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審決分類 |
審判 全部申し立て 2項進歩性 G01N 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 G01N |
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管理番号 | 1366039 |
異議申立番号 | 異議2019-701044 |
総通号数 | 250 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2020-10-30 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2019-12-20 |
確定日 | 2020-07-13 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第6534314号発明「励起蛍光マトリクス分析によるスパイスの産地判別方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6534314号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-7〕について訂正することを認める。 特許第6534314号の請求項1、5ないし7に係る特許を維持する。 特許第6534314号の請求項2ないし4に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6534314号の請求項1ないし7に係る特許についての出願は、平成27年8月10日に出願され、令和元年6月7日にその特許権の設定登録がされ、令和元年6月26日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許について、令和元年12月20日に特許異議申立人奥谷宏邦(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、当審は、令和2年2月6日付けで取消理由を通知した。特許権者は、その指定期間内である令和2年4月10日付けで意見書の提出及び訂正の請求を行い、その訂正の請求に対して、申立人は、令和2年6月4日付けで意見書を提出した。 第2 訂正の適否についての判断 1 訂正の内容 本件訂正請求による訂正の内容は、以下の(1)ないし(7)のとおりである。 (1)訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1において「スパイス」を「黒胡椒」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項5ないし7も同様に訂正する。)。 (2)訂正事項2 特許請求の範囲の請求項1の「を含む、上記方法」を「を含み、工程(a)の前に、黒胡椒を蒸気処理により加熱処理する工程を含む、上記方法」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項5ないし7も同様に訂正する。)。 (3)訂正事項3 特許請求の範囲の請求項2を削除する。 (4)訂正事項4 特許請求の範囲の請求項3を削除する。 (5)訂正事項5 特許請求の範囲の請求項4を削除する。 (6)訂正事項6 特許請求の範囲の請求項5において「請求項1?4のいずれか1項」を「請求項1」に訂正する。 (7)訂正事項7 特許請求の範囲の請求項6において「請求項1?5のいずれか1項」を「請求項1又は5」に訂正する。 2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否 (1)訂正事項1について ア 訂正の目的について 訂正事項1は、訂正前の請求項1における「スパイス」を「黒胡椒」に訂正することにより、特許請求の範囲を減縮しようとするものである。 また、訂正事項1は、訂正前の請求項5において、訂正後の請求項1に記載された「黒胡椒」の記載を引用することにより、訂正後の請求項1における試験試料を減縮し、更に限定するものである。 したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 イ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること 「黒胡椒」は、本件特許明細書の段落0017の「本発明において『スパイス』とは、一般的に香辛料として利用される植物の葉、樹皮、根、種子、蕾、果実、果皮が挙げられ、例えば、胡椒(Piper nigrum)、鬱金(Curcuma longa)、唐辛子(Capsicum annuum)、生姜(Zingiber officinale)等が挙げられるが(これらに限定はされない)、好ましくは胡椒であり、特に好ましくは黒胡椒である。」との記載及び特許請求の範囲の請求項2の「スパイスが黒胡椒である」との記載に基づくものである。 したがって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。 ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと 訂正事項1は、発明特定事項を上位概念(スパイス)から下位概念(黒胡椒)にするものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものである。 (2)訂正事項2について ア 訂正の目的について 訂正事項2は、訂正前の請求項1における「を含む、上記方法」を「を含み、工程(a)の前に、黒胡椒を蒸気処理により加熱処理する工程を含む、上記方法」に訂正することにより、訂正前の請求項1に記載の工程(a)及び工程(b)を含む方法を、「工程(a)の前に、黒胡椒を蒸気処理により加熱処理する工程」を更に含む方法に限定し、特許請求の範囲を減縮しようとするものである。 したがって、訂正事項2は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 イ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること 「工程(a)の前に、黒胡椒を蒸気処理により加熱処理する工程を含む」ことは、本件特許明細書の段落0024の「また、EEMを得る工程に付す前に、スパイスは、一律に加熱処理に付すことが好ましい。」