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審決分類 |
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07K 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07K |
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管理番号 | 1363925 |
審判番号 | 不服2018-6337 |
総通号数 | 248 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2020-08-28 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2018-05-09 |
確定日 | 2020-07-08 |
事件の表示 | 特願2016- 81289「抗Aβグロブロマー抗体、その抗原結合部分、対応するハイブリドーマ、核酸、ベクター、宿主細胞、前記抗体を作製する方法、前記抗体を含む組成物、前記抗体の使用及び前記抗体を使用する方法。」拒絶査定不服審判事件〔平成28年10月20日出願公開、特開2016-183160〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、2006年(平成18年)11月30日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2005年11月30日、2006年3月3日、2006年3月30日、2006年9月5日 いずれも米国)を国際出願日とする特願2008-542672号の一部について、特許法44条1項の規定により、平成25年10月3日に新たな出願(特願2013-207925号)としたもののさらに一部について、同法同条同項の規定により、平成28年4月14日に新たな出願(特願2016-081289号。以下「本願」という。)としたものであって、以降の主な手続の経緯は次のとおりである。 平成29年 2月14日付け:拒絶理由通知書 平成29年 8月21日 :意見書の提出 平成29年12月25日付け:拒絶査定 平成30年 5月 9日 :審判請求書、手続補正書の提出 平成30年 8月 8日 :審判請求書を対象とする手続補正書 及び物件提出書の提出 令和 1年 5月28日付け:拒絶理由通知書 令和 1年12月 4日 :意見書、手続補正書、物件提出書の提出 第2 本願発明 本願請求項1?6に係る発明は、令和1年12月4日提出の手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は次のとおりである。 【請求項1】 Aβ(1-42)グロブロマーに対する抗体の結合親和性より大きい、Aβ(20-42)グロブロマーに対する結合親和性を有するヒト抗体又はヒト化抗体であって、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション受託番号PTA-7405によって表記されるハイブリドーマから入手可能なモノクローナル抗体4D10及びアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション受託番号PTA-7851によって表記されるハイブリドーマから入手可能なモノクローナル抗体3B10からなる群から選択されるモノクローナル抗体と同一のエピトープに結合する抗体であって、前記Aβ(20-42)グロブロマー及び前記Aβ(1-42)グロブロマーは、後期集合型、n=12?14のオリゴマーBである、抗体。 第3 当審の拒絶理由通知書の概要 令和1年5月28日付けで当審が通知した拒絶理由のうちの理由2(実施可能要件)は概ね次のとおりである。 本願の明細書の発明の詳細な説明の記載及び本願出願時の技術常識を参酌しても、本願発明に係る抗体を作製するには、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を必要とするから、本願は、発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない。 第4 本願明細書の記載 本願の明細書の発明の詳細な説明(以下「本願明細書」という。)及び本願の図面(以下「本願図面」という。)には次の事項が記載されている。なお、下線は、摘記事項(1-15)及び(1-16)に示した図面中の下線以外は、当審で付したものである。 (1-1)「 本発明のこれらの抗体5F7、10F11、7C6、4B7、6A2、2F2、4D10、7E5、10C1及び3B10は、Aβ(1-42)グロブロマーに対する抗体の結合親和性より高い、Aβ(20-42)グロブロマーに対する結合親和性を有することによって特徴付けられる。」