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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B60W
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B60W
管理番号 1363393
審判番号 不服2018-14823  
総通号数 248 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-08-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-11-07 
確定日 2020-06-18 
事件の表示 特願2015-554056「制動のための作動基準を求めるための方法及びこの方法を実行するためのブレーキシステム並びにこのブレーキシステムを有する車両」拒絶査定不服審判事件〔平成26年7月31日国際公開、WO2014/114311、平成28年4月14日国内公表、特表2016-511183〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2013年(平成25年)11月30日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2013年1月25日(DE)ドイツ連邦共和国)を国際出願日とする出願であって、その手続は以下のとおりである。
平成29年11月28日(発送日:同年12月6日):拒絶理由通知書
平成30年3月2日 :意見書、手続補正書の提出
平成30年7月13日(発送日:同年8月29日) :拒絶査定
平成30年11月7日 :審判請求書、手続補正書の提出
平成31年2月20日 :上申書の提出
平成31年3月13日 :上申書の提出
令和元年10月2日(発送日:同年10月9日) :拒絶理由通知書(以下、「当審拒絶理由」という。)
令和元年12月9日 :意見書、手続補正書の提出

第2 本願発明
本願の請求項1ないし19に係る発明は、令和元年12月9日の手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし19に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、その請求項1に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「ブレーキシステム(2.4)へのブレーキ信号(S4)の発出のための、自車(1)の制動のための作動基準(K_act)の特定のための方法であって、少なくとも以下のステップ:
前記自車(1)の周囲環境(4)にある少なくとも1つの物体(3)を検出するステップ(St1)と、
前記自車(1)が前記物体(3)との衝突進路上にあるかどうかを特定するステップ(St2)と、
検出された前記物体(3)との衝突進路が特定された場合に、少なくとも1つの回避基準(K_avoid)を決定するステップ(St3)と、
前記回避基準(K_avoid)の決定のために前記自車(1)のS字状の回避軌道(T(k))が決定されるステップ(St3.1)と、
該回避軌道(T(k))に基づき、前記自車(1)の横加速度(a_quer)の2つの極値(a_max)が特定されるステップ(St3.2)と、
特定された2つの極値(a_max)のうち大きい方が少なくとも1つの閾値(a_thresh)と比較されるステップ(St3.3)と、
前記極値(a_max)のうち大きい方が前記閾値(a_thresh)を下回るときに少なくとも1つの前記回避基準(K_avoid)が満たされるステップ(St3.4)と、
前記回避基準(K_avoid)が満たされている限り、制動のための前記作動基準(K_act)が満たされないステップ(St4)と、
を行うこと、
少なくとも2つの閾値(a_thresh)が横加速度(a_quer)のために用いられ、第1の横加速度閾値(a_thresh_1)が運転者への警告のためのブレーキ警告信号の発出のために設定されており、第2の横加速度閾値(a_thresh_2)が自動的な制動のためのブレーキシステム(2.4)へのブレーキ制御信号(S4)の発出のために設定されていること、及び
前記作動基準(K_act)に加えて、少なくとも1つのブレーキ基準(K_brake)が決定され、その結果、前記作動基準(K_act)が満たされる場合に、前記ブレーキ基準(K_brake)も満たされる時にのみブレーキが前記ブレーキ制御信号(S4)によって作動されることを特徴とする方法。」


第3 当審における拒絶の理由
当審が通知した拒絶理由のうちの理由2は、次のとおりのものである。

(進歩性)本願の請求項1ないし20に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

1.特開2009-286279号公報
2.特開2010-519550号公報
3.特開2003-341501号公報
4.特開2009-137562号公報
5.特開2007-8300号公報

第4 引用文献の記載事項
1 引用文献1
当審拒絶理由に引用された、本願の優先日前に頒布された引用文献1(特開2009-286279号公報)には、「車両の運転支援装置」に関して、図面(特に図2ないし図4を参照。)とともに以下の事項が記載されている(下線は、理解の一助のために当審が付与したものである。以下同様。)。

