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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H04M
管理番号 1365426
審判番号 不服2019-1063  
総通号数 250 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-10-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-01-28 
確定日 2020-08-19 
事件の表示 特願2016-255134「宅内構成員の異常状態判断方法及びサーバ」拒絶査定不服審判事件〔平成30年 7月 5日出願公開、特開2018-107751〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
第1 手続の経緯

本願は、平成28年12月28日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 平成28年12月26日、韓国)を出願日とする出願であって、その手続の経緯は以下のとおりである。

平成29年12月12日付け :拒絶理由の通知
平成30年 3月13日 :意見書及び手続補正書の提出
平成30年 6月 7日付け :拒絶理由の通知
平成30年 8月20日 :意見書の提出
平成30年11月22日付け :拒絶査定
平成31年 1月28日 :審判請求書及び手続補正書の提出
令和 元年11月18日付け :当審による拒絶理由の通知
令和 2年 2月12日 :意見書及び手続補正書の提出


第2 本願発明

令和2年2月12日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1には、以下の事項が記載されている。(なお、下線は拒絶査定不服審判請求人により付されたものである。)

「【請求項1】
所定の第1時間の電力使用量を含む宅内の電力使用データを測定する測定部、
前記所定の第1時間の電力使用量、曜日、時間情報及び天気情報を含む入力データと、前記所定の第1時間の次の時間である所定の第2時間の曜日、時間情報及び天気情報を含む入力データとを、DNN(Deep Neural Network)に入力することによって、前記DNNから出力された値を、前記所定の第2時間の宅内の電力使用量として推定する推定部、
前記所定の第1時間の前記電力使用量と前記所定の第2時間の前記電力使用量との差が所定の臨界値以上であるか否かを判断し、かつ前記所定の第1時間の前記電力使用量と前記所定の第2時間の前記電力使用量とに基づいて宅内機器を使った後に発生すると予測した複数の宅内機器の使用の順序を示す機器使用パターンが、既存の機器使用パターンに比べて変わったか否かを判断することによって、宅内構成員の異常状態を判断する判断部、
前記宅内構成員の異常状態が発生したと判断する場合、前記宅内構成員の異常状態を含む通知メッセージを生成するメッセージ生成部、及び
前記通知メッセージを所定のユーザ装置に転送するメッセージ転送部を含むことを特徴とするサーバ。」(以下、「本願発明」という。)


第3 当審の拒絶理由の概要

当審の拒絶の理由である、令和元年11月18日付け拒絶理由通知の理由は、概略、次のとおりのものである。

●理由1(実施可能要件)

請求項1に記載の発明が備える『判断部』は、宅内構成員の異常状態を判断する要件として、『前記所定の第1時間単位の前記宅内の電力使用データ及び前記所定の第2時間単位の前記宅内の電力使用データに基づいて、前記所定の第1時間単位の前記宅内の電力使用データ及び前記所定の第2時間単位の前記宅内の電力使用データの差が所定の臨界値以上であるか否かを判断』(以下、「判断1」という。)、及び、『宅内機器を使った後に発生すると予測される、複数の宅内機器の使用の連関性を示す機器使用パターンが既存の機器使用パターンに比べて変わったか否かを判断』(以下、「判断2」という。)を有している。そして、上記「判断1」に関し、前記『所定の第2時間単位の電力使用データ』は、同発明が備える推定部が『前記所定の第1時間単位の入力データと、前記所定の第1時間の次の時間である所定の第2時間単位の入力データとを、DNN(Deep Neural Network)に入力することによって、前記DNNから出力された値』であるところの“推定値”である。

ここで、“推定値”と“実測値”とでは、その値に乖離が生じることは容易に想像されるのにも拘わらず、「所定の第2時間単位の前記宅内の電力使用データ」として、“実測値”ではなく敢えて“推定値”を用いることで、宅内構成員の異常状態を適正(又は正確)に判断できる理由が不明である。

そして、請求項1の「判断1」において、「次の時間単位(所定の第2時間単位)の入力データ」に宅内構成員の行動とは無関係の「次の時間が属した曜日、該当時間情報及び天気情報」を含めたとしても、宅内構成員に異常状態が発生したことは推定値には反映されないことは技術常識である。
よって、「以前の24時間の間測定した宅内の全体電力使用量と次の24時間の間推定した宅内の全体電力使用量との差が所定の臨界値以上であるか否かを判断」したとしても、その結果から「宅内構成員の異常状態を判断」することはできない。

