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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01J
管理番号 1362137
審判番号 不服2019-806  
総通号数 246 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-06-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-01-22 
確定日 2020-05-07 
事件の表示 特願2014-176036「リターディング電圧を用いた荷電粒子線装置」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 4月11日出願公開、特開2016- 51593〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1 手続の経緯
平成26年 8月29日 特許出願
平成30年 6月26日 拒絶理由通知(同年7月3日発送)
平成30年 8月24日 意見書・手続補正書
平成30年 8月27日 拒絶理由通知(最後、同年9月4日発送)
平成30年10月17日 意見書・手続補正書
平成30年10月18日 補正の却下の決定(平成30年10月17日付
け手続補正)、拒絶査定(同年10月30日送達)
平成31年 1月22日 審判請求書・手続補正書
令和 1年12月27日 拒絶理由通知(令和2年1月14日発送、以下
「当審拒絶理由通知」という。)
令和 2年 1月31日 意見書・手続補正書

2 本願発明
本願の請求項に係る発明は、令和2年1月31日付け手続補正により補正された請求項1-7に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、請求項1は以下のとおりである。
「サンプルに照射する荷電粒子をリターディング電圧により減速して当該サンプルに照射しつつ走査してそのときに放出された2次荷電粒子を検出する、リターディング電圧を用いた荷電粒子線装置において、
荷電粒子を発生させる荷電粒子線源と、
前記荷電粒子線源で発生された荷電粒子を、加速する加速電圧と、
前記加速電圧で加速された荷電粒子を、細く絞って前記サンプル面に照射する対物レンズと、
前記対物レンズで前記サンプル面に細く絞って照射される荷電粒子を、当該サンプル面上で平面走査させる、2段の偏向走査系と、
前記加速電圧で加速されて細く絞られた荷電粒子を減速する、前記サンプルあるいは該サンプルの荷電粒子の照射側に設けたリターディング電極に印加するリターディング電圧と、
前記細く絞った荷電粒子を前記2段の偏向走査系で偏向して前記サンプルに照射しつつ平面走査したときに放出された2次荷電粒子を、検出する中心に前記荷電粒子を通過させるだけに必要な小さな穴であって、サンプルを照射する荷電粒子ビームのスポットサイズを制限する該穴を設け、かつその外周部に検出効率が入射荷電粒子ビームのエネルギーで変化する該2次荷電粒子を検出する検出面を設け、前記荷電粒子源と前記2段の偏向走査系との間に配置した検出装置と、
該検出装置と前記2段の偏向走査系との間に設け、該検出装置との間に、2次荷電粒子のエネルギーを一定にする電圧を印加するメッシュ状のメッシュ電極とを備え、
前記サンプルから放出された2次荷電粒子を、前記リターディング電圧で加速して前記検出装置の荷電粒子を通過させるだけに必要な小さな穴の外周部に設けた検出面で、前記メッシュ電極に印加された電圧により一定エネルギーにした後の2次荷電粒子を、検出効率が入射荷電粒子ビームのエネルギーで変化する検出器を用いて検出することにより、前記リターディング電圧を変化させて前記試料から放出される2次電子のエネルギーを変化させても前記メッシュ電極により該2次電子を常に一定のエネルギーにして前記検出装置で一定の感度で検出することを特徴とするリターディング電圧を用いた荷電粒子線装置。」(以下「本願発明」という。)

3 当審拒絶理由通知
当審拒絶理由通知で通知した拒絶理由の概要は、本件出願の特許請求の範囲の請求項に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。


特開平9-171791号公報(以下「引用例1」という。)
特開2005-5178号公報(以下「引用例2」という。)

4 引用発明等
(1)引用例1
ア 引用例1には、以下の記載がある。
(ア)「【請求項1】電子源と、電子源から発生した一次電子ビームを試料上に走査する走査偏向器と、前記一次電子ビームを収束する対物レンズと、一次電子ビームの照射により試料から発生する二次信号を検出する二次信号検出器とを含み、試料の二次元走査像を得る走査形電子顕微鏡において、
前記対物レンズの電子ビーム通路に配置された加速円筒に一次電子ビームの後段加速電圧を印加する手段と試料に負電位を印加する手段とを備え、前記加速円筒と試料の間に一次電子ビームに対する減速電界を形成し、前記二次信号検出器を前記加速円筒より前記電子源側の位置に配置したことを特徴とする走査形電子顕微鏡。