ア 「【0006】
本発明は、自車両前方の走行環境に存在する対象物を認識し、対象物情報を検出する対象物情報検出手段と、自車両に対する上記対象物の相対速度と上記対象物の種類に応じて、上記対象物を回避するのに必要な上記対象物からの横移動量を設定する回避横移動量設定手段と、上記回避横移動量設定手段で設定した上記横移動量と現在の自車両の走行状態に基づいて走行制御する制御手段とを備えたことを特徴としている。
【発明の効果】
【0007】
本発明による車両の運転支援装置によれば、実際の回避走行に沿った目標自車進路を設定し、実際の回避操作に沿った自然な運転支援を行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。
図1?図7は本発明の実施の形態を示し、図1は車両に搭載した運転支援装置の概略構成図、図2は制御ユニットの機能ブロック図、図3は運転支援制御プログラムのフローチャート、図4は自車両の目標自車進路と限界自車進路の説明図、図5は対象物の種類毎に設定される対象物と自車両との相対速度と対象物からの横移動量とリスクとの関係の特性図、図6は路面摩擦係数に応じて設定される警報制御閾値とブレーキ制御閾値の説明図、図7は路面摩擦係数に応じて設定される許容最大横加速度の説明図である。
【0009】
図1において、符号1は自動車等の車両(自車両)で、この車両1には、運転支援装置2が搭載されている。この運転支援装置2は、ステレオカメラ3、ステレオ画像認識装置4、制御ユニット5等を有して主要に構成されている。
【0010】
また、自車両1には、自車速V0を検出する車速センサ6、実際に発生している横加速度(実横加速度)(d^(2)y/dt^(2))rを検出する横加速度センサ7、路面状態としての路面摩擦係数μを推定する路面摩擦係数推定装置8が設けられており、検出された自車速V0はステレオ画像認識装置4及び制御ユニット5に入力され、検出された実横加速度(d^(2)y/dt^(2))r及び推定された路面摩擦係数μは制御ユニット5に入力される。
【0011】
ステレオカメラ3は、ステレオ光学系として例えば電荷結合素子(CCD)等の固体撮像素子を用いた1組の(左右の)CCDカメラで構成される。これら左右のCCDカメラは、それぞれ車室内の天井前方に一定の間隔をもって取り付けられ、車外の対象を異なる視点からステレオ撮像し、画像データをステレオ画像認識装置4に入力する。
【0012】
ステレオ画像認識装置4における、ステレオカメラ3からの画像の処理は、例えば以下のように行われる。まず、ステレオカメラ3のCCDカメラで撮像した自車両の進入方向の環境の1組のステレオ画像対に対し、対応する位置のずれ量から三角測量の原理により距離情報を求める処理を行なって、三次元の距離分布を表す距離画像を生成する。
【0013】
このデータを基に、周知のグルーピング処理や、予め記憶しておいた3次元的な道路形状データ、側壁データ、立体物データ等と比較し、白線データ、道路に沿って存在するガードレール、縁石等の側壁データ、電柱等の固定障害物、4輪車、2輪車、歩行者等の立体物データを抽出する。こうして抽出された白線データ、側壁データ、立体物データは、それぞれのデータの種類毎に異なったナンバーが割り当てられる。
【0014】
そして、ステレオ画像認識装置4は、各立体物について、立体物の種類(電柱等の固定障害物、4輪車、2輪車、歩行者の種類)、自車両1から立体物までの距離、自車両1との相対速度(自車両1から立体物までの距離の時間的変化量)、自車両1のカメラ位置を中心とするx(前後方向)-y(横方向)座標系(図4参照、自車両1の前方を(+)、左方向を(+)とする)における立体物位置、立体物の速度等を立体物データとして制御ユニット5に出力する。
【0015】
また、ステレオ画像認識装置4は、立体物の中から、現在の自車両1の位置を基準に前方に所定に設定する領域上に存在し、最も自車両1に近い立体物を自車両1との接触可能性がある対象物と判定し、この対象物について、対象物の種類、自車両1から対象物までの距離d、自車両1のカメラ位置を中心とするx-y座標系における対象物位置、自車両1と対象物の相対速度Vf、対象物の速度等が対象物情報として制御ユニット5に出力される。尚、図4に示す例では、対象物が自車両1の真正面に存在する例を示しているが、これはあくまでも一例である。」

