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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1366740
審判番号 不服2019-5507  
総通号数 251 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-11-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-04-25 
確定日 2020-10-01 
事件の表示 特願2017-154175「毛乳頭細胞における5α-リダクターゼ阻害剤、毛乳頭細胞における5α-リダクターゼ阻害剤の製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成31年 2月28日出願公開、特開2019- 31468〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成29年8月9日の出願であって、主な手続の経緯は以下のとおりである。

平成30年 7月31日付け:拒絶理由通知書
平成30年10月 3日 :意見書、手続補正書の提出
平成31年 1月31日付け:拒絶査定
平成31年 4月25日 :審判請求書、手続補正書の提出
令和 2年 4月23日付け:拒絶理由通知書
令和 2年 6月25日 :意見書、手続補正書の提出


第2 本願発明
本願の特許請求の範囲の請求項1?2に係る発明は、令和2年6月25日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?2に記載された事項により特定されるものであるところ、そのうち、請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりの発明であると認める。なお、下線部は補正箇所である。

「【請求項1】
ブラックラズベリー抽出物を有効成分とする毛乳頭細胞における5α-リダクターゼ阻害剤。」


第3 当審が通知した拒絶理由の概要
令和2年4月23日付けで当審が通知した拒絶理由のうち、理由2の概要は、次のとおりのものである。

この出願の請求項1?2に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された、下記の引用文献11に記載された発明及び技術常識に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

<引用文献等一覧>
3.Growth Hormone & IGFResearch,2008年,Vol.18,pp.335-344(技術常識を示す文献)
4.Food research anddevelopment,2014年,Vol.35,No.3,pp.81-84(技術常識を示す文献)
10.日薬理誌,2006年,127,495-502(技術常識を示す文献)
11.J.Korean.Soc.Food.Sci.Nutr.,2014年,Vol.43,No.4,pp.507-5157
12.京都大学博士論文、論薬博第688号、2003年、第1913-1915頁(技術常識を示す文献)


第4 引用文献の記載事項等
1 引用文献11の記載事項及び引用発明
引用文献11には、以下の記載がある(当審による訳文にて示す)。

(摘記11a)「前立腺癌細胞株、及び、良性前立腺肥大ラットモデルに対する、未成熟ブラックラズベリー抽出物の効果」(第507頁、表題)

(摘記11b)「高齢の男性によく見られる疾患である良性前立腺肥大(BPH)は、前立腺の尿道周囲において、間質細胞と上皮細胞の過形成が生じる点を特徴としている。同疾患の罹患率は、年齢とともに増大する。我々は前立腺癌由来細胞株、及び、テストステロン誘発性BPH病態ラットモデルを用いて、未成熟なRubus occidentalis(当審注:ブラックラズベリーの学術名)の抽出物(UROE)の前立腺肥大抑制効果を検証した。確立されたホルモン依存性の前立腺癌由来細胞株(LNCaP)を用いた実験では、UROE処置により、アンドロゲン受容体(AR)、前立腺特異的抗原(PSA)、そして、5-αリダクターゼ2といったアンドロゲン関連遺伝子の発現が抑制されたが、5-αリダクターゼ1遺伝子については、発現抑制効果は見られなかった。また、同様の現象は、フルタミド処置した細胞においても認められた。さらに、AR、PSA遺伝子の発現は、ジヒドロテストステロン(DHT)によるアンドロゲン刺激を施した細胞においても、UROE処置により抑制された。BPHモデル動物では、前立腺重量が増大していた。しかし、UROEは、フィナステリド処置と同様に、テストステロン誘発性BPHモデル動物に比べて、前立腺重量の低下と、DHTレベルの低下をもたらした。」(第507頁、ABSTRACT 第1-10行)

(摘記11c)「



図2 LNCaP前立腺癌由来細胞株のAR、PSA、5AR2、及び、5AR1のmRNA発現に対する、Rubus occidentalis抽出物(50%エタノール)の効果。」(第511頁、図2(C)、図2(D)、図2の説明第1-3行)

