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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 C07C 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C07C |
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管理番号 | 1364936 |
異議申立番号 | 異議2020-700056 |
総通号数 | 249 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2020-09-25 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2020-01-30 |
確定日 | 2020-07-30 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6554245号発明「2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6554245号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 |
理由 |
1 手続の経緯 特許第6554245号の請求項1?3に係る特許についての出願は、平成31年1月31日に出願され、令和1年7月12日にその特許権についての設定登録がされ、令和1年7月31日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、令和2年1月30日に特許異議申立人小林瞳により特許異議の申立てがされ、当審は令和2年4月6日付けで取消理由を通知し、それに対し、特許権者は令和2年6月3日に意見書を提出した。その後、異議申立人は、令和2年6月25日に上申書を提出した。 2 本件特許発明 特許第6554245号の請求項1?3に係る特許に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される次のとおりのものである。 「【請求項1】 体積基準の乾式粒度分布測定により得られる頻度分布が、粒子径10?100μmの範囲にピークを持つ第一山と、粒子径150?500μmの範囲にピークを持つ第二山とを有する、2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体。 【請求項2】 前記頻度分布は、粒子径50?200μmの範囲に前記第一山と前記第二山との間のボトムを有する、請求項1に記載の2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体。 【請求項3】 前記第一山と前記第二山との間のボトムよりも粒子径の小さい粒子の体積割合が50?70%である、請求項1又は2に記載の2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体。」 (以下、請求項1?3に係る発明を、請求項順にそれぞれ、「本件特許発明1」、「本件特許発明2」、「本件特許発明3」ともいう。) 3 取消理由の概要 当審において、本件特許発明1?3に係る特許に対して通知した取消理由の概要は、次の通りである。 (1)この特許は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、取り消されるべきものである。 (2)この特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、取り消されるべきものである。 4 発明の詳細な説明及び図面の記載 (1)発明の詳細な説明の記載 発明の詳細な説明には、以下の記載がある。 (記載事項ア) 「【発明が解決しようとする課題】 【0004】 しかしながら、一般に、2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体は、その保管時に粒子同士がくっつくことで大きな塊状になること、即ちブロッキングが生じやすく、例えば原料として使用するときにストレーナーに目詰まりが生じることがある。 【0005】 本発明の実施形態は、保管時におけるブロッキングを抑制することができる2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体を提供することを目的とする。 【課題を解決するための手段】 【0006】 本発明の実施形態に係る2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体は、体積基準の乾式粒度分布測定により得られる頻度分布が、粒子径10?100μmの範囲にピークを持つ第一山と、粒子径150?500μmの範囲にピークを持つ第二山とを有するものである。 【発明の効果】 【0007】 本発明の実施形態であると、保管時におけるブロッキングを抑制することができる。 …… 【0010】 詳細には、本実施形態に係る2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体は、……、体積基準の乾式粒度分布測定により得られる頻度分布が、粒子径10?100μmの範囲にピーク(即ち、頂点)を持つ第一山と、粒子径150?500μmの範囲にピーク(即ち、頂点)を持つ第二山とを有する粉体である。