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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 D21C 審判 全部申し立て 2項進歩性 D21C |
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管理番号 | 1368096 |
異議申立番号 | 異議2019-700388 |
総通号数 | 252 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2020-12-25 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2019-05-14 |
確定日 | 2020-10-08 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第6423838号発明「溶解クラフトパルプの製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6423838号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?8〕について訂正することを認める。 特許第6423838号の請求項1?8に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許6423838号の請求項1?8に係る特許についての出願は、平成24年6月15日に出願した特願2012-136211号の一部を、平成28年9月23日に新たな特許出願(特願2016-185099号)としたものであって、平成30年10月26日にその特許権の設定登録がされ、平成30年11月14日に特許掲載公報が発行された。本件特許異議の申立ての以降の経緯は次のとおりである。 令和元年5月14日 特許異議申立人実川栄一郎(以下「申立人」という。また、提出された特許異議申立書を、以下「申立書」という。)による本件特許異議の申立て 令和元年9月19日付け 取消理由通知 令和元年11月22日 特許権者による意見書の提出及び訂正請求書の提出 令和2年1月6日 申立人による意見書の提出 令和2年3月25日付け 取消理由通知(決定の予告) 令和2年5月29日 特許権者による意見書の提出及び訂正請求書の提出 令和2年7月13日 申立人による意見書の提出 なお、上記令和元年11月22日に提出した訂正請求書による訂正請求は、令和2年5月29日に提出した訂正請求書による訂正請求がされたので、特許法120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなす。 第2 訂正の適否 1. 訂正の内容 特許権者は、上記令和2年5月29日提出の訂正請求書により、以下の訂正事項からなる訂正を請求した(なお、当該訂正請求書による請求を、「本件訂正請求」といい、訂正自体を「本件訂正」という。)。 本件訂正の内容は、訂正箇所に下線を付して示すと、次のとおりである。 (1) 訂正事項1 訂正前の請求項1に、前加水分解のPファクターについて、「350?800」とあるのを、「500?800」と訂正する。 (請求項1を引用する請求項2?8も、同様に訂正する。) (2) 訂正事項2 訂正前の請求項1に「処理後の木材チップを洗浄し」とあるのを、「処理後の木材チップを水で洗浄し」と訂正する。 (請求項1を引用する請求項2?8も、同様に訂正する。) (3) 訂正事項3 訂正前の請求項3に、「前記b行程において、処理後の木材チップが水を用いて洗浄される、請求項1または2に記載の方法。」とあるのを、「前記a行程において、温度150?180℃で50?250分間、前加水分解処理を行う、請求項1または2に記載の方法。」と訂正する。 (請求項3を引用する請求項4?8も、同様に訂正する。) (4) 訂正事項4 訂正前の請求項4に「木材チップ1kgあたりの水の液比が2.0?4.0L/kgという条件で前加水分解行程が行われる、請求項1?3のいずれかに記載の方法。」とあるのを、「木材チップ1kgあたりの水の液比が2.0?3.2L/kgという条件で前加水分解行程が行われる、請求項1?3のいずれかに記載の方法。」と訂正する。 (請求項4を引用する請求項5?8も、同様に訂正する。) (5) 訂正事項5 訂正前の請求項5に「木材チップ1kgあたりのクラフト蒸解液の液比が1.0?5.0L/kgという条件でクラフト蒸解が行われる、請求項1?4のいずれかに記載の方法。」とあるのを、「木材チップ1kgあたりのクラフト蒸解液の液比が1.0?3.2L/kgという条件でクラフト蒸解が行われる、請求項1?4のいずれかに記載の方法。」と訂正する。 (請求項5を引用する請求項6?8も、同様に訂正する。) (6) 訂正事項6 訂正前の請求項6に「木材チップ1kgあたりのクラフト蒸解液の液比が2.0L/kg以上4.0L/kg未満である、請求項5に記載の方法。」