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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 B23K 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 B23K |
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管理番号 | 1364907 |
異議申立番号 | 異議2019-700554 |
総通号数 | 249 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2020-09-25 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2019-07-16 |
確定日 | 2020-07-07 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第6453109号発明「通しダイヤフラム溶接継手構造体、通しダイヤフラム溶接継手構造体の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6453109号の明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-5〕、〔6-10〕について訂正することを認める。 特許第6453109号の請求項1-3、6-8に係る特許を維持する。 特許第6453109号の請求項4-5、9-10に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6453109号の請求項1ないし10に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、平成27年2月26日に出願され、平成30年12月21日にその特許権の設定登録がされ、平成31年1月16日に特許掲載公報が発行され、その特許について、令和1年7月16日に特許異議申立人・豊田敦子(以下、「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされた。 その後の主な手続きの経緯は、次のとおりである。 令和 1年 9月20日付け:取消理由通知 令和 1年11月25日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出 令和 1年12月27日 :異議申立人による意見書の提出 令和 2年 1月20日付け:取消理由通知(決定の予告) 令和 2年 3月17日 :特許権者と当審との面接 令和 2年 3月19日 :特許権者と当審とのファクシミリ及び電話に よる応対 令和 2年 3月24日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出 令和 2年 4月27日 :異議申立人による意見書の提出 なお、令和1年11月25日の訂正は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなす。 第2 訂正の適否についての判断 1.一群の請求項1-5に係る訂正 (1)訂正の内容 本件訂正請求による訂正の内容は、以下のとおりである。 ア 訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1に「ただし、βは」と記載されているのを、「ただし、_(cBM)σ_(u)=_(WM)σ_(u)は除くとともに、βは」に訂正する(請求項1を引用する請求項2-5も同様に訂正する)。 イ 訂正事項2 特許請求の範囲の請求項1に「溶接金属」と記載されているのを、「前記溶接部の溶接後の溶接金属」に訂正する(請求項1を引用する請求項2-5も同様に訂正する)。 ウ 訂正事項3及び4 特許請求の範囲の請求項4及び5を削除する。 エ 訂正事項5 明細書の段落【0013】に「ただし、βは」と記載されているのを、「ただし、_(cBM)σ_(u)=_(WM)σ_(u)は除くとともに、βは」に訂正する。 オ 訂正事項6 明細書の段落【0013】に「溶接金属」と記載されているのを、「溶接部の溶接後の溶接金属」に訂正する。 カ 訂正事項7及び8 明細書の段落【0016】及び【0017】に記載された事項を削除する。 (2)訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否 ア 訂正事項1について 訂正事項1に係る請求項1についての訂正は、訂正前の請求項1に係る特許発明において、式(2)で「_(cBM)σ_(u)」と「_(WM)σ_(u)」との大小関係について、「≧」とすることで、少なくとも両者が同じ、又は、_(cBM)σ_(u)が_(WM)σ_(u)より大きいことを特定しているのに対し、訂正後の請求項1は、「_(cBM)σ_(u)=_(WM)σ_(u)は除くとともに」を追加することにより、訂正後の請求項1に係る発明における「_(cBM)σ_(u)」と「_(WM)σ_(u)」との大小関係は_(cBM)σ_(u)が_(WM)σ_(u)より大きい範囲のみに限定して減縮するものであるから特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 イ 訂正事項2について 訂正事項2に係る請求項1についての訂正は、訂正前の請求項1に係る特許発明において「溶接金属の引張強さを_(WM)σ_(u)(N/mm^(2))」と規定して、当該溶接金属の引張強さが溶接前の溶接金属の引張強さを表すのか、溶接した後の溶接部に存在する溶接金属の引張強さを表すのかが不明瞭であったものを、「前記溶接部の溶接後の溶接金属の引張強さを_(WM)σ_(u)(N/mm^(2))」とすることにより当該溶接金属の引張強さが有する意味を明瞭にしたものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。 また、本件特許に係る出願の願書に添付した明細書には、 「【0106】 ・・・一方、溶接金属引張強さ_(WM)σ_(u)はJIS Z3111:2005に従い、板厚の1/4または1/2を中心として採取した丸棒引張試験により求めた。」と記載されていることから、「溶接金属の引張強さ」が「溶接部の溶接後の溶接金属」のものであることは明らかであるから、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 ウ 訂正事項3及び4について 訂正事項3及び4に係る請求項4及び5についての訂正は、請求項を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的としており、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 エ 訂正事項5-8について 訂正事項5-8に係る明細書の段落【0013】、【0016】及び【0017】についての訂正は、訂正事項1-4に係る特許請求の範囲の訂正に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合性を図るために訂正したものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、訂正事項1-4と同様に新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 (3)小括 上記のとおり、訂正事項1-8に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号又は第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。 したがって、明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の一群の請求項〔1-5〕について訂正することを認める。 2.一群の請求項6-10に係る訂正 (1)訂正の内容 本件訂正請求による訂正の内容は、以下のとおりである。 ア 訂正事項1 特許請求の範囲の請求項6に「ただし、βは」と記載されているのを、「ただし、_(cBM)σ_(u)=_(WM)σ_(u)は除くとともに、βは」に訂正する(請求項6を引用する請求項7-10も同様に訂正する)。 イ 訂正事項2 特許請求の範囲の請求項6に「溶接金属」と記載されているのを、「前記溶接部の溶接後の溶接金属」に訂正する(請求項6を引用する請求項7-10も同様に訂正する)。 ウ 訂正事項3及び4 特許請求の範囲の請求項9及び10を削除する。 エ 訂正事項5 明細書の段落【0018】に「ただし、βは」と記載されているのを、「ただし、_(cBM)σ_(u)=_(WM)σ_(u)は除くとともに、βは」に訂正する。 オ 訂正事項6 明細書の段落【0018】に「溶接金属」と記載されているのを、「溶接部の溶接後の溶接金属」に訂正する。 カ 訂正事項7及び8 明細書の段落【0021】及び【0022】に記載された事項を削除する。 (2)訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否 ア 訂正事項1について 訂正事項1に係る請求項6についての訂正は、訂正前の請求項6に係る特許発明において、式(2)で「_(cBM)σ_(u)」と「_(WM)σ_(u)」との大小関係について、「≧」とすることで、少なくとも両者が同じ、又は、_(cBM)σ_(u)が_(WM)σ_(u)より大きいことを特定しているのに対し、訂正後の請求項6は、「_(cBM)σ_(u)=_(WM)σ_(u)は除くとともに」を追加することにより、訂正後の請求項6に係る発明における「_(cBM)σ_(u)」と「_(WM)σ_(u)」との大小関係は_(cBM)σ_(u)が_(WM)σ_(u)より大きい範囲のみに限定して減縮するものであるから特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 イ 訂正事項2について 訂正事項2に係る請求項6についての訂正は、訂正前の請求項6に係る特許発明において「溶接金属の引張強さを_(WM)σ_(u)(N/mm^(2))」と規定して、当該溶接金属の引張強さが溶接前の溶接金属の引張強さを表すのか、溶接した後の溶接部に存在する溶接金属の引張強さを表すのかが不明瞭であったものを、「前記溶接部の溶接後の溶接金属の引張強さを_(WM)σ_(u)(N/mm^(2))」とすることにより当該溶接金属の引張強さが有する意味を明瞭にしたものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。 また、本件特許に係る出願の願書に添付した明細書には、 「【0106】 ・・・一方、溶接金属引張強さ_(WM)σ_(u)はJIS Z3111:2005に従い、板厚の1/4または1/2を中心として採取した丸棒引張試験により求めた。」と記載されていることから、「溶接金属の引張強さ」が「溶接部の溶接後の溶接金属」のものであることは明らかであるから、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 ウ 訂正事項3及び4について 訂正事項3及び4に係る請求項9及び10についての訂正は、請求項を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的としており、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 エ 訂正事項5-8について 訂正事項5-8に係る明細書の段落【0018】、【0021】及び【0022】についての訂正は、訂正事項1-4に係る特許請求の範囲の訂正に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合性を図るために訂正したものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、訂正事項1-4と同様に新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 (3)小括 上記のとおり、訂正事項1-8に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号又は第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。 したがって、明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の一群の請求項〔6-10〕について訂正することを認める。 第3 訂正後の本件発明 本件訂正請求により訂正された請求項1-10に係る発明(以下、それぞれ請求項に付された番号に従い、「本件特許発明1」等という。)は、令和2年3月24日付け訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1-10に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。 「【請求項1】 通しダイヤフラムに角形鋼管を溶接してなる通しダイヤフラム溶接継手構造体であって、 溶接部のレ形開先の開先角度をα(°)、ルートギャップをg(mm)、余盛り高さをe(mm)、前記溶接部の溶接後の溶接金属の引張強さを_(WM)σ_(u)(N/mm^(2))、前記角形鋼管の角部の引張強さを_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))、及び前記角形鋼管の角部の厚さをt(mm)としたとき、下記式(1)及び式(2)を満たす通しダイヤフラム溶接継手構造体。 ![]() ただし、_(cBM)σ_(u)=_(WM)σ_(u)は除くとともに、βは0以上であって、下記式(3)を満たすβ’及びαの値のうち小さい方の値をとる。 ![]() 【請求項2】 前記溶接金属のビッカース硬さを_(WM)Hv、前記角形鋼管の角部のビッカース硬さを_(cBM)Hvとしたとき、さらに下記式(4)、式(5)が成り立つ請求項1に記載の通しダイヤフラム溶接継手構造体。 ![]() 【請求項3】 前記角形鋼管を構成する材料の、前記角形鋼管とする前における引張強さを_(fBM)σ_(u)(N/mm^(2))としたとき、さらに下記式(6)が成り立つ請求項1又は2に記載の通しダイヤフラム溶接継手構造体。 ![]() 【請求項4】(削除) 【請求項5】(削除) 【請求項6】 通しダイヤフラムに角形鋼管を溶接してなる通しダイヤフラム溶接継手構造体を製造する方法であって、 溶接部のレ形開先の開先角度をα(°)、ルートギャップをg(mm)、余盛り高さをe(mm)、前記溶接部の溶接後の溶接金属の引張強さを_(WM)σ_(u)(N/mm^(2))、前記角形鋼管の角部の引張強さを_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))、及び前記角形鋼管の角部の厚さをt(mm)として下記式(1)及び式(2)を満たすように設計し、これにより溶接をおこなう通しダイヤフラム溶接継手構造体の製造方法。 ![]() ただし、_(cBM)σ_(u)=_(WM)σ_(u)は除くとともに、βは0以上であって、下記式(3)を満たすβ’及びαの値のうち小さい方の値をとる。 ![]() 【請求項7】 前記溶接金属のビッカース硬さを_(WM)Hv、前記角形鋼管の角部のビッカース硬さを_(cBM)Hvとしたとき、前記_(WM)σ_(u)(N/mm^(2))、前記_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))を下記式(4)、式(5)により求める請求項6に記載の通しダイヤフラム溶接継手構造体の製造方法。 ![]() 【請求項8】 前記角形鋼管を構成する材料の、前記角形鋼管とする前における引張強さを_(fBM)σ_(u)(N/mm^(2))としたとき、さらに下記式(6)により前記_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))を求める請求項6に記載の通しダイヤフラム溶接継手構造体の製造方法。 ![]() 【請求項9】(削除) 【請求項10】(削除)」 第4 取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由について 1.取消理由の概要 令和1年11月25日付け訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1-2、6-7に係る特許に対して、当審が令和2年1月20日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。 請求項1、2、6、7に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるといえ、特許法第29条第1項第3号に該当するから、請求項1、2、6、7に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。 2.甲号証の記載 (1)甲第1号証の記載事項 甲第1号証(中川 佳、外4名「550N/mm^(2)級冷間プレス成形角形鋼管の部材性能に関する実験的研究」、日本建築学会大会学術講演梗概集(中国)、2008年9月、第549-550頁)には、以下の事項が記載されている。 ア「一般的に構造物のエネルギー吸収能力を向上させるためには,柱崩壊型とならないようにすることが重要であり,高強度柱材はその点で有用である.本研究では,550N/mm^(2)級冷間プレス成形角形鋼管について,正負交番繰り返し載荷試験を行い,1(*1)塑性変形性能,2(*1)破壊モード,3(*1)「NBFW法」^(1))の効果を検討する.」(*1:○の中に数字)(549頁左欄第2-7行) イ「3-1.試験体形状 図2に試験体,表1に試験体一覧を示す.試験体は中央部に通しダイアフラムを溶接した3点曲げ試験体であり,鋼管断面の径・板厚,載荷方向,ダイアフラム溶接部の仕様がパラメータとなっている.」(549頁左欄第19-23行) ウ「3-2.素材試験 表2に鋼管素材の成分,表3に鋼管素材の機械的性質を示す.本鋼材では冷間加工を受けた鋼管角部においても高い靱性を有している.なお,鋼管角部のダイアフラム溶接部で,鋼管母材と同等以上の強度を確保するために溶接材料はYGW21を使用し,溶接条件は,予熱なし,入熱30kJ/cm以下,パス間温度250℃以下とした.」(549頁左欄第31-37行) エ「[参考文献] 1)日本建築センター:冷間成形角形鋼管設計・施工マニュアル(改訂版),pp133-134」(550頁右欄第16-18行) オ 甲第1号証の表1には、試験体「C2」及び「C5」について、鋼管板厚「t」が32mmであることが開示されている。また、試験体「C2」及び「C5」の「ダイアフラム溶接法」が「NBFW」であることが開示されている。 カ 甲第1号証の表3には、試験体「C2」について、「角部」の引張強さ「TS」が654N/mm^(2)、試験体「C5」について、「角部」の引張強さ「TS」が651N/mm^(2)であるとともに、「溶接材料」の引張強さ「TS」が644N/mm^(2)であることが開示されている。 