かかる多峰性の粒度分布を持つことにより、保管時のブロッキングを抑制することができ、例えば、当該粉体を光学材料の原料として使用するときにストレーナーの目詰まりが生じにくく、光学材料の製造作業性を向上することができる。」(段落0003?段落0010) (記載事項イ) 「【0039】 [ブロッキング試験] 500gのサンプルを40℃で1週間、1ヵ月、3ヵ月保管した後、目開き850μmのふるいを用いてサンプルのふるい掛けを行い、ふるい上に残ったブロッキング物の質量を測定し、全サンプル質量に対するブロッキング物の質量の割合(質量%)を算出した。」(段落0039) (記載事項ウ) 「【0040】 [実施例1] 攪拌器(スリーワンモーターBLW-1200、新東科学社製、撹拌羽:アンカー型撹拌棒)、冷却器、および温度計を備えたガラス製反応器(径8cm、高さ14cm、容量500mL)に、(RS)-1,1’-ビ-2-ナフトール286g(1モル)、エチレンカーボネート194g(2.2モル)、炭酸カリウム15gおよびトルエン450gを仕込み、110℃で10時間反応した。得られた反応溶液を、撹拌機(スリーワンモーターBLW-1200、新東科学社製、撹拌羽:アンカー型撹拌棒)を備えた反応器(径12cm、高さ14.5cm、容量1000mL)に移し、トルエン540gを加えて希釈して80℃に調温した後、80℃を維持したまま、10質量%水酸化ナトリウム水溶液290gを加えて有機溶媒層を洗浄し、続いて、水500gを用いて洗浄後の水が中性になるまで水洗を繰り返した。水洗後、有機溶媒層を300rpmの速度で攪拌を行いながら80℃から30℃まで0.5℃/分の速度で冷却し、減圧ろ過(50kPa)および乾燥することにより、(RS)-2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン化合物の白色結晶311g(収率:82.9質量%、純度:99.6%)を得た。 【0041】 [実施例2] 水洗後の有機溶媒層に対する冷却時の攪拌速度を100rpmとした以外は実施例1と同様の操作を行い、(RS)-2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン化合物の白色結晶313g(収率:83.5質量%、純度:99.6%)を得た。 【0042】 [実施例3] 希釈のために反応溶液に加えるトルエンの量を1000gとした以外は実施例1と同様の操作を行い、(RS)-2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン化合物の白色結晶292g(収率:77.9質量%、純度:99.4%)を得た。 【0043】 [実施例4] 水洗後の有機溶媒層に対する冷却時の攪拌速度を75rpmとした以外は実施例1と同様の操作を行い、(RS)-2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン化合物の白色結晶313g(収率:82.7質量%、純度:99.4%)を得た。」(段落0040?段落0043) (記載事項エ) 「【0046】 得られた(RS)-2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン化合物の結晶を用いて、粒度分布測定及びブロッキング試験を行った。結果を図1?5及び下記表1に示す。 【0047】 【表1】 【0048】 実施例1?4で得られた結晶の粒度分布は、粒子径10?100μmに第一ピーク、粒子径150?500μmに第二ピークを持つ双峰性の分布を有していた(図1?3参照)。一方、比較例1で得られた結晶の粒度分布は、図4に示すように大きな粒子径をピークとする単峰性の分布を有していた。また、比較例2で得られた結晶の粒度分布は、図5に示すように小さな粒子径をピークとする単峰性の分布を有していた。 【0049】 表1に示すように、大粒径の粒子からなる単峰性の粒度分布を持つ比較例1の結晶では、保管時におけるブロッキングを抑制することができず、長期間保管後に多くのブロッキング物が生じた。小粒径の粒子からなる単峰性の粒度分布を持つ比較例2の結晶でも、保管時におけるブロッキングを抑制することができず、比較例1よりも更にブロッキングしやすいものであった。 【0050】 これに対し、上記第一ピーク及び第二ピークを有する双峰性の粒度分布を持つ実施例1?4の結晶では、保管時におけるブロッキングが明らかに抑制されていた。そのため、例えば、光学材料の原料として使用するときにおけるストレーナーの目詰まりを生じにくくすることができ、光学材料の製造作業性を向上できることがわかる。」(段落0046?段落0050) (2)図面の記載 図面として、以下の図1?図5が記載されている。 「【図1】 」 「【図2】 」 「【図3】 」 「【図4】 」 「【図5】 」が記載されている。 5 当審の判断 (1)取消理由通知に記載した取消理由について ア 特許法第36条第4項第1号に規定する要件違反(実施可能要件違反)について 発明の詳細な説明の記載事項ウには、実施例1について、「……ガラス製反応器(径8cm、高さ14cm、容量500mL)に、(RS)-1,1’-ビ-2-ナフトール286g(1モル)、エチレンカーボネート194g(2.2モル)、炭酸カリウム15gおよびトルエン450gを仕込み、……。」