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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 H01M 審判 全部申し立て 2項進歩性 H01M |
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管理番号 | 1368127 |
異議申立番号 | 異議2020-700501 |
総通号数 | 252 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2020-12-25 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2020-07-20 |
確定日 | 2020-11-14 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6633772号発明「親水性および耐食性が向上した高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6633772号の請求項1?10に係る特許を維持する。 |
理由 |
1 手続の経緯 特許第6633772号の請求項1?10に係る特許についての出願は、2016年(平成28年)12月16日(パリ条約による優先権主張外国庁受理平成27年12月17日 韓国)に国際出願され、令和1年12月20日にその特許権の設定登録がされ、令和2年1月22日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、令和2年7月20日に特許異議申立人である前田洋志(以下「申立人」という。)は特許異議の申立てを行った。 2 本件特許発明 特許第6633772号の請求項1?10の特許に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」?「本件特許発明10」といい、これらをまとめて「本件特許発明」ということがある。)のうち、本件特許発明1?7、9?10は、それぞれ特許請求の範囲の請求項1?7、9?10に記載された事項により特定される次のとおりのものと認める。 「【請求項1】 重量%で、C:0超過?0.02%、N:0超過?0.02%、Si:0超過?0.25%、Mn:0超過?0.2%、P:0超過?0.04%、S:0超過?0.02%、Cr:20?34%、V:0超過?0.6%、Ti:0超過?0.5%、Nb:0超過?0.5%であり、残部がFeおよびその他不可避な不純物からなる高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼において、 前記ステンレス鋼の不動態被膜内に含有されたCr水酸化物/Cr酸化物の比が0.5?1.7であり、前記不動態被膜は、水との接触角(contact angle,θ)が70°以下であり、 前記不動態被膜の腐食電位は、0.3V(SCE)以上であることを特徴とする親水性および耐食性が向上した高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼。 【請求項2】 前記ステンレス鋼の表面粗さ(Ra)は、0.02?0.5μmであることを特徴とする請求項1に記載の親水性および耐食性が向上した高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼。 【請求項3】 前記表面粗さ(Ra)は、圧延長さ方向の表面粗さおよび圧延直角方向の表面粗さの平均値であることを特徴とする請求項2に記載の親水性および耐食性が向上した高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼。 【請求項4】 前記ステンレス鋼は、Mo:0.05?2.5%をさらに含むことを特徴とする請求項1に記載の親水性および耐食性が向上した高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼。 【請求項5】 前記不動態被膜の厚さは、3.5nm以下(0を除く)であることを特徴とする請求項1に記載の親水性および耐食性が向上した燃料電池の分離板用ステンレス鋼。 【請求項6】 重量%で、C:0超過?0.02%、N:0超過?0.02%、Si:0超過?0.25%、Mn:0超過?0.2%、P:0超過?0.04%、S:0超過?0.02%、Cr:20?34%、V:0超過?0.6%、Ti:0超過?0.5%、Nb:0超過?0.5%であり、残部がFeおよびその他不可避な不純物からなるステンレス鋼を冷間圧延して、ステンレス鋼薄板を製造する製造段階と、 前記ステンレス鋼薄板を光輝焼鈍して、前記ステンレス鋼薄板の表面に第1不動態被膜を形成する熱処理段階と、 前記第1不動態被膜を改質して、前記ステンレス鋼薄板の表面に第2不動態被膜を形成する被膜改質段階と、を含む高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼の製造方法において、 前記第2不動態被膜内に含有されたCr水酸化物/Cr酸化物の比が0.5?1.7であり、前記第2不動態被膜は、水との接触角(contact angle,θ)が70°以下であり、 前記被膜改質段階は、 硫酸溶液で第1電流密度で電解処理する第1被膜改質段階と、 前記硫酸溶液で前記第1電流密度以下の第2電流密度で電解処理する第2被膜改質段階と、 硝酸およびフッ酸を含む混酸溶液に浸漬する第3被膜改質段階と、を含むことを特徴とする親水性および耐食性が向上した高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼の製造方法。 【請求項7】 前記第1被膜改質段階および前記第2被膜改質段階は、連続的に行われることを特徴とする請求項6に記載の親水性および耐食性が向上した高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼の製造方法。」 「【請求項9】 前記第1被膜改質段階および前記第2被膜改質段階で、前記硫酸溶液の濃度は50?300g/Lであり、前記硫酸溶液の温度は40?80℃であることを特徴とする請求項6に記載の親水性および耐食性が向上した高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼の製造方法。 【請求項10】 前記第3被膜改質段階で、前記混酸溶液内の前記硝酸の濃度は100?200g/Lであり、前記フッ酸の濃度は70g/L以下であり、前記混酸溶液の温度は40?60℃であることを特徴とする請求項6に記載の親水性および耐食性が向上した高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼の製造方法。」 また、本件特許発明8の内容は、 「【請求項8】 前記第1被膜改質段階で、前記第1電流密度に対応する前記ステンレス鋼薄板の電位が下記の式(1)および(2)を満たすことを特徴とする請求項6に記載の親水性および耐食性が向上した高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼の製造方法。 E正極≧1.0 ------ (1) |E正極|+|E負極|≧2.0 ------ (2)」 と認定する。 なお、特許第6633772号の請求項8には「E正極|+|E負極|≧2.0 ------ (2)」と記載されているが、当該式(2)に関し、本件特許明細書の段落【0031】には、「E正極およびE負極絶対値の和が2.0V(SCE)以上」と説明されていること、及び本件特許明細書の段落【0030】には「|E正極|+|E負極|≧2.0 ------ (2)」と記載されていることからみて、当該請求項8記載の「E正極|+|E負極|≧2.0 ------ (2)」は「|E正極|+|E負極|≧2.0 ------ (2)」の誤記と判断し、本件特許発明8を上記のように認定した。 3 特許異議の申立ての理由の概要 (1)理由1(進歩性) ア.申立人は、主たる証拠として甲第1号証:特開2013-093299号公報及び従たる証拠として甲第2号証:特開2004-149920号公報、甲第3号証:特開2005-302713号公報、甲第4号証:特開2012-097352号公報を提出し、本件特許発明1?10は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、請求項1?10に係る特許は同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである旨を主張する。 イ.申立人は、その具体的理由の説明を行うにあたり、まず方法の発明である本件特許発明6と甲第1号証の特に実施例1記載から把握される発明(この申立人が提示した発明を「甲1発明」という。)とを先に対比・検討した上で、本件特許発明6は、甲1発明および甲第2号証から甲第4号証に記載された事項に基いてその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に想到できたとし、さらには、本件特許発明6を引用する本件特許発明7?10に追加された発明特定事項の実現も、当業者の通常の創作能力の発揮、または当業者が適宜なし得る数値範囲の最適化もしくは好適化に過ぎないと結論づけている。 