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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C08G
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C08G
管理番号 1362862
審判番号 不服2018-9216  
総通号数 247 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-07-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-07-04 
確定日 2020-06-04 
事件の表示 特願2016-134879「メタセシスポリマーの付加物及びその製造」拒絶査定不服審判事件〔平成28年12月22日出願公開、特開2016-216731〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続きの経緯
本願は、2009年(平成21年)8月4日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理2008年8月4日、(US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする特願2011-522162号の一部を平成26年11月21日に新たに特許出願した特願2014-236316号の一部を更に平成28年7月7日に新たな特許出願としたものであって、平成30年3月1日付けで拒絶査定がなされたのに対して、平成30年7月4日に拒絶査定不服の審判請求がなされ、令和元年5月31日付けで当審から拒絶の理由が通知され、令和元年9月4日に手続補正書と意見書が提出されたものである。

さらに、令和元年9月4日に提出された意見書の主張について曖昧な点について当審から請求人に説明を求め、請求人は令和元年11月7日にFAXを提出した。

第2 特許請求の範囲の記載
本願の令和元年9月4日の手続補正書により補正された特許請求の範囲には、以下の記載がされている(以下、特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される発明を、順に「本願発明1」?「本願発明3」といい、まとめて「本願発明」という。下線は補正箇所または当審が付したものを示す。)。

「【請求項1】
不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー及び式:
【化1】

[式中、R_(1)及びR_(2)は同一であるかもしくは異なり、水素又は1価の有機基から選ばれる]
を有する不飽和二酸無水物から形成される付加物であって、ここで形成された不飽和メタセシスポリマー付加物は、1?14kg/モルの数平均分子量(Mn)をもつこと、付加物の鎖がポリマー鎖中100個の炭素原子当たり2?25個の二重結合を有すること、付加物に基づいて0.1?33重量パーセントの側鎖無水物基を有すること、52?70%のシス含有率及び10℃より低い融点を有すること、及び、3%より低い結晶化度を有し、かつ、
前記不飽和二酸無水物は、無水マレイン酸、シトラコン酸無水物、イタコン酸無水物、グルタコン酸無水物、クロトン酸無水物、3,4,5,6-テトラヒドロフタル酸無水物、2,3-ジメチルマレイン酸無水物、ブロモマレイン酸無水物、クロロマレイン酸無水物、ジブロモマレイン酸無水物及びジクロロマレイン酸無水物からなる群より選択され、
前記不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマーは、シクロペンテン、シクロオクテン、1,3-シクロオクタジエン、1,5-シクロオクタジエン、1,5,9-シクロドデカトリエン及びこれらの混合物からなる群より選択されるシクロオレフィンモノマーを開環メタセシス重合して得られたもの又はそのメタセシス触媒処理して得られたものである、
ことを特徴とする付加物。
【請求項2】
側鎖無水物基が2?4重量パーセントの範囲の量で存在する請求項1に記載の付加物。
【請求項3】
さらに100個の炭素原子当たりに6?20個の二重結合を有することを特徴とする請求項1に記載の付加物。

なお、本願発明1は、平成28年7月7日付けで特許出願された特許請求の範囲に記載された請求項1?3に係る発明のうち、「不飽和二酸無水物」を「無水マレイン酸、シトラコン酸無水物、イタコン酸無水物、グルタコン酸無水物、クロトン酸無水物、3,4,5,6-テトラヒドロフタル酸無水物、2,3-ジメチルマレイン酸無水物、ブロモマレイン酸無水物、クロロマレイン酸無水物、ジブロモマレイン酸無水物及びジクロロマレイン酸無水物からなる群より選択され」と限定し、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」を「シクロペンテン、シクロオクテン、1,3-シクロオクタジエン、1,5-シクロオクタジエン、1,5,9-シクロドデカトリエン及びこれらの混合物からなる群より選択されるシクロオレフィンモノマーを開環メタセシス重合して得られたもの又はそのメタセシス触媒処理して得られたものである」と限定した発明である。

第3 当審が通知した拒絶理由の概要
令和元年5月31日付けで当審が通知した拒絶の理由は、以下の理由1、2である。

1 理由1は、この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないというものであり、要約すると下記で示したとおりのものである。

(1)本願発明は、付加物が「52?70%のシス含有率を有する」ことを発明特定事項として備えるものであるが、本願明細書をみても、当該発明特定事項を備える付加物が得られていることを具体的に確認することができないし、当業者が本願出願日における技術常識を参酌しても、係る付加物を得ることができるとはいえないから、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等が必要であるといわざるを得ない。
(2)本願発明は、付加物が「10℃より低い融点を有する」ことを発明特定事項として備えるものであるが、本願明細書をみても、当該発明特定事項を備える付加物が得られていることを具体的に確認することができないし、当業者が本願出願日における技術常識を参酌しても、係る付加物を得ることができるとはいえないから、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等が必要であるといわざるを得ない。
(3)本願発明は、付加物が「3%より低い結晶化度」を有することを発明特定事項として備えるものであるが、本願明細書をみても、当該発明特定事項を備える付加物が得られていることを具体的に確認することができないし、当業者が本願出願日における技術常識を参酌したとしても、係る付加物を得ることができるとはいえないことから、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等が必要であるといわざるを得ない。
してみると、(1)?(3)から、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるとはいえない、というものである。

2 理由2は、この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないというものであり、要約すると下記で示したとおりのものである。

本願発明の解決課題は、本願明細書(例えば【0002】)の記載からみて、種々の用途において役に立つ不飽和メタセシスポリマー及びそのポリマーの製造方法を提供することにあると認められるが、発明の詳細な説明には、不飽和メタセシスポリマーの付加物は「52?70%のシス含有率」(【0063】)、「10℃より低い融点」(【0064】)、及び、「3%より低い結晶化度」(【0065】)を有するとあるものの、これらの特性を得るための製造方法などの条件については規定されていないし、具体的に開示された様態、例えば実施例などについても記載されていないものであり、本願明細書をみても、当該発明特定事項を備える付加物が得られることを具体的に確認することができないから、本願明細書をみても、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識により当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められない、というものである。

第4 当審の判断
当審は、当審拒絶理由のとおり、この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないと判断し、また、この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないと判断する。
それらの理由は以下のとおりである。

1 特許法第36条第4項第1号について
(1)特許法第36条第4項第1号の考え方について
特許法第36条第4項は、「前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定され、その第1号において、「経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、明確かつ十分に記載したものであること。」と規定している。
特許法第36条第4項第1号は、発明の詳細な説明のいわゆる実施可能要件を規定したものであって、物の発明では、その物を作り、かつ、その物を使用する具体的な記載が発明の詳細な説明にあるか、そのような記載が無い場合には、明細書及び図面の記載及び出願時の技術常識に基づき、当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要なく、その物を作り、その物を使用することができる程度にその発明が記載されていなければならないと解される。