と記載されていることから、仕込み時の全原料の総体積を算出すると、 (RS)-1,1’-ビ-2-ナフトールの比重は1.301g/mL、 エチレンカーボネートの比重は1.321g/mL、トルエンの密度は0.867g/mL であるから、 仕込み時の全原料の総体積は、286g÷1.301g/mL+194g÷1.321g/mL+450g÷0.867g/mL=886mL となり、ガラス製反応器の容量500mLを超える。 ここで、ガラス製反応器が円筒形であると仮定して、その径及び高さから容積を算出すると、 3.14×4cm×4cm×14cm=703mL となり、仕込み時の全原料の総体積がガラス製反応器の容積500mLを超えることに変わりはない。 仮に、(RS)-1,1’-ビ-2-ナフトール、エチレンカーボネート、及び炭酸カリウムが、仕込み時にはすべてトルエンに溶解していたとしても、トルエンの体積だけで、 450g÷0.867g/mL=519mL と算出され、やはりガラス製反応器の容量500mLを超える。 したがって、この点で、実施例1を記載どおりに実施することは物理的に不可能であるから、実施例1の原料量またはガラス製反応器の容積についての記載に誤記があることを当業者は理解する。 また、実施例1については、さらに「……、110℃で10時間反応した。得られた反応溶液を、撹拌機(スリーワンモーターBLW-1200、新東科学社製、撹拌羽:アンカー型撹拌棒)を備えた反応器(径12cm、高さ14.5cm、容量1000mL)に移し、トルエン540gを加えて希釈して80℃に調温した後、80℃を維持したまま、10質量%水酸化ナトリウム水溶液290gを加えて有機溶媒層を洗浄し、続いて、水500gを用いて洗浄後の水が中性になるまで水洗を繰り返した。……。」と記載されており、 反応溶液にさらに加えられたトルエン540g、10質量%水酸化ナトリウム水溶液290g及び水500gの総体積は、 540g÷0.867g/mL+290g÷1.10g/mL+500g÷1g/mL=1386.47mL と算出され、反応溶液にさらに加えられたものだけで、反応器の容量1000mLを超える。 したがって、この点でも、実施例1を記載どおりに実施することは物理的に不可能であるから、実施例1の原料量またはガラス製反応器の容積についての記載に誤記があることを当業者は理解する。 また、発明の詳細な説明の記載事項ウには、実施例2及び実施例4については、「水洗後の有機溶媒層に対する冷却時の撹拌速度を……とした以外は実施例1と同様の操作を行い、……。」と記載され、実施例3については「希釈のために反応溶液に加えるトルエンの量を1000gとした以外は実施例1と同様の操作を行い、……。」と記載されていることから、実施例2?実施例4を記載どおりに実施することは実施例1と同様に物理的に不可能であるから、実施例2?実施例4の記載に、実施例1と同様の誤記があることを当業者は理解する。 そして、実施例1?4では、その原料量またはガラス製反応器の容積についての記載に誤記があるとはいえ、本件特許発明1?3に該当する「2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体」を得たことが記載されているのであるから、実施例1?4の原料量またはガラス製反応器の容積についての記載に誤記があることを理解した当業者であれば、技術常識を参酌して、実施可能な原料量またはガラス製反応器の容積の値を選択し、得られる「2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体」について体積基準の乾式粒度分布測定により得られる頻度分布を確認することにより、本件特許発明1?3の「2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体」を得る方法を見出すことができると認められる。 特許異議申立人は、令和2年6月25日に上申書を提出し、発明の詳細な説明の段落0040の実施例1についての記載は、反応容器や精製容器の記載が正しく、各原料や溶媒の仕込み量、反応後の溶媒等の添加量に誤りがあると理解することもでき、何が誤りであるか全く不明であるため、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を強いることは明白であり、意見書において単に誤記である旨を述べても明細書の瑕疵が是正されるわけではなく、瑕疵の治療を目的として事後的に実験例を提出しても実施可能要件違反は解消しない、などと主張している。しかし、特許異議申立人の主張は、可能性としての選択肢を挙げているに過ぎず、上記のとおり、実施例1?4の原料量またはガラス製反応器の容積についての記載に誤記があることを理解した当業者であれば、技術常識を参酌して、実施可能な原料量またはガラス製反応器の容積の値を選択し、得られる「2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体」について体積基準の乾式粒度分布測定により得られる頻度分布を確認することにより、本件特許発明1?3の「2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体」を得る方法を見出すことができ、本件特許発明1?3を実施できると認められる。