、段落0025の「加熱処理は任意の手段により行うことができ、例えば、蒸気、熱水、火炎、電熱等を利用する外部加熱手段や、遠赤外線、マイクロ波、高周波、低周波等を利用する内部加熱手段により行うことができるが、好ましくは蒸気処理である。」との記載及び特許請求の範囲の請求項3の「工程(a)の前に、スパイスを加熱処理する工程を含む」、請求項4の「加熱処理が蒸気処理である」との記載に基づくものである。 したがって、訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。 ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと 上記アのとおり、訂正事項2は、訂正前の請求項1に記載の工程(a)及び工程(b)を含む方法を、「工程(a)の前に、黒胡椒を蒸気処理により加熱処理する工程」を更に含む方法に限定するものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものである。 (3)訂正事項3ないし5について ア 訂正の目的について 訂正事項3ないし5は、訂正前の請求項2、3及び4をそれぞれ削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 イ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること 上記アのとおり、訂正事項3ないし5は、訂正前の請求項2、3及び4をそれぞれ削除するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。 ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと 上記アのとおり、訂正事項3ないし5は、訂正前の請求項2、3及び4をそれぞれ削除するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものである。 (4)訂正事項6及び7について ア 訂正の目的について 訂正事項6及び7は、訂正前の請求項2、3及び4の削除に伴い、引用する請求項の番号を訂正するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 イ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること 上記アのとおり、訂正事項6及び7は、訂正前の請求項2、3及び4の削除に伴い、引用する請求項の番号を訂正するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。 ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと 上記アのとおり、訂正事項6及び7は、訂正前の請求項2、3及び4の削除に伴い、引用する請求項の番号を訂正するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものである。 3 一群の請求項について 訂正前の請求項1?7において、請求項2?7は、それぞれ請求項1を直接的又は間接的に引用しているものであって、訂正事項1及び2によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。したがって、訂正前の請求項1?7に対応する訂正後の請求項1?7は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。 4 独立特許要件について 本件においては、訂正前の全ての請求項1?7について特許異議申立がされているので、訂正前の請求項1?7に係る訂正事項1?7に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の独立特許要件は課されない。 5 小括 以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。 したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?7〕について訂正することを認める。 第3 訂正後の本件発明 本件訂正請求により訂正された請求項1ないし7に係る発明(以下「本件訂正発明1ないし7」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1ないし7に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。 「【請求項1】 黒胡椒の産地判別方法であって、 (a)黒胡椒の試験試料について励起蛍光マトリクス(Excitation-Emission Matrix:EEM)を得る工程、 (b)工程(a)にて得られたEEMと、産地既知の黒胡椒について同様にして得られた参照EEMとの多変量解析により、該試験試料の黒胡椒の産地を判別する工程、 を含み、 工程(a)の前に、黒胡椒を蒸気処理により加熱処理する工程を含む、上記方法。 【請求項2】(削除) 【請求項3】(削除) 【請求項4】(削除) 【請求項5】 試験試料が、黒胡椒を粉砕して得られた粉砕物を含んでなるペレットである、請求項1に記載の方法。 【請求項6】 工程(b)において、参照EEMが異なる産地に由来する複数の参照EEMを含む、請求項1又は5に記載の方法。 【請求項7】 一産地とその他の産地への判別を行うことを含む複数回の多変量解析を行うことを含む、請求項6に記載の方法。」 第4 取消理由通知に記載した取消理由について 1 取消理由の概要 訂正前の請求項1ないし7に係る特許に対して、当審が令和2年2月6日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。 (1)(進歩性)下記の請求項に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、下記の請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。 (2)(サポート要件)本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 記 ●本件発明 本件の請求項1ないし7に係る発明を、以下それぞれ請求項の番号に応じて「本件発明1」ないし「本件発明7」などという。 ●引用例 引用例1:杉山純一、蔦瑞樹、“蛍光指紋による食品の判別・定量技術”,日本食品科学工学会誌第60巻第9号、p.457?p.465、2013年9月 (甲第1号証) 引用例2:久世典子、柴沢恵、保倉明子、”黒コショウの産地判別に関する研究” 第26回日本香辛料研究会 学術講演会 プログラム 一般演題1 pp.1-2 平成23年11月18日(甲第5号証) 引用例3:実願昭57-200070号(実開昭59-106697号)のマイクロフィルム 引用例4:掘田博、”無機成分組成に基づいた農産物の産地判別について” 日本醸造協会誌 第107巻 第8号 pp.551-558、2012年8月 ●理由1(進歩性)について ア 本件発明1は、引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び引用例2に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 イ 本件発明2は、引用発明1及び引用例2に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 ウ 本件発明5は、引用発明1及び引用例2、3に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 エ 本件発明6は、引用発明1及び引用例2に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 オ 本件発明7は、引用発明1及び引用例2、4に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 ●理由2(サポート要件)について ア 請求項1、3-7(スパイスについて) (ア)請求項1 請求項1は、「スパイスの産地判別方法であって」、「試験試料のスパイスの産地を判別する工程を含む」ことを特定している。 これに対し、発明の詳細な説明には、「スパイス」関し以下の記載がある。 「【0017】 本発明において「スパイス」とは、一般的に香辛料として利用される植物の葉、樹皮、根、種子、蕾、果実、果皮が挙げられ、例えば、胡椒(Pipernigrum)、鬱金(Curcuma longa)、唐辛子(Capsicum annuum)、生姜(Zingiber officinale)等が挙げられるが(これらに限定はされない)、好ましくは胡椒であり、特に好ましくは黒胡椒である。」 また、実施例として【0030】?【0057】には、「黒胡椒」の産地判別の具体的な記載がある。 しかしながら、発明の詳細な説明全体の記載及び全図面の記載を見ても、黒胡椒以外のスパイスについての具体的な記載は見当たらない。 一般に、黒胡椒は、熟す直前の緑の実を摘み、皮ごと天日や火力で乾燥させたものであるのに対し、白胡椒は、実が完熟して赤くなるのを待って摘み、水に浸して皮をやわらかくしてから取り除き、その後乾燥させたものである。そして、胡椒の辛みの成分の多くは皮の部分に含まれることから、黒胡椒の方が辛味や香りが強く、皮を取り除いてある白胡椒はその分だけ刺激が穏やかになっている。 この同じ胡椒であっても、処理の形態は大きく異なり、処理の過程で白胡椒は辛みの多くの成分を失っていることから、辛みの多くの成分を有する黒胡椒と同様に、EEMと多変量解析により産地を判別することができるのか不明である。 また、スパイスとしては、実(例えば胡椒)以外に、葉、樹皮、根、種子、蕾、果皮など、様々な植物の部位が対象となるところ、成分の種類、成分の量は、実施例の黒胡椒とは大きく異なるものと考えられ、そのような成分の種類、成分の量であるスパイスであっても、黒胡椒と同様に、EEMと多変量解析により産地を判別することができるのか不明である。 そうすると、黒胡椒以外のスパイスの産地判別を含む本件発明1は、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。 (イ)請求項3-7 請求項1の記載を直接的又は間接的に引用して特定される本件発明3-7も、本件発明1と同様に、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。 イ 請求項1-3、5-7(加熱処理(蒸気処理)について) (ア)請求項3 請求項3には、「工程(a)の前に、スパイスを加熱処理する工程を含む」こ とが特定されている。 これに対し、発明の詳細な説明には、「スパイスを加熱処理する」ことについ て以下の記載がある。 「【0024】 また、EEMを得る工程に付す前に、スパイスは、一律に加熱処理に付すことが好ましい。ここで「一律」とは、スパイスがそれまでに何らかの加熱処理(例えば、殺菌や蒸気洗浄等)に付された熱履歴を有するか否かを問わないことを意味し、試験に付される全てのスパイスを加熱処理に付すことを示す。下記実施例にて詳述するとおり、熱履歴の異なるスパイスは、同じ産地のスパイスであっても、結果に偏りを生じ得る。一方、試験するスパイスを一律に加熱処理に付すことによって、全てのスパイスの加熱処理による影響を揃えることができ、熱履歴の有無や種類・程度の違いに基づく結果の偏りを回避又は低減することができる。 【0025】 加熱処理は、スパイスの試験試料をEEMを得る工程に付す前に行えばよく、加熱処理に付されるスパイスの形態は特に限定されず、例えば、粉砕前であってもよいし、粉砕後であってもよいし、あるいはペレット化された後であってもよい。作業効率の観点から、又は成分(例えば、揮発成分)の消失量を低減するために、加熱処理はスパイスを粉砕等する前に行うことが好ましい。加熱処理は任意の手段により行うことができ、例えば、蒸気、熱水、火炎、電熱等を利用する外部加熱手段や、遠赤外線、マイクロ波、高周波、低周波等を利用する内部加熱手段により行うことができるが、好ましくは蒸気処理である。蒸気処理は、0.05?0.3MPa、好ましくは0.08?0.15MPa下、105?140℃、好ましくは115?125℃にて、60?120秒、好ましくは60?90秒にて行うことができる。蒸気処理したスパイスの試験試料は、さらなる工程に付す前に乾燥させることができる。」 「【0038】 これらの結果より、同一サンプルであっても、熱履歴の違いによってEEMが変化することが確認された。」 「【0043】 この結果より、一度加熱処理したサンプルをさらに加熱処理(蒸気処理)したとしても、EEMに大きな影響は生じないことが確認された。このことから、入手時点での熱履歴(加熱処理)の有無が不明なサンプルであっても、加熱処理(蒸気処理)を加えることによって熱履歴による影響を揃えることができ、熱履歴(加熱処理)の有無の結果生じるEEMの差異を小さくできることが示された。」 また、実施例において熱履歴(加熱処理)の有無が判別結果へ影響することが 示されている。 そして、実施例には、「熱履歴(加熱処理)」について「蒸気処理」の具体的 な記載がある。 