よって、この観点に立って判断をする。

(2)特許請求の範囲の記載
本願発明1?3に関して、特許請求の範囲には、上記「第2」に記載したとおりの記載がされている。

(3)発明の詳細な説明の記載
本願の明細書(「以下、本願明細書」という。)には、以下のとおりのことが記載されている。

ア 「【0041】
シクロオレフィンは、式
・・・
【0043】
により示される化合物を含み、式中、zは1?約18の整数を含む。シクロオレフィンの例にはシクロプロペン、シクロブテン、ベンゾシクロブテン、シクロペンテン、ジシクロペンタジエン、ノルボルネン、ノルボルナジエン、シクロヘプテン、シクロオクテン、7-オキサノルボルネン、7-オキサノルボルナジエン、シクロデセン、1,3-シクロオクタジエン、1,5-シクロオクタジエン、1,3-シクロヘプタジエン、[2.2.1]ビシクロヘプテン、[2.2.2]ビシクロオクテン、シクロヘキセニルノルボルネン、ノルボルネンジカルボン酸無水物、シクロドデセン、1,5,9-シクロドデカトリエン及びそれらの誘導体が含まれる。1つの態様において、シクロオレフィンはシクロペンテン、シクロオクテン、1,3-シクロオクタジエン、1,5-シクロオクタジエン、1,5,9-シクロドデカトリエン又はそれらの混合物である。当該技術分野における熟練者は、開環重合の熱力学が環の大きさ及び置換基のような因子に基づいて変わることを認
識するであろう。開環メタセシスは、K.J.Irvin and J.C.Mol著,Olefin Metathesis and Metathesis Polymerization,Chap.11(1977)に記載されている。」

イ 「【0050】
インターポリマーを含むメタセシスポリマーの製造に用いられる合成法は、通常のメタセシス重合法を含む。これらの反応は開環メタセシス重合(ROMP)及び/又は非環状ジエンメタセシス重合(ADMET)を含むことができる;これらの反応は、米国特許第5,728,917号及び5,290,895号及び5,969,170号明細書に示されている通り、当該技術分野において既知である。より高分子量の不飽和ポリマーのメタセシス解重合によってメタセシスポリマーを製造することもできる(国際公開第2006/127483A1号パンフレットを参照されたい)。メタセシス反応における多官能性アルケンを含む官能性アルケンの使用も既知であり、米国特許第5,880,231号明細書及び米国特許出願第11/344,660号明細書(U.S.Serial No.11/344,660)として開示されている。」

ウ 「【0063】
別の態様において、付加物は51%?99%のシス含有率、他の態様において約52%?約85%のシス含有率、別の態様において約52%?約80%のシス含有率、別の態様において約52%?約75%のシス含有率、別の態様において約52%?約70%のシス含有率、さらに別の態様において約52%?約65%のシス含有率、そして別の態様において53%?65%のシス含有率、そして別の態様において53%?60%のシス含有率、さらに別の態様において約55%?約75%のシス含有率、別の態様において約55%?約70%のシス含有率、別の態様において約55%より高いシス含有率、別の態様において約60%より高いシス含有率、別の態様において約65%より高いシス含有率、そして別の態様において約70%より高いシス含有率を有する。」

エ 「【0064】
別の態様において、付加物は40℃より低い、他の態様において約30℃より低い、他の態様において約25℃より低い、そして他の態様において約10℃より低い融点を有することができる。別の態様において、ポリマーは約0℃?約25℃、他の態様において約5℃?約20℃の範囲内の融点を有する。」

オ 「【0065】
別の態様において、付加物は10%より低い、他の態様において約8%より低い、他の態様において約7%より低い、他の態様において約5%より低い、そして別の態様において約3%より低い結晶化度を有する。」

カ 「【0067】
メタセシスポリマーと不飽和二酸無水物との反応において用いることができる方法の代表的な例は、エン反応法及びラジカル付加法である。これらの方法は以下の通りに記載される:エン反応は、アリル水素を含有するアルケン(エン)と活性化二重結合を含有する化合物(エノフィル)の間の部位-特異的有機化学反応である。モノマーのような小分子上又はポリマー上(主鎖もしくは側鎖基)に反応性エン二重結合が存在することができる。反応は通常熱エネルギーにより、又はBF_(3)、AlCl_(3)のようなルイス酸の存在により触媒される。エン反応の生成物は、置換されたアルケン又は二重結合がアリル位置に1個の炭素分移動した付加物である。
【0068】
エン反応は、純の(neat)かもしくは溶液中の不飽和メタセシスポリマーを不飽和二酸無水物(ポリマーに基づいて約0.1?50重量パーセント)と混合するか、又は配合することにより行われる。反応内容物を反応容器中で、又は押し出し機中で、約160?240℃の温度範囲に約0.1?24時間、又は分光分析が所望のレベルの付加物が生成したことを示すまで、加熱する。
【0069】
あるいはまた、ジ-tert-ブチルペルオキシド、ジクミルペルオキシド、α,α-アゾイソブチロニトリル(AIBN)及びペルオキシ安息香酸tert-ブチルのようなラジカル開示剤を、純のかもしくは溶液中のメタセシスポリマー及び不飽和二酸無水物(ポリマーに基づいて約0.1?約50重量パーセント)と組み合わせて用いることにより、付加物を製造することができる。約50?約150℃の範囲の温度で反応を行うことができる。場合によりラジカル阻害剤(radical inhibitor)又は酸化防止剤を用いることができる。
【0070】
他の適したラジカル開始剤の例は周知である。これらには、ジアシルペルオキシド、例えばベンゾイルペルオキシド、2,4-ジクロロベンゾイルペルオキシド、オクタノイルペルオキシド及びラウロイルペルオキシド、ジアルキルペルオキシド、例えばジ-t-ブチルペルオキシド、2,5-ジメチル-2,5-ジ(t-ブチルペルオキシ)ヘキサン-3、ジクミルペルオキシド及びα,α’ビス(t-ブチルペルオキシ-m-イソプロピル)ベンゼン;ペルオキシエステル、例えば過安息香酸t-ブチル、t-ブチルペルオキシ-m-イソプロピル)ベンゼン;ペルオキシエステル、例えば過安息香酸t-ブチル、t-ブチルペルアセテート、ジ-t-ブチルペルフタレート及び2,5-ジメチル-2,5-ジ(ベンゾイルペルオキシ)ヘキサン;ケトンペルオキシド、例えばメチルエチルケトンペルオキシド及びシクロヘキサノンペルオキシド;ヒドロペルオキシド、例えばジ-t-ブチルヒドロペルオキシド、クメンヒドロペルオキシド、α-フェニルエチルヒドロペルオキシド及びシクロヘキセニルヒドロペルオキシド;ならびにペルオキシケタール、例えば1,1-ビス(t-ブチルペルオキシ)シクロヘキサン及び1,1-ビス(t-ブチルペルオキシ)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサンの1つ又は混合物が含まれる。典型的に用いられる量は、約0.001?0.5重量%の範囲である。」

