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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
管理番号 1367654
審判番号 不服2018-7949  
総通号数 252 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-12-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-06-08 
確定日 2020-10-30 
事件の表示 特願2016-136516「神経細胞性脳腫瘍など数種の腫瘍に対する新規免疫療法」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 2月 9日出願公開、特開2017- 29135〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成21年 9月28日(パリ条約による優先権主張 2008年10月 1日 (EP)欧州特許庁、2008年10月13日 (EP)欧州特許庁、2008年10月16日 (US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする特願2011-529472号の一部を平成26年 6月19日に新たな特許出願とした特願2014-126001号の一部を、さらに平成27年10月 8日に新たな特許出願とした特願2015-200021号の一部を、そのまたさらに平成28年 7月11日に新たに特許出願されたものであって、平成29年4月26日付け拒絶理由通知に応答して同年10月4日付けで意見書および手続補正書が提出されたが、平成30年 1月19日付けで拒絶査定がなされ、これに対して、平成30年 6月 8日に拒絶査定不服審判請求がなされたものである。その後の当審における手続の経緯は以下のとおりである。
令和 1年 9月27日付け 拒絶理由通知書
令和 2年 1月30日付け 意見書

第2 本願発明
本願の特許請求の範囲の請求項1及び請求項11に係る発明は、平成29年10月 4日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の、それぞれ請求項1及び請求項11に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
配列番号9(ALAVLSNYDA)に示されるアミノ酸配列からなるペプチドであって、HLA-A*02に結合する、ペプチド。」
「【請求項11】
請求項1?4のいずれか1項に記載のペプチド、請求項7に記載の細胞、または請求項10に記載の活性化CTLを含む、癌を治療するための薬剤。」
以下、請求項1に記載の発明を「本願発明1」といい、請求項11に記載の発明を「本願発明11」という。また、両者を合わせて「本願発明」ということもある。

第3 当審で通知した拒絶の理由
令和 1年 9月27日付けで当審が通知した拒絶理由のうちの理由1及び2の概要は、次のとおりのものである。

1 理由1(実施可能要件違反)の概要
本願の発明の詳細な説明は、本願の請求項1乃至14に記載の発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとは認められないから、本願は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

2 理由2(サポート要件違反)の概要
本願において、請求項1乃至14に記載の特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載したものとは認められないから、本願は特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

第4 当審の判断
1 理由2(サポート要件違反)についての判断
(1)本願発明の課題
本願発明の課題は、本願明細書の
「【発明が解決しようとする課題】
【0025】
それ故、神経膠芽細胞腫、前立腺腫瘍、乳癌、食道癌、大腸癌、腎明細胞癌、肺癌、CNS、卵巣癌、メラノーマ、膵臓癌、扁平上皮癌、白血病、髄芽腫、およびサービビンの過剰発現を示す他の腫瘍に対し、重度の副作用に至る可能性がある化学療法剤や他の薬剤を使用せずに患者の幸福を促進させる、有効で安全な新規療法の選択肢の必要性は未だにある。」
の記載から明らかなとおり、神経膠芽細胞腫等の腫瘍に対し、化学療法剤や薬剤を使用しない有効で安全な新規療法により癌を治療することにあると認められる。

(2)判断

そして本願発明は、上記第2に記載されたとおりのものであるから、本願がサポート要件を満たすためには、本願発明1及び11に記載の、配列番号9(ALAVLSNYDA)に示されるアミノ酸配列からなるペプチドが癌を治療できることを、当業者が認識できるように発明の詳細な説明が記載されていることが必要である。
しかしながら、本願明細書の発明の詳細な説明には、このペプチドについて何らの実験も行っておらず、当該ペプチドにより癌を治療することができると解することなどはできない。
本願明細書には、本願発明に記載されている配列番号9のペプチドについて、それがEGFRに由来するペプチドであること(下記イ-2)、EGFRと神経膠芽細胞腫の従来技術における関連については記載されているが(下記イ-3)、当該ペプチドを具体的に用いた実験結果などは何ら示されていない。
本願明細書には4つの実施例が記載されているが、これらの実施例において具体的な実験結果が示されているペプチドは、EGFRとは異なるペプチドに由来する、本願発明とは異なるアミノ酸配列のものにすぎず(下記イ-4乃至イ-12)、このような異なるペプチドについての実験結果しか記載がなされていない本願明細書の記載から、特定の、本願発明の配列番号9のペプチドが癌を治療することができるなどと当業者が把握することはできない。以下、詳述する。

イ 発明の詳細な説明に記載された事項
イ-1
「【技術分野】
【0001】
本発明は、免疫療法で用いられるペプチド、核酸および細胞に関する。特に、本発明は、癌の免疫療法に関する。本発明はさらに、腫瘍関連障害性T細胞(CTL)のペプチドエピトープ単独について、あるいは抗腫瘍免疫応答を刺激するワクチン組成物の薬剤有効成分として働く他の腫瘍関連ペプチドとこれらエピトープとの組み合わせに関する。本発明は、抗腫瘍免疫応答を誘導するワクチン組成物で使用され得る、ヒト腫瘍細胞のHLAクラスIおよびクラスII分子に由来する30個のペプチド配列と変異体に関する。」