しかしながら、発明の詳細な説明全体の記載及び全図面の記載を見ても、「熱履歴(加熱処理)」について「蒸気処理」以外の具体的な記載は見当たらない。 一般に、処理の対象に含まれる成分は、加熱手段、加熱温度、加熱時間、加熱環境(密閉空間か開放空間か)などによって異なることは技術常識である。例えば、スパイスをフライパンで煎ったり、蒸気で蒸したり、お湯(熱水)で茹でたり、直火(火炎)で加熱したり、電子レンジで加熱したりすることなどが想定され、それぞれの加熱手段で、加熱後のスパイスに含まれる成分が異なることは当業者にとって明らかである。 してみると、「蒸気処理」以外の「加熱処理」を採用しても、「蒸気処理」と同様に、EEMと多変量解析により産地を判別することができるのか不明である。 そうすると、「蒸気処理」以外の「加熱処理」を含む本件発明3は、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。 (イ)請求項1、2、5-7 請求項1、2、5-7は、「スパイスを加熱処理(蒸気処理)する工程」が特定されない方法を含む。 一方、発明の詳細な説明には、「熱履歴の異なるスパイスは、同じ産地のスパイスであっても、結果に偏りを生じ得る。」(【0024】)こと、「加熱処理(蒸気処理)を加えることによって熱履歴による影響を揃えることができ、熱履歴(加熱処理)の有無の結果生じるEEMの差異を小さくできることが示された」(【0043】)ことが記載されている。 これらの記載を踏まえると、スパイスの産地判別にあたり、判別の対象となるスパイスの熱履歴(加熱処理)については、様々であるか、又は不明であるところ、加熱処理(蒸気処理)を加えなくても、EEMと多変量解析により産地を判別することができるのか不明である。 そうすると、「試験試料の熱履歴による影響を揃えるために該試験試料を蒸気処理する工程」が特定されない方法を含む本件発明1、2、5-7は、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。 2 甲号証等の記載 (1)甲第1号証(以下「甲1」という。甲1は、上記引用例1と同じ。) 申立人が特許異議申立書に添付して甲1として提出した、 杉山純一、蔦瑞樹、“蛍光指紋による食品の判別・定量技術”,日本食品科学工学会誌第60巻第9号、pp.457?465、2013年9月 には、以下の事項が記載されている。なお、下線は当審で付与したものである。 (甲1ア) 「このパターンは,その試料特有の蛍光特性が全て表現されたものと考えられ,蛍光指紋(Fluorescence Fingerprint),または励起蛍光マトリクス(Excitation Emission Matrix)と呼ばれ,本稿が主題とする「光の指紋」である.」(457頁右下欄第5?9行) (甲1イ) 「2.蛍光指紋の計測 従来型の蛍光分光光度計では,前述のように励起光をあて,蛍光スペクトルを計測するという1対の測定しかできない.蛍光指紋を計測するには,照射する励起光の波長を走査(スキャン)して,それぞれの蛍光スペクトルを連続的に計測する必要がある.このような機能を持った蛍光分光光度計は以前は海外製の非常に限られた機種に限られており,当初は1 点を計測するのに5?6時間ほどかかっていた.しかし,その後の技術の進歩は著しく,実用的に使えるレベルのものとして,我々は,図3 に示す装置を利用している.この装置では,1 点の試料の蛍光指紋を計測するのに数分で完了することができる.試料は,液体の場合は,キュベットセル,粉体・固体の場合は,粉体セルに封入して計測ができる.前者の場合は,透過法,後者の場合は,反射法で測定されることが多い.」(459頁左下欄第1?15行) (甲1ウ) 「3.蛍光指紋を使った基本的なアプローチ手法 得られた蛍光指紋だけで,いきなり,判別・定量を行うことは非常に難しい.事前に,目的とする答えが既知の試料に対して,蛍光指紋を測定し,両者(蛍光指紋と判別・定量値)の関係をモデル化する必要がある.(図5)すなわち,最初に物差しを作る作業を行う.このことを,キャリブレーション(較正)と,以下では記す.すなわち,蛍光指紋という,数千におよぶ膨大な蛍光強度値を説明変数として,真の値である判別結果または定量値を目的変数とする推定モデルを,様々な多変量解析手法を使いながらコンピュータで構築する作業を行う.そして,一度,このモデル化が行われれば,今度は,それ以外の試料を,そのモデルに適用して,どの程度の正解が得られるかを検証する必要がある.このことを,以下では,バリデーション(検証)と記す. また,蛍光指紋のひとつの大きな特徴は,蛍光(すなわち発光)を基本としているために,分光(すなわち吸光)測定より,感度が良いという有利な点が挙げられる.様々な穀粉の蛍光指紋を計測し,主成分分析にかけるとそれぞれの穀粉の種類のみならず,等級の違いまでも判別^(14))できたり,ワインにおいては,産地,醸造所,収穫年の違いも明確に判別できるという報告^(15))もある.」(459頁右下欄第8?末行) (甲1エ) 「香辛料の産地や流通段階で実施可能な簡易・迅速なスクリーニング手法の開発が望まれている.」(463頁左下欄第3?4行) (甲1オ) 「4.マンゴーの産地判別 供試材料には実際に産地偽装事件が発生した産地のマンゴー(台湾産を沖縄産として偽装)に加え、ブランド化しつつある宮崎産を用いた.・・・マンゴー1個につき各方法を2回ずつ繰り返す測定を行い,得られた蛍光指紋に対して3種類の測定方法ごとに判別分析を行った.」(第460頁左欄第1行?10行) ア (甲1イ)の記載から、「試料は,液体の場合は,キュベットセル,粉体・固体の場合は,粉体セルに封入して計測」するとの技術事項が読み取れる。 イ (甲1ウ)の「事前に,目的とする答えが既知の試料に対して,蛍光指紋を測定し,両者(蛍光指紋と判別・定量値)の関係をモデル化する」との記載、及び、「蛍光指紋という,数千におよぶ膨大な蛍光強度値を説明変数として,真の値である判別結果または定量値を目的変数とする推定モデルを,様々な多変量解析手法を使いながらコンピュータで構築する作業を行う」との記載から、「事前に,目的とする答えが既知の試料に対して,蛍光指紋を測定し,蛍光強度値を説明変数として,真の値である判別結果または定量値を目的変数とする推定モデルを,多変量解析手法を使い構築する」との技術事項が読み取れる。 ウ (甲1ウ)の「様々な穀粉の蛍光指紋を計測し,主成分分析にかけるとそれぞれの穀粉の種類のみならず,等級の違いまでも判別できたり,ワインにおいては,産地,醸造所,収穫年の違いも明確に判別できるという報告もある」との記載から、「様々な穀粉の蛍光指紋を計測し,主成分分析にかけ、穀粉の種類,等級の違いを、ワインにおいては,産地,醸造所,収穫年の違いを判別する」方法の技術事項が読み取れる。 