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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12P
管理番号 1366760
審判番号 不服2019-7724  
総通号数 251 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-11-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-06-11 
確定日 2020-09-30 
事件の表示 特願2015-546621「乳酸の製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 5月14日国際公開、WO2015/068645〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成26年10月31日(国内優先権主張 平成25年11月5日)を国際出願日とする出願であって、平成30年8月3日付けの拒絶理由通知に対して、同年10月10日に意見書及び手続補正書が提出され、平成31年3月19日付けで拒絶査定がなされ、令和1年6月11日に拒絶査定不服審判の請求がなされると同時に手続補正がなされたものである。


第2 令和1年6月11日付け手続補正についての補正却下の決定
[結論]
令和1年6月11日付け手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1.本件補正
本件補正は、平成30年10月10日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に、
(補正前)「【請求項1】
乳酸を製造する方法であって、
(i)糖を含むバイオマスを含む培地と、糖化酵素と、乳酸生産微生物とを含み、かつ該乳酸生産微生物の生育に適したpHである初発pHを有する培養液を調製し、該微生物を培養する工程、
(ii)該初発pHより低いpH下で該乳酸生産微生物を培養する工程、および
(iii)該乳酸生産微生物の生育に適したpHにて該乳酸生産微生物を培養する工程であって、ここで該工程(iii)のpHが、該初発pHと同じまたは異なるpHである、工程を含み、
ここで該工程(ii)が、該工程(i)の前または後である、
方法。」とあったものを、
(補正後)「【請求項1】
乳酸を製造する方法であって、
(i)玄米を含む培地と、糖化酵素と、乳酸生産微生物とを含み、かつ該乳酸生産微生物の生育に適したpHである初発pHを有する培養液を調製し、該微生物を培養する工程、
(ii)該初発pHより低いpH下で該乳酸生産微生物を培養する工程、および
(iii)該乳酸生産微生物の生育に適したpHにて該乳酸生産微生物を培養する工程であって、ここで該工程(iii)のpHが、該初発pHと同じまたは異なるpHである、工程を含み、
ここで該工程(i)?(iii)において、該工程(ii)が、該工程(i)の前または後で行われる、
方法。」とする補正事項を含むものである。なお、下線は補正された事項である。

2.目的要件について
上記補正事項によって、補正前の請求項1に記載されていた「糖を含むバイオマス」について、補正後の請求項1では「玄米」に補正され、また、補正前の請求項1の「該工程(ii)が、該工程(i)の前または後で行われる」との特定について、補正後の請求項1では「工程(i)?(iii)において、」の記載を追加する補正がなされた。
上記の補正後の請求項1に関する補正のうちの前者の補正は、補正前の請求項1に係る発明を限定しており、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると認められる。
そこで、本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される発明(以下、「補正発明」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)について以下に検討する。

3.独立特許要件について
(1)引用文献
ア 引用文献1
拒絶査定において引用文献1として引用された、本願の優先日前の公知文献である特開2007-215427号公報には、以下の事項が記載されている。なお、下線は当審が付したものである。
ア-1「【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳酸菌の培養による乳酸の製造方法において、前記乳酸菌の培養開始後、12?36時間は、培地のpHの調節を行なわずに乳酸菌を培養する第一の培養段階;および該第一の培養段階後、培地のpHを4.5?7.5に調節しながら培養する第二の培養段階を有する、乳酸の製造方法。」

ア-2「【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の問題を解決すべく、鋭意研究を行った結果、乳酸菌を培養する際に、培養開始してからある一定の期間は培地のpHの調節を行なわずに乳酸菌をある程度成長させた後、培地のpHを中性付近になるように調節しながら培養をさらに続けることによって、従来より短期間でかつ高い発酵効率で乳酸を生産できることを知得し、本発明を完成するに至った。」

