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審決分類 |
審判 一部申し立て 2項進歩性 C22C |
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管理番号 | 1364937 |
異議申立番号 | 異議2020-700275 |
総通号数 | 249 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2020-09-25 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2020-04-20 |
確定日 | 2020-07-28 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6593097号発明「無方向性電磁鋼板およびその製造方法」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6593097号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。 |
理由 |
1 手続の経緯 特許第6593097号(以下「本件特許」という。)の請求項1ないし3に係る特許についての出願(特願2015-210939)は,平成27年10月27日の出願であって,令和 1年10月 4日にその特許権の設定の登録がされ,同年10月23日に特許掲載公報が発行された。その後,令和 2年 4月20日に特許異議申立人 JFEスチール株式会社(以下「申立人」という。)により,請求項1ないし2に係る特許に対して,特許異議の申立てがされたものである。 2 本件発明 本件特許の請求項1ないし2に係る発明は,各々,その特許請求の範囲の請求項1ないし2に記載された事項により特定される次のとおりのものである。なお,化学組成ごとの改行は,当審が付した。 「【請求項1】 質量%で、 C:0.004%以下、 Si:2.0%以上4.0%以下、 Al:2.0%以下、 Mn:0.05%以上4.0%以下、 S:0.005%以下、 N:0.004%以下、 P:0.20%以下、 Sn:0.005%以上0.2%以下、 Sb:0.005%以上0.2%以下、 Cu:0.02%以上2.0%以下、 Ni:0.02%以上1.0%以下を含有し、 残部がFeおよび不可避的不純物よりなる化学組成を有する母鋼板を有し、前記母鋼板表面におけるCu、Ni、Sn、およびSbの濃度が、下記式(1)を満足することを特徴とする無方向性電磁鋼板。 ([Cu]+[Ni])/([Sn]+[Sb])>1.0 (1) (ここで、式中の[X]は質量%で表した母鋼板表面における元素Xの濃度を示す。)ことを特徴とする無方向性電磁鋼板。 【請求項2】 前記Al含有量が質量%で0.010%以下であることを特徴とする請求項1に記載の無方向性電磁鋼板。」 3 申立ての理由の概要 申立人は,甲第1号証を提示し,本件特許の請求項1ないし2に係る発明は特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるから,請求項1ないし2に係る特許は取り消されるべきである旨主張している。 甲第1号証 特開2005-126748号公報(以下「甲1」という。) 4 甲第1号証について (1)甲1には,「磁気特性の優れた高疲労強度無方向性電磁鋼板およびその製造方法」(発明の名称)に関して,次の記載がある。 ア「【技術分野】 【0001】 本発明は、無方向性電磁鋼板、特に高速回転モータ、磁石埋設型モータおよびシンクロナスリラクタンスモータ等のロータを典型例とする、大きな応力がかかる部品に用いて好適な、高強度でかつ低鉄損の特性を有する無方向性電磁鋼板およびその製造方法に関するものである。」 イ「【0011】 以上のように、従来の方法は、安定的に工業生産可能な電磁鋼板において、高強度と低鉄損とを両立するという観点からは、いずれも満足できるものでは無かった。さらに、従来の各方法では、モータの使用状態を鑑みたときに本質的に重要な要素となる、疲労特性に関して、何ら検討がなされていない。 【0012】 本発明は、良好な磁気特性と高強度および高疲労強度とを両立した無方向性電磁鋼板およびこの鋼板を工業的に安定して生産することを可能とする製造方法について提案することを目的とする。 【課題を解決するための手段】 【0013】 発明者らは、上記課題を解決するために、Cuを含んだ鋼の時効硬化現象に着目して種々の検討を行った結果、良好な鉄損と高強度とを両立するための手段を確立するに到った。…(以下略)」 ウ「【0027】 次に、Cuと、Niおよび/またはMoの添加は、本発明において最も重要な事項である。 Cu:0.2%以上4.0%以下 Cuは、時効処理によって微細な析出物を形成することにより、ほとんど鉄損(履歴損)の劣化を伴わずに、大幅な強度上昇をもたらす。その効果を得るには、後述するNiを含有する条件において0.2%以上が必要である。一方、4.0%を超えると粗大な析出物が形成されるため、鉄損の劣化が大きくなるとともに、強度上昇代も低下する。従って、Cuの含有量は0.2%以上4.0%以下、好適には0.3%以上2.0%以下の範囲とする。 