• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1366474
審判番号 不服2018-6610  
総通号数 251 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-11-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-05-15 
確定日 2020-09-16 
事件の表示 特願2015-155818「インフルエンザワクチンに関連する潜在的医原性リスクの減少」拒絶査定不服審判事件〔平成27年11月19日出願公開、特開2015-205929〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 [第1]手続の経緯
本願は、平成17年(2005年)9月9日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2004年9月9日 欧州特許庁)を国際出願日とする特願2007-530801号の一部を平成23年(2011年)7月19日に新たな特許出願である特願2011-158471号とし、さらにその一部を同年11月8日に新たな特許出願である特願2011-244904号とし、さらにその一部を平成25年(2013年)2月20日に新たな特許出願である特願2013-30624号とし、さらにその一部を平成27年(2015年)8月6日に新たな特許出願としたものであって、平成30年5月15日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに手続補正がなされ、その後、当審において令和1年8月26日付けで拒絶理由が通知されたところ、令和2年2月26日付けで意見書が提出されたものである。


[第2]本願発明
本願の請求項1?10に係る発明は、平成28年11月29日付けで提出された手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?10に記載された事項により特定されるものであるところ、そのうち請求項1に係る発明は、次のとおりのものである(以下、「本願発明」ということがある)。

「 Vero細胞系の培養物におけるワクチン抗原を調製するための方法であって、ブタサーコウイルスによる混入汚染について試験する工程を含み、当該方法が、ウイルス培養物またはウイルス培養物から抽出した物質およびこれに派生する物質に関して実行される、方法。 」


[第3]当審による拒絶理由通知書に記載された拒絶の理由
上述の当審による令和1年8月26日付けの拒絶理由通知書に記載された拒絶の理由1の概要は、本願の請求項1?10に係る発明は、本願優先日前に頒布されたことが明らかな次の引用文献1及び2の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたというものである。

1.LEVANDOWSKI R A,DEVELOPMENTS IN BIOLOGICAL STANDARDIZATION,1999年,vol.98,p.171-175
2.Veterinary Immunology and Immunopathology,1994年,vol.43, no4,p.357-371


[第4]当審の判断

1.引用文献の記載事項
引用文献1、2共に英語で記載されているので、当審による訳文にて記す。下線は当審による。

(1)引用文献1の記載事項、及び引用発明

(i)引用文献1の記載事項

(ア)「不活化インフルエンザウイルスワクチンの生産のための細胞培養についての米国における規制の視点」
(171頁標題)

(イ)「要約: 米国連邦規則は、米国での使用のために生産されるすべてのインフルエンザウイルスワクチンが、安全性と有効性の証明を含む特定の規制基準を厳守することを求めている。細胞株で生産されたワクチンのために、製造面の厳密な特徴付けがとりわけ重要である。哺乳類細胞株におけるウイルスの継代培養によって生産されたインフルエンザワクチンには、可能性のある外来病原体の除去又は不活性化を確実にするための注意深い評価が求められるであろう。」
(171頁要約)

(ウ)「生産に使う細胞の特徴付けの概要は、・・・21CFR610.18にまとめられている。・・・。21CFR610.18(c)によれば、細胞株の特徴付けは、・・・を含まなければならない。加えて、・・・(iii)細胞株に随伴する可能性のある微生物因子(potential microbial agentsassociated with the cell line)に関して細胞株をテストすることについての情報が充実されなければならない。とりわけ、細胞株が、既知の又は疑わしいヒト病原体を担持するか又は含んでいる可能性に対し、大きな関心が払われている。」
(173頁12?22行)

(エ)「哺乳類組織培養の使用は、安全性に関して多少違った問題を提起している。一つの関心の的は、哺乳類細胞培養によって生産されたインフルエンザウイルスワクチンは、卵では複製しにくいかもしれないヒト病原体に似た病原体を含んでしまうかもしれないことである。・・・インフルエンザウイルスワクチン製造における使用が現在考えられている細胞株において複製可能な一部分のウイルスは表2に示されている。・・・
・・・
表2:veroとMCDKにおけるウイルス複製
細胞株 報告されたウイルス複製
Vero アルファウイルス、アレナウイルス、ブニヤウイルス、
フラビウイルス、ポリオウイルス、レオウイルス、風疹
ウイルス、麻疹ウイルス、サルアデノウイルス、SV-5、
SV-40
MDCK ・・・ 」
(173頁下から5行?174頁4行、174頁下段表2(罫線省略))

