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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G02B
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G02B
管理番号 1366370
審判番号 不服2019-6752  
総通号数 251 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-11-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-05-23 
確定日 2020-09-17 
事件の表示 特願2017-93947「光学フィルム及び光学フィルムを用いた光学部材」拒絶査定不服審判事件〔平成29年11月16日出願公開,特開2017-203986〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 事案の概要
1 手続等の経緯
特願2017-93947号(以下「本件出願」という。)は,平成29年5月10日(先の出願に基づく優先権主張 平成28年5月10日)を出願日とする特許出願であって,その手続等の経緯の概要は,以下のとおりである。
平成30年 6月 8日付け:手続補正書
平成30年 7月25日付け:拒絶理由通知書
平成30年11月29日付け:意見書
平成30年11月29日付け:手続補正書
平成31年 1月16日付け:拒絶査定
令和 元年 5月23日付け:審判請求書
令和 元年 5月23日付け:手続補正書
令和 元年11月25日付け:上申書
令和 2年 3月23日付け:拒絶理由通知
令和 2年 5月25日付け:手続補正書
令和 2年 5月25日付け:意見書

2 当合議体が通知した拒絶の理由
令和2年3月23日付け拒絶理由通知書において当合議体が通知した拒絶の理由は,(進歩性)本件出願の(令和元年5月23日にした手続補正後の)請求項1?請求項5に係る発明は,先の出願前に日本国内又は外国において,頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基づいて,先の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないという理由,及び(実施可能要件)本件出願は,発明の詳細な説明の記載が,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということができないから,同法36条4項1号に規定する要件を満たしていない,という理由を含むものである。
引用文献1:大石實雄,”無色透明ポリイミド「ネオプリム」”,ポリイミド・芳香族系高分子 最近の進歩 2011,[online],2011年,日本ポリイミド・芳香族系高分子研究会,[令和2年3月19日検索],インターネット
(当合議体注:「http://fibertech.or.jp/JPIC/index.html」において,「ポリイミド・芳香族系高分子 最近の進歩」→「2008?2012」→「2011」→「無色透明ポリイミド「ネオプリム」」を順にクリックして表示される。)
引用文献2:国際公開第2016/060213号
引用文献3:国際公開第2008/146637号
引用文献4:特開2006-199945号公報
参考文献1:特開2012-206382号公報
(当合議体注:引用文献1?引用文献4は,いずれも,主引用例であり,参考文献1は,先の出願前の技術水準を示す文献である。)

3 本願発明
本件出願の請求項1に係る発明は,令和2年5月25日にされた手続補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項によって特定されるとおりの,次のものである(以下「本願発明」という。)。
「 ポリイミド系高分子を含有するワニスを基材に塗布して,基材上に塗膜を形成する工程と,
塗膜を基材から剥離する工程と,
剥離した塗膜を,220℃を超えない温度で処理する工程と,を備える光学フィルムの製造方法であって,
前記光学フィルムは,以下の(1)及び(2)を満足する凹みについて,光学フィルムの片面及びその裏面の10000μm^(2)当たりの個数の和が4個以下である光学フィルムであり,
(1)凹みの深さが200nm以上である,及び
(2)凹みの200nm以上の深さに存在する部分の直径が0.7μm以上である,
かつ,以下の(1’)及び(2’)を満足する凹みについて,光学フィルムの片面及びその裏面の10000μm^(2)当たりの個数の和が4個以下であり,
(1’)凹みの深さが200nm以上であり,2μm以下である,及び
(2’)凹みの200nm以上の深さに存在する部分の直径が0.7μm以上であり,30μm以下である。
かつ,前記光学フィルムのJIS K 7136:2000に準拠した全光線透過率が85%以上であり,
前記光学フィルムは,ポリイミド系高分子を含有する樹脂フィルム(ただし,基材フィルムと,前記基材フィルムの第一の面に積層した第一の無機バリア層と,前記基材フィルムの第二の面に積層した第二の無機バリア層とを備える場合を除く)であり,前記凹みは前記樹脂フィルムの片面又は裏面に配置された,フレキシブルデバイスの前面板用(ただし,表示装置支持基材用である場合を除く)光学フィルムである,方法。」

