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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G02C
審判 査定不服 4項4号特許請求の範囲における明りょうでない記載の釈明 特許、登録しない。 G02C
管理番号 1362135
審判番号 不服2019-268  
総通号数 246 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-06-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-01-10 
確定日 2020-05-07 
事件の表示 特願2016-524871「少なくとも1つの眼鏡レンズを製造する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 1月15日国際公開、WO2015/004383、平成28年 9月23日国内公表、特表2016-529541〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 事案の概要
1 手続等の経緯
特願2016-524871号(以下「本件出願」という。)は、2014年(平成26年)7月8日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2013年7月8日 フランス国)を国際出願日とする出願であって、その手続等の経緯の概要は、以下のとおりである。

平成30年 3月 2日付け:拒絶理由通知書
平成30年 6月12日提出:意見書
平成30年 6月12日提出:手続補正書
平成30年 9月 5日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。)
平成31年 1月10日提出:審判請求書
平成31年 1月10日提出:手続補正書

2 本願発明
本件出願の請求項1?請求項16に係る発明は、平成31年1月10日付け手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1?請求項16に記載された事項によって特定されるとおりのものであるところ,その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、次のものである。

「 少なくとも1つの光学機能を有する少なくとも1つの眼鏡レンズ(12)を製造するプロセスにおいて、
- 開始光学系(20、41)の前面(23、46)及び背面(22、45)によって供給されるベース光学機能を有する前記少なくとも1つの眼鏡レンズ(12)の前記開始光学系(20、41)を提供するステップ(200)と、
- 前記開始光学系(20、41)の前記前面(23、46)及び背面(22、45)のうちの少なくとも1つの面上に、既定の屈折率を有する少なくとも1つの材料の複数の既定の容積要素を堆積することにより、前記眼鏡レンズの一部である相補的光学要素(25、30、35、47、50)を付加製造するステップ(500)と、
を有し、
所定の層を除き、前記開始光学系と前記相補的光学要素との間には中間層が存在せず、
前記所定の層は、前記相補的光学層の接着を促進するための所定の処理により前記開始光学系上に堆積される層、及び前記開始光学系と前記相補的光学要素が異なる屈折率を有する際に、前記開始光学系の光学インピーダンスが前記相補的光学要素と整合できるようにする少なくとも1つの層の少なくとも1つであり、
前記付加製造ステップ(500)は、前記少なくとも1つの眼鏡レンズ(12)に対して提供されるべき前記少なくとも1つの光学機能の特性から、前記開始光学系(20、41)の前記少なくとも1つのベース光学機能の特性から、前記開始光学系(20、41)の幾何学的特性から、且つ、前記少なくとも1つの材料の前記既定の屈折率から、前記相補的光学要素(25、30、35、47、50)の製造条件を決定するステップ(116)を有し、
前記開始光学系は、平坦でない少なくとも湾曲した面を有し、低次の収差の補正を可能にする光学機能を少なくとも有する眼鏡レンズを形成するために、前記湾曲した面の面上に前記相補的光学要素が付加されている、
ことを特徴とするプロセス。」

なお、平成31年1月10日提出の手続補正書による補正は、明瞭でない記載の釈明を目的としたものである。

3 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、本件出願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない、また、本件出願の請求項1に係る発明は、本件出願の優先権主張の日(以下「本件優先日」という。)前に頒布された刊行物である特表2005-532598号公報(以下「引用文献」という。)に記載された発明であるから、特許法29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない、また、本件出願の請求項1に係る発明は、引用文献に記載された発明に基づいて、本件優先日前の、その発明の技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。


第2 当合議体の判断
1 引用文献の記載及び引用発明
(1) 引用文献の記載
原査定の拒絶の理由において引用された特表2005-532598号公報は、本件優先日前に頒布された刊行物であるところ、そこには、以下の記載がある。なお、下線は当合議体が付したものであり、引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。