また、請求項1の「判断2」においても、「既存の機器使用パターン」が、「以前の時間単位」の「機器使用パターン」を意味するとすれば、「予測される機器使用パターン」には、宅内構成員に異常状態が発生したことが反映されないから、宅内構成員の異常状態を判断し得るとはいえない。

以上より、本件出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえないから、この出願は、特許法第36条第4項第1項に規定する要件を満たしていない。

●理由2(明確性)

請求項1の『宅内機器を使った後に発生すると予測される、複数の宅内機器の使用の連関性を示す機器使用パターンが既存の機器使用パターンに比べて変わったか否かを判断することによって、』との記載において、(1)前記「宅内機器を使った後に発生すると予測される」との文言が、当該文言以降のどの文言を修飾しているのか不明、(2)前記「宅内機器を使った後に発生すると予測される」との事項を実行する「動作主体」及び「予測のために用いられる情報」が何であるのか不明、(3)前記「連関性」とは、如何なる内容を意図しているのか不明、(4)前記「既存の機器使用パターン」が何を意味するのか不明である。

請求項1の『判断部』について、理由1で言及した上記「判断1」かつ「判断2」によって「宅内構成員の異常状態を判断」することが特定されているが、上記理由1で述べたとおり、「判断1」によっては「宅内構成員の異常状態を判断」することはできず、また、「判断1」の結果に基づいて「判断2」を行うものでもないから、請求項1において「判断1」を行うことの技術的意味が理解できない。

よって、この出願は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。


第4 本願の発明の詳細な説明の記載

本願の発明の詳細な説明の記載には、以下の記載がある。

1.本願発明の課題に関する記載

(1-1)
「【0002】
一人暮らし老人及び患者等といった宅内構成員に対して保護者の観察及び監視が必要な場合がある。この場合、保護者は周期的に家を訪問したり電話等の連絡によって被保護者の状態を確認したりする。最近では、CCTV(Closed-Circuit Television)を設置して被保護者の状態を確認するにおいて効率化を試みており、さらには画像処理技術を活用して被保護者の動きを判断して保護者に自動で通知したりする。
【0003】
しかし、遠隔監視をするためのCCTVは、被保護者の私生活を侵害して被保護者及び保護者皆に拒否感を与える副作用がある。また、CCTVの陰影区域を取り扱うためには複数のCCTVが設置されなければならず、該当データを遠隔で転送し処理するためには大容量のネットワーク及びコンピューティング資源が必要であるので経済性の側面にも短所がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上述した技術的問題に対応するために導き出されたものであり、本発明の目的は、従来技術における限界と短所によって発生する様々な問題点を実質的に補完できるものであって、宅内の電力使用データに基づいて宅内構成員の異常状態を把握し、それをユーザ装置に知らせる宅内構成員の異常状態判断方法及びその装置を提供することにあり、前記方法を実行させるためのプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体を提供することにある。」


2.本願発明の全体構成及び測定部に関する記載

(2-1)
「【0023】
図2は、本発明の一実施形態による宅内構成員の異常状態判断サーバの概略的なブロック図である。
本発明の一実施形態によるサーバ200は、測定部210、判断部230、メッセージ生成部250及びメッセージ転送部270を含む。また、本発明の一実施形態によるサーバ200は格納部をさらに含む。
【0024】
測定部210は、所定の第1時間単位で宅内の電力使用データを測定する。宅内の電力使用データは、宅内の全体電力使用量、宅内機器の電力使用量、宅内機器の電力使用時間及び宅内機器の電力使用回数のうち少なくとも一つを含む。宅内機器の電力使用量、宅内機器の電力使用時間及び宅内機器の電力使用回数は、宅内の個別機器の値で測定されるか、複数の機器をグループ化してグループに対して測定される。
【0025】
例えば、測定部210は、1時間または15分等の時間単位で宅内の全体電力使用量を測定することができる。また、測定部210は、1秒単位で宅内の電力使用量を測定することによって、リアルタイムで宅内の電力使用量を測定することもできる。前記所定の第1時間単位はサーバ200の構成に応じて異なるように設定することができる。
【0026】
測定部210は、宅内の全体電力使用量だけでなく、宅内の個別機器の電力使用量を測定する。また、本発明の一実施形態による測定部210は、所定の第2時間単位で宅内の電力使用データを推定する。よって、測定部210は、宅内の個別機器の電力使用量を測定するだけでなく、宅内の個別機器の電力使用量を推定することができ、それについては図3において詳細に後述する。」