第2 当合議体の判断
1 進歩性について
(1) 引用文献2の記載
当合議体が通知した拒絶の理由において引用された,国際公開第2016/060213号(以下「引用文献2」という。)は,先の出願前に日本国内又は外国において,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明が記載されたものであるところ,そこには,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。
ア 「技術分野
[0001] 本発明は,ポリイミド樹脂組成物,当該ポリイミド樹脂組成物からなる光学フィルム及び積層体に関する。該光学フィルムはフレキシブルディスプレイ前面板,有機EL材料,IRカットフィルターなどに加工される。
背景技術
[0002] ディスプレイ分野において,フレキシブル化,軽量化,耐破損性の向上,生産性の向上といった点から基板をガラスからプラスチックに置き換えることが検討されている。
…(省略)…
[0005] 1,2,4,5-シクロヘキサンテトラカルボン酸骨格を有するポリイミド樹脂は高分子量化が比較的容易で,フレキシブルなフィルムが得られやすい上に,溶剤に対する溶解度も十分に大きいので,フィルムの成形加工の面で有利である(特許文献4参照)。
[0006] このようにして作製されたポリイミド,ポリイミドフィルムは耐熱性,透明性に優れるが,フレキシブルディスプレイ前面板の用途に対しては,機械的強度(弾性率)や表面硬度が必ずしも十分ではない。
…(省略)…
発明が解決しようとする課題
[0008] すなわち,本発明が解決しようとする課題は,耐熱性,透明性に加えて,従来技術では達成できなかった,機械的強度,表面硬度,耐屈曲性を兼ね備えたフィルムを形成できるポリイミド樹脂組成物,ポリイミド樹脂,ポリイミドフィルム,及び積層体を提供することにある。」

イ 「発明を実施するための形態
[0011]<ポリイミド樹脂組成物>
本発明のポリイミド樹脂組成物は,本発明のポリイミド樹脂とシリカ微粒子とを含有する。以下,本発明のポリイミド樹脂組成物に含有される成分について説明する。
[ポリイミド樹脂]
本発明のポリイミド樹脂は,下記式(1)及び下記式(2)で表わされる繰り返し単位を含有し,下記式(1)及び下記式(2)で表わされる繰り返し単位の合計量に対する,下記式(2)で表わされる繰り返し単位の割合が,20?60モル%であることを特徴とする。
化2

