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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B82B
審判 査定不服 特174条1項 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B82B
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B82B
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B82B
審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B82B
管理番号 1366794
審判番号 不服2017-6064  
総通号数 251 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-11-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-04-10 
確定日 2020-10-22 
事件の表示 特願2012-206227「熱によるS/N比値への影響の少ない低エネルギー粒子放出装置乃至粒子吸収装置」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 3月17日出願公開、特開2014- 46451〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成24年9月2日の出願であって、その手続の概要は、以下のとおりである。

平成28年 5月19日付け:拒絶理由通知書
平成28年 9月26日 :意見書、手続補正書
平成28年12月26日付け:拒絶査定(平成30年1月10日発送)
平成29年 4月10日 :審判請求書の提出、手続補正書
平成30年 4月20日付け:平成29年4月10日の手続補正についての
補正却下の決定、拒絶理由通知書(当審)
平成30年 7月 7日 :意見書、手続補正書
平成30年12月20日付け:拒絶理由(最後の拒絶理由)通知書(当審)
平成31年 3月 9日 :意見書、手続補正書

第2 平成31年3月9日付けの手続補正についての補正の却下の決定

[補正の却下の決定の結論]
平成31年3月9日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 本件補正の内容
本件補正は、平成30年7月7日付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし5を、本件補正による特許請求の範囲の請求項1ないし5に補正するものであるところ、本件補正は、本件補正前の特許請求の範囲の請求項1、3を、本件補正後の特許請求の範囲の請求項1、3に変更する補正事項を含むものである。
そして、本件補正前の請求項1、3及び本件補正後の請求項1、3の各記載は、それぞれ、以下のとおりである。
なお、本件補正後の請求項1、3における下線は補正箇所を表している。

〈本件補正前の請求項1、3〉
「【請求項1】
粒子発生部位乃至粒子移動部位から粒子放出端まであるいは粒子消滅部位乃至粒子移動部位から粒子吸収端まで(以後、素子と略す)の粒子移動部があることにより、粒子移動部で移動速度ν(ν≧0)で粒子流方向に運動する作業物質粒子(以後、これを粒子と略す。)の許容される最高占有状態と最低非占有状態準位間のエネルギー差が素子の熱エネルギーに比べ大きくなると熱によるS/N比値減少の影響が抑えられ、特に、擬一次元的なバリスティック運動する粒子は粒子移動部の断面積が小さくなることによって、そのS/N比値減少の影響が無く、粒子移動部で伝わる上に、粒子放出・吸収端あるいは近傍に熱を加えられる部位を近傍に具備すること、具備しないを特徴とする粒子放出源乃至粒子吸収部位を持つ素子。」(審決注:νと0との間の記号は「>」の下に「_」であるが、「≧」と表記した。以下同じ。)

「【請求項3】
請求項1記載の素子、あるいは請求項2に記載の中性粒子発生デバイスに含まれる大きなS/N比値を持つ粒子放出源乃至粒子吸収部位において、放出端に至る部位に放出粒子の自由度を制御し発生粒子乃至吸収粒子の流量を調整できる、放出・吸収端あるいは近傍に熱を加えられる部位を持つことを特徴とする粒子放出・吸収端乃至尖塔デバイス。」

〈本件補正後の請求項1、3〉
「【請求項1】
粒子発生部位乃至粒子移動部位から粒子放出端まであるいは粒子消滅部位乃至粒子移動部位から粒子吸収端まで(以後、素子と略す)の粒子移動部があることにより、粒子移動部で移動速度ν(ν≧0)の粒子が粒子流方向に運動する作業物質粒子(以後、これを粒子と略す。)の粒子流方向の運動に略垂直方向での許容される最高占有状態と最低非占有状態準位間のエネルギー差が素子の熱エネルギーに比べ大きくなると熱によるS/N比値減少の影響が抑えられ、しかも、擬一次元的なバリスティック運動する粒子は粒子移動部の断面積の平方根がナノサイズになることによって、そのS/N比値減少の影響が無くなるような粒子移動部を具備し、粒子移動部で伝わる上に、粒子放出・吸収端の近傍に熱を加えられる部位を具備する、或いは具備しないことを特徴とする粒子放出源乃至粒子吸収部位を持つ素子。」

「【請求項3】
請求項1記載の素子、あるいは請求項2に記載の中性粒子発生デバイスに含まれる大きなS/N比値を持つ粒子放出源乃至粒子吸収部位において、放出端に至る部位に放出粒子の自由度を制御し発生粒子乃至吸収粒子の流量を調整できる、放出・吸収端の近傍に熱を加えられる部位を持つことを特徴とする粒子放出・吸収端乃至尖塔デバイス。」

2 補正の適否について
(1)補正事項
ア 補正事項1
本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である「粒子移動部」について、「粒子移動部で移動速度ν(ν≧0)で粒子流方向に運動する作業物質粒子(以後、これを粒子と略す。)の許容される最高占有状態と最低非占有状態準位間のエネルギー差が素子の熱エネルギーに比べ大きくなると熱によるS/N比値減少の影響が抑えられ」を「粒子移動部で移動速度ν(ν≧0)の粒子が粒子流方向に運動する作業物質粒子(以後、これを粒子と略す。)の粒子流方向の運動に略垂直方向での許容される最高占有状態と最低非占有状態準位間のエネルギー差が素子の熱エネルギーに比べ大きくなると熱によるS/N比値減少の影響が抑えられ」と補正。

イ 補正事項2
本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である「粒子移動部」について、「特に、擬一次元的なバリスティック運動する粒子は粒子移動部の断面積が小さくなることによって、そのS/N比値減少の影響が無く、粒子移動部で伝わる」を「しかも、擬一次元的なバリスティック運動する粒子は粒子移動部の断面積の平方根がナノサイズになることによって、そのS/N比値減少の影響が無くなるような粒子移動部を具備し、粒子移動部で伝わる」と補正。

ウ 補正事項3
本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である「粒子移動部」について、「粒子放出・吸収端あるいは近傍に熱を加えられる部位」を「粒子放出・吸収端の近傍に熱を加えられる部位」と補正。

エ 補正事項4
本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である「粒子移動部」について、「熱を加えられる部位を近傍に具備すること、具備しないを」を「熱を加えられる部位を具備する、或いは具備しないことを」と補正。

オ 補正事項5
本件補正前の請求項3に記載された発明を特定するために必要な事項である「粒子放出源乃至粒子吸収部位」について、「放出端に至る部位に放出粒子の自由度を制御し発生粒子乃至吸収粒子の流量を調整できる、放出・吸収端あるいは近傍に熱を加えられる部位を持つ」を「放出端に至る部位に放出粒子の自由度を制御し発生粒子乃至吸収粒子の流量を調整できる、放出・吸収端の近傍に熱を加えられる部位を持つ」と補正。

(2)補正の目的について
ア 補正事項1は、本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である「粒子移動部」について、許容される最高占有状態と最低非占有状態準位間のエネルギーの方向について、「粒子が粒子流方向に運動する」とし、「粒子流方向の運動に略垂直方向」と限定し、特許請求の範囲の減縮を目的とする補正をするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする補正といえる。

イ 補正事項2は、本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である「粒子移動部」について、「特に」とともに任意付加的事項が記載された表現であったものを、「しかも」とし「しかも」とともに記載された事項を発明特定事項として限定し、「断面積を小さく」から「平方根がナノサイズになる」と限定し、特許請求の範囲の減縮を目的とする補正をするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする補正といえる。

ウ 補正事項3は、本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である「熱を加えられる部位」について、「粒子放出・吸収端あるいは近傍」であったものを「粒子放出・吸収端の近傍」と限定し、特許請求の範囲の減縮を目的とする補正をするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする補正といえる。

エ 補正事項4は、本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である「熱を加えられる部位」について、「近傍に具備すること、具備しないを」と「具備する、或いは具備しないことを」と明りょうにし、明りょうでない記載の釈明を目的とする補正をするものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とする補正といえる。

オ 補正事項5は、本件補正前の請求項3に記載された発明を特定するために必要な事項である「粒子放出源乃至粒子吸収部位」について、「放出端に至る部位に放出粒子の自由度を制御し発生粒子乃至吸収粒子の流量を調整できる、放出・吸収端あるいは近傍に熱を加えられる部位を持つ」を「放出端に至る部位に放出粒子の自由度を制御し発生粒子乃至吸収粒子の流量を調整できる、放出・吸収端の近傍に熱を加えられる部位を持つ」と限定し、特許請求の範囲の減縮を目的とする補正をするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする補正といえる。