【請求項4】前記二次信号検出器は、一次電子ビームを通過させる開口を有するマルチチャンネルプレートであることを特徴とする請求項1に記載の走査形電子顕微鏡。

【請求項7】前記走査偏向器と前記電子源の間に前記二次信号検出器が設けられていることを特徴とする請求項1?5のいずれか1項に記載の走査形電子顕微鏡。」(注:下線は、当審が付加した。以下同様である。)

(イ)「【0017】
【発明の実施の形態】図1は、本発明による走査形電子顕微鏡の実施例の概略図である。電界放出陰極1と引出電極2との間に引出電圧3を印加すると、放出電子4が放出される。放出電子4は、引出電極2と接地電位にある陽極5の間でさらに加速(減速の場合もある)される。陽極5を通過した電子ビームのエネルギー(加速電圧)は電子銃加速電圧6と一致する。本発明では、この陽極5を通過した一次電子ビーム7を、さらに対物レンズ8を貫通して設けられた加速円筒9で後段加速する。対物レンズ8内を通過するときの電子ビームのエネルギーは、電子銃加速電圧6と加速円筒9に印加される後段加速電圧10の和になる。この後段加速された一次電子ビーム11を試料12に印加した負の重畳電圧13で減速し、所望の加速電圧にする。この方法の実質の加速電圧は後段加速電圧10に関係なく、電子銃加速電圧6と重畳電圧13の差になる。
【0018】陽極5を通過した一次電子ビーム7はコンデンサレンズ14,上走査偏向器15,下走査偏向器16で走査偏向を受けた後、対物レンズ8の通路に設けられた加速円筒9でさらに後段加速電圧10の加速を受ける。後段加速された一次電子ビーム11は、対物レンズ8で試料12上に細く絞られる。対物レンズ8を通過した一次電子ビーム11は、対物レンズ8と試料12間に作られた減速電界17で減速され、試料12に到達する。」

(ウ)「【0028】図4は、二次信号検出器を上走査偏向器15の上方に設けた実施例を示す。図では二次信号検出器が上走査偏向器15と絞り18の間に設けられている。図2と同様に反射板29に中央孔28が設けられているが、ここでは一次電子ビームはまだ走査偏向をされていないため、中央孔28の大きさは最小一次電子ビームの開口角を制限する絞り18と同じ径であっても良い。図の実施例では、絞り18の下方に直径0.1mmの中央孔28を持った反射板29が設置されている。絞り18と反射板29を共用することも可能である。

【0034】なお、図4又は図5に示した実施例において、加速円筒9を除去、あるいは加速円筒9を接地しても、その効果は大きく、十分実用的である。」

(エ)「【0035】図6は、マルチチャンネルプレート検出器を用いて二次信号を検出する実施例である。マルチチャンネルプレート35は円板状で、一次電子ビームを通す中央孔28が設けられている。また、マルチチャンネルプレート35の下方にはメッシュ37が設けられ、接地されている。このような構成において、陽極5を通過した一次電子ビーム7はマイクロチャンネルプレートの中央孔28を通過した後、対物レンズで収束されて試料に照射される。試料で発生した二次電子23は、メッシュ37を通過してチャンネルプレート35に入射する。チャンネルプレート35に入射した二次電子23は、チャンネルプレート35の両端に印加された増幅電圧38で加速,増幅される。増幅された電子39はアノード電圧40でさらに加速されてアノード41に捕獲される。捕獲された二次電子信号は増幅器42で増幅された後、光変換回路43で光信号44に変換される。光信号44に変換するのは、増幅器42がチャンネルプレート本体35の増幅電圧38でフローテングになっているためである。光信号44は接地電位の電気変換回路45で再び電気信号に変換され、走査像の輝度変調信号として利用される。
【0036】ここで、アノード41を2分割あるいは4分割として二次電子23の放出方向の情報を得ることも可能である。この場合、増幅器42,光変換回路43,電気変換回路45が分割に相当する数だけ必要であること、分割された信号を演算する信号処理が行われることはいうまでもない。」

