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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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異議2019700525 | 審決 | 特許 |
異議2020700150 | 審決 | 特許 |
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審決分類 |
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載 C12M 審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C12M 審判 一部申し立て 2項進歩性 C12M |
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管理番号 | 1362324 |
異議申立番号 | 異議2019-700526 |
総通号数 | 246 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2020-06-26 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2019-07-04 |
確定日 | 2020-03-30 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第6451023号発明「細胞培養基材」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6451023号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-12〕について訂正することを認める。 特許第6451023号の請求項1、2及び5ないし12に係る特許を維持する。 特許第6451023号の請求項4に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6451023号の請求項1?12に係る特許(以下、「本件特許」ということがある。)についての出願は、平成29年12月12日(国内優先権主張 平成28年12月22日)を国際出願日とする出願であって、平成30年12月21日にその特許権の設定登録がされ、平成31年1月16日に特許掲載公報が発行された。その後の手続は以下のとおりである。 令和1年 7月 4日付け 特許異議申立人 山田 宏基(以下、「申立 人」という。)により請求項1、2及び4な いし12について特許異議の申立て 同年10月28日付け 取消理由通知 同年12月20日付け 特許権者より意見書の提出及び訂正の請求 令和2年 2月 7日付け 申立人より意見書の提出 同年 2月20日付け 取消理由通知 同年 3月11日付け 特許権者より訂正の請求 第2 訂正請求について 1 訂正請求の趣旨及び訂正の内容 特許権者が令和2年 3月11日付け訂正請求書により請求する訂正は、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?12について訂正することを求めるものである。 その請求の内容は、請求項1?12からなる一群の請求項に係る訂正であって、以下のとおりのものである。 (1)訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1に、「下限臨界溶解温度を有するセグメントと疎水性セグメントとのブロックポリマーを含有する細胞培養基材であって」と記載されているのを、「下限臨界溶解温度を有するセグメントと疎水性セグメントとのブロックポリマーを含有する細胞培養基材であって、ブロックポリマーが精密ラジカル重合で製造されるポリマーであって、コンバージョンから計算した該下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度が400-10000であって」と訂正する。請求項1を直接又は間接に引用する請求項2?12も同様に訂正する。 (2)訂正事項2 特許請求の範囲の請求項4を削除し、特許請求の範囲の請求項5?10及び12が直接又は間接に引用する請求項から、請求項4を削除する。 2 訂正の適否 (1)訂正事項1について (ア)訂正の目的 訂正事項1は、訂正前の請求項1における「下限臨界溶解温度を有するセグメントと疎水性セグメントとのブロックポリマーを含有する細胞培養基材であって」と記載されているのを、「下限臨界溶解温度を有するセグメントと疎水性セグメントとのブロックポリマーを含有する細胞培養基材であって、ブロックポリマーが精密ラジカル重合で製造されるポリマーであって、コンバージョンから計算した該下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度が400-10000であって」と訂正することにより、下限臨界溶解温度を有するセグメントと疎水性セグメントとのブロックポリマーが精密ラジカル重合で製造されたものであること、及び、下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度を限定するものであるから、特許請求の範囲を減縮しようとするものである。 請求項1を引用する請求項2?12も、当該訂正により、下限臨界溶解温度を有するセグメントと疎水性セグメントとのブロックポリマーを限定するものであるから、特許請求の範囲を減縮しようとするものである。 したがって、訂正事項1に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。 (イ)新規事項の追加の有無 訂正事項1は、願書に添付した明細書中の発明の詳細な説明、【0030】段落の「本発明のブロックポリマーにおいて、前記下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度は、400-10000であると好ましい」、【0043】段落の「ブロックポリマーの製造方法は、特に制限されず、公知の方法を採用することができる。このうち、精密ラジカル重合であることが好ましく、」、【0072】段落の「コンバージョンから計算した疎水セグメントと下限臨界温度を有するセグメントの重合度は、それぞれ表1のようになった。」なる記載から導き出される事項であるから、訂正事項1に係る訂正は、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。 (ウ)特許請求の範囲の実質拡張・変更の有無 訂正事項1は、下限臨界溶解温度を有するセグメントと疎水性セグメントとのブロックポリマーという発明特定事項の範囲をより限定するものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 したがって、訂正事項1に係る訂正は、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第6項の規定に適合するものである。 (エ)独立特許要件 訂正事項1によって訂正された請求項3は、元の請求項3のブロックポリマーについて「ブロックポリマーが精密ラジカル重合で製造されるポリマーであって、コンバージョンから計算した該下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度が400-10000であって」と限定するものである。そして、訂正後の請求項3に異議申立理由はなく、訂正後の請求項3に係る発明は、独立して特許を受けることができるものである。 したがって、訂正事項1による請求項3に係る訂正は、特許法第120条の5第9項において「特許異議の申立てがされていない請求項に係る第1項ただし書第1号又は第2号」と読み替えて準用する同法第126条第7項の規定に適合するものである。 (2)訂正事項2について 訂正事項2は、請求項4を削除するとともに、訂正前の請求項5?10及び12から当該訂正前の請求項が引用していた請求項4を削除するものであるから、当該訂正事項2は、特許法第120条の5項2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。 そして、訂正事項2に係る訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことが明らかであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。 (3)訂正請求についての結論 以上のとおり、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項乃至第7項の規定に適合する。 したがって、特許請求の範囲を、令和2年 3月11日付け訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-12〕について訂正することを認める。 なお、特許権者が令和1年12月20日付けで提出した訂正の請求は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなす。 第3 本件特許発明 特許第6451023号の請求項1?12の特許に係る発明は、令和2年 3月11日付け訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?12に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(以下、特許第6451023号の請求項1?12の特許に係る発明を、その請求項に付された番号順に、「本件特許発明1」等ということがある。また、これらをまとめて「本件特許発明」ということがある。) 「【請求項1】 下限臨界溶解温度を有するセグメントと疎水性セグメントとのブロックポリマーを含有する細胞培養基材であって、ブロックポリマーが精密ラジカル重合で製造されるポリマーであって、コンバージョンから計算した該下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度が400-10000であって、該細胞培養基材中に更に接着基質を有し、該接着基質が細胞外マトリクス及びまたは接着性合成基質であることを特徴とする細胞培養基材。 【請求項2】 細胞外マトリクスが、ラミニン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、カドヘリン及びそれらのフラグメントから選ばれる少なくとも一種である、請求項1に記載の細胞培養基材。 【請求項3】 接着性合成基質が、poly[2-(methacryloyloxy)ethyl dimethyl-(3-sulfopropyl) ammonium hydroxide]またはオリゴペプチド担持ポリマーである、請求項1または2に記載の細胞培養基材。 【請求項4】 削除 【請求項5】 前記疎水性セグメントが、下記式(1)で表されるモノマーを重合して得られるものである、請求項1から3のいずれかに記載の細胞培養基材。 【化1】 ・・・(1) (上記式(1)中、R^(1)は水素原子またはメチル基であり、R^(2)はフェニル基、アルキル炭素数1?8のカルボキシアルキル基、アラルキル炭素数7または8のカルボキシアラルキル基、下記式(2)で表される基、下記式(3)で表される基のうちのいずれか1つを表す。 【化2】 ・・・(2) (上記式(2)において、nは2または3を表し、R^(3)は炭素数1?3のアルキル基を表す。) 【化3】 ・・・(3) (上記式(2)において、R^(4)およびR^(5)は、それぞれ独立して水素原子または炭素数1?6のアルキル基を表し、R^(4)およびR^(5)の合計炭素数が5以上であることを表す。)) 【請求項6】 前記細胞培養基材上に、更にゼラチン、コラーゲンおよびまたはアルブミンから選ばれる少なくとも一種のタンパク質を含有するものである、請求項1から3、及び5のいずれかに記載の細胞培養基材。 【請求項7】 請求項1に記載のブロックポリマー、ゼラチン、コラーゲンおよびまたはアルブミンから選ばれる少なくとも一種のタンパク質、請求項1に記載の接着基質の順に積層されることを特徴とする、請求項6に記載の細胞培養基材。 【請求項8】 乾燥細胞培養基材である、請求項1から3、及び5から7のいずれかに記載の細胞培養基材。 【請求項9】 支持体上に積層されたことを特徴とする、請求項1から3、及び5から8のいずれかに記載の細胞培養基材。 【請求項10】 平均膜厚が1000nm以下である、請求項9に記載の細胞培養基材。 【請求項11】 請求項1に記載のブロックポリマー上に、ゼラチン、コラーゲンおよびまたはアルブミンから選ばれる少なくとも一種のタンパク質を含有する溶液を塗布する工程と、さらに請求項1に記載の接着基質を含有する溶液を塗布し細胞培養基材とする工程と、得られた細胞培養基材を乾燥する工程とを有する、乾燥細胞培養基材の製造方法。 【請求項12】 支持体と請求項1から3、及び5から10のいずれかに記載の細胞培養基材とを有する細胞培養器材。」 第4 取消理由通知に記載した取消理由について 1 取消理由の要旨 (1)取消理由1-1(進歩性)本件特許発明1、2、5?12は、甲第1号証及び甲第3号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その発明に係る特許は取り消されるべきものである。 (2)取消理由1-2(進歩性)本件特許発明1、2、6?12は、甲第3号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その発明に係る特許は取り消されるべきものである。 (3)取消理由2(新規性)本件特許発明1、2、5は、甲第2号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、その発明に係る特許は取り消されるべきものである。 (4)取消理由3(明確性)本件特許発明4?10、12に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。 2 取消理由通知で引用した証拠 ・甲第1号証 特許第5846584号公報 ・甲第2号証 Biomaterials, 2016年, Vol.76, Pages76-86 ・甲第3号証特開2015-211665号公報 3 取消理由通知で引用した証拠の記載事項 甲第1?第3号証にはそれぞれ以下の記載がある。甲第2号証については、原文が英語のため、当審による訳文を記載する。 (1)甲第1号証 (1-1) 「水不溶性ポリマーセグメントと温度応答性ポリマーセグメントが結合した構造をとり、温度応答性ポリマーの含量は30?90wt%であるブロックコポリマーが、基材表面に温度応答性ポリマー分として0.8?3.0μg/cm^(2)の割合で被覆されている、細胞培養用温度応答性基材。」(請求項1) (1-2) 「本明細書で用いられる「水不溶性ポリマー」には、水に不溶なものであれば特に限定されるものではなく、例えば、ポリ-n-ブチルアクリレート、ポリ-t-ブチルアクリレート等のポリアルキルアクリレート、ポリ-n-ブチルメタクリレート、ポリ-t-ブチルメタクリレート、ポリメチルメタクリレート等のポリアルキルメタクリレート、ポリスチレン等が挙げられる。」(【0019】段落) (1-3) 「上記の通り、本発明のブロックコポリマーは、水不溶性ポリマーセグメントと水に親和性を有する温度応答性ポリマーセグメントが結合したものである。従って、本ブロックコポリマーを基材表面に被覆、乾燥させると、基材表面に微細なラメラ構造、海島構造、シリンダー構造、共連続構造などの相分離構造を形成することが期待される。相分離構造の形態、サイズ等は特に限定されるものではないが、細胞が基材表面に付着する際に、基材表面に相分離構造があると細胞の変性を抑えることが可能となり好都合である。」(【0026】段落) (1-4) 「実施例1:温度応答性表面の調製と特性 本実施例においては、温度応答性ポリマーであるポリ-N-イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)のセグメントと水不溶性ポリマーであるポリ-n-ブチルメタクリレート(PBMA)のセグメントからなる温度応答性ブロックコポリマーを調製し、基材表面にスピンコーティングした。作製した温度応答性ブロックコポリマー被覆表面について、ポリマーの表面導入量や表面ぬれ性などの物性評価、並びに、温度変化による基材表面への細胞接着性の違いについても検討した。」(【0038】段落) (1-5) 「(1)温度応答性ブロックコポリマーの調製 具体的には、RAFT重合により合成した水不溶性ポリマーであるPBMAをマクロRAFT剤として、PBMAーb-PIPAAmブロックコポリマーを調製した(図1)。・・・」(【0039】段落) (1-6) 「(2)温度応答性ブロックコポリマーの特性 得られたポリマーを核磁気共鳴分光法(^(1)H-NMR)やゲル浸透クロマトグラフィー法(GPC)により評価した。PBMA-b-PIPAAmを0.1w/v%、0.3w/v%、または0.5w/v%の各濃度でアセトニトリル/N,N-ジメチルホルムアミド混合溶媒(5/1inv/v)に溶解した。またコントロールとして、PBMA溶液(0.5w/v%)およびPIPPAm(0.5w/v%)を同様に調製した。次に、ポリマー溶液を細胞培養用ポリスチレン(TCPS)基材表面にスピンコートし(3000rpm,30sec)、一晩室温で乾燥した後、水で基材表面を洗浄し、6時間室温で減圧乾燥させることによって、温度応答性表面を調製した。また、ポリマー溶液で被覆していないTCPS、およびUpCell(登録商標)(セルシード社製、日本)もコントロールとして用いた。」(【0040】段落) (1-7) (【図2】) (2)甲第2号証 (2-1) 「幹細胞培養は、典型的にはバッチ式の培養が基本となるがこれは労力及び費用がかかる。本論文において、我々は、温度応答性ナノブラシ表面で培養された幹細胞を連続回収する方法を提案する。この方法では、培養培地の温度を、温度応答に必要な臨界溶解温度未満まで低下させることにより、幹細胞をナノブラシ表面から部分的に引き離す。引き離された幹細胞は、新鮮な培養培地に交換することにより回収される。残りの細胞は、新鮮な培養培地中に拡げ、37℃で引き続き培養する。(培養ディッシュ上に疎水固定するための)ポリスチレンと、3種のポリマー:(a)細胞結合オリゴペプチドを伴うポリアクリル酸、(b)温度応答性ポリN-イソプロピルアクリルアミド、又は(c)親水性ポリ(エチレングリコール)メタクリレートとを有するブロックコポリマーをコートすることにより、温度応答性ナノブラシ表面を調製した。ヒト脂肪由来幹細胞(hADSCs)及び胚幹細胞(hESCs)の十分な接着及び剥離を促進するための、これらのコポリマーについてのコーティングの最適な時間及び組成を決定した。hADSCs及びhESCsは、温度応答性ナノブラシ表面からの部分的な剥離を経て、それぞれ5サイクル及び3サイクル引き続き回収された。」(p.76 ABSTRACT) (2-2) 「2.1 コポリマーの重合 P[St-AA](ポリスチレン-コ(共)-アクリル酸)、P[St-NIPAAm](ポリスチレン-コ(共)-Nイソプロピルアクリルアミド)、及びP[St-PEGMA](ポリスチレン-コ(共)-エチレングリコールメタクリレート)は、可逆的付加-開裂連鎖移動重合により調製された(図1B)。・・・」(p.78 2.1) (2-3) 「2.2. 温度応答性ナノブラシ表面の調製 エタノール中0?3mg/mLの濃度のP[St-AA](P[St-AA175])」を、ポリスチレン組織培養ディッシュ(TCPS)表面(12ウェルプレート、表面積=4cm^(2)、353043、コーニング、NY)にコートした。混合物を、ディッシュ上で25℃、2時間インキュベートし、その後除去した。リン酸緩衝生理食塩水(PBS、pH7.2)で3回洗浄した後、P[St-AA]コートされたディッシュを、10mg/mL濃度のN-(3-ジメチルアミノプロピル)-N’-エチルカルボジイミド塩酸塩(EDC)及び10mg/mL濃度のN-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)を含む水溶液に37℃で1時間浸漬させることで、活性化させた(図1C)。次いで、ディッシュをPBSで洗浄し、50μg/mL(hADSC培養用)又は1000μg/mL(hECS培養用)のオリゴビトロネクチン(oligoVN)を含むPBSに4℃で24時間浸漬させることで、P[St-AA]-oligoVNディッシュを調製した(図1C)。このディッシュをPBSで3回洗浄した。P[St-NIPAAm]及び/又はP[St-PEGMA]を、制御された適切なモル比で、3mg/mLの固定濃度でエタノール中に溶解した(表1、文献34)。P[St-NIPAAm]及び/又はP[St-PEGMA]を含む溶液で、25℃で2時間、P[St-AA]-oligoVNディッシュをコートすることで、温度応答性ナノブラシ表面を作製した。