(ii)引用発明
引用文献1の記載事項(ア)によれば、引用文献1は、不活化インフルエンザウイルスワクチンの生産のための細胞培養についての米国における方法に関する文献であり、記載事項(イ)によれば、哺乳類細胞株におけるウイルスの継代培養によって生産されたインフルエンザワクチンには、可能性のある外来病原体の除去又は不活性化を確実にするための注意深い評価が求められることが記載され、記載事項(ウ)によれば、細胞株の特徴付けは、細胞株に随伴する可能性のある微生物因子(potential microbial agentsassociated with the cell line)に関して、細胞株をテストすることについての情報が充実されなければならないとされ、さらに、細胞株が、既知の又は疑わしいヒト病原体を担持するか又は含んでいる可能性に対し、大きな関心が払われていることも記載されている。そして、記載事項(エ)によれば、インフルエンザウイルスワクチン製造における使用が現在考えられている細胞株としてVero細胞株があり、この細胞において複製可能なウイルスの一部分が列挙されている。

そうすると、これら引用文献1の記載を総合すれば、引用文献1には、次の発明(以下「引用発明」ということがある)が記載されているものと認められる。

「Vero細胞株を用いたインフルエンザウイルスの継代培養によってインフルエンザワクチンを生産するための方法であって、当該ワクチンについて、Vero細胞株に随伴する可能性のある微生物因子に関してテストする工程を含む、方法。」

(2)引用文献2の記載事項

(オ)「ブタサーコウイルスに対するモノクローナル抗体の産生、予備的特徴付け及び適用。」
(357頁標題)

(カ)「要約: ブタサーコウイルスに対するモノクローナル抗体(mAb)の調製が開示されている。予備的特徴付けは、2度の細胞融合により得られた9種のmAbについて行われ、アイソタイプ特定、ウイルス中和アッセイ及びブタサーコウイルス(PCV)に持続的に感染されたブタ腎臓(PK/15/W)及びVero(Vero-PCV)細胞株の両方への免疫染色後に得られた間接免疫蛍光染色パターンが含まれた。染色パターンにおける顕著な差異が両細胞においてみられ、それはVero-PCV培養物の継代培養の状態に依存するようであった。・・・」
(357頁要約1?7行)

(キ)「2.1.ウイルス
PCVに持続感染された持続性ブタ腎臓細胞株(PK/15/W)が、ウイルスのプールを調製するために使用された。・・・細胞可溶化物は10000gで30分間遠心分離されて上清が除去され、再度70000gで40分間遠心分離された。得られたウイルスのペレットは小量のリン酸緩衝生理食塩水(pH7.2)(PBS)中に再懸濁され、その感染力価はサーコウイルス-フリーのPK/15/H細胞(PK/15/H)において滴定された。終点は間接免疫蛍光(IIF)(Tischerら、1982)によって読み取られ、ウイルス力価は10^(6.0)TCID_(50)0.1ml^(-1)と算出された。

2.2.抗血清
PCVに対する過免疫ウサギ抗血清は・・・Dr.I.Tischerにより提供された。この血清はアセトン固定PK15/W/細胞培養物に対し1:10000のIIF力価を有していた。」
(358頁下から15行?359頁6行)

※TCID:tissue culture infectious dose(357頁下段「略語」欄)

(ク)「2.5.3.IIF染色パターン
PK/15/W細胞、PK/15/H細胞及びPCVに持続感染されたVero細胞(Vero-PCV)のアセトン固定化培養物は、上述のIIFの手順を用いて各mAbで免疫染色された。この接種物は、25mlのMEM-E-G追加及び37℃48時間のインキュベーションの前に37℃で1時間細胞に吸着可能とされた。インキュベーション後、上清液が除去されて細胞は更に3日間継代され、その後、再度継代された。これが、細胞のストックが選択された継代レベルで液体窒素中に貯蔵されるように、無期限に反復された。カバーガラス標本は、最初の接種後、及び、6、15及び25回の継代の後、調製された。これらの調製物、並びにPK/15/W及びPK/15/Hの培養物は、ポリクローナルウサギ抗PCV抗血清及び選択されたmAbsを用いたIIFによってPCV抗原のために免疫染色された。」
(361頁1?15行)

(ケ)「 表1
PCV/PK/15/Wに対する間接免疫蛍光(IIF)及び中和(SNT)力価を示す抗PCVmAbの予備的特徴付け

^(1)MAb及び細胞融合番号。」
(363頁表1)