ア-3「【0021】
本発明による乳酸菌の培養において使用できる炭素源としては、上記菌株が良好に生育し、乳酸を順調に産生できうるものであれば特に制限されず、公知の炭素源が使用できる。例えば、ガラクトース、ラクトース、グルコース、フルクトース、グリセロール、シュークロース、サッカロース、セルロース、デンプンまたはその組成画分、焙焼デキストリン、加工デンプン、デンプン誘導体、物理処理デンプン及びα-デンプン等の炭水化物;グリセリン、マンイトル、キシリトール、リビトール等のポリアルコールなどの発酵性糖質などが使用できる。または、具体例としては、上記発酵性糖質を含むデンプン糖化液、トウモロコシやコメの加水分解物、糖蜜、農業廃棄物の加水分解液、可溶性デンプン、アミロース、アミロペクチン、マルトオリゴ糖、シクロデキストリン、プルラン、トウモロコシデンプン、馬鈴薯デンプン、甘藷デンプン及びデキストリン等の炭水化物を使用してもよい。これらの炭素源のうち、乳酸菌の産生及び乳酸の生産性の観点から、グルコース、フルクトース及びグリセロールが好ましく使用され、特にグルコースが好ましい。これらの炭素源は、単独あるいは2種以上の混合物の形態で使用できる。」

ア-4「【0036】
実施例1
オートクレーブにより滅菌した一般乳酸菌接種用培地「ニッスイ」(培地組成は、下記表1参照)100mlに、Lactobacillus delbrueckii(IFO3202)を一白金耳植菌する。これを37℃、24時間静置培養を行ない、種培養液を調製した。
【0037】
次に、下記表2に示す発酵培地A 2L(培地のpH:7)を5L容の通気攪拌型バイオアリアクターに入れてオートクレーブ滅菌した後、これに上記種培養液を100mL接種し、37℃にて窒素ガスを通気しながら攪拌培養を行なった。この際、培養開始後、24時間目までは特にpHの制御は行わずに培養を行ない(第一の培養)、24時間後からアンモニア水を添加することにより、pHを6で制御して培養を行なった(第二の培養)。その結果、培養開始から144時間後に培地中には、87.5g/LのD-乳酸が蓄積していた。
【0038】
また、上記実験中の、培養時間に対する、グルコースの消費量、D-乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの濁度(図中、OD(660nm))の経時的な変化を、図1に示す。
・・・・
【0044】
実施例2
実施例1において、発酵培地Aの代わりに、表3の組成の発酵培地B(培地のpH:7)を使用した以外は、実施例1同様の方法で乳酸菌の培養を行ない、D-乳酸を生産させた。その結果、培養開始から96時間後に培地中には、106.9g/LのD-乳酸が蓄積していた。
【0045】
また、上記実験中の、培養時間に対する、グルコースの消費量、D-乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの濁度(図中、OD(660nm))の経時的な変化を、図2に示す。
・・・・
【0047】
比較例1
実施例1において、培養開始時に培地のpHを6に調整し、その後はpHの制御を全く行わずに乳酸菌の培養を行なった以外は、実施例1に記載の方法と同様の方法で培養を行ない、D-乳酸を生産させた。その結果、144時間後における培地中のD-乳酸蓄積量は、21g/Lであった。
【0048】
また、上記実験中の、培養時間に対する、グルコースの消費量、D-乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの濁度(図中、OD(660nm))の経時的な変化を、図3に示す。
【0049】
比較例2
実施例1において、培養開始直後からアンモニアを添加することにより培地のpHを6に制御しながら乳酸菌の培養を行なった以外は、実施例1に記載の方法と同様の方法で培養を行ない、D-乳酸を生産させた。その結果、144時間後における培地中のD-乳酸蓄積量は、53.4g/Lであった。
【0050】
また、上記実験中の、培養時間に対する、グルコースの消費量、D-乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの濁度(図中、OD(660nm))の経時的な変化を、図4に示す。
【0051】
上記実施例1,2及び比較例1,2の結果を比較すると、本発明の方法によると、D-乳酸が有意により高い収率で得られることが分かった。また、実施例1及び2の結果を比較することによって、培地の窒素源の一部に麦芽根を使用することによって、同じ窒素源量で、より短時間でかつより効率よくD-乳酸が生産できることが示される。
