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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N |
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管理番号 | 1362946 |
審判番号 | 不服2019-1860 |
総通号数 | 247 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2020-07-31 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2019-02-08 |
確定日 | 2020-06-03 |
事件の表示 | 特願2016- 50789「過剰ブレブ形成Shigella株」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 6月16日出願公開、特開2016-105736〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯、本願発明 本願は、平成28年3月15日の出願であって、平成22年9月28日を国際出願日とする特願2012-530359号(パリ条約による優先権主張 平成21年9月28日 英国)の一部を特許法第44条第1項の規定に基づいて分割出願したものであり、以降の手続の経緯の概略は以下のとおりのものである。 平成29年 1月 4日付け 拒絶理由通知書 平成29年 7月 6日 意見書・手続補正書の提出 平成29年11月28日付け 拒絶理由通知書(最後) 平成30年 6月 5日 意見書・手続補正書の提出 平成30年 9月28日付け 拒絶査定 平成31年 2月 8日 審判請求書・手続補正書の提出 そして、本願の請求項1?19に係る発明は、平成31年2月8日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?19に記載された事項により特定されるとおりのものと認められ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。 【請求項1】 TolR不活性化変異を含む、Shigella細菌。 第2 原査定の理由 平成30年9月28日付け拒絶査定(以下、「原査定」という。)は、この出願の請求項1?7、9、11?14、16?19に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の引用文献2に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、という理由を含むものである。 (引用文献2) 特表2004-527235号公報 第3 刊行物に記載された事項 1.引用例1の記載事項 原査定の拒絶の理由で引用文献2として引用された特表2004-527235号公報(以下、「引用例1」という。)には、次の事項が記載されている。なお、下線は当審で付した。 (1)「【請求項1】 1個以上のTol遺伝子の発現を下方調節すること、及びペプチドグリカン結合部位を含むタンパク質をコードする1個以上の遺伝子の突然変異によりペプチドグリカン結合活性を弱めることからなる群より選択される1つ以上の方法により遺伝的に改変された、ハイパーブレビングなグラム陰性細菌。」(特許請求の範囲) (2)「【請求項2】 ナイセリア・メニンギチジス(Neisseria meningitidis)、ナイセリア・ラクタミカ(Neisseria lactamica)、淋菌(Neisseriagonorrhoeae)、ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)、チフス菌(Salmonella typhi)、ネズミチフス菌(Salmonellatyphimurium)、コレラ菌(Vibrio cholerae)、赤痢菌属菌(Shigella spp.)、インフルエンザ菌(Haemophilusinfluenzae)、百日咳菌(Bordetella pertussis)、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)及びモラクセラ・カタラーリス(Moraxellacatarrhalis)からなる群より選択される請求項1に記載のハイパーブレビングなグラム陰性細菌。」(特許請求の範囲) (3)「「ハイパーブレビング」とは、細菌が、未改変細菌のブレブの量の2倍以上(より好ましくは、3、4、5、又は10倍以上)を天然で放出することを意味する。」(【0038】段落) (4)「「下方調節」とは、目的の遺伝子の発現を低下させる(少なくとも2倍、より好ましくは5倍以上)か、又は完全に消失させることを意味する。これは、該遺伝子をゲノムから欠失させること、該遺伝子のコード配列中に停止コドンを導入すること、該遺伝子のプロモーター配列を欠失させること、又は該遺伝子のプロモーター配列をより弱いプロモーターに置換することなどの方法により容易に行うことができる。該遺伝子がオペロン中にある場合(多くのtol遺伝子がそうであるように)、標的遺伝子の下方調節が、下方調節が意図されていないオペロン中の他の遺伝子の発現に影響しないことを確実にするように注意を払わねばならない。」(【0039】段落) (5)「特定のtol遺伝子を、本明細書に記載のtol遺伝子との相同性(好ましくは、20、30、40、50、60、70、80、90%以上の同一性)、又は大腸菌のものとの相同性により、種々のグラム陰性細菌において同定することができる。好ましくは、1、2、3、4又は5個のtol遺伝子を、本発明の細菌において下方調節する。より好ましくは、tol遺伝子対:tolQ及びtolR、又はtolR及びtolAを、細菌中で下方調節する(好ましくは、欠失又は破壊的停止コドンの導入による)。」