[0012] 式(1)で表わされる繰り返し単位は,好ましくは1,2,4,5-シクロヘキサンテトラカルボン酸二無水物に由来する骨格と2,2’-ジメチルベンジジン(m-トリジン)に由来する骨格を有する。式(2)で表わされる繰り返し単位は,好ましくは1,2,4,5-シクロヘキサンテトラカルボン酸二無水物に由来する骨格と2,2’-ビス(トリフルオロメチル)ベンジジンに由来する骨格を有する。
…(省略)…
[0029] ポリイミド樹脂を製造する際に使用される有機溶媒は,ジアミン類,テトラカルボン酸二無水物,ポリアミド酸,ポリイミドに対して溶解性を有する特定の有機溶媒がよい。そのような有機溶媒の具体例は,m-クレゾール,p-クロロフェノール,ジメチルスルホキシド,N,N-ジメチルアセトアミド,N,N-ジメチルホルムアミド,ジエチレングリコールモノメチルエーテル,N-メチルピロリドン,γ-ブチロラクトン等が挙げられ,中でも有機溶媒として,N,N-ジメチルアセトアミド,N,N-ジメチルホルムアミド,γ-ブチロラクトンを用いることが好ましい。有機溶媒は上記化合物を単独で,または2種類以上を混合して使用することが出来る。
…(省略)…
[0035] 本発明のポリイミド樹脂は単独で用いても耐熱性,引張弾性率の点で優れるポリイミドフィルムを得ることができるが,本発明のポリイミド樹脂組成物は,更にシリカ微粒子を含むことで,表面硬度,引張弾性率が更に向上したポリイミドフィルムを得ることができる。
…(省略)…
[0044]〔ポリイミドフィルム〕
本発明は,前記ポリイミド樹脂組成物からなるポリイミドフィルムを提供する。また,本発明は,前記ポリイミド樹脂からなるポリイミドフィルムの少なくとも一方の面にハードコート層が形成されたポリイミドフィルムを提供する。なお,本明細書において,前記ポリイミド樹脂組成物からなるポリイミドフィルムのことを,ポリイミド-ナノコンポジットフィルムということがある。
本発明のポリイミドフィルムは,ポリイミド樹脂を含む溶液,または有機溶剤を含む前記ポリイミド樹脂組成物をガラス板,金属板,プラスチックなどの平滑な支持体上に塗布(キャスト)し,加熱して溶媒成分を蒸発させることにより製造できる。
[0045] ポリイミド樹脂を含む溶液は,ポリイミド樹脂を溶媒に溶解させる事により得られる。前記溶媒は,ポリイミド樹脂が溶解するものであればよく,特に制限はないが,m-クレゾール,p-クロロフェノール,ジメチルスルホキシド,N-メチル-2-ピロリドン,N,N-ジメチルアセトアミド,N,N-ジメチルホルムアミド,ジエチレングリコールモノメチルエーテル,N-メチルピロリドン,γ-ブチロラクトン,メタノール,イソプロパノール,エチレングリコール,メチルエチルケトン,プロピレングリコールモノメチルエーテル,シクロペンタノン,シクロヘキサノン,酢酸エチル,トルエン等が挙げられる。中でも,N-メチル-2-ピロリドン,N,N-ジメチルホルムアミド,N,N-ジメチルアセトアミド,γ-ブチロラクトン,プロピレングリコールモノメチルエーテル,シクロペンタノン,シクロヘキサノン,酢酸エチル,トルエンから選ばれる少なくとも1種を用いることが好ましい。
[0046] 前記ポリイミド樹脂を含む溶液は,重合法により得られるポリイミド樹脂溶液そのものであってもよい。また,前記ポリイミド樹脂溶液に対してポリイミド樹脂が溶解する溶媒として前記で例示された化合物から選ばれる少なくとも1種を混合したものでもよい。上記のようにポリイミド樹脂を含む溶液及び有機溶剤を含む前記ポリイミド樹脂組成物の固形分濃度や粘度を調整することにより,ポリイミドフィルムの厚さを容易に制御することができる。
[0047] 上記支持体の表面に,必要に応じて離形剤を塗布してもよい。上記支持体に前記ポリイミド樹脂を含む溶液または有機溶剤を含む前記ポリイミド樹脂組成物を塗布した後,加熱して溶媒成分を蒸発させる方法としては,以下の方法が好ましい。すなわち,120℃以下の温度で溶剤を蒸発させて自己支持性フィルムとした後,該自己支持性フィルムを支持体より剥離し,該自己支持性フィルムの端部を固定し,用いた溶媒成分の沸点以上350℃以下の温度で乾燥してポリイミドフィルムを製造することが好ましい。また,窒素雰囲気下で乾燥することが好ましい。乾燥雰囲気の圧力は,減圧,常圧,加圧のいずれでもよい。ポリイミドフィルムの厚さは1?200μmが好ましく,1?100μmがより好ましく,20?80μmが更に好ましい。
[0048] 本発明のポリイミド樹脂組成物からなるポリイミドフィルムは,少なくとも一方の面に,ハードコート層を設けても良い。
…(省略)…
[0049] ポリイミドフィルムの表面に,ハードコート層を設ける方法には公知の方法を使用することができ,例えばポリイミドフィルムの表面にハードコート剤を含む溶液を塗布製膜した後,乾燥させる方法が挙げられる。
