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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C23C
審判 全部申し立て 発明同一  C23C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C23C
審判 全部申し立て 特174条1項  C23C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C23C
管理番号 1362339
異議申立番号 異議2019-700600  
総通号数 246 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-06-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-07-30 
確定日 2020-03-27 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6465241号発明「フッ化イットリウム溶射材料」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6465241号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1、2〕について訂正することを認める。 特許第6465241号の請求項1に係る特許を維持する。 特許第6465241号の請求項2に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6465241号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?2に係る特許についての出願は、平成28年10月17日(優先権主張 平成27年10月23日)に出願された特願2016-203613号の特許出願の一部を平成30年6月26日に新たな特許出願としたものであり、平成31年1月18日にその特許権の設定登録がされ、同年2月6日に特許掲載公報が発行された。その後、請求項1、2に係る本件特許に対して、令和1年7月30日に特許異議申立人佐藤武史(以下、「申立人」という。)は、特許異議の申立てを行った。そして、請求項1、2に係る本件特許に対して、当審は令和1年10月29日付けで取消理由を通知し、それに対し、特許権者は令和1年12月25日付けで訂正の請求(以下、「本件訂正請求」という。)を行うとともに意見書を提出し、さらに、申立人は令和2年2月12日付けで意見書を提出した。


第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は、以下の(1)?(3)のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とを含み、Y_(2)O_(3)を含まず、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とが、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)との全体に対して、Y_(5)O_(4)F_(7)が43?71質量%、残分がYF_(3)であり、レーザー回折法で測定された平均粒径D50が10μm以上60μm以下で、嵩密度が1.2g/cm^(3)以上2.5g/cm^(3)以下であることを特徴とするフッ化イットリウム溶射材料。」とあるのを、「大気プラズマ溶射用のフッ化イットリウム溶射材料であって、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含み、Y_(2)O_(3)を含まず、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とが、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)との全体に対して、Y_(5)O_(4)F_(7)が43?71質量%、残分がYF_(3)であり、レーザー回折法で測定された平均粒径D50が10μm以上60μm以下で、嵩密度が1.2g/cm^(3)以上2.5g/cm^(3)以下であることを特徴とするフッ化イットリウム溶射材料。」に訂正する。
(2)訂正事項2
請求項2を削除する。
(3)訂正事項3
発明の詳細な説明の段落【0009】の、
「〔1〕
Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とを含み、Y_(2)O_(3)を含まず、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とが、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)との全体に対して、Y_(5)O_(4)F_(7)が43?71質量%、残分がYF_(3)であり、レーザー回折法で測定された平均粒径D50が10μm以上60μm以下で、嵩密度が1.2g/cm^(3)以上2.5g/cm^(3)以下であることを特徴とするフッ化イットリウム溶射材料。
〔2〕
Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)との合計が90質量%以上であることを特徴とする〔1〕記載のフッ化イットリウム溶射材料。」という記載を、
「〔1〕
大気プラズマ溶射用のフッ化イットリウム溶射材料であって、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含み、Y_(2)O_(3)を含まず、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とが、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)との全体に対して、Y_(5)O_(4)F_(7)が43?71質量%、残分がYF_(3)であり、レーザー回折法で測定された平均粒径D50が10μm以上60μm以下で、嵩密度が1.2g/cm^(3)以上2.5g/cm^(3)以下であることを特徴とするフッ化イットリウム溶射材料。」に訂正する。

本件訂正請求は、一群の請求項〔1、2〕に対して請求されたものである。また、明細書に係る訂正は、一群の請求項〔1、2〕について請求されたものである。

2 訂正の目的について
(1)訂正事項1について
請求項1において「大気プラズマ溶射用のフッ化イットリウム溶射材料であって」と追加する訂正は、請求項1に記載された「フッ化イットリウム溶射材料」の用途を「大気プラズマ溶射用」に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、請求項1における「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とを含み」を「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含み」とする訂正は、「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)」以外の成分を含まないものに限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
(2)訂正事項2について
訂正事項2に係る訂正は、請求項2の削除であって、明らかに特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
(3)訂正事項3について
段落【0009】の訂正は、上記1(1)、1(2)の特許請求の範囲の訂正に伴う明細書の訂正である。
そうすると、上記1(3)の訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正である。

3 訂正が願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものであるかについて
(1)訂正事項1について
願書に添付した明細書の段落【0007】には、「本発明は、上記の問題点に鑑み、従来の酸化イットリウム溶射膜やフッ化イットリウム溶射膜に比べて、プロセスシフトやパーティクルの少ないオキシフッ化イットリウム溶射膜を得るための大気プラズマ溶射で安定して成膜できるフッ化イットリウム溶射材料を提供することを課題とする。」と記載され、段落【0008】には、「本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、大気プラズマ溶射中に生じる組成ズレを考慮し、Y_(5)O_(4)F_(7)を30?90質量%と残分がYF_(3)であるフッ化イットリウム溶射材料を用いることが有効であることを見出し、本発明をなすに至った。」と記載され、段落【0010】には、「本発明のフッ化イットリウム溶射材料は、大気中プラズマ溶射したとき、オキシフッ化イットリウム溶射膜を得ることができる。」と記載されているから、「フッ化イットリウム溶射材料」を「大気プラズマ溶射用」とすることは、願書に添付した明細書に記載された事項である。
また、段落【0011】には、「溶射材料が、実質的にY_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみからなることが特に好ましい。」と記載されているから、「溶射材料」が、「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含」むことは、願書に添付した明細書に記載された事項である。
したがって、請求項1に係る訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものである。
(2)訂正事項2について
訂正事項2に係る訂正は、請求項2の削除であって、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものであることは明らかである。
(3)訂正事項3について
段落【0009】の訂正は、上記1(1)、1(2)の特許請求の範囲の訂正に伴う明細書の訂正であり、請求項1に係る訂正、請求項2に係る訂正と同様に、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものである。

4 訂正が、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないこと
(1)訂正事項1について
訂正事項1に係る訂正は、請求項1に係る発明における「フッ化イットリウム溶射材料」の用途及び組成を限定するものであるから、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。
(2)訂正事項2について
訂正事項2に係る訂正は、請求項2の削除であって、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。
(3)訂正事項3について
段落【0009】の訂正は、上記1(1)、1(2)の特許請求の範囲の訂正に伴う明細書の訂正であり、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。

5 独立特許要件について
本件においては、全ての請求項に対して特許異議の申立てがされているので、訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならないとの要件は課されない。

6 小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、明細書、特許請求の範囲を、令和1年12月25日付け訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1、2〕について訂正することを認める。


第3 訂正後の本件発明
本件特許の請求項1の特許に係る発明(以下、「本件訂正発明」という。)は、上記訂正請求書の訂正特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
大気プラズマ溶射用のフッ化イットリウム溶射材料であって、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含み、Y_(2)O_(3)を含まず、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とが、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)との全体に対して、Y_(5)O_(4)F_(7)が43?71質量%、残分がYF_(3)であり、レーザー回折法で測定された平均粒径D50が10μm以上60μm以下で、嵩密度が1.2g/cm^(3)以上2.5g/cm^(3)以下であることを特徴とするフッ化イットリウム溶射材料。」

なお、請求項2は、削除された。


第4 特許異議申立の概要
申立人は、証拠方法として後述する甲第1号証?甲第13号証(以下、「甲1」等ということがある。)を提出して本件特許の請求項1?2に係る特許に対して特許異議の申立てを行ったが、申立人が主張した異議申立理由の概要は以下のとおりである。

1 申立理由のうち取消理由で採用しなかったもの
(1)申立理由1(拡大先願)
本件特許の請求項1、2に係る発明は、本件特許の出願の日前の特許出願であって、その出願後に出願公開がされた甲第1号証の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、本件特許の発明者がその出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また本件特許の出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができないものである。
したがって、請求項1、2に係る特許は特許法第29条の2の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(進歩性)
本件特許の請求項1、2に係る発明は、甲第5号証に記載された発明及び周知技術に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものである。
したがって、請求項1、2に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

(3)申立理由3(サポート要件、実施可能要件)
ア 申立理由3-1(異議申立書(4-5)丸1(当審注:○付きの数字を「丸1」のように記載する。以下同様。)に記載の理由の一部)
技術常識からすれば、「アルゴン35-40L/min:水素5-6L/min」という組成から大きく異なる作動ガスを用いたり、本件特許明細書記載の実施例で実際に使用した作動電流値と大きく異なる値の作動電流値やノズル出口と基材との距離を採用した場合、多量のY_(2)O_(3)を含んでいたり、或いは、YF_(3)がほとんど酸化せずに残留した溶射膜を得る蓋然性が高いことは明らかである。そのような溶射膜は本件特許発明1及び2の課題である「プロセスシフトやパーティクルの少ないオキシフッ化イットリウム溶射膜」ではない。
すなわち、本件請求項1及び2に係る発明は、「従来の酸化イットリウム溶射膜やフッ化イットリウム溶射膜に比べて、プロセスシフトやパーティクルの少ないオキシフッ化イットリウム溶射膜を得る」効果を奏しないものまで明らかに含まれている。そうしてみると、本件請求項1及び2に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に記載された内容を拡張なし一般化できるとはいえない。
したがって、本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。
また、同様の理由で、本件特許の発明の詳細な説明は、請求項1及び2に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものでなく、本件特許は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

イ 申立理由3-2(異議申立書(4-5)丸2に記載の理由)
X線回折測定でY_(5)O_(4)F_(7)及びYF_(3)以外の成分に由来する結晶相が観察された溶射材料におけるY_(5)O_(4)F_(7)及びYF_(3)の比率について「酸素含有量に基づきY_(5)O_(4)F_(7)及び残分を算出する」以外のどのような方法で測定した値が本件明細書に示された特殊な測定方法による測定値の溶射材料と同様の効果を奏するのか、当業者は理解することはできない。
そうしてみると、本件特許の請求項1及び2に係る発明1の範囲まで、発明の詳細な説明に記載された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。
したがって、本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。
また、同様の理由で、本件特許の発明の詳細な説明は、請求項1及び2に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものでなく、本件特許は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

ウ 申立理由3-3(異議申立書(4-5)丸3に記載の理由)
本件請求項1には、溶射材料中のY_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)が占める割合が、一切規定されていない。
しかしながら、本件特許の明細書の実施例には、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)の合計が100質量%である溶射材料を用いてオキシフッ化イットリウムからなる溶射膜を形成したことが記載されているのみであり、溶射材料中、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)の合計量が占める割合が例えば50質量%未満である溶射材料から「オキシフッ化イットリウム溶射膜」が得られないことは明らかである。また、仮に請求項2のように、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)の合計量が90質量%であろうと、残りの10質量%の成分の耐食性によっては、当然「プロセスシフトやパーティクルの少ないオキシフッ化イットリウム溶射膜」となりえないことも明らかである。
以上の理由から、本件請求項1及び2に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に記載された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。
したがって、本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。
また、同様の理由で、本件特許の発明の詳細な説明は、請求項1及び2に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものでなく、本件特許は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

エ 申立理由3-4(異議申立理由(4-5)丸4に記載の理由)
本件請求項1及び2には、溶射材料の原料粒径、原料種類及び造粒の有無といった、溶射材料の製造条件が何ら規定されていないが、溶射材料が造粒粒であるか凝集粉であるか、原料粒径や原料の種類によって、プラズマ溶射膜の膜粗さや緻密さが変化し、パーティクルの有無に影響することは明らかである。
そうしてみると、本件請求項1及び2に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に記載された内容を拡張なし一般化できるとはいえない。
したがって、本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。
また、同様の理由で、本件特許の発明の詳細な説明は、請求項1及び2に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものでなく、本件特許は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

(4)申立理由4(明確性)
ア 申立理由4-1(異議申立書(4-6)丸2に記載の理由)
X線回折測定においてY_(5)O_(4)F_(7)及びYF_(3)以外の結晶相が観察された溶射材料におけるY_(5)O_(4)F_(7)及びYF_(3)量の測定方法は、本件特許の明細書を参酌しても非常に不明な記載しかなく、本件特許の特許請求の範囲の記載は不明確である。
したがって、本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

2 申立理由のうち取消理由で採用したもの
(1)申立理由5(新規事項の追加:異議申立書(4-7)に記載の理由5に対応。取消理由1として採用。)
・平成30年6月26日付け手続補正書によって補正された請求項1、2について
上記補正により、上記補正前の請求項1に記載の「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とが、Y_(5)O_(4)F_(7)が30?90質量%、残分がYF_(3)であり」との記載が、「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とが、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)との全体に対して、Y_(5)O_(4)F_(7)が43?71質量%、残分がYF_(3)であり」へと変更された。
一方で、願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「当初明細書等」という)には、「Y_(5)O_(4)F_(7)」の含量が「43」質量%または「71」質量%の態様としては、燃焼IR法により分析した酸素濃度から「Y_(5)O_(4)F_(7)」の含量を算出し、その値を100質量%から引いた残部を「YF_(3)」として算出する算出方法によって含有率を算出した場合に、「Y_(5)O_(4)F_(7)」の含量が「43」質量%及び「71」質量%となるものが記載されているだけであり、その他の算出方法で「Y_(5)O_(4)F_(7)」の含量が「43」質量%及び「71」質量%となるものは、当初明細書等の記載から自明でない。
そして、請求項1では、「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とが、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)との全体に対して、Y_(5)O_(4)F_(7)が43?71質量%、残分がYF_(3)であり」との記載における「質量%」が、どのように算出されるものであるかは特定されておらず、上記の算出方法で含有率を算出した場合の値であるものに限定されない。
したがって、請求項1は、当初明細書等の記載から自明でない事項をも含む。
また、請求項1を引用する請求項2についても同様である。
よって、上記補正は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものであって、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、本件特許は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものである。