ア 「【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学素子、ならびに、基体上に堆積するポリマーのタイプ、位置および量を正確に制御するためにマイクロジェットプリンティング法を用いて光学素子を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
眼鏡レンズ等の光学素子は、一般的に、ガラス製のブランク、またはポリカーボネートおよびポリエチレン グリコール ジアリル ジカーボネート(CR39)等のプラスチック製のブランクを成型し、研削しかつ/または研磨することによって製造する。しかしながら、これらの加工技術によって製造するレンズは、比較的単純な視覚障害を矯正することができるのみである。より複雑な視覚障害と取り組む他の加工技術も開発されているが、それらの技術は、それらが比較的複雑であり大量生産には適さないために、不経済である。

…(省略)…

【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、光学素子、および、高い空間分解能で基体上に制御された量のポリマーを堆積してポリマーピクセルを形成することにより光学素子を製造する方法に関する。好ましい実施形態においては、それぞれ異なる個々の光学特性を有する2つ以上のポリマー組成物の選択された量を、生成する光学素子の任意の特定の点において個々の光学特性を平均化するように、基体上に堆積させる。例えば、それぞれが異なる屈折率を有する2つのポリマーを、基体の表面上の位置に応じて変化するように制御された割合で表面に堆積させることができ、その結果、屈折率が素子中の位置に応じて所望される仕方で変化する光学素子ができる。

…(省略)…

【0009】
好ましい実施形態は、光学素子を製造するための方法およびシステムを対象としている。好ましい光学素子は、比較的大きな数の比較的小さなポリマーの「ピクセル」を含有する連続フィルムを備えている。その個々のポリマーピクセルは、好ましい光学素子の基本構成要素であり、テレビジョン画面の像の基本構成要素である従来のピクセルと大まかには類似している。前記ポリマーピクセルは、好ましくは、テレビジョン画面の像が連続しているように見えるのと同じ様に、眼または観察手段が連続的に感知するように光学素子内に配列している。例えば、眼鏡レンズ等の光学素子中のポリマーピクセルは、好ましくは、非常に小さくて接近しているために、ヒトの裸眼はレンズによって生ずる集光効果が個々のピクセルによるものであることを殆ど感知しない。好ましくは、ポリマーピクセルは、それらの縁部が互いに隣接して連続フィルムを形成する(以下で検討している図9参照)。個々のポリマーピクセルの光学特性は、好ましくは、該ピクセル全体にわたって比較的一定である(一つのピクセルがもうひとつ別のピクセル〔異なる光学特性を有する〕と相接するときに混合が起こり得る境界近くを除く)。光学素子の光学特性は、前記光学素子を作り上げている個々のポリマーピクセルの光学特性を制御することによって光学素子全体を通して点から点へと変化させることができる。
【0010】
好ましい実施形態において、個々のポリマーピクセルの光学特性に関する制御は、各ポリマーピクセルを構成する材料の個々の光学特性を平均化することによって、結果として生ずる光学素子中の任意の特定のピクセルにおいて所望の光学特性が得られるよう、それぞれが異なる光学特性を有する2つ以上のポリマー組成物の選択された量を、ポリマーピクセルの形態で基体上に正確に堆積させることによって行う。この「平均化」は、2つ以上のポリマー組成物が混合して単一のピクセルを形成するときに生じ得る。2つのポリマー組成物の成分が基体表面への堆積後に分離したままであっても、これらが非常に小さくて接近しているために、眼または観察の手段がそれらを単一のピクセルであるように感知するときにも光学的効果の平均化は発生する。
【0011】
ポリマーピクセルは、好ましくは、正確に制御された予め選択された基体上の場所に、多数の非常に小さいポリマー液滴を素早く投射するポリマー投射堆積システム(Polymer Projection Deposition System (PPDS))を使用して堆積する。当業者には一般に知られているポリマーのマイクロジェットプリンティング法は、本明細書に記載するように使用するときのPPDSの例である。PPDSは、米国特許第5235352号明細書、第5498444号明細書、および第5707684号明細書に記載されている。PPDSは、米国テキサス州プラノの MicroFab Technologies, Inc. から市販されている。好ましいPPDSは、第1のポリマー組成物に対する第2のポリマー組成物の予め選択した幾つかの比率において基体の予め選択した場所に第1のポリマー組成物および第2のポリマー組成物の投射を制御するコンピュータ化した制御装置を備えている。