(【0087】) (1-2)「 5F7、10F11、7C6、4B7、6A2、2F2、4D10、7E5、10C1及び3B10からなる群から得られる全てのモノクローナル抗体は、20及び42Aβ配列範囲内に、特に、20から30Aβ配列範囲内に含有されるエピトープに結合する。理論に拘泥するものではないが、前記エピトープは、アミノ酸20と42の領域中のサブユニット間、特に、アミノ酸20と30の領域中のサブユニット間中に存在する構造的な非直鎖エピトープであると考えられる。」(【0090】) (1-3)「 …本明細書において、2つのエピトープが、それらの化学構造、好ましくはそれらのアミノ酸配列の一部を共有すれば、2つのエピトープは、「重複する」と称され、それらの化学構造、好ましくはそれらのアミノ酸配列が同一であれば、「同一」であると称される。」(【0092】) (1-4)「 本発明の抗体を作製する幾つかの方法が、以下に記載されている。本明細書では、インビボアプローチ、インビトロアプローチ又は両方の組み合わせの間で、区別が為される。」(【0174】) (1-5)「 インビボアプローチ 所望される抗体の種類に応じて、インビボ免疫化のために様々な宿主動物を使用し得る。… 本発明の非ヒト抗体を作製するために、複数のヒト以外の哺乳動物が、抗体産生のための適切な宿主である。…ハイブリドーマの作製のためには、マウスが好ましい。… 一実施形態によれば、…Aβ(20-42)グロブロマー又はその誘導体で免疫化された動物は、ヒト免疫グロブリン遺伝子のためにトランスジェニックとなっているヒト以外の哺乳動物、好ましくはマウスである。… … インビボ生成された抗体産生細胞から開始して、…ハイブリドーマ技術などの標準化された技術を用いて、モノクローナル抗体を作製し得る…。…本発明のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ細胞は、例えば、上に定義されているように結合親和性を有する抗体を選択するために、上に及び実施例8に記載されているドットブロットアッセイを用いることによって、このような抗体に対してハイブリドーマ培養上清をスクリーニングすることによって同定される。 モノクローナル抗体5F7、10F11、7C6、4B7、6A2、2F2、4D10、7E5、10C1及び3B10の全ては、上記インビボアプローチを用いて作製され、本明細書に記載されているハイブリドーマから取得することができる。」(【0175】?【0181】) (1-6)「 インビトロアプローチ 免疫化及び選択によって本発明の抗体を作製する別の方法として、Aβ(20-42)グロブロマー又はその誘導体で、組み換えコンビナトリアル免疫グロブリンライブラリーをスクリーニングし、これにより、必要とされる結合親和性を有する免疫グロブリンライブラリーの要素を単離することによって、本発明の抗体を同定及び単離し得る。…」(【0183】) (1-7)「 インビボとインビトロアプローチの組み合わせ 同様に、Aβ(20-42)グロブロマー又はその誘導体を、まず、インビボで、宿主動物中の抗体レパートリーに対して作用させて、Aβ(20-42)グロブロマー又は誘導体結合抗体の産生を刺激した後、1つ又はそれ以上のインビトロ技術の補助を得て、さらなる抗体選択及び/又は抗体成熟(すなわち、最適化)が達成される方法など、インビボとインビトロアプローチの組み合わせを使用することによって、本発明の抗体を作製し得る。…」(【0205】) (1-8)「 モノクローナル抗体5F7、10F11、7C6、4B7、6A2、2F2、4D10、7E5、10C1又は3B10と同一のエピトープに結合する抗体は、それ自体公知の様式で取得することが可能である。」(【0209】) (1-9)「【実施例8】 抗Aβ(20-42)グロブロマー抗体の選択性に関するドットブロット特性 … 結果を図7に示す。 Aβの異なる形態に対する異なる抗Aβ抗体(6E10、5F7、4B7、10F11、6A2、4D10、2F2;3B10、7C6、7E5、10C1)の特異性に関するドットブロット分析Aβ(20-42)グロブロマーによるマウスの能動免疫後の融合されたハイブリドーマ細胞の選択によって、検査されたモノクローナル抗体を得た(6E10以外)。個々のAβ形態を連続希釈物中に適用し、免疫反応のため、個々の抗体とともに温置した。 … Aβ(1-42)グロブロマー及びAβ(12-42)グロブロマーの識別に関して、抗Aβ(20-42)グロブロマー選択的mAbを、3つのクラスに分割することが可能である。