イ 「【0017】
制御ユニット5は、上述のステレオ画像認識装置4からの対象物に関する情報、対象物以外の立体物位置、白線座標等の情報、車速センサ6からの自車速V0、横加速度センサ7からの実横加速度(d^(2)y/dt^(2))r、路面摩擦係数推定装置8からの路面摩擦係数μ等が入力される。
【0018】
そして、制御ユニット5は、後述の運転支援制御プログラムに従って、対象物と自車両1との相対速度Vfと対象物の種類に応じて対象物を回避するのに必要な対象物からの横移動量Wを設定し、対象物からの横移動量Wと距離dとに基づいて対象物を回避する目標自車進路を推定して、該目標自車進路を走行する上で発生する最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxを推定する。そして、最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxと予め設定する警報制御用の閾値Caとを比較して最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxが警報制御用の閾値Ca以上の場合は、ディスプレイ9に対して信号出力して警報制御を行う。また、最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxと予め設定するブレーキ制御用の閾値Cbとを比較して最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxがブレーキ制御用の閾値Cb以上の場合は、ディスプレイ9に対して信号出力して警報制御を行うと共に、ブレーキ制御装置10に信号出力してブレーキ制御を行う。更に、運転に際し、予め許容できる最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))max_cを設定し、該許容最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))max_cと対象物からの横移動量Wと自車速Vとに基づいて対象物を横に回避する限界自車進路を推定して該限界自車進路を走行する上で現在必要な横加速度(d^(2)y/dt^(2))cを演算し、現在実際に発生している実横加速度(d^(2)y/dt^(2))rと現在必要な横加速度(d^(2)y/dt^(2))cとに基づいて操舵制御装置11に信号出力して操舵制御を行う。このように、制御ユニット5は、回避横移動量設定手段、及び、制御手段としての機能を有して構成されている。
【0019】
すなわち、制御ユニット5は、図2に示すように、回避横移動量演算部5a、最大横加速度演算部5b、警報制御閾値設定部5c、ブレーキ制御閾値設定部5d、警報制御判断部5e、ブレーキ制御判断部5f、許容最大横加速度演算部5g、回避操作必要開始距離演算部5h、必要横加速度演算部5i、操舵制御判断部5jから主要に構成されている。」

ウ 「【0030】
最大横加速度演算部5bは、ステレオ画像認識装置4からの対象物に関する情報(自車両1から対象物までの距離d)が、車速センサ6から車速V0が、回避横移動量演算部5aから対象物からの横移動量Wが入力される。
【0031】
本実施の形態では、図4に示すように、自車両1からの距離がdである対象物を、横にW移動して回避する進路を目標自車進路として設定するものとし、この目標自車進路は、例えば、以下の(1)式で表現される。
y=W・(6・(x/d)^(5)-15・(x/d)^(4)+10・(x/d)^(3))…(1)
そして、この(1)式で表現される目標自車進路上で最大となる横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxは、以下の(2)式により得られる。
(d^(2)y/dt^(2))max=5.77・(W/d^(2))・V0^(2) …(2)
【0032】
従って、上述の(2)式に、対象物までの距離d、車速V0、対象物からの横移動量Wを代入することにより最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxを演算し、警報制御判断部5e、及び、ブレーキ制御判断部5fに出力する。
【0033】
警報制御閾値設定部5cは、路面摩擦係数推定装置8から路面摩擦係数μが入力される。そして、予め設定しておいた路面摩擦係数μと警報制御閾値Caの関係のマップ(図6)を参照して、警報制御閾値Caを設定し、警報制御判断部5eに出力する。
【0034】
警報制御閾値Caは、最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxが警報制御閾値Ca以上となった場合に警報制御を行わせるものであり、路面摩擦係数μが大きくなるほど大きく設定され、警報する領域が小さく設定されるようになっている。
【0035】
ブレーキ制御閾値設定部5dは、路面摩擦係数推定装置8から路面摩擦係数μが入力される。そして、予め設定しておいた路面摩擦係数μとブレーキ制御閾値Cbの関係のマップ(図6)を参照して、ブレーキ制御閾値Cbを設定し、ブレーキ制御判断部5fに出力する。
【0036】
ブレーキ制御閾値Cbは、最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxがブレーキ制御閾値Cb以上となった場合にブレーキ制御を行わせるものであり、路面摩擦係数μが大きくなるほど大きく設定され、ブレーキを作動させる領域が小さく設定されるようになっている。また、Ca<Cbの関係になっており、最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxが増加していくと、先に警報制御が行われ、次いで、警報制御とブレーキ制御とが共に行われるようになっている。
【0037】
警報制御判断部5eは、最大横加速度演算部5bから最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxが入力され、警報制御閾値設定部5cから警報制御閾値Caが入力される。そして、最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxと警報制御閾値Caとを比較して、最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxが警報制御閾値Ca以上となった場合にディスプレイ9に信号出力して警報を行わせる。尚、このディスプレイ9による警報と共に、音声、チャイム等の警報を行っても良い。
【0038】
ブレーキ制御判断部5fは、最大横加速度演算部5bから最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxが入力され、ブレーキ制御閾値設定部5dからブレーキ制御閾値Cbが入力される。そして、最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxとブレーキ制御閾値Cbとを比較して、最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxがブレーキ制御閾値Cb以上となった場合にブレーキ制御装置10に信号出力してブレーキ制御を行う。ブレーキ制御部10は、ブレーキ制御判断部5fからブレーキ制御を行う信号が入力されると、所定のブレーキ力を付加して減速させる。」