…(省略)…

【0040】
堆積したポリマーフィルムの厚さがより厚いと、一般に光路差のダイナミックレンジがより大きくなる。すべての場所における堆積ポリマー材料の正味量を制御することによって、任意の所望厚さの光学フィルムを形成することができる。これは、スプレーヘッドを1回通過することにより、または複数通過することにより実現できる。必要であれば、例えば、スプレーヘッドの通過後毎にプレポリマーを部分硬化させることによって、堆積したフィルムの粘性を増大することができる。好ましい実施形態においては、固体のポリマーピクセルを製造する材料の違いが、光学特性における所望の半径方向に非単調なプロフィールの少なくとも一部を生成する。その所望の半径方向に非単調なプロフィールは、また、両方の効果を組み合わせることによって、すなわち、固体のポリマーピクセルを製造する材料の違いを利用することおよび様々な点におけるフィルムの厚さを変化させることによって得ることができる。したがって、これらの実施形態は、光学特性を変化させるために光学素子の形状もしくは厚さのみを用いる光学素子とは区別される。
【0041】
基体表面は、堆積ポリマー液滴が、過剰に広がることも、過剰にビーズ状に盛り上がることもなく、また基体を濡らすこともないように、調節するのが好ましい。表面の濡れは、基体に施すコーティングまたは処理によって調整することができる。好ましい表面処理は、界面活性剤を塗布すること、表面エネルギーを増大させること、表面エネルギーを減少させること、疎水性を増大させること、および疎水性を減少させることからなる群から選択する。これらの処理を行う方法は、当業者には知られている。例えば、表面エネルギーは、表面をプラズマ処理することによって増加させることができる。表面エネルギーが増すことにより、一般的に、表面での広がりが増し、濡れが一層よくなる。様々な表面処理を行うための適した装置は、例えば、米国カリフォルニア州エルセグンドのTri-Star Technologiesから市販されている。上記の表面処理に加えて、またはそれに代わって、インキジェット用OHPフィルムの場合に一般的に行われているように、ポリマーの堆積の前に薄いコーティングを基体表面に塗布することができる。このコーティングは、吸収層から構成できるか、あるいは適した濡れ特性を有する非吸収性の層とすることができる。

…(省略)…

【0049】
本明細書に記載した方法は、低次および高次収差の両方を補正するために応用することができる。図8には、視力矯正装置を製造する方法を説明するフローチャートが示されている。患者の眼の測定を最初に行い810、波面収差を確定する。収差は、一般に2種類、球面、円柱、および軸からなる低次収差820、ならびに様々な次数のコマ、三つ葉模様、および球面収差を含む高次収差830に分けることができる。上記の波面収差を測定する方法は、よく知られており、市販されている装置により、図7Fに示されているように実施することができる。次に、検眼士により一般に提供されるものと類似のやり方で、少なくとも一部の低次の収差を矯正する眼科用レンズブランクを選択840する。次に、本明細書に記載のPPDS850を使用し、連続フィルムを眼科用レンズブランクに堆積して、患者の眼前に置かれたときに高次の収差を矯正するレンズを作製する。この層は、眼科用レンズブランクの前面または裏面に塗布することができる。そのとき保護カバーを適用することができる。別法では、前記フィルム層は、耐引っ掻き性を高めるために保護コーティングでカバーすることができる。図8のフローチャートは、また、平面ブランク860を選択する代替経路を示しており、この場合のPPDSは、低次および高次収差の両方を補正する連続フィルム870を作るために使用される。したがって、前記光学素子は、1つまたは複数の低次収差および/または高次収差、および/またはそれらの任意の一部分を補正することができる。」