(摘記11d)「血清におけるジヒドロテストステロン(DHT)の変化
テストステロン投与群90.7±1.4ng/mLと比較したとき、未成熟ブラックラズベリー抽出物の低用量、中用量、高用量の給餌群では、それぞれ79.4±5.1ng/mL、65.7±6.8ng/mL、63.4±4.5ng/mLであり、中用量と高用量給餌群において血清ジヒドロテストステロンの有意の減少効果を示した。陽性対照群であるフィナステリド群においても54.9±8.9ng/mLでテストステロン投与群に比して血清ジヒドロテストステロンの量が目立って減少したことを確認した(図7)。」(第513頁右欄第1-8行)

(摘記11e)「

図7 テストステロンを用いたBPHラットモデルを未成熟Rubus ocidentalis
抽出物(50%エタノール)で処置した後の、血清DHTレベル。TP,プロピオン酸テストステロン; FS,フィナステリド; UROE,未成熟Rubus ocidentalis抽出物。グラフに示されたデータは、平均値±標準誤差(n=6)である。」(第514頁、図7、図7の説明第1-5行)


上記摘記11a?11eの記載より、引用文献11には、以下の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているといえる。

「前立腺癌由来細胞株(LNCaP)において、5-αリダクターゼ2遺伝子の発現を抑制する、未成熟ブラックラズベリー抽出物。」


2 技術常識を示す文献
(1)5α-リダクターゼ2に関する技術常識
ア 技術常識を示す文献として引用した、引用文献10、12、及び、新たに引用する引用文献16(日本薬理学雑誌、2009年、Vol.133,pp.78-81)には、以下の記載がある。

(摘記10a)「フィナステリドは5α-還元酵素II型(5αR2)の阻害薬で,頭皮や前立腺などの標的組織において,テストステロン(T)から,ジヒドロテストステロン(DHT)への変換を選択的に阻害する.フィナステリドの5αR2阻害作用の選択性は高く,ヒト由来5α-還元酵素I型(5αR1)とヒト由来5αR2で比較した場合,約120?600倍であった.DHTは,男性型脱毛症(Androgenic Alopecia:AGA)の主な原因として知られており,したがって,DHTの生成を阻害することでAGAを改善できると考えられた.」(引用文献10、第495頁左欄第1-10行)

(摘記10b)「AGAモデル動物であるベニガオザルにフィナステリド(1mg/kg/day)を6ヵ月月間経口投与したところ,毛髪重量と毛包の長さは増加し,ヘアサイクルにおける成長期の毛包が増加した.AGAの男性を対象とした48週間の本邦臨床試験で,投与前後の写真評価および患者自己評価により有効性を評価した結果,フィナステリド1日1回0.2mgおよび1mg群の有効性はプラセボ群に比べて有意に優れ,忍容性は良好であった.」(引用文献10、第495頁左欄第17-25行)

(摘記10c)「フィナステリド(0.2mgおよび1mg)は5αR2の選択的阻害という作用機序に基づいて明らかな有効性を示し,長期投与時の安全性も高いことから,男性における男性型脱毛症用薬として有用な薬剤になると考えられる.」(引用文献10、第495頁左欄第30行-右欄第3行)

(摘記10d)「それでも,男性ホルモン,特にTが5αRにより代謝されたDHTが主な原因として知られている.AGA男性の頭皮では,DHT濃度が増加することや,遺伝的5αR2欠損症の男性では,脱毛が生じないことから,AGAの発症に5αR2が関与していることが示唆されている(2).」(引用文献10,第495頁右欄最下行-第496左欄第5行)

(摘記10e)「4-アザステロイド化合物であるフィナステリド(図1)は,5αR2に対して強力なin vitro阻害作用を有し,男性ホルモン受容体に対し親和性を示さず,男性ホルモン,エストロゲン,抗エストロゲン,プロゲステロン,あるいは他のステロイドホルモン様作用を示さないことが見出され,男性型脱毛症治療薬としての開発が海外で始められた.AGAを対象とした外国臨床試験では,毛髪数評価,写真評価,主治医判定および患者自己評価を指標とした有効性,並びに高い安全性が確認され,フィナステリド1mgは世界60ヵ国以上で男性型脱毛症治療薬として,承認,発売されている.また,フィナステリド5mgは前立腺肥大症治療薬として世界100ヵ国以上で承認,発売されており,10年を超える安全性データから高い安全性が証明され,フィナステリドの忍容性が良好であることが裏付けられている(3).」(引用文献10、第496頁左欄第6-21行)