カ よって、上記補正事項1-3、5は、上記のとおり限定を付加するものであって、補正前の請求項1、3に記載された発明と補正後の請求項1、3に記載された発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であることから、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。また、上記補正事項4は、特許法第17条の2第5項第4号の明りょうでない記載の釈明を目的とするものに該当する。

(3)新規事項の追加の有無について
ア 平成30年7月7日付けの手続補正において、明細書の段落【0022】、【0024】-【0027】に、「マイクロ以上のサイズのワイヤの電気抵抗率ρ_(M)を持つワイヤ半径r_(M)の極めて高純度で無欠陥の超周期を含む結晶性の良い金属材質」、「ナノワイヤ長とL_(N)と半径r_(N)の電気抵抗率をρ_(M)と仮定する限り擬一次元的バリステックな電気伝導が生じない。」「ナノワイヤ直径はおよそ30nm以下の太さとなる。」などの材質、構造、寸法などについて記載され、又、式(1)-式(22)を追加して説明している点について、平成30年12月20日付けの拒絶理由(最後の拒絶理由)通知書で、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない旨通知した。
そして、請求人は、平成31年3月9日付けの意見書において、「当初明細書の段落0023にもナノオーダとの記載があり、そのサイズは一般的なナノワイヤからおのずと決まってくる。また、産業上の利用可能性でも、そのサイズが決まってくる。これを明らかにさせる為にナノワイヤの特徴取り出す数式を用いて出願当初の明細書に段落【0022】、【0024】-【0027】はナノワイヤの特徴を述べたものに過ぎない。」(審決注:「明細書に段落【0022】」は、「明細書の段落【0022】」の誤記と認められる。以下「明細書の段落【0022】」と置き換えて記載する。)旨主張し、平成31年3月9日付けの手続補正において明細書は補正されなかった。

イ 当初明細書の記載
願書に最初に添付した明細書の段落【0023】には「ナノオーダの構造物は不純物、側面界面原子・分子配列の乱れなどによって許されるエネルギー準位が複雑に幅をもつ。ナノオーダの構造物では運動の方向に垂直は断面の周囲に構成原子・分子配列に乱れがあってもその断面空間内にある粒子流の許されるエネルギー状態は量子力学で決まる最低エネルギー準位近くでは断面中心部での存在確率が大きく断面の周囲での構成原子・分子による乱れの影響が少ない。次のエネルギー準位に至るまでのエネルギー量が素子の熱エネルギーに比べて大きいときにはナノオーダの構造物でない場合と比べるとSN比のよい粒子のエネルギー状態になる。粒子移動部では格子振動や粒子等と相互作用しながら拡散伝導をするが断面積が狭くなると擬一次元的な運動となる。断面積が狭くなり断面に垂直に移動する粒子の減衰係数より一桁以上距離が短くなると擬一次元なバリスティック伝導となりうる。バリスティック伝導では不純物散乱が無視できSN比がより改善する。」と記載されている(下線は、当審で付した。以下同じ。)。
そうすると、上記段落【0023】には、ナノオーダの構造物について記載されているものの、ナノオーダの構造物は不純物、側面界面原子・分子配列の乱れなどによって許されるエネルギー準位が複雑に幅をもつことになること、ナノオーダの構造物では運動の方向に垂直な断面の周囲に構成原子・分子配列に乱れがあってもその断面空間内にある粒子流の許されるエネルギー状態は量子力学で決まる最低エネルギー準位近くでは断面中心部での存在確率が大きく断面の周囲での構成原子・分子による乱れの影響が少ないこと、粒子移動部では断面積が狭くなることが把握できる。

また、願書に最初に添付した明細書の段落【0026】には「請求項3は、図4の粒子が移動する部位40において、粒子放出・吸収端41に至る空間的に狭い場所の近傍42に制御電磁場を発生する部位を配すことにより粒子の物理・化学的特性を制御することを特徴とする。42として電場発生源を用いることによって荷電粒子流の電圧電流特性を制御できる。42として磁場発生源を用いることにより粒子流が流れる部分に磁性原子を添加し、この磁性原子のスピンを磁場で揃えることにより粒子が持つスピンの偏極率の向上によって量子効率を大きくできる。また粒子放出部と粒子吸収部とを架橋した細線の断面積が数平方nm程度で生じる濃度勾配場による粒子や粒子スピン拡散流も同様に制御できる。」と記載されている。
そうすると、上記段落【0026】には、粒子放出・吸収端に至る空間的に狭い場所の近傍に制御電磁場を発生する部位を配することにより粒子の物理・化学的特性を制御し、粒子放出部と粒子吸収部とを架橋した細線の断面積が数平方nm程度で生じる濃度勾配場による粒子や粒子スピン拡散流も同様に制御できることが把握できる。

ウ 上記ア、イによれば、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「当初明細書等」という。)には、「ナノオーダの構造物」、「『粒子移動部では』『断面積が狭くなる』」、「粒子放出部と粒子吸収部とを架橋した細線の断面積が数平方nm程度」とは記載されているものの、上記意見書で主張されている「ナノワイヤ」について、文言として記載されていないし、明示的にどのようなものまでが含まれているか記載されていない。

これを踏まえて、平成30年7月7日付けの手続補正において補正された、明細書の段落【0022】、【0024】-【0027】の記載について、素子の材質、構造、寸法の観点で、下記に概要を整理する。

(ア)材質
単体或いは単体を含む複合体原子(以後、簡単化のためにこれを金属原子と略す。)からなるマイクロ以上のサイズのワイヤの電気抵抗率ρ_(M)を持つワイヤ半径r_(M)の極めて高純度で無欠陥の超周期を含む結晶性の良い金属材質(以後、簡単化のため材質と略す。)(段落【0022】)

(イ)構造
a x軸に直交する断面でワイヤ表面層から内部に1から3層までの金属原子からなる表面数と、その表面層数より内部にある金属原子からなる内部層数(段落【0022】)
b ナノワイヤ長L_(N)と半径r_(N)の電気抵抗率をρ_(M)と仮定する限り擬一次元的バリステックな電気伝導が生じない。(段落【0022】)
c ナノワイヤ中心軸のx軸に垂直な各断面のx軸よりr_(N)の断面円周近傍に一様に分布する-e[C]の金属電子があると、この断面内で左記の金属電子以外の全荷電粒子の荷電合計 +e[C]が各断面とx軸との交点にあることになる。さもないと、各断面円周で一様分布しない、あるいは各断面中心がx軸からずれた箇所で、
A-a.ナノワイヤの熱による熱電子放出がナノワイヤ半径の曲率や上記の各ずれた箇所の形状に依存して生じる。熱電子放出ではRichardson-Dushmanの式で仕事関数と放出電流が、あるいは
A-b.ナノワイヤの両端に外部電源を印加すると印加電圧とナノワイヤ半径の曲率や上記の各ずれた箇所の形状に依存する放電断面円周より電界電子放電が生じる。電界電子放出では、トンネル透過による電流はFowler Nordheimの式などで電界強度(非特許文献:Appl.Phys.33、2917(1962))
と関係づけることができる。あるいは
A-c.上記のA-a.とA-b.の熱電子放出と電界電子放出条件を満たせない絶縁材料素材による被服をすれば上記A.を満たす条件を緩和できる。
ナノワイヤ使用条件が決まれば、各断面円周で一様分布しない、あるいは各断面中心がx軸からずれた箇所のずれの大きさを持つ使用ナノワイヤの形状が決まる。(段落【0024】、審決注:「絶縁材料素材による被服」は「絶縁材料素材による被覆」の誤記と認められる。以下「絶縁材料素材による被覆」と置き換えて記載する。)
d 擬一次元的バリステック(弾道的)運動と同様に導体、あるいは半導体や絶縁体を構成する単体或いは複合体原子又は分子や隣接する単体或いは複合体原子又は分子間で共有する電子やそのスピン含めた二重量子ビットを含む巨視系作業物質の最高占有エネルギー状態から最低非占有エネルギー状態への状態間変化が巨視系の熱エネルギーによって生じない条件が作業物質が極低温の種々の超伝導状態や巨視的量子系の作業物質が存在する条件となる。(段落【0027】)

(ウ)寸法
ナノワイヤ直径はおよそ30nm以下の太さとなる。(段落【0026】)

エ 上記ウ(ア)ないし(ウ)に記載した材質、構造、寸法については、当初明細書等には記載されていないし、又、平成30年7月7日付けの手続補正において式(1)-式(23)を追加して説明している。
そして、平成30年7月7日付けの手続補正において補正された明細書は、平成31年3月9日付けの手続補正において補正されなかったことから、本件補正後の明細書にも依然として同じ記載があり、当該段落に記載された事項は、当初明細書等には記載がされていない。