(なお、特許権者が令和2年6月3日に提出した意見書に示された、実施例1とはガラス製反応器の形状・容積の異なる実験例において、実施例1と同様の結果が得られていることは、当該技術常識に反するものではない。)したがって、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を強いることが明白であるとする直接の理由について述べていない特許異議申立人の上記主張は採用できない。 したがって、発明の詳細な説明は、本件出願時の技術常識を参酌して、当業者が本件特許発明1?3を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえる。 イ 特許法第36条第6項第1号に規定する要件違反(サポート要件違反)について 特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであるとされる。 本件特許発明1?3の課題は、発明の詳細な説明(特に、記載事項ア)の記載及び特許請求の範囲の記載から、保管時のブロッキング(粒子同士がくっつくことで大きな塊状になること)を抑制することができる2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体を提供することであると認められる。 発明の詳細な説明の記載事項イ?記載事項エ及び図面の記載から、当業者は、500gのサンプルを用いたブロッキング試験の結果、粒子径10?100μmに第一ピーク、粒子径150?500μmに第二ピークを持つ双峰性の粒度分布を有する実施例1?実施例4で得られた結晶では、保管時におけるブロッキングが抑制された一方、単峰性の粒度分布を有する比較例1?2で得られた結晶では保管時におけるブロッキングが抑制されなかったことを認識する。 そして、前記アで示したとおり、実施例1?4では、その原料量またはガラス製反応器の容積についての記載に誤記があるとはいえ、本件特許発明1?3に該当する「2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体」を得たことが記載されているのであるから、実施例1?4の原料量またはガラス製反応器の容積についての記載に誤記があることを理解した当業者は、技術常識を参酌して、実施可能な原料量またはガラス製反応器の容積の値を選択し、得られる「2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体」について体積基準の乾式粒度分布測定により得られる頻度分布を確認することにより、本件特許発明1?3の「2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体」を得る方法を見出すことができるし、各実施例に対応する粉体製造を複数回おこなえばブロッキング試験のための500gのサンプルを得られることが明らかである。したがって、発明の詳細な説明の記載(特に、記載事項イ?記載事項エ及び図面の記載)に接した当業者は、出願時の技術常識に照らして、実施例1?4の原料量またはガラス製反応器の容積についての記載に誤記があることを理解するとともに、実施例1?4で得られた結晶と比較例1?2で得られた結晶との比較によって、体積基準の乾式粒度分布測定により得られる頻度分布を発明特定事項とする本件特許発明1?3がその課題を解決できるものであると認識する。 特許異議申立人は、令和2年6月25日に上申書を提出し、発明の詳細な説明の段落0040の実施例1についての記載は、反応容器や精製容器の記載が正しく、各原料や溶媒の仕込み量、反応後の溶媒等の添加量に誤りがあると理解することもでき、何が誤りであるか全く不明であるため、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を強いることは明白であり、意見書において単に誤記である旨を述べても明細書の瑕疵が是正されるわけではなく、瑕疵の治療を目的として事後的に実験例を提出してもサポート要件違反は解消しない、などと主張している。しかし、特許異議申立人の主張は、可能性としての選択肢を挙げているに過ぎず、上記のとおり、実施例1?4の原料量またはガラス製反応器の容積についての記載に誤記があることを理解した当業者であれば、技術常識を参酌して、実施可能な原料量またはガラス製反応器の容積の値を選択し、得られる「2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体」について体積基準の乾式粒度分布測定により得られる頻度分布を確認することにより、本件特許発明1?3の「2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体」を得る方法を見出すことができるし、各実施例に対応する粉体製造を複数回おこなえばブロッキング試験のための500gのサンプルを得られることが明らかである。(なお、特許権者が令和2年6月3日に提出した意見書に示された、実施例1とはガラス製反応器の形状・容積の異なる実験例において、実施例1と同様の結果が得られていることは、当該技術常識に反するものではない。)