(2)申立理由3-5(サポート要件:異議申立書(4-5)丸1に記載された理由の他の一部。取消理由2として採用。)
本願明細書の段落【0011】を参照すると、本願発明の解決しようとする課題は、「従来の酸化イットリウム溶射膜やフッ化イットリウム溶射膜に比べて、プロセスシフトやパーティクルの少ないオキシフッ化イットリウム溶射膜を得るための大気プラズマ溶射で安定して成膜できるフッ化イットリウム溶射材料及びその材料を溶射して得たオキシフッ化イットリウム成膜部品並びにそれらの製造方法を提供すること」である。
そして、上記課題は、「大気雰囲気プラズマ溶射」を行う際に生じる課題であって、その他の種類の溶射を行う際には、そもそも当該課題が生じるとはいえないから、この場合には、請求項1、2に係る発明は、当然に上記課題を解決することができない。
したがって、出願時の技術常識に照らしても、請求項1、2に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。
よって、請求項1、2に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものでなく、本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(3)申立理由4-2(明確性。取消理由3として採用。)
ア 請求項1、2 について(異議申立書(4-6)丸1に記載の理由)
請求項1には、「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とが、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)との全体に対して、Y_(5)O_(4)F_(7)が43?71質量%」と記載されているが、請求項1には、「Y_(5)O_(4)F_(7)」と「YF_(3)」との合計が100%であることが特定されていないので、発明の詳細な説明の記載を参照しても、請求項1に記載の「質量%」がどのような測定値からどのように算出された値であるのかが不明確である。
よって、請求項1及び請求項1を引用する請求項2に係る発明は明確でなく、本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

イ 請求項1、2について (異議申立書(4-6)丸3に記載の理由)
請求項1には、「レーザー回折法で測定された平均粒径D50」と記載されているが、発明の詳細な説明を参照しても、「レーザー回折法」の測定手順が十分明確でなく、請求項1に記載の「レーザー回折法で測定された平均粒径D50」が、特段の前処理を行わない測定値を指すのか、超音波処理を含めた前処理を行った上で測定した測定値を指すのかが不明確である。
よって、請求項1及び請求項1を引用する請求項2に係る発明は明確でなく、本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(証拠方法)
甲第1号証(甲1):特開2016-211070号公報
甲第2号証(甲2):特開2014-40634号公報
甲第3号証(甲3):特開2013-122086号公報
甲第4号証(甲4):特開2002-363724号公報
甲第5号証(甲5):特開2014-136835号公報
甲第6号証(甲6):再公表WO2015/019673号公報
甲第7号証(甲7):日本化学会 原子量専門委員会,「原子量表(2017)について」,2017年,[検索日 2019年7月29日],インターネット:
甲第8号証(甲8):蓮井 淳,「溶射技術に関する二三の研究」,フジコー技報-tsukuru「創る」,2000年10月1日,No.8,p.10-18
甲第9号証(甲9):佐々木 光正,「プラズマ溶射によるセラミックスを用いた表面改質」,表面技術,2000年,[検索日 2019年7月29日],インターネット:,vol.51,No.2,p.167-174
甲第10号証(甲10):蓮井 淳,「最近の溶射技術」,溶接学会誌,1989年,[検索日 2019年7月29日],インターネット:,第58巻,第2号,p.106-114
甲第11号証(甲11):武田 紘一,「プラズマ溶射の最近の展開」,電気学会論文誌A(基礎・材料・共通部門誌),1994年9月,Vol.114-A,No.9,p.572-578
甲第12号証(甲12):特許権者が本件特許に係る親出願(特願2016-203613号)の審査時に提出した平成30年2月22日付け実験成績証明書
甲第13号証(甲13):特開2014-109066号公報


第5 当審の判断
1 取消理由通知に記載した取消理由について
(1)取消理由1(新規事項の追加)
ア 上記訂正後の請求項1が新規事項を含むか否かについて
上記第2 1(1)の訂正により、請求項1においては、「溶射材料」が、「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含」むことが新たに特定された。
一方で、上記訂正後の請求項1においては、訂正前の請求項1と同様に「Y_(5)O_(4)F_(7)が43?71質量%」、「残分がYF_(3)」であることが特定されているが、なおも、これらの成分の算出方法については特定されておらず、請求項1の記載のみからは、これらの成分の含有量がどのような算出方法によって算出されたものかが明らかでない。
そこで、本件特許の明細書の段落【0025】を参酌すると、本件特許において、「フッ化イットリウム溶射材料」が「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみ」を含む場合における「Y_(5)O_(4)F_(7)」及び「YF_(3)」の含有率は、燃焼IR法により分析した酸素濃度から「Y_(5)O_(4)F_(7)」の含量を算出し、その値を100質量%から引いた残部を「YF_(3)」として算出する算出方法によって算出されたものを意味することが理解できる。
そして、上述のとおり、上記訂正後の請求項1においては、「溶射材料」が「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含」むものであるから、請求項1における「Y_(5)O_(4)F_(7)」及び「YF_(3)」の含有率も、上述の算出方法で算出したものと理解することができる。
そうすると、上記訂正後の請求項1には、上記算出方法以外の算出方法で算出した際に「Y_(5)O_(4)F_(7)が43?71質量%」、「残分がYF_(3)」となるようなものが含まれるとはいえない。
したがって、上記訂正後の請求項1は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項が導入されたものでなく、当初明細書等に記載した事項の範囲内のものである。

イ まとめ
よって、上記訂正により取消理由1は解消されたから、本件特許は、特許法第17条の2第3項に規定した要件を満たさない補正がされた特許出願に対してされたものでなく、同法第113条第1号の規定により取り消されるべきものでない。


(2)取消理由2(サポート要件)
上記第2 1(1)の訂正により、請求項1においては、「フッ化イットリウム溶射材料」が「大気プラズマ溶射用」のものに限定されたから、本件訂正発明は、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できる範囲のものとなった。
よって、上記訂正により取消理由2は解消された。

以下、本件訂正発明が、サポート要件を満たす点について詳述する。

ア サポート要件を検討する観点について
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
以下、上記の観点に立って、本件特許の特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かについて検討する。

イ 特許請求の範囲の記載について
本件特許の上記訂正請求書による訂正後の特許請求の範囲の記載は、第3に示したとおりである。

ウ 発明の詳細な説明の記載について
本件特許の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
「【0004】
酸化イットリウムの成膜部品は、プロセス初期に最表面の酸化イットリウムが、フッ素系ガスに反応し、装置内のフッ素系ガス濃度が変化して、エッチャー工程が安定しない問題がある。この問題をプロセスシフトとよぶ。そこで、フッ化イットリウムの成膜部品を採用することが検討されている。
しかし、フッ化イットリウムは酸化イットリウムと比べ、わずかながらハロゲン系ガスプラズマ雰囲気での耐食性が低い傾向にある。また、フッ化イットリウム溶射膜は酸化イットリウム溶射膜と比べ、表面のヒビが多く、パーティクルの発生が多い問題がある。
【0005】
そこで、酸化イットリウムとフッ化イットリウムの両方の性格をもつオキシフッ化イットリウムの方が良いと考えられ、検討が始まりつつある(特許文献5)。
しかし、オキシフッ化イットリウム成膜部品は通常のオキシフッ化イットリウムを大気雰囲気プラズマ溶射するのでは、酸化によってフッ素が減り、酸素が増える組成ズレが生じ、オキシフッ化イットリウム溶射膜を成膜することは難しい。」
「【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記の問題点に鑑み、従来の酸化イットリウム溶射膜やフッ化イットリウム溶射膜に比べて、プロセスシフトやパーティクルの少ないオキシフッ化イットリウム溶射膜を得るための大気プラズマ溶射で安定して成膜できるフッ化イットリウム溶射材料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、大気プラズマ溶射中に生じる組成ズレを考慮し、Y_(5)O_(4)F_(7)を30?90質量%と残分がYF_(3)であるフッ化イットリウム溶射材料を用いることが有効であることを見出し、本発明をなすに至った。」
「【発明の効果】
【0010】
本発明のフッ化イットリウム溶射材料は、大気中プラズマ溶射したとき、オキシフッ化イットリウム溶射膜を得ることができる。」
「【0012】
フッ化イットリウム溶射材料を大気プラズマ溶射すると、溶射膜(溶射皮膜)の酸素濃度が増える一方、溶射膜のフッ素濃度が減少するので、溶射材料は、部分的に酸化される。本発明の上記フッ化イットリウム溶射材料は、大気プラズマ溶射で、安定してオキシフッ化イットリウムの溶射膜を形成するのに適したものである。大気プラズマ溶射中の組成ズレを考慮すると、溶射材料は、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とが、30質量%以上90質量%以下がY_(5)O_(4)F_(7)、残分がYF_(3)であることが有効なものである。」
「【実施例】
【0023】
以下、実施例と比較例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。なお、表中のwt%は質量%を示す。
【0024】
[参考例1]
〔フッ化アンモニウム複塩の製造〕
1mol/Lの硝酸イットリウム溶液1Lを50℃に加熱し、この液に1mol/L酸性フッ化アンモニウム溶液1Lを50℃で撹拌しながら、約30分で混合した。これにより、白い沈殿物が晶析した。この沈殿物をろ過・水洗・乾燥した。得られた沈殿物は、X線回折法の分析で(YF_(3))_(3)NH_(4)F・H_(2)Oの形のフッ化アンモニウム複塩であると認められた。レーザー回折法で平均粒径を測定し、0.7μmであった。
【0025】
[実施例1?4、比較例1,2]
〔溶射粉末(溶射材料)の製造〕
表1に示す原料を同表の割合で混合し、実施例1?3、比較例1,2にあっては、同表のバインダーと共に、実施例4にあっては、バインダーを加えずに、水に分散させてスラリーを調製し、これを、スプレードライヤーを用いて造粒した後、同表の条件で焼成して、溶射粉末を得た。得られた各溶射粉末の物質(結晶相)同定を実施し、粒度分布、嵩密度、安息角、イットリウム濃度、フッ素濃度、酸素濃度、炭素濃度及び窒素濃度を測定した。結果を表1に示す。物質同定はX線回折法、粒度分布はレーザー回折法で測定した。嵩密度及び安息角はパウダーテスター、イットリウム濃度はサンプルを溶解してEDTA滴定法、フッ素濃度は溶解イオンクロマトグラフィ法、酸素濃度、炭素濃度及び窒素濃度は燃焼IR法でそれぞれ分析した。なお、炭素及び窒素は、実施例1?4、比較例1,2のいずれにおいても検出されなかった(即ち、炭素濃度及び窒素濃度は、いずれも0質量%であった)。実施例1?4及び比較例1においては、測定された酸素濃度からY_(5)O_(4)F_(7)の含有率を算出し、残部をYF_(3)の含有率とした。一方、比較例2においては、X線回折により同定された3種の結晶相について、それらのスケール因子(スケールファクター)から、各物質(結晶相)の含有率を算出した。
【0026】
〔溶射部材の製造〕
実施例1?4及び比較例1,2の溶射粉末を用いて、大気雰囲気で、アルゴン40L/min、水素5L/minの混合ガスを用いた大気圧プラズマ溶射をアルミニウム基材に施工し、200μm程度の溶射膜を形成した成膜物品(溶射部材)を得た。実施例1?4と比較例1,2の溶射材料から得られた溶射膜を削り、得られた各溶射膜の物質(結晶相)同定はX線回折法、イットリウム濃度はサンプルを溶解してEDTA滴定法、フッ素濃度は溶解イオンクロマトグラフィ法、酸素濃度は燃焼IR法でそれぞれ分析した。結果を表2に示す。
【0027】
実施例1?4に示したように酸化イットリウムとフッ化アンモニウム複塩((YF_(3))_(3)NH_(4)F・H_(2)O)とを混合、造粒、焼成することによって製造したフッ化イットリウム溶射材料は、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とを、Y_(5)O_(4)F_(7)が30?90質量%、残分がYF_(3)で含む混合物であった。
【0028】
この溶射材料をアルゴン40L/min、水素5L/minの混合ガスを用いた大気雰囲気での大気圧プラズマ溶射をアルミニウム基材に施工したとき、溶射膜はYOF、Y_(5)O_(4)F_(7)、Y_(7)O_(6)F_(9)の少なくとも1種以上のオキシフッ化イットリウムであった。一方、比較例1,2では、酸化イットリウム(Y_(2)O_(3))とフッ化イットリウム(YF_(3))とを所定量混合、造粒、焼成することによって製造したフッ化イットリウム溶射材料を、大気雰囲気で、アルゴン40L/min、水素5L/minの混合ガスを用いた大気圧プラズマ溶射をアルミニウム基材に施工して成膜物品(溶射部材)としたものであるが、このとき、溶射膜はY_(2)O_(3)の混じったものになった。
【0029】
実施例1?4と比較例1,2の成膜部品を純水100L/hrの流量でかけ流し洗浄した後、純水10Lに、超音波をかけながら10分間浸漬した。その後、浸漬液を回収して2mol/L硝酸を100mL加え、ICPでイットリウム量を測定した。その測定値を表3に示す。
【0030】
【表1】

CMC:カルボキシメチルセルロース
PVA:ポリビニルアルコール
PVP:ポリビニルピロリドン
【0031】
【表2】



エ 本件特許における発明が解決しようとする課題について
(ア)上記ウで摘記した【0007】には、本件訂正発明の解決しようとする課題(以下、単に「課題」という。)について、「従来の酸化イットリウム溶射膜やフッ化イットリウム溶射膜に比べて、プロセスシフトやパーティクルの少ないオキシフッ化イットリウム溶射膜を得るための大気プラズマ溶射で安定して成膜できるフッ化イットリウム溶射材料を提供すること」と記載されている。
(イ)ここで、上記課題における、「従来の酸化イットリウム溶射膜やフッ化イットリウム溶射膜に比べて、プロセスシフトやパーティクルの少ないオキシフッ化イットリウム溶射膜」との部分のうち、「従来の酸化イットリウム溶射膜やフッ化イットリウム溶射膜に比べて、プロセスシフトやパーティクルの少ない」との部分は、【0004】、【0005】の記載からみて、「オキシフッ化イットリウム溶射膜」の一般的な性質として、「従来の酸化イットリウム溶射膜やフッ化イットリウム溶射膜に比べて、プロセスシフトやパーティクルの少ない」ものであることを示すと認められ、そのため、上記課題は、「オキシフッ化イットリウム溶射膜」を、より「プロセスシフトやパーティクルの少ない」ものとするとの課題を含むものではないと認められる。
(ウ)また、【0005】には、「大気雰囲気プラズマ溶射」では「酸化によってフッ素が減り、酸素が増える組成ズレが生じ」るため、「オキシフッ化イットリウム溶射膜を成膜することは難しい」ことが記載されており、上記課題の「オキシフッ化イットリウム溶射膜を得るための大気プラズマ溶射で安定して成膜できる」における、「安定して成膜できる」との部分は、「組成ズレ」せずに「オキシフッ化イットリウム溶射膜」が成膜できることを意味すると認められる。
(エ)したがって、上記課題は、実質的には、「大気プラズマ溶射」で成膜しても、「組成ズレ」せずに「オキシフッ化イットリウム溶射膜」を成膜できる「フッ化イットリウム溶射材料を提供すること」との課題であると認められる。

