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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G02F |
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管理番号 | 1367834 |
審判番号 | 不服2019-12144 |
総通号数 | 252 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2020-12-25 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2019-09-13 |
確定日 | 2020-11-04 |
事件の表示 | 特願2016-524039「光の進入を制御するためのデバイス」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 4月23日国際公開、WO2015/055274、平成28年11月24日国内公表、特表2016-536634〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、2014年9月22日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2013年10月17日 欧州特許庁)を国際出願日とする出願であり、その手続の経緯は、概略、以下のとおりである。 平成28年 6月14日 :国際出願翻訳文提出書の提出 平成29年 9月21日 :出願審査請求書の提出 平成30年 9月 4日付け:拒絶理由通知(同年9月11日発送) 同年12月10日 :誤訳訂正書・意見書の提出 令和元年 5月 8日付け:拒絶査定(同年5月14日送達) 以下、「原査定」という。 同年 9月 13日:審判請求書・手続補正書の提出(以下、この手続補正書による手続補正を「本件補正」という。) 第2 本願発明 本件補正によって補正された特許請求の範囲の請求項1(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりである。 「【請求項1】 室内への光の進入を制御するためのデバイスであって、 少なくとも1種類の二色性化合物を含む液晶媒体を含むスイッチ性層Sを含み、 層Sの厚さdおよび層Sの液晶媒体の光学異方性Δnに以下が適用され d<1μm/Δn 層Sの液晶媒体の分子は、電圧を印加していないデバイスのスイッチ状態または電圧を印加したデバイスのスイッチ状態においてツイストネマチック状態であるデバイス。」 第3 原査定の概要 令和元年5月8日付け拒絶査定の概要は、次のとおりである。 【理由その1】(進歩性要件) 本願の請求項1ないし27に係る発明は、下記の引用文献1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 引用文献1:特開2009-46525号公報 【理由その2】(明確性要件) 本願の請求項15の記載は不明瞭であるから、請求項15及び請求項15の記載を引用する請求項16ないし27の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。 第4 引用文献の記載及び引用発明 1 原査定の拒絶の理由で引用文献1として引用された特開2009-946525号公報(以下「引用文献」という。)には、図面とともに、以下の記載がある。 (1)「【請求項1】 少なくとも一種の下記一般式(1)で表される二色性色素と、少なくとも一種のホスト液晶と、を含有する液晶組成物。 【化1】 〔一般式(1)中、R^(1)及びR^(2)は、各々独立に、アルキル基、アリール基又はヘテロアリール基を表す。R^(3)、R^(4)、R^(5)、R^(6)、R^(7)、R^(8)、R^(9)、R^(10)、R^(11)、R^(12)、R^(13)及びR^(14)は各々独立に、水素原子又は置換基を表す。nは2、3または4を表す。〕 【請求項2】 前記一般式(1)におけるR^(1)及びR^(2)が、各々独立に、オルト位にアルキル基を有するアリール基であることを特徴とする請求項1に記載の液晶組成物。 