したがって、本件特許発明1?3がその課題を解決できないとする直接の理由について述べていない特許異議申立人の上記主張は採用できない。 したがって、本件特許発明1?3は、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に照らして、当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。 (2)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について ア 特許異議申立人は、以下の甲第1号証?甲第6号証を提出して、以下の(ア)?(ウ)のように主張する。 甲第1号証:特開2015-187098号公報 甲第2号証:特開2016-204293号公報 甲第3号証:金澤孝文 監修「粉粒体の固結現象と防結対策」初版第1刷,1996年2月18日,株式会社テクノシステム,p.8?9 甲第4号証:特開平7-316087号公報 甲第5号証:特開平5-70416号公報 甲第6号証:再公表特許WO00/66540号公報 (以下、甲第1号証、……、甲第6号証をそれぞれ、「甲1」、……、「甲6」という。) 主張(ア) 本件特許明細書の段落0031及び0032には,粒体の粒度分布に第一山と第二山を持たせるための方法として、冷却による結晶化方法において、特定の冷却速度を採用すること、冷却速度は特に限定されず、例えば0.2?0.8℃/分とすることが記載されている。この冷却速度は甲1に具体例として挙げられている比較例4における晶析時の冷却速度と一致している。本件特許発明1?3は新規なものであると判断されたと考えられるから、甲1の比較例4によって得られた2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレンの結晶は、本件特許発明1?3に係る「体積基準の乾式粒度分布測定による頻度分布が、粒子径10?100μmの範囲にピークを持つ第一山と、粒子径150?500μmの範囲にピークを持つ第二山とを有する」との特徴を有していないものと解される。 そうすると、甲1の比較例4では、本件特許明細書の段落0032に、2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体の粒度分布に第一山と第二山を持たせる方法としてあげられている晶析時の冷却速度と同じ冷却速度で晶析を行っているにもかかわらず、得られる2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレンの結晶は、本件特許発明1?3に係る「体積基準の乾式粒度分布測定による頻度分布が、粒子径10?100μmの範囲にピークを持つ第一山と、粒子径150?500μmの範囲にピークを持つ第二山とを有する」との特徴を有していないことになり、当業者は、本件特許明細書の実施例以外の記載と出願時の技術常識に基づいて、本件特許発明1?3に係る「体積基準の乾式粒度分布測定による頻度分布が、粒子径10?100μmの範囲にピークを持つ第一山と、粒子径150?500μmの範囲にピークを持つ第二山とを有する」との特徴を有する2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体をどのようにすれば製造することができるのか理解することができず、本件特許明細書は、当業者が実施できる程度に発明の詳細な説明が記載されているとはいえない。 (特許異議申立書「B-2)本件特許明細書の実施例外の記載について」の項(8頁20行?15頁23行)) 主張(イ) 甲1には、2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン結晶には、板状結晶、塊状結晶、及び針状結晶の3つの結晶形状があり、晶析条件によって得られる結晶の形状が変わることが記載されている。甲2には、2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレンには、非晶質体が存在し、当該非晶質体は2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレンの溶融液を冷却固化することによって得られることが記載されている。一方、本件特許発明1?3においては、2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体における2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレンの形状、つまり結晶体であるのか非晶質体であるのか、結晶体である場合には板状結晶、塊状結晶、又は針状結晶であるのか、については特定されておらず、これらの形状をすべて含む上位概念として記載されている。 しかし、発明の詳細な説明には、本件特許発明1?3に記載された2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体に含まれる一部の下位概念である2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレンの結晶体についての実施形態のみが記載されており、2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレンの非晶質体についての実施形態は一切記載されておらず、2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレンの非晶質体は、甲2に記載されているように、2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレンの溶融液を冷却固化することによって得られるものであり、発明の詳細な説明に記載されている晶析方法では製造することはできない。