(コ)「 表2
PK/15/W細胞ならびに3種の異なるVero-PCV継代培養物の抗PCVmAbに対する免疫染色の結果

+、少ない陽性細胞; +++、多数の陽性細胞; -陽性細胞なし。」
(363頁表2)

(サ)「3.3.2.中和力価
全ての安定なmAbのウイルス中和力価が表1に示されている。・・・。2種のmAbのみが中和活性を示した(7B4及び2E1)。中和力価(陽性細胞数90%低減)は低かった。これらのmAbのいずれも、中和力価未満の希釈度でPCVの複製を完全に阻害しなかった。」
(364頁下から11?5行)

(シ)「3.3.3.IIF染色パターン
安定なmAb及びウサギ抗PCVポリクローナル抗体を用いて得られたIIF染色パターンの結果が表2に要約されている。概して、個々のPCVに感染された細胞の染色パターンは8つの異なるタイプに分けることができた:(a)濃い核の染色のみを示す細胞;(b)濃い核の及び濃い細胞質の染色を示す細胞;(c)濃い核の染織及び不連続な(discrete)ピン状の細胞質の染色を示す細胞;(d)ピン状の細胞質の染色のみを示す細胞;(e)大きな細胞質の封入物の染色のみを示す細胞;(f)大きな細胞質の封入物の染色及び濃い核の染色を示す細胞;(g)大きな核の封入物の染色のみを示す細胞;(h)不連続な核の封入物の染色のみを示す細胞。感染された培養物は上述の染色パターンの1又はそれ以上を含んでいた。」
(364頁下から4?1行、366頁1?8行)

(ス)「 PCVをVero細胞に接種した後、ウサギPCV抗体を用いたIIF染色は、不連続な細胞質染色を示す多数の細胞と、強く染まった細胞質含有物を示すまばらに存在する細胞の存在を明らかにした。核が染まった細胞は、この時は見られなかったが、核の染色は、このPCVに感染された細胞株(Vero-PCV)の6回の継代によって、いくつかの細胞で見られた。Vero-PCVの第15回及び第25回継代由来の細胞のインキュベーションの後に見られた、ウサギ血清による免疫染色パターンは、PK/15/W培養物の免疫染色後に見られたものと同一であって、全ての細胞が細胞質中の不連続なピン状の染色を示し、少数の細胞では、濃い核と細胞質の染色をともに示した。少数の細胞では、多くの細胞質内容物が強く免疫染色された(図1(a))。」
(366頁9?19行)

(セ)「 Vero-PCV培養物のmAbを用いたIIF染色は、染色パターンにおいてより多くの差異を示した。mAbsを用いた6代目及び15代目の継代培養細胞において得られた染色パターンはPK/15/W細胞培養物において得られたのと同様であった。25代目継代培養物由来の細胞の免疫染色は、これらの染色パターンにおいて大きな変化を示した。mAbs 1H4、7B4(F99)又は2F2(F93)を用いた場合、これらの細胞におけるPCV抗原は実証されなかった。mAbs 1C9及び2E1はVero-PCV細胞のより早期の継代培養物レベルと同様のパターンの免疫染色を示した。mAb 4B10は不連続な核の封入物のみを免疫染色した。mAb 2B7はまた核抗原を濃い染色パターンで免疫染色した。mAb6F6は、この25代目のVero-PCV継代培養物のいくつかの細胞において、大きく単一の細胞質内封入物を染色したのみであった(図1(b))。
上の任意の抗体をPK/15/H細胞に接種しても、若しくは、mAb 2C3(陰性対照)がPK/15/W細胞又はVero-PCV細胞に対し用いられても、免疫染色はみられなかった。」
(367頁下から3行?368頁11行)


2 対比・判断

(1)対比
本願発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「Vero細胞株を用いたウイルスの継代培養によってインフルエンザワクチンを生産するための方法」は、本願発明における「Vero細胞系の培養物におけるワクチン抗原を調製するための方法」に相当する。また、引用発明の「インフルエンザワクチン」は、「Vero細胞株を用いたウイルスの継代培養によって」得られる「継代培養」物に由来するものであるから、引用発明の「当該ワクチンについて、Vero細胞株に随伴する可能性のある微生物因子に関してテストする工程」は、本願発明の「混入汚染について試験する工程」を含む「ウイルス培養物またはウイルス培養物から抽出した物質およびこれに派生する物質に関して実行される」方法に相当する。
そうすると、両者は、
「Vero細胞系の培養物におけるワクチン抗原を調製するための方法であって、Vero細胞株に随伴する可能性のある微生物因子による混入汚染について試験する工程を含み、当該方法が、ウイルス培養物またはウイルス培養物から抽出した物質およびこれに派生する物質に関して実行される、方法」
である点で一致し、以下の点:
「混入汚染」する「Vero細胞株に随伴する可能性のある微生物因子」が、本願発明では「ブタサーコウイルス」に特定されているのに対し、引用発明ではそのような特定はない点
(以下、「相違点」という)において、相違する。