オ 発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲について
(ア)【0008】、【0010】、【0012】には、上記エ(ウ)で述べた「組成ズレ」を考慮して、「Y_(5)O_(4)F_(7)を30?90質量%と残分がYF_(3)であるフッ化イットリウム溶射材料を用いること」で、「大気中プラズマ溶射したとき、オキシフッ化イットリウム溶射膜を得ることができる」ことが記載されている。
(イ)したがって、「大気プラズマ溶射」を行った場合に「組成ズレ」せずに「オキシフッ化イットリウム溶射膜」を得られる特定の組成の「溶射材料」を用いれば、上記課題を解決し得ることが認められる。
(ウ)また、【0024】?【0031】に記載の実施例1?4及び比較例1を参照すると、「Y_(5)O_(4)F_(7)」と「YF_(3)」とのみを含み、「Y_(5)O_(4)F_(7)」が43?80質量%、残分が「YF_(3)」である実施例1?4は、「大気プラズマ溶射用」を行っても、溶射膜がオキシフッ化イットリウム以外の成分を含まず、「組成ズレ」せずに「オキシフッ化イットリウム溶射膜」を得られたのに対し、「Y_(5)O_(4)F_(7」)と「YF_(3)」とのみを含むが、「Y_(5)O_(4)F_(7)」が23質量%で、残分が「YF_(3)」である比較例1では、溶射膜に酸化イットリウム(Y_(2)O_(3))が生じており、「組成ズレ」により「オキシフッ化イットリウム溶射膜」を得られなかったことが認められる。
(エ)また、上記第4 2(2)に記載のとおり、「溶射材料」が「大気プラズマ溶射用」の用途に用いるものでない場合、上記課題が生じないから、当然上記課題を解決し得ない。
(オ)上記(ア)?(エ)より、少なくとも、実施例1?4に記載された、「Y_(5)O_(4)F_(7)」と「YF_(3)」とのみを含み、「Y_(5)O_(4)F_(7)」が43?80質量%、残分が「YF_(3)」であるとの組成を備え、「大気圧プラズマ溶射用」の用途に用いる「溶射材料」であれば、「大気プラズマ溶射」を行っても「組成ズレ」せずに「オキシフッ化イットリウム溶射膜」を得ることができ、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲に含まれると認められる。

カ 本件訂正発明と発明の詳細な説明に記載された発明との対比
本件訂正発明は、上記オ(オ)で示した、「Y_(5)O_(4)F_(7」)と「YF_(3)」とのみを含み、Y_(5)O_(4)F_(7)が43?80質量%、残分がYF_(3)であるとの組成に含まれる組成を備え、また、「大気圧プラズマ溶射用」の用途に用いられる「溶射材料」であるから、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲に含まれると認められる。
したがって、本件訂正発明は、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲を超えるものではない。

キ まとめ
よって、本件訂正発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであるから、本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものでなく、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものでない。


(3)取消理由3(明確性)
ア 上記第4 2(3)アの理由について
上記(1)にて上述したとおり、本件訂正後の請求項1は、「溶射材料」が「Y_(5)O_(4)F_(7」)と「YF_(3)」とのみを含むものであり、したがって、本件特許の明細書の段落【0025】の記載を参酌すれば、本件訂正後の請求項1に記載の「質量%」は、燃焼IR法により分析した酸素濃度から「Y_(5)O_(4)F_(7)」の含量を算出し、その値を100質量%から引いた残部を「YF_(3)」として算出する算出方法によって算出されたものと理解することができるから、請求項1における「質量%」の示す内容は明確である。
よって、本件訂正発明は明確である。

イ 上記第4 2(3)イの理由について
本件特許の明細書及び特許請求の範囲のいずれにも、「レーザー回折法」の前処理について何ら記載がなされていない以上、本件特許においては、超音波処理等の前処理を行うことなく「レーザー回折法」により「平均粒径D50」の測定を行っていると解釈するのが自然である。
したがって、請求項1に記載の「平均粒径D50」の示す内容は明確である。
よって、本件訂正発明は明確である。

ウ まとめ
よって、本件特許は、特許請求の範囲が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものでなく、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものでない。


(4)令和2年2月12日付け意見書における申立人の意見について
ア 取消理由1(新規事項の追加)に対する意見について(意見書〔2〕)
申立人は、「上記意見書における『本件特許発明においては、Y_(5)O_(4)F_(7)に酸素濃度の全量を配分できる酸素のみを用いて算出する方法を採用している』という特許権者の主張は、特許請求の範囲に基づかない主張にすぎず、認められない。」と主張する。
しかしながら、明細書の記載を参酌すれば、本件訂正発明において「Y_(5)O_(4)F_(7)」の含有量が、「Y_(5)O_(4)F_(7)に酸素濃度の全量を配分できる酸素のみを用いて算出する方法」により算出されることが理解し得ることは、上記第4 2(1)にて上述したとおりである。

イ 取消理由3(明確性)に対する意見について
(ア)上記第4 2(3)アの理由に対する意見について(意見書〔3〕(1))
申立人は、「・・・酸素濃度のみを用いたY_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)の含有率の測定値は、他の測定方法と大きなかい離を生じる。・・・従って、前記の酸素濃度のみを用いた測定方法がY_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)の含有率を決定する方法として妥当な方法であるのかも不明であるばかりでなく、これらの含有率が本件請求項1の範囲に該当する場合が仮にあったとしても、別の測定方法では該当しない場合、当業者はどのように判断してよいのかも全く不明である。」旨、主張する。
しかしながら、「酸素濃度のみを用いた測定方法」と他の測定方法とで、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)の含有率が異なるとしても、いずれの測定方法を用いるかが特定されていれば、酸素濃度は一義的に特定されるので、発明の範囲は明確であるといえる。
そして、本件訂正発明において、「Y_(5)O_(4)F_(7)」の含有量が、「Y_(5)O_(4)F_(7)に酸素濃度の全量を配分できる酸素のみを用いて算出する方法」により算出されることが理解し得ることは、上記(1)にて上述したとおりである。
したがって、申立人の上記意見は採用できない。

また、申立人は、「特許権者の主張する「酸素濃度」とは、燃焼IR法で測定した酸素濃度そのものなのか、EDTA法、溶解イオンクロマトグラフィ法及び燃焼IR法でそれぞれ測定したY濃度、F濃度及び酸素濃度を100質量%として調整した比率なのかが、不明である」とも主張する。
しかしながら、本件特許の明細書を参照すると、【0025】において、酸素濃度を燃焼IR法で測定することが記載されているのみで、Y濃度、F濃度及び酸素濃度を100質量%となるよう調整することの記載はないから、本件特許における「酸素濃度」とは、「燃焼IR法で測定した酸素濃度そのもの」と解釈することが合理的である。
したがって、申立人の上記意見は採用できない。

(イ)上記第4 2(3)イの理由に対する意見について(意見書〔3〕(2))
申立人は、「本件特許請求の範囲には、超音波処理をせずに粒径を測定することは何ら特定されておらず特許権者の主張は特許請求の範囲の記載に基づかないものにすぎない。」旨、主張する。
しかしながら、上記(3)イに記載したとおり、本件特許の明細書及び特許請求の範囲のいずれにも、「レーザー回折法」の前処理について何ら記載がなされていない以上、本件特許においては、超音波処理等の前処理を行うことなく「レーザー回折法」により「平均粒径D50」の測定を行っていると解釈するのが自然である。
したがって、申立人の上記意見は採用できない。

(ウ)意見書〔3〕(3)の意見について
申立人は、「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含み」との記載があれば、「Y_(2)O_(3)を含まず」及び「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)との全体に対して」との記載は不要であるにも関わらず、これらの記載が存在しているため、「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含み」との記載という記載の意味が不明となっている旨、主張する。
しかしながら、「Y_(2)O_(3)を含まず」及び「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)との全体に対して」との記載が存在しても、本件訂正発明が「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含」むことが理解できるから、これらの記載によって、本件訂正発明の内容が不明確となっているとはいえない。
したがって、申立人の上記意見は採用できない。


2 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
(1)各甲号証の記載事項及び各甲号証に記載された発明
甲1?甲6には、それぞれ、以下の記載がある(下線は当審による。以下同じ)。

ア 甲1について
(ア)甲1の当初明細書等の記載事項
「【請求項1】
構成元素として希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)を含む希土類元素オキシハロゲン化物(RE-O-X)が、全体の77質量%以上の割合で含まれ、
前記希土類元素の酸化物を実質的に含まない、溶射用材料。
【請求項2】
さらに、前記希土類元素のフッ化物が、全体の23質量%以下の割合で含まれている、請求項1に記載の溶射用材料。
【請求項3】
前記希土類元素のハロゲン化物を実質的に含まない、請求項1に記載の溶射用材料。」
「【請求項6】
前記希土類元素がイットリウムであり、前記ハロゲン元素がフッ素であり、前記希土類元素オキシハロゲン化物がイットリウムオキシフッ化物である、請求項1?5のいずれか1項に記載の溶射用材料。」
「【0009】
ここに開示される溶射用材料の好ましい一態様では、さらに、上記希土類元素のフッ化物が全体の23質量%以下の割合で含まれていることを特徴としている。さらには、上記希土類元素のフッ化物を実質的に含まない形態であり得る。
ここに開示される溶射用材料は希土類元素酸化物を含まないことで、上記のとおり、形成される溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性を高めるようにしている。したがって、溶射皮膜中に存在することで耐プラズマエロージョン性を低下させ得る希土類元素のフッ化物については、上記割合までの含有が許容され得る。そして、溶射用材料中には、希土類元素のフッ化物が実質的に含まれない形態であることで、形成される溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性をさらに高めることができて好適である。」
「【0019】
[溶射用材料]
ここに開示される溶射用材料は、(1)構成元素として希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)を含む希土類元素オキシハロゲン化物(RE-O-X)が、77質量%以上の割合で含まれ、(2)この希土類元素の酸化物を実質的に含まないことにより特徴づけられている。
【0020】
ここに開示される技術において、希土類元素(RE)としては特に制限されず、スカンジウム,イットリウムおよびランタノイドの元素のうちから適宜に選択することができる。具体的には、スカンジウム(Sc),イットリウム(Y),ランタン(La),セリウム(Ce),プラセオジム(Pr),ネオジム(Nd),プロメチウム(Pm),サマリウム(Sm),ユウロピウム(Eu),ガドリニウム(Gd),テルビウム(Tb),ジスプロシウム(Dy),ホルミウム(Ho),エルビウム(Er),ツリウム(Tm),イッテルビウム(Yb)およびルテチウム(Lu)のいずれか1種、または2種以上の組み合わせを考慮することができる。耐プラズマエロージョン性を改善させたり、価格等の観点から、好ましくは、Y,La,Gd,Tb,Eu,Yb,Dy,Ce等が挙げられる。この希土類元素は、これらのうちのいずれか1種を単独で、または2種以上を組み合わせて含んでいても良い。
【0021】
また、ハロゲン元素(X)についても特に制限されず、元素周期律表の第17族に属する元素のいずれであっても良い。具体的には、フッ素(F),塩素(Cl),臭素(Br),ヨウ素(I)およびアスタチン(At)等のハロゲン元素のいずれか1種の単独、または2種以上の組み合わせとすることができる。好ましくは、F,Cl,Brとすることができる。このような希土類元素オキシハロゲン化物としては、各種の希土類元素のオキシフッ化物、オキシ塩化物およびオキシ臭化物が、代表的なものとして挙げられる。」
「【0029】
そしてこの希土類元素オキシハロゲン化物は、溶射用材料中に77質量%以上という高い割合で含まれている。希土類元素オキシハロゲン化物は、耐プラズマエロージョン性が高い材料として知られているイットリア(Y_(2)O_(3))よりも、さらに耐プラズマエロージョン性に優れる。このような希土類元素オキシハロゲン化物は、少量含まれるだけでも耐プラズマエロージョン性の向上に寄与するが、上記のように多量に含まれることで、極めて良好なプラズマ耐性を示し得るために好ましい。希土類元素オキシハロゲン化物の割合は、80質量%以上(80質量%超過)であるのがより好ましく、85質量%以上(85質量%超過)であるのが更に好ましく、90質量%以上(90質量%超過)であるのがより一層好ましく、95質量%以上(95質量%超過)であるのがより一層好適である。例えば、実質的に、100質量%(不可避的不純物を除いて全て)であるのが特に好適である。
【0030】
そして、ここに開示される溶射用材料は、希土類元素オキシハロゲン化物の高いプラズマ耐性をより良く発現させ得るように、この希土類元素の酸化物を実質的に含まないよう構成されている。
溶射用材料に含まれる希土類元素の酸化物は、溶射によって溶射皮膜中にそのまま希土類元素酸化物として存在し得る。例えば、溶射用材料に含まれる酸化イットリウムは、溶射によって溶射皮膜中にそのまま酸化イットリウムとして存在し得る。この希土類元素酸化物(例えば酸化イットリウム)は、希土類元素オキシハロゲン化物に比べてプラズマ耐性が低い。そのため、この希土類元素酸化物が含まれた部分はプラズマ環境に晒されたときに脆い変質層を生じやすく、変質層は微細な粒子となって脱離しやすい。そして、この微細な粒子がパーティクルとして半導体基盤上に堆積する虞がある。したがって、ここに開示される溶射用材料においては、パーティクル源となり得る希土類元素酸化物の含有を排除するようにしている。」
「【0032】
また、ここに開示される溶射用材料は、上記希土類元素のフッ化物の含有割合を23質量%以下に抑えるよう構成されている。溶射用材料に含まれる希土類元素のフッ化物は、溶射によって酸化されて、溶射皮膜中に希土類元素の酸化物を形成し得る。例えば、溶射用材料に含まれるフッ化イットリウムは、溶射によって酸化されて、溶射皮膜中に酸化イットリウムを形成し得る。このような希土類元素の酸化物は上記のとおりパーティクル源となり得ることから、23質量%を超えて含まれると耐プラズマエロージョン性が低下されるために好ましくない。かかる観点から、希土類元素のフッ化物の含有割合は、20質量%以下であるのが好ましく、15質量%以下であるのがより好ましく、さらには10質量%以下、例えば5質量%以下であるのが好ましい。ここに開示される溶射用材料のより好ましい態様では、希土類元素のフッ化物(例えばフッ化イットリウム)についても実質的に含まないことであり得る。
なお、本発明の溶射用材料は、このように希土類元素オキシハロゲン化物を高い割合で含むことにより、パーティクル源となり難い他の物質を含むことが許容される。
【0033】
上記の溶射用材料は、典型的には粉末の形態にて提供される。かかる粉末は、より微細な一次粒子が造粒されてなる造粒粒子で構成されていても良いし、主として一次粒子の集合(凝集の形態が含まれても良い。)から構成される粉末であっても良い。溶射効率の観点から、例えば、平均粒子径が30μm程度以下であれば特に制限されず、平均粒子径の下限についても特に制限はない。溶射用材料の平均粒子径は、例えば、50μm以下とすることができ、好ましくは40μm以下、より好ましくは35μm以下程度とすることができる。平均粒子径の下限についても特に制限はなく、かかる溶射用材料の流動性を考慮した場合に、例えば、5μm以上とすることができ、好ましくは10μm以上、より好ましくは15μm以上、例えば20μm以上とすることができる。」
「【0042】
(皮膜形成方法)
なお、上記の溶射皮膜は、ここに開示される溶射用材料を公知の溶射方法に基づく溶射装置に供することで形成することができる。この溶射用材料を好適に溶射する溶射方法は特に制限されない。例えば、好適には、プラズマ溶射法、高速フレーム溶射法、フレーム溶射法、爆発溶射法、エアロゾルデポジション法等の溶射方法を採用することが例示される。溶射皮膜の特性は、溶射方法およびその溶射条件にある程度依存することがあり得る。しかしながら、いずれの溶射方法および溶射条件を採用した場合であっても、ここに開示される溶射用材料を用いることで、その他の溶射材料を用いた場合と比較して、耐プラズマエロージョン性に優れた溶射皮膜を形成することが可能となる。」
【0043】
以下、本発明に関するいくつかの実施例を説明するが、本発明をかかる実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0044】
[実施形態1]
No.1の溶射用材料として、半導体デバイス製造装置内の部材の保護皮膜として一般に用いられている酸化イットリウムの粉末を用意した。また、粉末状のイットリウム含有化合物およびフッ素含有化合物を適宜混合して焼成することで、No.2?7の粉末状の溶射用材料を得た。これらの溶射用材料の物性を調べ、下記の表1に示した。
【0045】
【表1】