(オ)図4、図6は、以下のとおりである。


イ 引用例1に記載された発明
引用例1の【0035】、【0036】、図6には、マルチチャンネルプレート検出器を用いて二次信号を検出する走査型電子顕微鏡の実施例が記載されている。前記箇所には、検出器二次信号を検出する構成が説明されているものの、走査型電子顕微鏡が備えるその余の構成(電子源、絞り、走査偏光器、対物レンズ等)は説明が略されている。そこで、【0035】、【0036】、図6に記載されていない走査型電子顕微鏡の構成は他の実施例等の記載を参酌して引用発明を認定する。

(ア)上記ア(ア)によれば、
「電子源と、電子源から発生した一次電子ビームを試料上に走査する走査偏向器と、前記一次電子ビームを収束する対物レンズと、一次電子ビームの照射により試料から発生する二次信号を検出する二次信号検出器とを含み、試料の二次元走査像を得る走査形電子顕微鏡において、
前記二次信号検出器は、一次電子ビームを通過させる開口を有するマルチチャンネルプレートであり、前記走査偏向器と前記電子源の間に設けられ、
前記対物レンズの電子ビーム通路に配置された加速円筒に一次電子ビームの後段加速電圧を印加する手段と試料に負電位を印加する手段とを備え、前記加速円筒と試料の間に一次電子ビームに対する減速電界を形成した、
走査形電子顕微鏡。」
が開示されている。

(イ)上記ア(イ)、(ウ)の記載を踏まえて図4を見ると、走査形電子顕微鏡は、電子源である電界放出陰極1と試料12との間に、引出電極2、陽極5、コンデンサレンズ14、絞り18、二次信号検出器、上走査偏光器15、下走査偏光器16、対物レンズ8をこの順に備えること、そして、電界放出陰極1と陽極5の間に電子銃加速電圧6が印加されていることが看て取れる。

(ウ)上記ア(エ)の記載と図6によれば、
マルチチャンネルプレート35は円板状で、一次電子ビームを通す中央孔28が設けられていること、
マルチチャンネルプレート35の下方にはメッシュ37が設けられ、陽極5を通過した一次電子ビーム7はマイクロチャンネルプレートの中央孔28を通過した後、対物レンズで収束されて試料に照射されること、
二次電子23は、メッシュ37を通過してチャンネルプレート35に入射すること、
が記載されている。ここで、引用例1には「【0007】【課題を解決するための手段】…本発明では、対物レンズと試料との間に印加された電界で対物レンズの開口内に吸引された二次電子又は反射電子等の二次信号を対物レンズを通過した後に検出する手段を設けることで二次信号検出の問題を解決し、…」との記載があるから、二次電子はマルチチャンネルプレートである二次信号検出器が検出する二次信号である。

(エ)以上によれば、引用例1には以下の発明が記載されている。
「電子源である電界放出陰極と試料との間に、引出電極、陽極、コンデンサレンズ、絞り、二次信号検出器、上走査偏光器、下走査偏光器、対物レンズをこの順に備え、試料の二次元走査像を得る走査形電子顕微鏡において、
電界放出陰極と陽極の間に電子銃加速電圧が印加され、
前記二次信号検出器は、一次電子ビームを通過させる開口を有するマルチチャンネルプレートであり、前記走査偏向器と前記電子源の間に設けられ、
前記マルチチャンネルプレートは円板状で、一次電子ビームを通す中央孔が設けられ、マルチチャンネルプレートの下方にはメッシュが設けられ、陽極を通過した一次電子ビームはマルチチャンネルプレートの中央孔を通過した後、対物レンズで収束されて試料に照射され、
前記対物レンズの電子ビーム通路に配置された加速円筒に一次電子ビームの後段加速電圧を印加する手段と試料に負電位を印加する手段とを備え、前記加速円筒と試料の間に一次電子ビームに対する減速電界を形成し、
試料で発生した二次電子は、メッシュを通過してマルチチャンネルプレートに入射する、
走査形電子顕微鏡。」(以下「引用発明」という。なお、「マルチチャンネルプレート」、「マイクロチャンネルプレート」、「チャンネルプレート」は、同じ部材を意味していているので、「マルチチャンネルプレート」に表記を統一した。)