また、発明の詳細な説明には、異なる結晶形状を有する結晶体を得るための特別な操作や製造条件は一切記載されていないため、得られる結晶体はある1つの結晶形状(例えば、板状結晶、塊状結晶、又は針状結晶のいずれか)を有するもののみであると解される。 したがって、発明の詳細な説明は、2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレンが非晶質体である場合、あるいは発明の詳細な説明に記載されている製造方法で得られる結晶体とは異なる結晶形状を有する結晶体である場合に、どのようにして本件特許発明1?3に係る「粒子径10?100μmの範囲にピークを持つ第一山と、粒子径150?500μmの範囲にピークを持つ第二山を有する」との特徴を有する2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体を製造するのか理解できないため、当業者が出願時の技術常識を考慮しても実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。 (特許異議申立書「C)本件特許発明1?3に含まれる実施の形状以外の部分が実施可能でないことに起因する実施可能要件違反」の項(特許異議申立書15頁24行?18頁15行)) 主張(ウ) 本件特許発明1?3に係る2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体には、非晶質体や、板状結晶、塊状結晶、及び針状結晶の3つの結晶形状が存在するため、本件特許発明1?3に係る2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体における「ブロッキング」は、甲3に記載されている主要因子である「粒径」の違いだけでなく、甲4?甲6から導かれる本願出願時の技術常識からも明らかなように、甲3に記載されている他の主要因子である「粒形状」の違いによっても生じると考えられる。 しかし、発明の詳細な説明には、具体例として、特定の製造方法により得られる2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレンの結晶体について記載されているのみであり、「粒形状」が異なる2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体についても本件特許発明1?3に係る「体積基準の乾式粒度分布測定により得られる頻度分布が、粒子径10?100μmの範囲にピークを持つ第一山と、粒子径150?500μmの範囲にピークを持つ第二山とを有する」との構成のみによって発明の課題を解決できることは何ら示されていない。 そうすると、本件特許発明1?3に包含されるすべての2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体について発明の課題を解決できることを当業者は認識することができないため、出願時の技術常識に照らしても、本件特許発明1?3の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。 (特許異議申立書「A)出願時の技術常識に照らしても、本件特許発明1?3の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないことに起因するサポート要件違反」の項(特許異議申立書18頁21行?28頁23行)) イ 各主張についての判断 主張(ア)について 発明の詳細な説明の段落0031には、2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体の粒度分布に所定の第一山と第二山を持たせる方法の例として、結晶化させる際の条件を調整する方法が挙げられ、同段落0032?0033には、冷却による結晶化方法における冷却速度が小さすぎても大きすぎても単峰性の粒度分布となりやすいので中間の冷却速度を採用することの他に、析出させる際の2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン溶液の濃度や、冷却時における溶液の攪拌速度などにより調整することもできることが記載されている。 甲1の比較例4において2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレンを析出させる際の溶液濃度は、発明の詳細な説明に記載される実施例1?4におけるものとは大きく異なっていることが明らかであり、しかも冷却時における溶液の攪拌の具体的な速度も示されていないことから、たとえ甲1の比較例4において得られる2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体がその粒度分布に所定の第一山と第二山を有しないものであったとしても、当業者は、実施例1?4についての記載を含めた本件特許明細書の記載及び本件出願時の技術常識を参酌すれば、本件特許発明1?3に係る「体積基準の乾式粒度分布測定による頻度分布が、粒子径10?100μmの範囲にピークを持つ第一山と、粒子径150?500μmの範囲にピークを持つ第二山とを有する」との特徴を有する2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体をどのようにすれば製造することができるのか理解することができる。 