【0028】 Ni:0.5%以上(または0.2%以上)5.0%以下 Niは、それ自体が固溶強化による高強度化に有効な元素であるが、Cuとともに添加するとCuの固溶析出状態に影響し、時効により極めて微細なCu析出物を安定的に析出させる効果を有する。その結果、Cu時効析出による高強度化効果を大幅に高める一方、この析出に伴う磁気特性の劣化を確実に抑制することが可能となる。 【0029】 また、Niは鋼板の疲労特性を大幅に高める効果も有する。この理由については必ずしも明らかではないが、鋼中に固溶したNiが繰り返しの応力の存在下におけるCu析出物の安定性を大幅に高めているものと推定される。この効果を得るための添加量は、後述するMo添加の有無によって異なり、Moを添加しない場合には0.5%以上のNiが必要である。一方、0.2%以上のMoと複合添加する場合には、Niを0.2%以上で添加することによって効果が発揮される。 さらに、Cuを多量に添加した鋼ではヘゲと呼ばれる熱延板表面の欠陥が問題となる場合があるが、Niは熱延板のへゲを減少し鋼板歩留まりを改善する効果も有する。これらの効果を得るために、0.5%以上の添加が好ましい。一方、5.0%を超えると、その効果は飽和しコスト高をまねくだけになるため、その上限を5.0%とする。より好適には、1.0%以上3.5%以下の範囲とする。 【0030】(略) 【0031】 SbおよびSn:1種または2種を合計で0.005?0.2% 本発明において、SbおよびSnは疲労特性の向上に有効な元素である。この効果は、Al含有量を0.2%未満に制限した鋼に、SbおよびSnの1種または2種を合計で0.005%以上、好ましくは0.01%以上を添加した場合に発揮される。この理由は明確ではないが、Sb、Snは、ともに鋼板表面に偏析し、焼鈍中の酸化窒化を抑制するため、酸化・窒化を促進する作用のあるAlの含有を制限し、かつSbもしくはSnを添加することによって、疲労破壊の起点となる表面スケールおよび内部スケールの生成を抑制したものと考えられる。一方、0.2%を超えると粒成長を妨げて鉄損劣化を招くので、上限は0.2%とする。」 エ「【実施例1】 【0042】 表1に示す、Si:3%、Mn:0.2%およびAl:0.5%を含む鋼Aを基準として、固溶強化(鋼B)、結晶粒微細化強化(鋼Aを利用)、炭化物析出強化(鋼C)、Cu時効析出強化(鋼D?O)の各種強化手法を加味した組成の鋼を溶製して得た、鋼スラブを、熱間圧延したのち、表2に示す条件にて熱延板焼鈍を施した後、冷間圧延または温間圧延(高Si鋼)により板厚0.35mmに仕上げてから、均熱時間30sの仕上げ焼鈍を行った。その際、900℃?400℃の温度域での冷却速度を10℃/sの条件で冷却した。Cuの時効析出強化を利用する条件5?16については、500℃で2hの熱処理をさらに実施した。なお、得られた鋼板での成分組成はスラブ段階とほぼ同様であった。 【0043】(略) 【0044】 」 (2)甲1に記載された発明 上記の摘示,特に,段落【0044】表1の鋼種「E」よりみて,甲1には次の発明が記載されているといえる。 「質量%で、 C:0.002%、 Si:3.05%、 Al:0.0003%、 Mn:0.19%、 S:0.001%、 N:0.002%、 P:0.02%、 Sn:0.023%、 Sb:0.01%、 Cu:0.94%、 Ni:0.62%を含有し、 残部がFeおよび不可避的不純物よりなる化学組成を有する母鋼板を有する、無方向性電磁鋼板」(以下「甲1発明」という。) なお,甲1には,その外の鋼種も記載されているが,本件特許の請求項1ないし2に対応する化学組成を備えたものは「E」のみである。すなわち,段落【0044】表1に記載された鋼種のうち,鋼種「G」?「O」は本件特許の請求項1に含まれないMoを含み,鋼種「A」?「C」はCu,Ni,SnおよびSbをすべて含まず,鋼種「D」はNiおよびSnを含まず,鋼種「F」はSbを含んでいない。段落【0049】表3に記載された鋼種「P」?「V」についても同様である(なお,鋼種「R」はSiが0.85質量%,鋼種「U」はSbが0.001質量%であって,いずれも対応する化学組成の範囲を下回っている。)。 5 当審の判断 当審は,申立人が提示した特許異議の申立ての理由及び証拠によっては,次のとおり,本件特許の請求項1?16に係る特許を取り消すことはできないと判断する。 (1)請求項1に係る発明について ア 甲1に記載された発明との対比 本件特許の請求項1に係る発明と,甲1発明とを対比すると,両者はともに「無方向性電磁鋼板」である点で共通する。そして,後者の元素組成は,前者の元素組成の範囲内に含まれている。よって,両者は, 「質量%で、 C:0.002%、 Si:3.05%、 Al:0.0003%、 Mn:0.19%、 S:0.001%、 N:0.002%、 P:0.02%、 Sn:0.023%、 Sb:0.01%、 Cu:0.94%、 Ni:0.62%を含有し、 残部がFeおよび不可避的不純物よりなる化学組成を有する母鋼板を有する、無方向性電磁鋼板」 である点で一致し,次の相違点を有する。 (相違点) 本件特許の請求項1に係る発明は,母鋼板表面におけるCu,Ni,SnおよびSbの濃度が,式(1): ([Cu]+[Ni])/([Sn]+[Sb])>1.0 (1) (ここで、式中の[X]は質量%で表した母鋼板表面における元素Xの濃度を示す。)