キ 「【0074】
そのような不飽和二酸無水物には、無水マレイン酸、シトラコン酸無水物、イタコン酸無水物、グルタコン酸無水物、クロトン酸無水物、3,4,5,6-テトラヒドロフタル酸無水物、2,3-ジメチルマレイン酸無水物、ブロモマレイン酸無水物、クロロマレイン酸無水物、ジブロモマレイン酸無水物及びジクロロマレイン酸無水物が含まれるが、これらに限られない。1つの態様において、二酸無水物は無水マレイン酸である。」

(4)刊行物の記載
本願発明の拒絶理由通知でも使用した本願出願時の技術常識といえる引用文献1?3、及び審判請求人が令和元年9月4日に提出した意見書に記載した参考文献1には、以下の事項が記載されている。
ア 引用文献1:特開昭49-128100号公報
(1-1)
「【特許請求の範囲】
(1) 液体ポリペンテナマーとエチレン系不飽和ジカルボン酸またはその無水物とのアダクト。
(2) 液体ポリペンテナマーの粘度が20℃において10?10,000cPである特許請求の範囲第1項記載のアダクト。
(3) 液体ポリペンテナマーの分子量(Mw)が500?15,000である特許請求の範囲第1項または第2項に記載のアダクト。
・・・
(7) 液体ポリペンテナマーをエチレン系不飽和ジカルボン酸またはその無水物と130℃?230℃の温度において反応させることを特徴とする、特許請求の範囲第1項?第6項のいずれかに記載のアダクトの調製法。
・・・
(9) エチレン系不飽和ジカルボン酸またはその無水物の量が液体ポリペンテナマーの1?50重量%である特許請求の範囲第7項または第8項に記載の方法。」

(1-2)
「 ポリペンテナマー〔別名ポリ(1-ペンテニレン)S〕は、適当な触媒好ましくは脂肪族エチレン系不飽和変性剤の存在下にシクロペンテンを立体特異的に重合させて調製し得る公知の化合物である。ポリペンテナマーのコンシステンシーは、重合度に応じて液体から超高分子量ゴム状化合物に至るまで様々である。
立体配置は、例えば触媒を選択することによりトランス型の高いものからシス型100%のものまで変化させることができる。適当な重合触媒は、元素の周期表の第VB,VIBおよびVIIB族の金属から成り、その他V,Cr,Mn,Nb,Mo,Ta,WおよびReのような金属の化合物が挙げられる。好ましい触媒は、モリブデンまたはタングステン化合物と有機金属化合物との反応生成物、特に有機-アルミニユム化合物である。
本発明において“液体ポリペンテナマー”というのは、20℃において液体のポリペンテナマーを意味し、また20℃において粘度10?10,000cPを有するものが好ましい。かかるポリペンテナマーの分子量は、一般に500?15,000好ましくは1,000?5,000である。」(第2頁右下欄4行?第3頁左上欄5行)

(1-3)
「 エチレン系不飽和ジカルボン酸(またはその無水物)として好ましいものは、例えばマレイン酸、フマル酸、シトラコン酸およびイタコン酸のような1分子当りの炭素数が4?5のα-βエチレン系不飽和ジカルボン酸である。
アダクトは、ジカルボン酸またはその無水物の二重結合とポリペンテナマーの二重結合との反応、主として置換-付加反応により生成されるものと思われる。付加反応は、不活性ガス雰囲気中で、130℃?230℃好ましくは160℃?200℃において、好ましくは溶媒を用いずに行なう方が望ましい。反応温度が低いと、粘度の低い生成物の生成が促進される。反応時間は、一般に1?5時間である。反応行程は、気液ガスクロマトグラフ法、遊離の無水マレイン酸の分析法または粘度測定法によってコントロールするのが好ましい。エチレン系不飽和ジカルボン酸の使用量は、一般にポリペンテナマーに対して1?50重量%であるが、特にアダクトを塗料に用いる場合には2?15重量%が好ましい。ゲル化および極端な粘度上昇を防ぐために、反応中に禁止剤(inhibitor)を存在させることができる。適当な禁止剤としては、例えばナフテン酸銅およびオクテン酸銅のような銅化合物、エチレンジアミンテトラ酢酸並びにアセチルアセトンが挙げられる。禁止剤は、ポリペンテナマープラスジカルボン酸またはその無水物に対して0.005?5重量%、好ましくは0.01?0.5重量%使用し得る。」(第3頁左上欄20行?左下欄7行)

(1-4)
「実施例1
分子量7,500および20℃における粘度2760cPを有するポリペンテナマー(Hoeppler DIN53015)135gおよびナフテン酸コバルト0.34gをガラス製反応器500ml中で110℃において1時間窒素雰囲気中で攪拌した。温度を120℃まで上げ、無水マレイン酸15gを加えた。混合物を3時間180℃に保持した。80℃に冷却し、エチレングリコールモノブチルエーテル20部をマレイン化ポリペンテナマー80部に加えた。このアダクト混合物の粘度は23℃において2200cPであった。理論量の50%のトリエチルアミンを加えて中和し、脱塩水で希釈して固形分含有量25%の溶液とした。顔料混合物をTiO_(2)7部、クレー1部および赤色酸化鉄12部から調製した。ボールミルで顔料混合物および25%溶液の一部と重量比1:2の割合で混合した。ボールミルペーストに残りの25%溶液を加えて混合し、顔料/バインダーの比を0.4とした後、脱塩水で希釈し、固形分含有量15%およびpH9.5を有する安定な溶液とした。
この15%溶液を定電圧150Vおよび温度25℃で2分間、燐酸塩を処理したスチールパネルおよび脱グリースしたスチールパネル(表面積330cm^(2))に電着させた。比抵抗は1050Ω.cm、破壊電圧は250V、フイルムの厚さは25ミクロンであった。フイルムを180℃で30分間焼き付けた。フイルムの性質は次の通りである(両スチールパネルを対象):
ブツフホルツ硬度(DIN53153) ・・・85
衝撃強度(BS1391-1952)
直接塗膜面、56cm.kgで初めて劣化
裏面、34cm.kgで初めて劣化
フイルムの外観 ・・・良好
塩吹付け試験 (ASTM B117?64)における下地のさび状態は次の通りである:
燐酸塩を処理したスチールパネル、 96時間後 1?2mm
〃 240時間後 1?5mm
脱グリーススチールパネル 96時間後 2?5mm
このデーターから本発明に係る新規アダクトは、燐酸塩処理および脱グリーススチールの両方に対し非常に優れた耐蝕性を付与する。」(第4頁左上欄8行?左下欄9行)

イ 引用文献2:特公昭48-3560号公報
(2-1)
「本発明の目的は、アルミニウム対タングステンのモル比が3:1以下であるタングステンヘキサフルオライドと有機アルミニウム化合物との有機金属触媒によりシクロペンテンをホモ-又は共重合させる、主としてシス-ポリペンテナマーを製造する方法である。主としてシス-ポリペンテナマーなる用語はシス-構造中にその二重結合を少くとも50%、好ましくは少くとも70%有する生成物のことを意味する。」(第2欄第6?14行)

