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審決分類 審判 一部申し立て 2項進歩性  B23K
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  B23K
管理番号 1364952
異議申立番号 異議2020-700098  
総通号数 249 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-09-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-02-21 
確定日 2020-08-06 
異議申立件数
事件の表示 特許第6562189号発明「溶接構造体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6562189号の請求項1、2、4、5に係る特許を維持する。 
理由 第1 本件特許異議申立の主な経緯
平成30年12月26日 特許第6562189号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし5に係る特許についての国際出願(特願2019-519786号)
令和 元年 8月 2日 本件特許権の設定登録
同 年 8月21日 本件特許に係る特許掲載公報の発行
令和 2年 2月21日 特許異議申立人吉田敦子(以下、「異議申立人」という。)による、請求項1、2、4及び5に係る特許についての特許異議の申立て(以下、「本件異議申立て」という。)
同 年 4月28日付け 異議申立人に審尋
同 年 7月 6日 回答書

第2 本件発明
本件特許についての請求項1ないし5に係る発明は、特許請求の範囲の記載のとおりであるところ、本件異議申立てが対象とする請求項1、2、4及び5に係る発明(以下、「本件発明1」等という。)は、以下のとおりである。

「【請求項1】
板状の接合部材の端面が板状の被接合部材の被接合面に当接した状態で、前記接合部材が前記被接合部材に両側部分溶込み溶接されたT継手部を有する溶接構造体であって、
前記接合部材は、前記接合部材の板厚方向に垂直な第1表面および第2表面を有し、
前記接合部材の板厚t(mm)が、下記(i)式を満足し、
前記第1表面側に形成された第1溶接部の第1熱影響部の最頂点と前記第1表面との前記接合部材の板厚方向の距離を距離h_(1)(mm)とし、前記第2表面側に形成された第2溶接部の第2熱影響部の最頂点と前記第2表面との前記接合部材の板厚方向の距離を距離h_(2)(mm)とした時に、
前記接合部材の、前記第1表面および前記第2表面の1mm深さ位置からそれぞれ採取され、厚さ方向が前記板厚方向と一致するASTM E208に規定されるタイプP3試験片を用いたNRL落重試験による無延性遷移温度が、-60℃以下であり、かつ下記(ii)式および(iii)式を満足する、
溶接構造体。
t≧50.0 ・・・(i)
NDTT_(1)≦-30.5×ln(h_(1))-14.0 ・・・(ii)
NDTT_(2)≦-30.5×ln(h_(2))-14.0 ・・・(iii)
但し、NDTT_(1)およびNDTT_(2)は、第1表面および第2表面の1mm深さ位置からそれぞれ採取されるASTM E208に規定されるタイプP3試験片を用いたNRL落重試験による無延性遷移温度(℃)である。
【請求項2】
前記接合部材の板厚t(mm)、前記距離h_(1)(mm)および前記距離h_(2)(mm)が、下記(iv)式および(v)式を満足する、
請求項1に記載の溶接構造体。
h_(1)≦t/4 ・・・(iv)
h_(2)≦t/4 ・・・(v)
【請求項4】
前記接合部材の板厚t(mm)が下記(xii)式を満足する、
請求項1から請求項3までのいずれかに記載の溶接構造体。
t>80.0 ・・・(xii)
【請求項5】
前記接合部材の降伏応力が400?580MPaであり、引張強さが510?750MPaである、
請求項1から請求項4までのいずれかに記載の溶接構造体。」

第3 申立理由の概要
異議申立人は、主たる証拠として以下の甲第1号証並びに従たる証拠として以下の甲第2号証及び甲第3号証を提出し、本件発明1、2、4及び5は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであるか、又は、甲第1号証から甲第3号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである旨主張する。

甲第1号証(以下「甲1」という。):特開2018-158345号公報
甲第2号証(以下「甲2」という。):Teppei Okawa外4名、“Simplified Evaluation of Brittle Brack Arrest Toughness in Heavy-Thick Plate by Combined Small-scale Tests”、Proceedings of the Twenty-fifth(2015)International Ocean and Polar Engineering Conference、International Society of Offshore and Polar Engineers(ISOPE)、2015年6月21-26日、1153-1157ページ
甲第3号証(以下「甲3」という。):石崎(正しくはJIS9433の文字)圭人、「造船向け溶接技術の開発動向および直近の成果(水平すみ肉溶接)」、船舶用鉄鋼材料に関するセミナー資料、2014年5月、1-19ページ
なお、甲第4号証(以下「甲4」という。)は、甲2の翻訳文である。

