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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G02B
管理番号 1363392
審判番号 不服2018-10109  
総通号数 248 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-08-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-07-24 
確定日 2020-06-18 
事件の表示 特願2014-543689「液晶表示装置、偏光板及び偏光子保護フィルム」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 3月19日国際公開、WO2015/037527〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 事案の概要
1 手続等の経緯
特願2014-543689号は、2014年(平成26年)9月5日(先の出願に基づく優先権主張 平成25年9月10日を国際出願日とする出願であって、その手続の経緯は、以下のとおりである。

平成30年2月14日付け:拒絶理由通知書
平成30年4月20日付け:意見書
平成30年4月20日付け:拒絶査定
平成30年7月24日付け:審判請求書、手続補正書
令和元年 8月28日付け:拒絶理由通知書
令和元年11月 5日付け:意見書、手続補正書(この手続補正書による補正を、以下「本件補正」という。)

2 本願発明
本件出願の請求項1?6に係る発明は、それぞれ、本件補正後の特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項によって特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明は、次のものである(以下「本願発明」という。)。
「フィルム流れ方向又は幅方向に対する熱収縮率(85℃、30分間水中で加熱処理したときの熱収縮率)が最大となる方向の傾きの絶対値が10度以下であり、リタデーションが4000nm以上30000nm以下であり、Nz係数が1.7以下であり、面配向度が0.13以下であるポリエステルフィルムからなる偏光子保護フィルム(但し、厚みが75μmであり、リタデーションが7350nmであり、厚み方向のリタデーション(Rth)が7800nmであるポリエチレンテレフタレートフィルムからなる偏光子保護フィルムを除く)。」

3 当合議体の拒絶の理由の概要
令和元年8月28日付け拒絶理由通知書において通知した、当合議体の拒絶の理由の概要は、次のとおりのものである。
(1)(新規性):本件出願の請求項1?8に係る発明は、先の出願前に日本国内又は外国において、電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(国際公開第2013/100042号に記載された発明)であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
(2)(進歩性):本件出願の請求項1?8に係る発明は、先の出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明、又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基づいて、先の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。


引用文献1:国際公開第2013/100042号
引用文献2:特開昭57-87331号公報
引用文献3:南 智幸、小坂田 篤 共著、「工業用プラスチックフィルム 」、初版、(有)加工技術研究会、1991年3月5日
引用文献4:特開2010-46817号公報
引用文献5:特開2008-265298号公報
引用文献6:特公昭57-54290号公報
引用文献7:山田 敏郎著、繊維工学、Vol.55、No.12、2002年、「フィル ムの成形加工」