そして、物の発明である本件特許発明1と甲1発明との対比・検討では、本件特許発明1と本件特許発明6とで、組成および「前記ステンレス鋼の不動態被膜内に含有されたCr水酸化物/Cr酸化物の比が0.5?1.7であり、前記不動態被膜は、水との接触角(contact angle,θ)が70°以下」なる特定事項は同じであり、また、残る本件特許発明1の「前記不動態被膜の腐食電位は、0.3V(SCE)以上である」なる特定事項も、実質的に耐食性を改善するとの課題そのものであり、かつ、本件特許明細書の【表3】を見ると、実施例1?9は、「前記ステンレス鋼の不動態被膜内に含有されたCr水酸化物/Cr酸化物の比が0.5?1.7であり、前記不動態被膜は、水との接触角(contact angle,θ)が70°以下」なる特定を満たす場合に併せて満たされるとの理由により進歩性が欠如している旨の主張を行い、さらには、本件特許発明6を引用する本件特許発明7?10に追加された発明特定事項の実現も、当業者の通常の創作能力の発揮または本件特許発明1において自ずと満たされるかのような主張を行っている。 <甲1発明> (1h)重量%で、C:0.009%、N:0.01%、Si:0.15%、Mn:0.21%、P:0/022%、S:0.004%、Cr:21.2%、Ni:0.1%であり、残部がFeおよびその他不可避な不純物からなるステンレス鋼を冷間圧延して、ステンレス鋼薄板を製造する製造段階と、 (1i)前記ステンレス鋼薄板を焼鈍して、前記ステンレス鋼薄板の表面に第1不導態被膜を形成する熱処理段階と、 (1j)前記第1不動態被膜を改質して、前記ステンレス鋼薄板の表面に第2不動態被膜を形成する被膜改質段階と、を含む高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼の製造方法において、 (1l)前記被膜改質段階は、 (1m)硫酸溶液で第1電流密度で電解処理する第1被膜改質段階と、 (1n)前記硫酸溶液で前記第1電流密度以下の第2電流密度で電解処理する第2被膜改質段階と、 (1o)硝酸およびフッ酸を含む混酸溶液に浸漬する第3被膜改質段階と、を含むことを特徴とする親水性および耐食性が向上した高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼の製造方法。 ウ.なお、申立人は、本件特許発明6と甲1発明との相違点として、以下を挙げている。 ・相違点1’: 本件特許発明6は「Mn:0超過?0.2%」であるのに対して、甲1発明は「Mn:0.21%」である点。 ・相違点2’: 本件特許発明6は「V:0超過?0.6%、Ti:0超過?0.5%、Nb:0超過?0.5%」であるのに対して、甲1発明ではこれらが特定されていない点。 ・相違点3’: 本件特許発明6では特定されていないが、甲1発明では「Ni:0.1%」である点。 ・相違点4’: 本件特許発明6は「ステンレス鋼薄板を光輝焼鈍」するのに対して、甲1発明では単に「焼鈍」である点。 ・相違点5’: 本件特許発明6は「前記第2不動態被膜内に含有されたCr水酸化物/Cr酸化物の比が0.5?1.7であり、前記第2不動態被膜は、水との接触角(contact angle,θ)が70°以下」であるのに対して、甲1発明ではこれが特定されていない点。 (2)理由2(サポート要件) 申立人は、本件特許発明1?10は、発明の詳細な説明に記載したものでないから、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないものであり、請求項1?10に係る特許は同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである旨を、以下のように主張する。 ア.硫酸溶液および混酸溶液の濃度および温度 本件特許発明6においては、第1被膜改質段階および第2被膜改質段階で用いる硫酸溶液、ならびに、第3被膜改質段階で用いる混酸溶液については、濃度および温度などの条件は何ら特定されていない。 ここで、本件特許発明6が目的とする課題は、「ステンレス鋼の表面に形成された非導電性被膜を除去し、新しい導電性被膜を形成して、耐食性を改善すると同時に…親水性を確保する」ことである(【0007】)。 なお、親水性である場合は、水との接触角は小さくなるが、この点に関しては、「ステンレス鋼10の不動態被膜12内に含有されたCr水酸化物/Cr酸化物の比は、0.5?1.7である。…これによって、不動態被膜12の水との接触角(contact angle,θ)が70°以下」となることが示されている(【0023】)。 このような課題の観点から、本件特許明細書を見ると、第1被膜改質段階で用いる硫酸溶液に関して、「硫酸溶液の濃度が50g/L未満である場合、ステンレス鋼薄板の表面の光輝焼鈍された第1不動態被膜の除去が不充分」となり、「硫酸溶液の温度が40℃未満である場合、不動態被膜の除去効率が低下」するという記載がある(【0032】)。 同様に、第2被膜改質段階で用いる硫酸溶液に関して、本件特許明細書には、「硫酸溶液の濃度が50g/L未満である場合…表面Cr比率の増加が不充分になる。また、硫酸溶液の濃度が300g/L超過の場合…表面Cr比率の増加効果を期待し難い」という記載があり(【0035】)、更に、「硫酸溶液の温度が40℃未満である場合、表面Cr比率の増加効果は低下する」(同)という記載がある。 そして、第3被膜改質段階で用いる混酸溶液に関して、本件特許明細書には、「表面のCr比率の増加効果が飽和されたり、かえってステンレス鋼母材の侵食が激しくて、接触抵抗の減少効果が低下するので、混酸中で硝酸の濃度は、100?200g/Lに制限する」という記載(【0036】)、「ステンレス鋼母材の侵食が激しくなるので、フッ酸の上限を70g/Lとする」という記載(【0037】)、および、「混酸溶液の温度が40℃未満であるか、60℃超過である場合、新しい不動態被膜形成の効果が低下する」という記載(同)がある。 これらの本件特許明細書の記載を踏まえると、第1?第3被膜改質段階で用いる硫酸溶液および混酸溶液の濃度および温度は、本件特許発明6の課題と無関係であると言えない。 そうすると、硫酸溶液および混酸溶液の濃度および温度が何ら特定されていない本件特許発明6は、本件特許明細書(発明の詳細な説明)において、「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えている。 したがって、本件特許発明6の範囲まで、本件特許明細書(発明の詳細な説明)に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。 これは、本件特許発明6を引用する本件特許発明7?8も同様である。 本件特許発明6を引用する本件特許発明9は、硫酸溶液の濃度および温度を規定するが、混酸溶液については規定しない。同様に、本件特許発明6を引用する本件特許発明10は、混酸溶液の濃度および温度を規定するが、硫酸溶液については規定しない。このため、やはり、本件特許発明9?10の範囲まで、本件特許明細書(発明の詳細な説明)に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。 よって、本件特許発明6?10は、発明の詳細な説明に記載したものではない。 イ.鋼組成 本件特許発明1および本件特許発明6は、それぞれ、「重量%で、C:0超過?0.02%、N:0超過?0.02%、Si:0超過?0.25%、Mn:0超過?0.2%、P:0超過?0.04%、S:0超過?0.02%、Cr:20?34%、V:0超過?0.6%、Ti:0超過?0.5%、Nb:0超過?0.5%であり、残部がFeおよびその他不可避な不純物からなる」鋼組成を規定する。 ここで、Cr以外の各成分について、含有量の下限は「0超過」であるから、非常に僅かに含有する場合も含まれる。 しかしながら、本件特許明細書の実施例(【0039】?【0060】)において、所望の効果が得られるものとして具体的に開示されているのは、段落【0040】の下記【表1】に掲載された発明鋼1?3の鋼組成のみである。 例えば、V、TiおよびNbを不純物程度にしか含有しない鋼が、これらの成分を一定量含有する発明鋼1?3と同じ挙動を示すことは、本件特許明細書(発明の詳細な説明)の記載からは明らかではない。 そうすると、本件特許発明1および6の範囲まで、本件特許明細書(発明の詳細な説明)に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。 よって、本件特許発明1および6、ならびに、これらを引用する本件特許発明2?5および7?10は、発明の詳細な説明に記載したものではない。 (3)理由3(明確性) 申立人は、本件特許発明6?10は、明確でないから、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないものであり、請求項6?10に係る特許は同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである旨を、以下の3点を根拠にして主張する。 