キ 甲第1号証の表3の脚注4)には、「溶接材料」の引張強さ「TS」の測定にはJIS Z3111 A1号の試験片を用いることが開示されている。 ク 甲第1号証の図2右側には、NBFW法について、溶接部のレ形開先の開先角度が35°、ルートギャップが7mmであることが開示されている。 (2)甲第1号証の記載事項から認定できる事項 上記(1)の記載事項から以下の事項が認定できる。 ア 上記(1)オ より、鋼管板厚「t」は全周において略同じであると認められるから、角部の厚さも32mmであると認められる。 イ 上記(1)キ より、JIS Z3111 A1号の試験片は、所定の施工方法によって溶接施工された溶接部より採取される、その平行部が純粋な溶接金属からなる丸棒引張試験片であるから、甲第1号証の表3に開示された「溶接材料」の引張強さ「TS」の値は、「C1」-「C5」のいずれかの試験体の溶接部の溶接後の値であると認められる。 ウ 上記(1)カ より、試験体「C2」及び「C5」については、「角部」の引張強さ「TS」がそれぞれ記載されているが、「溶接材料」の引張強さ「TS」については644N/mm^(2)の1つが記載されているのみであり、この値が「C1」-「C5」のどの試験体の「溶接材料」の引張強さ「TS」を表しているのかは明らかではなく、また、後述の4.(2)で詳述するように、試験体「C1」-「C5」のすべての「溶接材料」の引張強さ「TS」が同じ644N/mm^(2)であるとは考えづらいことから、試験体「C2」及び「C5」の「溶接材料」の引張強さ「TS」は不明であると言わざるを得ない。 (3)引用発明 以上によれば、甲第1号証は以下の発明(以下「引用発明」という。)を開示していると認められる。 「通しダイアフラムに角形鋼管を溶接してなる試験体C2及びC5に係る3点曲げ試験体であって、 溶接部のレ形開先の開先角度をα(°)、ルートギャップをg(mm)、前記角形鋼管の角部の引張強さを_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))、及び前記角形鋼管の角部の厚さをt(mm)としたとき、α=35(°)、g=7(mm)、_(cBM)σ_(u)=654(N/mm^(2))又は651(N/mm^(2))、t=32(mm)である試験体C2及びC5に係る3点曲げ試験体。」 3.当審の判断 (1)本件特許発明1について ア 対比 本件特許発明1と引用発明とを対比すると、引用発明の「通しダイアフラム」は本件特許発明1の「通しダイヤフラム」に相当し、以下同様に「試験体C2及びC5に係る3点曲げ試験体」は「通しダイヤフラム溶接継手構造体」に相当する。 また、引用発明が「α=35(°)、g=7(mm)、_(cBM)σ_(u)=654(N/mm^(2))又は651(N/mm^(2))、t=32(mm)である」ことと本件特許発明1が「下記式(1)及び式(2)を満たす」 「 ![]() ただし、_(cBM)σ_(u)=_(WM)σ_(u)は除くとともに、βは0以上であって、下記式(3)を満たすβ’及びαの値のうち小さい方の値をとる。 ![]() 」ことを対比すると、「各値が所定の関係を満たす」という点に限れば一致する。 そうすると、本件特許発明1と引用発明とは以下の点で一致するとともに、相違する。 [一致点] 「通しダイヤフラムに角形鋼管を溶接してなる通しダイヤフラム溶接継手構造体であって、 溶接部のレ形開先の開先角度をα(°)、ルートギャップをg(mm)、前記角形鋼管の角部の引張強さを_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))、及び前記角形鋼管の角部の厚さをt(mm)としたとき、各値が所定の関係を満たす通しダイヤフラム溶接継手構造体。」 [相違点] 本件特許発明1は、「余盛り高さe(mm)」及び「溶接部の溶接後の溶接金属の引張強さ_(WM)σ_(u)(N/mm^(2))」をパラメータとして、「下記式(1)及び式(2)を満た」し、「ただし、_(cBM)σ_(u)=_(WM)σ_(u)は除くとともに、βは0以上であって、下記式(3)を満たすβ’及びαの値のうち小さい方の値をとる」のに対し、引用発明は、余盛り高さ及び溶接部の溶接後の溶接金属の引張強さが不明のため、式(1)-(3)を満たす(ただし、_(cBM)σ_(u)=_(WM)σ_(u)は除く)かどうか不明な点。 ![]() ![]() イ 判断 上記相違点について検討する。 上記2.(2)ウで述べたとおり、引用発明において、試験体「C2」及び「C5」の「溶接材料」の引張強さ「TS」は不明であると言わざるを得ないことから、溶接部の溶接後の溶接金属(溶接材料)の引張強さ_(WM)σ_(u)(N/mm^(2))と角形鋼管の角部の引張強さ_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))の大小関係を比較することはできず、本件特許発明1の式(2)を満たしているかを確認することはできない。 そうすると、本件特許発明1は上記式(2)を満たすのに対し、引用発明は上記式(2)を満たしているか不明な点で、両者は少なくとも相違することになる。 ウ 小括 よって、本件特許発明1は、引用発明であるとはいえない。 (2)本件特許発明6について 本件特許発明6は、本件特許発明1に対応する製造方法の発明であるところ、本件特許発明1と同様に、「余盛り高さe(mm)」及び「溶接部の溶接後の溶接金属の引張強さ_(WM)σ_(u)(N/mm^(2))」をパラメータとして、「下記式(1)及び式(2)を満た」し、「ただし、_(cBM)σ_(u)=_(WM)σ_(u)は除くとともに、βは0以上であって、下記式(3)を満たすβ’及びαの値のうち小さい方の値をとる」 ![]() という構成を備えるから、引用発明と対比すると、上記(1)アの相違点と同様の相違点が存在する。 したがって、上記(1)イと同様の理由により、本件特許発明6は、引用発明であるとはいえない。 (3)本件特許発明2及び7について 本件特許発明2は、本件特許発明1の構成全てを引用した発明であって、本件特許発明1の相違点に係る構成と同一の構成を備えるものである。 また、本件特許発明7は、本件特許発明6の構成全てを引用した発明であって、本件特許発明6の相違点に係る構成と同一の構成を備えるものである。 したがって、上記(1)イ及び上記(2)と同様の理由により、本件特許発明2及び7は、引用発明であるとはいえない。 4.異議申立人の意見について (1)異議申立人の意見の概要 ア 甲第1号証の表3(溶接材料の引張強さ)について 甲第1号証は、鋼管断面の径・板厚、載荷方向、ダイアフラム溶接部の仕様をパラメータとした試験体の性能を検証したものであるから、これらのパラメータ以外の溶接条件(溶接材料の化学成分組成、溶接施工条件)を同一として、各パラメータが継手構造に与える性能のみを評価していることは明らかである。 そして、化学成分組成が同一の溶接材料を用いて、鋼管板厚が32mmと同じ試験体C2-C5に対して、予熱なし、入熱30kJ/cm以下、パス間温度250℃以下の同じ施工条件で溶接を行えば、各試験体における溶接材料は同じ熱履歴を被ることから、表3に示された溶接材料(溶接金属)のTSの値「644N/mm^(2)」は、基準試験体C2-C5のいずれにも該当すると解することが、最も自然な解釈である。 特許権者は、「溶接条件が同じであっても、(溶接部の溶接後の溶接金属における)引張強さには相当のばらつきが生じる」ことを、乙第4-9号証の記載を根拠にして主張しているが、乙第4及び5号証は、試験体C2及びC5について、甲第1号証における溶接材料YGW21の引張強さTSが650N/mm^(2)以下であることを裏付ける、又はその蓋然性が高いことを強く示唆するものであり、乙第6-9号証は、試験体C2及びC5がイーブンマッチング又はオーバーマッチングである(アンダーマッチングでない)ことを何ら示すものではない。 イ 甲第1号証の「鋼管角部のダイヤフラム溶接部で、鋼管母材と同等以上の強度を確保するために溶接材料はYGW21を使用し」の記載について 甲第1号証記載の「鋼管角部のダイアフラム溶接部で,鋼管母材と同等以上の強度を確保する」は、溶接継手の引張強さが、鋼管角部の母材の引張強さと同等以上であることを示している。 したがって、甲第1号証に記載された試験体C2及びC5において、溶接継手の強度(JIS Z3131)が角形鋼管の角部の強度(JIS Z2201)より高いという上記記載の条件を満たしつつ、溶接部の溶接後の溶接金属の引張強さ(JIS Z3111)が角形鋼管の角部の引張強さ(JIS Z2241(2201))より小さいというアンダーマッチングの態様であることは、甲第1号証において、何ら矛盾しない。 また、乙第10-14号証の記載から、アンダーマッチングの態様を排除するとはいえない。 ウ アンダーマッチングの周知性について 乙第10-14号証に示すように、建築分野では、一般的にオーバーマッチング又はイーブンマッチングによる溶接継手が周知である。しかし、参考資料4、5に示すように、鋼材の高強度化に伴って、オーバーマッチング又はイーブンマッチングとなるべく溶接材料を選択しても、意図せずにアンダーマッチングとなることも広く知られており、実際、甲第1号証、及び参考資料6に記載されるように、建築分野において、レ形開先を有するT字のアンダーマッチング継手構造も周知の事項である。 (2)異議申立人の意見に対して ア 甲第1号証の表3(溶接材料の引張強さ)についての意見に対して 乙第5及び6号証に記載されるとおり、同じ規格の溶接材料であっても、メーカーによりその化学成分が異なることから、溶接材料(溶接金属)の引張強さにばらつきが生じることはよく知られたことである。