第2 当合議体の判断
1 引用文献の記載及び引用発明等
(1) 引用文献1の記載
ア 「 技術分野
[0001] 本発明は、液晶表示装置に関する。詳しくは、視認性が良好で、薄型化に適した液晶表示装置に関する。
背景技術
[0002] 液晶表示装置(LCD)に使用される偏光板は、通常ポリビニルアルコール(PVA)などにヨウ素を染着させた偏光子を2枚の偏光子保護フィルムで挟んだ構成となっていて、偏光子保護フィルムとしては通常トリアセチルセルロース(TAC)フィルムが用いられている。近年、LCDの薄型化に伴い、偏光板の薄層化が求められるようになっている。しかし、このために保護フィルムとして用いられているTACフィルムの厚みを薄くすると、充分な機械強度を得ることが出来ず、また透湿性が高くなり偏光子が劣化しやすくなる。また、TACフィルムは非常に高価であり、安価な代替素材が強く求められている。
・・・中略・・・
[0005] ポリエステルフィルムは、TACフィルムに比べ耐久性に優れるが、TACフィルムと異なり複屈折性を有するため、これを偏光子保護フィルムとして用いた場合、光学的歪みにより画質が低下するという問題があった。すなわち、複屈折性を有するポリエステルフィルムは所定の光学異方性(リタデーション)を有することから、偏光子保護フィルムとして用いた場合、斜め方向から観察すると虹状の色斑が生じ、画質が低下する。そのため、特許文献1?3では、ポリエステルとして共重合ポリエステルを用いることで、リタデーションを小さくする対策がなされている。しかし、その場合であっても虹状の色斑の低減は不十分であった。
[0006] 本発明は、かかる課題を解決すべくなされたものであり、その目的は、液晶表示装置の薄型化に対応可能(即ち、偏光子保護フィルムが十分な機械的強度を有する)であり、且つ虹状の色斑による視認性の悪化が発生しない、液晶表示装置を提供することである。
課題を解決するための手段
[0007] 本発明者らは、上記課題を達成するために鋭意検討した結果、下記構成を採用することにより、上記問題を解決できることを見出し、本発明の完成に至った。
・・・中略・・・
[0019] 液晶セルに対して射出光側だけでなく、入射光側に配される偏光板の偏光子保護フィルムも、上記特定範囲のリタデーションを有するポリエステルフィルムを使用することも可能であるが、角度によって極薄い虹斑が生じることも場合によってはあり得るため、シクロオレフィン系樹脂フィルム、ポリオレフィン系樹脂フィルム又は(メタ)アクリル樹脂フィルムを用いることが好ましい。これにより上記虹斑が解消され、特にポリプロピレンフィルムであれば耐湿性、寸法安定性、機械的強度に優れることから液晶表示装置の薄型化への対応により有効である。
・・・中略・・・
[0021](ポリエステルフィルム)
上記効果を奏するために、偏光子保護フィルムに用いられる配向ポリエステルフィルムは、3000?30000nmのリタデーションを有することが好ましい。リタデーションが3000nm未満では、偏光子保護フィルムとして用いた場合、斜め方向から観察した時に強い干渉色を呈するため、包絡線形状が光源の発光スペクトルと相違し、良好な視認性を確保することができない。好ましいリタデーションの下限値は4500nm以上、次に好ましくは5000nm以上、より好ましくは6000nm以上、更に好ましくは8000nm以上、より更に好ましくは10000nm以上である。
[0022] 一方、リタデーションの上限は30000nmである。それ以上のリタデーションを有するポリエステルフィルムを用いたとしても更なる視認性の改善効果は実質的に得られないばかりか、フィルムの厚みも相当に厚くなり、工業材料としての取り扱い性が低下するので好ましくない。
・・・中略・・・
[0027] また、ヨウ素色素などの光学機能性色素の劣化を抑制することを目的として、ポリエステルフィルムは、波長380nmの光線透過率が20%以下であることが望ましい。380nmの光線透過率は15%以下がより好ましく、10%以下がさらに好ましく、5%以下が特に好ましい。前記光線透過率が20%以下であれば、光学機能性色素の紫外線による変質を抑制することができる。なお、本発明における透過率は、フィルムの平面に対して垂直方法に測定したものであり、分光光度計(例えば、日立U-3500型)を用いて測定することができる。
・・・中略・・・
[0043] 配向ポリエステルフィルムのリタデーションと厚さ方向リタデーションの比(Re/Rth)は、好ましくは0.2以上、より好ましくは0.5以上、さらに好ましくは0.6以上である。上記リタデーションと厚さ方向リタデーションの比(Re/Rth)が大きいほど、複屈折の作用は等方性を増し、観察角度による虹状の色斑の発生が生じ難くなる。そして、完全な1軸性(1軸対称性)フィルムでは上記リタデーションと厚さ方向リタデーションの比(Re/Rth)は2となる。しかし、前述のように完全な1軸性(1軸対称性)フィルムに近づくにつれ配向方向と直交する方向の機械的強度が著しく低下する。
[0044] 一方、配向ポリエステルフィルムのリタデーションと厚さ方向リタデーションの比(Re/Rth)は、好ましくは1.2以下、より好ましくは1以下である。観察角度による虹状の色斑発生を完全に抑制するためには、上記リタデーションと厚さ方向位相差の比(Re/Rth)が2である必要は無く、1.2以下で十分である。また、上記比率が1.0以下であっても、液晶表示装置に求められる視野角特性(左右180°、上下120°程度)を満足することは十分可能である。
[0045] 配向ポリエステルフィルムの製膜条件を具体的に説明すると、縦延伸温度、横延伸温度は80?130℃が好ましく、特に好ましくは90?120℃である。縦延伸倍率は1.0?3.5倍が好ましく、特に好ましくは1.0倍?3.0倍である。また、横延伸倍率は2.5?6.0倍が好ましく、特に好ましくは3.0?5.5倍である。リタデーションを上記範囲に制御するためには、縦延伸倍率と横延伸倍率の比率を制御することが好ましい。縦横の延伸倍率の差が小さすぎるとリタデーション高くすることが難しくなり好ましくない。また、延伸温度を低く設定することもリタデーションを高くする上では好ましい対応である。続く熱処理においては、処理温度は100?250℃が好ましく、特に好ましくは180?245℃である。」

