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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G02B
管理番号 1365705
審判番号 不服2019-11926  
総通号数 250 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-10-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-09-10 
確定日 2020-09-02 
事件の表示 特願2018-170628「魔鏡現象が出現する魔鏡体」拒絶査定不服審判事件〔令和1年12月5日出願公開,特開2019-207386〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
特願2018-170628号(以下「本件出願」という。)は,平成30年9月12日(先の出願に基づく優先権主張 平成30年5月24日)を出願日とする特許出願であって,その手続等の経緯の概要は,以下のとおりである。
平成31年 2月 7日付け:拒絶理由通知書
平成31年 4月 1日提出:意見書
平成31年 4月 1日提出:手続補正書
令和 元年 6月 7日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。)
令和 元年 9月10日提出:審判請求書
令和 元年 9月10日提出:手続補正書

第2 補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和 元年9月10日した手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 本件補正について
(1) 本件補正前の特許請求の範囲
本件補正前の(平成31年4月1日に補正された)特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである。
「 一枚のみの透光体からなり,
前記透光体の表面の空気層との界面に魔鏡現象が出現する微細な凹凸構造部を有し,平行光線を透過させると前記微細な凹凸構造部により形成された所定の模様又は図柄が投影像として写し出されることを特徴とする魔鏡体。」

(2) 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである。なお,下線は補正箇所を示す。
「 一枚のみの透光体からなり,
前記透光体の表面の空気層との界面に魔鏡現象が出現する微細な凹凸構造部を有し,前記微細な凹凸構造部の凹部深さ又は凸部高さが0.3μm以上1μm未満であり,且つ前記凹部又は凸部の幅が0.3μm以上1μm未満であり,
平行光線を透過させると前記微細な凹凸構造部により形成された所定の模様又は図柄が投影像として写し出されることを特徴とする魔鏡体。」

(3) 補正の目的
本件補正は,本件補正前の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)の発明を特定するために必要な事項である「微細な凹凸構造部」を,「凹部深さ又は凸部高さが0.3μm以上1μm未満であり,且つ前記凹部又は凸部の幅が0.3μm以上1μm未満であり」という要件を満たすものに限定して,本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本件補正後発明」という。)とするものである。また,本願発明と本件補正後発明の産業上の利用分野及び発明が解決しようとする課題は,同一である(本件出願の明細書の【0001】及び【0004】)。
そうすると,本件補正は,特許法17条の2第5項2号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とする補正に該当する。

そこで,本件補正後発明が同条6項において準用する,同法126条7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について,以下,検討する。

2 独立特許要件についての判断
(1) 引用文献5の記載
原査定の拒絶の理由において引用された特開2007-183338号公報(以下「引用文献5」という。)は,先の出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物であるところ,そこには,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。
ア 「【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定の波長の光を選択する選択手段と,
前記選択手段により選択された入射光が回折面に入射するように配置され,前記回折面に異なる入射角度で入射する前記選択手段により選択された入射光に対して前記入射角度毎に異なる回折像を形成させる回折光学素子とを有して構成される回折光学系。
【請求項2】
前記回折光学素子は,前記回折面が2段以上の段数からなる階段を有して断面階段状に形成されたバイナリ光学素子で構成されていることを特徴とする請求項1に記載の回折光学系。
…(省略)…
【請求項4】
入射光の波長をλとしたとき,前記回折光学素子の前記階段の少なくとも1段の高さがλ以下であることを特徴とする請求項2もしくは3に記載の回折光学系。
…(省略)…
【請求項9】
入射光の波長をλとしたとき,前記回折光学素子は,前記回折面の回折溝のピッチ幅がλ以下である前記バイナリ光学素子からなることを特徴とする請求項2?6のいずれかに記載の回折光学系。
【請求項11】
前記回折光学素子の前記回折面を透過した透過光により前記回折像が形成されることを特徴とする請求項1?10のいずれかに記載の回折光学系。
…(省略)…
【請求項16】
前記回折面の形状が計算機合成ホログラムにより設計されていることを特徴とする請求項1?15のいずれかに記載の回折光学系。
【請求項17】
前記計算機合成ホログラムが位相回復法を用いていることを特徴とする請求項16に記載の回折光学系。
…(省略)…
【請求項20】
表示装置もしくは照明装置に用いられることを特徴とする請求項1?19のいずれかに記載の回折光学系。」

