ポートフォリオを新規に作成して保存 |
|
|
既存のポートフォリオに追加保存 |
|
PDFをダウンロード![]() |
審決分類 |
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 G02B 審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 G02B 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G02B |
---|---|
管理番号 | 1364659 |
審判番号 | 不服2019-7847 |
総通号数 | 249 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2020-09-25 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2019-06-12 |
確定日 | 2020-07-27 |
事件の表示 | 特願2016-141679「光学部材」拒絶査定不服審判事件〔平成28年10月27日出願公開,特開2016-186661〕について,次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は,成り立たない。 |
理由 |
第1 手続等の経緯 特願2016-141679号(以下「本件出願」という。)は,平成24年3月29日に出願された特願2012-78003号の一部を新たな特許出願としたものであって,その手続等の経緯の概要は,以下のとおりである。 平成28年 8月12日付け:手続補正書 平成29年 6月15日付け:拒絶理由通知書 平成29年10月18日付け:意見書 平成30年 2月 8日付け:拒絶理由通知書 平成30年 6月19日付け:意見書 平成30年 6月19日付け:手続補正書 平成30年11月30日付け:拒絶理由通知書 平成31年 2月 4日付け:意見書 平成31年 2月 4日付け:手続補正書 平成31年 3月 7日付け:拒絶査定 令和 元年 6月12日付け:審判請求書 令和 元年 6月12日付け:手続補正書 令和 2年 2月 7日付け:上申書 第2 補正の却下の決定 [補正の却下の決定の結論] 令和元年6月12日にされた手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。 [理由] 1 本件補正について (1) 本件補正前の特許請求の範囲 本件補正前の(平成31年2月4日にされた手続補正後の)特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである。 「 樹脂基板と,該樹脂基板上に設けられたハードコート膜と,該ハードコート膜上に設けられた反射防止膜とを有する眼鏡用レンズであって, 前記反射防止膜が,樹脂基板側から低屈折率層と高屈折率層が積層されてなり, 前記低屈折率層がSiO_(2)及びAl_(2)O_(3)から選ばれる少なくとも一種の金属酸化物からなり,前記高屈折率層がTa_(2)O_(5),Nb_(2)O_(5),ZrO_(2),TiO_(2),In_(2)O_(3)/SnO_(2)(ITO),及びCeO_(2)から選ばれる少なくとも一種の金属酸化物からなり, 前記低屈折率層の屈折率が1.4?1.5であり,前記高屈折率層の屈折率が1.9?2.4であり, 反射防止膜形成面に対して10°入射における400?315nmの紫外光の平均反射率が80%以上であり,反射防止膜形成面に対して60°入射における400?315nmの紫外光の平均反射率が40%以上であり,且つ,視感反射率が1.5%以下である,眼鏡用レンズ。」 (2) 本件補正後の特許請求の範囲 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである。なお,下線は補正箇所を示す。 