イ 「 実施例
[0091] 以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は、下記実施例によって制限を受けるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらは、いずれも本発明の技術的範囲に含まれる。なお、以下の実施例における物性の評価方法は以下の通りである。
[0092](1)リタデーション(Re)
リタデーションとは、フィルム上の直交する二軸の屈折率の異方性(△Nxy=|Nx-Ny|)とフィルム厚みd(nm)との積(△Nxy×d)で定義されるパラメーターであり、光学的等方性、異方性を示す尺度である。
・・・中略・・・
[0094](2)厚さ方向リタデーション(Rth)
厚さ方向リタデーションとは、フィルム厚さ方向断面から見たときの2つの複屈折△Nxz(=|Nx-Nz|)、△Nyz(=|Ny-Nz|)にそれぞれフィルム厚さdを掛けて得られるリタデーションの平均を示すパラメーターである。
・・・中略・・・
[0108](実施例1)
基材フィルム中間層用原料として粒子を含有しないPET(A)樹脂ペレット90質量部と紫外線吸収剤を含有したPET(B)樹脂ペレット10質量部を135℃で6時間減圧乾燥(1Torr)した後、押出機2(中間層II層用)に供給し、また、PET(A)を常法により乾燥して押出機1(外層I層および外層III用)にそれぞれ供給し、285℃で溶解した。この2種のポリマーを、それぞれステンレス焼結体の濾材(公称濾過精度10μm粒子95%カット)で濾過し、2種3層合流ブロックにて、積層し、口金よりシート状にして押し出した後、静電印加キャスト法を用いて表面温度30℃のキャスティングドラムに巻きつけて冷却固化し、未延伸フィルムを作った。この時、I層、II層、III層の厚さの比は10:80:10となるように各押し出し機の吐出量を調整した。
[0109] 次いで、リバースロール法によりこの未延伸PETフィルムの両面に乾燥後の塗布量が0.08g/m^(2)になるように、上記接着性改質塗布液を塗布した後、80℃で20秒間乾燥した。
[0110] この塗布層を形成した未延伸フィルムをテンター延伸機に導き、フィルムの端部をクリップで把持しながら、温度125℃の熱風ゾーンに導き、幅方向に4.0倍に延伸した。次に、幅方向に延伸された幅を保ったまま、温度225℃、30秒間で処理し、さらに幅方向に3%の緩和処理を行い、フィルム厚み約50μmの一軸配向PETフィルムを得た。
[0111] PVAとヨウ素からなる偏光子の片側に上述の一軸配向ポリエステルフィルムを偏光子の吸収軸とフィルムの配向主軸が垂直になるように貼り付け、その反対の面にTACフィルム(富士フイルム(株)社製、厚み80μm)を貼り付けて偏光板Aを作成した。
・・・中略・・・
[0120] (実施例9)
実施例1と同様の方法で、走行方向に1.0倍、幅方向に3.5倍延伸して、フィルム厚み約75μmの一軸配向PETフィルムを得た。この一軸配向PETフィルムを用いた以外は実施例1と同様にして、液晶表示装置を製造した。
・・・中略・・・
[0129] 実施例1?14及び比較例1?3の液晶表示装置について虹斑観察及び各フィルムの物性について測定した結果を以下の表1に示す。
[0130][表1]