第4 甲号証の記載
1.甲1の記載事項、甲1発明
(1)甲1の記載事項
甲1には、溶接構造体について、以下の事項が記載されている(下線は理解の便のため当審にて付与。以下同じ。)。

ア 段落【0001】
「本発明は、例えば、大型コンテナ船やバルクキャリアーなどの、厚鋼板を用いて溶接施工された溶接鋼構造物に係り、とくに厚鋼板母材あるいは溶接継手部から発生した脆性亀裂の伝播を、構造物の大規模破壊に至る前に停止させることができる、脆性亀裂伝播停止特性に優れる溶接構造体に関する。」

イ 段落【0023】
「本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、被接合部材(フランジ)に発生した脆性亀裂の接合部材(ウェブ)への伝播と、接合部材(ウェブ)に発生した脆性亀裂の被接合部材(フランジ)への伝播を、大規模破壊に至る前に、停止(阻止)できる、脆性亀裂伝播停止特性に優れた溶接構造体を提供することを目的とする。」

ウ 段落【0036】
「【図1】隅肉溶接継手の断面構成を模式的に説明する説明図である。(a)は接合部材(ウェブ)1と板継ダブラー部材10および被接合部材(フランジ)2が直交している場合、(b)は接合部材(ウェブ)1と、板継ダブラー部材10および被接合部材(フランジ)2が斜めに交差している場合を示す。・・・」

エ 段落【0037】
「本発明溶接構造体は、接合部材と被接合部材との突合せ部分に板継ダブラー部材を備えてなる溶接構造体である。本発明溶接構造体は、接合部材(ウェブ)1の端面を、板継ダブラー部材10の一方の端面に突き合わせ、接合部材(ウェブ)1と板継ダブラー部材10とを溶接接合し、かつ板継ダブラー部材10の他方の端面を被接合部材(フランジ)2の表面に重ね合わせ、隅肉溶接により接合してなる隅肉溶接継手を備えた溶接構造体である。本発明溶接構造体では、接合部材(ウェブ)1、被接合部材(フランジ)2および板継ダブラー部材10がいずれも板厚50mm以上の厚鋼材である場合にとくに有効である。板厚50mm未満の場合には、本発明溶接構造体を用いなくても、通常のT継手と靭性に配慮した通常の厚鋼板(造船E級鋼など)の組み合わせで、脆性亀裂の伝播を阻止することができる。」

オ 段落【0040】
「本発明溶接構造体では、一方の端面を接合部材(ウェブ)1に溶接接合した板継ダブラー部材10の他方の端面を被接合部材(フランジ)2の表面に重ね合わせ、隅肉溶接により接合して、脚長3がLmm、溶着幅13がLmmの隅肉溶接金属5を有する隅肉溶接継手を構成する。さらに、本発明溶接構造体では、板継ダブラー部材10と被接合部材(フランジ)2の重ね合わせ面に、構造の不連続部となる、幅Bの非溶着部4を有する。」

カ 段落【0057】
「(実施例1)
表1に示す板厚の厚鋼板を、接合部材(ウェブ)1および被接合部材(フランジ)2とし、接合部材(ウェブ)1と被接合部材(フランジ)2との突合せ部分に、表1に示す板厚td、高さWhを有する板継ダブラー部材10を備え、図4(a)、(b)、(c)および図5(a)、(b)、(c)に示す形状の、実構造サイズの大型溶接構造継手9を作製した。」

キ 段落【0060】
「なお、作製した大型溶接構造継手9における隅肉溶接継手では、板継ダブラー部材10と被接合部材2との重ね合わせ面に、図1(a)に示すような非溶着部4を形成した。なお、非溶着部4では、表1に示すように、板継ダブラー部材10の板厚td、隅肉溶接部の脚長または溶着幅Lを変化させて、非溶着部比率Y:B/td×100(%)が、95%以上になるように調整した。また、板継ダブラー部材10では、表1に示すように板厚tdおよび高さWhを変化させ、Wh/tdを変化させた。なお、板継ダブラー部材10は、供用温度である-10℃での、圧延方向(亀裂伝播方向に垂直)における脆性亀裂伝播停止靭性(Kca)_(-10)が6000?15000N/mm^(3/2)である厚鋼板(板厚:60?150mm)を素材として、該素材から、素材板厚を部材板厚tdとし、幅方向に種々の部材高さWhとなるように、加工したものを使用した。」