また、仮に溶接条件が全く同じであったとしても、溶接後の溶接材料(溶接金属)の引張強さは、溶接時の熱影響によりその値は変化しばらつきを有するものである。そうすると、甲第1号証のC1-C5の試験全てにおいて、溶接部の溶接後の溶接金属(溶接材料)の引張強さが下一桁に至るまで値が同じであることは不自然と言わざるを得ない。 甲第1号証と乙第4号証とで、同じYGW21の溶接金属を用いて、同じ入熱、同じパス間温度で溶接していたとしても、上記のとおり、溶接後の溶接材料(溶接金属)の引張強さが同じになるとは限らないことから、乙第4号証において、溶接金属の引張強さが650N/mm^(2)未満であったとしても、甲第1号証の溶接金属の引張強さも同様に650N/mm^(2)未満であるという根拠にはならない。 同様に、甲第1号証と乙第5号証とで、同じYGW21の溶接金属を用いて、同じ入熱、同じパス間温度で溶接していたとしても、溶接後の溶接材料(溶接金属)の引張強さが同じになるとは限らないことから、溶接条件を統一しても、ばらつきを完全に押さえることができるとはいえない。また、甲第1号証において、溶接条件を統一してもC2-C5の試験体の溶接金属のTSは、同一の644N/mm^(2)になるとはいえない。 一方、乙第6-9号証は、溶接条件が同じであっても、(溶接部の溶接後の溶接金属における)引張強さにはばらつきが生じることを示す文献であって、甲第1号証と同じYGW21を用いた溶接後の溶接金属の具体的な引張強さについて何も示されていなくても、何ら問題はない。 以上のとおり、溶接後の溶接材料(溶接金属)の引張強さはばらつきを有するものであり、甲第1号証の表3には「溶接材料」の引張強さが一つしか記載されていないことから、試験体C2及びC5の引張強さが644N/mm^(2)であるかは不明であり、甲第1号証の表3から、試験体C2及びC5がアンダーマッチングであるということはできない。 イ 甲第1号証の「鋼管角部のダイヤフラム溶接部で、鋼管母材と同等以上の強度を確保するために溶接材料はYGW21を使用し」の記載についての意見に対して 甲第1号証の表3には、試験体C1-C5の角部の引張強さの数値と、溶接材料の引張強さの数値が記載されているが、それらの数値の大小を比較することは記載されておらず、甲第1号証の実験的研究において、アンダーマッチングを意図した研究が行われているとはいえない。 また、上記アで説示するとおり、表3の溶接材料の引張強さの数値が、試験体C2及びC5の溶接部での溶接材料の引張強さかどうかは、不明である。 そうすると、上記の記載を根拠に、甲第1号証の試験体C2及びC5がアンダーマッチングであることまでは認定できないから、異議申立人の主張は、当審の判断を左右するものではなく、採用できない。 ウ アンダーマッチングの周知性についての意見に対して 建築分野を含む溶接技術分野において、アンダーマッチングが周知であったとしても、乙第10-14号証に記載されるとおり、一般的にはイーブンマッチング又はオーバーマッチングによる溶接継手も周知であることから、甲第1号証の試験体C2及びC5がアンダーマッチングに限定される根拠にはならない。 第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について 1.特許法第36条第6項第1号(サポート要件)について 本件特許発明の解決しようとする課題は、「アンダーマッチング溶接であっても溶接金属部で破壊が生じることを防止できる通しダイヤフラム溶接継手構造体を提供する」ことであるが、発明の詳細な説明には、本件特許発明の課題を解決する具体例が1例しか記載されていない。 (1)これに対して、本件特許発明1及び6は、式(1)-(3)で特定する以外の特定を有さないから、本件特許発明の課題を解決し得るのか、当業者が認識することのできない発明を含む。 (2)請求項2及び7に記載の式(4)及び式(5)は、引張強さとビッカース硬さの関係を示すだけのものであるから、請求項2及び7に係る発明は、課題を解決し得るのか不明な発明を含む。 (3)請求項3及び8に記載の式(6)は、角形鋼管の角部の引張強さと角形鋼板とする前の引張強さ_(fBM)σ_(u)との関係を示すだけのものであるから、請求項3及び8に係る発明は、課題を解決し得るのか不明な発明を含む。 2.申立理由の検討 本件特許発明1及び6の式(1)-(3)は、明細書の段落【0058】-【0102】に記載されるように、アンダーマッチング溶接である(式(2)を満たす)場合に、溶接金属で破壊することなく、母材である鋼管角部で破壊するための各部が備えるべき強度(式(1)及び(3))を論理的に導いたものである。 そして、式(1)-(3)を満たして課題を解決する具体例が少なくとも1つ記載されている以上、式(1)-(3)は正しいものと推認できるから、明細書の段落【0058】-【0102】に記載された論理に不備はなく、本件特許発明1及び6はサポートされているといえる。 本件特許発明2、3、7及び8は、本件特許発明1及び6の式(1)-(3)の条件に加えて、さらに条件を付加したものであるから、本件特許発明1及び6と同様サポートされているといえる。 第6 むすび 以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1-3及び6-8に係る特許を取り消すことはできない。また、他に本件請求項1-3及び6-8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 請求項4-5、9-10に係る発明は、上記のとおり、訂正により削除された。これにより、特許異議申立人による特許異議の申立てについて、請求項4-5、9-10に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(54)【発明の名称】 通しダイヤフラム溶接継手構造体、通しダイヤフラム溶接継手構造体の製造方法 【技術分野】 【0001】 本発明は、溶接継手を具備する溶接継手構造体、及びその製造方法に関し、特にレ形開先(single bevel groove weld)による通しダイヤフラム溶接継手による角形鋼管柱である、通しダイヤフラム溶接継手構造体、及びその製造方法に関する。 【背景技術】 【0002】 角形鋼管の小口(端面)とダイヤフラムの面とを付き合わせて全周に亘ってT字形継手で溶接して通しダイヤフラム溶接継手構造体(角形鋼管柱)とする。この溶接部に引張応力がかかった場合、破壊が溶接金属ではなく母材である角形鋼管側から先に発生するように、溶接金属側の変形抵抗を高めている。すなわち、溶接金属材料は、母材強度と同等以上の強度をもつ溶接金属材料を使用する。例えば、400N/mm^(2)級の母材に対しては、490N/mm^(2)級の溶接金属材料を使用し、490N/mm^(2)級の母材に対しては、490N/mm^(2)級または550N/mm^(2)級の溶接金属材料を使用することが多い。 【0003】 溶接部に完全溶け込み溶接を用いる際、開先を設けて溶接金属を充填する。たとえば、レ形開先又はV形開先の場合、開先角度はJASS6(建築工事標準仕様書、日本建築学会)で35°、AWS(アメリカ溶接協会)で30°以上45°以下を推奨している。また、溶接部で完全溶け込み溶接を用いる際、溶接金属は適切な余盛り高さを設けることとしている。たとえば上記JASS6ではT字形継手の場合、余盛り高さは、突き合わせる材料の板厚の1/4倍以上とし、板厚が40mmを超える場合は10mm以上としている。 【0004】 鋼材の場合、降伏強度及び引張強さは材料規格で上下限値が設定されているが、従来の溶接金属材料の選定方法に従うと、溶接金属材料の強度が母材強度を下回り(アンダーマッチング)、溶接金属側で破壊が先行する可能性がある。例えば490N/mm^(2)級の母材の規格の引張強さ上限は610N/mm^(2)なので、550N/mm^(2)級の溶接金属材料を用いると母材強度が溶接金属強度を上回る場合がある。さらには、冷間加工した材料を用いる場合にも材料強度が加工硬化により上昇しており、規格強度を上回る場合があるので溶接金属材料より母材の引張強さが高くなる可能性がある。特に角形鋼管の角部では加工硬化により材料強度が上昇しており、その傾向が強まると言える。 さらに、図17に示したように例えば柱70に梁71を溶接金属72で溶接すると、溶接金属72と母材(この場合には梁71)との境界部73(Fusion Line)に沿って、ハッチングで示した部分XVのように、所定の幅を有してHeat Affected Zone(HAZ、溶接熱影響部)が生じる。特に加速冷却等により圧延時の細粒化で高強度化した鋼板において、HAZは溶接熱によってオーステナイト化温度より高温となるため、母材の組織が残存せず母材に比べ強度が低下する場合がある。ダイヤフラムと角形鋼管との溶接部でも同様である。 【0005】 これに対してアンダーマッチングやHAZの軟化を許容することに関連する溶接方法の従来技術として、特許文献1乃至5がある。 特許文献1、2は、大入熱の突き合わせ溶接を対象に、溶接金属のマッチング条件をHvwm/Hvbm≦110%とすると、FLのディープノッチ試験において高い破壊靭性値Kcを確保できるという技術である。特にビード幅を板厚の70%以下とすれば、70%≦Hvwm/Hvbm≦110%のアンダーマッチングでも継手の引張強さを確保できる。 【0006】 特許文献3は、溶接継手の応力集中部において、発生した延性き裂の進展に伴い生じるくびれによる断面積減少を、鋼材の加工硬化特性(n値)を高めることで防止することができ、許容欠陥寸法を大きくできる技術である。 【0007】 特許文献4は、溶接継手の母材および溶接熱影響部の板厚表面の降伏応力YPsと内部の降伏応力YPcの比(YPs/YPc)を1.3以下とすることで、板厚中心の変形拘束が高くなりすぎないようにし、全厚の脆性破壊発生特性Kc、アレスト性Kcaともに高い値を確保する技術である。 