(2-2)
「【0044】
図3は、本発明の一実施形態によるサーバが宅内の電力使用データを推定する時に用いられるDNN(Deep Neural Network)を概略的に示す図である。
本発明の一実施形態によるサーバ200の測定部210は所定の時間単位で宅内の電力使用データを推定する。前記所定の時間単位は24時間単位及び曜日単位等といった様々な時間単位を含む。
【0045】
例えば、測定部210は、以前の時間単位(例えば、以前の24時間)の入力データと次の時間単位の入力データに基づいて、次の時間単位の宅内の電力使用量を推定する。以前の時間単位の入力データは、以前の時間の間測定された宅内の電力使用量、該当時間が属した曜日、該当時間情報及び天気情報を含む。天気情報は温度、湿度及び雲量等を含む。次の時間単位の入力データは、次の時間が属した曜日、該当時間情報及び天気情報を含む。
【0046】
図3に示すように、本発明の一実施形態による測定部210は、DNN(Deep Neural Network)を用いて宅内の電力使用量を推定する。
DNNは、入力層(Input Layer)310、出力層(Output Layer)350、及び入力層と出力層との間にある複数の隠れ層(Hidden Layer)330を含む人工の神経ネットワーク(Artificial Neural Network、ANN)である。DNNは、隠れ層に割り当てられた変数値は知ることができないが、各々の層が以前/以後の層と連結され、その結果、入出力変数間の複雑な非線形関係を数学的にモデリングすることができる。
【0047】
本発明の一実施形態による測定部210は、前述した以前の時間単位の入力データ及び次の時間単位の入力データをDNNの入力層310に入力として受け、次の時間単位の宅内の電力使用量をDNNの出力層350から出力する。」


3.本願発明の判断部に関する記載(後述する「判断1」に関する記載)

(3-1)
「【0030】
本発明の一実施形態による判断部230は、所定の第1時間の間測定した宅内の全体電力使用量と所定の第2時間の間推定した宅内の全体電力使用量との差が所定の臨界値以上であるか否かを判断する。前記所定の第2時間は前記所定の第1時間の次の時間であり、例えば、判断部230は以前の24時間の間測定した宅内の全体電力使用量と次の24時間の間推定した宅内の全体電力使用量との差が所定の臨界値以上であるか否かを判断する。
【0031】
前記差が所定の臨界値以上である場合、宅内構成員に異常状態が発生したと判断する。宅内の全体電力使用量を推定する方法は図3において後述する。」

(3-2)
「【0051】
本発明の一実施形態によるサーバ200は、所定の第1時間の間測定した宅内の全体電力使用量と所定の第2時間の間推定した宅内の全体電力使用量との差が所定の臨界値以上であるか否かを判断する。前記所定の第2時間は前記所定の第1時間の次の時間であり、例えば、サーバ200は以前の24時間の間測定した宅内の全体電力使用量と次の24時間の間推定した宅内の全体電力使用量との差が所定の臨界値以上であるか否かを判断する。
【0052】
前記差が所定の臨界値以上である場合、宅内構成員に異常状態が発生したと判断する。宅内の全体電力使用量を推定する方法は図3において記述した通りである。
本発明の一実施形態によるサーバ200は、測定した宅内の電力使用データを前記所定の第1時間単位で格納する。」


4.本願発明の判断部に関する記載(後述する「判断2」に関する記載)

(4-1)
「【0039】
本発明の一実施形態による判断部230は、宅内機器を使った後に発生すると予測されるか、所定の時間に高確率で発生すると予測される、機器使用パターンが現れるか否かを判断する。判断部230は、予測される機器使用パターンが既存の機器使用パターンに比べて変わった場合、宅内機器の使用パターン連関規則の異常を理由に宅内構成員に異常状態が発生したと判断する。
【0040】
判断部230は、機器使用パターンを予測するために関係規則分析技術を利用する。関係規則分析と関連した詳細な内容は既に出願して登録された韓国特許「エネルギー消費機器の連関性に応じた異常使用判断方法」(登録番号:10-1642044、登録日:2016.07.18)に記述されており、前記登録特許は本明細書内に参照用として含まれる。」