[0050] ハードコート剤を含む溶液としては,例えばアクリル系,ウレタン系,エポキシ系,シリコン系などの架橋構造を形成する化合物が挙げられる。これらの中でアクリル系やウレタン系,エポキシ系の化合物はフィルム表面硬度の改良効果が高く,また耐摩耗性や透明性に優れるために好ましい。
…(省略)…
[0054]<積層体>
本発明は,プラスチックフィルム,シリコンウェハー,金属箔及びガラスから選ばれる少なくとも1つの基材と前記基材の少なくとも一方の面に設けられるポリイミド樹脂組成物を用いて形成されてなるポリイミド樹脂層とを有する積層体を提供する。本発明の積層体は,前記ポリイミド層を少なくとも1つ有していればよく,2つ以上有していてもよい。
…(省略)…
実施例
[0059] 以下実施例により本発明を具体的に説明する。但し本発明はこれらの実施例により何ら制限されるものではない。
…(省略)…
(3)全光線透過率,YI
測定はJIS K7105に準拠し,日本電色工業株式会社色彩・濁度同時測定器(COH400)を用いて行った。
…(省略)…
[0061]<実施例1>
ステンレス製半月型攪拌翼,窒素導入管,冷却管を取り付けたディーンスターク,温度計,ガラス製エンドキャップを備えた2Lの5つ口ガラス製丸底フラスコ中で,2,2’-ジメチルベンジジン(和歌山精化工業(株)製)112.68g(0.530モル),2,2’-ビス(トリフルオロメチル)ベンジジン(和歌山精化工業(株)製)42.50g(0.133モル),γ-ブチロラクトン(三菱化学(株)製)297.15g,及び触媒としてトリエチルアミン(関東化学(株)製)33.57gを,反応系内温度70℃,窒素雰囲気下,200rpmで攪拌して溶液を得た。これに1,2,4,5-シクロヘキサンテトラカルボン酸二無水物(三菱ガス化学(株)製)147.85g(0.663モル)とN,N-ジメチルアセトアミド(三菱ガス化学(株)製)74.27gをそれぞれ一括で加えた後,マントルヒーターで加熱し,約20分かけて反応系内温度を190℃まで上げた。留去される成分を捕集し,撹拌数を粘度上昇に合わせて調整しつつ,反応系内温度を190℃で3.5時間維持した。N,N-ジメチルアセトアミド48.26g添加しさらに190℃で1時間維持した。その後N,N-ジメチルアセトアミド36.18gを添加し,1時間190℃で保持した。最後にN,N-ジメチルアセトアミド664.14gを添加後,100℃付近で約3時間攪拌して均一な溶液とし,固形分濃度20質量%,対数粘度1.4dL/gのポリイミド樹脂溶液(a)を得た。
ポリイミド樹脂溶液(a)を1H NMRにより分析した結果,得られたポリイミド樹脂中の,2,2’-ジメチルベンジジンに由来する構成単位と2,2’-ビス(トリフルオロメチル)ベンジジンに由来する構成単位の合計に対する2,2’-ビス(トリフルオロメチル)ベンジジンに由来する構成単位の割合は,20モル%であった。また,FT-IRにより原料ピークの消失およびイミド骨格に由来するピークの出現を確認した。
得られたポリイミド樹脂溶液(a)をガラス基板上に塗布し,60℃30分,100℃1時間の条件で溶媒を蒸発させて自己支持性フィルムとした後,該自己支持性フィルムをガラス基板から剥離し,フィルム端部を固定し,280℃,窒素雰囲気下で,2時間乾燥することにより溶媒を除去し,厚さ65μmのポリイミドフィルムを得た。このポリイミドフィルムの引張弾性率は3.4GPa,引張強度は121.2MPa,表面硬度は<6B,全光線透過率は90.3%,YI値は1.5,耐屈曲性の評価はAであった。
…(省略)…
[0065]<ハードコート溶液の調製>
実施例2で使用したものと同様の300mL五つ口ガラス製丸底フラスコにウレタンアクリル系ハードコート剤(日立化成(株)製,ヒタロイド7902-1)102.6g,紫外線吸収剤として2’-エチルヘキシル-2-シアノ-3,3’-ジフェニルアクリレート(シプロ化成(株)製,SEESORB502)9.4g,光重合開始剤として1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン(BASFジャパン(株),IRGACURE184)4.6g,及び酢酸エチル(関東化学(株)製)83.4gを,窒素雰囲気下,200rpmで30分間攪拌してハードコート溶液を得た。
[0066]<実施例5>
実施例1と同様の方法でポリイミド樹脂溶液(a)を用いて得た厚み60μmのポリイミドフィルムに,前段落で調製したハードコート溶液を適量滴下して,バーコーター#8を用いて製膜した。該製膜フィルムを予め温度80℃に加熱した熱風乾燥機中に2分間静置して余分な有機溶剤を揮発させ,その後出力密度80W/cmの高圧水銀灯を用いて,光源下10cmの位置でコンベアスピード3.0m/分で紫外線を照射して硬化させた。このようにしてハードコート層の塗膜厚が6.5μmである,ハードコート積層フィルムEを得た。ハードコート積層フィルムEの評価結果を表1に示す。
…(省略)…
[0075]表1