【0052】
実施例3
オートクレーブにより滅菌した一般乳酸菌接種用培地「ニッスイ」(培地組成は、上記表1参照)100mlに、Lactobacillus rhamnosus IFO3863を一白金耳植菌する。これを37℃、24時間静置培養を行ない、種培養液を調製した。
【0053】
次に、上記実施例1で使用したのと同様の発酵培地A 2L(培地のpH:7)を5L容の通気攪拌型バイオアリアクターに入れてオートクレーブ滅菌した後、これに上記種培養液を100mL接種し、37℃にて窒素ガスを通気しながら攪拌培養を行なった。この際、培養開始後、24時間目までは特にpHの制御は行わずに培養を行ない(第一の培養)、24時間後からアンモニア水を添加することにより、pHを6で制御して培養を行なった(第二の培養)。その結果、培養開始から144時間後に培地中には、72g/LのL-乳酸が蓄積していた。
【0054】
また、上記実験中の、培養時間に対する、グルコースの消費量、L-乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの濁度(図中、OD(660nm))の経時的な変化を、図5に示す。
【0055】
比較例3
実施例3において、培養開始直後からアンモニアを添加することにより培地のpHを6に制御しながら乳酸菌の培養を行なった以外は、実施例3に記載の方法と同様の方法で培養を行ない、L-乳酸を生産させた。その結果、144時間後における培地中のL-乳酸蓄積量は、26g/Lであった。
【0056】
また、上記実験中の、培養時間に対する、グルコースの消費量、L-乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの濁度(図中、OD(660nm))の経時的な変化を、図6に示す。
【0057】
比較例4
実施例3において、培養開始時に培地のpHを6に調整し、その後はpHの制御を全く行わずに乳酸菌の培養を行なった以外は、実施例3に記載の方法と同様の方法で培養を行ない、L-乳酸を生産させた。その結果、144時間後における培地中のL-乳酸蓄積量は、13g/Lであった。
【0058】
また、上記実験中の、培養時間に対する、グルコースの消費量、L-乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの濁度(図中、OD(660nm))の経時的な変化を、図7に示す。
【0059】
上記実施例3及び比較例3,4の結果を比較すると、本発明の方法によると、L-乳酸が有意により高い収率で得られることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】実施例1における、培養時間に対する、グルコースの消費量、D-乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの吸光度(OD(660nm))の経時的な変化を示すグラフである。
【図2】実施例2における、培養時間に対する、グルコースの消費量、D-乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの吸光度(OD(660nm))の経時的な変化を示すグラフである。
【図3】比較例1における、培養時間に対する、グルコースの消費量、D-乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの吸光度(OD(660nm))の経時的な変化を示すグラフである。
【図4】比較例2における、培養時間に対する、グルコースの消費量、D-乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの吸光度(OD(660nm))の経時的な変化を示すグラフである。
【図5】実施例3における、培養時間に対する、グルコースの消費量、L-乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの吸光度(OD(660nm))の経時的な変化を示すグラフである。
【図6】比較例3における、培養時間に対する、グルコースの消費量、L-乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの吸光度(OD(660nm))の経時的な変化を示すグラフである。
【図7】比較例4における、培養時間に対する、グルコースの消費量、L-乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの吸光度(OD(660nm))の経時的な変化を示すグラフである。」

