• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C09D
審判 全部申し立て 2項進歩性  C09D
管理番号 1364940
異議申立番号 異議2020-700341  
総通号数 249 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-09-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-05-15 
確定日 2020-07-30 
異議申立件数
事件の表示 特許第6613139号発明「インクジェット用インクセット、それを用いたインクジェットプリント物の製造方法およびインクジェットプリント物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6613139号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6613139号の請求項1?8に係る特許についての出願は、2014年(平成26年)9月18日(優先権主張 平成25年9月27日、日本国)を国際出願日とする出願であって、令和元年11月8日にその特許権の設定登録がされ、同年11月27日に特許掲載公報が発行された。その後、請求項1?8に係る特許に対し、令和2年5月15日に特許異議申立人河合幸信(以下、「申立人」という。)が、特許異議の申立てを行った。

第2 本件発明
特許第6613139号の請求項1?8の特許に係る発明(以下、「本件発明1」?「本件発明8」などという。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
無機顔料と溶媒とを含むインクからなり、
前記無機顔料は、黄色成分と、赤色成分と、青色成分と、黒色成分とを含み、
前記黄色成分は、ジルコンプラセオジウムイエローを含み、
前記赤色成分は、クロムスズマロンを含み、
前記青色成分は、コバルトアルミクロムブルーを含み、
前記黒色成分は、コバルトフェライトブラックを含み、
前記無機顔料は、前記インクに対して20?50重量%含まれており、
前記溶媒は、有機溶剤であり、かつ、水を含んでおらず、
前記黄色成分は黄色インクに含まれ、前記赤色成分は赤色インクに含まれ、前記青色成分は青色インクに含まれ、前記黒色成分は黒色インクに含まれる、インクジェット用インクセット。
【請求項2】
前記有機溶剤は、有機溶剤中0.01?50重量%の合成樹脂を含む、請求項1記載のインクジェット用インクセット。
【請求項3】
前記インクの表面張力は、20?30mN/mである、請求項1または2記載のインクジェット用インクセット。
【請求項4】
前記インクの表面張力は、22?27mN/mである、請求項1または2記載のインクジェット用インクセット。
【請求項5】
無機顔料と溶媒とを含むインクからなり、
前記無機顔料は、黄色成分と、赤色成分と、青色成分と、黒色成分とを含み、
前記黄色成分は、ジルコンプラセオジウムイエローを含み、
前記赤色成分は、クロムスズマロンを含み、
前記青色成分は、コバルトアルミクロムブルーを含み、
前記黒色成分は、コバルトフェライトブラックを含む、インクジェット用インクセット。
【請求項6】
請求項1?5のいずれか1項に記載のインクジェット用インクセットを用いてインクジェット方式にて無機質基材上に画像を形成した後、焼成する、インクジェットプリント物の製造方法。
【請求項7】
インクジェット用インクセットのインクは、0.01?200g/m^(2)の範囲で無機質基材上に付与される、請求項6記載のインクジェットプリント物の製造方法。
【請求項8】
請求項1?5のいずれか1項に記載のインクジェット用インクセットのインクが付与されたインクジェットプリント物。」

第3 申立理由の概要
申立人は、下記3の甲第1?9号証を提出し、次の1及び2の点について主張している(以下、甲号証は、単に「甲1」などと記載する。)。
1 同法第29条第2項
本件発明1?8は、甲1に記載された発明、甲6に記載された発明、甲3に記載された発明及び甲1?9の記載に基いて、出願前に当業者が容易に想到し得る発明であるから、本件発明1?8は、同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
2 特許法第29条第1項第3号
本件発明5は、甲1に記載された発明と同一であるから、本件発明5は、同法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
3 甲1?9
甲1:特開2004-263176号公報
甲2:社団法人窯業協会編、「セラミックス辞典」、丸善株式会社、昭和61年1月25日、p.111、p.405、p.441
甲3:特開2003-12972号公報
甲4:特開平3-33172号公報
甲5:特開2006-83312号公報
甲6:特開2008-273808号公報
甲7:特開2005-170705号公報
甲8:国際公開第2007/020779号
甲9:特開2005-350327号公報

