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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C03C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C03C
管理番号 1366096
異議申立番号 異議2020-700328  
総通号数 250 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-10-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-05-08 
確定日 2020-09-14 
異議申立件数
事件の表示 特許第6605781号発明「ガラス繊維とその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6605781号の請求項1ないし23に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6605781号の請求項1?23の特許についての出願は、2018年(平成30年)9月28日(優先権主張2018年4月9日)を国際出願日とする日本語特許出願であって、令和元年10月25日にその特許権の設定登録がされ、同年11月13日に特許掲載公報が発行された。
その後、令和2年5月8日に、その請求項1?23に係るすべての特許について、特許異議申立人である佐藤総合法律事務所より、本件特許異議の申立てがされた。

第2 本件発明

本件特許の請求項1?23に係る発明(以下、各請求項に係る発明及び特許を「本件発明1」、「本件特許1」などといい、まとめて、「本件発明」、「本件特許」ということがある。)は、設定登録時の特許請求の範囲の請求項1?23に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
β-OHが0.02mm^(-1)以上0.55mm^(-1)未満であり、
質量%で表示して、
SiO_(2) 52?66%
Al_(2)O_(3) 12?26%
B_(2)O_(3) 0?4%
MgO 5?19%
CaO 0?16%
SrO 0?30%
Li_(2)O 0?4.5%
Na_(2)O 0?2%
K_(2)O 0?5%
を含み、
MgO、CaO及びSrOの質量%表示の含有率の合計が5?30%である、
ガラス繊維。
【請求項2】
β-OHが0.02mm^(-1)以上0.55mm^(-1)未満であり、
質量%で表示して、
SiO_(2) 45?66%
Al_(2)O_(3) 0?18%
B_(2)O_(3) 14?30%
MgO 0?6%
CaO 0?8%
SrO 0?30%
Li_(2)O 0?4.5%
Na_(2)O 0?5%
K_(2)O 0?1.5%
を含む、
ガラス繊維。
【請求項3】
質量%で表示して、SiO_(2)の含有率が45?63%である、請求項2に記載のガラス繊維。
【請求項4】
質量%で表示して、SiO_(2)の含有率が45?62%である、請求項3に記載のガラス繊維。
【請求項5】
直径15μm以下である、請求項1?4のいずれか1項に記載のガラス繊維。
【請求項6】
SO_(3)の含有率が質量基準で0ppmを超え75ppm以下であり、As及びSbを実質的に含有しない、請求項5に記載のガラス繊維。
【請求項7】
SO_(3)の含有率が質量基準で20?75ppmであり、β-OHが0.3mm^(-1)以上0.55mm^(-1)未満である、請求項6に記載のガラス繊維。
【請求項8】
SO_(3)の含有率が質量基準で0ppmを超え75ppm以下であり、As及びSbを実質的に含有しない、請求項1?4のいずれか1項に記載のガラス繊維。
【請求項9】
SO_(3)の含有率が質量基準で20?75ppmであり、β-OHが0.3mm^(-1)以上0.55mm^(-1)未満である、請求項8に記載のガラス繊維。
【請求項10】
質量基準でSO_(3)の含有率が20?70ppmであり、β-OHが0.35?0.53mm^(-1)である、請求項1?9のいずれか1項に記載のガラス繊維。
【請求項11】
直径10μm以下である、請求項1?10のいずれか1項に記載のガラス繊維。
【請求項12】
直径のばらつきが3μm以下である、請求項1?11のいずれか1項に記載のガラス繊維。
【請求項13】
質量%で表示して、SiO_(2)の含有率が55?60%、MgOの含有率が5?16%、Li_(2)O、Na_(2)O及びK_(2)Oの質量%表示の含有率の合計が0?2%である、請求項1に記載のガラス繊維。
【請求項14】
質量%で表示して、Al_(2)O_(3)の含有率が19?26%、B_(2)O_(3)の含有率が0?2%、MgOの含有率が9?19%、CaOの含有率が0?10%、Li_(2)Oの含有率が0?0.5%、Na_(2)Oの含有率が0?1.5%、K2Oの含有率が0?0.5%である、請求項1に記載のガラス繊維。
【請求項15】
MgO及びCaO以外の2価の金属酸化物を実質的に含有しない、請求項1?14のいずれか1項に記載のガラス繊維。
【請求項16】
β-OHが0.5mm^(-1)未満である、請求項1?4のいずれか1項に記載のガラス繊維。