ウ 引用文献3:特開昭49-41495号公報
(3-1)
「シクロペンテンの開環重合は主としてトランスかまたは主としてシスかのいずれかの構造を与えることができる。上述の技術によれば、触媒成分としてタングステン塩を用いるとトランス-含有率の高いポリペンテナマー(polypentenamer)ポリマーが得られ、一方モリブデン塩を用いると主としてシス-ポリペンテナマーポリマーが得られるという。このトランス-ポリマーは高い(+15℃)結晶融解温度を有し、多くの用途には硬すぎる。他方、シス-ポリマーは-40℃の結晶融解温度を有し、低温の用途に優れたポリマーである。不運なことに、モリブデン触媒はモノマーおよび溶剤に余り溶けず、そしてタングステン塩より不活性で使用するのが難しい。」(第2頁左上欄第4行?17行)

エ 参考文献1:Dramatic solvent effects on ring-opening metathesis polymerization of cycloalkenes,Basma Al Samak,et. al. , Journal of Molecular Catalysis A: Chemical 160(2000),13-21

(4-1)
「Abstract
A series of metathesis polymers and copolymers have been formed and their structures were analysed by ^(13)C NMR spectroscopy. Noble metal and non-noble metal salt catalysts are distinguished by their behaviour in various solvents. Thus, in phenolic solvents, the former class produce alternating copolymers from cyclopentene and norbornene, while the latter are unaffected and produce random copolymers. In contrast, ether solvents have the effect of markedly increasing the cis content of polymers from the latter catalysts while the former are unaffected.
The tacticity of various polymers are correlated through their hydrogenated derivatives and found to depend on the type of monomer as well as the catalysts.」
(当審訳:
要約
一連のメタセシス重合体及び共重合体が形成され、それらの構造が^(13)C NMR分光法により分析された。貴金属および非貴金属塩触媒は、種々の溶媒におけるそれらの挙動によって区別される。従って、フェノール系溶媒において、前者は、シクロペンテンとノルボルネンとの交互共重合体を生成するが、後者は影響を受けず、ランダムコポリマーを生成する。対照的に、エーテル溶媒は、後者の触媒からポリマーのシス含有量を著しく増加させる効果を有する一方で、前者は影響を及ぼさない。
様々なポリマーの立体規則性は、それらの水素化誘導体を介して相関し、モノマーの種類および触媒に依存することが見出されている。)

(5)判断
ア 本願発明1について
(ア)本願発明1においては、付加物が「52?70%のシス含有率を有する」と特定されている。
本願明細書には、付加物の一般記載として、付加物のシス含有率の記載としては、段落【0063】に約52%?約70%のシス含有率と記載され、同【0066】?【0068】には、メタセシスポリマーと不飽和酸二無水物と反応させることにより付加物を製造することができること、反応で用いる代表的な例はエン反応法及びラジカル付加法であって、エン反応は、アリル水素を含有するアルケン(エン)と活性化二重結合を含有する化合物(エノフィル)の間の部位-特異的有機化学反応でありモノマーのような小分子上又はポリマー上(主鎖もしくは側鎖基)に反応性エン二重結合が存在することができること、反応は通常熱エネルギーにより、又はBF_(3)、AlCl_(3)のようなルイス酸の存在により触媒されること、エン反応の生成物は、置換されたアルケン又は二重結合がアリル位置に1個の炭素分移動した付加物であること、エン反応は、純の(neat)かもしくは溶液中の不飽和メタセシスポリマーを不飽和二酸無水物(ポリマーに基づいて約0.1?50重量パーセント)と混合するか、又は配合することにより行われ、反応内容物を反応容器中で、又は押し出し機中で、約160?240℃の温度範囲に約0.1?24時間、又は分光分析が所望のレベルの付加物が生成したことを示すまで、加熱することが記載されている。また、同【0069】?【0070】には、ジ-tert-ブチルペルオキシド、ジクミルペルオキシド、α,α-アゾイソブチロニトリル(AIBN)及びペルオキシ安息香酸tert-ブチルのようなラジカル開示剤を、純のかもしくは溶液中のメタセシスポリマー及び不飽和二酸無水物(ポリマーに基づいて約0.1?約50重量パーセント)と組み合わせて用いることにより、付加物を製造することができることが記載されている。

しかしながら、本願明細書には、係る52?70%のシス含有率を有する付加物の具体的な製造方法、特に、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」のシス含有率の記載はないし、また、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に対し、不飽和二酸無水物が付加した後の付加物のシス含有率が、「どのような反応」により「どのように変化」するのか、あるいはしないのか、そして、付加物のシス含有率について、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に不飽和二酸無水物が付加することにより変化するのならば、その「変化前のシス含有率」がどの程度であって、変化率を「どのように調節するのか」について、記載されていない。
また、本願発明1を満足する具体例(実施例)の記載はなく、実際に本願発明1を満足する付加物が得られているのか明らかではない。そうすると、そもそも、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に「無水マレイン酸等の不飽和二酸無水物」が付加したかどうかについてすら、確認することができない。

そして、上記(4)で示した、技術分野において本願出願時の技術常識が記載されているといえる引用文献1には、液体ポリペンテナマーとエチレン系不飽和ジカルボン酸またはその無水物とのアダクト分子量(Mw)が500?15,000であること、エチレン系不飽和ジカルボン酸またはその無水物の量が液体ポリペンテナマーの1?50重量%であること、ポリペンテナマーは適当な触媒好ましくは脂肪族エチレン系不飽和変性剤の存在下にシクロペンテンを立体特異的に重合させて調製し得る公知の化合物であって、立体配置は、例えば触媒を選択することによりトランス型の高いものからシス型100%のものまで変化させることができること(摘記(1-1)、(1-2))が記載されており、具体的には、分子量7,500および20℃における粘度2760cPを有するポリペンテナマーと無水マレイン酸等を反応させ、粘度が23℃で2200cpのアダクト混合物を得たことが記載されている(摘記(1-4))。
また、引用文献2には、シクロペンテンをホモ-又は共重合させる、主としてシス-ポリペンテナマーを製造する方法であって、主としてシス-ポリペンテナマーなる用語はシス-構造中にその二重結合を少くとも50%、好ましくは少くとも70%有する生成物について記載されている(摘記(2-1))。
さらに、引用文献3には、シクロペンテンの開環重合体について、シクロペンテンの開環重合は主としてトランスかまたは主としてシスかのいずれかの構造を与えることができ、触媒成分としてタングステン塩を用いるとトランス-含有率の高いポリペンテナマー(polypentenamer)ポリマーが得られ、一方モリブデン塩を用いると主としてシス-ポリペンテナマーポリマーが得られること、このトランス-ポリマーは高い(+15℃)結晶融解温度を有し、多くの用途には硬すぎ、他方、シス-ポリマーは-40℃の結晶融解温度を有し、低温の用途に優れたポリマーであることが記載されている(摘記(3-1))。
加えて、参考文献1には、様々なポリマーの立体規則性は、モノマーの種類および触媒に依存することが見出されていることが記載されている(摘記(4-1))。
しかしながら、引用文献1?3、及び参考文献1にも、係る52?70%のシス含有率を有する付加物の具体的な製造方法、特に、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」のシス含有率の記載はないし、また、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に対し、不飽和二酸無水物が付加した後の付加物のシス含有率が、「どのような反応」により「どのように変化」するのか、あるいはしないのか、そして、付加物のシス含有率について、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に不飽和二酸無水物が付加することにより変化するのならば、その「変化前のシス含有率」がどの程度であって、変化率を「どのように調節するのか」について、記載されていない。