抗体6A2、5F7及び2F2を含む第一のクラスは、Aβ(20-42)グロブロマーを優先的に認識し、ある程度Aβ(1-42)グロブロマーを(及びAβ(12-42)グロブロマーも)認識する。抗体10F11、4D10及び3B10を含む第二のクラスは、Aβ(20-42)グロブロマーを優先的に認識し、Aβ(12-42)グロブロマーも認識するが、その程度はより低く、Aβ(1-42)グロブロマーを有意には認識しない。抗体7C6、4B7、7E5及び10C1を含む第三のクラスは、Aβ(20-42)グロブロマーを認識するが、その他の有意な認識を示さない。3つのクラスは全て、モノマーAβ(1-42)、モノマーAβ(1-40)、Aβ(1-42)フィブリル又はsAPPαを有意には認識しない。 …」(【0353】?【0377】) (1-10)「【実施例12】 抗Aβ(20-42)グロブロマーハイブリドーマ細胞系の発達 ハイブリドーマ、組換え及びファージディスプレイ技術、又はそれらの組み合わせの使用を含む本分野で周知の広範な技術を使用して、モノクローナル抗体を調製することが可能である。… 本明細書に記載される抗体を産生するために使用される具体的なプロトコールは、次のとおりである。 マウスの免疫化:Balb/c及びA/Jマウス(6ないし8週齢)をCFA中の抗原50μgで皮下的に免疫化した。Immuneasy(商標)(Qiagen)中の抗原50μgで3週ごとに動物を追加免疫し、合計3回の追加免疫を実施した。融合の4日前に、抗原10μgでマウスを静脈内で追加免疫した。 細胞融合及びハイブリドーマスクリーニング:標準的な技術を使用して、免疫化された動物由来の脾臓細胞を5:1の割合でSP2/0-Ag14ミエローマ細胞と融合した。融合の7ないし10日後、肉眼でコロニーを観察すると、Aβ(20-42)グロブロマーに対する抗体に関して、ELISAによりSNを検査した。ELISA陽性ウェル由来の細胞を増大させ、希釈を制限することによってクローニングした。 … 血清力価:10匹のマウスをAβ(20-42)グロブロマーで免疫化した。全てのマウスは、1:5000ないし10,000のELISA力価(1/2最大OD450nm)で血清転換した。 モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマの設計 委託のために使用されるAbbott Laboratoriesの内部設計 寄託された細胞系: 1)(本明細書では、「7C6」とも呼ばれる)ML13-7C6.1D4.4A9.5G8 2)(本明細書では、「5F7」とも呼ばれる)ML15-5F7.5B10 3)(本明細書では、「10F11」とも呼ばれる)ML15-10F11.3D9 4)(本明細書では、「4B7」とも呼ばれる)ML15-4B7.3A6 5)(本明細書では、「2F2」とも呼ばれる)ML15-2F2.3E12 6)(本明細書では、「6A2」とも呼ばれる)ML15-6A2.4B10 7)(本明細書では、「4D10」とも呼ばれる)ML13-4D10.3F3 8)(本明細書では、「7E5」とも呼ばれる)ML15-7E5.5E12 9)(本明細書では、「10C1」とも呼ばれる)ML15-10C1.5C6.3H4 10)(本明細書で「3B10」とも呼ばれる)ML15-3B10.2D5.3F1」(【0461】?【0468】) (1-11)「【図7A】図7のA)は、異なる抗Aβ抗体(6E10、5F7、4B7、10F11、6A2、4D10、3B10、2F2、7C6、7E5、10C1)の特異性のドットブロット分析を示す。Aβ(20-42)グロブロマーによるマウスの能動免疫後に融合されたハイブリドーマ細胞(市販の6E10、Signet9320番以外)の選択によって、本発明で検査されるモノクローナル抗体を得た。個々のAβ形態を連続希釈物中に適用し、免疫反応のため、個々のモノクローナル抗体とともに温置した。 1.Aβ(1-42)モノマー、0.1%NH_(4)OH 2.Aβ(1-40)モノマー、0.1%NH_(4)OH 3.Aβ(1-42)モノマー、0.1%NaOH 4.Aβ(1-40)モノマー、0.1%NaOH 5.Aβ(1-42)グロブロマー 6.Aβ(12-42)グロブロマー 7.Aβ(20-42)グロブロマー 8.Aβ(1-42)フィブリル調製物 9.sAPPα(Sigma)(第一ドット:1pmol) 【図7B】B)の定量的評価は、強度の濃度測定分析を使用して実施した。各Aβ形態に関し、最低の抗原濃度に相当するドットのみを評価し、ただし、前記濃度は、Aβ(20-42)グロブロマーの光学的に明確に同定された最後のドットの相対密度(閾値)の20%を超える相対密度を有した。ドットブロットごとに独立して、この閾値を決定した。前記値は、Aβ(20-42)グロブロマーの認識と付与された抗体に関する個々のAβ形態との間の関係を示す。」