エ 上記アの段落【0014】の記載事項及び図4の図示内容からみて、目標自車進路はS字状の目標自車進路であるといえる。

以上から、上記引用文献1には次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「ブレーキ制御装置10へ信号出力するための、自車両1のブレーキ制御のための車両の運転支援装置であって、
前記自車両1の車外にある少なくとも1つの立体物を抽出し、
前記自車両1が前記立体物と接触可能性があるかどうかを判定し、
抽出された前記立体物と接触可能性があると判定された場合に、最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxを推定し、
前記最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxの推定のために前記自車両1のS字状の目標自車進路を推定し、
該目標自車進路に基づき、前記自車両1の最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxが設定され、
設定された最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxがブレーキ制御用の閾値Cbと比較され、
前記最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxが前記ブレーキ制御用の閾値Cbを下回るときにブレーキ制御が行われず、
警報制御用の閾値Ca及びブレーキ制御用の閾値Cbが最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxのために用いられ、警報制御用の閾値Caがディスプレイ9に対して信号出力して警報制御を行うために設定されており、ブレーキ制御用の閾値Cbがブレーキ制御システム10へ信号出力するように設定されている、車両の運転支援装置。」

2 引用文献4
当審拒絶理由に引用された、本願の優先日前に頒布された引用文献4(特開2009-137562号公報)には、図面(特に図5を参照。)とともに、次の事項が記載されている。

ア 「【0006】
しかしながら、回避運動を行うことが不可能な状況、例えば、車両の走行するレーンに隣接する隣接レーンが無い場合や、車両の走行するレーンに隣接する隣接レーンがあったとしても、その隣接レーンに他の障害物(例えば、走行車両)がある場合には、車両は左右の隣接レーンに移動することによって前方の障害物を回避することができない。そして、従来技術のように、自車と障害物との相対的な関係のみに基づいて判定を行う場合には、上記のような操舵によって障害物との接触が回避できない状況に車両があることを判定することができなかった。
【0007】
本発明は前記従来における問題点を解消するためになされたものであり、隣接レーンに関する情報を用いることによって、操舵によって障害物との接触が回避できない状況に車両があることを判定することができ、その結果、障害物との接触の際の衝撃を小さくすることを可能とした車両制御装置、車両制御方法及びコンピュータプログラムを提供することを目的とする。」

イ 「【0029】
また、本実施形態に係る車両制御装置1では、車両2の前方に他車両等の障害物を検出し、車両2がその障害物に衝突する虞のある状況において衝突防止制御を行う。
ここで、以下に衝突防止制御について簡単に説明する。衝突防止制御では、先ず車両の走行状態や周囲状況から車両2がステアリング操作によって障害物との衝突が回避できるか否かを判定する。その後、ステアリング操作によって障害物との衝突が回避できると判定した場合にはAT5をシフトホールドし、運転者に障害物を回避する為のステアリング操作を促す。一方、ステアリング操作によって障害物との衝突が回避できないと判定した場合にはAT5をシフトダウンするとともにブレーキ6A?6Dを作動させて、車両2の制動制御を行う。」