[0131] 表1に示されるように、実施例1?14の液晶表示装置をついて虹斑観察を行ったところ、正面方向から観察した場合は、いずれの実施例でも虹斑の発生は大幅に低減されていた。実施例3?5及び8の液晶表示装置については、斜めから観察した場合に部分的に虹斑が観察される場合があったが、実施例1、2、6、7、9、10、13及び14の液晶表示装置については、斜めから観察した場合も虹斑は全く観られなかった。一方、比較例1?3の液晶表示装置は、斜めから観察した際に明らかな虹斑が観られた。」
(当合議体注:[表1]は、引用文献1においては縦長で配置されているが、便宜のため、横長で掲記し、これにともなって縦横比を変更した。また、下線は、当合議体が付したものであり、引用発明の認定や判断等に活用した箇所、誤記訂正した箇所([0044]の「よりDましくは1以下」)を示す。)

(2)引用文献1に記載された発明
上記(1)(特に、[0006]、[0092]、[0094]、[0108]?[0111]、[0120]及び[表1])によれば、引用文献1には、「薄型化に対応可能であり、且つ虹状の色斑による視認性の悪化が発生しない、液晶表示装置を提供すること」を目的とし、「走行方向に1.0倍、幅方向に3.5倍延伸して、フィルム厚み約75μm」とした以外は実施例1と同様に製造された実施例9に示される、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
なお、「未延伸フィルム」と「未延伸PETフィルム」は、「未延伸PETフィルム」に用途を統一して記載した。

「2種のポリマーを、2種3層合流ブロックにて、積層し、口金よりシート状にして押し出した後、静電印加キャスト法を用いてキャスティングドラムに巻きつけて冷却固化し、未延伸PETフィルムを作り、
次いで、リバースロール法により未延伸PETフィルムの両面に接着性改質塗布液を塗布した後、80℃で20秒間乾燥し、
この塗布層を形成した未延伸PETフィルムをテンター延伸機に導き、フィルムの端部をクリップで把持しながら、温度125℃の熱風ゾーンに導き、幅方向に3.5倍延伸し、次に、幅方向に延伸された幅を保ったまま、温度225℃、30秒間で処理し、さらに幅方向に3%の緩和処理を行って得られ、
厚み、リタデーション(Re)、厚さ方向リタデーション(Rth)、直交する二軸の屈折率(Nx、Ny)及び厚さ方向の屈折率(Nz)が、それぞれ75μm、7350nm、7800nm、1.580、1.678及び1.525である、一軸配向PETフィルムからなり、
PVAとヨウ素からなる偏光子の片側に一軸配向ポリエステルフィルムを偏光子の吸収軸とフィルムの配向主軸が垂直になるように貼り付け、偏光板Aを作成するものであり、
液晶表示装置の薄型化に対応可能であり、且つ虹状の色斑による視認性の悪化が発生しない、液晶表示装置を提供することを目的とした、一軸配向PETフィルム。」

2 対比及び判断
(1) 対比
本願発明と引用発明とを対比する。
ア 偏光子保護フィルム
引用発明の「一軸配向PETフィルム」は、「PET」を含む「フィルム」であって、「PET」が「ポリエステル」に該当することは技術常識である。
加えて、引用発明の「一軸配向PETフィルム」は、「偏光子の片側に」「偏光子の吸収軸とフィルムの配向主軸が垂直になるように貼り付け、偏光板Aを作成するものであ」って、その積層構造からみて、偏光子を保護する機能を有する。
以上によれば、引用発明の「一軸配向PETフィルム」は、材料及び機能の両面からみて、本願発明の「ポリエステルフィルムからなる」とされる、「偏光子保護フィルム」に相当するといえる。