ア-5「



イ 引用文献6
拒絶査定において引用文献6として引用された、本願の優先日前の公知文献である特開平2-76592号公報には、以下の事項が記載されている。
イ-1「1.資化可能な炭素源として殿粉を含む水性栄養培地中の微生物を使用する醗酵による乳酸の製法であって、少なくとも1つのアミロース加水分解糖化酵素を付加的に存在させて醗酵を行うことを特徴とする方法。」(特許請求の範囲)

イ-2「本発明によって炭素源として使用する殿粉は、小麥、トウモロコシ、高粱、米、タピオカ、裸麥、燕麥のような穀類の殿粉、または馬鈴薯のような塊茎の殿粉でもよい。」(第2頁左下欄2?5行)

(2)引用発明
上記(1)のア-1より、引用文献1には次の発明が記載されていると認められる。
「乳酸菌の培養による乳酸の製造方法において、前記乳酸菌の培養開始後、12?36時間は、培地のpHの調節を行なわずに乳酸菌を培養する第一の培養段階;および該第一の培養段階後、培地のpHを4.5?7.5に調節しながら培養する第二の培養段階を有する、乳酸の製造方法。」

(3)対比
補正発明と引用発明を対比する。
本願明細書の段落【0030】の「一般に、乳酸発酵では、発酵により生成した乳酸によって培養液のpHが低下(酸性化)する」、段落【0032】の「1つの実施形態(「第1の実施形態」ともいう)では、上記工程(i)、工程(ii)および工程(iii)をこの順に含み、工程(i)および工程(ii)(発酵培養初期からより酸性のpHでの培養まで)を通して、中和することなく乳酸生産微生物を培養し(これにより、発酵により生成した乳酸によってpHを低下させる)、そして工程(iii)(より酸性のpHでの培養後の培養)において、pHを乳酸生産微生物の生育に適したpH(例えば、弱酸性から中性付近)に調整しながら該乳酸生産微生物を培養する。」記載、及び段落【0034】の「培養液(発酵液)のpHを低下させる手段については、発酵中に菌体によって生成された乳酸の作用によって自発的に低下させてもよく(例えば、第1の実施形態および第2の実施形態における中和なしの培養)」の記載から、補正発明にいう「(ii)該初発pHより低いpH下で該乳酸生産微生物を培養する工程」とは、中和することなく乳酸生産微生物を培養する工程である場合を包含すると認められる。また、引用発明は培地に炭素源を含むものと認められる(ア-3)。
そうすると、引用発明の「乳酸菌の培養による乳酸の製造方法において、前記乳酸菌の培養開始後、12?36時間は、培地のpHの調節を行なわずに乳酸菌を培養する第一の培養段階」は、補正発明において「ここで該工程(i)?(iii)において、該工程(ii)が、該工程(i)の前または後で行われる」において、工程(ii)が工程(i)の後で行われる場合における工程(i)、工程(ii)と、
「(i)炭素源を含む培地と、乳酸生産微生物とを含み、かつ該乳酸生産微生物の生育に適したpHである初発pHを有する培養液を調製し、該微生物を培養する工程、
(ii)該初発pHより低いpH下で該乳酸生産微生物を培養する工程」である点で共通すると認められる。
また、補正発明の「乳酸生産微生物の生育に適したpH」とは、本願明細書の段落【0015】の記載から弱酸性から中性付近と認められ、引用発明の「該第一の培養段階後、培地のpHを4.5?7.5に調節しながら培養する第二の培養段階」は、補正発明の「(iii)該乳酸生産微生物の生育に適したpHにて該乳酸生産微生物を培養する工程」に相当すると認められる。
さらに、補正発明の「工程(iii)」に相当する、引用発明の第二の培養段階におけるpHは、補正発明にいう「初発pH」に相当する培養開始時のpHと「同じまたは異なるpHである」と認められる。
したがって、両者は、
「乳酸を製造する方法であって、
(i)炭素源を含む培地と、乳酸生産微生物とを含み、かつ該乳酸生産微生物の生育に適したpHである初発pHを有する培養液を調製し、該微生物を培養する工程、
(ii)該初発pHより低いpH下で該乳酸生産微生物を培養する工程、および
(iii)該乳酸生産微生物の生育に適したpHにて該乳酸生産微生物を培養する工程であって、ここで該工程(iii)のpHが、該初発pHと同じまたは異なるpHである、工程を含み、
ここで該工程(i)?(iii)において、該工程(ii)が、該工程(i)の後で行われる、
方法。」である点で一致し、次の点で相違すると認められる。
(相違点)
補正発明では「炭素源を含む培地」が「玄米を含む培地」に特定され、さらに培養液に「糖化酵素」を含むことが特定されているのに対して、引用発明ではこれらの事項が特定されていない点。

(4)相違点についての判断
引用文献1の段落【0021】には、培養に使用する炭素源としてコメの加水分解物が記載されており、コメは澱粉を含ものであることは明らかであるところ(イ-2)、引用文献6には、澱粉を炭素源として乳酸菌の発酵培養を行う際に、培地にアミロース加水分解酵素を存在させて発酵培養を行うことが記載されている。そうすると、引用発明において炭素源としてコメの加水分解物を用いて乳酸菌を培養し、乳酸を製造しようとする際に、あらかじめコメを加水分解物したものだけでなく、培養液にコメとアミロース加水分解酵素を存在させて培養できることは、引用文献1、6の記載に接した当業者であれば明らかである。
したがって、引用発明において、培地にコメとアミロース加水分解酵素のような糖化酵素を存在させて乳酸菌の培養を行うことは当業者が容易になし得ることである。なお、引用文献1にはコメが白米なのか玄米なのかは明記されていないが、特開平11-113513号公報、特開平8-280341号公報、特開昭62-36169号公報、特開昭56-148237号公報等に記載されるように、乳酸菌を用いた発酵に玄米を用いることが周知であるから、コメには玄米を用いる態様も含まれていると解される。
そして、補正発明において、引用文献1及び引用文献6の記載から予測できない効果が奏されたともいえない。
よって、補正発明は、引用文献1及び引用文献6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである、

(5)審判請求人の主張について
審判請求人は、審判請求書及び令和1年11月12日付け上申書において、補正発明の効果について、培養液中の糖の残存を減らすことができる点、及び、製造される乳酸の光学純度を向上できる点、を主張している。