【0046】
表1中の「溶射材料のXRD検出相」の欄は、各溶射用材料について粉末X線回折分析をした結果、検出された結晶相を示している。同欄中、“Y_(2)O_(3)”は酸化イットリウムからなる相が、“YF_(3)”はフッ化イットリウムからなる相が、“Y_(5)O_(4)F_(7)”は化学組成がY_(5)O_(4)F_(7)で表されるイットリウムオキシフッ化物からなる相が、“YOF”は化学組成がYOF(Y_(1)O_(1)F_(1))で表されるイットリウムオキシフッ化物からなる相が検出されたことを示している。なお、かかる分析には、X線回折分析装置(RIGAKU社製,Ultima IV)を用い、X線源としてCuKα線(電圧20kV、電流10mA)を用い、走査範囲を2θ=10°?70°、スキャンスピード10°/min、サンプリング幅0.01°として測定を行った。なお、発散スリットは1°、発散縦制限スリットは10mm、散乱スリットは1/6°、受光スリットは0.15mm、オフセット角度は0°に調整した。」
「【0048】
表1中の「酸素」および「フッ素」の欄は、それぞれ、各溶射用材料に含まれる酸素量およびフッ素量を測定した結果を示している。これらの酸素量は、酸素・窒素・水素分析装置(LECO社製,ONH836)を、フッ素量は、自動フッ素イオン測定装置(HORIBA製,FLIA-101形)を用いて測定された値である。
表1中の「各結晶相の割合」の欄は、各溶射用材料について検出された4種の結晶相の総量を100質量%としたときの、各結晶相の質量割合を、X線回折メインピーク相対強度と、酸素量および窒素量とから算出した結果を示している。
【0049】
表1中の「平均粒子径」の欄は、各溶射用材料の平均粒子径を示している。平均粒子径は、レーザ回折/散乱式粒子径分布測定装置(HORIBA製,LA-300)を用いて測定される、体積基準のD50%の値である。
【0050】
表1の各結晶相の割合から明らかなように、No.5?7の溶射用材料として、YOFを77質量%以上の割合で含み、Y_(2)O_(3)が実質的に含まれない、ここに開示される溶射用材料が得られたことが確認された。」
「【0052】
これらの溶射用材料をプラズマ溶射法により溶射することで、No.1?11の溶射皮膜を備える溶射皮膜付部材を作製した。溶射条件は、以下の通りとした。
すなわち、まず、被溶射材である基材としては、アルミニウム合金(Al6061)からなる板材(70mm×50mm×2.3mm)を用意し、褐色アルミナ研削材(A#40)によるブラスト処理を施して用いた。プラズマ溶射には、市販のプラズマ溶射装置(Praxair Surface Technologies社製,SG-100)を用いて行った。プラズマ発生条件は、プラズマ作動ガスとしてアルゴンガス50psi(0.34MPa)とヘリウムガス50psi(0.34MPa)とを用い、電圧37.0V,電流900Aの条件でプラズマを発生させた。なお、溶射装置への溶射用材料の供給には、粉末供給機(Praxair Surface Technologies社製,Model1264型)を用い、溶射用材料を溶射装置に20g/minの速度で供給し、厚さ200μmの溶射皮膜を形成した。なお、溶射ガンの移動速度は24m/min、溶射距離は90mmとした。
【0053】
得られた溶射皮膜の物性を調べ、下記の表2に示した。なお、溶射皮膜をハロゲン系プラズマに晒したときのパーティクルの発生数は、以下の異なる3とおりの手法で調べ、それらの結果を表2に示した。また、表2に示されたデータの項目欄のうち、表1と共通のものは、表1と同じ内容を溶射皮膜について調べた結果を示している。
【0054】
【表2】



(イ)甲1に記載された発明
a 上記(ア)で摘記した【0042】より、甲1に記載の溶射材料は、プラズマ溶射用の用途に用いられると認められる。
b 上記(ア)で摘記した【0046】、【表1】より、実施形態1のNo.3、No.4の溶射材料は、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含み、Y_(2)O_(3)を含まないものである。
c 上記(ア)で摘記した【0048】、【表1】より、実施形態1のNo.3、No.4の溶射材料は、溶射材料に含まれる酸素量が、それぞれ4.3wt%、6.4wt%である。
d 上記(ア)で摘記した【0049】、【表1】を参照すると、実施形態1のNo.3、No.4の溶射材料の平均粒子径が、それぞれ29mm、30mmと記載されているが、【0033】を参照すると、【表1】の平均粒子径の単位である「mm」は、「μm」の誤記であると認められるから、実施形態1のNo.3、No.4の溶射材料の平均粒子径は、それぞれ29μm、30μmであると認められる。
e 上記a?dの事項及び上記(ア)で摘記した事項より、甲1には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

[甲1発明]
「プラズマ溶射用の溶射材料であって、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含み、Y_(2)O_(3)を含まず、溶射材料に含まれる酸素量が、4.3wt%または6.4wt%であり、レーザ回折/散乱式粒子径分布測定装置(HORIBA製,LA-300)を用いて測定される、体積基準のD50%の値である平均粒子径が29μmまたは30μmである、溶射材料。」


イ 甲2について
(ア)甲2の記載事項
「【請求項1】
希土類元素オキシフッ化物粒子の外形のアスペクト比が2以下、平均粒子径が10μm以上100μm以下、嵩密度が0.8g/cm^(3)以上2g/cm^(3)以下、炭素を0.5質量%以下、酸素を3質量%以上15質量%以下含有することを特徴とする希土類元素オキシフッ化物粉末溶射材料。
【請求項2】
希土類元素がY及びLaからLuまでの3A族元素から選ばれる1種又は2種以上である請求項1に記載の溶射材料。」
「【0013】
溶射材料の平均粒子径は10?100μm、好ましくは15?60μmである。これは、溶射材料の粒子の大きさが小さすぎると、フレーム中で蒸発してしまうなど、溶射歩留まりが低下するおそれがあり、粒子が大きすぎるとフレーム中で完全に溶融せず、溶射膜の品質が低下するおそれがあるからである。また、造粒後の粉末である溶射材料粉末が内部まで充填していることは、粉末を取り扱う上で割れたりせずに安定していること、空隙部が存在するとその空隙部に好ましくないガス成分を含有し易いのでそれを避けることができること等の理由から、必要なことである。この点で、溶射材料の嵩密度は0.8?2g/cm^(3)であり、好ましくは1.2?1.8g/cm^(3)である。
なお、平均粒子径はレーザー光回折法による粒度分布測定装置によって求めることができ、質量平均値D_(50)(即ち、累積質量が50%となるときの粒子径又はメジアン径)として測定することができる。」


ウ 甲3について
(ア)甲3の記載事項
「【請求項1】
希土類元素フッ化物粒子の外形のアスペクト比が2以下、平均粒子径が10μm以上100μm以下、嵩密度が0.8g/cm^(3)以上1.5g/cm^(3)以下、炭素を0.1質量%以上0.5質量%以下含有することを特徴とする希土類元素フッ化物粉末溶射材料。」
「【請求項3】
希土類元素がY及びLaからLuまでの3A族元素から選ばれる1種又は2種以上である請求項1又は2記載の溶射材料。」
「【0013】
溶射材料の平均粒子径は10?100μm、好ましくは30?60μmである。この場合、溶射材料の粒子の大きさは、20μm以上200μm以下の範囲であることが好ましい。なお、平均粒子径はレーザー光回折法による粒度分布測定装置によって求めることができ、質量平均値D_(50)(即ち、累積質量が50%となるときの粒子径又はメジアン径)として測定することができる。
これは、溶射材料の粒子の大きさが小さすぎると、フレーム中で蒸発してしまうなど、溶射歩留まりが低下するおそれがあり、粒子が大きすぎるとフレーム中で完全に溶融せず、溶射膜の品質が低下するおそれがあるからである。
また、造粒後の粉末である溶射材料粉末が内部まで充填していることは、粉末を取り扱う上で割れたりせずに安定していること、空隙部が存在するとその空隙部に好ましくないガス成分を含有し易いのでそれを避けることができること等の理由から、必要なことである。この点で、溶射材料の嵩密度は0.8?1.5g/cm^(3)、好ましくは1.2?1.5g/cm^(3)である。なお、嵩密度の測定は、JIS K 5101 12-1の方法による。」


エ 甲4について
(ア)甲4の記載事項
「【請求項2】希土類元素(但し、イットリウムを含む)含有化合物から形成され、嵩密度が1.0g/cm^(3)以上、アスペクト比が2以下、細孔半径1μm以下の累積細孔容積が0.5cm^(3)/g未満の球状であることを特徴とする溶射用球状粒子。」
「【0038】上記嵩密度が1.0g/cm^(3)未満であると、粒子が緻密でないために強度が弱くなりがちであり、溶射時に崩壊する虞が高い。より好ましい嵩密度は、1.2?5.0g/cm^(3)である。また、累積細孔容積が0.5cm^(3)/g以上であると、粒子表面の凹凸が大きくなり、滑らかな粒子が得られない。すなわち、粒子径を小さくしても比較的高い流動性を有する粒子とするためには、細孔半径が1μm以下の累積細孔容積を0.5cm^(3)/g未満とする必要がある。」