【請求項3】 前記ホスト液晶が、ネマチック液晶であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の液晶組成物。 【請求項4】 更に、可視域に吸収を有する二色性色素を1種以上含有することを特徴とする請求項1?請求項3のいずれか1項に記載の液晶組成物。 【請求項5】 前記可視域に吸収を有する二色性色素が、アントラキノン色素であることを特徴とする請求項4に記載の液晶組成物。 【請求項6】 請求項1?請求項5のいずれか1項に記載の液晶組成物を1種以上含むことを特徴とする調光材料。」 (2)「【発明の開示】 【発明が解決しようとする課題】 【0008】 本発明の第一の課題は、近赤外域の光を制御できるゲストホスト方式の液晶組成物の提供である。 更に、本発明の第二の課題は、近赤外域の光を制御できるゲストホスト方式による調光材料の提供である。 【課題を解決するための手段】 【0009】 上記状況を鑑み、本発明者は、鋭意研究を行なったところ、特定の骨格を有する近赤外二色性色素を液晶に組合せることで、近赤外域でも優れた調光性能が呈されるという知見を得、この知見に基づいてさらに検討して本発明を完成するに至った。 前記課題を解決するための手段は以下の通りである。」 (3)「【0023】 (二色性色素) ゲスト-ホスト方式の液晶素子に用いられる二色性色素に対しては、(1)適切な吸収特性、(2)高いオーダーパラメーター、(3)ホスト液晶に対する高い溶解性、(4)耐久性などが要求される。このため、上記(1)の吸収特性、つまり吸収波長、を近赤外域に調整するため、単に従来の近赤外色素を液晶に組み合わせても、上記の要求の全てを満足させることは困難である。一般的には、近赤外域に吸収域を調整しても、オーダーパラメーターが低くなって上記(2)の要件を満たさない、或いは液晶に対して溶解性が極めて低く上記(3)の要件を満たさない、更には光や熱に対しての耐久性が低く実用に耐えず上記(4)の要件を満たさない場合が多い。 【0024】 …… 【0025】 しかしながら、前記一般式(1)で表されるタリレン化合物は、前記(1)?(4)の要件を全て満たす。つまり、前記一般式(1)で表されるタリレン化合物は、近赤外光の吸収量の差が良好となり、ホスト液晶の配向状態が支持体の面に対して水平状態の時には近赤外域の光を多く吸収し、配向状態が支持体の面に対して垂直状態の時には、近赤外域の光の透過率が高くなるという、高い調光性能を示す。また、前記一般式(1)で表されるタリレン化合物は、オーダーパラメーターが高く、且つホスト液晶に対しても良好に溶解する。 (4)「【0115】 (ホスト液晶) 本発明の液晶組成物に使用可能なホスト液晶とは、電界の作用により、その配向状態を変化させ、ゲストとして溶解されている前記一般式(1)で表される二色性色素の配向状態を制御する機能を有する化合物と定義される。 【0116】 本発明に使用可能なホスト液晶としては、二色性色素と共存しうるものであれば特に制限はないが、ネマチック相を示す液晶化合物が利用できる。ネマチック液晶化合物の具体例としては、…[HI1]液晶化合物を用いることができる。 例えば、Merck社の液晶(ZLI-4692、MLC-6267、6284、6287、6288、6406、6422、6423、6425、6435、6437、7700、7800、9000、9100、9200、9300、10000など)、チッソ社の液晶(LIXON5036xx、5037xx、5039xx、5040xx、5041xxなど)、旭電化社の液晶(HA-11757)が挙げられる。 【0117】 本発明に使用するホスト液晶の誘電率異方性は、正であっても負であってもよい。 誘電率異方性が正のホスト液晶を水平配向させた場合には、電圧無印加時には液晶は水平に配向しているために二色性色素も水平となり近赤外域の光を吸収する。一方、電圧印加時に液晶分子が垂直に傾いてくるため二色性色素も垂直に傾き、その結果近赤外域の光を透過するようになる。 誘電率異方性が負のホスト液晶を垂直配向させる場合には、電圧無印加時には液晶は垂直に配向しているために二色性色素も垂直となり近赤外域の光を吸収することなく透過する。一方、電圧印加時に液晶分子が水平に傾いてくるため二色性色素も水平に傾き、その結果近赤外域の光を吸収するようになる。 