[0076] 表中の略号は以下のとおりである。
mTB:2,2’-ジメチルベンジジン(m-トリジン)
TFMB:2,2’-ビス(トリフルオロメチル)ベンジジン
BAPP:2,2-ビス〔4-(4-アミノフェノキシ)フェニル〕プロパン
ODA:4,4’-ジアミノジフェニルエーテル
HAB:3,3’-ジヒドロキシベンジジン
産業上の利用可能性
[0077] 本発明のポリイミド樹脂は,特定の溶剤への可溶性,耐熱性,透明性を有する。そのために溶液重合で一定以上の分子量まで容易に上げることが可能であり,さらに知りか微粒子との親和性も良好である。本発明のポリイミド樹脂組成物は,前記の特性を有するポリイミド樹脂およびシリカ微粒子を含有し,機械強度,表面硬度,耐屈曲性を兼ね備えたフィルムを形成することができ,各種光学フィルムとして好適に用いられる。本発明のポリイミドフィルム及び積層体は,フレキシブルディスプレイ前面板,有機EL材料,IRカットフィルター等として優れた性能を示す。」

(2) 引用発明
引用文献2の[0001]には,「本発明は,ポリイミド樹脂組成物,当該ポリイミド樹脂組成物からなる光学フィルム及び積層体に関する。該光学フィルムはフレキシブルディスプレイ前面板,有機EL材料,IRカットフィルターなどに加工される。」と記載されている。
ここで,引用文献2の[0061]に記載された各工程により製造されてなるポリイミドフィルムは,例えば,[0066]に記載のごとくハードコート層の塗膜を設けることにより,ハードコート積層フィルムとすることができる。また,[0061]に記載の「全光線透過率」及び「YI」の測定方法は,[0060]に記載のとおりである。
そうしてみると,引用文献2には,次の,「フレキシブルディスプレイ前面板として加工される,光学フィルムの製造方法」の発明が記載されている(以下「引用発明」という。)。
「 2,2’-ジメチルベンジジン112.68g(0.530モル),2,2’-ビス(トリフルオロメチル)ベンジジン42.50g(0.133モル),γ-ブチロラクトン297.15g,及び触媒としてトリエチルアミン33.57gを攪拌して溶液を得,これに1,2,4,5-シクロヘキサンテトラカルボン酸二無水物147.85g(0.663モル)とN,N-ジメチルアセトアミド74.27gをそれぞれ一括で加えた後,反応系内温度を190℃で維持し,最後にN,N-ジメチルアセトアミドを添加後攪拌して均一な溶液とし,固形分濃度20質量%のポリイミド樹脂溶液(a)を得る工程,
FT-IRによりイミド骨格に由来するピークの出現を確認したポリイミド樹脂溶液(a)をガラス基板上に塗布し,60℃30分,100℃1時間の条件で溶媒を蒸発させて自己支持性フィルムとする工程,
自己支持性フィルムをガラス基板から剥離する工程,
自己支持性フィルム端部を固定し,280℃,窒素雰囲気下で,2時間乾燥することにより溶媒を除去し,厚さ65μmのポリイミドフィルムを得る工程を含む,
JIS K7105に準拠して行った全光線透過率が90.3%,YI値が1.5であり,フレキシブルディスプレイ前面板として加工される,
光学フィルムの製造方法。」

(3) 対比
ア 基材上に塗膜を形成する工程
引用発明の「光学フィルムの製造方法」は,「FT-IRによりイミド骨格に由来するピークの出現を確認したポリイミド樹脂溶液(a)をガラス基板上に塗布し,60℃30分,100℃1時間の条件で溶媒を蒸発させて自己支持性フィルムとする工程」を具備する。また,引用発明の「光学フィルム」は,「全光線透過率が90.3%,YI値が1.5」である。
ここで,上記のFI-IRの確認結果からみて,引用発明の「ポリイミド樹脂溶液(a)」は,ポリイミド系高分子を含有するものである。また,上記の「ポリイミド樹脂溶液(a)」の材料並びに全光線透過率及びYI値からみて,引用発明の「ポリイミド樹脂溶液(a)」は,顔料を含まず,透明な塗膜を作る塗料,すなわち,ワニスといえる。加えて,引用発明の「ガラス基板」は,その機能からみて基材ということができ,さらに,引用発明の「自己支持性フィルム」は,その製造工程からみて塗膜ということができる。
そうしてみると,引用発明の「ポリイミド樹脂」,「ポリイミド樹脂溶液(a)」,「ガラス基板」及び「自己支持性フィルム」は,それぞれ本願発明の「ポリイミド系高分子」,「ワニス」,「基材」及び「塗膜」に相当する。また,引用発明の「FT-IRによりイミド骨格に由来するピークの出現を確認したポリイミド樹脂溶液(a)をガラス基板上に塗布し,60℃30分,100℃1時間の条件で溶媒を蒸発させて自己支持性フィルムとする工程」は,本願発明の「ポリイミド系高分子を含有するワニスを基材に塗布して」とされる,「基材上に塗膜を形成する工程」に相当する。