イ-2
「【0101】
表1:本発明のペプチド
【表1】



イ-3
「【0122】
上皮細胞増殖因子(赤芽球性白血病バイアル腫瘍遺伝子ホモログ、アビアン)(EGFR)
最近着目される領域は、上皮成長因子受容体(EGFR)についてである。理由は、その受容体の異常が神経膠芽細胞腫の最も一般的な分子異常の1つであるからである。特にEGFRvIII(上皮成長因子受容体の変異体III)は、神経膠芽細胞腫で一般的に発現される、EGFRの発癌性の構造的に活性な突然変異体型である・・・EGFR は、前駆細胞の表現型を調節する多数の経路の活性化に関与している。活性化されたEGFRチロシンキナーゼ活性は、神経幹細胞の移動、増殖、生存を促進する。EGFRシグナリングも、神経膠芽細胞腫で役割を果たしていることが知られているので、神経膠芽細胞腫は癌の幹細胞から由来しており、EGFR シグナルの多くがこれらの前駆体細胞変化を受けていると結論されうる・・・。
【0123】
原発性神経膠芽細胞腫は高齢患者で新規に発生し、EGFRを過剰発現することが多い。EGFRの過剰発現は、血管形成、浮腫、浸潤の増加と相関している・・・。さらに、EGFRが増幅した神経膠芽細胞腫は、放射線に耐性であり・・・、治療後より早く再発する・・・。
【0124】
GBMは、EGFRの過剰発現が腫瘍成長と患者生存に関与し、EGFR活性化が GBM の浸潤を in vitroで促進させる、唯一のヒト非上皮細胞腫瘍である・・・。
【0125】
EGFRはerbBの癌原遺伝子である。EGFRの過剰発現は、活性なリガンド-受容体複合体の形成が増大するため細胞成長を促進させる。遺伝子増幅はGBM 腫瘍中のEGF受容体過剰発現の土台となるメカニズムである・・・染色体7上のGFR 遺伝子は、グレードの高い神経膠腫で頻繁にコピー数を増やすことが知られている。RNAの短い妨害によるEGFRの欠失により、神経膠芽細胞腫細胞の腫瘍形成は終了する・・・。
【0126】
EGFR過剰発現が40-70%のGBMで検出されるが、一方で、毛様細胞性、低グレードまたは未分化の星状細胞腫は常にEGFR陰性である・・・。血清EGFRの濃度が高いと、生存が短くなることを示している・・・。さらに、高グレードの星状細胞腫を有する長期生存者は、EGFRvIII 陰性であることが示された・・・。
【0127】
Notch1はEGFR発現をアップレギュレートし、原発性高グレードヒト神経膠腫ではEGFRレベルとNotch1mRNA間に相関性が見られ得る。EGFR自身が、神経膠腫を含む一部の腫瘍で増殖、生存、および腫瘍形成に寄与する、c-Jun NH_(2)末端キナーゼ(JNK)の構造上の活性化に関与している・・・。
【0128】
EGFRvIIIはわずかな割合の神経膠腫細胞によって発現だけされるが、細胞の殆どは、形質転換した表現型を呈する。不活性な神経膠腫細胞におけるEGFRvIIIの発現はEGFRvIII含有脂質ラフトに関連する微小胞の形成を促進させるが、その微小胞は、細胞周辺に放出され、発癌作用の転移を導くEGFRvIIIが欠落した癌細胞の細胞膜と融合できる・・・。」

イ-4
「【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】図1は、MHCクラスIに制限された方法で与えられた神経膠芽細胞腫から腫瘍関連ペプチド(TUMAP)IGF2BP3-001を同定する、 ESI-液体クロマトグラフィー質量スペクトルを示す。
【図2a】図2は、神経膠芽細胞腫試料中で高く過剰発現されている本発明の標的遺伝子のmRNA発現プロフィールを表している。これら遺伝子の発現は、正常組織では存在しないか非常に低いが、神経膠芽細胞腫試料では強く増大する。相対的なmRNA発現は、遺伝子チップ解析によって測定された数種の正常細胞と個別の多形性神経膠芽細胞腫(GBM)試料で見られている。値は正常な腎臓の発現レベルに関連している(値は常に適宜1.0に設定される)。正常組織の値は、市販のmRNAプールにより生成された。ブラケットの文字は、解析ソフトウェアによって与えられるように「検出コール」を示す。「検出コール」は転写物が特異的に検出されたかどうか、または有意な検出が観察される可能性があるかどうかを示している。検出コールは、"P"(present:検出あり),"A"(absence:検出なし)、または"M"(marginally detected:僅かに検出)の値を取ることができます。
【図2b】図2は、神経膠芽細胞腫試料中で高く過剰発現されている本発明の標的遺伝子のmRNA発現プロフィールを表している。これら遺伝子の発現は、正常組織では存在しないか非常に低いが、神経膠芽細胞腫試料では強く増大する。相対的なmRNA発現は、遺伝子チップ解析によって測定された数種の正常細胞と個別の多形性神経膠芽細胞腫(GBM)試料で見られている。値は正常な腎臓の発現レベルに関連している(値は常に適宜1.0に設定される)。正常組織の値は、市販のmRNAプールにより生成された。ブラケットの文字は、解析ソフトウェアによって与えられるように「検出コール」を示す。「検出コール」は転写物が特異的に検出されたかどうか、または有意な検出が観察される可能性があるかどうかを示している。検出コールは、"P"(present:検出あり), "A"(absence:検出なし)、または"M"(marginally detected:僅かに検出)の値を取ることができます。
【図3】図3は、健常ドナーの末梢血から採取した、CSP-001およびNLGN4X-001特異的CD8+リンパ球のミクロスフェアによる増殖のテトラマー分析を示す。抗CD28抗体+高密度腫瘍抗原A*0201/CSP-001(左図)または抗CD28抗体+高密度腫瘍抗原A*0201/NLGN4X-001(右図)を結合したミクロスフェアを用い、1ウェルあたり1×10^(6)個のCD8+強化PBMCを1週間ごとに刺激した。in vitroで3回刺激後、全ての細胞を抗体CD8FITC、および蛍光標識した四量体A*0201/ CSP-001およびA*0201/ NLGN4X-001により染色した。細胞はCD8+リンパ球のゲートを通過させ、数値はCD8+リンパ球について、図の四分区に入った細胞の割合を示す。
【図4】図4は、HLA-A*0201対立遺伝子でコードされるMHC分子に対する、本発明のHLAクラスIペプチドの親和性を示す。本発明のHLAクラスITUMAPとコントロールペプチドHBV-001(強いA*02の結合因子)の解離定数(K_(D))は、ELISAに基づくMHCアッセイにより測定された。」

イ-5
「【0304】
実施例1:
細胞表面に提示された腫瘍関連ペプチドの同定
組織試料
患者の腫瘍組織は、・・・から提供された。手術前に全ての患者から書面でインフォームドコンセントを得た。組織は、術後直ちに液体窒素で衝撃冷凍し、TUMAPを単離するまで-80℃で保存した。
【0305】
組織試料からのHLAペプチドの単離
衝撃冷凍した組織試料のHLAペプチドプールは、わずかに改変したプロトコール・・・に従い、HLA-A*02特異抗体BB7.2またはHLA-A、-B、-C特異抗体W6/32、CNBr-活性化セファロース、酸処理、および限外ろ過により、固体組織から免疫沈降によって得た。
【0306】
方法:
得られたHLAペプチドプールをその疎水性に従い逆相クロマトグラフィー・・・により分離し、溶出したペプチドは、ESI源付きLTQオービトラップ型ハイブリッド質量分析計・・・で分析した。ペプチドプールを1.7μmの逆相C18充填剤・・・が詰まった分析用溶融石英マイクロキャピラリーカラム・・・に、流速400nL/分とし、直接装填した。Subsequently, the peptides were separated using a two-step 180 minute-binary gradient from 10% to 33% B at flow rates of 300nL per minute.勾配は、溶媒A(0.1%蟻酸水溶液)と溶媒B(0.1%蟻酸アセトニトリル溶液)からなる。金被覆ガラスキャピラリー・・・をマイクロESI源への導入に使った。LTQオービトラップ型質量分析計をTOP5戦略により、データ依存モードで操作した。手短に言えば、オービトラップで(R=30,000)、高い質量精度の全スキャンからスキャンサイクルを開始し、続いて、以前に選択したイオンを動的排除した5つの最も多量に存在する前駆イオンについて、オービトラップ内で(R=7500)MS/MSスキャンを実施した。タンデム質量スペクトルは、SEQUESTおよび別の手動コントロールにより解釈した。同定したペプチド配列は、発生した天然ペプチドの断片化パターンを、合成配列の同一参照ペプチドの断片化パターンと比較して確認した。図1は、ペプチドIGF2BP3-001関連MHCクラスIの腫瘍、およびUPLC系のその溶出プロフィールから得られた典型的なスペクトルを示す。」