そこで以下検討する。
(培養液中の糖の残存の減少について)
引用文献1の実施例1?3、比較例1?4及び図1?7には、24時間の第一の培養を行った後に、pH調節を行う第二の培養を行う場合(図1、図2、図5)の方が、pH調節を行わない場合(図3、図7)や、培養開始時からpH調節を行う場合(図4、図6)と比較して、D体またはL体の乳酸が多く生産され、残存するグルコースが少なくなったことが示されていると認められる(ア-4、ア-5)。そうすると、培養液中の糖の残存の減少は引用文献1の記載から予測できることである。
(製造される乳酸の光学純度について)
引用文献1の段落【0016】にも記載されるように、乳酸菌が生産する乳酸は乳酸菌の種類によってD体のみあるいはL体のみであることが技術常識であり、引用文献1には、生産された乳酸の形態をD体またはL体の光学純度を測定することで確認したことも記載されている。そうすると、引用発明において、培養液にアミロース加水分解酵素を共存させることで得られる玄米の加水分解物を炭素源として用いた場合にも、乳酸菌により生産される乳酸は光学純度が高いことが推認される。
乳酸の光学純度に関して、本願明細書の実施例3(段落【0071】?【0078】)の【表2】には、「発酵開始15時間でpH制御を行った場合は、発酵開始0時間でpH制御を行った場合(対照)よりも、乳酸濃度、乳酸量、光学純度および対糖収率が高く、残糖濃度は低い値を示しており、発酵液の品質が著しく向上した」(段落【0078】)ことが示されていると認められる。
しかし、【表2】に示されている乳酸の光学純度は、実施例3に具体的に示された実験条件、すなわち、乳酸発酵微生物として「乳酸菌ラクトバチルス・プランタルムldhL1::amyA株」を用い、低いpHにするために発酵開始から15時間培養し、その後pHを6.0に調整して144時間発酵を行う、という特定の培養を行った場合の結果に過ぎず、使用する乳酸生産微生物の種類や、培養するpH、初発pHより低いpHにするための手段、初発pHや工程(iii)のpHなどの培養条件について特定されていない補正発明全体の効果とすることはできない。

なお、審判請求人は「糖化により生じる糖」の残存について主張しているが、糖化とは糖化酵素の作用により澱粉から糖が生じることであり、乳酸発酵とは糖を乳酸菌が乳酸に変えることが技術常識であるところ、引用発明は乳酸発酵により培地中の糖を効率的に乳酸に変え、残存する糖を少なくする方法であるから、培地中の糖が添加されたものであるか、それとも糖化により澱粉から生じたものであるか、の違いによって糖の残存に違いが生じるとはいえない。

したがって、引用発明は糖の残存が少なく、光学純度の高い乳酸を生産できる方法であるといえるから、審判請求人の主張する点は引用文献1、引用文献6の記載および技術常識から当業者が予測できることである。

(6)小括
以上のとおり、本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではなく、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合しないから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。


第3 本願発明について
1.本願発明
本件補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?7に係る発明は、平成30年10月10日の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?7に記載の事項により特定される発明であると認める。

2.原査定の理由
平成31年3月19日付け拒絶査定は、この出願の請求項1に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献1及び引用文献6に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、との理由を含むものである。

3.当審の判断
本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、上記第2の1.に(補正前)として記載したものであり、本願発明における「糖を含むバイオマス」が、補正発明では「玄米」に特定されているが、本願発明の「糖を含むバイオマス」は「玄米」を包含していると認められる。
また、本願発明の「該工程(ii)が、該工程(i)の前または後で行われる」との特定について、補正発明では「工程(i)?(iii)において」と記載されているが、補正発明のように記載しなくても、工程(ii)が「工程(i)?(iii)において」行われることは明らかである。
そうすると、本願発明は、補正発明と同様の理由から、引用文献1及び引用文献6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。


第4 むすび
以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるであるから、他の請求項に係る発明について言及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

 
審理終結日 2020-07-07 
結審通知日 2020-07-14 
審決日 2020-07-28 
出願番号 特願2015-546621(P2015-546621)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12P)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 鈴木 崇之  
特許庁審判長 田村 聖子
特許庁審判官 大久保 智之
中島 庸子
発明の名称 乳酸の製造方法  
代理人 藤原 有希  
代理人 中道 佳博  
代理人 藤原 有希  
代理人 中道 佳博  

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