【0118】 …… 【0120】 なお、本発明に用いるホスト液晶の屈折率異方性(Δn)は、透明吸収状態と透明透明状態を切り替える場合には、Δnの絶対値が小さなものが好ましく、散乱吸収状態と透明透過状態を切り替える場合には、Δnの絶対値が小さなものが好ましい。ここでいう屈折率異方性(Δn)とは、液晶分子の長軸方向の屈折率(n?)と液晶分子の短軸方向の屈折率(n⊥)との差として定義される。 【0121】 …… 【0122】 透明吸収状態と透明透過状態を切り替える方式として相転移方式を用いる場合には、Δnの絶対値が小さな液晶としてΔn=0.1以下のものが好ましい。Δnが小さいと螺旋構造におけるウエーブガイドが抑制されて光漏れが小さくなり、近赤外域の光の調光性能が向上するためである。 一方、散乱吸収状態と透明透過状態を切り替える方式として相転移方式を用いる場合には、Δnの絶対値が大きな液晶としてΔn=0.1以上のものが好ましい。さらに好ましくはΔn=0.12以上である。これは、ランダムなフォーカルコニック状態に基づく散乱状態ではホスト液晶のΔnが大きいほど散乱強度が高くなり、近赤外域の光の調光性能が向上するためである。 【0123】 …… 【0124】 (その他の添加剤) 本発明の液晶組成物には、ホスト液晶の物性を所望の範囲に変化させることを目的として(例えば、液晶相の温度範囲を所望の範囲にすることを目的として)、液晶性を示さない化合物を添加してもよい。また、カイラル化合物、紫外線吸収剤、酸化防止剤などの化合物を含有させてもよい。そのような添加剤は、たとえば、「液晶デバイスハンドブック」(日本学術振興会第142委員会編、日刊工業新聞社、1989年)の第199?202頁に記載のTN、STN用カイラル剤が挙げられる。カイラル剤を添加すると、コレステリック液晶相を形成し、ネマチック液晶に溶解した二色性色素がらせん状に配列されることになる。よって、互いに直交する直線偏光に関して、両方の偏光を吸収することができるため、吸収状態における光の吸収量が増加するため好適である。一方、一軸配向されたネマチック液晶層を用いた場合には、光は理論上半分しか吸収されないこととなる。」 (5)「【0133】 -スペーサー- 本発明の調光材料は、例えば、スペーサーなどを介して、一対の基板を1?50μm間隔で対向させ、基板間に形成された空間に前記液晶組成物を配置することにより作製することができる。前記スペーサーについては、例えば、「液晶デバイスハンドブック」(日本学術振興会第142委員会編、日刊工業新聞社、1989年)の第257?262頁に記載のものを用いることができる。本発明の調光材料は、基板上に塗布あるいは印刷することにより基板間の空間に配置することができる。 本発明の調光材料の場合、液晶層の厚さ、すなわちスペーサーにより形成される基板間の間隔は、1?50μmであることが好ましく、より好ましくは2?40μmである。50μmより厚いと透明状態における透過率が低下しやすくなり、1μmより薄いと部分的な欠陥による通電のため表示ムラが生じやすくなり好ましくない。」 (6)「【0148】 本発明の調光材料では、本発明の液晶組成物をポリマーと共存させてもよい。本発明の調光材料が、散乱吸収状態と透明透過状態を切り替える方式の場合、ポリマーと共存させることが好ましい。 【0149】 …… 【0162】 <用途> 本発明の液晶組成物および調光材料は、近赤外の光に対して高い調光性能を与えることができるため、赤外線の光の透過率を変化させるような用途で好適に利用することができる。例えば、屋内の温度を一定に保つ目的のためには、窓ガラスに本発明の調光材料を設置して、夏場は近赤外光を吸収するように、冬場は逆に近赤外光を透過するようにすればよい。」 (7)「【0164】 [実施例1] (1)液晶組成物の調製 一般式(1)で表される二色性色素は、Angew. Chem. Int. Ed., 第45巻, 第1401?1404頁, 2006年に記載の方法に従い合成した。ホスト液晶ZLI-1132(ネマチック液晶、Δε=+13,Δn=0.13)はメルク社から購入した。 下記表1に示す二色性色素のいずれか1種の1.0mgを、市販のシアノ系液晶(商品名:ZLI-1132)200mgと混合し、80℃に加熱撹拌した。室温まで冷却して液晶素子作製に用いる液晶組成物-1?3を調製した。 そのときのホスト液晶に対する二色性色素の溶解度を表1に示す。ここで、溶解度とは、室温1日放置した際にホスト液晶中に溶解している二色性色素の質量%を意味する。 