカー層」の材料組成は、本願明細書に記載の上記材料組成と異なるから、「臨界せん断応力」が「0.9×10^(8)N/m^(2)以上」となる蓋然性が高いという合理的な根拠はない。

エ 先願明細書3には、「臨界せん断応力」を「0.9×10^(8)N/m^(2)以上」とすることについて記載も示唆もない。
また、他の引用文献を参照しても、「臨界せん断応力」を「0.9×10^(8)N/m^(2)以上」とすることが周知の技術であったとはいえない。
そうしてみると、上記相違点2が、先願明細書3に記載された「第2の熱転写記録媒体」「にて画像を重ね転写した場合でも金属光沢が熱によるダメージでくすまない、第1の熱転写記録媒体を提供する」(段落【0011】)という課題を解決するための具体化手段における微差に当たるとはいえない。

さらに、(相違点3)について検討する。
オ 上記ウで述べたとおり、引用出願3発明の「熱転写シート」における「剥離層」の材料組成は、本願明細書に記載の材料組成と異なるから、「転写層の剥離力」が「7.5×10^(-2)N/cm以下」となる蓋然性が高いという合理的な根拠はない。

カ また、先願明細書3には、「転写層の剥離力」を「7.5×10^(-2)N/cm以下」とすることについて記載も示唆もない。
加えて、他の引用文献を参照しても、「転写層の剥離力」を「7.5×10^(-2)N/cm以下」とすることが周知の技術であったとはいえない。
そうしてみると、上記相違点3が、先願明細書3に記載された「第2の熱転写記録媒体」「にて画像を重ね転写した場合でも金属光沢が熱によるダメージでくすまない、第1の熱転写記録媒体を提供する」(段落【0011】)という課題を解決するための具体化手段における微差に当たるとはいえない。

キ そうしてみると、本願請求項1に係る発明と引用出願3発明は、発明の構成に差異がないということはできない。

2 請求項2及び3
本願請求項2及び3に係る発明は、上記(相違点1)?(相違点3)で述べたものと同一の構成を備えるものである。したがって、本願請求項2及び3に係る発明も、本願請求項1に係る発明と同じ理由により、本願請求項2及び3に係る発明と引用出願3発明は、発明の構成に差異がないということはできない。

第7 引用出願4発明との対比
第6で述べた理由と同様の理由により、本願請求項1?3に係る発明と引用出願4発明は、発明の構成に差異がないということはできない。

第8 むすび
以上のとおり、本願請求項1?3に係る発明は、当業者が引用発明1に基づいて容易に発明をすることができたということはできない。また、本願請求項1?3に係る発明は、引用出願3発明または引用出願4発明と発明の構成に差異がないということはできない。したがって、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2020-04-28 
出願番号 特願2018-542520(P2018-542520)
審決分類 P 1 8・ 113- WY (B41M)
P 1 8・ 121- WY (B41M)
P 1 8・ 161- WY (B41M)
最終処分 成立  
前審関与審査官 野田 定文  
特許庁審判長 里村 利光
特許庁審判官 高松 大
宮澤 浩
発明の名称 熱転写シート  
代理人 石橋 良規  
代理人 特許業務法人 インテクト国際特許事務所  

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