イ-6
【0307】
実施例2:
本発明のペプチドをコードする遺伝子発現プロフィール
MHC分子による腫瘍細胞表面に提示されて同定されたペプチドすべてが、免疫療法に適しているとはいえない。その理由は、多くのペプチドが多数の細胞タイプにより発現された正常の細胞タンパク質に由来しているからである。これらのペプチドのほんの僅かだけが、腫瘍に関連しており、由来する腫瘍を認識するのに高い特異性を有するT細胞を誘導できる傾向を有している。このようなペプチドを同定し、ワクチン接種により誘導される自己免疫のリスクを最小限にするため、本発明者は多数の正常組織と比較して、腫瘍細胞で過剰発現されるタンパク質に由来するこれらのペプチドに焦点を当てた。
【0308】
理想的なペプチドは、腫瘍に特異的で他の組織には提示されないタンパク質に由来することである。理想的なペプチドに近い発現プロフィールを有する遺伝子に由来するペプチドを同定するために、同定したペプチドを、それらが由来するタンパク質と遺伝子にそれぞれ割り当て、これらの発現プロフィールを生成した。
【0309】
RNA源と予備調製
手術で取り除いた組織標本は、各患者から書面でインフォームドコンセントを得た後、2ヶ所の別な臨床施設(実施例1を参照)から提供された。腫瘍組織標本は、術後直ちに液体窒素でスナップ冷凍し、その後液体窒素下で乳鉢と乳棒を使い均質化した。RNAは,TRIzo1・・・を用いてこれらの試料から調製し,続いてRNeasy・・・でクリーンアップした.両方法とも製造業者プロトコールに従って実施した。
【0310】
ヒト健常組織の総RNAは、市販で得た。数名の個人(2名?123名)から得たRNAを混合して、個々のRNAを等しく加重した。白血球は4名の健常ボランティアの血液試料から単離した。
【0311】
すべてのRNA試料の質と量は、RNA6000 Pico LabChip Kit・・・を用いてAgilent 2100 Bioanalyzer・・・で測定した。
【0312】
マイクロアレイ実験 腫瘍および正常組織のRNA試料すべての遺伝子発現解析は、AffymetrixHuman Genome (HG) U133AまたはHG-U133 Plus 2.0オリゴヌクレオチドマイクロアレイ・・・で実施した。すべてのステップは Affymetrix マニュアルにしたがって実施された。簡単にいうと、二本鎖cDNAは、取扱説明書の記載通り、SuperScriptRTII・・・とoligo-dT-T7 primer・・・を用いて、合計5?8μgのRNAから合成した。in vitro転写は、U133AアレイにはBioArrayHigh Yield RNA Transcript Labelling Kit・・・で、U133 Plus 2.0アレイにはGeneChip IVT Labelling Kit・・・で実施し、続いてcRNA のハイブリダイゼーション、および染色は、ストレプタビジン-フィコエリスリンとビオチン化抗ストレプタビジン抗体を用いて実施した。画像はAgilent2500A遺伝子アレイスキャナー・・・またはAffymetrix遺伝子チップスキャナー3000・・・でスキャンし、データは全パラメータの初期設定値を用いてGCOSソフトウェア・・・で解析した。正規化は、Affymetrixにより提供された100 個のハウスキーピング遺伝子を使った相対的発現値は、ソフトウェアで得たシングルログ比から計算し、正常腎試料は適宜1.0に設定した。
【0313】
本発明の神経膠芽細胞腫で高く過剰発現した本発明の遺伝子源の発現プロフィールを図2に示す。」