これについて、上記補正が新たな技術的事項を追加するものであるか否かを以下に検討する。

(ア)材質について
上記ウ(ア)では、特定の条件の金属材質のものを想定する旨の記載があるが、ナノオーダの構造物には、各種材質のものがあり、特定の条件の金属材質だけにすることが、当初明細書等の記載から自明であるとまではいえない。

(イ)構造について
ナノワイヤは、上記ウ(イ)のワイヤ表面層から内部に1から3層までの金属原子と内部にある金属原子の内部層の構造であること、ナノワイヤ長L_(N)と半径r_(N)の電気抵抗率をρ_(M)と仮定すること、ナノワイヤ中心軸のx軸に垂直な各断面のx軸よりr_(N)の断面円周近傍に一様に分布する-e[C]の金属電子があること、各断面円周で一様分布しない、あるいは各断面中心がx軸からずれた箇所でナノワイヤ熱電子放出と電界電子放出条件を満たせない絶縁材料素材による被覆することにすることが、例えば、ナノオーダの構造物を絶縁材料素材による被覆することが当初明細書等に想定されていないことなどを考えても、当初明細書等の記載から自明であるとまではいえない。

(ウ)寸法について
上記ウ(ウ)において寸法を規定しているが、当初明細書には、「ナノオーダの構造物」、「『粒子移動部では』『断面積が狭くなる』」との記載があり、粒子放出・吸収端に至る空間的に狭い場所の近傍に制御電磁場を発生する部位を配すことにより粒子の物理・化学的特性を制御し、粒子放出部と粒子吸収部とを架橋した細線の断面積が数平方nm程度で生じる濃度勾配場による粒子や粒子スピン拡散流も同様に制御できることが把握できるものの、制御電磁場を発生する部位を配すこと以外に、具体的な寸法を規定した記載はなく、当該部位がない場合を含めて想定したナノワイヤ直径はおよそ30nm以下の太さとなることが、当初明細書等の記載から自明であるとまではいえない。

オ 請求人は、平成31年3月9日付けの意見書において、上記アに記載したように、「サイズは一般的なナノワイヤからおのずと決まってくる。また、産業上の利用可能性でも、そのサイズが決まってくる。これを明らかにさせる為にナノワイヤの特徴取り出す数式を用いて出願当初の明細書」の「段落【0022】、【0024】-【0027】はナノワイヤの特徴を述べたものに過ぎない。」旨主張している

しかしながら、ナノオーダの構造物は不純物、側面界面原子・分子配列の乱れなどによって許されるエネルギー準位が複雑に幅をもつことになることは、上記ウにも摘記したように、出願当初の明細書にも記載されており、ナノオーダの構造物が一般的なナノナノワイヤや産業上の利用可能性から、おのずとサイズが決まってくるとは考えられない。また、一般的なナノワイヤとの主張を検討しても、絶縁材料素材による被覆することや極めて高純度で無欠陥の超周期を含む結晶性の良い金属材質が一般的なナノワイヤだけであるとの根拠はない。さらに、絶縁材料素材による被覆することや極めて高純度で無欠陥の超周期を含む結晶性の良い金属であることなどを記載していることから考えても、単にナノオーダの構造物の断面積が狭くなることの説明しているだけとは考えられない。
そうすると、ナノオーダの構造物では運動の方向に垂直な断面の周囲に構成原子・分子配列に乱れがある場合には、「絶縁材料素材による被覆」するというナノオーダの構造物の構造を段落【0024】で規定していること、極めて高純度で無欠陥の超周期を含む結晶性の良い金属材質やナノワイヤ直径はおよそ30nm以下の太さとなることなどの材質、構造、寸法、各種条件などの設定を行っているという新たな技術的事項を導入しているものと認められる。

以上のことから、本件補正後の明細書に記載された明細書の段落【0022】、【0024】-【0027】は、当初明細書等には記載がなく、当初明細書等の記載から自明でもないから、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、依然として、新たな技術的事項を導入するものである。

したがって、本件補正は、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてするものとはいえず、特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしておらず、特許法第159条第1項において読み替えて準用する特許法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

(4)独立特許要件について
上記のとおり、本件補正は特許法第17条の2第3項の規定に違反するものであるが、仮に、本件補正が、新たな技術的事項を導入するものではなく、本件補正が、特許請求の範囲の減縮を目的とする補正を含むものであるとして、本件補正後の請求項1に記載された発明が、特許法第17条の2第6項において準用する特許法第126条第7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について以下において検討する。

ア 本件補正発明
(ア)本件補正後の請求項1には「粒子移動部で移動速度ν(ν≧0)の粒子が粒子流方向に運動する作業物質粒子(以後、これを粒子と略す。)の粒子流方向の運動に略垂直方向での許容される最高占有状態と最低非占有状態準位間のエネルギー差が素子の熱エネルギーに比べ大きくなると熱によるS/N比値減少の影響が抑えられ、しかも、擬一次元的なバリスティック運動する粒子は粒子移動部の断面積の平方根がナノサイズになることによって、そのS/N比値減少の影響が無くなるような粒子移動部を具備し、粒子移動部で伝わる」「素子」と特定されているが、「素子」の構成の何を特定しようとするものか以下のように不明確である。

a 「粒子移動部で移動速度ν(ν≧0)の粒子が粒子流方向に運動する作業物質粒子(以後、これを粒子と略す。)の粒子流方向の運動に略垂直方向での許容される最高占有状態と最低非占有状態準位間のエネルギー差が素子の熱エネルギーに比べ大きくなると熱によるS/N比値減少の影響が抑えられ」について

まず、当該記載が、粒子移動部がそのような機能を有していることを限定しようとしているのか、粒子移動部の何かの構成を限定しようとしているのか把握できなく、不明確な記載である。

そこで、上記記載を理解するため、当初明細書等を念のため参酌する。
当初明細書等には「【0012】ビームはビーム発生装置の熱による格子振動でビーム流れが乱されS/N比値が減少する。・・・略・・・ビーム発生装置の熱によるSN比への影響は温度によって決まり低温では小さな値となる。」と記載されていることから、低温では素子の熱エネルギーによるS/N比への影響は小さな値となる。
そうすると、上記記載から、ビーム発生装置の熱によるSN比への影響は温度によっても変動するものと読み取れ、当該記載は、熱エネルギーを小さくすることで、粒子移動部で移動速度ν(ν≧0)の粒子が粒子流方向に運動する作業物質粒子(以後、これを粒子と略す。)の粒子流方向の運動に略垂直方向での許容される最高占有状態と最低非占有状態準位間のエネルギー差よりも小さくし、熱によるS/N比値減少の影響が抑えられるとも考えられ、そう考えると素子の構成の何を特定しようとするものか不明確である。

b 「擬一次元的なバリスティック運動する粒子は粒子移動部の断面積の平方根がナノサイズになることによって、そのS/N比値減少の影響が無くなるような粒子移動部を具備し、粒子移動部で伝わる」について

「擬一次元的なバリスティック運動する粒子は」の一つの述語は、「粒子移動部を具備」する、と文章の構造上考えられるが、そうすると意味が不明である。また、「擬一次元的なバリスティック運動する粒子は」のもう一つの述語は、「粒子移動部で伝わる」と考えられるが、その場合に、「擬一次元的なバリスティック運動する粒子」が、素子の中で単に伝わる機能を特定しただけで、「素子」の構成の何を具体的に特定しようとするものなのか不明確である。
また、当該記載が、粒子移動部の断面積の平方根がナノサイズをさらに特定しようとするものであるのか否か、又は、単に、そのような機能を有していることを意味するのか、又は、当該サイズ以外にも粒子移動部の何かの構成を限定しようとしているのか把握できなく、不明確な記載である。

したがって、本件出願は、請求項1に係る発明が明確でないため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たさず、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

(イ)上記(ア)に記載したように本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本件補正発明」という。)は、不明確であるが、仮に、本件補正発明が明確でないとまではいえない場合に、上記1に示した本件補正後の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものであるとして、以下に検討する。