(2)判断

(i)相違点について
以下、上記相違点について検討する。

引用文献1の記載事項(イ)及び(ウ)によれば、引用発明における試験は、インフルエンザワクチン抗原の生産に使用されるVero細胞株に混入汚染する可能性のある微生物因子の除去又は不活性化を確実にするための、同微生物因子の検出に寄与する工程であって、混入汚染する可能性のある微生物因子であれば、その任意のものが当該試験による検出対象となり得ると理解することができる。
そうすると、引用文献1には、上記微生物因子として、Vero細胞株において複製可能な一部のウイルスが表2に例示されているところ(記載事項(エ))、引用発明の試験においては、Vero細胞培養系に混入汚染する可能性のある微生物因子であれば、それら表2に例示されているもの以外の任意のものも、同試験による検出対象として関心を払うべきと考えられるものであることが併せて強く示唆されているものといえることは、明らかである。

また、引用文献2の記載事項(オ)によれば、引用文献2は、ブタサーコウイルス(PCV)に対するモノクローナル抗体に関する文献であるが、記載事項(カ)によれば、該モノクローナル抗体の予備的特徴付けに、PCVに持続感染されたVero(Vero-PCV)細胞株を用いたことが記載され、記載事項(キ)によれば、ウイルスのプールを調製するためにPCVに持続感染されてなる持続性ブタ腎臓細胞株PK/15/Wが用いられたことが記載され、記載事項(ク)によれば、持続感染されたVero細胞株は、PCVをVeroに接種した後に得られたこと、また、そのカバーガラス標本は、最初の接種後、並びに、6、15及び25回の継代の後、調製されたことが記載され、記載事項(ケ)、(サ)のmAb及び記載事項(キ)、(ク)のウサギ抗血清(ウサギ抗PCVポリクローナル抗体)を用いた記載事項(コ)?(セ)のIIF染色試験の結果によれば、最初の接種後のVeroでは、ウサギPCV抗体を用いたIIF染色によって、細胞質染色を示す多数の細胞が見られ、6回の継代後のVeroでは、核の染色がいくつかの細胞で見られ、15及び25回継代後のVeroでは、上記PK/15/W細胞培養物と同一の、全ての細胞の細胞質中の染色と、少数の細胞での濃い核と細胞質の染色が見られたこと(特に記載事項(ス))、mAbsを用いた6代目及び15代目のVero-PCV継代培養物において得られた染色パターンはPK/15/W培養物において得られたのと同様であったが、25代目継代培養物由来の細胞の免疫染色パターンには変化が生じていたこと(特に記載事項(セ))、が記載されている。
そして、これらの記載事項(オ)?(ク)を踏まえた同(ケ)?(セ)の試験結果に係る記載に接した当業者であれば、少なくとも次の1)及び2):
1) PCVはVero細胞に対し感染(又は混入汚染)する危険性を有しており、実際、少なくとも6、15及び25回の継代培養時にわたり持続的に感染(又は混入汚染)、即ち随伴し得ること;
2) mAbを用いた免疫染色パターンは、用いるmAbの種類及びVero-PCV培養物の継代培養の状態により一様ではないものの、ウサギ抗PCV抗体を用いた免疫染色の結果をも併せ考慮すると、PCVは、Vero細胞に対する感染(Vero-PCV)から6代経代培養後には同Vero-PCVの核の染色により検出され、また、特に15及び25回の継代培養を経た後も、ウイルスプール調製用のPCVに持続感染されたブタPK/15/W細胞株におけるそれと同様の免疫染色パターンを示すことから、PCVがVero細胞培養系の中で、少なくとも15回及び25回にわたる多数回の継代培養を経た後も、PCVウイルスプール調製用のPCVに持続感染されたブタPK/15/W細胞株と同様に、Vero細胞内で複製されて存在し得ること;
を、明らかに理解し得るものといえる。