【0008】 特許文献5は、9%Ni鋼に限定し、オーステナイト系の溶接金属は極低温下でも脆性破壊がきわめて生じ難いことから、溶接金属をHAZに対してアンダーマッチング(Hvを規定)として溶接金属内に延性き裂を発生・進展させ、極低温でも脆性破壊に対して高い安全性を持つ溶接継手を実現する技術である。ただし、ΔHvが200を超えるアンダーマッチングの場合、溶接金属の靭性(CTOD)が低下することから、0≦ΔHv≦200と規定している。 【先行技術文献】 【特許文献】 【0009】 【特許文献1】特開2005-125348号公報 【特許文献2】特開2005-144552号公報 【特許文献3】特開2013-39605号公報 【特許文献4】特開2007-254767号公報 【特許文献5】特開2007-119811号公報 【発明の概要】 【発明が解決しようとする課題】 【0010】 しかしながら、これらアンダーマッチング溶接やHAZの軟化を許容することに関連する従来技術は、いずれもアンダーマッチングとなる溶接部内の破壊を前提とし、該溶接部の破壊靭性を高めるためのものであり、本来あるべき態様である母材を破壊させるという視点からの解決策は提案されていない。特に母材が角形鋼管であり、ダイヤフラムを用いた通しダイヤフラム溶接継手の場合には、角形鋼管の角部で材料強度が高くなっており、構造上この角部からの破壊が多いことを鑑みると、上記のように適切な解決案が提案されていないことはさらに大きな問題となる。 【0011】 そこで本発明は、通しダイヤフラム溶接継手を具備する通しダイヤフラム溶接継手構造体において、アンダーマッチングであっても溶接金属部で破壊が生じることを防止できる、通しダイヤフラム溶接継手構造体を提供することを課題とする。また、通しダイヤフラム溶接継手構造体を製造する方法を提供する。 【課題を解決するための手段】 【0012】 以下、本発明について説明する。 【0013】 請求項1に記載の発明は、通しダイヤフラムに角形鋼管を溶接してなる通しダイヤフラム溶接継手構造体であって、溶接部のレ形開先の開先角度をα(°)、ルートギャップをg(mm)、余盛り高さをe(mm)、溶接部の溶接後の溶接金属の引張強さを_(WM)σ_(u)(N/mm^(2))、角形鋼管の角部の引張強さを_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))、及び角形鋼管の角部の厚さをt(mm)としたとき、下記式(1)及び式(2)を満たす通しダイヤフラム溶接継手構造体。 ![]() ただし、_(cBM)σ_(u)=_(WM)σ_(u)は除くとともに、βは0以上であって、下記式(3)を満たすβ’及びαの値のうち小さい方の値をとる。 ![]() 【0014】 請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の通しダイヤフラム溶接継手構造体において、溶接金属のビッカース硬さを_(WM)Hv、角形鋼管の角部のビッカース硬さを_(cBM)Hvとしたとき、さらに下記式(4)、式(5)が成り立つ。 ![]() 【0015】 請求項3に記載の発明は、請求項1又は2に記載の通しダイヤフラム溶接継手構造体において、角形鋼管を構成する材料の、角形鋼管とする前における引張強さを_(fBM)σ_(u)(N/mm^(2))としたとき、さらに下記式(6)が成り立つ。 ![]() 【0016】 (削除) 【0017】 (削除) 【0018】 請求項6に記載の発明は、通しダイヤフラムに角形鋼管を溶接してなる通しダイヤフラム溶接継手構造体を製造する方法であって、溶接部のレ形開先の開先角度をα(°)、ルートギャップをg(mm)、余盛り高さをe(mm)、溶接部の溶接後の溶接金属の引張強さを_(WM)σ_(u)(N/mm^(2))、角形鋼管の角部の引張強さを_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))、及び角形鋼管の角部の厚さをt(mm)として下記式(1)及び式(2)を満たすように設計し、これにより溶接をおこなう通しダイヤフラム溶接継手構造体の製造方法である。 ![]() ただし、_(cBM)σ_(u)=_(WM)σ_(u)は除くとともに、βは0以上であって、下記式(3)を満たすβ’及びαの値のうち小さい方の値をとる。 ![]() 【0019】 請求項7に記載の発明は、請求項6に記載の通しダイヤフラム溶接継手構造体の製造方法において、溶接金属のビッカース硬さを_(WM)Hv、角形鋼管の角部のビッカース硬さを_(cBM)Hvとしたとき、_(WM)σ_(u)(N/mm^(2))、_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))を下記式(4)、式(5)により求める。 ![]() 【0020】 請求項8に記載の発明は、請求項6に記載の通しダイヤフラム溶接継手構造体の製造方法において、角形鋼管を構成する材料の、角形鋼管とする前における引張強さを_(fBM)σ_(u)(N/mm^(2))としたとき、さらに下記式(6)により_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))を求める。 ![]() 【0021】 (削除) 【0022】 (削除) 【発明の効果】 【0023】 本発明によれば、一律にオーバーマッチング溶接を設定する従来の常識にとらわれずに、特に破壊の起点になることが多い角形鋼管の角部においても、上記関係を満たす限りアンダーマッチング溶接でも母材(角形鋼管)から破壊させることができる。すなわち、例えアンダーマッチング溶接であっても、母材に比較して靭性が低い溶接部に変形が集中するのを避けることで、粘り強い溶接継手を実現できる。 【図面の簡単な説明】 【0024】 【図1】図1(a)は通しダイヤフラム溶接継手構造体10の外観斜視図、図1(b)は鋼管角部における溶接部を拡大して表した図である。 【図2】通しダイヤフラム溶接継手構造体10の平面図である。 【図3】通しダイヤフラム溶接継手構造体10の断面を示す図である。 【図4】通しダイヤフラム溶接継手構造体10の他の断面を示す図である。 【図5】溶接部20の一部を拡大した図である。 【図6】鋼管角部11aを説明する図である。 【図7】溶接角部20aについて説明する図である。 【図8】冷間加工前の平坦な鋼材の引張強さと鋼管角部の引張強さとの関係を説明する図である。 【図9】n-t-w座標系を表した図である。 【図10】溶接部20をモデル化した図である。 【図11】図11(a)は母材の破壊に用いるモデルを説明する図で、2次元の座標系、図11(b)はそのn-t-w直交座標系による表示である。 【図12】図12(a)は溶接金属の破壊に用いるモデルを説明する図で、2次元の座標系、図12(b)はそのn-t-w直交座標系による表示である。 【図13】本発明の効果を説明する1つの例を説明する図で、横軸に開先角度、縦軸に_(WM)σ_(u)/_(cBM)σ_(u)をとったグラフである。 【図14】本発明の効果を説明する他の1つの例を説明する図で、横軸に余盛り高さ/板厚、縦軸に_(WM)σ_(u)/_(cBM)σ_(u)をとったグラフである。 【図15】溶接金属に関する1つの実験例を説明する図で、横軸に_(cBM)σ_(u)、縦軸に_(WM)σ_(u)をとったグラフである。 【図16】HAZに関する1つの実験例を説明する図で、横軸に_(cBM)σ_(u)、縦軸に_(HAZ)σ_(u)をとったグラフである。 【図17】溶接熱影響部(HAZ)について説明する図である。 【発明を実施するための形態】 【0025】 以下本発明を図面に示す形態に基づき説明する。ただし本発明はこれら形態に限定されるものではない。 【0026】 図1(a)は形態の1つの例を説明する図で、通しダイヤフラム溶接継手構造体10の外観を模式的に表した斜視図である。図1(b)は図1(a)に矢印Ibで示した部位(溶接部20)を拡大して表した図である。図2は通しダイヤフラム溶接継手構造体10を図1(a)に矢印IIで示した方向から見た図であり、ダイヤフラム14が平面視される方向から見た図である。図3は図2のIII-IIIに沿った断面図、図4は図2のIV-IVに沿った断面図である。 【0027】 図1?図4よりわかるように、本形態では通しダイヤフラム溶接継手構造体10は、角形鋼管11、サイコロ(タイコと呼ばれることもある。)12、梁13、ダイヤフラム14、裏当て金15を有して構成されている。ここからわかるように本形態で通しダイヤフラム溶接構造体10は通しダイヤフラム形式の溶接継手を用いた角形鋼管柱である。 【0028】 通しダイヤフラム溶接継手構造体10は、同軸に配置された2つの角形鋼管11の向かい合う端面(小口)間に、サイコロ12が配置される。サイコロ12も形状としては角形鋼管である。これによりサイコロ12の端面と角形鋼管柱11の端面とが対向する部位が2か所形成されるが、ここにそれぞれダイヤフラム14が備えられる。ダイヤフラム14は角形鋼管11及びサイコロ12よりも大きな外形を有する板状の鋼材であり、その一方の板面が角形鋼管柱11の端面に溶接され、他方の板面がサイコロ12の端面に溶接されている。従って、図1?図4よりわかるように、角形鋼管11及びサイコロ12の外周からダイヤフラム14の外周が突出した形態となる。 【0029】 次に角形鋼管11、サイコロ12、及びダイヤフラム14による溶接継手について説明する。図5は図4にVで示した部位、すなわち角形鋼管11の角部における溶接継手部分を拡大した図である。 【0030】 図1?