(4-2)
「【0059】
本発明の一実施形態によるサーバ200は、宅内機器を使った後に発生すると予測されるか、所定の時間に高確率で発生すると予測される、機器使用パターンが現れるか否かを判断する。サーバ200は、予測される機器使用パターンが既存の機器使用パターンに比べて変わった場合、宅内機器の使用パターン連関規則の異常を理由に宅内構成員に異常状態が発生したと判断する。サーバ200は、機器使用パターンを予測するために関係規則分析技術を利用する。」


第5 判断

令和元年11月18日付け拒絶理由通知の理由1(実施可能要件)について検討する。

令和2年2月12日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載されているとおり、本願発明における『判断部』は、宅内構成員の異常状態を判断するに際して、『前記所定の第1時間の前記電力使用量と前記所定の第2時間の前記電力使用量との差が所定の臨界値以上であるか否かを判断』(以下、「判断1」という。)し、かつ『前記所定の第1時間の前記電力使用量と前記所定の第2時間の前記電力使用量とに基づいて宅内機器を使った後に発生すると予測した複数の宅内機器の使用の順序を示す機器使用パターンが、既存の機器使用パターンに比べて変わったか否かを判断する』(以下、「判断2」という。)ものである。

そして、『所定の第2時間の電力使用量』とは、令和2年2月12日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載されているとおり、『所定の第1時間の電力使用量、曜日、時間情報及び天気情報を含む入力データと、前記所定の第1時間の次の時間である所定の第2時間の曜日、時間情報及び天気情報を含む入力データとを、DNN(Deep Neural Network)に入力することによって、前記DNNから出力された値』であるところの「推定値」である。

そこで、前記「判断1」と「判断2」を行うことで、「宅内構成員の異常状態を判断する」ことが可能か否か、及び、本願の発明の詳細な説明には、「宅内構成員の異常状態を判断する」ために、前記「判断1」と「判断2」を当業者が実施できる程度に開示されているか否かについて検討する。


1.「判断1」について

(1-1)
一般的に、異常を検出するためには、異常検出の対象となる値(以下、「対象値」という。)と正常な状態の値(以下、「正常値」という。)とを比較して、両者に有意の差があるかを確認するのが技術常識である。
また、電力使用量が曜日、時間又は天候によって変化することも技術常識である。

(1-2)
上記2つの技術常識によれば、電力使用量を用いて宅内構成員に異常状態が発生したことを検出するためには、比較対象となる正常値(即ち、宅内構成員に異常状態が発生していない時)は、「所定の第1時間」より以前において、“宅内構成員に異常状態が発生していない時の「所定の第1時間」と同条件下、もしくは、極めて類似している条件下での実測値(電力使用量)”、又は、“宅内構成員に異常状態が発生していない時の「所定の第1時間」と同条件下、もしくは、極めて類似している条件下での当該「所定の第1時間」の推定値(電力使用量)”のいずれかと、対象値である「所定の第1時間における実測値(電力使用量)」とを比較しなければならない。
そうでなければ、前記「対象値」の測定期間である「所定の第1時間」に異常がなかったとしても、曜日、時間又は天候の差によって、上記「正常値」との間に有意の差が検出されてしまい、上記「対象値」の異常の有無(即ち、宅内構成員に異常状態が発生したか否か)が判断できなくなる。

(1-3)
一方、本願発明における「判断1」は、 “「所定の第1時間」における実測値(電力使用量)”(以下、「第1時間における実測値」という。)と“「所定の第1時間の電力使用量、曜日、時間情報及び天気情報を含む入力データ」と「所定の第1時間の次の時間である所定の第2時間の曜日、時間情報及び天気情報を含む入力データ」とをDNNに入力して、前記DNNから出力された「推定値」である「所定の第2時間における電力使用量」”(以下、「第2時間における推定値」という。)と比較することで、宅内構成員に異常状態が発生したか否かを判断する点で、上記技術常識とは異なったものである。
すなわち、「所定の第1時間」と「所定の第2時間」とは異なる時間であるため曜日、時間又は天候が異なり、両時間における電力使用量の正常値もそれぞれ異なるから、上記技術常識による異常検出のように両者間の差をもって異常の有無を検出することはできない。