とあるのを、「木材チップ1kgあたりの水の液比が2.0?3.2L/kgという条件で前加水分解が行われ、木材チップ1kgあたりのクラフト蒸解液の液比が2.0?3.2L/kgという条件でクラフト蒸解が行われる、請求項5に記載の方法。」と訂正する。 (請求項6を引用する請求項7及び8も、同様に訂正する。) 2. 一群の請求項 本件訂正前の請求項2から8は、いずれも直接的あるいは間接的に請求項1を引用する請求項であるから、本件訂正後の請求項〔1?8〕は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。 3. 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否 (1) 訂正事項1について 訂正事項1は、本件訂正前の請求項1に記載された前加水分解のPファクターが「350?800」であったものを、「500?800」と数値限定する範囲を狭める訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 本件特許明細書の【0036】には、「・・・前加水分解温度170℃にて約50分間(Pファクター:約500)、前加水分解を行った。」という記載があり、同【0044】の【表1】に記載された実施例1及び2の「Pf」(同【0021】に、「Pファクター(Pf)」という記載がある。)が、「500」という記載があるから、訂正事項1は、新規事項を追加するものではなく、また、特許請求の範囲の拡張・変更するものではないことは明らかである。 (2) 訂正事項2について 訂正事項2は、本件訂正前の請求項1の「(b)前加水分解液を除去してから処理後の木材チップを洗浄し、」の「洗浄」を、「水で洗浄し」と、洗浄手段を限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 本件特許明細書の【0023】には、「・・・前加水分解処理後の木材チップは、前加水分解液を除去し、チップを十分に水で洗浄し回収する。」という記載があるから、訂正事項2は、新規事項を追加するものではなく、また、特許請求の範囲の拡張・変更するものではないことは明らかである。 (3) 訂正事項3について 本件訂正前の請求項3は、処理後の木材チップが水を用いて洗浄されることを規定し、請求項1を引用することによって前加水分解処理において150?180℃である時間が「40?400分間」と規定されていたものを、本件訂正後の請求項3では、本件訂正後の請求項1を引用しつつ「前記a工程において、温度150?180℃で50?250分間、前加水分解処理を行う」と記載することにより、150?180℃で前加水分解処理を行う時間をさらに限定するとともに、訂正事項2に係る訂正によって重複する特定事項となる「前期b工程において、処理後の木材チップが水を用いて洗浄される」を請求項3から削除するものである。したがって、訂正事項3は、実質的に特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 上記したように、本件訂正前の請求項3が引用する請求項1は、「前加水分解処理」を「温度150?180℃で40?400分間」することが特定され、本件特許明細書の【0036】には、「前加水分解温度170℃にて約50分間」との記載があり、【0019】には、「処理時間は特に制限されないが、・・・35?250分がより好ましく」という記載があるから、訂正事項3は、新規事項を追加するものではなく、また、特許請求の範囲の拡張・変更するものではないことは明らかである。 (4) 訂正事項4について 訂正事項4は、訂正前の前加水分解工程における水の液比が「2.0?4.0L/kg」と規定されていたものを、「2.0?3.2L/kg」と数値範囲を狭める訂正であるから、訂正事項4は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定される特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 本件特許明細書【0036】には、「回転型オートクレーブを用い、この木材チップに液比3.2(L/kg)となるように水を加え、前加水分解温度170°にて約50分間(Pファクター:約500)、前加水分解を行った。」という記載があるから、訂正事項4は、新規事項を追加するものではなく、特許請求の範囲の拡張・変更するものではないことは明らかである。 (5) 訂正事項5について 訂正事項5は、訂正前のクラフト蒸解における液比が「1.0?5.0L/kg」と規定されていたものを、「1.0?3.2L/kg」と数値範囲を狭める訂正であるから、訂正事項5は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定される特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 本件特許明細書【0037】には、「前加水分解終了後、チップと前加水分解液とを300メッシュ濾布で分離し、チップの15倍量の60℃温水で30秒間手もみ洗浄を行った。 