イ 「【技術分野】
【0001】
本発明は,回折光学素子を有する回折光学系に関する。
【背景技術】
…(省略)…
【0004】
回折光学系に用いられる上記のような回折光学素子には,鋸歯状の断面を持つレンズを階段形状に位相近似した構造を有するものがあり,このような回折光学素子は,…(省略)…バイナリ光学素子(Binary Optical Element,BOE)と称される(例えば,非特許文献1を参照)。」

ウ 「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
…(省略)…
【0007】
以上のような課題に鑑みて,本発明では,回折面に入射する入射光に対して各波長毎に異なる回折像を形成させ,また,回折面に異なる入射角度で入射する入射光に対して入射角度毎に異なる回折像を形成させる回折光学系を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために本発明に係る回折光学系は,特定の波長の光を選択する選択手段と,選択手段により選択された入射光が回折面に入射するように配置され,回折面に異なる入射角度で入射する選択手段により選択された入射光に対して入射角度毎に異なる回折像を形成させる回折光学素子とを有して構成される。
【0009】
また,上記構成の回折光学系において,回折光学素子は,回折面が2段以上の段数からなる,もしくは4段以上の段数からなる階段を有して断面階段状に形成されたバイナリ光学素子で構成されているのが好ましい。
【0010】
さらに,上記構成の回折光学系において,入射光の波長をλとしたとき,回折光学素子の階段の少なくとも1段の高さがλ以下であるのが好ましい。
…(省略)…
【0012】
また,上記構成の回折光学系において,回折光学素子は,回折面の回折溝のピッチ幅が4μm以下もしくは2μm以下,または,入射光の波長をλとしたとき,回折面の回折溝のピッチ幅がλ以下もしくはλ×2/3以下であるバイナリ光学素子で構成するのが好ましい。
【0013】
また,上記構成の回折光学系において,回折光学素子の回折面を透過した透過光もしくは回折面で反射した反射光により回折像が形成されるようにするのが好ましい。
…(省略)…
【0017】
また,上記構成の回折光学系において,回折面の形状が位相回復法を用いた計算機合成ホログラムにより設計されているのが好ましい。
…(省略)…
【発明の効果】
【0021】
本発明に関する回折光学系によれば,回折面に入射する入射光に対して各波長毎に異なる回折像を形成させ,また,回折面に異なる入射角度で入射する入射光に対して入射角度毎に異なる回折像が形成させることが可能である。」