図5よりわかるように、本形態の通しダイヤフラム溶接継手構造体10の溶接継手では、角形鋼管11の内側とダイヤフラム14の板面との入隅部、及びサイコロ12の内側とダイヤフラム14の板面との入隅部には裏当て金15が配置されている。 【0031】 そしてダイヤフラム14の表裏面では角形鋼管11、及びサイコロ12の端面が付き当てられているT字となった部位で溶接金属21により溶接されて溶接部20が形成されている。この溶接部20は突き当てられた部位の全線(全周)に亘って設けられている。上記した裏当て金15はこの溶接金属21を配置する際に用いられる裏当て金である。 【0032】 溶接部20のうち、角部における構成について説明する。ここで「角部」は次のように考える。 角形鋼管11は断面形状が正方形であるが、実際には図2からもわかるように、当該正方形の四隅ではいわゆるR(アール)が形成されており、円弧状となっている。図6には図2にVIで示した1つの当該隅を拡大した図を表した。 ここで、図6に示したように角形鋼管11の板厚の中心線Cにおいて、形成された円弧の中心をOで表し、円弧が形成されなかった場合における正方形の頂点をAとしたとき、線OAを挟んで一方及び他方にそれぞれ32.5°となる範囲(合計65°)の部位を角形鋼管11の角部11a(鋼管角部11a)とする。そして、当該鋼管角部11aに位置づけられる溶接部20を、溶接部20における角部20a(溶接角部20a)とする。 ここで鋼管角部11aの曲率半径は特に限定されることはないが、鋼管角部11aの外側における曲率半径をr、鋼管の板厚をt_(1)(mm)としたとき、冷間プレス成形する角形鋼管では、6≦t_(1)≦9では3.0t_(1)≦r≦4.0t_(1)、19<t_(1)では3.1t_(1)≦r≦3.9t_(1)で管理される。一方冷間ロールで成形される角形鋼管では2.0t_(1)≦r≦3.0t_(1)で管理されている。 【0033】 本発明ではこの鋼管角部11a、及び溶接角部20aにおいて以下に説明する特徴を有している。図7に図5と同じ視点で表した1つの溶接角部20a周辺に注目した図を表した。ただし図7では便宜上図5と図の向きが異なる。この図からわかるように、鋼管角部11aである母材は、その端面はダイヤフラム14の一方の面に対して傾斜しており、レ形開先が形成されている。そしてダイヤフラム14と鋼管角部11aの端面との間に溶接金属21が介在して接合されている。このとき次の形状、及び値を定義する。 【0034】 鋼管角部厚さ:t(mm) 余盛り高さ:e(mm) ルートギャップ:g(mm) 開先角度:α(°)(0°≦α<90°) 鋼管角部の引張強さ:_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2)) 溶接金属の引張強さ:_(WM)σ_(u)(N/mm^(2)) 【0035】 そして本発明では式(1)乃至式(3)が成立する。 【0036】 【数1】 ![]() 【0037】 【数2】 ![]() 【0038】 ここで、式(1)中のβ(°)は溶接金属における破壊の生じる角度を表し、0≦β≦αであるから、βは下式を満たすβ’、及びαのうち小さい方の値をとる。 【0039】 【数3】 ![]() 【0040】 式(1)乃至式(3)は、後でその導出について説明するが、鋼管角部において溶接金属で破壊することなく母材(鋼管角部)で破壊するための溶接金属の必要な強度を表わす。これによれば、通しダイヤフラム溶接継手構造体10において、多くの場合において破壊の起点となる角部において、破壊が生じる場合であっても、溶接金属で破壊されることに先んじて、母材(鋼管角部)から破壊を生じさせることができる。そして、式(2)に表れているように、アンダーマッチング又はイーブンマッチング(母材強度と溶接金属強度が等しい場合)であっても、式(1)を満たすことによって、当該母材からの破壊が可能となる。従って、これを満たす限りにおいて公知の材料、及び公知の溶接条件を適用することができ、溶接に関する規制、管理をより緩和することが可能となる。このことは、より適切な溶接を行う信頼性を向上させることも意味する。そしてその際にも溶接金属の破壊靱性を向上させる等の特別な措置を必要としない。例えば必要以上に高強度で高価な溶接金属を適用しなくてもよい。 【0041】 ここで、より簡便に鋼管角部11aの引張強さ_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))、溶接金属の引張強さ_(WM)σ_(u)(N/mm^(2))を得る手段として、それぞれのビッカース硬さからの算出を挙げることができる。具体的には式(4)、式(5)を演算すればよい。式(4)、式(5)は、文献(SAE International,SAE J 417,1983)のビッカース硬さHvと引張強さの換算表をもとに、Hvと引張強さを関係式で表わしたものである。 【0042】 【数4】 ![]() 【0043】 【数5】 ![]() 【0044】 式中の_(WM)Hvは溶接金属21のビッカース硬さ(Hv)であり、_(cBM)Hvは鋼管角部のビッカース硬さ(Hv)である。またビッカース硬さの測定は、鋼管角部11a、溶接角部20aの溶接金属21の外側表面から深さ2mmの位置でJIS Z2244:2009に基づきおこなった値を用いる。 【0045】 さらに、鋼管角部11aの引張強さ_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))を得る他の手段として、実際にJIS Z2241:2011に準拠して鋼管角部における引張強さを得ることもできるが、冷間加工前の平坦な鋼材の引張強さ_(fBM)σ_(u)(N/mm^(2))から下記式(6)を用いて求めることもできる。すなわち角形鋼管を形成する素材の引張強さから鋼管角部の引張強さを得る。 【0046】 【数6】 ![]() 【0047】 この式(6)は次のようにして得た。すなわち、JIS Z2241:2011に準拠して冷間加工前の平坦な鋼材の引張強さ_(fBM)σ_(u)(N/mm^(2))を測定し、この鋼材を使って角形鋼管を製作する。この製作された角形鋼管についてJIS Z2241:2011に準拠して鋼管角部の引張強さ_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))を測定し、_(fBM)σ_(u)(N/mm^(2))と対比する。表1に条件及び結果、図8に結果のグラフを示した。 【0048】 表1において、各試験体の材質、板厚、及び機械的質を表した。 また図8のグラフは横軸に冷間加工前の平坦な鋼材の引張強さ_(fBM)σ_(u)(N/mm^(2))、縦軸に鋼管角部の引張強さ_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))を取った。 【0049】 【表1】 ![]() 【0050】 図8に示したように表1の結果に基づいて最小二乗法により破線で示した式(6’)を得る。これに対して構造物としての安全側を考慮し、式(6’)と各測定値との誤差の標準偏差σを考慮して式(6’)に対して2σを加算し、これを式(6)とした。 【0051】 【数7】 ![]() 【0052】 以上によれば、通しダイヤフラム溶接継手構造体10において、その角部について上記式(1)、式(2)を満たすように溶接継手を設計し、これに基づいて溶接する溶接継手の製造方法を提供することができる。さらに、外表面から2mm内面側の位置でJIS Z2244:2009に基づき溶接金属および鋼管角部のビッカース硬さを測定し、その測定値の最小値から式(4)、式(5)によりそれぞれの引張強さを求めて、上記設計をすることもできる。または、式(6)を用いて鋼管角部の引張強さを冷間加工前の平坦な鋼材の引張強さから求めた場合には、鋼管角部の引張強さ及びビッカース硬さ測定を行う必要もない。 【0053】 さらに、HAZに沿う破壊を想定する場合、式(1)において溶接金属引張強さ_(WM)σ_(u)の代わりにHAZの引張強さ_(HAZ)σ_(u)を用い、破壊の角度βは開先角度αに一致することから、HAZで破壊することなく母材で破壊するためのHAZの必要な強度として、下式(7)が成立する。 【0054】 【数8】 ![]() 【0055】 この式(7)を満たすことにより、角部においてアンダーマッチング溶接でかつHAZが軟化していても、この関係を満たす限り母材破壊させることができる。すなわち、角部において例えアンダーマッチング溶接でかつHAZが軟化していても、母材に比較して靭性が低い溶接部に変形が集中するのを避けることで、粘り強い溶接継手を実現できる。 【0056】 ここで、より簡便に鋼管角部の引張強さ_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))、HAZの引張強さ_(HAZ)σ_(u)(N/mm^(2))を得る手段として、それぞれのビッカース硬さからの算出を挙げることができる。具体的には、外表面から2mm内面側の位置でJIS Z2244:2009に基づきビッカース硬さ試験を行い、その測定値の最小値から式(8)、式(9)を演算すればよい。 【0057】 【数9】 ![]() 【0058】 次に、式(1)乃至式(3)の根拠について説明する。すなわち、溶接金属で破壊することなく、母材である鋼管角部で破壊するための各部が備えるべき強度を極限解析により求めた。 【0059】 ここでは、以下の(i)乃至(iv)を前提とする。 (i)Von Misesの降伏条件における降伏応力σ_(y)を、単軸引張試験から得られる引張強さσ_(u)に置き換えた式(10)の破壊条件が成り立つ。 【0060】 【数10】 ![]() 【0061】 ここで、σ_(1)、σ_(2)、σ_(3)は3次元応力状態の主応力である。