(【図面の簡単な説明】(【0133】)) (1-12)「 ![]() 」(【図7A】) (1-13)「 ![]() 」(【図7B】) (1-14)「【図11G】図11は、次表のとおりのモノクローナル抗体(mAb)の可変重鎖及び軽鎖のヌクレオチド配列及びアミノ酸配列を示す(各アミノ酸配列において相補性決定領域(CDR)に下線を付す。)。 … 【図11J】図11は、次表のとおりのモノクローナル抗体(mAb)の可変重鎖及び軽鎖のヌクレオチド配列及びアミノ酸配列を示す(各アミノ酸配列において相補性決定領域(CDR)に下線を付す。)。」(【図面の簡単な説明】(【0133】)) (1-15)「 ![]() 」(【図11G】) (1-16)「 ![]() 」(【図11J】) 第5 判断 1 当審の判断 (1)本願発明について 本願発明は前記第2に示すとおりであるところ、本願発明に係る「ヒト抗体又はヒト化抗体」には、以下のa及びbの要件(以下、それぞれを「要件a」及び「要件b」という。)を満たすあらゆる抗体が包含されていると認められる。 a 「後期集合型、n=12?14のオリゴマーB」の「Aβ(1-42)グロブロマー」に対する抗体の結合親和性より大きい、「後期集合型、n=12?14のオリゴマーB」の「Aβ(20-42)グロブロマー」に対する結合親和性を有」し、 b 「モノクローナル抗体4D10」及び「モノクローナル抗体3B10」からなる群から選択されるモノクローナル抗体と同一のエピトープに結合する。 すなわち、本願発明には、本願明細書において、実際に作製されかつアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションに寄託されたものとして記載されている「モノクローナル抗体4D10」及び「モノクローナル抗体3B10」のみならず、これらの抗体とは異なる抗体であって、上記要件a及びbを満たすあらゆる抗体が包含されているといえる(なお、以下では、「後期集合型、n=12?14のオリゴマーB」の「Aβ(1-42)グロブロマー」を単に「Aβ(1-42)グロブロマー」と、また、「後期集合型、n=12?14のオリゴマーB」の「Aβ(20-42)グロブロマー」を単に「Aβ(20-42)グロブロマー」という。)。 したがって、本願明細書が実施可能要件を満たすためには、本願明細書の記載及び本願出願時の技術常識に基づいて、そのような抗体を、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を必要とすることなく、作製することができなければならないから、以下で、この点について検討する。 (2)要件aを満たす抗体の作製について 摘記事項(1-1)、(1-9)及び(1-10)からみて、本願明細書には、要件aを満たす抗体として、10種類のモノクローナル抗体が記載されている。そして、摘記事項(1-4)?(1-7)及び(1-10)からみて、本願明細書には、上記10種類のモノクローナル抗体について、Aβ(20-42)グロブロマーを免疫原として用いてマウスを免疫するという「インビボアプローチ」により作製したこと、並びに「インビトロアプローチ」及び「インビボとインビトロアプローチの組み合わせ」によっても作製できることが記載されている。 しかし、これらのアプローチは、本願出願時、いずれも当業者にとって周知であった一般的なモノクローナル抗体の作製方法に過ぎないから、本願明細書には、要件aを満たす抗体の作製方法として、本願出願時に周知であった一般的なモノクローナル抗体の作製方法が記載されているに留まるといえる。 そうすると、本願明細書には、要件aを満たす抗体の作製方法として、まず、Aβ(20-42)グロブロマー若しくはその誘導体を、免疫原(「インビボアプローチ」の場合)若しくはスクリーニング試薬(「インビトロアプローチ」の場合)として用いて、Aβ(20-42)グロブロマーに対する結合親和性を有する様々な抗体を作製し、次に、当該様々な抗体について、Aβ(1-42)グロブロマーに対する結合親和性と、Aβ(20-42)グロブロマーに対する結合親和性とを比較して、Aβ(20-42)グロブロマーに対する結合親和性の方が大きい抗体、すなわち、要件aを満たす抗体を選択する方法が示されているに留まるといえる。 (3)要件bを満たす抗体の作製について そして、本願出願時の技術常識からみても、また、本願明細書に要件aを満たす抗体が10種類も記載されていることからみても、前記(2)で示した作製方法により得られた要件aを満たす抗体には異なるエピトープを認識する様々な抗体が含まれているといえるから、次に、それらの抗体の中で、「モノクローナル抗体4D10」及び「モノクローナル抗体3B10」からなる群から選択されるモノクローナル抗体と同一のエピトープに結合する、すなわち、要件bを満たす抗体を選択する工程が必要である。 