【請求項17】
β-OHが0.48mm^(-1)未満である、請求項1?16のいずれか1項に記載のガラス繊維。
【請求項18】
ガラス長繊維である請求項1?17のいずれか1項に記載のガラス繊維。
【請求項19】
請求項18に記載のガラス長繊維が束ねられてなるストランドを備えたゴム補強用コード。
【請求項20】
請求項19に記載のゴム補強用コードで補強されたゴム製品。
【請求項21】
ガラス短繊維である請求項1?17のいずれか1項に記載のガラス繊維。
【請求項22】
請求項21に記載のガラス短繊維を含むガラス繊維不織布。
【請求項23】
請求項1?17のいずれか1項に記載のガラス繊維を製造する方法であって、
硫酸塩を含むガラス原料からガラス融液を形成するステップと、
前記ガラス融液からガラス繊維を紡糸するステップと、を具備し、
前記硫酸塩が、アルカリ金属又はアルカリ土類金属の硫酸塩を含む、ガラス繊維の製造方法。」

第3 特許異議申立理由について

1 特許異議申立理由の概要
特許異議申立人が主張する特許異議申立理由は、概略、次のとおりである。
(1) (進歩性欠如)本件発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものである(特許法第113条第2号に該当)。
(2) (サポート要件違反)本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである(特許法第113条第4号に該当)。

2 申立理由(1)(進歩性欠如)についての当審の判断
特許異議申立人は、申立理由(1)を立証するための証拠として、甲第1?8号証(以下、単に「甲1」などという。)を提出し、例えば、独立形式請求項1、2に係る本件発明1及び本件発明2についていうと、それぞれ甲1に記載された発明及び甲2に記載された発明を主たる引用発明とする進歩性欠如を主張する。
しかしながら、当該主張は、以下の理由により、採用することはできない。
(1) 証拠一覧(甲1?8)
甲1:特開2003-321247号公報
甲2:特開平10-167759号公報
甲3:特表2001-500098号公報
甲4:特開2005-97090号公報
甲5:特開平7-25622号公報
甲6:特開2011-105554号公報
甲7:特開平11-158744号公報
甲8:国際公開2013/161903号公報
(2) 甲1に記載された発明(甲1発明)
甲1の請求項1、4には、次の記載がある。
・「【請求項1】 SiO_(2)、Al_(2)O_(3)及びMgOからなる基本組成を有するガラス繊維用ガラス組成物であって、該ガラス繊維用ガラス組成物の全重量を基準として、SiO_(2)の含有量が55?68重量%、Al_(2)O_(3)の含有量が17?28重量%、MgOの含有量が7?15重量%、且つSiO_(2)、Al_(2)O_(3)及びMgOの合計含有量が94重量%以上98重量%未満であり、前記基本組成を除く残部の70重量%以上がTiO_(2)及び/又はZrO_(2)であることを特徴とするガラス繊維用ガラス組成物。」
・「【請求項4】 請求項1?3のいずれか一項に記載のガラス繊維用ガラス組成物からなることを特徴とするガラス繊維。」
そうすると、甲1の請求項1を引用する請求項4には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。
「SiO_(2)、Al_(2)O_(3)及びMgOからなる基本組成を有するガラス繊維用ガラス組成物であって、該ガラス繊維用ガラス組成物の全重量を基準として、SiO_(2)の含有量が55?68重量%、Al_(2)O_(3)の含有量が17?28重量%、MgOの含有量が7?15重量%、且つSiO_(2)、Al_(2)O_(3)及びMgOの合計含有量が94重量%以上98重量%未満であり、前記基本組成を除く残部の70重量%以上がTiO_(2)及び/又はZrO_(2)であることを特徴とするガラス繊維用ガラス組成物からなることを特徴とするガラス繊維。」
(3) 甲2に記載された発明(甲2発明)
甲2の請求項1には、次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されている。
「重量%で、SiO_(2 )50?60%、Al_(2)O_(3)10?18%、B_(2)O_(3 )18?25%、CaO 0?10%、MgO 1?10%、Li_(2)O+Na_(2)O+K_(2)O 0?1.0%、Fe_(2)O_(3 )0.1?1%のガラス組成を有することを特徴とする低誘電率ガラス繊維。」
(4) 甲1発明に基づく本件発明1の進歩性について
ア 本件発明1の意義(効果)について
あらかじめ、本件発明1の意義(効果)について確認しておく。
本件発明1は、「フィラメント切れを回避しながら安定的に製造することに適したガラス繊維を提供すること」(本件特許明細書【0008】)を課題とし、当該フィラメント切れの発生の一因は、「ブッシングに接触したガラス融液のリボイルによる酸素ガスの発生にある」(同【0013】)との検討のもとになされたものである。
