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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12M
管理番号 1363450
審判番号 不服2018-11378  
総通号数 248 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-08-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-08-22 
確定日 2020-06-17 
事件の表示 特願2015-521306「培養容器及び培養方法」拒絶査定不服審判事件〔平成26年12月11日国際公開、WO2014/196204〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成26年6月5日(優先権主張2013年6月7日、日本国)を国際出願日とする出願であって、その手続の経緯は、概ね以下のとおりである。

平成29年 9月29日付け:拒絶理由通知書
平成29年12月11日 :意見書及び手続補正書の提出
平成30年 5月28日付け:拒絶査定
平成30年 8月22日 :拒絶査定不服審判請求書の提出
令和 1年 7月 1日付け:拒絶理由通知書
令和 1年 9月17日 :意見書及び手続補正書の提出

第2 本願発明
本願の請求項1?18に係る発明は、令和1年9月17日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?18に記載された事項により特定されるとおりのものであり、そのうち、請求項1に係る発明は、以下のとおりのものであると認められる。なお、以下、請求項1に係る発明を「本願発明」ともいう。

「【請求項1】
底部と開口部とからなる複数の凹みが培養容器の底に配列し、
前記底部が、半球状の形状を有し、前記半球状の形状は、球形の半分よりさらに少ない部分を用いる形状であり、
前記開口部が、前記底部との境界から前記凹みの端部までを囲み、さらに縦断面において10度以上20度以下の一定のテーパ角を有する壁で構成され、
前記境界の相当直径が50μm以上100μm以下であり、前記底部の底から前記端部までの深さが前記相当直径の0.6倍以上3倍以下であり、
前記開口部を構成する壁が前記底部と連続する面を形成し、かつ、前記連続する面の傾斜が前記境界で変化する培養容器。」

第3 当審の拒絶の理由
当審による令和1年7月1日付けで通知した拒絶の理由1、2のうち、理由2の概要は、本願発明は、その出願前日本国内において頒布された、又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものであり、文献として、以下の引用例1を引用するものである。

引用例1:国際公開第2013/042360号

第4 当審の判断
1 引用例、周知例の記載事項
(1)引用例1
当審の拒絶の理由において引用例1として引用された、本願優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である国際公開第2013/042360号(2013年3月28日国際公開)には、次の事項が記載されている。

ア 「請求の範囲
[請求項1] 相当直径が所望するスフェロイドの直径の1から5倍であり、高さが前記相当直径の0.3倍から5倍である培養空間を2つ以上配置するととともに、該培養空間表面の水接触角が45度以下である培養容器を使用し、複数の培養空間で接着性細胞のスフェロイドを培養する接着性細胞の培養方法。」

イ 「[0010] 本発明により、従来の二次元培養と同様の操作で均一なサイズの接着性細胞のスフェロイドを高密度に培養することができる。」

ウ 「[0014] ・・・相当直径Dは、培養空間11に内接する内接円の直径をいう。より詳しくは、相当直径Dは、培養空間11の底部13と平行する面の形状(正面の形状)、言い換えると、培養空間11の高さHの方向と垂直になる面の形状の内接円の直径をいう。培養空間11の正面の形状が、高さHに応じて異なる場合、接着性細胞を培養する空間領域の最大値を相当直径を相当直径とする。
高さHは、培養空間11の底から壁12の上面までの長さであり、培養空間11の深さでもあるともいえる。また、培養底面が平面の場合は高さHは、壁12の高さと同じである。壁12の幅Wは、隣接する培養空間11間の距離であるともいえる。」