ここで、摘記事項(1-3)からみて、本願明細書において、「同一のエピトープ」とは当該エピトープのアミノ酸配列が同一であることを意味すると認められるから、上記工程は、要件aを満たす様々な抗体のうち、モノクローナル抗体4D10又は3B10のエピトープとアミノ酸配列が同一のエピトープに結合する抗体を選択する工程であると換言することができる。 そして、摘記事項(1-8)からみて、本願明細書には、要件bを満たす抗体は「公知の様式で取得することが可能である」と記載されているのみであるから、本願明細書には、上記工程を実際に行うにあたり、本願出願時に周知であった一般的な方法が示唆されているに留まるといえる。 そうすると、本願出願時の技術常識からみて、上記工程を実際に行うためには、要件aを満たす各抗体のエピトープのアミノ酸配列を決定し、それらが、モノクローナル抗体4D10のエピトープのアミノ酸配列、及びモノクローナル抗体3B10のエピトープのアミノ酸配列のいずれかと一致するか否かを確認することを要するといえ、その前提として、モノクローナル抗体4D10及び3B10それぞれのエピトープのアミノ酸配列も決定されていなければならない。 しかし、摘記事項(1-2)からみて、本願明細書には、モノクローナル抗体4D10及び3B10のエピトープが、Aβのアミノ酸20と30の領域中のサブユニット間中に存在する「構造的な非直鎖エピトープ」であると考えられることが記載されているのみであるから、本願明細書の記載からは、モノクローナル抗体4D10及び3B10のエピトープが、いわゆるリニアエピトープではなく、Aβのアミノ酸20と30の領域中のサブユニット間中に存在する「構造的な非直鎖エピトープ」であることが理解できるのみであって、当該「構造的な非直鎖エピトープ」の具体的な立体構造や、当該立体構造を実際に構成しているアミノ酸配列を知ることはできない。 したがって、上記工程を実際に行う際には、まず、モノクローナル抗体4D10及び3B10の「構造的な非直鎖エピトープ」の立体構造を実際に構成するアミノ酸配列を決定する必要があるといえる。 ここで、エピトープのアミノ酸配列を決定する手法について検討する。リニアエピトープの場合、抗原を断片化し、各断片と抗体との結合の有無を網羅的に確認することにより、当該リニアエピトープのアミノ酸配列を決定する手法が本願出願時の周知技術であった。一方、「構造的な非直鎖エピトープ」の場合、抗原を断片化してしまうと、当該「構造的な非直鎖エピトープ」の立体構造が変化し、その抗原性も変化してしまうから、リニアエピトープに用いる上記手法を、「構造的な非直鎖エピトープ」の立体構造を構成するアミノ酸配列の決定に適用することはできない。そして、本願出願時、「構造的な非直鎖エピトープ」の立体構造を構成するアミノ酸配列を決定するにあたり、抗原抗体複合体の結晶を調製し、当該結晶をX線により構造解析するという手法があったものの、当該手法は、抗原と抗体の複合体を結晶化する必要があり、また、その前提として、当該結晶化の条件を見出す必要もあるところ、そのような結晶化の作業は、本願出願時、一般に、当業者にとって大きな負担を伴うものであるといえる。 そうすると、そもそも、上記工程を行う前提としての、モノクローナル抗体4D10及び3B10の「構造的な非直鎖エピトープ」の立体構造を構成するアミノ酸配列を決定することだけをみても当業者に大きな負担を強いるものといえる。 そして、要件bを満たす抗体を作製するためには、上記した手法を、モノクローナル抗体4D10及び3B10のみならず、前記(2)で示した作製方法により得られた要件aを満たす様々な抗体のひとつひとつに適用し、各抗体のエピトープの立体構造を構成するアミノ酸配列を決定し、当該決定したアミノ酸配列が、モノクローナル抗体4D10及び3B10いずれかの「構造的な非直鎖エピトープ」の立体構造を構成するアミノ酸配列と一致するか否かを個別に確認する必要があり、このような作業は当業者に過度の負担を強いるものであるといえるから、要件bを満たす抗体を、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を必要とすることなく作製することができるということはできない。 (4)請求人の主張について ア 審判請求書を対象とする平成30年8月8日の手続補正書における主張 請求人は、上記手続補正書において、モノクローナル抗体4D10又は3B10と同一のエピトープに結合する抗体を選択するための手段は当業者にとってルーティンとなっているとして、当日付けの物件提出書により提出された参考資料1?5を引用しつつ、以下の(ア)?(オ)の手法を提示する。 (ア)質量分析によるエピトープの決定(参考資料1及び2) (イ)タンパク質チップ上のペプチドライブラリーを用いるエピトープペプチドの同定(参考資料1) (ウ)抗原配列に由来するペプチドのライブラリーをファージディスプレイすることによるエピトープの同定(参考資料3) (エ)ショットガンスキャンによるエピトープの決定(参考資料4) (オ)ELISAの応用によるエピトープの決定(参考資料5) そこで、これらの手法についてみてみると、まず、上記(イ)、(ウ)及び(オ)の手法は、抗原を断片化する手法であるから、上述した理由により、これらの手法を、「構造的な非直鎖エピトープ」の立体構造を構成するアミノ酸配列の決定に適用することはできないというべきである。 また、上記(エ)の手法は、要するに、抗原を構成するアミノ酸配列の様々な部位にアラニン置換を施した後に、当該アラニン置換を施した抗原と抗体との結合を調べることにより、当該抗原を構成するアミノ酸配列のうち、当該抗原と当該抗体との結合に寄与する部位を同定する手法といえる。この手法は、抗原を断片化する手法ではない点で、上記(イ)、(ウ)及び(オ)の手法とは相違するものの、この手法のみでは、アラニン置換を施した部位が「構造的な非直鎖エピトープ」そのもの(すなわち、抗体と実際に接触する部位)であるのか、単に当該「構造的な非直鎖エピトープ」の立体構造を保つことに寄与している部位(すなわち、抗体と接触してはおらず、抗体と実際に接触する部位の立体構造に影響を及ぼす部位)であるのかは確認できない。したがって、上記(エ)の手法も、「構造的な非直鎖エピトープ」の立体構造を構成するアミノ酸配列を決定することが可能な手法とまではいえない。 さらに、上記(ア)の手法についてみてみると、確かに、この手法は、抗原と抗体との結合部位(接触部位)を直接確認することが可能な手法であると推認できるものの、この手法で直接得られるデータは質量分析結果のデータに過ぎないから、当該データから直接「構造的な非直鎖エピトープ」の立体構造を構成するアミノ酸配列を知ることはできない。したがって、当該データに基づき、コンピュータ上で、「構造的な非直鎖エピトープ」の立体構造を構成するアミノ酸配列を決定するためのさらなる解析を要するといえるものの、本願出願時、そのような解析まで可能な装置や受託サービスが当業者に周知であったと推認できる証拠はない。よって、上記(ア)の手法は、本願出願時、当業者にとって周知の技術であったとはいえず、また、上記(ア)の手法についての記載も示唆もない本願明細書の記載からでは、当業者が採用することができた手法であったともいえない。 以上からみて、上記(ア)?(オ)の手法は、抗体4D10及び3B10のいずれかと同一のエピトープに結合する抗体を、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を必要とすることなく作製することができる手法であるとはいえないから、請求人の上記主張は採用できない。 イ 令和1年12月4日の意見書における主張 請求人は、特表2017-532289号公報に記載された図2には、上記ア(エ)の手法にあたるアラニンスキャンニングにより、モノクローナル抗体4D10のエピトープが実際に特定されており、当該エピトープは、下図の緑色部分のとおり、かなり単純なものであること、 ![]() 及び当該エピトープが本願明細書の【0090】の記載(摘記事項(1-2))と一致していることから、少なくとも上記ア(エ)の手法によりエピトープを認識することができるから、当業者は、過度の試行錯誤を要することなく、抗体4D10及び3B10のエピトープをアミノ酸配列レベルで特定することができると主張する。 そこで、この点について検討すると、まず、そもそも、当該公報は本願出願日である平成18年11月30日から9年以上後に公開されたものであり(当審注:当該公報に対応する国際公開第2016/005328号の国際公開日は2016年1月14日である。)、また、当該意見書に添付された図面については、いつの時点でどのような手法により作成されたものかも不明であり、いずれも、本願出願時に、抗体4D10のエピトープを、当業者が、過度の試行錯誤を要することなく、そのアミノ酸配列レベルで特定可能であったことを証明するものとはいえない。 それを措くとしても、当該公報の段落【0351】には、当該公報の図2を参照しつつ、 「…エピトープをさほど正確にマッピングできないが、…抗体4D10によるAβ(20-42)オリゴマーの認識は、主としてアミノ酸位置27?30の領域における点突然変異により低下する。…」(下線は当審で付した。)と記載されていることからみて、当該公報には、アミノ酸位置27?30の領域における点突然変異が、抗体4D10のエピトープの立体構造に影響を及ぼすことは記載されているといえるものの、抗体4D10のエピトープを正確に決定したことが記載されているとはいえない。