ア.「第1被膜改質段階」と「第2被膜改質段階」とを分けることの技術的意味 本件特許発明6は、「第1電流密度で電解処理する第1被膜改質段階」と、「前記第1電流密度以下の第2電流密度で電解処理する第2被膜改質段階」とを規定する。 ここで、「以下」はその前にある数値などを含める用語であるから、「第2電流密度」は「第1電流密度」と同じであってもよい。その場合、「第1被膜改質段階」と「第2被膜改質段階」とは、同じ電流密度で実施する電解処理となるから、両者を分けることの技術的意味を理解することができない。 イ.「第2被膜改質段階」自体の技術的意味 本件特許明細書(【0053】)の下記【表2】には、「第2被膜改質段階」の「電流密度比」が1以下ではない(つまり、第2電流密度が第1電流密度以下ではないと思われる)実施例2?3および5?7が、所望の効果が得られる具体例として開示されている。このため、「第1電流密度以下の第2電流密度で電解処理する」ことを規定する「第2被膜改質段階」自体の技術的意味も理解することができない。 ウ.何らかの発明特定事項が不足 上記ア.及びイ.を踏まえると、本件特許発明6の「第1電流密度で電解処理する第1被膜改質段階」及び「前記第1電流密度以下の第2電流密度で電解処理する第2被膜改質段階」においては、何らかの発明特定事項が不足していることが明らかである。 4 当審の判断 当審は、以下に述べるとおり、特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由およびその他の理由によっても、請求項1?10に係る特許を取り消すことはできないと判断した。 (1)理由1(進歩性)について ア.甲第1?4号証の記載事項と引用発明 (ア)甲第1号証 上記甲第1号証には、以下の記載がある。下線は当審による(以下同じ。)。 a.「【請求項1】 16mass%以上のCrを含有するステンレス鋼に対して、電解処理を施した後、フッ素を含有する溶液への浸漬処理を施すことを特徴とする燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法。」 b.「【技術分野】 【0001】 本発明は、電気伝導性と耐久性に優れた燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法、燃料電池セパレータ用ステンレス鋼、燃料電池セパレータ、ならびに燃料電池に関するものである。」 c.「【0006】 現在までに実用化されている固体高分子形燃料電池は、セパレータとして、カーボン素材を用いたものが提供されている。しかしながら、このカーボン製セパレータは、衝撃により破損しやすく、コンパクト化が困難で、かつ流路を形成するための加工コストが高いという欠点があった。特にコストの問題は、燃料電池普及の最大の障害となっている。そこで、カーボン素材にかわり金属素材、特にステンレス鋼を適用しようとする試みがある。 【0007】 前述のように、セパレータには発生した電子を運ぶ導電体としての役割があるため、電気伝導性が必要となる。セパレータにステンレス鋼を用いた場合の電気伝導性に関しては、セパレータとガス拡散層の間の接触抵抗が支配的となるため、これを低減する技術が検討されている。 d.「【発明が解決しようとする課題】 【0011】 本発明は、従来の技術が抱えている、ステンレス鋼の接触抵抗低減のためにはフッ素イオンを含有した溶液への浸漬が有効であるものの、ステンレス鋼自体の溶解によりその効果を安定的に発現できないという問題点に鑑み、量産性を考慮し、電気伝導性および耐久性に優れた燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法、燃料電池セパレータ用ステンレス鋼、燃料電池セパレータ、ならびに燃料電池を提供することを目的とする。 【課題を解決するための手段】 【0012】 本発明者らは、電気伝導性と耐久性に優れた燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法について検討を行った。その結果、フッ素を含有する溶液への浸漬処理の前に電解処理を施すことによって、接触抵抗低減効果が発現しやすくなり、かつ、フッ素を含有する溶液にFeイオンが混入しても、その効果が消失しにくくなるという知見を得た。また、そうして得られたステンレス鋼は燃料電池環境における耐久性にも優れているという知見を得た。」 e.「【0019】 本発明において、基材として使用するステンレス鋼については、燃料電池の動作環境下で必要とされる耐性を有する限り鋼種等に特段の制約は無く、フェライト系であっても、オーステナイト系であっても、さらには二相系であってもいずれもが使用できる。ただし、最低限の耐食性を確保するために、Crを16mass%以上含有させる必要がある。 【0020】 以下、フェライト系、オーステナイト系および二相系のステンレス鋼について、特に好適な成分組成を示すと、次のとおりである。なお、成分に関する「%」表示は特に断らない限りmass%を意味するものとする。 (1)フェライト系ステンレス鋼の好適な成分組成 C:0.03%以下 Cは、鋼中のCrと結合して、耐食性の低下をもたすため、低いほど望ましいが、0.03%以下であれば耐食性を著しく低下させることはない。このため、0.03%以下が好ましく、より好ましくは0.015%以下である。」 f.「【0022】 Mn:1.0%以下 Mnは、Sと結合してMnSを形成し、耐食性を低下させるため、1.0%以下が好ましい。より好ましくは0.8%以下である。 【0023】 S:0.01%以下 上述したとおり、Sは、Mnと結合してMnSを形成し、耐食性を低下させるため、0.01%以下が好ましい。より好ましくは0.008%以下である。 【0024】 P:0.05%以下 Pは、延性の低下をもたらすため、低いほど望ましいが、0.05%以下であれば延性を著しく低下させることはない。このため、0.05%以下が好ましく、より好ましくは0.04%以下である。」 g.「【0026】 N:0.03%以下 Nは、鋼中のCrと結合して、耐食性の低下をもたらすため、低いほど望ましいが、0.03%以下であれば耐食性を著しく低下させることはない。このため、0.03%以下が好ましい。より好ましくは0.015%以下である。 【0027】 Cr:16%以上 Crは、ステンレス鋼が耐食性を保持するために必須の元素であるため、その効果を得るには16%以上含有させる必要がある。Cr含有量が16%未満では、セパレータとして長時間の使用に耐えられない。特に、使用中の環境の変化が問題となる場合には、18%以上とすることが好ましく、より好ましくは20%以上である。一方、Crを40%を超えて含有すると加工性が著しく低下するので、加工性を重視する場合には40%以下とすることが好ましい。より好ましくは35%以下である。 【0028】 Nb、Ti、Zrのうちから選んだ少なくとも一種を合計で:1.0%以下 Nb、Ti、Zrはいずれも、鋼中のC、Nを炭化物や窒化物、あるいは炭窒化物として固定し、耐食性を改善するのに有用な元素である。ただし、1.0%を超えて含有すると延性の低下が顕著となるので、これらの元素は単独添加または複合添加いずれの場合も1.0%以下に限定する。なお、これらの元素の添加効果を十分に発揮させるには、0.02%以上含有させることが好ましい。 【0029】 以上、必須成分について説明したが、本発明では、その他にも以下に述べる元素を適宜含有させることができる。 【0030】 Mo:0.02%以上4.0%以下 Moは、ステンレス鋼の耐食性、特に局部腐食性を改善するのに有効な元素であり、この効果を得るためには、0.02%以上含有させることが好ましい。一方、4.0%を超えて含有すると延性の低下が顕著となるので、上限は4.0%が好ましい。より好ましくは2.0%以下である。 【0031】 また、その他にも、耐食性の改善を目的として、Ni、Cu、V、Wをそれぞれ1.0%以下で、さらに熱間加工性の向上を目的として、Ca、Mg、REM(Rare Earth Metals)、Bをそれぞれ0.1%以下で含有させることもできる。 残部は、Feおよび不可避的不純物である。不可避的不純物のうちO(酸素)は、0.02%以下であることが好ましい。」 h.「【0056】 電気伝導性と耐久性に優れた燃料電池セパレータ用ステンレス鋼は、上記したステンレス鋼に、電解処理とフッ素を含有する溶液への浸漬処理を施すことによって得られる。 ここで、本発明では、電解処理がフッ素を含有する溶液への浸漬処理の前に施されることが重要である。電解処理によってステンレス鋼の製造工程において形成される皮膜が改質され、フッ素を含有する溶液への浸漬処理による接触抵抗低減効果が発現しやすくなる。かつ、フッ素を含有する溶液にFeイオンが混入した場合でも、接触抵抗低減効果が消失しにくくなる。電解処理と浸漬処理は連続して施されることが好ましいが、表面を著しく変質させない範囲の洗浄等を電解処理と浸漬処理の間で行うことは可能である。また、浸漬処理の後に、表面を著しく変質させない範囲の洗浄等を行うことも可能である。