第4 甲1、2、3、6の記載
1 甲1には、次の記載がある。
(1)「【請求項1】
無機顔料を色材とするインクからなるインクジェット用インクセットであって、該インクセットの赤色成分がゴールドパープルからなるマゼンタインク及びカドミウムレッドからなるレッドインクの少なくとも2色のインクを含むことを特徴とするインクジェット用インクセット。
【請求項2】
無機顔料を色材とするインクからなるインクジェット用インクセットであって、該インクセットの赤色成分がゴールドパープルからなるマゼンタインク及びカドミウムレッドからなるレッドインクであり、かつイエローインク及びシアンインクを含む少なくとも4色のインクからなることを特徴とするインクジェット用インクセット。
【請求項3】
前記イエローインクがカドミウムイエロー、前記シアンインクがコバルトアルミニウムクロムブルーからなるインクであることを特徴とする請求項2記載のインクジェット用インクセット。
【請求項4】
無機顔料を色材とするインクからなるインクジェット用インクセットであって、該インクセットの赤色成分がゴールドパープルからなるマゼンタインク及びカドミウムレッドからなるレッドインクであり、かつカドミウムイエローからなるイエローインク、コバルトアルミニウムクロムブルーからなるシアンインク、及び、ブラックインクを含む少なくとも5色のインクからなることを特徴とするインクジェット用インクセット。
【請求項5】
前記ブラックインクがコバルトフェライトブラックからなるインクであることを特徴とする請求項4記載のインクジェット用インクセット。」
(2)「【技術分野】
【0001】
本発明は無機顔料を色材とするインクからなるインクジェット用インクセット、それを用いたインクジェット記録方法及び記録物に関する。更に詳しくは、耐光性、鮮明性、階調性に優れ、広い色域の表現が可能であり、かつ基材を選ばずに着色することができる無機顔料のインクジェット用インクセット、それを用いたインクジェット記録方法及び記録物に関する。」
(3)「【発明が解決しようとする課題】
【0019】
本発明の目的は上記した従来技術の問題点を解決することにあり、特に無機顔料を色材とするインクジェット用インクセットであって、鮮明性に優れ焼成時においても変色、消色することなく、更に中間色を表現可能でより広い色域をもつ画像を得ることを可能とするインクジェット用インクセット、それを用いたインクジェット記録方法及び記録物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者等は上記の目的を達成するために鋭意努力した結果、赤色成分の無機顔料を2色装備し、他色は特定の無機顔料を選択しインクセットとして使用することによって、画像の鮮明性に優れ、色域が広く、階調性に非常に優れたものとなることを見いだし、焼成した後に於いても変色、消色することなく中間色を表現することが可能なことを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0021】
すなわち、本発明は、無機顔料を色材とするインクからなるインクジェット用インクセットであって、該インクセットの赤色成分がゴールドパープルからなるマゼンタインク及びカドミウムレッドからなるレッドインクの少なくとも2色のインクを含むことを特徴とするインクジェット用インクセットに存する。」
(4)「【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、本発明について、更に詳細に説明する。
本発明で使用する色材は無機顔料であり、具体的には金属、金属酸化物又は金属塩からなる。これらは熱、光に対して安定である反面、その構造から色表現に乏しく、酸化・還元により分解しやすい性質がある。
(中略)
【0042】
具体的には、イエローとして採用できる無機顔料は、鉛アンチモンイエロー、黄鉛10G、黄5G、黄鉛G、黄鉛、カドミウムイエロー、黄色酸化鉄、強化型黄色酸化鉄、オーカー、チタンイエロー、チタンバリウムニッケルイエロー、バナジウムスズイエロー、バナジウムジルコニウムイエロー、プラセオジムイエロー、クロムチタンイエロー、アンチモンチタンクロムイエロー、アンチモンチタンイエロー等が挙げられるが、カドミウムイエローが好ましい。
【0043】
なお、本発明でのカドミウムイエローには、硫化カドミウムと硫化亜鉛との複合塩、硫化カドミウムと硫酸バリウムとの複合塩、硫化カドミウムと硫化亜鉛と硫酸バリウムとの複合塩、また硫化カドミウムを珪酸ジルコニウム等でコーティングされた珪酸ジルコニウムカドミウムインクルージョンイエローなども含まれる。
【0044】
また、シアンとして採用できる無機顔料は、紺青、コバルトブルー、群青、セルリアンブルー、コバルトアルミニウムクロムブルー等が挙げられるが、コバルトアルミニウムクロムブルーが好ましい。」
(5)「【0048】
ブラックとして採用できる無機顔料は、具体的には、ランプブラック、ファーネスブラック、チャコールブラック、アイボリーブラック、黒鉛、鉄黒、マンガンフェライトブラック、コバルトフェライトブラック、銅クロムブラック、銅クロムマンガンブラック等が挙げられるが、コバルトフェライトブラックが好ましい。他色と混ぜ合わせて焼成した場合も消色や変色がないためである。」
(6)「【0053】
本発明で使用されるインク組成物中の無機顔料、又は無機顔料及びガラスフリット、又は上絵の具を分散させる媒体は水、有機溶剤、ワックス、又はそれらの混合物などが挙げられ、特に限定されない。」
(7)「【0073】
次に、本発明について実施例をあげて説明するが、本発明は、必ずしもこの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0074】
以下の処方で各無機顔料毎にインクを配合し、ボールミル分散機を用いて分散した。その後濾過によって不純物除去し、均一な無機顔料インクを作成した。
【0075】
〔インクの処方〕
無機顔料 x重量%
フリット:12-3567(有鉛透明:日本フェロー社製) 10重量%
分散剤:キャリボン B(ポリカルボン酸型活性剤:三洋化成社製) 1重量%
湿潤剤:ポリエチレングリコール400(日本油脂社製) 10重量%
純水 残り
計 100重量%
【0076】
《無機顔料》
Y(イエロー):カドミウムイエロー 10重量%
M(マゼンタ):ゴールドパープル 2重量%
C(シアン):コバルトアルミニウムクロムブルー 10重量%
R(レッド):カドミウムレッド 10重量%
K(ブラック):コバルトフェライトブラック 10重量%」
(8)「【0081】
〔評価内容〕
得られた記録物について、評価を以下のように行った。
(1)鮮明性
記録物の色を目視で判定した。
○:顔料の色を損なうことなく、鮮明に表現されている。
△:顔料の色がややくすみ、やや鮮明性に欠ける。
×:色が著しくくすみ、鮮明でない。
評価インク(単色)
記録インク:M、R(計2色)
インク付与量:10nl/mm^(2)
評価結果を表1に示す。
【0082】
(2)変色感
記録物の色を目視で判定した。
○:評価柄の色に、変色、消色は認められず、忠実な中間色である。
△:評価柄の色がやや変色または消色している。
×:評価柄の色が明らかに変色または消色している。
評価インク(混合色)
記録インク:Y+R、Y+M、M+R、R+C、M+C(計5組)
インク付与量:10nl/mm^(2)
評価結果を表2に示す。
【0083】
(3)中間色表現
記録物の色を目視で判定しオレンジ、パープル、グリーンなどの中間色が表現されているかどうか確認した。
○:中間色が高濃度、高彩度で表現されている。
△:中間色が表現されているが、彩度がやや低く色が多少くすんでいる。
×:中間色の彩度が低く色のくすみが強いため、色表現に劣る。
評価インク(中間色)
オレンジ色記録インク:(例えばY+R、Y+M)
パープル色記録インク:(例えばR+C、M+C)
グリーン色記録インク:(例えばY+C、G)
インク付与量:5、10、20、40nl/mm^(2)(計4×4モード)
評価結果を表2に示す。
【0084】
(4)柄表現
柄作成(JIS-X9201 N3画像)
記録インク:各実施例記載の全インク
評価結果を表2に示す。」
(9)「【実施例2】
【0085】
使用するインクのYをプラセオジムイエローにする以外は実施例1と同様に記録物を作成し、評価を行った。
Y(イエロー):プラセオジムイエロー 10重量%」
(10)「【0087】
比較例1
使用する無機顔料の赤成分をマゼンタインクのみに変更する以外は実施例1と同様に記録物を作成し、評価を行った。
【0088】
比較例2
マゼンタインクとしてクロムスズピンク、レッドインクとしてベンガラを使用した。その他の工程は実施例1に準じた。」
(11)「【0089】
【表1】