(2)引用例2
ア 引用例2には、以下の記載がある。
(ア)「【請求項1】
電子銃と、電子銃から発生した電子ビームを集束して試料に照射するための対物レンズと、対物レンズと試料との間に配置され、試料側に設けられた入力部と対物レンズ側に設けられた出力部を有するチャンネル板及び当該チャンネル板の後段側に設けられた検出電極を備える検出器とを具備する観察装置において、前記試料に第1の負の電位を印加し、前記検出器におけるチャンネル板の入力部に第2の負電位を印加するとともに検出電極に接地電位を印加することを特徴とする観察装置。

【請求項4】
前記検出器におけるチャンネル板の入力部と前記試料との間に付加電極が設けられており、当該付加電極に第1の負電位と第2の負電位との間の第3の負電位が印加されることを特徴とする請求項3記載の観察装置。

【請求項6】
前記付加電極の少なくとも表面は2次電子放出効率の高い材料で構成されていることを特徴とする請求項4若しくは5記載の観察装置。」

(イ)「【0008】
【発明が解決しようとする課題】
ところで、上述したマイクロチャンネルプレートを有する検出器(マイクロチャンネルプレート検出器)は、被検出電子の当該マイクロチャンネルプレートへの入射エネルギーによって検出感度が変動する。一例として、被検出電子の入射エネルギーが500eV程度のときに最大検出感度が得られ、また当該入射エネルギーが2keVのときに検出感度が最大検出感度に対して半減するようなマイクロチャンネルプレート検出器がある。
【0009】そのため、上記の構成からなる観察装置において、上述したリターディング法により観察を行う際には、試料から発生した被検出電子のマイクロチャンネルプレートへの入射エネルギーを適宜調整し、当該マイクロチャンネルプレート検出器の検出感度が最大となるようにすることが好ましい。
【0010】しかしながら、リターディング法を実行するためには、試料に数kV程度の負電位(例えば-2kV程度)を印加することが行われており、このときにはマイクロチャンネルプレートの入力部(接地電位)と試料との電位差により、試料から発生した被検出電子のマイクロチャンネルプレートへの入射エネルギーは数keV(当該例においては2keV程度)となる。この場合、マイクロチャンネルプレート検出器の検出感度は、上述したように半減してしまうこととなり、良好な検出感度での試料の観察を行うことができない。
【0011】本発明は、このような点に鑑みてなされたものであり、マイクロチャンネルプレートを有する検出器を用いたリターディング法により試料の観察を行っても、良好な検出状態での観察を行うことができる観察装置及び観察装置の制御方法を提供することを目的とする。」

(ウ)「【0023】
図2に、本発明における第1の実施例の要部を示す。…本実施例においては、マイクロチャンネルプレート7(マイクロチャンネルプレート7の後述する入力部7c)と試料8との間であってマイクロチャンネルプレート7の近傍に付加電極22が設けられている。ここで、マイクロチャンネルプレート7は、試料8側に位置する入力部7cと対物レンズ4側に位置する出力部7aとこれら入/出力部7c,7aの間に配置されたチャンネル部7bとから構成されている。そして、マイクロチャンネルプレート7及び検出電極27のそれぞれの中央部には、電子ビーム5が通過するための開口107aが形成されている。また、付加電極22はメッシュ状に形成されており、その表面に金等の2次電子放出効率の高い金属がコーティングされている。

【0027】…このとき、付加電極22に印加されている第3の電位とマイクロチャンネルプレート7の入力部7cに印加されている第2の電位との間の電位差を調整し、検出器7の検出感度が最大となる電位差(例えば500V)に設定しておく。このようにすることにより、マイクロチャンネルプレート7の入力部7cに引き寄せられる信号用電子のエネルギーを例えば500eV程度とすることができ、検出器7の検出感度が最大となる。
…」

(エ)図2は、以下のとおりである。


イ 以上によれば、引用例2には、以下の技術事項が開示されている。
「マイクロチャンネルプレート検出器は、被検出電子の当該マイクロチャンネルプレートへの入射エネルギーによって検出感度が変動すること。」(以下「引用例2の技術事項1」という。)
「マイクロチャンネルプレートと試料との間であってマイクロチャンネルプレートの近傍にメッシュ状に形成された付加電極を設け、付加電極に印加する第3の電位とマイクロチャンネルプレートの入力部に印加する第2の電位との間の電位差を検出器の検出感度が最大となる電位差(例えば500V)に設定することにより、マイクロチャンネルプレートを有する検出器を用いたリターディング法により試料の観察を行っても、マイクロチャンネルプレートの入力部に引き寄せられる信号用電子のエネルギーを例えば500eV程度とすることができ、検出器の検出感度を最大にできること。」(以下「引用例2の技術事項2」という。)