(摘記10f)「また,5αR2の遺伝的な欠損症により,DHT量が減少した男性患者は,男性偽半陰陽であり,性別不明瞭な外性器を持って生まれ,小児期には一般的には女性として成長する.思春期になると男性化するが,その後も前立腺は非常に小さい状態であり,顔面部や身体の毛は少なく,AGAも起きない.したがって,5αR2によるTからDHTへの変換が,AGAの発症に関与していることが示唆されている(2).」(引用文献10、第496頁左欄下から3行目-右欄第5行)

(摘記12a)「前立腺の増殖は男性ホルモンであるアンドロゲンによって促進されることがよく知られており,現在この器官に対する作用としては5α-ジヒドロテストステロン(DHT)が最も高活性な内因性物質であることが明らかになっている(図1).DHTは,前立腺内において,テストステロンが代謝酵素のステロイド5α-レダクターゼ(当審注:「5α-リダクターゼ」と同義)により還元されて合成される.従って5α-レダクターゼを阻害してDHTの産生を抑えることにより,前立腺の増殖を抑制できると考えられる.」(引用文献12、第1913頁、論文内容の要旨、第4-7行)

(摘記16a)「テストステロンから活性化されたdihydrotestosterone(DHT)が男性型脱毛症の発症に大きく関係している(1-4)(図1)。
毛を作る毛包は、上皮系の毛母細胞と間葉系の毛乳頭細胞からなっている。毛乳頭には男性ホルモンの受容体が存在し、毛乳頭に運ばれたテストステロンはII型5α-リダクターゼの働きにより、さらに活性が高いDHTに変換されて受容体に結合する(図1)。なお、5α-リダクターゼには2種類あり、I型は至適pHが中性で全身の皮膚・皮脂腺に存在し、II型は至適pHが弱酸性で、前立腺や髭、前頭部毛包などに局在している(6)。」(引用文献16、第78頁右欄第3-14行)

(摘記16b)「

下部の英文については、当審による訳文にて示す。
AR,アンドロゲン受容体;ARE,アンドロゲン応答性配列;IGF-1,インスリン様成長因子1;TGF-β,トランスフォーミング成長因子β 」(引用文献16、第78頁、図1)

イ 上記摘記10a?10f、12a、16a?16bの記載に照らせば、5α-リダクターゼは、テストステロン(T)をジヒドロテストステロン(DHT)に変換する酵素であり、頭皮(特に毛乳頭細胞)や前立腺に存在するII型(5α-リダクターゼ2)と、皮膚や肝臓に存在するI型(5α-リダクターゼ1)とがあり、5α-リダクターゼ阻害剤であるフィナステリドが前立腺と頭皮の両方に存在する5α-リダクターゼ2を阻害し、前立腺肥大薬と男性型脱毛症抑制薬の両方に用いられることが広く知られていたことから、前立腺における5α-リダクターゼ2の阻害と、頭皮における5α-リダクターゼ2の阻害は、関連付けて認識されていたことが、本願出願日当時の技術常識であった。
また、上記摘記10a?10fからみて、5α-リダクターゼ2を阻害することにより、男性型脱毛症の主な原因であるDHTの生成を抑制し、男性型脱毛症を改善できると考えられていたことも、本願出願日当時の技術常識であった。

(2)ラズベリーケトンに関する知見
ア 引用文献3、4には、以下の記載がある。当審による訳文にて示す.

(摘記3a)「0.01%RK(合議体注:RKは、引用文献3、第335頁Abstract第3行にあるように、Raspberry ketoneの略である)の局所適用は、毛包の真皮乳頭において、免疫組織化学的なIGF-1の発現を増大させるとともに、適用後4週間で野生型マウスの毛髪再生を促進した。0.01%RKを頭皮と顔面部皮膚に適用すると、脱毛症を伴うヒト(n=10)の50%において、5ヶ月後に毛髪成長が促進され、また、5人の女性において適用後2週間で頬の皮膚の弾力性が増加した(p<0.04)。これらの結果は、RKが感覚神経の活性化を介し、皮膚のIGF-1産生を増大させ、その結果、毛髪の成長と皮膚の弾力性増大を促進することを強く示唆している。」(引用文献3:第335頁、Abstract第9-14行)