イ 引用文献の記載事項
(ア)平成30年12月20日付けの拒絶理由(最後の拒絶理由)で引用された本願の出願日前に頒布された引用文献である、特表2008-519423号公報(以下「引用文献1」という。)には、図面とともに、次の記載がある。

a 「【0011】
カーボンベースナノチューブを、超伝導ナノチャネルとして構成することができる。ナノチューブは、弾力があり、ナノメートルスケールの鋭い先端部を有する。したがって、ナノチューブは、走査型トンネル顕微鏡および原子間力顕微鏡などの顕微鏡検査装置のマイクロプローブ先端部を作るのに有用である。理想的には先端部頂点で単一原子を有するが、通常は先端部の直径において3原子から10原子であるカーボンベースナノチューブの寸法は、先端部を、導電基板の十分近くに位置決めすることを可能にし、その結果、トンネル電流が、印加されたバイアス電圧の下で先端部と基板との間を流れるようになる。このトンネル電流は、ジョセフソントンネル効果によって説明される、障壁にまたがる電子のトンネリングに類似し、このジョセフソントンネル効果は、障壁によって分離された超伝導材料の2つの層を含むシステムから得られる。この2つの層は、非常に狭い導電ブリッジによって接続されるか、または非導電材料の層によって分離されるか、のいずれかである。このシステムが、超伝導条件(低温)の下にある時に、トンネル効果が発生し、ここで、超伝導電流またはスーパーカレントが、超伝導層の間の障壁にまたがって流れる。
【0012】
カーボンベースの超伝導ナノチューブの場合に、障壁は、超伝導カーボンベースナノチューブと基板との間のマイスナ効果の斥力である。マイスナ効果とは、超伝導状態の材料が、超伝導材料からすべての磁場を追い出す能力である(すなわち、そのような超伝導体は、完全に反磁性であり、0の透磁率を示す)。David E.H.Jonesによる「The Further Inventions of Daedalus」、Oxford Press誌、1999年を参照されたい。「Electric Gas Light on Tap」に関するセクション(第174頁?第175頁)で、この著者は、住宅向き電子ビームベース配電のために排気された超伝導チューブのマイスナ効果を活用する方法を記述している。さらに、米国特許第4975669号(Magnetic bottle employing Meissner effect)を参照することができる。この米国特許の開示全体は、参照によって本明細書に組み込まれている。原子間力顕微鏡は、基板内の表面原子の電子雲と先端部の表面の電子雲とのオーバーラップによって生成される斥力に頼るが、同一の効果を得るための導電性基板の必要を打ち消す。
【0013】
本明細書で使用される用語「ナノチューブ」は、約0.3ナノメートルから約10ナノメートルまでの直径と、約3ナノメートルから約10000ナノメートルまでの長さとを有する中空構造を指す。一般に、そのようなナノチューブは、少なくとも約1:10から約1:1000のアスペクト比を有する。カーボンベースナノチューブは、95%から100%まで間の炭素原子から構成される中空構造である。一般に、ナノチューブの最も一般的に研究される形態は、銅よりも電気をよく通す物理的特性を有する。通常、カーボンナノチューブは、鋼鉄の100倍の引張強度を有する。カーボンナノチューブは、極低温で超伝導体になる。ナノチューブは、カーボン以外の材料、たとえば二硫化タングステン、二硫化モリブデン、および窒化ホウ素などから製造することができる。カーボンナノチューブは、金属コアによって覆われてもよい。カーボンナノチューブに、他の元素、たとえば金属をドープすることができる。」

b 「【0019】
顕微鏡検査装置に関するカーボンベースナノチューブ応用例の従来技術による電子源は、通常、カーボンベースナノチューブを顕微鏡検査プローブの先端部に取り付けられる。しかし、従来技術には、顕微鏡検査応用例の荷電粒子ビームを案内し、操作することができる、カーボンベースナノチューブを含む超伝導ナノチャネルを組み込んだ顕微鏡検査プローブが含まれない。本明細書の残りでは、単層超伝導カーボンナノチューブの使用に言及する。しかし、他の本質的に原子的に完全なナノチューブ構造と同様に、超伝導材料でない場合に、超伝導材料の薄膜が任意選択として外部にコーティングされる多層超伝導カーボンナノチューブを、利用することができることを理解されたい。
【0020】
最近数十年間の半導体集積回路革命は、技術的能力を絶え間なく改善する中で劇的なコスト削減によって駆り立てられ、全市場サイズにおけるはるかに大きい相殺する利益を生成した。これまでは、一部の興味をそそる予備的作業が、真空マイクロエレクトロニクス素子の分野で行われてきたけれども、この注目すべきリソースは、ナノテクノロジに非常に重要ないくつかの主要な電子ビーム技術ために幅広く活用されてこなかった。本発明のサブナノメートルスケール電子ビームシステムの使用によって大幅に改善できる、電子ビームナノリソグラフィおよび特にナノメートル解像度走査型電子顕微鏡の高活用テクノロジでの実質的な改善を伴うナノテクノロジ関連応用分野に関する膨大な利用されていない技術的および商業的可能性がある。
【0021】
これらの技術に対するナノ電子ビーム手法は、本発明のサブナノメートルスケール電子ビームシステムを使用することで、電子ビーム源システムを微小なサブミクロン寸法への大幅な小型化を達成し、コスト削減および高性能を実現する。この手法は、本発明のサブナノメートルスケール電子ビームシステムを大量生産するために集積回路製造技術を活用することができる。本発明のサブナノメートルスケール電子ビームシステムは、システム全体に数千個のナノ電子ビーム源が組み込まれた、例えば基板に集積回路パターンを書き込む電子ビームナノリソグラフィシステムおよびナノメートルスケール構造の詳細な描画用のナノメートル解像度走査型電子顕微鏡などである。このような複数ナノ電子ビームシステム全体は、現在のシステムと比較して、大幅に高められた能力を有するであろう。
【0022】
次を含むがこれらに限定されない、そのような高められた能力の複数の主要な応用分野がある。
1.大規模並列ナノ電子ビーム源は、電子ビームリソグラフィを、ナノリソグラフィ領域にとって適切にし、好ましいものにすることができる。これは、やはり、現在はより一層極端に高価な遠紫外線光学リソグラフィによってますます支配されている半導体製造に関する、電子ビームリソグラフィの実現性を可能にする。
【0023】
2.大規模並列ナノ電子ビームSEM(走査型電子顕微鏡検査)は、材料化学および分子バイオテクノロジでのさまざまな検査動作およびスクリーニング動作に非常に有用であろう。もう1つの実施形態において、微小サイズの個々のSEMまたはより限られた個数の並列SEMを、医療応用のために開発することができる。
【0024】
3.電子ビームベースナノリソグラフィ能力およびナノSEM能力の上記の実施形態を、カーボンナノチューブなどの広範囲のナノ構造を用いる経済的なナノマニピュレーション動作、ナノプロセッシング(たとえば、溶接、切断、堆積)動作、およびナノアセンブリ動作のために組み合わせることができる。
【0025】
4.大規模並列ナノ電子ビーム源は、超高密度高速のデータストレージおよびデータ検索に有用であろう。
5.大規模並列ナノ電子ビーム源は、小型高解像度高速ビデオディスプレイに有用であろう。
【0026】
6.ナノ電子ビームのナノ源は、非常に高性能なアナログ電子システムに関するいくつかの特殊化された実施形態用の構成要素としての使用に対して興味深い潜在能力を有する。
【0027】
7.宇宙応用および航空応用のための、高出力超高周波サブミリメートルマイクロ波ビームに対する、より小さく、軽い、放射線耐性のある源に対する進行中の探求に関する潜在的応用分野がある。」