イ-7
「【0314】
実施例3:
IMA950MHCクラスI 提示ペプチドのin vitro免疫原性
本発明のTUMAPの免疫原性について情報を得るため、すでに・・・報告され、十分確立されたin vitro刺激プラットフォームを用いて検討を行った。本発明の13 HLA-A*0201拘束性TUMAPに対しかなり高い免疫原性を示し得るこの方法は(試験ドナー 50%以上で、TUMAP-特異的CTLの検出可能性あり)、CD8+ 前駆体T細胞がヒトに存在することに対し、これらのペプチドがT-細胞エピトープであることを明示している(表3)。
本発明の13HLA-A*0201拘束性TUMAP
【0315】
CD8+ T細胞のin vitroプライミング
ペプチド-MHC複合体(pMHC)と抗CD28抗体を載せた人工抗原提示細胞(aAPC)によるin vitro刺激を実行するために、発明者はまず、標準的な密度勾配分離用溶媒・・・を使って、新しいHLA-A*02+バフィーコートからPBMC(末梢血単核細胞)を単離した。バフィーコートは血液バンクのTuebingenまたはKatharinen hospital Stuttgartから入手した。単離されたPBMCは、10%熱不活性化ヒトAB血清・・・が補充されたRPMI-グルタマックス・・・、100U/mlペニシリン/100μg/mlストレプトマイシン・・・、1mMピルビン酸ナトリウム・・・、および20μgml/ゲンタマイシン・・・で構成される、ヒトin vitroプライミング用T細胞培地(TCM)で一晩インキュベートした。CD8+リンパ球は、製造業者の指示に従い、CD8+MACS陽性分離キット・・・を用いて単離した。得られたCD8+細胞は、2.5ng/ml IL-7および10U/ml IL-2が補充されたTCM中で使用するまで、インキュベートした。pMHC/抗-CD28 被覆ビーズ、T細胞刺激および読み出しなどの生成は、僅かな改変をして前述した通り・・・に実施した。簡単に言うと、膜貫通型ドメインを欠き重鎖のカルボキ末端でビオチン化された、ビオチン化組み換えHLA-A*0201分子は、・・・が報告した方法に従い生成した。精製した共刺激マウスIgG2a抗ヒトCD28 Ab 9.3は、製造業者が推奨するように、スルホ-N-ヒドロキシサクシンイミドビオチンで化学的にビオチン化された。使用したビーズは、5.60μmの大きいサイズのストレプタビジン被覆ポリスチレン粒子・・・である。陽性および陰性コントロールとして使用したpMHCは、それぞれ、A*0201/MLA-001(修飾Melan-A/MART-1から得たペプチドELAGIGILTV)とA*0201/DDX5-001(DDX5から得たYLLPAIVHI)である。
【0316】
ビーズ800,000個/200μlを、600ngのビオチン抗CD28+200ngの関連ビオチン-pMHC(高密度ビーズ)あるいは、2ngの関連MHC+200ngの非関連(pMHCライブラリ)MHC(低密度ビーズ)の存在下、96ウェルプレート中で被覆した。5ng/mlIL-12・・・で補給された 200μl TCM 中で 2x10^(5)洗浄済み被覆ビーズと共に1x10^(6) CD8+ T 細胞を、37°Cで3?4日間共インキュベートして、刺激を開始した。
続いて、培地の半分を80U/ml IL-2が補充された新しいTCMと交換し、インキュベーションは37°Cで3?4日間続けた。この刺激サイクルを合計3回実施した。最後に、四量体分析は、蛍光MHC四量体・・・に報告されている通り作製)+抗体CD8-FITCクローンSK1・・・、4色FACSCalibur・・・にて実施した。ペプチド特異的細胞をCD8+T細胞の合計パーセンテージとして計算した。四量体分析の評価は、ソフトウェアFCSExpress・・・を用いて行った。特定の四量体+CD8+リンパ球のin vitroプライミングは、適切なゲート開閉と陰性コントロール刺激との比較によって、検出した。一例の健常ドナーについてin vitroで刺激された評価可能な少なくとも1つのウェルに、in vitro刺激後、特異的なCD8+ T細胞株が含まれることが発見された場合(すなわち、このウェルがCD8+ T細胞中に少なくとも1%の特異的四量体+を含んでおり、特異的四量体+細胞のパーセンテージが陰性コントロール刺激の中央値の少なくとも10倍であった場合)、特定抗原の免疫原性が検出された。
【0317】
IMA950ペプチドのIn vitro免疫原性
検討したHLAクラスIペプチドについて、in vitro免疫原性はペプチド特異的T細胞株を生成させることにより証明できた。本発明の2つのペプチドに対する、TUMAP-特異的四量体染色後の典型的なフロサイトメトリーの結果を図3に示す。
発明13個のペプチドの結果を表3に要約する。
【0318】
表3:本発明の高免疫原性 HLA class I ペプチドのin vitro 免疫原性
【表3】

【0319】
健常血液ドナーから得られたこれらの結果に加え、少数の神経膠芽細胞腫患者では、ペプチドBCA-002、CHI3L1-001、およびNLGN4X-001も検討した。全てのペプチドは健常ドナーと比較し、同程度の免疫原性であることが証明され、このワクチンの関連標的集団には前駆T細胞が存在することを示している。

イ-8
「【0320】
実施例4:
本発明のHLAクラスI拘束性ペプチドのHLA-A*0201への結合
目的および概要
本分析の目的は、癌免疫療法の一部としてのペプチドの作用機序の重要なパラメータであるため、HLA-A*0201対立遺伝子によってコードされるMHC分子へのHLAクラスIペプチドの親和性を評価することであった。試験したHLA クラスI-拘束性ペプチド0のHLA-A*0201 への親和性は、B型肝炎コア抗原由来の既知で強いA*02結合因子である、陽性コントロールペプチド HBV-001の解離定数の範囲で、中等度から強度であった。これらの結果から、本発明で試験したすべての HLA クラスI ペプチドは強い結合親和性を有することが確認された。
【0321】
試験の原理
Stable HLA/peptide complexes consist of three molecules: HLA heavy chain, beta-2 microglobulin(b2m) and thepeptidic ligand変性組み換えHLA-A*0201重鎖分子単独の活性は、その重鎖分子に「空のHLA-A*0201分子」と同等な機能を与えながら保存することができる。これらの分子は、b2mと適切なペプチドを含む水性緩衝剤に希釈すると、完全にペプチド依存的に迅速に効率よく折り畳まれる。これらの分子の有用性は、ペプチドとHLAクラスI分子間の相互作用の親和性を測定する、ELISAに基づくアッセイで利用されている・・・。
【0322】
精製された組み換えHLA-A*0201分子は、b2mと共にインキュベートされ、関心のあるペプチドの用量を評価した。新規折り畳みHLA/ペプチド複合体の量は、定量的ELISA法で測定した。解離定数(KD値)は、較正物質であるHLA/ペプチド複合体を希釈して記録した標準曲線を用いて計算した。
【0323】
結果
結果は、図4に示している。KD値が低いほどHLA-A*0201への親和性は高い。本発明のすべての試験ペプチドは、既知の強いA*02 結合因子である、陽性コントロールペプチドHBV-001の解離定数付近で、HLA-A*0201 と強い親和性を有している従って、全ての本発明のクラスITUMAPはMHC分子A*02に対して中等度から強度の結合親和性を持つ。」

イ-9
「【0302】
図1:原発性腫瘍試料GB6010上にその存在を示すIGF2BP3-001 の典型的な質量スペクトルNanoESI-LCMSは、GBM試料GB6010から溶出したペプチドプール上で実施された。A)m/z 536.3238±0.001Da,z=2 での質量分析クロマトグラムは、保持時間49.89 minでペプチドピークを示している。
B)質量分析クロマトグラムで検出された48.76minでのピークは、質量スペクトルのm/z 536.3239を明らかにした。C)特定の保持時間でのnanoESI-LCMS実験で記録された、選択した前駆体m/z 536.3239 から衝突誘導された減衰質量スペクトルで、GB6010腫瘍試料中のIGF2BP3-001の存在が確認された。D)合成IGF2BP3-001のフラグメンテーションパターンが記録され、配列確認のためにCで示した、得られた天然 TUMAPのフラグメンテーションパターンと比較された。
図2a は、選択したタンパク質の正常組織と19個の神経膠芽細胞腫試料おけるmRNA の発現プロフィールを示す。
図2bは、選択したタンパク質の正常組織と19個の神経膠芽細胞腫試料おけるmRNA の発現プロフィールを示す。
図3は、IMA950クラスIのTUMAPの典型的な in vitro 免疫原性を示す。
図4は、本発明のHLA クラスI ペプチドのA*02への典型的な結合親和性を示す。
配列番号:1?24は、本発明に記載のペプチドに関連する好ましい腫瘍配列を示す。」

イ-10


」(図1)

イ-11


」(図2a)

イ-12


」(図2b)

イ-13


」(図4)