エ 「[0016] 図3は、培養プレートのウェル内に本実施形態の培養容器を形成した構成例を説明する概略図である。培養プレート1は、複数のウェル21が形成され、隣り合うウェル21同士は仕切り部22によって隔てられる。各ウェル21は、培養容器10に対応し、複数の培養空間11と壁12とを含む。
各ウェル21内、言い換えると、培養容器10内において、複数の培養空間11は、図1に示すようにアレイ状に配置される。各ウェル21に含まれる培養空間11の数は、培養プレートに作製されるウェル21の数(ウェル21の大きさ)と培養空間11及び壁12の大きさに依存するものである。図3では、構成を説明するための、培養空間11の数を少なくして表した概略図であり、各ウェル21に含まれる培養空間11の数は実際とは異なる。加えて、図1、2では、9個の培養空間11を示している。これは説明のために示したものであり、実際の培養容器10(ウェル21)に含まれる培養空間11の数に対応するものではない。」

オ 「[0017] ・・・培養空間11の相当直径について、スフェロイドの大きさが、細胞が増殖するに従いその直径が大きくなることを考慮する必要がある。そこで重要なことは、スフェロイドが隣り合う培養空間11の細胞と接触しないような培養空間11を確保することである。従って、培養空間11の相当直径Dは、所望するスフェロイドの直径の1?5倍の範囲が好ましく、1.5?3倍の範囲がより好ましい。
本発明の培養方法の一態様では、直径100μmの接着性細胞のスフェロイドを形成させるために、所望するスフェロイドの直径の1?5倍の範囲、即ち、相当直径Dが100?500μmの範囲で、高さHが相当直径の0.3?5倍の範囲の培養空間11が規則的に配置されている底部13を有する培養容器10を用いる。」

カ 「[0019] 培養空間11の高さHについて、本発明の培養空間11は、一般的な培養方法で用いる空間に比べて深い空間を用いる。具体的には、一般的な培養方法では、接着性細胞は、培養空間11の表面との細胞接着性を強めることで、増殖・維持させている。この培養方法では、アミノ酸や酸素供給性を高めるため、本実施形態のような、培養空間11の相当直径Dが所望するスフェロイドの直径の1?5倍の範囲、高さHが相当直径Dの0.3?5倍の範囲という、深い空間では培養しない。
一方、本発明では、後述するように細胞接着性を抑制しているため、アミノ酸や酸素などの供給が可能、かつ、スフェロイドが脱離しない最適な高さHを設計する必要がある。培養空間11に関して、さまざまな高さH、相当直径Dを検討した結果、培養空間11の高さHの最適な範囲は、培養空間11の相当直径Dの0.3倍?5倍の範囲であり、0.5?2倍の範囲がより好ましいことを見いだした。その理由の一つは、培養空間11の高さHは、培地交換時にスフェロイドが培養空間11から脱離しなければよく、かつ、培地中に含まれるアミノ酸や酸素供給栄養分を十分に行うために空間の深さは浅いほどよいからである。」

キ 「[0020] 壁12の幅Wは、培養空間11と隣接する培養空間11を隔てる壁12の厚みである。従って、壁12の幅Wは、壁12の上面での細胞増殖を防ぐため、かつ、細胞が培養空間11内に入りやすくするため、5?50μmの範囲がよく、好ましくは、細胞体1個以下の大きさ、即ち5?30μmの範囲が好ましく、5?10μmの範囲がより好ましい。さらに、同様の観点から、壁12の上面と培養空間11の側面とのなす角θは、90?135度の範囲が好ましく、90度?120度の範囲がより好ましい。」

ク 「[0022] ・・・培養空間11の側面の形状は、図2に示す円柱状に限定されるものではなく、例えば、図6A?6Cに示すような形状であってもよい。」

ケ 「[0023] 培養容器10を構成する材料としては、アクリル系樹脂、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、スチレン系樹脂、アクリル・スチレン系共重合樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリビニルアルコール系樹脂、エチレン・ビニルアルコール系共重合樹脂、熱可塑性エラストマー、塩化ビニル系樹脂、及びシリコン樹脂のうちの1つまたはこれらの組み合わせから選択される。」

コ 「[図3]



サ 「[図6A]



(2)周知例1
本願優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である特開2011-24423号公報には、次の事項が記載されている。