c 「【0051】
もう一度図1を参照すると、この図に示された好ましい実施形態では、放出先端部32は、先端部32を電極24から分離するために、電気的に絶縁性の先端部包囲体36に取り付けられる。電気接続が、電圧供給源26から電極24へ、導体28によって行われる。電気接続が、電圧供給26から先端部32へ、導体30によって行われる。この集団全体が、電気的に絶縁性の支持マウント40に取り付けられる。
【0052】
この好ましい実施形態では、ビーム引出し電圧は、電子窓12に使用される超薄膜材料の種類に従って選択されることが好ましい。というのは、当業者に既知の通り、透過性が、エネルギー依存であるからである。電子窓12を通過した後に、ビーム34を、その後、約20Vから約1000Vまでの範囲内のターゲット相対電圧まで、必要に応じて加速または減速することができる。
【0053】
図2に、先端部32がカーボンナノチューブの形状である、先端部アセンブリ50のもう1つの構成を示す。この実施形態では、先端部32は、0.3ナノメートルから10ナノメートルまでの範囲の、比較的小さい直径を有する。この実施形態では、カーボンナノチューブを、単層または多層の金属タイプカーボンナノチューブからなるものとすることができ、タングステン単原子点エミッタまたは他の適切な材料からなるものとすることができる。
【0054】
もう一度図2を参照すると、先端部32は、支持構造体42内に埋め込まれることが好ましく、支持構造体42は、比較的大きい直径(たとえば、約5ナノメートルから約200ナノメートルまでの範囲内の)の超伝導単層金属タイプカーボンナノチューブ44に対する排熱装置および超高真空密閉体としても働き、超伝導単層金属タイプカーボンナノチューブ44は、電場放出引出し電極としておよび微小超高真空室としても機能する。電気リード43が、支持構造体42を通過して、先端部32と壁44との間の電位差を作成する手段をもたらす。この実施形態では、電子ビーム34は、電場エミッタ32から発生し、超伝導ナノチューブ44によって閉じ込められ、集束される。ビーム34内の電子の運動量は、主に壁44に平行なので、この電子を壁44内に閉じ込めるのには、比較的小さい力が必要である。このビームは、半球形エンドキャップ46を貫通し、これから発される。このエンドキャップは、カーボンナノチューブ44の残りより弱い超伝導性であり、あるいは、全く超伝導性でないものとすることができる。電子ビーム34の運動量は、エンドキャップ46の中央に垂直なので、エンドキャップ46の中央は、ある材料依存電子ビームエネルギーに関する電子窓として働く。任意選択として超伝導性とすることができる材料48の任意選択のコーティングを、真空密閉、強化された機械的強度、または電子ビーム34の強化された超伝導集束のために使用することができる。もう1つの実施形態(図示せず)で、コーティング48を、電気リード43に接続することができ、この場合に、コーティング48は、ナノチューブ44の代わりに電子引出し電極として使用される。
【0055】
図3に、本発明のもう1つの好ましい実施形態を示す。この構成では、固定式のまたは動的なエミッタ先端部位置決めシステム60が、微小超高真空室62および支持構造体64内に囲まれる。先端部32は、たとえば約0.3ナノメートルから約10ナノメートルまでの範囲内の、比較的小さい直径を有することが好ましく、単層金属タイプカーボンナノチューブ32は、電子34の原子点源電場エミッタとして働く。代替案では、原子点源電場エミッタ32を、多層カーボンナノチューブまたはタングステン単原子点エミッタあるいは他の適切な材料とすることができる。この電子エミッタ32は、位置決めシステム60内に埋め込まれる。支持構造体64は、たとえば約5ナノメートルから約200ナノメートルまでの範囲内の比較的大きい直径の超伝導単層金属タイプカーボンナノチューブ66に対する排熱装置および超高真空密閉としても働き、超伝導単層金属タイプカーボンナノチューブ66は、電場放出引出し電極と微小超高真空室との両方として働く。
【0056】
電子ビーム34は、電場エミッタ32から発され、超伝導ナノチューブ66によって閉じ込められ、集束される。電子ビーム34は、半球形エンドキャップ46を貫通し、その端から発される。このエンドキャップは、より弱い超伝導性であり、あるいは、全く超伝導性でないものとすることができる。電子ビームの運動量は、エンドキャップ46に垂直なので、エンドキャップ46は、電子窓として働く。任意選択として超伝導性とすることができる材料48の任意選択のコーティングを、真空密閉、強化された機械的強度、または電子ビームの強化された超伝導集束のために使用することができる。【0057】
図3に示された実施形態では、電気リード67および68が、電圧源(図示せず)に接続され、この電圧源は、先端部32と電場放出引出し電極66との間の電位差をもたらす。代替案として、材料48の任意選択のコーティングが電場放出引出し電極として利用される場合、任意選択の電気リード69を、電圧供給源(図示せず)に接続することができる。
【0058】
図2および3の比較的より大きい単層カーボンナノチューブは、その直径と比較して非常に長く、たとえば1μm以上程度とすることができ、一般に、そのようなナノチューブは、少なくとも約1:10から約1:1000までのアスペクト比を有する。放出される電子ビームを方向付け、そらし、変調し、または走査するために、材料特性(ナノチューブの強靱性および弾力性など)を、特定の幾何形状に応じて、ナノチューブがキロヘルツからメガヘルツ範囲のさまざまな高周波数共鳴運動パターンを伴う機械的曲げを任意選択で受けることを可能にするように適合させることができる。
【0059】
カーボンナノチューブは、複数の形態がある。一般に、カーボンナノチューブの最も一般的に研究される形態は、銅よりも電気をよく伝導する物理特性を有し、鋼鉄の100倍を超える引張強度を有し、極低温まで冷却されたときに超伝導体になり、機械的な曲げを受けるときにきわめて強靱であり、弾力性がある。」

d 「【0123】
従来の固体状態電子デバイスと比較して、真空電子デバイスは、電子が弾道的に伝搬するという利点を有し、実質的により高いトランスポート速度を(穏当な電圧で)達成することができ、絶対零度を超える高温(室温など)で相互コヒーレンスを維持することができる。しかし、極端に短いナノスケール距離にわたって(適切な材料システムにおいて、適切な電子エネルギーで)、上の利点は、本発明のナノエミッタにおいて実質的な度合まで維持される。というのは、通常の種類の破壊的な散乱させる相互作用が、支配的になるためにいくぶん長い距離を必要とするからである。そのような距離は、本発明のナノエミッタには存在しない。」

e したがって、引用文献1には、以下の発明が記載されている(以下「引用発明1」という。)。

「0.3ナノメートルから10ナノメートルまでの範囲の直径を有し、金属タイプカーボンナノチューブからなるものとすることができ、または、タングステン単原子点エミッタからなるものとすることができる、電子ビームが放出される放出先端部。」

(イ)平成30年12月20日付けの拒絶理由(最後の拒絶理由)で引用された本願の出願日前に頒布された引用文献である、特開平11-297189号公報(以下「引用文献2」という。)には、図面とともに、次の記載がある。

a 「【0013】(18)緻密アルミナ碍子にコバールを銀ロウ付けする台座は、しばしば銀による汚染が起こる。イオンポンプ素子のチタニウムによる汚染、スポット溶接時の銅による汚染も起こりやすい。
(19)電界放出冷陰極では熱フラッシュが必須である。
(20)減衰曲線がS字形になり4?5時間後上昇し、減衰しないエミッターは目的結晶方位に関し不良となってしまう。」

b 「【0028】表1に示すように、方位〈310〉と方位〈111〉とで、明となり電子放出の程度が高く、この方位のエミッター6が使用可能となることが判明した。
【0029】bccおよびfccの各金属を具体的に選択して形成したエミッター6について説明する。図3に拡大かつ詳細に示すように、エミッタ-6は、bcc金属純度99.999%以上のタングステン単結晶(310)またはbcc金属純度99.999%以上のタングステン単結晶(111)からなる基盤エミッタ-7と、この基盤エミッタ-7の表面に蒸着により形成された、fcc金属被覆膜である99.9%以上の純金薄膜8と、この純金薄膜8の表面に蒸着により形成された、fcc金属被覆膜99.9%以上の純アルミニウム薄膜9と、基盤エミッタ-7の先端面に真空中加熱溶解により形成された、タングステン・金・アルミニウム三元合金被覆膜10と、この三元合金被覆膜10の先端に加熱強電界処理で形成され、エミッタ結晶方位(310)またはエミッタ-結晶方位(111)に延びた三元合金被覆膜付ナノエミッタ-11とから構成されている。その場合、純金被膜8および純アルミニウム薄膜9の加熱強電界処理により、結晶が基盤エミッタ-7の表面をはい上がってくるようにして進み、三元合金被覆膜付ナノエミッタ-11が形成される。
【0030】タングステン単結晶(111)からなる基盤エミッタ-7は、先端半径が2μm以下に設定されるのが望ましい。その理由は、あまり大きくなると、三元合金被覆膜付ナノエミッター11の作成が困難になるからである。この例では、三元合金被覆膜付ナノエミッター11の底面の直径は100オングストロームφとなっているとともに、高さが50オングストロームとなっており、この三元合金被覆膜付ナノエミッター11はトンネル電子の放出部となる。
【0031】タングステンエミッタ-結晶方位<310>の場合、加熱強電界の下で99.9%以上の純アルミニウム薄膜9はタングステン(100)ファセットの縮小とタングステン中の不純物の除去に寄与し、酸化後には仕事関数(φ)が小さくなるので安定した電子放出部を形成するようになる。
【0032】また、99.9%以上の純金薄膜8は、アルミニウムを介してタングステンと合金を作ってエミッタ-結晶方位<310>に付着し、その表面張力を下げて、安定した三元合金被覆膜付ナノエミッター11を形成するようになる。その場合、99.9%以上の純金薄膜8は、タングステンのゲッター効果をなくし、コバールまたはニッケル・鉄52%合金ステムからの表面ガス拡散を阻止する働きがあり、安定した大電流・高輝度冷陰極電界放出電子銃のエミッターを作るために必須となっている。」

c したがって、引用文献2には、以下の発明が記載されている(以下「引用発明2」という。)。

「トンネル電子の放出部となり、底面の直径は100オングストロームφとなっていて、熱フラッシュが必須である三元合金被覆膜付ナノエミッター。」

ウ 対比(引用発明1について)
(ア)引用発明1の「電子ビームが放出される放出先端部」は、本件補正発明の「『粒子移動部位から粒子放出端まで』『(以後、素子と略す)の粒子移動部』」、「『粒子放出源』『を持つ素子』」に、引用発明1の「『放出先端部』が『0.3ナノメートルから10ナノメートルまでの範囲の直径を有し』」は、本件補正発明の「粒子移動部の断面積の平方根がナノサイズになる」に、それぞれ相当する。