本願発明は、上述第2に記載のとおりの、
「【請求項1】
配列番号9(ALAVLSNYDA)に示されるアミノ酸配列からなるペプチドであって、HLA-A*02に結合する、ペプチド。」
「【請求項11】
請求項1?4のいずれか1項に記載のペプチド、請求項7に記載の細胞、または請求項10に記載の活性化CTLを含む、癌を治療するための薬剤。」であり、
本願発明の課題は、上述(1)に示した「神経膠芽細胞腫等の腫瘍に対し、化学療法剤や薬剤を使用しない有効で安全な新規療法により癌を治療すること」にあると認められるから、本願がサポート要件を満たすためには、当該配列番号9(ALAVLSNYDA)に示されるアミノ酸配列からなるペプチドが癌を治療できることを、当業者が認識できるように本願の発明の詳細な説明が記載されていることが必要である。
この点、本願明細書には、当該配列番号9のペプチドについて、それの由来タンパクがEGFRであることと(イ-2)、EGFRと神経膠芽細胞腫の関連性についての一般的な従来技術に関する説明がなされていることは認められる(イ-3)。
しかしながら、本願明細書に示されている4つの実施例のいずれにも、この配列番号9のペプチドについての具体的な実験結果は示されていない。
実施例1において具体的な実験結果が示されているペプチドはIGF2BP3を由来タンパクとする配列番号14のペプチドのみであり(イ-5、図1)、実施例2において結果が示されているものも、FABP7、NR2E1、SLCO1C1、IGF2BP3に係るもののみであり(イ-6、図2a、図2b)、実施例3においても結果が示されているものは、BCAを由来タンパクとする配列番号4及び配列番号5のペプチド、CLIP2を由来タンパクとする配列番号7のペプチド、CSPを由来タンパクとする配列番号25のペプチド、FABP7を由来タンパクとする配列番号10のペプチド、IGF2BP3を由来タンパクとする配列番号14のペプチド、NESを由来タンパクとする配列番号16のペプチド、NLGN4Xを由来タンパクとする配列番号1のペプチド、NRCAMを由来タンパクとする配列番号21のペプチド、PDPNを由来タンパクとする配列番号22のペプチド、SLCO1C1を由来タンパクとする配列番号2のペプチド、TNCを由来タンパクとする配列番号23及び24のペプチドのみであり(イ-7、表3)、また実施例4においても結果が示されているものは、NESを由来タンパクとする配列番号16?19のペプチド、TNCを由来タンパクとする配列番号23のペプチド、BCAを由来タンパクとする配列番号5のペプチド、CLIP2を由来タンパクとする配列番号7のペプチド、CSPを由来タンパクとする配列番号25のペプチド、DTNAを由来タンパクとする配列番号8のペプチド、GPR56を由来タンパクとする配列番号12のペプチド、IGF2BP3を由来タンパクとする配列番号14のペプチド、NLGN4Xを由来タンパクとする配列番号1のペプチド、NR2E1を由来タンパクとする配列番号20のペプチド、NRCAMを由来タンパクとする配列番号21のペプチドのみであり(イ-8、図4)、これらはいずれも、由来タンパクもアミノ酸配列も、本願発明の配列番号9のペプチドとは異なるものである。
本願発明のペプチドは、癌の免疫療法に用いられるペプチドであるから(イ-1)、癌の治療のためには、実際に免疫原性を有することが確認される必要があるが、その免疫原性を確認する実施例3の試験に本願発明のペプチドは供されていないから、癌の治療に用いることができるものと理解することはできない。
すなわち、イ-3の記載から、本願発明ペプチドの由来タンパクであるEGFRが神経膠芽細胞腫において過剰発現することは認められるが、EGFRのうちのごく一部である10個のアミノ酸のみから構成される本願発明のペプチドが免疫原性を有し、癌の免疫療法に用いることができるか否かは、実際に当該ペプチドが免疫原性を有することを確認しなければ把握し得ないといえる。本願明細書には、本願発明のペプチドとは由来も配列も異なるペプチドの免疫原性が確認されているだけであり、そのような異なるペプチドの結果から、本願発明のペプチドも免疫原性を有するなどと推認することはできないと解される。
そうすると、本願発明の1及び11に記載の、配列番号9(ALAVLSNYDA)に示されるアミノ酸配列からなるペプチドが癌を治療できることを、当業者が認識できるように発明の詳細な説明が記載されているものとは認めることができない。


したがって、本願発明は、発明の詳細な説明に記載したものであるとは認められず、本願は特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

(3)審判請求人の主張
審判請求人は、令和 2年 1月30日付け意見書において、以下の旨を主張する。
「本願の実施例3および図3は、表3において一部の本発明ペプチドのみの例示的な免疫原性の結果を示すのと同様に、インビトロ免疫原性についての「典型的なフローサイトメトリーの結果」を示すものであり、本願明細書【0090】に記載のとおり、本発明のすべてのペプチドについてT細胞応答の促進能力が示され、患者の腫瘍細胞を破壊できる免疫応答を起こすのに有用であることがわかる。
コンピュータアルゴリズムに基づいて結合が予測されるものとは対照的に、本願明細書では、HLA-A*02特異抗体BB7.2を使用して、固体組織から免疫沈降によって本発明ペプチドを含むHLAペプチドを単離したことが記載されており(【0305】)、これは、HLA-A*02結合ペプチドがインビボ試料から単離されることを意味する。また、本発明ペプチドが免疫学的応答のための前提条件となる癌細胞上のMHCに提示されるものであり、機能的に予め選別されていることを意味する。さらに、実施例2では、全ての腫瘍および正常組織のRNA試料のマイクロアレイ実験および遺伝子発現分析を、Affymetrixマイクロアレイによって実施し、図2は実施例のみを示している。これは、発現も確認されたことを意味する。このことから、HLA-A*02結合ペプチドは実施例3に開示されるような免疫測定法において免疫原性を示すことを基本的に必然的のものとする。
以上のことから、本発明ペプチドにおいても免疫原性が示されることが本願明細書に明確かつ十分に記載されていると思料する。」

(4)審判請求人の主張に対する判断

要するに審判請求人は、「本願発明ペプチドはHLA-A*02特異抗体BB7.2を使用して免疫沈降によって得られたペプチドであって、これは免疫学的応答のための前提条件となる癌細胞上のMHCに提示されるものであることを意味し、実施例3は一部のペプチドの例示的な免疫原性の結果を示すものであり、本願明細書【0090】の記載のとおり、すべてのペプチドについて免疫原性があることがわかり、また、実施例2も全ての腫瘍および正常組織の遺伝子発現分析を行っており、図2は実施例のみを示しており発現も確認されたことを意味するから、HLA-A*02結合ペプチドである本願発明ペプチドは実施例3に示されるような免疫原性を示す」旨、を主張する。