ア 「【0017】
本発明の第一の態様は、前記の微粒子からなる微粒子細胞担体である。
本発明の微粒子細胞担体は、各種接着細胞と容易に結合する性質を有している。従って、接着細胞とインキュベーションすることにより、数個から数十個の細胞よりなる各種接着細胞凝集体(スフェロイド)が浮遊状態で容易に形成される。しかも、1?5時間程度のインキュベーションで形成される細胞凝集体の平均粒径は50?100μm程度であり、注射器やカテーテルなどを目詰まりさせることもないため、それらを介して体内に注入する細胞組成物として使用するのに適している。」

(3)周知例2
本願優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である国際公開第2007/097121号には、次の事項が記載されている。

ア 「[0007] そこで、本発明は、より確度の高いスクリーニング等が行えると共にコストが低いスフェロイドおよびスフェロイド群並びにこれらの製造方法を提供することを目的とする。」

イ 「[0079] スフェロイドの大きさとしては、10μm以上あれば良いが、好ましくは15?50μmが良く、更に好ましくは20?40μmが良く、更に好ましくは25?35μmである方が良いが、スフェロイドを使用する目的に応じて培地交換と培養を繰り返してより大きなスフェロイドを形成することも可能である。」

2 引用発明の認定
上記1(1)エ及びコの図3の記載から、培養プレート1は、複数のウェル21が形成され、隣り合うウェル21同士は仕切り部22によって隔てられており、そして、ウェル21は複数の培養空間11と壁12とを含むものである。また、上記1(1)ア、オ及びカには、培養空間11の相当直径Dは所望するスフェロイドの直径の1から5倍であり、高さHが相当直径Dの0.3倍から5倍であることが記載され、そして、上記1(1)ク及びサの図6Aには、円柱状の側面と半球状の底部を有する培養空間11の形状が示されている。
よって、上記1(1)ア、エ、オ、カ、ク、コ及びサの記載から、引用例1には、以下の発明が記載されていると認められる。

「仕切り部22によって隔てられた複数のウェル21を有する、図3に示される培養プレート1であって、
ウェル21は複数の培養空間11と壁12とを含み、
培養空間11の相当直径Dは所望するスフェロイドの直径の1から5倍であり、高さHが相当直径Dの0.3倍から5倍であり、
培養空間11の形状は図6Aに示す形状、すなわち、側面が円柱状で底部が半球状である、
上記培養プレート1。」(以下、「引用発明」という。)

3 対比
本願発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「ウェル21」及び「複数の培養空間11」は、それぞれ、本願発明の「培養容器」及び「底部と開口部とからなる複数の凹み」に相当すると認められる。そして、引用発明の図3には「複数の培養空間11」が「ウェル21」の底に配列していることが示されているから、引用発明は、「複数の凹みが培養容器の底に配列」しているものと認められる。
また、引用発明の「培養空間11の形状は図6Aに示す形状、すなわち、側面が円柱状で底部が半球状である」は、本願発明の「底部が、半球状の形状を有し」、「前記開口部が、前記底部との境界から前記凹みの端部までを囲み」及び「壁で構成され」に相当する。
そして、引用発明の培養空間11における、本願発明の「底部」及び「開口部」に相当する部位は連続した面で構成されているから、引用発明は、本願発明と同様に、「前記開口部を構成する壁が前記底部と連続する面を形成」しているものと認められる。

したがって、両者は、
「底部と開口部とからなる複数の凹みが培養容器の底に配列し、
前記底部が半球状の形状を有し、
前記開口部が、前記底部との境界から前記凹みの端部までを囲む壁で構成され、
前記開口部を構成する壁が前記底部と連続する面を形成する、培養容器。」
である点で一致し、以下の点で相違すると認められる。

(相違点1)
凹みの形状について、本願発明では、
開口部が「縦断面において10度以上20度以下の一定のテーパ角を有する壁で構成され」、底部と開口部の「境界の相当直径が50μm以上100μm以下であり、前記底部の底から前記端部までの深さが前記相当直径の0.6倍以上3倍以下であり」、かつ、「連続する面の傾斜が前記境界で変化する」
と特定されているのに対し、引用発明では、
「培養空間11の相当直径Dは所望するスフェロイドの直径の1から5倍であり、高さHが相当直径Dの0.3倍から5倍」である点。