【0090】
【表2】



2 甲2には、次の記載がある。
(1)クロムスズピンク[chrome-sphene pink; chrome-tin pink]の項(111頁)
「スフェーンのCaOTiO_(2)SiO_(2)のTi^(4+)をSn^(4+)で置換したスズスフェーンというべきCaOSnO_(2)SiO_(2)にCrが固溶したピンク色顔料.SnO_(2),SiO_(2),CaCO_(3),Na_(2)B_(4)O_(7)・10H_(2)O,K_(2)Cr_(2)O_(7)を配合,焼成温度は1200℃.濃い紫味赤から紫味ピンクの色が得られる石灰釉で使用できるが,石灰亜鉛釉では不安定である.」
(2)「プラセオジム き -黄 [Praseodymium-zircon yellow]」の項(405頁)
「ZrSiO_(4)にPrの固溶した黄色顔料.ZrO_(2),SiO_(2)にPr_(6)O_(11)と鉱化剤を加え焼成するか,ZrSiO_(4)をアルカリなどで溶融後,Pr_(6)O_(11)を加え再度ZrSiO_(4)にする製法がある.とくに石灰-亜鉛釉での呈色がよい,また他の顔料との混色が広く可能である.」

3 甲3には、次の記載がある。
(1)「【請求項1】 顔料および熱可塑性メジウムを含有する熱可塑性カラーペーストを用いてインクジェット方式により直接的または間接的に印刷して固体材料表面に画像形成する工程を含み、該熱可塑性カラーペーストが、顔料、ガラスフリットおよびその他のガラス形成成分から選択される無機固体を1質量%以上30質量%未満含有することを特徴とする画像形成方法。」
(2)「【0007】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、無機顔料やガラスフリット等の無機固体を含有するカラーペーストを用い、インクジェット方式による画像形成方法を提供することにある。本発明の他の目的は、無機固体を含有するペーストを使用して、インクジェット方式により焼成可能な材料、例えばガラス、エナメル、磁器およびその他のセラミック材料に対する画像形成方法を提供することにある。」
(3)「【0023】
【実施例】以下に本発明の実施例について説明するが、本発明の実施の態様はこれらに限定されない。印刷のために、インクジェット印刷用のヘッド及びインク供給部としてはPhaser(登録商標)340を用い、画像形成すべき対象物を移動するX-Yテーブルおよび制御ユニットを有する装置を使用した。インクジェット印刷ヘッド、インク供給部では、溶融したカラーペーストを循環させることができるように相互に接続した。
【0024】実施例で使用した熱可塑性メジウムは、パラフィンワックス40質量%、ステアリン酸アミド45質量%、モンタン酸エステルワックス(ヘキストワックスE、ヘキスト製)10質量%、アジピン酸エステル5質量%からなっていた。
【0025】(熱可塑性ペースト〇1(当審注:「〇1」は〇の中に1。以下、同様。)の作成)無機顔料としてダイピロキサイド ブルー(大日精化製。Co-Al複合酸化物顔料)20gを1?メトキシ-2-プロパノール80g中に分散した。分散は分散用ビーズとして0.3mmのジルコニアビーズを用いディーミル(アイメックス社製)で行った。得られた分散液50gに上記メジウム40gを加えたのち、エバポレーターを用いて溶媒を流去した。得られた分散物のTEM(透過型電子顕微鏡)写真から平均粒子径を求めたところ0.3μmであった。
(熱可塑性ペースト〇2の作成)熱可塑性ペーストの作成において無機顔料のかわりにガラスフリットを使用する以外は同様にして行った平均粒子径は0.2μmであった。
(熱可塑性ペースト〇3の作成)熱可塑性ペーストの作成において無機顔料14g及びガラスフリット14gを用い、1?メトキシ-2-プロパノールを72g使用する以外は同様にして行った。平均粒子径は0.3μmであった。
(熱可塑性ペースト〇4の作成)熱可塑性ペーストの作成において無機顔料を60g使用し、1?メトキシ-2-プロパノールを40g使用する以外は同様にして行った。平均粒子径は1.5μmであった。」
(4)「【0029】さらに画像形成〇3において上記ブルー以外に異なった色(マゼンタ、黄および黒)の無機顔料に変更し、色毎に繰り返し印字するか又はインク供給系を別にし各色同時にフルカラーの印字を行い優れた画像を得ることができた。」