続いて、再び回転型オートクレーブを用い、150℃、85分間、クラフト蒸解薬液の浸透を行った後、蒸解温度158℃で230分間、H-ファクター(HF)=1300で蒸解を行った。薬液は、活性アルカリ添加率(AA)18?24%で変化させ、活性アルカリ105g/L(Na_(2)O換算値)、NaOH75.6g/L(Na_(2)O換算値)、Na_(2)S29.4g/L(Na_(2)O換算値)、硫化度28%の組成で、木材チップと蒸解薬液との液比は3.2(L/kg)とした。」という記載があるから、訂正事項5は、新規事項を追加するものではなく、特許請求の範囲の拡張・変更するものではないことは明らかである。 (6) 訂正事項6について 訂正事項6は、訂正前の請求項6が、クラフト蒸解における液比が「2.0L/kg以上4.0L/kg未満」と規定され、請求項5を介して請求項1を引用することで、前加水分解における液比が「1.0?5.0L/kg」と規定されていたものを、訂正後の請求項6は、「木材チップ1kgあたりの水の液比が2.0?3.2L/kgという条件で前加水分解行程が行われ、木材チップ1kgあたりのクラフト蒸解液の液比が2.0?3.2L/kgという条件でクラフト蒸解が行われる」と訂正することにより、クラフト蒸解における液比と前加水分解における液比をさらに限定している。よって、訂正事項6は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 本件特許明細書【0036】及び【0037】には、それぞれ、上記(4)及び(5)に示したとおりの記載があるから、訂正事項6は、新規事項を追加するものではなく、特許請求の範囲の拡張・変更するものではないことは明らかである。 (7) 本件訂正についての小括 以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものに該当し、かつ、同条第4項、並びに、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。 よって、特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、本件訂正後の請求項〔1-8〕について訂正することを認める。 第3 本件訂正後の本件発明 上記第2に示したとおり、本件訂正請求は認められたから、本件特許の特許請求の範囲の請求項1?8に係る発明(以下、「本件発明1」等という。)は、本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。 「【請求項1】 (a)カラマツ属(Larix)および/またはマツ属(Pinus)の針葉樹チップを含む木材チップに水を添加し、下式: Pファクター=∫exp(40.48-15106/T)dt [Tは、木材チップに水を添加した時点から前加水分解の終了時点までの絶対温度] で表される前加水分解のPファクターが500?800となるように温度150?180℃で40?400分間、耐圧性容器において木材チップ1kgあたりの水の液比を1.5?5.0L/kgとして水で前加水分解処理し、木材チップに含まれるヘミセルロース分の分解または溶出を行う工程と、 (b)前加水分解液を除去してから処理後の木材チップを水で洗浄し、木材チップを回収する工程と、 (c)回収した木材チップを、150?220℃にて120?240分間、耐圧性容器においてクラフト蒸解する工程と、 を含む、セルロース含有量が90%以上、カッパー価が10?20である溶解クラフトパルプを針葉樹材から製造する方法。 【請求項2】 前記針葉樹チップが、カラマツ属(Larix)の針葉樹チップである、請求項1に記載の方法。 【請求項3】 前記a工程において、温度150?180℃で50?250分間、前加水分解処理を行う、請求項1または2に記載の方法。 【請求項4】 木材チップ1kgあたりの水の液比が2.0?3.2L/kgという条件で前加水分解工程が行われる、請求項1?3のいずれかに記載の方法。 【請求項5】 木材チップ1kgあたりのクラフト蒸解液の液比が1.0?3.2L/kgという条件でクラフト蒸解が行われる、請求項1?4のいずれかに記載の方法。 【請求項6】 木材チップ1kgあたりの水の液比が2.0?3.2L/kgという条件で前加水分解行程が行われ、木材チップ1kgあたりのクラフト蒸解液の液比が2.0?3.2L/kgという条件でクラフト蒸解が行われる、請求項5に記載の方法。 【請求項7】 クラフト蒸解した溶解クラフトパルプを漂白する工程をさらに含む、請求項1?6のいずれかに記載の方法。 【請求項8】 固液分離装置を用いて前加水分解液を除去する、請求項1?7のいずれかに記載の方法。」 第4 取消理由通知に記載した取消理由について 本件発明1?8に対して、当審が令和2年3月25日付けで特許権者に通知した取消理由(決定の予告)の概要は、次のとおりである。 【理由2】(進歩性) 本件特許の下記の請求項に係る発明は、本件特許に係る出願の出願前に日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 なお、申立人が申立書に添付した甲第1号証等を、以下「甲1」等という。 