イ 塗膜を基材から剥離する工程
引用発明の「光学フィルムの製造方法」は,「自己支持性フィルムをガラス基板から剥離する工程」を具備する。
ここで,引用発明の「自己支持性フィルム」及び「ガラス基板」が,本願発明の「塗膜」及び「基材」に相当することは,前記アで述べたとおりである。
そうしてみると,引用発明の「自己支持性フィルムをガラス基板から剥離する工程」は,本願発明の「塗膜を基材から剥離する工程」に相当する。

ウ 220℃を超えない温度で処理する工程
引用発明は,「自己支持性フィルム端部を固定し,280℃,窒素雰囲気下で,2時間乾燥することにより溶媒を除去し,厚さ65μmのポリイミドフィルムを得る工程」を具備する。
ここで,本願発明の「剥離した塗膜を,220℃を超えない温度で処理する工程」は,本件出願の明細書の【0063】に記載のとおり,塗膜を乾燥処理する工程である。
そうしてみると,引用発明の「フィルム端部を固定し,280℃,窒素雰囲気下で,2時間乾燥することにより溶媒を除去し,厚さ65μmのポリイミドフィルムを得る工程」と,本願発明の「剥離した塗膜を,220℃を超えない温度で処理する工程」とは,「剥離した塗膜を」乾燥処理「する工程」の点で共通する。

エ 全光線透過率
引用発明の「ポリイミドフィルム」は,前記ア?ウで述べた工程により得られるものであり,また,「JIS K7105に準拠して行った全光線透過率が90.3%」である。
そうしてみると,引用発明の「ポリイミドフィルム」(光学フィルム)は,本願発明の「光学フィルム」に相当する。また,引用発明の「ポリイミドフィルム」の「全光線透過率」の高さからみて,引用発明の「ポリイミドフィルム」は,JIS規格の違いを考慮しても,本願発明の「光学フィルム」における,「JIS K 7136:2000に準拠した全光線透過率が85%以上であり」という要件を満たす。

オ 樹脂フィルム
引用発明の「ポリイミドフィルム」は,前記ア?ウで述べた工程により得られるものである。
そうしてみると,引用発明の「ポリイミドフィルム」は,「ポリイミド樹脂」を含有するものであり,また,その両面に無機バリア層を備えるものではない。
したがって,引用発明の「ポリイミドフィルム」は,本願発明の「ポリイミド系高分子を含有する樹脂フィルム(ただし,基材フィルムと,前記基材フィルムの第一の面に積層した第一の無機バリア層と,前記基材フィルムの第二の面に積層した第二の無機バリア層とを備える場合を除く)」という要件を満たす。

カ 前面板
引用発明の「ポリイミドフィルム」は,「フレキシブルディスプレイ前面板として加工される」ものである。
ここで,「フレキシブルディスプレイ」はフレキシブルデバイスの一種である。また,フレキシブルディスプレイ前面板は,表示装置の前面に設けられるものであり,表示装置支持基材に該当しない。
そうしてみると,引用発明の「ポリイミドフィルム」は,本願発明の「光学フィルム」における,「フレキシブルデバイスの前面板用(ただし,表示装置支持基材用である場合を除く)」という要件を満たす。

キ 光学フィルムの製造方法
以上ア?カの対比結果並びに引用発明及び本願発明の全体構成からみて,引用発明の「光学フィルムの製造方法」と,本願発明の「光学フィルムの製造方法」とは,「基材上に塗膜を形成する工程と」,「塗膜を基材から剥離する工程と」,「剥離した塗膜を」乾燥「処理する工程と,を備える光学フィルムの製造方法」である点で共通する。

(4) 一致点及び相違点
ア 一致点
本願発明と引用発明は,次の構成で一致する。
「 ポリイミド系高分子を含有するワニスを基材に塗布して,基材上に塗膜を形成する工程と,
塗膜を基材から剥離する工程と,
剥離した塗膜を,乾燥処理する工程と,を備える光学フィルムの製造方法であって,
前記光学フィルムのJIS K 7136:2000に準拠した全光線透過率が85%以上であり,
前記光学フィルムは,ポリイミド系高分子を含有する樹脂フィルム(ただし,基材フィルムと,前記基材フィルムの第一の面に積層した第一の無機バリア層と,前記基材フィルムの第二の面に積層した第二の無機バリア層とを備える場合を除く)であり,フレキシブルデバイスの前面板用(ただし,表示装置支持基材用である場合を除く)光学フィルムである,方法。」