4 甲6には、次の記載がある。
(1)「【請求項2】
セラミック基材の表面に釉薬を掛け、釉の表面に顔料を含むインクを用いたインクジェット印刷によって、絵付けを施した後、焼成する加飾セラミック体の製造方法において、
該インクがフリットを配合していないフリットフリーインクであり、
該顔料の粒径が5000nm以下であることを特徴とする加飾セラミック体の製造方法。」
(2)「【0033】
[インクジェット用インク]
インクジェット用の絵の具インクとしては、微粉砕された赤、黄、青及び黒の各顔料をそれぞれ分散剤によって分散させた、フリットを含まない赤、黄、青及び黒のインクを用いる。未焼成釉薬層に吹き付けられたインク中の顔料が釉薬層中に浸透し易いものとするために、各顔料は、粒径が5000nm以下特に50?5000nmとりわけ50?1000nm、さらに好ましくは80?500nmとなるように微粉砕されることが望ましい。」
【0034】
なお、顔料の平均粒径が未焼成釉薬層の平均気孔径の1/3以下であると、顔料粒子が未焼成釉薬層中に十分に浸透し易いものとなる。
【0035】
顔料としては、金属酸化物系顔料を用いる。赤色用の金属酸化物系顔料としては、酸化クロム-酸化スズ系顔料が好適であり、特に
Cr_(2)O_(3) 13?21wt%
SnO_(2) 35?55wt%
SiO_(2) 15?30wt%
CaO 16?30wt%
TiO_(2) 0?8wt%
であるものが好適である。この酸化クロム-酸化スズ系顔料は、上記組成の釉薬上に塗着されて約1140?1260℃程度の高温で焼成されることにより、彩やかな赤色を呈する。
【0036】
黄色用金属酸化物顔料としては、酸化クロム-酸化アンチモン系顔料が好適であり、特に
Cr_(2)O_(3) 1?5wt%
Sb_(2)O_(3) 3?10wt%
SiO_(2) 0?10wt%
TiO_(2) 75?95wt%
であるものが好適である。
【0037】
なお、ルチル型酸化チタン、酸化ウラン、ジルコンバナジウム、ジルコンプラセオジウムなども用いることができる。
【0038】
青色用金属酸化物顔料としては、酸化コバルト、酸化銅、コバルト・アルミナなどを用いることができる。
【0039】
黒色用金属酸化物顔料としては、酸化イリジウム、酸化鉄、酸化ウラニウム、酸化コバルト、酸化クロム、酸化マンガン、クロム鉄酸化物などの混合物を用いることができる。
【0040】
なお、上記顔料は一例であり、上記以外の顔料を用いてもよい。
(中略)
【0043】
分散剤としては、アニオン、カチオン、ノニオン及び両性の界面活性剤いずれかを適宜選択して使用できる。例えばポリカルボン酸塩、アクリル酸塩、ドデシルベンゼンスルホン酸塩、アルキルスルホコハク酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテルなどを用いることが望ましい。インクには、その他、必要に応じ、グリセリン、ポリエチレングリコールなど多価アルコール類、メタノール、エタノールなどエタノール類、エトキシブトキシエーテルのエーテル類などの各種水溶性有機溶媒、ドデシルベンゼンスルホン酸塩などの各種界面活性剤などを添加し、湿潤性、粘性、表面張力などのレオロジーを調整する。」
(3)「【0061】
[試験3]
(1) 各色インクの作製
顔料コバルトアルミナ20部、水60部、クラウド型分散剤20部を混合し、ビーズミルで顔料の平均粒径が150nmとなるよう粉砕混合した。このインクに、粘性調整剤としてグリセリン、表面張力調整剤としてダイノールを加えて、粘性25cp、表面張力35mN/m、コバルトアルミナの濃度12%の青色インクを作製した。
【0062】
クロム錫顔料20部、水60部、アニオン分散剤20部を混合し、ビーズミルで顔料の平均粒径が150nmとなるよう粉砕混合した。このインクに、粘性調整剤としてグリセリン、表面張力調整剤としてダイノールを加えて、粘性25cp、表面張力35mN/m、クロム錫顔料の濃度12%の赤色インクを作製した。
【0063】
チタンクロムアンチモン顔料20部、水60部、アニオン分散剤20部を混合し、ビーズミルで顔料の平均粒径が150nmとなるよう粉砕混合した。このインクに、粘性調整剤としてグリセリン、表面張力調整剤としてダイノールを加えて、粘性25cp、表面張力35mN/m、チタンクロムアンチモンの濃度12%の黄色インクを作製した。
【0064】
クロム鉄顔料20部、水60部、アニオン分散剤20部を混合し、ビーズミルで顔料の平均粒径が150nmとなるよう粉砕混合した。このインクに、粘性調整剤としてグリセリン、表面張力調整剤としてダイノールを加えて、粘性25cp、表面張力35mN/m、クロム鉄顔料の濃度12%の黒色インクを作製した。」
(4)「【0079】
特に、図1の通り、青色インクの顔料に含まれるCo元素は、釉薬層の表面から30μm程度までの極めて表面に近い領域において、極めて高濃度に存在していた。また、図4及び図7の通り、黒色インクの顔料に含まれるCo、Fe及びMn元素は、釉薬層の表面から50μm程度までの極めて表面に近い領域に、極めて高濃度に存在していた。」

第5 甲1、甲3及び甲6に記載された発明(甲1発明、甲3発明及び甲6発明)
1 甲1発明
甲1には、請求項1(第4 1(1))に記載された「インクジェット用インクセット」について、その具体例である「実施例1」(【0074】?【0076】(同(7))において、「各無機顔料毎にインクを配合し、・・・無機顔料インクを作成した」(【0074】(同(7)))ことが記載され、実施例2(【0085】(同(9))では、実施例1の「インクのY」に含まれる無機顔料を「プラセオジムイエロー」にしたことが記載されている。
そうすると、甲1の実施例2には、【0076】(同(7))に記載された5つの無機顔料をそれぞれ含む「Y(イエロー)インク」、「M(マゼンタ)インク」、「C(シアン)インク」、「R(レッド)インク」及び「K(ブラック)インク」からなる、次のインクジェット用インクセット(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
なお、【0075】(同(7))のインクの処方における「フリット:12-3567(有鉛透明:日本フェロー社製)、10重量%、分散剤:キャリボン B(ポリカルボン酸型活性剤:三洋化成社製) 1重量%、湿潤剤:ポリエチレングリコール400(日本油脂社製) 10重量%、純水 残り」は、いずれのインクでも共通し、単に「フリット、分散剤、湿潤剤及び純水」と記載した。
「Y(イエロー)インク:プラセオジムイエロー 10重量%、及び、フリット、分散剤、湿潤剤及び純水からなるY(イエロー)インク、
M(マゼンタ)インク:ゴールドパープル 2重量%、及び、フリット、分散剤、湿潤剤及び純水からなるM(マゼンタ)インク、
C(シアン)インク:コバルトアルミニウムクロムブルー 10重量%、及び、フリット、分散剤、湿潤剤及び純水からなるC(シアン)インク、
R(レッド)インク:カドミウムレッド 10重量%、及び、フリット、分散剤、湿潤剤及び純水からなるR(レッド)インク、並びに、
K(ブラック)インク:コバルトフェライトブラック 10重量%、及び、フリット、分散剤、湿潤剤及び純水からなるK(ブラック)インク、からなるインクジェット用インクセット」

2 甲3発明
甲3の請求項1(第4 3(1))から、甲3には、「インクジェット方式に用いられる顔料及び熱可塑性メジウムを含有する熱可塑性カラーペースト」が記載されているといえる。
また、【0029】(同(4))には、「ブルー以外に異なった色(マゼンタ、黄および黒)の無機顔料に変更し、色毎に繰り返し印字するか又はインク供給系を別にし各色同時にフルカラーの印字を行い優れた画像を得ることができた」ことが記載されており、【0007】(同(2))の記載から、請求項1の「顔料」とは「無機顔料」のことであり、「熱可塑性カラーペースト」は「インク」のことであり、黄、マゼンタ、ブルー及び黒の各成分は、それぞれ、黄、マゼンタ、ブルー及び黒の無機顔料を含み、各「熱可塑性カラーペースト」は、「黄色インク」、「赤色インク」、「青色インク」及び「黒色インク」といえるものである。
そうすると、甲3には、
「無機顔料及び熱可塑性メジウムを含有する熱可塑性カラーペーストのインクからなり、
無機顔料は、黄成分、マゼンタ成分、ブルー成分及び黒成分とを含み、
黄成分は黄色インクに含まれ、前記マゼンタ成分は赤色インクに含まれ、前記ブルー成分は青色インクに含まれ、前記黒成分は黒色インクに含まれる、インクジェット用インクセット。」(以下、「甲3発明」という。)が記載されていると認められる。