イ 図8


ウ 図9

(2) 引用発明
ア 引用文献の【0009】(前記(1)ア)の「眼鏡レンズ等の光学素子」、引用文献の【0049】(前記(1)ア)の「視力矯正装置」、引用文献の【0049】(前記(1)ア)の「患者の眼前に置かれたときに高次の収差を矯正するレンズ」における「レンズ」は、「眼鏡レンズ」であることは明らかである。
イ 引用文献の【0049】(前記(1)ア)の「眼科用レンズブランク」は、引用文献の【0011】(前記(1)ア)における「基体」であることは明らかである。
ウ 引用文献の【0049】(前記(1)ア)の「本明細書に記載のPPDS850を使用し、連続フィルムを眼科用レンズブランクに堆積して、」「この層は、眼科用レンズブランクの前面または裏面に塗布することができる」において、「この層」が「連続フィルム」であることは明らかである。
エ 引用文献の【0009】、【0011】(前記(1)ア)には、ポリマー投射堆積システム(Polymer Projection Deposition System (PPDS))が記載され、引用文献の【0049】(前記(1)ア)には、視力矯正装置(眼鏡レンズ)を製造する方法が記載されている。
オ そうしてみると,引用文献には,次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。
「 患者の眼の測定を最初に行い、波面収差を確定し、収差は、一般に2種類、球面、円柱、および軸からなる低次収差、ならびに様々な次数のコマ、三つ葉模様、および球面収差を含む高次収差に分けることができ、
次に、検眼士により一般に提供されるものと類似のやり方で、少なくとも一部の低次の収差を矯正する眼科用レンズブランクを選択し、
次に、ポリマー投射堆積システムを使用し、連続フィルムを眼科用レンズブランクに堆積して、患者の眼前に置かれたときに高次の収差を矯正する眼鏡レンズを作製し、前記連続フィルムは、前記眼科用レンズブランクの前面または裏面に塗布することができる、視力矯正装置である眼鏡レンズを製造する方法であって、
前記眼鏡レンズ中のポリマーピクセルは、それらの縁部が互いに隣接して連続フィルムを形成し、
前記ポリマーピクセルは、正確に制御された予め選択された前記眼科用レンズブランク上の場所に、多数の非常に小さいポリマー液滴を素早く投射するポリマー投射堆積システムを使用して堆積するものである、
眼鏡レンズを製造する方法。」

2 対比及び判断
(1) 対比
本願発明と引用発明を対比する。
ア 引用発明は、「眼鏡レンズ」、「眼科用レンズブランク」及び「連続フィルム」を具備するものである。
ここで、引用発明の「眼鏡レンズ」は、その文言が意味するとおりのものである。また、本願発明の「開始光学系(20、41)」に関して、本件出願の明細書の【0013】に「本発明によるプロセスによれば、ベースレンズとも呼称される開始光学系と、開始光学系上において直接的に付加製造される余分な光学的厚さとも呼称される相補的光学要素と、から形成された眼鏡レンズを得ることができる。」と記載されていることを考慮すると、本願発明の「開始光学系(20、41)」は、いわゆるレンズブランクを含む意味のものと理解されるところ、引用発明の「眼科用レンズブランク」は、その文言が意味するとおりのものである。さらに、本願発明の「相補的光学要素(25、30、35、47、50)」に関して、本件明細書の【0020】に「本発明による製造プロセスによれば、開始光学系の(ゼロ又は非ゼロの)ベース光学機能と(非ゼロの、単純な、或いは、複雑な、且つ、潜在的に付加的な)相補的光学要素の相補的光学機能の組合せの結果として得られる光学機能を有する眼鏡レンズを得ることができる。」と記載されていることを考慮すると、本願発明でいう「相補的光学要素(25、30、35、47、50)」は、開始光学系との組合せの結果として得られる光学機能を有する眼鏡レンズを得るため相補的光学機能を付加するという機能を果たすものと理解されるところ、引用発明の「連続フィルム」も、眼科用レンズブランクとの組合せの結果として得られる光学機能を有する眼鏡レンズを得るため相補的光学機能を付加するという機能を果たすものである(当合議体注:この点は、引用文献の【0049】の「検眼士により一般に提供されるものと類似のやり方で、少なくとも一部の低次の収差を矯正する眼科用レンズブランクを選択840する。次に、本明細書に記載のPPDS850を使用し、連続フィルムを眼科用レンズブランクに堆積して、患者の眼前に置かれたときに高次の収差を矯正するレンズを作製する。」の記載からも確認されるところである。)。
そうしてみると、引用発明の「眼鏡レンズ」、「眼科用レンズブランク」及び「連続フィルム」は、それぞれ、本願発明の「眼鏡レンズ(12)」、「開始光学系(20、41)」及び相補的光学要素(25、30、35、47、50)」に相当する。