してみると、これら引用文献1及び2の記載を併せ見た当業者ならば、引用発明の方法に係るインフルエンザワクチンの生産に用いるVero細胞株においても、PCVをVero細胞株に「随伴する可能性のある」微生物因子として認識し、これを引用発明のVero細胞株への混入汚染についての試験(テスト)の対象とすることは、無理なく想起しまた実施し得たことといえる。

(ii)本願発明の効果について

(ii-1) 本願発明に関連して、本願明細書中には、次のような記載がある(下線は当審による)。

(a)「【0019】
(卵では増殖しないが、様々な哺乳動物細胞株で増殖する感染因子)
発明者は、ニワトリ卵では増殖せず、MDCK細胞で増殖しないがVero細胞にて増殖する様々な種類の病原体を同定した。これらの病原体による混入汚染に対する試験は伝統的な卵基質で調製されるワクチンには必要なく、MDCK細胞で調製されるワクチンにも必要ないが、Vero細胞で増殖させたワクチンの品質管理には、最高の安全基準を確保するためにこれら病原体の1つ以上のものに関する試験を含めるべきであると認識した。この病原体には以下ものがある。:
ヒトメタニューモウイルス(HMPV)など、パラミクソウイルス科のメタニューモウイルス属類。
・・・
・ブタサーコウイルス。
・・・」(【0019】)


(b)「 【0026】
(試験方法)
細胞培養物および生物医薬品内の病原体の存在を検出するための方法は、日常的に利用可能である。一般に方法は、免疫化学的検出(イムノアッセイ、ウエスタンブロット、ELISAなど。)および/または核酸検出(サザンブロット、スロットブロット、PCRなどのハイブリダイズ法。)に頼ることとなる。または、従来の細胞培養物接種によって病原体の存在に関する試験を行うことが可能である(従って、適当な条件下で培養された時に、その材料が混入する病原菌の産生を導くものであるか否かの試験。)。
・・・
【0028】
対象とする病原菌(例えばウイルス)を検出するための一般的な指針は、文献14にて確認し得る。多数のより具体的なアッセイを、以下の文章にて提供し、技術者は、任意の選択された病原菌の存在を検出するためのアッセイを、容易に見つける、または準備し得る。
【0029】
文献15は・・・主にエンテロウイルス・・・などの9つの呼吸器菅病原体を検出するための、多重逆転写PCR(RT-PCR)アッセイを開示しており、・・・。PCRおよび間接免疫蛍光アッセイによる、ヒト細胞株におけるブタサーコウイルスの検出が、文献28に開示されている。ビルナウイルス検出のためのPCR法が、文献29および30にて開示されている。
【0030】
本発明の検出方法は、種ウイルスおよび/または細胞基質および/または培養培地の段階から、ウイルス感染および増殖段階、ウイルス回収、任意のウイルス処理(例えば、スプリット、および/または、表面タンパク質の抽出など。)、ワクチンの処方を通じて、ワクチンパッケージングまで、ワクチン製造の過程の任意の段階で実施される場合がある。従って、本発明に従って用いられるアッセイは、ウイルス培養物を創出するのに使用する物質に関して、ウイルス培養物自体に関して、およびウイルス培養物から抽出した物質およびこれに派生する物質に関して、実行し得る。・・・」(【0026】?【0030】)

(c)「【発明を実施するための形態】
【0052】
(本発明を実施するための様式)
(MDCK細胞)
発明者は、ワクチン調製のために血清を含まない培地中のMDCK細胞でインフルエンザウイルスを増殖させる経験を有している。彼らは、この細胞が他の病原体にも適切な宿主であることを理解し、他の様々な病原体が同じ条件で増殖する能力を試験した(文献2にて記載されているように、特にMDCK33016培養物、DSMACC2219として寄託、血清を含まない培地中で。)。
・・・
【0056】
(Vero細胞)
MDCK細胞での試験作業に続いて、Vero細胞における病原体の複製を調べた。Vero細胞は、RSV-AおよびRSV-Bなどのニューモウイルス、ヒトメタニューモウイルス(HMPV)、・・・、ブタサーコウイルス、イヌパルボウイルス、およびChlamydiaなどの病原体の増殖を支える。 」(【0052】?【0056】)