(【0040】段落) (6)「実施例2. モラクセラ・カタラーリスにおけるtolQR遺伝子の欠失 この実験の目的は、ハイパーブレビングなモラクセラ菌株を取得するためにモラクセラ・カタラーリスからtolQR遺伝子を欠失させることであった。」(【0118】段落) (7)「・・・図6に示すように、いくつかの形質転換体が期待されたサイズのPCR産物を産生し、tolQRモラクセラ・カタラーリス突然変異株であると同定された。配列決定により、カセットの正確な組込みを確認した。これらのクローンを外膜小胞産生について試験することができる。」(【0120】段落) (8)「実施例4. 不定型インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)におけるtolQR遺伝子の欠失 この実験の目的は、ハイパーブレビング株を取得するために、不定型インフルエンザ菌(Haemophilusinfluenzae)(NTHI)からtolQR遺伝子を欠失させることであった。」(【0124】段落) (9)「実施例5. 不定型インフルエンザ菌におけるtolRA遺伝子の欠失 この実験の目的は、ハイパーブレビング株を取得するために不定型インフルエンザ菌(NTHI)からtolRA遺伝子を欠失させることであった。」(【0127】段落) 2.参考文献の記載事項 平成29年11月28日付け拒絶理由通知書で引用文献1として引用されたHENRY, T. etal., Research in Microbiology, 2004年,Vol.155,pp.437-446(以下、「参考文献1」という。)は、本願の優先権主張の日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものであり、次の事項が記載されている(原文が英語のため、当審による翻訳文を示す。)。 (1)「外膜小胞(OMVs)は、成長中にさまざまなグラム陰性菌によって産生される。これらの小胞は外膜から突き出し、環境中に放出される。それらには、リポ多糖、リン脂質、外膜およびペリプラズムタンパク質が含まれる。OMVの形成は細菌の増殖中の細胞エンベロープの膨圧に関連していることが示唆されている。OMVsの放出はエンベロープ構造に大きく依存している。外膜をペプチドグリカン層に接続するタンパク質、又は、内膜、外膜とペプチドグリカン層の間の構造的ネットワークに関与するタンパク質の欠陥により、大量のOMVsが脱離する。」(437頁左欄1行?右欄1行) (2)「実際、主要なリポタンパク質またはTol-Palシステムの各タンパク質のいずれかに欠陥のある大腸菌変異体は、その環境にかなりの量のOMVsを放出する。」(437頁右欄1行?4行) (3)「外膜の整合性を維持するために必要なTol-Palシステムは、5つのタンパク質で構成されている。TolA-Q-Rタンパク質は、内膜でタンパク質複合体を形成する。TolBは外膜に固定されたリポタンパク質であるPalと会合したペリプラズムタンパク質であり、ペプチドグリカン層と相互作用する。これら2つのサブコンプレックスは、TolA-Pal及びTolA-TolBの相互作用によって接続されている。」(438頁左欄16?23行) (4)「この研究では、以前にTol-Palシステムと相互作用することが示された可溶性タンパク質ドメインのペリプラズムでの産生が、OMVsの産生を増加させ、大腸菌細胞から大量のOMVsを迅速に回収するのに非常に魅力的であることを示す。さらにこの手法を2つの病原菌、Shigella flexneriとネズミチフス菌に拡張することについても説明する。」(438頁右欄1行?7行) 第4 当審の判断 1.引用文献1に記載された発明 第3の1.(1)、(5)、(6)の記載から、引用文献1には、次のとおりの発明が記載されていると認められる。 「tolQ遺伝子及びtolR遺伝子、又は、tolR遺伝子及びtolA遺伝子を欠失することにより遺伝的に改変された、グラム陰性細菌。」(以下、「引用発明1」という。) 2.本願発明と引用発明1の対比 本願発明の「Shigella細菌」とはグラム陰性細菌である。また、本願発明の「TolR不活性化変異」は、請求項1を引用する請求項3、4の記載からみて、TolRが欠失変異したものを含むと認められるから、引用発明1の「tolQ遺伝子及びtolR遺伝子、又は、tolR遺伝子及びtolA遺伝子を欠失することにより遺伝的に改変された」は、本願発明の「TolR不活性化変異を含む」に相当する。 したがって、本願発明と引用発明1とを対比すると、両者は、 「TolR不活性化変異を含む、グラム陰性細菌。」である点で一致し、以下の点で相違すると認められる。 (相違点) 本願発明は、グラム陰性細菌がShigella細菌に特定されているのに対し、引用発明1は、そのような特定がなされていない点。 3.判断 第3の1.(2)に摘示したように、引用例1には、グラム陰性細菌として赤痢菌属菌(Shigella spp.)を用いることができることが記載されているから、引用発明1のグラム陰性細菌として「赤痢菌属菌(Shigella spp.)」を採用し、tolQ遺伝子及びtolR遺伝子、又は、tolR遺伝子及びtolA遺伝子を欠失した赤痢菌属菌、すなわちTolR不活性化変異を含むShigella細菌を作成することは、当業者が容易になし得ることである。 そして、第3の1.(1)、(3)に摘示したように、引用発明1は、遺伝子改変により、未改変細菌に対してブレブの量が多い細菌を得ることを目的としているから、「tolQ遺伝子及びtolR遺伝子、又は、tolR遺伝子及びtolA遺伝子を欠失」させた赤痢属菌において、ブレブの量が増加することは、当業者が予測できる範囲内の効果である。 4.審判請求人の主張について 審判請求人は、平成31年2月8日付け審判請求書において、以下の(1)?(4)の旨、主張している。 (1)引用例1(原査定の引用文献2)は、ブレブの放出を増加させるために、任意のグラム陰性菌において、任意のTol-Pal系遺伝子またはタンパク質が下方制御されるとの一般的記載はあるものの、実際には、1つの遺伝子(rpmM)の調節が、1つの種のグラム陰性菌(髄膜炎菌)においてブレブ放出を増加させていることを裏付けているに過ぎない。