(摘記3b)「0.01%RKを局所適用した野生型マウス(図6B)では、ビヒクルを適用したマウス(図6A)に比べ、毛髪除去後4週間で、毛髪の再成長が促進された。」(引用文献3、第339頁、右欄第7-11行)

(摘記3c)「我々は、脱毛症を伴う10人の被験者において、0.01%RKを頭皮に局所適用し、毛髪成長への効果を調べた。5人(5/10;50.0%)の脱毛症被験者において、0.01%RKの局所適用後5ヶ月で、毛髪成長の促進が見られた。0.01%RKを局所適用した4人の脱毛症被験者における代表的な効果を図7に示す。毛髪成長は、AGA(第338頁、左欄、第28行に記載されるとおり、男性型脱毛症の略称である)を伴う男性被験者(図7A-C)、AA(第338頁、左欄、第29行に記載されるとおり、円形脱毛症の略称である)を伴う女性被験者(図7D)への0.01%RK局所適用後、5ヶ月で確認された。」(引用文献3、第339頁、右欄第14-23行)

(摘記4a)「ブルーベリーとラズベリーの活性を吸光分析法及びHPLCにて評価する。没食子酸、プロトカテク酸、カテキン、エピカテキン、プロシアニジンB_(2)、シアニジン、エラグ酸、ラズベリーケトン、レスベラトロール、サリチル酸がKromasil C_(18)クロマトグラフィーカラム(4.6mm×150mm)によるHPLC分析によって、検出された。」(引用文献4、第81頁Abstract第1-4行)

(摘記4b)「


表2 ブラックラズベリー、ラズベリー、ブルーベリーに含まれる10種の化合物の含有量のHPLC測定の結果」
(引用文献4、第83頁右欄、表2。表2の左から2番目の列がブラックラズベリー、下から三番目の成分がラズベリーケトンであると認められる。)

イ 上記摘記3a?3cのとおり、RK(ラズベリーケトン)の局所適用は、毛包の真皮乳頭において、免疫組織化学的なIGF-1の発現を増大させるとともに、適用後4週間で野生型マウスの毛髪再生を促進するものであり、男性被験者の男性型脱毛症、女性被検者の円形脱毛症においても、ラズベリーケトンの局所的用によって毛髪成長が確認されたこと、上記摘記4a?4bのとおり、ラズベリーケトンの含有量は、ラズベリー、ブルーベリーよりもブラックラズベリーにおいて多い値となっていることは、本願出願日当時、当業者において既に知られた知見であった。


第5 対比
本願発明と、引用発明とを対比する。
引用発明の5-αリダクターゼ2は、「5α-リダクターゼ」のアイソザイムの一つであり、「5α-リダクターゼ」の下位概念に当たるものであるから、引用発明の5-αリダクターゼ2は、本願発明の「5α-リダクターゼ」に相当する。
加えて、本願明細書には、「ブラックラズベリー抽出物の原料となるブラックラズベリーはバラ科キイチゴ属に属する。また、本発明のブラックラズベリー抽出物は、主にブラックラズベリーの果実からの抽出物が好適に用いられる。」(【0014】)と記載され、ブラックラズベリーの成熟の程度について、特段記載されていないから、本願発明の「ブラックラズベリー抽出物」は、未成熟ブラックラズベリーから抽出されるものも包含しているといえる。したがって、引用発明の「未成熟ブラックラズベリー抽出物」は、本願発明の「ブラックラズベリー抽出物」に相当する。

また、本願明細書においては、「5α-リダクターゼ阻害剤」の定義はないものの、実施例(【0042】-【0044】)において、「5α-リダクターゼ阻害活性」として、ブラックラズベリー抽出物により毛乳頭細胞におけるジヒドロテストステロン(DHT)産生量が抑制されたことを測定しているから、本願発明の「5α-リダクターゼ阻害剤」は、DHTの量を減少させるものを意味すると解される。
そして、引用発明の「未成熟ブラックラズベリー抽出物」は、上記摘記11b?11cに記載されるように、5α-リダクターゼ2遺伝子の発現を抑制するものであり、引用文献11には、未成熟ブラックラズベリー抽出物が良性前立腺肥大(BPH)ラットモデルにおける血清DHTレベルを低下させるものであることも記載されている(上記摘記11d、11e)。
したがって、引用発明に係る「未成熟ブラックラズベリー抽出物」は、本願発明の「5α-リダクターゼ阻害剤」に相当するものといえる。