「 樹脂基板と,該樹脂基板上に設けられたハードコート膜と,該ハードコート膜上に設けられた反射防止膜とを有する眼鏡用レンズであって, 前記反射防止膜が,樹脂基板側から低屈折率層と高屈折率層が積層されてなり, 前記低屈折率層がSiO_(2)及びAl_(2)O_(3)から選ばれる少なくとも一種の金属酸化物からなり,前記高屈折率層がTa_(2)O_(5),Nb_(2)O_(5),ZrO_(2),TiO_(2),In_(2)O_(3)/SnO_(2)(ITO),及びCeO_(2)から選ばれる少なくとも一種の金属酸化物からなり, 前記低屈折率層の屈折率が1.4?1.5であり,前記高屈折率層の屈折率が1.9?2.4であり, 前記高屈折率層の膜厚が10?200nmであり, 反射防止膜形成面に対して10°入射における400?315nmの紫外光の平均反射率が80%以上であり,反射防止膜形成面に対して60°入射における400?315nmの紫外光の平均反射率が40%以上であり,且つ,視感反射率が1.5%以下である,眼鏡用レンズ。」 (3) 補正の適否 本件補正は,本件補正前の請求項1に係る発明の,発明を特定するために必要な事項である「高屈折率層」を,願書に最初に添付した明細書の【0012】の記載に基づいて,「前記高屈折率層の膜厚が10?200nmであり」という要件を満たすものに限定する補正である。 また,本件補正前の請求項1に係る発明と本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本件補正後発明」という。)の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は同一である(【0001】及び【0004】)。 そうしてみると,本件補正は,特許法17条の2第3項の規定に適合するとともに,同条5項2号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とするものに該当する。 そこで,本件補正後発明が,同条6項において準用する同法126条7項の規定に適合するものであるか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について,以下,検討する。 2 独立特許要件 (1) 引用文献1の記載 原査定の拒絶の理由において引用された特開昭64-88517号公報(以下「引用文献1」という。)は,本件出願前に,日本国内又は外国において頒布された刊行物であるところ,そこには,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定等に活用した箇所を示す。 ア 1頁左下欄18行?2頁左上欄5行 「[産業上の利用分野] 本発明は,眼鏡レンズに係り,更に詳しくは紫外及び近紫外域において反射特性を,そして可視域において反射防止特性を有する眼鏡レンズに関する。 [発明の背景] 紫外線は眼にとって有害光線とされ,例えば白内障の遠因となることは知られている。 また紫外線による問題は,染色された眼鏡レンズにも認められる。すなわち,最近プラスチックレンズを分散染料で染色したり(例えば特公昭55-17156号公報参照),染色し難いと言われているガラスレンズの場合には,その表面に,水酸基等の官能基を有するラダー型シリコンオリゴマー(特開昭62-55621号公報)やポリウレタン等の高分子(実開昭60-90422号公報)からなる硬化塗膜を形成させることにより,ガラスレンズを分散染料で染色することが行なわれているが,上記の方法で染色されたレンズは,紫外線により染料が酸化,分解等の化学変化を受け,変色,退色して耐光性を著しく損なうことが問題となっている。 そこで眼鏡レンズ表面に低屈折率物質膜と高屈折率物質膜とを交互積層してなる多層紫外域反射膜を設けることが行なわれている。この多層反射膜においてはその層数が増加する程,反射率も増大する(「薄膜光学ハンドブック」日本学術振興会薄膜第131委員会編303頁参照)。」 イ 2頁左上欄17?20行 「[発明の目的] 従って本発明の目的は,多層紫外域反射膜を設けることにより生ずる光学性能上の障害を解消した新規眼鏡レンズを提供することにある。」 ウ 2頁右上欄16行?左下欄14行 「 本発明の眼鏡用レンズにおいて,レンズ基板としては,ガラスレンズ基板及びプラスチックレンズ基板のいずれも用いられる。これらのレンズ基板はその表面が表面処理されていても良く,該表面処理の具体例として,レンズ基板上に有機物(例えば有機ケイ素化合物),無機物(例えばコロイダルシリカ)又はこれらの混合物からなる硬化膜を形成することが挙げられる。 