調節されたrpmMはTol-Palシステム遺伝子ではなく、髄膜炎菌とShigella細菌とは近縁でもなく、TolR遺伝子をshigella細菌において調節したはずであるという示唆はない。 (2)引用例1には、Shigella細菌がrpmM遺伝子を有すること、又は、髄膜炎菌がtolR遺伝子を有し、その欠失がブレブ放出を増加させること、といった、髄膜炎菌とShigella細菌との共通の構造と機能をリンクさせるデータが存在しない。 (3)髄膜炎菌のrpmM変異体を作成し、それによるブレブ放出の増加が裏付けられているのみの引用文献1からは、Shigella細菌におけるTolR変異体でのブレブ放出は実施可能ではなくサポートもされていない。 (4)WESSEL, A. K. et al., 2013, Journal ofBacteriology, Vol. 195, No. 2, pp. 213-219に記載されているように、いくつかの生物において、一部のTol-Pal遺伝子の下方調節がブレブ放出の増大をもたらさず、同一又は類似の遺伝子によってコードされるタンパク質でも、異なる細胞では大きくことなる機能を有することは、本願発明の属する分野の技術常識である。 上記(1)?(4)の主張について、検討する。 (1)について、前記3.のとおり引用例1には、グラム陰性細菌として赤痢菌属菌(Shigella spp.)を用いることができると記載されており、下方調節する遺伝子についても、tolRが具体的に記載されている(第3の1.(5))。 さらに実施例でも、ハイパーブレビングな菌株を取得するために、具体的に、モラクセラ・カタラーリスにおいてTolQとTolRを欠損させ、インフルエンザ菌においてTolQとTolR又は、TolRとTolAを欠失させる(第3の1.(7)?(9))というように、具体的にグラム陰性菌において、より多くのブレブの放出を目的としてTolRを欠失させた株を作成している。 したがって、引用例1に接した当業者であれば、引用例1で具体的に実施されている方法であるTolR遺伝子の欠失という手段を、グラム陰性菌であり、引用例1で例示されている赤痢菌属菌について試みることも強く動機づけられるといえる。 (2)について、上記(1)で検討したとおりであるから、Shigella細菌においてTolR遺伝子を欠失させることを試みるという動機を抱くにあたり、請求人が主張するようなデータを要するとはいえない。 (3)について、上記(1)及び(2)のとおり、引用例1に接した当業者であれば、より多くのブレブの放出を目的として、赤痢菌属菌におけるTolR変異体の作成を強く動機づけられたといえ、またそのようなものを作成するにあたり、技術的な困難性があったともいえない。 そうすると、引用例1の記載に基づいて、ブレブ放出を期待して、赤痢菌属菌においてTolRを含む遺伝子を欠失させることは当業者が容易になし得ることである。 (4)について、審判請求人が示した文献は、本願優先日後の2013年に公表されたもので、本願優先日前の技術常識として参酌できるものではないが、念のために検討する。 同文献には、審判請求人が主張するように、緑膿菌のペプチドグリカン関連外膜タンパク質であるOprLの変異体がブレブの放出に影響を与えなかったことが記載されているが、同時に、同様にペプチドグリカン関連外膜タンパク質であるOprF、OprIの変異体では、ブレブの放出が増加したことが記載されている(Abstract, 216頁右欄7行?14行)。 よって、同文献を考慮したとしても、引用例1の記載から、赤痢属菌において、TolR変異体を作成しようと試みることを妨げられることはない。 さらに言えば、ブレブ放出を考慮したとしても、第3の2.(1)?(4)に摘示したように、Tol-Palシステムを破壊することで、グラム陰性菌において外膜小胞(OMVs、ブレブに相当。)の産生が増加することは本願優先日前に周知であったと認められるし、具体的に赤痢菌属菌の近縁である大腸菌でTol-Palシステムを破壊することで外膜ブレブの放出が増えることについても、周知であった(第3の2.(2))。 そうすると、髄膜炎菌のrpmM変異体に限られず、その他のグラム陰性菌でTolQとTolR又は、TolRとTolA遺伝子を欠失させることが開示されている引用例1に接した当業者であれば、赤痢菌属菌において、TolRを含む遺伝子を欠失させた際に、ブレブ放出が増加する可能性があることを予測することは困難なことではない。 よって、上記審判請求人の主張はいずれも採用できない。 5.まとめ したがって、本願発明は、引用例1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。 第5 むすび 以上のとおり、請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであるから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶をすべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
別掲 |
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審理終結日 | 2019-12-20 |
結審通知日 | 2020-01-07 |
審決日 | 2020-01-20 |
出願番号 | 特願2016-50789(P2016-50789) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
Z
(C12N)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 鈴木 崇之 |
特許庁審判長 |
中島 庸子 |
特許庁審判官 |
松岡 徹 小暮 道明 |
発明の名称 | 過剰ブレブ形成Shigella株 |
代理人 | 特許業務法人平木国際特許事務所 |