そして、当該リボイルを抑制する観点からは、「ガラスに含まれる水分量の指標となるβ-OHをより低く制限することが適切である」(同【0014】)との知見に基づいて、ガラス繊維のβ-OHを、0.55mm^(-1)未満の範囲に調整したものである。なお、当該β-OHの下限値は、「ガラス融液の清澄を困難にする」(同【0015】)との観点から、0.02mm^(-1)以上に設定されている。
そうすると、本件発明1に係るガラス繊維は、β-OHを特定の数値範囲に制御することにより(特に、その上限値を0.55mm^(-1)未満の範囲とすることにより)、上記の課題を解決し、同【0011】記載の「安定した連続長期運転により量産することに適している」という効果を奏するものであることを理解することができる。
イ 本件発明1と甲1発明との対比
上記のとおりの意義(効果)を有する本件発明1について、特許異議申立人は、甲1発明を主たる引用発明とする進歩性欠如を主張するので、本件発明1と甲1発明とを対比してみると、両者のガラス繊維は、少なくとも次の点で相違するものと認められる。
・相違点:本件発明1は、「β-OHが0.02mm^(-1)以上0.55mm^(-1)未満」であると特定しているのに対して、甲1発明には、そのような特定がない点。
ウ 相違点の検討
そこで、上記β-OHに関する相違点について検討する。
(ア) 甲1?8の関連記載
上記アのとおり、本件発明1は、端的にいうと、「フィラメント切れ」を課題とし、その一因たる「リボイル」を抑制して当該課題を解決すべく、「β-OH」を特定の数値範囲に制御したものであるから、上記相違点に直接関係する「β-OH」に加え、「フィラメント切れ」や「リボイル」に関連する記載にも着目しながら、甲1?8の記載を俯瞰してみると、次の記載を認めることができる(なお、特許異議申立人は、特許異議申立書25、26頁の「(2)β-OHの範囲」の項において、当該相違点につき、甲3?5に記載された技術的事項に基づく容易想到性を主張しているので、特に、甲3?5の記載に着目した。)。
(i) 甲1の関連記載(下線は当審において付したもの。以下同じ)
・「【0002】
【従来の技術】プリント配線板などに利用されるガラス繊維には高強度のものが要求される。高強度ガラス繊維用のガラス素材としては、例えば、MgO約4?25重量%を加えた本質的にSiO_(2)とAl_(2)O_(3)からなる組成であって、具体的には重量基準でSiO_(2)55?85%、Al_(2)O_(3)10?35%及びMgO4?25%の組成を有するガラス(Sガラス)が知られている(特公昭48-30125号公報)。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、上記Sガラスは、1000ポイズ温度から液相温度を差し引いた値である作業温度範囲が狭く、ガラス繊維の製造が非常に困難になるといった問題があった。ここで、1000ポイズ温度とは、ガラスの溶融粘度が1000ポイズとなる温度をいい、液相温度とは、溶融ガラスの温度を低下させた時に最初に結晶の析出が生じる温度をいう。一般的に、ガラス繊維はガラスの溶融粘度を1000ポイズ付近にして紡糸した場合に効率的に製造可能であるため、1000ポイズ温度は紡糸の際の指標として用いられる温度であり、液相温度はガラスの溶融状態の均一性の指標となる温度である。
【0004】また、上記Sガラスを用いてガラス繊維を作製する場合には、ガラス組成物中に泡が残りやすいという問題があった。泡の泡径が小さい場合には、この泡がガラス繊維中に含まれた、いわゆるホローファイバーが生成され、このホローファイバーを含有したガラス繊維を、例えばプリント配線基板に強化繊維として用いた際には、絶縁抵抗が低下して絶縁不良の原因となる場合があった。一方、泡径が大きい場合には、紡糸時にガラス繊維が泡により切断されるという問題があった。
【0005】本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであり、ガラス繊維製造の際の作業温度範囲を十分広くすることができ、更に、高強度且つ高弾性率のガラス繊維を得ることが可能であり、ガラス繊維中の泡を充分に低減することができ、紡糸の際におけるガラス繊維の切断やホローファイバーの生成を伴うことのないガラス繊維用ガラス組成物を提供することを目的とする。
【0006】本発明はまた、かかるガラス繊維用ガラス組成物からなる高強度且つ高弾性率のガラス繊維、このガラス繊維を編組してなるガラス繊維編組物、このガラス繊維を含むガラス繊維強化樹脂、このガラス繊維強化樹脂からなるガラス繊維強化樹脂層を備えるプリント配線板を提供することを目的とする。
【0007】【課題を解決するための手段】本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、基本組成であるSiO_(2)、Al_(2)O_(3)及びMgOの含有量を特定範囲内にし、更に、TiO_(2)及び/又はZrO_(2)を加えることによって、上記目的が達成可能であることを見出した。」
(ii) 甲3の関連記載
・「【特許請求の範囲】
1.下方延伸ガラス製造方法を用い、得られたガラスがAs_(2)O_(3)と表されるヒ素を0.2モルパーセント未満しか含有せず、該ガラスのβ-OHが約0.5未満となるようにバッチ成分を選択することにより、ケイ酸塩シートガラスを溶融し、形成することを特徴とするケイ酸塩ガラスの製造方法。」(特許請求の範囲の1.)