3 甲6発明
甲6の【0033】(第4 4(2))には、インクジェット用インクについて、微粉砕された赤、黄、青及び黒の各顔料をそれぞれ分散剤によって分散させた、フリットを含まない赤、黄、青及び黒のインクを用いることが記載されている。
また、同【0035】(同)には、赤色用の金属酸化物系顔料として、酸化クロム-酸化スズ系顔料、同【0036】(同)には、黄色用金属酸化物顔料として、酸化クロム-酸化アンチモン系顔料を、同【0038】(同)には、青色用金属酸化物顔料として、酸化コバルト、酸化銅、コバルト・アルミナを、同【0039】(同)には、黒色用金属酸化物顔料として、酸化イリジウム、酸化鉄、酸化ウラニウム、酸化コバルト、酸化クロム、酸化マンガン、クロム鉄酸化物などの混合物を、それぞれ用いることができることが記載されている。
そして、インクジェット用インクとして、赤、黄、青及び黒のインクをセットとして用いられるとは明らかである。
そうすると、甲6には、次のインクジェット用インクセット(以下、「甲6発明」という。)が記載されていると認められる。なお、「赤色用の金属酸化物系顔料」は、単に「赤色用金属酸化物顔料」と記載した。
「微粉砕された赤、黄、青及び黒の各顔料をそれぞれ分散剤によって分散させた、フリットを含まない赤、黄、青及び黒のインクからなるインクジェット用インクセットであって、
赤色用金属酸化物顔料として、酸化クロム-酸化スズ系顔料、
黄色用金属酸化物顔料として、酸化クロム-酸化アンチモン系顔料、
青色用金属酸化物顔料として、酸化コバルト、酸化銅、コバルト・アルミナ、
黒色用金属酸化物顔料として、酸化イリジウム、酸化鉄、酸化ウラニウム、酸化コバルト、酸化クロム、酸化マンガン、クロム鉄酸化物などの混合物を用いた、
インクジェット用インクセット」

第6 異議申立て理由についての当審の判断
1 甲1を主たる引用例とした場合
(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
(ア)甲1発明の「Y(イエロー)インク」、「C(シアン)インク」及び「K(ブラック)インク」は、本件発明1の「黄色インク」、「青色インク」及び「黒色インク」にそれぞれ相当する。
(イ)甲1発明の「M(マゼンタ)インク」及び「R(レッド)インク」は、いずれも赤色インクといえるから、本件発明1の「赤色インク」に相当する。
(ウ)甲1発明の「Y(イエロー)インク」に含まれる「プラセオジムイエロー」は、無機顔料であって、甲2によれば、「ジルコンプラセオジムイエロー」とも表現されることから(第4 2(2))、本件発明1の「無機顔料」に含まれる「黄色成分の」「ジルコンプラセオジムイエロー」に相当する。
(エ)甲1発明の「C(シアン)インク」に含まれる「コバルトアルミニウムクロムブルー」は、無機顔料であって、本件発明1の「無機顔料」に含まれる「青色成分」の「コバルトアルミニウムクロムブルー」に相当する。
(オ)甲1発明の「K(ブラック)インク」に含まれる「コバルトフェライトブラック」は、無機顔料であって、本件発明1の「無機顔料」に含まれる「黒色成分」の「コバルトフェライトブラック」に相当する。
(カ)本件発明1の「赤色成分」に含まれる「無機顔料」と、甲1発明の「M(マゼンタ)インク」に含まれる「ゴールドパープル」及び「R(レッド)インク」に含まれる「カドミウムレッド」は、「無機顔料」である点で共通する。
(キ)本件発明1の「溶媒」と、甲1発明の「純水」とは、「溶媒」である点で共通する。
(ク)甲1発明の「インクジェット用インクセット」は、本件発明1の「インクジェット用インクセット」に相当する。
(ケ)そうすると、本件発明1と甲1発明とは、
「無機顔料と溶媒とを含むインクからなり、
前記無機顔料は、黄色成分と、赤色成分と、青色成分と、黒色成分とを含み、
前記黄色成分は、ジルコンプラセオジウムイエローを含み、
前記青色成分は、コバルトアルミクロムブルーを含み、
前記黒色成分は、コバルトフェライトブラックを含み、
前記黄色成分は黄色インクに含まれ、前記赤色成分は赤色インクに含まれ、前記青色成分は青色インクに含まれ、前記黒色成分は黒色インクに含まれる、インクジェット用インクセット」である点で共通し、次の点で相違が認められる。
(相違点1)
インクに対する無機顔料の含有量について、本件発明1は「20?50重量%」であるのに対し、甲1発明では、プラセオジムイエローは10重量%、ゴールドパープルは2重量%、コバルトアルミニウムクロムブルーは10重量%、カドミウムレッドは10重量%、コバルトフェライトブラックは10重量%、含まれる点。
(相違点2)
赤色成分について、本件発明1は、「クロムスズマロン」を含むのに対し、甲1発明は、「ゴールドパープル」又は「カドミウムレッド」を含む点。
(相違点3)
溶媒について、本件発明1は「有機溶剤であり、かつ、水を含んで」いないのに対し、甲1発明は、「純水」である点。

イ 判断
ここで、事案に鑑み、まず、相違点2について検討する。
甲1の請求項1(第4 1(1))及び【0020】(同(3))の「無機顔料を色材とするインクからなるインクジェット用インクセットであって、該インクセットの赤色成分がゴールドパープルからなるマゼンタインク及びカドミウムレッドからなるレッドインクの少なくとも2色のインクを含むことを特徴とするインクジェット用インクセット」という記載からみて、甲1発明において、「M(マゼンタ)インク」及び「R(レッド)インク」において、「ゴールドパープル」及び「カドミウムレッド」は、それぞれ必須の色材であって、「ゴールドパープル」及び「カドミウムレッド」に替えて、「クロムスズマロン」を用いる動機付けはない。
また、甲1の【0088】(同(10))の「比較例2」には、実施例1において、マゼンタインクとしてクロムスズピンク、レッドインクとしてベンガラを用いることが記載されている。そして、甲1には、比較例2によって得られた記録物は、鮮明性に欠け(【0089】【表1】(同(11))、色が著しくくすみ、鮮明ではないものである(【0090】【表2】同(11))ことが示されている。なお、比較例2は、「Y(イエロー)インク」の無機顔料として、「カドミウムイエロー」を用いたものである。
そうすると、甲2(第4 2(1))、から、「クロムスズピンク」と「クロムスズマロン」とが同じものであるとしても、甲1に接した当業者は、マゼンタインクとしてクロムスズピンク、レッドインクとしてベンガラを用いたインクは、その記録物は鮮明ではないものとなることを理解するということができ、甲1発明において、「クロムスズピンク」ないし「クロムスズマロン」を用いることには、阻害要因があるということができる。
また、甲3?甲5には、甲1発明において、「クロムスズマロン」を用いることについての記載は見いだせない。