なお、ここで洗浄とは、アルカリや酸への浸漬を含む。 【0057】 電解処理は、アノード電解またはアノード電解とカソード電解の組み合わせで行うことが好ましい。また、アノード電解量Qaとカソード電解量QcがQa≧Qcを満たすことが好ましい。なお、アノード電解単独で電解処理を行う場合は、Qc=0とする。ここでQaはアノード電解における電流密度と処理時間の積、Qcはカソード電解における電流密度と処理時間の積である。本発明の電解処理はアノード電解を含むことが好ましく、その方法が限定されるものではない。交番電解も適用できるが、Qa<Qcでは、溶出成分の再付着等により、その後の浸漬処理による接触抵抗低減効果が不十分になりやすいため、好ましくはQa≧Qcである。 【0058】 浸漬処理において、フッ素を含有する溶液の温度は40℃以上であることが好ましい。40℃未満の場合には、接触抵抗低減効果が発現しにくく、十分な効果を得るための処理時間が増大する。溶液の温度の上限は特に限定する必要は無いが、安全性等を考慮すると90℃以下であることが好ましい。 【0059】 また、フッ素を含有する溶液は、その効果の大きさからフッ酸または硝フッ酸であることが好ましく、フッ酸濃度[HF]および硝酸濃度[HNO_(3)]が[HF]≧0.8×[HNO_(3)]を満たすことが好ましい。ここで、フッ酸濃度[HF]および硝酸濃度[HNO_(3)]の単位は、mass%を意味する。 なお、硝フッ酸とは、フッ酸と硝酸との混合液を示し、フッ素を含有する溶液中に硝酸が含まれない場合は、[HNO_(3)]は0とする。図2は[HF]/[HNO_(3)]と、浸漬処理後の接触抵抗値および耐久性評価試験後の接触抵抗値との関係を示す図である。なお、図2において、浸漬処理後の接触抵抗値および耐久性評価試験後の接触抵抗値の測定方法および評価基準は、後述する実施例1と同様である。図2より、浸漬処理後の接触抵抗値および耐久性評価試験後の接触抵抗値は、[HF]≧0.8×[HNO_(3)]の場合は、それぞれ○、○であり、[HF]≧1.7×[HNO_(3)]の場合は、それぞれ○、◎であり、[HF]≧5.0×[HNO_(3)]の場合は◎、◎となっているのがわかる。これは、[HF]<0.8×[HNO_(3)]では、ステンレス鋼の不動態化が進み、接触抵抗低減効果が発現しにくくなるためと考えられる。 以上の結果より、 [HF]≧0.8×[HNO_(3)]、好ましくは、[HF]≧1.7×[HNO_(3)]、さらに好ましくは[HF]≧5.0×[HNO_(3)]とする。 【0060】 上記以外の条件として、電解処理については、0.5mass%以上の硫酸を含有する酸中で行うことが好ましい。硫酸を含有する酸中での電解処理はステンレス鋼の皮膜を改質するのに有利であり、その濃度は0.5 mass %以上が好ましい。0.5 mass %未満ではステンレス鋼の皮膜の改質が不十分になりやすい。硫酸の濃度の上限は特に限定する必要は無いが、過剰に含有してもその効果が飽和するため、50 mass %以下とすることが好ましい。より好ましくは、1.0?40mass%である。」 i.「【0062】 なお、本発明において、基材であるステンレス鋼の製造方法については、特に制限はなく、従来公知の方法に従えばよいが、好適な製造条件を述べると次のとおりである。 【0063】 好適成分組成に調整した鋼片を、1100℃以上の温度に加熱後、熱間圧延し、ついで800?1100℃の温度で焼鈍を施したのち、冷間圧延と焼鈍を繰り返してステンレス鋼板とする。得られるステンレス鋼板の板厚は0.02?0.8mm程度とするのが好適である。ここで、仕上焼鈍と電解処理、フッ素を含有する溶液への浸漬は連続的に施されることが効率的ではあるが、一方で、それらの一部、あるいは全ての工程が独立して行われ、その間や前後に洗浄が施されても良い。」 j.「【実施例】 【0064】 実施例1 表1に示す化学組成の鋼を真空溶解炉で溶製し、得られた鋼塊を1200℃に加熱したのち、熱間圧延により板厚5mmの熱延板とした。得られた熱延板を900℃で焼鈍したのち、酸洗により脱スケールを行い、次いで、冷間圧延と焼鈍酸洗を繰り返し、板厚0.7mmの冷延焼鈍板を製造した。その後、一部の試料については、2mass%、30℃の硫酸中において、+2A/dm^(2)×1sec→-2A/dm^(2)×1sec→+2A/dm^(2)×1sec→-2A/dm^(2)×1sec→+2A/dm^(2)×1sec(+がアノード電解、-がカソード電解)の電解処理を行った後、0?1.0g/lのFeイオンを含有させた、5mass%HF+1mass%HNO_(3)、55℃の硝フッ酸への浸漬処理(処理時間:90sec)を行った。硝フッ酸中のFeイオン濃度を変化させることで、浸漬処理量の増加により溶液へのFeイオンの混入量が増加することを模擬している。 【0065】 試料の処理条件と浸漬処理後の接触抵抗の値を表2に示す。また、接触抵抗測定後の試料から30mm×30mmの試験片を切り出し、アセトンで脱脂した後、燃料電池の動作環境を模擬したClを2mass ppm含有するpH3の硫酸(80℃)中において、0.8V vs SHE(標準水素電極)で20時間保持する耐久性評価試験を行い、試験後の接触抵抗の値を評価した。得られた結果を表3に示す。」 k.「【0066】 【表1】 ![]() 」 l.「【0069】 本発明範囲においては、耐久性評価試験前(浸漬処理後)、耐久性評価試験後の何れにおいても接触抵抗が低く電気伝導性は良好であり、耐久性にも優れている。」 そして、上記a.?l.のうち、特に請求項1、【0001】、【0006】、実施例1の記載内容に着目すると、甲第1号証には、以下の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているといえる。 <引用発明> C:0.009mass%、N:0.01mass%、Si:0.15mass%、Mn:0.21mass%、P:0.022mass%、S:0.004mass%、Cr:21.2mass%、Ni:0.1mass%の化学組成の鋼を真空溶解炉で溶製し、得られた鋼塊を1200℃に加熱したのち、熱間圧延により板厚5mmの熱延板とし、得られた熱延板を900℃で焼鈍したのち、酸洗により脱スケールを行い、次いで、冷間圧延と焼鈍酸洗を繰り返し、板厚0.7mmの冷延焼鈍板を製造し、その後、2mass%、30℃の硫酸中において、+2A/dm^(2)×1sec→-2A/dm^(2)×1sec→+2A/dm^(2)×1sec→-2A/dm^(2)×1sec→+2A/dm^(2)×1sec(+がアノード電解、-がカソード電解)の電解処理を行った後、0?1.0g/lのFeイオンを含有させた、5mass%HF+1mass%HNO_(3)、55℃の硝フッ酸への浸漬処理(処理時間:90sec)を行う、電気伝導性および耐久性に優れた固体高分子形燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法。 (イ)甲第2号証 上記甲第2号証には、以下の記載がある。 a.「【技術分野】 【0001】 本発明は、耐久性に優れるとともに接触抵抗値の小さい固体高分子型燃料電池セパレータ用ステンレス鋼とその製造方法、ならびにそのステンレス鋼製セパレータを用いた固体高分子型燃料電池に関するものである。」 b.「【0020】 まず本発明を想到するにいたった実験結果について説明する。 【0021】 実験では、C: 0.004質量%,N: 0.007質量%,Si: 0.1質量%,Mn: 0.1質量%,Cr:30.5質量%,Mo:1.85質量%,P:0.03質量%,S: 0.005質量%を含有し、冷間圧延を施したフェライト系ステンレス鋼(板厚0.5mm )を素材とした。一部の素材には大気中で焼鈍( 950℃,2分間)を行なった後、湿式で 600番研磨を行なった。また、他の素材には、露点-60℃の75体積%H_(2) +25体積%N_(2) 雰囲気中で焼鈍( 950℃,2分間)を行ない、いわゆるBA仕上げとした。さらに、硝酸を10質量%,塩酸を50質量%,ピクリン酸を1質量%含む酸性水溶液を用いて、これらの素材に種々の温度,時間でエッチング処理を行なった後、純水洗浄,冷風乾燥して、接触抵抗の測定に供した。」 (ウ)甲第3号証 上記甲第3号証には、以下の記載がある。 a.「【技術分野】 【0001】 本発明は、耐食性に優れるとともに接触抵抗値の小さい通電部材用の金属材料、特にステンレス鋼,チタン(工業用純チタン、以降チタンという)、またはチタン合金等の不動態皮膜が容易に生成される性質を備える金属材料,それを用いた固体高分子型燃料電池用セパレータ、およびそのセパレータを用いた固体高分子型燃料電池に関するものである。」 b.「【0102】 [実施例1] 転炉および2次精錬(SS-VOD法)によって表4に示す成分のフェライト系ステンレス鋼を溶製し、さらに連続鋳造法によって厚さ200mm のスラブとした。このスラブを1250℃に加熱した後、熱間圧延によって厚さ4mmの熱延ステンレス鋼板として焼鈍(850?1100℃)および酸洗処理を施し、さらに冷間圧延と焼鈍(800?1050℃)および酸洗を繰り返し、厚さ0.2mm とした後、光輝焼鈍BA(800?1000℃)を行ない、いわゆるBA仕上げの冷延焼鈍板とした。」 (エ)甲第4号証 上記甲第4号証には、以下の記載がある。 a.「【技術分野】 【0001】 本発明は、メッキなどの表面処理を施さずに鋼表面そのままで耐食性、電気伝導性に優れるフェライト系ステンレス鋼およびその製造方法、ならびにそれを用いた固体高分子型燃料電池セパレータおよびそのようなセパレータを使用した固体高分子型燃料電池に関する。」 b.「【0050】 次に、本発明のフェライト系ステンレス鋼の好適な製造方法について説明する。 本発明において、基材であるステンレス鋼の製造方法については、特に制限はなく、従来公知の方法に従えばよいが、好適な製造条件を述べると次のとおりである。 上記化学組成のステンレス鋼を溶製し、鋳造した後、1100?1300℃に加熱し、仕上温度を700?1000℃、巻取温度を400?700℃として熱間圧延を施し、板厚2.0?5.0mmの熱間圧延鋼帯とする。こうして作製した熱間圧延鋼帯を800?1200℃の温度で焼鈍し酸洗を行い、次に、冷間圧延、冷延板焼鈍を1回または複数回繰り返し、所定厚さの冷延鋼帯とする。冷延板焼鈍後には酸洗を行ってもよい。その後、最終焼鈍として水素を含む雰囲気中において700?1000℃の温度で光輝焼鈍を行い、次いで酸洗を行う。」 c.「【0052】 本発明のステンレス鋼を固体高分子型燃料電池セパレータとして用いる場合には、上記冷間圧延、冷間焼鈍を複数回繰り返して厚さ0.03?0.3mmの箔状の冷延鋼帯とした後、最終焼鈍として上述した光輝焼鈍を行い、さらに上述した浸漬処理溶液による酸洗を行って固体高分子型燃料電池セパレータ用ステンレス鋼とし、これを所定形状に仕上げて固体高分子型燃料電池セパレータとする。」 d.「【0054】 以下、本発明の実施例について説明する。 [実施例1] 以下の表1の記号3に示すステンレス鋼を真空溶製し、鋳造した後、1250℃に加熱し、次いで熱間圧延、熱延板焼鈍(850?1050℃)、酸洗を行った。さらに、冷間圧延、冷延板焼鈍(800?900℃)、酸洗を行い、光輝焼鈍を行って、板厚0.3mmのステンレス鋼箔とした。」 イ.甲第1号証に記載された発明との対比・判断 (ア)本件特許発明6について a.対比 本件特許発明6と引用発明とを対比する。 本件特許発明6は「重量%で、C:0超過?0.02%、N:0超過?0.02%、Si:0超過?0.25%、Mn:0超過?0.2%、P:0超過?0.04%、S:0超過?0.02%、Cr:20?34%、V:0超過?0.6%、Ti:0超過?0.5%、Nb:0超過?0.5%であり、残部がFeおよびその他不可避な不純物からなるステンレス鋼を冷間圧延して、ステンレス鋼薄板を製造する製造段階」を有する「高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼の製造方法。」であるのに対し、引用発明は「C:0.009mass%、N:0.01mass%、Si:0.15mass%、Mn:0.21mass%、P:0.022mass%、S:0.004mass%、Cr:21.2mass%、Ni:0.1mass%の化学組成の鋼を真空溶解炉で溶製し、得られた鋼塊を1200℃に加熱したのち、熱間圧延により板厚5mmの熱延板とし、得られた熱延板を900℃で焼鈍したのち、酸洗により脱スケールを行い、次いで、冷間圧延と焼鈍酸洗を繰り返し、板厚0.7mmの冷延焼鈍板を製造」する工程を備える「固体高分子形燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法」である。 そうすると、両者は、「重量%で、C:0超過?0.02%、N:0超過?0.02%、Si:0超過?0.25%、P:0超過?0.04%、S:0超過?0.02%、Cr:20?34%」を少なくとも含むステンレス鋼を冷間圧延して、ステンレス鋼薄板を製造する製造段階」を有する「高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼の製造方法。」である点で一致している一方、以下の点において相違している。 ・相違点1: 製造されるステンレス鋼の成分に関し、本件特許発明6は「Mn:0超過?0.2%」であるのに対して、引用発明は「Mn:0.21%」である点。 ・相違点2: 製造されるステンレス鋼の成分に関し、本件特許発明6は「V:0超過?0.6%、Ti:0超過?0.5%、Nb:0超過?0.5%」であるのに対して、引用発明ではこれらが特定されていない点。 ・相違点3: 製造されるステンレス鋼の成分に関し、本件特許発明6ではNi成分が含まれることが特定されていないのに対して、引用発明では「Ni:0.1%」である点。 ・相違点4: 製造されるステンレス鋼の成分に関し、本件特許発明6では、「残部がFeおよびその他不可避な不純物からなる」のに対して、引用発明では、「残部がFeおよびその他不可避な不純物からなる」かどうか不明である点。 ・相違点5: 高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼の製造方法が、 本件特許発明6では、さらに、 「前記ステンレス鋼薄板を光輝焼鈍して、前記ステンレス鋼薄板の表面に第1不動態被膜を形成する熱処理段階と、 前記第1不動態被膜を改質して、前記ステンレス鋼薄板の表面に第2不動態被膜を形成する被膜改質段階と、を含」み、 「前記第2不動態被膜内に含有されたCr水酸化物/Cr酸化物の比が0.5?1.7であり、前記第2不動態被膜は、水との接触角(contact angle,θ)が70°以下であり」、 「前記被膜改質段階は、 硫酸溶液で第1電流密度で電解処理する第1被膜改質段階と、 前記硫酸溶液で前記第1電流密度以下の第2電流密度で電解処理する第2被膜改質段階と、 硝酸およびフッ酸を含む混酸溶液に浸漬する第3被膜改質段階と、を含む」 ものであり、 「親水性および耐食性が向上した」ステンレス鋼を製造するのに対して、 引用発明では、さらに、 「冷間圧延と焼鈍酸洗を繰り返し、板厚0.7mmの冷延焼鈍板を製造し、その後、2mass%、30℃の硫酸中において、+2A/dm^(2)×1sec→-2A/dm^(2)×1sec→+2A/dm^(2)×1sec→-2A/dm^(2)×1sec→+2A/dm^(2)×1sec(+がアノード電解、-がカソード電解)の電解処理を行った後、0?1.0g/lのFeイオンを含有させた、5mass%HF+1mass%HNO_(3)、55℃の硝フッ酸への浸漬処理(処理時間:90sec)を行う」ものであり、「電気伝導性および耐久性に優れた」ステンレス鋼を製造する点。 b.判断 (a)事案に鑑み、上記a.の相違点5について検討する。 引用発明は、「冷間圧延と焼鈍酸洗を繰り返し、板厚0.7mmの冷延焼鈍板を製造し、その後、2mass%、30℃の硫酸中において、+2A/dm^(2)×1sec→-2A/dm^(2)×1sec→+2A/dm^(2)×1sec→-2A/dm^(2)×1sec→+2A/dm^(2)×1sec(+がアノード電解、-がカソード電解)の電解処理を行った後、0?1.0g/lのFeイオンを含有させた、5mass%HF+1mass%HNO_(3)、55℃の硝フッ酸への浸漬処理(処理時間:90sec)を行う」ものである。 上記のうち、焼鈍については、上記ア.(ア)に示す甲第1号証の記載に照らし、従来公知の方法に従って行われたものと解される(【0062】)。 また、電解処理及び浸漬処理については、セパレータに必要とされる電気伝導性(【0007】)の点から、ステンレス鋼の接触抵抗低減のためには、フッ素イオンを含有した溶液への浸漬が有効であるものの、ステンレス鋼自体の溶解によりその効果を安定的に発現できないという問題があったところ(【0011】)、フッ素イオンを含有した溶液への浸漬処理の前に電解処理を施すことによって、接触抵抗低減効果が発現しやすくなり、フッ素を含有する溶液にFeイオンが混入した場合でも、接触抵抗低減効果が消失しにくくなるとともに、耐久性にも優れたものとなると解される(【0012】、【0056】)。 ここで、上記の「耐久性に優れる」とは、接触抵抗測定後の試料から切り出した試験片を、燃料電池の動作環境を模擬した環境に保持する耐久性評価試験を行い、その試験後の接触抵抗の値が低いことをいうものである(【0065】、【0069】)。 (b)これに対して、本件特許発明6は、 「前記ステンレス鋼薄板を光輝焼鈍して、前記ステンレス鋼薄板の表面に第1不動態被膜を形成する熱処理段階と、 前記第1不動態被膜を改質して、前記ステンレス鋼薄板の表面に第2不動態被膜を形成する被膜改質段階と、を含」み、 「前記第2不動態被膜内に含有されたCr水酸化物/Cr酸化物の比が0.5?1.7であり、前記第2不動態被膜は、水との接触角(contact angle,θ)が70°以下であり」、 「前記被膜改質段階は、 硫酸溶液で第1電流密度で電解処理する第1被膜改質段階と、 前記硫酸溶液で前記第1電流密度以下の第2電流密度で電解処理する第2被膜改質段階と、 硝酸およびフッ酸を含む混酸溶液に浸漬する第3被膜改質段階と、を含む」 ものである。 