・「フラットパネルディスプレイ用途に製造されるほとんどのガラス、特に、下方延伸工程(例えば、溶融またはスロット延伸工程)により形成されるガラスは、特に工程の清澄および状態調節部分において、耐火性金属、例えば、白金または白金合金からなる製造設備を用いて溶融または形成される。ここで、耐火性金属は、ガラスと酸化物の耐火性材料との接触により生じる気体状混入物および均質性における組成物の形成を最小限にするために用いられている。さらに、これらの製造工程の多くに、清澄剤としてヒ素が用いられている。これは、ヒ素が知られている最高温度の清澄剤の中の一つであるからである。このことは、ヒ素が溶融ガラス浴に加えられたときに、高溶融温度(例えば、1450℃より高い)でさえもガラス溶融物からO_(2)を放出できることを意味する。この高温でのO_(2)の放出は(ガラス製造の溶融および清澄段階最中の気体の除去を補助する)、より低い状態調節温度でのO_(2)吸収の強い傾向(ガラス中の残留気体状混入物の崩壊を補助する)と組み合わさって、気体状混入物を実質的に含まないガラス製品が得られる。さらに、このヒ素の清澄パッケージの酸化性質のために、混入金属が減少した結果として汚染を防ぐことにより、白金ベースの金属システムを保護することができる。他の清澄剤は典型的に、溶融温度の高いガラスに清澄剤として加えられたときに溶融し、酸素を早すぎる時期に放出し、状態調節工程中の遅すぎる時期にO_(2)を再吸収し、それによって、清澄能力を果たすことができない。環境の観点から、清澄剤としてヒ素を使用する必要なく、融点および歪み点の高いそのようなガラスを製造する別の方法を見つけることが望ましい。下方延伸(特に溶融状)工程によりそのようなガラスを製造する方法を見つけることが特に望ましい。残念ながら、そのようにする以前の努力は、ガラス中に許容できない量の気泡が発生することにより妨げられていた。このことは、溶融ガラスの供給システムに白金または白金含有合金のような耐火性金属を用いたガラスについて特に問題となっている。これは、白金により、ガラスの白金接触領域上またはその付近に気泡が形成される(通常、ふくれ(blistering)と称する)こととなる、ガラスとの電気化学反応が生じることがあるためである。
発明の概要
ガラス形成工程の最中にガラス中の水分量を低く維持することにより、通常、高溶融温度(溶融温度はここでは、ガラスが200ポアズの粘度を有する温度として定義される)でそれほど効率的ではない他の清澄成分、例えば、Sb_(2)O_(3)、CeO_(2)、SnO_(2)、Fe_(2)O_(3)、およびそれらの混合物を、As_(2)O_(3)の代わりに必要であれば使用して、そのガラスをうまく清澄することができることが分かった。このように、ガラス中の水分量を低く維持することにより、本質的にまたは実質的にヒ素を含まない、融点の高いガラス(すなわち、粘度が200ポアズに対応する温度が約1500℃よりも高いガラス)を形成することができる。実質的にヒ素を含まないとは、そのようなガラスが、0.02モルパーセント未満のAs_(2)O_(3)を有することを意味する(このような量は、原料の不純物の結果として通常存在する)。また、本発明により、製造工程の溶融または形成段階の最中にガラスと接触する白金または白金含有合金を用いた製造システムを用いて、そのような融点の高いガラスを形成することができる。これらの方法は、例えば、コーニング社のコード1737のガラスのような、下方延伸工程を用いて形成されるガラスの形成に特に適している。
ガラス中の水分を測定する方法の一つに、ベータ-OH(β-OH)を測定するものがある。ここで用いられているβ-OHは、IR分光分析法により測定されるガラス中のヒドロキシル含有量の尺度であり、この材料に関しては、約2809nmで生じる、基本ヒドロキシル吸収を用いて測定される。このβ-OHは、2809nmで材料の線吸収係数(吸光度/mm厚さ)である。以下の方程式が、β-OHが、試料のIR透過率スペクトルからどのようにして計算されるかを示している。
β-OH=(1/X)LOG_(10)(T_(1)/T_(2))
ここで、Xはミリメートルで表した試料の厚さであり、T_(1)は参照波長(2600nm)での試料の透過率であり、T_(2)はヒドロキシル吸収波長(2809nm)での試料の最小透過率である。この参照波長は、試料における表面反射、散乱、および屈折による信号損失を補い、吸収の生じない領域から、関心のある吸収波長にできるだけ近く選択される。
下方延伸シート形成工程によりヒ素をわずかしか含有しないガラスを形成する本発明の好ましい実施の形態において、バッチ成分は、形成されるガラスが、β-OHレベルにより示されるように、0.5未満、好ましくは、0.45未満、より好ましくは、0.4未満、そして最も好ましくは、0.35未満である水分をその内部に有するように選択される。」(11頁13行?13頁18行)