このディッシュをPBSで3回洗浄し、その後、hADSC及びhECSの培養及び剥離に使用した。」(p.78 2.2.) (2-4) P[St-NIPAAm]のNIPAAmの重合度が179であること(p.78 Table 1) (3)甲第3号証 (3-1) 「少なくとも一種のポリマーを含有する層を表面に有する温度応答性基材であって、 前記ポリマーの少なくとも一種のポリマーが温度応答性を示すものであり、かつ 前記ポリマーの少なくとも一種のポリマーが含フッ素モノマーに基づく構成単位を含有するものであることを特徴とする、温度応答性基材。」(請求項1) (3-2) 「温度応答性ポリマーとしては、特に限定されないが、アクリル系ポリマー及びメタクリル系ポリマー等が挙げられる。特に限定されないが、具体例としては、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド(本明細書において、「NIPAM」と表記することがある。))・・・」(【0032】段落) (3-3) 「・・・非温度応答性モノマーとして含フッ素モノマーを用いて得られる温度応答性ポリマーは、さらに、(2)含フッ素ポリマーとしての特性、特に水不溶性を備えていることに起因して、基材表面に化学結合させなくとも、培地中への溶出や、細胞シート剥離時に細胞シートと一緒に剥離されるリスクを低減できるという別の有利な特性を備えたものとなる。」(【0039】段落) (3-4) 「本発明の温度応答性基材を細胞培養器材として用いる場合には、温度応答性ポリマー層の表面にさらに細胞接着性タンパク質を被覆すれば、基材表面の温度応答性ポリマーがたとえ10μg/cm^(2)以上であってもよく、その際の温度応答性ポリマーの量は50μg/cm^(2)以下が好ましい。細胞接着性タンパク質を被覆した場合、温度応答性ポリマーの量が50μg/cm^(2)以下であれば細胞が付着し易くなり好ましい。被覆方法は常法にしたがえばよく、通常、細胞接着性タンパク質の水溶液を基材表面に塗布し、その後その水溶液を除去しリンスする方法がとられている。」(【0068】段落) (3-5) 「そのような細胞接着性タンパク質の種類は何ら限定されるものではないが、例えば、コラーゲン、ラミニン、ラミニン5及びフィブロネクチン等が挙げられる。これらを一種又は二種以上用いてもよい。また、細胞外マトリックスタンパク質を含有する調製品[例えばマトリゲル(登録商標)等]も使用できる。」(【0069】段落) (3-6) 「・・・C2-SFA:(パーフルオロエチル)メチルアクリレート・・・」(【0151】段落) (3-7) 「3.実施例33 (1)細胞培養器材の調製 NIPAM/C2-SFA(=95/5mol)共重合体の1×10^(-4)重量%IPA溶液を用意し、市販の細胞培養器材[Falcon3001ペトリディッシュ(3.5cm径)]の培養面に所定量塗布することで、NIPAM成分量として2.0μg/cm^(2)となるように当該ポリマーを溶媒キャスト法により製膜した。 【0171】 製膜後に電子線(200kGy)を照射し、ポリマーを器材表面に固定した。」(【0170】、【0171】段落) (3-8) 「5.実施例37 以下のようにして、NIPAM及びC2-SFAのAB型ジブロック共重合体[P(NIPAM-block-C2-SFA)]を調製した。 【0182】 (1) ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)[P(NIPAM)]の調製 重合管を窒素雰囲気下にし、撹拌子、塩化銅(I)(以下、CuClと表記する。)29.7mg(0.300mmol)、2,2’-ビピリジル(以下、bpyと表記する。)93.7mg(0.600mmol)を入れ、窒素パージを行い、NIPAM8.49g(75.0mmol)、IPA 21.5gを投入し、凍結脱気を行い、重合開始剤であるα-ブロモイソ酪酸エチル58.5mg(0.300mmol)を投入し、凍結脱気を行い、窒素雰囲気下で25℃にて撹拌した。」(【0181】、【0182】段落) (3-9) 「6.実施例38 以下のようにして、NIPAM及びC2-SFAのABA型トリブロック共重合体[P(NIPAM-block-C2-SFA-block-NIPAM)]を調製した。 【0190】 (1) P(NIPAM)の調製 実施例37(1)と同様の方法にて重合を行い、数平均分子量24,300、重量平均分子量29,700、分子量分布1.22のP(NIPAM)を得た。 【0191】 (2) P(NIPAM-block-C2-SFA)の調製 投入したP(NIPAM)の量を4.46gから4.86gに変更すること以外は実施例37(2)と同様の方法にて重合を行った。その結果、数平均分子量51,500、重量平均分子量80,400、分子量分布1.56のP(NIPAM-block-C2-SFA)を得た。 (【0189】?【0191】段落) (3-10) 「 白色固体を1H-NMR、GPCにて評価したところ数平均分子量82,900、重量平均分子量115,000、分子量分布1.39のP(NIPAM-block-C2-SFA-block-NIPAM)であることを確認した。 【0195】 (4)試験方法 実施例33のNIPAM/C2-SFA(=95/5mol)共重合体をP(NIPAM-block-C2-SFA-block-NIPAM)に変更することと、電子線を照射しないこと以外は同じ方法で試験した。結果を表7に示す。NIPAMとC2-SFAをブロック共重合することにより、電子線照射なしで、基材表面にポリマーを固定化できることが判った。」(【0194】、【0195】段落) 4 取消理由通知についての当審の判断 (1)取消理由1-1(進歩性)について (ア)甲1発明の認定 上記3(1)によれば、甲第1号証には次の発明が記載されている。 「水不溶性ポリマーセグメントであるポリ-n-ブチルメタクリレート(PBMA)と、温度応答性ポリマーセグメントであるポリ-N-イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)が結合した構造をとるRAFT重合により重合したブロックコポリマーが、基材表面に温度応答性ポリマー分として0.8?3.0μg/cm^(2)の割合で被覆されている、細胞培養用温度応答性基材。」(以下甲1発明という。) (イ)本件特許発明1と甲1発明との対比・相違点の認定 甲1発明の水不溶性ポリマーセグメントであるポリ-n-ブチルメタクリレートは、本件発明の詳細な説明【0033】段落の式(1)に示される疎水性モノマーにおいて、R^(1)が水素原子、R^(2)が炭素数4のカルボキシアルキル基である場合のポリマーに相当するから、本件特許発明1の疎水性セグメントに相当し、 甲1発明の温度応答性ポリマーセグメントであるポリ-N-イソプロピルアクリルアミドは、本件発明の詳細な説明【0020】段落に記載のモノマーがN-イソプロピル(メタ)アクリルアミドである場合のポリマーに相当するから、本件特許発明1の下限臨界溶解温度を有するセグメントに相当する。 