ウ 「【0080】
以上詳細に説明した通り、本実施形態に係る車両制御装置1、車両制御装置1による車両制御方法、及び車両制御装置1で実行されるコンピュータプログラムでは、車両の進行方向前方を走行する前方車両を検出した(S1)場合に、前方車両までの車間距離を検出する(S2)とともに、自車両の制動距離を算出し(S3)、自車両と前方車両とが衝突する虞があると判定された場合に、衝突防止制御を行う(S6)。そして、衝突防止制御では、自車情報、前方車両情報及び周辺道路状況を考慮することにより、ステアリング操作によって前方車両との衝突が回避できるか否かを判定し(S21?S27)、回避できると判定された場合にはAT5をシフトホールド制御する(S16)とともに、回避できないと判定された場合にはAT5をシフトダウン制御する(S17)ので、車両2の回避運動中に横滑り等が発生することを防止することができる。従って、車両2の挙動を安定させた状態で前方車両を確実に回避し、安全に走行させることが可能となる。
また、車両2の車速に基づいて算出された制動距離と前方車両までの距離とを比較する(S4)ことにより、車両と障害物との衝突の虞があるか否かを正確に判定することが可能となる。
また、隣接レーンを走行する他車両について考慮することにより、車両2が障害物を回避する際の隣接レーンへの回避経路が確保できるか否かを把握できる(S25)。そして、回避経路の確保の把握結果を用いることにより、ステアリングの操作によって車両2と前方車両との衝突が回避できるか否かをより正確に判定することが可能となる。
また、隣接レーンに関する情報を用いることによって、操舵によって障害物との接触が回避できない状況、即ち、その後にどのような車両操作を行ったとしても障害物との接触が避けられない状況に車両があることを判定する(S24、S25)ことができる。その結果、制動制御(S17)の開始タイミングを早くすることができ、障害物との接触の際の衝撃を小さくすることが可能となる。
また、車両の走行するレーンに隣接する隣接レーンが無い場合に障害物と車両との衝突が回避できないと判定し、車両の走行するレーンに隣接する隣接レーンがあって、且つその隣接レーンに他の障害物が有る場合に障害物と車両との衝突が回避できないと判定するので、操舵によって障害物との接触が回避できるか否かの判定について、従来より正確且つ迅速に行うことができる。」