そして、本件発明1は、黄色成分として「ジルコンプラセオジウムイエロー」、赤白成分として「クロムスズマロン」、青色成分として「コバルトアルミクロムブルー」及び黒色成分として「コバルトフェライトブラック」をインクセットのそれぞれのインクに含むことによって、発色性が良好になるという(本件明細書【0078】)、甲1発明からは予測し得ない顕著な作用効果を奏するものであり、当該作用効果は、実施例1、2において確認されている(本件明細書【0077】【表1】)。

したがって、上記相違点1、3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明及び甲第3?5号証の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである、とすることはできない。

ウ 申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書において本件発明1と甲1発明との一致点として、次のものを主張している(特許異議申立書42頁6?16行)。
「(1-A)無機顔料と溶媒とを含むインクからなり、
(1-B)前記無機顔料は、黄色成分と、赤色成分と、青色成分と、黒色成分とを含み、
(1-C)前記黄色成分は、ジルコンプラセオジウムイエローを含み、
(1-D)前記赤色成分は、クロムスズマロンを含み、
(1-E)前記青色成分は、コバルトアルミクロムブルーを含み、
(1-F)前記黒色成分は、コバルトフェライトブラックを含み、
(1-I)前記黄色成分は黄色インクに含まれ、前記赤色成分は赤色インクに含まれ、前記青色成分は青色インクに含まれ、前記黒色成分は黒色インクに含まれる、
(1-J)インクジェット用インクセット。」

しかしながら、甲1の記載において、赤色成分としてクロムスズマロンを含むものは比較例2であり、黄色成分としてジルコンプラセオジウムイエローを含むものは実施例2であって、赤色成分としてクロムスズマロンを含み、黄色成分としてジルコンプラセオジウムイエローを含むインクセットは、甲1には記載されているとはいえず、申立人の主張するような上記一致点を認定することはできない。

(2)本件発明2?4及び本件発明1を直接的又は間接的に引用する請求項6?8について
本件発明2?4及び本件発明1を直接的又は間接的に引用する請求項6?8は、本件発明1を直接的又は間接的に引用し、さらに限定するものであるから、これらの発明は、本件発明1と同様に、甲1発明及び甲第3?5号証の記載事項に基いて、当業者が容易に発明することができたものである、とすることはできない。

(3)本件発明5について
ア 対比
本件発明5と甲1発明とを対比すると、上記(1)アの本件発明1と甲1発明との対比から明らかなように、本件発明5と甲1発明とは、
「無機顔料と溶媒とを含むインクからなり、
前記無機顔料は、黄色成分と、赤色成分と、青色成分と、黒色成分とを含み、
前記黄色成分は、ジルコンプラセオジウムイエローを含み、
前記青色成分は、コバルトアルミクロムブルーを含み、
前記黒色成分は、コバルトフェライトブラックを含む、インクジェット用インクセット」である点で一致し、次の点で相違が認められる。
(相違点5-1)
赤色成分について、本件発明1は、「クロムスズマロン」を含むのに対し、甲1発明は、「ゴールドパープル」又は「カドミウムレッド」を含む点。
(相違点5-2)
インクセットについて、甲1発明は「Y(イエロー)インク」、「M(マゼンタ)インク」、「C(シアン)インク」、「R(レッド)インク」及び「K(ブラック)インク」からなるのに対し、本件発明5では、このような特定はされていない点。

イ 判断
ここで、事案に鑑み、相違点5-1について検討すると、上記相違点5-1は実質的な相違点であり、本件発明5は、甲1発明であるとはいえない。
また、上記(1)イで相違点2について述べたように、甲1発明において、赤色成分として「クロムスズピンク」ないし「クロムスズマロン」を用いることは、当業者が容易に想到し得るものではなく、相違点5-2の容易想到性について検討するまでもなく、本件発明5は、甲1発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである、とすることはできない。

(4)本件発明5を直接的又は間接的に引用する請求項6?8について
本件発明5を直接的又は間接的に引用する請求項6?8は、本件発明5を直接的又は間接的に引用し、さらに限定するものであるから、これらの発明は、本件発明5と同様に、甲1発明及び甲第3?5号証の記載事項に基いて、当業者が容易に発明することができたものである、とすることはできない。

(5)まとめ
以上のとおり、申立人の甲1を主たる引用例とした、特許法第29条第1項第3号及び同条第2項に係る申立理由には、理由がない。

2 甲3を主たる引用例とした場合
(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲3発明とを対比する。
(ア)甲3発明の「黄色インク」、「赤色のインク」、「青色インク」、「黒色インク」及び「インクジェット用インクセット」は、本件発明1の「黄色インク」、「赤色のインク」、「青色インク」、「黒色インク」及び「インクジェット用インクセット」にそれぞれ相当する。
(イ)甲3発明の「黄成分」、「マゼンタ成分」、「ブルー成分」及び「黒成分」は、本件発明1の「無機顔料」に含まれる「黄色成分」、「赤色成分」、「青色成分」及び「黒色成分」にそれぞれ相当する。
(ウ)甲3発明の「熱可塑性メジウム」は、本件発明1の「溶媒」に相当する。
(エ)そうすると、本件発明1と甲3発明とは、
「無機顔料と溶媒とを含むインクからなり、
前記無機顔料は、黄色成分と、赤色成分と、青色成分と、黒色成分とを含み、
前記黄色成分は黄色インクに含まれ、前記赤色成分は赤色インクに含まれ、前記青色成分は青色インクに含まれ、前記黒色成分は黒色インクに含まれる、インクジェット用インクセット」である点で共通し、次の点で相違が認められる。
(相違点A-1)
インクに対する無機顔料の含有量について、本件発明1は「20?50重量%」であるのに対し、甲3発明では、「黄成分」、「マゼンタ成分」、「ブルー成分」及び「黒成分」の含有量は規定されていない点。
(相違点A-2)
黄色成分と、赤色成分と、青色成分と、黒色成分について、本件発明1は、「ジルコンプラセオジウムイエロー」、「クロムスズマロン」、「コバルトアルミクロムブルー」及び「コバルトフェライトブラック」をそれぞれ含むのに対し、甲3発明の「黄成分」、「マゼンタ成分」、「ブルー成分」及び「黒成分」は、そのような規定はされていない点。
(相違点A-3)
溶媒について、本件発明1は「有機溶剤であり、かつ、水を含んで」いないのに対し、甲3発明の「熱可塑性メジウム」はそのようなものであるかどうか不明である点。