(相違点2)
凹みの底部の形状について、本願発明では、
「前記半球状の形状は、球形の半分よりさらに少ない部分を用いる形状」
と特定されているのに対し、引用発明では、半球状の形状を有するものの、
「球形の半分よりさらに少ない部分を用いる形状」
に特定されていない点。

4 判断
(1)相違点1及び相違点2について
引用例1の図6Aに示されている培養空間11は、壁12の上面と培養空間11の側面とのなす角である「角θ」が90度であるものと認められるが、上記1(1)キには、「壁12の幅Wは、壁12の上面での細胞増殖を防ぐため、かつ、細胞が培養空間11内に入りやすくする」との観点から、「壁12の上面と培養空間11の側面とのなす角θは、90?135度の範囲が好ましく、90?120度の範囲がより好ましい。」と記載されており、上記「角θ」の角度を90度より大きくすることが記載されている。
そうすると、引用発明において、培養空間11における上記「角θ」の角度を90度より大きい角度、例えば、引用例1で示唆された範囲における中間の範囲である100?110度とすることは、上記観点に従い当業者が適宜行う設計事項の範囲に過ぎず、当業者が容易になし得ることである。
そして、引用発明において培養空間11の上記「角θ」の角度を100?110度とすることは、本願発明にいう、「縦断面において10度以上20度以下の一定のテーパ角を有する壁で構成され」ることに該当するといえる。
加えて、本願明細書をみても、「10度以上20度以下」のテーパ角が、他の角度のテーパ角と比較して格別顕著な効果を奏することを定量的に把握できるデータやそれと同視し得る程度の理論的な記載もないから、本願発明における「縦断面において10度以上20度以下の一定のテーパ角を有する壁で構成され」た形状とすることの技術的意義を見出すこともできない。
なお、引用発明の培養プレート1は、アクリル系樹脂などの樹脂材料で成形されるもの(上記1(1)ケ)であって、いわゆるマルチウェルプレートと呼ばれるものであるが、特表2001-509272号(原査定の拒絶の理由において引用文献1として引用された刊行物)の請求項1及び第12頁第10行?第16行には、マルチウェルプレートのウェルの形成において、金型から確実に離型できるように、雄ウェルセクションの壁を傾斜させること、そして傾斜した側壁を有するウェルを形成することが記載され、特開2004-97200号の請求項1、請求項10及び段落[0050]にも、複数の凹部を有するプラスチックプレートにおいて、凹部(ウェル)の断面形状を略等脚台形形状にすると金型からの離型性が良好となることが記載されているとおり、マルチウェルプレート製造における金型からの良好な離型性の観点から、ウェルの側面を傾斜させることが好ましいことは当該技術分野における技術常識であると認められる。よって、この点からも、引用発明において上記「角θ」を90度より大きくすることが当業者によって容易であることはなおさらである。

また、引用発明において、培養空間11の上記「角θ」の角度を100?110度とする場合、培養空間11の成形のし易さを考慮すれば、培養空間11の底部と壁12との接続部を滑らかにすることが好ましいことは明らかであるところ、半球状の底部の形状を「球形の半分よりもさらに少ない部分」とすることで接続部が滑らかになることは当業者にとって明らかである。そして、そのような形状は、「前記連続する面の傾斜が前記境界で変化する」ものである。
なお、上記「角θ」が90度より大きい角度であって培養空間11の底部を球形の半分よりもさらに少ない部分としたものに該当する培養容器の形状は、例えば国際公開第2012/133514号(原審の拒絶査定において引用文献5として引用された文献)の図1及び特開2010-94045号公報の図1で示されている様に本願優先日前において知られた形状であるから、引用発明において、培養空間11の上記「角θ」の角度を100?110度とする場合に上記形状とすることが当業者にとって自明であることはなおさらである。