以上から、上記引用文献4には次の技術(以下「引用文献4の記載事項」という。)が記載されていると認められる。

「衝突防止制御を行う車両制御装置1において、ステアリング操作によって障害物との衝突が回避できないと判定した場合、車両2の制動制御を行うこと。」

第5 対比
本願発明と引用発明とを対比すると、後者の「ブレーキ制御装置10」は、その機能、構成及び技術的意義からみて前者の「ブレーキシステム(2.4)」に相当し、以下同様に、「信号出力する」は「ブレーキ信号(S4)の発出」に、「ブレーキ制御」は「制動」に、「自車両1」は「自車(1)」に、「車外」は「周囲環境(4)」に、「立体物」は「物体(3)」に、「抽出」は「検出」に、「目標自車進路」は「回避軌道(T(k))」に、「ブレーキ制御用の閾値Cb」は「少なくとも1つの閾値(a_thresh)」、「閾値(a_thresh)」及び「第2の横加速度閾値(a_thresh_2」に、「最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))max」は「回避基準(K_avoid)」に、「警報制御用の閾値Ca及びブレーキ制御用の閾値Cb」は「少なくとも2つの閾値(a_thresh)」に、「警報制御用の閾値Ca」は「第1の横加速度閾値(a_thresh_1)」に、「ディスプレイ9に対して信号出力して警報制御を行うものであ」ることは「運転者への警告のためのブレーキ警告信号の発出のために設定され」ることに、「ブレーキ制御システム10へ信号出力するように設定されている」は「自動的な制動のためのブレーキシステム(2.4)へのブレーキ制御信号(S4)の発出のために設定されている」にそれぞれ相当する。
してみると、後者の「前記自車両1の車外にある少なくとも1つの立体物を抽出し」は前者の「前記自車(1)の周囲環境(4)にある少なくとも1つの物体(3)を検出するステップ(St1)」に相当し、同様に「前記自車両1が前記立体物と接触可能性があるかどうかを判定し」は「前記自車(1)が前記物体(3)との衝突進路上にあるかどうかを特定するステップ(St2)」に相当する。
そして、後者の「最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))max」と前者の「2つの極値(a_max)」及び「2つの極値(a_max)のうち大きい方」とは、「極値(a_max)」という限りで一致すると理解できる。
この理解において、後者の「最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxの推定」は前者の「回避基準(K_avoid)の決定」に相当するから、後者の「抽出された前記立体物と接触可能性があると判定された場合に、最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxを推定し」は、前者の「検出された前記物体(3)との衝突進路が特定された場合に、少なくとも1つの回避基準(K_avoid)を決定するステップ(St3)」に相当し、同様に「前記最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxの推定のために前記自車両1のS字状の目標自車進路を推定し」は「前記回避基準(K_avoid)の決定のために前記自車(1)のS字状の回避軌道(T(k))が決定されるステップ(St3.1)」に相当する。そして、後者の「該目標自車進路に基づき、前記自車両1の最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxが設定され」と前者の「該回避軌道(T(k))に基づき、前記自車(1)の横加速度(a_quer)の2つの極値(a_max)が特定されるステップ(St3.2)と(設定され)」とは、「該回避軌道(T(k))に基づき、前記自車(1)の横加速度(a_quer)の極値(a_max)が特定されるステップ」という限りで一致し、同様に「設定された最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxがブレーキ制御閾値Cbと比較され」と「特定された2つの極値(a_max)のうち大きい方が少なくとも1つの閾値(a_thresh)と比較されるステップ(St3.3)」とは、「特定された極値(a_max)が少なくとも1つの閾値(a_thresh)と比較されるステップ」という限りで一致する。また、後者の「前記最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxが前記ブレーキ制御閾値Cbを下回るときにブレーキ制御が行われない」と前者の「回避基準(K_avoid)に割り当てられた前記極値(a_max)のうち大きい方が前記閾値(a_thresh)を下回るときに少なくとも1つの前記回避基準(K_avoid)が満たされるステップ(St3.4)」とは、「回避基準(K_avoid)に割り当てられた前記極値(a_max)が前記閾値(a_thresh)を下回るときに少なくとも1つの前記回避基準(K_avoid)が満たされるステップ(St3.4)」という限りで一致する。そして、後者の「前記最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxが前記ブレーキ制御閾値Cbを下回るときにブレーキ制御が行われ」ないは前者の「前記回避基準(K_avoid)が満たされている限り、制動のための前記作動基準(K_act)が満たされないステップ(St4)」に相当する事項を含むといえる。
そうすると、このような後者の「車両の運転支援装置」は、前者の「自車(1)の制動のための作動基準(K_act)の特定のための方法」及び「少なくとも以下のステップ:」、「を行う方法」に相当する事項を含むものである。

したがって、両者は、
「ブレーキシステムへのブレーキ信号の発出のための、自車の制動のための作動基準の特定のための方法であって、少なくとも以下のステップ:
前記自車の周囲環境にある少なくとも1つの物体を検出するステップと、
前記自車が前記物体との衝突進路上にあるかどうかを特定するステップと、
検出された前記物体との衝突進路が特定された場合に、少なくとも1つの回避基準を決定するステップと、
前記回避基準の決定のために前記自車のS字状の回避軌道が決定されるステップと、
該回避軌道に基づき、前記自車の横加速度の極値が特定されるステップと、
特定された極値が少なくとも1つの閾値と比較されるステップと、
前記回避基準に割り当てられた前記極値が前記閾値を下回るときに少なくとも1つの前記回避基準が満たされるステップと、
前記回避基準が満たされている限り、制動のための前記作動基準が満たされないステップと、を行うこと、
少なくとも2つの閾値が横加速度のために用いられ、第1の横加速度閾値が運転者への警告のためのブレーキ警告信号の発出のために設定されており、第2の横加速度閾値が自動的な制動のためのブレーキシステムへのブレーキ制御信号の発出のために設定されている、方法。」である点で一致し、次の点で相違する。

[相違点1]
前者は「横加速度(a_quer)の2つの極値(a_max)が特定」され、「特定された2つの極値のうち大きい方」が少なくとも1つの閾値と比較されるものであるのに対し、後者は「最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))maxが設定」され、「設定された最大横加速度(d^(2)y/dt^(2))max」がブレーキ制御閾値Cbと比較されるものである点。