エ 「【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
…(省略)…
【0023】
従来においては位相回復法により単色光を回折光学素子に対して垂直入射する場合の回折光学素子の回折面の形状の設計が行われており,以下のような位相回復アルゴリズムが用いられている(図1(a)参照)。まず,初期位相パターン(回折光学素子の初期回折面形状)を決定し(S11),それをフーリエ変換して回折パターン(回折像として投影されるパターン)を取得する(S13)。このとき,初期位相パターンとして,ランダムパターンがよい。そして,得られた回折パターンの位相をそのまま維持し,その強度のみ所望のパターンに置換する(S14)。この置換された回折パターンを逆フーリエ変換することにより回折光学素子の位相パターン(回折面の形状)を取得できるが(S15),これを離散化された位相パターンに強制的に合わせる(S12)。ここまでが一つのループとなる。そして,このようなループを繰り返すことで,すなわち,位相パターンのフーリエ変換による回折パターンの取得と,回折パターンの逆フーリエ変換による位相パターンの取得とを繰り返すことで,回折光学素子の回折面の形状がある所定の形状に収束する。
【0024】
以上は,単色光を回折光学素子に対して垂直入射する場合の位相回復アルゴリズムであるが,本実施例においては,この位相回復アルゴリズムを応用し,入射波長により回折パターンが変化し,また,入射光の入射角度により回折パターンが変化する回折光学素子の設計を行う(図1(b)参照)。本実施例では,上記の従来の場合と同様に,まず最初に回折素子の初期表面形状を与える。そして,入射光の波長および入射光の入射角度毎(λ1?λN,θ1?θN)に,上記位相回復アルゴリズムを1ループ分だけ実行し(S21,S23,S25),入射光の波長および入射光の入射角度毎に回折格子の位相パターン(回折面の形状)を取得する(S22,S24,S26)。しかしながら,上記アルゴリズムにより取得された位相パターンは,入射光の波長および入射角度毎に相違しているため,本実施例では最小自乗法により入射光の波長および入射角度による位相パターンの違いを考慮した一つの最適な位相パターンを求める(S27)。そして,当該最小自乗法に基づく位相パターンを次のループの初期位相パターンとして用い,各波長毎に位相パターンを取得したのち,最小自乗法により最適な位相パターンを求める。このようなことを繰り返すことで,回折素子の表面形状は,ある所定の状態に収束していく。ここで,回折光学素子の予測される集光効率(全回折光のうち特定の範囲に集光される回折光の割合)が約80%になった場合に回折面の形状の算出を停止させ,すなわち位相回復アルゴリズムを停止させ,その時点で取得されている位相パターンを,波長の違いを考慮した回折素子の回折面の形状として決定する。
【0025】
次に,上記のようにして回折面の形状が求められた多段の回折光学素子の実際の作製方法について,図2を参照して説明する。多段の回折光学素子は,以下のようにフォトリソグラフィーとエッチングとのプロセスを繰り返すことで作製される。まず,シリコン基板(シリコンに限らず,GaAsなどの半導体材料の基板であればよい)2上にレジスト膜3を塗布し,上記の計算により決定された回折面の形状に応じたレチクルマスクを通して露光を行う(図2(a)参照)。露光に使用する光線は,g線(436nm)やi線(365nm),電子線のほか,X線等の放射線であってもよい。また,レーザ光を使用した直接描画による露光方法であってもよい。さらに,2光束干渉させて露光を行ってもよい。露光に続いて現像がなされ,続くエッチングのプロセスが行われる。
【0026】
エッチングは,エッチング装置を用いることでドライエッチングにより行われる。このときにエッチングガスは,基板(シリコン,GaAs等)2の種類に応じて任意に選択するが,一例として四フッ化カーボンガスといったものが用いられる。このようにして,一回のフォトリソグラフィーおよびエッチングのプロセスが終了すると,図2(b)のように,所望の深さの回折溝を有し,所望のパターンに応じた2段レンズ(2BOE素子)が作製される。
【0027】
この2段レンズに,さらに,フォトリソグラフィーおよびエッチングのプロセスを繰り返すことで4段レンズが作製され(図2(c)および(d)参照),この4段レンズに,さらにフォトリソグラフィーおよびエッチングのプロセスを繰り返すことで8段レンズが作製される(図2(e)および(f)参照)。この8段レンズから,16段レンズ,32段レンズ,…といったように,フォトリソグラフィーおよびエッチングのプロセスを複数繰り返すと,回折面の形状が多段のバイナリ形状からなる回折光学素子を得ることが可能である。