イ リタデーション
引用発明の「一軸配向PETフィルム」における、「リタデーション(Re)」及び「厚さ方向リタデーション(Rth)」は、技術的にみて、本願発明の「偏光子保護フィルム」における、「リタデーション」及び「厚み方向のリタデーション(Rth)」に相当する。
また、引用発明の「一軸配向PETフィルム」は、「リタデーション(Re)、厚さ方向リタデーション(Rth)」が、それぞれ、「7350nm、7800nm」である。
上記「リタデーション(Re)」の値からみて、引用発明の「一軸配向PETフィルム」は、本願発明の「偏光子保護フィルム」における、「リタデーションが4000nm以上30000nm以下であり」との要件を満たす。

ウ Nz係数
引用発明の「一軸配向PETフィルム」は、「直交する二軸の屈折率(Nx、Ny)及び厚さ方向の屈折率(Nz)が、それぞれ」「1.580、1.678及び1.525である」。
そうすると、引用発明の「一軸配向PETフィルム」のNz係数は、|Ny-Nz|/|Ny-Nx|≒1.56と計算される。(当合議体注:少数点第3位以下を四捨五入した。)
上記「Nz係数」の値からみて、引用発明の「一軸配向PETフィルム」は、本願発明の「偏光子保護フィルム」における、「Nz係数が1.7以下であり」との要件を満たす。

エ 面配向度
引用発明の「一軸配向PETフィルム」の面配向度は、(Nx+Ny)/2-Nz≒0.10と計算される。(当合議体注:少数点第3位以下を四捨五入した。)
上記「面配向度」の値からみて、引用発明の「一軸配向PETフィルム」は、本願発明の「偏光子保護フィルム」における、「面配向度が0.13以下である」との要件を満たす。

(2)一致点及び相違点
ア 一致点
本願発明と引用発明は、次の構成で一致する。
「リタデーションが4000nm以上30000nm以下であり、Nz係数が1.7以下であり、面配向度が0.13以下であるポリエステルフィルムからなる偏光子保護フィルム。」

イ 相違点
本願発明と引用発明は、次の点で相違する。
(相違点1)
「偏光子保護フィルム」が、本願発明は、「フィルム流れ方向又は幅方向に対する熱収縮率(85℃、30分間水中で加熱処理したときの熱収縮率)が最大となる方向の傾きの絶対値が10度以下」であるという要件を満足するのに対して、引用発明は、この要件を満足するか否か、一応、明らかでない点。
(相違点2)
「偏光子保護フィルム」が、本願発明は、「厚みが75μmであり、リタデーションが7350nmであり、厚み方向のリタデーション(Rth)が7800nmであるポリエチレンテレフタレートフィルムからなる偏光子保護フィルムを除く」のに対して、引用発明は、「厚み、リタデーション(Re)、厚さ方向リタデーション(Rth)」が、「それぞれ75μm、7350nm、7800nm」「である、一軸配向PETフィルム」である点。

(3)判断
ア 相違点1について
引用発明の「一軸配向PETフィルム」は、その製造工程からみて、長尺であって、走行方向と幅方向を具備していることは当業者に自明である。
そうすると、引用発明の「一軸配向フィルム」の、上記走行方向及び上記幅方向が、それぞれ、本願発明の「偏光子保護フィルム」の「フィルム流れ方向」及び「幅方向」に相当する。

また、引用発明の「一軸延伸PETフィルム」は、「未延伸PETフィルムをテンター延伸機に導き、フィルムの端部をクリップで把持しながら、温度125℃の熱風ゾーンに導き、幅方向に3.5倍延伸し、次に、幅方向に延伸された幅を保ったまま、温度225℃、30秒間で処理し、さらに幅方向に3%の緩和処理を行って得られ」るものである。
そうすると、当該製造工程からみて、上記「一軸延伸PETフィルム」のうち、フィルム幅方向の中央部近傍から切り出されるフィルムに関していえば、少なくとも、本願発明の「フィルム流れ方向又は幅方向に対する熱収縮率(85℃、30分間水中で加熱処理したときの熱収縮率)が最大となる方向の傾きの絶対値が10度以下である」との要件(以下「要件1」という。)を満足すると認められる。
したがって、相違点1は、実質的な相違点ではない。