・「本発明をコーニング社のコード1737のガラスに適用する例が、下記の表Iを参照して、以下に示されている。これらのガラスは、この種の製品の工業製造に典型的に使用されているあふれ下方延伸溶融装置と同様の研究所規模の連続溶融装置内で調製した。この実験溶融装置では、白金/ロジウム合金耐火性金属供給システムが用いられ、ここでは、溶融ガラスが白金合金と接触する。表Iの実施例4は、市販されているコーニング社のコード1737のガラスに密接に対応し、得られたガラス中に約0.4モルパーセントが存在するような量のヒ素を用いて清澄した。実施例1、2、および3は、減少した水分量がこれらの条件に与える影響を示している。ガラスのβ-OH値が減少するにつれ、ガラス中の気体状混在物(混在物/ポンド)も減少する。これらの実施例において、気体状の混在物は、主に、溶融ガラスを供給する白金合金のパイプにより生じる電気化学的ふくれの結果であり、そのために、白金のような金属を用いた製造方法を正確に擬態している。気体状混在物は、二、三日の期間に亘りポンド当たりを基準として測定した。実施例により示したように、ポンド当たりの混在物は、β-OH値が各々減少するにつれ、著しく低下した。このことを、清澄剤としてAs_(2)O_(3)を使用する必要なく行ったという事実は、大変重要なことである。」(17頁8?25行)
(iii) 甲4の関連記載
・「【請求項1】 β-OH値が0.485/mm以上であり、SnO_(2)及び/又はSb_(2)O_(3)を含むガラスからなることを特徴とする無アルカリガラス基板。」
・「【背景技術】
【0002】
従来、液晶ディスプレイ等の透明ガラス基板として、無アルカリガラスが使用されている。ディスプレイ用途に用いられる無アルカリガラスには、耐熱性、耐薬品性等の特性の他に、表示欠陥となる泡がないことが要求される。
【0003】
このような無アルカリガラスとして、従来種々のガラスが提案されており、例えば特許文献1、2には、アルミノシリケート系の無アルカリガラスが開示されている。
【特許文献1】特開平6-263473号公報
【特許文献2】特表2001-500098号公報
・・・。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
特許文献2には、β-OH値を0.5/mm未満、好適には0.45/mm未満にすることにより、白金界面からの泡の発生を防止することができる旨の開示がある。しかしながら、同特許文献には、溶融初期(即ち、ガラス化反応時等)に生じた泡を除去する、いわゆる清澄性の改善については全く考慮されていない。なお特許文献2に開示されたβ-OH値のレベルは、通常の溶融条件で得られる水分量である。言い換えれば従来の無アルカリガラスが有しているβ-OH値と同程度である。
【0018】
驚くべきことに、β-OH値を一定値以上にすることにより、清澄性が向上することが明らかになった。つまり本発明では、ガラス中の水分量を、通常の溶融条件では得ることが困難な高水準に調整する。これによってAs_(2)O_(3)代替清澄剤としてSnO_(2)やSb_(2)O_(3)を使用した際の清澄不足を補おうとするものである。ガラス中の水分は、ガラスの粘度を低下させる作用を有するため、多量に含有させることにより溶融、清澄を容易にすることができる。また、それ自身も清澄ガスの一つとして泡中に拡散し、泡径を増大させ泡の浮上を容易にする働きを有する。
【0019】
詳述すると、As_(2)O_(3)に比べSb_(2)O_(3)は清澄ガスの発生温度域が低いため、Sb_(2)O_(3)を用いると高温域(均質化溶融温度域等)で清澄ガスが不足気味になる。そこで本発明ではガラス中に多量の水分を含有させる。水分が多量に存在すると、この温度域では泡中に水分が清澄ガスとして拡散するため、清澄ガス量の不足を補うことができる。またAs_(2)O_(3)に比べSnO_(2)は清澄ガスの発生温度域が高いため、SnO_(2)を用いると低温域(ガラス化反応温度域等)で清澄ガスが不足気味になる。しかし多量の水分の存在は、ガラスの粘度を低下させて低温域での溶融を容易にし、結果として清澄性を向上させる。
【0020】
ガラス中の水分量は、β-OH値で表して0.485/mm以上、好ましくは0.5/mm以上、最適には0.51/mm以上である。ガラス中の水分量が高くなるほどガラスの粘度が低下し、また泡中への水分の拡散量が増加するため、清澄性が改善される。
【0021】
溶融性改善の観点からβ-OH値は高いほど好ましいが、その一方で高くなるほど歪点が低下する傾向がある。このような事情からβ-OH値の上限は0.65/mm以下、特に0.6/mm以下であることが望まれる。
【0022】
なおガラス中の水分量を示すβ-OH値は、以下の式を用いて求めることができる。
【0023】
β-OH = (1/X)log10(T_(1)/T_(2))
X :ガラス肉厚(mm)
T_(1):参照波長3846cm^(-1)(2600nm)における透過率(%) T_(2):水酸基吸収波長3600cm^(-1)(2800nm)付近における最小透過率(%)」
(iv) 甲5の関連記載
・「【請求項1】 MgO、Al_(2 )O_(3 )、SiO_(2 )を主成分とする高強度ガラス組成の原料を、最上部に原料投入部を有し、下部にガラス素地出口を備えた竪型ガラス溶融炉で溶融するに当り、該竪型ガラス溶融炉に続いて素地溜槽を設置し、該素地溜槽で溶融ガラスを所定温度に応じて一定時間以上空気にさらすことを特徴とするガラスのリボイル抑制方法。」
・「【0004】
【発明が解決しようとする課題】このように、ガラスの溶融清澄が炉の深さ方向に進行する竪型溶融炉においては、ガラス組成又はガラス原料によって、溶融により得られるガラスを再溶融した場合、リボイルを起こし易いという不具合がある。なお、リボイルとは泡のないガラスを再溶融するとガラス中に泡が出てくる現象をいう。
【0005】このリボイル現象の原因の詳細は明らかではないが、ガラス原料中に酸素を発生する成分がない場合でも、リボイル泡中に酸素が多く含まれることが多いことから、少なくともその一部は原料に含まれる空気中の酸素や原料表面に吸着されている酸素が溶融時に外部に抜けきらずに溶融ガラス中に溶存し、この酸素がその後の工程で放出されるのが原因と推定される。