【0028】
また,上記のようにして作製された多段の回折光学素子の回折面の形状を,電気鋳造法により電着を行って金型に転写することも可能である。そして,基板ガラス上に十分に加熱され可塑性を有した紫外線硬化樹脂を滴下する。この後,滴下した紫外線硬化樹脂に所望の表面の反転形状が形成された上記金型を押し当てる。さらに,基板ガラス側から紫外線を照射することで,紫外線硬化樹脂を硬化させ,硬化させた紫外線硬化樹脂を金型および基板ガラスから取り外す。これにより,金型に形成されていた表面の形状が紫外線硬化樹脂に転写され,この紫外線硬化樹脂を回折光学素子の複製物として使用できる。
【0029】
次に,上記の位相回復法によって設計された,回折光学素子の回折面の形状の一例を示す。図3に一例として示す回折光学素子1は所定の深さを有する複数の回折溝5が所定のピッチで形成されたいわゆるバイナリ光学素子であり,その入射面は所定の段数を有して階段状(いわゆるバイナリ形状)に形成されている。図3に示すように,この回折光学素子1は8段の階段を有する8段レンズで構成されているが,必ずしも8段レンズである必要はなく,4段レンズや2段レンズであってもよく,あるいは,8段よりも段数が多い16段レンズや32段レンズ等で構成してもよい。この回折光学素子1の階段の1段の高さHは,例えば入射光の波長λnm以下になるように設計されている。また,回折光学素子1の回折溝5の深さDは2μm以上もしくは4μm以上であるのが好ましい。さらに,回折溝5のピッチ幅Pは4μm以下であるのが好ましいが,2μm以下であってもよい。さらに,ピッチ幅Pは入射光の波長λnm以下であってもよく,また,入射光の波長λnmの2/3以下であってもよい。
…(省略)…
【0033】
図4に示すように,光源からの白色光をフィルタ素子4に対して略垂直方向に入射させた場合には,フィルタ素子4から回折光学素子1の回折面に向けて赤色光が出射され,この赤色光は回折光学素子1の回折面に対して垂直入射し(回折光学素子1の傾斜角はゼロ度),回折光学素子1を透過した回折光は,所定の投影面に回折パターンPAT1(模式的に円形状で示す)として投影される。一方,フィルタ素子4から回折光学素子1の回折面に向けて出射された赤色光が,回折光学素子1の回折面に入射角度が10度で入射した場合(回折光学素子1の傾斜角が10度。図4では明瞭にするために10度以上の傾斜角で示す)に回折光学素子1を透過した回折光は,投影面に回折パターンPAT2(模式的に矩形状で示す)として投影される。さらに,フィルタ素子4から回折光学素子1の回折面に向けて出射された赤色光が,回折光学素子1の回折面に入射角度が20度で入射した場合(回折光学素子1の傾斜角が20度。図4では明瞭にするために20度以上で示す)に回折光学素子1を透過した回折光は,投影面に回折パターンPAT3(模式的に三角形で示す)として投影される。
…(省略)…
【0035】
また,例えば,フィルタ素子4を,回折光学素子1に緑色光を入射させた場合よりもさらに大きく傾斜させると,青色光が回折光学素子1の回折面に向けて入射され,この青色光が回折光学素子1の回折面に対して垂直入射する場合には矩形状の回折パターンPAT2が投影され,回折光学素子1の傾斜角度が大きくなるにつれて,三角形の回折パターンPAT3,円形状の回折パターンPAT1の順に投影される。
【0036】
このように,回折光学系6として,所定の波長(所定の色)を選択的に出射させることが可能なフィルタ素子4と,回折面に対する入射光の入射角度を変えることの可能な回折光学素子1とで構成することで,円形状の回折パターンPAT1,矩形状の回折パターンPAT2および三角形の回折パターンPAT3のうちのいずれかの回折パターンを,赤色,緑色,青色のうちのいずれかの色により投影させることが可能である。
【0037】
このため,本発明に係る回折光学系6の製品への適用例として,DMD(Digital Micromirror Device)のような表示素子を装備したプロジェクタ,レーザポインタのような表示装置,あるいは照明装置等が挙げられる。
…(省略)…
【0043】
さらに,上記の実施例においては,上記のようにして設計された回折面を入射光の入射面として回折パターンを投影させたが,バイナリ形状が形成された回折面を入射光の出射面として,回折パターンを投影させるようにしてもよい。」