イ 引用発明は「視力矯正装置である眼鏡レンズを製造する方法」を具備するものである。
上記の構成からみて、引用発明の「眼鏡レンズ」は、「視力矯正」という光学機能を有するものである。
そうしてみると、引用発明は、本願発明の「少なくとも1つの光学機能を有する少なくとも1つの眼鏡レンズ(12)を製造するプロセス」を備えるといえる。

ウ 引用発明は「少なくとも一部の低次の収差を矯正する眼科用レンズブランクを選択」することを具備するものである。
上記の構成からみて、引用発明の「眼科用レンズブランク」は、「少なくとも一部の低次の収差を矯正する」という光学機能を有するものである。そして、上記光学機能は前面及び背面によるものであることは明らかである。 そうしてみると、引用発明は、本願発明の「開始光学系(20、41)の前面(23、46)及び背面(22、45)によって供給されるベース光学機能を有する前記少なくとも1つの眼鏡レンズ(12)の前記開始光学系(20、41)を提供するステップ(200)」を備えるといえる。

エ 引用発明は、「ポリマー投射堆積システム850を使用し、連続フィルムを眼科用レンズブランクに堆積して、患者の眼前に置かれたときに高次の収差を矯正する眼鏡レンズを作製し、前記連続フィルムは、前記眼科用レンズブランクの前面または裏面に塗布することができ」、「前記眼鏡レンズ中のポリマーピクセルは、それらの縁部が互いに隣接して連続フィルムを形成し、」「前記ポリマーピクセルは、正確に制御された予め選択された前記眼科用レンズブランク上の場所に、多数の非常に小さいポリマー液滴を素早く投射するポリマー投射堆積システムを使用して堆積するものである」という構成を具備するものである。
上記の構成からみて、引用発明の「ポリマーピクセル」は、「それらの縁部が互いに隣接して連続フィルムを形成」するものであって、「眼科用レンズブランク」に、「多数の非常に小さいポリマー液滴」を「ポリマー投射堆積システム」を使用して堆積されるものである。
本願発明の「容積要素」に関して、本件明細書の【0012】に「前記開始光学系の前記前面及び背面のうちの少なくとも1つの面上において直接的に、既定の屈折率を有する少なくとも1つの材料の複数の既定の容積要素を堆積させることにより、前記少なくとも1つの眼鏡レンズとの相補的な状態にある光学要素を付加製造する」と記載されていることを考慮すると、本願発明の「容積要素」は、「相補的光学要素」を付加製造するために「開始光学系」に「少なくとも1つの材料の複数」が堆積されるものと理解される。また、本願発明の「付加製造」に関して、本件明細書の【0013】に「本発明によるプロセスによれば、ベースレンズとも呼称される開始光学系と、開始光学系上において直接的に付加製造される余分な光学的厚さとも呼称される相補的光学要素と、から形成された眼鏡レンズを得ることができる」と記載されていることを考慮すると、本願発明の「付加製造」とは、「開始光学系」上に「相補的光学要素」を形成することを意味するものと理解される。本願発明の「容積要素」及び「付加製造」に関して上述したように理解されるところ、引用発明の「ポリマーピクセル」は、「連続フィルム」を形成するために「眼科用レンズブランク」に「多数の非常に小さいポリマー液滴」を「ポリマー投射システム」を使用して堆積されるものである。
そうしてみると、引用発明は、本願発明の「前記開始光学系(20、41)の前記前面(23、46)及び背面(22、45)のうちの少なくとも1つの面上に、少なくとも1つの材料の複数の既定の容積要素を堆積することにより、前記眼鏡レンズの一部である相補的光学要素(25、30、35、47、50)を付加製造するステップ(500)」を備えるといえる。