さらに、引用発明は、上記摘記11aのとおり、LNCaP前立腺癌由来細胞株に対するUROEの作用を検証することを意図するものであることから、引用発明におけるUROE、すなわち、ブラックラズベリー抽出物は「有効成分」として機能しているといえる。

そうすると、両者は、「ブラックラズベリー抽出物を有効成分とする5α-リダクターゼ阻害剤」という点において一致し、以下の点において、相違する。

<相違点>
本願発明では、5α-リダクターゼが「毛乳頭細胞における」ものと特定されているのに対し、引用発明では、5α-リダクターゼが前立腺癌由来細胞株(LNCaP)におけるものである点


第6 判断
1 相違点について
上記相違点について、検討する。
まず、上記第4の2(1)イのとおり、5α-リダクターゼは、テストステロン(T)をジヒドロテストステロン(DHT)に変換する酵素であり、頭皮(特に毛乳頭細胞)や前立腺に存在するII型(5α-リダクターゼ2)と、皮膚や肝臓に存在するI型(5α-リダクターゼ1)とがあり、5α-リダクターゼ阻害剤であるフィナステリドが前立腺と頭皮の両方に存在する5α-リダクターゼ2を阻害し、前立腺肥大薬と男性型脱毛症抑制薬の両方に用いられることが広く知られていたことから、前立腺における5α-リダクターゼ2の阻害と、頭皮における5α-リダクターゼ2の阻害は、関連付けて認識されていたことが、本願出願日当時の技術常識であった。
これらの知見を有する当業者であれば、5α-リダクターゼ2の遺伝子発現を抑制し、且つ、テストステロン誘導前立腺肥大モデルマウスにおいて前立腺重量の低下をもたらすことが引用文献11に記載されている、引用発明に係るブラックラズベリー抽出物を、毛乳頭細胞において用いることで、毛乳頭細胞でも5α-リダクターゼ2の機能が阻害され、ジヒドロテストステロンへの変換が抑制されて、5α-リダクターゼ阻害剤として作用することを、合理的に期待し得たといえる。
したがって、引用発明において、ブラックラズベリー抽出物を「毛乳頭細胞における」5α-リダクターゼ阻害剤とし、相違点に係る本願発明の発明特定事項とすることは、当業者が容易に想到できたことである。


2 本願発明の効果について
(1)本願明細書の実施例には、次の実験結果が示されている。
ア ORAC値による抗酸化作用の評価
ブラックラズベリー、ブルーベリーおよびラズベリーのエタノール抽出液)のORAC値を測定したところ、一般的な抗酸化食品と比較して、ベリー系検体3種のORAC値はいずれも高い値を示した(【0029】-【0032】)。

イ 毛乳頭細胞の増殖促進効果
ブラックラズベリー抽出物、ブルーベリー抽出物、ラズベリー抽出物、及び、ブラックラズベリーの抽出物を配合した粉末製剤であるBlabina(登録商標)のエタノール溶液からのエタノール除去抽出物を検体とし、ヒト毛乳頭細胞(C-12071)に加えたところ、いずれも濃度依存的に毛乳頭細胞を増殖促進する効果が認められた(【0033】-【0035】)。

ウ 毛乳頭細胞におけるHsp47及び17型コラーゲンのm-RNAレベルの測定
ブラックラズベリー抽出物、ブルーベリー抽出物、ラズベリー抽出物、及び、Blabina(登録商標)のエタノール溶液からのエタノール除去抽出物の4種から検体を得て、それぞれの検体を毛乳頭細胞に添加し、Hsp47及び17型コラーゲンのmRNAレベルを測定したところ、上記4種の検体はすべてHsp47と連動して17型コラーゲンの発現を濃度依存的に誘導する傾向を認めたが、BlabinaとBR(ブラックラズベリー)が、他の2種より高い誘導能を示した(【0036】-【0041】)。

エ 5α-リダクターゼ阻害活性
3種のベリー系(ブラックラズベリー、ブルーベリーおよびラズベリー)抽出物、Blabinaのエタノール除去抽出物を検体とし、毛乳頭細胞に加えたて、ジヒドロテストステロン(DHT)産生量をELISA法により測定したところ、図3に示すとおりの結果が得られた。ブラックラズベリーが最も強い抑制を示し、Blabinaがそれに準ずることが認められた(【0042】-【0044】)。