オ 図1


カ 図2



キ 図3


ク 図4


(2) 引用文献5に記載された発明
ア 回折光学系発明
引用文献5の請求項20には,請求項1,2,4,9,11,16及び17を引用して記載された,次の回折光学系の発明が記載されている。
「 特定の波長の光を選択する選択手段と,
選択手段により選択された入射光が回折面に入射するように配置され,回折面に異なる入射角度で入射する選択手段により選択された入射光に対して入射角度毎に異なる回折像を形成させる回折光学素子とを有して構成される回折光学系であって,
回折光学素子は,回折面が2段以上の段数からなる階段を有して断面階段状に形成されたバイナリ光学素子で構成され,
入射光の波長をλとしたとき,回折光学素子の階段の少なくとも1段の高さがλ以下であり,
入射光の波長をλとしたとき,回折光学素子は,回折面の回折溝のピッチ幅がλ以下であるバイナリ光学素子からなり,
回折光学素子の回折面を透過した透過光により回折像が形成され,
回折面の形状が計算機合成ホログラムにより設計されていて,
計算機合成ホログラムが位相回復法を用いていて,
表示装置又は照明装置に用いられる,
回折光学系。」

イ 引用発明
引用文献5の【0008】?【0017】からは,前記アで述べた「回折光学系に用いられる回折光学素子」として,次の発明が記載されている(以下「引用発明」という。)。
「 選択手段により選択された入射光が回折面に入射するように配置され,回折面に異なる入射角度で入射する選択手段により選択された入射光に対して入射角度毎に異なる回折像を形成させる回折光学素子であって,
回折光学素子は,回折面が2段以上の段数からなり,入射光の波長をλとしたとき,回折光学素子の階段の少なくとも1段の高さがλ以下であり,回折面の回折溝のピッチ幅がλ以下であり,
回折面を透過した透過光により回折像が形成されるように,回折面の形状が位相回復法を用いた計算機合成ホログラムにより設計されている,
回折光学系に用いられる回折光学素子。」

(3) 対比
本件補正後発明と引用発明を対比すると,以下のとおりとなる。
ア 透光体
引用発明の「回折光学素子」は,「回折面を透過した透過光により回折像が形成される」ものである。
上記構成からみて,引用発明の「回折光学素子」は,透光体からなるものであり,この点において,本件補正後発明の「透光体」に相当する。

イ 凹凸構造部
引用発明の「回折光学素子」は,「回折面が2段以上の段数からなり,入射光の波長をλとしたとき,回折光学素子の階段の少なくとも1段の高さがλ以下であり,回折面の回折溝のピッチ幅がλ以下」である。
ここで,引用発明の「回折面」の表面が,空気層との界面であることは,技術常識である(当合議体注:引用文献5の【0028】及び【0029】の記載からも確認できる事項である。)。また,引用発明の「回折面」は,その形状,高さ及びピッチからみて,微細な凹凸構造部と称することができる。
そうしてみると,引用発明の「回折光学素子」と本件補正後発明の「透光体」は,「表面の空気層との界面に」「微細な凹凸構造部を有し」ている点で共通する。

ウ 投影像
引用発明の「回折光学素子」の「回折面」は,「回折面を透過した透過光により回折像が形成されるように,回折面の形状が位相回復法を用いた計算機合成ホログラムにより設計されている」。
上記構成からみて,引用発明の「回折光学素子」は,平行光線を透過させると回折面により形成された所定の模様又は図柄が投影像として映し出されるものである(引用文献5の図4,【0033】及び【0034】の記載からも確認できる事項である。)。
そうしてみると,引用発明の「回折光学素子」は,本件補正後発明の「魔鏡体」における,「平行光線を透過させると前記微細な凹凸構造部により形成された所定の模様又は図柄が投影像として写し出される」という要件を満たす。

エ 魔鏡体
上記ア?ウの対比結果からみて,引用発明の「回折光学素子」と本件補正後発明の「魔鏡体」は,「透光体」である点で共通する。

(4) 一致点及び相違点
ア 一致点
本件補正後発明と引用発明は,次の構成で一致する。
「 透光体からなり,
前記透光体の表面の空気層との界面に微細な凹凸構造部を有し,
平行光線を透過させると前記微細な凹凸構造部により形成された所定の模様又は図柄が投影像として写し出される透光体。」

イ 相違点
本件補正後発明と引用発明は,以下の点で相違する。
(相違点1)
「透光体」が,本件補正後発明は,「一枚のみの」ものであるのに対して,引用発明は,これが明らかではない点。

(相違点2)
「微細な凹凸構造部」が,本件補正後発明は,「凹部深さ又は凸部高さが0.3μm以上1μm未満であり,且つ前記凹部又は凸部の幅が0.3μm以上1μm未満」であるのに対して,引用発明は,「回折面が2段以上の段数からなり,入射光の波長をλとしたとき,回折光学素子の階段の少なくとも1段の高さがλ以下であり,回折面の回折溝のピッチ幅がλ以下」である点。

(相違点3)
「透光体」が,本件補正後発明は,「魔鏡体」であり,また,「微細な凹凸構造部」が,本件補正後発明は,「魔鏡現象が出現する」ものであるのに対して,引用発明は,一応,これが明らかではない点。

(5) 判断
ア 相違点1について
引用発明の「回折光学素子」の作製方法に関しては,引用文献5の【0028】に,いわゆる光インプリントによる方法が開示されている。また,【0028】に記載の方法により作製されてなる「回折光学素子」は,紫外線硬化樹脂のみからなる板状のものと理解されるから,「一枚のみの」ものである。
したがって,引用発明の「回折光学素子」を,相違点1に係る本件補正後発明の構成を具備したものとすることは,引用文献5の記載が示唆する範囲内の事項である。