(ii-2) これら摘記箇所によれば、本願明細書中には、本願発明が、以前のニワトリ卵を用いた調製系とは安全性や品質の評価の観点において異なる、Vero細胞培養系を用いたインフルエンザウイルスに対するワクチン抗原の調製に関し、PCVがあらたな混入汚染のリスクとなり得る病原体であることを見出し、混入汚染についての試験の対象としたものである(摘記(a))ところ、当該リスクとなり得ることの根拠として、PCVがVero細胞でにおいて複製(増殖)することをあらたに見出したこと(摘記(a)、(c)【0056】)が記載されている。

ただし、摘記(c)【0056】では、PCVのVero細胞における「増殖」の検出に用いられた方法について具体的な記載はなく、例えば仮に、摘記(b)の【0026】に例示されたその存在を検出するための「日常的に利用可能」な「免疫化学的検出」及び/又は「核酸検出」、例えば同【0029】のPCRや間接免疫蛍光アッセイといった中の何らかの方法が用いられたとしても、同方法を用いて検出された上述のVero細胞におけるPCVの「増殖」が、Vero細胞培養時の如何なる条件下でどの程度みられたのか、等といった点についても、具体的に示されていない。

(ii-3) 一方、(i)で検討・説示したとおり、引用文献2では、ワクチン抗原調製系においてではないものの、間接免疫蛍光(IIF)((ii-1)の摘記(b)【0026】・【0029】に例示された免疫化学的検出方法に相当)を用いた免疫染色試験の結果から、
・PCVが、Vero細胞に対し少なくとも6?25回の継代培養時にわたり実際に持続的に感染(又は混入汚染)し得る、即ち「Vero細胞株に随伴する可能性のある」病原性因子であること;
・当該Vero細胞に持続感染したPCVが、6?25回の継代培養時にわたり、同Vero細胞内の核及び/又は細胞質で複製されて存在し得ること;
を裏付ける記載がなされているものと理解できる。

(ii-4) そうすると、(ii-1)?(ii-2)の本願明細書におけるVero細胞培養系におけるPCVの「増殖」結果は、かかる(ii-3)の引用文献2の記載から理解又は推測される事項の範囲を特段超える内容のものとはいえない。
また、そうであれば、特に本願発明のワクチン抗原の調製時において、Vero細胞培養系の混入汚染の試験対象としてPCVを特定することで、引用文献1及び2から特に想起し得ない予想外の効果がもたらされることが、本願明細書中で明らかにされているともいえない。

(3)令和2年2月26日付けの意見書(以下、単に「意見書」ということがある)における請求人の主張について

(i)請求人の主張の概要
請求人は、意見書において、本願発明には【第3】の拒絶の理由1は存在せず、引用文献1及び2に対し進歩性を有するものであることを縷々主張している(1-1.?1-6.)ところ、その概要は要するに次の(a)?(d)のとおりである。

(a)本願発明におけるPCVの「Vero細胞株に随伴する可能性」について
本願発明のワクチン抗原の調製に用いるVero細胞系の培養物においては、当該Vero細胞株に実際にPCVが担持されているか又は含まれているという事実が知られていたか、あるいは、そのような事実がないにせよ、PCVが担持されているか又は含まれていることを客観的に想起させるような具体的な理由がない限り、ワクチン抗原の調製現場において、Vero細胞株にPCVが随伴する可能性があるとは結論付けられない。
この点について、引用文献1、2にはそのような記載も示唆もない。

(b)本願発明における「混入汚染」リスクについて
ある細胞系の培養物を利用したワクチン抗原の調製方法において、単に、当該細胞系に感染又は混入汚染するのみであって、当該細胞系において「複製」も「感染性ウイルス粒子の再生産」もしないウイルスについては、最終ワクチンの潜在的な汚染リスクとみなされることはない。
よって、PCVがVero細胞に持続感染を示すことが記載されていても、PCVがVero細胞内で増殖(複製)し得ることが記載されていない(増殖(複製)しないことが記載されている)引用文献2を以て、本願発明に係るワクチン抗原を調製するための方法において、PCVをその混入汚染について試験する工程に含ませるための動機付けがあったとは言い得ない。

(c)引用文献2、及び参考資料1について
上の(b)に関し、以下の(c1)、(c2)のとおり、引用文献2、及び次の参考文献1:
参考資料1:XENOTRANSPLANTATION,(2004) 11 P.284-294
の記載から、PCVがVero細胞内で複製・増殖することが当業者にとり公知ではなく、むしろ、PCVはVero細胞内では複製・増殖しないと考えられていた。