(イ)上記(ア)から、本件補正発明と引用発明1との一致点及び相違点は、次のとおりである。

【一致点】
「粒子移動部位から粒子放出端まで(以後、素子と略す)の粒子移動部があり、粒子移動部の断面積の平方根がナノサイズになる粒子移動部を具備し、粒子放出源を持つ素子。」

【相違点1】
本件補正発明においては「粒子移動部で移動速度ν(ν≧0)の粒子が粒子流方向に運動する作業物質粒子(以後、これを粒子と略す。)の粒子流方向の運動に略垂直方向での許容される最高占有状態と最低非占有状態準位間のエネルギー差が素子の熱エネルギーに比べ大きくなると熱によるS/N比値減少の影響が抑えられ、しかも、擬一次元的なバリスティック運動する粒子は」「そのS/N比値減少の影響が無くなるような粒子移動部を具備し、粒子移動部で伝わる」のに対し、引用発明1においてはそのようなものか明らかでない点。

【相違点2】
本件補正発明においては「粒子放出・吸収端の近傍に熱を加えられる部位を具備する、或いは具備しない」のに対し、引用発明1においてはそのようなものか明らかでない点。

エ 判断(引用発明1について)
(ア)相違点1について
「粒子移動部で移動速度ν(ν≧0)の粒子が粒子流方向に運動する作業物質粒子(以後、これを粒子と略す。)の粒子流方向の運動に略垂直方向での許容される最高占有状態と最低非占有状態準位間のエネルギー差が素子の熱エネルギーに比べ大きくなると熱によるS/N比値減少の影響が抑えられ」は、下記a-dで検討し、「擬一次元的なバリスティック運動する粒子は」「そのS/N比値減少の影響が無くなるような粒子移動部を具備し、粒子移動部で伝わる」は、下記eで検討する。

a 「粒子移動部で移動速度ν(ν≧0)の粒子が粒子流方向に運動する作業物質粒子(以後、これを粒子と略す。)の粒子流方向の運動に略垂直方向での許容される最高占有状態と最低非占有状態準位間のエネルギー差が素子の熱エネルギーに比べ大きくなると熱によるS/N比値減少の影響が抑えられ」との記載は、請求項1の記載からでは上記ア(ア)aにも記載したように、粒子移動部が上記記載の機能を有していることを意味しているのか、S/N比値減少の影響が抑えるための粒子移動部の何かの構成を限定しているのか、本願の発明の詳細な説明を参酌しても把握できない。

b そこで、まず、断面積が小さくなることによって、粒子移動部が単にそのような機能を有することを意味している場合について検討する。
なお、本願明細書の「【0028】請求項1は図1における粒子発生部位乃至粒子移動部位10から粒子放出端11まであるいは粒子消滅部位乃至粒子移動部位10から粒子吸収端11まで(以後、素子とする)にある粒子において、粒子の移動方向に垂直な断面12が小さい部分を粒子が移動する部位10に備えることによって、素子の熱によるS/N比値減少の影響の少ない粒子を粒子放出端又は粒子吸収端11から発生、他の部位に注入、あるいは粒子集団から状態のそろった粒子を吸収することを可能とする。」との記載を参酌すると、粒子の移動方向に垂直な断面が小さい部分を粒子が移動する部位に備えることにより、そのような機能を有しているものを考える方が合理的である。

引用発明1においても、「『放出先端部』が『0.3ナノメートルから10ナノメートルまでの範囲の直径を有し』」ていることから、放出先端部の断面積の平方根がナノサイズであり、熱によるS/N比値の影響の少なくする機能を有しているものと認められる。

c したがって、上記機能において相違しないから、引用発明1は、「粒子移動部で移動速度ν(ν≧0)の粒子が粒子流方向に運動する作業物質粒子(以後、これを粒子と略す。)の粒子流方向の運動に略垂直方向での許容される最高占有状態と最低非占有状態準位間のエネルギー差が素子の熱エネルギーに比べ大きくなると熱によるS/N比値減少の影響が抑えられ」る機能を有するものである。

d 次に、S/N比値減少の影響が抑えられるための粒子移動部の何らかの構成を限定していると考えた場合について検討する。
素子の熱エネルギーを小さくすることに関し、本願明細書には、低温では小さな値となることが記載され(本願明細書の段落【0012】を参照。)、引用文献1には極低温にすることが示唆されていること(引用文献1の段落【0011】、【0013】、【0059】を参照。)から、引用発明1において、素子の熱エネルギーを小さくすることは、当業者が適宜なし得る事項にすぎず、「S/N比値減少の影響が抑えられる」ことは明らかである。

e 「擬一次元的なバリスティック運動する粒子は粒子移動部の断面積の平方根がナノサイズになることによって、そのS/N比値減少の影響が無くなるような粒子移動部を具備し、粒子移動部で伝わる」点について

まず、「擬一次元的なバリスティック運動する粒子は」の一つの述語は、「粒子移動部を具備」する、と文章の構造上考えられるが、そうすると意味が不明である。また、「擬一次元的なバリスティック運動する粒子は」のもう一つの述語は、「粒子移動部で伝わる」と考えられるが、その場合には、「擬一次元的なバリスティック運動する粒子」が、素子の中で単に伝わる機能を特定しただけである。そうすると、上記点は、「粒子移動部の断面積の平方根がナノサイズになることによって、そのS/N比値減少の影響が無くなるよう」「粒子移動部で伝わる」と解することが、日本語としても、発明の詳細な説明に照らしても、自然である。
仮に、そのように考え、以下検討する。

引用発明1においても、『放出先端部』が『0.3ナノメートルから10ナノメートルまでの範囲の直径を有し』ていることから、粒子移動部の断面積の平方根がナノサイズになっている。したがって、引用発明1においても、S/N比値減少の影響がなくなるものであるといえる。
よって、上記「擬一次元的なバリスティック運動する粒子は粒子移動部の断面積の平方根がナノサイズになることによって、そのS/N比値減少の影響が無くなるような粒子移動部を具備し、粒子移動部で伝わる」点では、相違しない。
また、サイズを特定しようとする記載と仮定しても、仮に、上記新規事項で検討した「ナノワイヤ直径はおよそ30nm以下の太さとなる。」の範囲であるとすれば、引用発明1の数値範囲も当該範囲内である。

(イ)相違点2について
引用文献1には、上記イ(ア)cで摘記したように、放出先端部が微小超高真空室によって囲まれることが示唆され、微小超高真空室内に熱を加えられる部位を具備していないので、引用発明1において、放出先端部の近傍に熱を加えられる部位を具備しないようになすことは、当業者が容易に想到する事項にすぎない。

(ウ)したがって、仮に、本件補正発明が、明確でないとまではいえないとした場合であっても、引用発明1に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項に規定する要件を満たさず、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

オ 対比(引用発明2について)
(ア)引用発明2の「『トンネル電子の放出部とな』『る三元合金被覆膜付ナノエミッター』」、本件補正発明の「『粒子移動部位から粒子放出端まで』『(以後、素子と略す)の粒子移動部』」、「『粒子放出源』『を持つ素子』」に、引用発明2の「『三元合金被覆膜付ナノエミッター』の『底面の直径は100オングストロームφとなっている』」は、本件補正発明の「粒子移動部の断面積の平方根がナノサイズになる」に、引用発明2の「熱フラッシュが必須である」は、本願補正発明の「『粒子放出』『端の近傍に熱を加えられる部位を具備する』」にそれぞれ相当する

(イ)上記(ア)から、本件補正発明と引用発明2との一致点及び相違点は、次のとおりである。

【一致点】
「粒子移動部位から粒子放出端まで(以後、素子と略す)の粒子移動部があり、粒子移動部の断面積の平方根がナノサイズになる粒子移動部を具備し、粒子放出端の近傍に熱を加えられる部位を具備する粒子放出源を持つ素子。」