オ 引用発明は、「患者の眼の測定を最初に行い、」「少なくとも一部の低次の収差を矯正する眼科用レンズブランクを選択し、」「連続フィルムを眼科用レンズブランクに堆積して、患者の眼前に置かれたときに高次の収差を矯正する眼鏡レンズを作製」するものである。
本願発明の「相補的光学要素(25、30、35、47、50)の製造条件を決定するステップ」に関して、本件明細書の【0198】に「この判定ステップ106は、それぞれ、着用者に対して適合された補正光学機能に、且つ、開始光学系20、41のベース光学機能に、関係するステップ103において生成されたファイル及びステップ105において受け取った(又は、生成された)ファイルに含まれている特性に基づいて実行される。」と記載されていることを考慮すると、本願発明でいう「付加製造ステップ(500)は、前記少なくとも1つの眼鏡レンズ(12)に対して提供されるべき前記少なくとも1つの光学機能の特性から、前記開始光学系(20、41)の前記少なくとも1つのベース光学機能の特性から、」「前記相補的光学要素(25、30、35、47、50)の製造条件を決定するステップ(116)」は、眼鏡レンズの光学特性及び開始光学系の光学特性から相補的光学要素の製造条件を決定するという意味と理解されるところ、引用発明は、「眼鏡レンズ」及び「眼科用レンズブランク」の光学特性から「連続フィルム」の製造条件を決定するものである(当合議体注:この点は、眼科用レンズブランクを加工して矯正された眼科レンズを作製することは技術常識であることと、引用文献の【0049】(前記1(1)ア)の「少なくとも一部の低次の収差を矯正する眼科用レンズブランクを選択840する。次に、本明細書に記載のPPDS850を使用し、連続フィルムを眼科用レンズブランクに堆積して、患者の眼前に置かれたときに高次の収差を矯正するレンズを作製する。」の記載からも確認されるところである。)。
そうしてみると、引用発明は、本願発明の「前記付加製造ステップ(500)は、前記少なくとも1つの眼鏡レンズ(12)に対して提供されるべき前記少なくとも1つの光学機能の特性から、前記開始光学系(20、41)の前記少なくとも1つのベース光学機能の特性から、前記相補的光学要素(25、30、35、47、50)の製造条件を決定するステップ(116)」を備えるといえる。

(2) 一致点及び相違点
ア 一致点
上記(1)からみて、本願発明と引用発明とは、
「 少なくとも1つの光学機能を有する少なくとも1つの眼鏡レンズを製造するプロセスにおいて、
- 開始光学系の前面及び背面によって供給されるベース光学機能を有する前記少なくとも1つの眼鏡レンズの前記開始光学系を提供するステップと、
- 前記開始光学系の前記前面及び背面のうちの少なくとも1つの面上に、少なくとも1つの材料の複数の既定の容積要素を堆積することにより、前記眼鏡レンズの一部である相補的光学要素を付加製造するステップと、
を有し、
前記付加製造ステップは、前記少なくとも1つの眼鏡レンズに対して提供されるべき前記少なくとも1つの光学機能の特性から、前記開始光学系の前記少なくとも1つのベース光学機能の特性から、前記相補的光学要素の製造条件を決定するステップを有する、
プロセス。」である点で一致する。