記 (引用文献等については引用文献等一覧参照) <引 用 文 献 等 一 覧> 1.米国特許第3532597号明細書(甲1) 2.Jesse Kauttoほか "DIGESTIVILITY AND PAPER-MAKING PROPERTIES OF PREHY DROLYZED SOFTWOOD CHIPS" BioResources 5(4), 2502?2519ページ,2010年(甲2) 3.SUNG-HOON YOONほか "Hot-water pre-extraction from loblolly pine (Pinus taeda) in an integrated forest products biorefinery" TAPPI JOURNAL Vol. 7, No. 6,27?32ページ,2008年(甲3) 4.特開2009-52187号公報(甲4) 5.森芳立ほか 「連続蒸解釜の蒸解度制御と材種変更制御システム」、紙パ技協誌、第54巻、第2号、244?259ページ、2000年(甲5) 6.社団法人日本生物工学会編、生物工学実験書、培風館、85?86ページ、2003年4月1日改訂第2刷発行(甲6) 7.T.P.ルグヴィシチッチほか「溶解パルプの品質に及ぼす樹種の影響」Bumazhnaia promyshlennost, No. 8, 11?12ページ、1981年(甲7) (なお、上記著者名や論文名は、申立人が付した甲7の翻訳文によった。) 8.中国特許出願公開第102493257号明細書(甲8) 9.紙パルプ技術協会編、亜硫酸パルプ・溶解パルプ、338?341、364?375ページ、昭和41年11月15日発行(甲9) 10. Herbert Sixta編,"Handbook of Pulp",WilEY-VCH Verlag GmbH & Co. KGaA, 358?361ページ(甲10) 1.【理由2】(進歩性) (1)本件発明1について 本件発明1は、引用文献1に記載された引用発明、引用文献4及び10に記載された事項、並びに、従来周知の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (2)本件発明2について 引用文献7には、パルプを得るためにカラマツを用いることが記載されている。 (3)本件発明3について 引用発明は、前加水分解処理において一定の割合で昇温するならば、150?170℃で、48.8分間処理するものであるといえる。そうすると、本件発明3で特定される「温度150?180℃」で「50?250分間」の処理条件とは、微差において相違するに過ぎず、かつ、そのような微差に基づいて本件発明3が、作用効果において格別なものを奏するとは認められない。 (4)本件発明4について 引用発明の、木材チップ1kgあたりの水の液比は、「4L/kg」であり、本件発明4に特定された範囲内のものである。 (5)本件発明5について 引用文献1に記載された、木材:液比率が1:4である旨の記載から、木材チップ1kgあたりの水の液比は4L/kgであるといえるから、引用発明の木材チップ1kgあたりのクラフト蒸解液の液比を、1.0?5.0L/kgとすることは容易である。 (6)本件発明6について 本件発明6に特定された「木材チップ1kgあたりのクラフト蒸解液の液比」の上限値である「4.0L/kg未満」と、上記(5)で示した引用文献1に記載された「4L/kg」との差は微小であり、かつ、本件特許明細書をみても、当該微小な差に基いて、作用効果の点で格別な差異が生じるとは認められないから、本件発明6は、引用発明及び従来周知の事項から、当業者が容易に発明をすることができたものである。 (7)本件発明7 引用文献1の次亜塩素酸処理や「bleached pulp」という記載から、引用文献1に記載された溶解パルプは、漂白されるものであると解される。 また、溶解パルプを漂白することは、引用文献7、8及び引用文献9の記載から、従来周知の事項であるともいえる。 (8)本件発明8 引用文献1には、固液分離する旨、記載されている。 また、引用文献2及び4の記載から、固液分離装置を用いて前加水分解液を除去することは従来周知の事項である。 第5 当審の判断 上記第4にて示した【理由2】(進歩性)について検討する。 1. 本件発明1について (1) 引用文献の記載 ア. 引用文献1 引用文献1には、1欄の発明の名称、1欄68行?2欄3行、3欄66?69行、4欄43?44行、4欄52?54行、4欄72?5欄1行、5欄9?10行、5欄21?23行、7欄26?35行、8欄14?17行、8欄の表II、8欄25?34行、8欄43?50行、8欄の表III、8欄54?64行、9欄の表V、9欄56?75行の記載があり、これらの記載を総合すると、引用文献1には、次の引用発明が記載されている。 