オ 甲5について
(ア)甲5の記載事項
「【請求項1】
希土類元素のオキシフッ化物を含む顆粒からなる溶射材料であって、
前記溶射材料は、レーザー回折散乱式粒度分布測定法による積算体積50容量%における積算体積粒径が、超音波分散処理前で1μm?150μmであり、300W、15分間の超音波分散処理後で10μm以下であり、
超音波分散処理後の前記積算体積粒径が、超音波分散処理前の前記積算体積粒径の1/3以下であり、
平均アスペクト比が2.0以下であり、
圧縮度が30%以下である、溶射材料。
【請求項2】
顆粒が希土類元素のオキシフッ化物だけでなく、希土類元素のフッ化物も含有し、Cu-Kα線又はCu-Kα1線を用いたX線回折測定において、2θ=20度?40度の範囲に観察される希土類元素のオキシフッ化物の最大ピークの強度(S1)と、同範囲に観察される希土類元素のフッ化物の最大ピークの強度(S2)の比(S1/S2)が0.10以上である請求項1に記載の溶射材料。」
「【請求項5】
希土類元素(Ln)がイットリウム(Y)である請求項4に記載の溶射材料。」
「【0008】
前記課題を解決すべく本発明者が鋭意研究したところ、粒径、アスペクト比及び圧縮度をそれぞれ特定範囲とした、希土類元素(Ln)のオキシフッ化物(LnOF)を含む顆粒を用いることで、驚くべきことに、溶射顆粒の溶射装置への安定供給性が格段に向上することを知見した。更に、この顆粒を用いると、得られた溶射膜は、熱衝撃を受けても基材から剥離しにくいことを知見した。」
「【0012】
以下本発明を、その好ましい実施形態に基づき説明する。本発明の溶射材料は、粒径、アスペクト比及び圧縮度がそれぞれ特定範囲であり、希土類元素(Ln)のオキシフッ化物(LnOF)を含有する顆粒からなる。本願における希土類元素(Ln)のオキシフッ化物(LnOF)は、希土類元素(Ln)、酸素(O)、フッ素(F)からなる化合物である。LnOFとしては、希土類元素(Ln)、酸素(O)、フッ素(F)のモル比がLn:O:F=1:1:1である化合物でも良い。あるいは、LnOFは、前記のモル比がLn:O:F=1:1:1以外の化合物でも良い。例えば、Ln=Yの場合、LnOFとしては、YOFだけではなく、Y_(5)O_(4)F_(7)やY_(7)O_(6)F_(9)等も含み、これらのうち1種以上のオキシフッ化物を含むものである。本発明の溶射材料は、LnOFを含む顆粒からなる粉体である。本発明の溶射材料は、LnOFを含む顆粒からなることが好ましいが、必要に応じて他の粉体を含有していてもよい。本発明にいう顆粒とは、以下に述べるD50nの値が、以下に述べる範囲である粒子のことである。」
「【0013】
本発明の溶射材料は、レーザー回折散乱式粒度分布測定法による積算体積50容量%における積算体積粒径(以下、D50ともいう)が特定範囲であることを特徴の一つとする。具体的には、超音波の出力が300W、15分間の超音波分散処理後の前記の積算体積粒径(以下、D50dともいう)が特定範囲の値となり、かつ、D50dと、超音波分散処理前に測定した前記の積算体積粒径(以下、D50nともいう)との比「D50d/D50n」が特定範囲であることを、特徴の一つとしている。D50d及びD50nは、例えばレーザー回折・散乱式粒子径・粒度分布測定装置を用いて、後述する方法により測定することができる。
【0014】
本発明の溶射材料のD50nは、1μm?150μmである。本発明の溶射材料はD50nが1μm以上であるので、顆粒の流動性がよく、溶射装置へ安定的に供給できる。また、D50nが150μm以下であるので、溶射時に内部まで溶融しやすくなり、均一な溶射膜を形成しやすい。これらの観点からD50nは2μm?100μmであることが好ましく、5μm?80μmであることがより好ましく、20μm?60μmであることが更に好ましい。D50nを前記の範囲とするためには、後述する溶射材料の製造方法において、第2工程の粉砕条件や第4工程の造粒条件等を調整すればよい。」
「【0018】
本発明の溶射材料は圧縮度が30%以下である。圧縮度は、タップ法見掛け嵩密度TD(g/cc)と静置法見掛け嵩密度AD(g/cc)を用いて下記式で定義される。
圧縮度(%)=(TD-AD)÷TD×100
本発明の溶射材料は圧縮度が30%以下であるので、顆粒の流動性がよく溶射装置へ安定的に供給できる。この観点から圧縮度は25%以下であることが好ましく、20%以下であることがより好ましい。圧縮度は顆粒の流動性の観点からは小さいほどよいが、溶射材料の製造の容易性という観点から2%以上が好ましく、3%以上がより好ましく、5%以上が更に好ましい。前記のTD及びADは例えば多機能型粉体物性測定器マルチテスターMT-1000型((株)セイシン企業製)を用いて測定することができる。圧縮度を前記の範囲とするためには、後述する溶射材料の製造方法において、第3工程のスラリー製造条件及び第4工程の造粒条件等を調整すればよい。」
「【0023】
本発明の溶射材料が、LnF_(3)を含有する場合、LnOFに対してLnF_(3)を含有する程度は、後述する本発明の溶射材料の製造方法における第1工程及び第5工程での焼成条件によって制御することができる。なお、本発明の溶射材料に含まれるLnF_(3)の量を正確に測定することは容易でない。そこで本発明においては、溶射材料をX線回折測定し、LnOFの最大ピークの相対強度とLnF_(3)の最大ピークの相対強度の値から、LnF_(3)の含有量を推定している。具体的には、Cu-Kα線又はCu-Kα1線を用いるX線回折測定において、2θ=20度?40度の範囲に観察されるLnOFの最大ピークの強度(S1)と、同範囲に観察されるLnF_(3)の最大ピークの強度(S2)の比(S1/S2)を求める。本発明の溶射材料は、S1/S2が0.10以上であると、得られた溶射膜の熱衝撃に起因する基材からの剥離を一層効果的に防止することができるため好ましい。S1/S2は0.20以上がより好ましく、0.30以上が更に好ましい。熱衝撃に起因する溶射膜の基材からの剥離を防止する観点から、顆粒がLnOFからなることが好ましく、また、S1/S2は、高ければ高いほど好ましい。
【0024】
本発明の溶射材料がLnOFに加えてLnF_(3)を含んでいてもよいことは上述のとおりであるところ、該溶射材料は希土類元素のみの酸化物であるLn_(2)O_(3)を極力含まないことが、溶射膜の耐食性等の観点、特に塩素系ガスに対する耐食性の観点から好ましい。溶射材料に含まれるLn_(2)O_(3)の量を極力減らすためには、例えば後述する溶射材料の製造方法における第1工程及び第5工程で、LnF_(3)を酸素含有雰囲気中で焼成するときの条件を適切に設定すればよい。」
「【実施例】
【0044】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。特に断らない限り、「%」は「質量%」を意味する。
【0045】
〔実施例1〕
本実施例では溶射材料を、以下の(ア)?(エ)の工程にしたがい製造した。
【0046】
(ア)第1工程
(i)フッ化イットリウムの湿式合成
99.9%酸化イットリウム300kgを、撹拌した純水400L中に投入してスラリーを得た。そこへ15mol/Lの硝酸水溶液を5L/分の速度で550L添加した後、30分間撹拌を続けた。その後、真空ろ過を行い、Y_(2)O_(3)換算で270g/Lの溶解液1100Lを得た。
この溶解液を撹拌しながら、50%フッ化水素酸300Lを5L/分の速度で添加してフッ化イットリウムの沈殿を生成させた。沈殿の沈降、上澄液抜出、純水添加及びリパルプの各操作を2回実施した後、再度、沈降、上澄液抜出を行った。このようにして得られた泥状物を、ポリ四フッ化エチレン製のバットに入れて150℃で48時間乾燥させた。次いで、乾燥物を粉砕してフッ化イットリウムを得た。このフッ化イットリウムについてX線回折測定を行ったところ、YF_(3)の回折ピークのみが観察され、オキシフッ化イットリウム(YOF)の回折ピークは観察されなかった。
【0047】
(ii)フッ化イットリウムの焼成
(i)で得られたフッ化イットリウムをアルミナ製の容器に入れ、大気雰囲気下、電気炉中で焼成した。焼成温度及び焼成時間は表1に示すとおりとした。
【0048】
(イ)第2工程及び第3工程
第1工程で得られた焼成品を純水とともにビーズミルに入れて湿式粉砕した。マイクロトラックHRAにて測定したD50が1.0μm?2.0μmになるように粉砕を実施した。粉砕後、更に純水加えて濃度調整を行い500g/Lのスラリーとなした。
【0049】
(ウ)第4工程
第3工程で得られたスラリーを、スプレードライヤー(大河原化工機(株)製)を用いて造粒・乾燥し、造粒物を得た。スプレードライヤーの操作条件は以下のとおりとした。
・スラリー供給速度:300mL/min
・アトマイザー回転数:9000min-1
・入口温度:200℃
【0050】
(エ)第5工程
第4工程で得られた造粒物をアルミナ製の容器に入れ、大気雰囲気下、電気炉中で焼成して造粒顆粒を得た。焼成温度及び焼成時間は表1に示すとおりとした。
このようにして、目的とする溶射材料を得た。
【0051】
〔実施例2ないし12及び比較例1〕
実施例1の第1工程における焼成温度及び/又は第5工程における焼成温度を、表1に示す条件で行う以外は実施例1と同様にして溶射材料を得た。」
「【0061】
〔評価〕
実施例及び比較例で得られた溶射材料について以下に述べる方法でX線回折測定を行い、X線回折図を得た。得られたX線回折図に基づき、LnF_(3)、LnOF及びLn_(2)O_(3)の各最大ピークについてそれぞれの相対強度S2、S1及びS0を算出した。得られた相対強度を用い、S1/S2及びS0/S1を算出した。実施例18では、S1をYOFの最大ピーク+YbOFの最大ピークの合計強度とし、S2はYF_(3)の最大ピーク+YbF_(3)の最大ピークの合計強度、S0はY_(2)O_(3)の最大ピーク+Yb_(2)O_(3)の最大ピークの合計強度とした。
また、実施例及び比較例で得られた溶射材料について、以下の方法で平均アスペクト比を求めた。また、以下の方法でD50n(μm)及びD50d(μm)を求めた。また、上述の方法でTD(g/cc)及びAD(g/cc)を求めた。得られたTD及びADの値から上記式により圧縮度(%)を求めた。また、上述した方法で破壊強度(MPa)を求めた。更に、以下に述べる方法で、溶射時の顆粒を供給するときの流動性を評価した。また熱衝撃による溶射膜と基材の剥離を評価した。それらの結果を以下の表4に示す。
【0062】
〔X線回折測定〕
・装置:UltimaIV(株式会社リガク製)
・線源:CuKα線
・管電圧:40kV
・管電流:40mA
・スキャン速度:2度/min
・ステップ:0.02度
・スキャン範囲:2θ=20度?40度」
「【0064】
〔D50n〕
日機装株式会社製マイクロトラックHRAにて測定した。測定の際には、分散媒として2質量%ヘキサメタリン酸ナトリウム水溶液を用い、マイクロトラックHRAの試料循環器のチャンバーに試料(顆粒)を適正濃度であると装置が判定するまで添加した。
【0065】
〔D50d〕
100mLのガラスビーカーに試料を0.1?1g入れ、0.2%ヘキサメタリン酸ナトリウム水溶液を約100mL入れた。株式会社日本精機製作所製の超音波ホモジナイザーUS-300T型(出力300W)に試料と0.2%ヘキサメタリン酸ナトリウム水溶液100mLの入ったビーカーをセットして15分間超音波分散処理を行い、スラリーとした。このスラリーを日機装株式会社製マイクロトラックHRAの試料循環器のチャンバーに適正濃度であると装置が判定するまで滴下した。分散媒として2質量%ヘキサメタリン酸ナトリウム水溶液を用いた。
【0066】
〔溶射時に顆粒を供給するときの流動性〕
基材として100mm角のアルミニウム合金板を使用した。この基材の表面にプラズマ溶射を行った。溶射材料の供給装置として、プラズマテクニック製のTWIN-SYSTEM 10-Vを用いた。プラズマ溶射装置として、スルザーメテコ製のF4を用いた。撹拌回転数50%、キャリアガス流量2.5L/min、供給目盛10%、プラズマガスAr/H_(2)、出力35kW、装置-基材間距離150mmの条件で、膜厚約100μmになるようにプラズマ溶射を行い、溶射膜を得た。
このプラズマ溶射において、溶射材料の供給装置に顆粒を供給したときの流動性を目視観察し、以下の基準で評価した。
・“非常に良”:顆粒の流動に全く脈動がなく均一に流れている。
・“良”:顆粒の流動に脈動が若干あるが実用上問題がない。
・“不良”:顆粒の流動に脈動が大きく、場合によっては途中で掃除が必要である。」
「【0068】
【表4】



(イ)甲5に記載された発明
a 甲5の【0061】、【0066】より、甲5の各実施例における「溶射材料」は「プラズマ溶射用」と認められる、
b 表4の実施例5?8、11に関する部分を参照すると、これらの実施例は、「LnOF」と「LnF_(3)」とのみを含み、「Ln_(2)O_(3)」を含まないことが認められる。
c 【0047】?【0051】、【表4】からみて、各実施例においては、LnとしてYを用いている。
d 【0012】には、「Ln=Yの場合、LnOFとしては、YOFだけではなく、Y_(5)O_(4)F_(7)やY_(7)O_(6)F_(9)等も含み、これらのうち1種以上のオキシフッ化物を含むものである。」と記載されているから、甲5における「LnOF」は、LnがYである場合には、YOF以外のオキシフッ化物をも含み得るが、【0047】?【0051】の製造方法からは、各実施例において、「LnOF」が具体的にどのような組成のオキシフッ化物であるのかを特定することはできない。
e 上記dより、甲5の各実施例においては、LnがYであり、LnOFは、YOF、Y_(5)O_(4)F_(7)やY_(7)O_(6)F_(9)等のうち1種以上のオキシフッ化物を含み得るものであるが、具体的なオキシフッ化物の組成は不明であることが認められる。
f 上記a?eの事項及び上記(ア)に摘記した事項より、甲5には、次の発明(以下、「甲5発明」という。)が記載されていると認められる。

[甲5発明]
「プラズマ溶射用の溶射材料であって、LnOFとLnF_(3)とのみを含み、Ln_(2)O_(3)を含まず、LnOFのX線回折相対強度が100であり、LnF_(3)のX線回折相対強度が35、45、54、73または96であり、LnがYであり、LnOFは、YOF、Y_(5)O_(4)F_(7)やY_(7)O_(6)F_(9)等のうち1種以上のオキシフッ化物を含み得るものであるが、具体的なオキシフッ化物の組成は不明であり、超音波分散処理前に測定したレーザー回折散乱式粒度分布測定法による積算体積50容量%における積算体積粒径(D50n)が、45μm、46μm、48μmまたは50μmであり、タップ法見掛け嵩密度TDが1.83g/cc、1.84g/cc、1.87g/cc、1.89g/ccまたは1.92g/ccであり、静置法見掛け嵩密度ADが1.62g/cc、1.65g/cc、1.67g/cc、1.75g/ccまたは1.78g/ccである、溶射材料。」