イ 相違点
本願発明と引用発明は、次の点で一応相違するか相違する。

(相違点1)
「容積要素」が、本願発明では、「既定の屈折率を有する」のに対して、引用発明では、既定の屈折率を有するかどうかが明らかではない点。

(相違点2)
本願発明では、「所定の層を除き、前記開始光学系と前記相補的光学要素との間には中間層が存在せず、前記所定の層は、前記相補的光学層の接着を促進するための所定の処理により前記開始光学系上に堆積される層、及び前記開始光学系と前記相補的光学要素が異なる屈折率を有する際に、前記開始光学系の光学インピーダンスが前記相補的光学要素と整合できるようにする少なくとも1つの層の少なくとも1つであ」るのに対して、引用発明はそのような構成を備えるかどうかが明らかではない点。

(相違点3)
「前記相補的光学要素(25、30、35、47、50)の製造条件」が、本願発明では、「前記付加製造ステップ(500)は、前記少なくとも1つの眼鏡レンズ(12)に対して提供されるべき前記少なくとも1つの光学機能の特性から、前記開始光学系(20、41)の前記少なくとも1つのベース光学機能の特性から、前記開始光学系(20、41)の幾何学的特性から、且つ、前記少なくとも1つの材料の前記既定の屈折率から、」「決定する」のに対し、引用発明では、「少なくとも一部の低次の収差を矯正する眼科用レンズブランクを選択し、次に、ポリマー投射堆積システムを使用し、連続フィルムを眼科用レンズブランクに堆積して、患者の眼前に置かれたときに高次の収差を矯正する眼鏡レンズを作製」することにとどまり、眼科用レンズブランクの幾何学的特性、少なくとも1つの材料の前記既定の屈折率から、決定するかどうかが明らかではない点。

(相違点4)
本願発明では、「前記開始光学系は、平坦でない少なくとも湾曲した面を有し、低次の収差の補正を可能にする光学機能を少なくとも有する眼鏡レンズを形成するために、前記湾曲した面の面上に前記相補的光学要素が付加されている」のに対して、引用発明では、「少なくとも一部の低次の収差を矯正する眼科用レンズブランクを選択し、」「患者の眼前に置かれたときに高次の収差を矯正する眼鏡レンズを作製」するものである点。

(3) 相違点についての判断
ア 相違点1について
引用発明は、患者の眼前に置かれたときに高次の収差を矯正する眼鏡レンズを作製するために、眼科用レンズブランク上の場所にポリマーピクセルを堆積するものであるから、引用発明のポリマーピクセルが既定の屈折率を有することは明らかである(当合議体注:この点は、引用文献の【0005】(前記1(1)ア)に「本発明は、光学素子、および、高い空間分解能で基体上に制御された量のポリマーを堆積してポリマーピクセルを形成することにより光学素子を製造する方法に関する。・・・例えば、それぞれが異なる屈折率を有する2つのポリマーを、基体の表面上の位置に応じて変化するように制御された割合で表面に堆積させることができ、その結果、屈折率が素子中の位置に応じて所望される仕方で変化する光学素子ができる。」と記載されていることからも、理解することができる。)。
したがって、上記相違点1は、実質的な差異ではない。

イ 相違点2について
引用文献の【0041】(前記1(1)ア)には、「基体表面は、堆積ポリマー液滴が、過剰に広がることも、過剰にビーズ状に盛り上がることもなく、また基体を濡らすこともないように、調節するのが好ましい。表面の濡れは、基体に施すコーティングまたは処理によって調整することができる。好ましい表面処理は、界面活性剤を塗布すること、表面エネルギーを増大させること、表面エネルギーを減少させること、疎水性を増大させること、および疎水性を減少させることからなる群から選択する。これらの処理を行う方法は、当業者には知られている。例えば、表面エネルギーは、表面をプラズマ処理することによって増加させることができる。表面エネルギーが増すことにより、一般的に、表面での広がりが増し、濡れが一層よくなる。」と記載されていて、引用文献には、堆積ポリマー液滴の濡れ性をよくするために基体表面を処理することが開示されている。ここで、濡れ性をよくすることは接着を促進するものであることは、当業者にとって自明のことである。
そうしてみると、引用発明において、連続フィルムの接着を促進するために眼科用レンズブランクの表面を処理することは、引用文献の【0041】の記載を参考にした当業者が採用する構成にすぎないものである。