また本発明の眼鏡用レンズは,その前提条件として,前記レンズ基板上に多層紫外域反射膜層を有するものである。この多層紫外域反射膜層は,例えば低屈折率物質と高屈折率物質とをそれぞれの層の光学的膜厚がλ/4となるように交互積層することにより形成される。低屈折率物質として弗化マグネシウムおよび酸化珪素の一種または二種が用いられ,また高屈折率物質として酸化チタン,酸化セリウム,酸化ジルコニウム,酸化インジウム,酸化ネオジウムおよび酸化タンタルの一種または二種以上が用いられる。」 エ 3頁左上欄5行?左下欄13行 「[実施例1] 無機ガラスレンズ(ホーヤ(株)製LHI-IIレンズ 屈折率1.6)の表面に有機ケイ素化合物含有の有機物表面硬化膜を施したものを真空槽内に設置し,レンズ表面を120℃以下としながら下地層として酸化珪素からなる無機表面硬化膜を蒸着させた。次に多層紫外域反射膜層によるリップルを抑えるため,高屈折率物質として酸化ジルコニウムを用い,これを光学的膜厚λ/8で蒸着して第1の調整膜を形成し,その上に多層紫外域反射膜層を蒸着した。この紫外域反射膜層は基板側から低屈折率層として酸化珪素,高屈折率層として酸化ジルコニウムを各々光学的膜厚λ/4で交互に高,低屈折率物質をそれぞれ7層づつ蒸着し最後は低屈折率物質を光学的膜厚λ/4で蒸着した。従って紫外域反射膜層の合計層数は15層となる。その上に再びリップルを抑えるための第1の調整膜を形成させるため,高屈折率物質として酸化ジルコニウムを光学的膜厚λ/8で蒸着した。次いで該紫外域反射膜層に可視域の反射防止層を蒸着した場合の分光反射率特性を整えるための第2の調整膜として酸化珪素を光学的膜厚λ/2で蒸着した。次に可視域反射防止膜層を蒸着した。該反射防止膜層の形成は基板側の第一層に高屈折率物質として酸化ジルコニウム,第二層に低屈折率物質として酸化珪素を使用した等価屈折率1.626の2層疑似等価膜を光学的膜厚λ/4相当分蒸着し,その上に高屈折率物質として酸化ジルコニウムを使用した光学的膜厚λ/4の層を蒸着し,最後に低屈折率物質として酸化珪素を使用した光学的膜厚λ/4の層を蒸着することによって行なった。 第1図にこの実施例1で得られた,多層蒸着膜層を有する眼鏡用レンズ(屈折率1.6)の近紫外域における分光反射率曲線を示す。 第1図より,350?410nmの近紫外域で反射率は80%以上となり,380nmにおいて最大反射率95%となることが明らかである。一方可視域に入り430nmより長波長側では反射率が急激に減少して最小反射率は0.1%程度であり,可視域全体での反射率を表すY値は0.67%であった。可視域反射防止膜を設けないものの反射率はY値で9.14であり,また従来技術の反射防止膜(λ/8高屈折率層を使用)を設けたものは3.40%であり,さらに眼鏡レンズ自体の表面反射率は5.32%であるので,本実施例1の多層蒸着膜層を有する眼鏡用レンズは可視域反射防止効果において極めてすぐれていることが明らかである。」 オ 3頁左下欄14行?右下欄19行 「[実施例2] 可視域反射防止膜層を変えた以外は,実施例1と同様にして多層蒸着膜層を有する眼鏡用レンズを得た。 可視域反射防止膜層は以下のようにして形成した。すなわち,第1の調整膜,多層紫外域反射膜層,第1の調整膜,第2の調整膜を順次設けたガラス基板上に,高屈折率物質として酸化ジルコニウム,低屈折率物質として酸化珪素を用いた対称型三層等価膜で等価屈折率1.65,等価膜厚λ/4としたもの,および高屈折率物質として酸化ジルコニウムを用いた光学的膜厚λ/4の層,さらに低屈折率物質として酸化珪素を用いた光学的膜厚λ/4の層をこの順番で蒸着することにより可視域反射防止膜層を形成した。 第1図に,この実施例2で得られた,多層蒸着膜層を有する眼鏡用レンズの近紫外域における分光反射率曲線を示す。 第1図より350?410nmの近紫外域で反射率は80%以上であり,360nmにおいて最大反射率93%となることが明らかである。一方可視域に入り430nmより長波長側では反射率が急激に減少し515nmと580nmにおいて反射率は0.1%以下となり,可視部全体の反射率を表すY値は0.73%であって,すぐれた結果が得られた。」 