上記のうち、光輝焼鈍については、本件明細書の記載によれば、還元性雰囲気で熱処理を行うことにより、ステンレス鋼薄板の表面に、なめらかな表面状態を有する数nm厚さの不動態被膜(第1不動態被膜)を形成するものである(【0027】)。 また、改質については、上記の第1不動態被膜は高い電気比抵抗特性を示し、燃料電池の分離板として使用するとき、高い界面接触抵抗によって燃料電池の性能を低下させるため(【0027】)、第1不動態被膜を改質して、ステンレス鋼薄板の表面に第2不動態被膜を形成するものである(【0028】)。 この改質の際、第1被膜改質段階では、硫酸溶液で第1電流密度で電解処理することにより、上記の第1不動態被膜を除去し(【0029】)、第2被膜改質段階では、硫酸溶液で第1電流密度以下の第2電流密度で電解処理することにより、ステンレス鋼薄板の表面に隣接して鉄(Fe)を選択的に溶出し、表面にクロム濃化層を形成し(【0029】)、第3被膜改質段階では、硝酸およびフッ酸を含む混酸溶液に浸漬することにより、新しい被膜(第2不動態被膜)を再度形成する(【0036】)ものである。 そして、その結果、新しく形成された第2不動態被膜内に含有されたCr水酸化物/Cr酸化物の比を0.5?1.7で管理することができ、それにより、不動態被膜の水との接触角を70°以下に制御して、十分な親水性を得ることができるものである。また、界面接触抵抗を所定値以下で管理することができ、腐食電位を0.3V(SCE)以上に確保することができるものである(【0038】)。 (c)以上によれば、本件特許発明6と引用発明とは、いずれも、冷間圧延して製造されたステンレス鋼薄板に対して、焼鈍し、硫酸溶液で電解処理し、硝酸およびフッ酸を含む混酸溶液に浸漬するものである点では、共通するものである。 しかしながら、本件特許発明6は、親水性および耐食性が向上したステンレス鋼を製造するものであるのに対して、引用発明は、電気伝導性および耐久性に優れたステンレス鋼を製造するものであるから、その製造すべきステンレス鋼の特性が異なり、また、焼鈍、電解処理および浸漬処理のそれぞれの目的も異なるものといえる。 そして、甲第1号証には、少なくとも「親水性」については何ら記載されていない。また、甲第1号証のほか、甲第2?4号証にも、本件特許発明6のような所定の「熱処理段階」及び「被膜改質段階」により、「第2不動態被膜内に含有されたCr水酸化物/Cr酸化物の比が0.5?1.7」であり、「第2不動態被膜は、水との接触角(contact angle,θ)が70°以下」であるとの条件を満たす「第2不動態被膜」をステンレス鋼薄板の表面に形成して、「親水性および耐食性が向上した」高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼を製造することについては、記載も示唆もされていない。 (d)そうすると、引用発明において、本件特許発明6のような所定の「熱処理段階」及び「被膜改質段階」により、「第2不動態被膜内に含有されたCr水酸化物/Cr酸化物の比が0.5?1.7」であり、「第2不動態被膜は、水との接触角(contact angle,θ)が70°以下」であるとの条件を満たす「第2不動態被膜」をステンレス鋼薄板の表面に形成することは、当業者が容易になし得たものとはいえない。 そして、高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼の製造方法において、「耐食性」と「親水性」を同時に改善できるという本件特許発明6の効果も、甲第1?4号証の記載から示唆されるものでなく、当業者が予測することができない格別優れた顕著な効果であるといえる。 (e)申立人は、甲第1号証に記載された発明として、上記3.(1)イ.で挙げたような内容の甲1発明を認定し、また、本件特許発明6と甲1発明とを対比した上で、上記3.(1)ウ.に挙げたような各相違点を抽出している。 しかしながら、当該甲1発明は、上記4(1)ア.(ア)において当審が認定した引用発明とは一部異なっており、また、相違点についても、特にその相違点4’、5’の内容は、当審が、上記a.で本件特許発明6と引用発明とを対比した上で認定した相違点4の内容とは異なるものとなっている。 この点に関して申立人は、本件特許発明6について、「第2不動態被膜内に含有されたCr水酸化物/Cr酸化物の比が0.5?1.7」であり、「第2不動態被膜は、水との接触角(contact angle,θ)が70°以下」であるとの特性を満たす第2不動態被膜を第1不動態被膜を改質して形成するにあたり、「熱処理段階」、「第1被膜改質段階」、「第2被膜改質段階」及び「第3被膜改質段階」に関する一連の製造工程を一体不可分に把握するような本件特許発明の技術思想に基づく発明理解をすることなく、すなわち、「熱処理段階」、「第1被膜改質段階」、「第2被膜改質段階」及び「第3被膜改質段階」各々の内容が、製造しようとするステンレス鋼の特性により間接的に特定されることについて何らも考慮をすることなく、これらをそれぞれ形式的に分けた上で甲1発明と対比している点において、適切なものとはいえない。 よって、進歩性に関する上記3(1)の主張を採用することもできない。 c.小括 したがって、相違点1?4について検討するまでもなく、本件特許発明6は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2?4号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。 (イ)本件特許発明7?10について 本件特許発明7?10は、本件特許発明6を引用し、これに、さらに限定を付したものであり、本件特許発明6の構成要件全て含むものである。 したがって、本件特許発明7?10は、本件特許発明6と同様に、甲第1号証に記載された発明及び甲第2?4号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。 (ウ)本件特許発明1?5について 本件特許発明1?5は、「前記ステンレス鋼の不動態被膜内に含有されたCr水酸化物/Cr酸化物の比が0.5?1.7であり、前記不動態被膜は、水との接触角(contact angle,θ)が70°以下」という発明特定事項を有しているが、同じ発明特定事項を有している本件特許発明6については、上記(ア)b.で検討したように、甲第1号証に記載された発明及び甲第2?4号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできないことに鑑みると、本件特許発明1?5に関しても、本件特許発明6と同様に、甲第1号証に記載された発明及び甲第2?4号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。 ウ.理由1(進歩性)についてのまとめ 以上、上記イ.のとおりであるから、進歩性に関する特許異議の申立ての理由を採用することはできない。 (2)理由2(サポート要件)について ア.本件特許発明1?5について (ア)本件特許発明1?5は、所定成分を有する高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼において、「前記ステンレス鋼の不動態被膜内に含有されたCr水酸化物/Cr酸化物の比が0.5?1.7」であり、「前記不動態被膜は、水との接触角(contact angle,θ)が70°以下」であり、「前記不動態被膜の腐食電位は、0.3V(SCE)以上」である「親水性および耐食性が向上した高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼」に関するものである。 本件特許明細書の記載(【0007】)によれば、本件特許発明1?5の課題は、ステンレス鋼の表面に形成された非導電性被膜を除去し、新しい導電性被膜を形成して、耐食性を改善すると同時に、別途のコーティングなど付加的な表面処理を行うことなく、親水性を確保することができる高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼を提供することと把握される。 (イ)本件特許明細書の記載によれば、本件特許発明1?5の課題は、「高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼」において、以下の各要件を備えることによって、解決できるとされている。 i.「重量%で、C:0超過?0.02%、N:0超過?0.02%、Si:0超過?0.25%、Mn:0超過?0.2%、P:0超過?0.04%、S:0超過?0.02%、Cr:20?34%、V:0超過?0.6%、Ti:0超過?0.5%、Nb:0超過?0.5%であり、残部がFeおよびその他不可避な不純物からなる」(以下、「ステンレス鋼の成分要件」という」。かかる要件の技術的意味については、特に【0019】?【0022】参照。) ii.「前記ステンレス鋼の不動態被膜内に含有されたCr水酸化物/Cr酸化物の比が0.5?1.7であり、前記不動態被膜は、水との接触角(contact angle,θ)が70°以下であり、前記不動態被膜の腐食電位は、0.3V(SCE)以上である」(以下、「ステンレス鋼の不動態被膜の特性要件」という。