ウ 相違点3について
引用文献の【0005】(前記1(1)ア)には、「本発明は、光学素子、および、高い空間分解能で基体上に制御された量のポリマーを堆積してポリマーピクセルを形成することにより光学素子を製造する方法に関する。・・・例えば、それぞれが異なる屈折率を有する2つのポリマーを、基体の表面上の位置に応じて変化するように制御された割合で表面に堆積させることができ、その結果、屈折率が素子中の位置に応じて所望される仕方で変化する光学素子ができる。」と記載されている。上記記載により、引用文献には、基体の表面形状に応じてポリマーピクセルを堆積すること、及びポリマーピクセルの屈折率に応じてポリマーピクセルを堆積することが示唆されている。
そして、引用発明は、患者の眼前に置かれたときに高次の収差を矯正する眼鏡レンズを作製するために、眼科用レンズブランク上の場所にポリマーピクセルを堆積し連続フィルムを形成するものであるから、連続フィルムの製造条件として、眼科用レンズブランクの幾何学的特性や連続フィルムの屈折率は、当業者が当然考慮に入れるべき事項である。
そうしてみると、引用発明の連続フィルムの製造条件を、眼鏡レンズの光学機能の特性及び眼科用レンズブランクの光学機能の特性に加えて、眼科用レンズブランクの幾何学特性及び且つ連続フィルムの屈折率から、決定することは、実質的に記載されているか、記載されていないにしても、当業者にとって適宜選択可能な設計事項にすぎない。
したがって、上記相違点3は、実質的な差異ではないか、当業者が容易に想到し得た事項である。

エ 相違点4について
引用文献の【0049】(前記1(1)ア)には、「検眼士により一般に提供されるものと類似のやり方で、少なくとも一部の低次の収差を矯正する眼科用レンズブランクを選択840する。」と記載されている。
この記載からも明らかなとおり、眼科用レンズブランクは、その種類が限られている(例:0.25D毎の品揃えしかない。)ことは当業者の技術常識であるから、仮に検眼士により一般に提供されるものと類似のやり方で眼科用レンズブランクを選択しても、低次の収差の全部を修正することは不可能であり、矯正可能な低次の収差は「少なくとも一部」にとどまるといえる。
ここで、引用発明は、「少なくとも一部の低次の収差を矯正する眼科用レンズブランクを選択840し、」「患者の眼前に置かれたときに高次の収差を矯正する眼鏡レンズを作製」するという工程において、「高次の収差を矯正するレンズを作成する」というレベルの精度のものであるから、この工程において、「少なくとも一部」にとどまっている「眼科用レンズブランク」の低次の収差も併せて矯正されていることは明らかである。
そうしてみると、引用発明において、「眼科用レンズブランク」は平坦でない少なくとも湾曲した面を有し、低次の収差の補正を可能にする光学機能を少なくとも有する眼鏡レンズを形成するために、前記湾曲した面の面上に「連続フィルム」が堆積されているといえる。
したがって、上記相違点4は、実質的な差異ではない。

オ 本願発明の効果
本願発明の「実装が非常に簡単、容易、且つ、経済的であると共に、大衆市場の個人化要件を充足する非常に多様な形状並びに眼科及び材料特性を有するレンズを迅速且つ柔軟に供給する能力をも有する少なくとも1つの光学機能を有する眼鏡レンズを製造する」(本件出願の明細書の【0011】参照。)という効果は、引用発明から当業者が予測できる範囲のものにすぎない。

3 まとめ
本願発明は、引用文献に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。


第3 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本件出願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2019-11-28 
結審通知日 2019-12-03 
審決日 2019-12-19 
出願番号 特願2016-524871(P2016-524871)
審決分類 P 1 8・ 574- Z (G02C)
P 1 8・ 121- Z (G02C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 吉川 陽吾  
特許庁審判長 樋口 信宏
特許庁審判官 関根 洋之
井口 猶二
発明の名称 少なくとも1つの眼鏡レンズを製造する方法  
代理人 伊東 秀明  

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