(c1)引用文献2について
引用文献2では、1mLあたり10^(7)TCID_(50)という天然ではありえない高濃度のPCVをVero細胞内に強制的に導入していることから、表2で検出されているのは、かかる高濃度で(物理的に)導入され細胞内に侵入したPCVが25回の継代後も娘細胞内に分配されて存在しているものであろう。
また、同表2では、9種類のmAbを使用した試験結果が開示されているところ、その多数(7種類)を用いた場合において、継代を経るにつれその検出頻度が減少している。
つまり、引用文献2において、強制的にVero細胞内に導入されたPCVは、細胞の複製・継代と共に希釈・消失したのである。このことは、PCVがVero細胞内で複製しなかったことを明示するものである。
よって、引用文献2の記載から、PCVがVero細胞内で複製するとは結論付けられず、引用文献2の記載からPCVによる混入汚染について試験することが動機付けられるとはいえない。

(c2)参考資料1について
(引用文献2より後の、)本願優先日と近接した2004年4月19日に公開された参考資料1では、新規に開発されたレポーター遺伝子アッセイを使用した試験を行ったところ、「Veroは、PCVの複製を支持しなかった」(290頁左欄下から3?1行)と結論付けられている。

(d)本願発明の効果について
(c)のような状況下にあって、PCVがVero細胞内で複製(増殖)することを初めて開示し(本願明細書の段落[0019]等)、したがって、Vero細胞系の培養物におけるワクチン抗原を調製するための方法において、PCVが実際に深刻な混入汚染リスクとなり得ることを初めて報告したのが本願発明である。かかる報告が正しいものであることは、本願明細書の記載からも理解することができるが、加えて、平成29年8月21日付物件提出書と共に提出した参考資料2(S.M.Gillilandら、Biologicals(2012):40:270-277)からも裏付けられるものである。参考資料2では、小児用ワクチン(Rotarix)が細胞内で複製するPCVの混入汚染のために、市場からの一時撤退を余儀なくされたことが記載されている。

(ii)主張に対する判断

以下、上の主張について判断する。

・(a)について
(2)(i)で述べたとおり、PCVが少なくとも6?25回の継代培養時にわたりVero細胞に実際に持続感染(混入汚染)し得、また、該細胞内で複製して存在し得ることが、引用文献2に示されている以上、かかる引用文献2の記載を踏まえれば、同じVero細胞株を用いる引用発明のワクチンの製造方法においても、当該Vero細胞株の培養系に持続感染(混入汚染)し得また複製し得る可能性があるPCVを「Vero細胞株に随伴する可能性のある微生物因子」として認識し試験対象とすることが、当業者にとり格別の創意を要したこととはいえない。

・(b)について
主張(b)に関し、本願発明における試験は、請求項1に規定のとおり、Vero細胞系の培養物におけるPCVによる「混入汚染」について行うものであるところ、Vero細胞内でのPCVの「複製・増殖」に係る上述の請求人の主張は、PCVの「混入汚染」に係る主張ではない。
また、本願発明において、請求人のいう「最終ワクチン」が「混入汚染について」の「試験」対象に係る「ウイルス培養物またはウイルス培養物から抽出した物質およびこれに派生する物質」から特段除外されるものでないことも、本願明細書中の例えば【0030】の記載((2)(ii)(ii-1)(b))から理解されることである。
したがって、そもそもこれらの点において、(b)の主張は、本願発明の規定に基づくものとはいえない。

そして、(2)(i)で検討・説示したとおり、引用文献2には、PCVが少なくともVero細胞に対し実際に感染(又は混入汚染)し得ることが示されており、また、引用文献1には、細胞株の特徴付けは、細胞株に随伴する可能性のある微生物因子に関して、細胞株をテストすることについての情報が充実されなければならないとされ、さらに、細胞株が、既知の又は疑わしいヒト病原体を担持するか又は含んでいる可能性に対し、大きな関心が払われていることが記載されているのであるから、PCVがVero細胞に感染(又は混入汚染)し得ることを当業者が引用文献2により知った時点で既に、引用発明から本願発明に到達できたものといえる。

なお、例えば仮に、本願発明の「混入汚染」が、Vero細胞培養物内で「増殖(複製)」することを前提とするとしても、上述のとおり、引用文献2には、PCVがVero細胞培養系において感染後も少なくとも6?25回の継代培養時にわたり該細胞内で複製されて存在し得ることが示されているのだから、この点、特段の差異となるものでもない。