また、甲1発明のRAFT重合により重合したブロックコポリマーは、本件特許発明1の精密ラジカル重合により製造されるポリマーに相当する。 よって、本件特許発明1と甲1発明との一致点と相違点は次のとおりである。 (一致点) 下限臨界溶解温度を有するセグメントと疎水性セグメントとのブロックポリマーを含有する細胞培養基材であって、ブロックポリマーが精密ラジカル重合で製造されるポリマーである細胞培養基材。 (相違点1) 本件特許発明1では、コンバージョンから計算した下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度が400-10000であると特定されているが、甲1発明では重合度の特定がない点。 (相違点2) 本件特許発明1では、細胞培養基材にさらに接着基質を有し、該接着基質が細胞外マトリクス及びまたは接着性合成基質であることが特定されているが、甲1発明には、細胞培養基材に接着基質を含むことについて記載されていない点。 (ウ)本件特許発明1についての判断(進歩性) 相違点1について検討する。 甲第1号証には、下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度について明記されていないが、上記3(1-7)で示したように、合成されたブロックポリマーの分子量や各ブロックの割合について記載されている。 甲第1号証には、コンバージョン率は記載されていないので、一般的な重合度算出方法を用いて計算すると、図2に記載された数平均分子量Mn、ポリマー中におけるPIPAAmの割合(wt%)、N-イソプロピルアクリルアミドの分子量113.16から、一番重合度が大きく見積もられる、B79-IP315でも、 47200×(56/100)/113.16で、317であり、本件特許発明の範囲外となる。また、コンバージョン率を用いて計算した重合度が400-10000の範囲になるという合理的な根拠もない。 さらに、甲第1号証には、下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度をより大きく調製することが好ましいことについて記載も示唆もされていない。 この点、甲第3号証でも、下限臨界溶解温度を有するセグメントであるNIPAMを含むトリブロック共重合体は開示されているが、NIPAMを含むブロックの重合度を調製することや、重合度をより大きくすることについては記載も示唆もされていない。 また、本件特許発明は、下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度を400以上とすることで、剥離性が向上するという効果を有するものである。 したがって、(相違点1)は、甲1発明及び甲第3号証に記載された発明に基いて当業者が容易に想到できたものではないから、(相違点2)について、検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲第1号証及び甲第3号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (エ)本件特許発明2、5?12についての判断(進歩性) 上記(ウ)に示したとおり、本件特許発明1は、甲第1号証及び甲第3号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、その本件特許発明1をさらに限定した発明である本件特許発明2、5?12も同様に、甲第1号証及び甲第3号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (2)取消理由1-2(進歩性)について (ア)甲3発明の認定 上記3(3)によれば、甲第3号証には、次の発明が記載されている。 「重合開始剤としてα-ブロモイソ酪酸エチルを用いて重合したNIPAM(ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド))及びC2-SFA((パーフルオロエチル)メチルアクリレート)のABA型トリブロック共重合体を、細胞培養器材の培養面に溶媒キャスト法により製膜して得られた細胞培養器材」(以下、甲3発明という。)。 (イ)本件特許発明1と甲3発明との対比・相違点の認定 ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)は上記4(1)(イ)のとおり、本件特許発明1の下限臨界溶解温度を有するセグメントに相当する。(パーフルオロエチル)メチルアクリレートは、上記3(3-3)に記載の含フッ素ポリマーであり、水不溶性を備えているから、本件特許発明1の疎水性セグメントに相当する。またα-ブロモイソ酪酸エチルは周知の原子移動ラジカル重合(ATRP)開始剤であると認められ、本件特許の発明の詳細な説明【0043】段落の記載から、原子移動ラジカル重合は精密ラジカル重合に含まれる。よって、本件特許発明1と甲3発明との一致点と相違点は次のとおりである。 (一致点) 下限臨界溶解温度を有するセグメントと疎水性セグメントとのブロックポリマーを含有する細胞培養基材であって、ブロックポリマーが精密ラジカル重合で製造されるポリマーである細胞培養基材。 (相違点1) 本件特許発明1では、コンバージョンから計算した下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度が400-10000であると特定されているが、甲3発明ではそのような特定がない点。 (相違点2) 本件特許発明1では、細胞培養基材にさらに接着基質を有し、該接着基質が細胞外マトリクス及びまたは接着性合成基質であることが特定されているが、甲3発明には、細胞培養基材に接着基質を含むものについて、具体的には記載されていない点。 (ウ)本件特許発明1についての判断(進歩性) 相違点1について検討する。 甲第3号証にはコンバージョン率は記載されていないので、各ブロックの分子量や割合から一般的な方法で重合度を算出すると、上記3(3-9)、(3-10)から、甲3発明のABA型トリブロックのAに相当するポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)ブロックの分子量は、それぞれ24,300、31,400(82,900から51,500を引いた)であり、重合度はポリマーの分子量をそれぞれN-イソプロピルアクリルアミドの分子量である113.16で除して、215、277と見積もられる。 本件特許の発明の詳細な説明【0041】段落から、下限臨界溶解温度を有するセグメントをAとすると、本件特許発明1はAブロック1つの重合度が400以上であることを特定していると解される。 そうすると、甲3発明の下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度は大きくても277であるから、本件特許発明1で特定する重合度の範囲には含まれない。また、コンバージョン率を用いて計算した重合度が400-10000の範囲になるという合理的な根拠もない。 