【0165】 (2)液晶素子の作製 上記で得られた液晶組成物-1?3の各々を、市販の液晶セル用基板に注入し、液晶素子-1?3を各々作製した。用いた液晶セル用基板は、E.H.C.社製のもので、ITO透明電極層、およびポリイミド水平配向膜(ラビング処理によりパラレル配向処理付き)が形成されたガラス板(厚さ0.7mm)であり、セルギャップ8μm、エポキシ樹脂シール付きのものであった。」 (8)「【0186】 [実施例4] <調光材料の調製> (調光材料の調製) 透明電極であるITO付きガラス基板上にポリイミド水平配向膜(日産化学製)をスピンコート、焼成により付設した。つぎに、得られた水平配向膜付きガラス基板にラビング処理を施した。 ホスト液晶(ネマチック液晶:ZLI-1132)1.0g中に、下表4に示した可視域に吸収を有する3種の二色性色素、一般式(1)で表される二色性色素(2)とカイラル剤No.14を加熱して溶解させた後、室温下1日放置させた。このときの、可視域に吸収を有する3種の二色性色素の総計と、一般式(1)で表される二色性色素(2)との配合比率は、30モル%:70モル%であった。 【0187】 各々の二色性色素(一般式(1)で表される二色性色素、可視域に吸収を有する二色性色素)の添加量は、各々の二色性色素を含有する液晶組成物を8μmの液晶評価用セルに注入した場合における透過率が20%となるように調整した。 【0188】 また、カイラル剤の添加量は8μmセルに注入した場合におけるらせん角度が360°となるように調整した。具体的には、ネマチック液晶(ZLI-1132)100質量%に対してカイラル剤No.14が0.42質量%となるように添加した。 【0189】 得られた液晶組成物に8μmの球状スペーサー(積水化学製)を少量混合し、上記のITO付きガラス基板を配向膜側が液晶層に接するようにはさんで、光硬化型シール剤(積水化学製)にて封止し、試料Jを作製した。 【0190】 【表4】 【0191】 得られた試料Jの調光材料は、電圧無印加時に着色状態であった。いずれの表示素子ともに信号発生器(テクトロニクス株式会社製)を用いて、電圧(±20V、100Hz)を印加した場合には、液晶層は透明状態となった。」 2 引用文献に記載された発明 (1)上記1(1)の記載からして、引用文献には、 「特定構造の二色性色素と、 可視域に吸収を有する二色性のアントラキノン色素と、 ネマチック液晶と、を含有する液晶組成物を1種以上含む、調光材料。」が記載されているものと認められる。 (2)上記1(2)及び(3)の記載から、以下のことが理解できる。 上記(1)の「特定構造の二色性色素」は、近赤外光を吸収するタリレン化合物の「近赤外二色性色素」であること。 (3)上記1(4)の記載から、以下のことが理解できる。 ア 誘電率異方性が正のホスト液晶を水平配向させた場合には、 電圧無印加時には液晶は水平に配向しているために二色性色素も水平となり近赤外域の光を吸収し、 電圧印加時には液晶分子が垂直に傾いてくるため二色性色素も垂直に傾き、その結果近赤外域の光を透過すること。 イ 「ネマチック液晶」の屈折率異方性(Δn)は、 透明吸収状態と透明状態を切り替える場合には、Δnの絶対値が小さなものが好ましいこと。 ウ 上記(1)の「液晶組成物」は、カイラル剤を含んでいてもよいこと(つまり、コレステリック液晶相を利用すること。)。 (4)上記1(5)の記載からして、 液晶層の厚みは、スペーサーにより形成される基板間の間隔であり、2?40μmが好ましいものと認められる。 (5)上記1(6)の記載から、以下のことが理解できる。 ア 上記(1)の「調光材料」を窓ガラスに設置して、夏場は近赤外光を吸収するように、冬場は逆に近赤外光を透過するようにしてもよいこと。 つまり、室内への光の進入を制御できることが理解できる。 イ 液晶組成物をポリマーと共存させることにより、散乱吸収状態と透明透過状態を切り替えることができること。 (6)上記1(7)及び(8)の記載から、以下のことが理解できる。 ア 上記(1)の「調光材料」を、水平配向膜付きガラス基板によりギャップ8μm(8μmの球状スペーサー)で挟んだ「調光素子」としてもよいこと。 イ 実施例1と実施例4とは、ネマチック液晶がメルク社から購入したホスト液晶ZLI-1132(Δε=+13,Δn=0.13)で共通していること。 