「(a)松材の針葉樹チップを含む木材チップに水を添加し、 20℃から170℃へ上昇させる時間が126分であり、最高温度とする時間が32分となるように、耐圧性容器において木材チップ1kgあたりの水の液比を4L/kgとして水で前加水分解処理し、木材チップに含まれるヘミセルロース分の分解又は溶出を行う工程と、 (b)前加水分解液を除去してから処理後の木材チップを洗浄し、木材チップを回収する工程と、 (c)回収した木材チップを165℃にて40?180分間、クラフト蒸解する工程と、を含む、セルロースを含有する、カッパー価が11あるいは15である溶解クラフトパルプを松材から製造する方法。」 (2)本件発明1と引用発明との対比 本件発明1と引用発明とを対比すると、以下の点で一致し、かつ、相違する。 <一致点> 「(a)カラマツ属(Larix)および/またはマツ属(Pinus)の針葉樹チップを含む木材チップに水を添加し、前加水分解処理を温度170℃で、加熱することで、耐圧性容器において木材チップ1kgあたりの水の液比を1.5?5.0L/kgとして水で前加水分解処理し、木材チップに含まれるヘミセルロース分の分解または溶出を行う工程と、 (b)前加水分解液を除去してから処理後の木材チップを洗浄し、木材チップを回収する工程と、 (c)回収した木材チップを、165℃にて、クラフト蒸解する工程と、 を含む、セルロースを含有する、カッパー価が11あるいは15である溶解クラフトパルプを針葉樹材から製造する方法。」 <相違点1> 本件発明1の前加水分解処理は、「Pファクター」が「500?800」となるように「温度150?180℃で40?400分間」処理するものであるのに対し、引用発明の前加水分解処理は、「20℃から170℃へ上昇させる時間が126分であり、最高温度とする時間が32分となるように」処理するものではあるが、その「Pファクター」が明らかではない点。 <相違点2> クラフト蒸解を、本件発明1は、150?220℃の温度で120?240分間、耐圧性容器において行うのに対し、引用発明は、165℃の温度で40?180分間行うが、どのような容器にて行うのかが明らかではない点。 <相違点3> 「溶解クラフトパルプ」の「セルロース含有量」について、本件発明1のものは「90%」以上であるのに対し、引用発明のものは不明である点。 <相違点4> 前加水分解処理後の木材チップの「洗浄」について、本件発明1のものは「水で洗浄」するのに対し、引用発明の「洗浄」が「水で洗浄」するものであるか、明らかではない点。 (4) 相違点についての検討 ア. 相違点1について (ア)前加水分解処理の温度と時間について まず、前加水分解処理の温度と時間について検討する。 引用発明は、「20℃から170℃へ上昇させる時間が126分であり、最高温度とする時間が32分となるように」するものであるから、当該温度上昇が一定の割合で昇温するならば、150℃から170℃まで約16分間で昇温する。 (170℃-20℃)÷126分=1.19℃/分 150℃から170まで昇温するのに掛かる時間 (170℃-150℃)÷1.19℃/分=16.8分 また、「最高温度とする時間が32分となるように」するから、最高温度である170℃で32分間であるから、150℃以上の温度であるのは、 32分+16.8分=48.8分 となる。そうすると、引用発明においても「温度150?180℃で40?400分間」で処理するものであるから、相違点1のうち、前加水分解処理の温度と時間についての相違点は、実質的な相違点ではない。 (イ)P-ファクターについて 引用発明は、木材から融解クラフトパルプを製造する方法であるから、木材に含有されるリグニンを減らしたい、との動機付けは引用発明においても内在する。そして、カッパー価は、リグニンの含有量が小さければ低い値となるから、当該製造方法をにおいて、カッパー価が低くなるようにしようとすることは、当然のことである。 ここで、申立人が令和2年1月6日提出の意見書に添付した上記引用文献10について検討する。 上記引用文献10のグラフ(Fig.4.121)から、Hファクターが830及び1250のいずれの場合であっても、Pファクターが概ね700?800程度であれば、カッパー値は30以下となっており、Pファクターが500未満ではカッパー値がほぼ横ばいか、増加してしまうことが看取できる。 しかしながら、申立人が提出した甲10は、"Handbook of pulp"は、抜粋であったところ、上記令和2年5月29日に特許権者が提出した意見書に、添付した参考資料である"Handbook of pulp"の345?365頁の抜粋をみると、次の記載がある。 「Fig.4.121 Influence of P-faxtor on the unbleached kappa number of Vibatch(当審注:登録商標を示すRを丸で囲んだ記号が入る。