【0006】このような現象は、溶融ガラスの表面がガラス原料(バッチ)層で覆われるコールドトップ方式では、ガスがバッチ層を通過してその外部へ離脱し難いので特に促進され易い。また、溶融ガラスが下部の素地出口から取り出され、そのまま後工程へ搬送されるタイプの竪型溶融炉においては、溶融ガラス中へ溶存したガスが離脱する機会が少なく、リボイルを起こし易くなるものと考えられる。
【0007】本発明は、このような竪型溶融炉でMgO、Al_(2 )O_(3 )、SiO_(2 )を主成分とする高強度ガラス組成のガラスを溶融するに当り、得られるガラスのリボイルを防止して、高品質のガラスを製造する方法を提供することを目的とする。」
・「【0013】図3に示した、素地溜槽を有しないガラス溶融炉において溶融されたMgO、Al_(2 )O_(3 )、SiO_(2 )を主成分とする高強度ガラス組成のガラスを紡糸した場合には、ブッシング内部でのリボイルによる泡が原因と思われる糸切れが多く、場合によっては連続紡糸が全く不可能であった。これに対し、該実施例に示した素地溜槽を有するガラス溶融炉において、素地溜槽中の素地面上の雰囲気温度および同槽中の滞在時間を変化させて溶融された同組成の高強度ガラスを紡糸した時の紡糸性を表1に示す。」
(v) 甲8の関連記載
・「[請求項1]
歪点が710℃以上であって、50?300℃での平均熱膨張係数が30×10^(-7)?43×10^(-7)/℃であって、ガラス粘度が10^(2)dPa・sとなる温度T_(2)が1710℃以下であって、ガラス粘度が10^(4)dPa・sとなる温度T_(4)が1320℃以下であって、酸化物基準の質量%表示で
SiO_(2) 58.5?67.5、
Al_(2)O_(3) 18?24、
B_(2)O_(3) 0?1.7、
MgO 6.0?8.5、
CaO 3.0?8.5、
SrO 0.5?7.5、
BaO 0?2.5、
ZrO_(2) 0?4.0を含有し、かつ、
Clを0.15?0.35質量%、Fを0.01?0.15質量%、SO_(3)を1?25ppm含有し、ガラスのβ-OH値が0.15?0.45mm^(-1)であり、
(MgO/40.3)+(CaO/56.1)+(SrO/103.6)+(BaO/153.3) が0.27?0.35であり、(MgO/40.3)/((MgO/40.3)+(CaO/56.1)+(SrO/103.6)+(BaO/153.3))が0.40以上であり、(MgO/40.3)/((MgO/40.3)+(CaO/56.1))が0.40以上であり、(MgO/40.3)/((MgO/40.3)+(SrO/103.6))が0.60以上である無アルカリガラス。」
・「[0002] 従来、各種ディスプレイ用基板ガラス、特に表面に金属ないし酸化物薄膜等を形成するものでは、以下に示す特性が要求されてきた。
(1)アルカリ金属酸化物を含有していると、アルカリ金属イオンが薄膜中に拡散して膜特性を劣化させるため、実質的にアルカリ金属イオンを含まないこと。
(2)薄膜形成工程で高温にさらされる際に、ガラスの変形およびガラスの構造安定化に伴う収縮(熱収縮)を最小限に抑えうるように、歪点が高いこと。
[0003] (3)半導体形成に用いる各種薬品に対して充分な化学耐久性を有すること。特にSiO_(x)やSiN_(x)のエッチングのためのバッファードフッ酸(BHF:フッ酸とフッ化アンモニウムの混合液)、およびITOのエッチングに用いる塩酸を含有する薬液、金属電極のエッチングに用いる各種の酸(硝酸、硫酸等)、レジスト剥離液のアルカリに対して耐久性のあること。
(4)内部および表面に欠点(泡、脈理、インクルージョン、ピット、キズ等)がないこと。」
・「[0016] 清澄剤の添加は、主として、ガラス原料の溶解時における清澄効果を目的とするものであるが、上記(4)の品質に対する要求を満たすためには、清澄反応後に新たに発生する泡も抑制する必要がある。
清澄反応後の新たな泡の発生源の一例としては、撹拌によるリボイル(再沸)泡がある。従来から、溶融ガラスの均質性を向上させる目的で、ガラス融液の流路に撹拌装置を取り付け、ガラス融液を撹拌することが行われている。この撹拌により、ガラス融液中にリボイル(再沸)泡(以下、本明細書において、「撹拌リボイル泡」という。)が発生する。
清澄反応後の新たな泡の発生源の別の一例としては、ガラス融液の流路に用いられる白金材料と、ガラス融液と、の界面で発生する界面泡(以下、本明細書において、「白金界面泡」という。)がある。」
・「[0018] 本発明の目的は、上記欠点を解決し、歪点が高く、かつ、低粘性、特にガラス粘度が10^(4)dPa・sとなる温度T_(4)が低く、フロート成形が容易であり、さらに、ガラス製造時の清澄作用に優れた無アルカリガラスを提供することにある。」
・「[0040] ガラスのβ-OH値は、ガラス中の水分含有量の指標として用いられる。本発明の無アルカリガラスは、ガラスのβ-OH値が0.15?0.45mm^(-1)である。
(ガラスの)β-OH値が0.15mm^(-1)未満だと、ガラス原料の溶解時における清澄作用が低下する。また、ガラス原料の溶解時において、SiO_(2)原料であるケイ砂が溶解する温度が高くなり、ガラス融液中に未融ケイ砂が熔け残るおそれがある。好ましくは0.20mm^(-1)以上である。