エ 上記アないしウを踏まえると、甲1には、以下の甲1発明が記載されているものと認められる。 「様々な穀粉の蛍光指紋を計測し、主成分分析にかけ、穀粉の種類、等級の違いを、ワインにおいては、産地、醸造所、収穫年の違いを判別する方法であって、 試料は、液体の場合は、キュベットセル、粉体・固体の場合は、粉体セルに封入して計測するものであり、 事前に、目的とする答えが既知の試料に対して、蛍光指紋を測定し、蛍光強度値を説明変数として、真の値である判別結果または定量値を目的変数とする推定モデルを、多変量解析手法を使い構築する、 方法。」 (2)甲第2号証(以下「甲2」という。) 申立人が特許異議申立書に添付して甲2として提出した、 「蛍光指紋による食品の品質評価技術とその応用」鳶瑞樹、杉山純一 化学と生物 Vol.53、No.5、pp.285?292(2015)には、以下の事項が記載されている。 ア「蛍光指紋とは ・・・蛍光指紋(または励起・蛍光マトリックス:Excitation-Emission Matrix)計測においては,励起光の波長条件および観測する蛍光の波長条件の両方を変えながら蛍光の強度を測定する」(第286頁右欄第3行?9行) イ「蛍光指紋による食品品質計測の基本的なアプローチ ・・・蛍光指紋を計測した同じ試料について化学分析などで「正解」となる値を把握しておき,前者から後者を推定する「モデル」を作成するアプローチがとられる」(第287頁右欄第1行?11行) ウ「多変量解析によるアプローチの利点は,一度モデルを作成すれば,路試料の蛍光指紋を計測し,これにモデルを当てはめるだけで目的変数の値が算出されることである.」(第288頁左欄第8行?11行) エ「そこで筆者らは国産117点、中国産23点のサトイモ試料を準備し、冷凍及び粉砕による均質化の後の後蛍光指紋を計測した.」(第288頁左欄下から2行目?右欄1行) オ「蛍光指紋は同等の産地判別能力を備えていることが明らかとなった.このように,蛍光指紋は産地判別の従来法と同等の精度を備えており,前処理の簡便さや計測時間が比較的短い点を考慮すると,産地判別における実用的なスクリーニング手法として有効と考えられる.」(第289頁左欄第4行?9行) (3)甲第3号証(以下「甲3」という。) 申立人が特許異議申立書に添付して甲3として提出した、 「蛍光指紋計測によるマンゴーの産地判別」中村結花子、他、Nippon Shokuhin Kagaku Kogaku Kaishi Vol.59、No.8、pp.387?393(2012)には、以下の事項が記載されている。 ア「2. 蛍光指紋計測 分光蛍光光度計(F7000,(株)日立ハイテクノロジーズ)を使用した.」(第388頁左欄下から6行目?4行目) イ「4.統計解析 ・・・全データを,判別関数を作成するためのキャリブレーションデータセットと判別関数の有効性を検証するためのバリデーションデータセットの2グループに折半して分析に供した.」(第389頁右欄第5行?13行) (4)甲第4号証(以下「甲4」という。) 申立人が特許異議申立書に添付して甲4として提出した、 「蛍光指紋によるサトイモの産地判別法開発」中村結花子、他、日本食品工業学会誌 Vol.14、No.3、pp.125?129(Sep.2013)には、以下の事項が記載されている。 ア 「本研究の目的は,蛍光指紋によるサトイモの産地判別の可能性を明らかにすることである.」(第126頁左欄第19行?20行) イ 「2.1 試料 2008年度に精算された生鮮サトイモを用いた.日本産は・・・117サンプルを入手し,海岸さんとして中国産の23サンプルを・・・入手した.次に調製方法を示す.前処理として,試料を購入後にまず皮むき,ポリ袋に入れてハンマーでつぶしてから冷凍保存した.そして計測条件をそろえるために,計測直前に1?2g程度をサンプリングしてから,・・・粉砕を行い,試料を均質化した.その後,試料の一部を測定機器に付属の粉末試料セルに封入した.1サンプルにつき封入と蛍光指紋計測を2回繰り返した.」(第126頁左欄第24行?右欄第2行) ウ 「2.2 蛍光指紋計測 分光蛍光光度計(F7000,(株)日立ハイテクノロジーズ)を使用した.」(第126頁右欄第3行?5行) エ 「2.4 統計解析 統計ソフトJMP9(・・・)を用いて,蛍光指紋,つまり各波長条件における蛍光強度を説明変数とし,産地を目的変数として,正準判別分析を行った.」(第126頁右欄第21行?25行) オ 「4.結論 サトイモを試料とした場合に蛍光指紋による産地判別が十分に可能であることを示した.」(第129頁左欄第10行?12行) (5)甲第5号証(以下「甲5」という。甲5は、上記引用例2と同じ。) 申立人が特許異議申立書に添付して甲5として提出した、 久世典子、柴沢恵、保倉明子、”黒コショウの産地判別に関する研究” 第26回日本香辛料研究会 学術講演会 プログラム 一般演題1 pp.1-2 平成23年11月18日には、以下の事項が記載されている。 ア 第1頁【目的】欄 「香気成分、辛味成分、無機成分分析による黒コショウ産地判別の可能性について検討した。」 イ 第1頁【方法】欄 「無機成分:三次元偏光光学系エネルギー分散型蛍光X線分析装置(PANalytical製Epsilon5)にて測定した10元素(Cl,K,Mn,Fe,Cu,Zn,Br,Rb,Sr,Cd)の結果を元に主成分分析を行った。」 ウ 第2頁【考察】欄 「3分析手法の組合せによりインド産、インドネシア産、スリランカ産、マレーシア産、カンボジア/中国/ベトナム産の判別可能性が示唆された。」 (6)甲第6号証(以下「甲6」という。) 申立人が特許異議申立書に添付して甲6として提出した、 「蛍光X線分析法による小麦粉中の微量元素定量と産地判別への応用」大高亜生子、他 BUNSEKI KAGAKU Vol.58、No.12、pp.1011?1022(2009)には、以下の事項が記載されている。 「微量元素を高感度に定量するためには,より高い蛍光X線強度を安定して得る必要がある.そのため,試料を粉砕して均一化後,高い圧力をかけて錠剤化することが多い.」(第1012頁右欄第14?第17行) (7)甲第7号証(以下「甲7」という。) 申立人が特許異議申立書に添付して甲7として提出した、「胡椒(コショウ) ホーム 毎月の生薬情報 生薬のためて箱 胡椒(コショウ)、株式会社ウチダ和漢薬(平成21年6月15日)には、以下の事項が記載されている。 