カ 第1図 「 ![]() 」 (2) 引用発明 引用文献1には,実施例1として,次の発明が記載されている(以下「引用発明」という。)。 「 無機ガラスレンズ(屈折率1.6)の表面に有機ケイ素化合物含有の有機物表面硬化膜を施したものに,下地層として酸化珪素からなる無機表面硬化膜を蒸着させ, 酸化ジルコニウムを光学的膜厚λ/8で蒸着して第1の調整膜を形成し,その上に多層紫外域反射膜層を蒸着し, ここで,紫外域反射膜層は,基板側から低屈折率層として酸化珪素,高屈折率層として酸化ジルコニウムを,各々光学的膜厚λ/4で交互に高,低屈折率物質をそれぞれ7層ずつ蒸着し最後は低屈折率物質を光学的膜厚λ/4で蒸着したものであり, その上に第1の調整膜を形成させるため,高屈折率物質として酸化ジルコニウムを光学的膜厚λ/8で蒸着し,次いで第2の調整膜として酸化珪素を光学的膜厚λ/2で蒸着し,次に可視域反射防止膜層を蒸着し, ここで,可視域反射防止膜層は,基板側の第一層に高屈折率物質として酸化ジルコニウム,第二層に低屈折率物質として酸化珪素を使用した等価屈折率1.626の2層疑似等価膜を光学的膜厚λ/4相当分蒸着し,その上に高屈折率物質として酸化ジルコニウムを使用した光学的膜厚λ/4の層を蒸着し,最後に低屈折率物質として酸化珪素を使用した光学的膜厚λ/4の層を蒸着したものであり, 350?410nmの近紫外域で反射率は80%以上となり,380nmにおいて最大反射率95%となり,可視域に入り430nmより長波長側では反射率が急激に減少して最小反射率は0.1%程度であり,可視域全体での反射率を表すY値は0.67%である, 多層蒸着膜層を有する眼鏡用レンズ。」 (3) 対比 本件補正後発明と引用発明を対比すると,以下のとおりとなる。 ア 眼鏡用レンズ 引用発明の「眼鏡用レンズ」は,前記(2)で述べた構成を具備する。 引用発明の構成からみて,引用発明の「眼鏡用レンズ」は,「無機ガラスレンズ」と,「無機ガラスレンズ」上に設けられた「硬化膜」と,「硬化膜」上に設けられた「多層蒸着膜層」とを有するものである。また,引用発明の「無機ガラスレンズ」は,機能的には「基板」ということができ,同様に,「硬化膜」は「ハードコート膜」ということができる。また,引用発明の「多層蒸着膜層」は,可視光領域においては反射防止膜として機能している。 そうしてみると,引用発明の「無機ガラスレンズ」と本件補正後発明の「樹脂基板」とは,「基板」の点で共通する。また,引用発明の「硬化膜」,「多層蒸着膜層」及び「眼鏡用レンズ」は,それぞれ本件補正後発明の「ハードコート膜」,「反射防止膜」及び「眼鏡用レンズ」に相当する。 また,引用発明の「眼鏡用レンズ」と本件補正後発明の「眼鏡用レンズ」とは,「基板と,該」「基板上に設けられたハードコート膜と,該ハードコート膜上に設けられた反射防止膜とを有する」点で共通する。 イ 低屈折率層及び高屈折率層 引用発明の「眼鏡用レンズ」の層構成を整理すると,次の表のとおりとなる。 ![]() ここで,技術常識によると,「酸化珪素」の屈折率は約1.46,「酸化ジルコニウム」の屈折率は約2.2であるから,引用発明において,「酸化珪素」の層は「低屈折率層」,「酸化ジルコニウム」の層は「高屈折率層」として機能している。また,上記の表において,「1.626」とされる層も,「基板側の第一層に高屈折率物質として酸化ジルコニウム,第二層に低屈折率物質として酸化珪素を使用した」ものである。 そうしてみると,引用発明の「多層蒸着膜層」(蒸着膜である,番号3?番号24の層)と,本件補正後発明の「反射防止膜」とは,「基板側から低屈折率層と高屈折率層が積層されてなり」という点で共通する。そして,引用発明の「多層蒸着膜層」は,本件補正後発明の「反射防止膜」における,「前記低屈折率層がSiO_(2)及びAl_(2)O_(3)から選ばれる少なくとも一種の金属酸化物からなり,前記高屈折率層がTa_(2)O_(5),Nb_(2)O_(5),ZrO_(2),TiO_(2),In_(2)O_(3)/SnO_(2)(ITO),及びCeO_(2)から選ばれる少なくとも一種の金属酸化物からなり」及び「前記低屈折率層の屈折率が1.4?1.5であり,前記高屈折率層の屈折率が1.9?2.4であり」という要件を満たす。 (当合議体注:引用発明でいう「酸化珪素」が「一酸化珪素」ではなく「二酸化珪素」であることは,自明である。) (4) 一致点及び相違点 ア 一致点 本件補正後発明と引用発明は,次の構成で一致する。 「 基板と,該基板上に設けられたハードコート膜と,該ハードコート膜上に設けられた反射防止膜とを有する眼鏡用レンズであって, 前記反射防止膜が,基板側から低屈折率層と高屈折率層が積層されてなり, 前記低屈折率層がSiO_(2)及びAl_(2)O_(3)から選ばれる少なくとも一種の金属酸化物からなり,前記高屈折率層がTa_(2)O_(5),Nb_(2)O_(5),ZrO_(2),TiO_(2),In_(2)O_(3)/SnO_(2)(ITO),及びCeO_(2)から選ばれる少なくとも一種の金属酸化物からなり, 前記低屈折率層の屈折率が1.4?1.5であり,前記高屈折率層の屈折率が1.9?2.4である, 眼鏡用レンズ。」 イ 相違点 本件補正後発明と引用発明は,以下の点で相違する,又は一応相違する。 (相違点1) 「基板」が,本件補正後発明は,「樹脂基板」であるのに対して,引用発明は,「無機ガラスレンズ(屈折率1.6)」である点。 (相違点2) 「高屈折率層」が,本件補正後発明は,「膜厚が10?200nm」であるのに対して,引用発明は,一応,これが明らかではない点。 (相違点3) 「眼鏡レンズ」が,本件補正後発明は,「反射防止膜形成面に対して10°入射における400?315nmの紫外光の平均反射率が80%以上であり,反射防止膜形成面に対して60°入射における400?315nmの紫外光の平均反射率が40%以上であり,且つ,視感反射率が1.5%以下である」という要件を満たすものであるのに対して,引用発明は,一応,これが明らかではない点。 (5) 判断 事案に鑑みて,相違点1,相違点3及び相違点2の順に判断する。 ア 相違点1について 引用文献1の2頁右上欄16?18行には,「本発明の眼鏡用レンズにおいて,レンズ基板としては,ガラスレンズ基板及びプラスチックレンズ基板のいずれも用いられる。」と記載されている。また,例えば,1999年には,「MR-8(屈折率1.6,アッベ数41)」のような眼鏡レンズ樹脂も上市され,広く用いられるようになった(技術常識である。)。 そうしてみると,引用発明の「無機ガラスレンズ(屈折率1.6)」を,樹脂からなるものに替えることは,本件出願前の当業者が,自然に採用する構成にすぎない。 イ 相違点3について 引用文献1には,引用発明の「λ」の値が明示されていない。 そこで,「紫外域反射膜層」における「λ」を350nm,「可視域反射防止膜層」における「λ」を550nmとして,層構成(前記(3)イ)に基づき計算すると,「反射防止膜形成面に対して10°入射における400?315nmの紫外光の平均反射率」の値は約98%となる。 また,本件出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である,特表平7-507152号公報(以下「引用文献2」という。)の3頁左上欄14?23行には,「上記300?400nm範囲内で反射するために必要な,層の光学的厚さは全てフィルム上に垂直入射(すなわち,0°)する光線の反射率に関して述べたものである。反射波長は太陽光線エネルギーの入射角度によって変化する。入射角度が0°(垂直入射)から45°まで変化するときに,シフト(shift)は約55nmである。」及び「波長シフトと,全ての光線が紫外線反射フィルムに垂直入射で当たるとは限らないという確率とに適応するために,フィルムの層の光学的厚さはこの幾らか長い範囲300nm?455nmに適応するように設計することができる。フィルムは垂直入射する可視光線の一部を反射するが,ある範囲の入射角の紫外線をさらに良好に反射することができる。」と記載されている。 上記のような,入射角度に関係する課題が,引用発明の「眼鏡用レンズ」においても内在することは,明らかである。また,当業者ならば,必要に応じて,引用発明の「多層蒸着膜層」の設計を見直すことができる。 そうしてみると,当業者が,引用発明の「多層蒸着膜層」を必要に応じて見直すことにより,「反射防止膜形成面に対して60°入射における400?315nmの紫外光の平均反射率が40%以上であり」という構成に到ることは,当業者における通常の創意工夫の範囲内の事項にすぎない。 (当合議体注:なお,上記と同様の計算により確認すると,引用発明における「反射防止膜形成面に対して60°入射における400?315nmの紫外光の平均反射率」は40%以上である。) また,引用発明の「眼鏡用レンズ」は,「可視域全体での反射率を表すY値は0.67%である」から,本件出願の【0021】に記載された方法で測定してなる視感反射率は「1.5%以下である」。あるいは,本件出願前の当業者ならば,引用発明の「多層蒸着膜層」の各層の膜厚を,計算によりさらに最適化可能である(当合議体注:例えば,引用発明の「2層疑似等価膜」の膜厚を見直してみると,「酸化ジルコニウム」の膜厚を20nm,「酸化珪素」の膜厚を30nmとしたとき,視感反射率は0.3%まで下がる。)。 あるいは,本件補正後発明は,発明特定事項として,本件出願の明細書の【0005】に【課題を解決するための手段】として記載された,「前記反射防止膜が,樹脂基板側から低屈折率層と高屈折率層が交互に11?15層積層されてなり」という発明特定事項を具備しないものである。したがって,当業者ならば,引用発明の「多層蒸着膜層」の層数を増やし,最適化することにより,さらに優れた紫外線反射/可視光透過特性を具備するものを容易に設計することができるとも考えられる。 以上によれば,相違点3は,相違点ではない。あるいは,引用発明を,相違点3に係る本件補正後発明の構成を具備したものとすることは,当業者が,容易に発明をすることができたものである。 ウ 相違点2について 引用発明の「酸化ジルコニウム」からなる層のうち,最も薄いと考えられる層は,「2層疑似等価膜」における「酸化ジルコニウム」の層と考えられる。 すなわち,「可視域反射防止膜層」の「λ」を550nmとし,屈折率1.626として計算したときの「光学的膜厚λ/4」は550÷1.626÷4≒84.6nmと計算される。そして,この厚さを,等価屈折率が1.626となるような「酸化ジルコニウム」及び「酸化珪素」の厚さで案分すると,「酸化ジルコニウム」の層の厚さが19.0nm,「酸化珪素」の層の厚さが65.6nmとなる。 あるいは,前記イで述べたとおり計算してなる「酸化ジルコニウム」の膜厚は,20nmである。 以上によれば,相違点2は,相違点ではない。あるいは,引用発明を,相違点2に係る本件補正後発明の構成を具備したものとすることは,当業者が,容易に発明をすることができたものである。 エ 発明の効果について 本件補正後発明の効果について,本件出願の明細書の【0006】には,「本発明によれば,反射防止膜としての機能を保持しつつ,400?315nmの紫外光を反射する特性を有するため,反射防止膜よりも内層側に位置するハードコート膜や,樹脂基材への紫外光の入射を防ぐことができ,ハードコート膜のクラックを防止することができる。」と記載されている。 しかしながら,このような効果は,引用発明も自ずと奏する効果である。 あるいは,引用文献1の1頁右下欄6行?2頁左上欄2行に記載された事項から類推可能な効果にすぎない。 (6) 審判請求人の主張について 審判請求人は,令和2年2月7日付け上申書において,概略,[A]引用文献1の実施例1に記載の眼鏡用レンズは,60°入射における視感反射率が4.2171%である,[B]これに対して,本件補正後発明の視感反射率は1.5%以下と規定しており,60°入射においても視感反射率は1.5%以下である,[C]引用文献1に紫外光を反射する多層反射防止膜を設けた眼鏡用レンズが記載されているからといって,可視光の反射を十分に防止しつつ,ハードコート膜のクラックを防止することができるという,二つの効果を両立する本願発明に想到することは,容易ではないと主張する。 しかしながら,視感反射率に関して,本件出願の明細書の【0009】には,「本発明において視感反射率は,実施例記載の方法により測定されるものとする。」と記載されている。そして,「実施例記載の方法」は,【0021】に記載の,「視感反射率(%)は,分光光度計U-4100((株)日立ハイテクノロジーズ)を用いて,ISO(国際標準化機構)によって2000年に発行された国際規格8980-4に準拠して測定した。