イ 相違点2について
引用文献5の図4及びその説明から理解されるとおり,引用発明の「回折光学素子」は,青色光の波長(?450nm程度)に対しても回折光学素子として機能するような回折溝のピッチ幅,すなわち450nm以下のものとなる。他方,回折溝のピッチ幅を,紫外光の波長に属する300nm未満にまで微細化する必要性について,引用文献5には記載も示唆もない。
そうしてみると,引用発明の「回折光学素子」を,本件補正後発明の「凹部又は凸部の幅が0.3μm以上1μm未満」という要件を満たすものとすることは,必然的なものといえる。
次に,引用文献5の【0029】に「この回折光学素子1は…4段レンズや2段レンズであってもよく」と記載があるとおり,引用発明の「回折光学素子」は,図2(b)に対応するものであってもよい。そして,引用発明の「回折光学素子」は「1段の高さがλ以下」とされているところ,上記青色光との関係を考慮すると,図2(b)の2段の場合には,本件補正後発明の「凹部深さ又は凸部高さが0.3μm以上1μm未満」という要件を満たすこととなる。
そうしてみると,引用発明の「回折光学素子」を,相違点2に係る本件補正後発明の構成を具備したものとすることも,引用文献5の記載が示唆する範囲内の事項である。
なお,引用文献5の【0029】には,「回折光学素子1の回折溝5の深さDは2μm以上もしくは4μm以上であるのが好ましい。」と記載されているが,これは,8段レンズ等における各段の高さの合計値である。回折格子として機能させるためには,1段の高さは光の波長λ以下とするのが好ましく,2段レンズの場合についてまで,凹部深さを2μm以上や4μm以上とするのは好ましくない。
また,本件補正後発明の「0.3μm以上1μm未満」という構成に関しては,本件出願の明細書の【0013】に「深さや幅等の大きさが0.3?1μm程度の凹凸構造が好ましい」と記載されているにとどまる。そうしてみると,「0.3μm以上」とされる下限値や,「1μm未満」とされる上限値に関して,本件出願の明細書が開示する事項は,この程度の凹凸構造が好ましいというにとどまり,この数値範囲に臨界的な意義を見いだすことはできない。

ウ 相違点3について
本件補正後発明でいう「魔鏡体」は,少なくとも「鏡」ではない点で,通常の意味の「魔鏡体」とは異なると理解される。また,本件補正後発明でいう「魔鏡現象」も,少なくとも鏡の反射を動作原理とするものではない点で,通常の意味の「魔鏡現象」とは異なると理解される。
ただし,本件出願の明細書の【0006】には,「本発明において魔鏡現象が出現するとは,透光体に形成された微細な凹凸構造体が目視では通常認識できないが,平行光線を透過させると,…この凹凸構造部により形成した所定の模様や図柄等が投影像として写し出されることをいう。」と記載されている。
そうしてみると,本件補正後発明でいう「魔鏡現象」とは,上記【0006】に記載された現象のことであり,また,本件補正後発明でいう「魔鏡体」とは,このような「魔鏡現象」が出現する透光体のことと理解される。

これに対して,引用発明の「回折面」の形状は,「位相回復法を用いた計算機合成ホログラムにより設計されている」。また,位相回復法を用いた計算機合成ホログラムにおいては,引用文献5の段落【0023】及び【0024】の記載から理解されるとおり,回折面の形状が,所望のパターン(投影像)の逆フーリエ変換による位相パターンとして与えられる(パターンが面内に拡散され,像として視認不可能なパターンとなる。)。また,引用発明の「回折面」の凹凸の大きさについては,前記イで述べたとおりである。
そうしてみると,引用発明の「回折光学素子」を「透光体に形成された微細な凹凸構造体が目視では通常認識できないが,平行光線を透過させると,…この凹凸構造部により形成した所定の模様や図柄等が投影像として写し出される」ものとすること,すなわち,相違点3に係る本件補正後発明の構成を具備したものとすることは,引用文献5の記載から理解できる範囲内の事項にすぎない。