かかる要件の技術的意味については、特に【0021】、【0024】?【0026】参照。) (ウ)そして、本件特許明細書には、「高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼」に関する各種の実施例及び比較例が記載されている(【0039】?【0059】、表1?3、図5?7)ところ、上記実施例は、上記の「ステンレス鋼の成分要件」及び「ステンレス鋼の不動態被膜の特性要件」を備え、ステンレス鋼の表面に形成された非導電性被膜を除去し、新しい導電性被膜を形成して、耐食性を改善すると同時に、別途のコーティングなど付加的な表面処理を行うことなく、親水性を確保することができる高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼を提供するものとなっている。 そうすると、上記実施例以外の上記の「ステンレス鋼の成分要件」及び「ステンレス鋼の不動態被膜の特性要件」を備える「高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼」についても、当業者であれば、実施例の場合と同様に新しい導電性被膜が形成された結果として「親水性および耐食性が向上した」ものであることを推定できる。 (エ)以上のとおり、本件特許明細書の記載を総合すれば、上記の「ステンレス鋼の成分要件」及び「ステンレス鋼の不動態被膜の特性要件」を備える本件特許発明1?5は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件特許発明1?5の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。 このように、本件特許発明1?5については、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。 イ.本件特許発明6?10について (ア)本件特許発明6?10は、所定成分を有するステンレス鋼を冷間圧延するステンレス鋼薄板の製造段階に対し、前記ステンレス鋼薄板の表面に第1不動態被膜を形成する熱処理段階と、第1不動態被膜を改質して、前記ステンレス鋼薄板の表面に第2不動態被膜を形成する被膜改質段階とを含む「親水性および耐食性が向上した高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼の製造方法」であって、「前記第2不動態被膜内に含有されたCr水酸化物/Cr酸化物の比が0.5?1.7」であり、「前記第2不動態被膜は、水との接触角(contact angle,θ)が70°以下」である「親水性および耐食性が向上した高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼の製造方法」に関するものである。 本件特許明細書の記載(【0007】)によれば、本件特許発明6?10の課題は、ステンレス鋼の表面に形成された非導電性被膜を除去し、新しい導電性被膜を形成して、耐食性を改善すると同時に、別途のコーティングなど付加的な表面処理を行うことなく、親水性を確保することができる高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼の製造方法を提供することと把握される。 (イ)本件特許明細書の記載によれば、本件特許発明6?10の課題は、「高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼の製造方法」において、以下の各要件を備えることによって、解決できるとされている。 i.ステンレス鋼薄板の製造段階に用いるステンレス鋼に関する「重量%で、C:0超過?0.02%、N:0超過?0.02%、Si:0超過?0.25%、Mn:0超過?0.2%、P:0超過?0.04%、S:0超過?0.02%、Cr:20?34%、V:0超過?0.6%、Ti:0超過?0.5%、Nb:0超過?0.5%であり、残部がFeおよびその他不可避な不純物からなる」(以下、「ステンレス鋼薄板の製造段階におけるステンレス鋼の成分要件」という」。かかる要件の技術的意味については、特に【0019】?【0022】参照。) ii.被膜改質段階においてステンレス鋼薄板の表面に形成される第2不動態被膜に関する「前記第2の不動態被膜内に含有されたCr水酸化物/Cr酸化物の比が0.5?1.7であり、前記第2の不動態被膜は、水との接触角(contact angle,θ)が70°以下」(以下、「第2不動態被膜の特性要件」という。かかる要件の技術的意味については、特に【0021】、【0024】?【0025】参照。) iii.第2不動態被膜の特性要件を実現するように行われる一連の処理としての「前記ステンレス鋼薄板を光輝焼鈍して、前記ステンレス鋼薄板の表面に第1不動態被膜を形成する熱処理段階」、「硫酸溶液で第1電流密度で電解処理する第1被膜改質段階」、「前記硫酸溶液で前記第1電流密度以下の第2電流密度で電解処理する第2被膜改質段階」及び「硝酸およびフッ酸を含む混酸溶液に浸漬する第3被膜改質段階」(以下、「第2不動態被膜形成のための処理要件」という。かかる要件の技術的意味については、「第2不動態被膜の特性要件」に関する【0021】、【0024】?【0025】はもとより、他には特に【0027】、【0029】、【0032】?【0038】参照。) (ウ)そして、本件特許明細書には、「高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼の製造方法」に関する各種の実施例及び比較例が記載されている(【0039】?【0059】、表1?3、図5?7)ところ、上記実施例は、上記の「ステンレス鋼薄板の製造段階におけるステンレス鋼の成分要件」、「第2不動態被膜の特性要件」及び「第2不動態被膜形成のための処理要件」を備え、ステンレス鋼の表面に形成された非導電性被膜を除去し、新しい導電性被膜を形成して、耐食性を改善すると同時に、別途のコーティングなど付加的な表面処理を行うことなく、親水性を確保することができる高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼の製造方法を提供するものとなっている。 そうすると、上記実施例以外の上記の「ステンレス鋼薄板の製造段階におけるステンレス鋼の成分要件」、「第2不動態被膜の特性要件」及び「第2不動態被膜形成のための処理要件」を備える「高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼の製造方法」についても、当業者であれば、実施例の場合と同様に新しい導電性被膜が形成された結果として「親水性および耐食性が向上した高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼」が製造されることを推定できる。 (エ)以上のとおり、本件特許明細書の記載を総合すれば、上記の「ステンレス鋼の成分要件」及び「第2不動態被膜形成のための処理要件」を備える本件特許発明6?10は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件特許発明6?10の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。 このように、本件特許発明6?10については、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。 ウ.申立人の主張について (ア)硫酸溶液および混酸溶液の濃度および温度について 本件特許発明6?10の上記「第2不動態被膜形成のための処理要件」は、一連の処理により達成すべき上記「第2不動態被膜の特性要件」に鑑みて、当業者であれば当然に各処理段階の条件の最適化を図るものと考えられるから、上記「第2不動態被膜の特性要件」は、間接的に上記「第2不動態被膜形成のための処理要件」の内容を実質特定するものであり、これすなわち、本件特許発明6?10において、申立人が述べるように第1?第3被膜改質段階で用いる硫酸溶液および混酸溶液の濃度および温度について各々具体的な特定がなされていないとしても、最終的に上記「第2不動態被膜の特性要件」を満足する第2不動態被膜が得られるよう、これらの処理段階における硫酸溶液および混酸溶液の濃度および温度を調整することは、当業者であれば当然に考慮すべき事項といえる。また、これら硫酸溶液および混酸溶液の濃度および温度の条件に関しては、例えば、僅かな差異で予測できないほど効果が著しく変動してしまうといったように、これらの条件範囲を殊更特定しておかなければ、実施条件の最適化を図るにあたり過度な試行錯誤を強いるような特殊な事情があるとも判断されない。 そうすると、上記イ.において、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものと結論付けられた本件特許発明6?10は、たとえ、第1?第3被膜改質段階で用いる硫酸溶液および混酸溶液の濃度および温度について各々具体的な特定されていないとしても、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものとはいえない。 