[相違点2]
前者は「前記作動基準に加えて、少なくとも1つのブレーキ基準が決定され、その結果、前記作動基準が満たされる場合に、前記ブレーキ基準も満たされる時にのみブレーキが前記ブレーキ制御信号によって作動される」ものであるのに対し、後者はかかる事項を備えていない点。

第6 判断
上記相違点について検討する。
相違点1について検討する。
本願の発明の詳細の段落【0050】ないし【0057】の記載をみると、本願においても、閾値a_threshと比較される値は最大の横加速度a_maxである。そして、最大加速度a_maxのうち大きいものが重要であるとも記載されている(段落【0050】を参照。)。すなわち、相違点に係る本願発明の発明特定事項は、単に閾値a_threshと比較する最大の横加速度a_maxを回避軌道に基づいて求め、求めた最大の横加速度a_maxを閾値と比較することを意味しているといえる。そして、回避軌道から最大の横加速度をどのように求めるかは、回避軌道としての関数及びその解法に応じて、当業者が通常の創作能力の範囲で適宜なし得ることにすぎない。そうすると、引用発明において、当業者の通常の創作能力の範囲で相違点1に係る本願発明の発明特定事項とすることは、当業者であれば容易になし得たことである。
仮にこのように理解できないとしても、引用文献1の段落【0031】の(1)式に記載されているとおり、引用発明の目標自車進路は5次式で表されるから、少なくとも2つの極値を持つことは当業者であれば容易に理解できる。そして、(2)式からみて、引用発明における最大の横加速度が、目標自車進路における最大の値を持つ極値となることは、当業者であれば容易に想起し得たことである。

相違点2について検討する。
引用文献4の記載事項は以下のとおりである。
「衝突防止制御を行う車両制御装置1において、ステアリング操作によって障害物との衝突が回避できないと判定した場合、車両2の制動制御を行うこと。」
ここで、引用文献4の段落【0029】及び【0080】(「第4」、「2」、イ及びウを参照。)に記載された事項は、自車両と前方車両とが衝突する虞がある場合に衝突防止制御を行うものであり、該衝突防止制御は、車両2の車速に基づいて算出された制動距離と前方車両までの距離を比較し自車両と前方車両とが衝突する虞があるか否かを判定し、ステアリング操作によって前方車両との接触が回避できるかを判定することで、制動制御を行うものであるから、引用文献4は「車両2の車速に基づいて算出された制動距離と前方車両までの距離を比較し自車両と前方車両とが衝突する虞があるか否かを判定」するための基準、すなわち「作動基準」あるいは「少なくとも一つのブレーキ基準」のいずれか一方に相当する基準、及び「ステアリング操作によって前方車両との接触が回避できるかを判定」するための基準、すなわち「作動基準」あるいは「少なくとも一つのブレーキ基準」のいずれか他方に相当する基準を備えるものといえる。
してみると、引用文献4の記載事項は、相違点2に係る本願発明の発明特定事項を備えているといえる。

そして、引用発明と引用文献4の記載事項とは、車両の障害物回避に係る技術である点で共通する。また、引用発明に引用文献4の記載事項を適用できないとする、格別な阻害要因を見出すこともできない。

そうすると、引用発明において、引用文献4の記載事項を適用し、相違点2に係る本願発明の発明特定事項とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことである。

また、本願発明は、全体としてみても、引用発明及び引用文献4の記載事項から予測し得ない格別な効果を奏するものではない。

したがって、本願発明は、引用発明及び引用文献4の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

第7 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2020-01-20 
結審通知日 2020-01-22 
審決日 2020-02-04 
出願番号 特願2015-554056(P2015-554056)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (B60W)
P 1 8・ 537- WZ (B60W)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 戸田 耕太郎  
特許庁審判長 金澤 俊郎
特許庁審判官 齊藤 公志郎
水野 治彦
発明の名称 制動のための作動基準を求めるための方法及びこの方法を実行するためのブレーキシステム並びにこのブレーキシステムを有する車両  
代理人 篠原 淳司  
代理人 江崎 光史  
代理人 中村 真介  
代理人 鍛冶澤 實  

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