したがって、特許異議申立人の主張(ア)は採用できない。 主張(イ)について 主張(ア)について検討したとおり、発明の詳細な説明の段落0031には、2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体の粒度分布に所定の第一山と第二山を持たせる方法の例として、結晶化させる際の条件を調整する方法が挙げられ、同段落0032?0033には、冷却による結晶化方法における冷却速度が小さすぎても大きすぎても単峰性の粒度分布となりやすいので中間の冷却速度を採用することの他に、析出させる際の2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン溶液の濃度や、冷却時における溶液の攪拌速度などにより調整することもできることが記載されている。 そして、前記(1)アに示したとおり、実施例1?4の原料量またはガラス製反応器の容積についての記載に誤記があることを理解した当業者であれば、技術常識を参酌して、実施可能な原料量またはガラス製反応器の容積の値を選択し、得られる「2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体」について体積基準の乾式粒度分布測定により得られる頻度分布を確認することにより、本件特許発明1?3の「2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体」を得るための方法を見出すことができると認められるから、たとえ2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレンに、非晶質体と結晶体があり、結晶体には板状結晶、塊状結晶、針状結晶があることが知られているからといって、体積基準の乾式粒度分布測定により得られる頻度分布を発明特定事項とする本件特許発明1?3を当業者が実施することができない根拠とはならない。 したがって、特許異議申立人の主張(イ)は採用できない。 主張(ウ)について 前記(1)イに示したとおり、発明の詳細な説明の記載事項イ?記載事項エ及び図面の記載から、当業者は、500gのサンプルを用いたブロッキング試験の結果、粒子径10?100μmに第一ピーク、粒子径150?500μmに第二ピークを持つ双峰性の粒度分布を有する実施例1?実施例4で得られた結晶では、保管時におけるブロッキングが抑制された一方、単峰性の粒度分布を有する比較例1?2で得られた結晶では保管時におけるブロッキングが抑制されなかったことを認識する。 たとえ2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレンに、非晶質体と結晶体があり、結晶体には板状結晶、塊状結晶、針状結晶があることが知られており、また、粉体の「ブロッキング」には「粒径」の他に「粒形状」が影響することも知られているからといって、発明の詳細な説明の記載(特に、記載事項イ?記載事項エ及び図面の記載)に接した当業者は、実施例1?4で得られた結晶と比較例1?2で得られた結晶との比較によって、本件特許発明1?3に係る体積基準の乾式粒度分布測定により得られる頻度分布の技術的意義を認識し、体積基準の乾式粒度分布測定により得られる頻度分布を発明特定事項とする本件特許発明1?3が、保管時のブロッキングを抑制してその課題を解決できるものであると認識するといえる。 したがって、特許異議申立人の主張(ウ)は採用できない。 6 むすび 以上のとおり、本件特許発明1?3に係る特許は、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された申立の理由によっては、取消すことができない。 また、他に本件特許発明1?3に係る特許を取消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2020-07-17 |
出願番号 | 特願2019-16517(P2019-16517) |
審決分類 |
P
1
651・
536-
Y
(C07C)
P 1 651・ 537- Y (C07C) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 高橋 直子 |
特許庁審判長 |
瀬良 聡機 |
特許庁審判官 |
村上 騎見高 天野 宏樹 |
登録日 | 2019-07-12 |
登録番号 | 特許第6554245号(P6554245) |
権利者 | 第一工業製薬株式会社 |
発明の名称 | 2,2’-ビス(2-ヒドロキシエトキシ)-1,1’-ビナフタレン粉体 |
代理人 | 中村 哲士 |
代理人 | 水鳥 正裕 |
代理人 | 蔦田 正人 |
代理人 | 前澤 龍 |
代理人 | 有近 康臣 |
代理人 | 富田 克幸 |