カ 甲6について
(ア)甲6の記載事項
「【請求項2】
粒子が希土類元素のオキシフッ化物(LnOF)だけでなく、希土類元素のフッ化物(LnF_(3))も含む請求項1に記載の溶射用スラリー。」
「【0012】
以下本発明を、その好ましい実施形態に基づき説明する。本発明の溶射用スラリーは、希土類元素のオキシフッ化物(LnOF)を含む粒子を有することを特徴の一つとしている。本発明における希土類元素のオキシフッ化物(LnOF)は、希土類元素(Ln)、酸素(O)、フッ素(F)からなる化合物である。LnOFとしては、希土類元素(Ln)、酸素(O)、フッ素(F)のモル比がLn:O:F=1:1:1である化合物でも良い。あるいは、LnOFは、前記のモル比がLn:O:F=1:1:1以外の化合物でも良い。例えば、Ln=Yの場合、LnOFとしては、YOFだけではなく、Y_(5)O_(4)F_(7)やY_(7)O_(6)F_(9)、Y_(4)O_(6)F_(9)等も含み、これらのうち1種以上のオキシフッ化物を含むものである。」


(2)申立理由1(拡大先願)について
ア 本件訂正発明と甲1発明との対比
(ア)甲1発明の「プラズマ溶射用」と本件訂正発明の「大気プラズマ溶射用」は、「プラズマ溶射用」である点で共通する。
(イ)甲1発明の「溶射材料」は、「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含」む点で、本件訂正発明の「フッ化イットリウム溶射材料」と共通するから、甲1発明の「溶射材料」は、本件訂正発明の「フッ化イットリウム溶射材料」に相当する。
(ウ)甲1発明の「溶射材料に含まれる酸素量が、4.3wt%または6.4wt%であり」との事項は、以下のa?dより、本件訂正発明の「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とが、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)との全体に対して、Y_(5)O_(4)F_(7)が43?71質量%、残分がYF_(3)であり」との事項と、「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とが、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)との全体に対して、Y_(5)O_(4)F_(7)が約43質量%または約64質量%、残分がYF_(3)であ」る点で共通する。
a 上記第5 2(1)、(3)アにも記載のように、本件訂正発明の「Y_(5)O_(4)F_(7)が43?71質量%」は、「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみ」を含むことを前提に、酸素濃度から「Y_(5)O_(4)F_(7)」の含量を算出したものである。
b そして、甲1発明は、「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみ」を含むものであるから、本件訂正発明と同様に、酸素濃度から「Y_(5)O_(4)F_(7)」の含量を算出することができる。
c ここで、甲1発明は、「酸素量が、4.3wt%または6.4wt%」であり、甲1発明の「酸素量」は、本件特許の「酸素濃度」に相当する。
d そして、Yの原子量を88.9、Oの原子量を16.0、Fの原子量を19.0とすると、「Y_(5)O_(4)F_(7)」の分子量は641.5、「Y_(5)O_(4)F_(7)」のうち、「O_(4)」部分の原子量の合計は、64であり、全量が「Y_(5)O_(4)F_(7)」であれば、酸素濃度は、(64/641.5)×100wt%から、甲1発明における「Y_(5)O_(4)F_(7)」の含量をXwt%とすると、Xwt%×(64/641.5)=4.3wt%または6.4wt%となり、Xwt%=約43wt%または約64wt%となる。なお、甲1発明の「wt%」は、「質量%」と同一の意味である。
(エ)甲1発明の「レーザ回折/散乱式粒子径分布測定装置(HORIBA製,LA-300)を用いて測定される、体積基準のD50%の値である平均粒子径」は、本件訂正発明の「レーザー回折法で測定された平均粒径D50%」に相当する。
(オ)上記(エ)の事項を考慮すると、甲1発明の「レーザ回折/散乱式粒子径分布測定装置(HORIBA製,LA-300)を用いて測定される、体積基準のD50%の値である平均粒子径が29μmまたは30μmである」点は、本件訂正発明の「レーザー回折法で測定された平均粒径D50が10μm以上60μm以下で」ある点と、「レーザー回折法で測定された平均粒径D50%が29μmまたは30μmである」点において共通する。
(カ)これらの事項を考慮して、本件訂正発明と甲1発明とを対比すると、両者は、下記の一致点1で一致し、下記の相違点1?2で相違する。

[一致点1]
「プラズマ溶射用のフッ化イットリウム溶射材料であって、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含み、Y_(2)O_(3)を含まず、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とが、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)との全体に対して、Y_(5)O_(4)F_(7)が約43質量%または約64質量%、残分がYF_(3)であり、レーザー回折法で測定された平均粒径D50%が29μmまたは30μmである、フッ化イットリウム溶射材料。」

[相違点1]
本件訂正発明は、「大気プラズマ溶射用」であるのに対し、甲1発明は、「プラズマ溶射用」である点。

[相違点2]
本件訂正発明は、「嵩密度が1.2g/cm^(3)以上2.5g/cm^(3)以下である」のに対し、甲1発明は、嵩密度が不明な点。

イ 相違点2についての判断
事案に鑑み、まず相違点2について検討する。
申立人は、異議申立書(4-3)において、甲1の【0044】に記載の製造方法と本件特許の明細書の【0016】に記載の製造方法が同一であるから、甲1発明が、「嵩密度が1.2g/cm^(3)以上2.5g/cm^(3)以下である」点を備える旨を主張しているので、検討する。
甲1の【0044】には、「No.1の溶射用材料として、半導体デバイス製造装置内の部材の保護皮膜として一般に用いられている酸化イットリウムの粉末を用意した。また、粉末状のイットリウム含有化合物およびフッ素含有化合物を適宜混合して焼成することで、No.2?7の粉末状の溶射用材料を得た。これらの溶射用材料の物性を調べ、下記の表1に示した。」と記載されている。
本件特許の【0016】には、「上記フッ化イットリウム溶射材料の製造方法としては、例えば、平均粒径0.01μm以上3μm以下の酸化イットリウムを10質量%以上50質量%以下と、残分が平均粒径0.01μm以上3μm以下のフッ化アンモニウム複塩((YF_(3))_(3)NH_(4)F・H_(2)O)とを、必要に応じて更にバインダーと共に、混合、造粒、焼成することによって製造することができる。バインダーとしては、有機化合物が好ましく、炭素、水素及び酸素、又は炭素、水素、酸素及び窒素で構成される有機化合物、例えば、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリビニルピロリドン(PVP)などが挙げられる。フッ化アンモニウム複塩は、硝酸イットリウム溶液と酸性フッ化アンモニウム溶液を0℃以上80℃以下、好ましくは40℃以上70℃以下で混合し、白い沈殿物を晶析させることにより合成することができ、この沈殿物をろ過・水洗・乾燥して用いることができる。得られた沈殿物は、X線回折法の分析で(YF_(3))_(3)NH_(4)F・H_(2)Oの形のフッ化アンモニウム複塩であることが確認される。」と記載されている。
両者の記載を比較すると、甲1の【0044】に記載の製造方法は、本件特許の【0016】に記載の製造方法と、「酸化イットリウム」及び「フッ素含有化合物」の「平均粒径」が特定されていない点、両者の混合割合が特定されていない点、並びに「フッ素含有化合物」が「フッ化アンモニウム複塩((YF_(3))_(3)NH_(4)F・H_(2)O)」であると特定されていない点で相違しているから、両者の製造方法が同一であるとはいえない。
そして、原材料や,粒径、混合割合が焼成後の溶射材料の嵩密度に影響することは明らかである。
そうすると、本件訂正発明と甲1発明の製造方法が同一であるから、甲1発明も本件訂正発明と同様に「嵩密度が1.2g/cm^(3)以上2.5g/cm^(3)以下である」と結論付けことはできない。
また、甲2?4に記載のように「溶射材料」の「嵩密度」として「1.2g/cm^(3)以上2.5g/cm^(3)以下」の範囲が一般的に用いられるものであるとしても、甲1発明が「嵩密度が1.2g/cm^(3)以上2.5g/cm^(3)以下である」とは限らない。
さらに、他に、甲1発明が「嵩密度が1.2g/cm^(3)以上2.5g/cm^(3)以下である」と特定し得るような事情はない。
そうすると、甲1発明が、「嵩密度が1.2g/cm^(3)以上2.5g/cm^(3)以下である」点を備えるとはいえないから、相違点2は、本件訂正発明と甲1発明との間における実質的な相違点である。

ウ まとめ
したがって、相違点1について判断するまでもなく、本件訂正発明は、甲1発明と実質的に同一のものではない。
よって、請求項1に係る特許は特許法第29条の2の規定に違反してされたものではなく、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものではない。


(3)申立理由2(進歩性)について
ア 本件訂正発明と甲5発明との対比
(ア)甲5発明の「プラズマ溶射用」と本件訂正発明の「大気プラズマ溶射用」は、「プラズマ溶射用」である点で共通する。
(イ)本件訂正発明の「フッ化イットリウム溶射材料」は、フッ化イットリウムである「YF_(3)」のみでなく、オキシフッ化イットリウムの一種である「Y_(5)O_(4)F_(7)」を含むから、本件訂正発明の「フッ化イットリウム溶射材料」は、「フッ化イットリウム」のみからなる「溶射材料」でなく、「フッ化イットリウム」を含む「溶射材料」を指すと認められる、
(ウ)甲5発明の「溶射材料」は、「LnOFとLnF_(3)とのみを含み」、「LnがYであ」るから、「YF_(3)」、すなわち「フッ化イットリウム」を含む。
(エ)上記(イ)、(ウ)より、甲5発明の「溶射材料」は、本件訂正発明の「フッ化イットリウム溶射材料」に相当する。
(オ)本件訂正発明の「Y_(5)O_(4)F_(7)」は、オキシフッ化イットリウムの一種であり、甲5発明の「LnOF」は、各種のオキシフッ化イットリウムのうちの一種またはその混合物であって、オキシフッ化イットリウムであるから、甲5発明の「LnOFとLnF_(3)とのみを含み」との事項は、本件訂正発明の「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含み」との事項と、「オキシフッ化イットリウムとYF_(3)とのみを含み」との点で共通する。
(カ)第5 1(3)イに記載のとおり、本件訂正発明の「レーザー回折法で測定された平均粒径D50%」は超音波処理の前処理を行うことなく測定した値と認められるから、甲5発明の「超音波分散処理前に測定したレーザー回折散乱式粒度分布測定法による積算体積50容量%における積算体積粒径(D50n)」は、本件訂正発明の「レーザー回折法で測定された平均粒径D50%」に相当する。
(キ)上記(カ)を考慮すると、甲5発明の「レーザー回折散乱式粒度分布測定法による積算体積50容量%における積算体積粒径(D50n)が、超音波分散処理前で45μm、46μm、48μmまたは50μmであり」との事項は、本件訂正発明の「レーザー回折法で測定された平均粒径D50が10μm以上60μm以下で」あるとの事項と、「レーザー回折法で測定された平均粒径D50が45μm、46μm、48μmまたは50μmで」ある点で共通する。
(ク)甲5発明の「タップ法見掛け嵩密度TDが1.83g/cc、1.84g/cc、1.87g/cc、1.89g/ccまたは1.92g/ccであり、静置法見掛け嵩密度ADが1.62g/cc、1.65g/cc、1.67g/cc、1.75g/ccまたは1.78g/ccである」との事項と、本件訂正発明の「嵩密度が1.2g/cm^(3)以上2.5g/cm^(3)以下である」との事項とは、「嵩密度が1.62g/cm^(3)、1.65g/cm^(3)、1.67g/cm^(3)、1.75g/cm^(3)、1.78g/cm^(3)、1.83g/cm^(3)、1.84g/cm^(3)、1.87g/cm^(3)、1.89g/cm^(3)または1.92g/cm^(3)である」との点で共通する。
(ケ)これらの事項を考慮して、本件訂正発明と甲5発明とを対比すると、両者は、下記の一致点2で一致し、下記の相違点3、4で相違する。

[一致点2]
「プラズマ溶射用のフッ化イットリウム溶射材料であって、オキシフッ化イットリウムとYF_(3)とのみを含み、Y_(2)O_(3)を含まず、レーザー回折法で測定された平均粒径D50%が45μm、46μm、48μmまたは50μmで、嵩密度が1.62g/cm^(3)、1.65g/cm^(3)、1.67g/cm^(3)、1.75g/cm^(3)、1.78g/cm^(3)、1.83g/cm^(3)、1.84g/cm^(3)、1.87g/cm^(3)、1.89g/cm^(3)または1.92g/cm^(3)である、フッ化イットリウム溶射材料。」

[相違点3]
本件訂正発明は、「大気プラズマ溶射用」であるのに対し、甲5発明は、「プラズマ溶射用」である点。

[相違点4]
本件訂正発明は、「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含み」、「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とが、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)との全体に対して、Y_(5)O_(4)F_(7)が43質量%または64質量%、残分がYF_(3)であ」るのに対し、甲5発明は、「LnOFとLnF_(3)とのみを含み」、「LnOFのX線回折相対強度が100であり、LnF_(3)のX線回折相対強度が35、45、54、73または96であり、LnがYであり、LnOFは、YOF、Y_(5)O_(4)F_(7)やY_(7)O_(6)F_(9)等のうち1種以上のオキシフッ化物を含み得るものであるが、具体的なオキシフッ化物の組成は不明であ」る点。