しかしながら、免疫原性を確認する実施例3において、本願発明の配列番号9のペプチドについては、なんらの実験結果も示されていない。審判請求人は、「本願明細書【0090】に記載のとおり、本発明のすべてのペプチドについてT細胞応答の促進能力が示され、患者の腫瘍細胞を破壊できる免疫応答を起こすのに有用であることがわかる。」と主張するが、【0090】の記載は、
「【0090】
本発明のうち、すべてのペプチドについてT細胞応答の促進能力が示されている(実施例3および図3を参照)。したがってこれらのペプチドは、患者の腫瘍細胞を破壊できる免疫応答を起こすことができるため有用である。上記のペプチド、または適当な前駆体(例えば伸張ペプチド、タンパク質またはこれらのペプチドをコードする核酸)を、理想的には免疫原性を促進する薬剤(例えばアジュバントなど)とともに直接患者に投与して、患者の免疫応答は誘導できる。本発明の標的ペプチドは、正常組織では同程度のコピー数で提示されず、患者の正常細胞に対する不要な自己免疫反応を抑制できるため、このような治療的ワクチンの接種で誘導された免疫反応は、腫瘍細胞に極めて特異的であることが期待できる。」
というものであり、「すべてのペプチドについてT細胞応答の促進能力が示されている(実施例3および図3を参照)」と、「すべてのペプチドのT細胞応答の促進能力が示されている」と結論付けられた参照先が、13種類のペプチドについての結果を示す実施例3と図3となっていることから、「すべて」との記載があっても、13種類のペプチドを超えて、実施例3や図3に記載のない本願明細書に記載のすべてのペプチドについての記載であると解することはできない。
なぜなら、HLA-A*02特異抗体を使用して免疫沈降によって得られたペプチドであっても、免疫原性までをも有しないものもあり、そのような免疫原性を有するか否かは、ペプチドごとに具体的な実験を行わなければ結論づけられないものであって、実施例3(図3)に記載された13種類のペプチドとはアミノ酸配列が異なるペプチドについて、具体的な実験も行わずに免疫原性があると当業者が理解することはできないからである。この点について、以下詳述する。


まず、「HLA-A*02特異抗体を使用して免疫沈降によって得られたペプチドであっても、免疫原性までをも有しないものもあり、免疫原性を有するか否かは、ペプチドごとに具体的な実験を行わなければ結論づけられないものであること」を、具体的に説明する。

ウ-1
発明の名称が「免疫原性変異体ペプチドスクリーニングプラットフォーム」である、特表2017-534257号公報(以下「文献1」という。)には、以下の事項が記載されている。

ウ-1(1)


」(図1)

ウ-1(2)
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)各変異体コード配列が、基準試料と比較して配列に変異を有する、個体における疾患組織の変異体コード配列のセットを提供すること、及び
b)変異体コード配列によりコードされる変異アミノ酸を含むペプチドの免疫原性を予測することを含む、変異体コード配列のセットから免疫原性変異体コード配列を選択すること、
を含み、そのことにより、疾患特異的免疫原性変異体ペプチドを同定する、
個体における疾患組織からの疾患特異的免疫原性変異体ペプチドを同定する方法。
・・・
【請求項3】
i)疾患組織からMHCI分子に結合した複数のペプチドを得ること、
ii)MHCI結合ペプチドを質量分析ベースのシークエンシングに供すること、
iii)MHCI結合ペプチドの質量分析由来配列情報を、免疫原性変異体コード配列と相関させること
をさらに含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
a)個体の疾患組織からMHC分子に結合した複数のペプチドを得ること、
b)MHC結合ペプチドを質量分析ベースのシークエンシングに供すること、及び
c)MHC結合ペプチドの質量分析由来配列情報を、各変異体コード配列が、基準試料と比較して配列に変異を有する、個体における疾患組織の変異体コード配列のセットと相関させること
を含み、そのことにより、疾患特異的免疫原性変異体ペプチドを同定する、
個体における疾患組織からの疾患特異的免疫原性変異体ペプチドを同定する方法。
・・・
【請求項9】
MHCIに結合したペプチドが、MHCI/ペプチド複合体を疾患組織から単離し、ペプチドをMHCIから溶出することにより得られる、請求項3から8の何れか一項に記載の方法。
【請求項10】
単離が、免疫沈降法により実施される、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
免疫沈降法が、MHCIに特異的な抗体を使用して実施される、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
ペプチドが、質量分析に供する前にクロマトグラフィーによりさらに分離される、請求項9から11の何れか一項に記載の方法。」

ウ-1(3)
「【0003】
本開示は、免疫療法を開発するのに有用な変異体ペプチドを同定する方法に関する。
【背景技術】
【0004】
細胞媒介性免疫に関与する細胞傷害性Tリンパ球(細胞傷害性T細胞又はCD8 T細胞)は、細胞表面上のペプチドエピトープ又は抗原をスキャンすることにより細胞の健常性の変化をモニタリングする。ペプチドエピトープは、細胞タンパク質に由来し、細胞が現在の細胞プロセスの証拠を提示することを可能にするディスプレイ機構として寄与する。ネイティブ及び非ネイティブタンパク質(それぞれ、自己及び非自己と呼ばれることが多い)の両方が、ペプチドエピトープ提示のためにプロセシングされる。ほとんどの自己ペプチドが、天然タンパク質代謝回転及び欠陥リボソーム産物に由来する。非自己ペプチドは、ウイルス及び細菌感染、疾患、並びにがんなどの事象の過程で生成したタンパク質に由来しうる。
【0005】
ヒト腫瘍は、顕著な数の体細胞変異を担持することを特徴とする。したがって、変異を含有するペプチドの発現は、適応免疫系により非自己ネオエピトープとして認識できる。非自己抗原の認識の際、細胞傷害性T細胞は、免疫応答を引き起こし、非自己ネオエピトープをディスプレイする細胞のアポトーシスをもたらす。細胞傷害性T細胞適応免疫は高度に特異的な機構であり、感染細胞、疾患細胞、及びがん性細胞を除去するための効率的な手段である。免疫原性エピトープを同定することには大きな治療的価値がある。なぜなら、ワクチン接種を介した免疫原性エピトープへの曝露は、所望の細胞傷害性T細胞免疫応答を引き起こすために使用できるからである。免疫原性エピトープの役割が科学界及び医学界で知られて数十年が経過したが、効果的な抗腫瘍CD8 T細胞応答を駆動する抗原の同定は、ほとんど未知のままである。エピトープ提示及び細胞傷害性T細胞活性化に伴う複雑さが、それらの発見及び治療的使用を難しくしてきた。
・・・
【0008】
免疫系を活性化させるための免疫原性エピトープの使用は、現在、がん治療における使用のために研究されている。がん細胞が正常組織に由来する一方で、体細胞変異はがんプロテアソームにおける多数の変化をもたらす。その結果、得られるMHCI提示ペプチドエピトープは、腫瘍関連抗原(TAA)又はネオエピトープと呼ばれ、正常及びがん組織間での細胞傷害性T細胞分化を可能にする。近年の研究は、変異体ペプチドが、CD4又はCD8 T細胞により非自己として認識されるエピトープとして寄与しうることを確証したが、以来、変異体ネオエピトープはほとんど記述されてこなかった。
【0009】
ペプチドベースの免疫療法の使用は、所望の細胞傷害性T細胞応答を刺激するペプチドエピトープの選択に左右される。具体的には、腫瘍抗原は、2つのカテゴリーに分類できる。すなわち、腫瘍関連自己抗原(たとえば、がん-精巣抗原、分化抗原)及び共有又は患者特有の変異体タンパク質に由来する抗原である。胸腺における自己抗原の提示は高アビディティT細胞の除去をもたらしうるので、変異体新抗原は、免疫原性がより高い可能性が高い。このような免疫療法用エピトープの開発は困難な探究であり、有効なエピトープの同定に有用な効率的な方法は、まだ開発されていない。」