ク 段落【0062】
「なお、・・・また、板継ダブラー部材10と被接合部材2との隅肉溶接継手は、炭酸ガスアーク溶接により、溶接材料および溶接入熱、シールドガス等の溶接条件を変化させて、表1に示すように、種々の靭性、種々の脚長もしくは溶着幅の隅肉溶接金属を有する隅肉溶接継手とした。なお、表1に示す溶接金属の脚長、溶着幅は、左右両側の平均値である。」

ケ 段落【0064】
「得られた大型隅肉溶接継手9を用いて、図4および図5に示す超大型構造モデル試験体を作製し、脆性亀裂伝播停止試験を実施した。なお、図4、図5の超大型構造モデル試験体は、大型隅肉溶接継手9の被接合部材(フランジ)2または接合部材(ウェブ)1の下方に仮付け溶接8で、被接合部材(フランジ)2または接合部材(ウェブ)1と同じ板厚の鋼板を溶接した。そして、機械ノッチ7の先端を突合せ溶接継手部22または突合せ溶接継手部12のBOND部、または溶接金属WMとなるように加工した。」

コ 段落【0065】-【0066】
「また、脆性亀裂伝播停止試験では、機械ノッチ7に打撃を与え脆性亀裂を発生させ、伝播した脆性亀裂が、停止するか伝播するかを調査した。いずれの試験も、応力100?283N/mm^(2)、温度:-10℃の条件で実施した。応力100N/mm^(2)は、船体に定常的に作用する応力の平均的な値であり、応力257N/mm^(2)は、船体に適用されている降伏強度390N/mm^(2)級鋼板の最大許容応力相当の値、応力283N/mm^(2)は、船体に適用されている降伏強度460N/mm^(2)級鋼板の最大許容応力相当の値である。温度-10℃は船舶の設計温度である。
得られた結果を表2に示す。」

サ 段落【0067】
「【表1】



シ 図1




ス 上記エ、オの記載及び上記シの図示内容から、「板継ダブラー部材10」の端面が「被接合部材(フランジ)2」の被接合面に当接した状態で、「板継ダブラー部材10」が「被接合部材(フランジ)2」に両側部分で「隅肉溶接」によって接合されていること、及び、その結果、「隅肉溶接継手」を有する「溶接構造体」になっていることが理解できる。
また、上記カの「板厚td、高さWhを有する板継ダブラー部材10」の記載から、「板継ダブラー部材10」は板状であると認められる。

セ 上記シの図示内容から、「板継ダブラー部材10」は、「板継ダブラー部材10」の板厚方向に垂直な第1表面および第2表面を有することが理解できる。

ソ 上記サの表及び上記キの記載から、板継ダブラー部材10の板厚td(mm)、-10℃での脆性亀裂伝播停止靭性(Kca)_(-10)、及び、非溶着部4の幅B(mm)について、試験体No.11の板厚tdが60(mm)であり、-10℃での脆性亀裂伝播停止靭性(Kca)_(-10)が6000(N/mm^(3/2))であり、非溶着部4の幅Bが58(mm)であること、試験体No.14の板厚tdが60(mm)であり、-10℃での脆性亀裂伝播停止靭性(Kca)_(-10)が10000(N/mm^(3/2))であり、非溶着部4の幅Bが58(mm)であること、及び、試験体No.54の板厚tdが100(mm)であり、-10℃での脆性亀裂伝播停止靭性(Kca)_(-10)が11500(N/mm^(3/2))であり、非溶着部4の幅Bが98(mm)であることが理解できる。

(2)甲1発明
上記(1)から、甲1には、溶接構造体について、以下の「甲1発明」が記載されているといえる。
「板状の板継ダブラー部材10の端面が板状の被接合部材(フランジ)2の被接合面に当接した状態で、前記板継ダブラー部材10が前記被接合部材(フランジ)2に両側部分で隅肉溶接によって接合された隅肉溶接継手を有する溶接構造体であって、
前記板継ダブラー部材10は、前記板継ダブラー部材10の板厚方向に垂直な第1表面および第2表面を有し、
前記板継ダブラー部材10の板厚td(mm)、-10℃での脆性亀裂伝播停止靭性(Kca)_(-10)、及び、非溶着部4の幅B(mm)について、
a 板厚tdが60(mm)であり、-10℃での脆性亀裂伝播停止靭性(Kca)_(-10)が6000(N/mm^(3/2))であり、非溶着部4の幅Bが58(mm)である(試験体No.11)か、
b 板厚tdが60(mm)であり、-10℃での脆性亀裂伝播停止靭性(Kca)_(-10)が10000(N/mm^(3/2))であり、非溶着部4の幅Bが58(mm)である(試験体No.14)か、
c 板厚tdが100(mm)であり、-10℃での脆性亀裂伝播停止靭性(Kca)_(-10)が11500(N/mm^(3/2))であり、非溶着部4の幅Bが98(mm)である(試験体No.54)、
溶接構造体。」