そうすると、本願出願時の技術常識を参酌しても、本願明細書に記載された内容から、例え当業者であっても、シス含有率を52?70%に制御して、付加物を製造することができるとはいえず、本願明細書をみても、当該発明特定事項を備える付加物が得られていることを具体的に確認することができないものである。
したがって、本願発明1は、付加物が52?70%のシス含有率を有することを発明特定事項として備えるものであるが、本願明細書をみても、当該発明特定事項を備える付加物が得られていることを具体的に確認することができないし、当業者が本願出願日における技術常識を参酌しても、係る付加物を得ることができるとはいえないから、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等が必要であるといわざるを得ない。
してみると、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるとはいえない。

(イ)本願発明1においては、付加物が「10℃より低い融点を有する」と特定されている。
本願明細書には、付加物の一般記載として、付加物の融点の記載としては、段落【0064】に約10℃より低い融点を有することができると記載されている。
しかしながら、本願明細書には、係る10℃より低い融点を有する付加物の具体的な製造方法、特に、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」の融点の記載はないし、また、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に対し、不飽和二酸無水物が付加した後の付加物の融点が、「どのような反応」により「どのように変化」するのか、あるいはしないのか、そして、付加物の融点について、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に不飽和二酸無水物が付加することにより変化するのならば、その「変化前の融点」がどの程度であって、変化率を「どのように調節するのか」について、記載されていない。
また、本願発明1を満足する具体例(実施例)の記載はなく、実際に本願発明1を満足する付加物が得られているのか明らかではない。そうすると、そもそも、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に「無水マレイン酸等の不飽和二酸無水物」が付加したかどうかについてすら、確認することができない。

そして、上記(4)で示した、技術分野において本願出願時の技術常識が記載されているといえる引用文献1?3、参考文献1に記載された事項については、上記(ア)で示したとおりであるが、引用文献1?3、及び参考文献1、特に引用文献3にはシス-ポリマーは-40℃の結晶融解温度を有する点が記載されているものの、該シス-ポリマーは付加物ではないから、当該記載事項をそのまま本願発明に係る付加物に適用することはできず、係る10℃より低い融点を有する付加物の具体的な製造方法、特に、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」の融点の記載はないし、また、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に対し、不飽和二酸無水物が付加した後の付加物の融点が、「どのような反応」により「どのように変化」するのか、あるいはしないのか、そして、付加物の融点について、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に不飽和二酸無水物が付加することにより変化するのならば、その「変化前の融点」がどの程度であって、変化率を「どのように調節するのか」について、記載されていない。

そうすると、本願出願時の技術常識を参酌しても、本願明細書に記載された内容から、例え当業者であっても、融点を10℃より低く制御して、付加物を製造することができるとはいえず、本願明細書をみても、当該発明特定事項を備える付加物が得られていることを具体的に確認することができないものである。
したがって、本願発明1は、付加物が10℃より低い融点を有することを発明特定事項として備えるものであるが、本願明細書をみても、当該発明特定事項を備える付加物が得られていることを具体的に確認することができないし、当業者が本願出願日における技術常識を参酌しても、係る付加物を得ることができるとはいえないから、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等が必要であるといわざるを得ない。
してみると、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるとはいえない。

仮に、本願発明における不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」は炭化水素ポリマーであり、不飽和二酸無水物が付加した後の付加物は、極性置換基が付加したものであるとし、ポリマー分子間の相互作用が上昇し、融点が上昇するものといえたとしても、それでもなお、「10℃より低い融点を有する」付加物を得ようとすれば、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」の融点を相当程度低いものとする必要があるが、これをMnが「1?14kg/モル」の範囲全体において、該融点を有する付加物を得ることができるのか、明細書のいかなる記載を参酌しても理解することができない。
また、融点を有する物質は結晶性を有するものであるが、本願発明に係る付加物は僅か「3%より低い結晶化度を有する」ものである。このように結晶化度の低い物質が明確に「10℃より低い融点を有する」とは一体どのような状態で存在するのか、物理化学的にみて皆目見当がつかない。

(ウ)本願発明1においては、付加物が「3%より低い結晶化度を有する」と特定されている。
本願明細書には、付加物の一般記載として、付加物の結晶化度の記載としては、段落【0065】に約3%より低い結晶化度を有することができると記載されている。
しかしながら、本願明細書には、係る3%より低い結晶化度を有する付加物の具体的な製造方法、特に、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」の結晶化度の記載はないし、また、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に対し、不飽和二酸無水物が付加した後の付加物の結晶化度が、「どのような反応」により「どのように変化」するのか、あるいはしないのか、そして、付加物の結晶化度について、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に不飽和二酸無水物が付加することにより変化するのならば、その「変化前の融点」がどの程度であって、変化率を「どのように調節するのか」について、記載されていない。
また、本願発明1を満足する具体例(実施例)の記載はなく、実際に本願発明1を満足する付加物が得られているのか明らかではない。そうすると、そもそも、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に「無水マレイン酸等の不飽和二酸無水物」が付加したかどうかについてすら、確認することができない。

そして、上記(4)で示した、技術分野において本願出願時の技術常識が記載されているといえる引用文献1?3、参考文献1に記載された事項については、上記(ア)で示したとおりであるが、引用文献1?3、及び参考文献1、特に引用文献3にはシス-ポリマーは-40℃の結晶融解温度を有する点が記載されているものの、該シス-ポリマーは付加物ではないから、当該記載事項をそのまま本願発明に係る付加物に適用することはできず、係る3%より低い結晶化度を有する付加物を具体的な製造方法、特に、特に、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」の結晶化度の記載はないし、また、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に対し、不飽和二酸無水物が付加した後の付加物の結晶化度が、「どのような反応」により「どのように変化」するのか、あるいはしないのか、そして、付加物の結晶化度について、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に不飽和二酸無水物が付加することにより変化するのならば、その「変化前の融点」がどの程度であって、変化率を「どのように調節するのか」について、記載されていない。

そうすると、本願出願時の技術常識を参酌しても、本願明細書に記載された内容から、例え当業者であっても、結晶化度を3%より低く制御して、付加物を製造することができるとはいえず、本願明細書をみても、当該発明特定事項を備える付加物が得られていることを具体的に確認することができないものである。
したがって、本願発明1は、付加物が3%より低い結晶化度を有することを発明特定事項として備えるものであるが、本願明細書をみても、当該発明特定事項を備える付加物が得られていることを具体的に確認することができないし、当業者が本願出願日における技術常識を参酌しても、係る付加物を得ることができるとはいえないから、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等が必要であるといわざるを得ない。
してみると、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるとはいえない。