ウ-1(4)
「【実施例】
【0127】
実施例1
この実施例は、免疫原性ペプチドエピトープの予測のための例示的方法を実証する。
【0128】
全エクソームシークエンシングを、MC-38及びTRAMP-C1マウス腫瘍細胞株上で実施し、腫瘍特異的点突然変異を同定した。コード変異体を基準マウスゲノムに対して呼び出し、MC-38及びTRAMP-C1において、それぞれ4285及び949の非同義変異体を同定した。続いて、データをRNA-Seq解析により遺伝子発現についてフィルタリングし、1290及び67の変異遺伝子がそれぞれMC-38及びTRAMP-C1において発現したことを明らかにした。MC-38における170の予測されたネオエピトープ及びTRAMP-C1腫瘍における6の予測されたネオエピトープを、NETMHC-3.4アルゴリズムを使用して同定した。
【0129】
次に、トランスクリプトーム生成FASTAデータベースを使用した質量分析が、MC-38細胞株により提示された797のユニークH-2Kbエピトープ及び725のユニークH-2Dbエピトープ、並びにTRAMP-C1細胞株により提示された477のユニークH-2Kbエピトープ及び332のユニークH-2Dbエピトープを明らかにした。豊富な転写物に由来するペプチドは、MC-38(図2A)及びTRAMP-C1(図2B)細胞においてMHC1により提示される可能性がより高いことを観察した。
【0130】
MC-38及びTRAMP-C1におけるそれぞれ1290及び67のアミノ酸変化のうち、7(MC-38において7及びTRAMP-C1において0)だけがMHCI上に提示されると、質量分析により見出された(表1)。がん精巣自己抗原MAGE-D1に由来するエピトープの1つがまた、MC-38細胞において質量分析により検出された。・・・
【0132】
次に、変異腫瘍抗原の免疫原性を、野生型C57BL/6マウスを、アジュバントと組み合わせた変異エピトープをコードする長いペプチドで免疫化することにより評価し、MHCI/ペプチド特異的デキストラマーを使用してCD8 T細胞応答を測定した。図4Aに示すとおり、アジュバントのみの群と比較して、6つのペプチドのうち3つがCD8 T細胞応答を誘発した。Reps1及びAdpgkは、構造及び結合親和性予測に基づいて免疫原性であることが予測され、両方が強力なCD8 T細胞応答を誘発した。非免疫原性であると予測された4つのペプチドのうち、Dpagt1のみが弱いCD8 T細胞応答を誘導した。」

ウ-1(5)
「【0154】



ウ-1(6)


」(図4A、図4B)

ウ-2
発明の名称が「腫瘍抗原ペプチド」である、国際公開2016/093243号(以下「文献2」という。)には、以下の事項が記載されている。

ウ-2(1)
「[0024]
本発明では、実際に細胞表面に抗原提示されているナチュラルペプチドを単離/同定することができる下記の方法を用いることによって、本発明のナチュラルペプチドを単離/同定した。なお、本発明において、「ナチュラルペプチド」は、実際に細胞表面に抗原提示されているペプチドのことをいう。また「ナチュラル抗原ペプチド」は、ナチュラルペプチドのうち抗原性が確認できたものをいう。このナチュラル抗原ペプチドをがん細胞から単離し、配列およびその由来を決定することにより、CTLを用いたがんの標的治療に有用な知見を得ることが可能である。
[0025]
本発明で用いたナチュラルペプチドの単離/同定方法には、ナチュラルペプチドを提示しているがん幹細胞を溶解し、その溶解物(ライセート)からMHCとナチュラルペプチドとの複合体を単離する工程、単離した複合体をMHC分子とナチュラルペプチドに分離してナチュラルペプチドを単離する工程、単離したナチュラルペプチドを同定する工程が含まれる。
MHCとナチュラルペプチドとの複合体の単離には、MHCに対する特異抗体を用いた免疫沈降法によるペプチド/MHC複合体の抽出法を採用した。
適切な抗MHC抗体として、抗HLA-A02抗体、抗HLA-A24抗体などの、HLAクラスIに対する抗体を使用した。
[0026]
複合体をMHC分子とナチュラルペプチドとに分離する工程では、弱酸を用いたペプチド単離を行った。
さらに、上記単離ナチュラルペプチドの配列を液体クロマトグラフィーとタンデムマススペクトロメトリーとを組み合わせたペプチド配列解析法を用いて解析し、実際に細胞表面に抗原提示されているナチュラルペプチドを同定した。
[0027]
上記により単離したナチュラルペプチドの抗原性を確認する方法として、細胞傷害性試験、ELISPOTアッセイ、TCR様抗体を用いたアッセイなどを採用した。
本発明者らは、上記方法により、ヒトがん幹細胞において抗原提示されているナチュラル抗原ペプチドを解析した。その結果、がん幹細胞において抗原提示されているナチュラル抗原ペプチドとして、ASB4タンパク質に由来するペプチド(配列番号3)が同定された。かかる知見を基にさらに研究を進めた結果、ASB4遺伝子ががん幹細胞において特異的に高発現しており、がん幹細胞に対する分子標的治療の有用な候補遺伝子であることを見出した。ASB4が腫瘍抗原であること、さらにはASB4由来のペプチドが腫瘍細胞表面にHLAクラスI抗原と結合して複合体を形成し、細胞表面に運ばれて抗原提示されていることは、これまで全く知られていなかった新たな知見である。」