・(c)について
引用文献2については、次の1)のとおりであるから、主張(c1)もまた、当を得たものとはいえない。

1) 引用文献2における、表2にみられるようなmAbによる免疫染色結果の差異は、使用するmAbの種類及びVero-PCV培養物の経代培養の状態に依存した差異である(記載事項(カ)、(シ)、(セ))。
そして、引用文献2には、最初の接種後のVeroでは、ウサギPCV抗体を用いたIIF染色によって、細胞質染色を示す多数の細胞が見られ、6回の継代後のVeroでは、核の染色がいくつかの細胞で見られ、15及び25回継代後のVeroでは、上記PK/15/W細胞培養物と同一の、全ての細胞の細胞質中の染色と、少数の細胞での濃い核と細胞質の染色が見られたこと(特に記載事項(ス))、mAbsを用いた6代目及び15代目のVero-PCV継代培養物において得られた染色パターンはPK/15/W培養物において得られたのと同様であったが、25代目継代培養物由来の細胞の免疫染色パターンには変化が生じていたこと(特に記載事項(セ))が、併せて記載されている。(なお、これらウサギPCV抗体や各種mAbがいずれもPCVを特異的に認識するものであることは、記載事項(セ)末尾の、PK/15/H細胞(ウイルスフリー細胞)に対する任意の抗体使用やmAb 2C3(陰性抗体)のVero-PCVに対する使用を以ては免疫染色がみられなかったことの記載から、明らかである。)
即ち、(2)(i)で述べたとおり、引用文献2におけるVero-PCV継代培養物中のPCVは、少なくとも6?25代の継代培養に応じて持続的にVero細胞内で複製を繰り返して存在し得るものと認識、又は合理的に推認することができるのであって、少なくとも、表2のデータを以て「・・・強制的にVero細胞内に導入されたPCVは、細胞の複製・継代と共に希釈・消失したのである。このことは、PCVがVero細胞内で複製しなかったことを明示するものである。」とする請求人の主張は、引用文献2の記載を適切に踏まえた合理的な推測に基づくものとはいえない。

また、参考資料1については、そもそも【第3】の拒絶の理由において引用されたものではなく、また、次の2)?3)に述べるとおりであるから、引用文献2の記載やそれを踏まえた当審による上述の(2)の判断に影響を及ぼすものではなく、主張(c2)も採用できない。

2) 参考資料1の288頁左欄3?4行及び図3Bパネル4には、Vero細胞にPCVを感染させてIFA(間接蛍光アッセイ)にかけたところ同細胞内で蛍光シグナルがみられたことが示されており、かかる記載をみた当業者であれば、PCVが少なくともVero細胞に随伴する又は混入汚染する可能性を認識することができる。
3) 参考資料1の290頁左欄下から2?3行の試験結果は、上の2)とは異なる、特定のプラスミドを用いた実験(288頁右欄下から8行?289頁右欄最下行)の結果に係る記載であり、また引用文献2の試験内容とも異なるものであって、引用文献2の内容を直接否定するものというわけではないから、参考資料1が当業者に知られていたことを以て、引用文献2の記載をみてもVero細胞内ではPCVは複製・増殖し得ないと当業者が考えた、とまではいえない。

・(d)について
(2)(ii)で述べたとおり、本願明細書におけるVero細胞培養系でのPCVの「増殖」結果は、引用文献2の記載から理解又は推測される事項の範囲を特段超える内容のものとはいえないし、また、そうであれば、特に本願発明のワクチン抗原の調製時において、Vero細胞培養系の混入汚染の試験対象としてPCVを特定することが、引用文献1及び2から特に想起し得ない予想外の効果をもたらすものともいえない。
なお、参考資料2の記載は、(2)で説示した、1.の引用文献1及び2の記載事項に基づく当審の判断を左右するものでもない。

(iii) よって、(i)の(a)?(d)を含む請求人の意見書での主張は、いずれも採用できない。


3.むすび
以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は、引用文献1に記載された発明及び引用文献1、2に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、他の請求項について論及するまでもなく、この特許出願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

 
別掲
 
審理終結日 2020-04-02 
結審通知日 2020-04-14 
審決日 2020-04-30 
出願番号 特願2015-155818(P2015-155818)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 砂原 一公山村 祥子  
特許庁審判長 岡崎 美穂
特許庁審判官 大久保 元浩
光本 美奈子
発明の名称 インフルエンザワクチンに関連する潜在的医原性リスクの減少  
代理人 特許業務法人川口國際特許事務所  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