そして、甲第3号証には、下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度を調整することや、重合度をより大きくすることについては、記載も示唆もされていない。 一方、本件特許発明は、下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度を400以上とすることで、剥離性が向上するという効果を有するものである。 したがって、(相違点1)は、甲3号発明に基いて当業者が容易に想到できたものではないから、(相違点2)について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲第3号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (エ)本件特許発明2、6?12についての判断(進歩性) 上記(ウ)に示したとおり、本件特許発明1は、甲第3号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、その本件特許発明1をさらに限定した発明である本件特許発明2、6?12も同様に、甲第3号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (3)取消理由2(新規性)について (ア)甲2発明の認定 上記3(2)によれば、甲第2号証には次の発明が記載されている。 「可逆的付加-開裂連鎖移動重合により調製されたポリスチレン-ポリNイソプロピルアクリルアミド(重合度179)ブロックコポリマーとオリゴビトロネクチンをコートした組織培養ディッシュ」(以下甲2発明という。) (イ)本件特許発明1と甲2発明との対比・相違点の認定 甲2発明のポリスチレンは、本件特許の発明の詳細な説明【0033】段落の式(1)に示される疎水性モノマーにおいてR^(1)が水素原子、R^(2)がフェニル基である場合のポリマーであるから、本件特許発明1の疎水性セグメントに相当し、 甲2発明のポリNイソプロピルアクリルアミドは本件特許の発明の詳細な説明【0020】段落の記載から、本件特許発明1の下限臨界溶解温度を有するセグメントに相当する。 甲2発明のオリゴビトロネクチンは、本件特許の発明の詳細な説明【0049】段落から、ビトロネクチンのフラグメントなので、本件特許発明1の接着基質の細胞外マトリクスに相当する。 甲2発明のポリスチレン-ポリNイソプロピルアクリルアミドブロックコポリマーとオリゴビトロネクチンは細胞培養ディッシュにコートされているから、本件特許発明1の細胞培養基材に相当する。 甲2発明の可逆的付加-開裂連鎖移動重合により調製されたブロックポリマーは、本願特許発明1の精密ラジカル重合で製造されるポリマーに相当する。 よって、本件特許発明1と甲2発明との一致点と相違点は次のとおりである。 (一致点) 下限臨界溶解温度を有するセグメントと疎水性セグメントとのブロックポリマーを含有する細胞培養基材であって、ブロックポリマーが精密ラジカル重合で製造されるポリマーであって、該細胞培養基材中に更に接着基質を有し、該接着基質が細胞外マトリクスであることを特徴とする細胞培養基材。 (相違点) 本件特許発明1では、コンバージョンから計算した下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度が400-10000であると特定されているが、甲2発明では重合度が179となっている点。 (ウ)本件特許発明1についての判断(新規性) 上記相違点が存在するので、本件特許発明1は甲第2号証に記載された発明と同一とはいえない。 また、念のため進歩性について検討すると、甲第2号証には、ポリスチレン-ポリNイソプロピルアクリルアミドブロックコポリマーのポリNイソプロピルアクリルアミドブロックについて、重合度を調節することや、重合度がより大きい方がよいとの記載や示唆はない。甲第2号証の重合度が仮にコンバージョンから計算されたものでなかったとしても、コンバージョンを用いて計算した重合度が400-10000の範囲になるという合理的な根拠はない。 これに対し、本件特許発明1は、本件特許の発明の詳細な説明【0096】段落【表1】に示されるように下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度を400以上とすることで、剥離性が向上するという効果を有するものである。 したがって、上記(相違点)は、甲2発明に基いて当業者が容易に想到できたものでもない。 (エ)本件特許発明2、6?12についての判断(新規性) 上記(ウ)に示したとおり、本件特許発明1は、甲第2号証に記載された発明ではないから、その本件特許発明1をさらに限定した発明である本件特許発明2、6?12も同様に、甲第2号証に記載された発明ではない。 (4)取消理由3(明確性)について (ア)取消理由の具体的内容 取消理由の概要は以下のとおりである。 訂正前の請求項4には、下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度が400-10000であることが特定されている。 発明の詳細な説明には、「本発明のブロックポリマーにおいて、前記下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度は、400-10000であると好ましい。」(【0030】)ことは記載されているが、重合度の算出方法については記載されていない。 また、実施例には、下限臨界温度ポリマーの重合度が実施例1?13として328?5052のものが記載されている(【表1】)が、重合度の算出方法、測定方法については記載されていない。 そこで、本件特許の発明の詳細な説明【表1】の合成例1?13のブロックポリマーの重合度について、通常用いると考えられる以下(式) (式)(下限臨界溶解温度セグメントの重合度)=((R/100)×Mn)/M1 (ブロックポリマーの数平均分子量をMn,下限臨界溶解温度を有するセグメントのモノマーの分子量をM1、ブロックポリマーにおける下限臨界溶解温度を有するセグメントの割合(重量%)をRとする)で計算すると、重合度が、本件発明の詳細な説明の【表1】の値と一致しない。 よって、実施例のポリマーが、本件特許発明の範囲のものであるか不明である。 (イ)取消理由3(明確性)についての当審の判断 取消理油通知は、要するに、本件実施例1?13でブロックポリマーの重合度が記載されているが、その算出のための計算方法が不明であるから、本件特許発明が明確でないというものである。 本件特許発明のポリマーは、精密ラジカル重合を用いて製造されており、開始剤と連鎖移動剤であるRAFT剤を用いているが、特許権者が令和1年12月20日付けで提出した乙第3号証である特開2017-160429号公報には、連鎖移動剤を用いたラジカル重合において、重合度を求める際に、「・・・直鎖状高分子の「重合度」は、重合反応の為に溶解したモノマーの総モル量を連鎖移動剤のモル量で除した理論重合度にモノマーの高分子への転化率を掛けることで求めた。」