イ 相違点4についての判断
事案に鑑み、まず相違点4について検討する。
(ア)甲5の【0012】や甲6の【0012】には、「LnOF」が、「YOF」、「Y_(5)O_(4)F_(7)」や「Y_(7)O_(6)F_(9)」等のうちの1種以上のオキシフッ化物を含むことは記載されているが、甲5の【0012】、甲6の【0012】及びその他の箇所の記載を参照しても、「Y_(5)O_(4)F_(7)」のみを選択することの効果など、イットリウムのオキシフッ化物を全て「Y_(5)O_(4)F_(7)」とすることを動機付けるような記載はなされていない。
なお、申立人は、異議申立書(4-4)において、甲6に記載のとおり、イットリウムのオキシフッ化物として「Y_(5)O_(4)F_(7)」を選択できることは周知である旨、主張するが、上述のとおり、甲6には、イットリウムのオキシフッ化物を全て「Y_(5)O_(4)F_(7)」とすることを動機付けるような記載はなされておらず、甲6からは、イットリウムのオキシフッ化物の全量を「Y_(5)O_(4)F_(7)」とすることが周知であるとはいえない。
(イ)また、甲5の実施例5、6、7、8、11において、製造方法や原材料をどのように調整すれば、各成分のX線回折の相対強度や平均粒径、嵩密度を変更することなく、「LnOF」の全量を「Y_(5)O_(4)F_(7)」に変更し得るのかが不明であり、甲5発明において、「LnOF」の全量を「Y_(5)O_(4)F_(7)」に変更する具体的な方法を当業者が想定し得るとはいえない。
(ウ)さらに、以下に示すとおり、甲5発明において、各成分のX線回折の相対強度や平均粒径、嵩密度を変更することなく、「LnOF」の全量を「Y_(5)O_(4)F_(7)」に変更し得たとしても、結果として得られる「溶射材料」が、本件訂正発明の「Y_(5)O_(4)F_(7)が43質量%または64質量%、残分がYF_(3)であ」るとの組成を満たすことを特定することができない。
本件訂正発明では、上記第5 1(1)にも記載のように、「Y_(5)O_(4)F_(7)」及び「YF_(3)」の含有量は、酸素濃度を用いて算出するものであるが、異議申立書(4-2)丸2にも記載のように、酸素濃度を用いて算出した「Y_(5)O_(4)F_(7)」及び「YF_(3)」の含有量と、X線回折の結果(ピーク強度等)から算出した「Y_(5)O_(4)F_(7)」及び「YF_(3)」の含有量は異なる値となることが技術常識である。
一方で、甲5発明においては、「LnOF」と「LnF_(3)」のX線回折相対強度が特定されているものの、酸素濃度が不明であって、酸素濃度から求めた「Y_(5)O_(4)F_(7)」及び「YF_(3)」の含有量を求めることができない。
したがって、甲5発明において、「LnOF」の全量を「Y_(5)O_(4)F_(7)」に変更したとしても、酸素濃度から求めた「Y_(5)O_(4)F_(7)」及び「YF_(3)」の含有量を特定することができず、「Y_(5)O_(4)F_(7)」及び「YF_(3)」の含有量が、本件訂正発明の「Y_(5)O_(4)F_(7)が43質量%または64質量%、残分がYF_(3)であ」るとの組成を満たすか否かは不明といわざるを得ない。
(エ)そして、第5 1(2)にも記載のように、本件訂正発明は、「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含み」、「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とが、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)との全体に対して、Y_(5)O_(4)F_(7)が43質量%または64質量%、残分がYF_(3)であ」るとの組成とすることで、「大気プラズマ溶射」を行っても「組成ズレ」せずに「オキシフッ化イットリウム溶射膜」を得ることができるとの効果を奏するものであり、甲5、甲6には、当該効果を示唆するような記載はなされておらず、当該効果が技術常識であったとも認められないから、上記相違点4に係る事項を採用することの効果が、当業者が予測し得る程度のものであったとはいえない。
(オ)したがって、上記(ア)?(エ)を総合して考慮すると、甲5発明において、上記相違点4に係る事項を採用することは、当業者が容易に想到し得ることではない。

ウ まとめ
したがって、相違点3について判断するまでもなく、本件訂正発明は、甲5発明、甲6に記載された事項及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明することができたものではない。
よって、請求項1に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではなく、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものではない。


(4)申立理由3(サポート要件、実施可能要件)について
ア 本件訂正発明がサポート要件を満たすことについては、上記第5 1(2)に記載したとおりである。

イ 以下、各申立理由3-1?申立理由3-4を採用できない理由についてさらに説明する。

(ア)申立理由3-1について
「大気プラズマ溶射」における「組成ズレ」の程度には、雰囲気における酸素の量や、「溶射材料」の組成が主に影響し、作動ガスの組成等の溶射条件は一般的に用いられている範囲のものであれば、「組成ズレ」の程度には、大きく影響しないと認められる。また、申立人も溶射条件により「組成ズレ」の程度が大きく異なるという具体的な根拠を示してはいない。そして、本件特許における作動ガスの組成等の溶射条件は、一般的に用いられている範囲のものであると認められるから、本件訂正発明において、上記課題を解決し得ない場合を含むと認めることはできない。
したがって、本件訂正発明が、申立理由3-1により、発明の詳細な説明に記載されたものでないとはいえない。
また、同様の理由で、申立理由3-1により、本件特許の発明の詳細な説明が、本件訂正発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものでないとはいえない。

(イ)申立理由3-2について
本件訂正発明は、「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含」むものであり、上記第5 1(1)、(3)アに記載のように、「酸素含有量に基づきY_(5)O_(4)F_(7)及び残分を算出する」以外の方法で「Y_(5)O_(4)F_(7)」及び「YF_(3)」の含有量を算出するものを含まない。
したがって、本件訂正発明が「酸素含有量に基づきY_(5)O_(4)F_(7)及び残分を算出する」以外の方法で「Y_(5)O_(4)F_(7)」及び「YF_(3)」の含有量を算出もするものを含むことを前提とした申立理由3-2により、本件訂正発明が、発明の詳細な説明に記載されたものでないとはいえない。
また、同様の理由で、申立理由3-2により、本件特許の発明の詳細な説明が、本件訂正発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものでないとはいえない。

(ウ)申立理由3-3について
本件訂正発明は、「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含」むものであるから、溶射材料中の「Y_(5)O_(4)F_(7)」と「YF_(3)」が占める割合が100質量%でない場合を含むことを前提とした申立理由3-3により、本件訂正発明が、発明の詳細な説明に記載されたものでないとはいえない。
また、同様の理由で、申立理由3-3により、本件特許の発明の詳細な説明が、本件訂正発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものでないとはいえない。

(エ)申立理由3-4について
上記第5 1(2)エ(イ)、(エ)に記載したように、本件訂正発明の課題は、実質的には、「大気プラズマ溶射」で成膜しても、「組成ズレ」せずに「オキシフッ化イットリウム溶射膜」を成膜できる「フッ化イットリウム溶射材料を提供すること」であり、「従来の酸化イットリウム溶射膜やフッ化イットリウム溶射膜に比べて、プロセスシフトやパーティクルの少ない」ことは、「オキシフッ化イットリウム溶射膜」の一般的な性質であって、本件訂正発明の上記課題は、「オキシフッ化イットリウム溶射膜」を、より「プロセスシフトやパーティクルの少ない」ものとすることを含むものではないと認められる。
そうすると、溶射材料の原料粒径、原料種類及び造粒の有無といった、溶射材料の製造条件によるパーティクルの有無への影響は、必ずしも上記課題を解決し得るか否かには影響しない。
したがって、申立理由3-4の理由により、本件訂正発明が、発明の詳細な説明に記載されたものでないとはいえない。
また、同様の理由で、申立理由3-4の理由により、本件特許の発明の詳細な説明が、本件訂正発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものでないとはいえない。

ウ まとめ
したがって、本件訂正発明は、発明の詳細な説明に記載されたものでないとはいえず、本件特許の発明の詳細な説明は、本件訂正発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものでないともいえないから、本件特許は、申立理由3により取り消されるべきものとはいえない。


(4)申立理由4(明確性)について
本件訂正発明は、「Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含」むものであり、Y_(5)O_(4)F_(7)及びYF_(3)以外の成分を含まないから、X線回折測定においてY_(5)O_(4)F_(7)及びYF_(3)以外の結晶相が観察された溶射材料におけるY_(5)O_(4)F_(7)及びYF_(3)量の測定方法が明確であるか否かは、本件訂正発明が明確であるか否かとは無関係である。
したがって、本件特許は、申立理由4により取り消されるべきものとはいえない。


第7 むすび
以上のとおり、本件訂正請求による訂正は適法である。そして、本件訂正後の請求項1に係る特許は、取消理由通知書に記載した取消理由1?3及び特許異議申立書に記載された申立理由1?5によっては、取り消すことができない。
また、他に本件訂正後の請求項1に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

本件訂正前の請求項2に係る特許は、訂正により削除された。これにより、本件特許の請求項2に対する特許異議申立てについては、対象とする請求項が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項において準用する同法第135条の規定により却下する。

よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (54)【発明の名称】
フッ化イットリウム溶射材料
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体製造工程でのプラズマエッチング工程で使用するのに優れたオキシフッ化イットリウム成膜部品を製造する際に用いるフッ化イットリウム溶射材料に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体製造のエッチャー工程においては、腐食性が高いハロゲン系ガスプラズマ雰囲気で処理する。エッチャー装置のハロゲン系ガスプラズマに触れる部品は、金属アルミニウム又は酸化アルミニウムセラミックスに酸化イットリウムやフッ化イットリウムを表面に溶射することで成膜した部材が耐腐食性に優れていることが知られ、採用されている(特許文献1?4)。半導体製品の製造工程で用いられるハロゲン系腐食ガスは、フッ素系ガスとしては、SF_(6)、CF_(4)、CHF_(3)、ClF_(3)、HF等が、また、塩素系ガスとしては、Cl_(2)、BCl_(3)、HCl等が用いられる。
【0003】
酸化イットリウムを大気プラズマ溶射して製造する酸化イットリウム成膜部品は、技術的な問題が少なく、早くから半導体用溶射部材として実用化されている。一方、フッ化イットリウム溶射膜は耐食性に優れるものの、フッ化イットリウムを大気プラズマ溶射する際に、3,000℃以上の炎を通過、溶融する時、フッ化物の分解が生じ、部分的にフッ化物と酸化物の混合物になるなどの技術的課題があり、酸化物溶射成膜部材に比べて実用化が遅れている。
【0004】
酸化イットリウムの成膜部品は、プロセス初期に最表面の酸化イットリウムが、フッ素系ガスに反応し、装置内のフッ素系ガス濃度が変化して、エッチャー工程が安定しない問題がある。この問題をプロセスシフトとよぶ。そこで、フッ化イットリウムの成膜部品を採用することが検討されている。
しかし、フッ化イットリウムは酸化イットリウムと比べ、わずかながらハロゲン系ガスプラズマ雰囲気での耐食性が低い傾向にある。また、フッ化イットリウム溶射膜は酸化イットリウム溶射膜と比べ、表面のヒビが多く、パーティクルの発生が多い問題がある。
【0005】
そこで、酸化イットリウムとフッ化イットリウムの両方の性格をもつオキシフッ化イットリウムの方が良いと考えられ、検討が始まりつつある(特許文献5)。
しかし、オキシフッ化イットリウム成膜部品は通常のオキシフッ化イットリウムを大気雰囲気プラズマ溶射するのでは、酸化によってフッ素が減り、酸素が増える組成ズレが生じ、オキシフッ化イットリウム溶射膜を成膜することは難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3672833号公報
【特許文献2】特許第4905697号公報
【特許文献3】特許第3523222号公報
【特許文献4】特許第3894313号公報
【特許文献5】特許第5396672号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記の問題点に鑑み、従来の酸化イットリウム溶射膜やフッ化イットリウム溶射膜に比べて、プロセスシフトやパーティクルの少ないオキシフッ化イットリウム溶射膜を得るための大気プラズマ溶射で安定して成膜できるフッ化イットリウム溶射材料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、大気プラズマ溶射中に生じる組成ズレを考慮し、Y_(5)O_(4)F_(7)を30?90質量%と残分がYF_(3)であるフッ化イットリウム溶射材料を用いることが有効であることを見出し、本発明をなすに至った。
【0009】
従って、本発明は下記のフッ化イットリウム溶射材料を提供する。
〔1〕
大気プラズマ溶射用のフッ化イットリウム溶射材料であって、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含み、Y_(2)O_(3)を含まず、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とが、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)との全体に対して、Y_(5)O_(4)F_(7)が43?71質量%、残分がYF_(3)であり、レーザー回折法で測定された平均粒径D50が10μm以上60μm以下で、嵩密度が1.2g/cm^(3)以上2.5g/cm^(3)以下であることを特徴とするフッ化イットリウム溶射材料。
また、本発明は下記のフッ化イットリウム溶射材料及びオキシフッ化イットリウム成膜部品並びにそれらの製造方法が関連する。
[1]
Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とを含み、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とが、Y_(5)O_(4)F_(7)が30?90質量%、残分がYF_(3)であり、平均粒径が10μm以上60μm以下で、嵩密度が1.2g/cm^(3)以上2.5g/cm^(3)以下であることを特徴とするフッ化イットリウム溶射材料。
[2]
平均粒径が0.01μm以上3μm以下の酸化イットリウムを10?50質量%と、残分が平均粒径0.01μm以上3μm以下の(YF_(3))_(3)NH_(4)F・H_(2)Oで示されるフッ化アンモニウム複塩とを混合、造粒、焼成することを特徴とする[1]記載のフッ化イットリウム溶射材料の製造方法。
[3]
基材にYOF、Y_(5)O_(4)F_(7)及びY_(7)O_(6)F_(9)から選ばれる少なくとも1種のオキシフッ化イットリウムを含む溶射膜が積層されてなることを特徴とするオキシフッ化イットリウム成膜部品。
[4]
基材に[1]記載のフッ化イットリウム溶射材料を大気プラズマ溶射して、基材上にYOF、Y_(5)O_(4)F_(7)及びY_(7)O_(6)F_(6)から選ばれる少なくとも1種のオキシフッ化イットリウムを含む溶射膜を形成することを特徴とするオキシフッ化イットリウム成膜部品の製造方法。
[5]
基材にYOF及びY_(5)O_(4)F_(7)を含む溶射膜が積層されてなることを特徴とするオキシフッ化イットリウム成膜部品。
[6]
上記基材が、ステンレス、アルミニウム、ニッケル、ニッケル合金、クロム、クロム合金、亜鉛、亜鉛合金、アルミナ、窒化アルミニウム、窒化珪素、炭化珪素及び石英ガラスから選ばれることを特徴とする[5]記載のオキシフッ化イットリウム成膜部品。
[7]
上記溶射膜がY_(2)O_(3)を含まないことを特徴とする[5]又は[6]記載のオキシフッ化イットリウム成膜部品。
[8]
上記溶射膜の厚さが50?500μmであることを特徴とする[5]乃至[7]のいずれかに記載のオキシフッ化イットリウム成膜部品。
【発明の効果】
【0010】
本発明のフッ化イットリウム溶射材料は、大気中プラズマ溶射したとき、オキシフッ化イットリウム溶射膜を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のフッ化イットリウム溶射材料は、フッ化イットリウム(YF_(3))と共に、オキシフッ化イットリウム(Y_(5)O_(4)F_(7))を含む溶射材料である。本発明のフッ化イットリウム溶射材料は、酸化イットリウム(Y_(2)O_(3))を含まないものであることが好ましい。具体的には、X線回折により、結晶相として、オキシフッ化イットリウム(Y_(5)O_(4)F_(7))と、フッ化イットリウム(YF_(3))とが検出されるもの、特に、結晶相として、これらのみが検出されるものが好適である。また、この溶射材料中のオキシフッ化イットリウム(Y_(5)O_(4)F_(7))とフッ化イットリウム(YF_(3))との全体に対して、Y_(5)O_(4)F_(7)が30?90質量%、好ましくは60?80質量%であり、残分がYF_(3)である。溶射材料には、少量であればYOFなどの他の結晶相が含まれていてもよいが、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)との合計が90質量%以上であることが好ましく、溶射材料が、実質的にY_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみからなることが特に好ましい。更に、本発明のフッ化イットリウム溶射材料は、平均粒径が10?60μm、好ましくは25?45μmであり、嵩密度が1.2?2.5g/cm^(3)、好ましくは1.3?2.0g/cm^(3)である。
【0012】
フッ化イットリウム溶射材料を大気プラズマ溶射すると、溶射膜(溶射皮膜)の酸素濃度が増える一方、溶射膜のフッ素濃度が減少するので、溶射材料は、部分的に酸化される。本発明の上記フッ化イットリウム溶射材料は、大気プラズマ溶射で、安定してオキシフッ化イットリウムの溶射膜を形成するのに適したものである。大気プラズマ溶射中の組成ズレを考慮すると、溶射材料は、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とが、30質量%以上90質量%以下がY_(5)O_(4)F_(7)、残分がYF_(3)であることが有効なものである。
【0013】
溶射材料粉末としては、流動性が良いものが好ましく、溶射材料として使用する場合、その粒子形状は球状が好ましい。溶射材料として、溶射のフレーム中に溶射材料を導入する際に、流動性が悪いと、溶射材料が供給管内に詰まったりして使用上不都合が生じるためである。この流動性を得るために溶射材料は球状が好ましく、その粒子外形のアスペクト比が2以下、好ましくは1.5以下であることが望ましい。アスペクト比は、粒子の長径と短径との比で表される。
【0014】
流動性を示す指数には安息角がある。安息角は小さい程、流動性が良い。安息角は45°以下がよく、好ましくは40°以下がよい。安息角は粒子形状、粒径、粒度分布、嵩密度によって決まる。安息角を小さくするには、粒子形状は球形で、平均粒度が10μm以上で、粒度分布がシャープな方がよい。
【0015】
また、溶射材料の粒子の大きさは、平均粒径D50は10μm以上で60μm以下であることが好ましい。平均粒径D50はレーザー回折法で測定する。これは、溶射材料の粒子の大きさが小さすぎると、フレーム中で蒸発してしまうなど、溶射歩留まりが低下するし、粒子が大きすぎるとフレーム中で完全に溶融せず、溶射膜の品質が低下するおそれがあるからである。造粒した粉末である溶射材料が内部まで充填していることは、粉末を取り扱う上で割れたりせずに安定していること、空隙部が存在するとその空隙部に好ましくないガス成分を含有しやすいのでそれを避けることができること、等の理由から、必要なことである。
【0016】
上記フッ化イットリウム溶射材料の製造方法としては、例えば、平均粒径0.01μm以上3μm以下の酸化イットリウムを10質量%以上50質量%以下と、残分が平均粒径0.01μm以上3μm以下のフッ化アンモニウム複塩((YF_(3))_(3)NH_(4)F・H_(2)O)とを、必要に応じて更にバインダーと共に、混合、造粒、焼成することによって製造することができる。バインダーとしては、有機化合物が好ましく、炭素、水素及び酸素、又は炭素、水素、酸素及び窒素で構成される有機化合物、例えば、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリビニルピロリドン(PVP)などが挙げられる。フッ化アンモニウム複塩は、硝酸イットリウム溶液と酸性フッ化アンモニウム溶液を0℃以上80℃以下、好ましくは40℃以上70℃以下で混合し、白い沈殿物を晶析させることにより合成することができ、この沈殿物をろ過・水洗・乾燥して用いることができる。得られた沈殿物は、X線回折法の分析で(YF_(3))_(3)NH_(4)F・H_(2)Oの形のフッ化アンモニウム複塩であることが確認される。
【0017】
焼成は、真空もしくは不活性ガス雰囲気中で600℃以上1,000℃以下、好ましくは700℃以上900℃以下の温度で1時間以上12時間以下、好ましくは2時間以上5時間以下で焼成することができる。
【0018】
半導体製造装置用部材への溶射は、常圧(大気圧)又は減圧で行われることが望ましい。また、プラズマガスとしては、窒素/水素、アルゴン/水素、アルゴン/ヘリウム、アルゴン/窒素、アルゴン単体、窒素ガス単体が挙げられ、特に限定されるものではないが、アルゴン/窒素が好ましい。
【0019】
溶射される半導体製造装置用部材としては、基材として、ステンレス、アルミニウム、ニッケル、クロム、亜鉛、及びそれらの合金、アルミナ、窒化アルミニウム、窒化珪素、炭化珪素、石英ガラス等が挙げられ、溶射層(溶射膜)は50?500μmの厚さを形成するとよい。本発明によって得られた溶射材料を溶射する際に、溶射条件等については、特に限定はなく、基材、溶射材料及び溶射膜の具体的材質、得られる溶射部材の用途等に応じて、適宜設定すればよい。
【0020】
本発明のフッ化イットリウム溶射材料を大気プラズマ溶射することにより、溶射膜を形成することができ、また、基材上に、溶射膜を形成したオキシフッ化イットリウム成膜部品を得ることができる。溶射膜は、YOF、Y_(5)O_(4)F_(7)及びY_(7)O_(6)F_(9)から選ばれる少なくとも1種のオキシフッ化イットリウム、特に、YOF、又はYOF及びY_(5)O_(4)F_(7)を含む。この溶射膜は、酸化イットリウム(Y_(2)O_(3))を含まないものであることが好ましく、結晶相として、オキシフッ化イットリウムのみを含むものであることが好ましい。
【0021】
溶射の具体例として、アルゴン/水素プラズマ溶射の場合、大気雰囲気で、アルゴン40L/min、水素5L/minの混合ガスを用いた大気圧プラズマ溶射が挙げられる。溶射距離や電流値、電圧値、アルゴンガス供給量、水素ガス供給量、等の溶射条件は、溶射部材の用途等に応じて条件設定を行う。粉末供給装置に溶射材料を所定量充填し、パウダーホースを用いてキャリアガス(アルゴン)により、プラズマ溶射ガン先端部までパウダーを供給する。プラズマ炎の中にパウダーを連続供給することで、溶射材料が溶けて液化し、プラズマジェットの力で液状フレーム化する。基板上に液状フレームが当たることで、溶けたパウダーが付着、固化して堆積する。この原理で、ロボットや人間の手を使い、フレームを左右、上下に動かしながら、基板上の所定のコート範囲内にオキシフッ化イットリウム溶射層を形成することにより、オキシフッ化イットリウム成膜部品(溶射部材)を製造することができる。
【0022】
パーティクルの簡易試験方法としては、例えば、所定量の純水に成膜部品を、超音波をかけながら所定時間浸漬し、浸漬液を回収して硝酸を添加し、パーティクルを溶解し、浸漬液中のイットリウム量をICPで測定する方法で実施する。イットリウム量が少ない程、パーティクルが少ないことを意味する。
【実施例】
【0023】
以下、実施例と比較例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。なお、表中のwt%は質量%を示す。
【0024】
[参考例1]
〔フッ化アンモニウム複塩の製造〕
1mol/Lの硝酸イットリウム溶液1Lを50℃に加熱し、この液に1mol/L酸性フッ化アンモニウム溶液1Lを50℃で撹拌しながら、約30分で混合した。これにより、白い沈殿物が晶析した。この沈殿物をろ過・水洗・乾燥した。得られた沈殿物は、X線回折法の分析で(YF_(3))_(3)NH_(4)F・H_(2)Oの形のフッ化アンモニウム複塩であると認められた。レーザー回折法で平均粒径を測定し、0.7μmであった。
【0025】
[実施例1?4、比較例1,2]
〔溶射粉末(溶射材料)の製造〕
表1に示す原料を同表の割合で混合し、実施例1?3、比較例1,2にあっては、同表のバインダーと共に、実施例4にあっては、バインダーを加えずに、水に分散させてスラリーを調製し、これを、スプレードライヤーを用いて造粒した後、同表の条件で焼成して、溶射粉末を得た。得られた各溶射粉末の物質(結晶相)同定を実施し、粒度分布、嵩密度、安息角、イットリウム濃度、フッ素濃度、酸素濃度、炭素濃度及び窒素濃度を測定した。結果を表1に示す。物質同定はX線回折法、粒度分布はレーザー回折法で測定した。嵩密度及び安息角はパウダーテスター、イットリウム濃度はサンプルを溶解してEDTA滴定法、フッ素濃度は溶解イオンクロマトグラフィ法、酸素濃度、炭素濃度及び窒素濃度は燃焼IR法でそれぞれ分析した。なお、炭素及び窒素は、実施例1?4、比較例1,2のいずれにおいても検出されなかった(即ち、炭素濃度及び窒素濃度は、いずれも0質量%であった)。実施例1?4及び比較例1においては、測定された酸素濃度からY_(5)O_(4)F_(7)の含有率を算出し、残部をYF_(3)の含有率とした。一方、比較例2においては、X線回折により同定された3種の結晶相について、それらのスケール因子(スケールファクター)から、各物質(結晶相)の含有率を算出した。
【0026】
〔溶射部材の製造〕
実施例1?4及び比較例1,2の溶射粉末を用いて、大気雰囲気で、アルゴン40L/min、水素5L/minの混合ガスを用いた大気圧プラズマ溶射をアルミニウム基材に施工し、200μm程度の溶射膜を形成した成膜物品(溶射部材)を得た。実施例1?4と比較例1,2の溶射材料から得られた溶射膜を削り、得られた各溶射膜の物質(結晶相)同定はX線回折法、イットリウム濃度はサンプルを溶解してEDTA滴定法、フッ素濃度は溶解イオンクロマトグラフィ法、酸素濃度は燃焼IR法でそれぞれ分析した。結果を表2に示す。
【0027】
実施例1?4に示したように酸化イットリウムとフッ化アンモニウム複塩((YF_(3))_(3)NH_(4)F・H_(2)O)とを混合、造粒、焼成することによって製造したフッ化イットリウム溶射材料は、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とを、Y_(5)O_(4)F_(7)が30?90質量%、残分がYF_(3)で含む混合物であった。
【0028】
この溶射材料をアルゴン40L/min、水素5L/minの混合ガスを用いた大気雰囲気での大気圧プラズマ溶射をアルミニウム基材に施工したとき、溶射膜はYOF、Y_(5)O_(4)F_(7)、Y_(7)O_(6)F_(9)の少なくとも1種以上のオキシフッ化イットリウムであった。一方、比較例1,2では、酸化イットリウム(Y_(2)O_(3))とフッ化イットリウム(YF_(3))とを所定量混合、造粒、焼成することによって製造したフッ化イットリウム溶射材料を、大気雰囲気で、アルゴン40L/min、水素5L/minの混合ガスを用いた大気圧プラズマ溶射をアルミニウム基材に施工して成膜物品(溶射部材)としたものであるが、このとき、溶射膜はY_(2)O_(3)の混じったものになった。
【0029】
実施例1?4と比較例1,2の成膜部品を純水100L/hrの流量でかけ流し洗浄した後、純水10Lに、超音波をかけながら10分間浸漬した。その後、浸漬液を回収して2mol/L硝酸を100mL加え、ICPでイットリウム量を測定した。その測定値を表3に示す。
【0030】
【表1】

CMC:カルボキシメチルセルロース
PVA:ポリビニルアルコール
PVP:ポリビニルピロリドン
【0031】
【表2】

【0032】
【表3】

(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
大気プラズマ溶射用のフッ化イットリウム溶射材料であって、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とのみを含み、Y_(2)O_(3)を含まず、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)とが、Y_(5)O_(4)F_(7)とYF_(3)との全体に対して、Y_(5)O_(4)F_(7)が43?71質量%、残分がYF_(3)であり、レーザー回折法で測定された平均粒径D50が10μm以上60μm以下で、嵩密度が1.2g/cm^(3)以上2.5g/cm^(3)以下であることを特徴とするフッ化イットリウム溶射材料。
【請求項2】(削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-03-19 
出願番号 特願2018-120619(P2018-120619)
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (C23C)
P 1 651・ 121- YAA (C23C)
P 1 651・ 55- YAA (C23C)
P 1 651・ 537- YAA (C23C)
P 1 651・ 161- YAA (C23C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 國方 康伸  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 北村 龍平
井上 猛
登録日 2019-01-18 
登録番号 特許第6465241号(P6465241)
権利者 信越化学工業株式会社
発明の名称 フッ化イットリウム溶射材料  
代理人 特許業務法人英明国際特許事務所  
代理人 特許業務法人英明国際特許事務所  

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