つまり、上記(1)の「ネマチック液晶」は、「正の誘電率異方性を有する屈折率異方性(Δn)が0.13のネマチック液晶」であってもよいこと。 ウ 実施例4では、ネマチック液晶にカイラル剤を添加していること。 (7)上記(1)ないし(6)からして、引用文献には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。 「調光材料を水平配向膜付きガラス基板によりギャップ8μmで挟んだ、室内への光の進入を制御できる調光素子であって、 前記調光材料は、 近赤外二色性色素と、 可視域に吸収を有する二色性のアントラキノン色素と、 カイラル剤と、 正の誘電率異方性を有する屈折率異方性(Δn)が0.13のネマチック液晶と、を含有し、 電圧無印加時に光を吸収し、電圧印加時に光を透過する、調光素子。」 第5 当審の判断 原査定の理由のうち、「【理由その1】(進歩性要件)」について検討する。 1 本願発明と引用発明との対比 (1)引用発明の「室内への光の進入を制御できる調光素子」は、本願発明の「室内への光の進入を制御するためのデバイス」に相当する。 以下、同様に、 「『近赤外二色性色素』と『可視域に吸収を有する二色性のアントラキノン色素』」は、「少なくとも1種類の二色性化合物」に、 「ネマチック液晶」は、「液晶媒体」に、 「調光材料」は、「スイッチ性層」に、それぞれ、相当する。 (2)引用文献の【0117】には、「誘電率異方性が正のホスト液晶を水平配向させた場合には、電圧無印加時には液晶は水平に配向しているために二色性色素も水平となり近赤外域の光を吸収する。一方、電圧印加時に液晶分子が垂直に傾いてくるため二色性色素も垂直に傾き、その結果近赤外域の光を透過するようになる。」と記載されている。 また、「【0124】 (その他の添加剤) ・・・カイラル化合物、紫外線吸収剤、酸化防止剤などの化合物を含有させてもよい。そのような添加剤は、たとえば、「液晶デバイスハンドブック」(日本学術振興会第142委員会編、日刊工業新聞社、1989年)の第199?202頁に記載のTN、STN用カイラル剤が挙げられる。カイラル剤を添加すると、コレステリック液晶相を形成し、ネマチック液晶に溶解した二色性色素がらせん状に配列されることになる。よって、互いに直交する直線偏光に関して、両方の偏光を吸収することができるため、吸収状態における光の吸収量が増加するため好適である。一方、一軸配向されたネマチック液晶層を用いた場合には、光は理論上半分しか吸収されないこととなる。[HI2] 【0188】 また、カイラル剤の添加量は8μmセルに注入した場合におけるらせん角度が360°となるように調整した 。具体的には、ネマチック液晶(ZLI-1132)100質量%に対してカイラル剤No.14が0.42質量%となるように添加した。 【0191】 得られた試料Jの調光材料は、電圧無印加時に着色状態であった。いずれの表示素子ともに信号発生器(テクトロニクス株式会社製)を用いて、電圧(±20V、100Hz)を印加した場合には、液晶層は透明状態となった。」と記載されている。 さらに、【0122】には「透明吸収状態と透明透過状態を切り替える方式として相転移方式を用いる場合には、Δnの絶対値が小さな液晶としてΔn=0.1以下のものが好ましい。Δnが小さいと螺旋構造におけるウエーブガイドが抑制されて光漏れが小さくなり、近赤外域の光の調光性能が向上するためである。」と記載されている。 上記記載からして、 引用発明の「調光素子」における「正の誘電率異方性を有する屈折率異方性(Δn)が0.13のネマチック液晶」には、「カイラル剤」が添加されているところ、【0124】及び【0188】によれば、かかる添加により、当該「ネマチック液晶」は、コレステリック液晶相を形成するとともに、当該「ネマチック液晶」に溶解した二色性色素が、らせん状に配列されることになる(その結果、光の吸収量が増加する)ものである。そして、【0191】によれば、調光材料は、電圧無印加時に着色状態であり、電圧印加時に透明状態であったとされているから、 引用発明の「調光素子」は、コレステリック液晶相を形成するものであるが、当該コレステリック液晶相となるタイミングは、電圧無印加時であることが理解される。 