【図3】


(2)引用文献11には、ブラックラズベリー抽出物がLNCaP前立腺癌由来細胞株において5α-リダクターゼ2遺伝子の発現を抑制できることが記載されていることから、ブラックラズベリー抽出物が毛乳頭細胞においても同遺伝子の発現を抑制し、その結果、5α-リダクターゼ2の活性の低下を介して、ジヒドロテストステロン(DHT)の産生を阻害できるものである点は、当業者が通常に予見し得た事項である。
5α-リダクターゼ2に対する阻害効果が知られていないブルーベリー及びラズベリーの抽出物よりもDHT産生量が少ないことが、当業者が予測し得ない格別優れた効果であるともいえない。
よって、上記(1)エの効果が、当業者が予測し得ない格別優れた効果であるということはできない。

(3)上記(1)アの抗酸化作用、上記(1)イ、ウの毛乳頭細胞の増殖促進効果、毛乳頭細胞におけるHsp47及び17型コラーゲンのmRNA誘導効果は、5α-リダクターゼを阻害することとは直接関係がない効果であるから、本願発明に係る5α-リダクターゼ阻害剤としての効果であるとはいえない。

(4)なお、上記(1)イ、ウの効果は、本願明細書【0002】-【0005】の記載によれば、ブラックラズベリー抽出物が、脱毛抑制に有用であることを示すものとも解せることから、本願発明に係る5α-リダクターゼ阻害剤を、脱毛抑制剤として用いた場合の効果についても、検討する。
上記第4の2(2)イのとおり、RK(ラズベリーケトン)を局所適用することで、男性被験者の男性型脱毛症、女性被検者の円形脱毛症において毛髪成長が確認されたこと、ラズベリーケトンの含有量は、ラズベリー、ブルーベリーよりもブラックラズベリーにおいて多い値となっていることは、本願出願日時点の当該分野で既に知られる知見であった。
これらの知見を有する当業者であれば、ブラックラズベリー抽出物が、ラズベリー、ブルーベリーのそれに比して、高い脱毛抑制作用を奏することも、予測し得たといえる。
また、上記第4の2(1)イのとおり、5α-リダクターゼ2を阻害することにより、男性型脱毛症の主な原因であるDHTの生成を抑制し、男性型脱毛症を改善できると考えられていたことも、本願出願日当時の技術常識であった。斯かる技術常識を有する当業者であれば、5α-リダクターゼ2の発現を抑制できるブラックラズベリー抽出物が、毛乳頭細胞においても同遺伝子の発現を抑制し、その結果、5α-リダクターゼ2の活性の低下を介して、ジヒドロテストステロン(DHT)の産生を阻害して、フィナステリドと同様に、男性型脱毛症に対する治療効果をもたらす点は、当業者が合理的に期待し得たと事項いえる。
してみれば、本願発明に係る5α-リダクターゼ阻害剤を、脱毛抑制剤として用いた場合の効果も、当業者が予測し得ない格別優れた効果であるとはいえない。

3 小括
以上によれば、本願発明は、引用文献11に記載された発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。


4 審判請求人の主張について
令和2年6月25日提出の意見書において、審判請求人は、いずれの引用文献にも、ブラックラズベリー抽出物が毛乳頭細胞において5α-リダクターゼの発現を阻害することは記載されていないため、本願発明は進歩性を有するものであると主張している。
しかし、引用発明に係るブラックラズベリー抽出物を「毛乳頭細胞における」5α-リダクターゼ阻害剤とすることは、当業者が容易に想到できるといえる点は、上記1において説示したとおりである。
よって、請求人の上記主張を採用することはできない。


第7 むすび
上記のとおり、本願請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。

よって、結論のとおり、審決する。
 
審理終結日 2020-07-21 
結審通知日 2020-07-28 
審決日 2020-08-17 
出願番号 特願2017-154175(P2017-154175)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 金子 亜希  
特許庁審判長 藤原 浩子
特許庁審判官 渕野 留香
石井 裕美子
発明の名称 毛乳頭細胞における5α-リダクターゼ阻害剤、毛乳頭細胞における5α-リダクターゼ阻害剤の製造方法  
代理人 藤本 芳洋  

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