(6) 発明の効果について
本件補正後発明の効果に関して,本件出願の明細書の【0008】には,[A]「本発明は,透光体の表面に微細な凹凸構造にて模様や図柄を形成することで,透光体の外側から太陽光のような平行光線をこの微細な凹凸構造部に向けて照射すると,光路に僅かな変化が生じる。」,[B]「また,相互に屈折率の異なる透光体の積層面に微細な凹凸構造部を形成すると,この積層体に平行光線を透過させるだけで模様等が投影される。」,及び,[C]「また,反射層を形成すると反射光にて模様等を投影させることができる。」と記載されている。
これら効果のうち,上記[B]及び[C]については,本件補正後発明と対応しない構成を前提としたものであるから,本件補正後発明の効果は,上記[A]のようなものと理解される。
しかしながら,このような効果は,引用発明も具備する効果である。

さらにすすんで検討する。
引用発明の「回折光学素子」は,その用途の一つとして,「照明装置」として用いられることを念頭に置いたものである。また,この場合における引用発明の「回折光学素子」は,照明の手前に配置される,「照明カバー」ということになる。そして,このような「照明カバー」は,照明カバーに形成された微細な凹凸構造が,目視では通常認識できないにもにもかかわらず,引用文献5の図4等に例示される所定の模様が,床面や壁面に投影されることとなる。
これに対して,本件補正後発明の「魔鏡体」の用途に関して,本件出願の明細書の【0009】には,「光により目視できなかった模様等が投影されるので,いろいろな日用品,インテリア,建築材等,各種製品に展開が可能である。」と記載されている。そして,本件補正後発明の「魔鏡体」を【0009】に記載のインテリア(照明)とした場合,照明とセットで用いられ,照明の手前に配置される「照明カバー」となる。
用途等を勘案しても,本件補正後発明の「魔鏡体」が奏する効果は,引用発明の「回折光学素子」が奏する効果から予測される範囲内のものである。

(7) 審判請求人の主張について
審判請求人は,審判請求書の3.(2)(c)において,「本願発明は,魔鏡現象を出現させるのが目的であって,そのために微細な凹凸構造部の凹部深さ又は凸部の高さが0.3μm以上1μm未満で,その幅が0.3μm以上1μmと,引用文献4,5に比較して明らかに微細になっています。」,「これは,引例が光の回折を利用しているのに対して,本発明が魔鏡体であることに起因する大きな相違点と言えます。」と主張する。
しかしながら,魔鏡現象及び寸法に関しては,前記(5)イ及びウで述べたとおりである。

(8) 小括
本件補正後発明は,引用文献5に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。

3 補正の却下の決定のむすび
本件補正は,特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するので,同法159条1項の規定において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。
よって,前記[補正の却下の決定の結論]のとおり決定する。

第3 本願発明について
1 本願発明
以上のとおり,本件補正は却下されたので,本件出願の請求項1に係る発明は,前記「第2」[理由]1(1)に記載のとおりのものである。

2 原査定の拒絶の理由
本願発明に対する原査定の拒絶の理由は,本願発明は,先の出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である特開2007-183338号公報(引用文献5)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

3 引用文献及び引用発明
引用文献5の記載及び引用発明は,前記「第2」[理由]2(1)及び(2)に記載したとおりである。

4 対比及び判断
本願発明は,前記前記「第2」[理由]2で検討した本件補正後発明から,「前記微細な凹凸構造部の凹部深さ又は凸部高さが0.3μm以上1μm未満であり,且つ前記凹部又は凸部の幅が0.3μm以上1μm未満であり」という限定を除いたものである。また,本願発明の構成を全て具備し,これにさらに限定を付したものに相当する本件補正後発明は,前記「第2」[理由]2で述べたとおり,引用文献5に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
そうしてみると,本願発明も,引用文献5に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

第4 むすび
以上のとおり,本願発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,本件出願は拒絶されるべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2020-06-26 
結審通知日 2020-07-06 
審決日 2020-07-17 
出願番号 特願2018-170628(P2018-170628)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (G02B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 吉川 陽吾沖村 美由清水 督史  
特許庁審判長 里村 利光
特許庁審判官 樋口 信宏
井口 猶二
発明の名称 魔鏡現象が出現する魔鏡体  
代理人 大谷 嘉一  

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