イ 相違点
本願発明と引用発明は以下の点で相違する。
(相違点1)
「乾燥処理する工程」が,本願発明は「220℃を超えない温度で」処理する工程であるのに対して,引用発明は,「280℃」で乾燥する工程である点。

(相違点2)
「光学フィルム」が,本願発明は,「以下の(1)及び(2)を満足する凹みについて,光学フィルムの片面及びその裏面の10000μm^(2)当たりの個数の和が4個以下である光学フィルムであり,
(1)凹みの深さが200nm以上である,及び
(2)凹みの200nm以上の深さに存在する部分の直径が0.7μm以上である,
かつ,以下の(1’)及び(2’)を満足する凹みについて,光学フィルムの片面及びその裏面の10000μm^(2)当たりの個数の和が4個以下であり,
(1’)凹みの深さが200nm以上であり,2μm以下である,及び
(2’)凹みの200nm以上の深さに存在する部分の直径が0.7μm以上であり,30μm以下である。」とともに,「前記凹みは前記樹脂フィルムの片面又は裏面に配置された」ものであるのに対して,引用発明は,これが明らかではない点。

(5) 判断
ア 相違点1について
引用発明の「自己支持性フィルム端部を固定し,280℃,窒素雰囲気下で,2時間乾燥することにより溶媒を除去し,厚さ65μmのポリイミドフィルムを得る工程」に関して,引用文献2の[0047]には,「120℃以下の温度で溶剤を蒸発させて自己支持性フィルムとした後,該自己支持性フィルムを支持体より剥離し,該自己支持性フィルムの端部を固定し,用いた溶媒成分の沸点以上350℃以下の温度で乾燥してポリイミドフィルムを製造することが好ましい。また,窒素雰囲気下で乾燥することが好ましい。乾燥雰囲気の圧力は,減圧,常圧,加圧のいずれでもよい。」と記載されている。
ここで,引用発明の「溶媒成分」は,「N,N-ジメチルアセトアミド」であり,その沸点は165℃である。そうしてみると,引用発明における「280℃」という温度を,相違点1に係る本願発明の温度条件を満たす温度に変更することは,引用文献2の記載が示唆する範囲内の事項である。
(当合議体注:反応溶媒(γ-ブチロラクトン)まで遡って考えても,その沸点は204℃である。また,上記記載のとおり,引用文献2には,乾燥雰囲気の圧力を減圧とすることも記載されており(この場合の溶媒の沸点は下がる),また,引用文献2の[0029]には,反応溶媒として,N,N-ジメチルアセトアミドも例示されている。)

イ 相違点2について
引用発明の「ポリイミド樹脂溶液(a)をガラス基板上に塗布し,60℃30分,100℃1時間の条件で溶媒を蒸発させて自己支持性フィルムとする工程」において使用された「ガラス基板」の凹凸は,明らかではない。しかしながら,引用文献2の[0044]には,「本発明のポリイミドフィルムは,ポリイミド樹脂を含む溶液,または有機溶剤を含む前記ポリイミド樹脂組成物をガラス板,金属板,プラスチックなどの平滑な支持体上に塗布(キャスト)し,加熱して溶媒成分を蒸発させることにより製造できる。」と記載されている。また,引用発明の「ポリイミドフィルム」は,「フレキシブルディスプレイ前面板として加工される」ものであるから,できるだけ平坦な方が望ましいといえる。
そうしてみると,引用発明の「ガラス基板」を,できるだけ平坦な基板とし,引用発明の「ポリイミドフィルム」の基板側の表面形状を,本願発明の相違点2に係る要件を満たすものとすることは,引用発明の構成から求められる事項であり,また,引用文献2において示唆された事項である(当業者における通常の創意工夫の範囲内の事項である。)。加えて,例えば,参考文献1の【0225】の【表4】には,100μm□における表面粗さRaが7.0nmであるフィルムを成膜した例が記載されており,また,引用文献1に記載された「ポリイミドフィルム ネオプリム」の表面粗さは,Raが1nm未満,Rzが5nm未満である。このような技術水準を考慮すると,引用発明の「ポリイミドフィルム」の基板側又はその裏側反対側の表面形状について,本願発明の相違点2に係る要件を満たすものとすることも,当業者における通常の創意工夫の範囲内の事項である。
(当合議体注:凹みの深さが200nm以上ということは,凹みの底で反射する光と,凹みのない場所で反射する光の光路差が,400nm以上ということである(可視光が干渉する。)。当業者が,このような凹みは,極力少ない方が良いと考えることは,当然である。)