イ 請求項2、3について
本願請求項2、3に係る発明は、請求項1を直接的ないし間接的に引用するものであって、上記アに記載の理由と同じ理由が存在する。

(6)審判請求人の主張
ア 審判請求人は、令和元年9月4日の意見書の1.2において「記載不備の指摘事項に対する対処」として、「開環メタセシス重合は関連する触媒系において溶媒を変更することにより立体規則性やシス-トランス比を制御できることは周知である(例えば、Hamilton,et al.,Jounal of Molecukar Catalysis A: Chemical Vol.160(2000),p.p.13-21参照。」と述べ、
「段落[0067]及び[0068]には、「メタセシスポリマーと不飽和二酸無水物との反応において用いることができる方法の代表的な例は、エン反応法及びラジカル付加法である。これらの方法は以下の通りに記載される:エン反応は、アリル水素を含有するアルケン(エン)と活性化二重結合を含有する化合物(エノフィル)の間の部位-特異的有機化学反応である。モノマーのような小分子上又はポリマー上(主鎖もしくは側鎖基)に反応性エン二重結合が存在することができる。反応は通常熱エネルギーにより、又はBF_(3)、AlCl_(3)のようなルイス酸の存在により触媒される。エン反応の生成物は、置換されたアルケン又は二重結合がアリル位置に1個の炭素分移動した付加物である。
・・・
また、本願の原出願(特願2011-522162)の拒絶査定に対する審判手続き中の平成29年2月15日付意見書において参照した参考資料から明らかなように、上記のエン反応は、もっぱら、不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー上の二重結合に活性化二重結合を含有する化合物(エノフィル:不飽和二酸無水物)がシス付加する反応であること等は当該技術分野で周知である。
そうすると、当業者は、最終目的物たる付加物の特性、「52?70%のシス含有率を有する」、「10℃より低い融点を有する」、「3%より低い結晶化度を有する」こと、並びに前述したエン反応の特徴(どのようなアダクトが生成するかを含む。)を考慮し、当該エン反応に供すべき、不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマーを適宜選択し、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等と必要とすることなく、本願発明の付加物を取得できる、と解するのが合理的である。」と主張する。
意見書の2.2「記載不備の指摘事項に対する対処」においてもほぼ同旨の主張をしている。

イ 審判請求人は上記アのとおり、メタセシスポリマーと不飽和二酸無水物との反応において用いることができる方法の代表的な例は、エン反応法及びラジカル付加法であると主張するものの、具体的には、エン反応法のみ説明し、その説明でも「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」をどのように調製すれば、本願発明の「付加物」にいう、シス含有率、融点、結晶化度が達成できるのか、また、「シス含有率の定義」、「付加物が生成する反応式」等について明らかでないため、当審は追加でFAXによる説明を求めた。
令和元年11月7日付けで審判請求人から提出されたFAXの要旨は、以下のとおりである。

(5-1)
「2.2 出発原料ポリマーと付加物のシス含有量の関連性について
エン反応(又はアルダー-エン反応)は、上記資料に記載されているとおり、ペリ環状反応、すなわち、π電子系を含む複数の結合が環状遷移状態を経て反応中間体を生成すると同時に形成、切断される反応様式、にて進行することが知られています。このため、当該技術分野では、分子中の二重結合は転位するもののその立体配座(シス型)は実質的に保持されるものと理解されております。
・・・
そうすると、出発原料ポリマーにおけるシス含有率は、請求項1における、ポリマー付加物にいう「52?70%のシス含有率」に匹敵するものと推認できます。
・・・
2.3 付加物の10℃より低い融点、3%より低い結晶化、について
上記引用文献3に記載されているとおり、シクロペンテン(シクロオレフィン)の環状重合を経て得られる立体規則性高分子(不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー)の結晶化度又は結晶融解熱は、シス含有率又はトランス含有率の変動により顕著に変動することが公知です。
・・・
そうすると、本願発明に従えば、上述したとおりの付加物のシス含有率に照らして出発原料ポリマーを選択し、所期の結晶化度及び融点を有する付加物を製造することは、格別な困難を伴うことなく当業者が容易に実施できるものと解します。」

ウ 上記ア、イについて検討する。
本願発明の付加物について検討する前に、まず本願発明の付加物に用いる不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマーの立体構造についてみると、不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマーのポリマー主鎖中の二重結合で結ばれる炭素原子と、その反対側の炭素原子は単結合で結ばれているため、当該単結合の自由回転により、単結合側の炭素原子に結合する水素原子及びポリマー主鎖の立体配座が変化する。
そうすると、不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマーに無水マレイン酸等の不飽和二酸無水物が付加する際には、自由回転をしている立体配座が固定されない不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー主鎖中の二重結合に対して無水マレイン酸等の不飽和二酸無水物が付加するものであるが、本願発明には、実施例などの具体的な根拠が示されていないため、そもそも、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に「無水マレイン酸等の不飽和二酸無水物」が付加したかどうかについて、確認することができない。
そして、仮に審判請求人の上記ア、イの主張のとおり、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に「無水マレイン酸等の不飽和二酸無水物」がエン反応で付加したとすると、まず、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」の付加前のシス含有率がどの程度であるのか、次に 「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に「不飽和二酸無水物」が付加することにより変化するのならば、変化率を「どのように調節するのか」について、それぞれ確認できない。
ここで、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に「無水マレイン酸等の不飽和二酸無水物」がエン反応で付加したとすると、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」はポリマー主鎖が自由回転をしているため、エン反応で付加した際に「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」のポリマー主鎖中の二重結合が転位した場合、シス位になるか、あるいはトランス位になるかは転位先の炭素原子に結合する原子の立体配座により決定されるものとなる。してみると、不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に「無水マレイン酸等の不飽和二酸無水物」がエン反応で付加した場合、どの程度の割合でシス型となるかは予想できないから、審判請求人の主張のように「分子中の二重結合は転移するもののその立体配座(シス型)は実質的に保持」されることは、特段の事情が無い限り考えられない。
そうすると、本願発明の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」と「無水マレイン酸等の不飽和二酸無水物」の付加物ができるかどうかについて、そもそも実施例などの具体的な根拠もないので確認できないし、特定のシス含有率を有する付加物が得られる具体的な根拠も確認できない。そして、付加物の融点や結晶化度についても、当然想定できるものではなく、当業者が理解できるとはいえない。
してみると、本願発明は、その物を作り、かつ、その物を使用する具体的な記載が発明の詳細な説明になく、さらに、明細書及び図面の記載及び出願時の技術常識に基づき、当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要なく、その物を作り、その物を使用することができる程度にその発明が記載されているとはいえない。
したがって、審判請求人の主張は、採用することができない。

(7)まとめ
以上のとおりであるから、本願明細書等の発明の詳細な説明は、当業者が本願請求項1?3に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるとはいえないから、本願は、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