3 対比・判断(本願発明)
(1)本願発明と引用発明を対比する。
ア 引用発明の「試料」は本願発明の「サンプル」に相当し、以下同様に、「電子」は「荷電粒子」に、試料に印加する「負電位」はサンプルに印加する「リターディング電圧」に、「二次電子」は「2次荷電粒子」に、「走査形電子顕微鏡」は「荷電粒子線装置」に、「電子源である電界放出陰極」は「荷電粒子線源」に、「電子銃加速電圧」は「加速電圧」に、「対物レンズ」は「対物レンズ」に、「上走査偏光器、下走査偏光器」は「2段の偏向走査系」に、「前記走査偏向器と前記電子源の間に設けられ」た「二次信号検出器」は「前記荷電粒子源と前記2段の偏向走査系との間に配置した検出装置」に、円板状のマルチチャンネルプレートに設けられた「一次電子ビームを通す中央孔」は「検出装置」の検出する中心に設けた「前記荷電粒子を通過させる」「小さな穴」に、マルチチャンネルプレートの下方に設けられた「メッシュ」は「メッシュ状のメッシュ電極」に、それぞれ相当する。

イ してみると、本願発明と引用発明は、
「サンプルに照射する荷電粒子をリターディング電圧により減速して当該サンプルに照射しつつ走査してそのときに放出された2次荷電粒子を検出する、リターディング電圧を用いた荷電粒子線装置において、
荷電粒子を発生させる荷電粒子線源と、
前記荷電粒子線源で発生された荷電粒子を、加速する加速電圧と、
前記加速電圧で加速された荷電粒子を、細く絞って前記サンプル面に照射する対物レンズと、
前記対物レンズで前記サンプル面に細く絞って照射される荷電粒子を、当該サンプル面上で平面走査させる、2段の偏向走査系と、
前記加速電圧で加速されて細く絞られた荷電粒子を減速する、前記サンプルに印加するリターディング電圧と、
前記細く絞った荷電粒子を前記2段の偏向走査系で偏向して前記サンプルに照射しつつ平面走査したときに放出された2次荷電粒子を、検出する中心に前記荷電粒子を通過させる小さな穴を設け、かつその外周部に該2次荷電粒子を検出する検出面を設け、前記荷電粒子源と前記2段の偏向走査系との間に配置した検出装置と、
該検出装置と前記2段の偏向走査系との間に設けたメッシュ状のメッシュ電極とを備え、
前記サンプルから放出された2次荷電粒子を、前記リターディング電圧で加速して前記検出装置の荷電粒子を通過させる小さな穴の外周部に設けた検出面で、2次荷電粒子を、検出器を用いて検出するリターディング電圧を用いた荷電粒子線装置。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

相違点1:検出装置の検出する中心に設けた荷電粒子を通過させる小さな穴に関し、本願発明では、荷電粒子を通過させるだけに必要な穴であって、サンプルを照射する荷電粒子ビームのスポットサイズを制限する穴であるのに対し、引用発明のマルチチャンネルプレートに設けられた一次ビームを通す中央孔は、そのようなものなのか否か不明である点。

相違点2:検出器に関し、本願発明は検出効率が入射荷電粒子ビームのエネルギーで変化する検出器であるのに対し、引用発明のマルチチャンネルプレートはそのようなものなのか否か不明な点。

相違点3:メッシュ状のメッシュ電極に印加する電圧に関し、本願発明は、該検出装置との間で、2次荷電粒子のエネルギーを一定にする電圧であるのに対し、引用発明は、接地電位である点。

相違点4:本願発明は、「前記リターディング電圧を変化させて前記試料から放出される2次電子のエネルギーを変化させても前記メッシュ電極により該2次電子を常に一定のエネルギーにして前記検出装置で一定の感度で検出する」のに対し、引用発明はそのようなものなのか否か明らかでない点。