以降「〇R」と代用表記する。) pulps made from spruce at diffeent levels of H-faxtor・・・」(358?681ページ、図4.121の注釈) (2つの異なる値のH-ファクターにてトウヒがから作成したVisbatch〇R)パルプの未漂白カッパー価に対するP-ファクターの影響・・・) 「This conventional concept has several serious disadvantages. First, water prehydrolysis may adversely affect the process behavior due to the formation of highly reactive intermediates undergoing condensation products, As a result, pitch-like compounds are formed, which separate from the aqueous phase with drainage of the prehydrolyzatem and deposit on any surface available. Moreover, the deposition of these compounds on the chip surface may affect the diffusion-controlled mass transfer. 」 (346ページ1?7行) (この従来のアイデアには、いくつかの深刻な欠点がある。まず、水による前加水分解は、縮合生成物を生じる極めて反応性の高い中間体の形成により、プロセスの挙動に悪影響を生じることがある。その結果、ピッチのような化合物(前加水分解物の排出により水相から分離する)が形成されてしまい、それがあらゆる表面に付着してしまう。さらに、このような化合物がチップ表面に付着すると、拡散が支配する物質収支に悪影響を与えることがある。) また、"Handbook of pulp"には、次の記載もある。 「The process which has been developed to overcome the described problems is known as the Visbatch〇R process, and it combines the advantages of displacement technology and steam prehydrolysis・・・」(346ページ19?22行) (上記の問題を克服すべく開発されてきたプロセスがVisbatchプロセスであり、これは、置換技術と蒸気前加水分解の利点を併せ持つものである。) そうすると、引用文献10のFig.4.121に示されたグラフは、本件発明1の、「木材チップに水を添加した時点から」行う前加水分解ではなく、蒸気による前加水分解処理であるから、引用文献10のグラフ(Fig.4.121)から、Hファクターが830及び1250のいずれの場合であっても、Pファクターが概ね700?800程度であれば、カッパー値は30以下となっており、Pファクターが500未満ではカッパー値がほぼ横ばいか、増加してしまうことが看取できたとしても、当該グラフが示すのは、蒸気による前加水分解処理であるVisbatch〇Rによるものであって、水によるものではない。それどころか、引用文献10の記載から、水による前加水分解をおこなう従来のアイデアには深刻な欠点があると認められる。 そうすると、「カラマツ属(Larix)および/またはマツ属(Pinus)の針葉樹チップを含む木材チップに水を添加し、前加水分解処理」する際して、前加水分解処理を、「Pファクター」が「500?800」となるように「温度150?180℃で40?400分間」処理するものとすることは、引用文献10には記載されていないし、示唆する記載もない。また、他の引用文献や参考文献にも記載されていないし、示唆する記載もない。 よって、引用発明を、相違点1に係る本件発明1の構成を備えたものとすることは、当業者が容易になし得た事項であるとはいえない。 そして、本件発明1は、「針葉樹材を原料として、クラフト蒸解法により溶解パルプを効率よく製造することができる」との格別な作用効果を奏する。 (ウ) 申立人の主張について 申立人は、相違点1について、令和2年7月13日提出の意見書において次のとおり主張している。 「水による前加水分解では、ピッチ様の化合物が形成されて、あらゆる表面に付着するという問題があったり、物質収支に悪影響を与えることがあったり、加熱のために大量の蒸気が必要となるという相違点はある。しかしながら、引用文献10には、前加水分解時のPファクターに対するヘミセルロース分解挙動、および前加水分解後のクラフト蒸解時のリグニン分解挙動へ影響を及ぼす事は一切記載されていない。 したがって、当業者においては、引用文献10の記載に基づいて本件発明の前加水分解時のPファクターを選定することは常套手段であり、容易である。」 そこで検討する。 上記引用文献10の摘記から、水による前加水分解では、ピッチのような化合物が形成されて、あらゆる表面に付着するという問題がある。そのような状況では、前加水分解処理する針葉樹のチップには、当該表面に付着物っが生じ、対象物に対する熱の伝わり方に影響し、ひいては、Pファクターの値を左右するであろうことは、当業者にとって自明である。