よって、サポート要件に関する上記3(2)ア.の主張は採用できない。 (イ)鋼組成について 本件特許発明1?10は、いずれも重量%で「C:0超過?0.02%、N:0超過?0.02%、Si:0超過?0.25%、Mn:0超過?0.2%、P:0超過?0.04%、S:0超過?0.02%」及び「V:0超過?0.6%、Ti:0超過?0.5%、Nb:0超過?0.5%」という鋼組成に関する規定を含んでおり、これら成分の含有量の下限は「0超過」であるから、非常に僅かに含有する場合も含まれる。 ここで、本件特許明細書【0020】?【0022】の記載からは、C、N、Si、Mn、P、S、V、Ti、Nbの各成分がもたらす不具合を回避するため、これら各成分の含有量を制限するとの技術思想が把握される一方で、これらの成分には課題を解決するため一定割合以上含有することが必須と解すべき成分も特に存在しないと判断される。また、申立人も、これら成分のいずれかを不純物程度にしか含有しない鋼によっては、課題解決を図ることが困難と推定できる具体的証拠を挙げているわけでもない。 そうすると、上記ア.及びイ.において、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものと結論付けられた本件特許発明1?10は、特定成分の含有量の下限が「0超過」と特定されているからといって、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものとはいえない 。 よって、サポート要件に関する上記3(2)イ.の主張は採用できない。 エ.理由2(サポート要件)についてのまとめ 以上、上記ア.?ウ.のとおりであるから、サポート要件に関する特許異議の申立ての理由を採用することはできない。 (3)理由3(明確性)について ア.「第1被膜改質段階」と「第2被膜改質段階」とを分けることの技術的意味について 本件特許発明6は、「第1電流密度で電解処理する第1被膜改質段階」と、「前記第1電流密度以下の第2電流密度で電解処理する第2被膜改質段階」とを規定しており、かつ、ここでの「以下」という表現からみて、「第1被膜改質段階」と「第2被膜改質段階」とは同じ電流密度で実施される場合を含んでいる。 ここで、本件特許明細書の記載に照らし、本件特許発明6の「第1被膜改質段階」は、第1不導態被膜を除去する目的で行われる処理であり、また、「第2被膜改質段階」は、「第2不動態被膜内に含有されたCr水酸化物/Cr酸化物の比が0.5?1.7」であり、「第2不動態被膜は、水との接触角(contact angle,θ)が70°以下」であるとの特性を満たす第2不動態被膜を、ステンレス鋼薄板を硝酸およびフッ酸を含む混酸溶液に浸漬する第3被膜改質段階によって形成する前段階の処理として、ステンレス鋼薄板の表面にクロム(Cr)が濃化したクロム濃化層を形成しておく目的で行われる処理(いずれの被膜改質段階の目的も【0029】の記載を特に参照)を意図したものと解されるから、たとえこれら「第1被膜改質段階」と「第2被膜改質段階」とが同じ電流密度で実施されたとしても、それぞれの被膜改質段階の持つ技術的な意味は、明確に区別して理解をすることができる。 また、本件特許発明6を引用し、これに、さらに限定を付した本件特許発明7?10についても同様である。 よって、明確性要件に関する上記3(3)ア.の主張は採用できない。 イ.「第2被膜改質段階」自体の技術的意味について (ア)本件特許明細書【0053】記載の【表2】は、 「【0053】 【表2】 ![]() 」 との内容になっている。 ここで、本件特許明細書には、【表2】の「第2被膜改質段階」の「電流密度比」に関し、これが第2電流密度の第1電流密度に対する比であるとの直接的な説明記載はないものの、仮にそのような意味の「電流密度比」だとしても、【表2】記載の実施例のうち、実施例1、4、および8?9に関しては、「第1電流密度以下の第2電流密度で電解処理する」ことを規定する「第2被膜改質段階」の条件を満たしており、本件特許発明6に対応した実施例となっている。 (イ)また、【表2】記載の実施例2?3および5?7に関しても、本件特許明細書【0055】の【表3】、すなわち、 「【0055】 【表3】 ![]() 」 との内容に照らし、少なくとも本件特許発明1?3に対応した実施例にはなっている。 (ウ)さらに本件特許明細書には、「第2被膜改質段階」に関し、 「【0033】 第1被膜改質段階(100)以後、第1不動態被膜が除去された状態のステンレス鋼薄板を再度硫酸溶液で電解処理して、ステンレス鋼薄板の表面にCr比率を増加させる段階、すなわち第2被膜改質段階(200)を行う。 第2被膜改質段階(200)の電流密度である第2電流密度は、第1被膜改質段階(100)の電流密度である第1電流密度以下であってもよい。より好ましくは、第2被膜改質段階(200)の電流密度である第2電流密度は、第1被膜改質段階(100)の電流密度である第1電流密度より小さくてもよい。 【0034】 第1被膜改質段階(100)で光輝焼鈍された第1不動態被膜が除去されたので、第2被膜改質段階(200)は、ステンレス鋼母材が露出している状態であるから、第2被膜改質段階(200)の電流密度が第1被膜改質段階(100)の電流密度より大きい場合、深刻な母材の溶出を発生させるので、表面Cr比率の増加効果を期待し難い。したがって、第2被膜改質段階(200)は、第1被膜改質段階(100)に比べて低い電流密度を印加して、適切なFeの選択的溶出を発生させて、表面にCrの比率を増加させて、ステンレス母材の表面にCr比率を増加させることができる。」 との説明記載がなされている。 これらの記載によれば、本件特許発明6のように「第2被膜改質段階」において「第1電流密度以下の第2電流密度で電解処理する」場合は、【0034】記載される「第2被膜改質段階(200)の電流密度が第1被膜改質段階(100)の電流密度より大きい場合、深刻な母材の溶出を発生させるので、表面Cr比率の増加効果を期待し難い。」といった不具合を回避できるという技術的意味が把握される。 その一方で、【0033】における「第2被膜改質段階(200)の電流密度である第2電流密度は、第1被膜改質段階(100)の電流密度である第1電流密度以下であってもよい。」との記載は、「第2被膜改質段階」において電解処理する際の「第2電流密度」に関し、「第1被膜改質段階」において電解処理する際の「第1電流密度以下」にしない場合も許容する表現ぶりとなっている。 そうすると、本件特許明細書記載の実施例2?3および5?7は、本件特許発明6のように「第2被膜改質段階」において「第1電流密度以下の第2電流密度で電解処理する」との関係を満たさなかったとしても、【0034】に記載された上記不具合が許容できる範囲において、本件特許発明1?3に対応する実施例であると理解することができる。 (エ)以上のとおりであるから、【表2】の実施例の記載内容にかかわらず、本件特許発明6の「第2被膜改質段階」自体の技術的意味については十分に理解することができる。 また、本件特許発明6を引用し、これに、さらに限定を付した本件特許発明7?10についても同様である。 (オ)よって、明確性要件に関する上記3(3)イ.の主張は採用できない。 ウ.何らかの発明特定事項が不足 について 上記ア.及びイ.で検討したように、本件特許発明6?10は、申立人が主張するような理由により「技術的意味を理解することができない」ものとは判断されないし、「技術的意味を理解することができない」他の理由を見出すこともできないから、これら発明に何らかの発明特定事項が不足しているとも判断されない。 よって、明確性要件に関する上記3(3)ウ.の主張は採用できない。 なお、申立人は、具体的にどのような発明特定事項が不足しているのかについて、特に提示もしていない。 エ.理由3(明確性)についてのまとめ 以上、上記ア.?ウ.のとおりであるから、明確性に関する特許異議の申立ての理由を採用することはできない。 6 むすび したがって、特許異議の申立てのいずれの理由及び証拠によっても、請求項1?10に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に請求項1?10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2020-11-05 |
出願番号 | 特願2018-550318(P2018-550318) |
審決分類 |
P
1
651・
121-
Y
(H01M)
P 1 651・ 537- Y (H01M) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 近藤 政克 |
特許庁審判長 |
平塚 政宏 |
特許庁審判官 |
井上 猛 市川 篤 |
登録日 | 2019-12-20 |
登録番号 | 特許第6633772号(P6633772) |
権利者 | ポスコ |
発明の名称 | 親水性および耐食性が向上した高分子燃料電池の分離板用ステンレス鋼およびその製造方法 |
代理人 | 特許業務法人共生国際特許事務所 |