また、引用発明における相当直径Dは、所望するスフェロイドの直径に応じて、当該直径の1?5倍の範囲で適宜設定するものであり、すなわち引用発明における培養空間11の内部の大きさは所望するスフェロイドの直径に応じて適宜設定するものである。そして、上記1(2)アに、体内に注入する細胞組成物として注射器やカテーテルなどを目詰まりさせないために、スフェロイドである細胞凝集体の平均粒径は50?100μm程度が適している旨記載され、また、上記1(3)ア及びイに、スクリーニング等に用いられるスフェロイドの大きさとして15?50μmが良好である旨記載されているように、当該技術分野において、用途や目的に応じて、例えば50μm程度のスフェロイドを形成させることは通常行われることである。
ところで、引用例1には、上記1(1)オのとおり、培養空間11の相当直径Dを100?500μmの範囲とするとの記載がある。しかしながら、上記の相当直径Dの範囲は直径100μmの接着性細胞のスフェロイドを形成させる場合の態様として例示された範囲であるから、引用発明における相当直径Dについて上記範囲の大きさに限定するものではなく、また培養空間11の内部の大きさを上記範囲に基づいて限定するものでもない。
そうすると、引用発明において、直径50μm程度のスフェロイドの形成に用いるものとするため、相当直径Dが上記直径の1?5倍となる範囲にて、すなわち50μm?250μm程度となる範囲にて、培養空間11の内部の大きさを上記直径のスフェロイド形成に適した範囲となるように設定することは当業者が通常行う設計変更に過ぎないものである。
そして、引用発明における相当直径Dは、上記1(1)ウ及びサの記載から、培養空間11の上端部の直径であり、他方、本願発明における相当直径は境界部における直径である。そうすると、上記の形状変更した引用発明における培養空間11の内部の大きさ、言い換えれば、本願発明の相当直径である境界部における直径は、概ね上記相当直径Dの範囲と重複するものであることは明らかであるから、そのような培養空間11の形状は、本願発明に特定される「前記境界の相当直径が50μm以上100μm以下」であるものに該当するものといえる。また、凹部(培養空間11)における直径(境界部における直径あるいは相当直径D)と深さ(高さH)との関係について、本願発明は0.6倍以上3倍以下であり、引用発明では0.3倍から5倍とされているところ、両者はその範囲は大半において重複している。そして、容器の幅(この場合の直径に相当)と深さとの比の調整は当業者が適宜設定し得る設計事項に過ぎないものであって、しかも、引用例1の上記1(1)カには、アミノ酸や酸素などの供給が可能であってスフェロイドが脱離しない最適な高さの関係から、上記の比は0.5倍から2倍の範囲がより好ましいと記載されていることから、引用発明において、本願発明に特定されるような「0.6倍以上3倍以下」の範囲の値を採ることに格別の困難性はないといえる。

したがって、上記相違点1及び相違点2とした本願発明の凹みの形状及び凹みの底部の形状に関する事項は、引用発明において培養空間11の上記「角θ」の角度を引用例1において好ましいものとして示唆されている範囲の中央の100?110度にすることで結果的に得られる事項及び単なる設計事項に過ぎないから、引用発明において上記相違点1及び相違点2の構成を採用することは当業者が容易になし得ることである。

(2)効果について
本願発明の奏する効果として、本願明細書の段落[0012]には、均一な大きさのスフェロイドを高効率かつ大量に作製すること、及び容易に培地交換と回収との実施が可能であることが記載されているが、引用発明も、上記1(1)イに記載されているように、均一なサイズの接着性細胞のスフェロイドを高密度に培養することができるものであるから、均一なサイズのスフェロイドを高効率に大量に作製し得るものといえる。また、上記1(1)カに記載されているように、引用発明は、培地交換時にスフェロイドが培養空間11から脱離しないように培養空間11の高さHが設計されており、そして通常の操作でスフェロイドを回収できるものである。
したがって、本願発明の効果は引用例1の記載に基づいて当業者が予測できたものである。