【相違点】
粒子移動部が、本件補正発明においては「粒子移動部で移動速度ν(ν≧0)の粒子が粒子流方向に運動する作業物質粒子(以後、これを粒子と略す。)の粒子流方向の運動に略垂直方向での許容される最高占有状態と最低非占有状態準位間のエネルギー差が素子の熱エネルギーに比べ大きくなると熱によるS/N比値減少の影響が抑えられ、しかも、擬一次元的なバリスティック運動する粒子は」「そのS/N比値減少の影響が無くなるような粒子移動部を具備し、粒子移動部で伝わる」のに対し、引用発明2においては、そのようなものか明らかでない点。

カ 判断(引用発明2について)
(ア)「粒子移動部で移動速度ν(ν≧0)の粒子が粒子流方向に運動する作業物質粒子(以後、これを粒子と略す。)の粒子流方向の運動に略垂直方向での許容される最高占有状態と最低非占有状態準位間のエネルギー差が素子の熱エネルギーに比べ大きくなると熱によるS/N比値減少の影響が抑えられ」は、下記a-dで検討し、「擬一次元的なバリスティック運動する粒子は」「そのS/N比値減少の影響が無くなるような粒子移動部を具備し、粒子移動部で伝わる」は、下記eで検討する。

a 「粒子移動部で移動速度ν(ν≧0)の粒子が粒子流方向に運動する作業物質粒子(以後、これを粒子と略す。)の粒子流方向の運動に略垂直方向での許容される最高占有状態と最低非占有状態準位間のエネルギー差が素子の熱エネルギーに比べ大きくなると熱によるS/N比値減少の影響が抑えられ」との記載は、請求項1の記載からでは上記ア(ア)aにも記載したように、粒子移動部が上記記載の機能を有していることを意味しているのか、S/N比値減少の影響が抑えるための粒子移動部の何かの構成を限定しているのか、本願の発明の詳細な説明を参酌しても把握できない。

b そこで、まず、断面積が小さくなることによって、粒子移動部が単にそのような機能を有することを意味している場合について検討する。
なお、本願明細書の「【0028】請求項1は図1における粒子発生部位乃至粒子移動部位10から粒子放出端11まであるいは粒子消滅部位乃至粒子移動部位10から粒子吸収端11まで(以後、素子とする)にある粒子において、粒子の移動方向に垂直な断面12が小さい部分を粒子が移動する部位10に備えることによって、素子の熱によるS/N比値減少の影響の少ない粒子を粒子放出端又は粒子吸収端11から発生、他の部位に注入、あるいは粒子集団から状態のそろった粒子を吸収することを可能とする。」との記載を参酌すると、粒子の移動方向に垂直な断面が小さい部分を粒子が移動する部位に備えることにより、そのような機能を有しているものを考える方が合理的である。

引用発明2においても、「『三元合金被覆膜付ナノエミッター』が『底面の直径は100オングストロームφとなっている』」ことから、三元合金被覆膜付ナノエミッターの断面積の平方根がナノサイズであり、熱によるS/N比値の影響の少なくする機能を有しているものと認められる。

c したがって、上記機能において相違しないから、引用発明2は、「粒子移動部で移動速度ν(ν≧0)の粒子が粒子流方向に運動する作業物質粒子(以後、これを粒子と略す。)の粒子流方向の運動に略垂直方向での許容される最高占有状態と最低非占有状態準位間のエネルギー差が素子の熱エネルギーに比べ大きくなると熱によるS/N比値減少の影響が抑えられ」る機能を有するものである。

d 次に、S/N比値減少の影響が抑えられるための粒子移動部の何らかの構成を限定していると考えた場合について検討する。
素子の熱エネルギーを小さくすることに関し、本願明細書には、低温では小さな値となることが記載され(本願明細書の段落【0012】を参照。)、引用文献2には冷陰極に用いることが示唆されていること(引用文献2の段落【0013】、【0032】を参照。)から、引用発明2において、素子の熱エネルギーを小さくすることは、当業者が適宜なし得る事項にすぎず、「S/N比値減少の影響が抑えられる」ことは明らかである。

e 「擬一次元的なバリスティック運動する粒子は粒子移動部の断面積の平方根がナノサイズになることによって、そのS/N比値減少の影響が無くなるような粒子移動部を具備し、粒子移動部で伝わる」点について

まず、「擬一次元的なバリスティック運動する粒子は」の一つの述語は、「粒子移動部を具備」する、と文章の構造上考えられるが、そうすると意味が不明である。また、「擬一次元的なバリスティック運動する粒子は」のもう一つの述語は、「粒子移動部で伝わる」と考えられるが、その場合には、「擬一次元的なバリスティック運動する粒子」が、素子の中で単に伝わる機能を特定しただけである。そうすると、上記点は、「粒子移動部の断面積の平方根がナノサイズになることによって、そのS/N比値減少の影響が無くなるよう」「粒子移動部で伝わる」と解することが、日本語としても、本願の発明の詳細な説明に照らしても、自然である。
仮に、そのように考え、以下検討する。

引用発明2においても、「『三元合金被覆膜付ナノエミッター』が『底面の直径は100オングストロームφとなっている』」ことから、三元合金被覆膜付ナノエミッターの断面積の平方根がナノサイズとなっている。したがって、引用発明2においても、S/N比値減少の影響がなくなるものであるといえる。
よって、上記「擬一次元的なバリスティック運動する粒子は粒子移動部の断面積の平方根がナノサイズになることによって、そのS/N比値減少の影響が無くなるような粒子移動部を具備し、粒子移動部で伝わる」点では、相違しない。
また、サイズを特定しようとする記載と仮定しても、仮に、上記新規事項で検討した「ナノワイヤ直径はおよそ30nm以下の太さとなる。」の範囲であるとすれば、引用発明2の数値範囲も当該範囲内である。

(イ)したがって、仮に、本件補正発明が、明確でないとまではいえないとした場合であっても、引用発明2に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項に規定する要件を満たさず、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

3 本件補正についてのむすび
本件補正は、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてするものとはいえず、特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。
仮に、本件補正が、新たな技術的事項を導入するものではなく、本件補正が、特許請求の範囲の減縮を目的とする補正を含むものであるとしても、「本件補正発明」が、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであることは以上のとおりであるから、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する特許法第126条第7項の規定に適合しないものである。
よって、本件補正は、特許法第159条第1項において読み替えて準用する特許法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 当審における拒絶の理由
平成30年12月20日付けの拒絶理由通知書で当審が通知した拒絶の理由は、概略、以下のとおりである。

理由1 特許法第17条の2第3項について
明細書の段落【0022】、【0024】-【0027】に、「マイクロ以上のサイズのワイヤの電気抵抗率ρ_(M)を持つワイヤ半径r_(M)の極めて高純度で無欠陥の超周期を含む結晶性の良い金属材質」、「ナノワイヤ長とLNと半径r_(N)の電気抵抗率をρ_(M)と仮定する限り擬一次元的バリステックな電気伝導が生じない。」、「ナノワイヤ直径はおよそ30nm以下の太さとなる。」などの材質、構造、寸法などについて記載され、又、式(1)-式(22)を追加して説明しているが、出願当初の明細書等に段落【0022】、【0024】-【0027】の式(1)-式(22)も含め対応する記載はない。
平成30年7月7日付け手続補正書でした補正は、上記の点で願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。

理由2 特許法第29条第2項について
・請求項 1-5
・引用文献等 1-5

理由3 特許法第36条第6項第2号について
・請求項 1-5
(1)請求項1に記載の「粒子移動部で移動速度ν(ν≧0)で粒子流方向に運動する作業物質粒子(以後、粒子と略す。)の許容される最高占有状態と最低非占有状態準位間のエネルギー差が素子の熱エネルギーに比べ大きくなると熱によるS/N比値減少の影響が抑えられ、特に、擬一次元的なバリスティック運動する粒子は粒子移動部の断面積が小さくなることによって、そのS/N比値減少の影響が無く、粒子移動部で伝わる」とは、「素子」の構成の何を特定しようとするものか不明である。
(2)請求項1の「特に、擬一次元的なバリスティック運動する粒子は粒子移動部の断面積が小さくなることによって、そのS/N比値減少の影響が無く、」との記載では、「特に」とともに任意付加的事項が記載された表現であり、発明の構成が不明確となっている。
(3)請求項1の「粒子移動部で伝わる上に、粒子放出・吸収端あるいは近傍に熱を加えられる部位を近傍に具備すること、具備しない」との記載では、具備しているのか、具備していないのか不明確である(また、「近傍に熱を加えられる部位を近傍に」は、近傍が二回記載され誤記ではないか。)。
<引用文献等一覧>
1.特表2008-519423号公報
2.特開平11-297189号公報
3.特開平5-190296号公報
4.特開平8-255555号公報
5.特開2011-14529号公報