(2)以下、上記相違点について検討する。
ア 相違点1について
はじめに、本願発明の発明特定事項である、検出装置に設ける「荷電粒子を通過させるだけに必要な小さな穴であって、サンプルを照射する荷電粒子ビームのスポットサイズを制限する該穴」の意味について、発明の詳細な説明の記載を参酌して検討する。本願の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
「【0109】(1)本発明の電子検出装置7の中心の穴の部分には、アパンチャー71を配置する。本アパチャー71の表面は1次電子2の照射によってチャージアップしないように導電性の材料あるいは導電性表面処理を施したり、更に、グラファイト(炭素)のようにチャージアップしにくい材料で作成したり、更に、電子検出素子そのもの、あるいは電子検出素子に薄板を張り合わせたしたものである。その薄板に直径が数ミクロンから数ミリメートルの穴を開けたものである。」
「【0114】…図7は、対物レンズ10に電子検出装置7および電子ビーム形成用のアパチャー71を配置した例を示す。」
上記記載によれば、検出装置に設ける「荷電粒子を通過させるだけに必要な小さな穴であって、サンプルを照射する荷電粒子ビームのスポットサイズを制限する該穴」は、電子検出素子そのもの、あるいは電子検出素子に張り合わせる薄板に開けた穴であり、穴の直径は数ミクロンから数ミリメートル程度であり、電子ビームを形成するものと解される。
上記解釈を踏まえ、以下検討する。引用例1の【0028】(上記2(1)ア(ウ)参照。)には、二次信号検出器に反射板を用いた実施例ではあるが、絞りの径と二次信号検出器の中央孔の径が同じ径であっても良く、直径0.1mm程度であり、共用することも可能であることが記載されている。ここで、絞りは、一次電子を通過させるだけに必要な小さな穴であって、試料を照射する電子ビームのスポットサイズを制限する機能を有するものである。そうすると、二次信号検出器にマルチチャンネルプレートを用いる引用発明において、絞りの径とマルチチャンネルプレートの中央孔の径を同じ径にすることや、絞りとマルチチャンネルプレートの中央孔を共用することは当業者が容易に想到し得ることである。
してみると、引用発明において、絞りとマルチチャンネルプレートの中央孔を共用し、該中央孔が電子ビームを通過させるだけに必要な穴であって、試料を照射する電子ビームのスポットサイズを制限する穴となし、上記相違点1に係る本願発明の発明特定事項となすことは当業者が容易に想到し得たことと認められる。なお、共用する際に、マルチチャンネルプレートの電子源側をチャージアップしないように表面処理して中央孔を形成したり、あるいは、絞りとマルチチャンネルプレートを張り合わせて中央孔を形成する程度のことは、何れも当業者が適宜なし得る事項である。

イ 相違点2について
引用例2の技術事項1によれば、マイクロチャンネルプレート検出器は、被検出電子の当該マイクロチャンネルプレートへの入射エネルギーによって検出感度が変動する検出器である。してみると、引用発明のマルチチャンネルプレートは、検出効率が入射荷電粒子ビームのエネルギーで変化する検出器であるといえる。よって、相違点2は実質的な相違点ではない。

ウ 相違点3、4について
はじめに、本願発明の特定事項である検出装置で検出する「感度」の技術的意味について検討する。本願の発明の詳細な説明には、
「【0090】
通常、メッシュ電極17と電子検出装置7の間に、電子検出装置7の増幅率を一定にするための加速電圧、例えば10kVの電圧を加えておくと、当該電子検出器7を構成するダイオードの増幅率は常に3000倍程度になる(図3参照)。
【0091】
メッシュ電極がないと、リターディング電圧33を変えるたびに電子検出装置7に入射する2次電子8の電子エネルギーが変化するため電子増幅率が異なってしまい不便であるが、メッシュ電極17を配置して電子検出装置7に入射する電子のエネルギーが一定になるようにすると、リターディング電圧33が変化しても、常に一定の電子増幅率を得ることが可能となり、ゲイン調整が不要で非常に便利である。」
との記載がある。該記載によれば、メッシュ電極17を配置して電子検出装置7に入射する電子のエネルギーが一定であれば、電子検出装置7の電子増幅率が一定であることが理解できる。してみると、本願発明の「感度」は、検出装置の電子増幅率を意味するものと解される。
引用例2の技術事項によれば、付加電極に印加する第3の電位とマイクロチャンネルプレートの入力部に印加する第2の電位との間の電位差を検出器の検出感度が最大となる電位差(例えば500V)に設定することにより、マイクロチャンネルプレートを有する検出器を用いたリターディング法により試料の観察を行っても、マイクロチャンネルプレートの入力部に引き寄せられる信号用電子のエネルギーを例えば500eV程度(ほぼ一定のエネルギーである)とすることができ、検出器の検出感度を最大にできるものである。検出器の感度を高くして測定精度を高めることは、計測機器の技術分野における一般的な課題であるから、引用発明において、マルチチャンネルプレートの検出感度を高くする目的で引用例2の技術事項を採用し、メッシュ電極に印加された電圧により一定エネルギーにした後の2次荷電粒子をマルチチャンネルプレートで一定の感度で検出するようになし、上記相違点3、4に係る本願発明の発明特定事項となすことは、当業者が容易に想到し得ることである。