(ガラスの)β-OH値が0.45mm^(-1)超だと、白金界面泡の発生を抑制できない。白金界面泡は、白金材料製のガラス融液の流路の壁面を通過したH_(2)が、ガラス融液中の水分と反応してO_(2)を生じることで発生する。ガラスのβ-OH値が0.45mm^(-1)超だと、ガラス中の水分含有量が高いため、白金材料製のガラス融液の流路の壁面を通過したH_(2)と、ガラス融液中の水分と、の反応によりO_(2)が生じるのを抑制できない。好ましくは0.40mm^(-1)以下、より好ましくは0.30mm^(-1)以下である。」
(イ) 甲1、3?5、8に記載された技術的事項の整理
上記(ア)の関連記載から、甲1、3?5、8には、次の技術的事項が記載されているものと認められる。
・甲1:ガラス繊維を作製する場合にガラス組成物中に泡が残りやすく、泡径が大きい場合には、紡糸時にガラス繊維が泡により切断されるという問題があること、及び、このような問題を解決するためにガラス組成自体を工夫したこと。
・甲3:下方延伸ガラス製造方法を用いたケイ酸塩シートガラスのような、溶融ガラスの供給システムに白金または白金含有合金のような耐火性金属を用いたガラスは、白金により、ガラスの白金接触領域上またはその付近に気泡が形成される、ふくれが生じるところ、β-OHを0.5mm^(-1)未満とすることにより、当該ふくれを生じずにガラスを形成することができること。
・甲4:無アルカリガラス基板において、溶融初期(ガラス化反応時等)に生じた泡を除去する、いわゆる清澄性の改善のために、β-OHを0.485mm^(-1)以上とすること。
・甲5:原料に含まれる空気中の酸素や原料表面に吸着されている酸素が溶融時に外部に抜けきらずに溶融ガラス中に溶存し、この酸素がその後の工程で放出されることにより生じるリボイルによる泡が、ブッシング内部で生じ、この泡が原因と思われる糸切れが多く、場合によっては連続紡糸が全く不可能であること、及び、このような問題を解決するために素地溜槽による処理を施したこと。
・甲8:各種ディスプレイ用基板ガラスでは、内部および表面に泡等の欠点がないことなどが要求されているところ、清澄反応後の新たな泡の発生源の一例としては、ガラス融液の流路に用いられる白金材料とガラス融液との界面で発生する界面泡(白金界面泡)があり、当該白金界面泡の発生は、β-OHを0.45mm^(-1)以下とすることにより抑制できること。
(ウ) 上記相違点に係る本件発明1の構成の容易想到性について
ガラス繊維の技術分野におけるフィラメント切れ(糸切れ)について、甲1には、溶融ガラス中の残存する泡径の大きな泡が、甲5には、溶融ガラス中に残存する酸素に起因するブッシング内部でのリボイルによる泡が、それぞれ原因であることが記載され、甲1には、ガラス組成自体の改良により、甲5には、素地溜槽による処理により、それぞれ当該フィラメント切れ(糸切れ)を回避したことが示されている。
そうすると、甲1発明は、溶融ガラス中の残存する泡径の大きな泡に起因するフィラメント切れ(糸切れ)を回避するために、ガラス組成自体を工夫してなされたものであるのに対して、甲5に記載されたものは、フィラメント切れ(糸切れ)の回避という同目的ではあるが、着目した要因は、ブッシング内部でのリボイルによる泡であり、甲1発明とは異なる観点によるものであるから、既に、ガラス組成の改良によりフィラメント切れ(糸切れ)が回避できている甲1発明において、甲1には記載ないし示唆のない要因であるブッシング内部でのリボイルによる泡に着目させる契機となるものは内在しないというべきである。
加えて、甲3、4、8には、β-OHに関する記載はあるものの、これらは、無アルカリガラスなどのガラス基板に関するものであって、ガラス繊維の技術分野に属するものではない。そのため、甲1発明において、これらの証拠に記載された技術的事項を組み合わせる動機は認められない。確かに、甲3及び甲8には、溶融ガラスと白金との接触による白金界面泡などの発生を抑制するために、β-OH値を低減することが記載されているが、甲1発明は、当該白金界面泡に着目し、これを抑制しようとするものではないから、甲1発明に、甲3、8記載の技術的事項を組み合わせることは困難であるといわざるを得ない。また、甲4記載の技術的事項は、清澄性の改善のためにβ-OHの下限値を設定したものであるから、甲1発明において、本件発明1のようなβ-OHの上限値を設定することを教示するものとはいいがたいから、技術思想が異なることは明らかである。
そして、本件発明1は、上記アのとおり、上記相違点に係る構成、すなわち、β-OHの数値範囲を特定の範囲に制御すること(特に、その上限値を設定すること)により、ブッシングに接触したガラス融液のリボイルを抑制し、甲1?8の記載からは予測し得ない、本件特許明細書記載の「安定した連続長期運転により量産することに適している」という効果を奏するものである。
したがって、本件発明1の上記相違点に係る構成は、当業者といえども容易に想到し得たものとは認められない。
エ 小活
以上のとおりであるから、甲1発明及び甲1?8に記載された技術的事項に基づいて、本件発明1の進歩性を否定することはできない。
(5) 甲2発明に基づく本件発明2の進歩性について
本件発明2と甲2発明との間にも、上記(4)イに記載した相違点と同様の相違点が存在し、当該相違点に係る構成が、甲1?8に記載された技術的事項を参酌しても容易想到の事項といえないことは、上記(4)ウにおいて説示したとおりである。
したがって、甲2発明及び甲1?8に記載された技術的事項に基づいて、本件発明2の進歩性を否定することはできない。
(6) 甲1発明又は甲2発明に基づく本件発明3?23の進歩性について