2.甲2の記載事項
甲2には、複合小規模試験による厚板における脆性亀裂伝播停止靭性の簡易評価について、以下の事項が記載されている(括弧内は、甲4(翻訳文)の対応する記載であり、図は甲4のものを引用する。)。

(1)1153ページ左欄2-14行
「To developa simplified evaluation method for brittle crack arrest toughness in aheavy-thick plate, the correlation between large-scale test (such as ESSO test)and small-scale tests (such as NRL drop-weight test and Charpy V-notch impacttest) was investigated. It was found that nil-ductility transition temperature obtainedby the NRL drop-weight test at the surface layer and fracture appearancetransition temperature (vTrs)obtained by the Charpy V-notch impact test at the quarter thickness positionhave a high correlation with brittle crack arrest toughness. A simplifiedevaluation equation for arrest toughness was suggested by combining the resultsof the small-scale tests. It was confirmed that the developed equation can beapplied for various steels independent of the chemical composition and themanufacturing process.」
(厚板の脆性亀裂阻止靭性の簡易評価法を開発するために、大規模試験(ESSO試験等)と小規模試験(NRL ドロップウエイト試験、シャルピーVノッチ衝撃試験等)の相関を調べた。表面層でのNRL 落重試験で得られた無延性遷移温度と、四分位厚位置でのシャルピーVノッチ衝撃試験で得られた破壊外観遷移温度(vTrs)は、脆性亀裂伝播停止靭性と高い相関を持つことが分かった。小規模試験の結果を組み合わせることにより、伝播停止靭性の簡易評価式を提案した。開発した方程式は化学組成や製造プロセスに関係なく種々の鋼に適用できることを確認した。)

(2)1154ページ右欄5-12行
「NRLdrop-weight tests were conducted using P-3 type specimens in accordance withASTM E208. The specimens were taken from the surface layer of the steel plates,as shown in Fig.4. It was assured that the surfaces of the specimens and thesteel plates are coincident. The tests were performed at a predefinedtemperature, and break or no-break was judged by visual inspection of thetested specimen. The nil-ductility transition temperature (NDTT) was defined as 5 ℃ below the lowesttemperature where two no-breaks are recorded.」
(NRL 落重試験を、ASTM E208 に従ってP-3タイプ試験片を用いて実施した。試験片は図4に示すように鋼板の表層から採取した。試験片と鋼板の表面は一致していることを確認した。試験は所定の温度で実施し、破断または非破断は試験片の目視検査により判断した。無延性遷移温度(NDTT)は二つの無破断を記録した最低温度より5℃低い値と定義した。)

(3)図4




(4)1155ページ左欄3-9行
「Figures 5-7illustrate the relation between the results of small-scale tests and the TK_(ca)6000 obtained by ESSOtests. The NDTT at surface or the vTrs at 1/4 thickness shows relativelyhigh correlations with TK_(ca)6000.However, the vTrs at 1/2 thicknessshows poor correlation with TK_(ca)6000.It is expected that the NDTT atsurface and/or the vTrs at 1/4thickness are effective for evaluations of arrest toughness of heavy-thickplates.」
(図5?7に小規模試験結果とESSO試験で得られたTK_(ca)6000との関係を示す。表面でのNDTTまたは1/4厚さでのvTrsはTK_(ca)6000と比較的高い相関を示した。しかし、1/2厚さのvTrsはTK_(ca)6000との相関が低い。表面でのNDTTおよび/または1/4厚さでのvTrsは厚板の伝播停止靭性の評価に有効であると期待される。)