(6) 本願発明の効果について
本願発明の効果に関して,本件出願の明細書の【0013】には,「本発明によれば,黄色度が低い光学フィルムを提供することが可能となる。」と記載されている。
しかしながら,このような効果は,引用発明も具備する効果である。
(当合議体注:引用発明のYI値は1.5(厚さ65μm)であり,本願発明の実施例1のもの(厚さ50μmで1.9)よりも優れている。)

(5) 請求人の主張について
請求人は,令和2年5月25日付け意見書(3)(3-1)ウ.(イ)において,「引用文献2には,基板から剥離したフィルムの乾燥温度を「220℃を超えない」温度に変更することを当業者に動機付ける記載はありません。」と主張する。
しかしながら,引用発明2(実施例1)における「280℃」という温度は,引用文献2の[0047]に記載の「用いた溶媒成分の沸点以上350℃以下の温度」の実施形態と理解される。
したがって,「280℃」という温度を,例えば,「用いた溶媒成分の沸点の温度」や「用いた溶媒成分の沸点の温度+5℃」,「用いた溶媒成分の沸点の温度+10℃」等に変更して良いことは,引用文献2の記載が示唆する範囲内の事項である。
なお,本件出願の【0071】には,「特に220℃を越えるとYIが高くなりやすい傾向がある。」という記載があるが,実施例の裏付けのない記載である。また,高温処理が好ましくないことは妥当であるとしても,「ポリイミド」としか特定されていない本願発明のものにおいて,220℃を境界値として顕著な効果の違いが認められないことも明らかである。

2 実施可能要件について
(1) 判断
本件出願の明細書の【0088】の【表1】には,本願発明の範囲に含まれると理解される,実施例1?実施例3が開示されている。
しかしながら,これらポリイミド系高分子フィルムの全光線透過率の値は,理論限界を超えたものであるから,当業者が作ることができるとはいえないものである。
(当合議体注:実施例1?実施例3のポリイミドフィルムの屈折率は1.57であり,また,反射防止膜等の,表面反射防止のための特段の構成も設けられていない。したがって,その全光線透過率は,フィルム内部の吸収が全くないと仮定した場合であっても,(1-(1-1.57)^(2)/(1+1.57)^(2)))^(2)×100=90.4%と計算される。)

(2) 請求人の主張について
請求人は,意見書(3)(3-2)において,実施例1?3のポリイミド系高分子フィルムは当業者が作ることができるものである理由として,屈折率に基づいて計算される全光透過率は,以下のア?ウの影響を考慮したものではないと主張する。
ア.フィルム中の成分の均一性。例えば,ポリイミド系高分子等の高分子は,通常,異なる分子の大きさを有する分子の集合体であって,分布を有するものであり,完全均一ではありません。
イ.フィルム内部における表面-裏面間の多重反射の有無
ウ.フィルム表面の平坦性
しかしながら,上記ア.及びウ.の要因は,測定値が,全光線透過率の理論限界値を下回る要因になるとしても,測定値が,全光線透過率の理論限界値を上回る要因とはならない。また,上記イ.の要因は,上記計算式に織り込まれている(上記計算式は,多重反射を考慮した式である。)。
したがって,請求人の主張は採用できない。

第3 まとめ
本願発明は,先の出願前に日本国内又は外国において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった,引用文献2に記載された発明に基づいて,先の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。また,本件出願の発明の詳細な説明の記載は,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない。
よって,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本件出願は拒絶されるべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2020-07-01 
結審通知日 2020-07-07 
審決日 2020-07-27 
出願番号 特願2017-93947(P2017-93947)
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (G02B)
P 1 8・ 121- WZ (G02B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小西 隆菅原 奈津子後藤 慎平  
特許庁審判長 里村 利光
特許庁審判官 宮澤 浩
樋口 信宏
発明の名称 光学フィルム及び光学フィルムを用いた光学部材  
代理人 清水 義憲  
代理人 阿部 寛  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 三上 敬史  
代理人 吉住 和之  

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