さらにすすんで検討すると、引用発明の「一軸延伸PETフィルム」は、「幅方向に延伸された幅を保ったまま、温度225℃、30秒間で処理し、さらに幅方向に3%の緩和処理を行って得た」ものであるから、当該緩和処理を経ることによって、延伸工程等において発生したフィルム内の残留応力が緩和されて、フィルムの光学的性質が安定化することは当業者に自明である。
そうすると、引用発明の「一軸延伸PETフィルム」において、少なくともフィルム幅方向中央部近傍から切り出されるフィルムに関しては、上記緩和処理を考慮すると、要件1を満たす蓋然性はきわめて高いといえる。

また、次のように考えることもできる。
令和元年8月28日付け拒絶理由通知書において通知したとおり、長尺フィルムの幅方向の物性値を均一化ないし安定化させるための手段として、以下の技術は、先の出願前における周知慣用技術であったと認められる。
(ア)フィルム幅方向両端部を切断(トリミング)する技術
(引用文献3の158頁右欄22行?23行、引用文献4の【0089】(比較例2)、引用文献6の特許請求の範囲、1頁2欄18行?25行、2頁3欄7行?24行及び実施例に関する記載)
(イ)熱固定工程の最高温度部を経た後、フィルムの引取り速度を減じてステンター内においてフィルム長手方向の弛緩熱処理を施す技術
(引用文献6の上記記載箇所)
(ウ)off lineでの加湿エージング、Tg近傍での長時間エージング
(引用文献3の158頁右欄26行?28行)

加えて、引用発明の「一軸延伸PETフィルム」は、長尺フィルムとして製造されるフィルムであるところ、フィルム幅方向の中央部近傍は光学物性が均一かつ安定しているのに対して、幅方向において中央部近傍から外れた領域は光学物性が相対的に劣ることは技術常識であるから、「虹状の色斑による視認性の悪化が発生しない、液晶表示装置を提供することを目的と」する、引用発明の「一軸延伸PETフィルム」において、製造歩留まりを改善するために、フィルム幅方向の物性値を均一化ないし安定化させることは、当然求められる技術課題といえる。
そうすると、引用発明の「一軸延伸PETフィルム」の製造にあたり、当該技術課題を解決するために、上記周知慣用技術を1つ又は複数組み合わせて採用することは、当業者の通常の相違工夫の範囲内の事項である。そして、その結果、引用発明の「一軸延伸PETフィルム」のうち、フィルム幅方向の中央部近傍から切り出されるフィルムは、当該周知慣用技術を何ら適用しない場合と比較して、なおのこと要件1を満たす蓋然性が高いといえる。

イ 相違点2について
引用文献1の[0006]には、「本発明は・・・その目的は、液晶表示装置の薄型化に対応可能(即ち、偏光子保護フィルムが十分な機械的強度を有する)であり、且つ虹状の色斑による視認性の悪化が発生しない、液晶表示装置を提供することである。」と記載されている。そして、上記記載に接した当業者は、引用文献1に記載された特定の実施例(例えば、実施例9)を参考にして、発明の趣旨の範囲内で設計変更の余地が残されていることを直ちに理解する。
ここで、引用発明の「一軸配向PETフィルム」(実施例9)が、実施例1のフィルムにおいて幅方向の延伸倍率を4.0倍から3.5倍に設計変更して得られたものであるところ、両フィルムは、「薄型化」(厚み)の観点では実施例1が実施例9より優れている一方、「380nm光線透過率」(偏光板の耐久性、引用文献1の[0027]を参照。)の観点では実施例9が実施例1より優れていることが理解される。
そうすると、引用発明に接した当業者が、薄型化及び偏光板の耐久性向上を比較考量して、幅方向の延伸倍率を、例えば、3.5倍から3.6倍へと若干大きく設計変更(耐久性を若干犠牲にして、薄型化を求める方向での設計変更)することは、当業者の通常の創意工夫の範囲内の事項である。
(当合議体注:上記設計変更は、横延伸倍率については、引用文献1の[0045]、380nm光線透過率については、同文献の[0027]において、好ましいと記載されている範囲内においての調整と評価できる。また、実施例1及び実施例9のフィルムの各物性値([表1])からみて、上記設計変更後に、フィルムの物性値に関して一致点とされていたものが、新たな相違点となることはないと考えられる。)