(【0052】段落)との記載があり、連鎖移動剤を用いたラジカル重合で得られたポリマーでは、この計算方法である、以下式(以下、「式B」ということがある。)を用いることができると理解できる。 (式B)(下限臨界溶解温度セグメントの重合度)=(重合反応の為に溶解したモノマーの総モル量)×(モノマーの高分子への転化率)/(連鎖移動剤のモル量) これにより本件特許の合成例1の重合度を計算すると、 実施例1のポリマーについて、下限臨界溶解温度を有するセグメントの為に用いられたモノマーは、Nイソプロピルアクリルアミド(分子量113.16)1.68g/113.16モルと、ブチルアクリレート(分子量128.2)0.475g/128.2モルであり、Nイソプロピルアクリルアミドの転化率(コンバージョン率)は100%、ブチルアクリレートの転化率は100%-82%で18%であるから、それぞれのモル数にこの割合を掛けて、下限臨界溶解温度を有するセグメントに含まれる総モル数は、0.016モルである。 これを、用いたRAFT剤である2-(ドデシルチオカルボノチオイルチオ)プロパン酸(分子量350)のモル数、0.013g/350で除すと、重合度は418となり、これは、本件特許の発明の詳細な説明【表1】の値と一致する。 また、その他の合成例についても同様に計算すると、【表1】の値と近い数値となるから、本件特許の合成例では、式Bで重合度が算出されたものと認められる。 したがって、本件特許の発明の詳細な説明、実施例で開示された重合度について、その計算方法として式Bを用いることができると理解できるから、本件特許発明1は明確でないとはいえない。 本件特許発明1を引用する本件特許発明2、5?12についても同様である。 (ウ)申立人の主張について 申立人は、令和2年2月7日付け意見書において、概略以下のとおり主張する。 「(3-1)重合度の算出方法に起因する明確性欠如 (イ)式Bが当業者にとって通常の知識とはいえない。 (ロ)本件特許の実施例では、理論的に重合反応が進んでおらず、式Bを用いることは妥当でない。 (ハ)式Bは本件明細書で特定されておらず、発明が明確でない。 (ニ)本件明細書には、ブロックポリマーの製造方法は限定されないと記載されておらず、一般的な方法である取消理由通知に記載の(式)で重合度を計算すべきである。 (ホ)式Bを用いて、モノマーの総モル数を開始剤のモル数で除しても、本件合成例1、比較例1の重合度は算出できない。 (へ)乙第2号証と式Bとの関係が不明である。 (ト)乙第3号証は、特別な重合度の計算方法である式Bを用いているから、計算方法が明記されているのであって、本件特許の重合度が乙3号証のものと同一であるとする理由はない。 (チ)訂正後の本件特許発明1は「コンバージョンから計算した」との要件を追加し、特許権者は式Bで計算することが明らかと主張するが、取消理由通知に記載の(式)の計算でもコンバージョン率を用いるから、本件特許発明の計算方法は定まらない。 (3-2)訂正の請求に付随して生じた明確性欠如 「ブロックポリマーが精密ラジカル重合で製造されるポリマーであって」と記載することは、プロダクト・バイ・プロセスクレームに該当し、物としてどのように相違するのか理解できない。また、精密ラジカル重合は一般的でなくどのような重合を「精密ラジカル重合」と称するのか理解できない。」 (3-1)重合度の算出方法に起因する明確性欠如について 上述のとおり、乙第3号証に記載されているように、RAFT剤を用いるラジカル重合において、重合度算出の計算方法に式Bを用いることは周知であったと認められる。また、ポリマーの重合が理論どおりに進まないことは技術常識であり、本件の合成例1?13で採用された重合度算出の計算方法は簡便に重合度を見積もる方法であると認められる。そして、重合度の算出に周知の計算方法を選んで用いることは当業者が通常行うところ、上記本件特許発明1の訂正で明らかとなったように本件特許発明のポリマーは精密ラジカル重合で得られたものであるから、重合度算出の計算方法として、式Bを用いることにも一定の合理性がある。 周知の方法である式Bを用いることで、本件特許の発明の詳細な説明に記載された重合度の値を確認できることから、本件特許発明が不明確であるとまではいえない。 (3-2)訂正の請求に付随して生じた明確性欠如について 「精密ラジカル重合」について、本件特許の発明の詳細な説明【0043】段落には、「ブロックポリマーの製造方法は、特に制限されず、公知の方法を採用することができる。このうち、精密ラジカル重合であることが好ましく、可逆的付加-開裂連鎖移動(RAFT)重合、原子移動ラジカル重合(ATRP)、ニトロキシド媒介重合(NMP)であることがより好ましく、RAFT重合であることがさらに好ましい。」と記載されており、本件特許の合成例でもRAFT剤を用いたラジカル重合が行われているところ、精密ラジカル重合は、分子量分布の狭いポリマーを得られるラジカル重合であって、例えば、RAFT剤を用いる重合方法であることは当業者が明確に理解できるといえる。 そして、重合方法でポリマーが特定されている点について、「精密ラジカル重合で製造される」ことを特定することで、ポリマーが通常のラジカル重合で得られるポリマーより分子量分布の狭いポリマーを意図していることは明らかといえるし、そのような分子量分布を構造や特性で表現することは、非実際的であると認められるから、重合方法でポリマーを特定することで本件特許発明のポリマーが物として不明確であるとはいえない。 したがって、上記訂正をもって本件特許発明が不明確となったということはできない。 よって、本件特許発明1、2、5?12は、申立人の意見を考慮しても、取消理由3によって取り消すべきものではない。 第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について 1 新規性欠如(甲第1号証)について 申立人は、訂正前の請求項1、2、5、8、9、10及び12について、甲第1号証に記載された発明であると主張する。 しかしながら、上記「第4 4(1)(イ)」で認定したとおり、訂正後の請求項1に係る発明と、甲第1号証に記載された発明とは、(相違点1)、(相違点2)で相違するものであるから、訂正後の請求項1に係る発明は甲第1号証に記載された発明と同一とはいえない。 訂正後の請求項1を引用する請求項2、5、8?10及び12についても同様である。 2 新規性欠如(甲第2号証)について 申立人は、取消理由で通知した請求項1、2、5に加えて訂正前の請求項8、9、10及び12についても、甲第2号証に記載された発明であると主張する。 訂正後の請求項8、9、10及び12は、訂正前と同じく、請求項1を引用するものである。そして、訂正後の請求項1に係る発明は、上記「第4 4(3)(イ)」で認定したとおり、甲第2号証に記載された発明と、(相違点)で相違するものである。したがって、訂正後の請求項1を引用する、訂正後の請求項8、9、10及び12に係る発明も、この点で相違するから、訂正後の請求項8、9、10及び12に係る発明は甲第2号証に記載された発明と同一とはいえない。 