そうすると、申立人が主張するように「引用文献10には、前加水分解時のPファクターに対するヘミセルロース分解挙動、および前加水分解後のクラフト蒸解時のリグニン分解挙動へ影響を及ぼす事は一切記載されていない」からといって、引用文献10に記載されたVisbatch〇R、すなわち蒸気により処理した際のPファクターが、水での処理である本件発明1においても妥当するとはいえないから、申立人の主張は採用できない。 イ. 小括 したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、引用発明、引用文献4及び10に記載した事項、並びに、従来周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができた発明であるとはいえない。 2. 本件発明2?8について 本件発明2?8は直接的あるいは間接的に本件発明1を引用する発明である。 そうすると、本件発明2?8各々で特定されている構成を省いた発明である本件発明1が、上記1.に示したように、引用発明、引用文献4及び10に記載した事項、並びに、従来周知の事項から当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件発明2?8も、引用発明、引用文献に記載された事項及び従来周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができた発明であるとはいえない。 第5 むすび 以上のとおりであるから、本件発明1?8は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであるとはいえないから、それらに係る特許は、特許法113条第2号に該当することを理由として取り消すことはできない。 また、当審が通知した理由により、取り消すことはできない。 他に取り消すべき理由は発見しない。 したがって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 (a)カラマツ属(Larix)および/またはマツ属(Pinus)の針葉樹チップを含む木材チップに水を添加し、下式: Pファクター=∫exp(40.48-15106/T)dt [Tは、木材チップに水を添加した時点から前加水分解の終了時点までの絶対温度] で表される前加水分解のPファクターが500?800となるように温度150?180℃で40?400分間、耐圧性容器において木材チップ1kgあたりの水の液比を1.5?5.0L/kgとして水で前加水分解処理し、木材チップに含まれるヘミセルロース分の分解または溶出を行う工程と、 (b)前加水分解液を除去してから処理後の木材チップを水で洗浄し、木材チップを回収する工程と、 (c)回収した木材チップを、150?220℃にて120?240分間、耐圧性容器においてクラフト蒸解する工程と、 を含む、セルロース含有量が90%以上、カッパー価が10?20である溶解クラフトパルプを針葉樹材から製造する方法。 【請求項2】 前記針葉樹チップが、カラマツ属(Larix)の針葉樹チップである、請求項1に記載の方法。 【請求項3】 前記a工程において、温度150?180℃で50?250分間、前加水分解処理を行う、請求項1または2に記載の方法。 【請求項4】 木材チップ1kgあたりの水の液比が2.0?3.2L/kgという条件で前加水分解工程が行われる、請求項1?3のいずれかに記載の方法。 【請求項5】 木材チップ1kgあたりのクラフト蒸解液の液比が1.0?3.2L/kgという条件でクラフト蒸解が行われる、請求項1?4のいずれかに記載の方法。 【請求項6】 木材チップ1kgあたりの水の液比が2.0?3.2L/kgという条件で前加水分解工程が行われ、木材チップ1kgあたりのクラフト蒸解液の液比が2.0?3.2L/kgという条件でクラフト蒸解が行われる、請求項5に記載の方法。 【請求項7】 クラフト蒸解した溶解クラフトパルプを漂白する工程をさらに含む、請求項1?6のいずれかに記載の方法。 【請求項8】 固液分離装置を用いて前加水分解液を除去する、請求項1?7のいずれかに記載の方法。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2020-09-30 |
出願番号 | 特願2016-185099(P2016-185099) |
審決分類 |
P
1
651・
537-
YAA
(D21C)
P 1 651・ 121- YAA (D21C) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 弘實 由美子、堀内 建吾、岩田 行剛 |
特許庁審判長 |
石井 孝明 |
特許庁審判官 |
久保 克彦 杉山 悟史 |
登録日 | 2018-10-26 |
登録番号 | 特許第6423838号(P6423838) |
権利者 | 日本製紙株式会社 |
発明の名称 | 溶解クラフトパルプの製造方法 |
代理人 | 新井 規之 |
代理人 | 中村 充利 |
代理人 | 小笠原 有紀 |
代理人 | 新井 規之 |
代理人 | 中村 充利 |
代理人 | 小野 新次郎 |
代理人 | 小笠原 有紀 |
代理人 | 小野 新次郎 |