2 特許法第36条第6項第1号について
(1)特許法第36条第6項第1号の考え方について
特許法第36条第6項は、「第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し、その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。同号は、明細書のいわゆるサポート要件を規定したものであって、特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下、この観点に立って判断をする。

(2)特許請求の範囲の記載について
上記「第2」に記載したとおりである。

(3)発明の詳細な説明の記載について
本願の発明の詳細な説明には、上記1(3)で示した事項が記載されている。

(4)刊行物の記載
本願出願時の技術常識といえる引用文献1?3、参考文献1には、上記1(4)で示した事項が記載されている。

(5)本願発明1?3の課題について
本願発明1の解決課題は、本願明細書(例えば【0002】)の記載からみて、種々の用途において役立つ不飽和メタセシスポリマーを提供することにあると認められる。

(6)判断
ア 本願発明1について
(ア)本願発明1のうち、付加物が「52?70%のシス含有率を有する」ことについて
本願発明1は、上記「第2」で示したとおり、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に対し、式【化1】の不飽和二酸無水物が付加した付加物(式【化1】は省略する。)であって、付加物が「52?70%のシス含有率を有する」と特定された発明である。

本願明細書には、付加物の一般記載として、付加物のシス含有率の記載としては、段落【0063】に約52%?約70%のシス含有率と記載され、同【0066】?【0068】には、メタセシスポリマーと不飽和酸二無水物と反応させることにより付加物を製造することができること、反応で用いる代表的な例はエン反応法及びラジカル付加法であって、エン反応は、アリル水素を含有するアルケン(エン)と活性化二重結合を含有する化合物(エノフィル)の間の部位-特異的有機化学反応でありモノマーのような小分子上又はポリマー上(主鎖もしくは側鎖基)に反応性エン二重結合が存在することができること、反応は通常熱エネルギーにより、又はBF_(3)、AlCl_(3)のようなルイス酸の存在により触媒されること、エン反応の生成物は、置換されたアルケン又は二重結合がアリル位置に1個の炭素分移動した付加物であること、エン反応は、純の(neat)かもしくは溶液中の不飽和メタセシスポリマーを不飽和二酸無水物(ポリマーに基づいて約0.1?50重量パーセント)と混合するか、又は配合することにより行われ、反応内容物を反応容器中で、又は押し出し機中で、約160?240℃の温度範囲に約0.1?24時間、又は分光分析が所望のレベルの付加物が生成したことを示すまで、加熱することが記載されている。また、同【0069】?【0070】には、ジ-tert-ブチルペルオキシド、ジクミルペルオキシド、α,α-アゾイソブチロニトリル(AIBN)及びペルオキシ安息香酸tert-ブチルのようなラジカル開示剤を、純のかもしくは溶液中のメタセシスポリマー及び不飽和二酸無水物(ポリマーに基づいて約0.1?約50重量パーセント)と組み合わせて用いることにより、付加物を製造することができることが記載されている。

ここで、上記1(4)、1(5)ア(ア)で示したように、本願出願時の技術常識である引用文献1?3、参考文献1には、係る52?70%のシス含有率を有する付加物の具体的な製造方法、特に、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」のシス含有率の記載はないし、また、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に対し、不飽和二酸無水物が付加した後の付加物のシス含有率が、「どのような反応」により「どのように変化」するのか、あるいはしないのか、そして、付加物のシス含有率について、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に不飽和二酸無水物が付加することにより変化するのならば、その「変化前のシス含有率」がどの程度であって、変化率を「どのように調節するのか」について、記載されていない。

しかしながら、上記1(5)ア(ア)で述べたとおり、本願明細書には、係る52?70%のシス含有率を有する付加物の具体的な製造方法、特に、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」のシス含有率の記載はないし、また、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に対し、不飽和二酸無水物が付加した後の付加物のシス含有率が、「どのような反応」により「どのように変化」するのか、あるいはしないのか、そして、付加物のシス含有率について、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に不飽和二酸無水物が付加することにより変化するのならば、その「変化前のシス含有率」がどの程度であって、変化率を「どのように調節するのか」について、記載されていない。
また、本願発明1を満足する具体例(実施例)の記載はなく、実際に本願発明1を満足する付加物が得られているのか明らかではない。

そうすると、本願明細書には、本願発明1のうち、付加物が「52?70%のシス含有率を有する」ことについて本願発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているとはいえない。そして、記載や示唆がなくとも当業者であれば認識できるという本願出願時の技術常識も存在しない。
そうであれば、本願明細書に開示された態様で「種々の用途において役に立つ不飽和メタセシスポリマー」が得られると推認できないから、本願明細書には、本願発明の課題を解決することを当業者が認識できるように記載されているものとはいえない。
したがって、本願発明1は、付加物に基づいて「52?70%のシス含有率を有する」ことを発明特定事項として備えるものであるが、本願明細書をみても、当該発明特定事項を備える付加物が得られることを具体的に確認することができず、また、技術常識を参考にしても当該付加物が得られるとはいえないから、本願明細書をみても、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識により当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められない。

(イ)本願発明1のうち、付加物が「10℃より低い融点を有する」ことについて
本願発明1は、上記「第2」で示したとおり、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に対し、式【化1】の不飽和二酸無水物が付加した付加物(式【化1】は省略する。)であって、付加物が「10℃より低い融点を有する」と特定された発明である。

本願明細書には、付加物の融点の記載としては、段落【0064】に約10℃より低い融点を有することができると記載されている。

ここで、上記1(4)、1(5)ア(ア)で述べたとおり、本願出願時の技術常識である引用文献1?3、参考文献1にも、係る10℃より低い融点を有する付加物の具体的な製造方法、特に、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」の融点の記載はないし、また、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に対し、不飽和二酸無水物が付加した後の付加物の融点が、「どのような反応」により「どのように変化」するのか、あるいはしないのか、そして、付加物の融点について、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に不飽和二酸無水物が付加することにより変化するのならば、その「変化前の融点」がどの程度であって、変化率を「どのように調節するのか」について、記載されていない。

しかしながら、上記1(5)ア(ア)で述べたとおり、付加物の一般記載として、係る10℃より低い融点を有する付加物の具体的な製造方法、特に、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」の融点の記載はないし、また、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に対し、不飽和二酸無水物が付加した後の付加物の融点が、「どのような反応」により「どのように変化」するのか、あるいはしないのか、そして、付加物の融点について、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に不飽和二酸無水物が付加することにより変化するのならば、その「変化前の融点」がどの程度であって、変化率を「どのように調節するのか」について、記載されていない。
また、本願発明1を満足する具体例(実施例)の記載はなく、実際に本願発明1を満足する付加物が得られているのか明らかではない。

そうすると、本願明細書には、本願発明1のうち、付加物が「10℃より低い融点を有する」ことについて本願発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているとはいえない。そして、記載や示唆がなくとも当業者であれば認識できるという本願出願時の技術常識も存在しない。