(5)図5




(6)1155ページ右欄9-16行
「Based on the above observation, it is inferred that TK_(ca)6000can be predicted more accurately by using both NDTT at surface and the vTrsat 1/4 thickness. Therefore, estimate equation for TK_(ca)6000 was expressed as following function:
TK_(ca)6000=f(NDTT_(s),vTrs_(1/4)) (3)
where, TK_(ca)6000 is the temperature corresponding to K_(ca)=6000N/mm^(1.5) indeg. C, NDTT_(s) is the NDTT at surface in deg. C, vTrs_(1/4) is the vTrs at 1/4 thickness in deg. C.」
(上記の観察に基づいて、TK_(ca)6000は表面でのNDTTと1/4厚さでのvTrsの両方を用いることにより、より正確に予測できると結論される。したがって、TKca6000の推定式は以下の関数で表される。
TKca6000=f(NDTTs,vTrs_(1/4)) (3)
ここで、TKca6000はKca6000 N/mm^(1.5)に対応する温度(℃)である。NDTTsは表面でのNDTT(℃)である。vTrs_(1/4)は1/4厚さでのvTrs(℃)である。)

3.甲3の記載事項
甲3の10ページには、溶接速度と脚長の関係について、以下の事項が記載されている。





第5 当審の判断
1.本件発明1について
(1)対比
本件発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明の「板継ダブラー部材10」は、被接合部材(フランジ)2に溶接により接合する部材であるから、本件発明1の「接合部材」に相当し、以下同様に、「被接合部材(フランジ)2」は「被接合部材」に、「両側部分で隅肉溶接によって接合された」は「両側部分溶込み溶接された」に、「隅肉溶接継手」は「T継手部」に、それぞれ相当する。
また、甲1発明の「前記板継ダブラー部材10の板厚td(mm)」「について」「板厚tdが60(mm)であり」又は「板厚tdが100(mm)であり」は、本件発明1の「前記接合部材の板厚t(mm)」が、「t≧50.0 ・・・(i)」の式を満足することに相当する。

よって、本件発明1と甲1発明とは、
「板状の接合部材の端面が板状の被接合部材の被接合面に当接した状態で、前記接合部材が前記被接合部材に両側部分溶込み溶接されたT継手部を有する溶接構造体であって、
前記接合部材は、前記接合部材の板厚方向に垂直な第1表面および第2表面を有し、
前記接合部材の板厚t(mm)が、下記(i)式を満足する、
溶接構造体
t≧50.0 ・・・(i)」
である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点:本件発明1は、「前記第1表面側に形成された第1溶接部の第1熱影響部の最頂点と前記第1表面との前記接合部材の板厚方向の距離を距離h_(1)(mm)とし、前記第2表面側に形成された第2溶接部の第2熱影響部の最頂点と前記第2表面との前記接合部材の板厚方向の距離を距離h_(2)(mm)とした時に、
前記接合部材の、前記第1表面および前記第2表面の1mm深さ位置からそれぞれ採取され、厚さ方向が前記板厚方向と一致するASTM E208に規定されるタイプP3試験片を用いたNRL落重試験による無延性遷移温度が、-60℃以下であり、かつ下記(ii)式および(iii)式を満足する、
NDTT_(1)≦-30.5×ln(h_(1))-14.0 ・・・(ii)
NDTT_(2)≦-30.5×ln(h_(2))-14.0 ・・・(iii)
但し、NDTT_(1)およびNDTT_(2)は、第1表面および第2表面の1mm深さ位置からそれぞれ採取されるASTM E208に規定されるタイプP3試験片を用いたNRL落重試験による無延性遷移温度(℃)である」のに対し、甲1発明がこの条件を満たすかは不明である点。