他方、本願発明の「ツイストネマチック状態」は、本願明細書の【0005】のとおり、「それぞれの場合でスイッチ性層の平面と平行な1つの平面内で液晶媒体の分子の配向軸が互いに平行であるが、隣接する平面の分子の配向軸に対しては一定の角度でツイストしている状態」を意味するものであるから、引用発明における上記の「コレステリック液晶相」を形成している状態を含むものである。 したがって、引用発明の「正の誘電率異方性を有する屈折率異方性(Δn)が0.13のネマチック液晶」「を含有」する「調光材料」は、「電圧を印加していないデバイスのスイッチ状態」「においてツイストネマチック状態である」といえる。 [Wユ3] (3)引用発明の「ギャップ8μm」及び「屈折率異方性(Δn)が0.13」は、それぞれ、本願発明の「厚さd」及び「光学異方性Δn」に相当する。 引用発明においては、1μm/0.13=7.69μmであり、厚さが8μmであるから、「d<1μm/Δn」の関係を充足しないものの、本願発明と引用発明とは、「層の厚さdおよび層の液晶媒体の光学異方性Δnが所定の関係を有する」点で一致するといえる。 (4)上記(1)ないし(3)の検討からして、本願発明と引用発明とは、以下の点で一致する。 〈一致点〉 「室内への光の進入を制御するためのデバイスであって、 少なくとも1種類の二色性化合物を含む液晶媒体を含むスイッチ性層を含み、 層の厚さdおよび層の液晶媒体の光学異方性Δnが所定の関係を有し、 層の液晶媒体の分子は、電圧を印加していないデバイスのスイッチ状態または電圧を印加したデバイスのスイッチ状態においてツイストネマチック状態であるデバイス。」 (5)一方、両者は、以下の点で相違する。 〈相違点〉 所定の関係に関して、 本願発明は、「d<1μm/Δn」であるのに対して、 引用発明は、そのような関係ではない点。 2 判断 (1)上記〈相違点〉について検討する。 ア 本願発明の「d<1μm/Δn」に関して、本願明細書には、以下の記載がある。 (ア)本願明細書には、以下の記載がある。 「【発明が解決しようとする課題】 【0009】 これに関しては、可能な限り最大のエネルギー制御能力を有する、即ち、スイッチの際にデバイスの光透過性について可能な限り最大の差異を有する室内への光の進入を制御するデバイスを提供することに興味が持たれている。また、その差異は、スイッチ範囲または範囲とも呼ばれる。可能な限り最大のスイッチ範囲によって、室内にエネルギーが入り、よって例えば当該部屋の温度をデバイスが効果的に制御することが可能となる。更に、デバイスが可能な限り簡単なデザインを有し、特に、可能な限り少ない層を有することに興味が持たれている。更には、デバイスはスイッチ動作のために可能な限り低い電圧を必要としなければならず、即ち、エネルギー効率よく動作する必要がある。更には、デバイスは、可能な限り最小量の液晶媒体を含有しなければならない。 【課題を解決するための手段】 【0010】 本願発明の過程において、今回、新規な構造を有し、ツイストネマチック液晶媒体を含有する光の進入を制御するデバイスを提供することで、上述の技術的目的を達成できることが見出された。予想外に、スイッチ性層においてツイストしていないネマチック液晶媒体を含有するデバイスと比較して、このタイプのデバイスは、著しく大きなスイッチ範囲を有する。 【0011】 よって、本願発明は、室内への光の進入を制御するためのデバイスであって、 少なくとも1種類の二色性化合物を含む液晶媒体を含むスイッチ性層Sを含み、 層Sの厚さdおよび層Sの液晶媒体の光学異方性Δnに以下が適用され、 d<2μm/Δn 層Sの液晶媒体の分子は、電圧を印加していないデバイスのスイッチ状態または電圧を印加したデバイスのスイッチ状態においてツイストネマチック状態であるデバイスに関する。」 「【0144】 【表30】 …… 本発明によるデバイスE7-1?E7-6は、異なるホスト混合物および異なる値のd×Δnを有する。暗透過で得られる値に事実上影響するのはd×Δnの値で、スイッチ性層の厚さが直接影響するのではないことが明らかである。」 イ 上記記載からして、 「d<2μm/Δn」、つまり、「dΔn<2μm」とすることで、スイッチ範囲(明暗の差異)を大きくできるものと解される。 ウ 本願発明は、上記「dΔn<2μm」を「dΔn<1μm」に限定したものに相当すると解されるが、本願明細書の記載を見ても、臨界的な技術的意義は認められない。 