さらに、式(10)の破壊条件を任意の座標系に対する応力で記述するため、図9に示したn-t-w直交座標系を設定すると、各座標の6つの応力成分(σ_(n)、σ_(t)、σ_(w)、τ_(nt)、τ_(tw)、τ_(wn))を用いて式(11)で表わされる。 【0062】 【数11】 ![]() 【0063】 (ii)溶接長さはそのビード幅に比べて十分大きく、破壊面での溶接線方向の伸縮は生じないものとする。すなわち、溶接線方向の垂直ひずみは0とする。 (iii)継手には軸方向の引張力のみが作用しているものとする。 (iv)図10に示した溶接部のように溶接部はレ形開先、開先角度α(°)、ルートギャップg(mm)、ルートフェースは0(mm)、余盛り高さはe(mm)とする。 【0064】 次に、母材(鋼管角部)の破壊、及び溶接金属の破壊の2つについて、それぞれ破壊機構を仮定し、モデル化したうえで最大耐力を算出し、関係式を導く。以下にそれぞれについて説明する。 【0065】 <母材の破壊> 図11に母材の破壊に用いるモデルを示した。もととなる形状は図10の通りである。図11(a)は2次元の座標系、図11(b)はn-t-w直交座標系による表示である。 図11(a)に示したように、荷重作用方向の塑性変形増分をu_(1)とし、破壊機構が生ずる角度を板厚方向に対しθとする。さらに、図11(b)に示したように、破壊機構に対し、n軸は破壊機構の直交方向、t軸は破壊機構に沿う方向、w軸は溶接線と平行な方向となるように直交座標系n-t-wをとる。すると、破壊機構に沿う方向(t方向)およびこれに直交する方向(n方向)の塑性変形増分の成分はそれぞれ、u_(1)・sinθ、u_(1)・cosθとなる。t軸方向の垂直応力σ_(t)は0とみなされるから、上記式(11)にσ_(t)=0を代入して、破壊条件は式(12)で表わされる。 【0066】 【数12】 ![]() 【0067】 図11(a)に示す破壊機構は、w軸方向のひずみε_(w)は0、t-w平面内のせん断ひずみγ_(tw)は0、w-n平面内のせん断ひずみγ_(wn)は0なので、式(12)およびと塑性流れの法線則から、式(13)に示す関係がそれぞれ成立する。 【0068】 【数13】 ![]() 【0069】 式(13)を式(12)に代入すると、破壊条件式は式(14)のようになる。 【0070】 【数14】 ![]() 【0071】 ここで図11(b)に示した単位長さ(=1)あたりの図11(a)における応力仕事増分W_(i)は式(15)で表される。 【0072】 【数15】 ![]() 【0073】 ここで、応力σ_(n)、τ_(nt)は破壊条件である式(14)を満たす。塑性流れの法線則から、u_(1)・cosθ、及びu_(1)・sinθは式(16)のようになる。 【0074】 【数16】 ![]() 【0075】 式(16)からτ_(nt)はσ_(n)を用いて式(17)のように表される。 【0076】 【数17】 ![]() 【0077】 式(14)及び式(17)から式(18)のようにσ_(n)、τ_(nt)を求め、これを式(15)に代入することにより応力仕事増分は式(19)のようになる。 【0078】 【数18】 ![]() 【0079】 【数19】 ![]() 【0080】 一方、外力による仕事増分W_(ex)は、溶接線方向(w方向)を単位長さとした場合の母材の最大耐力をP_(a)とすると、式(20)により表される。 【0081】 【数20】 ![]() 【0082】 仮想仕事の原理より、式(19)と式(20)とが等しいので、P_(a)について解くと式(21)が得られる。 【0083】 【数21】 ![]() 【0084】 式(21)を最小とするθは0であるから、母材の引張強さを_(cBM)σ_(u)とすると、P_(a)は図11(a)に示した破壊機構図に関する最大耐力であり、これをP_(cBM)とすると式(22)で表される。 【0085】 【数22】 ![]() 【0086】 <溶接金属の破壊> 溶接金属の破壊に用いるモデルを図12に示した。もととなる形状は図10の通りである。図12(a)は2次元の座標系、図12(b)はn-t-w直交座標系による表示である。 荷重作用方向の塑性変形増分をu_(2)とし、破壊機構が裏当て金、溶接金属、母材の3つが接合する線と、余盛り側とを結ぶ面内の角度βの位置で生じたとする。さらに、図12(b)に示す通り破壊機構に対し、nは破壊機構の直交方向、tは破壊機構に沿う方向、wは溶接線と平行な方向となるように直交座標系n-t-wをとる。すると、破壊機構に沿う方向(t方向)およびこれに直交する方向(n方向)の塑性変形増分の成分はそれぞれ、u_(2)・sinβ、u_(2)・cosβとなる。 【0087】 母材の破壊において説明した破壊機構と同様、t軸方向の垂直応力σ_(t)は0、w方向のひずみε_(w)は0、t-w平面内のせん断ひずみγ_(tw)は0、w-n平面内のせん断ひずみγ_(wn)は0と仮定すると、破壊条件式は上記式(14)となる。 【0088】 ここで溶接線方向(w方向)の単位長さあたりの、図12(a)における応力仕事増分W_(i)は、式(23)で表わすことができる。 【0089】 【数23】 ![]() 【0090】 ここでl_(cr)は図12(a)に示したように破壊機構のt軸方向の長さである。また、上記式(16)乃至式(18)と同様の手順により、W_(i)について式(24)を得る。 【0091】 【数24】 ![]() 【0092】 ここで、l_(cr)(mm)は式(25)で表すことができる。 【0093】 【数25】 ![]() 【0094】 一方、外力による仕事増分W_(ex)は、溶接継手の溶接線方向(w方向)の単位長さあたりの耐力をP_(b)とすると式(26)となる。 【0095】 【数26】 ![]() 【0096】 仮想仕事の原理より、式(24)と式(26)とを等しいとし、溶接金属の引張強さを_(WM)σ_(u)とすると、P_(b)は図12(a)に示した破壊機構に関する溶接金属の最大耐力であり、これをP_(WM)と置くと角度βを用いて式(27)で表される。 【0097】 【数27】 ![]() 【0098】 ただし、βは溶接部の破壊線の角度であり、0≦β≦αの範囲で、P_(WM)を最小とするβのとき、P_(WM)は真の最大耐力となる。βは、式(27)のβに関する一階偏微分式を0と等しいと置いて求めた下式(3)を満たすβ’(β’≧0)と、αのいずれか小さい方の値をとる。 【0099】 【数28】 ![]() 【0100】 <溶接部及びHAZで破壊しないための規定> ここまでで導出した式を用いて、溶接部に先行して母材が破壊するための規定をする。具体的には式(22)、式(27)から、P_(cBM)≦P_(WM)とすることにより、式(1)を得る。 【0101】 【数29】 ![]() 【0102】 ただし、βは溶接部の破壊線の角度であり、0≦β≦αであるから、βは上記式(3)を満たすβ’(β’≧0)と、αのいずれか小さい方の値をとる。 【0103】 次に、以上に示した式(1)、式(2)に基づいて得られる効果について、図13乃至図15を参照しつつ説明する。 【0104】 図13は母材(鋼管角部)の板厚tを32mm、余盛り高さeを1/4t=8mm、ルートギャップgを7mmとしたときにおける開先角度α(°)と、マッチング度合(=_(WM)σ_(u)/_(cBM)σ_(u))との関係を示した。 図13に示した一点鎖線による線30は式(2)の右辺と左辺とが等しいときの線であり、イーブンマッチングを表す線である。従って、この線より上はオーバーマッチングの組み合わせなので、従来から行われていた溶接の範囲であり、ここでは母材破壊が先行する。一方、この線30より下はアンダーマッチングの組み合わせなので、従来の溶接では避けられていた範囲である。 図13に示した実線による線31は式(1)の右辺と左辺とが等しいときの線である。 そして本発明は、鋼管角部において図13にハッチングして示した範囲による溶接であり、この範囲で溶接を行えば、アンダーマッチングであっても溶接部に先んじて母材(鋼管角部)の破壊が生じる。すなわち、従来に比べて許容される範囲が拡張され、その分、溶接の条件、管理、及び信頼性を向上させることができることがわかる。 【0105】 図14は母材の板厚tを32mm、開先角度αを35°、ルートギャップgを7mmとしたときにおける、余盛り高さe/板厚tと、マッチング度合(=_(WM)σ_(u)/_(cBM)σ_(u))との関係を示した。 図14に示した一点鎖線による線40は式(2)の右辺と左辺とが等しいときの線であり、イーブンマッチングを表す線である。従って、この線より上はオーバーマッチングの組み合わせなので、従来から行われていた溶接の範囲である。ここでは母材(鋼管角部)の破壊が先行する。一方、この線40より下はアンダーマッチングの組み合わせなので、従来の溶接では避けられていた範囲である。 また、図14に示した実線による線41は式(1)の右辺と左辺とが等しいときの線である。 そして本発明は図14にハッチングして示した範囲による溶接であり、この範囲で溶接を行えば、アンダーマッチングであっても溶接部に先んじて母材(鋼管角部)の破壊が生じる。すなわち、従来に比べて許容される範囲が拡張され、その分、溶接の条件、管理、及び信頼性を向上させることができることがわかる。 【0106】 初めに溶接金属破断に関連して、実際に溶接継手を作製してこれを破壊し、破壊した位置を調べた。開先角度αは35°で一定とし、他の要件は表1に示した。破壊は溶接継手引張試験によりおこない、JIS Z3131:1976に準拠し、同規格に示す4号試験片の溶接部をレ形開先完全溶け込みに変更して実施した。 