第4 当審の判断
1 理由1(特許法第17条の2第3項)について
平成31年3月9日付け手続補正書でした補正は、明細書についてされておらず、平成31年3月9日付けの手続補正を上記のとおり却下しても、明細書の記載は同じである。
そうすると、上記第2の2(3)で検討したとおり、平成30年7月7日付け手続補正書でした補正は、当初明細書等には記載がなく、当初明細書等から自明でもないから、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、依然として、新たな技術的事項を導入するものである。

2 理由3(特許法第36条第6項第2号)について
(1)「粒子移動部で移動速度ν(ν≧0)で粒子流方向に運動する作業物質粒子(以後、粒子と略す。)の許容される最高占有状態と最低非占有状態準位間のエネルギー差が素子の熱エネルギーに比べ大きくなると熱によるS/N比値減少の影響が抑えられ」については、上記第2の2(4)アで検討したとおり、粒子移動部がそのような機能を有していることを限定しようとしているのか、粒子移動部の何かの構成を限定しようとしているのか把握できなく、素子の構成の何を特定しようとするものか不明確である。
また、「擬一次元的なバリスティック運動する粒子は」「、そのS/N比値減少の影響が無く、粒子移動部で伝わる」は、「素子」の「粒子移動部の断面積が小さくなること」と同じ意味であるのか、または、「素子」の構成の何を具体的に特定しようとするものか不明確である。
(2)請求項1の「特に、擬一次元的なバリスティック運動する粒子は粒子移動部の断面積が小さくなることによって、そのS/N比値減少の影響が無く、」との記載では、「特に」とともに任意付加的事項が記載された表現であり、発明の構成が不明確となっている。
(3)請求項1の「粒子移動部で伝わる上に、粒子放出・吸収端あるいは近傍に熱を加えられる部位を近傍に具備すること、具備しない」との記載では、具備しているのか、具備していないのか不明確である。

したがって、請求項1-5に係る発明は明確でない。

3 理由2(特許法第29条第2項)について
(1)本願発明
上記2に記載したように本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、不明確であるが、仮に、本願発明が明確でないとまではいえないものとして、以下に検討する。
平成31年3月9日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項に係る発明は、平成30年7月7日付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明は、上記第2の1に示した(本件補正前の請求項1)に記載された事項により特定されるとおりのものである。

(2)引用発明
当審の拒絶の理由に引用された引用文献1、引用文献2、及び、その記載事項は、上記第2の2(4)イに示したとおりであり、引用文献1に記載された発明(引用発明1)、引用文献2に記載された発明(引用発明2)は、上記第2の2(4)イで認定したとおりである。

(3)対比・判断
本願発明は、上記第2の1の「本件補正の内容」で摘記した本件補正発明に追加された限定事項を省き、「熱を加えられる部位」を「近傍に具備すること、具備しない」という記載を、「熱を加えられる部位」を「具備する、或いは具備しないこと」とする明りょうでない記載の釈明を目的とする補正をしていないものである。

そうすると、本願発明の特定事項を全て含み、さらに他の特定事項を付加し、明りょうでない記載の釈明を目的とする補正したものに相当する本件補正発明が、上記第2の2(4)エ、カで検討したとおり、引用発明1、又は、引用発明2に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、引用発明1、又は、引用発明2に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第5 請求人の主張について
1 請求人は、平成31年3月9日付けの意見書において「当初明細書の段落0023にもナノオーダとの記載があり、そのサイズは一般的なナノワイヤからおのずと決まってくる。また、産業上の利用可能性でも、そのサイズが決まってくる。これを明らかにさせる為にナノワイヤの特徴取り出す数式を用いて出願当初の明細書に段落【0022】、【0024】-【0027】はナノワイヤの特徴を述べたものに過ぎない。」、「引用文献1を主引用文献とし進歩性がないとの指摘であるが、本願発明は粒子の伝導方向で占有する粒子エネルギーと隣接近接する粒子不占有の高エネルギー準位間隔が熱エネルギーより広いことによるものであり、超伝導とは原理が違う物である。超伝導について述べた引用文献1と他の引用文献とを組み合わせたものではない。」、「引用文献2を主引用文献として請求項1、3の進歩性がないとの指摘であるが、本願発明は粒子移動部における粒子の伝導方向で占有する粒子エネルギーと隣接近接する粒子不占有の高エネルギー準位間隔が熱エネルギー広いことによるエネルギー準位間隔について述べており、粒子放出部での工夫について述べている引用文献2とは違うものである。引用文献2に他の引用文献を組み合わせたものでもない。」と主張する。


2 新規事項の追加の有無についての請求人の主張については、上記第2の2(3)オで検討したとおりである。

再掲
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しかしながら、ナノオーダの構造物は不純物、側面界面原子・分子配列の乱れなどによって許されるエネルギー準位が複雑に幅をもつことになることは、上記ウにも摘記したように、出願当初の明細書にも記載されており、ナノオーダの構造物が一般的なナノナノワイヤや産業上の利用可能性から、おのずとサイズが決まってくるとは考えられない。また、一般的なナノワイヤとの主張を検討しても、絶縁材料素材による被覆することや極めて高純度で無欠陥の超周期を含む結晶性の良い金属材質が一般的なナノワイヤだけであるとの根拠はない。さらに、絶縁材料素材による被覆することや極めて高純度で無欠陥の超周期を含む結晶性の良い金属であることなどを記載していることから考えても、単にナノオーダの構造物の断面積が狭くなることの説明しているだけとは考えられない。
そうすると、ナノオーダの構造物では運動の方向に垂直な断面の周囲に構成原子・分子配列に乱れがある場合には、「絶縁材料素材による被覆」するというナノオーダの構造物の構造を段落【0024】で規定していること、極めて高純度で無欠陥の超周期を含む結晶性の良い金属材質やナノワイヤ直径はおよそ30nm以下の太さとなることなどの材質、構造、寸法、各種条件などの設定を行っているという新たな技術的事項を導入しているものと認められる。
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3 引用文献1が超伝導について述べてあるとしても、また、引用文献2が粒子放出部での工夫について述べているものとしても、本件補正発明と本願発明は、超伝導を含まず、粒子放出部での工夫を含まないと特定しているものでない。
そして、上記主張において「本願発明は粒子移動部における粒子の伝導方向で占有する粒子エネルギーと隣接近接する粒子不占有の高エネルギー準位間隔が熱エネルギーより広いことによる」「エネルギー準位間隔について述べており」との点については、上記第2の2(4)エ、カで検討したように、粒子移動部を低温にすること、又は、粒子移動部を粒子の移動方向に垂直な断面が小さい部分を持つものと考えられる。
しかしながら、引用文献1には極低温にすることが示唆されていること、引用発明1においても、「『放出先端部』が『0.3ナノメートルから10ナノメートルまでの範囲の直径を有し』」ていること、引用文献2には冷陰極に用いることが示唆されていること、引用発明2においても、「『三元合金被覆膜付ナノエミッター』が『底面の直径は100オングストロームφとなっている』」ことから、上記点は当業者が適宜なし得る事項にすぎない。
さらに、引用文献1においても、上記第2の2(4)イ(ア)dで摘記したように「真空電子デバイスは、電子が弾道的に伝搬する」ことが示唆され、また、上記第2の2(4)イ(ア)aで摘記したように、「ナノメートルスケールの鋭い先端部」は、「超伝導ナノチャネルとして構成することができる。」ことが示唆されていることを考慮すれば、引用発明1において、「『0.3ナノメートルから10ナノメートルまでの範囲の直径を有』する『放出先端部』」を、「擬一次元的なバリスティック運動する粒子は粒子移動部の断面積の平方根がナノサイズになることによって、そのS/N比値減少の影響が無くなるよう」に「粒子移動部で伝」えるようになすことは、当業者が容易になし得る事項にすぎない。

したがって、審判請求人の上記主張は採用できない。

第6 むすび
以上のとおり、平成30年7月7日付けの手続補正書でした補正は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。
また、この出願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
さらに、仮に、本願発明が、明確でないとまではいえないとした場合であっても、本願発明は、引用文献1に記載された発明、又は、引用文献2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本願は、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、拒絶されるべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2019-06-07 
結審通知日 2019-06-18 
審決日 2019-08-01 
出願番号 特願2012-206227(P2012-206227)
審決分類 P 1 8・ 561- WZ (B82B)
P 1 8・ 537- WZ (B82B)
P 1 8・ 575- WZ (B82B)
P 1 8・ 121- WZ (B82B)
P 1 8・ 55- WZ (B82B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 松岡 智也波多江 進  
特許庁審判長 森 竜介
特許庁審判官 瀬川 勝久
野村 伸雄
発明の名称 熱によるS/N比値への影響の少ない低エネルギー粒子放出装置乃至粒子吸収装置  

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