また、次のように考えることもできる。
引用文献1の[0045]には、「横延伸倍率は・・・(中略)・・・特に好ましくは3.0?5.5倍である。」と記載されている。そうすると、実施例9のフィルムにおける幅方向延伸倍率を、例えば、3.5倍から3.4倍に小さく変更する設計変更も可能である。
(当合議体注:この場合の設計変更は、薄型化を若干犠牲にして、耐久性をさらに重視した方向の調整であって、面配向度は、実施例9より小さくなると考えられる。)

(4)発明の効果
本願明細書の【0010】には、発明の効果として、「本発明によれば、2枚の偏光板をクロスニコルに配置した場合に、従来・・・光の漏れを抑制することができる。また・・・薄型化に適し、虹斑が生じないだけでなく、当該光の漏れに起因した視認性の悪化が軽減された、優れた視認性を有する液晶表示装置が提供可能である。」と記載されている。
しかしながら、上記効果は、引用発明から当業者が設計変更して得られる発明が奏する効果でもある。

(5)審判請求人の主張
審判請求人は、令和元年11月5日付け意見書の「3.」において、いずれの引用文献にも、熱収縮率の傾きについて一切開示も示唆もない点を主張する。確かに、いずれの文献にも熱収縮率の傾きに着目した記載はない。
しかしながら、本願発明の構成は、フィルムの物性の均一化及び安定化を目的として、引用発明と周知慣用技術に基づいて、当業者が容易に想到し得たものであることは上記(3)で検討したとおりであり、フィルムの幅方向の物性値(例えば、配向方向や機械強度等)が均一かつ安定した偏光子保護フィルムを採用すれば、本願発明の効果である、「光の漏れを抑制することができる」ことは、当業者の予想の範囲内であることを考慮すれば、「熱収縮率の傾き」に関する記載の有無は、上記検討結果を左右しない。

また、審判請求人は、上記意見書の「2.」及び「3.」において、本願発明は、面配向度が0.13以下であることにより、液晶表示装置を斜め方向から見た際の虹斑をより確実に解消できる点、引用文献1には、実施例9の一軸配向PETフィルム以外に「面配向度が0.13以下である」という特徴を満たすポリエステルフィルムは記載されておらず、「面配向度」という概念すら記載されていない点、及び、「面配向度が0.13以下である」という特徴を満たすように改良することを示唆する記載がない点、を主張する。
しかしながら、引用文献1には、偏光子保護フィルムのリターデ-ション(Re)をある程度(例えば、3000nm程度)以上としなければ、斜め方向から観察した時に強い干渉色を呈する点([0021])、リタデーションと厚さ方向リタデーションの比(Re/Rth)が大きいほど、複屈折の作用は等方性を増し、観察角度による虹状の色斑の発生が生じ難くなる点([0043])が記載されている。
そうすると、上記記載を知悉し、引用発明(実施例9)(Re/Rth=0.942、面配向度=0.10)を出発点として改良を試みる当業者が、所定のリタデーション及びフィルム厚を前提として、Re/Rthが大きくなるように、すなわち、単位厚さあたりのRthである面配向度が小さくなるように設計変更することは、引用文献1が示唆する範囲内の事項である。(当合議体注:実施例9の面配向度は、少数点第3位以下を四捨五入して計算した。)

以上のとおりであるから、審判請求人の主張は採用できない。

(6)小括
本願発明は、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第3 まとめ
本願発明は、引用文献1に記載された発明及び引用文献2?7に記載された技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本件出願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

 
審理終結日 2020-03-27 
結審通知日 2020-03-31 
審決日 2020-04-28 
出願番号 特願2014-543689(P2014-543689)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (G02B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 井上 徹  
特許庁審判長 樋口 信宏
特許庁審判官 里村 利光
河原 正
発明の名称 液晶表示装置、偏光板及び偏光子保護フィルム  
代理人 特許業務法人三枝国際特許事務所  

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