そして、当該意見書に添付された図面からみて、抗体4D10の実際のエピトープはアミノ酸位置25?30であるから、当該公報に、抗体4D10の実際のエピトープのアミノ酸配列が記載されていたとはいえず、むしろ、上記ア(エ)の手法だけでは、抗体4D10のエピトープのアミノ酸配列を正確に決定することができなかったというべきである。 また、前記(3)で検討したとおり、本願明細書において、「同一のエピトープ」とは当該エピトープのアミノ酸配列が同一であることを意味するのであるから、抗体4D10の実際のエピトープのアミノ酸位置25?30が、本願明細書に記載されたアミノ酸位置20?30の範囲内のものであったことのみでは、本願明細書において抗体4D10のエピトープのアミノ酸配列が示されていたことにはそもそもならない。 さらに、請求人は、抗体3B10のエピトープのアミノ酸配列については、上記ア(エ)の手法により特定することができると主張するのみであり、そのアミノ酸配列を何ら具体的に示してはいないところ、上で検討したとおりであるから、上記ア(エ)の手法だけでは、抗体3B10のエピトープのアミノ酸配列も正確に決定することはできなかったといえる。 加えて、摘記事項(1-9)及び(1-11)?(1-13)からみて、本願明細書には、抗体4D10及び3B10が、Aβ(20-42)グロブロマーを優先的に認識し、Aβ(12-42)グロブロマーも認識するが、その程度はより低く、Aβ(1-42)グロブロマーを有意には認識しないという、類似の結合特異性を有するものであることが記載され、そして、摘記事項(1-14)?(1-16)からみて、本願明細書には、抗体4D10及び3B10の重鎖CDR1?3のアミノ酸配列が記載されているものの、抗原との結合に最も寄与するというべき重鎖CDR3のアミノ酸配列が、前者で「NSDV」及び後者で「VEGGTWDGYFDV」となっており、両者でそのアミノ酸配列もアミノ酸の数も大きく相違し、しかも、重鎖CDR1及び2のアミノ酸配列についても両者で大きく相違しているから、これらの抗体は、類似の結合特異性を有するものであるにもかかわらず、それぞれのエピトープは異なっているといえる。 そうすると、仮に、請求人の主張のとおり、抗体4D10のエピトープのアミノ酸配列がかなり単純なものであり、そのアミノ酸配列について、当業者の過度の試行錯誤を要することなく決定できたとしても、抗体3B10のエピトープについても同様に当業者の過度の試行錯誤を要することなく決定できるということはできない。 以上からみて、上記ア(エ)の手法により、当業者が過度の試行錯誤を要することなく、抗体4D10及び3B10のエピトープをアミノ酸配列レベルで特定することができるとはいえないから、請求人の上記主張は採用できない。 (5)小括 以上からみて、上記要件a及びbを満たす抗体、すなわち、本願発明に係る抗体を、本願明細書の記載及び本願出願時の技術常識に基づいて、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を必要とすることなく作製することができるとはいえない。 したがって、本願明細書は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。 第6 むすび 以上のとおり、本願は、発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていないから、拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
別掲 |
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審理終結日 | 2020-02-07 |
結審通知日 | 2020-02-12 |
審決日 | 2020-02-27 |
出願番号 | 特願2016-81289(P2016-81289) |
審決分類 |
P
1
8・
536-
WZ
(C07K)
P 1 8・ 537- WZ (C07K) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 北村 悠美子、宮岡 真衣 |
特許庁審判長 |
田村 聖子 |
特許庁審判官 |
常見 優 小暮 道明 |
発明の名称 | 抗Aβグロブロマー抗体、その抗原結合部分、対応するハイブリドーマ、核酸、ベクター、宿主細胞、前記抗体を作製する方法、前記抗体を含む組成物、前記抗体の使用及び前記抗体を使用する方法。 |
代理人 | 特許業務法人川口國際特許事務所 |
代理人 | 特許業務法人川口國際特許事務所 |