ウ-3
文献2には、腫瘍等の細胞表面に抗原提示されている「ナチュラルペプチド」を、がん幹細胞溶解物から抗HLA-A02抗体などのMHCに対する特異抗体を用いた免疫沈降法により得て、そのナチュラルペプチドの配列を、マススペクトロメトリー等を用いたペプチド配列解析法を用いて解析した後、当該ナチュラルペプチドを細胞傷害性試験、ELISPOTアッセイ等を行って活性を確認することによりはじめて腫瘍抗原ペプチドであると特定し得る旨が記載されている(ウ-2(1))。
また文献1には、腫瘍細胞などの疾患組織から、抗MHC抗体であるH-2KbやH-2Dbを用いて免疫沈降法によりMHC結合ペプチド(エピトープ)を多数得て(図1、請求項4、請求項9乃至11、【0129】)、そのMHC結合ペプチドの配列を質量分析により決定し(請求項4、【0129】)、それらのうち、別途得られていた腫瘍特異的突然変異情報(図1、請求項1、【0128】)と合致するMHC結合ペプチドを、変異腫瘍抗原に対する免疫原性を発揮する候補となる変異エピトープとして位置づけ(図1、【0130】、表1)、それらの候補変異エピトープについてCD8 T細胞応答の誘導を確認したところ、6つのうち3つのみにCD8 T細胞応答が誘導され、残りの3つについては誘導されなかったことが記載されている(【0132】、図4A)。
そうすると文献2には、腫瘍抗原ペプチドとして当業者が認識し得るためには、HLA-A02抗体などを用いた免疫沈降によって得られたペプチド(ナチュラルペプチド)であるだけでは不十分であり、細胞傷害性試験、ELISPOTアッセイ等を行って免疫原性の確認をすることが必要であることが示されており、文献1にも、HLA特異抗体と同義のMHC抗体を用いて免疫沈降によって得られたMHC結合ペプチドであっても、CD8 T細胞応答の誘導を行えない、すなわち免疫原性を発揮しないものがあることが具体的に記載されており、これらの文献は本願出願後に頒布されたものであるところ、本願よりも技術の知見が蓄積された時の下った時点でさえもそのような状況であったことを示すものである。
したがって当該技術に関する知見から、上述のとおり、「HLA-A*02特異抗体を使用して免疫沈降によって得られたペプチドであっても、免疫原性までをも有しないものもあり、免疫原性を有するか否かは、ペプチドごとに具体的な実験を行わなければ結論づけられないものであること」が理解される。


このように、HLA-A*02特異抗体を使用して免疫沈降によって得られたペプチドであっても、免疫原性までをも有しないものがあり、免疫原性の有無は、ペプチドごとの具体的な実験を待たなけばならないのであるから、免疫原性の結果が示されている本願明細書の実施例3(図3)の13種のペプチドと、アミノ酸配列も由来タンパクも異なる本願発明の配列番号9のペプチドが、活性についてのなんらの実験も行わずに免疫原性を示すと断じることなどはできないのである。


加えて、文献1の技術は、ウ-1(3)に記載のとおり、抗腫瘍CD8 T細胞応答を駆動する抗原の同定が極めて困難であることから、自己抗原とは異なり、免疫原性が発揮される可能性のある変異体たんぱく質(非自己抗原)を、抗HLA抗体による免疫沈降から得られたエピトープペプチド群から選択しているものであるところ、本願発明の配列番号9のペプチドは、生体にもともとあるEGFRの部分ペプチド(118位から127位)、すなわち元々免疫原性が期待し難い非変異ペプチドであるから、この点でも、具体的な実験も行わずに免疫原性を有すると解することはできない。


なお審判請求人は、「本願発明ペプチドはHLA-A*02特異抗体BB7.2を使用して免疫沈降によって得られたペプチドであって、これは免疫学的応答のための前提条件となる癌細胞上のMHCに提示されるものであることを意味」する旨も主張している。しかしながら、癌免疫療法の作用機序の重要なパラメータとなるHLA-A*0201への中等度から強度の親和性を確認するものとされている(【0320】)実施例4においても、他の14種類のペプチドについては具体的な結果が示されているのに対し、本願発明の配列番号9のペプチドについてはなんらの結果も示されていない。すなわち、免疫原性を示す以前に必要とされる、そのようなHLA-A*0201への高い親和性を有することの確認さえも行われていないのである。


これらのことをふまえると、本願発明の配列番号9のペプチドがHLA-A*02特異抗体によって得られたものであったと解したとしても、そのことをもって癌の免疫療法に必要な免疫原性を有するものとすることなどはできない。
したがって、審判請求人の主張を採用することはできず、本願発明は、発明の詳細な説明に記載したものであるとは認められないから、本願は特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

2 理由2(実施可能要件違反)についての判断
(1)判断
上記1のとおり、本願の発明の詳細な説明には、「配列番号9(ALAVLSNYDA)に示されるアミノ酸配列からなるペプチド」が癌を治療できることを、当業者が理解できるように記載されたものとは認められない。
したがって、発明の詳細な説明は、「癌を治療するための薬剤」に係る本願発明11を、当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとは認められない。

また、本願発明1はペプチドの発明であるが、物の発明が特許法第36条第4項第1号に規定する実施可能要件を満たすためには、その物を作ることができ、かつ、その物を使用することができる必要がある。上記のとおり、本願の発明の詳細な説明は、「配列番号9(ALAVLSNYDA)に示されるアミノ酸配列からなるペプチド」により癌が治療できることが記載されたものとは認められないから、発明の詳細な説明は、当該ペプチドを「使用すること」ができると当業者が理解できるように記載されたものではない。

よって、発明の詳細な説明は、当業者が、その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとは認められないから、本願は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

(2)審判請求人の主張と判断
特許法第36条第4項第1号に係る審判請求人の主張は、上記1(3)の特許法第36条第6項第1号に係る審判請求人の主張と同じであるから、それに対する合議体の判断も上記1(4)に記載したものと同じ理由で、採用することができない。

第4 むすび
以上のとおり、本願は、本願の請求項1及び11について、特許法第36条第6項第1号及び同条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、他の請求項について検討するまでもなく、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2020-05-27 
結審通知日 2020-06-01 
審決日 2020-06-17 
出願番号 特願2016-136516(P2016-136516)
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (C12N)
P 1 8・ 537- WZ (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 福澤 洋光  
特許庁審判長 長井 啓子
特許庁審判官 千葉 直紀
田村 聖子
発明の名称 神経細胞性脳腫瘍など数種の腫瘍に対する新規免疫療法  
代理人 庄司 隆  

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