(1-4)
加えて、「判断1」において用いられる「第2時間における推定値」は、「所定の第1時間」と「曜日」や「天気情報」が異なる条件のもとでDNNにより推定されたものであり、「第1時間における実測値」とは条件が異なっているにも拘わらず、「第1時間における実測値」と「第2時間における推定値」とを比較することで、宅内構成員に異常状態が発生したことを判断できるとする技術的根拠に関する記載、及び、宅内構成員に異常状態が発生したことを判断するための具体的な実施態様に関する記載は、上記「第4」の「3.本願発明の判断部に関する記載(後述する「判断1」に関する記載)」で摘記した箇所、及び、その他の箇所にもなく、当業者といえども、本願の発明の詳細な説明の記載に基づいて、宅内構成員に異常状態が発生したか否かに関する「判断1」を実施することはできないといわざるを得ない。

(1-5)
仮に、「所定の第1時間」において宅内構成員に異常状態が発生した場合には、「第1時間における実測値」が異常値となるから、比較対象である「第2時間における推定値」が正常値とならなければならないはずである。
しかしながら、「第2時間における推定値」は、「前記所定の第1時間の電力使用量、曜日、時間情報及び天気情報を含む入力データと、前記所定の第1時間の次の時間である所定の第2時間の曜日、時間情報及び天気情報を含む入力データとを、DNN(Deep Neural Network)に入力することによって、前記DNNから出力された値」であり、DNNの入力に異常値である「所定の第1時間の電力使用量」を使用している以上、DNNの出力は正常値になり得ない。
加えて、正常値である「第2時間における推定値」をDNNにより推定することができるとの技術的根拠に関する記載、及び、正常値である「第2時間における推定値」をDNNが推定するための具体的な実施態様に関する記載は、上記「第4」の「3.本願発明の判断部に関する記載(後述する「判断1」に関する記載)」で摘記した箇所、及び、その他の箇所にもなく、DNNにより正常値である「第2時間における推定値」を推定させることは、当業者といえども、実施できるものとはいえない。
したがって、「所定の第1時間」において宅内構成員に異常状態が発生した場合、当業者が、本願の発明の詳細な説明の記載に基づいて、宅内構成員に異常状態が発生したか否かに関する「判断1」を実施することはできないといわざるを得ない。

(1-6)
また、仮に、「所定の第2時間」において宅内構成員に異常状態が発生する場合には、DNNにより推定された「第2時間における推定値」が異常値となり、比較対象である「所定の第1時間の電力使用量」は正常値とならなければならないはずである。
しかしながら、DNNに入力される「所定の第1時間の電力使用量」が正常値である以上、DNNの出力は異常値になり得ない。
加えて、異常値である「第2時間における推定値」をDNNにより推定することができるとの技術的根拠に関する記載、及び、異常値である「第2時間における推定値」をDNNが推定するための具体的な実施態様に関する記載は、上記「第4」の「3.本願発明の判断部に関する記載(後述する「判断1」に関する記載)」で摘記した箇所、及び、その他の箇所にもなく、DNNにより異常値である「第2時間における推定値」を推定させることは、当業者といえども、実施できるものとはいえない。
したがって、「所定の第2時間」において宅内構成員に異常状態が発生する場合においても、当業者が、本願の発明の詳細な説明の記載に基づいて、宅内構成員に異常状態が発生したか否かに関する「判断1」を実施することはできないといわざるを得ない。

(1-7)
以上のとおりであるから、本願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が「判断1」を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。


2.「判断2」について

(2-1)
「判断2」において用いられる『宅内機器を使った後に発生すると予測した複数の宅内機器の使用の順序を示す機器使用パターン』は、「第1時間における実測値」と「第2時間における推定値」とに基づいて予測された「予測パターン」である。
一方、『既存の機器使用パターン』は、上記「第4」の「4.本願発明の判断部に関する記載(後述する「判断2」に関する記載)」で摘記した箇所においては、何かしらの要件を特定する記載はないものの、審判請求人が令和2年2月12日の意見書において主張した「宅内において異常が発生していない状態において予め抽出された機器使用パターン」及び「異常が発生していない状態において定義された既存機器使用パターン」との事項を勘案すると、審判請求人が主張するとおりのものと解することは一応可能である。