エ 一方、引用発明においても、dΔn=1.04μmとなるから、同様に、スイッチ範囲(明暗の差異)を大きくできるものと解されるところ、 引用文献の【0133】に「…本発明の調光材料の場合、液晶層の厚さ、すなわちスペーサーにより形成される基板間の間隔は、1?50μmであることが好ましく、より好ましくは2?40μmである。」と記載されていることから、引用発明の「ギャップ8μm」を「ギャップ6μm程度」に変更することは、適宜なし得る設計事項である。 オ 上記エのようにした引用発明の「1μm/Δn」は、 1/0.13=7.69であるから、「6μm<1μm/Δn」を充足する。 カ 以上のことから、引用発明において、上記〈相違点〉に係る本願発明の構成を採用することは、当業者が容易になし得たことである。 (2)効果 本願明細書の【0010】に記載された「著しく大きなスイッチ範囲を有する」との効果について、当該効果は、スイッチ性層が含有するネマチック液晶媒体が、ツイストしていないものではなく、ツイストしているものにより生じると認められるところ、引用発明も、スイッチ性層が含有するネマチック液晶媒体がツイストしているものといえる(上記1(2))から、当該効果を奏するものである。 したがって、本願発明の効果は、格別のものではない。 3 審判請求書における主張について (1)請求人は、以下のように主張するので、この点について検討する。 「以上より仮に当業者が引用文献1に接したとしても、本願発明の臨界的意義を予見してd×Δn<1μmとの条件を採用し本願発明を完成することは困難であると思料します。」(第10頁上段) 当審注:引用文献1は、審決で引用する引用文献である。 請求人は、審判請求書において、d×Δnを「3.25μm」、「0.81μm」及び「0.40μm」を採用した場合のプロット図を見れば、1μmより小さくなると、暗状態における光漏れが急激に低下することが確認できる旨説明している。 しかしながら、上記「2 判断(1)」で指摘したように、本願明細書の記載からして、「1μm」の前後で急激に変化することは認められない。 また、請求人は、層厚「d」を特定の値より小さくすることにより、十分に低い暗透過率を実現できる旨主張し、その根拠として、層厚「d」を小さくすると、スイッチ可能層Sの上下に配置された配向層O1およびO2による配向力がスイッチ可能層Sを貫いて十分に影響を及ぼすこととなるため、スイッチ可能層S中の液晶分子に所望のツイストを高品位に誘発することが可能となると考えられることを主張する。 しかしながら、本願明細書の【0144】には「暗透過で得られる値に事実上影響するのはd×Δnの値で、スイッチ性層の厚さが直接影響するのではないことが明らかである。」と記載されている。 また、この点を措くとしても、配向力がどの程度影響を及ぼすかは、層厚「d」のみならず、配向層や液晶の材料ないし性質などにもよると解されるから、単に、層厚「d」(さらには、光学異方性「Δn」)を特定したことをもって、格別の効果を奏するとはいえない。 (2)したがって、請求人の主張を採用することはできない。 4 まとめ 本願発明は、当業者が引用発明に基づいて容易に発明をすることができたものである。 第6 むすび 以上のとおり、本願発明は、引用文献に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定によって特許を受けることができないものであるから、他の請求項について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
別掲 |
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審理終結日 | 2020-05-29 |
結審通知日 | 2020-06-02 |
審決日 | 2020-06-22 |
出願番号 | 特願2016-524039(P2016-524039) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
Z
(G02F)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 小濱 健太 |
特許庁審判長 |
井上 博之 |
特許庁審判官 |
山村 浩 星野 浩一 |
発明の名称 | 光の進入を制御するためのデバイス |
代理人 | 伊藤 克博 |