本件発明3?23は、本件発明1又は本件発明2の発明特定事項をすべて具備するものであるから、本件発明1又は本件発明2と同様の理由により、甲1発明又は甲2発明及び甲1?8に記載された技術的事項に基づいて、本件発明3?23の進歩性を否定することはできない。
(7) まとめ
以上の検討のとおり、本件発明1?23は、甲1発明又は甲2発明に対して進歩性が欠如するということできないから、本件特許1?23は、特許法第29条の規定に違反してされたものであるとはいえず、同法第113条第2号に該当しないため、申立理由(1)(進歩性欠如)を理由に、取り消すことはできない。

3 申立理由(2)(サポート要件違反)についての当審の判断
(1) 申立理由(2)(サポート要件違反)についての具体的な指摘事項は、要するに、本件発明は、糸切れ(フィラメント切れ)を課題とし、ガラス繊維のガラス組成及びβ-OH値を発明特定事項として規定するところ、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例32?34(表2参照)は、当該規定を満足するにもかかわらず、糸切れが「不良」であって、上記課題を解決していないから、このような態様を含む本件発明は、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものであり、サポート要件に適合しない、というものである。
そこで検討するに、本件発明の課題は、発明の詳細な説明の【0008】などの記載からみて、「フィラメント切れを回避しながら安定的に製造することに適したガラス繊維を提供すること」にあると解され、端的にいえば、特許異議申立人のいうとおり、「糸切れ(フィラメント切れ)」を課題とするものということができる。
また、発明の詳細な説明の【0064】【表2】に記載された実施例32?34は、確かに本件発明1のガラス組成及びβ-OH値を満足するものであり、いずれも、その評価項目である「糸切れ」は「不良」、「糸切れ頻度」は「D」となっている。
しかしながら、以下の点からみて、当該実施例32?34の評価結果をもってサポート要件違反ということはできない、というべきである。
その理由は、次のとおりである。
本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0059】には、上記評価項目について、次のように記載されている。
「各ガラス繊維について、20分間の紡糸を実施し、その間にフィラメント切れが生じなかったものを「良好」、フィラメント切れが生じたものを「不良」と判定した。また、糸切れ頻度として、実生産を考慮し、500m/分程度の高速の紡糸速度(ガラス繊維の巻き取り速度である)で各ガラス繊維について10回の紡糸を実施した。なお、紡糸速度は、ガラス繊維の直径が上述の値となるように500m/分を中心に調整した。このとき、10分間以上糸切れすることなく紡糸できた場合を成功として、9回以上の成功をA、7?8回の成功をB、4?6回の成功をC、1?3回の成功をD、成功0回をEと判定した。なお、紡糸するガラス融液の温度(紡糸温度)は、ガラス融液の粘度が表1に示した値となる温度の近傍に調整した。」
加えて、同【0064】【表2】に「比較例」として記載されたものは、いずれも「糸切れ頻度」が「E」となっている。
これらを併せ考えると、上記実施例32?34の評価結果は、「糸切れ」は「不良」、「糸切れ頻度」は「D」となっているものの、当該「D」評価は、10回中「1?3回の成功」を収めたものであり、比較例の「E」評価、すなわち、10回中「成功0回」に比して、良好な結果を示すものであることが分かるから、上記【表2】中の実施例ないし比較例は、「E」評価か否かにより区別されたものと解するのが合理的である。そして、当該「E」評価(成功0回)でないものは、相応の糸切れ性能を発揮し得たものとして理解するのが相当である。
そうである以上、上記実施例32?34の評価結果が「不良」ないし「D」であることをもって、ただちに上記課題に係る「糸切れ(フィラメント切れ)」に劣るものであり当該課題が解決できないものであるということはできないから、特許異議申立人の主張を採用して、本件の特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しないということはできない。
したがって、本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえず、同法第113条第4号に該当しないため、申立理由(2)(サポート要件違反)を理由に、取り消すことはできない。

第4 むすび

以上のとおり、本件特許は、特許異議申立理由により取り消すことはできない。
また、ほかに本件特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2020-09-01 
出願番号 特願2019-519768(P2019-519768)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C03C)
P 1 651・ 537- Y (C03C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 若土 雅之  
特許庁審判長 菊地 則義
特許庁審判官 村岡 一磨
日比野 隆治
登録日 2019-10-25 
登録番号 特許第6605781号(P6605781)
権利者 日本板硝子株式会社
発明の名称 ガラス繊維とその製造方法  
代理人 鎌田 耕一  

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