(2-2)
「判断2」において、「予測パターン」が『既存の機器使用パターン』に比べて変わっていると判断するためには、「予測パターン」には、宅内構成員に異常状態が発生したことを示す特徴(パターン)が現れていなければならない。
しかしながら、本願発明における「判断2」は、「予測パターン」を予測するに際して、「第1時間における実測値」の他に、あくまでも「推定値」であるところの「第2時間における推定値」を必ず用いるものであり、「第2時間における推定値」を用いているにも拘わらず、“宅内構成員に異常状態が発生したことを示す特徴(パターン)が現れた「予測パターン」”を予測できるとする技術的根拠に関する記載、及び、“宅内構成員に異常状態が発生したことを示す特徴(パターン)が現れた「予測パターン」”を予測ための具体的な実施態様に関する記載は、上記「第4」の「4.本願発明の判断部に関する記載(後述する「判断2」に関する記載)」で摘記した箇所、及び、その他の箇所にもなく、“宅内構成員に異常状態が発生したことを示す特徴(パターン)が現れた「予測パターン」”を予測することは、当業者といえども、実施できるものとはいえない。
したがって、“宅内構成員に異常状態が発生したことを示す特徴(パターン)が現れた「予測パターン」”を予測することは、当業者といえども、実施できるものとはいえないのであるから、宅内構成員の異常状態が発生したか否かに関する「判断2」を適正に実施することはできないといわざるを得ない。
以上のとおりであるから、本願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が「判断2」を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。


3.まとめ

上記「1.「判断1」について」及び「2.「判断2」について」で検討したように、本願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明を構成する『判断部』が行う「判断1」及び「判断2」を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。


第6 審判請求人の主張について

審判請求人は、拒絶の理由である理由1(実施可能要件)について、令和2年2月12日の意見書において、

(主張1)
「本願発明は、DNNに、第1時間の電力使用量、曜日、時間情報及び天気情報を含む入力データと、第1時間の次の第2時間の曜日、時間情報及び天気情報を含む入力データとを入力することによって、第2時間の宅内の電力使用量を推定します。例えば、第1時間の電力使用量は、居住者の普段の電力使用量です。
DNNの入力層には、第1時間の入力データ(電力使用量、曜日、時間、天候)と第2時間の入力データ(曜日、時間、天候)が入力されています。そのため、DNNの出力層が出力する推定値には、第1時間の状態に基づいて、第2時間において異常状態が発生する可能性が反映されているといえます。その後、本願発明は、第1時間の電力使用量の実測値と第2時間の電力使用量の推定値との差の大きさに基づいて、宅内構成員の異常状態を判断します。例えば夏季の雨の週末には高確率でエアコンが使用されるにも関わらず、エアコンが使用されていない場合に、宅内構成員に異常が発生していると判断し得ます。
したがって、測定された第1時間の電力使用量と、DNNによって推定された第2時間の電力使用量との差に基づいて、宅内構成員の異常状態を判断することは可能です。」

(主張2)
「機器使用パターンは、宅内の電力使用量に基づいて、複数の宅内機器の日/週/月の平均使用回数、平均使用時間、使用時間帯等に基づいて抽出されます。これにより、例えば「炊飯器が使用された後に、調理機器が使用される」のような機器使用パターンが抽出されます。既存の機器使用パターンは、宅内に異常が発生していない状態において予め抽出された機器使用パターンです。
本願発明は、上述の予め抽出された機器使用パターンに基づいて、宅内機器を使った後に発生する機器使用パターンを予測します。本願発明は、予測した機器使用パターンが、異常が発生していない状態において定義された既存機器使用パターンに比べて変わったか否かに基づいて、宅内構成員に異常が発生しているか否かを判断します。例えば、既存機器使用パターンが「炊飯器が使用された後に、調理機器が使用される」であるのに対して、予測した機器使用パターンが「炊飯器が使用された後に、調理機器が使用されない」であった場合に、宅内構成員に異常が発生している可能性があります。」

と主張している。

しかしながら、主張1については、上記「第5 判断」の「1.「判断1」について」で検討したとおりであり、主張2についても、上記「第5 判断」の「2.「判断2」について」で検討したとおりであるから、採用することはできない。


第7 むすび

以上のとおり、本願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから、本願は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

したがって、令和元年11月18日付けで当審から通知した拒絶の理由である理由2(明確性)について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。



 
別掲
 
審理終結日 2020-03-19 
結審通知日 2020-03-24 
審決日 2020-04-06 
出願番号 特願2016-255134(P2016-255134)
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (H04M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 齋藤 正貴望月 章俊  
特許庁審判長 北岡 浩
特許庁審判官 佐藤 智康
丸山 高政
発明の名称 宅内構成員の異常状態判断方法及びサーバ  
代理人 泉 通博  

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