エ 請求人の主張について
請求人は、令和2年1月31日付け意見書において、引用例2に記載されたものは、付加電極の表面に2次電子放出効率の高い材料がコーティングされており、リターディング電圧を変化させると付加電極22から放出される2次電子の数が変動して検出感度が変動するのに対し、本願発明は、メッシュ電極が2次電子を発生させないので検出感度が一定である旨主張する。
以下、上記主張について検討する。
(ア)本願の発明の詳細な説明には、「【0089】…メッシュ表面にMgOなど高次電子放出材料を設けることによって、メッシュに衝突した2次電子が更に2次電子を出して、衝突による損失を防止することができる。」との記載があり、発明の詳細な説明には、メッシュ表面に高次電子放出材料を設ける態様と、設けない態様が記載されている。そして、本願発明は、高次電子放出材料の有無について特定しないから、本願発明は、メッシュ表面に高次電子放出材料を設ける態様を含むものと解される。してみると、本願発明はメッシュ電極が2次電子を発生させないとする請求人の主張は、請求項の記載に基づく主張ではないから採用できない。
(イ)上記ウで検討したとおり、本願発明の「感度」は、検出装置の電子増幅率を意味するものと解され、検出装置に入射する電子のエネルギーを一定にすることで一定の電子増幅率が得られるものである。そして、本願の発明の詳細な説明には、電子増幅率を一定する旨の開示はあるものの、2次電子数を一定にする旨の開示はない。また、2次電子数が一定であることは当業者の技術常識であるともいえない(本願明細書の【0089】には、高次電子放出材料を設けない場合は、衝突により2次電子の損失があること、高次電子放出材料を設けることによって2次電子の損失を防止することができる旨の記載があり、2次電子数を一定にする旨の技術思想は記載されていない。)。したがって、2次電子数が一定であることを前提とする請求人の上記主張は、明細書等に記載されていない事項に基づく主張であるから、採用できない。
(ウ)引用例2に開示される技術は、マイクロチャンネルプレートに入射する電子のエネルギーを設定することによりマイクロチャンネルプレート検出器の検出感度を最大とするものである。そして、発明の実施形態として、付加電極の表面に2次電子放出効率の高い材料をコーティングすることを開示する。してみると、引用例2が開示する技術は、付加電極の表面に2次電子放出効率の高い材料をコーティングする実施の形態に限られるものではないから、不可電極の表面に2次電子放出効率の高い材料をコーティングしていない技術も開示されていると言える。よって、付加電極の表面に2次電子放出効率の高い材料がコーティングされていること(実施の形態に限定すること)を前提とする請求人の上記主張は、失当である。
(エ)上記(ア)?(ウ)により、請求人の主張は採用できない。

オ 小括
以上によれば、本願発明は、引用発明、引用例1の記載事項、引用例2の技術事項1、2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。

4 むすび
したがって、本願発明は、引用発明、引用例1の記載事項、引用例2の技術事項1、2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。

 
審理終結日 2020-03-09 
結審通知日 2020-03-10 
審決日 2020-03-24 
出願番号 特願2014-176036(P2014-176036)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (H01J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 右▲高▼ 孝幸  
特許庁審判長 瀬川 勝久
特許庁審判官 小松 徹三
松川 直樹
発明の名称 リターディング電圧を用いた荷電粒子線装置  
代理人 岡田 守弘  

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