「原植物のコショウ・・・ 果実の成熟度と採集後の調製方法の違いにより,「黒胡椒」と「白胡椒」に分けられます。「黒胡椒」は未成熟果実を果皮をつけたまま乾燥したもので,乾燥前に熱湯に漬けたり,火力乾燥でいぶして風味をつけることもあります。「白胡椒」は成熟した果実を袋に入れて流水中に一週間ほど漬し、果皮や果肉を洗い去って,残った種子を乾燥して製します。」 (8)甲第8号証(以下「甲8」という。) 申立人が特許異議申立書に添付して甲8として提出した特開平2-177879号公報には、以下の事項が記載されている。 「従来から粉末香辛料や小麦粉等の粉粒状食品を過熱水蒸気によって加熱殺菌することが行われている」(第1頁右下欄第13行から第15行) (9)甲第9号証(以下「甲9」という。) 申立人が特許異議申立書に添付して甲9として提出した 全日本スパイス協会のWebサイト(http://www.ansa-spice.com/M04_Spice/Spice.html)には、以下の事項が記載されている。 ア 「香辛料とは 香辛料とは植物体の一部で、・・・風味や美観をそえるものの総称であり、スパイスとハーブに大別されます。」 イ 「スパイスとは スパイスとは香辛料のうち、利用部分として茎と葉と花を除くものの総称です。 具体例 ニンニク、ショウガ、ごま(ごまの種子)、唐辛子、ホースラディシュ(西洋ワサビ)、マスタード(からし)、ケシノミ、胡椒、ナツメグ、シナモン、パプリカ・・・などです。」 (10)甲第10号証(以下「甲10」という。) 申立人が特許異議申立書に添付して甲10として提出した特許第6534314号公報は、本件特許公報である。 (11)甲第11号証(以下「甲11」という。) 申立人が意見書に添付して甲11として提出した特開昭57-8754号公報は、「香辛料の殺菌方法」を開示しており、第2頁右上欄第6行には香辛料として「コショー」が示され、同第2頁右下欄第9行から第15行には、「殺菌及び乾燥」の方法として、100?120℃、0.5?3分間の条件が好ましい旨が記載されている。 (12)甲第12号証(以下「甲12」という。) 申立人が意見書に添付して甲12として提出した特開平8-149962号公報は、「乾燥スパイスの殺菌方法」を開示しており、第3頁第4欄第1行から第2行には「120℃で15分にわたって水蒸気によって殺菌処理した。」と記載されている。 (13)引用例3 当審が通知した取消理由で引用した引用例3:実願昭57-200070号(実開昭59-106697号)のマイクロフィルムには、蛍光分析の試料として、プレス装置によって測定用粉末試料をペレット状にした試料とすること(第2頁第1行?第3行参照。)、ペレット化が、等しい圧力の加え方とほぼ等しい圧力によって加圧成型されると、表面状態の状態の違いや、加圧の程度による密度の違いによる、分析誤差を軽減できること(第6頁第1行第6行)が記載されている。 (14)引用例4 当審が通知した取消理由で引用した引用例4:掘田博、”無機成分組成に基づいた農産物の産地判別について” 日本醸造協会誌 第107巻 第8号 pp.551-558、2012年8月 には、第556頁左欄の「(4)カボチャ」の項目において、「8元素による日本産-ニュージーランド産判別モデル」、「6元素による日本産-メキシコ産判別モデル」「を組合せ,日本産と外国産を的中率85%で判別できた」との記載がある。 3 進歩性についての当審の判断 (1)本件訂正発明1と甲1発明との対比、判断 ア 上記(甲1ア)の「蛍光指紋(Fluorescence Fingerprint),または励起蛍光マトリクス(Excitation Emission Matrix)と呼ばれ」との記載から、「蛍光指紋」と「励起蛍光マトリクス(Excitation Emission Matrix)」は呼び方が異なるものの同じものであるといえる。 してみると、甲1発明の「蛍光指紋」は、本件訂正発明1の「励起蛍光マトリクス(Excitation-EmissionMatrix:EEM)」に相当する。 イ 穀粉やワインと黒胡椒とは、「食品」であることで共通している。してみると、甲1発明の「様々な穀粉の蛍光指紋を計測し、主成分分析にかけ、穀粉の種類、等級の違いを、ワインにおいては、産地、醸造所、収穫年の違いを判別する方法」と本件訂正発明1の「スパイスの産地判別方法」とは、「食品の判別方法」の点で共通する。 ウ 甲1発明の「様々な穀粉の蛍光指紋を計測し、主成分分析にかけ、穀粉の種類、等級の違いを、ワインにおいては、産地、醸造所、収穫年の違いを判別する方法」の「様々な穀粉」や「ワイン」は、本件訂正発明1の「試験試料」に相当する。そして、甲1発明の「様々な穀粉」や「ワイン」「の蛍光指紋を計測」することと、本件訂正発明1の「(a)黒胡椒の試験試料について励起蛍光マトリクス(Excitation-Emission Matrix:EEM)を得る工程」とは、「食品の試験試料について励起蛍光マトリクス(Excitation-EmissionMatrix:EEM)を得る工程」である点で共通する。 エ 甲1発明では、「事前に、目的とする答えが既知の試料に対して、蛍光指紋を測定し」ている。ここで、「答えが既知の試料に対」する「蛍光指紋」と、本件訂正発明1の「産地既知の黒胡椒について同様にして得られた参照EEM」とは、「既知の食品について同様にして得られた参照EEM」の点で共通する。 オ 甲1発明の「主成分分析」は、「多変量解析手法」の一つであるから、本件訂正発明1の「多変量解析」に相当し、甲1発明の「蛍光指紋を計測し、主成分分析にかけ・・・判別する」際に「事前に、目的とする答えが既知の試料に対して、蛍光指紋を測定し、蛍光強度値を説明変数として、真の値である判別結果または定量値を目的変数とする推定モデルを、多変量解析手法を使い構築する」ことと、本件訂正発明1の「工程(a)にて得られたEEMと、産地既知の黒胡椒について同様にして得られた参照EEMとの多変量解析により、該試験試料の黒胡椒の産地を判別する工程」とは、「得られたEEMと、既知の食品について同様にして得られた参照EEMとの多変量解析により、該試験試料の食品を判別する工程」である点で共通する。 カ 上記対比を踏まえると、本件訂正発明1と甲1発明とは、以下の一致点及び相違点を有する。 (一致点) 「食品の判別方法であって、 (a)食品の試験試料について励起蛍光マトリクス(Excitation-Emission Matrix:EEM)を得る工程、 (b)工程(a)にて得られたEEMと、既知の食品について同様にして得られた参照EEMとの多変量解析により、該試験試料の食品を判別する工程、 を含む、上記方法。」 (相違点1) 判別の対象が、本件訂正発明1は、「黒胡椒の産地」であるのに対し、甲1発明は、「様々な穀粉」の「種類、等級の違い」、「ワイン」の「産地、醸造所、収穫年の違い」である点。 (相違点2) 本件訂正発明1は、「工程(a)の前に、黒胡椒を蒸気処理により加熱処理する工程を含む」のに対し、甲1発明は、そのような工程を含まない点。 キ 相違点についての判断 相違点1及び2は、試験試料が「黒胡椒」であるという共通の相違点を有することから、相違点1及び2を併せて検討する。 「黒コショウの産地判別に関する研究」について甲5に記載されているように、「黒コショウの産地」を判別の対象とすることは、本件特許出願の前に知られていた。 また、甲1発明の蛍光指紋による食品の判別の手法は、サトイモ(甲2、甲4)、マンゴー(甲1、甲3)の産地の判別にも用いられているように様々な食品の産地の判別に適用が試みられており、「黒コショウの産地」を判別の対象とすることが本件特許出願の前に知られていたことに鑑みれば、甲1発明の蛍光指紋による判別の対象を、「黒コショウの産地」とする、動機付けはあるといえる。 しかしながら、工程(a)の前、つまり、「黒胡椒の試験試料について励起蛍光マトリクスを得る工程」の前に、黒胡椒を蒸気処理により加熱処理する工程を含むようにすることについては、各甲号証及び各引用例には記載も示唆もなく、また、周知技術であるともいえない。 そして、本件訂正発明1は、「黒胡椒の試験試料について励起蛍光マトリクスを得る工程」の前に、黒胡椒を蒸気処理により加熱処理する工程を含むことにより、「入手時点での熱履歴(加熱処理)の有無が不明なサンプルであっても、加熱処理(蒸気処理)を加えることによって熱履歴による影響を揃えることができ、熱履歴(加熱処理)の有無の結果生じるEEMの差異を小さくできる」(本件特許明細書段落0043参照。)という、格別の効果を奏するものである。 したがって、本件訂正発明1は、甲1発明及び各甲号証及び各引用例に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 ク 申立人の意見書による主張について 申立人は、意見書において、「甲第7号証には・・・と記載されているように、「黒胡椒」は未成熟な果実であり、生のものをそのまま乾燥したものと、予め加熱したものがある。生のものをそのまま乾燥したものと、加熱処理されたものとでは含まれる成分が加熱により変化すること、さらに、一旦加熱処理がされた場合にはその後さらに加熱をしたところでその成分に変化はあまり生じないことは周知のことであり、そうとすれば、EEMを得る工程の前に黒胡椒に熱を加えることにより成分を一定化することは本件特許出願前において、当業者が容易に想到し得ることである。」(意見書第8頁第18行?末行)と主張する。 しかしながら、仮に、申立人の主張のとおり「(黒胡椒は)生のものをそのまま乾燥したものと、加熱処理されたものとでは含まれる成分が加熱により変化すること、さらに、一旦加熱処理がされた場合にはその後さらに加熱をしたところでその成分に変化はあまり生じないことは周知のことであ」るとしても、加熱することで黒胡椒の成分は変化してしまうことになるから、分析手段を問わず、加熱後の変化してしまった成分によって、産地判別が可能であるかは不透明なことである。さらに、加熱後の変化してしまった成分であっても、EEM分析と多変量解析という分析手段によって、黒胡椒の産地判別が可能であることが、当業者に知られていたとする証拠もない。 してみると、申立人の主張を考慮しても、本件訂正発明1を当業者が容易に想到し得ることであるとはいえない。 (2)本件訂正発明5ないし7について 本件訂正発明5ないし7は、本件訂正発明1を更に限定した発明であるから、本件訂正発明5ないし7も、甲1発明と対比すると、少なくとも上記相違点(1)、(2)を有するものである。そして、相違点(1)、(2)に対する判断は、上記のとおりであるから、本件訂正発明5ないし7は、本件訂正発明1と同様に、甲1発明及び各甲号証及び各引用例に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (3)進歩性についての当審の判断のまとめ 上記(1)、(2)のとおりであるから、本件訂正発明1、5ないし7に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。 4 サポート要件についての当審の判断 (1)当審が通知したサポート要件に関する取消理由の概要は、以下のとおりである。 ア 黒胡椒以外のスパイスの産地判別を含む本件発明1、3-7は、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。 イ 「蒸気処理」以外の「加熱処理」を含む本件発明3は、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。 ウ 「試験試料の熱履歴による影響を揃えるために該試験試料を蒸気処理する工程」が特定されない方法を含む本件発明1、2、5-7は、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。 (2)これに対し、訂正により、本件訂正発明1、5-7は、「スパイス」が「黒胡椒」に訂正され、また、「工程(a)の前に、黒胡椒を蒸気処理により加熱処理する工程を含む」ように訂正された。つまり「黒胡椒の試験試料について励起蛍光マトリクスを得る工程の前に、黒胡椒を蒸気処理により加熱処理する工程を含む」発明となった。 よって、本件訂正発明1、5-7は、当審が通知したサポート要件に関する取消理由(上記(1)アないしウ)を解消するものとなった。 (3)申立人の意見書による主張について ア 申立人は、意見書において、「工程(a)の前に、単に「蒸気処理」を行えばよいとする訂正後の本件発明1は、詳細な説明に記載した範囲を超えるものであり、発明の詳細な説明に記載されたものでなく、特許法36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。また、訂正後の請求項1を引用する訂正後の本件発明5?7も同様である。」(第7頁(1-7)の欄) イ 申立人の意見書による主張に対する当審の判断 (ア)本件訂正発明1の、励起蛍光マトリクスを得る工程の前の蒸気処理の工程は、「熱履歴による影響を揃えること」、「熱履歴(加熱処理)の有無の結果生じるEEMの差異を小さく」すること(段落0043)を目的としている構成である。 (イ)一方、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。 