イ 判断
ここで、事案に鑑み、まず、相違点A-2について検討する。

本件発明1の「ジルコンプラセオジウムイエロー」、「クロムスズマロン」、「コバルトアルミクロムブルー」及び「コバルトフェライトブラック」は、いずれも特定の組成の無機顔料を示すものである。
一方、甲3発明の「黄成分」、「マゼンタ成分」、「ブルー成分」及び「黒成分」には、非常に多くの無機顔料が包含されるところ、甲3には、「ジルコンプラセオジウムイエロー」、「クロムスズマロン」、「コバルトアルミクロムブルー」及び「コバルトフェライトブラック」について、具体的に言及した記載はなく、しかも、甲3には、本件発明1の「ジルコンプラセオジウムイエロー」、「クロムスズマロン」、「コバルトアルミクロムブルー」及び「コバルトフェライトブラック」の組み合わせを選択することについては、記載も示唆もない。
また、甲1、6、9にも、そのような組み合わせを示す記載を見いだすことはできず、甲3発明において、これらの顔料の組み合わせを選択する動機付けがあるとはいえない。

そして、上記1(1)イで述べたように、本件発明1は、黄色成分として「ジルコンプラセオジウムイエロー」、赤色成分として「クロムスズマロン」、青色成分として「コバルトアルミクロムブルー」及び黒色成分として「コバルトフェライトブラック」をインクセットのそれぞれのインクに含むことによって、発色性が良好になるという、甲3発明からは予測し得ない顕著な作用効果を奏するものであり、相違点A-1、A-3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲3発明及び甲第1、6、9号証の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである、とすることはできない。

(2)本件発明2?4及び本件発明1を直接的又は間接的に引用する請求項6?8について
本件発明2?4及び本件発明1を直接的又は間接的に引用する請求項6?8は、本件発明1を直接的又は間接的に引用し、さらに限定するものであるから、これらの発明は、本件発明1と同様に、甲3発明及び甲第1、6、9号証の記載事項に基いて、当業者が容易に発明することができたものである、とすることはできない。

(3)本件発明5について
ア 対比
本件発明5と甲3発明とを対比すると、上記(2)アの本件発明1と甲3発明との対比から明らかなように、本件発明5と甲3発明とは、
「無機顔料と溶媒とを含むインクからなり、
前記無機顔料は、黄色成分と、赤色成分と、青色成分と、黒色成分とを含む、インクジェット用インクセット」である点で一致し、次の点で相違が認められる。
(相違点A-5-1)
黄色成分と、赤色成分と、青色成分と、黒色成分について、本件発明1は、「ジルコンプラセオジウムイエロー」、「クロムスズマロン」、「コバルトアルミクロムブルー」及び「コバルトフェライトブラック」をそれぞれ含むのに対し、甲3発明の「黄成分」、「マゼンタ成分」、「ブルー成分」及び「黒成分」は、そのような規定はされていない点。
(相違点A-5-2)
インクセットについて、甲3発明は「黄色インク、「赤色インク」、「青色インク」及び「黒色インク」からなるのに対して、本件発明5では、このような特定はされていない点。

イ 判断
ここで、事案に鑑み、相違点A-5-1について検討すると、上記(2)イで相違点A-2について述べたように、甲3発明において、甲3には、本件発明1の「ジルコンプラセオジウムイエロー」、「クロムスズマロン」、「コバルトアルミクロムブルー」及び「コバルトフェライトブラック」の組み合わせを選択することについては、記載も示唆もなく、また、甲3発明において、この組み合わせを選択する動機付けの存在を見いだすことはできないことから、相違点A-5-2について検討するまでもなく、本件発明5は、甲3発明及び甲第1、9号証の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである、とすることはできない。

(4)本件発明5を直接的又は間接的に引用する請求項6?8について
本件発明5を直接的又は間接的に引用する請求項6?8は、本件発明5を直接的又は間接的に引用し、さらに限定するものであるから、これらの発明は、本件発明5と同様に、甲3発明及び甲第1、9号証の記載事項に基いて、当業者が容易に発明することができたものである、とすることはできない。

(5)まとめ
以上のとおり、申立人の甲3を主たる引用例とした、特許法第29条第2項に係る申立理由には、理由がない。

3 甲6を主たる引用例とした場合
(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲6発明とを対比する。
(ア)甲6発明の「黄のインク」、「赤のインク」、「青のインク」、「黒のインク」及び「インクジェット用インクセット」は、本件発明1の「黄色インク」、「赤色のインク」、「青色インク」、「黒色インク」及び「インクジェット用インクセット」にそれぞれ相当する。
(イ)甲6発明の「黄色用金属酸化物顔料」、「赤色用金属酸化物顔料」、「青色用金属酸化物顔料」及び「黒色用金属酸化物顔料」は、本件発明1の「無機顔料」に含まれる「黄色成分」、「赤色成分」、「青色成分」及び「黒色成分」にそれぞれ相当する。
(ウ)甲6発明の「分散剤」は、甲6の【0043】(第4 4(2))には、「水溶性有機溶媒」が例示されているから、本件発明1の「溶媒」に相当する。
(エ)そうすると、本件発明1と甲6発明とは、
「無機顔料と溶媒とを含むインクからなり、
前記無機顔料は、黄色成分と、赤色成分と、青色成分と、黒色成分とを含み、
前記黄色成分は黄色インクに含まれ、前記赤色成分は赤色インクに含まれ、前記青色成分は青色インクに含まれ、前記黒色成分は黒色インクに含まれる、インクジェット用インクセット」である点で共通し、次の点で相違が認められる。
(相違点B-1)
インクに対する無機顔料の含有量について、本件発明1は「20?50重量%」であるのに対し、甲6発明では、「黄色用金属酸化物顔料」、「赤色用金属酸化物顔料」、「青色用金属酸化物顔料」及び「黒色用金属酸化物顔料」の含有量は規定されていない点。
(相違点B-2)
黄色成分と、赤色成分と、青色成分と、黒色成分について、本件発明1は、「ジルコンプラセオジウムイエロー」、「クロムスズマロン」、「コバルトアルミクロムブルー」及び「コバルトフェライトブラック」をそれぞれ含むのに対し、甲6発明の「黄色用金属酸化物顔料」、「赤色用金属酸化物顔料」、「青色用金属酸化物顔料」及び「黒色用金属酸化物顔料」は、そのような規定はされていない点。
(相違点B-3)
溶媒について、本件発明1は「有機溶剤であり、かつ、水を含んで」いないのに対し、甲6発明の「分散剤」はそのようなものであるかどうか不明である点。