(2)判断
ア 特許法第29条第1項第3号について
甲1には、本件発明1における「熱影響部」及び「接合部材の、前記第1表面および前記第2表面の1mm深さ位置からそれぞれ採取され、厚さ方向が前記板厚方向と一致するASTM E208に規定されるタイプP3試験片を用いたNRL落重試験による無延性遷移温度」については記載がない。
(熱影響部について)
一方、上記第4の3.のとおり、甲3には、溶接速度と脚長の関係が示されており、5つの溶接速度に対する脚長を示すために、それぞれの隅肉溶接部の写真が示されている。そして、その写真を見ると、接合部材及び被接合部材の中で変色している箇所があり、当該変色箇所が熱影響によるものであること、及び、当該変色箇所の厚さがいずれも3mm以下であることが理解できる。
しかし、甲3に示された写真中の熱影響による変色箇所の厚さが全て3mm以下であるからといって、あらゆる鋼板及びあらゆる溶接条件において、熱影響部の厚さが3mm以下になるということまではできない。すなわち、甲1の「板継ダブラー部材」と甲3の「試供鋼板」とが同じ特性を有するかが明らかではなく、甲1と甲3に記載された隅肉溶接部の溶接条件が同じであるか否かも明らかではない以上、甲1の「板継ダブラー部材」の熱影響部の厚さが、甲3の熱影響による変色箇所の厚さと同じものとなるかは不明であり、結局甲1発明の熱影響部の厚さは不明であると言わざるを得ない。
そうすると、甲1発明において、本件発明1における「第1表面側に形成された第1溶接部の第1熱影響部の最頂点と前記第1表面との前記接合部材の板厚方向の距離」である「距離h_(1)(mm)」、及び、「第2表面側に形成された第2溶接部の第2熱影響部の最頂点と前記第2表面との前記接合部材の板厚方向の距離」である「距離h_(2)(mm)」は不明であるから、本件発明1に特定される(ii)式および(iii)式の右辺の値は不明ということになる。
(無延性遷移温度について)
また、上記第4の2.に示されるとおり、甲2には、試験片を、その厚さ方向が試験対象の鋼材の厚さ方向と一致するように採取して、NRL落重試験をASTM E208に従ってP-3タイプ試験片を用いて実施して、表面での無延性遷移温度(NDTT)を求めることが記載されている。そして、上記第4の2.(4)及び(5)のとおり、表面での無延性遷移温度(NDTT)はTKca6000と比較的高い相関を示すことが理解できる。
しかし、上記第4の2.(6)に「TKca6000は表面でのNDTTと1/4厚さでのvTrsの両方を用いることにより、より正確に予測できる」と記載されるとおり、甲2は、無延性遷移温度(NDTT)だけではTKca6000を正確に表すことはできないことを示しており、上記第4の2.(5)のグラフ上に示された実線によって、TKca6000が-10℃の時、無延性遷移温度(NDTT)が-60℃であることが読み取れることのみから、甲1発明において、TKca6000が-10℃以下であれば、無延性遷移温度(NDTT)が-60℃以下であると断定することはできず、結局甲1発明の無延性遷移温度(NDTT)は不明であると言わざるを得ない。事実、上記第4の2.(5)のグラフでは、グラフ上にプロットされた個々の値は相当程度にばらついており、必ずしも実線上に乗らないことの証左となっている。
そうすると、甲1発明において、本件発明1に特定される(ii)式および(iii)式の左辺の値も不明ということになる。

以上から、甲1発明において、本件発明1に特定される(ii)式および(iii)式の条件を満足するかどうかについては不明と言わざるを得ない。
したがって、上記相違点は実質的な相違点であるから、本件発明1は、甲1発明ではない。

イ 特許法第29条第2項について
甲1発明は、上記第4の1(2)のとおりであるところ、本件発明1との一致点、相違点は上記(1)のとおりである。
そして、上記アのとおり、甲2及び甲3の記載事項を考慮しても、甲1発明において、「熱影響部」の厚さ、及び、「無延性遷移温度(NDTT)」は不明であるから、甲1発明が、本件発明1に特定される(ii)式および(iii)式の条件を満足するかどうかは不明といわざるを得ない。
したがって、本件発明1は、甲1発明及び甲2、甲3の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

2.本件発明2、4及び5について
本件発明2、4及び5は、本件発明1を引用するものであって、本件発明1のすべての発明特定事項を含むものであるところ、上記1.のとおり、本件発明1は、甲1発明ではなく、甲1発明及び甲2、甲3の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、本件発明2、4及び5についても同様に、甲1発明ではなく、甲1発明及び甲2、甲3の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

3.小括
以上のとおり、本件発明1、2、4及び5についての特許は、特許法第29条第1項第3号又は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものということはできない。

第6 むすび
したがって、特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1、2、4及び5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1、2、4及び5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2020-07-29 
出願番号 特願2019-519786(P2019-519786)
審決分類 P 1 652・ 121- Y (B23K)
P 1 652・ 113- Y (B23K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 柏原 郁昭  
特許庁審判長 刈間 宏信
特許庁審判官 見目 省二
青木 良憲
登録日 2019-08-02 
登録番号 特許第6562189号(P6562189)
権利者 日本製鉄株式会社
発明の名称 溶接構造体  
代理人 特許業務法人ブライタス  

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