条件は表2に示した通りであるが、母材(鋼管角部)については、その材質、化学成分(Fe以外)、板厚、及び引張強さ_(cBM)σ_(u)を表し、溶接金属については、その規格、及び引張強さ_(WM)σ_(u)を表した。また、表2には母材の引張強さ(_(cBM)σ_(u))に対する溶接金属の引張強さ(_(WM)σ_(u))の割合を百分率で示した。 ここで母材(鋼管角部)の引張強さ_(cBM)σ_(u)はJIS Z2241:2011に従い、全厚または板厚の1/4を中心として採取した丸棒引張試験により求めた。一方、溶接金属引張強さ_(WM)σ_(u)はJIS Z3111:2005に従い、板厚の1/4または1/2を中心として採取した丸棒引張試験により求めた。 そして実際に破断した位置(破断位置)、及び、溶接金属マッチングによる破断位置の予測位置(破断位置予測)を表2に表した。 【0107】 【表2】 ![]() 【0108】 一方、図15には結果をグラフで表した。図15のグラフでは、横軸に母材引張強さ_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))、縦軸に溶接金属引張強さ_(WM)σ_(u)(N/mm^(2))を取っている。図15に示した実線による線50は、_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))=_(WM)σ_(u)(N/mm^(2))である。従って、線50の左上はオーバーマッチング領域である。一方、破線51と線50との間の領域は式(1)及び式(2)を満たす領域である。 以上からわかるように、鋼管角部においてオーバーマッチングの領域のみでなく、アンダーマッチングであっても本発明で規定した範囲であれば溶接金属に先んじて母材で破壊させることができる。鋼管角部は破壊の起点になることが多い部位であることから、ここで母材から破壊させることができように構成しておくことにより通しダイヤフラム溶接構造体10全体としても同様に作用する。 【0109】 次にHAZに関連して、実際に溶接継手を作製してこれを破壊し、破壊した位置を調べた。開先角度αは35°で一定とし、他の要件は表3に示した。破壊は溶接継手引張試験によりおこない、JIS Z3131:1976に準拠し、同規格に示す4号試験片の溶接部をレ形開先完全溶け込みに変更して実施した。 条件は表3に示した通りであるが、母材(鋼管角部)については、その材質、化学成分(Fe以外)、板厚、及び母材引張強さ_(cBM)σ_(u)を表し、HAZについてはHAZ引張強さ_(HAZ)σ_(u)を表した。_(cBM)σ_(u)はJIS Z2241:2011に従い、全厚または板厚の1/4を中心として採取した丸棒引張試験により求めた。_(HAZ)σ_(u)は、外表面から2mm内面側の位置を通るライン上のHAZ内で、0.5mm間隔でJIS Z2244:2009に基づきビッカース硬さ試験を行い、HAZの硬さ最小値を用いて式(8)から換算して求めた。 また、表3には母材の引張強さ(_(cBM)σ_(u))に対するHAZの引張強さ(_(HAZ)σ_(u))の割合を百分率で示した。 そして実際に破断した位置(破断位置)、及び、HAZ強度マッチングによる破断位置の予測位置(破断位置予測)を表3に表した。 【0110】 【表3】 ![]() 【0111】 一方、図16には結果をグラフで表した。図16のグラフでは、横軸には_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))、縦軸に_(HAZ)σ_(u)(N/mm^(2))を取っている。図16に示した実線による線52は、_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))=_(HAZ)σ_(u)(N/mm^(2))である。従って、線52の左上はHAZの引張強さが母材(鋼管角部)の引張強さを上回る領域である。一方、線52と破線53との間の領域は式(7)を満たす領域である。 以上からわかるように、HAZの引張強さが母材の引張強さを上回る領域のみでなく、HAZの引張強さが母材の引張強さを下回る場合であっても、上記規定した範囲であればHAZに先んじて母材で破壊させることができる。 【0112】 図1?図3に戻って通しダイヤフラム溶接継手構造体10についてさらに説明を続ける。 通しダイヤフラム溶接継手構造体10では、角形鋼管11の長手方向に対して直交する方向から梁13の端面をダイヤフラム14の端面に突き当てて溶接されており、これにより溶接部25が形成されている。 本形態で梁13はH形鋼であり、平行に設けられて溶接される2つの溶接片13aと、これを連結する連結片13bとを有している。そして梁13のうち溶接する側の端部において、連結片13bは溶接片13aとの接続部分が切りかかれてスカラップ13cが形成されている。 【0113】 梁13のうち、連結片13bの端面がサイコロ12の端面に突き当てられ、ダイヤフラム14の外周端面に溶接片13aの端面が突き当てられて溶接され溶接部25を形成している。溶接部25が形成される反対側の溶接片13aの面には裏当て金26が配置されている。 【符号の説明】 【0114】 10 通しダイヤフラム溶接継手構造体 11 角形鋼管 11a 鋼管角部(母材) 12 サイコロ 13 梁 14 ダイヤフラム 15 裏当て金 20 溶接部 21 溶接金属 (57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 通しダイヤフラムに角形鋼管を溶接してなる通しダイヤフラム溶接継手構造体であって、 溶接部のレ形開先の開先角度をα(°)、ルートギャップをg(mm)、余盛り高さをe(mm)、前記溶接部の溶接後の溶接金属の引張強さを_(WM)σ_(u)(N/mm^(2))、前記角形鋼管の角部の引張強さを_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))、及び前記角形鋼管の角部の厚さをt(mm)としたとき、下記式(1)及び式(2)を満たす通しダイヤフラム溶接継手構造体。 ![]() ただし、_(cBM)σ_(u)=_(WM)σ_(u)は除くとともに、βは0以上であって、下記式(3)を満たすβ’及びαの値のうち小さい方の値をとる。 ![]() 【請求項2】 前記溶接金属のビッカース硬さを_(WM)Hv、前記角形鋼管の角部のビッカース硬さを_(cBM)Hvとしたとき、さらに下記式(4)、式(5)が成り立つ請求項1に記載の通しダイヤフラム溶接継手構造体。 ![]() 【請求項3】 前記角形鋼管を構成する材料の、前記角形鋼管とする前における引張強さを_(fBM)σ_(u)(N/mm^(2))としたとき、さらに下記式(6)が成り立つ請求項1又は2に記載の通しダイヤフラム溶接継手構造体。 ![]() 【請求項4】 (削除) 【請求項5】 (削除) 【請求項6】 通しダイヤフラムに角形鋼管を溶接してなる通しダイヤフラム溶接継手構造体を製造する方法であって、 溶接部のレ形開先の開先角度をα(°)、ルートギャップをg(mm)、余盛り高さをe(mm)、前記溶接部の溶接後の溶接金属の引張強さを_(WM)σ_(u)(N/mm^(2))、前記角形鋼管の角部の引張強さを_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))、及び前記角形鋼管の角部の厚さをt(mm)として下記式(1)及び式(2)を満たすように設計し、これにより溶接をおこなう通しダイヤフラム溶接継手構造体の製造方法。 ![]() ただし、_(cBM)σ_(u)=_(WM)σ_(u)は除くとともに、βは0以上であって、下記式(3)を満たすβ’及びαの値のうち小さい方の値をとる。 ![]() 【請求項7】 前記溶接金属のビッカース硬さを_(WM)Hv、前記角形鋼管の角部のビッカース硬さを_(cBM)Hvとしたとき、前記_(WM)σ_(u)(N/mm^(2))、前記_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))を下記式(4)、式(5)により求める請求項6に記載の通しダイヤフラム溶接継手構造体の製造方法。 ![]() 【請求項8】 前記角形鋼管を構成する材料の、前記角形鋼管とする前における引張強さを_(fBM)σ_(u)(N/mm^(2))としたとき、さらに下記式(6)により前記_(cBM)σ_(u)(N/mm^(2))を求める請求項6に記載の通しダイヤフラム溶接継手構造体の製造方法。 ![]() 【請求項9】 (削除) 【請求項10】 (削除) |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2020-06-25 |
出願番号 | 特願2015-36844(P2015-36844) |
審決分類 |
P
1
651・
113-
YAA
(B23K)
P 1 651・ 537- YAA (B23K) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 竹下 和志 |
特許庁審判長 |
刈間 宏信 |
特許庁審判官 |
栗田 雅弘 青木 良憲 |
登録日 | 2018-12-21 |
登録番号 | 特許第6453109号(P6453109) |
権利者 | 日鉄建材株式会社 日本製鉄株式会社 |
発明の名称 | 通しダイヤフラム溶接継手構造体、通しダイヤフラム溶接継手構造体の製造方法 |
代理人 | 岸本 達人 |
代理人 | 山下 昭彦 |
代理人 | 山本 典輝 |
代理人 | 岸本 達人 |
代理人 | 岸本 達人 |
代理人 | 山本 典輝 |
代理人 | 山本 典輝 |
代理人 | 山下 昭彦 |
代理人 | 山下 昭彦 |