仮に、本願発明における不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」は炭化水素ポリマーであり、不飽和二酸無水物が付加した後の付加物は、極性置換基が付加したものであるとし、ポリマー分子間の相互作用が上昇し、融点が上昇するものといえたとしても、それでもなお、「10℃より低い融点を有する」付加物を得ようとすれば、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」の融点を相当程度低いものとする必要があるが、これをMnが「1?14kg/モル」の範囲全体において、該融点を有する付加物を得ることができるのか、明細書のいかなる記載を参酌しても理解することができない。
また、融点を有する物質は結晶性を有するものであるが、本願発明に係る付加物は僅か「3%より低い結晶化度を有する」ものである。このように結晶化度の低い物質が明確に「10℃より低い融点を有する」とは一体どのような状態で存在するのか、物理化学的にみて皆目検討がつかない。

そうであれば、本願明細書に開示された態様で「種々の用途において役に立つ不飽和メタセシスポリマー」が得られると推認できないから、本願明細書には、本願発明の課題を解決することを当業者が認識できるように記載されているものとはいえない。
したがって、本願発明1は、付加物に基づいて「10℃より低い融点を有する」ことを発明特定事項として備えるものであるが、本願明細書をみても、当該発明特定事項を備える付加物が得られることを具体的に確認することができず、また、技術常識を参考にしても当該付加物が得られるとはいえないから、本願明細書をみても、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識により当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められない。

(ウ)本願発明1のうち、付加物が「3%より低い結晶化度を有」することについて
本願発明1は、上記「第2」で示したとおり、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に対し、式【化1】の不飽和二酸無水物が付加した付加物(式【化1】は省略する。)であって、付加物が「3%より低い結晶化度を有」すると特定された発明である。

本願明細書には、付加物の一般記載として、付加物の結晶化度の記載としては、段落【0065】に約3%より低い結晶化度を有することができると記載されている。

ここで、上記1(5)ア(ア)で述べたとおり、本願出願時の技術常識である引用文献1?3、参考文献1にも、係る3%より低い結晶化度を有する付加物の具体的な製造方法、特に、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」の結晶化度の記載はないし、また、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に対し、不飽和二酸無水物が付加した後の付加物の結晶化度が、「どのような反応」により「どのように変化」するのか、あるいはしないのか、そして、付加物の結晶化度について、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に不飽和二酸無水物が付加することにより変化するのならば、その「変化前の結晶化度」がどの程度であって、変化率を「どのように調節するのか」について、記載されていない。

しかしながら、上記1(5)ア(ア)で述べたとおり、本願明細書には、係る3%より低い結晶化度を有する付加物の具体的な製造方法、特に、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」の結晶化度の記載はないし、また、不飽和二酸無水物が付加する前の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に対し、不飽和二酸無水物が付加した後の付加物の結晶化度が、「どのような反応」により「どのように変化」するのか、あるいはしないのか、そして、付加物の結晶化度について、「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に不飽和二酸無水物が付加することにより変化するのならば、その「変化前の結晶化度」がどの程度であって、変化率を「どのように調節するのか」について、記載されていない。
また、本願発明1を満足する具体例(実施例)の記載はなく、実際に本願発明1を満足する付加物が得られているのか明らかではない。

そうすると、本願明細書には、本願発明1のうち、付加物が「3%より低い結晶化度を有」することについて本願発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているとはいえない。そして、記載や示唆がなくとも当業者であれば認識できるという本願出願時の技術常識も存在しない。
そうであれば、本願明細書に開示された態様で「種々の用途において役に立つ不飽和メタセシスポリマー」が得られるとできないから、本願明細書には、本願発明の課題を解決することを当業者が認識できるように記載されているものとはいえない。
したがって、本願発明1は、付加物に基づいて「3%より低い結晶化度を有」することを発明特定事項として備えるものであるが、本願明細書をみても、当該発明特定事項を備える付加物が得られることを具体的に確認することができず、また、技術常識を参考にしても当該付加物が得られるとはいえないから、本願明細書をみても、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識により当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められない。

イ 請求項2、3について
本願請求項2、3に係る発明は、請求項1を直接的ないし間接的に引用するものであって、上記アに記載の理由と同じ理由が存在する。

(6)審判請求人の主張
ア 審判請求人は、令和元年9月4日の意見書の2.2において「記載不備の指摘事項に対する対処」として、「〔A〕の(1)及び(2)に述べたとおり、本願発明の付加物を形成するための一方の化合物である「不飽和二酸無水物」を特定の化合物に限定し、他方の化合物(ポリマー)を取得するためのモノマーを特定の化合物に限定し、その取得方法を「開環メタセシス重
合」又はその重合により得られたポリマーの「メタセシス触媒処理」に特定した。
かような本願発明の限定的な特定によって、なぜ、当業者が本願出願日における技術常識を参酌すれば、「52?70%のシス含有率」、「10℃より低い融点を有すること」、及び「3%より低い結晶化度を有すること」を備える付加物が得られる、かいについて、上記の1.2に述べたとおりである。」と主張する。
さらに、審判請求人に提出を求めた令和元年11月7日付けで提出したFAXの要旨については、上記1(5)イに示したとおりである。

イ そして、その判断については上記1(5)ウに示したものと同旨であり、本願発明の 「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に「無水マレイン酸等の不飽和二酸無水物」に付加したかどうか確認できないし、仮に「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」に「無水マレイン酸等の不飽和二酸無水物」がエン反応で付加したとしても、確認できない。
そうすると、本願発明の「不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマー」と「無水マレイン酸等の不飽和二酸無水物」の付加物ができるかどうかについて、そもそも実施例などの具体的な根拠もないので確認できないし、特定のシス含有率を有する付加物が得られる具体的な根拠も確認できない。そして、付加物の融点や結晶化度についても、当然測定できるものではなく、当業者が理解できるとはいえない。
してみると、本願の発明の詳細な説明には、本願発明の付加物について具体例が記載されておらず、不飽和メタセシスポリマー又は不飽和メタセシスインターポリマーの技術分野において、本願発明の付加物を得ることが理解できるということはできないから、当業者であっても、発明の課題を解決できると認識できるということはできない。
また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる本願出願時の技術常識あるとはいえない。
したがって、審判請求人の主張は、採用することができない。

(7)まとめ
以上のとおりであるから、請求項1?3に係る発明は、発明の詳細な説明の記載により当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められないから、本願は、特許請求の範囲が特許法第36条第6項第1号の規定を満たしていない。

第5 むすび
以上のとおり、この特許出願は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないものであり、また、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないものであるから、この出願は、拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2019-12-20 
結審通知日 2020-01-08 
審決日 2020-01-21 
出願番号 特願2016-134879(P2016-134879)
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (C08G)
P 1 8・ 537- WZ (C08G)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 尾立 信広海老原 えい子前田 孝泰  
特許庁審判長 大熊 幸治
特許庁審判官 大▲わき▼ 弘子
佐藤 健史
発明の名称 メタセシスポリマーの付加物及びその製造  
代理人 特許業務法人小田島特許事務所  

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