イ 判断
ここで、事案に鑑み、まず、相違点B-2について検討する。
本件発明1の「ジルコンプラセオジウムイエロー」、「クロムスズマロン」、「コバルトアルミクロムブルー」及び「コバルトフェライトブラック」は、いずれも特定の組成の無機顔料を示すものである。
一方、甲6発明の「酸化クロム-酸化スズ系顔料」、「酸化クロム-酸化アンチモン系顔料」、「酸化コバルト、酸化銅、コバルト・アルミナ」及び「酸化イリジウム、酸化鉄、酸化ウラニウム、酸化コバルト、酸化クロム、酸化マンガン、クロム鉄酸化物などの混合物」には、非常に多くの顔料が包含されるところ、甲6の【0037】(第4 4(2))には、黄色用金属酸化物顔料として「ジルコンプラセオジウム(イエロー)」が例示されているとしても、甲6には、「クロムスズマロン」、「コバルトアルミクロムブルー」及び「コバルトフェライトブラック」については具体的な例示があるとはいえない。
そして、甲7、8の記載から、「コバルトアルミクロムブルー」が、本願出願前によく知られている青色顔料であるといえたとしても、甲6発明において、青色用顔料として具体的にどの顔料を用いればいいのかについては記載がなく、青色用顔料として「コバルトアルミクロムブルー」を選択し、本件発明1の顔料の組み合わせのものとする動機付けがあるということはできない。
また、甲3?甲5には、甲6発明において、「ジルコンプラセオジウムイエロー」、「クロムスズマロン」、「コバルトアルミクロムブルー」及び「コバルトフェライトブラック」の組み合わせを選択することについての記載は見いだせない。

そして、上記1(1)イで述べたように、本件発明1は、黄色成分として「ジルコンプラセオジウムイエロー」、赤色成分として「クロムスズマロン」、青色成分として「コバルトアルミクロムブルー」及び黒色成分として「コバルトフェライトブラック」をインクセットのそれぞれのインクに含むことによって、発色性が良好になるという、甲6発明からは予測し得ない顕著な作用効果を奏するものであり、相違点B-1、B-3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲6発明及び甲第3?5、7,8号証の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである、とすることはできない。

(2)本件発明2?4及び本件発明1を直接的又は間接的に引用する請求項6?8について
本件発明2?4及び本件発明1を直接的又は間接的に引用する請求項6?8は、本件発明1を直接的又は間接的に引用し、さらに限定するものであるから、これらの発明は、本件発明1と同様に、甲6発明及び甲第3?5、7,8号証の記載事項に基いて、当業者が容易に発明することができたものである、とすることはできない。

(3)本件発明5について
ア 対比
本件発明5と甲6発明とを対比すると、上記(2)アの本件発明1と甲6発明との対比から明らかなように、本件発明5と甲6発明とは、
「無機顔料と溶媒とを含むインクからなり、
前記無機顔料は、黄色成分と、赤色成分と、青色成分と、黒色成分とを含む、インクジェット用インクセット」である点で一致し、次の点で相違が認められる。
(相違点B-5-1)
黄色成分と、赤色成分と、青色成分と、黒色成分について、本件発明1は、「ジルコンプラセオジウムイエロー」、「クロムスズマロン」、「コバルトアルミクロムブルー」及び「コバルトフェライトブラック」をそれぞれ含むのに対し、甲6発明の「黄色用金属酸化物顔料」、「赤色用金属酸化物顔料」、「青色用金属酸化物顔料」及び「黒色用金属酸化物顔料」は、そのような規定はされていない点。
(相違点B-5-2)
インクセットについて、甲6発明は「黄のインク」、「赤のインク」、「青のインク」及び「黒のインク」からなるのに対して、本件発明5では、このような特定はされていない点。

イ 判断
ここで、事案に鑑み、相違点B-5-1について検討すると、上記(2)イで相違点B-2について述べたように、甲6発明において、甲6には、本件発明1の「ジルコンプラセオジウムイエロー」、「クロムスズマロン」、「コバルトアルミクロムブルー」及び「コバルトフェライトブラック」の組み合わせを選択することについては、記載も示唆もなく、また、甲6発明において、この組み合わせを選択する動機付けの存在を見いだすことはできないことから、相違点B-5-2について検討するまでもなく、本件発明5は、甲6発明及び第7、8号証の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである、とすることはできない。

(4)本件発明5を直接的又は間接的に引用する請求項6?8について
本件発明5を直接的又は間接的に引用する請求項6?8は、本件発明5を直接的又は間接的に引用し、さらに限定するものであるから、これらの発明は、本件発明5と同様に、甲6発明及び第7、8号証の記載事項に基いて、当業者が容易に発明することができたものである、とすることはできない。

(5)まとめ
以上のとおり、申立人の甲6を主たる引用例とした、特許法第29条第2項に係る申立理由には、理由がない。

4 甲1と甲6の組み合わせに基づく場合
上記1及び2で検討したとおり、甲1を主たる引用例とした場合及び甲6を主たる引用例とした場合のいずれも特許法第29条第2項に係る申立理由には理由がないから、申立人が主張する甲1及び甲6の組み合わせに基づく特許法第29条第2項に係る申立理由にも理由がないことは明らかである。

第6 むすび
以上のとおり、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、本件発明1?8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1?8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2020-07-22 
出願番号 特願2015-539152(P2015-539152)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C09D)
P 1 651・ 113- Y (C09D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 仁科 努  
特許庁審判長 天野 斉
特許庁審判官 瀬下 浩一
川端 修
登録日 2019-11-08 
登録番号 特許第6613139号(P6613139)
権利者 セーレン株式会社
発明の名称 インクジェット用インクセット、それを用いたインクジェットプリント物の製造方法およびインクジェットプリント物  
代理人 特許業務法人朝日奈特許事務所  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