「【0030】 実施例1:非加熱サンプルへの蒸気処理 非加熱のマレーシア産黒胡椒に蒸気処理を施し、熱履歴(加熱処理)の有無がEEMに影響するか否かを調べた。 ・・・ 【0037】 非加熱サンプルのデータは「マレーシア産」と正しく判別された。一方、蒸気処理サンプルのデータは「インド産」寄りにプロットされ、20秒処理サンプルでは3/5、60秒処理サンプルでは5/5のデータが「インド産」と誤判別された。 【0038】 これらの結果より、同一サンプルであっても、熱履歴の違いによってEEMが変化することが確認された。」 「【0039】 実施例2:加熱殺菌済みサンプルへの蒸気処理 加熱殺菌済みのインド産黒胡椒にさらなる蒸気処理を施し、加熱処理されたサンプルに対するさらなる加熱処理(蒸気処理)の有無がEEMに影響するか否かを調べた。 ・・・ 【0042】 20秒間蒸気処理、60秒間蒸気処理のいずれのサンプルも、さらなる加熱処理なしのサンプルの近くにプロットされた。 【0043】 この結果より、一度加熱処理したサンプルをさらに加熱処理(蒸気処理)したとしても、EEMに大きな影響は生じないことが確認された。このことから、入手時点での熱履歴(加熱処理)の有無が不明なサンプルであっても、加熱処理(蒸気処理)を加えることによって熱履歴による影響を揃えることができ、熱履歴(加熱処理)の有無の結果生じるEEMの差異を小さくできることが示された。」 (ウ)この実施例1から、同一サンプルであっても、非加熱サンプルに対し、蒸気処理が未処理、20秒処理、60秒処理でEEMに異なる結果が生じている(影響している)こと、実施例2から、一度加熱処理したサンプル(加熱殺菌済みサンプル)をさらに加熱処理(蒸気処理)したとしても、EEMに大きな影響は生じないことが確認されている。 してみると、蒸気処理について、必要最低限の処理条件があるとしても、当業者は、黒胡椒に対して一般に行っている殺菌加熱処理と同様の蒸気処理の条件を設定することで、「熱履歴による影響を揃えること」、「熱履歴(加熱処理)の有無の結果生じるEEMの差異を小さく」することができると理解し得る。 よって、本件特許発明1に、蒸気処理についての特別な処理条件が特定されていないからといって、黒胡椒の産地判別が可能であると当業者が認識できる範囲のものでないとはいえない。 (3)サポート要件についての当審の判断のまとめ 上記(1)、(2)のとおりであるから、本件訂正発明1は、特許法36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないとはいえない。 また、本件訂正発明1を更に限定した本件訂正発明5ないし7についても、本件訂正発明1と同様に、特許法36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないとはいえない。 第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について 1 訂正前の請求項3及び4に対する進歩性についての特許異議申立理由 上記のとおり、請求項3及び4に係る特許は、訂正により削除された。これにより、請求項3及び4に係る特許異議の申立ては、申立ての対象が存在しないものとなった。 2 甲2を主引用例とする進歩性についての特許異議申立理由 甲2は、甲1の筆者と同一の筆者による文献であり、甲1がマンゴーの産地判別の具体例を開示しているのに対し、甲2は、サトイモの産地判別の具体例を開示しているものである。 そして、本件訂正発明1と甲2に記載された発明との対比において、甲1発明との対比同様、相違点1及び2の相違点を有するものであり、相違点1及び2に対する判断は、上記のとおりである。 したがって、甲1を主引例とした上記判断と同様に、本件訂正発明1,5-7は、甲2に記載された発明、各甲号証及び各引用例に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 第6 むすび 以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1、5ないし7に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件請求項1、5ないし7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 また、請求項2ないし4に係る特許は、上記のとおり、訂正により削除された。これにより、請求項2ないし4に係る特許異議の申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 黒胡椒の産地判別方法であって、 (a)黒胡椒の試験試料について励起蛍光マトリクス(Excitation-Emission Matrix:EEM)を得る工程、 (b)工程(a)にて得られたEEMと、産地既知の黒胡椒について同様にして得られた参照EEMとの多変量解析により、該試験試料の黒胡椒の産地を判別する工程、 を含み、 工程(a)の前に、黒胡椒を蒸気処理により加熱処理する工程を含む、 上記方法。 【請求項2】 (削除) 【請求項3】 (削除) 【請求項4】 (削除) 【請求項5】 試験試料が、黒胡椒を粉砕して得られた粉砕物を含んでなるペレットである、請求項1に記載の方法。 【請求項6】 工程(b)において、参照EEMが異なる産地に由来する複数の参照EEMを含む、請求項1又は5に記載の方法。 【請求項7】 一産地とその他の産地への判別を行うことを含む複数回の多変量解析を行うことを含む、請求項6に記載の方法。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2020-06-29 |
出願番号 | 特願2015-158257(P2015-158257) |
審決分類 |
P
1
651・
121-
YAA
(G01N)
P 1 651・ 537- YAA (G01N) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 吉田 将志 |
特許庁審判長 |
福島 浩司 |
特許庁審判官 |
▲高▼見 重雄 森 竜介 |
登録日 | 2019-06-07 |
登録番号 | 特許第6534314号(P6534314) |
権利者 | ハウス食品グループ本社株式会社 |
発明の名称 | 励起蛍光マトリクス分析によるスパイスの産地判別方法 |
代理人 | 特許業務法人平木国際特許事務所 |
代理人 | 特許業務法人平木国際特許事務所 |