3 進歩性欠如(甲第2号証及び甲第3号証)について 申立人は、訂正前の請求項4について、甲第2号証に記載された発明及び甲第3号証に記載された事項に基いて当業者が容易に想到し得るものであると主張する。 訂正前の請求項4の特定事項を含む本件特許発明1について検討する。 本件特許発明1と甲第2号証に記載された発明とは、上記「第4 4(3)(イ)」に記載したとおり、 「下限臨界溶解温度を有するセグメントと疎水性セグメントとのブロックポリマーを含有する細胞培養基材であって、ブロックポリマーが精密ラジカル重合で製造されるポリマーであって、該細胞培養基材中に更に接着基質を有し、該接着基質が細胞外マトリクスであることを特徴とする細胞培養基材。」である点で一致し、以下の点で相違する。 (相違点) 「本件特許発明1では、コンバージョンから計算した下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度が400-10000であると特定されているが、甲2発明では重合度が179となっている点。」 この点、甲第3号証の記載を参照しても、上記「第4 4(1)(ウ)」に記載したとおり、下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度を調整することや、重合度をより大きくすることについては示唆されていない。 また、本件特許発明は、下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度を400以上とすることで、剥離性が向上するという効果を有するものである。 したがって、本件特許発明1は、甲第2号証に記載された発明及び甲第3号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 第6 むすび 以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1、2及び5?12に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件請求項1、2及び5?12に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、特許法第114条第4項の規定により、本件請求項1、2及び5?12に係る特許について、結論のとおり決定する。 本件請求項4に係る特許は、訂正により削除された。これにより、本件特許の請求項4に対する特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項において準用する同法第135条の規定により却下する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 下限臨界溶解温度を有するセグメントと疎水性セグメントとのブロックポリマーを含有する細胞培養基材であって、ブロックポリマーが精密ラジカル重合で製造されるポリマーであって、コンバージョンから計算した該下限臨界溶解温度を有するセグメントの重合度が400-10000であって、該細胞培養基材中に更に接着基質を有し、該接着基質が細胞外マトリクス及びまたは接着性合成基質であることを特徴とする細胞培養基材。 【請求項2】 細胞外マトリクスが、ラミニン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、カドヘリン及びそれらのフラグメントから選ばれる少なくとも一種である、請求項1に記載の細胞培養基材。 【請求項3】 接着性合成基質が、poly[2-(methacryloyloxy)ethyl dimethyl-(3-sulfopropyl) ammonium hydroxide]またはオリゴペプチド担持ポリマーである、請求項1または2に記載の細胞培養基材。 【請求項4】 削除 【請求項5】 前記疎水性セグメントが、下記式(1)で表されるモノマーを重合して得られるものである、請求項1から3のいずれかに記載の細胞培養基材。 【化1】 (上記式(1)中、R^(1)は水素原子またはメチル基であり、R^(2)はフェニル基、アルキル炭素数1?8のカルボキシアルキル基、アラルキル炭素数7または8のカルボキシアラルキル基、下記式(2)で表される基、下記式(3)で表される基のうちのいずれか1つを表す。 【化2】 (上記式(2)において、nは2または3を表し、R^(3)は炭素数1?3のアルキル基を表す。) 【化3】 (上記式(2)において、R^(4)およびR^(5)は、それぞれ独立して水素原子または炭素数1?6のアルキル基を表し、R^(4)およびR^(5)の合計炭素数が5以上であることを表す。)) 【請求項6】 前記細胞培養基材上に、更にゼラチン、コラーゲンおよびまたはアルブミンから選ばれる少なくとも一種のタンパク質を含有するものである、請求項1から3、及び5のいずれかに記載の細胞培養基材。 【請求項7】 請求項1に記載のブロックポリマー、ゼラチン、コラーゲンおよびまたはアルブミンから選ばれる少なくとも一種のタンパク質、請求項1に記載の接着基質の順に積層されることを特徴とする、請求項6に記載の細胞培養基材。 【請求項8】 乾燥細胞培養基材である、請求項1から3、及び5から7のいずれかに記載の細胞培養基材。 【請求項9】 支持体上に積層されたことを特徴とする、請求項1から3、及び5から8のいずれかに記載の細胞培養基材。 【請求項10】 平均膜厚が1000nm以下である、請求項9に記載の細胞培養基材。 【請求項11】 請求項1に記載のブロックポリマー上に、 ゼラチン、コラーゲンおよびまたはアルブミンから選ばれる少なくとも一種のタンパク質を含有する溶液を塗布する工程と、 さらに請求項1に記載の接着基質を含有する溶液を塗布し細胞培養基材とする工程と、 得られた細胞培養基材を乾燥する工程とを有する、乾燥細胞培養基材の製造方法。 【請求項12】 支持体と請求項1から3、及び5から10のいずれかに記載の細胞培養基材とを有する細胞培養器材。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2020-03-19 |
出願番号 | 特願2018-535906(P2018-535906) |
審決分類 |
P
1
652・
121-
YAA
(C12M)
P 1 652・ 537- YAA (C12M) P 1 652・ 113- YAA (C12M) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 松原 寛子 |
特許庁審判長 |
中島 庸子 |
特許庁審判官 |
松岡 徹 田村 聖子 |
登録日 | 2018-12-21 |
登録番号 | 特許第6451023号(P6451023) |
権利者 | DIC株式会社 |
発明の名称 | 細胞培養基材 |
代理人 | 小川 眞治 |
代理人 | 根岸 真 |
代理人 | 岩本 明洋 |
代理人 | 根岸 真 |
代理人 | 岩本 明洋 |
代理人 | 小川 眞治 |
代理人 | 大野 孝幸 |
代理人 | 大野 孝幸 |