を満足するのに対して, 甲1発明は,母鋼板表面におけるCu,Ni,SnおよびSbの濃度が明らかではなく,上記式(1)を満足することが不明である点。 イ 相違点について (ア)甲1には,上記4(1)イに摘示したとおり,良好な磁気特性と高強度および高疲労強度とを両立した無方向性電磁鋼板を目的とすること(段落【0012】),Cuを含んだ鋼の時効硬化現象に着目して種々の検討を行ったこと(段落【0013】)が示されるに留まり,上記4(1)ウに摘示した化学組成の説明や上記4(1)エに摘示した実施例の記載をみても,母鋼板表面におけるSb,Sn,CuおよびNi相互の濃度関係については,記載も示唆もされていない。 (イ)これに対し,本件特許の請求項1に係る発明は,高周波鉄損を低減するためにSbやSnを母鋼板に添加するのに際して,SbおよびSnが母鋼板表面に偏析して母鋼板表面に形成される絶縁被膜の被膜密着性を低下する作用を有するところ,これを無害化することによって,母鋼板表面に形成される絶縁被膜の被膜密着性を優れたものとした無方向性電磁鋼板の提供を目的とするものであり(段落【0008】「発明が解決しようとする課題」の欄),SbおよびSnと共にCuおよびNiを母鋼板表面に偏析させれば,母鋼板表面に偏析したSbおよびSnによる絶縁被膜の被膜密着性の低下作用を打ち消して,絶縁被膜の被膜密着性をより優れたものとできることを見出したというものである(段落【0009】「課題を解決するための手段」の欄)。 そして,実施例に示されるとおり,母鋼板表面におけるSb,Sn,CuおよびNi相互の濃度関係を満たすことにより,絶縁被膜の被膜密着性を優れたものとできることが理解できる。 (ウ)申立人は,甲1発明においては,「母鋼板」の化学組成は式(1)を満足するところ,「母鋼板表面」は,当然,「母鋼板」の他の部位と同じ成分濃度であるはずであるから,「母鋼板表面」の化学組成が式(1)を満足することは「当然考慮せざるを得ない事項」である旨主張する(特許異議申立書第10頁)。 しかしながら,上記4(1)ウに摘示のとおり,Sb,Snは,ともに鋼板表面に偏析し,焼鈍中の酸化窒化を抑制する(段落【0031】)という甲1において,母鋼板表面が他の部位と同じ成分濃度であることが当然であるとまでいうことはできない。 (エ)申立人は,本件特許明細書の表1を参照すると,式(1)を満足しないにも関わらず,「被膜密着性」の評価結果が「0」である「比較例」が存在する(資料No.B01,C01)から,本件特許の請求項1に係る発明が式(1)を満足することについて,「被膜密着性」が優れるという「格別な技術的意義」は認められない旨主張する(特許異議申立書第10?11頁)。 しかしながら,上記試料はいずれも,式(1)の前提となるCu,Ni,SnおよびSbの全てを含まないものであり,SbおよびSnが母鋼板表面に偏析する場合における式(1)の評価対象となるものではない。 よって,上記試料に係る比較例の存在をもって,式(1)を満足することに格別な技術的意義がないとまでいうことはできない。 ウ まとめ 以上のとおり,申立人の主張は採用できず,本件特許の請求項1に係る発明は,甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (2)請求項2に係る発明について 本件特許の請求項2に係る発明は,請求項1において,更に「前記Al含有量が質量%で0.010%以下である」ことを特定したものである。 一方,甲1発明は,「質量%」で「0.0003%」であるから,この点は相違点とならず,よって,両者の相違点は,上記(1)アの相違点のとおりである。 そして,上記相違点については,上記(1)イのとおりであるから,本件特許の請求項2に係る発明は,甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 6 むすび 以上のとおりであるから,申立人が提示した特許異議の申立ての理由及び証拠によって,本件特許の請求項1ないし2に係る特許を取り消すことはできない。 また,他に取り消すべき理由を発見しない。 よって,結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2020-07-15 |
出願番号 | 特願2015-210939(P2015-210939) |
審決分類 |
P
1
652・
121-
Y
(C22C)
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最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 鈴木 葉子 |
特許庁審判長 |
中澤 登 |
特許庁審判官 |
平塚 政宏 本多 仁 |
登録日 | 2019-10-04 |
登録番号 | 特許第6593097号(P6593097) |
権利者 | 日本製鉄株式会社 |
発明の名称 | 無方向性電磁鋼板およびその製造方法 |
代理人 | 岸本 達人 |
代理人 | 蜂谷 浩久 |
代理人 | 山下 昭彦 |
代理人 | 山本 典輝 |
代理人 | 伊東 秀明 |