(3)審判請求人の主張について
ア 審判請求人は、令和1年9月17日に提出した意見書において、以下のように主張している。

本願明細書の段落[0028]には、「開口部12を有することにより、培地交換では培地を吸い取るときに細胞が底部11に接着または浮遊しているが離脱しない状態を維持しやすくし、底部11からの細胞の離脱を抑制することが期待できる。一方、細胞の回収では、底部11の培地を吸引及び排出するときに、開口部12により培地の流れを生じやすくすることが期待できる。加えて、底部11に半球状の形状を用いることにより、スフェロイドの形状、大きさを均一にすることに寄与することが期待できる」と記載されており、一方引用例1には当該効果に関する記載も示唆もないから、当該効果は当業者が容易にとって予測し得るものとはいえない。

イ 審判請求人の上記主張について検討する。

まず、本願発明における細胞の脱離の抑制及び細胞の回収に関する効果について検討する。
細胞の脱離の抑制に関する効果について、本願明細書の発明の詳細な説明における実施例の項には、テーパ角が10度、相当直径Rが500μm、深さが400μm(0.8R)である実施例の培養容器と、テーパに該当する部分はなく、相当直径Rが400?500μm、深さが150?200μm(0.3?0.5R)である比較例の培養容器との対比において、培地交換前後におけるスフェロイドの残存率が、実施例の培養容器が比較例の培養容器と比べて1.5倍向上したことが示されている。
しかしながら、実施例の培養容器及び比較例の培養容器は、上述のとおり、培養容器の深さ及び相当直径Rに対する深さの比の点で大きく異なっている。そして、培地交換時において、ウェル(凹み)が深い培養容器の方が、ウェルが浅い培養容器に比べて、スフェロイドがウェルから離脱しにくく、スフェロイドの残存率が向上することは、技術常識から当業者が当然に想起し得ることである。そうすると、上記実施例の培養容器が比較例の培養容器と比べて、培地交換前後においてスフェロイドが多く残存していたという効果は、主にウェルの深さ及び相当直径Rに対する深さの比に基づくものであると解され、テーパ角を10度以上20度以下に特定することによって発揮される効果であると認めることはできない。そして、引用発明は、その培養空間11の高さH(本願発明における深さに相当)及び相当直径Dに対する高さHの比の範囲から、本願発明と同程度の深さ及び相当直径Rに対する深さの比の範囲を備えるものであり、上記1(1)カに記載されているように、引用発明においても、培養空間の深さは培地交換時にスフェロイドが培養空間から脱離しないように調整されたものである。したがって、培地交換の際に細胞の脱離を抑制できるという効果は、引用発明も同様に有する効果であり、また引用例1の記載から予測可能な効果である。
次に、細胞の回収に関する効果について、本願明細書をみても、開口部の形状を本願発明の形状にしたことで、他の形状の培養容器と比較して極めて良好な回収が可能となったことが客観的に把握できるデータは示されておらず、一方、上記1(1)カに記載されているように、引用発明においても、細胞接着性が抑制された状態で細胞を培養するものであるから、細胞の回収は本願発明と同様に回収できるものと認められるし、培地の撹拌等によって簡便に細胞を回収できることは引用例1の記載から当業者が予測できた程度のものである。
そして、本願発明の底部の形状によるスフェロイドの形状、大きさを均一にできるという効果について検討しても、上記(2)で述べたとおり、引用発明は、均一なサイズの接着性細胞のスフェロイドを高密度に培養することができるものであるから、当該効果は引用発明でも発揮される効果であるし、また引用例1の記載から当業者が予測できた程度のものである。
よって、上記主張を採用することはできない。

第5 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、その余について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

 
別掲
 
審理終結日 2020-01-17 
結審通知日 2020-01-21 
審決日 2020-02-03 
出願番号 特願2015-521306(P2015-521306)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C12M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 西村 亜希子  
特許庁審判長 中島 庸子
特許庁審判官 小暮 道明
常見 優
発明の名称 培養容器及び培養方法  
代理人 家入 健  
代理人 家入 健  

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