なお,測定条件しては,入射角10°で波長380?780nmの範囲とした。」というものである(下線は,当合議体で付与した。)。 審判請求人の主張は,発明の詳細な説明の記載と整合しない主張であるから,採用することができない。 また,仮に,本件補正後発明における「視感度反射率」が,入射角60°で測定したものと理解し得たとしても,前記(5)イで述べたとおり,当業者ならば,引用発明の「多層蒸着膜層」の層数を増やし,最適化することにより,さらに優れた紫外線反射/可視光透過特性を具備するものを容易に設計することができる。そのようにしてなるもの(例:800nm程度まで十分な反射防止性能が確保されるように設計されたもの)は,60°入射であっても,視感反射率が1.5%以下であると認められる。 いずれにせよ,審判請求人の主張は採用できない。 (7) 小括 本件補正後発明は,引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。 3 補正の却下の決定のむすび 本件補正は,特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するので,同法159条1項の規定において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。 第3 本願発明について 1 本願発明 以上のとおり,本件補正は却下されたので,本件出願の請求項1係る発明は,平成31年2月4日にされた手続補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項によって特定される,前記「第2」[理由]1(1)に記載のとおりのものである(以下「本願発明」という。)。 2 原査定の拒絶の理由 本願発明に対する原査定の拒絶の理由は,本願発明は,本件出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である,特開昭64-88517号公報(引用文献1)に記載された発明及び特表平7-507152号公報(引用文献2)に記載された事項に基づいて,本件出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。 3 引用文献1及び引用発明 原査定の拒絶の理由で引用された引用文献1の記載及び引用発明は,前記「第2」[理由]2(1)及び(2)に記載したとおりである。 4 対比及び判断 本願発明は,前記「第2」[理由]2において検討した本件補正後発明から,「前記高屈折率層の膜厚が10?200nmであり」という発明特定事項を削除したものである。 そうしてみると,本願発明の構成を全て含み,さらに他の事項を付加したものに相当する本件補正後発明が,前記「第2」[理由]2(3)?(7)に記載したとおり,引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も,引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 第4 むすび 以上のとおり,本願発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。 したがって,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本件出願は拒絶されるべきものである。 よって,結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2020-04-28 |
結審通知日 | 2020-05-12 |
審決日 | 2020-06-03 |
出願番号 | 特願2016-141679(P2016-141679) |
審決分類 |
P
1
8・
575-
Z
(G02B)
P 1 8・ 572- Z (G02B) P 1 8・ 121- Z (G02B) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 清水 督史、後藤 大思、廣田 健介 |
特許庁審判長 |
里村 利光 |
特許庁審判官 |
河原 正 樋口 信宏 |
発明の名称 | 光学部材 |
代理人 | 大谷 保 |